闇の中のコタエ
第4話 それは、もう一人の
宵の口 遠見市
日は沈み、人通りが無くなる時間。
とあるアパートの前を動く影があった。
その影は人目を避けてアパートの敷地に入り、ある一室の前で立ち止まる。
それまでにあるオートロックのエントランス・ホール等、数々の万全に機能しているセキュリティをまるで無いかの様に通ってきてだ。
その影が立つのは表札に『フィアッセ』と『アイリーン』となっている部屋だった。
そして、その影はチャイムを押す。
『はーい』
インターホンから流れる綺麗な女性の声だ。
しかし、影は声を発する事無く、また付属されているカメラの死角に立ち、存在を隠す。
『あれ?』
インターホンから女性の怪訝そうな声が聞こえる。
そこで影はもう1度チャイムを鳴らす。
『どちらさま〜?』
もう1度問う声。
しかし、それでも影は返事をする事もカメラに映る事もしない。
『ん〜?』
不思議そうな声を最後にインターホンが切れる音がした。
同時に、こちらへ、玄関に近づいてくる足音が1つ。
そして、程なく玄関の鍵が開けられる音がして、ドアが開かれる。
その瞬間だ。
「どち……」
バッ!
青い髪の若い女性の顔が半分も見えない内に影が動いた。
ドアノブを持つ女性の手を掴み、低い姿勢から強引に玄関に押し入った。
「え? むぐ」
女性が疑問の声を上げる頃には、既に影は女性の背後まで移動していた。
そして、まず口が押さえられ、同時に、ドアを閉め、更に鍵までかける。
ほとんど、音も無く。
それでいて素早くだ。
近所には何も聞こえなかっただろう。
更にその後、女性が暴れる暇もなく両腕を取り、身動きを封じる。
この間、2秒も掛かっていない。
「う、ううう〜〜」
女性は抵抗を試みるも、全く身動きが取れない。
うつ伏せ状態に抑えられて居るため、相手の姿を見る事すらできない。
完全に組み伏せられ、声を上げる事も動く事もできない。
この身に降りかかった危険を知らせる手段まで封じられ、最早絶体絶命の危機だろう。
「……まったく、無用心ですよ。
アイリーンさん」
女性、アイリーン・ノアの上から男性の声がした。
ため息をつくような声が。
そしてゆっくりと拘束が解かれ、口に当てられていた手もどけられる。
「はぁ……実践的な忠告どうも。
でも、恭也だと解ってたから開けたんだよ?」
乱れた服を直しながら立ち上がり、振り向くアイリーン。
すると、そこには黒の上下に黒髪の男、高町 恭也が立っていた。
「失礼とは思いましたが、貴方はもう少し危機感を持っていただきたい。
フィアッセも貴方も、どれ程自分が危ういか解っていない」
この男女、恭也とアイリーンは親しい知り合いだ。
今の様に演技とはいえ、突然おしかけてきて組み伏せても、それがちゃんと冗談と通じるくらいには。
恭也としては、いい機会だとして日頃から注意を促している事をやっているかを試したのだ。
が、結果はこれである。
しかし、気になることがある。
「それで、俺だと解ったとは?」
アイリーンはある一点……いや美人だとかそう言う事を抜きにして、ある1つの特技を除き、極々普通の一般人だ。
気配とか、匂いとか、勘とか、予知とかで人の判別ができる人ではない。
だから、あの状況ではアイリーンは訪れたのが恭也だとは解らない筈なのだ。
「来る前翠屋に寄ったでしょ?
その時にフィアッセからこっちに来るって連絡が。
で、まあ来る頃かな〜と、窓をみてたら恭也らしき影が見えたし」
「なるほど。
それはこちらの不手際だ」
確かに翠屋によってフィアッセと2,3話した事で、そう言う事態も想定できた。
しかし、それでもこうする必要があったのだ。
つい数分前の事だ。
ジュエルシードの反応があり、なのは達は戦った。
だが、そこに乱入者が現れた。
そして、最終的に恭也自身が戦いの中に乱入する事になった。
故に、これはアリバイ工作だ。
フィアッセとアイリーンに、後々なのはに話してもらう為の。
正確な時間を割り出されると意味が無い、疑われていない事が前提の簡単なアリバイ工作だ。
つまり、この一連の恭也の行動は、後々なのは達に話をする話題を作っているのだ。
なのはに、自分が何時ごろ何処に居たかを自然に伝えて貰う為に。
尤も―――
「まあ、遅れたけどいらっしゃい、久しぶり? でもないか。
とりあえずお茶でも淹れるわ〜」
「お邪魔します、がお茶はいいですよ。
見回りに来ただけですから。
それに、俺に何か言う事はないのですか? 仮にも突然押しかけてきて襲った男ですよ?」
何も無かったかの様に振舞うアイリーン。
普通ならビンタの一発でも飛ぶか、警察を呼ばれかねない事をしているのにだ。
例えそれが警告であるとちゃんと伝わっていたとしても、あそこまですれば何か一言くらいある筈だ。
普通であるならば。
この警戒心や危機感が足りないのではないかと思う人への忠告という意味では、先の行動に嘘偽りは無い。
「いいわよ、恭也だし。
でもまあ、一言言うと、私もフィアッセも恭也以外には隙なんか見せてない筈よ。
今度ゆうひにでも聞いてみればいいわ」
振り向いて応えるアイリーン。
悪戯っぽい笑みを浮かべながら。
「何故俺だけ? 幼馴染みとはいえ俺も男ですよ?」
確かに、2人が外では女性としての隙を曝しているのを見た事は無い。
恭也が判断する隙だらけな時というのは、室内に限定される。
それもプレイベートである時で、その場合そこに居る男は恭也だけだったと、今記憶から確認した。
が、そうなる場合、自分は2人にとって男と認識されていないのではないかという懸念が生まれる。
フィアッセもアイリーンも恭也とは幼馴染みの関係だ。
アイリーンと幼年期を過ごした時間はごく短いが、それでも子供の頃からお互いを知っている。
だから2人にとって恭也は弟の様なもので、男として見られていないのか推測した。
「そうね〜、特にフィアッセの場合は恭也が今の言葉に対してそんな台詞を返すから、でしょうね〜。
というか恭也、そう言うって事は貴方は私達をちゃんと女だと見てるのね?」
しかし、それに対し、アイリーンは更なる悪戯っぽい―――いや、小悪魔の様な笑みを恭也に向ける。
が、
「当然だ。
アイリーンは綺麗だ」
平然とそれに応える恭也。
「っ!」
予想していなかったのか、アイリーンは恭也の即答に対して驚いている。
少し、顔を紅くしながら。
「ん? どうかしましたか?」
尚、恭也は本当に至極当然の事としてしか答えていない。
アイリーンが女性である事は解りきった事だし、美人であるのも美的センスが正常ならば当たり前に出る答えだ。
今の恭也の言葉はただそれだけの事だった。
「あ〜……いえ、なんでもないわ。
とりあえず何にする?」
立ち直ったアイリーンは溜息を1つ。
解っていた筈だが、恭也がこうなっている原因は自分にもあるのかと考えてしまう。
そう、恭也が懸念している様な昔から馴染みの男女の問題に直面しているのは、フィアッセやアイリーンの方だ。
更にその中で、アイリーンは割りと悪戯好きで、且つ性格上軽く思われる事もある。
だから、この手の攻撃は最早恭也には一切通用しない。
まあ尤も、効果が本当に0なのかと聞かれれば、0とは言えないのだが……
「ですから、別にお茶は……」
「なに〜、私を押し倒す為だけに来たの?
