闇の中のコタエ
第7話 目指す場所は
深夜 海鳴大学病院
病院の一室。
個室になっている部屋は、つい先程運び込まれた者が眠っていた。
札に『赤星 勇吾』とある。
明かりが点けられていない暗いこの部屋の、赤星が眠るベッドの脇に漆黒の影があった。
『アリサが既に治療していますね。
後は……骨に少しヒビが入っているくらいです。
脳の方も大丈夫ですね……最悪障害が残ると思っていましたが』
『そうですか』
その影の男、恭也が話している相手は、首から下げる漆黒の宝玉の中にいる翠の女性、リンディ。
『骨のヒビは軽度ですから、私でも治せます。
治しますね』
『ええ、お願いします』
キィィィン
翠の魔法陣が赤星の眠るベッドの下に展開し、眠る赤星を翠の優しい光が包む。
リンディの魔法『フィジカルヒール』だ。
恭也と出会った時に恭也を癒した魔法であり、戦闘後に恭也を癒している魔法、更にはアリサがなのはに使っているものと同じものだ。
ただリンディの方がアリサよりも精度は少し高い。
リンディは医師ではないが、それに近い診察ができるのがその差の理由である。
暫くして翠の魔法陣が消え、翠の光も消える。
治療が完了したのだ。
『終わりました』
『ごくろうさまです』
『いえ……
それにしても、思った以上に損傷が軽いですね。
少し不思議なくらいに』
『そうですか……
これはもしかしたら―――』
『ええ……この世界に来る前ならば想像すらしなかったでしょうけど―――』
2人は同じ答えに辿りついている。
何故ならば、恭也の手には浄化封印魔法を使わずに正常化されたジュエルシード『]V』があるのだから。
コツ コツ コツ
と、そこでこの病室に近づいてくる足音と気配があった。
だが、知っている気配が1つだけだったのと、来る事は解っているので恭也は動かない。
ガチャッ
病室の扉が開き、1人の女性が入ってくる。
「やはり来ていたのですか、恭也」
「ええ」
病室に入ってきたのはフィリス 矢沢。
戦いの後、なのはが救急車を呼ぶのを見て連絡を入れたのだ。
今から運ばれる男を診て欲しいと。
「流石に聞かなければなりません。
なんですか、この傷は。
どうして美由希さん以外に貴方と同じ症状の患者がくるんですか? それも、美由希さんよりも限りなく貴方に近い症状で」
恭也や美由希と同じ症状。
それは神速の後遺症の様なもの。
各部関節、筋肉、骨、そして脳への負担である。
それらの特徴が見事なまでに一致するのだ、赤星の症状は。
同じ流派で、もう少しでその領域達する美由希を除いては、後1人しか在り得ない事の筈だった。
いや、正確に言うと美由希や後1人の人物でも恭也程の症状が出る者は居ない筈なのだ。
御神の剣士としては決して完成されない恭也と同じ症状など―――
「そうですね……赤星は今回俺が関わっている事の被害者だからなのですが。
何故俺と同じものになったのかは、赤星のみぞ知るというところです。
しかし、最早それも解決しました、赤星自身も何も覚えていないでしょう」
「……そうですか」
ほとんど説明になっていない。
だが、それでもフィリスはそれ以上何も聞かなかった。
何故なら、恭也がそれで良しとしている事だと解ったからだ。
恭也は全てを知った上で、この赤星の身に降りかかった事全てを認めている。
「……とりあえず、疲労と骨のヒビ以外は問題ないですよ」
「ああ、骨のヒビは今治しました」
とりあず診察内容を伝えようとしたフィリスだが、それに対し恭也はさらっと告げる。
この世界の常識からは在り得ない事を。
「……那美さんや十六夜さんと同系統の能力ですか?」
「まあ、そう言うことです。
今回の赤星はそれを受ける権利がありますので」
一応フィリス自身が規格外と言う事もある上、すぐ近くにそう言う能力者がいる。
だから、それはすんなりと受け入れてもらえる。
「……解りました、後で診察記録は改竄しておきます」
「ご迷惑をおかけします」
「いえ、いいですよこれくらい」
傷を治せる能力があるのにも関わらず、赤星が傷ついている事を知っていながら、それでもフィリスの下へと運ばせた。
それにどんな意味があるか、もう話す必要もなく解っている。
それは全て救急車を呼んだ者、なのはの為の事。
そうしなければいけない理由がある。
フィリスにはそれが解っている。
それを聞いてはいけない事も。
だが―――
(貴方は大丈夫なのですか?)
最近不安になる一方だった。
恭也は最近ちゃんと定期的に診察に来る。
しかし、だからこそ戦いが激化している事が解ってしまう。
恭也の身体に蓄積されているダメージから。
いつまで戦いが続くのか。
フィリスはただ祈って待つ事しかできなかった。
翌朝 隠れ家
昨晩に関してもアリバイを偽装する事無く隠れ家で夜を明かした恭也達。
そして朝、朝食後に恭也とリンディは別々に作業をしていた。
それは昨晩彼女から渡された物に関して。
リンディは機械人形―――傀儡兵という名前のモノの設計図を書き直している。
恭也はクレジットカードの方を調べていた。
「なるほど、確かに真っ当なものだ」
あらゆる手段を使い調査し、その結果が出たのは昼前になっていた。
それにより、確かの彼女から渡されたお金は全て元がはっきりしているものだった。
彼女の言ったとおり、金脈を売った金らしい。
しかもその規模の金脈としてはかなり格安で手放した様だ。
相場が解らなかった訳ではなく、それ以上の金額を必要としなかった為だろう。
因みに、軽く9桁の金額が入っている。
「しかし、隠蔽工作が雑だな……」
この世界はリンディ達の世界からみれば管理外の世界だ。
そんな世界で魔法技術を使った経済的介入は禁じられている。
確かにこの世界全体の経済としては、この程度の金額は大したことは無い。
だが警察や裁判所など複合した法的機関でもある時空管理局がそれを認める訳にもいかないだろう。
今の様に仕方なくこの世界で活動しなければならない時は、例外的処置も承認されるが、彼女のソレはその審議にも掛けられないだろう。
「仕方ない、こちらでやっておくか」
その後、恭也は父士郎のもう1つの遺産である人脈を駆使して渡されたお金を全て『洗う』事にした。
なお、『お金を洗う』とは、そのお金の出元を解らなくする事である。
麻薬取引などの違法な手段での収支が存在する裏社会で使われるやり方である。
「これでよしと」
金額の1割と引き換えに安全な金を自分の隠し口座に入れさせた恭也。
実際洗うには時間がかかるのだが、大した金額でもないので頼んだ先から手数料を引いた分を前借りしたのだ。
「さて……」
自分の担当していた分は終わった。
だがリンディの方はまだまだ時間が掛かる作業の筈だ。
なにせ元が在るとは言え、機械人形の設計図をこちらの世界で読める様に書き換える作業なのだから。
「ん?」
お茶でも持っていこうかと考えた恭也だったが、リンディの気配が移動しているのに気付いた。
2階で作業をしていたのだが、1階に降り、そして風呂場へと―――
「ふむ」
程無くシャワーの音も聞こえてくる。
息抜きも兼ねて入浴時間としたのだろう。
「ではどうするかな……」
時間は昼前。
今から昼食を作れば丁度12時くらいだろう。
だがリンディが作りたいと思っているのは知っている。
ただ―――リンディの風呂は長いのだ。
尤も、比較対象は自分、つまり恭也であるので実際そんなに長風呂と言う訳でもないだろうが。
「まあ、平和な事だ」
リンディがこの世界に来てもう3週間。
この世界の環境にはほぼ完全に適応し、魔力も大半が回復している。
それに伴い、戦闘時以外はほとんど本来の姿で行動している。
その為、本来人間にある生理的な問題が増えたのだが……
「ん? 生理的な問題?」
考えていて少し思う。
今、生理的な問題と考えたのは食事から、トイレや風呂の問題の事である。
だが、リンディはここに着てから既に3週間が経っている。
そうなると……
バタンッ
そう考えていると、風呂場の方でドアを叩く様に押し開けた音がする。
「ん?」
何事かと思い、廊下に出てみる恭也。
すると、既にリンディは2階に駆け上がった後だった。
脱衣所を少し覗いてみると、服が脱ぎっぱなしである。
となると、タオル一枚で2階に上がった事になる。
リンディの性格からは考えられない行動だ。
「なんだ?
……む」
リンディが何故そんな事をしたのかと考えていると、廊下にあるものを見つけた。
リンディの濡れた足跡の間にこぼれる赤い液体。
それは血であると解った。
「エイミィ、すぐに転送して欲しいものがあるの」
『どうしたんですかリンディ提督。
転送って、まだ映像もろくに……』
「それでも、必要なの。
月の……がきちゃったのよ……」
『あっ! 了解!
こちらで全力でサポートしますから。
あ、リンディ提督のってアッチですよね?』
『どうした? エイミィ』
「あ、クロノ、私の部屋に入って―――」
『なっ!! そんな事―――
エイミィがやってくれよ』
『もう、クロノ君ったら顔をそんなに真っ赤にして、緊急事態なんだよ?
私はこっちでラインの確保を―――
それに、下着を取って来いって訳じゃ―――』
「できれば下着も―――」
『ああ、そうですね。
とう訳でクロノ君―――』
『待った! エイミィこっちは僕がやるから―――』
2階から聞こえる通信の会話。
防音処理を忘れる程に慌てている様だ。
「ふむ……まあ、どうするか。
見つけてしまったのだから廊下を拭くくらいはした方がいいか?」
女性ばかりの高町家に住む恭也。
その為に解るデリケートで男には理解しきる事はできない問題。
いくらほとんど全てを知り合う仲とはいえ、どうするか悩む恭也だった。
それから2時間後
昼食も摂り終え、会議を開く恭也とリンディ。
因みに昼は恭也が作った。
廊下等の問題をどうしたかはリンディと恭也だけの秘密である。
「申し訳ありません、余計な魔力を大量に使ってしまって」
既に何度も謝っているが、もう1度改めリンディは謝罪する。
計画もあるというのに、私用で魔力を大量に消費してしまったのだ。
今日戦闘が発生すると支障が出る程に。
「仕方ない事です。
それに、そのおかげで転送の為のラインが確保できたのですから」
遅かれ早かれ非生物の小物程度の転送は必要だったのだ。
その確保を今日に変更しただけ、と恭也は特に気にしてない。
それに男がアレの問題でとやかく言うことなどできる訳がない。
「はい。
ありがとうございます」
深々と頭を下げるリンディ。
それは、いろいろな思いがあっての事だろう。
(ああ、美由希の時のを思い出すな。
あの時は大変だった)
恭也が思い出すのはなのはも生まれてすぐの大変だった頃の話だ。
その頃はまだ女性の生理を細かく知らなかった恭也は慌てたものだ。
その後から恭也は女性の生理学を学ぶ様になった。
女である美由希を弟子として育てる上では必要な情報だと痛感したのだ。
(そういえば、なのはもそろそろか?
……ん?)
年齢的に早ければなのはもそろそろ在り得る話だ。
と、そう考えていて少し思ったことがる。
「失礼と承知の上で確認しますが、アリサ嬢は、そっちはまだでしたね?」
「え? ええ、あの子も早ければそろそろですね。
今あの子はほとんど妖精の姿で生活してますから、多分大丈夫だとは思いますが……」
「そうですね」
こればかりは全てが終わるまで来ない事を祈るしかないだろう。
なのはもそっちは無知に等しく、久遠もさして変わりない。
となるとここでアリサがそうなった場合パニックになりかねない。
「まあ、自分から振っておいてなんですが、どうしようもないのでその話は置いておきましょう。
とりあえず、昨日の事ですが……」
リンディの事から連なる話題をそこで切り、本題に移る。
本題、本日の議題である昨日の事。
恭也が選んでしまった結果の事もそうだが、それ以上にジュエルシードの事だ。
「赤星さんの事は最善の行動だったと思います。
ですから、その事は仕方ないです。
それよりもやはりジュエルシードですね」
「ええ。
俺達はまだジュエルシードの事を全く解っていないかもしれません」
「はい」
人の手によって制御され、浄化封印魔法無しで正常化したジュエルシード。
その上、赤星の傷の軽さ。
まだジュエルシードには可能性があるかもしれない。
だが、それは推測しかできぬ事。
だから、今はそれだけを確認してそれまでとする。
「とりあえず、アリサやフェイトさん達はジュエルシードを持ち帰る事で敵と意識しているでしょう。
今後、姿を現すならば敵として、と言う事になります」
「問題になるのは、なのはとフェイト嬢だけならともかく、久遠、アルフ嬢、アリサ嬢の存在ですね。
これをどうするか……」
「状況にもよりますが、隔離してしまうのも手ではあります」
「確かに結界を駆使すれば可能でしょうが……」
それから、暫く恭也とリンディは今後なのは達とどう戦い、何を示すかを話し合う。
可能な限りのシミュレーションを重ね、細かく。
「では、現状としてはその方向で」
「はい」
それが終わったのは夕刻になった頃だった。
そこで1度恭也は外にでる。
行く場所があるのだ。
夕刻 八束神社
日の沈む空の下、神社の境内に2人の人の姿あった。
「高町」
「おう赤星。
身体はもういいのか?」
「ああ」
昼に退院した赤星と会う約束をした恭也は神社で待ち合わせていた。
少し話をする為に。
「まったく情けない。
何も覚えていないんだよ」
「そうか」
赤星は藤見台の前の道で通り魔か何かに襲われた事になっている。
倒れているところをなのはが見つけ、それで救急車を呼んだのだと。
「最近悩んでいたそうだが、それで不意を突かれたか」
「そうかもな……
でも、何を悩んでいたのかもよく思い出せないんだ」
空を見上げる赤星。
思い出せないと、少し悔やみながら、しかしその瞳は澄んでいた。
「で、頼みというのは何だ?
