闇の中のコタエ
第3話 再会と出会いと
深夜 なのはの部屋
ジュエルシードとの戦いが終わったその日の夜。
なのはの部屋では3人の少女が深い眠りについていた。
戦闘で魔力枯渇状態となり、1度気を失い、今は眠っているなのは。
同様に力を使った為に力尽き、眠っている久遠。
そして、失敗した戦闘理論魔法『バトルモード:恭也』の改修作業が一段落し、2人同様に力の使いすぎでダウンしているアリサ。
(念の為、3人には眠りの魔法をかけてありますが……
ステルスすら必要なかったかもしれませんね)
(ええ)
その部屋に入ってくる2つの影。
アリサの結界に設定してあった警報すら鳴らさずに侵入した者達。
(今はあの魔法の一部を書き換え中の様ですね。
これは……多分なのはさん用にデータを作り直しているみたいです)
(そうですか、ちょうどいいですね)
(ええ)
入ってきたのは恭也とリンディ。
2人は机の上でスタンバイモードの姿で、内部データの更新をしているレイジングハートの前に立つ。
(ではそこに割り込みましょう)
(はい、構築はこちらで。
レイジングハート、お願いね。
後、これは内緒よ?)
2人はアリサが施した改修指示に手を加える。
その魔法のデータの元となっている本人と、それを魔法に起こせる魔導師として。
その割り込みに対してレイジングハートは『Yes Mum』と返事を返してくる。
現在のマスターたるなのはより、マスターの権利を貸し出しているアリサより、レイジングハートは製造者の権利を上位に置いた。
いや、―――そんな順位付けよりも、2人のやる事が正しいことであると解っているからだろう。
(俺が知っている限りの美由希の動きを参考に……)
(なるほど、そうするのですね……)
アリサが今しているのは恭也のデータが恭也として動こうとしているのを、なのはの基準にする事だ。
恭也が要求する身体データを落とし、なのはでも動けるようにする。
それが目的。
しかし、それだけでは不具合が多数出る事だろう。
単純に出力を下げるだけでは、無駄な動きになってしまったり隙になるだけのものもある。
それに、力が出せないのなら出せないなりの戦い方もある。
アリサとなのはなら、時間をかければそれらの問題も見つけて修正できるかもしれない。
だが、それでは時間が掛かりすぎるのだ。
(まあ、これくらいはいいでしょう)
(ええ、実験的なものを繰り返しては、なのはさんの身体ももたないでしょうし)
今日3人の前に姿を出したばかりであるが、この手助けは必要と判断する。
(それにしても、こんな便利な魔法があるものなのですか)
調整をしながら、恭也はふと思う。
この魔法は誰かの経験をそのまま取り込めるものだ。
この魔法さえあれば、武術の伝承はどれ程簡単になるかと。
(いえ、そんな便利なものではないです。
まず、こんな正確なデータを採取するのは今の技術では不可能です。
これはジュエルシードだから出来たことです)
恭也の考えをリンディはすぐに否定した。
当然だ、こんな便利なものがあるなら魔導にも同じことが言えてしまう。
そして、世の魔導師は全て最高の技能を持っている筈だ。
だが、そうなっていない。
それはありとあらゆる面で不可能であるからだ。
(それに、こんなデータを取ったところでこんな魔法は本来は使用できない筈です。
他者の思考が頭に流れ、それと同時に身体も動くなど、乗っ取られるのと同じです。
それでも上手く機能していたのは、これは恭也さんのデータで、使ったのがなのはさんだからでしょう)
(確かに、そうですね)
少し想像してみよう。
ある魔法を発動させたら、突然頭に自分の知らない声が流れ、体が半ば勝手に動く。
自分の知らない者の、自分の知らない動き方だ。
普通ならば拒絶反応が起きるだろう。
だがなのはは、ある程度2人の戦い方というのを知っている。
道場での打ち合いや日頃の鍛錬を見ているからだ。
例え実戦を見た事はなく、視認できなくとも、事前知識として確かにある。
そして何より、それはなのはが望んだものだ。
同時に、恭也もなのはの事を知っている。
更には、恭也にはなのはに戦い方を教えようという考えが元々在った。
そのデータも少しはあったからこそ、先の戦いでぎりぎり機能することができたのだ。
つまり、もしこの戦闘理論魔法を使おうと思うなら。
まず第1にロストロギア級の高等遺物でデータ採取を行える環境であること。
第2に、使用者はある程度そのデータ元の戦闘理論の知識が在ること。
第3に、使用者とデータ元は互いに互いの事をある一定以上理解しあうこと。
の、最低3つの項目をクリアする必要がある。
(それなら普通に伝承した方が良いかもしれませんね)
(ええ、それにこの魔法はとても重い魔法です。
なのはさんだから動かせたのでしょうが、普通こんな魔法を使ったら他の魔法が使えなくなります)
なのはの魔力は、現状ですら同年齢でその手の修行を重ねてきたアリサよりも高い。
しかも、アリサはリンディ達の世界でも特異な程の魔力の高さを持ち、天才と言われていた。
単純魔力だけなら、なのはは、そのアリサよりも高いというのだ。
その魔力をもってしても、稼動させながら封印魔法を使おうものなら、先の戦いの最後の様に倒れてしまう。
それが並の魔導師ならば稼動させるだけで他の魔法を一切使えないか、そもそも稼動すら不可能であろう。
(魔導師としては本末転倒ですか)
(ええ。
このデータの正確さなら、もう少し軽くできるでしょうけど……)
アリサがやろうとしている改良に更に手を加えると、大分軽くする事ができるとリンディは考える。
この魔法を使いながらでも、時間制限はつくがなのはならば十分に動けるくらいにはできると。
しかし、
(……リンディさん、俺に考えがあります)
恭也はそれを止め、自分の案を伝える。
(……なるほど。
短期間で強くなってもらうにはそれも致し方ないですか)
(ええ、幸いフォローは我々がすればいいですから。
後、一応保険として……)
(発動条件は……解りました)
2人はそれから更に話し合いながら改良を進める。
なのはの為の戦闘理論魔法を。
これからの戦いで使い、そしてその先の為の魔法とする為に。
その次の日の昼
恭也とリンディは隠れ家に来ていた。
とりあえずリンディのシャワータイムと食事を済ませて会議が開催される。
議題は―――言うまでも無いだろう。
「なのはさんとアリサの方のフォローは終わりました。
後早急に解決すべきは我々の問題ですね」
「ええ」
昨日、なのはが魔力枯渇になる様な失敗をしたのと同じく、リンディに過負荷が掛かるという問題が露呈した。
後少しでリンディは限界となり倒れており、そうなると恭也はあの場から去る事が難しかった。
昨日の登場は非常に危うかったのだ。
この問題は何故起きたか。
それは、恭也の飛行魔法『Hells Rider』の要である空中疾走する為の足場の構築。
その構築要求にリンディが応えられなかった事だ。
断っておくが、恭也は全ての魔法処理をリンディに押し付けているわけではない。
少なくとも、どこで、どのタイミングで、どれくらいの強度の足場を作るかは恭也が構築する。
それをデバイスとなっているリンディに送り、魔法として処理して貰っているのだ。
まだ、恭也では魔法を発動して維持するだけの魔力を持っていない為だ。
つまるところ、リンディの魔法処理が恭也の魔法構築速度に追いつけなかったという事だ。
しかし、恭也が使う『神速』での移動は確かに異常に速いが、それでも一応恭也という人間が考えられる速さだ。
その考えに対して、仮にも上級の―――いや、リンディ達の世界でもトップレベルの魔導師である筈の者が。
高速思考をもって可能な限り迅速に魔法を組み上げる事が要求される者が、他者の構成する魔法に追いつけない。
それはどういう事なのか。
昨日もリンディが述べた様に、恭也の強さの認識をリンディが誤っていたからというのが理由として挙げられている。
それにより、どんなミスをリンディはしていたのか。
それが、今告げられる。
「まず、あの様な事になった原因として、私が貴方の移動速度、それに伴う魔法構築速度を甘く見た事があります」
敢えてもう1度、ハッキリと告げるリンディ。
己のミスを再認する為に。
「つまり、俺が無茶苦茶な魔法要求をしなければ良いという事ですね?」
その説明だけで、恭也が今まで得た知識だけで出る答えはこれになる。
恭也が実現不可能な魔法要求をしているからだと。
だから恭也側で出力を調整すれば良いと。
しかし、それは違うのだ。
「いえ、断言しますが、恭也さんが構築する魔法は私ならば問題なく発現できたでしょう。
あの魔法はもとより複雑な魔法ではありませんから、あの速度で要求されても問題ないのです」
リンディはハッキリと告げる。
恭也が神速を使い、思考などを本来ありえぬ速度であっても、その魔法の構成はリンディの許容範囲内であった。
本来であるなら、問題なく処理できる筈だった。
リンディが自身でつかうのであれば。
そう、これが恭也とリンクして恭也の代わりに行う処理でなければ、だ。
そして、代行処理でなぜ追いつかなかったか。
それこそが、リンディが恭也に対して謝罪する本当の理由。
「私は貴方の魔法構成速度を甘く見て、貴方とのリンクを50%程度しか行っていませんでした。
半分意識を持ち、残り半分だけで貴方の求める魔法に応えられると、そう判断したのです」
魔法初心者で大した才能も無い恭也の魔法など半分で十分。
そう思っていたと言っているのだ。
そう思って、恭也を甘く見たのだ。
しかし、それは常識から考えれば当然の事。
リンディの処理能力を持ってすれば、魔法を始めて2週間程度の人間が構成する魔法など、半分でも多すぎる。
だから半分だけ自分を残し、自分の魔法で恭也を援護しようと、そう考えていた。
しかし現実として、リンディの5割は恭也の本気に応える事ができなかった。
そう、リンディは自分が何故恭也を選んだのか、その理由の根本を常識で測れない事を失念していたのだろう。
指揮官として、魔法を良く知るものとして在った為に頭が固くなっていたとも言えるかもしれない。
「つまり、どうすると?」
「はい。
最早、私は私の意志全てを貴方の魔法処理の為に使いましょう。
完全に貴方のデバイスになります。
そうすれば、貴方は全力に限りなく近い形で戦える」
それは、戦いの中では恭也の判断に全て任せるという事だ。
そして本来ならできたリンディの魔法による援護もなくなるという事。
しかし、そうしても十分―――いや、そうする事でこそ恭也とリンディの力は100%に限りなく近い形で活かされる。
そうリンディは判断する。
「危険性は?」
「ありません」
恭也の最後の懸念に即答をもって応えるリンディ。
だがその後に、ただ、と続ける。
「危険はありません。
しかし、より強くリンクするという事は互いの考えている事を共有する事です。
つまり、リンクしている間は心の奥深くまで共有する事になり、特に恭也さんの方の心をこちらに流しますから……」
「そうですか」
リンディが恭也の魔法を処理する為に、恭也の思考をリアルタイムで読む必要がある。
それは、もう魔法に関することだけでなく、全てだ。
戦いの中の全ての思考はその後使う魔法に関係する。
だから、全て読まなくては処理が遅れる可能性が在る。
心を読まれる。
危険は無いが、そういう欠点を背負う事になる。
だが、そんなもの欠点と言えるだろうか。
魔法を処理する為に同調してもらっている相手に己の情報を公開する事がだ。
信じ合うべきパートナーに自分を知ってもらう事の何か不都合か。
恭也にとって、そんな事在るはずも無く。
故に、恭也の答えは1つ。
「解りました。
問題ありません、その案でお願いします」
「はい」
恭也のその決断をもって、この会議は終わる。
会議とは名ばかりの決意の儀式を。
そして、2人は移動する。
場所は八束神社の社の中。
時間は昼を少し過ぎた頃。
巫女のバイトをしている那美もまだ学校で境内には参拝客もいない。
その上で更に結界を構築する。
社だけを包む結界を。
「では、はじめます」
「はい」
この場所を指定したのはリンディだ。
何故かといえば、ここは神社である為、霊的に安定した場所だというところ。
それは魔法にも都合の良い場所だからだ。
これから始める事に関しては特にだ。
キィィィンッ! シュバンッ!
