闇の中のコタエ

第6話 その交差の先に

 

 

 

 

 

 前戦闘から一夜明けた朝 隠れ家

 

 毎回アリバイ工作をしているのも逆に怪しまれかねないので、前戦闘に関するアリバイ工作はせず、隠れ家で一夜を明かした恭也達。

 その翌朝、リンディの作る朝食を食べた後、会議となる。

 もう何度目か、議題は今後の行動についてだ。

 

「さて、ついにフェイトさんの側に手を貸す事になってしまいましたね」

 

「ええ。

 実力はフェイト嬢の方が上でしょうが、なのは達も頭を使うだろうから、いつかは、と思っていましたが。

 存外早かったですね」

 

 昨晩の戦闘では、ついに策をもってなのは達はフェイト達に勝利した。

 捕縛する事に成功したのだ。

 なのはと久遠だけなら、この先暫くはフェイトに負け続け、恭也達で援護する事になっていただろう。

 しかし、アリサもそろそろ調子を取り戻してきた頃である。

 そうなれば、パワーバランスが逆転してしまうことも考えられた。

 

 だが、リンディの見立てではアリサが戦うにはまだ時間がかかる筈だったのだ。

 

「多分、アリサはそのせいでいろいろと犠牲にしています。

 どうやら、戦闘時と鍛錬時以外は寝っぱなしみたいですし」

 

「となると、アリサ嬢は気付いていないでしょうね。

 なのはの変化などを。

 久遠も常時一緒ではないですし」

 

「ええ」

 

 アリサとなのは達とのコミュニケーションは現状必要十分であろう。

 しかし、それだけだ。

 それ以上のなのはについての情報をアリサはもっていない。

 それ故に、アリサは今後のなのはの成長を予測できないだろう。

 

「まあ、勝つ事を優先するならば仕方の無いことです。

 それに、そう言う事は後でフォローできますからね」

 

「はい」

 

 コミュニケーションは全てが終わった後でもできる。

 この戦いが終わったあとにでも。

 だから、今は必要十分を満たしてれば問題ない。

 

 確認の様な話し合いが終わる。

 そして、そこでリンディは一拍置いた。

 

「さて、では今後の方針ですが」

 

 ここからが本題。

 昨晩の戦いで変わってしまった事。

 それによる今後の方針の変化。

 

「最早、アリサ嬢は俺達を敵と認識しているでしょうね。

 フェイト嬢の方は最初から敵として認識していたでしょうが」

 

 恭也はなのはが自分達を敵として認識している、とは言わない。

 いや、言えないのだ。

 なのはの考え方は敵味方の二元論ではないし、それに恭也の知るなのはならば―――

 

 尚、アリサが敵味方の二元論だとか、直情的だとか、そう言っている訳ではない。

 ただ、アリサは少なくとも、なのはの様な考えは持っていない。

 なのはのソレは、『甘さ』とも言えるものであるが故に。

 

「そうですね。

 アリサは敵と判断を下したらもう容赦はないですよ。

 尤も、今のアリサでは私達に攻撃を仕掛けてくる事は無いはずですが」

 

「ええ」

 

 アリサはやや感情的でもあるが、しかし戦いとなれば冷静だ。

 勝てないと解っている相手に対し、無駄な力を使う事はないだろう。

 もし仕掛けてくるならば、策を練った上の筈だ。

 

「ともあれ、両陣営から味方ではないと判断されている状態。

 両者の実力差。

 そして、予想よりも早いジュエルシードの対応。

 もう仕方ないことでしょうね」

 

 恭也達の目的はなのは達を成長させる事。

 ジュエルシードの封印ができない恭也達ができる、ジュエルシードに対抗する戦い。

 故に、可能な限り恭也達はなのは達の前に出ない方が良いと考えてきた。

 

 少なくとも、ジュエルシードの対応速度が上がっているのを見るまでは。

 

 前回までに見えたジュエルシードの対応の強化を考えると、ジュエルシードは発見次第、即座に封印が望まれる。

 戦いの経験を優先する訳にはいかず、現状フェイトの様に速攻によって封印してしまうのが最良だ。

 おそらく、セレネはフェイトにそれを指示しているだろう。

 なのは達とて発見次第、できるだけ早く封印する様にはしているが、どうしても少し遅い。

 それは戦闘経験の差もあるので仕方ない事だ。

 

 だが、ジュエルシードと戦闘になってしまう前に速攻封印となると問題が生じる。

 恭也達が手を出していない事が意味を成さなくなる問題だ。

 それは今度は今後の事も考えて戦いの経験はどうやって積み重ねるかという事。

 当然として、ジュエルシードの持ち手がどうにかなってしまう前に決着はつけなければいけない。

 だから、元々そう戦闘を長引かせるわけにはいかなかった。

 しかし、ジュエルシードがカタチにする想いが何であるかすら判明する前に倒す事になっては、ほとんど何も得られないだろう。

 

 

 ジュエルシードを封印後、フェイトとなのはが戦う事で両者が高めあう事も可能だ。

 しかし、現状戦闘能力はフェイト側が優位に立ちすぎている。

 それに互いの戦闘スタイルはあまりに相反するものだ。

 それ故に状態が拮抗する事が難しく、上手く引き分けてくれる事は望めない。

 

 勿論、劣勢になった側の撤退補助は恭也達ですれば良い。

 だが、それもやりすぎると問題が起きるのだ。

 

 更に、セレネは恐らくフェイトになのはのジュエルシードを奪う様に指示している筈だ。

 それは多分セレネもあまり望んでいない事であろうが、しかし仕方の無い指示。

 そうしなければ不自然だからだ。

 

 

 以上より、フェイトとなのはが戦う事もあまり望ましくない。

 ならば、どうするか。

 

「ええ、仕方ない事でしょう。

 ―――我々が表に立つことも」

 

 そう、ならば2人の矛先を自分にしてしまえばいいのだ。

 

「どうやってそうするかは、まだ良い手段が考案中です。

 今後の出方次第になってしまうでしょう」

 

「ええ。

 その辺りはお任せします」

 

「はい」

 

 恭也は何も考えないと言うわけではないが、考える事ならばリンディの領分だ。

 ある程度はリンディに任せておいた方が良いだろう。

 そして、それを直接行うのは恭也の役目。

 

 あの2人の少女と敵対し、戦っていく。

 それが、今後の恭也の道となるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜 月村邸

 

 子供は既に寝る時間だが、大人はまだ起きている時間。

 そんな時間帯だった。

 

 トクンッ

 

「……」

 

 場所は忍の部屋だった。

 寝るにはまだ早かったので2人で少し話している時だった。

 

「どうしたの?」

 

 恭也の変化に気付く忍。

 しかし、それが何かまでは解らない。

 それは当然だろう。

 今まで、こうして人と向き合っている時にジュエルシードの反応を検知した事はなかったのだから。 

 

「……忍、すずかとファリンは?」

 

「……大丈夫、もう寝ているわ」

 

 意図を察した忍は静かに答える。

 意図が解っているからこそ笑顔で。

 

「行ってらっしゃい」

 

「ああ」

 

 忍に見送られ、窓から外へ出る恭也。

 後ろで忍が寝る準備を始めていた。

 既に眠っている事にするつもりだろう。

 

(迷惑ばかりかける……)

 

 忍に感謝しながら、恭也は庭先でリンディと合流し、現場へと向かう。

 

 だがその時、屋敷から視線が1つあったのには気付かなかった。

 いや、気付いていながら間違えたのだ。

 その視線は少し特殊なものであったから。  

 

 

 

 

 

 繁華街

 

 深夜の繁華街。

 更にその場所は繁華街の中でも、夜に賑わう所。

 所謂お休みだのご休憩だのができる建物が数多く建ち並ぶ場所だ。

 

(前も危なかったが、今回はそのままか)

 

(ええ……発動は外に出てからにして欲しいものです)

 

 保護者たる恭也とリンディはその場所を問題視していた。

 何せ現在ジュエルシードの持ち手はその建物の中に居る。

 

(場合によっては……)

 

(はい)

 

 こんな場所で発動され、あの少女達が解決に来るのは流石に拙いと、2人は戦闘体勢をとった。

 

 尚、あの少女達の事が第一であるが、ついでに言うと、中に居ると言う事は相手たるもう1人の人間が居るという事になる。

 故に、中で発動されると言う事は、ジュエルシードの持ち手以外に被害を出す事に成り得る。

 更にはその2人が密着した状態である可能性が高い為、発動後では救助は間に合うまい。

 

 と、後半部分を頭の隅で考えていると対象の移動が確認された。

 

(む)

 

(あら)

 

 出てきてその姿を確認すると、女子高生程度の少女だった。

 一緒に出てきた相手は……メガネを掛けた若い男性。

 まあ、2人の年齢素性などはこの際無視するとして、更にその後、都合よく2人は分かれて移動した。

 

(この繁華街を出てくれれば良いのですが……)

 

(そうですね)

 

 それから更に数分後。

 一応そちらの方の街からは抜け出し、普通の夜の街へと出る。

 2人はこれで一安心、と思ったその時だ。

 対象の少女は携帯電話を取り出し、ディスプレイを見て溜息を吐いた。

 その瞬間。

 

 キィィン 

 

 ジュエルシードが発動した。

 

(リンディさん)

 

(了解)

 

 キィィィィンッ!

 

 周囲に一般人が多い為、条件付き視覚補正の結界を展開するリンディ。

 それと同時に恭也は対象の少女と距離を詰めた。

 何かあったら即座に行動できる様に。

 

 が、その必要は無く、すぐに来る。

 金と赤橙の影が。

 

(フェイトさんの方が先です)

 

(まあ、距離的な問題でしょう)

 

 ここは高町家からはやや距離がある。

 家から来るなのはが先に到着するには酷な距離だ。

 

 ヴォンッ

 

 接近と同時に対象を視認、更にはそのまま己の射程まで距離を詰め即座に結界を展開する。

 

(割り込みます)

 

(了解)

 

 その展開に割り込むリンディ。

 まるで最初からそう設定されて展開されて様に、フェイト達が展開した世界に立つ恭也達。

 

(シンクロ開始)

 

(戦闘体勢へ移行)

 

 同時にステルスを展開しつつ完全に戦闘体勢へと移行する2人。

 位置としては、フェイトとジュエルシードの持ち手が戦うのを横から眺めている。

 

 ォウンッ!