俺もお前に頼みがあるのだが」
本題に移ろうとする恭也。
そもそもこの約束は赤星からのものだった。
「ああ。
お前の頼みってのも気になるが、とりあえず。
ちょっと身体が鈍っちまったらしいし、迷いも答えも俺はこういうやり方でしか思い出せそうにない。
だから、少しお前の鍛錬に付き合わせて欲しいんだ」
「だが、俺は今忙しい」
「それは知っている」
アッサリと返す赤星。
それを知った上での事であると。
「だから、お前に頼みがある」
だからこそ恭也もこう返す事ができた。
その日の夜 八束神社付近の森
本来なら人など近づかない筈の夜の山の中。
今は3人の男女が居た。
「で、恭ちゃん、なんで赤星さんが?」
恭也に呼ばれてきた美由希は疑問を投げかける。
夜の鍛錬に来た筈なのに部外者がいる事に。
それに、赤星は今日退院したばかりなのもあるだろう。
「ああ、で、赤星に頼みなのだが。
最近コレは少々弛んでる様だから締めてやってくれ」
「いやいや、それは無理だろ」
「私弛んでなんかないよ」
恭也の言葉にもう1人の男赤星も、美由希も反論する。
流石に冗談だろうと。
しかし、
「いや、赤星、これはお前にしかできない事だ。
俺は既に美由希に教えられる事はほとんど教えてしまっている」
恭也は至極真面目に述べる。
それは美由希が鍛錬を怠っていない事を解っての事であり、実力では赤星が勝てない事が半ば前提だ。
「どういう意味だ?」
当然赤星は意味が解らない。
だが、恭也は答える事無く今度は美由希と向かい合う。
「実際やってみた方が早いさ。
美由希、お前が忘れかけているものが見える筈だ」
「私が、忘れかけているもの?」
美由希も疑問の声を上げるが、恭也はそれに答えない。
恭也は弛んでいると言葉にしたが、本来なら張り詰め過ぎていると言える部分だ。
しかし、張り詰めすぎたが故に弛んでしまったとも言える。
そうして、2人に言葉を投げかけるだけ投げかけて離れる。
「赤星、お前の望みの代行であるが、しかし美由希を相手にした方が良いと判断している。
だから存分にやってくれ」
最後にそう言い残し、邪魔にならない場所まで下がる。
これから2人が始める事。
それは―――
「じゃあ、お願いするよ美由希ちゃん」
「ええ、赤星さん」
2人が握るのは刃引きした刀。
始まるのは実戦形式の鍛錬。
この夜の山の中、一組の男女が剣戟を響かせる。
ガキンッ!
何度目か、赤星の刀が弾かれ美由希の小太刀が入る。
「ぐっ!
はぁ……はぁ……」
1度地に脚を突くが、しかしすぐに立ち上がる赤星。
「はぁ……はぁ……」
美由希もまた離れて構え直す。
時間は既に1時間を経過していた。
開始からずっと2人は戦い続けている。
勝負の結果としては現在美由希が全勝している。
赤星の攻撃は美由希を掠るのがせいぜいだ。
勝負になっていないと言える。
だが、
「行くぞ」
赤星は息を切らせながらも、ボロボロになりながらも、しかしその瞳は輝き続けていた。
真っ直ぐに、熱く、鋭く。
「どうぞ」
対し、美由希の瞳には若干揺らいでいる様に見える。
それは『迷い』ではないのだが、しかし同種のものと言える。
それが戸惑いとして出ているのだ。
それは美由希にとって、遠く久しい想い。
「てぇぇぇぇっ!」
「はぁぁぁぁっ!」
ガキィィンッ!
刀同士がぶつかり合う。
本来ならば死を賭す戦いであるが、しかし例え負けても命を落とす事は無い場である。
何度でもぶつかり合い、2人は戦い続ける。
(思わぬ収穫というやつか)
それを眺めていた恭也は思う。
赤星のフォローというのが一番の理由で、美由希へのそれはそう大きな期待はしていなかった。
だが予想していた以上の効果がここにある。
これならば美由希にも大きな影響を与えられるだろう。
薬にも毒にもなりうる大きな影響を。
しかし、恭也は2人ともそれを自ら薬とするだろうと想っている。
(これなら、俺はもう要らないな)
そう判断し、恭也はその場を離れた。
更なる高みに上る2人を残し、また闇の中へ―――
2日後 隠れ家
昨晩からは隠れ家に篭り、作業をした2人。
といってもリンディが仕事をして、恭也はコーヒーを淹れたりしただけだったりするが。
「む、砂糖が無い……
確か昨日まで一袋あった筈なんだが」
「買い置きは多めにしませんと。
それに1kgの袋なんて買い置きとしては小さいと思いますよ?」
「基本的にここには住人がいないので、食料の買い置きはあまりしてなかったのは確かですが……」
と言う会話があったとかなかったとか。
ともあれ、作業は無事に終了した。
それから一休みして、食事も摂り、最後にアースラと連絡を取ることになった。
「おほん……アースラ聞こえますか?」
『はいはい、エイミィです』
開かれるウインドウに映し出された鮮明なカラーの映像。
そこに映るのはブラウンの髪をショートにした活発そうな少女だった。
今まで話していた女性エイミィ・リミエッタ、16歳である。
一昨日の接続によってほぼ完璧なラインが形成されたので、もう映像の送受信が可能になっている。
その為、恭也はその映像に映らない様に壁際に立っていた。
『艦長、今日は何か?』
そのエイミィの座る椅子の横に立つ黒髪の少年。
実年齢が14にしてはやや幼い感じの残っているが、この少年こそ巡航艦アースラで執務官を務め、リンディの家族にして部下でもあるクロノ・ハラオウンだ。
その役職もさることながら、戦闘力に秀でており、アースラに於いては『切り札』と言われている存在だ。
年齢と外見の幼さに似合わず普段はクールで、しかし実はそれを装った激情家―――
……なのだが、今は少しむすっとした顔をしている。
「クロノ、まだ拗ねてるの?」
『別に拗ねてなどいません』
リンディに言われてそっぽ向く姿などはまんま子供である。
だがこれはあくまで今この場に気を許している3人しかいないからこそ見せる姿だ。
本当に精神的にただの子供であるなら、執務官などという地位には着けないのだから。
尚、拗ねている原因である昨日の事であるが、恭也はその顛末を知っている。
が―――同じ男としてアレなので忘れる事にし、今のクロノの態度も当然とすら思っていたりする。
『あ、そう言えば、艦長もこっちの協力者がいるんですよね?
今どちらに?』
とそこで、きっと前々から気になっていたのだろ事を尋ねてくる。
通信に参加する事もなく、居るとされている協力者の事を。
映像が着ているのだから、姿くらい見えないのかと。
「ああ、彼恥ずかしがり屋さんだから」
恭也は出る気が無い事を知った上で、などといって笑顔で躱すリンディ。
恭也は例え呼ばれても出る気は無い。
『彼? つまり男なんですか?』
だが、その一言だけで強く反応した者がいる。
クロノ少年だ。
殺意すら感じられる視線を通信画面から送っている。
『クロノ君、仮にも協力者にそんな……』
あまりの圧力に流石にエイミィも止める。
まあ、大切な家族の女性が見知らぬ土地で男と一緒に居るとなれば良い気分ではないだろう。
恭也もそれは解らないでもないので、ただ受け流すのみ。
弁明の為にでも出ることは無い。
相手はそれを狙っていると推察できるが、それには応じられない。
いや、そもそも弁明などできよう筈はないのだから。
「大丈夫よクロノ。
信じられる人だから。
そうね、ちょうどあの子と貴方を足して2で割った感じの青年よ」
『成長したクロノ君か、男性版の彼女ですか?』
「そんな感じね」
『つまり、大凡最悪極悪野郎って事ですね』
『クロノ君……』
あまりの言い方に呆れるエイミィ。
だが、単に気に入らないから言った言葉で無いことはその目を見れば解る。
それは本当にリンディの表現が正しいからなのだろう。
クロノもまた、彼女と同じ―――
「ああ、因みにだけど、アリサの方は同じくらいの年齢の女の子よ。
とっても可愛い子で、きっとクロノの好みよ」
『なっ!!』
『え? クロノ君に女の子の好みあったんだ。
艦長、どんな子ですか?』
「それはねぇ……」
『艦長! 何か用事じゃなかったんですか!』
先程のクロノにあった暗い雰囲気を一撃で粉みじんにするリンディとエイミィ。
年齢差の問題もあるだろうが、どうやら絶対に勝てない様になっているらしい。
(……)
そんな姿を見て複雑に想う恭也。
いろいろと似ていると本当に思っているだけに。
「せっかちねぇ。
仕方ないわね、先にやるべきことを済ませましょう。
エイミィ、前に頼んだ調査結果は?」
『はいはい、終わってますよ』
先程までの和やかな雰囲気から、一気に仕事の雰囲気とへ切り替える。
それをやれやれとという感じで肩を竦めるクロノだが、次の瞬間にはクロノも仕事の顔になっていた。
恭也も姿勢を変えないまま静かに聴く。
『AAAクラスに成り得る、アリサちゃんと近い年頃の女の子の死亡記録で、身体的特徴は金髪と紅い瞳。
それ等の特徴が当てはまったのは―――『アリシア テスタロッサ』。
記録によると10年前に死亡、享年8歳で死因は事故死。
魔法の暴走事故だったそうです。
ただ、魔力はあまり高くなかったらしいのですが、母親は『プレシア テスタロッサ』です』
「あのプレシア女史?」
『はい』
それは、リンディの知識として恭也も知るもの。
研究に携わる魔導師としてはその能力は高く、功績も残している。
だが、最後に携わっていた研究の記録を一切残さず失踪している人だ。
『消息を絶って今年で7年。
その3年前に娘さんを亡くしている訳です』
「そう……
ところで、彼女が記録を残さなかった研究があるわね。
最後の研究は何?」
時間として7年前で、それほど大きく取り上げられた失踪でもない。
その為、リンディでも最後の研究がなんだったかは知らない。
だから、一応という意味で確認した。
ただ、一応というレベルで。
しかし―――
『最後に行っていた研究は―――『高度魔法生命体』の研究です』
その答えにはリンディも恭也も目を見開いた。
「高度魔法生命体?!」
それはあまりに今の状況に繋がる単語。
まだアリシアという子がそのままフェイトに繋がっていない状態で、しかしそれだけで憶測できてしまう情報だ。
『あ、はい。
そう言うタイトルが残っているだけなので、内容はわかりませんが……』
「そう……
他に何か情報は?」
驚きながらも心を落ち着かせ、残りの情報も聞く。
『はい、えっと、プレシアには使い魔がいた様で、山猫を元にして『リニス』という名前だったそうです。
後、アリシアも魔力が低かったのに使い魔を持っていたそうです。
どうやら飼っていたペットだったらしいのですが、赤橙の毛並みの狼で名前が―――『アルフ』」
「……そう」
先程の驚愕とは対極の反応を示すリンディ。
静かに。
そう、ただ静かに思案するリンディ。
『あ、あの今情報が何か?』
最後の情報は既に死亡している人の使い魔だ。
既に存在しない筈のモノの情報。
大して役に立つとは思っていなかった。
だが―――
「クロノ。
あの子はまたとんでもないものを背負ったみたいだわ」
『……そうですか』
「エイミィ、アリサには今の使い魔の情報、特に名前は絶対に出さないで」
『了解しました』
全てはまだ憶測の域を出ない。
しかし、条件は揃ってしまった。
そして、そんな下らない偽装を作る人ではないのだ、彼女は。
「じゃあ、次のお願いよエイミィ。
私が今から言うものを用意して」
『はい、解りました』
それから、デバイスの部品を数点注文するリンディ。
途中、何に使うのかと聞き返される事があったが、秘密といって返すリンディ。
常備していない部品が数多くあったため、その場で通信は終了した。
その日の午後 月村邸
隠れ家での作戦会議を終え、恭也は月村邸に来ていた。
忍に用事がある為である。
「で、頼みってなに?
しかもこんなところで」
今恭也と忍、そしてノエルがいる場所は月村邸の地下にある工房。
主にノエルとファリンの整備改造の為に用いられる場所であり、忍専用スペースと言って良い。
この場所にすずかはまだ入った事が無いらしく、気を使ってかすずか側から近づく事が無いという。
「上では拙いし、それにこちらの方が都合がいいからな」
そして、恭也もまた片手で数える程しか入った事が無い場所だった。
恭也にとっては用途不明の機材が並び、下手に触れば命の危機になりかねない。
元々恭也が機械系に弱いのもあるが、しかしそれ以上にここは現代科学から考えても高度な機材が並ぶ場所だ。
そもそもノエルやファリン、イレインといった存在は現代科学では不可能な技術の産物である。
それ故に、この依頼ができる。
「頼みたいのは、コレの作製だ」
と、恭也が渡すのは紙媒体の設計書。
一般人はおろか、並の技術者では理解不能であろう高度な技術で画かれた図面だった。
「ん? ……っ!!」
「これは……」
恭也の機械音痴、というか微妙に頭の時代がズレているのを知っている忍は、恭也からと言う事で妙な期待を胸にそれを見た。
しかし、浮かべていた笑顔はすぐに消える事になる。
忍は解ってしまうのだ、この図面を一目見ただけで、それがなんであるかを。
ノエルも気付く、それは自分に近しいものであるが故に。
「恭也、これは一体どうやって―――いえ、一体何処から手に入れたの?」
故にこうも解析できる。
この図面に使われている技術が、この世界のものではないと。
「それは秘密だ。
こればかりは俺個人で解決できる問題ではないからな、たとえ全てが終わったとしても話す事はできない。
だが1つ言える事は、これはお前だから見せている」
リンディの世界の事は極秘事項だ。
この世界とリンディの世界の交流は世紀単位で実現不可能な事だ。
だから例え忍といえども恭也は話す事はできない。
しかし、リンディの―――その世界の、時空管理局という法の守護を担う立場の、更に提督という地位の人物に許可を得ている。
忍が信用できる人であるとして。
この事件を全て幸いの下に終わらせるために必要な事としてだ。
「……そう。
解ったわ」
「承知しました」
その言葉の意味を理解する忍。
そう、この技術を知ってしまった忍が、その技術をどう使うか、明示されない部分は全て忍に委ねられている。
そこまで信用している、と。
だから忍はその言葉を確かに心に刻む。
一緒に見てしまったノエルは、今見た図面を完全にメモリーから消去する。
間違っても自分が外に出す事は無い様に。
「でも材料を揃えるのには時間がかかるわよ?