あ、そういえば恭也って料理できたわよね?」
「できますが?」
「私、恭也の料理が食べたいな〜」
「……了解、作りましょう」
期待するアイリーンの眼差し。
先の事への礼も考えれば恭也が断れる筈も無い。
そもそも、今日はこの周辺の見回りをするつもりなのだから、ここに居るのは都合が良い。
(まあ、女性の部屋に長々と居座るのは問題だが……)
仮にもここはアイリーンとフィアッセの女性だけの住まいだ。
男である恭也があまり居ていい場所ではないだろう。
ついでに言うと、この2人の場合、下手すると雑誌に載るような事になりかねない。
まあ、この家の周囲にストーカーも、記者もいない事は確認済みだったりするが。
『それは、今更では?』
恭也の内心に突っ込みを入れるリンディ。
今恭也から、肩に乗っているリンディの顔は見えないが、苦笑している事だろう。
因みに心を読んだのではなく、横顔と状況から考えている事を推測した上での事だ。
『……それが問題なんですがね』
恭也が見回る先というのは、大半女性の所だ。
そもそも恭也が護りたいと思う人のほぼ全てが女性なので、それは当然の事。
しかしながら、だからといって女性の周囲をうろつくというのも困ったものだ。
たとえ相手は気にしない、寧ろ見回る恭也の方を気にかけてくれる人ばかりでもだ。
『私は、そんな貴方だから良いのだと思います』
『そうでしょうか?』
2人は会話する。
例え記憶をある程度共有でき、完璧というくらい解り合える者同士でも。
第一、今は2人は2人として分かれている以上、コミュニケーションは必要だ。
2人はあくまで2つの個で、1つではないのだから。
「で、材料はこれね。
買ってきたはいいけど、ちょっと今日は疲れてるのよ」
「了解。
ですが、俺の腕はレンと晶には遠くおよびませんからね?」
「いいわよ。
大体そんな事言ったら、私の料理はあの2人の足元にもおよばないし」
台所に立ち、料理を始める恭也。
「エプロン付けなさい」
「……了解」
「うんうん」
アイリーンは料理をするエプロン姿の恭也を楽しそうに眺めている。
因みにエプロンはピンク色だ。
『とりあえず、私は屋上に居ますね』
『お願いします』
リンディは恭也の肩から離れ、開いていた窓から外へ出た。
ここに居る事になるだろう恭也に代わり、周囲を警戒する為だ。
それはジュエルシードを見つけるというよりも、ジュエルシードを見つけた後、ここから出る為のものだ。
「恭也〜、まだ〜」
「もう少しですよ」
恭也は今はとりあえずこの日常で時を過ごす。
この平和なひと時を。
それから2時間後
「ただいま〜」
玄関からフィアッセの声がする。
翠屋の仕事を終えて帰ってきたところだ。
「ああ、お帰り」
「あら、恭也」
フィアッセは恭也が居る事に少し驚きながも、笑みを見せる。
因みに、今日の桃子とフィアッセの送迎は美由希に連絡して頼んであったのだ。
その際、特に代行を頼む理由は言わなかったので、送られてくるフィアッセも知らなかった。
「あれ、皿洗い?
アイリーンにやらされてるの?」
が、恭也が居る場所はキッチン。
そして、恭也がやっているのは食器の片付け。
正確には調理器具から全ての片付けだ。
「やらされているか、まあ、最初から最後までな」
「最初?」
流石に恭也が言いたいことが伝わらなかった様で、疑問符を浮かべるフィアッセ。
そこへ、
「ああ、今日のディナーは恭也作だったのよ」
と、アイリーン。
風呂上りなので、タオル一枚を巻いただけでリビングに現れる。
「え!? ちょっ、ずるい!
って、その前にアイリーン、服! 恭也がいるんだから服着なさい!」
(何がずるいなんだろうか?
いるんだから、という事は普段タオルだけで出てくる事があると?)
フィアッセの反応に対し、内心だけで突っ込みを入れる恭也。
因みに、視線は洗物の方を向いたままだ。
「え〜、いいじゃない」
音からアイリーンが何かポーズをとっている様だ。
おそらくは、挑発的なものを。
「アイリーン!」
「そうです、アイリーンさん。
大分暖かくなったとはいえ、いつまでも下着の上にタオル一枚では風邪を引きます」
服だけ部屋に忘れたのだろうか? 何故? と考えながら、言う恭也。
ついでに、ここはアイリーンとフィアッセの家なので、あまり強くは言わない様にする。
「……下着、着てるの?」
恭也の言葉に、少し思考が停止していたフィアッセが改めて訪ねる。
「というか、なんでこっちも見ないで解るの?」
アイリーンは驚いていると同時に呆れている声だ。
まだ、恭也は視線を洗物に集中している。
「まあ、そう言う仕事ですから」
相手が何か武器を隠していないか、そういうのを見極めるのに使う技能だ。
恭也自身も飛針や小刀、鋼糸という暗器を身に着けている。
これは、ぱっと見ただけではそれと気付けない物だ。
そして、暗殺者の類はこういう武器を使う。
故に恭也の様な護る側の者は、相手が服の下に何かを仕込んでいるのを疑い、それを発見できなければならない。
尚、今はタオルと下着が擦れる音などで判断しただけだ。
恭也にとってはさして難しい事ではない、らしい。
普段なら美由希が何処に暗器を携帯しているかを見極めるという鍛錬もしているからだ。
「残念。
恭也にこういう悪戯はきかないのね」
「悪戯って、アイリーン、恭也に何しようとしたの!」
「はいはい。
次は完全なストレートでいきますとも」
「アイリーン!」
残念そうに自室に戻るアイリーン。
フィアッセは妙に声を荒げているが、普段から私生活に問題があったのだろうか? などと恭也は思っていたりする。
「あ、後恭也。
明日の朝食作ってね」
「ん? まあ、いいが」
「よろしく」
フィアッセは何で怒っているのか、良く解らない恭也だった。
ついでに、どうやら泊まるのは確定らしい。
(まあ、すでに月村家に泊まっているがな)
それとはいろいろと訳が違うのだが、などと考えつつも恭也は皿を洗い続けた。
その後、恭也はフィアッセとアイリーンと話をする。
フィアッセは特に、ここ暫くまともに帰っていない高町家の事を。
アイリーンは最近のフィアッセや自分の周りの事を話す。
恭也はほとんど聞いているだけだ。
「まあ、そんな感じで、最近なのはがまた悩んでるみたいなんだけど。
それに、今日最後に会った時、全然元気なかったし」
「そうか。
まあ、それについてはフィアッセはフィアッセが思うとおりに行動してくれ」
「解ったわ」
そして、最後に最近なのはが悩んでいる事を聞く。
それはある意味当然の事。
力に関する悩みがあるというのに、そこに更にあの少女が現れたのだ。
なのはの年齢では重すぎる悩みになっているのは間違いない。
だが、なのはが高町 なのはである限り、必ずその先へと進めると信じている。
「ふ〜ん、なのはちゃんがね〜。
でも、それは恭也の絡みもありそうね〜」
話を聞いていたアイリーンがそんな事を呟く。
おそらくは、恭也がこうして外に出ている事を言いたいのだろうが。
しかし、それは確かに事実だ。
「だが、全てが終わるまで、俺はこうしなければならない」
「解ってるわよ」
なのははジュエルシード最初の被害者である恭也が、最後までジュエルシードに振り回される事を気にしていた。
当然恭也もその事は知っている。
しかし、恭也が高町家に居続ける事は不都合が多すぎて出来ない話だ。
それに、最後にはそれも解決する可能性が高い。
最初は、最後まで恭也の関与が表に出る事無く終わらせるつもりであった。
だが、もうそれはできないだろうと思い始めている。
「まあ、そうでしょうけどね。
ところで、今日で何日目?」
言葉は足りていないが、アイリーンが聞きたい事は解った。
話の流れもあるから、つまり今日で戦い始めて何日目かと聞きたいのだろう。
「夜まで出ているのはまだ5日目ですね」
「5日目ね〜。
じゃあ、今夜は私のオールナイトステージを聞いていきなさい」
「……はぁ?」
突然立ち上がって宣言したアイリーンに、恭也はたた唖然とするだけだ。
「……そうね。
アイリーン、私とのデュエットでのステージにしなさい」
「OK,歌うのは1人より2人よね〜」
「ええ」
「フィアッセまで……」
妙に楽しげに視聴を命じる2人。