まず、前回同様リンディは光となってデバイスの中へと入る。
『同調開始します。
心の扉を開く感じでお願いします』
リンディが要求するのは玄関の鍵を開ける事。
本来自分だけの、他者の侵入などありえない場所への立ち入り許可だ。
リンディならば扉を無視して侵入する事も可能だ。
それは、この世界の能力者、HGS能力者などがやるテレパスと同じ事。
表面上だけなら、それで侵入できる。
そうやって、心の表面を読むだけならそれで良い。
しかし、戦いの為、考えている事全てを寄越して貰う為にはそれではダメなのだ。
向こう側から流してもらわなければならないのだから。
道はリンディ側で作るとしても、その道の途中の扉は常に開放されていなければならない。
『解りました』
恭也は言われた通りにそれを行おうとする。
恭也の周りにはいろいろな能力者がいる。
霊能力者からHGS能力者までだ。
だから、イメージが容易な事だった。
今まで1度もやった事は無くとも、身近な存在がその概念を既に恭也の中に形成していた。
『では行きますよ』
恭也は精神を集中させる。
いままでリンディに教わった魔法の知識と修行で可能となった開始のイメージ。
既にリンディは玄関先で待っている。
フォーリングソウルにいるリンディが、恭也の身体の中、心へと入る為の玄関で。
その玄関の扉を開放する。
リンディにのみ限定されながら、されど完全な開放。
こちらから迎え入れるイメージ。
そして、必要な道を繋げるイメージ。
ガチャッ!
何かが切り替わる様な幻聴が聞こえた。
そして、それが恭也の心がリンディに対して開放された瞬間で、それが恭也の開放イメージだ。
しかし、
『え? ちょっと!』
ガシャンッ!
1秒もしないうちにそれは終わる。
リンディ側からシャットダウンされたのだ。
『どうしました?』
何か不備があったのだろうか。
恭也側からは解らなかった。
リンディの要求した事に的確に応えたつもりだったのだから。
『どうしました、って……平気なんですか?』
『は?』
リンディの言いたい事が解らない恭也。
言い方からすれば恭也の方に何か影響が在る筈だった様だ。
しかし、恭也は何も変わらない。
開放し、リンディ側から拒絶される前と比べて何も。
『どうして……』
リンディは変わらぬ恭也を怪訝に思う。
いや、それはありえないとすら思っている。
何故なら、恭也は何をしただろうか。
リンディは恭也にただ玄関の扉を開けてもらえば良かったのだ。
しかし、恭也はそれを迎え入れようとした。
自分という存在の中に異物でしかないものをだ。
更には、道を整備して向こうから必要なものを渡そうとしたのだ。
扉を開ける以外は、全てリンディがやるはずだった事だ。
それは肉体的に言うなら、情報を知る為に注射一本分の血液を求めたのに対し、いきなり腕を斬って差し出す様なもの。
それくらい危険な行為だった。
自分と言う存在が流出し、更には異物が混入して下手をすれば存在が消えてしまう様な行為。
だが、恭也はなんとも無かった。
一応それは不可能な事ではない。
リンディならばできる。
こうして姿を変え、デバイスの中に入るなどという事もできるくらい『自分』というものに確信をもって制御できているからだ。
それは、主に精神エネルギーを基盤として魔法を扱うもので、高レベルのものならばできる事。
精神の鍛錬を積み重ね、肉体という器を持ってはじめて崩れずにいれる精神を完全に自分のものとする事ができるのだ。
しかし、恭也は肉体の鍛錬は行っていても、魔法の鍛錬を始めたのはほんの2週間前。
そんな高等技能を得るまでにいたった筈は無いのだ。
『……それなら……もう1度お願いします』
『はい』
ガチャッ!
恭也が何故心を崩さずにいれたのかを知る為にも、同調を試みるリンディ。
そして、先ほど同様に恭也は異物であるはずのリンディを迎え入れた。
玄関から手を差し伸べるまでして。
その手をとり、リンディは恭也の中へと入り、同調した。
そこで理解する。
何故、ここまで出来るのかを。
(ああ、そうでしたね……)
恭也はある意味で完璧だった。
完全に自分と言うものを理解していた。
自分がどういう形で、どういうもので、どういう存在であるかも。
自己というものを完全に把握していたのだ。
そもそも、恭也は肉体的な鍛錬だけにみえて、精神も鍛錬してきている。
例え魔法などで精神エネルギーを消費しなくとも、肉体を動かすのに精神力というのは少なからず必要だ。
そして、恭也達には『神速』という技が在る。
アレは自らの力で、自らの肉体にかかるリミッターを解除する行為だ。
肉体が自らを破壊しない為に最初から備えている、普通には外せない安全装置をだ。
それを外すのは肉体的なものではなく精神的なもの、意思の力が必要となる。
故に、恭也はそこいらのスポーツ選手などと比べたら肉体的にも精神的にも鍛錬を積み上げている人間と言う事だ。
(ですが、これほどとは……)
だが、何故ここまで完璧なのか。
リンディが思うに、恭也はたとえ肉体から魂と精神だけを抜き出しても、元の形を保てるだろうと判断する。
当然肉体という鎧がない分さまざまな制約がつくだろうが、そう簡単に崩る事は無いとだろうと。
いや、それどころか、ばらばらにしても、異物を混入させても、恭也は自分というものを復元してしまうだろう。
ここに当然あるものとして―――
(それに……)
更には、恭也と言う存在はただ強固なだけではなかった。
砕いてバラバラにしても、いつかは元に戻る復元力もそうであるが、それ以上に柔軟と言えるものがある。
それは、相手を受け入れることのできる能力だ。
自分のことしか考えていなければ、他者の侵入など論外だ。
故に、ある一定上のリンクは成立しない。
しかし、恭也は違った。
これだけ完璧に自己を認めながらも、他者も認めている。
これは相手がリンディであるからという条件があるだろうが、それでも他者を招き入れているのだ。
それは混ざり合う行為であり、自分の中に他者の要素が混ざり、自己が薄くなり変わってしまう行為だ。
他者を認める行為というのは、下手をすると自己が消えるという事に繋がる。
他者を認め、それを受け入れ続けたら、それはもう原型をとどめない別物になるからだ。
自己が完璧に護れる事と、他者を認め受け入れる事は矛盾するとも言え、普通両立しない。
だが、恭也は本来矛盾するその2つを完全に両立をしている。
自分を認め、他を認めながらも、当然の様にここに存在する事ができている。
水の様にリンディを受け入れながらも、分かれようと思えば一片の狂いもなく元に戻れるだろう。
それはリンディにも可能だ。
数多の修練を積み重ねてきた世界でも最高位の魔導師であるリンディならば。
しかし恭也のこれは、半ば天性のものだろう。
恭也は、自己を完全に確立しながらも自己を無限大に広げられるかもしれない。
恭也は半ばそれを天性で自然と行った。
そして、それは開花しているものだった。
そうなった要因となる出来事はいくつか在る。
(ああ……貴方は……)
恭也とリンクする事で、恭也の記憶が、想いが流れてくる。
そして、それは恭也が今こうなるに至った道を示してくれた。
それは例えば、膝を故障し、御神の剣士として完成できぬ身となった事。
それでも尚戦う事を選ぶ上で意思力が必要で、その後も多大な精神力を必要とした事。
更に、今の身体になるに至り、尚戦おうとしている事。
並べれば切りがない程ある。
言うなれば、恭也が今まで生きた道すべてがこうなった理由だ。
そして、それを証明した事もあった。
それは―――
『そう、そうでした! 私は……私はなんて愚かな女でしょうか』
『リンディさん?』
突然、リンディは声を上げた。
恭也の中で、この答えを見て思い出したのだ。
だから、己の愚かさに怒りの声を上げた。
『恭也さん、再三の誤認、言い訳はありません。
もはや貴方への侮辱でしかなかった』
そうだ、リンディは知っている。
第一それが出会いで、それが恭也と協力する事を選んだ理由だったのだから。
そう―――そもそも恭也は、自らの理想像すら打ち破れる者だ。
カタチをもって具現した故に、向上の精神がある者の前に理想はひれ伏した。
だが、己が最高と幻想するものを超えようなどと、一体どれ程の確固たる精神力が必要だっただろうか。
たとえひとかけらでも諦めがあったなら越えられぬ絶対の壁。
己の全てを持って、己より優れているモノを倒してしまう意思の力。
それこそ、恭也の―――
『貴方を知り、貴方を必要などと言いながら、貴方を全く理解していなかった。
これは、私の謝罪の気持ちです。
要らぬもの、余計なものでしょうが、私の覚悟です』
フワッ
それは、風が流れる様なイメージだった。
恭也の中に入っていたリンディが己の護りを、全ての心の扉を開放した。
2人の心は今ここで1つになっている。
『リンディさん……』
それはどういう事か。
肉体という鎧のない、本来形すらない心同士が、無意識でしている防御すら脱ぎ捨てて触れ合う。
それは、肉体的に裸で抱き合うという行為の比ではない。
心とはその人そのものの情報で出来ているといっても良い。
そもそも、恭也側だけの開放で、恭也のその時の思考全てが読まれてしまうのだ。
それを完全に両者関係なくさらけ出している状態だ。
つまりは、互いの全情報が今ここに混在している。
2人は肉体以外の全てを共有している事になるのだ。
ただ、今ここでは共有しているが、2人に戻れば互いに完全に己に戻れる故、共有していた情報も戻る。
2人が重なったからといって、全てが相手に渡る訳ではない。
ただこれだけで、互いの記憶や経験全てが完璧に共有出来るわけではない。
しかし、互いの今の情報は即座に互いに渡る。
重なっているという意識があるからでもあるが、互いが己を己とし続け、互いに主張しているからだ。
故に、己の今は全て相手に知られる。
何を感じ、何を想い、何を目指すか。
自分の身体の状態や、最近の記憶などのデータもそれに含まれてしまう。
今自分を自分としている最新の情報として。
裸を曝し合うなどとは次元の違う事をしているのだ。
好きなもの、嫌いなものから、トイレに行った時の事も、お風呂に入った時の事も、夜寝る時にする事も。
異性を見て想うことも、抱え、隠していたコンプレックスも全て。
100年付き合う恋人同士ですら知る事の無いことまでを知り合う事ができてしまう。
それを、女性であるリンディ側から行ったのだ。
同性でも耐え難い全情報公開を、異性である恭也に。
『私を知り、幻滅したと思います。
しかし、お願いです、あの時願った事に偽りはありません。
貴方がどうしても必要です。
私と戦ってください』
全てを曝し、100年の恋も冷めるだろう事実も渡ったことだろう。
しかし、リンディが戦うには恭也が必要な事は事実。
あの時の願いは真実。
たとえ女として、人として軽蔑されても、求めるもの。
せめて、この戦いが終わるまではと。
だが、恭也は応える。
この互いがあり、想えば伝わるこの場所で、互いに言葉をして想いを形にして伝え合う。
『幻滅などと、何を言います。
こうして繋がっているのだから解るでしょう? 俺が何を想うか。
そしてあの時俺は誓った。
貴方と戦うと。
それはここで知る過去で揺らぐものはなかった筈だ。
むしろ、貴方の覚悟、俺も応えねばならないでしょう。
この戦いの先に』
あの時の想い、あの時の誓いの意味。
それは、恭也の在り方だ。
だから、何があっても変わらない。
何故なら恭也は―――
『ありがとうございます。
恭也さん』
『いえ、こちらこそ。
俺は貴方というパートナーができて幸いです』
2人の心は通じ合う。
ある意味で反則で、失敗すればすべを失うだろう究極手段を使って。
そして、ここに成ったのは完璧と言える一組の戦士。
『こんな形ですが、理想的なものになりました。
最早貴方に講義する必要はない。
どうぞ、私の記憶から抜き出してください。
そして、この形になれば99%までリンク率を上げられます』
計画にはなかった事だが、これこそこの形で組み合わさる2人の究極形だ。
恭也からだけの片側通行のリンクではせいぜい8割までしか出せなかっただろうが、これなら限界まで繋ぎあえる。
99%という、最大の数字をもって、最早伝達ミスもタイムラグも無いに等しいレベルの同調。
本物のインテリジェントデバイスと変わらぬ―――いや、互いに魔力と処理を補完しあえる関係だ。
真実2人で1人というわけだ。
なお、99%で決して100%にならないのは、どうあっても2人であるからだ。
2人が2人に戻る為にはいかにこの2人と言えど1%は残さねばならない。
しかし残る1%など、普通ならば完全に無視できるものだ。
『解りました、では後は身体で慣れましょう』
知識はこうしている限り完全共有だ。
しかし、肉体に反映させるには十分ではない。
『はい、では今すぐにでも』
ヴォンッ!
