闇の中のコタエ
第5話 選んだ道
深夜 海鳴大学病院
深夜の病院の中。
見回りをする看護師の姿があった。
コツ、コツ、と自分の足音だけが響く夜の病院。
その中で、明かりのもれる部屋がある。
「フィリス先生、大丈夫ですか〜」
その部屋は今夜は夜勤の医師、フィリス 矢沢の部屋だ。
「大丈夫って、何がですか?」
部屋に入ると同時に少し不機嫌そうな声が聞こえる。
若い女性の声だ。
そして、目が光に慣れると見えてくる、すねた様な顔のフィリスの顔。
それと、
「あら、高町さん、いらしてたんですか?」
その部屋にはもう1人、高町 恭也の姿があった。
「ええ。
今日は夜勤だと聞きましたので、先程から」
「そうだったの」
本来なら入院患者でもなく、急患でもないのにこんな時間に病院に部外者が居るのはおかしい。
しかし、実はフィリスが夜が怖くて駄目なので、医師と患者という関係を越えて親しい恭也が夜付き合う事があるのだ。
それに関して、ここの看護師達は暖かい目で見守る事にしている。
優秀で人柄もよく、可愛らしいフィリス先生の為である、夜の病院に人が1人入るくらいは咎めたりはしない。
尚、暖かい目、の頭に『生』はつかないと思う看護師Aである。
きっとそれはほとんどの看護師にいえるだろう。
……多分。
と、そう考えながら思い出す事があった。
「そういえば、高町さん呼び出されました?
今日はフィリス先生がご機嫌な様子もなかったし、来る予定ではなかったんじゃないですか?」
「なっ、何を言うんですか!」
恥ずかしそうに顔を紅くして叫ぶフィリス。
そんな顔もかわいいなぁ、と思いながらもう1つ付け加える。
「それにほら、お弁当持参じゃないみたいだし」
机の上を見ると、コンビニの袋が見える。
恭也が来る日は、家からお弁当を持ってくる筈なのだ。
「まあ、近くに居たので」
そして認める様な発言をする恭也。
「ふふふ、いいですね〜、こんな時間に呼び出しても来てくれる人がいるなんて。
あ、替えのシーツを用意しておきますから、済んだら呼んでくださいね。
それまでは近づきませんから」
「なっ!」
「じゃあ、ごゆっくり」
何かを言おうとするフィリスの言葉を遮る様に部屋を出て扉を閉める看護師。
そして、宣言どおり替えのシーツを用意して、夜勤仲間の下へ話題を届けに戻るのだった。
「もう……」
楽しそうに出て行った看護師に溜息を吐くフィリス。
「すみません」
「いえ、そういうことにしておいた方がいいでしょうし」
看護師はフィリスが恭也を呼び出したと思っている。
しかし実際今回は違うのだ。
今回は恭也の方から訪ねてきたのだ。
フィリスが夜勤だと知って。
先の戦いの後、恭也は少し寄り道してからここに来た。
戦いで少し目立った行動をしすぎた為だ。
なのは達へのアリバイを立てるなら、ここではなく月村家の方が都合が良い。
しかし、月村家ばかりでは逆に怪しまれる事になりかねない。
それに今回は、
「これで本当にしばらくは見回りも避けて通るでしょうから、大丈夫ですよ。
診せてください」
「はい」
上着を脱ぐ恭也。
その上半身、主に両腕と胸から腹には痣ができていた。
「これは……ずいぶん綺麗に広範囲に広がった打撲ですね。
一体何をしたんですか?」
診察しながら問う。
少なくとも普段の鍛錬でなるようなものではない。
それはこんな時間に自ら訪れてくる時点で解っていた事だ。
しかし、これは少し異様だ。
「小さな台風と殴りあった。
と言ったところでしょうか」
恭也は先の戦いで受けたクリムゾンブレイカーを思い出しながらそう答えた。
風の力など何処にもなくとも、結果的に纏う事になるあの力はそういうものだ。
そして、直撃ではないからこそこういうダメージになる。
しかもこれはリンディが作り出した強靭なバリアジャケットの上からのダメージだ。
「……そうですか」
怪訝そうにしながらも、しかしそれ以上は詮索しない。
黙って治療するフィリス。
「さ、次は下です。
脱いじゃってください」
「……はい」
先の戦闘で受けたダメージは上半身だけであるが、しかしフィリスは診ると言う。
恭也が自己申告しない部分、そこにこそ問題があると。
「……また使ってますね、神速」
軽く膝に触れただけでそれを見抜くフィリス。
その声は悲しげだった。
「今貴方が直面している戦いがどの様なものは知りませんし、聞きません。
ですが、長期化は避けられるなら避けてください。
このままでは……」
「解っていますよ」
「……そうですか」
戦うな、とも、神速を使うな、とも言わない。
言える訳は無いのだから。
恭也とて、好き好んで使っている訳ではないと知っているから。
そしてそれはつまり、今回も使わざるを得ない事態があったということだ。
更にフィリスが解る限り、戦いが始まって約2週間の間にそんな事が4回はあった筈だ。
恭也が戦うと宣言した時、そんな事態は多くは無い、と言ったのにも関わらずこの回数。
この街の中で、一体何が起きていると言うのだろうか。
フィリスには解らない。
しかし、解らないのは恭也がそうして戦ったからこそなのだろう。
「じゃあ、とりあえず今夜はここで休んで行ってください。
朝にもう1度診ますから」
「はい」
フィリスに言われるままベッドに横になる。
流石に疲労がある上、従う事でフィリスが少しでも安心できるならそれも良いだろう。
とりあえず隠し武器満載の上着以外を着てベッドに入る。
その上着も手の届く場所に配置するのはもう習慣のレベルだ。
そして、ベッドに持ち込める武器はちゃんと持ち込むのも。
「……ところで、その首からさげているのはなんですか?」
と、準備を終えて横になろうとする恭也に声が掛かった。
何故か半目気味のフィリスの声が。
指しているのは恭也の首にシルバーらしきチェーンで下がる黒の宝玉だ。
もう1週間以上前から着けているのは気付いていたが、この時期に着け始めたということで問うことは無かった。
しかし、今恭也はそれを着けたままで寝ようとしているのが気になったのだ。
「大切なものです。
少なくとも、この戦いの間はつけっぱなしでしょう」
「……そうですか」
絶対に笑っていない笑みを浮かべ、フィリスは白衣を脱ぎだす。
そして、恭也が横になろうとしているベッドに入ってくる。
「フィリス先生、何を?」
「私も寝ます」
「仕事は?」
「もう必要な分は終わってます」
「……そうですか」
最終的に恭也はこれ以上は無駄だと判断し、問うのを止める。
そして、一応明かりはつけたまま、2人でベッドで横になった。
フィリスは恭也の腕を枕にして。
恭也はフィリスに聞こえない様に溜息を吐いて仮眠をとった。
この時、フィリスは何故そんな事をしたのか、後から考えても良く解らなかった。
ただ、後にもフィリスが知る事は無いが、この時はリンディがまだデバイスの中にいた。
恭也の首から下げられている黒の宝玉の中にいたままだったのだが、それが関係しているかは不明である。
尚、翌朝ベッドのシーツは乱れてるし、フィリスも恭也も衣服を直しているし。
そんなところを見られ、看護師とフィリスの間でいろいろあったりしたのだが、それは恭也の去った後だった。
昼前 隠れ家
病院から移動した先は隠れ家。
昨晩の事など新たに話し合わなければならない事ができたからだ。
話合いはシンクロ中にすれば早いと思われるだろうが、しかし、アレは知識の交換であって断じて話し合いではない。
互いの考えが解るといっても、そこから何かを導き出せるまでには至らない。
このままシンクロし続ければそれも可能となるだろうが、2人は極力シンクロをしないようにしている。
元々危険な行為であるのも理由だが、それに頼っては何かが崩れるからだ。
そういう訳で立ち寄ったのだが、まずは風呂と飯の時間となった。
そして、今日は恭也が先に風呂に入る事になった。
リンディはデバイスの中にいたからと、恭也に先を勧めたのだ。
それから30分弱。
風呂から出た恭也は居間に出てきた。
「なるほど、何かを企んでいると思いましたが」
「企んでいるなんて酷い言い方ですね。
それにしても早いですね」
風呂から上がった恭也が居間で目にしたのは用意された料理の数々。
それにエプロン姿で支度をしているリンディの姿だった。
恭也が風呂から出るのが早く、まだ途中の様だ。
余談だが、エプロンはシンプルな蒼だったりする。