アイリーン1人なら兎も角、フィアッセまで混ざるなど一体何が起きているのか。
恭也にはサッパリ見当がつかなかった。
ついにクリステラの血が目覚めたか、などと思ったのはとりあえず秘密だ。
「さて、ではリクエストを受付ま〜す」
「恭也は何が聞きたい?」
完全に歌う気の2人。
考えてみると恐ろしく贅沢な話だ。
世界的に認められている歌姫2人の独占ステージを聞けるなど、一体どれ程の価値がある。
「では、新曲あたりから」
だが恭也にとって、そんな価値よりもこの2人の歌だからこそ聞きたいと思う。
歌が好きなこの2人の美しい歌声を。
ああ、聞けるというのならば聞ききたい。
「では、未発表の新曲よ〜」
「OK,あれね」
程なく、部屋には歌声が響いた。
この防音設備が備えられた部屋で。
決して外部に漏れること無く、この部屋だけで響く美しい音色。
世界を魅了する力が持ちながら、今は唯1人の為だけに詠われる歌。
(ああ……綺麗だ……)
恭也はその歌を全身をもって聴く。
この部屋の全方位を警戒しながら、それでもこの部屋の中に響く安らぎを感じる。
自らの状態を矛盾していると思いながら、それでもどちらかを切る事はない。
(護るとも……)
そうだ、この歌声の持ち主を護る為、どんな事でもしよう。
そして、その2人の存在を確かめる為に、この歌を聞こう。
当然だ。
ああ、恭也にとっては当然の事だ。
だからその為ならば、矛盾くらいいくらでも構築しよう。
「寝てる?」
「ええ」
どのくらいの時間が経っただろうか。
何時の間にか、フィアッセもアイリーンも歌うのを止めていた。
何時までも歌い続けて構わないと思いながらも、今は1度止める。
目的が達成された事を確かめる為に。
「でも多分声は聞いてるのよね」
「恭也だし。
少しでも触るか、何か変な感じでもさせたら起きちゃうでしょうね」
「そうね〜
まあ、恭也を寝かしつけられたんだから、十分でしょう」
座ったまま眠る恭也を見ながら、2人を笑みを浮かべる。
「そうだね。
それにしても懐かしいね、昔は美由希も一緒に子守唄で眠らせた事もあったんだよね」
「昔ね〜。
まったく、恭也もずいぶん立派になったわよね」
「ええ」
嘗ての光景を思い出す。
まだ子供だった自分達。
まだ平和しか知らなかったあの頃。
そして、その中ですら戦っていた少年。
「さて、どうしようか?
朝まで歌う?」
「そうね、私明日はオフだし」
「じゃあ、決定」
また、歌声が響き渡る。
この空間だけの特別な歌。
疲れている大切な人を、安らかな眠りに誘う優しい歌が。
まだ5日目、と恭也は言った。
ならば、まだこれからなのだろうと彼女達は解った。
故に、今ある疲れなど全て払おうと歌う。
自分達の持てる力を持って、平和な今は休める様に、大好きで大切な詩を歌った。
屋上
「いい歌ですね」
マンションの屋上で見張りをしていたリンディは呟く。
念話以前の恭也との間にある繋がりから漏れる音。
部屋でフィアッセとアイリーンが歌う声。
「通信上で劣化した音で、且つ私に向けられてはいない声でこれ程とは。
目の前にして歌われたならば、最早魔法の領域でしょうね」
ある特定の人にのみ向けられた、心篭った歌はある種の魔法にも似た効果を生み出す。
それを魔法の知識なくして現実化一歩手前まで行っているこの2人は、歌い手として最高位であるという事であろう。
「本当に、良い人が傍にいますね」
そう言って笑みを浮かべるリンディ。
「でも……」
しかし、次には少し悲しみの混じった苦笑へと変化する。
「解っていた事ではありますが。
やはり……」
恭也の周りに居る女性達。
彼女達は間違いなく恭也を信頼し、また1人の男としても好意を寄せている。
それなのに―――
「私の記憶があったところで、やはり『女心』を理解はできませんよね。
思考パターンまでトレースできるわけじゃありませんし」
恭也はリンディの記憶の一部を持っている。
主に、己の事に関するものだ。
だがそれと、女性の記憶と心の在り方は別物だ。
過去の記憶からどう想うかなどは推測できるだろう、しかし、あくまで推測なのだ。
だから、恭也はリンディの心の在り方を知っている訳ではないし、女性とはなんたるかが解る訳でもない。
「人の記憶は―――知りたいと思いながらも、しかし知るべきではなかったとすら思えるものですね」
その人を知るには、その人の記憶全てを閲覧できれば容易い事だろう。
しかし、通常ありえぬそう言う事をした時、本人ですら自覚していない事も知りえてしまう。
例えば―――
そう、恭也の出生の事実。
母親に捨てられていたという過去。
これが、どれ程恭也に影響を与えているか。
これは父士郎も、母桃子も、恭也の周りにいる人は誰1人として気付いてはいないだろう。
それくらい、表には出ていないものであり、本人に自覚がない事。
いやむしろ、生みの母の事など何も気にしていないと思い込んでしまっている。
そう、本人が思い込み、本当に親と名乗れる者ですらそうだと思い込んでいる事。
しかし、これこそ彼女達が直面している問題に関わっている。
「ある一定条件がそろえば、誰も気付かずに終わるでしょうね。
あの家は、良い場所ですから」
誰も気付かないには原因があり、その1つは高町家だ。
恭也のそれは、あの女だらけの高町家で生きていく上で必要だった事でもあるだろう。
しかし、恭也は男としての機能は正常だ。
性欲もあるし、こじれて同性にそれが行く様な壊れ方もしていない。
だから、ある一定条件さえそろえば問題なくその先に進む事が出来る筈だ。
「しかし……この一定条件が揃わなかったなんて……
ある意味単純な事なのに。
でも恭也を好く様な人だからこそ、揃えられないのでしょうね」
記憶を見た限り、半歩手前まで条件を揃えながら、しかし、至らなかった事が何度かある。
「ふぅ……」
リンディは今この思考、先まで考えていた恭也に関する考察を全て封印する。
記憶の中にプロテクトをかけたのだ。
これは、恭也自身の為にならない情報だとして。
これで、この後恭也とシンクロする時も、恭也が意図して見ようとしない限りは恭也に知れる事はないだろう。
そして、彼はそのようなことはしない。
互いの為にならないと、プロテクトをかけている情報まで無理に見るような事はしない。
「それにしても、成り立ちの違いはあれど、こんなところまで似ているのですね」
リンディが想うのは1人の女性。
リンディが信頼する家族にして、リンディ・ハラオウンの―――
「これは、何の因果なのかしら」
リンディは夜空を見上げる。
本来ならば満天に輝く星々と、白く輝く月が見える夜空。
しかし今は黒い雲に覆われ、何も見えずにいた。
「願わくば、この道の先に、あの2人にも……」
そこまで言って、リンディは止めた。
これは、願うものではないと。
自分の手で実現させるものだと。
何故なら、自分はその為の存在で、それ故に恭也と彼女は―――
「ええ、行きますとも」
リンディはもう1度空を見上げる。
今は隠れていても、確かにそこにある輝く星々を、迷いの無い瞳で見詰めるのだ。
翌日
朝起きると、フィアッセとアイリーンはソファーで眠っていた。
それはいいが―――自分が何時寝たのか、恭也は自覚が無かった。
「困ったものだ」
何が困るのか、複雑すぎて言ってる自分ですら解っていない。
そして、苦笑して2人をベッドへと運ぶ。
「確か2人とも今日は休日の筈だな……」
2人が何時まで起きていたかは知らない。
だが、昼には起きてくるだろう。
ならばと、恭也は昼食の用意をしておく。
簡単なものだが、約束だ。
そして、できたものにラップをかけて、一言メモを添えて家を出る。
鍵は外からかけて鍵を中に放り込んだ。
そうして、マンションを離れ完全に視界から外れた頃。
『おはようございます』
妖精の姿のリンディが合流し、そのまま肩に乗る。
『おはようございます。
申し訳ない、眠ってしまいました』
昨日はリンディに寝床になる場所を用意する事も無く眠ってしまった。
そもそも本来なら、昨晩は眠る予定ではなかったのにだ。
『いいですよ。
恭也さんにはこれからもっと動いてもらう事になりそうですから。
休める時には休んでいてください』
『動くのはリンディさんも同じですよ』