 

 フェイト達の結界展開と同時に、ジュエルシードが想いをカタチにした。

 それは、女の背後に伸びる影が2つに割れ、更に浮き上がりカタチとなる事で。

 しかも、その影は想いの主たる少女に襲い掛かろうとしていた。

 

「……」

「……」

 

 更に、防衛プログラムも展開された。

 だが、今までとは違いそれらは雄叫びを上げることなく。

 しかも、数はたったの2体だ。

 

(む……)

 

 ソレを見た恭也は棍を構えた。

 

 一見フェイト達の実力を考えればどうと言う事のない相手だ。

 ジュエルシードがカタチにした想いとて、いまだ具現しきっていない。

 それ故に未知数であるが、定まっていない為にフェイトのすばやい攻撃には対処できないだろう。

 そもそもジュエルシードがカタチにするのはその人の強い想いでしかないのだから、必ずしも戦闘向きではない。

 

 だがしかしだ。

 その為にジュエルシードには防衛機構が備わっている筈だ。

 それなのに出てきた数はたったの2体。

 近頃の大放出を考えれば明らかに異常と言える。

 

 恐らく、フェイト達とて怪しいとは考えているだろう。

 しかし、それでもフェイトは速度を緩めること無く一気に距離を詰める。

 

(良いところでもあるのだが……

 やはり、少し修正した方が良いだろうな)

 

 フェイトの速攻は有効であると同時に危険を孕んでいる。

 フェイトは少々己のスピードに頼りすぎな部分があり、その危険性をちゃんと認識していない。

 その原因はこれまでの訓練にも原因があるのだろう。

 そして―――

 

(彼女はソレを自分の手で修正する事ができないのだな)

 

 紅い髪の女性。

 彼女がフェイト鍛えたのは間違いないのだが、今直接それが出来ない事が推察される。

 

(ならば、その為にも俺という存在は―――)

 

 恐らく彼女の計画は当初から大きくずれている。

 それはアリサの存在に始まり、恭也の存在もそうである。

 だが、それにより出来る事の幅は広く、深くなっているだろう。

 

 そう考えている間にも戦局は動く。

 

「チェーンバインド!」

 

 ジャリィィィンッ!

 

 アルフが接近しながらチェーンバインドを放つ。

 放たれた鎖はジュエルシードの持ち手である少女が具現した影を拘束した。

 出ているチェーンは2本。

 防衛機構は無視し、カタチとなった想いだけに集中する。

 

 これがフェイトが速攻をかける―――いや、掛けることができる理由の1つ。

 優秀な使い魔の存在。

 フェイトの意図をよく汲み取り、最善の行動をとっている。

 

「え?」

 

 この段階でやっとジュエルシードの持ち手である少女は異変に気付く。

 だがその時にもはもう、すぐ目の前にフェイトが迫っていた。

 

「はぁっ!」 

 

 ヒュンッ!

   ザシュンッ!

 

 少女が何が起きているかを自覚するより早く、フェイトは既にサイズフォームとなっているデバイスを振るう。

 切り裂いたのは少女が手に持っていた鞄。

 そして、光の鎌の刃に斬れぬものとして押し出てくるのは漆黒の宝石。

 

「バルディッシュ!」

 

『Sealing Form

 Set up』  

 

 ガキンッ!

 

「封印!」

 

 ズダァァァンッ!!

 

 ジュエルシードを持ち手から離し、露出させて即座にデバイスを変形、封印。

 その手際は美しいと言えるくらいのものだ。

 

「ギャオオオンッ!」

 

 封印の為、動きが止まったフェイトのその背に迫るのは防衛機構。

 たった2体とはいえ、封印中のフェイトを倒すには十分過ぎる戦力だ。

  

 だが、

 

 ズダンッ!

  ドゴッ!

 

「はい、邪魔しない」

 

 上空から踏みつける、叩き潰す様にアルフがそれらを止める。

 その手で消えかけたカタチとなった想いを縛りつつだ。

 更に、完全に地上におりて既に消えかけている2体のジュエルシードを踏みつけて抑える。

 

(やはり……)

 

「ん?」

 

 ソレを見て恭也も、そして本人たるアルフも気付いただろう。

 既にアルフは2体の防衛機構に対して一撃を入れている。

 今までの防衛機構を消し去ってきたのとほぼ同じ威力の一撃だ。

 

 しかし、現在アルフは倒した防衛機構を更に踏みつけて押さえる事でフェイトの邪魔をさせまいとしている。

 

 つまり、アルフの一撃で防衛機構はまだ消えていないのだ。

 消えかけてはいるが、まだそこに存在し、動きもある。

 

 更に、

 

(ふむ……)

 

 見下ろす恭也の目に映るものがあった。

 それは封印を実行中のフェイトも、立ち位置の関係でアルフにも見えないもの。

 新たに出現する防衛機構の姿。

 それが、フェイトに迫ろうとしていた。

 

(……自覚してもらう良い機会にはなるが。

 しかし、封印を中断させる訳にはいかない)

 

 ドクンッ

 

 神速の領域に入る恭也。

 周囲は色を失い白黒の世界に変わる。

 全ての動きはスローモーションとなり、空気は重く圧し掛かる。

 

 タンッ!

 

 その中で、恭也は音を起こす事無く空を蹴る。

 その場に黒の魔力の残滓を残して。

 例えそこに視線があってもその姿が映る事のない高速をもって。

 

 バッ

 

 そうして恭也は新たに出現した防衛機構の背後に降り立ち、後ろから掴んで裏路地へと引き込む。

 ここがまだ繁華街であることが幸いした。

 

 グシャッ

 

 その中で、恭也は防衛機構の首を捻り潰す。

 役目を全うする事も、フェイト達に気付かれる事すらなく、偽りの世界の影で闇へと還るジュエルシード防衛機構。

 

(ふう……)

 

 影で動く事に成功した恭也。

 解けてしまったステルスを掛けなおし、表へと目を向ける。

 

『Captured』

 

 そこでは既に封印は完了し、ジュエルシードは『][』のナンバーを示しながらバルディッシュの中へと格納される。

 アルフが押さえていた防衛機構も、その段階では既に消滅していた。

 

「ふ〜、終わった終わった。

 うん、外傷無し、記憶補完も終わったよ」

 

 アルフが気絶して倒れていたジュエルシードの持ち手だった少女を安全な場所へと移動させる。

 

「そう」

 

 それに対し、フェイトは表情を変えずただそう素っ気無く言うだけだった。

 だが、その瞳には安堵の心があった。

 

(ああ、そうだな。

 やはり―――)

 

 恭也は想う。

 フェイトの速攻は確かにフェイト自身の特性あっての事だ。

 だが、そうさせるのは彼女がなのはと同じ様に―――

 

(だからなんだろう)

 

 同時に想う。

 あの紅き魔導師の事を。

 

 きっと、恭也はフェイトを―――

 そして、恭也と彼女は―――

 

 

「アルフ、彼、居る?」

 

「う〜ん……私が探す限りじゃいないねぇ。

 居るとしたらこの結界に侵入してる事になるんだけど……いや、それくらいの能力を持ってる事は実証済み。

 でもやっぱり解らないよ」

 

「そう……」

 

 表ではフェイト達が恭也の事を、仮面の魔導師の事を探している様だ。

 

(ふむ、ステルスは上手くいっているな)

 

 見つかっていない事に安堵する恭也。

 実はステルスの魔法は既に恭也がほとんど行っている。

 飛行魔法であるヘルズライダーも恭也が負担する割合が大きくなってきている。

 

 あまり時間はないが、それでも魔法の鍛錬を積んでいるのだ。

 

「仕方ないね。

 とりあえず出よう」

 

「了解」

 

 パリィィンッ! 

 

 結界が解かれる。

 それと同時に即座にその場から離れるフェイトとアルフ。

 

 空を見上げればなのは達が居るのが見える。

 悔しげなアリサと久遠。

 悲しげななのは……

 

(すまんな、なのは……まだ、早いんだ)

 

 それはちゃんと理由があることだ。

 そうしなければいけない理由が。

 だがしかし、今なのはが悲しげな瞳をしているのはどういう理由があっても恭也が原因である。

 

 恭也は1度だけ、そう自分に言い聞かせるように想い、その場から撤退した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月村邸

 

 帰還した恭也は忍の部屋の窓の下へと降り立った。

 だが、そこには―――

 

「お帰りなさいませ、恭也様」

 

「……ファリン。

 もう眠っていると思ったが」

 

 ファリンが待っていた。

 普段通りの対応である様でいて、しかし感情を抑えているのが解る。

 

「私はまだ未熟ですので、作業が予定通りに進まず、遅くまで起きておりました。

 恭也様はどちらへ?

 どうやら、私とすずかお嬢様にだけ内緒の様ですが」

 

 恭也が出るのを見て全て気付いたのだろう。

 いかにノエルと忍で秘密を守っても、流石に屋敷の管理も仕事であるファリンに秘密で通し続けられない。

 今まで多少怪訝に思っている部分はあったのだろう。

 それは解っていたが、こういうバレ方をするのは少し予定外だった。

 

 出る時感じた視線をノエルのものと間違えるなど。

 

 おそらく、ファリンは恭也の行動がなのはの悩みに繋がっており、更にそれがすずかの悩みになっている事も推測している。

 そして、それは正しい。

 

「ああ、まだお前には秘密だった。

 すずかに伝わり、それがなのはに伝わるのは拙かったからな」

 

 もうバレてしまったのならこれ以上変に隠す必要もないと、正直に述べる恭也。

 

「なのは様はずいぶんお悩みの様ですが?」

 

 何故そんな事をするのか、ファリンには解らないのだろう。

 解らないから、少し苛立っている。

 更にはそんな感情を抱く自分に戸惑っているのもあると見える。

 そんな複雑な目をした問かけだった。

 

 ならば、と恭也は応えた。

 

「ファリン、悩む事は良い事だ。

 『悩める』と言う事は、つまり今ある答えよりもより良いものが導き出せるかもしれないからだ。

 だから、なのは達には悩んでもらう事になる」

 

「それで、今苦しんでいてもですか?」

 

「ああ。

 苦しみなら無い方が良いだろう。

 それに結果が全てとも言わない。

 だが、過程をもって導かれた答えが幸せに繋がるなら、今は耐えなくてはならない」

 

 そう、耐える。

 なのは達も、そして恭也もまた―――

 

「……私にはまだ理解しきれない事です」

 

「そうか。

 なら今は暫し悩むといい。

 いずれ答えが出る時まで」

 

「はい」

 

 納得はしていないだろう。

 だがある程度は理解し、ファリンはその場は下がった。

 自分もまた悩み、この先に答えを見つける為に、今は―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌昼前 居間

 

「ノエルさん、お昼になのはちゃんに会いに行くから翠屋まで車をお願いします」

 

「かしこまりました」

 

「あ、翠屋行くの?