ここに住んでいる者が表向きあまりかわいいものを好まないからだ。
あくまで表向きは、であるが。
「俺はいつもこんな感じですよ」
「家のクロノと同じですね」
何故か溜息を吐くリンディ。
別に不衛生な訳ではないということは解っている筈だ。
だが恭也は前に美由希やフィアッセにも同じ反応をされたのを思い出す。
一体何が不満なのか、例えリンディの記憶があっても恭也には理解できなかった。
「まあ、それはまた後ほど。
とりあえず料理ができるまで少し待っていてください」
「ええ、楽しみにしてます」
「はい」
台所に戻っていくリンディ。
その後ろ姿を眺めながら思う。
やはりこうして家庭にいる姿が良く似合う女性であると。
だが、この人は時空管理局の提督であり、戦艦の艦長を務める人だ。
才能と実力があったからこそ着けた地位ではあるが、何故そうなったのか。
恭也はそれを知ってしまっている。
(全く、人の過去をそのまま知識として得てしまう。
互いに良しとした事とはいえ、難儀なものだ)
恋人同士ですら秘密にしているだろう悩みすら恭也は知っている。
だから思ってしまう。
この人が望む幸せを手伝えないかと。
そして、それ故に想うのだ。
ならば、自分は今の在り方で良いのだと。
それが彼女の重荷になる事もあるだろうが、しかしその先になら必ず―――
「できましたよ〜」
「はい」
楽しそうなリンディの声に、少し笑みを浮かべる恭也。
今このひと時、自分はその先にあるリンディの笑顔を見る事ができている。
そして、このリンディの為ならばと、戦う理由が1つ増えた事を改めて認識する恭也だった。
食後、リンディもシャワーを浴びて再び居間に集まる。
集まった理由は勿論話し合う為。
話し合われるのは昨日の事と今後の事だ。
「大体予想はしてましたが。
またあの子は滅茶苦茶している様です」
「……その様ですね」
昨日の姿を現した彼女。
彼女の言葉が全て事実ならば、あの少女フェイトは人間を原材料にした使い魔という事になる。
法的な観点からも、倫理的な観点からも大問題だ。
あの女性の事をよく理解し、裏で何かあると解っているリンディですら動揺してしまう内容なのだ。
おそらくアリサやなのは達への衝撃は相当なものになっているだろう。
しかし、ふとその時恭也は思う。
不謹慎かもしれないが、今の話の内容と関係ないことを。
そう、何故かセレネの事を話しているのに、恭也は居心地が悪く感じるのだ。
まるで、自分の事を言われているかの様に。
それで少し相槌をうつのが遅れてしまった。
「それにしても半自立型使い魔……
そして、あのフェイトという子の特性、強さ。
あの子の事をよく理解している人でも―――いえ、理解しているからこそ疑ってしまう」
「理解しているからこそ?」
リンディ程の女性から聞く言葉とは思えなかった。
普通なら知っているからこそ、彼女がそんな事をする訳がないという考えに至る筈だ。
その『理解している』が理解していると
シンクロにより知識と知り、且つ僅か2週間という短い時間であれ共に過ごしてきた。
だからこそ恭也が知っているリンディは、決して表面しか知らずに理解しているなどとは言わない筈だ。
「ええ……
そう、貴方にはあの子に関して必要な知識しかお渡ししていませんでしたね。
本当に知識としてしか。
ですから、お話します。
知識交換ではできない感情的な話を」
シンクロで共有し、受け取る事ができるのはあくまで記憶された知識のみ。
そこに感情は文章を加えてある程度の、そう本当にただの記録としてしか関与できない。
冷静な判断を要する物事に関して、感情は邪魔だと言う人がいる。
しかし人は感情あってこそ人である。
だから、心ない情報のやりとりだけでは意味が無い事もある。
故に、ここで会話は必要だ。
「はじめからお話しましょう。
全ての始まりから。
私とあの子が出会ったのは、あの子が6歳の時でした。
それからずっと一緒に暮らしてきましたが、あの子は本当に優しい子で、虫も殺せない子だったんです。
けれど、ただ大人しく物静かな優しい子だけではなかった。
確かにあの頃から強い子でした。
間違っている事を間違っていると、ちゃんと言える、そんな子です。
クロノはよくあの子になついていて、あの子はいい姉でした。
更に3年後にやってきたアリサは、それはもう可愛がっていたんですよ。
拾われてきたあの子の母親になろうとしていたんです」
「……」
そう聞いて、普通の人は信じるだろうか。
今の彼女を見て。
そうだったなどと。
一体どうやって信じる事ができるだろうか……
しかし、恭也は何故かイメージできた。
それは今のなのはか、まだ修行を始める前の美由希のイメージに近いもの。
けれどそれは―――
「しかし、全ては9年前。
私とあの子が出会って3年後、アリサが家の子になって1ヶ月の時間がたった頃でした。
報せが届いたのです。
全てを変える報せが。
クロノの実父であの子とアリサの養父である人―――あの人、クライド・ハラオウンの死の報せが」
「……」
淡々と、しかし当時の感情が伝わる程深い声をもって話すリンディ。
恭也はだたそれを黙って聞く。
ただ静かに、その情景と何かを重ねながら。
「その報せによって全てが変わってしまいました。
あの子は勿論、私達ハラオウン家全員が。
最終的に、私を含み全員が戦う道を選んでしまったのです」
「……」
リンディの話は自分の中の何かと重なる。
そう思いながら、しかし今の話には決定的に重ならない部分があると感じた。
「それからのあの子は本当に別人の様でした。
血を吐くほどの努力、などと表現する事がありますが、それをそのまま現実にしてしまうくらいの修練を重ね。
表向きの人格を完全に書き換えてしまう程の決意をしてしまったのです。
―――悪を止めるのに、暴力を使うことを厭わない様に」
「……」
また重なる2つのイメージ。
それが何なのか、最早考えるまでもない。
そして、それは嘗てリンディの言葉にもあったことだ。
「ですが、あの子の才能は支援系に特化したような能力でした。
バリア魔法、シールド魔法、フィールド魔法という護りの力や、治療魔法系の癒しの力しかなかったのです。
誰よりも直接戦う事を望みながら、しかし後方で支援する為に在る様な力しか持てなかった。
ですから、あの子は使い魔を望んだのです。
己と命を共にする戦闘型の使い魔を。
自分が戦う力として」
使い魔、自分とは別の存在でありながら、自分の魔力で生きるもの。
契約の仕方によっては自分の分身の様にもなるだろう。
それが自分には無い部分を補う様な力を持っているなら、一緒に戦えばたとえ補助しかできない者でも前線に立てる。
尚、広範囲に攻撃を受け止める層の様なものを作るのがバリアタイプ。
円形(ミッドチルダ式では)の魔法陣を展開し、その向いている一方向だけに対して強力な防御を行うシールドタイプ。
主に自分を中心とした『場』に特殊な効果を生み出すフィールドタイプ。
この3つの防御系魔法が存在する。
因みに、なのはがよく使うプロテクションはバリアタイプである。
更に余談であるが、バリアジャケットにはフィールドタイプの防護効果があり、環境変化などに適応できる。
また、結界系と呼ばれるものもフィールドタイプと呼ばれている。
ここからが本題であるが、これら全てのタイプの魔法には外部から解除する魔法というのが存在する。
しかし、一般的に防御は展開するよりも解く方が難しく、攻撃で打ち破った方が速いとされる。
だが、もし補助として相手の防御を解除する者が居たならば、味方は最低限の攻撃力だけで相手を倒す事ができるだろ。
そして、治療魔法が使えるという事は、医学知識が大前提として存在し、それゆえに生物の急所を熟知している事になる。
つまり、防御や治療しかできない者でも、攻撃力のある者と組めば、その力を何倍にもできるのだ。
もし彼女が攻撃力を持つ使い魔を得たならば、それこそ比翼の鳥の如く共に飛び、あらゆる戦場を駆け抜けられただろう。
「そして、その為に彼女は魔力を上げる修練を積みました。
強い使い魔を維持するだけの魔力を。
元々あまり身体が丈夫ではなく、魔力量も高くなかったあの子にとっては地獄の様な日々でした。
何故そうするのかを知っている私ですら止めたくらいです。
それでもあの子は修練を耐え、重ねていきました。
ですが―――」
リンディの言葉が1度止まる。
思い出しているのだろう。
