闇の中のコタエ

第2話 影で動くもの

 

 

 

 

 

 夕刻 さざなみ寮

 

 なのはが2個目のジュエルシードの封印をした後、恭也はさざなみ寮に来ていた。

 もとより家族の前でも宣言していた事であり、そして新たに用件ができたからだ。 

 本来は男性を入れるべきではない女子寮。

 しかし管理人と、なにより本人等に信頼されている為、恭也はあがることが許されている。

 

「珍しいですね、恭也さんからここに来るなんて」

 

「うちにも用ってなんね?」

 

 恭也が上がっているのはさざなみ寮の寮生『神咲 那美』の部屋。

 そしてその部屋で向き合っているのは神咲 那美と、その義姉『神咲 薫』。

 退魔道 神咲一灯流の使い手、退魔師『神咲 那美』と、退魔道 神咲一灯流正当伝承者『神咲 薫』。

 更に、神咲一灯流伝承霊剣『十六夜』も居る。

 だが今は日本刀のまま、その人、『十六夜』の姿はない。

 

「十六夜さんもお願いします」

 

 恭也はまず彼女の登場を願った。

 彼女にも話すべき事と判断したのだ。

 

「解った。

 十六夜」

 

 シュッ

 

 薫はすぐ傍に置いてあった日本刀『十六夜』に呼びかける。

 すると、白い霧の様なものが出てきたかと思うと、人の形を成していく。

 

「恭也様、お久しぶりです」

 

「こんにちは、十六夜さん」 

 

 そして形を成したのは、式服を着た金色の髪の女性、名を十六夜。

 今は失われた製法により作り出された人の魂を宿す退魔の剣『真道破魔 神咲一灯 霊剣十六夜』に宿る魂。

 剣に宿り、霊力といわれる力を持ち手と相互供給したり、人の自然治癒力を加速して傷の治療をできる能力がある。

 

 この3人が、この街にいる日本でも屈指の退魔師だ。

 那美は戦闘よりも鎮魂を得意とする方だが、霊能力とその技術は一般人や恭也とは全く別次元のプロフェッショナル達だ。

 

(一応確認しますが、この人達では駄目なのですね?)

 

(はい、残念ながら。

 力の形はよく似ていますが、半ば『浄化』という形に特化されていますから。

 単純な戦闘能力ならともかく、ジュエルシードの封印はできません。

 それに、魔力という部分でもなのはさんの方が上です。

 それにしても……あ、いえ……)

 

 2人と向き合って、恭也はまず姿も気配も消して右肩に居るリンディに念話で尋ねる。

 因みに今は接触回線、つまりは触れている事で使える通信手段を使い、万が一にも3人にバレない様にしている。

 

(十六夜さんの周りの人はみな良い人ばかりですよ)

 

(そうですか)

 

 人の魂を宿す武器、それについて聞きたいのだろうリンディに対し、ただそれだけは伝えておく。

 恭也はおろか、持ち主である薫でさえ製造されたときの事は詳しく知らない。

 更には十六夜本人もほとんど覚えていないから、恭也がリンディに伝えられるのはそれくらいである。

 だが、それだけでも十分だとも思うのだ。

 

「用件は3つ。

 1つは皆さんに直接会うことで、もう解決しました」

 

 リンディとの話を念話にて一瞬の内に終わらせた恭也は、3人を訪ねた理由を話し始める。

 敢えて、今の確認の件をもにおわす発言をしてまで。

 

「会うだけでですか?」

 

「……そう」

 

「そうですか」

 

 恭也の発言に、怪訝そうな顔をする3人。

 恭也がわざわざ仕事を終えたばかりの3人を指名した時点で、何かあるとは思っていただろう。

 その懸念が今現実になり始めたと、そういう顔だ。

 

「はい。

 2つ目ですが、今日俺がここに来た理由は『昨晩妙な悪夢を見たから』です。

 自分の理想像としてある自身と戦う夢を見たので分析を依頼しに来た、ということにしてください。

 因みに、家族にはそう言って出てきましたし、実際半分以上は本当のことです」

 

 それはつまり、演技の依頼だ。

 それもわざわざそんなことを頼まなくても、家族に言ったとおり夢として分析してもらえば済む事だ。

 そういう事が不得意と思われる那美にまで、わざわざ事実に触れる話し方をして演技を依頼しなくて済むのだ。

 だがそれを承知の上、リスクを支払ってまで話すのは3つ目の話があるからだ。

 

「また……何かに関わっているのですね」

 

「君も難儀な星の下に生まれたものだね」

 

「解りました。

 適当な分析を考えておきましょう」

 

 3人もそれが解っている。

 そして、恭也がどういう人間かも解っているつもりだ。

 故に、最早悟りともいえる落ち着き方で次の話を待つ。

 

 そう、もう悟っているのだ。

 例え恭也がどんな危険なことをしようとしていても、自分達には止めることができない事を。

 ならば、自分の可能な範囲で助ければ良いのだという事を。

 

「3つ目は。

 これからこの街を中心におかしな気配がすることがあり、おかしな騒動が起こる可能性があります。

 俺がそれがおきる直前に連絡を入れますので、連絡があった場合は可能な限りソレに関わらないでください。

 可能であるなら、不自然にならない様にそれらから外れる行動していただければ最良です。

 そして、久遠を可能な限りなのはのところに行かせてください。

 久遠の代わりが金で解決するのであれば、これを―――」

 

 恭也は通帳と印鑑を差し出す。

 何故か名義が『神咲 那美』になっている通帳と神咲の名が彫られた印鑑だ。

 

 それは元々恭也の父士郎が、特に美由希を引き取った後に貯めていたものだ。

 そして、非常用として恭也が持っていたもの一部。

 それを、名義を書き換えたものだ。

 中身は8桁の金額が入っている。

  

「久遠をですか……それにこのお金……」

 

「また君は……本当に難儀な性分だ」

 

 その金額に驚き、次には考え込む那美と薫。

 これほどの金を出してまでの恭也の行動についてだ。

 

「久遠の力を借りねばならぬ事態など、早々ないでしょうから。

 その点に関してはおそらく心配ないかと」

 

 目が見えず世俗に少し疎い十六夜は、通帳に関すること2人に任せ別のことに考えを巡らせる。

 高町家はその大半が武道の使い手だ。

 それでも久遠を必要とするのは、その者達では足りぬか、もしくは関われないからだ。

 

 そして、すでに久遠はなのはの親友としてほぼ毎日一緒にいる。

 最近では那美と一緒の時間よりも、なのはと一緒の時間の方が長いのではないかとすら思うほどだ。

 それは那美が仕事で出るからというのもあるが、それでも十分な時間を共にすごしている。

 恭也はそれをさらに進め、久遠をなのはの専属にして欲しいといっている様なものなのだ。

 

 3人は考える。

 そんな事が必要な事態、それはつまりどういう事態であろうか、と。

 

 おかしな気配とおかしな事件、という事に関して3人は何も言わない。

 この街では何故か良くあることだ。

 そして、去年から今年にかけても何度かあり、それには恭也が関わっている。

 だから、その点に対して何かいう事はない。

 更に、『関わるな』という事は、下手な介入は不幸にしかならないからだと言う事も解っている。

 実際去年から今年に掛けた発生した事件はあまりに特殊な事件ばかりだった。

 

 故に、『関わるな』というのに対しても反論もしない。

 

 因みにだが、この話を内密にする事は当然として言わない。

 それくらい、3人とも呼び出し方と話し方から解りきった事だからだ。

 

「その他必要経費もそこから引いてください。

 それと、耕介さんにもよろしくお伝えください」

 

 今は留守の管理人。

 そして、この席には一緒することができない人。

 あくまで今恭也は、昨晩の悪夢のことで訪ねているが故に。

 

「解りました。

 久遠には適当に言って、なのはちゃんのそばに居るように誘導します」

 

 すでにある程度覚悟していたことだった。

 しかし、ここで本当に覚悟を決めて、那美は恭也の無茶苦茶とも言える依頼を受けることを、ここに宣言する。

 そして、お金を返したりはしない。

 互いにプロであるから。

 

 なにより、これは恭也の覚悟であるのだから、返す様なことはしてはいけない。

 

「ありがとうございます」

 

 深く頭を下げる恭也。

 自分でも滅茶苦茶な事を言っていると自覚している。

 要求だけ出し、多くの謎を晒し、何も説明せずに協力を要請したのだ。

 しかし、この人達なら受けてくれると知っての事。

 だからこそ、その自分に対する信頼に対して礼を述べるのだ。

 3人がこんな要求を受けてくれるのは、今まで築き上げてきた相互の確かな信頼があってこそに他ならないのだから。

 

「後、私はできうる限りこの街に残ります。

 だから、私でできることがあれば来て下さいね。

 私はいつでも貴方の味方ですから」

 

「うちも、可能な限り十六夜を置いていくし、何かあれば手を貸すことを厭わない。

 うちの部屋は知っとるね?

 最大限に利用してくれてかまわないからね」

 

「大きな傷は治せませんが、ある程度の傷の治りを早めることはできます。

 いつでもいらしてください」

 

 頭を下げる恭也に対し、笑みをもって返す3人。

 礼節を通す恭也に対し、親愛をもって応えるのだ。

 

「本当に、ありがとうございます」

 

 恭也は温かい3人の笑顔に再び頭を下げるのだった。

 

 

 

 

 

 さざなみ寮から出た恭也は、少し歩いて、その道で何気ない風を装って人と会う。

 

「やあ、恭也。

 何か用なんだって?」

 

 近づきながらハスキーボイスで話しかけてきたのは銀髪の美女。

 フィリス 矢沢の姉でさざなみ寮の住人の1人、『リスティ 槙原』。

 フィリスと同じHGS能力者で警察の民間協力者である人だ。

 

「ええ。

 厄介事を少々」

 

「またか。

 いったいどこを探したらそんなに厄介事を見つけられるんだ?」

 

 恭也の答えに、渋い顔をするリスティ。

 警察の協力者という事もあり、恭也がしてきたことをわりと知っている。

 去年から今年にかけて、何度入院したかも。

 後始末を任されたことも何度あったことか。

 

「頼みたいのは2つ。

 これからしばらく、この街を中心に妙な気配がするときがあり、妙な事件がおきる可能性があります。

 それに関して、不自然にならない程度に手を出さないで欲しい。

 それと俺は妙なことに関わっていますが、内密にしてください」

 

「恭也、それは構わない。

 1つだけ言うなら、フィリスを泣かすのは無しだぞ」

 

 恭也の主治医であるフィリスはリスティの妹だ。

 フィリスが恭也の治療のことで何かと悩んでいることは知っているだろう。

 

「ええ、解っていますよ」

 

 恭也はそう答えてリスティと向き合う。

 恭也とて、自らを傷つけたい訳ではない。

 出来うる限り体を大事にして、体が動く限り戦い続けようと思っているのだから。

 

「じゃ、それ関連が起きたら連絡くれ」

 

「はい」

 

 恭也の答えにリスティはとりあえず納得したのか、その場を去った。

 簡単に済ませた様であるが、リスティも恭也から言い出すこんな話を軽く受けたわけではない。

 ただ、リスティと恭也は意図的に会う場合、改まる必要なくそう言う話しかしない。

 故に、必要事項を伝え合えばいいだけなのだ。

 

 

 

 

 

 それから数分歩き、恭也は次に忍に電話をかけた。

 

『もしも〜し、忍ちゃんです』

 

「2人で話がしたい」

 

 忍が電話に出るなり、いきなりそんなことを告げる恭也。

 それは携帯同士で、すでに誰にかけ、誰からかっているかが解るからできること。

 

『OK、ダーリン。

 私も1人で寂しかったわ』

 

 恭也が言った言葉は極簡単なものではあるが2人の暗号文の様なものだ。

 2人を知らぬ人に聞かれてもさしたる問題にならない言葉で、怪しまれず、且つ解り易いもの。

 かつて恭也が忍のボディーガードとなり、その後もいろいろあった中で出来た連絡方法だ。

 

 尤も、まともに使う機会など今までなかった。

 ともあれ都合よく、今忍は1人で立ち聞きされている心配もないとう返答だ。

 

「明日の10時。

 桜の席で」

 

『OK〜』

    

 忍の返事を聞いた恭也は通話を切った。

 余計なことは一切言わない。

 時間をかければそれだけ何かが起きる可能性もあるからだ。

 

 

 

 

 

 次の日。

 恭也はいつも通りに起きて、いつも通りの朝の鍛錬をして、いつも通りになのは達を見送った。

 そして、忍の家に行くことだけを伝え家を出た。

 恭也と忍の関係はいつ恋人であると宣言してもおかしくないものと誰からも認識されている。

 だから特に用事がなくとも、恭也が忍の家に行くことで怪しまれることはない。

 

 約束の時間。

 恭也は忍の部屋にいた。

 

「で、私まで呼んで何かあったの?」

 

 さくらもすでに到着しており、やや怪訝そうな顔で恭也を見る。

 

「すずかとファリンには内緒なのね?」

 

 普段は見られない真剣な面持ちの忍。

 

「ええ。

 まずは、突然の話で申し訳ありません。

 出来うる限り早急に、且つ可能な限りすずか嬢に怪しまれる事が無い様にしたかったのです」

 