 じゃあお土産よろしく〜」

 

 昨日出撃したのもあり、朝すぐには月村邸を出ずに少し休んでいると、そんな会話が聞こえた。

 ちょっとした情報としてただ聞いているだけの恭也だったが。

 

「あ、恭也さんご一緒にいかがですか?」

 

 すずかが恭也に話を振ってきた。

 少しだけ緊張した様子で。

 

「あらすずか、内縁の妻が目の前に居るのにデートのお誘い?」

 

「ち、違うよ〜」

 

 更に忍がそんな風にからかうから顔を真っ赤にして慌てる。

 

「翠屋まで出るというならそこまでは付き合おう」

 

 少し考えた恭也は移動手段として申し出を受ける。

 すずかの意図を知りながら。

 しかし、ただそれだけの為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数十分後 翠屋前

 

「ついたのです」

 

「ありがとう、ファリン」

 

 翠屋のすぐ傍に止められた車から降りる私服のファリン。 

 そして後部座席の扉を開け、すずかが降りるのを先導する。

 私服であるが、それでも侍女としての仕事はこなすファリン。

 

「恭也様」

 

「ああ」

 

 ファリンが助手席に乗っていた為、すずかと一緒に後部座席に乗っていた恭也はその後に降りる。

 ノエルにはよくしてもらっている事であるが、ファリンが相手では少し不思議な気もする恭也だった。

 

「ではすずかお嬢様、後ほど。

 恭也様、またのお越しをお待ちしております」

 

「ああ」

 

「はい、お迎えもお願いします」

 

「はい。

 では」

 

 一応一般車道上に止めているだけなので、ノエルはすぐに車を出す。

 ファリンは乗せない。

 今日はすずかに付き添う事になっているのだ。

 

「外での実地テストも兼ねてって言ったけど。

 お姉ちゃんが一緒じゃなくてもいいのかな?」

 

「まあ、既に完成されている子だ、心配はないだろう」

 

 実はファリンは今回初めて月村邸の圏内から出たのだ。

 なのはとすずかが外で遊ぶという事で、丁度良いと付き添わせ、テストをする事になった。

 尚、今までまともに外に出る事がなかったので、ファリンは私服を着るのも初めてだったりする。

 因みに今日はワンピースタイプの洋服姿だ。

 

「データであるのとは違いますね〜

 ワクワクします〜って、わぁ〜」

 

 楽しげなファリン。

 が、やはり数歩歩いた先で、何も躓く物がないのにも関わらず転倒しそうになる。

 

 バッ!

 

 しかし、それはもう慣れたもの。

 すずかと恭也は即座に反応し、なんとか支えて事なきを得た。

 

「すみません〜」

 

 まだまだバランサーの調整は上手くいっていない様だ。

 転ぶのはもう癖になってしまっている。

 

「本当に大丈夫でしょうか?」

 

「まあ……たぶん」

 

 若干心配そうなすずか。

 同様に恭也も断定を止めるのだった。

 

 因みにだが、すずかは夜の一族である為、この年齢をしてとても反射神経が高い。

 今助けに入れた様に、何かあってもすずかが居れば大丈夫だろうと忍は考えているのかもしれない。

 

 

 とりあえず目の前の翠屋に入る3人。

 なのはとの待ち合わせの場所であり、今日はここでお茶をするらしい。

 

「いらっしゃいませ〜。

 って、あら恭也」

 

「ああ」

 

 出迎えはフィアッセだった。

 フィアッセは恭也だと解ると、フロアチーフとしての声からすぐに普段のものへと戻る。

 

「それと、あらすずかちゃん」

 

「こんにちは、フィアッセさん」

 

 どうやらフィアッセはすずかの事を知っているらしい。

 なのはの友達で、何度かここでも会っているとの事だからそれも当然。

 実はこの春まですずかと面識がなかったのは高町家では恭也1人だけだったりした。

 尚、すずかが忍の家で暮らし始めた事ももう知っているらしい。

 

 まあそれは恭也は家に居ない事が多く、またすずかが高町家を訪れることは少なかった為だ。

 それに翠屋では恭也は主に内部スタッフなので、店にすずかが来ても解らない事などが原因として挙げられる。

 

「あら? そちらは?」

 

 と、そこでフィアッセはファリンに気付く。

 

「はじめまして。

 ノエルの妹でファリン・K・エーアリヒカイトと申します」

 

「私の専属のメイドなんです」

 

「はい。

 至らない点が多々ありますが、どうぞよろしくお願いします」

 

「あら、ノエルの?

 はじめまして、フィアッセ・クリステラです」

 

 その後、桃子も少し顔を出して挨拶をするファリンとすずか。

 

 今日の目的である外での実地テスト。

 それはこうした他者とのコミュニケーションも含まれており、更には場所が翠屋という事もあり、紹介の意味もある。

 こういう場合、ノエルと忍も一緒の方が本当は良いのだろうが、2人はあえてファリンとすずかだけに任せた。

 信頼しているのもあるし、今後の事も考えて2人だけでも大丈夫な様にだ。

 最初の相手が高町家の母桃子と長女的存在フィアッセなら良い練習になるだろう。

 

「で、恭也は忍さんのところだったのね?

 今日は付き添い?」

 

「いや、俺はここまで付き合っただけだ。

 すぐに出る」

 

 一緒に来た恭也に対し問う桃子。

 それに対し、恭也は即答した。

 

「え? 行っちゃうんですか?」

 

 それにすずかが少し悲しそうに尋ねる。

 居て欲しいと、目で訴えているのが解る。

 

 それは、なのはの為だろう。

 なのはが悩んでいるから、その為に。

 しかし、すずかはなのはの悩みの正確なところと、その解決方法を解っている訳ではない。

 だがそれでも恭也がキーになりえる事を感づいているのかもしれない。

 

 見ればファリンが複雑そうな顔をしている。

 恭也が何かを握っていると知っているファリンが。

 自分が今どうすべきかを悩んで。

 

「なのはには良い友達がいる。

 ならば、俺は必要ないさ」

 

「恭也さん……」

 

「……」

 

 恭也の応えにまた複雑そうな顔をする2人。

 すずかは恭也が自分はなのはに隠し事をしている事を知っての言葉として。

 ファリンはやはり自分のすべき事に迷って。

 

 

 そんな2人を置いて、恭也は席を立つ。

 なのはが着てしまう時間が近い。

 これ以上はここに居れないのだ。

 

 だが席を立ち、店を出ようとした時の事だ。

 

『恭也さん』

 

 リンディから通信が入った。

 店の外にいるリンディから。

 

(む……)

 

 言われ、店の外に出てそのすぐ脇。

 店先で展示されている商品を選んでいる女性の姿が目に入った。

 

「どれにしようかね〜」

 

 赤橙色の髪を靡かせる16〜20くらいの女性。

 ラフな格好をした美人と称して差し支えない人だ。

 

 だが、一見人間にしか見えぬその女性。

 その正体は―――

 

「何か、お探しですか?」

 

「ん?」

 

 恭也は近づいて話しかけた。

 本来ならありえぬほど友好的に。

 

「失礼。

 私はこの店の内部スタッフでして。

 この店の商品でお悩みでしたらご相談に乗ります」

 

「あ〜、そうなの」

 

 事実としてそうなので、差し支えの無い名乗り。

 それに対して女性は警戒を少し解いた。

 

「いや〜、あんまりこういうの買わないんだけどね。

 アッサリした甘さというか、甘過ぎないやつがいいんだけど」

 

「それでしたらこちらのチーズケーキやフルーツタルトなどが―――」

 

「なるほど、じゃあ―――」

 

 商品の解説をする恭也。

 

『……』

 

 その間、何か言いたげな気配が念として伝わってくる。

 が、それはとりあえず置いておく。

 

「じゃあ、これとこれとこれを頼むよ」

 

「かしこまりました」

 

 女性は最終的に10個ほどのケーキを選んだ。

 恭也はそれを店員に伝える。

 当然だが支払いは女性。

 ポケットからやや無造作に取り出した現金で支払っていた。

 

「ん? そう言えばアンタも買ったのか?」

 

「ええ、元々その予定でしたので」

 

 ケーキを受け取って店からやや離れる。

 そこで女性は恭也もケーキのボックスを持っている事に気付いた。

 女性の注文を伝える時に一緒に頼んだものだ。

 

「そうかい。

 じゃ、助かったよ」

 

「いえ、またの来店をお待ちしております」

 

 業務的な言葉であるが、しかしそれと感じない言葉で別れる。

 そして、互いに背を向けて移動する。

 互いに行くべき場所へ。

 

「うん、これならフェイトも喜ぶかな」

 

 後ろからそんな呟きが聞こえた。

 それを聞いて恭也は心の中で笑みを浮かべる。

 

 それから赤橙色の髪を靡かせて去る女性を背に、恭也も移動する。

 その時、よく知る気配が1つ近づいていたのは解っていた。

 声を掛けられたのも。

 だが恭也は振り返らない。

 赤橙色の女性もその存在には気づかなかっただろう。

 

 

 それでいい。

 全てすれ違いで。

 

 今はまだ―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後 隠れ家

 

 相変わらず管理人不在の隠れ家。

 恭也達はまたここに来ていた。

 

「リンディさん、どうぞ」

 

「すみません」

 

 本来の姿に戻り、すまなそうな顔をするリンディ。

 しかし、その目は輝いていた。

 

 目の前に広げられるケーキを映して。

 

「紅茶をいれますね」

 

「はい」

 