それに、これ動力が無いみたいだけど?」
この世界には無い技術で作られる物だ。
当然この世界には無い技術で作られた材料が必要になる。
この世界には無い技術とはいえ、技法が解るなら複製はできる。
しかし、それは容易なことではない。
しかも、超精密機械の部品だ。
確実に年単位の時間がかかってしまう。
更に忍は、今パラパラとめくった見ただけの設計図で、その中に動力が欠けている事も気付いていた。
如何に近しいものを組んでいるとはいえ、並の技術者では不可能なことだろう。
「材料ならここにある」
フッ
と、恭也が指した場所、そこには巨大な箱が置かれていた。
2m立方の箱だ。
「なっ!?」
「存在を認識できませんでした」
そう、それは突如としてそこに出現した。
この場所に入ってき時にはそこには無く、とても隠し持てる様なものではないのにだ。
「これも秘密だが、まあとりあえず、中身は……」
ガチャッ!
開かれた箱から出てきたのは、なにやら機械の残骸と言えるもの。
原型を留めているのもあるが、しかしそのほとんどはジャンクだ。
だが、それでもこの数。
恐らく材料としては揃っているだろう。
「なるほど……」
忍は笑みを浮かべる。
それは、これから始まる作業に対しての笑み。
未知の技術に挑む挑戦者の笑みだ。
「で、動力だが、それはこちらで用意がある。
だから、図面どおりに造ってくれればいい。
これが依頼料。
後、一応言っておくが、この設計よりも1,2つ弱いのは構わないが、これ以上に強いは困る」
「了解〜」
1枚のクレジットカードを、先日彼女から貰った資金の一部を手渡す。
材料等が揃っていても資金は必要な作業だし、これは正式な仕事の依頼だからだ。
忍もそれを受け取る。
それにしても、と忍は想う。
強くては困る、それが何を意味するか。
なんとなく解る気もするが、問う事もそれ以上考える事も止める。
ともあれ釘を刺されなければ余計な改造をしてしまったかもしれない。
恭也は忍の事をよく解っているという事だろう。
そして、最後に恭也は告げる。
それはこういった依頼の場合、必ず存在する重要な事項。
「これは異世界の技術である。
がしかし、ノエルやファリン、イレインと比べれば玩具に等しいレベルのもの。
ファリンをあの短期間で組んだお前なら1週間でできると判断しているが―――どうだ?」
納期、それをこのレベルの機械を一週間。
如何に材料が揃っているとはいえ無茶苦茶な話だ。
「OK,まっかせなさい」
だが忍は笑顔で答える。
恭也が信頼してそう言うならば、実現するのみ、と。
それに、恭也にこういうことで役に立てる機会はほとんど無い。
だから忍は喜んで引き受ける。
自分の最大の特技である技術を、恭也の為に活かせる事を幸せに思いながら。
しかし、同時に思う事がある。
用途が大体解るから良いが、こんなものを必要とする恭也は今何に関わっているのだろうか。
そもそも、こんなものの設計図が手に入る恭也は、一体何処に行ってしまっているのだろうかと。
必要な話をして1階に上がる恭也と忍。
そこで待っていたのは先に戻っていたノエルだった。
「忍お嬢様、恭也様、なのはお嬢様がいらしています」
恭也達が下に居た間の変化を告げるノエル。
どうやら今日もなのはは友人であるすずかを訪ねてきた様だ。
いや―――すずかが積極的になのはを自分の下に呼んでいるのだろう。
「俺が来ている事は?」
「お嬢様方は存じておりません」
「そうか」
ファリンは知っている筈だが、しかし言わなかったのだろう。
ちゃんと恭也の意図を汲んでくれているらしい。
「少し様子を見るか……」
下手に近づけばなのはには気付かれる可能性がある。
しかし、今のなのはならばと考え、恭也はなのは達がいるティーラウンジへと近づく。
「なんか盗聴しているみたいね〜」
「まあな」
更に忍まで着いて来て、聞き耳を立てる。
「辛いの?」
「辛い、のかな……自分でもよく解らないの」
すずかとなのはの会話が聞こえる。
どうやら丁度良いタイミングだったらしく、悩みについての会話がそこでされている。
「なのはちゃん……」
「なのはお嬢様……」
どうやらなのはは相当悩んでいるらしく、声に力が感じられない。
それに対してすずかもファリンも心配そうだ。
「わたし、多分変わっちゃってる。
もうすずかちゃんが知ってるわたしじゃないかもしれない」
泣きそうな声で告げるなのは。
そして、更に続ける言葉は―――
「わたしはきっと大切な何かを諦めた……」
なのはの存在そのものに大きく関わるもの。
戦う力を手に入れた代償といえるものだ。
(追い込まれているな)
流石にその様子には恭也も心配する。
半ば自分で追い込んでいるものであるが、今の状態ではそれに対して指針を出す事はできないから余計にだ。
しかし、次にはその心配も無くなる。
「変わらないよ」
すずかの言葉。
それは優しいだけではない確かな想い。
「なのはちゃんは何も変わってない。
たとえなのはちゃんの周りに何かが起きているとしても、なのはちゃんはなのはちゃんだよ」
「すずかちゃん……」
「今なのはちゃんは答えの見えない悩みを抱えすぎて疲れているだけ。
でも、なのはちゃんがなのはちゃんである事には変わりない。
なのはちゃんは今でも私がよく知るなのはちゃんだよ」
「すずかちゃん、ありがとう」
なのはの声に力が……いや意思が戻る。
どうやらなのはは己の道を思い出した様だ。
「いい友達を持ったな」
「ふふ、いい子ね、すずか。
さっすが私の妹」
恭也と忍はその場から離れつつ、呟く。
元々それがあったかこそ成り立った計画であるが、しかしそれはここに証明された。
なのはは良い人に囲まれ、これからも強くなるだろう。
それから、なのはが帰るのを隠れて見送った恭也と忍。
その後で、恭也達はすずかの前に姿を現した。
「恭也さん! いらしてたんですか」
恭也の姿を見て驚くすずか。
その驚きは、何故今まで姿を見せなかったのかというものだ。
「ああ。
なのはには良い友達が居るからな、俺は必要ない」
恭也はすずかが言わんとする事を承知した上で応えた。
それは嘗ても述べた事である。
「でも……」
「実際、君の言葉でなのはは立ち直った」
先程なのはの前にいた時とは違い、不安げな様子のすずか。
それに対し、恭也は事実としてあった事をそのまま告げるだけだ。
「違います」
しかし、それに対してすずかは否定の言葉を放つ。
それは誰よりも自らに対して。
何故なら―――
「私はなのはちゃんにとって良い友達なんかじゃない。
私は秘密を抱えたままなのはちゃんの前にいる」
それはすずかの最大の悩み、夜の一族であるという事。
「なのはも君に秘密を持っているぞ」
しかしそれならば、なのははある意味ですずかよりも大きな秘密を抱えている。
恭也が忍にも話せない事と同様に、なのはは今後この秘密を誰にも話せないだろう。
たとえすずかが自分の秘密を打ち明けようと、なのはは打ち明ける事はできないのだ。
「だからこそです」
しかし、すずかはそれを前提として話す。
先のやり取り意味を。
「私はいつかなのはちゃんに自分の秘密を打ち明ける。
その時なのはちゃんが強ければ、受け入れてくれると思う。
だから、私はなのはちゃんが強くあってくれないと困るの。
だから、私はなのはちゃんの為ではなく自分の為になのはちゃんを―――」
涙を浮かべるすずか。
愛しい親友と言いながら、その心を利用しているとすら言える自らの行いに。
自分は本当になのはの傍にいてはいけない醜い化け物なのだとすら考えてしまう。
「それは違うぞ、すずか」
「ええ、違うわよ、すずか」
だが、恭也はそんなすずかに力強く告げる。
そして言葉を続けるのは忍だった。
「確かにさっきの会話は貴方自身の為という側面もあったのでしょう。
けど、貴方はその言葉の中に『強さ』という表現を何処にも入れてないわ。
ただ純粋になのはちゃんがどうだったかを思い出させてあげただけ」
「ああ。
あれならばなのはは正しく自分を取り戻せるだろう」
すずかの頭に手を置く恭也。
頬を流れる涙を拭うのは忍。
「私だって恭也の弱気発言なんて聞きたくないもの。
ただの愚痴の1つ2つなら兎も角ね。
もし恭也が自分を見失っているなら、引っ叩いてでも取り戻させる。
それは、私が恭也が好きだから。
好きな恭也で居て欲しいから。
そんな私の我侭よ」
「その時は頼む」
「ええ」
笑みを浮かべる兄たる恭也と姉たる忍。
その間にあるのは確かな絆。
「お姉ちゃん……恭也さん……」
顔を上げて見るその2人の姿は、眩しいとすら思えるもの。
「だから、君は君であればいい」
「ええ、貴方は良い子よ。
そこまで悩めるなんて、本当に良い友達を持ったわね」
すずかがここまで自分を追い詰めてしまうくらい想っている相手。
そう言う人がいる。
それは大変な事であるかもしれないが、しかし大切な事だとも想う。
「私は今でも時々考えます。
いっそ、なのはちゃんを傀儡にしてしまえばと」
涙は止まった。
しかし、そこで新たに告白する。
自らの闇たる部分を。
夜の一族である忍やすずかは催眠能力を使える。
それによって記憶の操作から思考の操作すらできてしまう。
それは主に一般社会の中に溶け込む為に必要な技能であるが、数度に分けて掛ければ、対象の人物を意のままに動かす人形にもできるのだ。
「あら、私だって恭也に催眠を掛けようか、なんて考えた事はあるわよ」
記憶の操作は場合によっては忍でも使うが、催眠による傀儡化は忌み嫌ってすらいるものだ。
だが、それを使ってでも維持したい、傍に居て欲しいと想う人がいる。
そう想ってしまう『欲』は存在する。
だが、それはきっと誰にでも在ること。
「けれど、していない。
忍も君もだ。
俺とて忍を俺だけのものにしてしまいたいという欲はある。
そう、やり方に違いはあるにしろ、それは誰にでもできる事だ。
しかも君なら誰にも気付かれずにそれを実行できる。
普通の人間よりも遥かに簡単にそう言う事をできてしまう君がその手段に訴えていない。
それは君が良識を弁えると同時に、自らの意思を持って欲を制しているからだ」
「これを良い子と言わずなんと呼ぶの?
それに、今貴方は自分からそうやって自らの暗い部分を告白した。
なかなかできない事よ」
2人はすずかの告白を受けて尚、変わらぬ態度で接する。
忌み嫌われる覚悟すらしての告白ですらだ。
「私は……強くなりたい……」
再びすずかは涙を流した。
大きな目標を目の前にして。
自分もこう在りたいと願って。
「なれるわよ。
貴方がそう想うならば」
「その想いが意思となるならば」
それから2人は涙を流すすずかの傍に居る。
大切な想いを一緒に抱きながら。
夜
夕食を一緒に摂り、すずかが寝てしまった後、恭也は屋敷を出る事になった。
今日はそもそも泊まる予定ではなかったので見回りに出る為だ。
「う〜ん、しかし今日始めて姉らしい事ができたわ」
すずかの居ないところでちょっと安堵する忍。
すずかに姉と呼ばせているが、それらしい事ができていなかった。
いや、そもそも姉とはいかなるものかを知らなかった。
だが、少なくとも今日は年上の女性らしい振る舞いができたのではないかと思っている。
「別に特別な事をしなくてもお前はあの子の姉だろ」
恭也はそれに対し、素っ気無い風でもあるが、しかし深く静かに述べる。
日常の中でもちゃんと忍はすずかのと姉として、家族としてここに在ると。
「そうかしらね。
なら、恭也もちゃんとなのはちゃんの『兄』だと思うわよ」
「どうかな」
忍は、恭也がなのはに対して兄らしい事ができていないのを気にしている事を知っている。
恭也の場合は日常的な事に関してもあまり傍にいる事ができず、できていないと思っているのだ。
しかし、今こうして在ることそのものが妹なのはの為である。
そう、どんなに離れていようとも恭也はなのはの兄として常に想っている。
家族とは傍に居るだけが家族ではないのだとここに証明している。
「自覚ないわね〜、人の事言えないかもしれないけど。
まあ、いいわ。
いってらっしゃい」
恭也自身が納得していないものをとやかく言えるものではないだろう。
話を切り上げ、忍は恭也を見送る。
部屋の窓から外へと出る恭也を。
異界の技術の設計書を手に入れてしまうくらいの場所に行こうする恭也を。
「ああ、行ってくる」
忍に見送られ、恭也は行く。
この夜の闇の中へ。
忍は恭也の内縁の妻を自称している。
それは冗談として受け取られがちであるが、しかし忍はそれがどういう事かを解った上での自ら称している。
去年1年で数多くの事件に関わり、そして死に掛ける事すらあった恭也の妻―――それがどう言うものかを。
忍は去年、恭也に助けて貰った者の1人だ。
事件自体を解決したのはノエルの方が役割として大きいかもしれない。
しかし、何も失わずに済んだのは恭也が居たからだ。
そして、恭也はそれ以外にもいくつもの事件の裏で活躍してきた。
直接事件を解決はしなくとも、多くの命と心を救った人なのだ。
そう、恭也とはそう言う人だ。
決して自己犠牲などという精神ではなく、自分の目に映る護りたいと想うものを護る人。
己の歩んだ道をもって戦い続ける人。
それは、何時何処で死んでもおかしくは無い道である。
だが、忍はそれを止められない。
忍自身そうした恭也に助けられた者の1人である。
いや、それ以上に、そんな恭也を忍は愛してしまったのだから。
「いってらっしゃい。
待ってるわ」
だから忍は恭也を送る。
帰ってこれないかもしれない遠い場所へ行こうとしていると知っていても。
けれど、そんな背中を信じて。
深夜 商店街
屋敷から出た後、ジュエルシードの鼓動を感じて駆けて来た恭也。
屋根の上から見下ろすのは1人のサラリーマン風の男。
一見して怪しいところは無いが、しかし深夜とはいえ商店街のど真ん中。
それも車も通らないとは言え車道の上を歩いているのだ。
『ふぅ……リンディさん、結界を』
『了解』
キィィィィンッ!