 忍とさくらには話す必要がある。

 しかし、なのはと繋がりのあるすずかには知られては拙いし、怪しまれてそれがなのはに伝わるのも拙い。

 だから、昨日やった様な呼び出し方になってしまった。

 忍はともかく、さくらには何かと用事もあっただろうが、それでも彼女が必要であった。

 

「いいわ。

 貴方がそんなことまでして呼び出したからには、それ相応の用件があるのでしょう」

 

「それも、私達が『夜の一族』だからでしょ」

 

「ええ、そうです」

 

 『夜の一族』。

 人よりも長寿で、運動能力や感覚器官が優れ、更にいろいろな特殊能力も持つ者達。

 今回のジュエルシードに関わる事件を感知してしまうかもしれない人達だ。

 この2人は恭也の知り合いであり、この街では『夜の一族』の代表とも言えるだろう。

 

「まずさくらさんに頼みたいことは。

 これからしばらく、この街を中心に妙な気配がするときがあり、妙な事件がおきる可能性があります。

 それに関して、不自然にならない程度に手を出さないで欲しいという事」

 

「妙な気配ね……また厄介事に関わっているのね」

 

 さくらは半ばあきれている様だ。

 去年から今年にかけて恭也がどれくらいの事件に関わったかは大体知っている。

 忍が関わった件もあるから感謝するところもあるが、それでも、いくらなんでも波乱すぎる道を歩んでいると思う。

 

「忍には、何度かアリバイ工作に付き合ってもらうかもしれない。

 そのほかにも迷惑をかけるかもしれない」

 

「アリバイね……すずかに対してで、なのはちゃん達への伝わる事が目的なのね?」

 

「ああ」

 

 この事に関して、すずかが引っ越してきたのは利用価値が高かった。

 なのはの親友で、この家に住むことになる子供。

 ここでの忍と会えばそれはなのはに伝わり、それが万が一なのはに怪しまれたときのアリバイ工作として利用できる。

 

「私は構わないわ。

 でも恭也君、1つ聞くけど。

 貴方、1人で背負い込んでいるんじゃないでしょうね?」

 

 さくらが問うてくる。

 間違った返答の許されない眼差しで。

 さくらは、恭也が忍にとってどれほど大切な存在かを知り、そしてある程度恭也がどういう人かも知っているつもりだ。

 だから、これほど頻繁に厄介事に関わる恭也を心配している。

 

「それは違います。

 これは俺だから出来ること、だからやっている。

 そして、俺は1人ではありません」

 

 恭也は別に自己犠牲ですべてを解決できるなどと思っていない。

 1人の方が都合が良かったり、人に知られてはならない事以外は、成功の可能性を上げる為ならいろいろなものを利用している。

 それに、今回恭也は1人ではない。

 今もその肩に相棒が居るのだから。

 

「そう。

 ならいいわ。

 何かあったら連絡を頂戴」

 

「ありがとうございます」

 

 恭也の応えを聞いてすべてを了承するさくら。

 しかし、納得しつつもその瞳には影を落としたままだった。

 たとえ恭也はそういう考えを持っていなくても。

 恭也が行く道は、恭也を無事で済ませてはくれないだろう。

 今は生きて帰ってきていても、いずれは―――

 

「私もOKよ」

 

「すまんな、忍」

 

 忍の方はアッサリと恭也の要求を呑む。

 最初から忍は恭也の行動を縛るつもりなど無いから。

 ただ、1つだけ付け加えることがある。

 そう、1つだけ、恭也は解っているけど、行く先で忘れない様に伝えること―――

 

「恭也。

 ここは恭也が帰ってきていい場所だからね」

 

 忍は恭也の隣に立つことは出来ない。

 恭也の行く道を追う事もできない。

 だから―――いや、だからこそ、忍はここに居て、いつでも恭也を迎える。

 恭也がどんなに傷つき疲れて果てても。

 ここは、それを癒せる場所なのだ。

 

「ああ。

 ありがとう、忍」

 

 恭也はそれを笑みをもって返す。

 

 さくらは、忍が恭也のおかげで救われたと言っている。

 しかし、恭也にしても忍の存在は大切なものなのだ。

 

 

 

 

 

 その後、恭也は家のメンバー、桃子、フィアッセ、美由希、晶、レンと個別に話をする。

 内容は『もしなのはの不信な行動や無断外出に気づいても、それがなのはに不自然に映らない限り気づかないふりをすること』。

 『そして、それらに関して不自然にならない限り追求しないこと』。

 更に、その代償として『すべての責任は自分がとる』。

 と、話して回った。

 

 それに対し、家族は全員協力を約束してくれた。

 ただ、皆には『恭也自身も無事に帰ってくること』を条件として。

 なのはの為にもまだまだ死ぬことなどできない恭也はそれを当然とし、約束は成立した。

 

 

 

 

 

 これで、なのは周りの準備は完了した。 

 なのは側でも上手く動くだろうが、家族達にその動きを阻害されることは無いだろう。

 万が一警察などが動くことになっても、恭也側でリスティを介して調整ができる。

 なのはは日常とジュエルシード事件をちゃんと切り分けて生活できるだろう。

 

「良い人が沢山いるのですね。

 貴方となのはさんの周りには」

 

「ええ」

 

 全て話し終えた後、リンディは恭也の肩で微笑んでいた。

 普通に考えれば恭也の要求は一方的過ぎてとても呑めるようなものではない。

 それでもちゃんと話を聞いて、受けてくれるのは本物の信頼関係がそこにあるからだ。

 

「俺達は恵まれているのでしょう」

 

 恭也は常々思っている。

 環境には恵まれていると。

 良い人と出会える幸運に恵まれていると。

 

「それは、貴方となのはさんだからだと思いますよ」

 

 リンディはここ数日でこの世界の世俗についても知識を集めた。

 故に、この世界がどれほど未熟で、どれほど穢れを持っているかも知っている。

 そんな中で、これほどの人たちが恭也となのはの周りにいるのは、ただの偶然ではない。

 それは恭也となのは自身が、信頼するに値する人であるからこそ人が集まったのだとリンディは思うのだ。

 まだ出会って僅であっても、恭也をパートナーとして選んだ事を正しかったと考えている。

 

「なのははいい子ですよ」

 

「ふふふ、そうですね」

 

 リンディは『恭也となのは』と言ったのに、恭也はなのはだけをあげる。

 リンディはそんなところもきっと恭也が恭也として慕われるところなのだろうと微笑んだ。 

 

「さて、なのは周りは完了。

 後は……」

 

 恭也が次のジュエルシードが出るまでにやるべき事。

 それはすでに終わっているなのは周りの準備。

 そして、2個目が出る前にもやった魔法に関する学習。

 

 残るは―――

 

 

 

 

 

 最初のジュエルシードとの戦闘から3日後。

 なのは周りの調整を終えた恭也はフィリスの下を、病院を訪れていた。

 

「珍しいですね」

 

 満面の笑みで迎えてくれるフィリス。

 

「そうですね」

 

 普段がサボりすぎなのだ、そう言われる事は当然。

 しかし、今のフィリスは純粋に喜んでいた。

 そこに嫌味はなく、ちゃんと来てくれた事を幸いとしていた。

 

 恭也は今日、検査を名目で訪れている。

 実際検査もしてもらうつもりなので、今リンディは一緒に居ない。

 近くの森あたりで待機してもらっている。

 そして、ここへきた目的は―――

 

「今日は検査のお願いと、少々話が」

 

 検査に来たというのも嘘ではない。

 最初のジュエルシードとの戦いで、恭也の体は半壊している。

 リンディの魔法で半分はすぐに治ったが、まだ残っているし、診てもらう必要があるだろう。

 すぐに来なかったのは、なのは達に傷の事を隠す為だ。

 だが、それよりも重要な話があった。

 

「あら、なんですか?」

 

 飲み物を、恭也用の甘さ控えめなココアを用意しながら顔だけ恭也に向けるフィリス。

 慣れた手つきで、愛用のカップを持って作業しながら。

 明るい笑顔を見せながら。

 

 しかし―――

 

 

「また、戦う事になりました」

 

 

 恭也がそう告げたとき―――

 

 

 ガシャンッ!

 

 

 全ては音を立てて崩れ去った。

 

「……え?」

 

 カップを落とし、中身をぶちまけながら。

 それでも、フィリスは解らないという顔をした。

 

 今、何を聞いたのかを。

 

 いや、当然言葉の内容は聞こえていた。

 しかし、理解したくなかったのだ。

 

 

 そもそも恭也が前回の検査からわずか3日で訪れてくる時点でおかしいと思えるはず。

 だが、3日。

 わずか3日前にあんな話をして、恭也には自分がどういう状態なのかを再認識してもらって。

 そうした事があってからまだ3日しか経っていない。 

 

 それなのに、どうして……

 それ以前にもなぜこれほどの戦いを短期間で潜り抜けてきたのかと思っていたのに。

 フィリスは去年から今年にかけて、どれ程恭也が戦ってきたかを知っている。

 誰と、どんな戦いを繰り広げていたか、その詳細は知らずとも、全てをだ。

 そう、本当にある程度常識とは違う世界を知るフィリスをもってしても、おかしいと思うほど戦っているのだ。

 

 それなのに、どうして―――もう、次の戦いなどと言い出すと思えるだろうか

 

「恭也……

 どうして……」

 

 どうして。

 この言葉にどれほどの意味を持たせただろうか。

 

「俺は必要とされ、俺も戦う事を必要と判断しました。

 だから、戦います」

 

「でも!

 でも……貴方は……」

 

 恭也の言葉に、最初は強く反論の意志を示す。

 恭也の身体の事を本当の意味で知っているのはフィリスだけだ。

 しかし、恭也と向き合って、それは徐々に弱くなる。

 

 止める事などできない事は解っているから

 

 だが、それでもフィリスは医者として、1人の女として、止めたいと思わずにはいられない。

 

「また、ご迷惑をおかけするかもしれません」

 

 恭也とて、無傷で済ませるならそれに越した事はない。

 それに今回は裏で動くのだ。

 直接戦闘する機会はないかもしれない。

 

 しかし、最初のジュエルシードでアレなのだ。

 そんな甘い考えは持つべきではないだろう。

 だから、恭也は今まで皆と話した中でフィリスにだけ宣言したのだ。

 

 『戦う』、と。

 

 それは、まだこの先も戦い続ける為に、最も信頼する医師である彼女に。

 たとえ傷を負っても、その後まだ戦う為に、今、『戦う』事をここにはっきりと告げたのだ。

 

「どんな迷惑をかけてもいいですから……

 どんな傷だって治してみせますから……

 だから……」

 

「言いましたよ。

 俺の居場所はここですから」

 

 瞳に涙を溜めるフィリス。

 その求めの声に対して応えるのは、先日も宣言した恭也の言葉。

 

「はい……」

 

 フィリスは自分を落ち着かせるために1度俯く。

 覚悟はしていた筈だった。

 恭也がもう戦わないなどありえない事だと。

 だから、こんな日がいつか来ると。

 それが少し早すぎて取り乱してしまった。

 

「では、戦いに向けて検査をしましょう。

 今出来る万全の状態にするために」

 

 自分のできる事は、嘗て自らの製造者へのあてつけの様に習得した医療技術。

 しかし、今はこの道に居る事を心から誇りとし、目の前の患者に挑む。

 永遠に完治することはなくとも、最善の状態にしよう。

 そうしてフィリスは、恭也が最も信頼する医師の瞳を持って顔を上げる。

 

「お願いします」

 

 先日リスティと交わした約束『泣かすな』というのを破りかけてまで話してよかった。

 そう、恭也は想うのだった。

 

 

 

 

 

 それから数分後

 

 恭也はフィリスのマッサージを受けていた。

 

「3日前くらいに、1度無茶をしてますね?