 先程ケーキの解説をしている時、リンディも食べたそうにしていたのだ。

 それは遠く離れていても、恭也とリンディが繋がっているからどうしても伝わってしまったのだ。

 本来は恭也がケーキを買うなど、どこかに持って行く以外では在り得ずあまりこういうことはできないのだ。

 しかし、リンディはただでさえ不自由な生活をしている。

 有事であるから我慢しているが、それにも限界があろう。

 あの子達の為とはいえ、大の甘党であるリンディにケーキの話など聞かせる事になったのだから尚更だ。

 

 そんな事もあり、休める時には安らげば良いと判断し、恭也はケーキを購入したのだった。

 

「ああ……幸せです」

 

 一口一口、本当に幸せそうに食べるリンディ。

 考えてみれば、リンディはもう2週間以上もこの手の食べ物を絶っていた。

 有事であるし、彼女もいろいろな覚悟を背負っている。

 しかし、風呂の問題もそうだったが、周囲に普通に存在していたものだった。

 それを目の前にありながら手を出せない。

 

 リンディが大の甘党である事は記憶を共有した時に情報として得ていた。

 そうでありながら、恭也は今までこの事に関してなにもしてあげられていなかった。

 余計なストレスを与えてしまっていただろう。

 

「まあ、ゆっくり食べてください」

 

「すみません本当に、こんな時に」

 

「いえ、時間はあるのですから」

 

 裏で全て幸せな結末の為に動く。

 その為に自分達は存在していると、そう覚悟して戦っているそんな時、好物の為に時間を割く。

 何とも情けないことだと思いつつ、しかし手は止まらない。

 

 恭也はそんなリンディを見て少し解り辛いが、笑みを浮かべている。

 そんなリンディを良しとしてだ。

 甘いものが苦手で、一緒には食べないが、それでも良いと。

 それが解るリンディは、せめて何か別のことで恭也にも安らいでもらいたいと考える。

 

 と、そこで今目の話題が1つあると思い出した。

 

「それにしても本当に美味しいです。

 私、甘いものが好きでよく口にしますが、これは今まで食べた中でも相当のものです」

 

 翠屋のケーキ。

 恭也の母の作品。

 それは芸術と言えるとリンディは思った。

 2週間を超える時間を置いて食べたものであることを差し引いても、これはすばらしいものだと解る。

 

「ありがとうございます。

 自慢の母の作品ですから、喜んで貰えてうれしいですよ」

 

 過去に試作の食べすぎで甘いものが苦手になったりはしたが、それでも母の作るものは好きだ。

 そして、大切な母の作るものが他者に認められる事はうれしい事であった。

 

 そう、恭也にとってただ1人の母親、桃子の事なのだから。

 

「自慢の母、ですか……

 そこなのでしょうね、私達と恭也さんやなのはさんとの違いは」

 

 言葉にするべきことではないかったかもしれない。

 しかし、それでもリンディは思わずにはいられなかった。

 

 前々から何度か言っている。

 恭也と彼女が似ていること。

 更に考えていた、リンディのハラオウン家と恭也の高町家は似ている、と。

 

 対比するなら、恭也と彼女、なのはとアリサ、それから美由希とクロノだ。

 年齢順と性別もあるが、恭也と美由希は彼女とクロノに似ているとリンディは思っている。

 それに末妹のアリサとなのは、この2人は似ていない様で実はよく似ている。

 

 本当に似ているのだ、色々なところが。

 それは境遇や立場、性格などを含む本当にさまざまな箇所。

 

 唯一つ決定的な違いを除いては。

 それは―――

 

「私はきっと、桃子さんの様になりたくて、しかし何もできなかった」

 

「リンディさん……」

 

 リンディの言いたい事は恭也にも解る。

 恭也も思っていたことだ。

 きっとアリサはなのはと似ている。

 高町家でも起こりえた事の先に居るなのはであると。

 それは彼女や、まだ恭也は詳しく知らないがクロノにも言える事。

 その違いの答え、それは―――

 

 母親の―――家で帰りを待っていてくれる人の存在だ。

 

 ハラオウン家は今となっては巡航艦アースラが家となっている。

 帰るべき場所が戦いの場とほとんど同じなのだ。

 だが艦が家だという事で出る弊害、艦内では仕事の時である事が常といっていいので、家族としてのコミュニケーションあまりとれない。

 あくまで仕事上の立場で話をしなければならない事が多いのだ。

 それは、一見そういう事には甘いハラオウン家でも同じ事。

 いや、普段は甘いのだが、締めるべきところはきっちり締めるているからこそ、その落差が大きくなるのだ。

 

 その事が完全に悪い事とは言わない。

 だが、それによる影響は大きいだろう。

 

「私は、高町で言うならば、そう……

 本人には大変失礼ですが、きっと私はその力で復讐の道を選んでしまったフィアッセさんです。

 歌で人を癒す事を選ばず、人を護れる筈の力を戦う為に使ってしまった。

 そんな存在です」

 

 フィアッセはHGS能力者であり、確かに戦う事も可能だったかもしれない。

 それに復讐の道に走る理由もある。

 それは恭也の父高町 士郎の死。

 

 その条件はリンディに対するクライド・ハラオウンの死と近い。

 

 だが、と恭也は想う。

 

「それは違うでしょう。

 貴方はあの子達を護っている。

 もし高町とハラオウンで違いがあるならば、それはリンディさんが1人に対しこちらは母桃子とフィアッセの2人が居た事です。

 数の問題で済まされる事ではないでしょうが、しかし貴方1人では3人を支えきる事ができなかった。

 あなた自身にとってもクライド・ハラオウンの存在は大きかったのですから、貴方を支える人も必要だった事を考えれば当然の事です。

 それで下の子達は貴方を支える為にも戦いの側へと傾いた。

 それだけですよ。

 それに言わせて貰うなら、それでも歪まずに居るのは貴方が居たからだと想います」

 

 父士郎が死んだ時、母桃子もフィアッセも悲しみ、苦しんだ。

 しかし、周囲の助けもあって乗り越えることができ、今の高町家がある。

 それがリンディ達には少し足りなかったのだろう。

 ただそれだけの不運だ。

 決してリンディが弱かった訳ではない、誰が悪かった訳でもない、単なる環境の違いだ。

 

「ありがとうございます、恭也さん。

 でも歪んでいない、という事はないのですよ。

 十分歪んでしまっている子がいる。

 実際、あの子は今回も―――」

 

「……そうですね」

 

 父の死の報せによって最も『戦い』の側へと傾いてしまった者。

 それは恭也と対をなす存在でもある彼女。

 

「だが、その歪みとは―――」

 

「ええ、でもそれでも歪みですよ。

 あの子を帰りを待つ私達にとっては。

 それにフェイトさんの戦いの癖を直せていない。

 つまり、あの子が直接フェイトさんを見てあげられていない事を考えると、あの子はまた……」

 

 それは前々から少し思った事で、先日確定した事だ。

 彼女は何故かフェイトを直接指導していない。

 もしくはできない状況にある。

 

 それは一体どういうことなのか。

 

「そうですね……現状では判断しかねます。

 しかしリンディさん。

 彼女が歪んでいるというなら、俺も十分歪んでいますよ」

 

 そう、恭也は想う。

 大して変わらないと。

 境遇としては自分の方が恵まれているだろうが、それでも彼女のやろうとしている事は―――

 

「貴方はまだ……」

 

 言いかけて、リンディは止める。

 そう、大差は無い。

 今自分達、恭也とリンディでやっている事を考えれば。

 

 そうだ。

 リンディが協力を願い、恭也にやらせてしまっている事を考えれば。

 

「リンディ。

 俺は自分の意思でやっています」

 

「……はい」

 

 リンディが何を想っているかを察した恭也は、告げる。

 これはリンディの要請がなくともやっていた事だと。

 同じ事ではなくとも、同じ様な事になっていただろうと。

 

「さ、まだケーキもありますから」

 

 少し暗い話になっていたのを止め、ケーキを勧める恭也。

 今は休むべき時なのだから。

 

「はい……」

 

 リンディも気持ちを切り替える。

 それは今考えるべきことではないとして。

 しかし、切り替えた後でもう1度想うことがあった。

 

「そういえば、あの子達はこう言うものを食べているのかしら?」

 

 アリサはなのはから貰っているかもしれない。

 だが彼女はどうだろうか。

 今日、フェイトにはアルフから届く筈であるが、あの子は。

 一緒に食べるという事はないだろう。

 今の彼女のやっている事を考えれば。

 

 どちらにしろ彼女は1人だ。

 今日もまた。

 それにアリサとも離れている。

 

 だからリンディは想う。

 いつか、そうこの事件が全て終わったらその時は―――家族全員でケーキを食べよう、と。

 クロノも呼んで、家族で。

 平和な一時を。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃 某所

 

 通常とは違う空間にある城の様な場所。

 その中の実験室にも似た空間。

 

「まさか封があんなに簡単に……」

 

 紅い髪の少女が1人呟く。

 考えるのは少し前に起きた出来事だ。

 

「そんな重いキーワードでも無い筈なのに」

 

 少女が手に持っているのはケーキ。

 傍には『翠屋』と銘の入ったボックスがある。

 

「掛け直し……無理だわ……

 仕方ないわ、他で手を……」

 

 考え事をする為、糖分が必要だろう。

 そう考えて手に持っていたケーキを食べる少女。

 

「……美味しいわね。

 でも買いすぎだわ」

 

 ボックスに残っている9個のケーキを見て溜息を吐く。

 とても1人で食べられる量ではない。

 

「姉さんなら余裕でしょうけど……

 あの細いウエストの何処に入るのやら……

 まあ、今はそんな事どうでもいいわ」

 

 くだらない事だと今の思考を忘れ、改めて思案に入る。

 先程の事から今後の事を。

 過去から未来へ繋ぐ道を探して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜

 

 恭也は夜いつも鍛錬で使う山にいた。

 今日は少し美由希の相手をする事になっている。

 因みに、隠れ家から移動してきた。

 昼から夜に掛けて休んだのと夕食を摂ったからだ。

 

 更に余談だが、10個あったケーキは全てリンディ1人で食べてしまった。

 

(一体あの細いウエストの何処に?)

 

 などと思う恭也。

 

(いつもあんなに食べる訳ではないですよ?)