一時的にリンクをリンディメインにし、リンディの魔法で結界を構築しなおす。
これから修行する空間を作る為に。
そして出来上がる山1つを包む結界。
『では、行きます』
『Yes Sir』
始まる。
恭也と、デバイスとしてあるリンディの戦いが、ここから。
互いの信頼によって成り立つ力が今本当の意味で始動した。
そして、時同じくして、なのは達も立ち上がっていた。
改良した戦闘理論魔法を使いこなし、新たな魔法を習得し、己の力を高めている。
だが、なのはは迷っている様だった。
高める力の方向性を迷っているのだ。
戦う力を向上させた先にある『強さ』に。
その迷いにいち早く気付いたのは桃子だった。
店を閉めたその帰りの事だ。
最近は物騒だからという理由で送り迎えをしている恭也。
そこで問われた。
「ねぇ、最近なのはが何か悩んでいるみたいなんだけど。
今あの子が関わっている事に関係すること?」
流石母親と言うべきだろうか。
日常とジュエルシードの事を切り分けを上手く行い、表面だけでは絶対に解らないだろうなのはの悩みを見抜いていた。
「ああ、悩んでいる。
この先暫く悩むだろう」
その点は隠す事ではないと恭也は応えた。
「アドバイスとかはしないの?」
なのはが関わっている事がどんな事かも解らず、悩みの内容まだ解らない。
母桃子はそれで少し不安なのだろう。
「いや、必要無い上それはできない。
なのはには悩んでもらわねばならない」
「どうして?」
普通なら、悩む事よりも答えを出す事が重要だろう。
だが、それでも恭也はそんな簡単に答えを出して欲しくないと想う。
何故なら―――
「なのはならたどり着けると思う。
俺が考え付かぬ先の答えに」
嘗て恭也も悩み、答えを得ている。
そして、その答えに向かっている。
だが、なのはに違う答えを見つけて欲しい。
なのはならば、できる事があると、そう想うから。
「そう」
桃子は少し微笑んで、もう何も言わなかった。
先まであった不安など、微塵も無い笑みだけを見せて。
なのはは悩んでいるが、心配はしていない。
なのはの周りのものは本当に良い者達ばかりだ。
信じられているという事で、なのはは間違った道に進む事も、途中で逃げる事も無く、なのはだけの道を見つけるだろう。
だから、今は悩みながら鍛え、乗り越えて欲しいと願う。
その先に目指す、恭也ではたどりつけぬ場所の為に。
だが、事は急変する事になった。
そして、ここからが本当の始まりだったのだ。
トクン
前回から2日後の深夜、恭也はジュエルシードの始動音を聞いた。
即座に飛び出し、リンディと共に移動する。
移動は転移で行い、目標の近くにすぐに出る事ができた。
少し探して見つかったのは怪しい雰囲気の女性だ。
だが、問題は場所が繁華街だった事。
そして、その女性が誰かの後をつけている事だ。
(拙いな……)
そのつけている誰かを、この女性が攻撃する事は容易に想像できる。
相手も女性、そして男性と一緒に歩いている。
今回のジュエルシードの持ち手は、殺意を持って男性と一緒にいる女性を見ているのだ。
どうすれば被害を出さずに済むか。
初めての厄介な構図だ。
なのはがくるまでには何とか解決したかった。
しかし、その思いはむなしく、ジュエルシードは発動する。
女性の手の中で魔力が高まっていく。
(いかん!)
こんな人の多い場所で何かの攻撃がされようとしている。
周囲を巻き込むのは必至。
なのはの到着にはまだ時間が掛かる。
今回は自らも動く事を決意した。
が、その時だ
ヴォウンッ!
結界が張られた。
周囲からジュエルシードの持ち手だけを取り込んで。
物が多かったからか、半径50m程度の小規模な結界だ。
(なに!)
アリサではない。
なのは達はまだ向かっている途中なのだ。
では一体誰が……
(リンディ!)
(ええ)
兎も角、結界の中に入らなければどうにもならない。
即座に恭也はリンクを完全停止し、リンディにしかできない魔法の解析をしてもらう。
いかにリンクし、記憶を共有しても、恭也はリンディの能力を使えない。
リンディが使う高度な魔法を使う魔力も技術力も無いからだ。
それは、いかにリンクして、記憶を共有したところで得られるものではない。
そして、リンディが解析を開始して30秒が経過した頃だ。
キィンッ!
(なっ!)
結界が解けた。
解かれたのだ、展開した者の手で。
リンディが解析すら完了出来ないほどの短時間で。
(ちっ!)
恭也は周囲を見渡す。
少なくとも結界を構築したものが近くにいる筈だ。
そして、見つけたのは金色が靡く黒い影。
(あれは……)
すぐに見失ってしまったが、それは人の影に間違いない。
なのは達と、自分達以外に魔導師がいたのだ。
(……まさか)
(見失いました。
ならば、今はそれより)
その事実に驚愕しながらも、今はここのジュエルシードがどうなったかだ。
少し探すと、先ほど見たジュエルシードの持ち手が路地裏で倒れているのを発見できた。
ジュエルシードは―――無い。
(外傷なし、最近の記憶ことが曖昧になるよう操作されていますね)
(そうですか……ではとりあえず撤退します)
(はい)
恭也はその場を離れた。
なのは達も移動中に目標を見失い混乱していたが、戻る様だった。
突然で、あまりに短時間で、まだ何が起きたかも定かではない。
しかし、自分達以外に何かが動き出した。
それだけは確かだった。
そして、それは続いた。
前回から2日後の夜だった。
ジュエルシードの始動を感知し、恭也がその場に急行して対象を見つけるまではいい。
この時のジュエルシードは何かに疲れた感じの青年に憑いていた。
だが、そこからジュエルシードが発動して僅か10秒。
またなのは達以外の者の手で結界が形成されたのだ。
(前の人と同じですね。
中に入ったのは2人です)
(入れますか?)
(破ればなんとか。
しかし、侵入となるともう少し解析が必要です)
(仕方ありません)
恭也は結界の解析をリンディに任せ、自分は結界が解けた時の為に周囲に気を配っておく。
前回の様に見失わない様に。
そして、30秒ほど経った頃だ。
キィンッ!
結界が解除された。
その瞬間、恭也は結界が張られていた範囲全てを見渡す。
(あれは……)
その中心で目撃したのは1人の少女と1匹の狼。
金色の髪をツインテールにした少女で、デバイスらしきものを持つ魔導師。
それと、赤橙色の狼。
(使い魔という奴ですか)
(その様です)
姿を確認した恭也は、しかし何もしなかった。
その少女がなんであるか、ある程度予想がついているからだ。
リンディと記憶を共有した事で得られた、リンディの持っていたこの事件の根本的な懸念。
それが恐らくは―――
(撤退します)
(はい)
青年が人目のつかないところにおかれていることを確認して、恭也はその場から離れた。
少女もすぐに去ったし、なのは達が向かっていていたからだ。
なのは達にとっては2回連続、ジュエルシードが発動しておきながら消えた、という事しか解らないだろう。
だが、事態はそう遠くない先で動く。
だから、それまでは何も解らない闇をさ迷うのも良しとする。
その迷いがこの先で必要になるのだから。
更に3日後の深夜
ここ1週間で3度目のジュエルシード反応を感知した恭也達は住宅街に居た。
見つけたジュエルシードの被害者は中年の男だった。
何かに怯えている様に見える。
時間が深夜という事もあって人通りは無い。
なのはが来るにしろ、もう2人の魔導師が来るにしろ、隔離は容易であろう。
そして、程なくジュエルシードが発動する。
何かを叫びながら、男のジュエルシードは発動し、走り出す。
人のものではない速度で。
(これは……逃げることをカタチにしたと?)