 それにしてはずいぶん治っていますが」

 

「はい。

 治し方は、すみませんが秘密です」

 

「秘密なのはいいですが……」

 

 恭也の全身を診て、フィリスには解った。

 3日前にどれほど激しい戦闘があったのかを。

 1度ボロボロになって動けなくなるほどのダメージを負っていた事が解るのだ。

 

 恭也がどれほどの戦闘能力を持っているか、フィリスは知っているつもりだ。

 戦っている場面を直接見たことはなくとも、こうして診てきて、そして話に聞いて。

 だが、そんな恭也がボロボロにならねばならない相手がいた。

 それが、今回の恭也の敵。

 

「こんな戦いが続くのですか?」

 

 この今治りかけている傷だけでも、恭也の寿命をどれほど縮めている事か。

 こんな傷を毎回負わなければならないのなら、戦いが終わる頃、恭也にはどれほどの命が残っているだろうか……

 

「無いとはいえません。

 しかし、多くはないとは言えます」

 

 恭也は一応裏側を担当する。

 この時点で直接戦闘の機会は少ない筈である。

 そして、リンディが居る。

 そのサポートがあればあの時の様にボロボロになる事はそう多くないだろう。

 

「そうですか……」

 

 恭也の答えに、少し無理やり自分を納得させるフィリス。

 覚悟は決めている筈なのに、崩れないようにしていなければならない。

 

 

 更に数時間後。

 全ての検査を終え、とりあえず問題が無いという結果が出た。

 

「はい、今回はこれでいいでしょう」

 

「ありがとうございます」

 

「ですが、傷を負ったらすぐに来てくださいね。

 それと、出来るだけ検査をしにきてください」

 

「ええ、可能な限り」

 

 正直なところ、怪我をしてすぐに来れるかは解らなかった。

 なのはには絶対に知られない様にしなければならない為だ。

 その場合、リンディの治療や那美や十六夜の力も借りる事になるかもしれない。

 

「ああ、後これを」

 

「……これは?」

 

 フィリスが渡してきたのは一枚の紙と、鍵だった。

 紙の方はなにやら日程表らしく、鍵はおそらく家に使われる鍵だ。

 

「私の勤務表と、私の家の鍵です。

 家にも可能な限りの医療道具を置いておきますから。

 だから、遠慮なく来て下さい」

 

 フィリスは解っている。

 恭也が表だって病院にこれない事があることを。

 だからこそ、これが彼女ができる精一杯の事だ。

 恭也がフィリスのシフトを把握していれば、ここ、フィリスの診察室に忍び込む事もできる。

 そして、休みの日は家に来いという事だ。

 

 仮にも年頃の女性であるフィリスが、異性である恭也に家の鍵を渡す。

 それにどれほどの意味があるか解らぬ訳でもなく。

 しかし、それでもと、恭也を想って渡すのだ。

 

「本当に、ご迷惑ばかりおかけします」

 

 家の鍵を受け取るという事がどれほどの事か、恭也も理解している。

 しかし、返す事はできない。

 利用せざる得ない事態というのが想定できるからだ。

 だからここは、フィリスの好意に甘える。

 

「遠慮はいりません。

 むしろ遠慮なんかして傷を悪化させたら怒りますからね」

 

「はい」

 

 恭也は想う。

 自分がどれほど恵まれているかを。

 これほど信頼でき、信頼してくれて、そして想ってくれる人達が居る。

 

 そして、さらに想う。

 だからこそ、戦おう。

 この戦いも、なのはの為だけでなく、全てこの人達の為にも戦い抜こうと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから更に2日後の深夜

 

 トクン

 

「っ!!」

 

 恭也は飛び起きた。

 そして、押入れのリンディスペースを1度だけノックする。

 

(はい、すぐに!)

 

 返事は念話で返ってくる。

 この部屋だけはリンディの作成した結界により、アリサやなのはに魔法を気づかれる事は無くしてある。

 同時に、追加設定で恭也がこの部屋で寝ているという気配だけを残す事も可能だ。

 

 リンディが準備をする中、恭也も準備をする。

 尤も、恭也はジャケットを羽織るだけで終わりだ。

 寝巻きなど使わず、常に出られる服でいるし、装備も一式揃えてある。

 

(いきます) 

 

(了解)

 

 キィィィンッ!

 

 結界はあっても、普通の音は普通に通る様にしてあるので会話は常に念話。

 そして、僅か5秒ほどで出てきたリンディが恭也の肩に乗る。

 同時に展開するのは空間転移魔法だ。

 リンディが得意とし、こういう時の為に溜めてある魔力を使って行使する緊急移動手段。

 恭也から感じ取った場所を念話で送信し、その場所へと転移する。

 

 今回、ジュエルシードの鼓動を感じたその場所は―――

 

 

 

 

 

 風芽丘学園

 

 恭也の母校でもある学園。

 その校庭の隅の体育倉庫にそれは居た。

 見た目で筋肉のつき方から陸上選手だと解る少年が、陸上競技用の槍を持って座っていた。

 

(今回は未練によるものと推測されます)

 

(彼は槍投げの選手ですね。

 となると、攻撃型に変貌する可能性がありますか)

 

 屋上に立ち、ジュエルシードの持ち主を観察する2人。

 まだジュエルシードは発動していない。

 なのは達は気づいてすらいない。

 今恭也達が行ってジュエルシードを取り上げれば、彼は被害者とならずに済むかもしれない。

 恭也であれば、相手が気づく前にズボンのポケットに入ってる黒の宝石を捕る事は可能だ。

 

 しかし、人には気づかれなくとも、ジュエルシードをごまかせるか解らない。

 もし刺激して強制発動したり、捕縛を恐れて逃げられたら取り返しがつかない。

 恭也では封印する事はできないのだから。

 

 だから待つ。

 ジュエルシードが発動し、なのは達が来るのを。

 それまで周囲に被害を出さない為の最善を尽くして。

 

 既に周囲と学園内が無人であることは解っている。

 そして、人払いの結界を展開している。

 認識操作でここから遠のくという思考に誘導するものだ。

 結界の存在はバレにくく、そして有効なものだ。

 目的があって近づいてくるなのは達には効く事は無く、気付きもしないだろう。

 

 那美、薫、リスティ、さくらに事が起きた知らせも飛ばしてある。

 忍の改造した携帯で、コードを打つと登録している人に特定内容のメールが飛ぶのだ。

 1秒も掛からず4人に知らせる事ができた。

 因みにメールの内容は仕事に関することで、それを知らせの為の暗号としている。

 

 

 

 数分後、少年は立ち上がった。

 槍を持って。

 嘗ての無念をここで晴らす為に。

 

 キィィィンッ

 

 耳鳴りの様な音が響いた。

 ジュエルシードの発動音だ。

 少年のポケットの中にあったジュエルシードは、少年の体の中へと消えてゆく。

 

(自身の行動が願いですから、それをカタチにする為に融合しましたね)

 

(つまり、最終的に中に入ったのを出さなければならないのですか)

 

 3つ目にして少し厄介のレベルが上がった様だ。

 それをなのははどう乗り越えるだろうか。

 

 そう考えている内に来た。

 2人が希望としている者達が。

 

 ブワンッ!

 

 結界が展開される。

 アリサの結界だ。

 ジュエルシードの発動を視認して即座に世界を隔離した。

 その展開時に本来アリサ側では対象としてない自分達も取り込む対象と書き加え、一緒に結界に入る。

 

 そしてバリアジャケットへ換装を済ませ、戦闘体勢を整えているなのは達が校庭に降り立った。

 発動から僅か1分。

 寝ていた状態からの到着なら十分過ぎる早さだろう。

 

「彼ね」

 

「うん」

 

「敵、出てる」

 

 なのは達が現れると同時に、ジュエルシード側も防衛機構を、闇の獣人を出現させた。

 更に、槍を持った少年はその槍をなのはに向けた。

 予想される少年の願望ではありえない事だが、ジュエルシードが融合した事で半ば操作されてしまっている可能性がある。

 同時に、闇の獣人達も動き出す。

 

「バリア!」

 

Protection

 

 キィィィンッ!

 

「右の奴を!」

 

「ああああっ!」

 

 飛んでくるだろう槍の備えてバリアを展開するなのは。

 そして、向かってくる敵をなぎ払う久遠。

 

「おおおおおおおおおお」

 

 ブオンッ!!

 

 少年は雄叫びをあげながら槍を放つ。

 彼は確かに槍投げの選手だろう。

 フォームは完璧で、陸上競技用の槍だから使い慣れていて投げやすいだろう。

 そして、もとより槍はかなりの速度を持って、かなりの飛距離を持つ。

 

 しかし、放った槍は空気の壁を爆破するような音を立てて貫き、なのはに迫る。

 

(なるほど、本人に憑けばこうなるのですか)

 

(ええ、己が幻想するものをカタチにしますから。

 どこまでも飛んでいく槍を幻想すれば、こうなります。

 ただ、放っているのは所詮スポーツ用のものですから)

 

 ズガガガンッ!

 

 コンクリートの壁も簡単に砕くだろう威力をもった槍。

 しかし、その槍もなのはの展開したバリアの前に砕け散った。

 

(あのタイプのバリアはそれ程の防御力を持っていません。

 それでもあんなに丈夫なのはなのはさんの魔力故ですね)

 

(そうですか)

 

 まだなのは達に危険は無い。

 だから2人は静かに戦いを観戦していた。

 

 ただし、いつでも飛び出す準備だけはして。 

 

「アリサちゃん、どうしよう。

 ジュエルシード、あの人の中だよ」

 

 なのははジュエルシードの所在に気づいた様だ。

 今まではジュエルシードは外にあったから躊躇い無く攻撃できた。

 しかし、今回はそうはいかない。

 

「強制浄化しましょう。

 露出させずに、浄化魔法を直接叩き込む。

 力技になるけど、貴方ならできるはずだわ。

 この相手は、素体である人をそのまま使ってるから防御も殆ど無い筈よ」

 

 アリサの提案は魔法を被害者たる人間に直接向けるものだ。

 それには少しなのはも戸惑っている様子だった。

 

「え、でも、そんな事したらこの人が……」

 

「大丈夫よ、この前教えたけど魔法攻撃は、魔力攻撃と物理攻撃に分けられる。

 魔力攻撃に設定しておけば、精神にショックを与える事はあっても、殺してしまう事はないわ。

 それに浄化魔法は元々魔力攻撃だけの魔法だもの。

 間違ったってとり憑かれている人に危害が及ぶ事はないわ」

 

「わ、解った。

 それじゃあ!」

 

Sealing mode

 Set up』

 

 最初は戸惑ったなのはだが、友を信じ、自分を信じて道を選ぶ。

 そしてなのはの杖は主の意思に応え、大出力魔法用のシーリングモードへと姿を変えた。

 

「久遠! 片付けて」

 

「うん」

 

 なのはの魔法に備え、邪魔者を排除する久遠。

 そして、全体を見渡し、危険が無いかを探るアリサ。

 

(役割分担がされていて、危険がありませんね)

 

(久遠が強すぎるのがありますが……今後どうなるか)

 

 2人が心配しているのは久遠の強さだった。

 強すぎるのだ、久遠は。

 仮にも遺失文明の遺産で、いままで時空管理局がさんざん苦戦してきたジュエルシード。

 その防衛プログラムをいともあっさり倒してしまう久遠。

 なのはがそれに頼り切って油断すると危険だ。

 

「リリカル、マジカル」

 

 なのはの封印魔法が始まる。

 しかし、それと同時にジュエルシードの被害者たる少年が動く。

 

「トベェェェェッ!!」

 

 新たな槍を構え、今度こそどこまでも飛べと願いて放とうとする。

 それは、もう何にも邪魔させない魔弾と化す。

 

「久遠!」

 

「はぁぁぁっ!」

 

 気づいたアリサが久遠に指示を飛ばした。 

 名前を呼ぶだけの指示。

 内容は一切無い。

 しかし、それでも久遠はアリサが意図する通りに動く。

 

「ふっ!」

 

 ブンッ!

 

「ガア……」

 

 周囲の雑魚を片付けて、少年に足払いをかけた。

 体勢を崩させ、槍を放てない様にしたのだ。

 

「ジュエルシード浄化封印!」

 

Sealing

 

 ズバァァァンッ!!

 

 そして、その行動はなのはの魔法発動のタイミングにあわせたものだ。

 なのはの魔法は最初の狙いをつけた通りに放たれ、命中する。

 

「グアァァァァ!!」

 

 なのはの魔法は少年の肉体を素通りし、中に潜んでいたジュエルシードにのみ影響を与える。

 浄化と、排出という影響だ。

 

 キィィィン……

 

 程なく、光に押し出さるジュエルシード。

 そして、ほぼ同時に『]]』の白い文字が浮かぶ。

 

Receipt number ]]

 

 それがなのはのレイジングハートに格納させ、今回の戦いは勝利として終わった。

 

「ジュエルシード3つ目封印完了」

 

「5日で3つか……ペースとしてはいい感じね」

 

「この人どうする?」

 

「そうだなぁ〜

 じゃあ―――」

 

 ちゃんと後始末も完璧にこなすなのは達。

 それを見て恭也とリンディは少しだけ微笑む。

 

(今回は問題なし)

 

(では、戻りましょう)

 

(ええ)

 

 そして、2人は家へと戻る。

 なのは達より先に。

 なのはがちゃんと誰にも気づかれていないと安心できる様に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝 

 

 いつも通りに起床する恭也。

 普段から慣れている為、昨晩遅かった事などなんともない。

 

「……」

 

 体を軽く動かして異常が無い事を確認する。

 特に問題はない様だ。

 尤も、昨日はこれといってやった事も無いので、当然といえば当然。

 

(なのはは、アリサ嬢に回復してもらっている様だったな。

 ならば、なのはも問題あるまい)

 

 2階の方に目を向けて少し考える恭也。

 そして次に押入れの方に目を向ける。

 リンディが眠っている場所だ。

 

 リンディは魔力消費量の多い転移魔法を行使した為にまだ休息中。

 これでもアリサよりは大分ましな状態という事だから、アリサの方は辛いのだろうと推測できる。

 

(少なくとも表には見せていない様だがな。

 なのはと久遠はある程度気づいているだろうな)

 

 そう考えながらも、恭也はいつもの行動を続ける。

 昨晩のなのはの出撃を気づいている者はいない。

 予防策は張ったが、それが必要ないくらいにはアリサ側でも上手くやっている。

 だから、皆も変わらない。

 なのはも変わらぬ様子で姿を見せる。

 故に恭也もいつもと変わらない。

 

 

 

 

 

 それからなのは達を見送り、恭也はリンディと隣町に来ていた。

 隣町の住宅街の奥、普通の家よりやや広めの住宅がある。

 

「……いないか」

 