 

 弁解するリンディ。

 そこで恭也は得ているリンディの記憶を遡ってみる。

 あまりやらなかった事ではあるが……

 

(虚言だと判明しました)

 

(た、たまにですよ?)

 

 ケーキバイキングなどに行けばそれくらい食べる事は、まああることだ。

 恭也には信じられない事だが。

 

 そんなやり取りを内でしていると、近づいてくる気配があった。

 

(ふむ。

 まだ接近の仕方が甘いな)

 

 一応既に鍛錬は始まっているので、接近の仕方も見ている。

 これでは一般人が相手なら兎も角、ある程度訓練された人間には不意打ちにならないだろう。

 

(そうでしょうか……)

 

 だが恭也がそう判断するのに対し、リンディは十分ではないかと考えていた。

 何せ彼女は恭也が気付くまで気付けなかったのだから。

 

(まあ、それは世界の違いもあるでしょう)

 

 なにぶん使用されている技術が違う。

 文明的に見てもリンディの世界はこの世界よりも遥か先を行っている。

 だがしかし、だからこそここでしか無い技術もあろう。

 

 いや、嘗て在ったのかもしれないが、永き時のなかで忘却されたのかもしれない。

 文明であれ、生物の種の中であれ、進化というのは適応であり、その為に数多の取捨選択をする事だ。

 

「恭ちゃん」

 

 互いの視界に入った後、美由希の方から声を掛けてきた。

 その呼び方は鍛錬の時のものではない。

 

「何だ?」

 

 言葉で惑わされぬ鍛錬もあるので、互いに警戒は解かない。

 だが基本的に美由希側からそれで仕掛けてくる事はないだろう。

 今の恭也の事を考えれば尚更だ。

 

「赤星さんの事なんだけど。

 最近毎日の様に来てるみたいだよ。

 私が直接見たのは数回だけど」

 

「……そうか」

 

 そう言えば、前にその話を聞いたときから赤星には会っていない。

 時間が無かった訳でもないのだが、それでも暇というほどの時間は無かった。

 それに偶然の遭遇以外では、用事がなければ連絡もとろうとは思わないのだ。

 

「なのはがね、今朝会ったみたい。

 やっぱり様子がおかしいって。

 後ね、竹刀袋を持ってたみたいだよ」

 

「……竹刀袋?」

 

 道場の帰りだろうか。

 いや、例えそうでも竹刀を持ち歩く理由にはならない。

 基本的に竹刀などの稽古道具は道場に置いてある筈だ。

 それに恭也に用があると高町家に来るのに竹刀を持ってくる筈はない。

 もし打ち合いが望みであっても、その時は大抵高町家の道場にある木刀が用いられる。

 竹刀袋に木刀を入れる事はあるが、そもそも赤星の方で用意してくる事は稀だ。

 

「その竹刀袋なんだけど。

 私も1度見た事あるんだ。

 けどね、なのはじゃ見分けつかないんだろうけど、竹刀じゃないよ、あの中身」

 

 美由希の口調が少し変わる。

 今までも少し心配そうな感じではあったが、それから尚だ。

 

「あの中身は竹刀でも木刀でもない。

 楽観して……模擬刀」

 

 模擬刀、日本刀を模して作られた用具の事で、違いは主に『刃』が無いことであり基本的に飾り物だ。

 赤星は剣道部に所属し、部員勧誘の為の剣舞なども披露していた事があり、実際そういう場でも使われる物だ。

 その時に確認したが、それは赤星本人の持ち物であり所持しているのは確かだ。

 

 しかし、尚更そんなものを持ち歩くのはおかしい。

 それに美由希は言った。

 『楽観して』、だと。

 つまりは―――

 

「そんなに、拙いのか?」

 

「うん……

 最初の頃はそうでもなかったんだけど。

 最近は……」

 

「そうか」

 

(……)

 

 赤星を良く知る美由希をしてそう言うならば、相当なのだろう。

 これはもう暇が無いだの用事が無いだのとは言っていられまい。

 恭也の記憶から赤星を知るリンディも何か思うところがある様だ。

 しかし、口を挟む事はしない。

 

「明日、連絡して直接会う事にする」

 

「うん」

 

 それから先に情報と物品の交換を行う。

 主に家族の様子と弁当などだ。

 その後。

 

「美由希」

 

「……」

 

 互いに真剣を持った。

 恭也が持つのは八景。

 美由希は銘はなくとも父から送られた小太刀二刀。

 刃引きなどしていない、本物の凶器だ。

 

 何故か―――

 信用ある美由希となのはの証言ではあっても、話に聞いただけでとても信じられない事だ。

 恭也にとってはそれくらい想像もできない事態だ。

 だが真実なのだろうと考え、その時の為に必要として2人は真剣を持つ。

 

 その後、暫く夜の山に音が響いた。

 剣戟の音が。

 深く、激しく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝

 

 昨晩少し打ち合い、十分に休んだ後。

 恭也は携帯電話を持っていた。

 かける相手は赤星 勇吾。

 恭也に用があるとしながら、高町家の周囲に出没する男。

 

 だが……

 

「……赤星」

 

 電話には出なかった。

 いや、相手の携帯に繋がらないのだ。

 

 流れるアナウンスの様に、ただ電波が届かない位置にいるのか、電源が入っていないだけかもしれない。

 しかし、昨晩からの不安はより大きくなるだけだ。

 

『すみません。

 少し私用で動きます』

 

『はい。

 でも……いえ、そんな筈は……』

 

 恭也はこれから暫く赤星を探すつもりでリンディにそう告げる。

 リンディはそれを良しとしながら、しかしどこか不安を抱えていた。

 それは恭也も心のどこかで抱いている不安の1つ。

 だが、それならば恭也達が今まで気付かない筈はないとして、否定してきたもの。

 

「兎も角……」

 

 考えていても仕方ないと、恭也は動き出した。

 先ずは高町家の周囲を探索し、その後も心当たりを探して回る。

 

 携帯電話を使う事はもう無い。

 何故か確信的に思うのだ。

 無駄であると。

 

 

 

 

 

 探索は夕刻まで行われた。

 しかし、発見には至らなかった。

 

「何処に……」

 

 もう心当たりは全て探した。

 頭で考えるて出る答えは全て。

 

 そう、頭で考えて移動した場所は、だ。

 

「……」

 

 そこで恭也はふと思い、ある場所に足を向けた。

 

 

 

 

 

 藤見台

 

 士郎達が眠る藤見台墓地から少し上がった場所。

 そこには少し開けた草原がある。

 ただそれだけの場所であり、訪れる人など無いに等しい場所だ。

 

 だが、この場所は海鳴と風芽丘を見渡せる場所であり、この丘の頂上でもある場所だ。

 その場所に―――

 

「赤星……」

 

「来てくれたか、高町―――いや、今は不破と呼んだ方がいいのだったな」

 

 この場所は恭也と赤星には何も縁がない。

 それ故に心当たりではないとして調べなかった。

 

 時既に夕刻。

 日は沈み行き、世界は紅く染まる。

 そして、この草原も火の様に、また血の様に紅く煌く。

 

 トクン

 

 そこに響くのは鼓動。

 恭也と赤星の命の音であり―――同時に発せられたジュエルシードの初期起動音。

 

「戦ってくれ、不破 恭也」

 

 赤星が抜くのはただの模擬刀。

 そう、今はまだ殺傷能力など無い筈の模擬刀。

 だが―――

 

 キィィィィンッ

 

 ジュエルシードが起動する。

 模擬刀に宿り変化させる。

 無い筈の刃が生まれ、芯から生まれ変わる。

 更には刀と一体であるかの様に赤星の身体も―――

 見た目は変わらぬし、内の筋肉や骨にも変わりない上魔力を纏う訳でもない。

 それでも―――

 

「リンディさん」

 

 シュィンッ!

 

 呼びかけに応え、デバイスからリンディが分離した。

 同時に呼びかけの意味を理解し、行動する。

 

「……了解しました」

 

 キィィィィンッ!

 

 展開される結界。

 更に結界を展開したリンディもその場から離れる。

 2人の邪魔にならない場所へ。

 

 そう、そこにジュエルシードがありながら。

 リンディですら封印できるだけの力がまだ回復できていないのに。

 ジュエルシードをこの世界に隔離し、魔力など無いと言っていい恭也と持ち手を2人だけにする。

 

 それは、解っているから―――

 

(繋がってしまった事、私がこの様な判断を下す事……

 少し恨めしいですよ)

 

 赤星と恭也は普通の友人だ。

 あまり深い思い出もなければ、大切な約束をした過去もない。

 

 しかし、それでもここに在る恭也と、赤星は―――

 

 ミシッ!

  ギギギギギッ

 

 赤星の身体と刀。

 更に周囲の空間が歪む。

 赤星と刀には更なる力を。

 この場に防衛機構を形成しようとする。

 それも今までのどの防衛機構よりも濃密な闇を持ったモノだ。

 

 それは今までのジュエルシードとその持ち手を見ていれば、それは当然の流れ。

 しかし、

 

「邪魔をしないでくれ」

 

 ギッ

 

 ただ一言。

 そう、ただ一つの言葉だ。

 赤星が発した言葉。

 ただそれだけで防衛機構は砂になって崩れるように消え、赤星と刀の変化も止まる。

 

『そんな!』

 

 その反応に驚愕するリンディ。

 内心だけに留めずに、思わずこの場にいる者に聞かせてしまうくらいに。

 

 だがそれも当然だ。

 今赤星は何をしただろうか。

 今まで、全て―――そう恭也ですらそうだった様に、ジュエルシードの制御などできる筈はないのだ。

 だからこそ、この魔法の種たるジュエルシードは堕落の一途を辿ったのだと考えられているのだから。

 

 ならば今、赤星がジュエルシードを制したのは何なのか。

 考えてみれば外部からであるが、なのは達もジュエルシードがカタチにした想いを消し去り、浄化封印することができている。

 それはジュエルシードの力というのも完璧ではないという証明だ。

 そして恭也は嘗て、ジュエルシードの力に己の力で打ち勝った。

 それはジュエルシードが如何にその人の強い想いをカタチにしても、その人自身が越える事ができる可能性を示している。

 