ヴォゥンッ!
世界が切り替わる。
この商店街全域が、本来の世界から作り物の世界に。
万が一にも人に見られたら警察に連絡されかねない。
そうなると厄介だ。
その為、恭也は最早存在を隠すだけでなく、完全に世界から隔離する事にした。
しかし、今回は後からなのは達とフェイト達が中に入って来られる様に設定をした結界だ。
キィィィンッ!
結界展開完了とほぼ同時にジュエルシードが起動する。
結界の設定上、その変化もちゃんと外に漏れている。
だから、ちゃんとなのは達はここにこれるだろう。
「さて、暫く相手をしようか」
男の前に立つ恭也。
どういう想いをもってジュエルシードを手にしたか、それくらいは見極めておこうと。
「フフ……フハハハハハハハ!!」
恭也の姿を見た途端、壊れた様な……いや事実壊れた笑い声を上げる男。
そして―――
ォウンッ!
空間が歪む。
この場の時空が外部からの力で捻じ曲げられる。
「ギャオオオオンッ!」
出現するジュエルシードの防衛機構たる闇の獣人。
それも尋常な数ではなかった。
男を取り囲む様に軽く50体。
今までの出現数からみても異常極まりない数だ。
「ほぉ……」
失敗したかもしれない。
そう恭也は思っていた。
この相手はフェイトがやるように発動しきる前に封印すべきだったのかもしれない、と。
(そもそも何かが違う)
既にシンクロしている為リンディの意見は聞けない。
だが、識から見てもおかしいと感じるし、シンクロしているからこそ同じようにリンディがおかしいと感じているのも解る。
防衛機構の出現の仕方もおかしいが、それよりもジュエルシードの持ち手の様子が―――
ザッ ザッ
一歩一歩、慎重に恭也との距離を縮める防衛機構軍。
これもまた今までに無かった事。
伏兵紛いのことをしていたりはしたが、まるで作戦を練った上で統率されているかの様な―――いや、事実統率されている動きだ。
「さて、どうしたものか……」
恭也は警戒する。
防衛機構一体一体は大した強さではないが、しかしこう固まって動かれては攻めるのも容易ではない。
いや、それ以前に、近づいてはならないとカンが告げている。
恭也の今までの戦闘経験からなる直感が、危険を訴えているのだ。
その時だ。
(むっ!)
この結界内に侵入者を検知する。
設定された侵入者であり、数は2、フェイトとアルフだ。
恭也とはジュエルシードの持ち手を挟んで丁度逆側に現れ、侵入とほぼ同時に、何の躊躇も無くフェイト達は突っ込んでくる。
確かに今フェイト達の方面に防衛機構は展開していない。
現在展開している防衛機構は全て恭也に向けて行進している。
後ろはがら空きで、フェイト達にとっては好機に見えたかもしれない。
だが、だからこそ危ない。
(いかん!)
ドクンッ!
恭也は神速を発動した。
白黒になる世界、重くなる空気。
タンッ!
恭也は跳ぶ、ヘルズライダーをもって。
地に犇めく防衛機構を越え、ジュエルシードの持ち手の更に先にいるフェイトの下へ。
恐らく、この方法で防衛機構を無視するのは、他の方法で不意を突かぬ限りこの1回限りとなるだろう。
しかし、それでも―――
「ギギッ!」
それと同時に防衛機構も動いているのだ。
僅か数体であるが、フェイトの接近に気付き、持ち手を防衛する為に1体がフェイトの前い立ちはだかる。
「はっ!」
フェイトはその1体に対し光の大鎌を振るった。
並んで飛ぶアルフは恐らく持ち手を狙っている。
今の1体の撃破で遅れるフェイトの封印行動の為にジュエルシードの持ち手を押さえる気だろう。
キンッ!
光の刃によって、ジュエルシードの持ち手の前に立ち塞がっていた防衛機構は縦に真っ二つとなる。
通常ならそれで消えてしまう筈だ。
通常なら……
「ギギ……」
恭也も、フェイトもアルフも見た。
斬られ、消え行く筈のジュエルシード防衛機構がニヤリと顔を歪めるのを。
それと同時に、その身体が発光する。
「―――っ!!」
フェイトは気付く、この防衛機構に起こる変化に。
アルフも気付いた様だが、今からでは間に合わない。
ダンッ!
そこへ恭也が到着した。
同時に着けているマントを切り離し、今発光している防衛機構にかぶせる。
「え?」
「なっ!?」
バッ!
それは恭也の行動に対してか、それとも防衛機構の反応に対してだったのか、フェイトとアルフが疑問の声を上げるが、それを無視し2人を抱えて恭也は跳ぶ。
カッ!
ドッゴォォォォォンッ!!!
背後で聞こえる爆音。
確かめるまでも無い。
ジュエルシードの防衛機構が爆発したのだ。
リンディが作り出した頑丈なバリアジャケットの一部であるマントを絡めてきたと言うのに、背に強烈な爆風を感じる。
もし直撃したならばバリアジャケットの上からでも人を死に至らしめるだろう。
(どんな想いをカタチにしたらこうなる!)
ある疑念を抱きながら恭也は更にそこから走っていた。
右腕にフェイトを、左肩にアルフを抱いて。
2人は恭也の顔を見ている様だが、気にしている暇はない。
「ギャオオンッ!」
2人の少女を抱きかかえた状態の上、既に神速も限界だったので解いている。
その為移動速度も落ち、数体の防衛機構が並走している。
追いつかれたのではない、恭也達の進行方向に出現されたのだ。
フッ!
どの様な基準で出現してくるか解らない防衛機構の群れの中で、恭也は1度足を掴まれた。
それはホンの一瞬で、走っている状態というのもあり、即座に振りほどいた。
その次ぎの瞬間だ。
(むっ!)
恭也は今の状況では囲まれるという危険がありながらも路地裏に入った。
そうせざるを得ないと判断したのだ。
カッ!
ドッゴォォォォォンッ!!!
その背後で、恭也を1度掴んだ防衛機構は爆発していた。
おそらくは、ニタリと笑いながら。
爆発の直撃は建物を盾にして防いだが、それでも閃光と衝撃は凄まじい。
(攻撃を受けるか、敵を掴むと爆発すると考えるられるな。
防衛機構自体を武器としている事に間違いはない)
そんな事を考察をしながら、恭也は路地から屋根へと昇り、更に駆ける。
なんとか振り切ろうとするが、先回りされて出現されるのではそれも難しく、止まれば囲まれてしまう。
今はまだフェイトとアルフを抱えたまま。
抱えて走るくらいなら、2人には自力で飛んでもらった方が逃げやすいだろうが、こんな状況では2人を降ろす事もできない。
投げ飛ばしてその勢いのまま飛んでもらう手もあるが、防衛機構の出現パターンが読めない以上は危険だ。
(ちっ!)
後は、今居る敵をある程度片付けてから恭也が空に上がる方法。
しかし、この敵相手では近距離攻撃は避けるべきで、恭也は遠距離攻撃の手段が限られている。
しかも手を使わなくてはならない物だ。
更に状況は変化する。
(むっ! なのは達か!)
結界に侵入者がある事が解った。
それも恭也が今向かっている方向にだ。
そして、直ぐに上空にその姿が確認できた。
「さあ、誘いにのってやったわよ!」
宣戦布告のつもりか、アリサが叫んでいる。
まだ状況が全く見えていないだろう。
(間の悪い!)
心の中で舌打ちするがそれは仕方ない事。
だが、それに更に悪い事が重なる。
恭也達を追っていた防衛機構の1体がなのは達の出現に気付いたのだ。
「防げ!」
それを見た恭也は叫んだ。
それだけでは解りにくい言葉だろう。
何せ向こうは状況が解っていないのだ。
しかし向こうにはなのはが居る。
恭也の思考を元にした戦闘理論を使っているなのはが。
いや、それ以前に恭也の妹たる『なのは』がいるならば、この言葉だけでなんとか意図を汲み取れるだろう。
「え?」
なのはが恭也の言葉で防衛機構の接近に気付いた。
今の距離ならば迎撃するという選択もできただろう。
だが―――
『Wide Area Protection』
なのはがレイジングハートに命じたのはバリア魔法。
しかもちゃんと仲間全員を覆う広域バリアだ。
今のなのはの力を考えれば大凡最大出力のもの。
ちゃんと意図は伝わった様だ。
ならば―――
(実戦で試す事になるとはな!)
スッ
恭也は腕とジャケットの内側に仕込んである小刀を8本取り出す。
両手両指の間に持てる最大数だ。
「あ……」
小刀を取り出す際、腕に抱いているフェイトを少々きつく抱きしめる事になり、声が漏れる。
それに小刀を出すところも見られている。
だが少々耐えてもらわねばばならないし、見られてる事はフェイトになら良しとしよう。
そうして恭也は次の行動にでる。
(放つイメージ……)
恭也は始めての攻撃用魔法を試みる。
恭也には魔法の才能は全くと言ってよいほど無い。
それ故どう鍛錬したところで実用レベルの魔法は習得不能とされている。
だが全く使えない訳ではなく、デバイスを持った状態で使い方次第なら―――
『Dark Dagger』
ヒュンッ!
デバイスから発せられる即席の名前。
そして放たれる小刀。
手首のスナップだけで放ち、それを魔法で加速させる。
そう、極々単純な『弾く』魔法。
実用どころかフェイト達なら子供の遊びに等しいレベルのものだ。
ガスッ! ガスガスガスッ!!
しかし、恭也の技能と実物としてある小刀があれば、十分な攻撃手段となる。
流石に全弾命中とはいかなかったが、それは初めての試みであり、状況も理由として言える事。
ともあれ、なのはに向かっていた防衛機構と、恭也達を追ってきていた防衛機構、その標的としていたものには全て攻撃は命中した。
(さて、フェイトとアルフは今の攻撃をどう見るか……)
そんな事を考えながら恭也は2人を強く抱きしめて、より体勢を低くして跳ぶ。
爆発する防衛機構との距離が近いのだ。
2人を護るならば走り抜けるしかない。
カッ!
ドッゴォォォォォンッ!!!
閃光の後、爆発する防衛機構達。
―――しかし、その衝撃が恭也を襲う事はなかった。
「ふむ」
恭也を覆う様に展開される黄色のシールドと赤橙のシールド。
言うまでも無くフェイトとアルフのものだ。
自分達だけを護れば良いだろうに、恭也までその効果が及ぶ様に広域に展開されている。
それにより恭也も無傷のまま、この爆発を利用して一気に敵と距離を取ることができた。
「なっ!」
「これ……」
「防衛機構が……」
上ではなのは達の驚く声が聞こえる。
それはそうだろう。
今まで単純に襲いかかってきて、一撃入れれば消えてしまった筈の防衛機構がこれ程強力な爆発を起こす様になったのだ。
戦闘として考えるだけでも脅威な事だろう。
しかし、なのはの驚きの声には違うものが見える。
防衛機構が爆発の一瞬に見せる、あの歪んだ笑みに恐ろしいモノを感じているのだろう。
だがそれは自身の死に対する恐怖ではなく、嫌悪にも似た恐ろしいと思う感情だ。
「まったく、間の悪い時にきたものだ」
恭也は上の3人にも聞こえる様にそう呟きながらフェイトとアルフを降ろす。
どうやら敵側も1度体勢を立て直す気らしく、防衛機構の出現は止まったところだった。
「……」
「……」
フェイトとアルフは複雑そうな顔をしているが、とりあえず敵を見る。
やはりやるべき事はちゃんと弁えているのだ。
先程走っている間にもあったのだ、恭也を攻撃するチャンス、ひいてはジュエルシードを奪えるチャンスが。
それを一切する様子すらないと言う事は―――
(ああ、だからこそ俺は―――)
2人を見て心の中だけで笑みを浮かべる恭也。
己の歩む道を改めて自分にとって正しいのだと思いながら。
上の3人が先の呟きで視線が来ているのを確認した恭也。
そこでやっておくべき事がある。
「アレが今回の相手だ」
指す方向は今来た道の先、今回のジュエルシードの持ち手。
何処にでもいるだろう、若いサラリーマン風の男だ。
「ハハハハハハハハハハッ!」
50体近い爆発する防衛機構を従え、壊れた笑い声を上げる被害者。
何を想ってこうなったのかは解らない、だがこれが今回の敵。
「何を想ったか知らんが、アレは防衛機構に自爆機能を付与したらしい。
攻撃を食らうか、敵を掴めば爆発する。
どちらも爆発までにやや時間差はあるが、もし掴まれてしまっては逃げる事も防ぐ事も難しい」
手早く、しかし正確に説明を済ませる。
相手は待ってくれないのだから。
何せ今回はあまり余裕の無い相手だ。
なのは達でも、フェイト達でも、そして恭也でもだ。
「手堅く攻めるなら遠距離攻撃を使うべきだな。
あの爆発は受けられるものではない」
リンディの強靭なバリアジャケットのある恭也ですらアレの直撃は受けられない。
リンディがシンクロを停止し、バリアを展開すれば何とかなるだろうが、立ち止まってしまえば連続で攻撃を受け何れ破られる。
それでもリンディなら遠距離攻撃手段も持っているのだから有利になるだろうが、近距離に出現した時の対応速度が落ちてしまう。
瞬時にシンクロ状態と分離状態を切り替えられず、恭也とリンディの力を同時に使う事もできない。
どちらにしても、不利な分がある恭也とリンディの組み合わせ。
しかし、元より迷う事はない。
ここは恭也がメインであるべきだ。
何故なら―――
「言うとおりにするのもシャクだけど、仕方ないわね。
なのは、久遠」
「OK」
「うん」
恭也の忠告通り、現状において常道と考えられる遠距離攻撃で攻めるつもりのなのは達3人。
傍にいるフェイト達もそのつもりの様だ。
恭也達の信じる少女達がここにいて、それも共闘できるという環境にある。
この少女達の為にこそ裏で動くのは恭也の役目。
「さて……」
屋根の上に昇る恭也。
例え手持ちで遠距離攻撃手段が乏しく、牽制程度にしかならなくとも、できる事はある。
「ギャオオオオオンッ!」
咆哮と共に防衛機構たる闇で構成される獣人が動く。
数を持って攻めてくると同時に、その制御された動き、もはや飛行するタイプまで揃え、闇の獣人による壁がそこにできる。
なのはの精密な射撃を持ってしても通す事はできないだろう計算された整列だ。
同時に、恭也の神速ですら回り込めぬ程の広域に展開している。
(確実に学習しているな。
だが、まだ―――)
それを見ながら考える。
今後の展開と、この戦闘の勝利を。
『Photon Lancer』
キィィンッ
ズダダダダンッ!!