 誰の気配も無い事にため息を吐きながら門の鍵を開ける。

 その家の表札には『不破』とあった。

 その家に入り、玄関の扉をきっちりと閉める。

 

「彼女もいませんし、大丈夫ですよ」

 

 キィィィィンッ

 

 恭也の言葉を聞き、肩から降りて本来の姿に戻るリンディ。

 妖精の姿から、美しい大人の女性へと。

 

「ここが……貴方の隠れ家ですか」

 

「ええ」

 

 表札の『不破』が示す通り、ここは恭也の所有物件である。

 忍やさくらなどの協力もあったが、名義も購入時に必要だった資金も恭也の物。

 まあ、正確には父士郎が遺した資金であり、それを使い調達したものであるが。

 ともあれ、ここは正真正銘恭也の家だ。

 

 用途はリンディが述べた通り『隠れ家』だ。

 武器などの資材他、万が一の為の物資が揃っている。

 もう1つ用途があるのだが、そちらは恭也にとっては『ついで』である。

 

「隠れ家、という割には生活感がありますね」

 

「実際1人住んでますから」

 

 玄関先で恭也は呟いた『いないか』と。

 この家を維持する為にもここに住んでいる者がいるのだ。

 自由の為に不自由を受け入れ、今は人として生きる者が。

 

「また旅行に行っている様ですね」

 

 テーブルにある軽い買物に行くという手紙。

 だがそれはごく簡単ではあるが暗号文であり、明確な行き先が記してある。

 一応ここの管理という仕事で給料などを支払っているのだが、困ったことである。

 管理と維持の仕事自体は問題なくこなしている様であるが。

 

 因みにだが、金髪でどう見ても外人である彼女がこの家『不破』の家に住んでいる。

 それなのにご近所に不審に思われていないのは恭也と彼女が『同棲』している事になっているからだ。

 余談だが、恭也はここでは仕事で世界を飛び回る為あまり家に居ない男。

 彼女は、そんな彼を甲斐甲斐しく家で待つ女、となっている。

 

 微妙に役どころが合っていない気もするが、世間ではちゃんとそれで通っているので問題ない。

 

「まあ兎も角、ここを使えますから。

 お風呂などをどうぞ」

 

「はい、ではいただきます」

 

 約束していた風呂等の衛生面の問題。

 それが今やっと果たされる。

 今までリンディは体を拭く事はあってものんびりシャワーを浴びる事もできなかった。

 理由は流石に家でそんな事をしたら、隠し通せないからだ。

 

 今までは次のジュエルシードの発動までにやらなければならない事が数あった為、こちらまで来れなかった。

 だが必要な準備も終え、やっと少し余裕ができた。

 

 因みに、アリサの方はなのはと一緒に入っている。

 アリサは妖精でいるしかないので、風呂も妖精形態で入る。

 その為、石鹸等の消費量が証拠として残る事もない。

 そして、なのはと同性という事もあり、問題なく一緒に入れている。

 

 余談だが、リンディ曰く体のつくりも、文化的なものも、この世界とリンディ達の世界は99%以上同じものらしい。

 ただ、文明としてはこの世界はかなり遅れているとの事だ。

 現段階ではとても公平な交流はできそうにないくらいの大きな差がある。  

 

「さて……」

 

 リンディが風呂に行っている間、恭也は台所へと向かう。

 ここへ来たもう1つの目的の為に。

 

 

 そして1時間後

 

「はぁ〜……さっぱりしました」

 

「それはなによりです」

 

「……恭也さんこれは?」

 

 湯上りのリンディの前に広がっていたのは、やや質素な見た目だがそれでも十分といえる料理の数々だった。

 

「見ての通り、昼食です。

 少々多いですが、今までバランスの良い食事とは思えませんでしたから」

 

 リンディは妖精の姿で居る限り食事をほとんど摂らないですむ。

 だが、必要ないのではない。

 消費が少なくなるだけなのだ。

 今までは数回に1度一緒に食事をしてきたが、時間も内容もばらばらであった。

 だから、今日はその分を挽回しようというのだ。

 

 因みに、アリサの方は久遠も居る事で2人分の食事から抽出し、バランス良く取れている様だ。

 

「料理もできたのですね」

 

「ええ、家事は一通り」

 

 恭也が料理をできるのは、その必要があったからだ。

 父と2人だけであった頃から必要に迫られて習得した技能。

 途中母を得たが、その代わり父が逝き、忙しい母に代わり家事をする機会も多かった。

 剣の鍛錬、妹の修行、末妹の面倒、そして家事。

 なんとも多忙な少年期を過ごしていたのだ。

 

 今となっては母の仕事も落ち着き、レンや晶が居る為恭也が家事をする事は無い。

 しかし、その技能が失われた訳ではない。

 

「味は申し訳ないですが保証しません。

 しかし、栄養の計算はしてあります」

 

「十分だと思いますが……

 兎も角、本当にありがとうございます」

 

 それからのんびりと食事をする2人。

 静かで、食事の音以外はそこにない。

 しかし、それでもどこか温かいと思える空気があった。

 

 

 

 

 

「デバイスの改造?

 機材無しでですか?」

 

「ええ」

 

 食後、今後の方針について話し合う2人。

 今回の議題は恭也のデバイスについてだ。

 

 なのははアリサのデバイス『レイジングハート』を借用し戦っており、デバイスを貸し出したアリサはそのサポートに徹している。

 その形が上手く機能し、今後も成長の余地がある。

 

 しかし、リンディのデバイスは現在半壊、更にはインテリジェントデバイスとしては死亡してしまっている。

 AI無しの『ストレージデバイス』としては機能するが、それでは恭也が使えない。

 全く使えない訳ではないが、実戦として使えるようになるまでかなりの修行が必要だ。

 そんな時間は無い。

 

 なのはと違い直接戦う予定がなく、また、恭也ならデバイス無しで、リンディの援護だけでも十二分に戦える。

 しかしながら、今後もそれでいけるかと言えば、解らないのだ。

 

「できる筈なのです。

 技術は知っていますし。

 そして、この子と私なら『融合』を行い、その上で恭也さんのインテリジェントデバイスとして機能する事が可能な筈です」

 

 リンディはこう言っているのだ。

 己が破損したインテリジェントデバイスのAIとなると。     

 デバイスと融合して自ら恭也のデバイスとなると。 

 

 融合というといろいろと誤解が生じるだろう。

 この場合デバイスに『乗り込む』とも表現できる。

 デバイスを操縦するパイロットになるとも。

 

 元よりデバイスの内とは異空間と言える。

 なのはのデバイスが大きさを変え、形を変えることからも解る通り、この世界の物理法則という常識は適応されない。

 その中へ入り、壊れた部分を代行するのだ。

 そもそも今リンディが妖精の姿をしている様に、身体の形を変えるという技術は確立されている。

 だから、そこまで危険行為ではない。

 

 しかし、それを他者が使うとなると、危険のレベルが少し変わる。

 が、恭也にはそれがどれ程危険なのか判断できない。

 止めるべきなのかも。

 

 だがしかし、まだ付き合いは短いがリンディは無茶はするが無謀はしない。

 優しく温和であるが、計算高く、冷静で、自己犠牲に陶酔するような人ではない。

 

「解りました。

 何が必要ですか?」

 

 だから恭也は決断した。

 彼女を、肩に乗るアドバイザーから、共に戦うパートナーとする事を。

 

「とりあえず時間が。

 自己修復機能を改造して既にその準備は進めています。

 それは後1日ほどで完了します。

 そしてその後、適応訓練をしましょう。

 私も初の試みで、恭也さんにも慣れてもらわなければなりません」

 

「了解しました」

 

 今後のやるべき事は決まった。

 おそらくは過酷な訓練が必要となるだろう。

 しかし、なのは達と同じ舞台に上がる必要があるかもしれない。

 その為ならば、恭也は努力を惜しむ事は無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕方

 

 細かい打ち合わせと、魔法講義を終えた恭也は月村家に来ていた。

 忍と打ち合わせする事が残っていたからだ。

 

「いらっしゃいませ、恭也様。

 なのはお嬢様もいらっしゃいますよ」

 

「なのはが?

 そうか」

 

 だが、玄関でファリンにそう告げられ、少し予定を変更した。

 後々の為に、可能であるならいつかはやっておこうと思っていことだ。

 

(リンディさん、よろしく)

 

(いいですけど、自信はありませんよ?)

 

 まだ忍とは打ち合わせをしていない。

 しかし、その方が良いかもしれない。

 これほど好都合に揃っている事がこの先あるとは限らない。

 だから、今行うと決める。

 

 

「お嬢様方、恭也様がお見えになりました」

 

 ファリンに案内されてきたのはティーラウンジ。

 入り口から覗けば、忍となのはとすずかが一緒にお茶を飲んでいるところだった。

 

「あら、恭也、いらっしゃい」

 

「あ、恭也さん、こんにちは」

 

「おにーちゃんも来たんだ」

 

 立ち上がり恭也に近づいてくる忍。

 なのはとすずかは座ったまま、笑顔で挨拶をよこしてくる。

 

「ああ、忍、すずか嬢、おじゃまする。

 なのははここに居たのか」

 

 忍の姿を見て、恭也は少しだけ微笑む。

 無意識による、柔らかな笑みを。

 

「あの恭也さん、呼び捨てでいいですよ」

 

 恭也がすずかの名を呼ぶのを初めてのことだった。

 『嬢』というのが恥ずかしいのか、少し顔を赤く染めている。

 

「そうか。

 解った、これからはそうしよう、すずか」

 

「はい」

 

 改めて呼びなおすが、やはりすずかは恥ずかしそうに俯いた。

 その横ではなのはがそんな友達を見て笑みを浮かべていた。

 

「ところで恭也、今日はどうしたの?」

 

「ああ、少しな……」

 

 すぐ前まできた忍が訪ねてくる。

 その問いに恭也はわざと間をおいて。

 そして、敢えて事実を踏まえて述べた。 

 

「どうもここの所嫌な気配が………いや、少々心配事があってな。

 様子を見に来た」

 

 恭也のこの台詞に、なのはが反応するのが解った。

 恭也はそれに気づいてないフリをするが、なのはもやはり気にしているのだろう。

 これくらいはなのはの知る恭也ならむしろ当然として、わざと何かに気づいている様に見せかけたのだ。

 

「もう、そういう時は、『お前の顔がふと見たくなったんだ』くらい言ってよ」

 

 なのはの為の言葉であったが、忍も行動していた。

 少し甘える様に腕を絡めてくる。

 普段も冗談交じりでやっていることだ。

 しかし、今回はそれが有用となった。

 

(それなら……)

 

 この状況から、リンディが念話で案をいくつか並べてゆく。

 恭也はその中から選んで次の台詞とした。

 

「俺は気まぐれにお前に逢いたいなどと思わん」

 

 恭也は1度わざと冷ややかともとれる返答をし、場の注目を集めた。

 そして、そうした上で続ける。

 

「俺はいかに離れていようと、いつでもお前と共に在る。

 嘗て、そう誓った筈だが?」

 

 少々演技過剰だったかと思いながらも、告げた。

 ただ、演技といいながら、事実に基づいたものだ。

 嘘が無いから『見破る』という行為が存在しえない真実をただ大きくしただけの言葉。

 

「女はね、たまには言葉にしてほしいものなのよ」

 

 演技なのが解ったのか、忍ものって腕を引き寄せてくる。

 

「そうか、ではこれからは定期的に言いに来よう」

 

「良い心がけよ〜。

 あ、私達上に行ってるね。

 ノエルお茶よろしく」

 

「かしこまりました」

 

 ボロを出さない為にも恭也と忍はティーラウンジを出た。

 そして、それは別の効果も生む事だろう。

 

「……お、お姉ちゃん達ってあんなにラブラブだったんだ」

 

「わたしも……あんな事言うおにーちゃんはじめて見たよ」

 

 背にはなのはとすずかの感想が聞こえてくる。

 一応、これで成功と言えるだろう。

 

 

 

 

 

「はぁ〜〜〜〜……

 びっくりした〜」

 

 部屋に着いた忍は座り込んでしまう。

 ここまでの演技で疲れきった様子だ。

 

「悪いな」

 

「まあ、いいんだけど」

 

 こんな事に付き合わせた事にまず謝罪する。

 恭也には腕を絡めるなどの女性的な行為をするが、その実かなり初心だ。

 だから、先のような事を冗談とせずに人前でやる事に羞恥を覚えているだろう。

 

「それにしても恭也からあんな台詞が聞けるなんてね」

 

 その冷却の為にか、先ほどの台詞について尋ねてくる。

 確かにアレは事実であり、嘘ではない。

 しかしながら、恭也がああいう事を言葉にする事は無いのだ。

 

「ああ、アレは人からアドバイスを貰ってな」

 

「なんだ、そうなんだ」

 

 正直に台詞の出所を話すと、少し残念そうな顔をする忍。

 まあ、それが現実だろうとも考えているだろう。

 

 だから、恭也はそれに続けた。

 リンディのアドバイスでもなく、完全な自分の言葉を。

 そもそも、リンディは既に気を利かせて外に出ている。

 今は月村家の庭を散歩していることだろう。

 

 だからこそ、真実2人きりであるからこそ言えた。

 

「まあ、口にした内容に嘘偽りは無いがな」

 