その時のことを。
その時の感情を。
最早変えられぬ過去に起きた出来事に、今尚消える事無い感情が湧き上がる。
「あの子に事故が起きたのです。
それは魔法の暴発事故でした。
本来なら防げる筈で、しかしあの子が無理を重ねすぎていた為に避ける事ができなかった事故が。
その事故で、あの子はリンカーコア―――あらゆる生き物の魔力の源であるリンカーコアに障害を残してしまったのです。
生きる為にも必要で、更には魔導師としては必須の機能に。
あの子が負った障害は魔力の発生が不安定になるというものでした。
最大出力は高くありながら、ほとんど一瞬の事ですが、発作の様に魔力の発生量が極端に下がる事がある。
そんな障害です。
日常生活には支障は無い程度のものでしたが、しかし魔導師としては致命的でした。
そして、使い魔を持つという事に関しても。
あの子はもう二度と使い魔を持つ事もできず、魔導師としても完成しなくなってしまった」
「……」
恭也ははやり無言のまま聞く。
昨晩の思った事はやはりただの勘違いではなかった。
そして、ここまでとは、と。
尚、何故リンカーコアの障害で使い魔が持てないかといえば、使い魔は常に魔力供給を必要とするからだ。
その為、魔導師側が魔力の発生量が足らず、供給が途絶えてしまうと、使い魔は消滅してしまう。
また、そうでなくとも、生命はただ生きる為にも魔力は必ず必要になる。
魔力が完全に0になってしまってはいけないのだ。
故に魔力の発生量が下がっている状態で使い魔から魔力を搾取されれば、魔導師本人の命も危ないのだ。
「でも、それでは終わらなかった。
本来なら全て諦めてしまうところです。
しかし、あの子はそれでも戦いを望み、更に修練を重ねたのです。
そうして、あの子は戦う力を手にしました。
補助魔法しかろくに使えないあの子が、シールドという本来護りに使われる魔法をもって戦う術を。
それが、『クリムゾンブレイカー』です」
「……なるほど」
そこで初めて恭也は言葉を口にした。
それは、あのクリムゾンブレイカーに対して思っていたこと。
あの力は確かに強力だ。
しかし、あまりに荒削りではないかと思っていた。
単純なものであるが、しかし防ぎがたく、そして強力なあの業は前例など無いに等しい状態から組み上げたのだ。
過去の歴史を踏まぬが故、対処法も記録にない。
単純だが強く、それ故に対処方法が考え付かない上に参考資料が無い。
向かい合うには恐ろしいものだ。
最も、それは使う側とて同じ事が言えてしまうのだが。
恭也は既に知識として知っているが、『クリムゾンブレイカー』は元々は対人の為の魔法ではない。
彼女が元々鍛えていたのはバリアブレイク、シールドブレイク、フィールドブレイクといった防御破壊(解除)魔法だ。
その威力は先日の戦いにおいて、ジュエルシードがカタチにした護りの想いをアッサリ砕く事で証明している。
そもそも、と戦うだけならば、防御魔法を解除してしまう力がさえあれば、後は格闘技能で倒せるのだ。
だが、それでも彼女が戦うには『クリムゾンブレイカー』が必要であった。
それは相手が人間だけとは限らず、そして1人とも限らないからだ。
あの業は対人外および、多数の敵を吹き飛ばす業である。
己のシールドの強固さだけが頼りの、自爆とすら言える特攻魔法。
硬さで負ければ自分が消し飛ぶという、死と隣り合わせの必殺業だ。
非常に有用であるが、しかしあまりに危険なもの。
「その様な形で無理やり戦う力を得たあの子はありますが、しかし使い魔への想いはやはり深いものです。
それに、あの業はあまりに単純で強力である為に手加減が難しい。
拘束系の魔法も苦手な彼女では、無傷で相手を捕らえる事ができません」
彼女は魔導師ランクとしてはAクラスであり、リンディがAAAと評価したフェイトよりも低い事になる。
しかし戦闘力だけを考えるならば、Sランクに相当すると言われている。
だがそれでも尚、余程の格下でもないかぎり、防御を解除し、格闘で戦う、というだけではやはり倒すのは難しい。
そもそも格闘はどうやったところで魔力攻撃だけにはならない。
その為、一撃で上手く気絶させる事ができない限りは、相手を動けなくなるまでボロボロにしなくてはならないのだ。
技術として拘束系の魔法を使い捨ての様な形で保存、誰でも使用するような技術はある。
だが、それをいつでも十分な数を持ち歩く事は難しいのだ。
更には、彼女は持病のせいで、長時間戦闘したり拘束して運んだりという事ができない。
その為に手早く終わらせる事が望ましく、クリムゾンブレイカーはその為にも多用されがちだ。
「それであの子が敵を追えば、血まみれになって帰って来る。
そうする事しかできないのです。
ですからやはり、あの子にはパートナーが必要だったのです。
一見そういう様子を見せませんが、今でも悩んでいる事を私とクロノは知っています」
全てを話し終えたリンディ。
人に話す事で、言葉として出す事で少しは落ち着けただろうか。
大丈夫だ、とそう恭也は判断し、考える。
そこから、今語られた全ての話から導かれる答えを。
「では、少なくともあの半自立型使い魔たるフェイトと言う子は、魔力供給を常時受けなくて良い存在である筈ですね」
「はい。
おそらく、魔力は自分で発生させているのでしょう。
あの少女自身が使い魔までもっていますから、あの子からの魔力供給をほとんど必要としないと考えられます」
「となると、後は何をもって『半』自立なのか、ですね」
「ええ」
「おそらくは……」
「そこにまだ何かがある筈ですね」
先程まで感情で揺れていた瞳は、もう強く真っ直ぐなものへと戻る。
本来のリンディのものへ。
そして、最早恭也の言葉は必要なく、彼女が考え導き出す。
それから、2人は通信室になっている2階の一室に向かう。
アースラと連絡を取る為に。
「アースラ、聞こえますか?」
『はいはい、エイミィで〜す』
すぐに返ってくる元気な女性の声。
もう音声通信のラインは完全に確保された様だ。
「エイミィ、悪いけどまた調べてほしいの。
金の長い髪で紅い瞳の女の子で、アリサとだいたい同じくらいの年頃。
そして、AAAクラスの魔導師になりえた子。
その中でいくつかの特徴が当てはまる子の近年中の死亡記録を探して」
前調べた内容を更に曖昧にする。
本人ではない事は確かなので、変わっている部分が出ているとも考えられるからだ。
更に使い魔持ちの特徴は排除する。
なぜなら、死亡しているなら今いるあの使い魔は生前から使っているとは考えられない。
それは主が1度死亡してしまうと、その時点で使い魔も消えてしまうからだ。
故に、普通に考えれば生前からの使い魔とは考えられない。
『死亡記録ですか? ……はい、解りました』
死亡記録、既になくなっている人の事を調べてるという事で、やはり少し怪訝そうな声が返ってくる。
しかし、リンディに考えがあると解っているのだろう、すぐに了解とするエイミィ。
「時間が掛かるだろうから今日は切るわね」
『は〜い、次通信を受けるまでには調べておきま〜す』
用件だけ伝えて通信を切るリンディ。
振り返り恭也を見て、2人は目を合わせた。
「では、行きましょう」
「ええ」
もう迷いは無いと、リンディは示す。
それに少しだけ笑みを浮かべて応え、恭也は外へと出た。
リンディと共に。
この戦いの答えを導く場所を求めて。
某所
薄暗い部屋。
床、壁、天井の至る所に幾重にも刻み込まれた魔法陣。
棚に並ぶ謎の薬品類。
「……これで」
そんな部屋の中央に立つ紅い髪の少女。
手に持つのは彼女の髪の様に紅い液体。
キィィィンッ
少女の周囲に幾重にも展開する紅い魔法陣。
更に左腕の月を象った宝玉がはめ込まれた腕輪が輝く。
展開されているのは医療魔法だ。
腕輪はデバイスであろうが、その種別は定かではない。
カッ
魔法が発動し、少女が手に持った液体が輝く。
その光が収まると、そこには色こそ変わりないが別の液体がある。
「これで、後1週間は……」
疲れきった顔の少女。
そして、手に持った液体を別の容器に移し、更に汗をぬぐって疲れを隠しながら移動する。
この闇に閉ざされた部屋から―――さらなる闇の中へ。
午後 高町家
丁度学校が終わる時間を見計らって、恭也は家に戻ってきていた。
本来ならなのはが家に居るような時に戻って来る事はないのだが、今回はなのは達に用事がある。