『Divine Shooter』
キィィンッ
シュババババンッ!!
フェイトの光の槍となのはの光の魔弾が発射される。
フェイトは5基の発射台を生成し、連射。
なのはは4基の発射台を生成し、操作した上で狙撃とする。
時間あたりの大凡の撃破数はフェイトの方がやや上だろう。
「ギギ………」
カッ!
ドッゴォォォォォンッ!!!
ズドォォォンッ!!
ゴォォォォォォンッ!!!
なのはとフェイトの攻撃は1つも外れる事なく、迫り来る防衛機構を爆砕させる。
壁の如く迫ってくる防衛機構であっても、弾幕の如き2人の射撃の前に前進できずにいる。
(ふむ……)
だが、敵を押し返す事もできていない。
敵は爆発する事によりその奥への射撃を許さず、新たな防衛機構が生成される時間を稼いでいる。
「ふんっ」
ガッ
恭也は今立っている偽物の建物の屋根部分のコンクリートを棍を突き立てて砕いた。
この空間の偽物の偽物の存在達は本物の構成に似ていて、しかしやはり偽物である為やや脆い。
砕くのは簡単だが、唯砕くのではなく、ある程度揃った破片が出るような砕き方をする。
ビー球程度の大きさの破片が10数個できあがる。
(一撃耐えられるだけの護りを)
そして、魔法を構築する。
『Dark Coat』
キィィンッ
リンディによって名が告げられ、発動するのは簡易のバリア魔法。
なのはの使うマジックコートや通常時のバリアと比べると紙以下の、その場凌ぎにすらなるか解らない小さな護りの力だ。
それを今舞い上がる破片に付与する。
「はっ!」
ドゥンッ!
そして、その力によって護られた破片を蹴る。
正確には蹴り飛ばす。
舞う10数個の破片全てを一撃で。
そうして飛んで行く小石は偽物の世界の破片は、闇の塊たる防衛機構へと突き進み―――命中する。
「ギギ………」
カッ!
ドッゴォォォォォンッ!!!
ズドォォォンッ!!
ゴォォォォォォンッ!!!
本来なら倒すほどの威力は無かった筈だ。
しかし、今回の防衛機構の特性故、爆発させるならそれで十分だった。
流石に全弾命中とはいかないが、今ので15体ほど倒した筈だ。
(やはり誘爆はしないな)
そんな攻撃をしながらも、恭也は冷静に観察していた。
なのはとフェイトの射撃でも予想できたが、あれだけ密集しておきながら爆弾である防衛機構同士では誘爆が起きていないのだ。
味方の爆発は攻撃とは見なされないばかりか、影響を受けない様にも見える。
味方の爆風で列を殆ど乱していないのだ。
嘗て、フェイトに封印されたジュエルシードの防衛機構はジュエルシードが具現化した願いの形に押しつぶされて身動きが取れなくなっていたというのに。
どんな原理で爆発という攻撃が敵味方識別できるのかは知らないが、逆に利用する事もできるだろう。
「なんて……上手い……」
上ではアリサが声をもらしていた。
驚異的なものを見るような、そんな声だ。
(この程度で驚かんで欲しいのだがな。
まあ、それならそれで教える事があるという事だが)
確かに恭也は魔力が無いが故の工夫でこうしている。
しかし、だからこそ効率的に見ればなのは達よりも遥かに高いだろう。
その分技術が必要になる為、フェイトでも同じ事をするのは難しいだろう。
「戦闘経験はかなり上ね……
更に、そもそもこの結界を維持しながらだし魔力も……」
アリサが呟き、なのはと久遠も同意している様子。
今後恭也と戦う時のことを考えているのだろう。
(結界に関してはリンディだからな、当然のことだ)
アリサ達、フェイト達は恭也の事をSクラス並の魔導師で、戦闘技能まである強者だと思っているだろう。
リンディとシンクロしている為、リンディ分の魔力が恭也の物の様に見えている筈だからだ。
そして技術は、魔法が使えない為、いやそもそもそんな術を知らないが故に磨いてきたもの。
それに関しては魔法を会得する為の鍛錬をしてきた者にはそうそう負ける事はないだろう。
故に、今両方を持っている様に見える恭也は相当の強者に見える筈だ。
事実として、リンディのバリアジャケット纏う恭也は、攻撃魔法等は使用できなくともかなりの強さを誇るだろう。
援護ができない代わりとしてもあるバリアジャケットは、恭也単独ならばほとんどバリア魔法を必要としないくらいの強靭さなのだ。
ただ、今回の様に0距離での爆発を完全に防げる程の強度はない。
今回の防衛機構の様な攻撃手段と威力はほとんど想定外であった。
それは今はいいとしよう。
戦闘は続いている。
それに今しがた久遠とアルフの攻撃の準備が整った様だ。
「はぁぁぁっ!」
ズガァァァンッ!
収束した雷をほぼ一直線に放ち、その効果範囲に居る10体近くの防衛機構を消し去る。
(む……)
そう、消し去っている。
爆発が起きないのだ。
それが雷の特性故なのか、爆発するといっても火薬出てきている訳ではないから、全身を破壊されると爆発できないのか。
そこまで解析する事はできないが、しかし有効な手となるだろう。
「このっ!」
ヒュンッ!
更に、アルフがリング型で射出誘導タイプの拘束魔法を放つ。
「ギ……」
……カッ!
ドッゴォォォォォンッ!!!
拘束は有効な様で、攻撃扱いにはならないらしい。
だが、動けなくなると自己判断で自爆する様だ。
その場合自己判断が下るまでの時間が僅かにある。
こちらも有効に使えるだろう。
「くーちゃん」
「うん」
なのはは久遠と連携をとる為に名前を呼ぶ。
「アルフ」
「OK」
ほぼ同時にフェイトもアルフと作戦を練った様だ。
(良い目をしているな)
今の一手だけでなのはとフェイトは勝利への道に気付いている。
僅か一瞬の思考によって、それを最大限に活用する方法まで選んでいる。
なかなかできぬ事であり、優秀な事だ。
しかし―――
(まだ危ういな。
敵は学習しているのだから……)
恭也は構える。
2人をフォローする為に。
「ああああああっ!」
バチッ! バチバチッ!
久遠は雷の力を収束している。
こちらはまだ少し時間が掛かるだろう。
「いくぞ!」
キィィィィンッ!!
先に準備が整うのはフェイトの方だ。
アルフが10個近い拘束魔法のリングを展開している。
ガキンッ!
『Shooting Mode
Set up』
『Scythe Form
Set up』
だが、どちらも己の方の準備を整えている。
2人とも己が最も得意とする力を。
そして、やはり先に動いたのはフェイトの方だった。
『Arc Saber』
ヒュンゥッ!
「ギギ……」
カッ!
ドッゴォォォォォンッ!!!
アークセイバーが放たれ、近くにいた一体が爆発する。
それによって穴ができるのだが、そこに新たな防衛機構でその穴は埋まってしまう。
しかし、そこへ
「いけ!」
ヒュンッ!
アルフは拘束魔法を放つ。
集まり、穴を埋めるために移動していた防衛機構に。
集まってはいても、まだ穴を埋め切れていないその場所に。
ガキンッ!
そうしてできるのは拘束された防衛機構達が作る小さな穴。
だがそれは僅か数秒で爆発する穴だ。
「ギギギ……」
既に動けぬと判断を下し、自爆体勢に入る防衛機構達。
ヒュンッ!
その間、開けた僅かな道を風が通り過ぎる。
金色の風が。
フェイトのブリッツアクションによる高速移動だ。
あの子の高速移動をもってすれば、爆発するまでの時間にその道を防衛機構に捕まる事なく突き進めるだろう。
だが―――
ドクンッ!
恭也は神速を発動させた。
白黒になった世界でフェイトの後を追う。
何故なら―――
「はっ!」
ヒュッ!
ジュエルシードの被害者を間合いに収め、光の大鎌となっているバルディッシュを向ける。
魔力攻撃設定にされているその攻撃は、握っている手に当てたなら、握っているジュエルシードだけを押し出す事だろう。
上手く行っている様に思えるだろう。
しかし、フェイトは見えていない、男の横の脇道が。
そう、ここは商店街であり、建物と建物の隙間が多数存在する。
そこから飛び出してきたのは、伏兵の防衛機構。
「ギギッ!」
「なっ!」
フェイトを間合いに収め、防衛機構は初めて声を上げる。
それは存在に気付かせ、ジュエルシードの持ち手よりも自分に注意を引かせる為だろう。
そうした相手の策によって、フェイトはやっと気付く事ができる。
ブリッツアクションでの高速移動中、フェイトの視界は極端に狭くなっているのだ。
(ここまで策を練るようになったか)
その光景を白黒の世界の中、フェイトの後ろで確認する恭也。
できればその防衛機構を倒し、封印成功としたかったが、間に合わない。
ガシッ!
パシッ!
完全に不意を突かれ、フェイトはマントとデバイスの先端を掴まれる。
逃がさぬ為と、封印阻止の為だろう。
そして、防衛機構の顔が歪な笑みを浮かべる。
(させんっ!)
ヒュンッ!
恭也は背の八景を抜いた。
なのはが居る場では出してはいけない武装を、しかし必要として。
八景による斬撃で摘まれているマントの端と、杖の先端を掴んでいる防衛機構の手を切り落とす。
「え?」
フェイトには八景の刃が見えてしまったかもしれないが、構わない。
見慣れているなのはや久遠ならこの一瞬の情報でも小太刀だと気付かれるだろうが、そもそもこの世界の住人ですらないフェイトでは武器の種類を特定できないだろう。
それにこの位置、角度からなら、なのはや久遠には八景を見られて居無い筈だ。
バッ!
闇の獣人の手から開放したフェイトを後ろから抱き、恭也はそこから横へと跳ぶ。
カッ!
ドッゴォォォォォンッ!!!
ズドォォォォォンッ!!
ドゴォォォォォォンッ!!!
伏兵だった防衛機構と道で拘束されていた防衛機構が爆発する。
「フェイト!」
アルフの声が爆発の中に消えていく。
アルフの側からは恭也とフェイトの姿を確認できないだろう。
バリンッ!
「え?」
アルフのすぐ横にある建物の壁が崩れ、そこから人影が現れた。
「ふぅ……」
アルフからは恭也とフェイトが見えなかった。
それは当然の事だ。
なにせ恭也は、フェイトを抱いて建物を突き破り建物を伝って移動しているのだから。
この結界内の脆い偽物の建造物だからこそできる荒業だった。
そうして、フェイトを抱いたままアルフの下へともどってきた恭也。
だが、流石にフェイトを助ける際、伏兵の爆発からは逃げ切る事ができなかった。
フェイトは庇いきったが、しかしバリアジャケットはもうボロボロの状態だ。
フェイトもあのタイミングでは護りを展開するのが間に合わなかった。
恭也自身は無事だが、次はもう無いだろう。
「あ……」
アルフの傍でフェイトを降ろす。
フェイトは何か言いたげだったが、しかしそれ以上聞く事はなかった。
すぐに恭也が移動したのだ。
(建物の中の移動がアレだけ簡単だとすると……)
知識としてはあったが、実際やってみて確信した。
そこに建物があるならばある程度攻撃にたいする盾として利用できると同時に、物理破壊には脆く、敵の視界に入らずに移動するトンネルとしても利用できる。
「ああああああっ!」
上空ではなのは達の方の作戦が展開されていた。
久遠が収束した雷を放つところだ。
ズガァァァァァァァンッ!!
そして、ほぼ一直線に放たれる雷。
「ギ……」
その一撃は防衛機構に爆発すら許さずに全て消し去ってしまう。
そうして作られたのは防衛機構が再び数をそろえて埋め尽くすまでの僅かな時間だけの一直線の道。
なのはの射撃を一瞬だけだが、しかし通す事ができる道だ。
防衛機構が再び数を揃え、その道を埋め尽くすのに大した時間は掛からない。
だがなのはの射撃能力なら、その僅かな時間でも道が開けば狙える筈だ。
「ディバィィィィン!」
キィィィィンッ!
既に準備を終えていたなのはが、ディバインバスターによる強制浄化封印体勢にはいっていた。
それを放つ砲台たる杖は、3つの魔法陣と3枚の翼で安定を得た精密射撃用の形態。
この後発射すればなのはの勝利となっただろう。
発射できれば―――
ズガァンッ!
「ギギギッ!」
だがその時、なのはの真下にあった建物の屋根が破壊され、そこから防衛機構の1体が飛び出した。
それは恭也がフェイトを助けた後、安全な場所に移動したのと同じ様に。
(やはりか)
それを確認した恭也は既に動いていた。
ドクンッ!
今日で3度目となる神速の発動。
再び白黒となった世界で恭也はなのはの下へと急ぐ。
バシッ!
パシッ!
「そんなっ!」
なのはもフェイトと同じ様にスカートの裾と杖の先端を掴まれる。
本人の何処かを掴み逃がさない事と、攻撃の阻止が目的だ。
それらの行動意思が何処からか伝えられ、制御されているのだ。
「なのは!」
「なのは!」
気付いた久遠とアリサが声を上げるが、しかし2人ともなのはを助ける事はできない。
伏兵は敵の作戦だが、アリサも久遠も助けが間に合わないのはなのは達のミスだ。
(甘く見ている、というよりも今回の奴が異常なのだがな。
見分けるのは難しいか。
まあ、その為に俺が居る!)