(まあ、願いは人それぞれですから)
兎も角ジュエルシードは発動し、なのは達も動いた。
それから10秒ほどだろうか、なのはが到着し、アリサによる結界展開が行われた。
場所が高町家から近かった為、あの魔導師の少女よりも早く到着できた。
考えてみれば、先の2箇所は高町家から遠く到着に時間がかかっていた。
そのせいであの少女に先を越された上に、去る姿すら見る事ができていなかった。
(それが今後どう影響するか)
(ええ)
なのは達の手に負えない事ができたら手を貸す。
しかし、それ以外では可能な限りなのは達で解決してもらうつもりだ。
とりあえず、戦いが始まる。
前回から7日ぶりの戦闘だ。
鍛錬を積み、新たな力を得ている筈だ。
恭也達は、なのは達にとっては前回の戦闘で姿を曝して存在を知られている。
その為、今までよりも徹底したステルスと、物理的にも隠れつつなのは達を見守る。
(リンク開始)
結界に入りステルスを展開してから恭也達も完全な戦闘態勢へと移行する。
いつ、何が起きても助けられる様に。
「ウ、ウワァァッァア!」
しかし、男は既に戦闘態勢に入っているなのはを見るなり逃げ出す。
「まって!」
「ギャァァァァッ!!」
なのは達はそれを追う。
なのははもう戦闘理論魔法『バトルモード』を展開しており、魔力で身体強化もしている。
その力を持って、男を追いかける。
「ギャオオオンッ!」
だが、その行く手を阻む闇の獣人。
その数は前回より更に多く同時に5体が出現した。
「くーちゃん!」
「行って!」
防衛機構を久遠に任せ、まわりこんで男を追うなのは。
二手に分かれる事になるが、それが正しいだろう。
恭也は久遠は心配なしとしてなのは達の方を追う。
『Flier Fin』
なのはは更に飛行魔法まで使い、最後の詰めとする。
「ギャオオオンッ!」
だが、そこで更に出現した防衛機構3体。
追加で出す数も増えているが、それもなのはは予想していたのだろう。
慌てた様子は無く対処している。
『Magic Coat』
武器にする杖を魔力で保護し、それを使い、1体を。
続いて、
『Divine Shooter』
キィィンッ キィンッ!
ズバァァンッ!
新たに覚えた魔法、光の誘導弾で残り2体を撃退する。
動きに無駄も無く、よくやっていると言えるだろう。
そして、更に倒した敵を振り向き見ることも無く、後一歩で追いつくジュエルシードを見ている。
『Sealing mode』
最後の大詰めとしてデバイスを変形させる。
接近し封印魔法を叩きこむ気であろう。
「クルナァァァァ!」
バッ!
それに気付いた敵は空に逃げる。
出来損ないの悪魔の様な姿になってまで逃げる。
姿は出来損ないだが、逃げる事を願いとしている為か、かなりの高速だ。
普通に飛んでは追いつけまい。
「レイジングハート!」
『Shooting Mode
Set up』
ガキンッ!
それでもなのはは慌てない。
即座に作戦を切り替える。
どうやら、前回同様射撃魔法に封印魔法を付与して打ち抜く気なのだろう。
「くーちゃん、お願い!」
「解った」
更に、追いついてきた久遠に指示も飛ばす。
前回ではできなかった事だ。
『Divine Buster
Sealing Shift』
キィィィンッ!
「逃げるだけじゃなにも変わらない!」
ズドォォォォンッ!
なのはの叫びと共に放たれる封印魔法をのせた砲撃。
それも、前回の思いつきの様に展開したものとは違うものだ。
足元の円陣、両手周りの帯状の陣と、3つの魔法陣を使う完成度の高いもの。
それは、高速で逃げる敵を的確に捉え、
ズダァァァンッ!!
「ギャァァァァ!!」
命中させた。
(すごいな……)
この距離、あの速度で逃げる敵に攻撃を命中させる技能。
なのはは遠距離攻撃の才能が在る様だ。
それが、このジュエルシードの事件で一気に開花している。
普通に暮らしていたなら、一生気付くこともなかったかもしれない。
『Sealing』
封印は完了し、被害者も無事元の姿に戻る。
そして、
「くーちゃん!」
「うん」
久遠が空から落ちる男を回収し。
それを確認したなのはジュエルシードを回収する。
『Receipt number X』
無事レイジングハートに収められるジュエルシード。
今回は無事全ての工程が終了した。
(よし、撤退)
恭也はそれを確認すると、すぐにその場から離れた。
何故なら、なのは達が自分を探しているからだ。
現時点で見つかるのは避けなければならない。
ステルスや物理的に隠れる事で対処しているが、万が一という事もある。
(今回はあの魔導師はどうしただろうか?)
そして、他にやる事もある。
恭也はリンディとのリンクを解き、アリサの結界から出ると、暫く周囲を探索した。
翌朝
今日も大凡普段通りの朝を迎える。
なのはも戦闘の疲れを見せず朝食の席に座っている。
アリサの回復は良く効いているのだろう。
本来あるべき筋肉痛等も一切残していない様だ。
「おかわり」
ただ、ジュエルシードとの戦いが始まって以来の変化がある。
それは久遠が毎朝居る事。
今日でそれは2週間という長期間になってしまっている。
「今日もよく食うなぁ。
そういえば、最近よく人型で見かけるけど、そのせいか?」
一応全員にその手の話はあまり出さないよう言ってある。
しかし、晶が何気なくこんな事を聞いてしまうくらいには、少々不自然な事と言えるだろう。
「ごめんね」
「ああ、いいって。
飯作る人間として、美味しく食ってくれる人がいるのは嬉しいことだ」
「そやで。
ご飯を食べられるというのは健康な証拠や」
久遠の食事の量に関しては、人の姿をしていることが多いというだけでも誤魔化せる。
久遠の人間形態時の燃費の悪いというのは知れ渡っているからだ。
ただ、その燃費がどれ程のものなのか正確に知らないから、戦闘での消費とただの変化の消費が区別できない。
久遠もたまにさざなみ寮に戻り、そちらで食事を貰うなどして工夫しているから、その点に関しては心配ない。
しかし、こんなに毎日この家に居る事に関してはフォローする必要がある。
(なのはと久遠では難しいか)
なのはは何か考えている様だが、上手く説明できる手段がないようだ。
そこで、恭也は少し手助けする事にした。
「なのはと遊んでいるから人型で居る事が多いのだろう?
気にするな」
まず、消費の事をフォローして久遠の頭を撫でてやる。
そして、そこに付け加える。
「そういえば、最近那美さんも忙しくて寂しいだろう?」
事実として久遠がこちら側に居る理由になる事。
理由としては多少弱いが、それでも既に了解を得ている家族となのはの気持ちとしては十分だろう。
「少し。
でも、みんないるよ?」
久遠もなのはも安堵し、家族も納得する。
この場は落ち着いた。
それがちょうど良かったので、恭也は自身の用件も話す事にした。
それは、この2週間少しずつ布石としておいた事。
それを実行に移す。
「ああ、そうだ、この場を借りて少し言っておこう思う」
重要な話故、朝の穏やかな空気を少し崩してでも注目を貰う。
「今日から少し街を見回ろうと思う。
基本的にこの街の中にいるが、帰らない事もあると思っていてほしい」
恭也の発言に家族は『ついにそうなったか』という反応を見せた。
この家にはなのはがおり、そしてアリサと久遠がいる。
そんな環境下でリンディと共に過ごすのは非常に危険が多かった。
リンディがアリサに対しては隠れることがほぼ完璧であっても、こんな近距離でいつまでも誤魔化すのは難しい。
だから、初日から準備していたのだ。
怪しい気配があるからと街を見回り、その警戒レベルを徐々に上げていく。
今宣言した様に夜も見回る事を、ごく自然の流れとして受け止めてもらう為に。
「街にはいるのね?」
「ああ。
店が忙しかったら呼んでもらっても大丈夫だ」
「解ったわ。
気をつけてね」
「ああ」
桃子の問いに応えたことで、この事は高町家において承認事項となった。
先に説明したことから、おそらく皆恭也はなのはの傍に居ると思っていただろう。
だが、事態はそれでは不都合になる方向に進みつつある。
アリサとリンディが同じ屋根の下で過ごすよりも、なのはと恭也が同じ屋根の下で同じ時間を共有する事がだ。
だから、この家には出来るだけ居ない様にして、なのはとの接点を少なくする。
そして、それによって月村邸ですずかに対してアリバイを作る事が有効になってくる。
「美由希」
「解ってる」
恭也は1度だけ美由希の名を呼ぶ。
そして、それに応える美由希。
何のことはない、確認だ。
この家は頼む、と。
脅威はジュエルシードだけでなく常にどこにでもあるのだから。
そして、それらから家を護る為に恭也と美由希の力はある。
ふと見ると、なのはが少し悲しげな顔をしていた。
おそらくは、恭也がジュエルシードに振り回され、ついに夜まで警戒を解かない事を想っているのだろう。
恭也は、その想いも先にある答えの為になればと想うのだった。
その日の夕刻 月村邸
「いらっしゃいませ、恭也様」
「ああ、お邪魔するよ」
事前に連絡をして、月村邸を訪れた恭也。
出迎えはファリンだ。
恭也はここを中心に見回るという名目の下、泊り込むつもりである。
家族にも既に連絡している。
月村邸ならば泊り込む事は割りとある事であったので、連絡もスムーズにいった。
「いらっしゃい、恭也」
「恭也さん、こんな時間にどうしたんですか?」
直接連絡を入れているので事情を知っている忍と、聞かされていないのだろうすずか。
こんな時間、というのはもうすぐ夕食という時間帯である事だろう。
「ああ、今夜はここで過ごそうと思ってな。
女だけだったところにお邪魔して申し訳ないが、許してくれ」
実に女性4人の住処に一応上2人には連絡しているとはいえ、突然男がやってくるのだ。
恭也は年頃、とはまだいえないかもしれないが、れっきとしたレディーであるすずかにも改めて了承をとる。
後、初めてすずかとなのはの前で嘘の無い演技をした時の反応から、恐らくこういうと深読みしてくれるだろうというのもあったりする。
が、それはついでといえる。
恭也はこういう気遣いはマメに行う。
何故なら、それがあの女性だらけの高町家で上手く生きる術であるからだ。
これは必要とされ自然と身についた恭也の渡世術でもある。
勿論、元々恭也のまじめな性格あってこその事だが。
「あ、そ、そうなんですか?