『私は、ほら、こうしている間も休めますし』
『では、暫くは歩くだけなので休んでいて……』
恭也はこれからはただの見回りで、リンディの出番は無い筈だった。
だから、肩だろうとデバイスの中だろうと休んでいてもらおうと思っていた。
だが、知った気配を感じて言葉を止める。
「ん? 恭也君じゃないか」
街中で声を掛けてきた女性。
その女性を確認した時点で、リンディは恭也から離れた。
「こんにちは、薫さん」
女性は神咲 薫。
退魔師として、本気で隠れようとしないとリンディを見つけてしまうかもしれない人だ。
だからリンディは上空に上がって退避する。
「ああ。
見回りかい? 恭也君。
最近は家にもろくに帰ってないと聞いたぞ」
「ええ。
まあ、帰っていないといっても、この街の中ですから」
リンディの事があるとはいえ、協力者である薫を無下にできはしない。
それに、変に話を切り上げて離れて、それが不審に思われる訳にもいかない。
「そうか……
……んん?」
僅かであるが事情を知る薫だ、長話で拘束するつもりもなかった筈だ。
しかし、薫の目つきが変わる。
恭也を見て、何か視点を変えてもう1度見ている。
「どうかしましたか?」
リンディも離れ、恭也のデバイス、フォーリングソウルも厳重なコーティングで魔力を発していない筈だ。
何も怪しまれる事は無い筈なのだ。
だが、薫は怪訝そうに恭也を見続ける。
「恭也君、今から時間は?」
「特に予定と言えるものはないですが」
「じゃあ、さざなみ寮に寄って行こう。
毎晩の見回りで疲れてるだろう?」
今薫が口にした理由は嘘だと解る。
そんな理由ではない。
だが、ここでは話せないという事だろう。
「では、お邪魔させていただきます」
「ああ、では行こう」
何か変な所があるならば、なのはより先に指摘されておこうと、恭也はおとなしく従う事にした。
『すみません』
しかし、そうなるとリンディは暫く上空か、近くの森で待機になるだろう。
傍に居る場合、本気で隠れる準備が必要になるので余計に疲れてしまうからだ。
あまり離れるのもいざという時困るが、近くても薫や那美に見つかる可能性がある。
さざなみ寮周辺はそういう問題が発生する。
その為、暫くリンディは休める暇がないのだ。
『大丈夫ですよ』
もとより節約の為の妖精形態であるし、リンディとて恭也程でないにしろ柔ではない。
だからリンディは笑みをもって返す。
恭也を心配してくれている人がこれ程多く居るのを良しとして。
「あ、薫ちゃん、どうしたの?
恭也さんも」
さざなみ寮に到着すると、出迎えたのは那美だった。
「那美さん、仕事の帰りですか?」
今は平日の昼前だ。
なのに那美がここに居るという事は、仕事明けという可能性が一番高い。
顔を見てもやや疲れが見えるし、夜の御祓いの仕事をしてきたのだろう。
「はい。
でも大丈夫ですよ」
那美達退魔師の仕事を夜が圧倒的に多い。
いや、むしろ夜こそ彼女達の時間と言っても良いだろう。
だから一般人よりは遥かに慣れているだろう。
しかし、那美は元より身体の強い方ではないし、大丈夫と言っていても疲れている事には変わりない。
「那美、耕介さんはまだ帰ってないか?」
「ええ。
明日の夜になるそうですよ」
「そうか。
まあ、今はいいか」
ここの管理人はまた外出中らしい。
管理人としてはどうかと思うだろうが、しかし恭也が頼んだ事もその一因になる。
寮生には迷惑をかけているだろう。
今度翠屋の菓子セットでも持ってこようと考える恭也。
まあ、それはそれとして。
何で自分がここまで連れてこられたのか、まだ解っていない恭也。
「これから昼だろう?
恭也君の分もつくるぞ」
「え?」
「恭也君がね……」
言葉足らず―――いや、発言を控えているのだろう。
誰が聞いているともしれないのだから。
薫は那美に恭也を見る様に促している。
そして、那美が恭也を見る。
「ん? ん〜〜……」
目を細め、じっと見た後、恭也の肩に軽く手を当てる。
そして、また少し考える様にしてから、
「何処でどうやって消費したのかは聞きませんが。
久遠には『疲れている』と言ってくださいね」
「解りました」
心配そうに言う那美にそう答え、同時に森にいるリンディに念話を送る。
やっと理由が解ったのだ。
『どうやら魔力の消費を感づかれてみたいです』
『なるほど、それは迂闊でした』
霊力と魔力は根本的には同じらしく、その為に彼女達は恭也の魔力減少を感じ取れた様だ。
となると、久遠ならば恭也が魔力を消耗している事を気付いてしまうだろう。
それになのはとアリサも解ってしまうかもしれない。
いよいよもってなのは達とは出会う事を避けなければならない。
戦闘直後は特にだ。
尚、今話している念話だが、繋げるのだけ恭也側で行い、その他の構築はリンディ側で行っている。
恭也ではまだ繋げるだけでもリンディにだけが限界である。
それから数十分後
「はい、できましたよ〜」
「これは……」
食卓に並んだのは、昼前に食べるにしては重すぎるだろうと思われる料理の数々だった。
精のつく料理の数々とも言う。
「少々重いだろうが、食べてくれ」
「ご迷惑をおかけします」
多少重かろうが、ありがたい料理だ。
基本中の基本、食える時に食うという事もあるが、自分の為に作られたものを食べない訳はない。
「いや、いいよ。
ああ、因みに那美のも混じってるけど、大丈夫な筈だから」
「はい、多分……」
少し自信なさげな那美。
那美は料理ができるのだが、たまにハズレが混じっているのだ。
まあ、調味料を間違えて不思議な味になっているだけなのだが。
尚、最近多少腕を上げてハズレの確率は大分落ちたのとのこと。
「では、いただきます」
「はい。
私もいただきます」
「私も一緒に」
平日の昼前。
寮の食卓に座って3人で食事を摂ることとなった。
そこへ、
「ただいま」
庭の方から近づいてきた気配が戸を開ける。
そして、そちらを見ればそこには女の子モードの久遠が居た。
「あら、久遠、おかえり」
「おかえり」
「お邪魔してる」
なのはが学校の間戻ってきたのだろう。
可能であれば、消耗している分の食料を摂取する為に。
しかし、タイミングとしてはあまり良くない。
だが、逆に利用できるかもしれない。
「あ、恭也」
「ああ。
薫さんに捕まってな、お昼をご馳走になっている」
「最近見回りで疲れてるみたいだったから連行した」
「私は仕事帰りだったから。
ついでもあって一緒にお昼なの。
久遠も食べる?」
「そうなんだ。
うん、食べる」
3人で連携で、久遠は恭也の魔力消費を気にする事はなかった。
上手く誤魔化す事に成功したのだ。
そして今後、魔力消費に関してはこの手の言い訳が何度かは使えるだろう。
それから、久遠を加え4人で食事を楽しむ。
「ところで久遠、なのはは元気か?」
「うん、元気だよ」
「そうか」
少しだけ久遠からなのは達の情報を聞いておく。
直接会う事はあまりできそうもない。
事実として家にいないのだから、家族の情報を訪ねるのは至極当然の事だろう。
「それにしても最近ずっといるもんね。
その内何か持っていかないと」
「ああ、別に構いませんよ」
「でも……」
家のいつもの食事とは違い、また、このさざなみ寮に元々ある筈の賑やかさはない。
しかし、それでも楽しい食事の時間を過ごすことができた。
次の日の夜
トクン
ジュエルシードの初期起動音。
急ぐべき状況だが、しかし恭也は静かに今居る場所から抜け出す。
共に寝ていた者を起こさぬ様に。
「忍、行ってくる」
そして、耳元で囁いて、外に出る。
2つ隣の部屋にいたリンディとも合流し、転移魔法を展開した。
これが、恭也にとって人前での初めての出動であった。
転移魔法により瞬時に現場に到着する。
場所は住宅街。
その道を歩く1人の男性だった。
虚ろな目と疲れきった様子の歩き方で。
『あれですね』
『ええ』
それを少し離れた場所から見下ろす恭也とリンディ。
まだシンクロはしていない。
どちらが先に来るにしろ、結界に侵入するにはリンディの魔法が必要だからだ。
シンクロし、リンディがデバイスになってしまうと、リンディの魔法は一切使えないのだ。
キィィィンッ
程なく、ジュエルシードが発動に入る。
『む、リンディ』
『ええ』
キィンッ!