防衛機構が歪な笑みを浮かべたその瞬間、恭也はなのはのすぐ傍にいた。
そして、再び八景を抜き、スカートの裾とデバイスを掴んでいる手を切り落とす。
一瞬の抜刀と納刀。
久遠なら見られていたかもしれないが、なのはならば何で斬ったかは見えていないだろう。
いや、それ以前になのはは攻撃を受けるという状況に対して、反射行動として目を瞑っている。
その後、フェイトと同様に抱いて離れられれば良いのだが、ここで問題があった。
1つは方向の問題。
今恭也となのはと防衛機構の位置関係では、恭也の手がなのはに届かない。
更に久遠とアリサが近すぎる。
このままでは久遠とアリサがこの防衛機構の爆発に巻き込まれてしまう。
(ならばっ!)
そこで、恭也は棍を振った。
爆発しようとしている防衛機構に対して。
既に爆発の体勢をとっているのだ、今更攻撃を入れたところで問題にはならない。
ドゴンッ!
カッ!
ドッゴォォォォォンッ!!!
閃光、爆発。
(くっ!)
なのはの前に立ち、爆風を受ける恭也。
直撃は免れた物の、やはり爆発の力自体が大きく、既にボロボロになっていたバリアジャケットを抜けて衝撃が生身へと伝わる。
それに、フェイトの時もそうだったが、小さな爆発がすぐ傍でも起こっているのだ。
「え?」
爆発が収まり、爆風を受けなかったなのはが疑問の声と共に目を開けた。
「……」
恭也はそんな中、自身の状態をチェックしていた。
(バリアジャケットはもう役に立たんな。
再構築するにはリンディとシンクロを解除した状態でないとならない上に時間がかかる。
ダメージ自体は大したことが無いから良いが……武器は半壊か)
己の武器を確認すると、防衛機構を叩いた先端は完全に砕けて無くなっていた。
恭也の代わりに直撃を受けたのだ、それは仕方ないのかもしれない。
だが、そんな事よりも重大なものがある。
(身体に異常は無い……が、既に三度の神速。
限界は近いし、爆発を近距離で受けすぎた、聴覚も不調だ。
それに―――視界に色が戻らない、か)
恭也の視界は神速を解いて尚白黒のままだった。
それは爆発の閃光を至近距離で受けすぎた為とも考えられる。
だがそれより、近頃神速の度重なる過剰使用によって身体のどこかに障害が起きたのかもしれない。
手足などはリンディのフィジカルヒールで毎度回復し、一見全快している様に見えるが、元より恭也は故障持ちなのだ。
(まあいい、今は―――)
恭也は意識を内部から外部、今の戦闘の状況へと切り替える。
「ちょっと! いつの間に!」
「爆発する奴を叩き落した?!」
アリサと久遠が驚愕の声を上げる。
恭也の接近には気付かなかった様だが、しかしやった事は見えていた様だ。
八景を抜刀は気付かれていないと思うが、やはり観察眼は優れている。
「あ、ありがとう……」
背からなのはの礼が聞こえる。
半ば反射的なものだろう、まだなのはは現状を把握しきっていない。
「さて、少々厄介な事になったな」
そう、厄介な事になった。
これで全員の武器が半壊の状態となったのだから。
そう、この場にある武器の全てが―――
「あ……レイジングハート」
なのはのレイジングハートも、フェイトのバルディッシュも、掴まれた手を消す事はできなかった。
その残った手が爆発し、デバイス本体にダメージを与えたのだ。
爆発自体は小規模だったが、しかし魔法を放とうと魔力を収束していたデバイスの本体だ。
インテリジェントデバイス故に、自己判断で魔法をキャンセルし、誘爆こそしなかったがかなりのダメージを負っているだろう。
しかし、これで2人の少女は自覚するだろう。
己の判断の甘さの結果が形として残り、それを見て2人は―――
「……レイジングハート、大丈夫?」
『No problem.
However, a limit is only 1 time』
「バルディッシュ、いける?」
『Yes ma'am』
そう、2人は問う、まだ戦えるかと。
ミスを認め、己の未熟を知り、尚も先へ進もうとしている。
2人の瞳には一切の揺らぎは無く、前だけを見つめていた。
(よろしい)
この場の少女達全員に背を向けながら、恭也は1人笑みを浮かべていた。
ならば恭也がやるべき事は、先に進む後押しをする。
「では、今度は俺が行くとしよう。
いいな、なのは、フェイト」
それは、全てを行う様な呼びかけであるが、しかし2人なら解るだろう。
「……」
「……」
なのはもフェイトも無言だった。
しかし、応えは来る。
『Sealing Mode』
『Sealing Form』
『『Set up』』
ガキンッ!
封印の為の形態へとデバイスが変化する。
2つともこの戦闘内では後一回しか撃てぬだろうが、しかしそれを絶対に有効にする為に。
恭也はあくまで道を開くだけ。
その先でやる事は全てこの少女達のやるべき事だ。
「仕方ない」
「うん」
「それしかないなら」
久遠もアリサもアルフもやるべき事に納得する。
やはりこの3人も解っている。
2人の良き理解者達。
そうだ、この3人もまた―――
「では行くぞ」
タンッ!
恭也は走った。
こうして全員の前で見える速度で飛ぶ為、恭也が使う飛行魔法の正体は知られてしまうだろう。
だがそれはいいだろう。
今後の為にもそれくらいの情報は残しておいて構わない。
「ああああああっ!」
バチッ! バチバチチッ!!
ズダァァァァァァァンッ!!
作戦など話し合う必要も無く、まず久遠が攻撃する。
そうしてまず道が作られた。
しかし、その道は今の恭也の速度では通り抜ける前に閉じてしまう道だ。
恭也は神速を使わない。
使用限界を過ぎているのもあるが、それよりも先程のフェイトとなのはの攻撃の際に伏兵が存在していた。
伏兵を見極める為、そして封印魔法を準備中のなのはとフェイトに攻撃がいかない様に、囮としての役割もある。
「いけ!」
ヒュンッ!
ガキンッ!
続けてアルフが拘束魔法を放つ。
久遠が作った道を埋めようとする防衛機構達に対してだ。
それによって出来上がるのは、防衛機構達に囲まれた一筋の道。
拘束から爆発までの時間は先程のフェイトの攻撃時から把握している。
恭也の今の飛行速度はそれを考慮に入れて、ぎりぎり抜けきれる速度になっている。
だが、その前に拘束されていない防衛機構達が、拘束されている防衛機構を抜けて穴を埋めてしまうだろう。
「まったく、せっかく完成したのに、あの男の援護か……」
そこで、そんな事をぼやく1人の少女がいる。
ぼやきながらも、しかしやる気に満ち溢れる声を出す最後の1人が。
「まあ、仕方ない」
その者、アリサ・B・ハラオウン。
時空管理局執務官補佐を務める若干9歳の少女。
更には現状その少女は体がまだこの世界に適応しきれず、愛用のデバイスすら無い状態。
だが―――
「スティンガーブレイド
エクスキューションシフト」
ブォゥン……
その少女が言葉とし、世界に展開するのは無数の魔刃。
少女の魔力の色であり、瞳の色でもある碧色の刃。
その数―――百を数えている。
「―――っ!」
「―――っ!」
その光景になのはもフェイトも息を呑む。
恐らくなのはすら初めて見るのだろう。
アリサの本気の攻撃魔法の力というものを。
「ふぅ……やっぱりデバイス無しじゃ半分も出ないわね。
でも、ま、十分でしょう」
更に少々自慢げにすら聞こえるようなぼやきが聞こえる。
そう、デバイスの無い状態でコレなのだ。
あったなら一体どれ程になるのか。
このスティンガーブレイド・エクスキューションシフトという魔法は広範囲魔法に属する。
その数をもって広域に放ち、弱いながらも持つバリア・シールド貫通能力によって敵の護りを貫いてダメージを与える事ができる。
一発の攻撃力は確かに低いが、その『処刑』の名に恥じない破壊力を持つ。
「いけ!」
ズダダダダダダダダダダダンッ!!
放たれる広域攻撃魔法。
もとより狙いなど殆どつけずに放ち、狙った場全てを殲滅する魔法。
よって、壁の如く犇めく闇の獣人にはうってつけの魔法だろう。
「ギギ……」
カッ!
ズドォォォォォォォォォォォンッ!!!
今この場に存在し、自由に動ける防衛機構全てに攻撃は命中した。
そして起こるのは大爆発。
50体近い防衛機構の爆発だ、この偽りの世界そのもが揺れる。
(流石にリンディの結界でも多少揺らいだな。
しかし、問題にはならない)
そんな爆発の中、恭也は平然と同じ速度で進んでいた。
何故ならば、恭也の行く道は拘束魔法で拘束された防衛機構が囲んでいるからだ。
誘爆を防ぐ為か、互いの爆発ではこの防衛機構は爆発しなし、爆発は防衛機構同士なら無効化される。
それを利用したのだ。
そうして恭也は辿りつく。
ジュエルシードの被害者の下へ。
「はっ!」
「ぐっ!」
ガッ!
この期に及んでも笑い続けているだけで逃げようともしない被害者の手を棍で払い、ジュエルシードを手放させる。
パシッ!
恭也は周囲に新たな防衛機構が出現する気配を感じながらそれを手に取った。
そしてすぐに振り向き、そのジュエルシードを握った手を掲げる。
「なのは! フェイト!」
呼びかけた先、2人は既に準備を終えている。
後は―――
「「封印!」」
『Divine Buster』
『Thunder Smasher』
ズバァァァァンッ!!
ザバァァァァンッ!!
2人が放つ浄化の力を乗せた最大の射撃魔法。
それがこの堕ちたる魔法の種に降り注ぐ。
「ギギギッ!」
その封印の最中、防衛機構達が具現する。
それも一体ではなく、数体。
(ちっ!)
やはりと思いながら、しかし恭也は動けない。
浄化封印中なのだ、移動はできない為回避は不可能。
更には、この自爆する防衛機構には攻撃もする訳にはいかない。
バシッ!
「くっ!」
逃げる事も、払いのける事もできない以上、恭也は防衛機構に囲まれ、掴まれる。
それは押しつぶさん程に、最早逃がさないと集る防衛機構。
そうして―――
『『Sealing』』
キィンッ!
ジュエルシードは確かに封印された。
2人分の力を持って完全にここに浄化され、力を封じられたのだ。
防衛機構が自爆する前に封印は間に合った。
それなのに―――
「そんな!」
それは誰の言葉だったか。
誰もがそれ以外の言葉を失ったのだ。
その場の全ての少女達が。
「ギギギ……」
そう、闇の獣人は消えてなかった。
ジュエルシードは封印され、防衛機構など発生しようも無い筈なのにだ。
その事実を、なのは達が驚愕している事を嘲笑う様に、闇の獣人達は歪んだ笑みを浮かべる。
これは―――今封印した筈のジュエルシードに込められていた想いが具現の力だ。
「ちっ!」
何故、とは最早考えない。
恭也は最後の手段を行使する。
(リンディ!)
(了解!)
キィィィンッ!
ヴォゥンッ!
即座にリンディとシンクロを解除、そして結界を構築。
この爆発しようとする防衛機構達と自分だけの世界をここに作る。
これでなのは達は護れ、後は―――
カッ!
ズドォォォォォォォォォォォンッ!!!
深夜 フィリス宅
草木も眠る深夜。
明日も出勤であるフィリスは自宅のベッドで眠っていた。
だが―――
「……んん……ん?」
突然何かに呼ばれたような気がして起きる。
ややふらつきながら部屋の窓まで行き、窓を開けた。
バッ!
その瞬間、何か黒いものと紅いものが部屋の中へ入ってくる。
「え?」
驚いて振り向くフィリス。
そこに居たのは……
「フィリス、すまない……」
ポタ…… ポタ……
傷つき、血を流す恭也の姿だった。
「恭也!」
それから、恭也を治療するフィリス。
しかし、その傷の深さは最早家に常備していた道具類では間に合うものではなかった。
「一体何を……これは何かの爆発に巻き込まれたのですか?
傷が深すぎます、病院へ」
「いえ、それはできない。
だからここへ来ています」
「しかし!」
ミスを犯さない為に冷静に診察と治療をするフィリスだが、流石に声を上げる。
ここに来た時点で、恭也はこの傷を隠したいのだという事は解る。
しかし、そう言っていられない重傷なのだ。
「大丈夫です。
傷自体は深いですが、既に治療しています。
今残っているのはその表の部分だけですよ」
「……確かにこの傷の深さにしては出血量が少ない。
一体どうやって……」
それは診察をして気付いてはいた。
何故か傷の奥は既に治りかけているのだ。
治癒系の能力があるとしても、これは少しおかしいと思える。
外部から治癒の力を使われているというのであればだ。
兎も角、治りかけてはいても、重傷である事には変わらないし、もっとちゃんとした検査も必要だ。
「それは秘密です。
しかし、致命傷を避けるだけでその力は使い果たしてしまいました。
だから、貴方に無茶な事を言っているのは承知の上ですが、残りの応急処置を頼みたい」
「……あくまで応急処置ですか?