わたしは、その、大丈夫ですから、どうぞ、ごゆっくり」
何を考えたか、あたふたしながらであるが、とりあえずここに今夜泊まる事は許可してくれる。
「お嬢様、お水です」
「あ、ありがとう」
ファリンに水を貰って落ち着くすずか。
先々の為とはいえ、かわいそうな事をしているかとも思う恭也。
だが、多少拡大解釈が出来るような言い方などをしているが、おおむねいつも通りの事だ。
免疫がないだけかもしれないから、それならば少し慣れてもらうしかないだろう。
「皆様、お夕食の準備が整いました」
すずかも落ち着いたところで、ノエルがそう呼びにきた。
そして、みんな揃って、といっても、ノエルとファリンは後ろで控えているだけだが、食事となる。
後で話を聞く事になるが、すずかは他人と家で食事をする機会があまり無かったらしい。
それは『夜の一族』としての関係などもあっての事。
それで少し緊張気味のすずかと楽しげな忍と、相変わらず無表情の恭也での夕食。
「うん、ノエル、また腕を上げているな」
「恐れ入ります」
一通り食事を頂き、恭也はそれらを褒め称える。
出会った当初、悪くは無い、という程度だったノエルの料理の腕は格段に上がっている。
それは恭也が繋がりとなり、いろいろな人と交流を持った事で知識を増やした事が一因にあるのは間違いない。
妹が出来た上、毎日料理を食べる人が増えたからというのもあるだろう。
「うんうん、そうだよね。
私このままじゃ太るかも」
忍もノエルの料理を食べて幸せそうだ。
恭也と出会う前、ノエルの料理の腕がなかなか上がらなかったのは忍にも原因があるだろう。
あまり味に煩くない、というか無頓着とすら言える忍が主人では、ノエルは悪いところすら解らなかった。
それ故に、ある一定以上のレベルから成長ができなかったのだ。
しかし、忍も美味しいものは美味しいと感じれるのだ、ノエルの料理が美味しくなって嬉しいだろう。
食事が楽しくなったのと、ノエルが成長する事、その両方で幸いを感じることができる。
「ノエルさんの料理って、前はどんなのだったんですか?」
昔のノエルというのを知らないすずかは問う。
それは料理が下手なノエルというのが想像できないというのもあるだろう。
今のノエルは本当によく出来たメイドであるから。
「はい、最初は本当に何もわからず、食材というものを理解するところから始めました。
それから料理の本などを見て、その通りに作っていたのですが、なかなか美味しく作る事ができませんでした」
「本でも、表現があいまいだったりするからな」
「私は『少々』と『ひとつまみ』の差がいまだに納得できないわ」
「はい、最初はとまどったものです。
ですが、恭也様がいらしてからは上手く出来きる様になったと判断します」
ノエルの説明を少し補足する恭也と忍。
そして、ノエルは恭也と出会った事を本当に幸せそうに語る。
「恭也さんという誓いを立てた人ができた事で、たくさんの人と繋がりを持てたからですか?」
ノエルは自動人形だ。
そう言う意味で他者との交流が難しい事がある。
だが恭也というクッションが入った事で高町家の人々と上手く付き合う事ができた。
そこから得られた事は多いだろう。
それはすずかにも想像できた事だ。
身近に今、なのはという存在があるから。
「はい、それも大きなことでした。
しかし、恭也様御自身が私の料理にとって大きな存在だったのです。
勿論、料理以外でも恭也様あっての事が多くございます」
「どういう意味ですか?」
「恭也はテイスティングが厳しいのよ〜」
すずかの問いに答えたのは忍だ。
自分ではできなかった事をできる恭也を少し自慢げに。
「え? そうなんですか?」
それに対して少し驚くすずか。
恭也も味とかには無頓着そうだと思っていたのだろう。
実際、煩くはない。
ただ、
「まあ、良いか悪かと聞かれれば応える程度にはな」
「喫茶翠屋のお菓子の職人がなのはちゃんのお母さんで、恭也のお母さんでもあるのは知ってるわよね?
それで、恭也は昔お菓子の試食で大いに翠屋のお菓子の質向上に貢献したらしいわよ」
「そのせいで今は甘いものが苦手だがな」
「そうなんですか」
すずかは少し考える。
恭也は一応お菓子職人と、その人を愛した男性の子供である。
ならば、こと『味』に疎いという事はないのかもしれない、と。
そして同時に恭也が甘いものが苦手である事を知り、更にそれにそんな過去が在ることを知って人には歴史があるのだと想うのだった。
「しかしまあ、私はノエルの料理と、翠屋のお菓子と、恭也の血。
最近は美味しいものに囲まれてるから、その内絶対太るわね。
というか、多分太ってきてるんでしょうね〜」
最近得た美味しいものを並べる忍。
その中に含まれる恭也の血。
忍の中では最も大切で、最も美味なもの。
その存在は、確実に自分を堕落させるほどのものだ、と忍は想う。
「大丈夫だろ。
多少体重は増えているが、それは健康的になったと言えるものだ。
問題ない」
無表情のままそう告げる恭也。
台詞の中に死活問題になる物が含まれているが、そんな気はないだろう。
「え? やっぱ増えてる?」
「はい、去年と比べまして230g程」
「えぇ?! そんなに増えてた?!」
徹夜で作業したり、ある周期で体調が急変したりする忍は、体重が少し変動する。
だから、今まで気付かけなかった。
因みに、ノエルが言っている数値はその平均の変動の事を言っている。
「お姉ちゃん、油断しすぎだよぉ」
「ダイエットメニューが必要ですか?」
0.2kg以上もの変動を気付いていないのは、大人の女性としてどうかと思うすずか。
ファリンは冷静に対応策を考えていたりする。
微妙に楽しそうな顔をしているが。
「問題ないと言ったぞ。
別に太った訳ではあるまい」
「でも確実に増えるじゃない。
というか、恭也、私の体重増えてるの気付いてたの?」
「解らぬ訳がない」
忍の叫びに冷静に対処する恭也。
体重が解るのは、恭也に言わせれば当たり前の事だ。
あれだけしょっちゅうひっつかれてるのだ、その変動を測れぬわけは無い、らしい。
が、全体から200g程度の変動、しかも約1年での変化だ。
それも、毎日持ち上げたりしているわけでもないのに。
忍はそれに関して、自分をよく見ていてくれている証拠でもあると思う一方で、なんとも困った能力だとも思うのだった。
そして、恭也は続ける。
更に穿った内容で。
「大体、増えたのは確かに脂肪分だろうがな、女性としては問題ない部分だろう?
そもそも、最近下着が、特に上がキツイとか言っていたのは自分ではなかったか?
そして、ウエストがきつくなったという事は無いのだろう? 俺もそれは無いと断言する」
下着の跡がついてるのよね〜、とかなんとか言われた時は、つまりそれは俺に新しいのを買って来いと言っているのだろうか、と鈍感だと裏で言われる恭也ですら思ったものだ。
「え? じゃあ、そうなの?」
だが、どうやら今回は忍の無自覚爆撃であった様だ。
実は恭也は次言われる前には買うべきだろうから、どうしたものかとずっと悩んでいたのだ。
なお、増えた体重分全てがそこに行った訳ではないのだが、これは言う必要あはるまい。
「お姉ちゃん、気付こうよ、そう言うことは」
「とりあえず、下着の新調ですね〜」
何故こんなに自分に疎いのかと、姉と呼ぶ人に少し呆れるすずか。
そして、それでも尚これだけの美貌を保っているのはどういう神秘かとも考えてしまう。
ファリンは何故か妙に楽しそうにメモを取り出して何かを書いている。
ファリンは楽しそうだ。
それはこれらが全てファリンにとって初めての『楽しい』と分類できる出来事だからだ。
生まれたばかりで知識はあっても経験の無いファリンは新しい出来事を喜ぶ。
勿論、悲しい事や悔しい事、憤る事などいろいろな出来事がある中で、喜ぶのは楽しいと言える事だけだ。
しかし、どちらにしろ経験として蓄積される。
そして、それは自分の主であるすずかに起きる事を想定したりして、いつか活かそうと思っているのだ。
「あ〜、そういえばそうだったなぁ。
ここ暫く忙しくて、ずっと後回しにしてたの忘れてた」
忙しかったというのはファリン製作などの事だ。
自分の下着の事すら忘れる程にファリンを優先したのだ。
恭也とノエルは、忍はそう言う女だと知っている。
すずかも追々それを知ることとなろう。
忍という女性の魅力を。
「とりあえず、後でサイズ測りなおさないとね」
「はい」
「ところで恭也はやっぱり解ってたの?」
先とは違い、純粋に楽しそうにそう確かめてくる忍。
なら何故言わなかったのかとも思っているだろうが、それよりも答えを楽しみにしている。
「解らぬ訳がない」
先と変わらぬ答え。
そう、同じ事だ。
恭也に言わせれば、あれだけしょっちゅうひっついてくるのだから、解らない訳が無い、と。
「うんうん」
「やっぱり解るんだ……」
「これも愛ですね?」
その変わらぬ答えに、今度は純粋に喜ぶ忍。
それと、何故解るのかを考え、顔を紅くするすずか。
更には楽しそうなファリン。
実に平和な食事風景だろう。
前にはなかった事だ。
これは幸いなことだと、ノエルは静かに思うのだった。
それから食後。
食堂を出る5人。
「ノエル、サイズ測って」
「かしこまりました」
「あ、恭也も測る? 私を」
「遠慮しよう。
と言うよりも必要ない」
「そう? 残念」
などというやりとりをしてから忍とノエルは衣装室に向かう。
そして残るのは恭也とすずかとファリン。
恭也はとりあえず忍の部屋に行こうとしていた。
その時だ。
「あの恭也さん」
すずかに呼び止められた。
振り返り見れば、少し言い辛そうに。
しかし聞いておかなければならない事なのだろう、まっすぐ恭也を見ていた。
「なんだ?」
大体問いの予想はつく。
すずかからしてくる問いだ、基本的になのはで、そしてこうやって聞いてくると言ったら現状では1つ。
「最近なのはちゃん、何かを悩んでいるみたいなんですが、何か知ってますか?」
やはり気付いている様だ。
なのはは上手く日常とジュエルシードとの戦いを切り分けている。
だが、それでも伝わってしまうのだろう。
それに気付くのは、母親もそうであった様に。
ただの知り合いではそうはならないから、『友人』というのは伊達では無いという事だ。
「知っている。
しかし答えられない」
恭也は敢えてここでなのはの悩みを知っていることを告げた。
もとより決して人に話せぬ事であるが、それも敢えて強調して伝える。
「そう……ですか……」
やはり直接聞くしかないか、とでも考えているのだろう。
だが、それはなのはが隠し事をしている事を問い詰める行為でもある。
それを少し迷っているのだろう。
「なのはは良い友達を持っているな」
その姿を見て、恭也はすずかの頭に手を置いた。
あまり親しいとはいえない女性にする事ではないとは思ったが、それでもそうしたいと思ったのだ。
「でも、私は……」
自分も大きな隠し事をしている。
それがどうしても引っかかりとなるのだろう。
「お嬢様……」
ファリンはそんな主を見て、悲しげな顔をするが、しかし何もしない。
前はあたふたしていたが、これはノエルの教育だろうか。
兎も角、それは正しいだろう。
「今は悩め。
その悩みもいずれは、笑える様になる」
恭也も、助言にもならない言葉を残して去るのみ。
そして、すずかに背を向けた後、少しだけ笑みを浮かべた。
なのは達の行く先を想って。
その後、恭也は忍の部屋に行き、のんびりとした時間を過ごしていた。
それから、数分後、楽しそうな忍が戻ってくる。
「うん、全部買い替えになっちゃったよ」
「ふむ」
「一緒に買いに行く?」
「遠慮する」
「残念」
そんな会話を済ませて、静かな時間になる。
そこで恭也は窓から外を眺める。
「ところで、頼んだものは?」
「ああ、大丈夫よ。
言われた通りにしたわ」
「そうか」
確認すると恭也は庭の方に1度目を向ける。
するとそこで動きがあったのだが、恭也以外には誰も気付くまい。
恭也が忍に頼んでおいたのは、忍の部屋から二つ隣の空き部屋を使える様にする事。
そして、その部屋には、恭也が居る間は立ち入らない事だ。
それはリンディの為の部屋。