恭也の足元に翠色の魔法陣が展開する。
そして、この周囲に結界が展開する。
ある一定条件を満たす者以外、ジュエルシードを持つ男性が見えなくなる魔法だ。
極短時間の起動を予定している為、多少の矛盾が発生するのは無視する。
すぐにどちらかは来るのだ。
そして短時間で決着をつければ、人は発生した矛盾は『気のせい』ですませてしまえる。
『来ます』
程なく気配が近づいてくるのが恭也にも解る。
見上げれば、金色と赤橙の色が近づいてきている。
あの少女達の方だ。
ヴゥワンッ!
使い魔の方がすぐに結界を展開し、ジュエルシードの持ち手を結界に取り込む。
あの少女達でもリンディが施した結界には気付かなかった様だ。
隠れて支援する事は成功していると言える。
それは兎も角、
『では、入ります』
『了解』
そのタイミングで、リンディは展開された結界の中へと侵入する。
相手に気付かれぬ様に。
ゥオンッ!
そして展開された結界内。
偽物の世界に立つ少女と使い魔。
そして、ジュエルシードを持つ男性。
その影に、恭也達は立っていた。
彼女達は、恭也達に気付いていない。
侵入前から展開しているリンディのステルスはちゃんと機能している様だ。
『シンクロ開始』
『戦闘状態へと移行します』
同時に恭也とリンディはシンクロし、リンディはデバイスと化し恭也は思考を戦闘用に切り替える。
その1秒後、シンクロは完了し、恭也の足元には既に黒の魔法が展開している。
いつでも飛び出せるように、足場が既に組まれているのだ。
そして、程なく、少女達も戦闘を開始する。
「……」
はじめの数秒、ジュエルシードの力を見極め、少女が光の鎌を持って突撃した。
相手の足元に亀裂が走っている。
そして、その亀裂は周囲の地面に広がり、このままでは大地を崩壊させる勢いだ。
おそらく、今の心理状態が具現してしまっているのだろう。
だが、その願いはカタチになるには大きすぎ、大地崩壊にはまだ至らない。
それに、飛んでいる少女には、大地の崩壊など障害にはなり得ない。
結界の展開と、少女に気付いたのだろう、ジュエルシードが防衛機構を展開し始める。
しかし、
フッ
少女の姿が一瞬消えた。
(やはり速いな)
少女がブリッツアクションを使ったのだ。
丁度出現しきった防衛機構達は完全に少女の姿を見失う。
ブンッ
その防衛機構が少女を探している後ろで音がする。
魔力攻撃の光の鎌の斬撃の音で、男性の手からジュエルシードが離れた音だ。
ガキンッ!
そして同時に、デバイスが変形する音も響いた。
その音に、防衛機構達は振り向くが、
ザシュッ!
その背に拳が突き刺さる。
ほんの少しの時間を置いて全ての防衛機構に。
髪の色と同じ赤橙色に輝くの使い魔の拳だ。
(なるほど、強いな)
恭也は冷静に観察しながら思う。
なのはではまだ勝ち目は無いだろう、と。
ザバァァンッ!
『Sealing』
響く爆音と、続くデバイスの声。
見れば男性は既に倒れ、その上に『]W』の白い文字を浮かべたジュエルシードがあった。
『Captured』
そして、すぐに杖の中へと取り込まれる。
(迷いが無く、速い。
これくらい上手くやれればいいのだろうが)
そう考えている内に、少女達に動きがあった。
『シンクロ停止』
『シンクロ停止します』
恭也は即座にシンクロを停止する。
リンディの知識によれば、結界の解除が行われてようとしているらしい。
故に、脱出の準備をしておく。
パリィィンッ!
程なく、何かが砕ける様な音と共に結界が崩れ去った。
魔法の光が走った後には、もうジュエルシードを持っていた男性しか残っていない。
だが、通常の空間に戻った空に人影がある。
『なのは達か』
崩れ去る結界を見つめるなのは達。
その中、久遠とアリサはあの少女達を探している様だが、なのはは崩れ行く結界を見つめている。
輝きが曇っている瞳で。
(やはり、相当悩んでいるな)
その姿を見て、なのは1人では厳しいだろうと判断する。
しかし、
『俺達も撤収します』
『ええ』
恭也はなのは達の傍から去った。
何もせずに。
それは、何もする必要がないからだ。
何故なら、なのはは独りではないからだ。
月村邸
戦いから戻ってきた恭也は、何事も無かったかの様にベッドに入る。
安らかに眠っている忍のいるベッドに。
「ただいま」
忍は恭也が居なくなっていたことに気付いていなかっただろう。
だが敢えて言葉にして、そう一言告げ、恭也はもう1度仮眠をとった。
次の日の昼
恭也達は隠れ家に来ていた。
リンディの為にきたのと、またいろいろやらなければならない事があるからだ。
「さて、では知識の抽出が上手くいっているか確認したいと思います。
使い魔について説明してみてください」
シャワーと食事の後、リビングでそんな話になった。
シンクロし、記憶を共有している時に得た知識が、ちゃんと分離した後も機能するかの確認だ。
「使い魔とは、魔導師が作成し、使役する魔法生命体。
素材として、死亡直後もしくは直前の動物が必要となる。
それらを魔法生命体の基とし、そこに人造魂魄を憑依させることで、使い魔という魔法生命体を創り上げる。
素材として生き物が必要なのは、現在の技術では零から魔法生命体を作れないからである。
尚、理論上は生きた動物をそのまま魔法生命体にする事も可能だが、基本的には行われない。
それは、普通の動物から魔法生命体に成るという事は、普通の動物としては死ぬことを意味するからである。
当然そこに抵抗が生まれるので、失敗する可能性が非常に高くなってしまう。
更に使い魔とは、契約によって成り立つものであり、場合によっては相手が拒否することもありえる。
その為、強制的に使い魔にして使役する事は事実上不可能である。
また、使い魔は自我を持ち、契約の仕方によっては契約者に絶対服従という訳ではない」
長い使い魔の説明を一気に口にする恭也。
止まる事なくすらすらと。
それは、完全にその知識を自分の物としている証拠だろう。
「使い魔は食事もするが、その存在の維持は契約者の魔力で行う。
使い魔の主は常に使い魔に魔力を供給する事になる。
また、高性能であるほど供給しなければならない魔力量は多くなり、維持するだけでも大変になる。
その為、基本的に目的を持って使い魔を作り出し、目的を達成したら契約を解除して消滅させる」
知識を口にしながら、恭也は思う。