いや、用事と言う程のものではない。
ただ、少しだけ様子を見る為だ。
「……もう帰っているか」
家の門をくぐれば、既になのはの部屋に気配がある事が解る。
(では私は)
(はい)
肩に乗っていたリンディが上空に上がる。
一緒には入らず、リンディはアリサの様子を離れた場所から見るつもりなのだ。
流石にもうリンディと一緒では、なのはに何かしら気付かれてしまう可能性も考慮しての別行動だ。
「さて……」
恭也はとりあえず居間に移動する。
なのはに様子を見に来たと言っても、なのはの部屋を訪ねるのも不自然だ。
ここは出てくるのを待つ事にする。
そうして程なく、なのはが部屋から出てくるのが解った。
更にこちらに、居間に降りて来るのもだ。
人の気配を感じて見に来ているのだろう。
数秒後、なのはが居間の扉を開け姿を現した。
「なのは、ただいま」
その姿を確認してから、恭也は声を掛ける。
一時的とはいえ、帰宅の挨拶を。
「おにーちゃん」
少しだけ驚き、少しだけうれしそうな顔をするなのは。
大凡1週間ぶりになるだろう、なのはと直接会うのは。
「悪いな、家を空けてばかりいて」
「仕方ないよ」
いくらなのは達の為もあるとはいえ、ただでさえかまってやれないのに、接触すらない現状。
自分の普段を省みれば少し不自然かとも思ったが、それでも言いながらなのはの頭を撫でてやる。
「また、すぐ行くの?」
撫でている間はうれしそうであったなのはだが、少し悲しそうな目をする。
それは恭也が何もしらずにジュエルシードに翻弄されていると思っている事もあるだろう。
「ああ。
まあ、と言ってもこの街の中だ。
何かあったら呼んでくれ」
「うん」
しばらく撫でてから恭也は手を離し、なのはに背を向けた。
そして、
「すまない」
もう1度だけ謝罪の言葉を置いて往く。
それは、これからのことを考えた上で。
そう、いかになのは達の事も考えた上での行動だとしても。
これからは、もう―――
それから、恭也は街を歩いていた。
ジュエルシード発動に備えるのと、期待は薄いがジュエルシード発見の意図がある。
(さて、今日はどうするか……)
ジュエルシードの出現は完全にランダムと言っていい。
発動時間に夜が多いのは、眠る前などが理性に抑圧されたものが曝け出されるからである。
それだけは、一応確率の問題として多いと言うのは解っているが、それ以外の確率が無視できる訳でもない。
更に言えば場所というのは全く一定しない。
それはそうだろう、人の願いなど人それぞれで、どんな場所でそれが強くなるかなどそれこそ人の数だけある。
その為、恭也の移動はほぼ完全にカンに頼っている。
ただ、このカンというのもそこまで馬鹿にできたものではない。
周囲の気配を読む恭也がそう判断を下したのならば、そこには何かしらジュエルシードに関する気配があったのかもしれないからだ。
(まあ、今日はこっちかな)
が、まああまりに範囲が広すぎてほとんど適当なのは仕方ないことだろう。
それでも動き続けていれば見つかる可能性があるのだから、動いた方が良い。
(ん?)
と、そこで恭也は移動しながら少し離れた場所から視線を感じた。
その視線の主を確認しようと振り向こうとした、その時だ。
『恭也さん、八束神社方面から魔力の反応があります。
なのはさんがアリサの結界無しで基礎修行をしているものと思われます』
上空にいるリンディから通信が入った。
恭也は視線を無視し、即座に人ごみに混ざり、更に裏路地へと入る。
『了解、行きましょう』
『はい』
それから人の気配と視線が0になる場所まで移動し、恭也とリンディは転移魔法で八束神社付近へ移動した。
八束神社上空
(ふむ……)
一応戦闘状態で上空に立つ恭也。
リンディも既にデバイスの中だ。
そして、下を見下ろすとなのはが1人魔法の基礎修行に励んでいた。
デバイス無しで魔力を制御する訓練だ。
(なかなかのものですね。
魔法を始めて2週間などとはとてもお思えません)
(そうですか)
なのはが単独で作る魔力球を見て褒め称えるリンディ。
恭也は知識はあれど、あまりそれがすごいと言う実感までには至らない。
だが、それは兎も角なのはが努力している事だけは解るので、感慨深いものがあった。
しかし、
(無用心な……)
こうして魔法を使うと、カンの鋭い人ならば解ってしまう。
魔導師であるならば、なのは程の魔力だ、位置を特定してしまうかもしれない。
現にリンディもすぐに感知し、位置を特定できた。
尤もそれは最初から監視対象で、良く知った魔力であるからというのもある。
だが、全く見知らぬ人でも長時間続ければいずれ見つかってしまうだろう。
(む……)
そう考えている間に、なのはの下に久遠がやってくる。
更には戦闘形態へ移行し、何かなのはに言っている。
(あれは……投げる気か?
リンディさん)
(了解)
キィィィンッ
恭也の足元に展開される翠の魔法陣。
そんな中、下でなのはの魔力球が久遠に向けて放たれる。
久遠は対魔法の訓練として、なのはは魔法制御の訓練として。
しかし、そんな事を行い続けるのは現状敵であるフェイトという少女がいる中では危険だ。
バシュンッ!
久遠が雷の力を少しだけ込めた拳を魔力球にぶつける。
その瞬間。
キィンッ!
展開されるのは外部への情報を遮断する結界。
元々なのは達に気付かれない様に展開している上に、魔力の衝突が起きる瞬間を狙ったのだ。
念には念を入れて展開した。
(これで……
ん?)
下を見るとなのはが周囲をキョロキョロと怪訝そうに見ている。
久遠に呼ばれてまた訓練を再開するが、なのはは何かを気にしている。
(気付かれたか?)
(そんな筈はないのですが……)
最近では強くなりつつあるとは言ってもまだまだ初心者のなのはだ。
熟練者のリンディが得意とし、気付かれない様に張っている結界魔法の展開を察知できる筈はない。
(とりあえず、しばらくここで見張りですね)
(はい)
兎も角、今は見張りだ。
タイミングを見て結界を解かないといけない。
なのはが本当に気付いたかどうかは答えがでないので今は置いておく事にする。
それから暫くなのはと久遠は訓練を続け、家に戻っていった。
その夜
恭也は八束神社付近の山の中にいた。
夕方頃になのはが訓練をした事で残っている魔力の残滓の調査と掃除の為だ。
普通なら魔力の残滓なんて残っていても問題ないのだが、今はジュエルシードの問題もある。
それに魔法初心者のなのはがやったものだ、何か外へ影響を与えている可能性もある。
更にはそれを調べる事で今のなのはに問題がないかも解るかもしれない。
(まあ、俺達はその為にいるのだ、問題ない)
今日のなのはの無用心な行動を正す方法は現状ない。
訓練でやっているのだから行為自体を止める事はできないのだ。
それにこうして恭也達がいることで、問題をなくせる。
だから、今はそれでいいと恭也は考えていた。
それこそ、自分のやるべき事であると。
(ん?)
そんな中、恭也は人の気配を感じた。
こんな時間、山の中でだ。
美由希や晶ではない。
2人とは明らかに足音が違う。
だが知っている気配で、知っている足音だ。
「恭也さ〜ん、いらっしゃいますか〜」
声が夜の山に響いた。
那美の声だ。
「ここですよ」
何しに来たかは解らないが、恭也に用事があるらしい。
那美から隠れる必要性もないので、存在を伝える声を放つ。
「あ、は〜い」
返事が返ってきて、暫くすると那美の姿が見える。
私服姿で手に何か包みを持っている。
尚、夜の山の中という場所でありながら、2人とも明かり無しに行動している。
それは2人とも職業柄、夜の闇に慣れているからできる事だ。
しかし、元々何もないところでもこけたりする那美が、しっかり夜の山道を歩いてこれるのか、と考えてしまうが……
まあ、アレはバランス感覚などに依存するものではないという事なのだろう。
「こんばんは」
「こんばんは。
今大丈夫ですか?」
「ええ、問題ありません」
「良かった。
近づいてから気付いたんですけど、ここ何かやった跡があるから……」
恭也の返答に安心する那美。
しかし、やはりここで魔力が使われたことに気付いた様だ。
それが久遠の雷の力も混じっているからなのか、なのはの魔力の残滓なのかは恭也には解らない。
兎も角、少なくとも掃除をする事は正解と言う事だ。
「その件は気にしないでください。
ところで、何か御用ですか?