最近のリンディは大分この世界に慣れてきて、元の姿戻っても平気になりつつある。
それに伴って、可能な限り普通のサイズのベッドを用意した方がリンディにとって快適になったのだ。
リンディは妖精サイズで過ごすのも問題無いと言っているが、気分的に楽な方が良いだろう。
ただ、移動の際はほとんどステルスを展開するか、デバイスの中に入るので、元の姿で外に居る事は無い。
「ま、なんに使うかは聞かないけど」
「悪いな」
「いいわよ、これくらい」
それから、恭也は屋敷周辺を見回ったりして夜が更けてゆく。
深夜、すずかは眠り、ノエルとファリンも充電の為に眠りについた。
満月より1つ欠けた月が屋敷を照らす。
「寝ないの?」
「ああ」
1度部屋に戻ってきた恭也をベッドの中から出迎える忍。
忍はずっと起きていた様だ。
「見回りというのは口実ではない。
事実必要な事だからな」
「そう……
まだ見回る?」
「そうだな……後は何か起きるまで仮眠だな」
「じゃあ、こっち」
忍はベッドに招く。
恭也の事だ、仮眠をとるというと、すぐに出れる体勢でするだろう。
しかし、どうせ仮眠をとるならば、より休める場所がいいだろう、そう言って招くのだ。
「ああ」
忍の誘いに何も言うでもなく応える恭也。
暗器などを満載したジャケットだけを脱いでベッドに入る。
「じゃあ、お休み」
「ああ、お休み」
ベッドに入った恭也の腕を軽く、恭也が出る時に邪魔にならない程度に絡め、眠る忍。
恭也も、忍の存在を感じならが仮眠をとる。
恋人同士の逢瀬とは言えないだろうこの時間。
しかし、それでも2人は十分に幸せだと感じられる。
そして、これらを護る為ならば戦おうと改めて想う。
そうだ、この小さな幸いさえあれば恭也は戦い続けられる。
特に何も起きる事無く朝を迎えた。
忍も恭也も特に起きなければいけない時間は無い。
だが、すずかが出る時間に合わせて起きる事にした。
そして、朝食の席。
「ふぁ〜あ……」
昨晩、恭也を待っていた忍はやや眠そうだ。
「お姉ちゃん眠そうだ……ね……あ、な、なんでもないです」
そう声をかけたすずかだったが、何故眠そうなのかを想像したのだろう。
慌てて言葉を取り消す。
無粋な事だと思ったのだろう。
「いちゃいちゃだったんですね?」
「ファリン、そんな風に聞くものではありません。
こういう時は『仲がよろしい』と言うべきです」
「は〜い」
微妙に論点が違う気がする会話をするノエルとファリン。
今日の月村家の朝は賑やかだった。
「まあ、実際恭也が寝かせてくれなかった訳だけど」
「また虚言を。
ノエル、次来る時は精がつくものを頼む。
身体が持たんかもしれん」
「かしこまりました」
忍が言うのは、恭也が遅くまで見回りしているからであるが。
まあ、そこら辺はわざと言っている。
恭也も見回りが疲れるからそう言っているだけだ。
他者がどう受け止めるかを一切無視した発言と言うだけで、嘘は無い。
「ま、そろそろ発情期だし、精のつくものは買い込んでおいてね〜」
「承知しました」
ついでとばかりに告げる忍。
「おい、忍」
その言葉の選び方に、いいのか、と目を向ける恭也。
一応恭也はすずかという子供がいるから直接的な表現は避けてきた。
例えすずかが解ってしまっている様でも、そうすべきと判断して。
しかし、『発情期』などという言葉はこと『夜の一族』に関しては直球の言葉になる筈だ。
「ところで、小耳に挟んだんだけど、恭也は子供何人欲しい?」
恭也の言葉と視線を流し、更にそこに言葉を重ねる忍。
実に楽しそうに。
「忍」
恭也は思う、何故最近自分の周りには子供を作る事を望む女性が多いのか、と。
確か少子化が問題となっていた筈だが、局地的なベビーブームか? とか。
その前に情報ソースは何処か、などなど。
そうやって、いろいろ頭を抱えながらももう1度忍の名前を呼ぶ。
内容が内容だけに、確認せねば冗談すら返す事もままならない。
「解ってるわよ。
いいのよ、これは。
すずかもそろそろだし。
むしろこれからいろいろ教えてあげないといけないから」
「ああ、そうか」
夜の一族がもつ特性の中の1つ『発情期』、それはあらゆる身体能力が高い夜の一族の生殖能力の高さとも言えるだろう。
女性の場合2ヶ月に数日、子供の非常に出来易い期間があり、その期間は異性を求める傾向にある。
それは女性としての機能、つまりは生理の始まりと同時に現れる。
そして、すずかは現在3年である為、早ければ今年から来る可能性がある。
恭也が忍を知る為に受けた説明では、発情期における発情の度合いは個人差がかなり大きいらしい。
少女から『女』なると一気に高くなり、子供を1人生むと薄くなる、というのは共通だとか。
ただ、少女の状態でも個人差があり、下手をすると初めての発情期で気が狂うほどの発情もありえるらしい。
ただでさえ本来子供を生む様な身体ではない子供の身で、異性を求める様な欲求が押し寄せるのだ。
始めは激しく戸惑う事が多いのだとか。
故に無知な状態で初めての発情期を迎えるのはいろいろと危険だろう。
だか、夜の一族であるならば、そう言う特別な教育も必要となる。
「あ、あの、それはいずれお願いしたいのですが、でも……」
突然自分の話になってあたふたと慌てるすずか。
そして、恭也のほうをちらちらと見てくる。
そう言う話を男である恭也の前でされるのが恥ずかしいのだろう。
「すまんな」
「あ、いえ……」
考えなくとも解るが、こんな事知られたいとは思うまい。
だから、恭也は謝罪しておく。
しかし、
「あら、すずか、ダメ?
実物見せようかと思ったんだけど」
などとのたまう忍。
「ええええええ!!」
「……おい」
立ち上がって声を上げるすずか。
いきなりそんな事を言われて恭也も少々驚いている。
「嫌? 写真とかでもいいんだけど。
せっかくちょうどいい実物が在る訳だし」
「必要なら構わんが」
すずかの為に必要だと言うのであれば、協力はやぶさかではない。
しかし、恭也としても恥ずかしいことであるし、すずかにとってもあまりに身近すぎる異性を使うのもどうだろうか。
「私もノエルもファリンも居るし。
実物を生で見せれるわよ。
これ以上の教育はないと思うのよ。
自分で慰める方法は、ファリンがいるから問題ない筈だけど、男女となると男役は必要だわ」
「はい、お任せください。
お姉さまより受け継いだ知識をフルに使いまして、ご奉仕する所存であります」
ファリンには、忍が自分でノエルを使った時のデータも組み込まれているらしい。
そして、それ用のオプションが多々搭載されているとか。
恭也は機会があればそれを装備した状態での男性との行為における不具合なども調べて欲しいと頼まれていたりする。
「どう? すずか。
恭也ほどいい男も滅多にいないから、見る分にしてもいいと思うんだけど」
「冗談を。
俺よりいい男など、それこそそこら中にいるだろう」
ある程度傍観するつもりだったが、恭也はそんな部分が気になったのかわざわざ反論してしまう。
それは常々思っていることだ。
恭也の周りに男性の数は少ない、しかし良い男が居ると。
彼らが恭也周りの女性と関わりがなくとも、それでも良い男が居るのは事実なのだ。
「あら、内縁の妻として夫を自慢するくらいいいじゃない。
それに、事実として恭也はいい男よ?
ねぇ、すずか? 恭也は素敵よね? 見たいわよね?」
楽しげにすずかを問い詰める忍。
しかし、その問い方はどうか。
どう応える事を期待しているのだろうか。
「あ、あ、あ、あの、わたし、そろそろ学校が時間でっ!
いってきます!」
ついに耐え切れなくなったか、すずかはそう言い捨てて逃げ去ってしまう。
「あ、お嬢様、お待ちを〜」
それを追うファリン。
まだ準備もいくつか残っているだろうに。
因みに、ファリンは廊下に出る時、1度盛大に躓いて行った。
バランサーの調整はまだまだの様だ。
「さて。
どこまで本気だったんだ?」
すずかが完全に出たのを確認し、場が落ち着いたところで問う恭也。
忍も結構嘘つきで冗談が好きなところがある。
だから、どこまで本気だったのかは恭也でも判別が難しい。
普段ならあやふやなままでもいいだろうが、今回のものは今後のすずかとの付き合いにも影響するものなのでちゃんと確認しておかなければならないだろう。
「あら、全部よ?」
「全部か」
「ええ、恭也がいかに素敵な男性であるかとか……」
「とりあえずそっちは置いておけ」
「はいはい」
何気にあの時の台詞の中には問題発言が多数含まれている。
すずかが出て行ってしまったことで、既に訂正を要求する意味もないので無視しているが。
「でまあ、本当に全部本気よ。
実際、今現在ちょうどいい年齢の男が居ないのよ。
年齢的な問題の他にもいろいろあって、私達の中にはあの子の相手ができる男が居ないの。
それで、っていうのもあるけどね。
それよりも、私がそう言う方面まで信頼できる異性は貴方一人だけだからよ」
「そうか」
先ほどの明るい雰囲気とは違う、静かで穏やかな空気の中での信頼の眼差し。
そんなものを向けられては恭也ももう何も言えない。
いろいろと否定したいところもあるが、応えようと思うのだ。
「だから、本当に必要な時はお願いね。
最悪、最後まで頼むかもしれないから」
最悪、という事態はどんな事を指すかは解らない。
できればすずかも自ら認めた人と結ばれて欲しいと思う。
だが、全て上手くいくとは限らないから、そう言うケースも考えておく。
「ああ、解った。
お前がそう望むなら応えよう」
そう答えながらも、恭也は想う。
そうならない様にできる事をして行こうと。
今現在、恭也にとって『月村 すずか』という存在は、忍の妹で、なのはの友達、という位置だ。
しかしそれでも、恭也にとって大切な2人の大切な人物だ。
理屈として考えても、恭也はすずかの為に戦う事を辞さないだろう。
理屈抜きにしても、きっと恭也は戦う。
それが恭也という存在であるからだ。
「ところで、すずかの知識が豊富なのは、この手の前準備としての知識か?」
ふと思った恭也は忍とノエルに問う。
先の反応などから、すずかは既に『発情期』とは何であるかを知っている。
本格的な説明の前にある程度知識を持たされているのかもしれない。
ならば、すずかが多少ませているのもおかしい事ではなく、必要な事であったとなる。
「ん〜、まあ半分はそうなるのかな」
微妙な返答をする忍。
そして、
「そういえば、すずかお嬢様の荷物の中には少女漫画なるものがありましたね。
そう多いと言うほどでもないですが」
ノエルが付け加える。
それは、ここが元々ゲームや本の類が多々ある為に今まで気にしなかったことだ。
「つまるところ、知識の出所があり、必要もあったから、だと?」
「まあ、そうなるのかしらね」
「無知よりは良いと判断します」
「そうだな」
一応納得する恭也。
が、そこで少し考える。
自分の妹達はどうなのだろうかと。
少なくとも美由希はそう言う素振りは見受けられなかった。
それは、鍛錬で時間も友人もなかったからかもしれない。
ならば、そう言う友人を現在持っているなのはは今後どうなるのだろうかと。
それは恭也にとって久しい、事件以外でのなのはへの思い。
それがこんな事というのも少々思うところがあるが、それもまた平和の内だろうと思うのだった。
その日の午後
恭也とリンディは隠れ家に来ていた。
各種補給と作戦会議の為だ。
因みに管理人は今日も外出中だ。
タイミングがいいのか悪いのか、まだ1度も会っていない。
「まずは、恭也さんがジュエルシードを感知できる事ですが」
今回はまず、今まで謎だった恭也がジュエルシードを誰よりも早く感知できる理由についてだ。
99%リンク状態で、互いの情報が行き来する為、リンディは恭也の無意識の内まで調査できる。
その結果報告だ。
なお、互いの情報が行き来するのはあくまでリンクしている間のみ。
だから、リンク後も考える事が必要な事はこうして話し合わなければならない。
全てが解り合えると言っても過言ではない99%のリンクだが、互いが互いになる訳ではない。
考え方は識っていても、それを完璧にシミュレート出来る訳もないし、持っている知識もリンク外では共有する訳ではないのだ。