 恭也の時はジュエルシードが持ち手から離れて強い想いを具現した。

 だからあの様に具現したモノを倒すという形になった。

 それが本人に憑き、願いを、強い想いをカタチにした時ならばどうなるか―――

 

『しかし!』

 

 そう、だがしかし、もしそれが可能であっとしても、赤星は普通の人間だ。

 極々普通の一般人だ。

 例え剣道の腕が秀でていても、それだけと言えてしまう。

 過去の全てを知るわけではないが、恭也と比べればそれは―――

 

『いえ、リンディ。

 それはきっと、本来そうある筈なのだと想います』

 

 そうだ、強くある必要など無い筈だ。

 自らの想いなのだから、その想いを抑えられない筈はない。

 そうでなければ人間がここまで繁栄する筈はないし、そもそもジュエルシードという存在は―――

 

『ええ……そうですね……』

 

 確かにそれは正しい。

 だがこれまでジュエルシードがそうであった様に、強く想い、秘めているものが具現したら、その時には己を制する事ができるのか。

 

『俺は何も言いません。

 きっと、それを考えるのは俺の役目ではない』

 

 そこで恭也はリンディと繋げている念話を切った。

 そして、八景を戦闘用の差し方に変え。

 更に命令を1つ飛ばす。

 

「フォーリングソウル、全機能一時休眠」

 

Yes Sir

 

 リンディがなくとも意思なきストレージデバイスとしては機能を回復しているフォーリングソウル。

 ストレージデバイスであるから、勝手に動く事など無いが、しかしそれでもと、恭也は機能を止めた。

 それから、八景を抜き、改めて相手向き合った。

 

「赤星 勇吾」

 

「不破 恭也」

 

 相手は赤星 勇吾。

 本来剣道家であるが、しかしジュエルシードを持つ事でどう変わったか。

 

「何故戦う?」

 

 恭也は問う。

 ジュエルシードの持ち手に対して。

 ジュエルシードを持ちながら正気である赤星に。

 

 その応えは―――

 

「解らないからだ」

 

 ダンッ!

 

 言葉と共に正眼に構えた刀を振り上げ、赤星が迫る。

 それは剣道の試合と同じ面打ち。

 

 ズダンッ!

 

 だが元々ある高い腕力にって繰り出され、更には全国大会ベスト16の実力をもったソレに隙は無い。

 そして、真剣を持って放たれれば、既に十分人を両断できるものだった。

 

「解らない、だと?」

 

 ザッ!

 

 直前で大きく跳び、回避した恭也が再度問う。

 一体何がか、と。

 

 そう、恭也は回避した。

 スポーツでの攻撃を。

 それは赤星が剣道家として十分な腕を持ち、その実力は時折木刀で打ち合う事で知っているからだ。

 単純にして真っ直ぐである事と、その腕力をもって放たれたソレは、正面から切り結ぶことはできないと判断して。

 

「俺には解らない。

 お前が何故戦うのか」

 

 恭也の問に赤星は応える。

 そして、もう1度正眼に構えて―――

 

 ダンッ!

 

 放たれるのは正面からの斬撃。

 先の面打ちと同じ様でいて、しかし全くの別物。

 より隙無く、だが確実に人を斬る為の一撃。

 

「っ!」

 

 ガキィンッ!

 

 恭也は、今度受け流しつつ回避した。

 単純に回避できるもではなかった為だ。

 

 回避しながら恭也は想う。

 赤星の言葉、それはおかしいと。

 知っている筈だ、赤星は。

 恭也が何故戦っているかを。

 

「知っている筈なのに解らない」

 

 そこへ赤星の言葉が続く。

 恭也の疑問に応える様に。

 そして、ここからこそが―――

 

「不破 恭也。

 俺は剣道をやっている」

 

 再び赤星は刀を構える。

 正眼に。

 

 それは剣を構える上で最も基本的な構え。

 基本中の基本の構えだ。

 それ故に、正面から対峙すれば相手を真っ直ぐに捉え、己に隙を作ってしまう事を避けられる極意たる構え。

 

「お前に出会って以来、お前の強さが羨ましくて、より一層剣の道に力を注いだ。

 そして、最終的に全国大会ベスト16という結果を残した」

 

 そして3度放つのは剣道でいうならば面打ちに相当する攻撃。

 正面から垂直に振り上げた刀を真下へと振り下ろす。

 基本中の基本の攻撃。

 

 だが、基本故に―――

 

「だが!」

 

 ダンッ!

 

 地を蹴る動きはあくまで人間の動きで、恭也に見えない筈はない。

 しかし、その速度は十二分に速く。

 

「ぐっ!」

 

 ガキィンッ!

 

 恭也は二刀をもって斬撃を受ける。

 だが……

 

 ギギギッ!

   ズダンッ!

 

 地を割る斬の一撃。

 恭也は辛うじて受け流し、後退していた。

 

「だが違う!

 そんなカタチなど俺はどうでもよかった」

 

 赤星は叫ぶ。

 今の一撃をなしたのが嘗ての称号あってこそのものでありながら、否定すらしている。

 いや―――それは当然かもしれない。

 既に赤星の動きは剣道のそれとは違う。

 

 剣道の面打ちだった最初と斬撃と、三撃目の先の斬撃は全く別物だ。

 その違いは、剣道の試合に勝つ為の動きと、真剣での死合に勝つ―――人を斬り殺す動き。

 その差がある。

 そう、全く異質で別物に変わったのだ。

 

「赤星」

 

 恭也は立ち上がる。

 全くの無傷とはいかないが、ダメージらしいダメージはまだ無い。

 

 恭也は今バリアジャケットを着ていない。

 最初から着ていなかったし、フォーリングソウルを停止させた事で出現する事すらない。

 それにリンディも全く手を貸していない。

 

 それなのに、ジュエルシードを持った者の一撃を受けて無傷。

 

 いや、当然なのだ。

 何故なら今までの攻撃は全て赤星自身の力を持って放たれたもの。

 全て過去に打ち合った時とほとんど変わらぬものだ。

 

 変わっているとしたら、それは互いに真剣である事。

 それと―――

 

「恭也、俺はお前に勝てない。

 どうやったって勝てる筈がない。

 だから忘れようともした」

 

 ダンッ!

 

 ジュエルシードが叶えようとし、そして制御された強い想いが迫る。

 4度めの構え、4度目の斬撃。

 

「……」

 

 ヒュッ!

 

 恭也は飛針を放った。

 数は1つ。

 ただし急所を狙った一撃であり、無視する事などできないものだ。

 それと同時に恭也も前に出る。

 今まで防戦一方だったが、それこそ恭也の知る赤星を相手にするならば続けることなどできない事だ。

 

「だけど」

 

 ヒュンッ!

   ガキンッ!

 

 赤星は振り上げた一撃を袈裟懸けに振り下ろし、飛針を叩き落した。

 その隙に恭也は赤星の手を、刀を持つ手を狙う。

 が、

 

「思い出せないんだ!」

 

 グッ

  ヒュッ

 

 言葉と共に赤星が動く。

 振り下ろされた一撃が、筋力でほとんど無理矢理軌道が変えられる。

 袈裟斬りから胴へ、横薙ぎの斬撃へと切り替える。

 

「っ!」

 

 ガッ!!

  ズダンッ!!

 

 小太刀で攻撃を受け、そのまま飛ばされる恭也。

 

(やはり、対応してくるか……)

 

 立ち上がりながら思い出す。

 赤星と嘗て打ち合った時の事を。

 

 主に高町家の道場で、恭也と赤星は打ち合う事があった。

 ルールは互いに木刀、蹴りあり、投げなしというものだ。

 互いの本来やっている道からすれば邪道とすら言え、半ば遊びでもある鍛錬。

 

 その時は互いの道を少し外れるが、互いに楽しむ為にやっていたものだった。

 戦いの技術でありながら、平和な時だからできる事。

 実戦を前提とした殺人剣術と、スポーツとしてある剣道の間でできるほんのひと時の戯れ。

 

 あの頃、互いに互いの道を理解し、尊重していた。

 互いに強くなろうと想っていた。

 互いに道は違えど、想う事は同じであると。

 だが、

 

「思い出せないんだ、恭也。

 俺はこの道を、如何して始めたのかが。

 どうしても思い出せない」

 

 叫ぶ。

 剣道という道を駆け、全国に名を轟かせた者が。

 恭也の行く道を理解し、その上でも剣道の道を行った者が。

 

「在った筈なんだ。

 何かが。

 力を望むなにかが」

 

 嘗て恭也がこの道を選んだ様に、赤星にも何か剣道を始める、剣道をやり抜くと想う切っ掛けがあった筈だ。

 それは恭也の様な大事件ではなかったかもしれない。

 しかしそれでも何か、何か大切な想いがそこに在った事には変わりない。

 

「赤星」

 

 恭也は構える。

 赤星の5度目の斬撃が来る。

 徐々に進化する斬撃が。

 

 ダンッ!

 

 来る。

 それと同時に恭也も動く。

 

 ヒュンッ!

 

 今度放ったのは鋼糸。

 相手を刀ごと絡める様に投げ、更にそれを囮とする。

 本命は―――

 

 ドクンッ

 

御神流 奥義之歩法

神速

 

 神速の領域へ入る。

 一般人では反応する事すらできない世界へ。

 その世界で、恭也は赤星の側面へと回る。

 

 だが、

 

「俺はそれを思い出せない!」

 

 キィンッ!

 

 赤星は自分に放たれた鋼糸を斬撃をもって斬り落とす。

 恭也が刀ごと絡め捕らんと放った、宙に舞う鋼鉄の糸を断ち切ったのだ。

 その斬撃の鋭さ、ジュエルシードによって真剣となった刀の切れ味に因るものではない。

 神速の領域にある恭也をして、全てが白黒のスローモーションとなる筈の世界の中で、赤星の剣は速く、鋭い。

 赤星の斬撃が力だけの物ではなく、技をもって放たれた『斬』の業であるという証明。

 

 目標へと向かう途中で両断された鋼糸は何処かへと飛び行く。

 更に、赤星の動きは止まらない。

 振り下ろされ、地面すれすれの位置まできた切っ先が、また軌道を変える。

 しかし、今度は筋力で無理やり、などという強引な物ではなく、流れる様に変わる。

 地を這う様に横へと回り、それは恭也の居る方向へ。

 

「くっ!」

 

 ヒュンッ!