 それは互いに解っている事。

 言う『必要』は無い事。

 しかし、それを敢えて言葉にして伝える。

 普段の恭也ならばありえぬ台詞だろうが、演技をさせたお詫びの意味もある。

 だがそれよりも、言うべきだと恭也は感情で判断し、告げたのだ。

 

「え? なになに? もう1度」

 

 忍の反応は一瞬遅れたが、その後は素早かった。

 落ち込んでいた状態から一気に立ち上がって詰め寄ってくる。

 恭也を押し倒さん勢いだ。

 

「さて……なんだったかな」

 

「恭也〜、もう1度言いなさ〜い」

 

 気恥ずかしさから、そっぽを向く恭也。

 それを正面を向かせ、もう1度言わせんとする忍。

 

 誤解でも演技でもなく、真実純粋に想い合う2人のコミュニケーション。

 忍に押され引かれ、やがて恭也はベッドに足をかけて倒れる。

 ちょうど、忍に押し倒される形。

 それから、更にベッドの上で転がる2人。

 

 部屋の外で、ノエルが立ち去っていくのが解った。

 ノエルは事実を知っているが、それをどう伝えるのか。

 ノエルなら問題ないだろう。

 そんな事を思いながら、恭也は想う人との一時を堪能していた。 

 

 

 

 

 

 それから、暫く転がりまわった2人。

 今は、ベッドで抱き合って横になっていた。

 恭也が下になり、忍が覆いかぶさる形で。

 

「……徹底するのね。

 それくらいの事態なのね」

 

 ぽつりと、忍が呟く。

 演技を依頼される事は既に了承していた事だ。

 しかし先の様な、半ば騙す様な事まで行うとはあまり考えていなかった。

 ここで嘘はどこにも無いというのが重要な点である。

 だがそれでも、あの子達には認識を誤らせる事になると知ってやっている事だ。

 

「ああ。

 元より半端な事は良くない。

 が、少なくとも今回の件が終わるまでは迷惑をかける」

 

「別にいいわよ。

 嘘じゃないし、嫌なことじゃないもの」

 

「わるいな」

 

 2人の仲は半ば公然の秘密。

 だから今回のことも、それ以上の事となっても忍にとっては良い事とすら言える。

 望んだカタチ、幻想していたカタチに近い事だ。

 

 だが―――

 

「ねぇ、少し血を貰っていい?」

 

「ん? まあ、少しなら」

 

「解っているわ」

 

 微笑み、答えて恭也の首に牙を立てる忍。

 そして、ごく少量の血をそこから吸出し、飲み込む。

 

 『夜の一族』としての能力、吸血能力。

 人よりも高機能であるが故に、エネルギーを多く消費し、その補充の為の能力と考えられているもの。

 人から血を吸い取り己の栄養、エネルギーとして取り込むことができる。

 

「ちょっと取りすぎたわ」

 

 今度は吸い取った血を首の血管に送り返す忍。

 最後に牙で穴を開けてしまい、傷となっていた場所を舐め、完全に塞いぐ。

 吸血能力には逆のこういった輸血機能もある。

 また、『夜の一族』の体液には簡単な傷なら瞬時に治してしまう能力がある。

 癒しとしての力なら那美よりも低いが、止血としてなら効果は十分だ。

 

「こっちも忘れないでね」

 

 だから、その時は頼れと、忍は告げたのだ。

 血が足りなくなったり、傷を癒す必要が在る時はここに来れば良いと。

 そしてここには増血剤等の薬品も揃っている。

 恭也にとって利用価値は高い筈だ。

 

 何かをすると宣言された時には言い忘れた事。

 それを今告げておく。

 忍は、こんなカタチで叶う望みなど要らない。

 それに、それよりも大事な事がある。

 

「ああ、頼りにしている」

 

 忍を安心させる為にそう言う恭也。

 しかし、恭也にとってそれはついでに過ぎない。

 そんな事は関係なく、ここは恭也にとって居場所の1つなのだから。

 

 

 

 

 

 それから1時間ほどして、時刻は17時半を回り帰宅の時間となった。

 帰るときにすずかに『もういいんですか?』などと聞かれ、恭也は1度ノエルの方を見てしまった。

 一体どんな伝え方をしたのかと。

 だが、なのはは意味が解っていない様なのでとりあえずよしとし、なのはと共に帰路につくのだった。

 

 

 

 

 

 そらから更に時間が過ぎ、夕食後。

 リンディは自室となっているスペースで休み、恭也は普段通りに生活をする。

 そろそろ夜の鍛錬の時間になろうとしていた。

 今日の鍛錬メニューを考え、美由希と打ち合わせをしようと部屋を出た恭也。

 そこで、何故か家の者がリビングに集まっており、そちらに向かう。

 

「美由希、今夜だが……」

 

 リビングに入ると、なのはが中心となって何かが行われていることが判明した。

 なのはがメモを持っている事から、なのはによる何かの問答が行われているのだろう。

 

「なに?」

 

 とりあえず、恭也は美由希と今夜の事を話し合う。

 場所がリビングという事もあり、代名詞ばかりで周囲にはほとんど解らない会話にする。

 元々御神の剣は人に見せるものではないから、鍛錬の話もだいたいこんな感じだ。

 

 その話が終わり、それを見計らっていたのだろう。

 なのはが話しかけてきた。

 

「おにーちゃん。

 今家族の事を書いてるんだけど、おにーちゃんの職業って何?」

 

 ごく簡単な事情を述べて、皆にもしたのだろう問いを投げかけてくるなのは。

 普通に考えれば何のことは無い問いだ。

 しかし、高町家はいろいろと複雑な事情がある。

 そして恭也にとって、その問いによる情報が何に使われるかによっては答えられぬものだ。

 

「それは正式な文書か?」

 

「社会の宿題だよ」

 

 普通ならば無いはずの問い返しに少しなのはは怪訝そうだった。

 そう、普通ならないのだ。

 なのはも複雑な事情を大体は知っているから。

 だから、わざわざ確認してくる。

 そして、なのはが書くという時点で、それ程意味のある書ではない事が前提だ。

 しかし、それでも必要だった。

 

「そうか。

 なら構わんか。

 俺はただの大学生だ」

 

 一応、高町 恭也は去年度に通っていた風芽丘学園を卒業後、文系の大学に進学している事になっている。

 実際一応とはいえちゃんと通っているし、レポートも提出してちゃんと卒業するつもりだ。

 文系を選んだのは出席しなくてもなんとかなる点を考えての事だった。

 ちゃんとは通っていない理由は、本業を既に持っているからだ。

 

「うん、解った」

 

 なのはは言葉の上ではそう答え、それ以上言葉を続ける事はなかったが、しかし少し何かを問おうとしているのが伺える。

 何故わざわざそんな事を強調してかくにんしたのかと言う部分だろう。

 恭也は少し考えた。

 今の自分の発言の意味を伝えるかを。

 

 普通なら、そう普通ならなのはの様な子供に伝えることではない。

 まだ早すぎるのだ。

 更に言えばなのはは今自分のことでいろいろ大変な事を知っている。

 

 そして、恭也は判断した。

 だからこそ、そうしようと。

 

「そうだな、言っておいたほうがいいか」

 

 恭也は自らの言い出し方になのはが緊張したのを感じた。

 解っているのだろう、次に出る言葉が重要であると。

 

 恭也はそこで1度桃子を見る。

 話しても良いか、と。

 そして、桃子は1度目を瞑り、静かに開くと、頷き、答えとした。

 

 母の了承を得て、恭也は告げる。

 そして、まず結論からいう事にした。

 

「なのは、戸籍上ではお前に兄は居ない。

 『高町 恭也』と言う人物は書類上では存在しない」

 

「……え?」

 

 流石に混乱している。

 それはそうだろう。

 なのはにとっては、目の前にいる存在が居ないと言っているのだ。

 

「なのはにはまだ早いかと思い、言っていなかったが。

 俺とお前では血の繋がりが複雑なのは知っているな?」

 

「……うん」

 

 はっきりと話した事はなく、だが隠した訳でもなかった。

 故に、いろいろな事情が絡み合い、普通の子供よりも大人びた思考を持つなのはは感づいていただろう。

 だが、ここで改めて伝える。

 事実としてある過去を。

 

「俺は御神の剣を伝える一族『御神』の分家の『不破』の子供という事になっている。

 だから、俺の本当の名は『不破 恭也』だ。

 美由希は本家の子で、ある事情で父さんに引き取られたが、本当は『御神 美由希』だ。

 それが父さんと母さんが結婚する時に俺も美由希も『高町』の姓になった。

 だがその時、父さんは戸籍を弄ってな、俺も美由希も母さんの、『高町 桃子』の子供であるとしたんだ。

 その理由は、とりあえず置いておこう。

 ここまでは解るな?」

 

「うん」

 

 なのはの目を見る恭也。

 どうやら問題はない様だ。

 突然出てきた名詞に混乱している様子はない。 

 

「それでだ。

 御神流の名はそれなりに有名でな。

 俺は仕事をする上でそれを使う事にした。

 だから、俺は過去に改竄された戸籍を元に戻し、今は『不破 恭也』となっている。

 その結果、書類上では『高町 恭也』という存在は最初から存在しなかった事になっている。

 学歴等は移植したがな。

 だから、何か正式に提出する公文書のときは気をつけてくれ、『高町 桃子』に息子はなく、『高町 なのは』に兄はない」

 

 表ではなく裏である程度名の知れている『御神』と『不破』の姓。

 恭也は剣士としては完成しないが、それでもそれを生業とし、活動する上でその姓の価値は大きかった。

 特に裏の道を行く人々と協力して行く上では、父の功績もあって『不破』の姓はそれ自体が父からの遺産と言えるものだった。

 だから、子供を護る為にも父が行った戸籍の改竄を戻して、恭也はその姓を手にしたのだ。

 父と同じ道を行く恭也には必要なものとして。

 

 尚、『不破』に戸籍を戻し、学歴等も移植しているが、卒業した風芽丘学園と大学の名簿上は『高町 恭也』で登録されている。

 『高町』で登録されていても学歴は移植できるし、それにこれもまた裏の仕事を隠すカモフラージュなどに利用できる事なので、最大限利用している。

 

「……」

 

 話が終わり、もう1度なのはを見る。

 すると、なのはななにやら考えていた。

 話を理解できていない訳ではない様だ。

 そして考えた後、なのはは改めて問うてきた。

 

「おにーちゃんはわたしのおにーちゃんだよね?」

 

 その問い、話を理解しなかった訳ではない。

 そんなレベルの問いではないのだ。

 恭也は思う。

 なのはは本当にまっすぐに育ったのだと。

 

 そう思って、恭也はなのはの頭に手を置いて撫でてやった。

 

「ああ、そうだ。

 全て書類上の話だ。

 お前の兄『高町 恭也』はここに居る。

 日常ではこれからも『高町』の姓を使うだろうしな。

 一応『不破 恭也』としては書類上は別の住所を持っている。

 だが、俺はこの家にいて、お前の兄で、母さんの息子だ。

 ……まあ、兄らしい事などしたことはないがな」

 

 しかし同時に思う。

 自分はまだ何もしてない。

 何も遺せていない。

 なのはは自身の力だけで今あるのだ。

 まだまだ未来がある。

 

 そこへどれ程のことが伝えられるだろうか。

 この機会をどれだけ活かせるだろうか。

 今は大変な時だからこそ、様々な視点で物事を見定める事を忘れて欲しくないと考え、敢えて今日この時に告げた。

 恭也のこの告白も、ちゃんとなのはの成長の糧とできるだろうか。

 そう考え、不謹慎ながら今回のこのジュエルシードに連なる事件をありがたくすら思えていた。

 

 余談だが、本日訪れたあの隠れ家が、書類上の『不破 恭也』の家という事になっている。 

 

「そんな事ないよ。

 おにーちゃんはおにーちゃんだよ」

 

「そうか。

 ありがとう」

 

 なのはの優しい言葉に、笑みを浮かべもう1度撫でる。

 だが、心ではその言葉に甘えてはならないと思うのだった。

 

 

「そういえば恭也。

 戸籍上で『高町』という過去の事実すらなくなるのなら……もしかして桃子と結婚できるの?」

 

 暫くして、フィアッセがそんな疑問を口にした。

 フィアッセには既に話してあった内容であるが、改めて考えてみたのだろう。

 

 フィアッセが言うのは、日本の法律上の話だ。

 通常、日本の法律では1度でも『親子』という間柄になれば、婚姻を結ぶことはできない事になっている。

 しかし恭也の場合、書き換えを正常に戻したことで、桃子との親子関係が無かった事になっているのだ。

 だから、それでどうなるという確認の問い。

 

 しかし、その問いは何故かこの空間の空気を変えた。

 

「ああ、そうだな。

 可能といえば可能だ。

 後、俺の戸籍は前は一応『不破 士郎』の子供になっていたのだが。

 それもいろいろあって弄られたものだった。

 だから、元に戻したら俺は『不破』の養子扱いで、『士郎』の直接の子供ではなくなっている。

 いろいろと調整が面倒だったぞ。

 だから、結論からいうが、俺は母さんや美由希とは勿論、美由希の母であり本来叔母である美沙斗さんとも婚姻を結べる」

 

 そんな空気を気にする事なく恭也は淡々と応える。

 余計と言える事まで平気で。

 