「それは、俺がジュエルシードにとり憑かれていたからですね?」
一応リンク中の途中経過としての情報はあるから、それは間違いない。
だからその部分は解っていると示す為にも口を挟む。
そして、それ以上は解らないという意思表示でもあるのだ。
「はい。
私は最初、ジュエルシードの魔力の残滓が残っていて、それが呼応するのだと思いました」
「思いました、という事は違うと?」
「はい」
そこで、リンディは一呼吸置いた。
「貴方の中に残っていたのは、ジュエルシードの嘆きの声でした」
思えば何故恭也は、ジュエルシードが堕落した理由に『人間側にも問題があるかもしれない』などと言えたのか。
あの時はリンディも同じ考えだったから、怪しむことは無かった。
しかしリンディがその考えに至ったのは、ジュエルシードに関する資料を在る限り全て閲覧しているからだ。
それを、どうしてリンディの話を少し聞いただけでそんな答えに辿り着けたのか。
冷静且つ客観的な考え方、などでは到底及ばない。
だが、恭也はジュエルシードの呪縛を、堕ちた魔法の力を自ら破った。
それ故に、恭也にとり憑いていたジュエルシードの力は本来ありえぬ切断をされ、恭也側にいくつか情報が残ったのだ。
そして、それで残ったのがジュエルシードの想いとも言えるもの。
つまりは、嘆きの声だ。
底の無い人間の欲望に絶望しながら、しかし願いを叶えるという機能を全うし続けなければならない、それに対する嘆きだ。
それを永き時間繰り返し続けてきたのだ。
ある意味、それが声として残ったは当然かもしれない。
恭也は、それを知っていた。
意識記憶の中に在る訳ではないが、確かに聞き、それを覚えていた。
だから、同じ嘆きを聞き分ける事ができ、誰よりも早く起動を感知できるのだ。
この嘆き、なのはに封印された他の者には聞く事はできないだろう。
被害者は、ジュエルシードの魔力を全て正常化されて分離されたからだ。
何も残っては居ない筈だ。
故に、恭也より早くジュエルシードにたどり着く人間は在り得ない筈。
「なるほど。
言われてみれば、確かに俺はジュエルシードを『悲しい』と想っている」
「はい。
私も聞いた時は悲しかった」
2人はこの一時、
そして、それを開放する為にもこの戦いに勝利しなければならないと、改めて想う。
「さて、次はあの少女ですが」
「はい」
故に、最早過去に囚われることなく。
この先の未来を幸いにする事を考えるのだ。
「彼女の関係ですか」
「それしかないでしょうね」
恭也は既にある女性の情報を受け取っている。
リンディの家族である女性の情報。
彼女ならどう動くかも大体の考えが伝達された。
「あの少女があの子のなんであるかは解りません。
しかし、やはりあの子の関係者以外は在り得ない」
リンディが在り得ないというのは、ここに他の魔導師が居る事だ。
リンディとアリサはあの時のジュエルシードとの戦いでここに飛ばされた。
そして、その時の影響で外に時空転移できなくなってしまっている。
だから、後からここへ来たと言うのは在り得ない。
始めからここに居たか、もしくはあの時、予めここに来ることが解っている者でなければ。
この結論を出すのに時間が掛かったのは、リンディがあの少女について調べていたからだ。
あの少女の作ったであろう結界などから、家族の女性との関係を。
しかし、今のところ一切謎だ。
「まあ、その内連絡もあるでしょう」
「そうですね」
現在リンディはアリサから隠れる為に、存在を全面的に隠している。
故に、その女性にも見つける事がでいないのだろう。
だが、必ずや連絡が在る筈なのだ。
何故なら、彼女もまた―――
「さて、後は」
「はい、そろそろ出来上がります」
リビングで会議をしていた2人は2階の部屋へと上がる。
そこにはいくつかの魔法陣が描かれ、何かの魔法を形成していた。
「上手くいけばいいのですが……」
ザ……ザザ……
古いラジオの様な音が響く。
そして、魔法陣の中心からモニターとなる正方形の枠が出現する。
更に、そこに映し出されるのは壊れたテレビの様な画面。
送受信される画像がまだ調整し切れていない為、画像が乱れているのだ。
「こちらリンディ・ハラオウン、アースラ聞こえますか?」
ザザ……ザ……
『……ちら……ラ……』
乱れているが声らしきものが聞こえる。
リンディは少し何かを弄って調整する。
『こち……アース……管制官エイミィです、艦長、艦長、聞こえますか〜』
段々と声が鮮明になり、最後には十分会話可能なまでに調整される。
リンディの魔法技術を知っている恭也であるが、いや、だからこそこの微調整の技術は高等なものだと解る。
「エイミィ管制官、聞こえますか?」
『艦長! やっと繋がった! 無事ですか!?
クロノ君、クロノ君! 通信繋がったよー!』
エイミィと呼ばれた若い女性の声。
そして続くのはリンディの家族の名前だ。
『こちら執務官クロノ。
艦長ご無事で』
先の女性の声に変わり聞こえてくるのは少年の声だ。
「ええ、なんとかね。
そちらは?」
『アリサと彼女は一緒ですか?』
「アリサは無事よ。
あの子は……やはりそちらにもいないのね?」
『はい』
「そちらの状況は?」
『あの後、次元震の影響で艦が少し流され、暫く航行不能でしたが、現在は問題ありません。
艦長達が跳ばされただろう位置に可能な限り近い場所を探しています』
「解ったわ。
とりあえずその方針で。
とりあえずこちらは……」
お互いの状況を説明すると、リンディは今までの経緯を話す。
恭也の事も少しだけ話に挙がり、向こうで驚きの声も上がっていた。
本来ならここは管理外地区となるので、現地の人間との接触も好ましくは無いだろうが、非常事態だ。
そこら辺の融通は効きやすいらしい。
「だから、とりあえず、救援は要らないと考えてもらっても良いわ。
その代わり、軽いものでいいから物資を転送できる様にしてもらえないかしら?」
『はい、それは私がなんとかしておきます!』
リンディの頼みに応えたのは先のエイミィという女性だ。
とても明るい女性なのだろう。
「お願いね。
後、一応私まだ行方不明中だから」
『了解。
アリサからの連絡がきたら、無事な様だとは伝えて起きますよ』
「ええ、そうして頂戴。
じゃあ、今のところは以上よ」
『解りました。
どうか御武運を』
「そっちもがんばってね」
パシュンッ!
別れの挨拶を交わすと、通信は電源が切れた様にダウンする。
結構無理やり繋げていたからだろう。
「そういえば、彼女の事にはあまり触れないのですね」
恭也は終わったあと、疑問を口にした。
それは、リンディとクロノ執務官との話の中で件の彼女の事が出ていなかった事だ。
それどころか、彼女の名前すら出さなかったのだ。
恭也はまだクロノ執務官の情報は得ていないので、そこは解らなかった。
「ええ。
クロノも解っている事ですから」
「そうですか」
納得し、そして恭也は想う。
リンディは良い家族を持っていると。
「さて、ではそろそろ見回りに……」
ここでの用件も終え、見回りに出よとしたその時だ。
トクン
ジュエルシードの鼓動が聞こえる。
いや、それは鼓動であると同時に目覚めてしまった嘆きの声だ。
「リンディ!」
「はい」
リンディは嘆きを知っているが、しかし恭也の中で聞いただけでは感知するまでには至らない。
だから、恭也は声をかける。
恭也の一声で何があったのかを理解するリンディは即座に準備に入った。
まずデバイスの中へと入り、それから転移魔法を展開した。
そして、転移して出たのはこの街にある市立小学校の前だった。
時刻は夕刻。
下校時間となり、子供達が楽しそうに笑いながら家路についている。
それを眺める1人の女性がいた。
虚ろな瞳で、何をするでもなく、ただ子供達を見ている。
(あれは……)
リンディにはその女性の心の痛みが解った。
恐らく同じ女性であるから。
それ故に、このジュエルシードから発動する力は恐ろしいものになると予想できた。
(恭也さん……)
(場合によっては……)
そして、この女性の想いはなのは達が受けるものではないとも判断する。
だから、動こうとした。
本格的に発動してなのはが気付く前に。
だが、
ヴォゥンッ!!
結界が展開した。
恭也達の目の前で。
女性だけを取り込み、違う時空に引きずり込む結界が。
(な!)
(そんな!)
ジュエルシードは発動していない。
たとえ近くを通りかかったとしても、見つける事はまずできない筈だ。
だからこのジュエルシードを発見できるのは恭也だけの筈だ。
しかし、この結界はリンディやアリサが使うものと同じもの。
同じ世界の魔導師の結界。
そして、これはアリサのものではない。
更には―――
(あの少女のものとも違う……あ、これは!)
消去法でも導き出せる答え。
しかしそれよりも、これはリンディが良く知る構成で、良く知る魔力で編まれたもの。
間違える筈のない結界魔法。
だが。
だがしかし、それでもなぜ彼女がこのジュエルシードを見つける事ができたのか。
程なく、結界は消えた。
あの少女と同じく、かなりの高速で中での戦いは終わった様だ。
この結界を良く知るリンディをして、入る準備すら整いきらぬ間にだ。
そして、その場から立ち去る影があった。
リンディに気付く事ができず、更にこの場に長くとどまる事は良くないと判断しているのだろう。
それ故、リンディが声をかける事も出来ないくらい即座に姿を消した。
女性は、ちゃんと安全な場所で眠っていた。
涙を流しながら、しかし、虚ろではない心で眠っていた。
(どういう事でしょうか)
(解りません……
しかし、あの子はまた何かを背負っているのでしょう)
最後に見た妹の表情を思い出す。
そして、まだ解らぬ彼女の考えに思いを巡らすのだった。
が、そんな感慨の時間すら無かった。
トクン
次のジュエルシードの起動を探知し、更に
キィィンッ
間髪なくそれは発動した。
(この短時間で2つか、それも初期起動と発動がほぼ同時とは)
(想定しなかった訳ではありませんが……)
(とにかく行きます)
(はい。
ですが、ここに来るのに使ってしまった為、戦闘と撤退を考えると、もう転移魔法は使えません。
後、ここからですとなのはさん達の到着が先かと思います)
(では
(了解。
リンク開始)
2人は即座に気持ちを切り替え、恭也は空を駆け行く。
これから何かが起きる。
そう確信にもにた予感が過ぎった。
約1分程で現場に到着した恭也達。
先の予感は現実のものとして展開し。
しかし、それ以上のものもそこにあった。
(なのは達が結界を展開していた筈だが)
(おそらく、あの少女が上から結界を張ったのでしょう。
侵入を試みます)
(了解)
一旦恭也とのリンクを完全に解き、リンディは結界の解読を進める。
この結界は外界から解らなくすると同時に、侵入を拒む結界だった。
恭也とリンディの2人なら破る事はできるが、それでは周囲へいろいろと問題が起きる。
アリサが展開する結界もそうであるが、この結界も展開する場所から位相の違う空間を作り出すというものだ。
現実の世界とズレた世界をつくり、その上で戦闘などを行う。
正規手段で展開し、解除すれば結界内での変化、建造物の破壊などは現実には反映されない。
しかし、強制的に解除させる、つまりは結界を破壊すると、その影響が出てしまう場合がある。
直接結界内の破壊が現実の破壊に書き換わる訳ではないが、少なからず破壊は反映されてしまうのだ。
それに今回の事件では、結界の効果としてジュエルシードの存在を隠蔽するという役割が大きい。
故に、最低ジュエルシードの発動中は結界内だけで済ませたい。
恭也側でもみ消す手段はいろいろあれど、事実を書き換える事が出来るわけもなく、隠し通せる範囲も限度がある。
だから、こうしてリンディが結界の構成を解析し、正規と同じ形で侵入する必要がある。
(完了。
いきます)
(了解)
ゥオンッ
普通なら触れる事も敵わない結界の境界に手をそえ、結界の中へと侵入してゆく。
その感覚は水の中に入る事に似ている。
通常の空間、空気の層とは全く違う世界に入る感覚だ。
ヴワンッ!