   ガキンッ!

 

 赤星の切り上げを左の小太刀で止める。

 だが、なんとか片側だけで止める事ができ、右の小太刀の斬撃は続けられる。

 

「はっ!」

 

 ヒュッ!

 

 赤星の首を狙った右の小太刀の斬撃。

 神速の中での斬撃だ。

 それが―――

 

 キィンッ!

 

 止まった。

 

「―――っ!!」

 

 右の小太刀の斬撃。

 その先に現れたのは、赤星の刀の柄。

 切り上げの斬撃を放ちながら、恭也の攻撃を防いだのだ。

 

 神速を使った恭也に対し、位置を特定したばかりか、攻撃と防御を行った。

 いくらなんでもカンだけでは在り得ない領域の行動だ。

 

(やはり、視えているのか……)

 

 振り向く赤星。

 その目にははっきりと恭也が映っている。

 神速の中にあり、人の目には決して映らない筈の恭也が。

 

 

 

 

 

「まさか―――ジュエルシードでリミッターを?!」

 

 離れた場所で見ていたリンディは思わず声にして叫ぶ。

 3度までの攻撃は、全て恭也の記憶の中にある赤星の動きだった。

 それに刀の切れ味と強度も常識の範囲内にある。

 

 ならば、ジュエルシードは一体何をしているのだろうか?

 

 勿論、模擬刀を真剣にしたのはある。

 だが、たったそれだけの事しかしていなのか。

 使っている本人たる赤星本体に対しては何もしていないのか。

 確かにジュエルシードは赤星本体にも何かしらしている様子があるのに。

 そう言う疑問があった。

 

 だが、今のでハッキリした。

 

 4度目も飛針の迎撃およびその後攻撃に切り替える反応もそうであったが、5度目の神速への対応。 

 それで全ての謎は解けた。

 

「彼は神速のことを知らない筈……

 ならば、これは自ら行き着いた答え」

 

 赤星がジュエルシードにさせているのはリミッターの解除とその制御だ。

 それは恭也が神速を使う時の様に、全感覚と筋力のリミッターを解除、制御して戦っているのだ。

 それ故に神速を見切り、神速の相手に攻撃ができている。

 

 しかし、それは―――

 

 

 

 

 

「赤星」

 

 ポタ…… ポタ……

 

 血が滴れていた。

 恭也が名を呼ぶ相手の腕から、脚から……

 リミッターを外して動いた影響である。

 恭也が神速に対して制限を自ら定めている様に、リミッターの解除は諸刃の刃だ。

 そもそもリミッターとは自らの動きで自らの肉体を壊さない様にと、安全の為に付いているのだから。

 

 

 

 

 

「それでも、あの程度……

 いや、そもそもあの程度の動きで損傷するなど……彼は本当に……」

 

 赤星はリミッター解除による無茶な動きで身体を大きく損傷している。

 しかし、それでも制御された上での話しだ。

 リミッターを外し、何も考えずに動けば、一撃の攻撃を繰り出そうとするだけで人間の身体は崩壊するだろう。

 つまり、あの損傷は恭也の付いていく為ギリギリ必要だったリミッター開放なのだ。

 

 また、ジュエルシードが憑いていながら、そんな事で身体を損傷、流血するという事は、ジュエルシードは彼に治癒力を与えていない証拠。

 そう、彼は単純に恭也と戦う為だけにジュエルシードを使い、それ以上の事を一切制御し、止めている。

 自分に今在るもの以外の力を借りずに恭也と戦おうとしているのだ。

 

 リミッターを外す事で、自分の生と死を賭けて。

 嘗て全てを賭けて大切なものを護り、生き抜いた恭也と。

 

 

 そして恐らくは―――

 

 

 

 

 

 赤星は構える。

 これで六度目。

 

「だから、教えてくれ。

 お前が戦う理由を。

 そこまで強く在れる訳を!」

 

 ダンッ!

 

 赤星が動く。

 同時に恭也も動いた。

 

 キンッ

 

 まず、八景が両方とも鞘に納められる。

 そして―――

 

 ドクンッ

 

御神流 奥義之歩法

神速

 

 神速の領域へ入る。

 赤星が動くのに合わせ、自らも直進する。

 正面からは受けられぬと解っていながらだ。

 その上で放つのは―――

 

小太刀二刀 御神流

虎切

 

 嘗ての士郎、恭也共に最も磨き上げた斬式の技の1つ。

 一刀のみで行う高速、長射程の抜刀術。

 

 ガキィンッ!!

 

 響く衝突音。

 そう、響いているのは金属同士の衝突音だ。

 

 虎切は述べている通り恭也が最も磨き上げている斬式だ。

 奥義を除けば、単純攻撃力は最も高い。

 そんな抜刀術の一撃をもって、更に神速を使って相手の武器である刀を両断するつもりであった。

 恭也ならこの技で、ペーパーナイフ程度にしか刃が付いてない練習用小太刀でも、ドラム缶を真っ二つにできる。

 愛刀八景を使ったならば、如何に折れぬ曲がらぬを信条とする日本刀でも斬り落とす事が可能だ。

 

 しかし、それは成されなかった。

 ジュエルシードが憑いた刀がありえざる強度だからか?

 

 否、断じてそれは違う。

 

「……」

 

「……」

 

 恭也と赤星の視線が交差する。

 刃と刃を越えて。

 

 そう、赤星は恭也を見ている。

 視えているのだ。

 赤星は恭也の虎切に対応して動き、それを止めた。

 己の力と技をもって。

 

 如何に鋭い刃とて、刃筋が立たなければその力を発揮する事はできない。

 赤星は虎切を見切り、恭也の斬撃を受け止めたのだ。

 

 しかも、それだけでは終わらない。

 

「おおおっ!!」

 

「くっ!」

 

 押される。

 赤星はただ虎切を止めただけではなく、その力で押し切るつもりである。

 

 ズダンッ!

 

 大地を切り裂く一撃。

 寸でのところで恭也はその場から退避していた。

 

「恭也」

 

 名が呼ばれる。

 再び立ち上がり、構える赤星から。

 

「赤星」

 

 同じく立ち上がる恭也へ。

 その視線は求める様に。

 更には、その場所を目指すかの様に。

 

 

 

 

 

「ああ、やはりそうなのですね」

 

 離れた場所で2人の戦いを見るリンディは呟く。

 最初は疑問だった赤星の力。

 その由縁が確信できた。

 

「貴方のせいですね、全て。

 ―――恭也さん」

 

 本来ありえない戦い。

 恭也と赤星がここまで切迫した戦いをするなど、在り得ない事だ。

 実戦において、2人の実力差はあまりに大きい。

 

 それを可能とさせているのがジュエルシードだ。

 

 しかし、ここで1つだけ間違えてはいけないのは、赤星が単純な『戦闘力』や破壊の為の『暴力』、恭也に打ち勝つ『力』を求めている訳ではないという事だ。

 その想いの大元はおそらく、2人が出会った頃からあったのだろう。

 だが、その想いがここまで純粋なまま強くなったのは―――

 

「貴方の力です。

 貴方の在り方は人に大きな影響を与える。

 貴方は決して自覚する事などないでしょうし、そんな事自分で認める事は無いでしょう。

 しかし、それでも貴方は―――」

 

 恭也やリンディ達がなのは達に望み、それでいて自分には無いと思うもの。

 自分は捨てたと思っているもの。

 その応えは―――

 

 

 

 

 

 2人は再び対峙する。

 これで7度目となる。

 既に赤星は両腕、両足は限界寸前。

 更に恐らくは神速に対応する為に感覚を拡大し、砕けんばかりの頭痛もしている筈だ。

 

 次の一撃が最後となるだろう。

 

 対し、恭也も既に神速を2度も使ってしまっている。

 損傷らしい損傷はないが、それはあくまで見た目の話。

 定められた後一回の限度というのは、本当に恭也の限界なのだ。

 

 そう、恭也の肉も骨も、全てを感じる頭も既に限界の一歩手前だった。

 両腕両足の筋肉は崩壊を始め、骨も軋みを上げている。

 故障している膝はもう立っているだけで激痛を放ち続けており、2度の神速により頭も割れそうに痛い。

 

 

 それに今までの攻防を考えると、全て恭也の後退で終わっている。

 それを考えると恭也が不利な様にも思える。

 

 

 しかし、おかしなことがある。

 恭也は決して相手を甘く見た訳ではない。

 それなのにどうして。まるで段階を踏むかの様に1つずつ対応のレベルを上げたのか。

 

「恭也、俺は、お前に―――」

 

 赤星が言葉と共に動く。

 最後の一撃。

 やはり、正面からの純粋な斬り下ろし。

 だがそれは、今までの六度を持って進化し、完成した真剣を使った剛の業の一撃。

 

「赤星」

 

 対し、恭也は再び八景を両方とも鞘に納める。

 二刀差しという、昔の侍がしていたのと同じ差し方。

 恭也と士郎が好んで使う抜刀術に適した差し方だ。

 

「―――応えよう」

 

 そう、応える。

 全てはその為に。

 赤星の望みを理解した上で、恭也は待っていた。

 赤星が自分の全力を受けられる所まで来るのを。

 

 ザッ!

 

 構える。

 最後の一撃の為、互いに全力を持って挑む為に。

 

「おおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 

 ダンッ!

 

 赤星がその一歩を踏み出す。

 完成された一撃を放つ為。

 恭也の居る場所に辿りつく為に。

 

 それは、神速の中ですら止まらぬ程の剣速をもって。

 それは、御神の斬撃をもってすら断ち切れぬ程の力と業をもって。

 それは、不破 恭也の全てをという願いをもって。

 

 

 放たれる。

 赤星 勇吾が最後の一撃。

 単純にして純粋な『斬』の意思。

 

 

 対し、

 

 ドクンッ

 

御神流 奥義之歩法

神速

 

 御神の奥義、神速。

 その領域に入り、恭也が放つ。

 

小太刀二刀 御神流・裏

 

 不破 恭也が最高の一撃。

 

奥義之陸

 

 それ、抜刀から始まる四連撃。

 

薙旋

 

 ガッ!!