それよりも、どうして俺がここにいると?」
考えてみれば何故那美はここで恭也がここにいると確信していたのだろうか。
あまり聞いた事はないが、霊力関係で見つかったというとなると、今後の行動に差し支えが出てしまうので確認しておく事にする。
「ああ、美由希ちゃんに電話したらここだって。
それで、多分何も食べてないって聞いたので、差し出がましいですけどお弁当を」
「そうですか。
ありがとうございます」
とりあえず今後の行動に支障がでるような居場所特定方法ではなくて安心し、更に気遣いに感謝する恭也。
こんな夜中且つ山の中に女性1人でお弁当を届けにくるなど、一体どれ程の行為か。
まったくもって幸せな事だ。
「ここで食べますか?」
「ええ、頂きます」
それから、2人で夜食をとる。
山の中、月明かりと星の明かりだけが2人を照らす。
「最近は耕介さんが忙しくて、真雪さんが全自動飯作り兼雑用マシーンがいないと不便だ〜って」
「あの人の管理力は高いですからね。
いなくなると辛く感じるでしょう」
食事と、他愛もない会話をする2人。
那美はこの場で何があったのかなどは何も聞かない。
それに今やっている仕事の事も話さない。
ただ平和な時間だけが過ぎていく。
普段から那美と居る時に流れる静かで穏やかな時間だが、今もそれと変わらない。
例え場所と時間が普段と違ったとしても。
「では、お弁当ありがとうございます」
「いえ、近くなんですから、呼んでくださってもいいんですからね」
「ありがとうございます」
お弁当も食べ終わり、暫くして寮に戻っていく那美。
また1人で夜の山を歩いて帰る。
恭也は夜の山の闇の中、更にその闇の中へと進んで行くのだった。
翌朝
「ん?」
山中での作業を終え、丁度隠れ家に向かおうとした時だった。
携帯電話に着信があった。
「なのはか」
とってみるとなのはから。
珍しい事だ。
向こうからかけてくるなど。
そう思いながら、状況に問題はないので電話に出ると、それは少し意外で、しかしある意味で―――
それから1時間程後 高町家
恭也は高町家に戻ってきていた。
昨日戻ったばかりだというのにだ。
それは、なのはからの電話の内容に関係している。
「すっかり忘れていた」
今日は翠屋で新商品のメニュー用写真を撮る事になっていたのだ。
それはなのはの受け持つ仕事。
そして、それは同時に恭也の仕事でもあった。
「まさか、呼んでくるとは」
遠慮なく呼べとは言ったが、まさか本当に呼ぶとは思わなかった。
その程度の用件で。
「困ったものだ」
そう呟きながら、恭也は苦笑した。
なのはが呼んだのは、昨晩那美がそうであった様に敵を追うという立場にある恭也を、外にいれば常に戦っている事になる恭也に安息をもたらす為だ。
それが解っているから、そんな気遣いを受けれる事を幸せに思い、同時になのはが相手だと少し問題があるので苦笑になる。
那美の場合も、夜中に1人で山の中に来るという行為も結構問題だったのだが。
「さて……」
兎も角、仕事を承諾したので翠屋に向かわねばならない。
なのはは先にカメラと三脚を持って向かっている。
恭也は昨晩はずっと山の中を歩いていたので、一応戻ってきて風呂に入り、着替えてから出る事にした。
それに仕事に使う照明用の反射板を持ってだ。
「あ、恭ちゃん」
と、そこで呼び止められる。
声の主は美由希だった。
「どうした?」
「最近、赤星さんに何かあったか知らない?」
「いや、特に何も聞いていない」
何故そんな問いが出てきたのかを聞く前に、恭也は答える。
少なくとも最近赤星に関する情報を得ていない。
数日前にあった時も変わった様子は無かった―――筈だ。
そう思いながらも、恭也は再び考える。
数日前街で会った赤星。
本当に何もなかったのかを。
「どうしてだ?」
「最近よく家の方に来ててね会うんだけど。
恭ちゃんを探してるみたいだったから……」
困った顔をする美由希。
少しおかしな話だ。
赤星は恭也が家に居ない事を知っている筈だ。
この街の中を見回っていると。
それに用事があるならば携帯電話という便利なものがある。
それなのに家に来るというのは一体どういう事か。
「解った、とりあえず次会ったら何か聞いておく」
「うん」
とりあえず今は翠屋での仕事がある為後回しにする恭也。
気になりながらもしかし、重要性が低いと判断を下してしまったのだ。
翠屋
「はい。
これが新メニューのいちごのミルクケーキとフルーツパイ」
なのはの前のテーブルに商品を並べるフィアッセ。
それらは来週から翠屋のメニューに加わる予定の新商品だ。
「はい。
じゃあ、配置を……」
用意されたものをなのは丁寧に並べていく。
見栄え良く、かつ美味しそうに見える角度に。
「おにーちゃん、照明……えーっと、このあたりから」
「心得た」
恭也の仕事は照明用の反射板を持って光の調節をする事だ。
なのはの意図を読み取りつつ、指示通りに光を当てる。
(しかし、思えばなのはは一昨日まで悩んでいた筈だが、今日はもう俺への気遣いまでできる様になったか。
もうフェイトと言う子に関しては大丈夫なのだな)
いつも通りに仕事をこなすなのはをみて、ふと思う恭也。
前回の戦いの前までのなのはの様子は知っていた。
それで少し拙いかとも思ったが、もう完璧なくらいに調子を取り戻している。
「……うーん、もうちょっと右、で微妙に上」
「……む」
「OK〜」
なのはの指示通りに微調整を行う。
恭也は写真にはあまり詳しいとはいえないが、光というのは戦いにおいても重要な情報だ。
光を把握し、場合によっては利用するのはある意味当然の技能だった。
それもあった、恭也は照明係としてはプロ程ではないにしろ、使えるだけの腕がある。
そこにカメラと写真を熟知するなのはの指示が加わるのだ。
そうして得られた環境にある新商品はなのはも納得するくらい良い感じだった。
『ところで、これはなのはさんのお仕事なんですか?』
窓の外から様子を伺っているリンディから通信が入る。
リンディの世界では既にアリサという例もある様に、子供が仕事を持つ事は珍しくない筈である。
しかし、何か気になる事があったのだろう。
『ええ、AV機器の扱いが得意なのもあって、最近では完全に翠屋の映像関係は専属でなのはがやってます』
『そうですか……
空間把握の能力も高いのかしら……』
最後の独り言に近い言葉も通信で流れてくる。
どうやら昨日なのはに結界展開を気付かれそうになったのを気にしているらしい。
今後の事にも大きく影響するからいろいろ考えなくてはならない事でもある。
「はい……っと」
その間になのはは数枚の写真を撮る。
「ふむふむ……」
撮った画像を確認しながら更に数枚。
それでどうやら納得できた様だ。
「セットメニューもとっちゃいますよね?」
「はいはい。
コーヒーと紅茶、ホットとアイスでそれぞれ」
「ケーキにはホットコーヒーで、パイには紅茶を……」
更に飲み物が加わり、また配置が変わる。
組み合わせとして良いと思えるものを選び、更に位置関係と角度を調整。
繊細な仕事ぶりだ。
「おにーちゃん、もうちょっとケーキ側に」
「……ん」
そして、その仕事は恭也にもある。
撮影対象が2つに増えた事で変わる光の調整。
反射板の位置と角度は更に考えなくてはならない。
そうしてそれから数分後、必要な写真全てをカメラに納め終えた。
「はい、OKです」
「おつかれさま」
後ろで見ていた母桃子がなのはの頭を撫でる。
うれしそうに微笑むなのは。
「恭也もお疲れ様ー」
「……」
更に桃子は恭也の頭も撫でる。
それに対し恭也は無表情だ。
しかし、なのははそれを見て微笑んでいる。
ばれているのだろう、これをそれなりに喜んでいる事を。
これに関しては、幼少期母を持たなかったから、母を得られた喜びが今も続いているのだろう、などと自己分析をしている。
「さて、この新作メニューどうする? 食べていく?」
商品ではないが、しかし食べ物。
撮影用の加工は多少していても、食べられなくなる様な事はしていない。
となれば、どう処理するかは、まあ決まっている。
単品メニューならそのままなのはが食べてしまうところだが、今回はホールのパイもある。