 しかしそれは、自分は本来天涯孤独であり、しかし今ここに家族がいるという裏の意味を持ってのこと。

 だから、それを完璧にする為に更に余計な一言が加わる事となった。

 

「そして、『不破 士郎』とも血縁関係が記録にないことで―――なのはとすら結婚が可能だ」

 

 その前の言葉には、士郎と恭也の血縁関係の有無についての事も触れていたがここで明言とする。

 実のところ、恭也が士郎の子供であるという確証はどこにも無いのだ。

 話では、父士郎が一応心当たりのある女性が置いて行った子供であるという事らしい。

 DNA鑑定をすればよかったのだろうが、士郎はしなかった。

 そして、その事実を話されても、恭也は特に気にする事はなかった。

 

 士郎と恭也は例え血の繋がりがなかろうとも親子であると、両者が想っていたのだから。

 

 そんな裏の思いがあっての言葉であるが、この空間の空気に多大な影響を与えていた。

 その空気の変化の意味をちゃんと理解してないのはおそらく恭也となのはだけであろう。

 

「おにーちゃんのお嫁さん?」

 

 解っていない証拠として、なのははただ無邪気に今言われた事について考えている。

 下手をすると矛先すらむきかねない事だというのに。

 

「恭也、発言はもっと慎重にしないといけないと思うわ」

 

 この中で唯一人―――今生きている中で本人である恭也を含めて3人しか知らぬ事実を知る1人。

 恭也と士郎の事情について知っている桃子。

 それ故に、今の恭也の発言の裏の意味を理解できた。

 だから、桃子は複雑そうに恭也の肩を叩くのだった。

 

 その気持ちにはこの空間の空気は応えてくれないのだと。

 そして、桃子の懸念は現実となり、まずフィアッセが動いた。

 

「そういえば恭也、病院で聞いたんだけど。

 フィリスと子供は何人欲しいか、なんて話してたんだって?」

 

 尋ねるフィアッセの表情は笑顔だ。

 そう、表面上はいつもの優しい笑み。

 しかし、何故かいつも優しいはずの声だけは、笑っていなかった。

 

「ああ。

 まあ、そう言う話になっていたな」

 

 恭也は言いよどんだ。

 何故なら、そう言う話に至った経緯を話せないからだ。

 

 恭也の体が抱える問題について知っているのはフィリスだけだ。

 しかし、感づいている者は多い。

 ただ、感づいている者も、その見解はフィリスから見れば甘い考えであると言えた。

 故に恭也の身体の事はフィリスと恭也だけの秘密というのは事実なのだ。

 

 だから、それだけは絶対に誰にも話す事はできない。

 

「恭也が子供欲しいなら、いつでも言ってね。

 私でよければ協力するから。

 ママも孫の顔が見たいだろうし」

 

 恭也のあいまいな答えについての追求は無かった。

 そして何故か、先ほどまでの雰囲気は無く。

 ただ純粋にそう申し出てくるのだ。

 本当にそれを望んでいるとして。

 

 何かを応えるべきであろう。

 しかし、恭也が応える前に次が来た。

 

「御神の母さんは今の私より若いときに結婚して子供生んでるんだよね。 

 そういえばさ、恭ちゃん。

 私は御神の最後の後継者で、恭ちゃんは不破の最後の後継者だよね?」

 

 次に動いたのは美由希。

 フィアッセの言葉を潰すかの様に出してきた問い。

 笑顔だったフィアッセも少し顔が引き攣ったのが見えた。

 

「ああ、そうだな」

 

「私と恭ちゃんが結婚して子供が生まれるとすると。

 姓はどっちになって、受け継がせる御神流はどうなるんだろう?」

 

「基本的に裏も表も大差はないらしいが。

 まあ、分家も本家ももうないのだ、別に難しく考える必要はないだろう。

 ただ1つ言っておくが、一応お前の『御神』も元に戻せるが。

 お前は『高町』でいろよ」

 

 恭也が『高町』を捨て、『不破』に戻ったのはいろいろな考えがあってこその事。

 しかしだからこそ、美由希は『高町』でなくてはならなかった。

 この護るべき『高町』の家族の為にも。

 それは、言わずとも互いに解っている事だ。

 

「うん、それは解ってるよ」

 

 その確認の為に言った言葉であったが、美由希は少し不満そうだった。

 何か別の意図があったのだろう。

 

「恭也、子供欲しい? 久遠もつくるよ」

 

 更にそこに久遠まで申し出てくる。

 美由希とフィアッセが驚愕しており、桃子が頭を抱えている。

 恭也は最早なぜこんな話の流れになっているのか解らなかった。

 ただ想うのは、久遠がそう言うことに興味を示した事だ。

 まだ興味の段階であろうが、それについては考えてやらねばならない。

 

「久遠の場合はそうするとまず戸籍の作成からか」

 

 久遠が人の子供を生む事が可能であるという事は、那美から情報として得ている。

 いろいろその前にやる事はあるという事であるが、それでも人の女としての幸せも手に入れることができるのだ。

 それを久遠が求めているのなら実現できる環境を整えてやりたい。

 そして、それは恭也側でも可能な事であり、それを実行する手段を恭也は考えていた。

 

 ふと、そこで恭也はなのはが目に入った。

 なにやら考え込んでいるなのは。

 何故か不安そうにこちらを見てくるなのは。

 

 一体、何を考えているのだろうか。

 恭也は少し気になったが、問うことはなかった。

 

「……みんな、何か飲む?」

 

 複雑な空気の中、桃子が提案する。

 行き詰まり、何かがたまる一方であった空気を換気する為の提案だ。

 それでなんとかこの場はおさまった。

 

 ただ、桃子の提案の意味を、この空気の発生のきっかけたる本人は気づいていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日 昼過ぎ

 

 恭也達は八束神社近くの山の中にいた。

 八束神社を含み、周囲に人は居な事は確認済みだ。

 そこで恭也と本来の姿に戻ったリンディは向かい合っていた。

 

「昨晩の話、聞いていました」

 

「やはり、聞こえていましたか」

 

 リンディは恭也の部屋にいて、リビングの話が聞こえていた。

 だが、昨日の時点ではその話題を恭也としていない。

 何故なら、例え結界等でアリサ達を誤魔化せていても、完璧ではないからだ。

 出来る限り、必要外の会話などはしないのが得策。

 だから、恭也とリンディが話すのは基本的に外だ。

 

「戦う者としての姓なのですね。

 『不破』は」

 

「そうです。

 最初貴方と出会ったとき、貴方との付き合いは戦いの中であると判断しました。

 それ故、俺は己を『不破』と名乗ったのです」

 

「そうですか」

 

 リンディが問う事も、恭也が答える事も、既に話の中や今までの行動で示しているもの。

 だからこれは唯の確認であり、儀式の様なもの。

 直接伝え合い、互いの関係を変化させる為の1つの式。

 

「リンディさん、俺と貴方は出会って7日程が経過した。

 その間、俺という人物は大体見ていただけたと思う」

 

「ええ」

 

 リンディは時に恭也の肩にのり、時に上空から恭也を見ていた。

 私生活も、友と語らいも、協力を要請する姿も、鍛錬の風景も。

 そして、戦う姿もだ。

 

「俺はこの世界において戦い、破壊する事を『道』とする者。

 我が道は何も生まず、何も創らない。

 その道に理想すら持たず、ただ壊す対象を待つだけの存在です」

 

「……はい」

 

 恭也の己の表現に、リンディは否定の言葉を挟まない。

 言いたい事はあれど、否定する要素が無いのだ。

 そしてまだ続くから、ただ静か次の言葉を待った。

 

「貴方はあの時、俺を必要だと言った。

 しかし、敢えてもう1度問いましょう。

 本当に俺が必要ですか?

 破壊する事しか能の無い『傷んだ刃』である俺を、貴方はこの道に必要としますか?」

 

 あの時、リンディが恭也を必要とした理由は答えられている。

 しかし、それはまだ恭也を良く知らぬ時の事だ。

 だから、今後少なくともこの戦いが終わるまでパートナーとなる人に問う。

 あの時の言葉は、今考えても正しいものであるかを。

 これからも2人でこの道を歩み、幸いの結果を得られるのかを。

 

 その問いに、リンディは微笑んだ。

 それは、恭也の問いを軽く思ったとかそう言う事は一切ない。

 だが、思い出す。

 嘗て同じ問いをしてきたある人がいたから。

 

 そう、この人と出会ったのは縁によるところも大きいのだろうと。

 

 そして、同様に思うのだ。

 この人に出会えた事を幸いであると。

 

「応えましょう。

 私には貴方が必要です。

 この道を越えて幸いを得た先でも必ず。

 貴方は私にとって必要な人です」

 

 穏やかな笑みのもと、リンディは断言した。

 穏やかでありながら、澄んだ力強い言葉で。

 

「私は護ることしかできない者です。

 護りたいものをただ強固な壁で囲い、隔離する事しか能のない女。

 自由に羽ばたくべき子に、その羽がどこまでも行けるものだと教える事ができません。

 だから、貴方が必要です。

 戦う人でありながら、戦う事を求めない貴方が」

 

 リンディは手を差し伸べた。

 それは求める手だ。

 

「だから、私と戦ってください

 戦いを知りながら戦えぬ私が、それでも戦う為に。

 その為に貴方の力を貸してください」

 

「承知しました。

 俺は貴方と共に戦いましょう。

 どうぞ、存分に使ってください。

 この道の先に在る幸いの為に」

 

 リンディの求めの手を掴み、リンディと共に戦う事をここに改めて誓う。

 恭也では成し得ない幸いの担い手である彼女の力として戦う事を誓うのだ。

 

「ありがとう、恭也。

 貴方にこれを。

 貴方が全力で戦えるように」

 

 リンディが差し出したのは黒い石。

 ジュエルシードとは違う黒の宝玉だ。

 

「これが……完成したデバイスですか」

 

「はい。

 完成、と言っても間に合わせですけど、今はまだ。

 しかし、それでも貴方の力となるでしょう。

 どうか、使ってください」

 

 それはなのはのレイジングハートと同型のデバイス、リンディの『シャイニングソウル』を改造したもの。

 なのはのレイジングハートの待機状態と色違いなだけで、レイジングハートと同様にペンダントとして身につける事ができる。

 

 それが差し出された。

 リンディ達魔導師にとっては武器以上のパートナーであるだろうデバイス。

 それを人に委ねるとは一体どれほどの意味があるだろうか。

 

「いろいろ考えてみたのですが。

 もし、なのはさん達の前に出る事があった場合。

 今後どう動くにしろ、変装の様なものが必要です。

 それに、恭也さんの特性的なものも考慮してバリアジャケットもデザインしておきました。

 全てこちらでやりますので。

 とりあえず、やってみましょう」

 

「はい」

 

 とりあえず恭也は普段そうするであろう状態。

 つまりは身につけた状態からの予行演習も兼ねて1度デバイスをペンダントとして身に着ける。

 

「では行きますよ」

 

 キィィィンッ! シュバンッ!

 

 リンディの身体が光、そのままリンディそのものが光の様なものとなる。

 そして、その光となったリンディが恭也の身に着けたデバイスの中へと入ってゆく。

 リンディが入り、全てが機能し、魔力で満たされ淡く輝く黒の宝玉。

 

 少し皮肉であるが、恭也の為の力であるデバイスはリンディあってこそのものだった。

 今はまだ、であるが。

 

『どうぞ。

 名前は『フォーリングソウル』とでも呼んでください』

 

 デバイスとしての音声で発言するリンディ。

 そして、告げる名前は本来のものではなく、これから動く恭也の為の名前。

 

「解りました。

 ―――フォーリングソウル」

 

 胸に下がる宝玉を右手で握り、その名を呼ぶ恭也。

 

『Yes Sir

 Stand by ready

 Set up』

  

 キィィィィンッ!