 

 一撃目が入る。

 赤星の最後の一撃に触れる。

 その瞬間―――

 

 カッ

 

 恭也は神速の領域で神速を使った。

 神速の二段掛け。

 限界である3度目の神速から、限界を超えた二段掛けだ。

  

 フッ……

 

 そう、それは己で定め限界の突破。

 リンディの支援無しでは不可能な筈の領域であり、死への堕ちる道。

 それを越えての行使。

 

 その結果、恭也の視る全てのものは、色どころか―――光を失った

 

 キンッ!

 

 だが、その何も視得ぬ世界の中で、恭也は薙旋の二撃目を放った。

 正確に放たれるそれは、一撃目で止まった赤星の最後の一撃を―――止めた。

  

 ガキンッ!

 

 続く三撃目。

 一撃目から返ってきたそれは、二撃目の上を切り裂きて、赤星の最後の一撃を砕いた。

 何も視得ない筈の世界で、しかし、だからこそ正確に打ち砕いた。

 

 ヒュッ

 

 更に、薙旋最後の四撃目。

 それが、この何視得ぬ世界で捉えるのは、この闇の中で―――

 

 いや、この世界が闇であるならばこそ―――

 

「恭也、俺は―――」

 

 声が聞こえた。

 この世界の中で決して聞こえぬ筈の声が。

 そして―――

 

「―――お前に、焦がれている!」

 

 ザンッ!!

 

 断ち斬った。

 全ての想いと共に。

 赤星に対する応えとして。

 

 言葉では伝わりきらない恭也の全ての応えが、ここに示される―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全ての光が戻った世界。

 戦いの後、日の沈んだ丘の上の草原。 

 そこに居るのは、愛刀を持って立つ恭也と、絶たれた模擬刀を手放して倒れる赤星。

 

「赤星。

 俺はお前が焦がれる様な強さを持っていない。

 強い様に見えるのは、ただ迷っていないからだ」

 

 恭也は空に、結界の中にあれど、そこにある夜の空に告げる様に言う。

 

「護りたいものが多すぎて、迷っている暇がなくなった。

 だから単純に強く見えるだけだ。

 俺に在るのはそれだけだよ」

 

 そして、振り返りて赤星を見た。

 満足げにこの草原の上に仰向けに倒れる赤星を。

 

『そんな事ないさ。

 お前は―――』

 

 その顔を見たとき、そんな声が聞こえた気がした。

 まるで赤星が笑いながら、しかし心から言っている様な、そんな声が。

 それと同時に輝く物が見える。

 赤星の腕から静かに宙に浮かぶ赤星のジュエルシード。

 

 そのナンバーは『]V』。

 白い文字で浮かばせ、示していた。

 浄化魔法を使っていないのに現れる正常化の証。

 

「……」

 

 そんな事はある、と恭也はその幻聴に応える様に1度目を瞑った。

 それから、恭也は赤星へと歩み寄る。

 今は倒れる赤星に。 

 

「今は休めよ。

 そして起きてからゆっくり思い出せ。

 慌てる必要などないさ」

 

 倒れる赤星のすぐ傍に立って、その満足げな顔を見下ろす。

 嘗ての自分にはできなかった事を言葉として贈りながら。

 そして、最後に恭也は少し笑みを浮かべながら言うのだ。

 

「―――俺は、お前が羨ましい」

 

 自ら選んだ道に悔いはない。

 最早迷いも無い。

 だが、その心だけはまだ残っていた事を今自覚する。

  

 

(恭也さん……)

 

 戦いが終わり、傍まで来ていたリンディは恭也の背中に想う。

 それは赤星が言おうとしたことでもあり、それはきっと恭也に告げれば―――

 

 だが、言えない。

 リンディは言ってはいけない。

 その言葉を。

 リンディが今のリンディがその道を行く限り、決して自分で言う事は許さない。

 

 だから、リンディの言葉はどうしても。

 

「恭也さん、なのはさんとフェイトさんが来ています。

 結界の外から攻撃を受けている状態です。

 まだ暫くは持ちますが……」

 

 告げる。

 まだ戦いの中であると。

 恭也も解っている事を敢えて。

 

「ええ。

 では、脱出の準備を」

 

 そう答えながら、恭也はジュエルシードを見る。

 赤星の宙に浮かぶジュエルシードナンバー『]V』。

 

「……これは、持っていきます」

 

「了解しました」

 

 シュバンッ!

 

 デバイスの中へ入るリンディ。

 同時に休眠状態だったデバイスも起動し、デバイスとしての機能を回復する。

 

 バッ!

 

 展開されるバリアジャケット、そして顔を覆う仮面。

 八景などの武器は隠され、代わりに手には棍を持ち。

 もう一方の手にはジュエルシードを握る。

 

『結界、解除します』

 

『了解』

 

 キィィィィンッ

 

 結界が解除される。

 撹乱効果などの含まぬ為、ただ静かに消える結界。

 元に戻る世界。

 

 元に戻った世界で待つ者達が居る。

 視線こそ向けていないが、全員が身構えているのが解る。

 

「……」

 

 しかし、恭也は構える事すらしない。

 いや、する必要が感じられない。

 

「赤星さん!」

 

 なのはが赤星の姿を確認したのだろう。

 声が聞こえるが、それに対し恭也は何も反応しない。

 

「……」

 

 恭也は撤退の際のどうするかをずっと考えていた。

 だが結局考えは浮かばなかった。

 何故だろうか、リンディも良い案を考える事ができずにいた。

 

 結局、恭也はなのは達とフェイト達に背を向け、無言のままその場を去る事にした。

 

「あ、待ちなさい!」

 

 最後にアリサの声が聞こえたが、その時には既に転移魔法が完成していた。

 音すらなくその場から消える恭也。

 手には赤星のジュエルシードを持って。

 

 この夜の闇の中、更なる闇へと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 某所

 

 とある高層マンションの屋上。

 そこに立つ2つの影があった。

 

「予想外だわ」

 

 1人は紅い髪の少女。

 

『ええ、本当に予想の範囲外だわ。

 でも、貴方はさほど驚いていない様ね?』

 

 もう1人は黒い髪の青年。

 更に、この場に姿は無いが、青年の首から下がっている黒の宝玉にもう1人、翠の女性がいる。

 合計3人がこの場に集まり、また言葉を交わす。

 

 尤も今までそうであった通り、話すのはあくまで少女と女性だけだ。

 

「……さてね、どうかしら。

 それにしても、これであの子達は貴方を敵と判断するでしょうね」

 

『そうね』

 

 少女は男に向かって言うのに、答えるのはやはり宝玉の中の女性。

 

「……今日も何もしゃべらないのね」

 

 少女は男に対してのみの言葉を発した。

 何も言わぬ男へ。

 

「……必要ないからな」

 

 しかし、返ってきた答えは素っ気無いものだ。

 だが、今までならば確かにその通りである回答。

 

「まあ、気持ちは解らないでもないわ」

 

 ただ、今は感情故の事だと少女も解っている。

 それでも敢えて喋らせたのは何を思ってか……

 

『話を戻して悪いけど、貴方、機械人形の設計図とか持ってないかしら?』

 

「あるわよ。

 そう来ると思って用意してあるわ」

 

 女性の問いに、待っていたかの様に胸から取り出すの小さな箱。

 男が首から下げている宝玉と同じくらいの大きさだ。

 それを、男に向かって投げ渡す。

 

「後これ」

 

 次に少女が取り出すのはカード。

 キャッシュカードだ。

 それも投げ渡す。

 

「貴方がどんな人間かは知らないけど、資金は必要でしょう」

 

『これ、こっちの世界のお金ね?

 どうしたの?』

 

「正等なものよ。

 金脈を見つけたから」

 

『あら、そう』

 

 しれっとこっちの世界的にはとんでもない事を言う少女。

 それをさらっと受け止める女性。

 

『ならいいけど。

 あ、そう言えば、あの子のバリアジャケットのデザインをしたのは貴方なの?』

 

 ついで、と言うには話が飛ぶが、少し気になっていた事を尋ねる女性。

 

「ええ。

 大変だったのよ、可愛さと、実用性と、残酷性を全て兼ね備えるデザインって」

 

『そう……』

 

 3つの要素の最後、それは何の為のものか。

 大凡予想がつくが故に女性は悲しかった。

 

「じゃあ、私はそろそろ戻るわよ」

 

『ええ、またね』

 

「ええ、また」

 

 その言葉を最後にその場か闇に消える3人。

 元々夜の闇の中にいながら、尚も闇に消える。

 今は、それが3人の行く道であるが故に。

 

 

 

 

 

第7話へ

 

 

 

 

 

 後書き

 

 6話の裏〜

 いよいよ本気で戦い出す恭也な話です。

 しかも漢同士の戦いなのですよ。

 ああ、やっぱ漢と漢の戦いは構想してて良い。

 この時の私のテンションは最高潮ですよ?

 

 まあしかし……原作の赤星ってどーよ。

 コレを書くにあたって原作をやり直してはみたものの、赤星、何もしてない……

 何か語ってよ、赤星! 恭也の親友として何か一言!

 

 てなわけで、もうコレ赤星かよってレベルの妄想入りですが、いかがでしょう?

 私としては美味しく書けたと思います。

 

 ともあれ、恭也編の1つの山場とうか魅せ場が終わってしまった。

 さて、次の魅せ場はラストバトルだ〜

 って、先が長いな〜

 活躍の場はあるんですけどね〜

 

 兎も角、さっさと次書くか。

 

 という訳で、次回もよろしくどうぞ。








管理人の感想


 T-SAKA氏に第6話を投稿していただきました。

 しかしこうして恭也編となのは編同時に感想書いているわけですが、後者の方は書くのが大変だなぁ。

 隠し未読を前提条件としているので、向こうでは恭也編をない事として書いてますし。



 今回は、この物語で今までなかった漢と漢の闘い……熱いな。

 恭也をよく知る人間とっては、確かに彼って与える影響大でしょうねぇ。

 なんというか、その在り方に惹かれると言うか?

 普通の人間はあそこまで突き抜ける事はほぼ不可能でしょうから、一種憧れみたいなところもありそうですし。


 赤星君も全力を出してぶつかったので、次回以降はスッキリしている事でしょう。

 まぁ一応ジュエルシード被害者ですから記憶ないかもですが。

 しかしセレネ、なのは編とこっちじゃギャップが……。



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