「あ、わたしこれからすずかちゃんの所に行く予定なんだけど」
撮影機材をしまいながら、これからの予定を告げるなのは。
恭也もそれを自分の機材をしまいながら聞く。
「そう。
じゃあ持っていく?」
「うん」
「じゃあボックスに入れるからちょっと待ってね」
月村家に行くのなら忍も喜ぶだろうと思っていると、なのはの視線がこちらに向いているの気付く。
「あ、おにーちゃんも一緒に行く?」
「……そうだな」
なのはの申し出に少し考える恭也。
このままなのはと時間を共にして良いのかを―――
「今は家にいる筈だな。
ノエルに迎えに来てもらおう」
「うん」
最終的に恭也は、それもまあ良いだろうと承諾する。
恐らくこの先は、本当にそういう時間が無いだろうというのもある。
それから、なのはと2人で1度家に機材を置いて、ノエルの車で月村家へと移動した。
「なのはちゃん、いらっしゃい」
「すずかちゃん」
「恭也もいらっしゃい」
「ああ」
到着後、車を移動するノエルに変わりファリンが案内を勤める。
データがあったとはいえ、その振る舞いはもう大分完成されたと言えるだろう。
途中で躓いたりしなければ、だが。
そうして案内された先、ティーラウンジで忍達と挨拶を交わす。
「翠屋の新作メニューを持ってきたぞ」
「あら、私を太らせてどうするの?」
「太る場所による」
「場所によっては運動がはかどるの?」
丁度良いのでまた思わせぶりな会話を挟んでおく。
忍も結構楽しそうだ。
「よく意味が分らないんだけど」
「う、うんそうだね」
良く解っていないなのはと、赤面するすずか。
なのはでは意味が解っていないのは、まあ、良い事だと判断する恭也だった。
それから、4人で新作メニューを食べて、のんびりとした時間が過ぎていく。
平和で、静かな時間だった。
恭也にとってはかなり甘めな時間だ。
いろいろな意味で。
「あ、そうだなのはちゃん。
最近家来るけど私の相手はしてくれてないわよね〜」
そんな中、忍がなのはにそんな事を言い出した。
「にゃ?」
そういえば、と恭也は思い出す。
確かにここ月村家によく来るが、なのはがここで忍と遊んでいるのを見ていない。
前ならば一緒によくゲームをしていた筈で、来る目的の半分くらいはそれだったのに。
「そういえば、なのはちゃんゲーム強いよね。
聞いたけどお姉ちゃんよりも強いんだっけ?」
「え? うーん、どうだろう」
確かになのはは強い。
忍との勝率はパズルゲームでは9割はある筈で、他の対戦型ゲームでも大体同じ勝率を出しているだろう。
しかし、考えてみると少しおかしいのではないだろうか。
これが普通の人間同士ならば、なのはは器用でゲームが得意だ、というだけで済むだろう。
だが忍は夜の一族で、人間よりはるかに高い身体能力を持っている。
更には忍はノエルやファリンといった、現在の人間の科学力を軽く超える技術で作り上げられた自動人形を組み上げる事ができる。
そんな忍に対し、パズルゲームで勝ててしまうなのはは一体なんなのだろうか。
「久々にやろー」
「うん」
「私見てる」
少し思うところがあり、恭也も一緒に見る事にする。
それから忍の部屋に移動し、2人のゲームが始まった。
「相殺プラス反撃カラーマジック!」
「うそー!」
ズドーンッ!
スピーカーから流れる爆音。
そして、なのは側に出るWINNERの文字。
(やはり強いな。
しかも忍が行っている計算の上を行く、か)
『元々才能があったのですね』
恭也の思考に通信が入る。
外から見ているリンディからだ。
外を見て確かめずとも、今リンディの表情が解る。
真剣な目つきで、でもどこか優しい笑みを浮かべているだろう。
『そうですね。
まあ、ある意味不思議ではないのですが……』
恭也は考える。
なのはは強い。
本人は運動能力系はサッパリだと言っているが、だがそれは―――
『少し、今後のなのはさんについて考えなくてはならないと思います』
『そうですね』
恭也は近くにいたノエルに、用事ができたと伝え恭也は部屋を出て、月村家を後にする。
なのは達には何も告げず。
賑やかで楽しげな声が響く部屋を。
平和な時間をすごせる家から出たのだった。
翌日の昼前 海鳴大学病院
昨晩は隠れ家で一晩リンディと計画を練った恭也は病院に来ていた。
フィリスの診察を受ける為だ。
2日前の夜に一応軽く診て貰ってはいても、それで済ませられる様な状態ではない。
因みに、一応定期検査として訪れている。
なお、検査中リンディは傍に居ない。
現在リンディはなのはの所に行っている。
少し調べる事がある為に。
「回数から考えればダメージは軽度です。
しかし、確実に蝕んでいます」
「はい、解ってますよ」
検査が全て終わり、マッサージとテーピングもしてもらった帰り、恭也はフィリスと廊下を歩いていた。
帰る恭也をフィリスが送ると言い出したからだ。
「大体この街に居るんですから、もっと私達を利用すればいいんです」
「十分こきつかってますが?」
「貴方の疲労と比べて、他人をこき使うというレベルってどういうものですか?」
廊下での会話なので、言葉は選んでいる。
しかし、その言葉に含まれる気持ちまでは抑えていない。
そう、笑顔でありながら全然笑っていない視線とか……
「恭也君、私の事を信頼してくれてますか?」
「勿論です」
それだけはハッキリと答えられる。
だか、ここに居るのだとすら言える事だ。
しかし、フィリスは少し不満げだ。
「じゃあ……」
「……む」
会話の途中、恭也はふと目に留まるものがあった。
丁度入り口に着き、外に出たところでの事だ。
スロープを上がってきた車椅子が見えた。
乗っているのはなのはと同年代と思われるブラウンのショートヘアの少女。
その子が丁度上りきったところで、横からもう1つの影が走った。
それはなのはより2歳は年下だろう男の子。
「あっ」
ガチャンッ!
突然目の前を横切った子供に、少女は車椅子の操作を誤った。
それも、避けようとしたのだろう階段側に向かって。
「わぁっ!」
走ってきた少年も車椅子に気付いた体勢を崩す。
「むっ!」
「あっ!」
タンッ
恭也は考えるより前に動いていた。
2人の傍まで駆け寄り、男の子を抱きとめつつ、少女の車椅子を抑えた。
距離もさほど離れておらず、子供2人分の体重だったので、なんとか1人で支える事ができる。
「っと」
まず男の子を降ろし、少女の車椅子を持ち上げて安全な場所へと降ろした。
「あれ?」
「わぁ……」
驚きの声と感嘆の声が聞こえる。
男の子と少女からだ。
それと……
「もう……私もいるんですからね?」
振り返ればピアスを―――HGS能力を制御する為のピアスを外しかけているフィリスがいた。
恐らく恭也がいなくとも、フィリスの力で2人は助かっただろう。
だが、
「その力、特にその様な使い方は良くないでしょう」
制御した上での力なら兎も角、制御装置そのものを外した力では暴走する危険すらある。
それに、制御装置を外した上で力を使うとなればリアーフィンが展開してしまう。
ここは昼間の病院の入り口。
人目も多い。
HGSの能力は、一般に受け入れられているとはまだ言いがたいのが現状なのだ。
「貴方の現状を考えればマシなものです」
しかし、とフィリスは怒る。
恭也の身体の現状を知る医師として。
「まあ、今のは普通に間に合いましたから。
それに、俺の方が先に気付いたから動いただけです。
決して信頼してない訳ではないですよ」
「もう……」
溜息を吐くフィリス。
それを気にしながらも、走ってきた男の子の方を見る。
まだ男の子も少女も今何が起こったのか整理しきれてない様だ。
「確か腕の骨折で入院してた子ね。
今日でギブスも外れたのかしら」
「ふむ……」
フィリスの情報を聞き、恭也は男の子の前に立った。
そして片膝をつき、男の子と目線の高さを合わせ、伝える。
「元気なのは良い事だ。
前に進む事も良い事だ。
だが、その時周りもみなければいけない。
1度痛みを知っている君なら解るだろ?」
それは叱るのでもなく、間違えを指摘するものでもなかった。
ただ力強い言葉で、真っ直ぐな目で問いかける。
それだけの行為。
そう、それだけだ。