この点辺りは、なのはならどう思うのだろうか、と。
そして、知識はまだ終わっていない。
「魔力供給の方法は、現在解明されていない。
それは、そもそも使い魔の技術の基盤になっているのが遺失文明のものだからである。
それをミッドチルダ式にしたのが『使い魔』のシステム。
現状、主と使い魔の間の魔力供給が絶たれるケースは発見されていない。
未解明の部分はあるが、長く使われている技術であり、既に世界に馴染んでいる」
そこで一息。
ここまでは普通の魔導師でも知りえる知識。
だが、次は、リンディらだから知っている知識。
「また、この使い魔のシステムは、その製作過程における技術から、人の魔法生命体化も研究された事がある。
魔力さえあれば生き続けることができ、生前の記憶をある程度受け継がれるからである。
しかし、人体実験が行われるまでもなく研究は挫折、失敗に終わる。
その後も何度か研究がなされたという記録はあるも、いずれも成功していない。
以上から現状では人の使い魔は造れない事になっている。
また、現在では研究も禁じられている」
人の使い魔化、また魔法生命体化による蘇生。
そんな考えが在った事は知られているだろう。
しかしその研究がいつ、どの様に行われたかは知られていない筈だ。
それを、リンディはある程度知っている。
口には出していないし、そもそも理解できない技術だらけなので、言葉にしていないが、どうして失敗だったのかも知っているのだ。
「……完璧ですね。
問題ありません」
完璧と言いながら、リンディは浮かない顔をしていた。
だが、それは今の恭也に対してではない。
「彼女の事ですか」
「……ええ。
使い魔、と聞くと少し」
リンディが想っている家族の女性。
使い魔が必要としながら、ある事故によって持つ事ができなくなってしまった。
もしあの事が無く、使い魔を持てていたら、と今も考える事がある様だ。
恭也はその事を―――彼女が使い魔が持てないのだと、知識で知っている。
ただ、知識としてだけ。
「まあ、それは兎も角。
使い魔を持つあの少女。
少なくとも、AAAクラスの魔導師と見て間違いないです。
しかし、私はあんな子を知りません。
あの年でアレだけの魔力を持ち、使い魔を持っていれば、名を隠す事も難しい筈ですが」
「彼女の事もあります。
だから、何か裏があるのでしょうね」
「私も、あの子が何を考えているのかまだ解りません。
とりあえず、確かめられる事を確かめましょう」
2人は2階に移動する。
通信の為の魔法システムを構築してある部屋へ。
仲間と連絡を取り、リンディの記憶だけでなくちゃんとした記録上で調べる為に。
「こちらリンディ。
アースラ、聞こえますか?」
『はいは〜い、アースラのエイミィさんで〜す』
2度目だからか、すんなりとリンディの母艦たるアースラに接続される。
聞こえてくるのは元気な女性の声だ。
だが、まだ映像の送受信は無理らしく、モニターは乱れたままだ。
「エイミィ、ちょっと調べて欲しい事があるんだけど」
『調べものですか?
それは私にお任せください』
「アリサと同じ年頃の魔導師を検索してちょうだい。
髪は金色で、瞳は紅、AAAクラスになりうる子を。
後、使い魔持ちなんだけど、何時から使い魔なのかは解らないわ」
『はいはい。
それだけ条件が出てれば……
って、そもそもAAAクラスの魔導師なんて時点で限られますよ〜。
AAAクラスになりうるってだけでもう音に聞こえる筈ですし』
リンディ達の世界で使われる魔導師ランク。
その中でAAAと言えば相当優秀なランクだ。
時空管理局において、AAAクラス以上の魔導師は1%にも満たない。
普通の武装局員でBで、隊長でAといえば、AAAなど更にその2つ上というとんでもないクラスという事になる。
『ん〜っと……記録にある限り、アリサちゃんと同じ年齢ってだけでもう片手の範囲ですね。
で、女の子となると……条件に合う子はいませんね。
一応、アリサちゃんと同じ年代の女の子でAAAクラス相当の魔導師、全員所在はハッキリしてますよ。
呼び出しますか?』
「いえ、いいわ。
所在が解っているという事は、私が知りたい子じゃないから」
『そうですか』
「ありがとう、エイミィ」
『いえいえ、御安い御用です』
そこでリンディは通信を切る。
やはり記録に残っている様な相手ではなかったという事だけが判明した。
「一体どこで見つけたのやら」
「まあ、それは本人に聞いてみましょう」
「ええ」
その後、リンディはこの通信魔法システムをまた隠す。
間違っても他の人、特にこの世界の人の目に触れない様に。
数時間後 夕刻
恭也は街を歩いていた。
今日の見回りとして。
ジュエルシードが発動した場合、危険なのは人が居る場所だ。
故に、恭也は基本的にジュエルシードが発動しては困る場所周辺を見回る事にしている。
「お、高町じゃないか」
その街中で知った声がした。
振り向けばそこに居たのは長身の美男子と言って差し支えない男。
「ん? 赤星か。
久しいな」
「ああ、今年の花見以来か」
この男、赤星 勇吾。
恭也の数少ない……というかほぼ唯一の同学年で同性の友人である。
恭也とは同じ高校の出身で、今は海鳴市で独り暮らしの大学生だ。
また、剣道の県大会トップ、全国でもベスト16に入る腕を持っている。
その為、恭也とは鍛錬として道場で剣を打ち合う事もある友人だ。
「なんか、またやってるんだって?
大変だな」
明るい顔であるが、視線だけは真剣に恭也の事を案じる赤星。
恐らくは翠屋の桃子あたりからの情報であろう。
赤星も恭也の御神流について理解ある人の1人だ。
そして、去年の入院の理由を大体知っている。
苦労話などした事はないが、それでも確かに友人と呼べる者で、剣で通じ合える仲だから解るのだろう。
「まあ、俺が自分で選んだ道だ」
そう、誰に言われた訳でもない。
己でそう決めた。
だから、苦労などと思う筈はない。
「そうか。
がんばれよ」
「ああ」
そう簡単かもしれないが言葉を交わし、別れようとする2人。
男同士だ。
そう長々と話す必要もないだろう。
だが、
「俺は、お前が羨ましいよ」
最後に、赤星は寂しそうな顔をしながらそう言った。
「ん?」
「あ、いやなんでもない。
じゃあな」
何がかと思ったときには、もう赤星はその場を去っていた。
(どうしたんだ?)