 

 応えの声の後、黒い光に包まれる恭也。

 その中では衣服がバリアジャケットへと入れ替わる。

 僅か一瞬の変身時間を経て、そこに立っていたのは黒い戦闘服に身を包んだ恭也だった。

 

「ふむ……」

 

 自らの服装を確かめる恭也。

 基本的には普段の戦闘服と変わらない、がやはり全然違うものだ。

 黒の上下は身体にぴっちりと張り付いている様でいて動きやすく。

 ジャケットはありえないほど軽いくせに丈夫だ。

 

 増えている武装としてグローブとマントがある。

 グローブは、これも素手と変わらぬ付け心地だった。

 そしてマントは全身を覆えるタイプで、場合によっては隠し武器を使うときの目隠しとしても使えるだろう。

 脱着も簡単なので、囮に使う事も可能そうだ。

 それにおそらく頑丈だろうから、これ1つでも相当の防御効果が期待できる。

 

 更に元々あった武装、飛針や小刀、鋼糸などは魔力付与状態でジャケットの裏に格納されている事を確認する。

 愛刀八景もジャケットの背の部分にある。

 だがそれはどんな魔法なのか、表面上全く解らないのだ。

 背にはそこに在る実感できるのに、外見上はそれが見えないのだ。

 背を曲げても、ジャケットはその下には何もないかの様に空間的なカモフラージュがされている。

 流石の魔法、魔導師が着る防護服と言ったところだろう。

 

 最後にデバイスであるが、これはそのままだった。

 つまりはペンダントの、スタインバイモードと変わらぬ姿で首にある。

 基本的に魔法を使わない恭也には、なのはがしている様なデバイス自体の変形が不要なのだ。

 

「これは便利ですね」

 

『後これを』

 

 恭也の手に出現したのは仮面と長い一本の棍。

 棍は黒い金属製かと思われるもので、実は元々シャイニングソウルの柄であった部分だ。

 仮面は目元部分だけを覆い、且つ外からは決して目が見えない様加工されているものだった。

 

『このバリアジャケット自体に認識操作の魔法を付与し、なのはさん達にわからない様にしてあります。

 棍は武器でなのはさんに判別されない為で、その仮面はあくまで保険です。

 もしかすると、なのはさんには解ってしまうかもしれませんので。

 後一応、自ら仮面を外す時は自動で認識操作魔法も解除する様にしておきますね』

 

「解りました」

 

 説明に納得して、仮面を着ける恭也。

 その仮面はこれも魔法なのか、固定するような物は一切ないのに、顔に張り付いてずれる事もない。

 視界も良好で、重さも気にならない。

 更に頑丈なので防具としても有用だろう。

 棍もよく手になじむ。

 

 棍術は多少心得がある。

 レンの動きも参考にしていればなんとか使えるだろう。

 

『因みにですが、ライバル的悪役を想定してみました』

 

「……なるほど」

 

 少し楽しんでいるだろうリンディの声を聞いて納得する。

 そもそも『フォーリングソウル』つまり『堕ちゆく魂』、などという名前から正義の味方ではありえまい。

 バリアジャケットの黒というイメージは、恭也の元々の戦闘服と同じなので気が回らなかったが、これも確かに悪役っぽい。

 そして仮面を着けて素顔を隠している点などは、ライバルっぽいと言えなくも無い。  

 

 そういえば、リンディはこの世界の情報を集めるときテレビも活用し、いろいろ番組を見ていた。

 

 何を見たのやら、と少し空を仰ぐ恭也だった。

 

 まあ、問題点は無い。

 リンディは楽しんでいるがふざけてはいない。

 むしろ入念に考えた上での事だ。

 その証拠にこのバリアジャケットに遊びの部分は欠片もない。

 今の一言がなければ、そういうのを参考にしていると思わなかっただろう。

 そしてそれはリンディにしても、多少のデザインを参考にしただけで、機能面を削った部分などありはしない。

 

 

 兎も角今は魔導士としての戦いに割って入れるように訓練が必要だ。

 

『じゃあそろそろやりましょう。

 結界を展開します』

 

 ヴォウンッ!

 

 世界が変わる。

 この世界ではない違う位相の世界に。

 外界と隔離されたこの空間で恭也は魔法に慣れるための訓練をする。

 

『リンク開始』

 

 リンディの言葉と共に、恭也とデバイスとしてのリンディが繋がる。

 恭也の意思はリンディに伝わり、それが魔法として現れる。

 

「我は空を往く」

 

 そしてまず、恭也は空を望んだ。

 

『Hells Rider』

 

 リンディの援護があるとはいえ、魔法を幻想するのは恭也だ。

 故に、特に自身に影響を及ぼす魔法は恭也が幻想できる形でしか表せない。

 そして、これが恭也の飛行魔法。

 見かけ上変化は見られない。

 

「……ふっ!」

 

 恭也は跳んだ。

 空へと。

 だが、その身体は重力に従い上昇は止まり、やがて落ちゆくだろう。

 しかし、その時にこそこの魔法は発動する。

 

 ダンッ!

 

 恭也は空を蹴った。

 そして、更に上昇する。

 それから更に何も無いはずの空を蹴り、また蹴りと上昇を続け、空に昇る。

 

「ふぅ……」

 

 高度100m程までのぼり、そこに立つ恭也。

 何も無いはずの空に立っているのだ。

 

 いや、違う。

 恭也の足元にはあった。

 黒い魔力の足場が。

 恭也はそれを蹴り上昇し、そこに立っているのだ。

 

 そう、この魔法はただ一箇所、足元にのみ現れる魔法である。

 本来飛行魔法として扱われないタイプの魔法。

 それを使い恭也は空を往く。

 

 恭也は飛び行くのではなく、空を跳び往くのだ。

 

 この魔法、本来の名を『Heavens Rider』、天駆ける魔法としてあるものだ。

 それを恭也が組みなおし、リンディが名を変えてここに発動させている。

 使いこなせば空の全てが足場となり、重力すら味方にしてありえぬ筈の動き、攻撃も可能となるだろう。

 

『いい感じです』

 

「ありがとうございます。

 では、どんどん行きま……」

 

 これから練習を重ねようとした、その時だった。

 

 トクン

 

 鼓動が聞こえた。

 ジュエルシードの鼓動だ。

 

『恭也さん!』

 

「ええ」

 

 リンクしている事で同時に気づく事ができたリンディ。

 そして恭也もすぐに向かおうとする。

 

 まだ訓練といえる事は全くしていないと言っていいこの状況。

 しかし、弱音など吐いていられない。

 なのはとて、それと同様―――いや、それ以上の準備不足の中戦っているのだから。

 

「場所は近いですね。

 このままいきます」

 

Yes Sir!

 

 ダンッ!

 

 結界を解き、ステルスを展開し、空を駆け往く恭也と、今は完全にデバイスに徹するリンディ。

 今回の敵となるジュエルシードの下。

 今回被害者となる人の下へ。

 

 

 

 

 

 そして、着いた場所は展望台だった。

 そこで街を空を見上げる1人の女性がいる。

 哀愁を背負い、今にも飛び降りそうな1人の女性が。 

 

(何か思い悩んでいますね)

 

(おそらくは、それからの開放を幻想しているのでしょう)

 

 どんなものになるかはまだわからない。

 だが、やれる事は多いだろう。

 まず人払い。

 元々人がほとんど居なかった為、容易に行う事ができた。

 そして、何が起きても大丈夫なように、視覚的なものも周囲からカットしておく。

 

 那美達への連絡も済ませてある。

 特に那美のいるさざなみ寮はここから近い。

 おそらくは何か気配は感づいてしまうだろう。

 

 それらが問題なく終わり、あとは発動を待つだけとなった。

 ちょうどそんな時だ。

 

「ああ……いいな……鳥は自由で……空を飛べて……」

 

 引き金となる言葉が、被害者の口から出た。

 

 キィィン 

 

 その直後だった。

 ジュエルシードが発動したのは。

 持っていたバックの中にあったジュエルシードが女性の身体の中へと解けてゆく。

 そして―――

 

 バサッ!

 

 女性の背中に翼が生えた。

 

(鳥か、まあそうですね。

 魔法も、こちらの世界の異能も何も持たない人間なら普通に幻想する事だ)

 

(空中戦になりますね)

 

 恭也とリンディが考えている間に、女性が空へと昇ってゆく。

 嫌なことしかない地上から離れ、自由な空へと。

 

 女性の逃避の想いが実現される。

 

 ただゆっくりと昇るだけであるが、こままではいずれ雲を抜き、どこまでも昇るだろう。

 そう、ジュエルシードという魔法の種の力で昇るのだ。

 成層圏すら越えてゆきかねない。

 

 だが、その前に来る。

 

「結界!」

 

 ヴォウンッ!

 

 結界が展開された。

 何も無い空であるが故か、広域に広がる隔離結界が。

 

「困ったわ」

 

「これはちょっと……」

 

「くぅん……」

 

 だが、その結界の中心で、やってきた少女達は立ち止まっていた。

 今回の敵であるジュエルシードの実現させたカタチを見て。

 

「そうか……魔法もなく、この世界の裏にある能力も持ってない人にとっては、普通に願望としてあるよね。

 わたしも時々思うし、夢に見ることもあるから。

 ―――空を飛ぶっていうのは」

 

 なのはは少しだけ納得できたか、気持ちを切り替えて目標を見据える。

 

「何も無い空だから、かなり広域まで結界が張れたわ。

 地上から半径5kmくらいの球形の結界よ」

 

 アリサはまだ魔力を回復できていない。

 それでも、いつも張る結界と同じ出力で結界を展開し、何も無い空であるが故に広域に渡っている。

 しかし、それは無駄な事ではなく、ちゃんと考えた末の事だ。

 

(結界を強固にすることもできるでしょうが。

 それでは仮に被害者がぶつかると被害者が負傷してしまいますからね)

 

(優しい子ですね)

 

(ええ)

 

 だが、それが弱点となるだろう。

 飛行し、逃げ回る様な相手なら、この広さと結界の貧弱さはつけ入る隙でしかない。

 しかしながら、なのは達の行く道はそれで良い。

 

 もしそれで何か問題が起きるなら、その時こそ恭也達の出番なのだから。

 

「うん、とりあえず……

 レイジングハート、お願い!」

  

『Stand by ready

 Set up』

 

 カッ!

 

 レイジングハートの起動とバリアジャケットへの換装を済ませるなのは。

 同時に魔法を発動させた様だ。

 

Flier Fin

 

 なのはの靴にピンク色の光の翼が発生する。

 どうやら、これがなのはの飛行魔法らしい。

 恭也と違い『飛行』である様だが、翼を具現する辺りはやはり魔法初心者だからだろう。

 

(あの方法での飛行は普通しません。

 翼を具現すると姿勢制御などの性能面は高くなります。

 しかし、その分消費する魔力が高すぎるのです)

 

(魔導師にとっては致命的ですね。

 飛行しつつ魔法を放たなければなりませんし。

 そうなると、移動方法では極力魔力消費は抑えたいところでしょう)

 

(ええ、ですが、なのはさん程の魔力があるなら、それも良いかもしません)

 

 2人がなのはの飛行魔法について考えている間に戦闘は進んでいた。

 

「なのは、私は久遠の飛行で手一杯だわ。

 初の実戦使用だけど、こうなればこの実戦で使いこなしてちょうだい」

 

「うん、がんばる」

 

「行くよ!」

 

 フッ!

 

 自分の飛行魔法で飛ぶなのはと、アリサが乗ってアリサの飛行魔法で飛ぶ久遠。

 3人は飛行魔法の高速を持って、被害者の前まで一気に移動する。

 だが、その時だ。

 

「ギャオォォォッ!」

 

 接近と共にジュエルシードの防衛機構が発動した。

 そして即座に具現したのは2体の翼を持った闇の獣人だ。

 

(地形対応もしてきますか)

 

(それくらいは当然かと。

 むしろ、3つ目もそうでしたが、防衛機構が出るのが早すぎる事が問題です)

 

(しかも2体同時か……

 マスタープログラムが制御しているのでしょうか?)

 

(まだ解りません)

 

 冷静に観察する恭也とリンディ。

 そうしながら、ステルスをかけてなのは達と一定距離以上はなれない様に努めている。

 

「もう出てくるの!」

 

 なのはも、今回の防衛機構の出現の早さに驚いている。

 3つ目の場合は、まだ攻撃型だったからそう言うものかと考えていたのだろう。

 しかし、今回はどう考えても被害者は現時点で攻撃を考えていない筈だ。

 

「なのは、雑魚は私と久遠がなんとかするから本体をお願い」

 

「うん」

 

「いくよ!」

 

 シュバンッ!

 

 久遠が全力モードへと変身し、闇の獣人の相手をする。

 ここまではいつものパターンだ。

 

「ギャオォォォッ!」

 

「はぁっ!」

 

 ザッ バシュンッ!

 

 ただ、全地形対応型なのか、一切戦力の衰えていない闇の獣人に対し、久遠はアリサの魔法で飛んでいるだけなので戦力が落ちている。

 そこが問題となる。

 

「グギャァァァッ!」

 

「ちっ!」

 

 次々と出てくる闇の獣人を捌くだけで手一杯の久遠。

 これではなのはの援護は不可能だろう。

 

「リリカル、マジカル」

 

 なのははそれを悟ったのか、早急に終わらせるべく、すぐに封印魔法の準備にかかった。

 しかし、

 

「じゃまヨ!」

 

 その魔法がジュエルシードを封じ、今この飛ぶ自分を邪魔するものだと解ったのか、女性が動いた。

 そしてそれは、防衛機構へと伝達される。

 

「ギャオォォォッ!」

 

 久遠が相手をしているのとは別口に新たな2体の獣人が出現した。

 

(む、これは……)

 

(援護準備はしておきます)

 

 2体の獣人がなのはへと向かう。

 1人ではまだ戦えないなのはに。

 リンディは一応援護砲撃魔法の準備を進めておく事にした。 

 

「あっ! バリア!」

 

Protection

 

 キィィィンッ!

 

 なのはは慌ててバリアを展開した。

 空の上である為、360°の全方位バリアだ。

 

「ギャァァァッ!!」

 

 ガギィィィンッ!

 

 2体がバリアに衝突する。

 しかし、体当たりするだけで特別バリアを破ろうという行動は見られない。

 

(これは……なのはの動きを封じているのか?)

 

(あの防衛機構、そこまで考えている?)

 

 2人は考える。

 もしそうならば防衛機構に対する認識を改めなければならない。

 今は久遠だけで対応できている獣人もいずれは―――

 

「なのは!」

 

「ギャォォォッ!」

 

「久遠、右!」

「くっ!」

 

 気づいた久遠とアリサが援護しようとするが、できない。

 自分の分だけで手一杯なのだ。

 

「どうしよう!」

 

「仕方ないわ! なのは昨日作った魔法を使って!