しかし―――
「……うん。
うん。
おねえちゃんごめんね」
少年は考え、自分で理解した。
それから少女に向かって誤りを認め、頭を下げる。
「あ、ええよ」
微笑んで返す少女。
「これからはきをつけるよ。
じゃあね」
それから手を振って去っていく男の子。
元気に、明るく。
少しだけ大きくなった様に見える背中で。
「あの、ありがとうございます」
「ああ」
少し関西の訛りがある言葉と笑顔を恭也に向ける少女。
危ないところだったが、今見せてくれたのは綺麗な笑顔だった。
「すごいかったですよ」
少女も去った後、病院の外にある林の近くで恭也とフィリスは話していた。
「そうですか?」
フィリスは先程の恭也と男の子のやりとりが余程気に入ったようだった。
「ええ、単純に叱り付けるだけでなく、ああやって言えるならきっと成長できますよ」
「まあ、父がやっていた様にやっただけですよ。
上手く再現できなら、うれしいですがね」
先の言葉、父親である不破 士郎の真似事の様なものだった。
嘗て父から聞いた言葉、その時の見た父の目と、触れた心。
全てを真似てみただけの事だ。
「そうでしたか。
それなら、きっと恭也君も良いお父さんになれますよ。
貴方のお父さんの様な人に」
明るい会話。
そしてフィリスが意図したのは、戦い以外での恭也の話だ。
それはこの先、きっと恭也なら戦い以外も上手くやっていける、とそう言いたかった。
だが―――
「俺は、父の様にはなれませんよ」
フィリスの言葉にそう返す恭也。
苦い笑みを浮かべながら。
「俺はもう、その為には必要だったものを捨ててしまっている」
「……え?」
恭也を育てた父親ならば、すばらしい人だったのだろうと。
そう言う意図しかなかった言葉に返ってきた恭也の想い。
恭也は『捨てた』と言った。
『失った』ではなく、『捨てた』と。
つまり、自らの意思をもって行った行為だ。
「まあ、それはいいです。
今日もお世話になりました。
では、また」
そう言って立ち去る恭也。
「あ……」
それを呼び止めようとするフィリスだが、なんと言っていいか解らない。
そんなフィリスを背に、恭也はもう1度苦笑した。
何故、あんな言葉を口にしてしまったのか、と。
それはきっと、昨晩から計画してきた事が原因だろう。
これから恭也がやる事は大凡父親像から、恭也が想う不破 士郎からは遠のくものだ。
だがそれでも迷いは無い。
『恭也さん、見たところ順調の様でしたよ』
丁度外に出たところでリンディから通信が入った。
『そうですか』
その報せを聞いて内心だけ笑みを浮かべる。
そして改めて想う。
自分は士郎ではないし、士郎にはなれない。
だから、恭也はこの道を行く。
深夜 住宅街
ジュエルシードの起動を感じた恭也は住宅街に来ていた。
そしてその中、ふらふらと歩く男性を見つけた。
疲れきった様子で、目も虚ろなまだ若い男性を。
これが今回のジュエルシードの持ち手。
この場所は住宅街であるが、高町家がある場所とは離れている。
その為、恐らくフェイト達の方が先に来るだろう。
キィィィンッ
それから、程なくジュエルシードが発動する。
何の願いかはまだ解らないが、突然膝をつき―――
(む……これは)
膝を突いた男性の周囲の空間が歪んでみえる。
それは、空間が歪んでいるのではなく、その空間が―――
『来ます。
やはり先手はフェイトさん達の方です』
見上げるとフェイト達が飛来するのが見える。
勿論彼女達とて一般の人達から隠れて飛んでいるが、リンディ達には通用しない。
ヴゥワンッ!
即座にフェイト達は結界を展開してジュエルシードを取り込む。
『干渉します』
『了解』
それに対し、リンディは展開タイミングから結界構築に割り込み、自分達もとりこんで展開させる。
普通の魔導師に真似できない超高等技能だが、リンディはそれをやってのける。
そして展開された世界。
フェイト達は空中で停止し、ジュエルシードの持ち手を見る。
恭也達はジュエルシードの持ち手をはさんで丁度反対側で同じように様子を伺う。
変化はすぐに起きた。
男性の周囲の地面のアスファルトに亀裂が走ったのだ。
それは前々回フェイトが封印したジュエルシードの願いに似ている。
実際その願い……いや想いに至ったのも似たようなものだろう。
だが、具現されている力は全く別ものだ。
「……」
フェイトはそれを見抜いた上で、ジュエルシードの持ち手の真上まで移動した。
その間にもジュエルシードの持ち手の変化は続いていた。
グシャッ!
地面が凹む。
まるで押しつぶされた様に。
そして、亀裂はどんどん外へ大きくなっていく。
これはつぶされているのだ。
外からの圧力に。
カタチにされた重圧に。
その重圧が掛かる範囲はどんどん広がっていく。
同時に中心付近の重圧の力は更に増していく。
『グギャァァァ!』
フェイトの出現に気付いたジュエルシードが防衛機構を出撃させるが、その重圧のせいで動けぬ程だ。
「間抜けだね〜」
そう感想を漏らしたのはフェイトの使い魔であるアルフ。
丁度そこでフェイトの準備も整った様だ。
『Sealing form
Set up』
ガキンッ!
「封印!」
ズダァァァンッ!!
放たれるのは封印魔法。
対象の真上から打ち下ろす。
そう、真上からだ。
たとえ空間に歪んだ重圧が掛かっていようと、真上からなら関係ない。
やや距離があるが、相手も動かないし邪魔者も動けずにいるから問題ない。
『Sealing』
バシュゥゥゥンッ!!
デバイスの封印完了のメッセージと共に排気ダクトが開き、魔力の残滓が放出される。
男性の傍に浮かぶジュエルシードは『]U』も白い文字を示していた。
同時に重圧の空間も消える。
「……」
重圧が消えたのを確認したフェイトとアルフは男性の近くまで降り、軽く男性を見て確認している。
無事である事を確認し、後処理をしよとしているのだ。
表情は変えていないが、男の無事を安堵しているのが恭也達には解った。
『あの子も優しい子ですね』
『ええ、表には出していませんが』
まだシンクロをしていない恭也とリンディは表に出さずとも喜んでいた。
それから程無く、後始末も終えてフェイトはジュエルシードを格納する。
だが、その時だ。
ビシッ!
軋む音が響く。
世界の軋みが。
そして、
パリィィンッ!
ガラスが砕ける様な音と共に世界が崩壊した。
この結界の世界が。
『来たか』
『ええ』
結界が崩れる中心点、結界が破壊された破壊点を見上げる。
地上にいるフェイトとアルフと同様に。
そこには、見知った顔がある。
なのはと久遠とアリサだ。
迷いなき瞳をもって空に立つ3人。
恭也とリンディが待っていた者達。
あの3人が、フェイト達がここに居ると知った上で結界を破壊してまで出てきた。
勿論、破壊した結界の上に結界を張って安全策も巡らせている。
だがそれは兎も角、フェイト達は少し驚いているだろう。
1度負かした相手が、こうして向こうから向いてくるのだ。
直ぐにジュエルシードの回収を済ませ、2人は臨戦態勢をとった。
「好都合!」
声に出して喜んでいるのはアリサ。
恐らく、攻め入った今の状況を言っているのだろう。
既にジュエルシードの封印は完了している事を。
ならば、やはり3人はフェイト達を目的にやってきたのだろう。
なんらかの策をもって。
その上で、フェイト達が封印により消耗している事は好都合だと言っているのだろう。
「……そうだね」
対し、なのはは浮かない顔をしていた。
相手が消耗している状態というのが、少し卑怯な感じを覚えているのだろう。
だが迷っている訳ではないだろう。
「じゃ、なのは、久遠」
「うん」
「いくよ」
アリサの合図と共になのはと久遠が動く。
なのははフェイトへ、久遠はアルフへ。
そしてアリサは……
『策を持ってきましたね。
リンディ』
『ええ』
この戦い、なのはが勝つと踏んだ恭也が動く。
まず結界の端へ。
そこから1度外へ出る。
ォンッ!
結界を展開しているアリサには知られぬように外に出て、そこからすぐに魔法を展開した。
キィィィンッ
恭也の足元に展開されるのは翠の魔法陣。
リンディの魔法だ。
展開されるのは結界魔法。
ヴォウンッ!