恭也は赤星の様子を少し怪訝に思いながら、しかし、それ以上あまり考えなかった。
今はジュエルシードの事があった為に。
その日の夜
トクン
(む。
連日か)
昨晩に続き、今日もジュエルシードが動き出す。
(しかし、困りましたね)
だが、タイミングが悪かった。
今、恭也は人通りの真っ只中にいるのだ。
ジュエルシードの為に街にいるというなら、ビルの屋上にでもいればいい。
しかし、恭也は仮にも見回りの為に外にので、ただそれだけだと都合が悪い。
故に、人通りのある場所にいる事もある。
大抵はすぐに人の居ない場所に入れる所にいるのだが、今は本当にタイミングが悪かった。
更に。
キィィィン
数秒もしない内に起動へと切り替わる。
(拙いですね。
なのは達に先をこされてしまう)
(そうですね……
恭也さん、2時の方向)
(了解)
すぐにでも転移したいところだが、人前で魔法を誤魔化しきるのは困難だ。
仕方なく怪しまれない様に人のいない路地へと入り、そこから転移する。
それで、初期起動から30秒の遅れをとってしまった。
(やはりか)
転移先、ジュエルシードの起動場所は住宅街だった。
高町家からも近く、なのは達はすぐに到着できただろう。
恐らく、先に着いたのはなのは。
そして、
(同じ結界です。
すぐに侵入可能ですよ)
今目の前にある結界は、あの少女達のものだった。
前々回と同じパターンだ。
そして、また恭也達は外から遅れて入る事になってしまった訳だ。
(行きます)
ゥオンッ
前々回同様の手段をもって結界に侵入する恭也とリンディ。
そして、入ったらまず行うのは神速。
ドクンッ
周囲を見渡す。
まず、中央に見えるのは巨大な球体。
一軒の家を丸ごと潰してそこにある白く濁った色の球体だった。
それがジュエルシードがカタチにした願い。
中央に人らしき影もある。
「ああああっ!」
そして、その周囲に出現するジュエルシードの防衛機構達を相手にしている久遠。
更に地上付近でジュエルシードの具現した願いカタチの傍で、それに手をかざしているアリサ。
上から同じ様に手を向けている少女の使い魔。
2人はこのジュエルシードの展開しているモノを解析しているのだろう。
この願い、恐らくは周囲全てを拒絶する結界。
いずれ己自身をこの世界から消してしまう程の。
(アレは、拙いな)
リンディの知識から予測される結果は、どれも悪いものばかり。
これは早急に手を打たなければならないだろう。
(なのは達は……)
恭也は上空を見る。
そこで行われている戦いを。
ガキンッ!
そこでは、丁度2人の少女が己の武器を振るいあっているところだった。
なのはの杖と、少女の大鎌との鍔迫り合い。
「……」
「……」
そのさなか、2人の少女は互いの目を見詰め合っている。
「どうして、戦うの?」
そして、なのはは問う。
少女が戦う理由を。
「……」
少女は応えない。
しかし、なのはは引かない。
(ふむ、なのははもう立ち直ったのか……なら、心配あるまい。
それに、あまり介入すべきではないだろう。
問題は―――むっ!)
なのは達は心配ないと、ジュエルシードに目を戻した時だった。
(あれは……拙い!)
異変が起きていた。
ジュエルシードにも、その周りにも。
まずジュエルシードは白く濁っていたものから、徐々に黒へと色を変えている。
更にその周囲では今までを遥かに越える防衛機構が出現しだしていた。
最早、久遠ですら対処し切れない程の数だ。
「なのは!」
「フェイト!」
たまらず久遠も、上空の使い魔も仲間を呼ぶ。
これは、最早争っている状況ではないと。
「これは……」
「……」
その声に2人ともちゃんと気付いて、戦うのを止める。
しかし、すぐには状況を理解しきれないだろう。
(仕方ない!)
ダンッ!
恭也は動いた。
元より神速中であり、判断からは何も挟む事無く全速力を持って駆ける。
空を駆け、地へと至り。
しかし、それでもヘルズライダーを使用し続け、最高の足場を蹴って駆け行く。
体術を駆使する者として要である足場。
それが自由自在なのだ。
故に。
ヒュッ
棍が走る。
刺突、薙ぎ、払い、打つ。
動きながら、まだこちらに気付いてもいない防衛機構に一撃ずつ。
更に、なのは達にも少女達にも死角になる位置から鋼糸も放つ。
そして、駆け抜ける。
本来ある障害を障害とせず。
何も無い様に防衛機構の群れの中を駆け抜ける。
ズダダダダンッ!
遅れて響くのは爆音と言える音の群れ。
防衛機構が崩れ行く音だ。
棍によって貫かれ、抉れ、潰されたモノ達。
そして、鋼糸によって首を切断されたモノ達。
その全てが崩れて消える。
これが恭也にとって、ジュエルシードの防衛機構と初めての接触だった。
(やはり有効か。
魔法の塊でしか無い筈なのにな)
そして、改めて思う事がある。
なのは達の必ず魔法が加わった攻撃で消滅するのはいいとして、自分の鋼糸も有効であった事。
確かに魔力は付与されていても、そもそもそれぞれ一撃で消えてしまっている事。
人間であるならば、生物であるならば即死する一撃であるが、これらに有効であるというのはどういう事か。
(まあ、成り立ちを考えれば当然のことか)
恭也、そんな事を考えながらジュエルシードの前に立つ。
ジュエルシードがカタチとした願いの前に。
「なに!?」
「あれは……」
上空で声がする。
2人の少女の声だ。
今何が起こっているのか解っていない声だ。
やはり今の攻撃、見えていなかったのだろう。
それは計算通りだ。
今の行動、特に鋼糸は見られると拙いものだったのだから。
「仮面の……」
「あの時の」
そして、程なく恭也の存在にも気付く。
尤も、今は背を向けている形であるが。
それは兎も角、すぐに2人にも行動して貰わねばならない。
「解くぞ! 封印の準備をしろ!」
声をかけて、恭也はシンクロを停止した。
『リンディ』
『解っています』
デバイスの中から、リンディはジュエルシードの解析を始める。
流石にこれをこのまま攻撃で破るのは危険だ。
いろいろと拙いが、全力をもって解析を開始する。
キィンッ
足元には、リンディが魔法を行使している証である翠の魔法陣が展開した。
「あ、はい」
返事をしたのはなのはだけだった。
しかし、少女の方も動いているのは解る。
これで可能な限りリンディに解析して解除し、後は2人の封印魔法で封印すればいい。
それで、上手く行く筈だった。
だが、そう考えた次の瞬間だ。
ヒュッ
風の音がした。
先ず、それに気付いた。
ドクンッ
そして、もうその時には再び神速を使っていた。
その反応は『本能』というか、ただ『カン』と言うのか。
ただ、感じたのだ。
危険であると。
神速の領域、恭也は3時の方向を振り向いた。
そこには、紅い風が居た。
紅い色をした暴風が迫っているのだ。
この神速の領域で尚、避けきれないと思う暴力の風が。
フッ!
まっすぐ恭也に向かうその紅い風に対して、恭也は棍を構えた。
まっすぐではなく、斜めに。
今の状態からして真後ろに跳びながら。
カッ!
そして、接触する紅い風。
それを受け流しながら、恭也は見た。
その風の先端。
今受けているのは―――人の拳であると。
ズダァァァァァァァァンッ!!!
爆音が響き渡り、恭也は吹き飛ばされた。
直撃は避けたが、それで避けきれるモノではない。
纏っていた暴風が襲い掛かり、恭也は宙を舞う。
タンッ!
タンッ
タタンッ!
何とかヘルズライダーで体勢を立て直そうとするが、威力が大きい上に恭也単独のヘルズライダーでは上手くいかない。
恭也だけではまだ魔力も制御力も足りていないのだ。
先の一撃、あまりに不意であった為リンディとの再シンクロはできなかった。
そして今も再シンクロできない。
リンディが解析状態を強制中断された上でこの衝撃を受けているからだ。
(拙いか!)
すぐ背に結界の端が見える。
このままでは衝突は免れないだろう。
しかし、
『くっ……』
キィィンッ!