 あなたのお兄さん、恭也さんの戦い方をジュエルシードからダウンロード、貴方自身にインストールするの!

 イメージして、貴方が知るあの人を!」

 

 悩み、考えるなのはに呼びかけたのはアリサ。

 何かの魔法の使用を指示している。

 

(……なんだと?)

 

(あの子……まさかあの理論魔法を構築したの!)

 

 リンディには解っている様だが、恭也にはどんな魔法か判別できたわけではない。

 しかし、恭也でもその言いから、あまり良いものでないことは解る。

 

「出力はできるだけ絞って。

 危なかったらカットするのよ!

 コードは、バトルモード:恭也」

 

「うん!

 いくよ!」

 

 『恭也』名が出る魔法の使おうとするなのは。

 バリアの中で構えなおし、そして呼ぶ。

 

「レイジングハート、バトルモード:恭也!」

 

All Right

 Battle Mode set up

 Mode:Kyouya』

 

 キィンッ!

 

 レイジングハートが魔法を発動させると同時に、なのはの身体が淡い黒の光で包まれた。

 

(アレは?)

 

(アレは……他者の思考パターンをダウンロードし、自身にインストールする魔法です。

 おそらくアリサは最初の貴方にとり憑いていたジュエルシードから得た情報を元に作ったのでしょう。

 『恭也』が持つ戦闘術式を取り込む魔法を)

 

 なのはを見ると、なのはの目にはなのはの意思が薄れている事が解る。

 そして、ほぼ無意識で魔法が使用された。

 

Magic Coat

 

 それは杖を魔力で保護する魔法だ。

 同時に、なのは動く。

 

 キィンッ!  

 

 バリアを解除し。

 

 ヒュンッ!

 

 取り付いてきた敵を一閃の下に斬り伏せ。

 

 バシュンッ!

 

「私は、飛べる!」

 

 ヒュンッ!

 

 更に、敵本体を追撃する。

 

(アレは、確かに俺の動きに似ています)

 

(ええ、貴方の思考パターンでどうすれば最良かを判断して、実行しているのでしょう。

 しかし、このままでは……)

 

(データが俺だとすると、出力に問題があるのですね)

 

(ええ……)

 

 少し想像すればわかるだろう。

 恭也という鍛え抜かれた人間がいきなりなのはの様な女の子の身体になった時の事を。

 

 結論から言えば、上手く動けるわけが無いのだ。

 身体の大きさが違う、筋肉量が違う、反応速度が違う、身体の作りが違うから重心も違う。

 そんな状態で戦おうとすればどうなるか。

 

「「なのは!」」

 

 アリサも上手く機能できていないことに気づいたのかなのはの名を呼ぶ。

 久遠は、なのはに良くない事が起きるのを感じたのだろう。

 しかし、2人共やはり獣人のせいで動けない。

 

「ギャオオオンッ!」

 

 その間になのはまた新たに現れた2体の獣人を倒していた。

 本来のなのはなら在り得ない動きをもって。

 

(これではなのはの身体が危ないな……

 止める準備をしますよ)

 

(バリアジャケットの保護で外部からの衝撃は緩和されますので、なんとか大事には至らないと思います。

 しかし、内部の、無理に動いた分が心配ですね。

 こちらはいつでもOKです)

 

 なのはとの距離を少し詰める。

 場合によっては、なのはの方を止める為に。

 

 その間になのはは更に動いていた。

 接近を完了させ、本体へ直接攻撃をしかけているのだ。

 

 それは、恭也の思考である故に、本体への配慮が少し低い為に起きた行動だった。

 

 ヒュンッ!

 

 翼を切り裂いてしまったのだ。

 そうすれば落下してしまうというのに。

 

「ああああああああああっ!」

 

「いけない!」

 

 なのはは慌てて落ちていく女性を追う。

 しかし、それもすぐに不要となった。

 

 ゴウンッ!!

 

「え?」

 

 落下していく女性が闇に包まれたのだ。

 そして、それが晴れた先に現れたのは『悪魔』と表現されるものだった。

 

「ジユウ……ジユウニトブ……」

 

 ドウンッ!!

 

 姿を変え、先ほどとは比べ物にならない速度で飛び行く悪魔。

 

「あっ! ダメ!」

 

 なのははそに手を伸ばすが届かない。

 そして、相手は早く追いつけそうものない。

 

(このままでは逃げられしまいますね)

 

(……いえ、まだです)

 

 恭也は見た、なのはの目つきが変わるのを。

 何かをしようとするその瞳を。

 

Shooting Mode

 Set up

  

 ガキンッ!

 

 なのはの意思に応え、レイジングハートが姿を変えた。

 紅い宝石を包む外枠がCの字に近い形から、Uの字の様な形へと。

 それは、護るための形態ではなく、攻撃の為の、放出の為の形態。

 

(長距離砲撃魔法……まだ魔法を始めて1週間ほどの子が……)

 

 それにはリンディも驚きを隠せないようだ。

 恭也にはそれがどれ程のことかは解らない。

 しかし、長距離砲撃というのがどれ程難しいかは知っている。

 

「なのは、何をしようというの?」

 

「力が細く……」

 

 遅れてやってきたアリサと久遠もなのはの使用とすることに驚いている様子。

 となれば、完全に今ここで開花した能力。

 

(砲撃に関する知識はある。

 それが、使えているだろうか?)

 

 今発動している恭也の戦闘データを取り込む魔法。

 それを頼っているかはわからない。

 しかし、もしそれがあっても中てる事は難しい。

 後は、なのは本人の能力が問題となる。

 

「いって!」

 

 ズドォォォォォンッ!!

 

 迷い無く放たれる砲撃。

 それは一直線に敵へと向かい。

 

 ズダァァァンッ!!

 

「グ…ギャ……」

 

 命中した。

 1kmほどあった距離をものともせずにだ。

 

(……すごい)

 

「長距離砲撃魔法ですって!」

 

 リンディは感嘆の声をあげ、アリサは叫ぶ。

 本来ありえないことなのだろう。

 なのはのやった事は。

 

「ジュエルシード封印!」

 

Sealing

 

 程なく、ジュエルシードは『]Y』の白い文字を浮かべ、封印は完了した。

 女性も元の姿に戻り、全て解決したかの様に見える。

 

 しかし、

 

 バシュゥゥゥンッ!!

 

 レイジングハートの排気ダクトから魔力の残滓が放出されるのと同時に。

 

 フッ……

 

 なのはの身体から力が抜ける。

 

「ちょ! なのは!」

 

「なのは!」

 

「う……」

 

 すぐにかけつけた久遠によって支えられるが、なのはは相当苦しそうだ。

 今までの全ての無茶がここに出たのだろう。

 そして、事態はそれだけでは終わらない。

 

「アリサ、あの人が!」

 

「拙い!」

 

 女性の事を忘れている。

 ジュエルシードの力を失った事で、翼を失い落ちてゆく女性の事を。

 なのはの飛行魔法ならば追いついただろうが、なのはの今の状態では救出は不可能だろう。

 

(いかん!)

 

 恭也が動いた。

 もうなのは達でなんとかできる範囲を超えていると判断して。

 

 ドクンッ!

 

 神速を発動させる。

 恭也の居場所から女性まの距離も1km程。

 この距離を一気に駆け抜けるため、飛行魔法を正確に制御する為に入った。

 しかし、

 

(え?)

 

 その時リンディが漏らした声を聞き取る事はできなかった。

 いや、そんな暇は無かった。

 

 ダンッ!

 

 空を駆ける。

 神速の領域の中で。

 1kmという距離を、正確に空を蹴りながら。

 障害物が何も無く、ただ跳び往く事を連続する事で純粋な速度が得られる。

 

 そして―――

 

 バシッ!

 

 なんとか、女性の救出に成功した。

 

「え?」

 

 それに最初に気づいたのは久遠だった。

 今女性を救出した事でステルスも切れている。

 恭也の姿も見えてしまっているだろう。

 

「あれは……」

 

 アリサも気づき、なのはも見ているのが解る。

 この装束は役に立ったという事だろう。

 

 だが、あまり長時間姿を晒すのも良くあるまい。

 

 ザッ!

 

 恭也はもう1度神速を使い、超高速空を駆け、なのは達の前へと移動した。

 

「……えっ!」

 

「っ!!」

 

 なのは達は恭也の速度に驚いている様だった。

 確かに飛行魔法よりも早い速度であっただろう。

 しかも、移動の仕方も異様と言える。

 

 ともあれ、すぐにこの場から離れる為に女性を渡し。

 そして、忠告を1つおいていく。

 

「……もっと先々を考える事をお勧めしよう。

 でなければ、全てを失うかもしれんぞ」

 

 なのははまだ自分のことすら解っていない。

 自分にできる限界も知らず、今回失敗してしまったのだ。

 だから、それを考えてもらわねばならない。

 

(う……ぁ……)

 

 リンディの苦しげな声が聞こえた。

 何故、と思うったが、同時に魔法が展開する。

 転移魔法だ。

 

 キィィンッ バシュンッ!

 

 その魔法によって、その場から移動した恭也。

 最後になのはの思い悩む目が見えた。

 

 

 

 

 

 戦闘場所から離れ、八束神社近くの森の中。

 

「う……ぁあ……」

 

 小規模の結界を張り、その中でデバイスと分離したリンディ。

 しかし、出るなり頭を抱え苦しげに悶える。

 どうやら激しい頭痛に苦しんでいる様だ。

 

「リンディさん! 一体……

 いや、俺のせいですね?

 俺の無茶な魔法要求で」

 

 リンディが苦しむとしたら、原因はそれしか考えられない。

 思い出せば、苦しみ始めたのは神速に入って飛行魔法を使ったときからなのだから。

 

「違います……」

 

 しかし、リンディはまだ頭を押さえ、膝をつきながらも恭也を見て否定した。

 

「ですが……」

 

「違うのです。

 これは貴方のせいではありません」

 

 回復はまだしていまい。

 しかし、リンディは恭也の懸念を否定する為に立ち上がる。

 それは同時に何かを強く想うが故の行動。

 

「これは私の失態です。

 貴方について認識を誤っていた私の」

 

 リンディは思う、勘違いしいたと。

 リンディは恭也の事を魔法の使えない、けれど意思の強い戦士であると思っていた。

 その部分は正しいだろう。

 しかし、その評価を誤っていた。

 恭也は『魔法が使えない』人であり、『魔法を使えないが、戦士として、人として強く、十分戦える』と考えていた。

 

 だが、違うのだ。

 そもそも『魔法』は戦闘手段の1つでしかない。

 『魔法』は絶対的な戦闘力の基準ではない。

 そんな事、解っていた筈なのにとんだ誤解をしていた。

 

「そう、勘違いしていたのです。

 貴方は―――魔法などだ」

 

 リンディは恭也の魔法を処理しきれなかった。

 無理やり対応したのが頭痛として現れているのだ。

 そして、それを自分の誤解への罰だとして受け入れている。

 

「……リンディさん」

 

 恭也は想う、先ほどなのはに言った言葉とその意図を。

 それは自分達にも当てはまる事だ。

 まだまだ互いに理解が足りない。

 もっと強くならねばならない。

 

 戦いの後の森の中、2人は静かに誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 某日 某所

 

 そこは高いビルの屋上だった。

 夜の街が見下ろせる場所。

 そこに1人の女性が立っていた。

 紅い髪の少女だ。

 

「姉さんは上手くやっているかしら」

 

 少女は呟いた。

 やってきたばかりのこの場所で。

 まだ見つけられない家族を想う。

 

 

 さまざまなものが動き出した。

 ジュエルシードを巡って。

 いくつもの想いが交差し、そしてそれは―――

 

 

 

 

 

第3話へ

 

 

 

 

 

 後書き

 

 裏2話なのです。

 今回は主に恭也達始動の話です。

 そして恭也のデバイスの話。

 まあ、ここら辺がどうなるのかは、明示の様な暗示の様なものを配置したので、深読んでおいてください。

 

 後は、最初の信頼MAX具合とかかな。

 まあ、細かくは追々。

 

 恭也とリンディの関係は……これは今どうこう言ってもな〜

 

 最後に出てくる少女とかも……これも、ここで話す事はないか。

 

 と言うわけで次回を待っておいて下さい。

 意味無い後書きだけど、気にしないでください。








管理人の感想


 T-SAKA氏に裏(恭也編)の第2話を投稿していただきました。



 兄馬鹿と言うか何と言うか……。

 冒頭の根回しする恭也ですが、改めて考えると恐ろしいですよね。

 一個人が表の権力や裏の大御所に影響力与えられる事が出来るって事ですし。

 しかもそれを妹の為に使うんだからもう、兄馬鹿ここに極まれり?

 まぁ文中でも書かれていますが、他の人の為って側面もあるみたいですけどね。


 なのは編で出てきた黒い人は恭也でした。

 まぁ恭也編を知っている人だったら分かったことでしょうけども。

 しかし神速が異常な事になってますね。

 あの状態だからこそでしょうけど、移動距離と速さが劇的に上がっているんでしょうか?

 まぁ結果自体は空間転移と変わらないので問題ないのかもしれませんけど。



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