アリサの結界をも取り込んで展開されるリンディの結界。
この後起きるだろう事に対する安全策をここに展開する。
『よし』
『では』
そうした後、再び2人はアリサの結界の中へと戻る。
中に戻ると既に戦いが始まっていた。
なのははまず話から始めたのだろうが、フェイトは聞かなかっただろう。
現在なのはフェイトの攻撃を掻い潜っている。
できるだけプロテクションを使わずに回避を優先して。
『なのははまだ気付いてないだろうな』
『ええ、自覚は無いでしょう。
理論魔法を改造したのもアリサですし』
何度も改造された戦闘理論魔法は既になのはの身体を強制的に動かす効力は無いに等しい。
予測を伝え、最善の動きを提示するだけだ。
それなのにちゃんと回避行動ができているのは、既になのは自身がそういう動作を身に着けてきているからだ。
『だが、まだまだフェイト嬢の方が上ですがね』
『それは仕方の無い事でしょうね』
ただ、やはりなのははフェイトの攻撃を受け切れていない。
今もギリギリ掠ってしまっている。
フェイトもまだまだ動きが荒い部分があるし、変な癖もあるが、それでもとても見た目の年齢からは考えられない動きだ。
『まあ、これからです』
『そうですね』
とりあえず、なのはは後暫くはフェイトの攻撃を避け続けるだろう。
牽制攻撃もしていないところを見ると、おそらく攻撃というものを一切しないつもりだろうから、そう長くは持たないだろうが。
それでも、なのは達が勝利するという予測は変わらない。
『久遠は……』
久遠の様子も見ておく。
探すと、久遠は地上で戦っていた。
使い魔アルフと。
久遠は建造物を利用し身を隠しながら、アルフの足止めに専念している。
拘束魔法や飛行が厄介であることを踏まえて上手く戦っている。
久遠は単純に力が強いのではなく、ちゃんと頭も良いという証明だ。
『久遠も心配なしっと……』
『後は……』
なのはとフェイト、久遠とアルフから視線を外し、2人は探す。
この場にいるもう1人の魔導師の姿を。
『……居ましたね』
『はい』
そうして程無く発見される。
姿を隠し、この戦場を飛び回っている少女の姿が。
移動しながら、魔法をばら撒く魔導師アリサが。
『やはりそうきましたか』
『あの子の得意な魔法の1つですから』
アリサがばら撒いているのは設置型の拘束魔法。
トラップとしても使える魔法だ。
それでフェイトとアルフを捕らえる計画だろう。
『では、こちらも準備を』
『了解』
アリサが設置する魔法の位置、そして2組の戦闘の流れから、発動するだろうトラップの位置を予測する。
更にはその2点を通る直線上に移動する。
『シンクロ開始』
そこまで来てから、2人は完全に戦闘状態へと移行する。
キィィィンッ!
そこで魔法を展開する恭也。
足元に描かれる黒の魔法陣。
『拘束魔法を破壊する魔法を―――』
『Yes Sir』
恭也が知識から構築し、リンディが形とする魔法。
『Bind Break』
キィィィンッ
拘束系魔法を破壊する魔法が棍に込められる。
それは恭也の魔力によって作られる為、黒い光となって棍に纏う。
本来恭也の力だけではアリサの拘束魔法を破壊するのは難しい。
だが、リンディが持つアリサの癖とデバイスとなっているリンディの技術力がそれを可能とする。
(さて……)
準備は完了し、下の様子を見る。
ガキンッ!
「うっ」
フェイトの攻撃を杖で受けるなのは。
避け切れていないのもあり、既になのはは限界に近い様だ。
体力も魔力も残り少ない。
「これでっ!」
それを見抜き、これで最後とフェイトが押す。
一見してフェイトの優勢で、フェイトが勝つと思える状況。
なのはを見ても、もう押し返す余裕など無いだろう。
だが、フェイトの悪い癖だ。
フェイトもなのはが無策だとは思っていない。
策を用意していると考えている筈だ。
けれど、そうであるならばこれは突っ込み過ぎだ。
常に攻める姿勢は良いし、相手の策を深く考えすぎないのも良いだろうが、対応できる様にしておこうという心構えがない。
「なのは!」
そこで、声が響く。
アリサの合図の声が。
「ごめんね」
そして、なのはが力を抜いた。
押し切られようとしている時に、自ら下がる様な事をしたのだ。
「え?」
フェイトは疑問の声を上げた。
だが次の瞬間には気づいただろう。
その謝罪の言葉が、なんであるかを。
ガキンッ!
突如、フェイトを中心とするように魔法陣が展開される。
碧色の魔法陣、アリサの拘束魔法だ。
「なっ! これは……」
罠にかかったことに気付き、抵抗するが拘束魔法は完成される。
「くっ! フェイト!」
更に、地上でも久遠がアルフを拘束魔法に押し込んだ所だ。
「アルフ!」
使い魔の名を呼ぶフェイト。
この時点でやっと、本当に自分達が完全になのは達の策略に嵌ったと自覚しただろう。
策はあると解っていたのに、避けられない。
これはフェイトの性格をも分析したアリサの作戦勝ちだ。
「よし!」
勝利を確信したアリサ。
だが、まだこの世界に慣れずにいるアリサだ。
この魔法は準備してきた上でのものだろうが、かなり無理をしている。
拙い汗も流しているし、魔力も残り少ない。
しかしそれでも、
「くっ!」
キィィィンッ
フェイトはすぐにバインドブレイクを展開する。
「甘い!
時空管理局執務官補佐を舐めるな!」
ガキィンッ!
それに対してアリサはバインドブレイクをキャンセルしてしまう。
宣言する通り、役職は伊達ではないらしくバインドを維持し通している。
「う……」
フェイトは諦めていない様子だが、最早勝敗は決している。
後はなのはがデバイスを取り上げ、久遠がアルフを完全に押さえ込めば終わりだ。
「ごめんね。
でも、これでお話ができる」
なのは達の勝利だ。
なのははやっとフェイトと話ができると、喜び微笑む。
ああ、本来ならこれで良いのだろう。
しかし―――
(許せ、なのは)
恭也は棍を構え、立ち居地も微調整する。
放つ棍が一撃で2つのバインドを破壊できる様に。
(今はまだ、早いんだ!)
心の中で叫びながら、恭也は棍を放った。
ゴゥンッ!
それは、黒い閃光の様に少女達の前を通過する。
バリィィィンッ!
そして、フェイトとアルフを拘束している魔法を見事貫き、破壊した。
「な……」
今起こった事に驚愕の声を上げる5人の少女。
予測していなかったろう、ここで恭也が邪魔をするなど。
特にフェイトは恭也が自分を助ける様な真似をするとは夢にも思わなかったろう。
その逆になのは達も邪魔をされるとは思っていなかった。
だから全員がまだ身動きがとれない。
「今は退け」
だが一言告げると、フェイトとアルフはすぐに動く。
同時に恭也もリンディとのシンクロを解除する。
ここからの撤退の為に。
「……どう……して……」
なのはは、やはりショックを受けた様にただそれだけを問いかけてくる。
(すまんな)
恭也は無言のまま、無表情のまま、なのはを見る。
パチンッ!
バリィィィィィンッ!!
結界を破壊する。
まずこのアリサの結界を砕き、リンディの結界に移行させてからリンディの結界を正規の終了をとらせる。
そうしてこの世界での破壊を消し去りつつ、結界解除中に撹乱効果を入れる事でフェイト達を逃がす。
同時に自分達もこの場から撤退した。
呆然とするなのは達を残し。
闇のなかへと消え行く。
某所
とある高層マンションの屋上。
そこに立つ2つの影があった。
「少し計画を早めないと駄目みたいね」
『ええ、あの子達の事もあるけど、やはりジュエルシードも……
貴方もそう言うということは、予測してたけど、それよりもジュエルシードは……』
「ええ」
2つの人影。
1つは紅の少女。
もう1つは黒の青年。
だが、話しているのは紅の少女と、黒の青年のペンダントの中の翠の女性だ。
「そっちに任せてしまうわよ。
私はちょっと動けそうにないわ」
『……また無茶をしている様ね』
「……どうかしらね」
暫く、無言の時間が続いた。
「じゃあ、また何かあったらね」
『そうね』
そう簡単に言って、2人の姿は屋上から消える。
闇が、更なる闇の中へと。
後書き
恭也編5話〜
やっとちらっとでありますがリンディをリンディらしく書けました……
あ〜長かった。
まだまだですがね。
さて、最後はいよいよなのはとも敵対する恭也です。
まあ、敵対というと少し違いますがね。
今後どうなるのでしょうか〜
うん、さっさと次を書こう。
……そういえば、当初の計画だとなのは編をメインに恭也編は外伝的扱いだったのですが。
容量的に現在全ての話が恭也編の方が重い……
何故だ〜〜〜
ま、いっか。
いいのか?
兎も角、次回もよろしくどうぞ〜
管理人の感想
T-SAKA氏に恭也編の第5話を投稿していただきました。
まぁ裏方に徹している恭也の方が文量増えるのは仕方ないでしょう。
私はその方が良いんで、恭也編がメインでも全然問題ないですし。
恭也が病院にいる場面が増えてますね。
彼の身体の事を考えると当然ではありますが、あの医者嫌いの恭也がね〜、とかも思います。
闘う度に寿命が縮んでいってるのが地味にきついですね。
病院で恭也が助けた車椅子の少女は、『あの』少女ですかね?
いまだに出ない隠れ家の管理人が気になりますが、それはともかく。
今回はリンディさんがエプロンで手料理を振舞ったりしてましたね。
恭也とのやり取りは新婚家庭みたいでしたし。
今後戦闘がメインになる前に、またこういったイベントがあると楽しいのですが。
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