つまり、まだ動くと?」
「ええ」
「……解りました。
ですが、明日必ず病院に来てください。
それが条件です」
「解りました、朝一番は無理ですが、昼には必ず」
「約束ですよ」
本当なら今すぐにでも病院に連れて行って治療をしたい。
しかし、恭也がこう言っている時にやるべき事を曲げてくれる人ではない。
それが解っているからフィリスは今できる事だけを確実にやっておくのだった。
応急処置を終えた恭也はフィリス宅から出る。
そこでまずやる事は連絡だった。
奇跡的に無事だった携帯を取り出し、電話を掛けた先は―――
「忍、すずかは寝ているな?」
確認をとって急ぎ移動する。
残った力で空を走る。
完全に動けなくなる前に…………
翌朝 月村邸
朝、着替えを終えたすずかはファリンと共に食堂へと移動する。
「おはようございます、すずかお嬢様」
「おはようございます、ノエルさん」
まず入り口でノエルと挨拶を交わし、食堂へ入る。
すると、そこで2人の人物が待っていた。
「おはようすずか」
「おはよう」
「おはようございます、忍お姉ちゃん、恭也さん」
揃って座っている忍と恭也。
昨晩からずっと一緒だったものと推察される。
そもそもすずかは昨晩恭也が帰るのを見ていないからむしろ当然の事だ。
だが、少し気になる事があった。
「あれ? 恭也さん顔色が優れないですね。
それにおねーちゃんもちょっと元気が無い様に……あっ! な、なんでもないです!」
見た感じでは恭也からは生気が薄く、忍もやや疲れている様に見えた。
心配だったので口に出して聞いてみたのだが、考えてみれば昨晩も2人一緒だったのだろうから―――
まあ、後は年齢に相応しくない想像力が働いた。
「そうなのよ、恭也ったらもう突然ねぇ。
ノエル、私にも精のつくものよろしく。
私の方が吸われたって感じだし」
「また虚言があるな。
すずか、お前の姉はわりと嘘吐きだから気をつける様に」
「恭也にだけは嘘吐きとか言われたくないな〜」
和気藹々と話す2人。
しかしその内容はどうだろうか。
すずかは居心地の悪さというか、羞恥というか、逃げ出したい気持ちになっていた。
「愛なんですね」
ファリンは妙に楽しそうにしみじみ呟いていたりするが。
「あ、ごめんね、私達の話ばっかりで」
「私にお構いなく、どうぞお2人でごゆっくり」
突然話を向けられ、すずかは慌てて応える。
しかし、その言い方が思わぬ攻撃の対象となった。
「あら、2人でなんて。
すずかも来る? 私達の間に」
それはきっと妖艶というのだろう。
そう言う笑みを浮かべながら問う姉忍。
「い、いえ、私は、その……ご、ごちそうさまでした!」
「あ、お嬢様〜」
何を想像したのか、顔を真っ赤にして逃げ出すように食堂を出るすずか。
それを追うファリン。
途中でまた躓いた様だが、自力で立ち上がってまた追いかける。
すずかはこの家に来たことが嬉しいし、楽しいと思えるのだが、しかし同時に思う。
(身が持たないかも〜)
明るい朝の屋敷の廊下で、すずかは心の中で悲鳴を上げていた。
平和な朝の月村邸。
すずかが出た食堂に残る恭也と忍。
「行ったか……」
「すずかには悪い事をしてるわね」
先程まで和気藹々としていたり、妖艶な笑みを浮かべた2人はそこにいなかった。
今はただ真剣な顔で、すずかがもうここでの会話や行いを耳にしていない事だけを確認する。
それを確認し終えると同時に、限界が来た。
「ぐっ! がはっ!」
ビチャッ!
口から紅いものを吐き出す恭也。
その紅は血の紅であると忍達にはすぐに解る。
それもかなりの量だ。
「恭也!」
「恭也様! すぐに車を」
忍は恭也にかけより、ノエルは病院へ連れて行く為の準備をしようとする。
だが、
「大事無い、胃に残っていたのを出しただけだ」
すぐに恭也は制止する。
ただ、食を食べた事により胃の中に残っていたものが逆流しただけにすぎないと。
「恭也……」
それでも心配そうな忍。
そう、それはつまり内臓に血が流れる程の傷を負っていたという証拠でもあるのだ。
「すまんノエル、朝食を無駄にしてしまった」
「いえ、そんな事御気になさらないでください。
ベッドを用意してまいります」
「すまん」
その後、恭也はすずかが学校に出るのを待ち、再び忍の部屋で休む。
増血剤を貰い、更に忍からの輸血を受けた上で。
昨晩の戦いの最後、爆発する防衛機構に囲まれた恭也は、爆発の瞬間バリアジャケットを切り離して爆発から逃れた。
爆発の瞬間は、防衛機構が全て動きを止める時でもある。
バリアジャケットを切り離す事で拘束を脱し、神速で跳び離れたのだ。
その時リンディは結界構築の為シンクロを解除しており、リンディの援護無い為ヘルズライダーもほとんど使えない状態だった。
更に高速移動を使った事と結界構築中だった事もあり、リンディのバリアは殆ど間に合わなかった。
それで完全に逃げ切る事はできず、直撃こそさけたが、ほぼ無防備の状態で大爆風を受ける事になった。
その際、内臓まで衝撃を受け、傷つき、外傷も負ってしまったのだ。
その殆どはリンディのフィジカルヒールで治療したが、全快することができず、フィリスを頼る事になった。
更に月村邸に来てノエルから増血剤を貰い、忍からは直接輸血してもらってなんとか回復したのだ。
まだ全快とはいかないが今日休めばなんとかなるくらいには回復できた。
その後、恭也は忍のベッドで眠っていた。
傷こそ塞がっているが、疲れきり、弱りきった体を癒す為に。
「恭也……」
そんな恭也の傍には忍がいる。
心配そうな、しかし安堵したような顔ですぐ傍で恭也の手を握っていた。
恭也の傷は心配だし、昨晩来た時の死にそうな様子は不安になった。
しかし、今恭也はここに居るのだ。
今確かにここに生きている。
「ありがとう、帰って来てくれて」
そう、だから今は笑みを浮かべる。
忍の知らない場所で何があったかなど、それはどうでも良い事とすら言えてしまう。
今恭也がここに居る事が重要なのだ。
こうやって、たとえ無事とはいえなくともちゃんと帰って来た事が。
元より恭也と忍では寿命の長さが違う。
夜の一族は人間よりも寿命が長いのだ。
その為、同じ時間を生きられない事ははじめから決まっている事。
ならば、忍が恭也に望み、恭也が忍にできる事は―――
「私は、幸せだよ」
穏やかな笑みを見せる忍。
恭也は深く眠り、聞こえていないだろう。
それどころか、このまま2度と起きてこないのではいかと考えられるくらいだ。
だが、それでも忍は幸いであると言える。
やがて忍はそのまま恭也と同じベッドに入り、隣で眠りに着く。
自分もまた恭也に大量の輸血をした為ギリギリの状態だったのだ。
だから今は2人で共に眠る。
何時か離れる時が来ようとも、今は―――
某所
何処かの空間に存在する研究室の様な空間。
明かりの少ないその暗い部屋の中で、今1人の少女が倒れていた。
「ぐっ……は、ぁ……」
苦悶の表情を浮かべ、なんとか立ち上げる紅い髪の少女。
その胸には、何やら紅い液体の入った容器が抱かれていた。
「あの子が……こんな時に魔力を枯渇寸前まで使うなんて……
く……悪い事は重なるものね……」
もう幾たびも経験した発作の苦しみに、更なに重なった重圧と負担。
それによって今しがた生死の境を彷徨っていた。
だが、今はまだ倒れる訳には行かないと、気力だけで起き上がっている状態だ。
「でも、何とか無事ね。
危なかったわ、これが無くなったら、流石に、もう持たない……」
倒れる際、胸に抱き、自分の身体よりも優先して護った液体の入った容器。
その中身、紅い液体はそれ程に重要であった。
今となっては、代えを用意できないのだ。
「ジュエルシードも、大分見つかったし、後少し……」
天井を―――いや、何処か遠い場所、遠い所にある何かを見ながら呟く少女。
その瞳の本来の色は、重度の疲労で色あせかけていても、しかし輝きは失われてはいなかった。
昼 海鳴大学病院
昼下がりの病院の一室。
そこで向かい合う男女の姿があった。
「確かに治っていますね。
失血の問題はありますが、傷自体はもう問題ありません」
「そうですか」
恭也の傷を診るフィリス。
だが、昨晩応急処置をしただけの傷は、既に完治していた。
昨晩診た限りでは、恭也であっても最低2,3週間は入院しなければならない程の重傷だと判断したのにだ。
傷が回復している恭也だが、今この診断にはちゃんと意味がある。
自分の身体とはいえ、リンディの治療魔法があったとはいえ、リンディも医療は専門外だ。
ちゃんと治っているかは専門家である医師フィリスの診断は必要なのだ。
そもそも致命傷とは行かなくとも、重傷だったあの傷をフィジカルヒールだけで治せてしまったのは、リンディの能力の高さと相手が恭也であったからだ。
相手が恭也である、というのはシンクロの事。
シンクロしているから、傷の具合を正確に把握する事ができた。
更にデバイス化していたので、内部から、最も傷の深い部分から治療するなどという離れ技までやってのけられた。
だが、それが上手く行っているかは流石にリンディでは判断しかねる部分がある。
「失った血も、もうほとんど回復してますね。
増血剤は何を?」
「これを」
恭也はあらかじめノエルから貰っていた昨晩使った増血剤の名称、成分、使用量が書かれたメモ書きを渡す。
それを受け取り、パソコンからデータを見ながら検証するフィリス。
「一応今日は絶対必要な事が無い限り安静にしてくださいね」
「ええ」
本来なら入院が必要なものだ。
しかし、恭也の今の事情が解っているから、最大限の譲歩としてそれだけは提言する。
「まあ、これで受けた傷と失血は問題無し、と。
後は……」
傷はもう完治し、フィリスのそれは認める。
それに失った血も後は安静にしているだけ問題はなくなる。
しかし、まだフィリスは続けた。
それ以外の事、そう、目に見える傷以外の問題が残っているが故に。
「これは何色ですか?」
フィリスが取り出したのはハンカチだった。
その色を言えというのだ。
「……水色です」
「そうですか」
恭也の答えに対し、フィリスは一瞬笑みを浮かべる。
目だけ笑っていない笑みを。
そして―――
バンッ!
いきなり窓を方を睨んだかと思うと、窓際で小さな爆発音が響く。
空気が弾ける音だ。
更にそれとほぼ同時に窓とカーテンが閉まる。
すべて、フィリスのHGS能力。
その中のサイコキネシスによって起きた現象だ。
「はい、じゃあこれは何色ですか?」
もう1度笑顔で。
決して笑っていない笑顔で問う。
自らの胸元を晒し、下着の色を問うのだ。
「……」
「ああ、因みに、これは今日初めて着けた新品です。
過去のデータから参照しても無駄ですよ」
いきなりそんな行為に及んだ事に対してなんの言葉も出さず。
更に色を即答する事ができない恭也にトドメの様に告げる。
笑い声の様でいて、しかし怒りに満ちた声色で。
「まいりました。
流石です。
俺は今色が見えません」
それに対し、恭也は諸手を上げて降参を告げる。
自分の世界は色を失っていると告白するのだ。
そう、今恭也の両目は色を捉えられていなかった。
いや、正確には目ではないのかもしれない。
兎も角、昨晩の戦いの最後に神速を使って脱出した後は、完全に両目は見えなくなっていた。
更に今に至るまである程度回復はしたものの、それも右目は白黒の世界、左目は辛うじて影の様な全体のシルエットが動くのを捉えるだけだ。
脱出に使った神速を最後に、色のある世界に戻れていないのだ。
先程までは窓の傍にいたリンディが見たのものを念話で教えてもらったのだ。
フィリスはそれに気付き、窓際に対して威嚇射撃の様にサイコキネシスで攻撃して追い出したのだった。
「恭也」
今度こそ、フィリスは怒りを抑えずに恭也の名前を呼ぶ。
どんな傷を負って帰ってきたとしても、それを隠す事が許せないと。
「すまないフィリス。
ただ少し試しておきたかっただけなんだ、どれくらい通用するかを。
貴方に通用すれば外でも大丈夫だと判断してな。
俺は貴方の治療を受けに来ている。
だから、本気で誤魔化すなんてことは考えていない」
恭也は戦い続ける為にここに来ている。
だからその障害になりえる自分の異常を偽るなど在り得ない事だ。
それだけは確かだと、今改めて告げる。
「そう……
でも次は許しません」
「はい、肝に銘じておきます」
そのやり取りをもって、やっとフィリスは普段通りに戻る。
普段通りの不安を抑えて冷静を装う姿に。
「で、どういう状況ですか?」
「そうですね、右は完全に色がありません。
白黒の世界です。
丁度、神速を使った時の様な。
左は、形が辛うじて解る程度です。
丁度、神速を二段掛けした時の様な」
「……そうですか」
それから、眼球から脳の方まで詳しく検査する。
神速を使うという事で、普段でもたまにやっている検査の延長だ。
「強い閃光を目に受けたのですね。
それで少し目にダメージがあります。
治癒能力を持っているのでしたら、それで一応今回は治る筈です」
悲しげに告げるフィリス。
治るという診断であるのにも拘らずだ。
何故なら、あくまで『一応』であり、『今回は』という限定があるからだ。
戦い続ける恭也に対し、『今回だけ』という限定が如何に重いか解らない筈もない。
「そうですか」
しかし、その結果はあまりに突然すぎる。
膝等の肉体ならば兎も角、視覚がこの様な事態になるとは。
いずれは、とは考えていたがしかし、恭也をよく理解しているフィリスでも、早すぎると思っていた。
だが、それは―――
「しかし、閃光でのダメージは実際そう大した物ではありません。
もっと根本的な原因があります。
―――恭也、貴方は一体この1ヶ月の間に何度神速を使ったのですか?」
恭也の今回の視界の異常は、眼球へのダメージが問題なのではない。
それはあくまでおまけに近い程だ。
そう、本当の原因は―――
元より神速を使えば世界が白黒になる。
今回の視界の異常がそれと繋がらない筈はない。
そもそも御神流奥義之歩法『神速』において視界が白黒になるのは、知覚を爆発的に拡大する際に視覚処理の中の色を捨てる事で知覚処理を補っているからだ。
更に神速二段掛けの際には、最早光を見る事すら捨て、僅かな影だけの世界となる。
そう言う切り替えを脳で行っているのだ。
だが、本来そんな事をする様に人間の身体はできていない。
一歩間違えれば脳の処理能力の全てを失うか、何らかの障害が発生するだろう。
「3回と二段掛けを1回。
1回、1回、2回、1回、1回、4回と、4回です。
以上です」
「……」
包み隠さず使用回数を告白する。
恭也が自らに定めた使用限界を3度も破った事も含めて。
明らかに使用過多だ。
それに前兆はあったのだ。
昨晩の戦いで3度目の神速後、視界は白黒のまま戻らなかったのだから。
しかし、何故4度神速を使った程度でそんな事が起きるのか。
本来、3度という制限は御神の剣士として完成できない恭也だからこその制限であり、父士郎や叔母美沙斗は4回以上使い、そんな障害を持っていない。
そもそも恭也の使用限度3回、1度に4秒という制限は何処から来るものか。
それは恭也の身体にある故障からくるものであり、本来完成された御神の剣士ならばそんな少なくも、短くもないのだ。
膝の故障が原因で肉体が神速時の動きに耐えられないからこその制限である。
そう、本来なら肉体の―――膝の故障の問題でしかなかった。
恭也は膝の故障が在る為、どうあがいたところで御神の剣士としては完成できない。
故に、完成された叔母、美沙斗には敵わず、弟子にして妹、美由希にもいずれは追い抜かれるだろう。
だが―――そう、だがしかし、恭也は嘗て完成された御神の剣士である『御神 美沙斗』と引き分けている。
もし美沙斗が薬を使っていなければ、恭也の目的は達成できたくらい明確な引き分けだった。
制限付きの神速しか使えず、膝を故障しているのに、どうして美沙斗と引き分ける事ができたのか。
それは恭也の強さと想いがあったから、というのも勿論ある。
しかし、それだけで止められる程あの時の美沙斗の闇の力は小さくなかったし、実力としても美沙斗の方が上だ。
最低限、御神の剣士としては必須たる神速内で拮抗できなければ勝機などないのだ。
元より恭也の神速は神速内にて『動けるだけ』という半端なものだった。
膝が自由にならないが故に。
神速の中で『自由に動く』事はできない。
だが、それでも恭也は完成された御神の剣士と戦い、抑える必要が発生してしまった。
フィアッセとティオレのコンサートを護り、美由希の未来と、美沙斗の心を救う為に。
その為に、恭也は短時間で特訓を重ねた。
唯一対抗しうると考えた御神の最終奥義に辿り着く為に。
しかしそれは叶わず、何も得ないまま美沙斗と対峙する事となった。
このままでは勝てない。
単純な神速だけでも劣る恭也はどうあっても勝つ事はできない。
だが、恭也はそれを強い想いと意思で変えようとしたのだ。
そして―――恭也は無意識に選択してしまった。
肉体が神速について行けないのなら、知覚を更に拡大すれば良い
膝が神速に耐えられないのなら、他の部分で補えば良い
そうして恭也は相手、美沙斗の神速を常に越える精度の神速を用い、なんとか引き分ける事に成功した。
処理を更に拡大し、肉体にも大きな負担を掛ける事になったが、しかし使用制限3回と1度に4秒という制限をそのままに、完成された御神の剣士と対等な神速を得たのだ。
つまり、恭也の神速は、美沙斗や美由希の神速よりも更に肉体全てに対して負荷が掛かる。
使用すれば拡大された知覚を処理する脳は警告として頭痛を、故障した膝だけでなく身体全体が絶叫として激痛を上げる。
それ等をギリギリ耐えられる、少なくとも使用後もほぼ確実に生きていられる限界。
それが恭也の使用限界だ。
その神速の使用限界を破ったのだ。
何が起きても不思議ではない。
それに、これこそ恭也が戦い続けられる理由であり、寿命が二次比例して減少する原因だ。
知覚拡大による脳への負荷もそうだが、肉体のリミッターも制御し、膝が不自由な分を何処かで補っている。
最も簡単な例は故障している右膝の代わりに左膝で倍跳ぶ、という選択だ。
つまり、使えない機関の代わりに別の機関に代行させる、本来戦いには必要で無い部分すら総動員する事になる。
そうして代行に代行を重ねることで、フィリスの見立てでは今後も9割以上の能力のまま戦い続ける事が可能だという事だ。
その代わり、本来なら負荷が掛からない場所まで犠牲にして。
日常生活にすら影響する多大な影響が出る可能性を抱えながら。
こう話すと、恭也が単純に戦うだけで寿命を削っている様にも聞こえるだろう。
だが、あくまでそうやって肉体と脳に過負荷が掛かるのは神速の使用限界を守らなかった時の話だ。
守っていればそう大きな障害を持つ事は無い筈だったのだ。
しかし、それはできなかった。
恭也の答えを聞き、俯くフィリス。
静寂の後、震えた声が室内に響いた。
「そんな……そんな限界を超える戦い、多くないと言ったじゃないですか!」
恭也はフィリスに戦うと告げた時、リンディの力があれば自身の限界を超える神速の使用が起きる事態が多発しないと考えていた。
そもそも自分は表には立たないと。
だがその考えは打ち砕かれ、こうして恭也は戦い、傷ついている。
「一体何と戦えばそうなるのですか!