リンディが気がついたらしく、翠の魔法陣が展開する。
そして、程なく恭也は空中で停止する。
結界の端、ギリギリの場所であった。
『大丈夫ですか、恭也さん?』
『ええ』
シンクロよりも先に状態を尋ねるリンディ。
何が起きたか、リンディにはまだ解っていない様だ。
解析中の一瞬の出来事だったのだからそれも当然だろう。
だが、
『これは……クリムゾンブレイカー!』
飛ばされてきた先、あの一撃の後に残る紅い風。
それを見たリンディはその現象の名を呼んだ。
リンディが良く知る業の名前だ。
『これが……』
恭也も知識として知っている。
リンディから渡されているデータの中にある女性の業の1つだ。
原理はいたって単純。
強力なシールドを拳に先に展開し、高速飛行魔法をもって突撃するというもの。
本来盾として用いられるシールド魔法、それを攻撃に使う荒業だ。
そして、その女性特有の高速飛行魔法。
背に紅い翼の形に見える魔力の噴射での高速移動を行うと、通過した場所には魔力の残滓として紅い羽が舞う様に消えていく。
その情景から、人はその高速飛行魔法を『血塗られた風』、クリムゾンストライカーと呼ぶ。
その飛行魔法を使い、本来護る盾として使われるべきものを攻撃として使う業。
故にその名を『クリムゾンブレイカー』と呼ばれる。
その威力―――直撃を避け、回避したが、リンディの構築する非常に丈夫な筈のバリアジャケットが破損している。
更に身体への打撃が通っており、骨が折れるまでにはなっていないが、打撲になっている。
もしリンディのバリアジャケットがなければ、衝撃で骨が砕けていただろう。
直撃を避けた衝撃波だけの威力でだ。
『何故……』
リンディは何故これを自分達が受けたのか、それが疑問だった。
先ほどのあの状況で、相手が自分の存在に気付かない訳はない筈で。
こんな事をして妨害する意味があるとは思えないのだ。
しかし、そんな事を考えている暇はなかった。
ズダンッ!!
バキィィィィンッ!!!
結界の中心で、ジュエルシードがカタチにした願いが崩れた。
そして、中から持ち手だったであろう人間が露出したのも見える。
『恭也!』
『ええ』
2人は即座ににシンクロ。
即座に現場に戻る為に空を駆ける。
「フェイト!」
「了解、
『Sealing form
Set up』
ガキンッ!
「封印!」
『Sealing』
ズダァァァンッ!!
だが、その間に、ジュエルシードは少女の手によって封印される。
そして、到着時、恭也は見る。
先ほどの一撃を放った者の顔を。
紅い髪を靡かせた女性の姿を。
それは、間違いなく、リンディの記憶の中にある女性の姿だった。
いやそれよりも、今しがた少女はこの女性を何と呼んだだろうか。
その言葉、文字にするならば簡単で、意味は様々あるが、しかしこれは―――
パシッ
ジュエルシードの持ち手から離れ、封印されたジュエルシード『\』。
それを手にしたのは女性だった。
『では、挨拶を返しておこうか』
そのタイミング。
恭也は判断を下した。
少ない情報であるが、この場でしておいて後に損にはならない筈の事を。
タンッ!
神速状態で空を蹴る。
そして、
ヒュンッ!
棍で一突き。
女性の腹部を貫く一撃を放った。
フッ!
だが女性は動いた。
身を翻し、直撃を避ける。
今の一撃は女性の腹部と、わき腹の皮一枚を破るだけに終わってしまった。
「……」
「……」
恭也はこの接触で、女性と向かい合い互いの目を見詰め合う。
いや、睨み合うといった方が正しいか。
互いに、どこか不思議な感覚を覚えながら。
そして、大体の事を理解した。
タンッ!
数秒程経っただろうか。
恭也と女性は互いに距離をとった。
これ以上の事は無意味として。
『シンクロ解除』
『了解』
同時に、恭也のリンディとのシンクロも解いた。
これ以上の戦闘は起きようがないからだ。
それに伴い、この場から去る為でもあった。
「なんで……」
恐らくは先のクリムゾンブレイカーの時から動けずにいただろう。
なのは達の中、アリサがそんな声をあげた。
そして、続けて叫ぶのはアリサが動けずにいた理由。
「なんでよ! セレネ!」
その叫びに女性、セレネ、セレネ・F・ハラオウンは応えた。
無表情、感情のない視線を向けて。
「なんで? それは貴方には解らない事よ、アリサ。
手を引きなさい。
ジュエルシードは私が集めるわ。
私の使い魔が」
そういいながら、紹介するようにして少女を示すセレネ。
「半自立型魔法生命体『フェイト』。
私の使い魔よ。
素材は、言わなくても解るわね?」
『なっ!』
セレネが今告げた言葉。
それにリンディは驚愕の念を表した。
思わず声に出してしまうのをとどめるだけでも精一杯だった程の驚愕だ。
「何を……」
アリサは再度動けなくなっていた。
おそらくは、理解したくないが為に。
「行くわよ」
「はい、マスター」
「……」
パリィィンッ!
結界が砕けた。
結界解除と同時に発生するジャミング。
それを利用してフェイトと呼ばれた少女と、少女の使い魔とセレネが姿を消した。
『撤退します』
『……はい』
同時に、この状況を利用して、恭也とリンディもこの場から去った。
戦いは終わったというのに、リンディは何かを考えながら転移魔法を展開するのだった。
それから暫くした後 某所
それはとある高層マンションの屋上だった。
そこに2人の人影が出現した。
「……貴方が、姉さんのパートナーね」
1人は真紅の髪の少女。
「そうなるな」
もう1人は黒の青年、恭也。
『また、いろいろやっているのね』
そして、もう1つの声がある。
音はなくとも2人に直接届く声。
恭也のデバイスの中にいるリンディの声だ。
先の戦闘終了から、大体落ち着きを取り戻していた。
「ええ。
巻き込む……いえ、利用させてもらったわ、姉さん」
『アリサの事は予定外なのね?』
「そうよ。
姉さんがそんなパートナーを持つのも。
面倒になったものだわ」
『そう』
聞きたい事はいろいろある筈だった。
何せ、全ての発端がこの少女なのだから。
『私は私のまま動くわよ』
「ええ、それを計算の上で私も動いているわ。
……で、何も聞かないの?」
少女の方から確認がくる。
問い詰めるなくて良いのか、と。
そうされる事が自然であると。
『正直に答える気があるのかしら?』
「……私、姉さんが知っての通り嘘吐きだから」
『そうよね』
暫く、2人とも言葉はなく静かに見詰め合う。
と言ってもリンディは現在デバイスの中にいる。
その為、少女がデバイスを見つめると言う形。
しかしそれで確かに2人、少女とリンディは視線を交わしているのだ。
『じゃあ、何かあったらまた来るわ』
「ええ」
そのリンディの言葉を最後に、恭也は夜の闇に消えていく。
多くのものが隠れたままの闇の中へ。
「ありがとう、姉さん」
そして、少女もその言葉を闇に囁き、その場を後にするのだった。
後書き
恭也編4話でした〜
最後の重要人物もようやくまともに登場して序盤が終了した〜というところですね。
次から中盤です。
しっかし、ここまできてまともな戦闘が1話の恭也vs偽恭也だけと言う状況……
今回セレネvsを少し書きましたが、都合上なんですけど半端すぎて変な欲求不満に。
ああ、熱いバトルが書きたい〜〜〜
この欲求をどこにぶつけよう……
とりあえず次を書くか……
と言うわけで、次もよろしくどうぞ〜
管理人の感想
T-SAKA氏に恭也編の第4話を投稿していただきました。
恭也は羨ましい境遇にいますよね。
冒頭のアイリーンとのやり取りもあれだし、忍と同衾までしてても実際は恋人じゃないようですしねぇ。
まぁでも関係が先に進まないのは、恭也の深層心理が影響していたんですね。(このSSでは
母親(夏織)が何を思って士郎に恭也を預けたのかは知りませんが、状況的に見れば捨てられたんだからなぁ……。
最後の戦闘も、なのは編とは違いいろいろあったんですね。
なのは編ではメインではないからかあっさり流されていましたが。
恭也とリンディとのやり取りとか結構あったようで。
セレネとの関係も完全に敵対ってわけじゃなく不干渉みたいですし。
各陣営がこれからどう動いていくのかも楽しみなところです。
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