時間にして2秒をかけて結界内への侵入を果たす恭也達。
そして、同時にリンディが恭也とリンクする。
その時間更に1秒。
ドクンッ!
リンク完了と同時に恭也は神速に入った。
状況を即座に理解する為だ。
まず、久遠とアリサが見つかった。
2人は魔法の鎖、リンディの知識に該当するものがある。
拘束系の魔法チェーンバインドだ。
2人はそれにより拘束されている。
拘束しているのは赤橙の髪を靡かせる女性。
外見は16〜20というところだろう。
しかし人間ではない。
その頭には獣の耳と尻には尻尾が生えている。
これもリンディの知識より引き出される。
魔導師のパートナーたる使い魔は、動物を素対とした上で、人間の姿に変身する場合が多い。
つまり、アレは先日見かけた赤橙の狼が変身したものなのだろう。
(なのはは……むっ!)
そして、残るなのはを探して視線を移動する。
すると、空でバリア展開しているなのはが見つかる。
バリアで防いでいるのは光の刃だ。
更に、その先に少女を見つける。
金色の髪をツインテールにした少女だ。
それは間違いなく、2つのジュエルシードを封印回収した少女だ。
ズガガガガガッ!
なのはのバリアが光の刃に押し負けている。
このままでは程なく破られるだろう。
だが、戦闘理論魔法は使っている様だ。
それならば、回避を選択して逃げる事は可能な筈だ。
しかし、
(あれはっ!)
光の刃を放った本人であろう少女の姿超高速で移動しているのを見る。
今恭也は神速の中にいるというのに、その中で尚、速いと思える速度で動いているのだ。
なのはには視認できない高速移動。
その移動手段、リンディの知識によればブリッツアクションと呼ばれるもの。
一瞬だけの超加速を得る魔法らしい。
一瞬とはいえ、使われれば人の目には止まる事は無く、最低でも一瞬は見失ってしまうだろう。
少女はその加速を持って、なのはの背後に回っている。
(拙―――なにっ!)
キィィンッ!
恭也は即座に動こうとしたが、しかしそれよりなのはが動くのが先であった。
視線は移動していないのに、少女が動くのを見えていない筈なのに、背後の少女の攻撃にあわせシールド魔法を展開し始めたのだ。
デバイスの力を借りずに、自分だけの力で展開する魔法の盾。
しかし、驚くべきところはそんな魔法を使った事ではない。
(まさか……使ったのか)
見えている筈のない相手の攻撃にあわせて行動できているところだ。
なのは今戦闘理論魔法を展開している。
しかし、いかに恭也の戦闘理論があろうと、なのはが状況を認識しない限りその力は発揮されない。
ならばこの状況、仕掛けた保険が発動した可能性がある。
本当にただの保険として仕掛けていたものが。
(まだ早いというのに!)
なのはの危機を救えたのはいいが、あまりに速すぎる起動を遺憾に思う。
だが、そう思っている暇も無く、事態は動いていく。
ヒュンッ!
バキィィンッ!
少女の攻撃により展開しきれなかったなのはのシールドは破られる。
ただ、展開中だったとはいえシールドがあったことで、攻撃の軌道は逸れ、直撃にはならない。
「っ!」
攻撃した少女は驚いていた。
防御されるなどと思っていなかったのだろう。
だからこそ、弱いシールドで軌道が逸れてしまったのだろう。
あの移動後ではそれが精一杯だったんかもしれないが。
兎も角、なのは危機を脱した様に見える。
しかし、少女が詰めとして放った攻撃を防いでも、肝心なものを防げていなかった。
バキィィンッ
正面のバリアが破れたのだ。
全力を持ってしても防ぎきれない攻撃だったのだ。
そんな状態で後方への攻撃に対処しようとしたのだから、守りが崩されるのは当たり前。
故に。
ズダァァァンッ!
「ぁっ!!」
光の刃がなのはを切り刻む。
切り刻むといっても、その魔法は魔力へのダメージのみ設定されている。
だから肉体は傷つく事は無く、死に至ることは無い。
しかし、衝撃はあるし魔力を削られる感覚もある。
それに対し、なのはは声にならない声を上げる。
「あ……」
フッ……
意識が薄れ、落下するなのは。
完全に失ってはいないらしく、ぎりぎり飛行魔法を使い続けている。
ドサッ!
だが、受身を取ることはできずに地面に倒れた。
バリアジャケットがあるので怪我はしていないだろうが、衝撃で更に意識が薄れているだろう。
あの保険が起動したことで元々意識は無くなりかけている中でだ。
「「なのは!」」
アリサと久遠が声を上げている。
自分達が動けない中でなのはが傷ついたのを見て。
「あ……あああああああああっ!!」
更にそれで久遠が暴走寸前の力を解放している。
鎖を力ずくで砕くつもりだろう。
「く、これは……
フェイト、あまり持たないかも!」
使い魔が抑えるが、やはり砕ける様だ。
少女の名を呼び、急げと伝えている。
ドクンッ!
その名を覚えながら恭也は動いていた。
神速を連続で使用し空を駆け、なのはの下へ。
神速で移動する事でステルスは解除されている。
ステルスはあくまでリンディが事前にかけたものであり、維持力が薄い。
だがそれ以前に、この移動速度でステルスをかけ続けられるほど都合のいいものではない。
尤も、神速で移動する限りステルスなどいらないというのがリンディの考えでもある。
「ええ」
フッ!
恭也が半分ほど距離を詰めた時、少女も動いた。
光の大鎌を振りかぶり、なのはに向かう。
(む、アレは……)
だが、恭也は即座にそれの狙いはなのはでない事に気付く。
「っ! レイジングハートッ!!」
アリサも気付き声を上げる。
そう、少女の狙いはレイジングハートだ。
おそらくは、破壊する事でなのはを戦闘不能にし、ジュエルシードも奪う気であろう。
(それは困るな!)
ダンッ!
恭也はやる事を定め、なのはの前まで駆ける。
フォローの為にと走ったが、今は少女の攻撃を止める為に駆ける。
神速の中を、全力で。
神速、というより恭也自身の基本性能が上がっている訳ではない。
だが、リンディが展開するバリアジャケットと魔力による身体保護をもって出せる限界中の限界速度が出し続けられる。
ガキィンッ!
それをもって間に合わせた。
少女の大鎌の光の刃がレイジングハートに触れる直前で。
黒の棍をもって、少女の大鎌を抑える。
「!!」
少女の驚愕する瞳が目に入った。
綺麗な瞳だ。
今は驚きという表情であるが、その中は澄んでいる。
(なるほど、面白い)
恭也は表には出さずに笑みを浮かべる。
ただ心の奥で。
リンディと共に。
だからここで告げた。
「退け、まだ早い」
そう、まだ早い。
全てがだ。
この少女となのはの戦いも、なにもかもまだ早すぎる。
「っ!?」
その言葉で、少女は飛び退いた。
アッサリと身を退いたのは何故だろうか。
それほど殺気を出したつもりは恭也には無かった。
だが、良い結果であろう。
「フェイト!」
「……退くよ」
「了解!」
パリィィンッ!
そして少女はすぐに撤退した。
使い魔と合流し、結界解除の衝撃を目くらましとして。
(リンディ。
俺達も撤退しよう)
(了解)
恭也はリンディとのリンクを解き、少女達が撤退するのに合わせて転移魔法をもって撤退する。
なのはならば心配ない。
2人も友がついているのだから。
だから、恭也達はこの先の事を考える。
この先に在るはずの幸いへの道を。
某所
街のある高層建造物の屋上に1人の女性が立っていた。
紅い髪を靡かせた若い女性だ。
「上手くいかないものね」
そう呟いて街を見下ろす。
少女の知らぬ街並みを。
少女の知らぬ世界を。
「兎も角、どうにか連絡をとらないと」
次に少女は空を見上げる。
雲に覆われた空を。
星々と月が隠れてしまっているけれど、動くには丁度言い空だ。
でも、いつかは晴れて星達が輝く空が見れるだろう。
後書き
3話裏ですよ。
なんでしょうね、今回の前半の長ったらしい説明。
正直自分ですら長すぎると思っております。
でも必要なんです。
布石置くのはここしかないですしね。
我慢して読んでくれた方、ありがとうございます。
え〜まあ、いろいろと動き出す訳で、ここからが物語りの本格始動という感じです。
なお、今回の忍とかファリンとかすずかの事はどう受け取ってもOKですよ?
深読み大いに歓迎します。
しかし、リンディのリンディらしさを書けなくて悩む今日この頃です。
そう言う状況下なんで、しかたないのですがね。
兎も角、次回もよろしくどうぞ。
管理人の感想
T-SAKA氏に裏の第3話を投稿していただきました。
まぁこの恭也編が完全に日の目を見るのは大分後になるでしょうけど。
こちらを読むとなのは編がよく分かりますね。
恭也とリンディが色々細工していますし、あれはこれの所為だったのか、とか分かりますし。
無論あちらだけ読んでも問題はありませんが。
魔法の改修に気付かないところとか、やはりアリサよりリンディの方が上手ですか。
ばらした時少女たちがどういった反応をするのかも楽しみですね。
作中で恭也とリンディが完全な合一を果たしましたが、これって色々問題ありますよねぇ。
いや、彼らの体に害がないという事は説明でわかります。
なので、問題はむしろ回りの女性陣。
恭也と完全に理解しあった女性なんて、彼に心を寄せてる周りの女性からすれば最強の敵だし。
ここらへんの修羅場も全て解決したらきっとあるに違いない。
感想はBBSかメール(ts.ver5@gmail.com)まで。(ウイルス対策につき、@全角)