そんな激しい戦いがこの街で起きているなら、何故私達を頼ってくれないのです!!」
「頼ってますよ、こうして」
「恭也!!」
涙を浮かべ叫ぶフィリスを恭也は静かに宥める。
しかし、フィリスはその言葉に対して更に強く想いをぶつける。
確かにフィリスは医者であるから、治療を受けに来る事が頼っているという事だろう。
だが、フィリスはただの医者ではないし、そもそもこの街には不思議な事に数多くの特殊能力者が居る。
なのに、他の者が皆平和に暮らしているというのに、何故恭也だけが傷つくのか。
「残念ながら、現状他者の介入ができなくなってしまった」
尚も恭也は静かに、宥めるようにフィリスに告げる。
それは初めから解っていた事であるが、しかし確信に変わった事。
そして、もしそれをしてしまった時の最悪の場合の被害は―――
「もし、今から余計な介入が入れば、最悪、3人の子供と2人の女性の心が砕かれる事になり―――1人の子供の命が失われる」
「……」
内情を知らぬフィリスには、それがどう言う意味か想像もできない。
しかし、その結果は恭也が護ろうとしているものを護れなかったという事だと言う事は解る。
それは、つまり恭也という存在そのものを殺す事になりかねない事態だ。
「俺は別に自己犠牲で全て済むとは思っていませんよ。
ですが、後少しなんです」
「…………」
恭也は決して自己犠牲を良い事だとも、美しい事だとも思っていない。
だから、自分が傷ついて誰かが救われる事に陶酔している訳ではない。
それはフィリスも知っている。
だが、だがしかし、恭也という人は―――
「……具体的に、どれくらいで終わるのですか?」
落ち着いた様子で尋ねてくるフィリス。
それは、先ほどまでの感情が収まった訳ではない。
ただ―――
「時期は解らないですが、そうですね―――残り6/21と最後の1つといったところです」
「……そうですか」
ジュエルシードの数で考え、大体3/4、75%が完了していると言う事になる。
恭也が何故そんな表現をしたかはフィリスには解らないが、確かにもう終盤といえるだろう。
開始時期から経過から単純に計算すれば、後大凡1週間の戦いと言う事になる。
「解りました。
とりあえず目の薬を出しておきます。
それから、最低限今日はちゃんと安静にしてくださいね」
「はい」
閃光で受けたダメージの為の薬を処方してもらい、薬剤師に渡す紙を受け取る。
それをもって、今日の診断と治療は終わりだ。
「では、またできるだけ近い内に」
「はい。
―――フィリス先生、また来ます」
「……はい」
静かに。
静かにそう言って別れる2人。
恭也は振り返る事なく病室から離れる。
その後に聞こえた音も全て聞かなかったものとして―――
夕刻 隠れ家
今はすべき事も無く、今後に備えて隠れ家で休む恭也達。
しかし、ただ休むだけではなく、夕食後会議を開く事になった。
毎度の事ながら、今後の方針についてだ。
「仕方なかったにしろ、今後の事を考えるとあまり良くないですね」
「ええ、俺の事を敵だと思っていてくれないと困りますから。
で、やるのですね?」
「はい。
かなり危険な事ですが、できると思うのです。
私と恭也さんの2人でなら」
会議とは言っても、最早やる事は2人の中では決まっていた。
ただ、危険な行為なので、できれば避けたいやり方だった。
「はい。
では、それで。
次のジュエルシードを待って今日はもう休みましょう」
「そうですね」
話を短く切り上げるのは、流石にまだ2人とも完全回復には至っていないからだ。
リンディの魔力も、恭也の目もまだ回復していない。
だから、今は休む事にする。
まだまだ、2人にはやるべき事があるのだから。
「……それにしても、泣かせてしまいましたね」
今日の事を思い、リンディは少し考える。
「ええ。
俺はきっと極悪人でしょうね」
恭也はフィリスが自分に好意を抱いてもらっている事を自覚している。
医師と患者という枠を超えて。
そもそも医師と患者というならば、恭也程困った患者もいないだろう。
人としても、恭也はきっと最悪の部類に違いない。
そう、通信でクロノがそう言って表現した通りに。
だが、とリンディは想うのだ。
(違う、極悪人は私。
彼女達にとって、私は悪魔以外の何者でもない……)
恭也がそれを聞けば否定するだろう。
そうせざる得なかったのだからと。
しかし、恭也をこの戦いに引き込んだのがリンディである事には変わりない。
だから、どうしても想ってしまうのだ。
(私はきっと、恭也さんを―――)
恭也のほぼ全てを知っているリンディだからこそ見えてしまう未来。
予想できてしまう最後の光景。
その姿は―――
その後、恭也とリンディは別々の寝室に居た。
今は休む為に。
「ふぅ……」
溜息を吐きながらベッドに腰掛ける恭也。
そうして己の手を見ながら思う。
「ああ、まだ戦えるとも」
軋む手足に言い聞かせる様に呟く。
フィジカルヒールを持って一見回復した様でいて、しかし軋み続ける肉体に。
「極悪人か……まったくもってその通りだ」
その後は倒れる様に横になる。
今は砕けんばかりの頭痛と言う訴えに従って。
ああ、解っているが止める事はできない。
死にたいなどと思ったことはないし、死ぬ気もない。
だが、どうしてもやり通したい事がある。
その為に―――
「俺は―――」
今想うのはまだ何も遺せていないなのはと、あの少女フェイトの事。
2人の為に今自分ができる事。
ただそれだけを考えながら、今は身体を癒す。
まだまだ恭也にはやる事が残っているのだから。
深夜 住宅街
できれば今日は、と思っていたがしかしジュエルシードは動き出してしまった。
辛うじて作戦を遂行できるだけの体力と魔力は回復しているが、しかし余裕は欠片もない。
いつも通り先にジュエルシードの持ち手を発見する恭也だが、今日は心なし距離を置いている。
今回のジュエルシードの持ち手は子供。
小学生だろう少年だ。
そんな子供が、こんな時間に住宅街の道を歩いていた。
まるで夢遊病の様にフラフラとしながら。
(子供、という過去の統計からはカタチにされる力はそれほど強力な物は無かったが……)
期待はできない。
何せ前回がアレなのだ。
恐らく今回も―――
そう考えている内に少年が動く。
住宅街の中では比較的大きな十字路のその中央に立ち、何やらポーズをとり始める。
そして―――
シュバンッ!
光が弾け、少年の衣服が変わる。
と、その時だ。
ヴワァンッ!!
世界そのものが変わった。
だが、それはジュエルシードのものではない。
人間の魔導師による力だ。
「間一髪ね」
「それにしても……今回はなんて解り易い……」
「うん、テレビで見た」
「あ、そうなの?」
現れたなのは達。
結界を展開したのはアリサだ。
口々に出している感想は、少年の衣服のデザインからだ。
日曜日の朝にやっている子供向けの番組のものに酷似している。
ただ―――その色はリーダーの赤ではなく、黒。
それも闇色といえるもので、とても正義の味方は名乗れそうにない。
「参上!」
決めポーズだろう、1人ではやや寂しいポーズをとる少年。
(元となった想いは何とも解りやすい。
だが、どれだけ拡大解釈しているかが問題だな……)
恭也は感じていた。
周囲の偽物の住宅街の中、建物の影に出現する大量の防衛機構の気配を。
少年の周りに現れずに、しかし、確実に何かを狙っている。
「くーちゃん、アリサちゃん」
「ええ」
「わかってる」
「レイジングハート」
『Shooting Mode
Set up』
ガキンッ!
それはなのはも解っているだろう。
油断する様子はなく、全方位を警戒しながら、射撃体勢をとった。
だが、その時だ。
バリィィィンッ!!
結界が砕けた。
この世界を囲む結界が。
それは、なのは達が何度も経験しているパターン。
ある人物の登場の瞬間だ。
なのは達と共に恭也もその方向を見る。
結界の破壊点である場所にして、フェイトとアルフが現れる場所を―――
「え?」
(ふむ)
だが、そこに居たのはアルフただ1人。
それに対しなのはは疑問の声を口にし、恭也は―――動いた。
(なるほど、いい作戦だ)
ドクンッ
即座に神速に入り、ジュエルシードの持ち手の下へと移動する。
「ぐわっ!」
もうその時には既にフェイトは持ち手からジュエルシードを奪っていた。
結界破壊の瞬間、派手な登場を逆手にとって注目を集めておいて、フェイト1人死角から接近していたのだ。
更に、接近の際はマントを盾の様にして突き進む事で、伏兵に対して警戒もしている。
ちゃんと前回の学習をしているのだ。
「なっ!」
なのはもそれに気付くが、少し遅い。
「封印」
ザバァァンッ!
ジュエルシード防衛機構すら行動が間に合わず封印が実行される。
(相変わらず良い行動力だ)
その姿を見ながらフェイトの実力に感心する恭也。
だが、それは同時に―――
『Sealing』
封印は完了し、ジュエルシードは『]T』の白い文字を浮かべる。
それと同時に、今回はちゃんと防衛機構達も消えていくのが解る。
(今回は大人しく引いたか……丁度良い)
恭也はそう考えながら手を伸ばす。
神速を解除し、姿を晒しながら。
目の前にある封印されたジュエルシードに。
パシッ!
掴んだ。
なのは達の前で、フェイトの眼前で。
「え?」
「なっ!」
驚きの声をあげるなのは達とフェイト達。
その驚きは何に対してか。
「なんのつもりだ!」
叫んだのはアルフ。
既にアルフはかなり恭也に近づいている。
距離にして10mというところだろう。
ならば、ターゲットは確定だ。
「お前達に、ジュエルシードの使い方を教えてやろう」
静かに告げる。
今とったものとは違うジュエルシードを取り出し、掲げる。
『Hells Rider
Death Count Mode』
リンディの声で紡がれる魔法の名。
ドクンッ!
同時に恭也は神速に入った。
更に同時に掲げた手に持つジュエルシードに想いを込める。
ジュエルシード『]V』に。
(俺は―――『見えない』)
フッ!
その想いが通じる。
恐らくは恭也の外見は完全に消えている事だろう。
色も気配も無く、世界から消えた様に。
ステルス魔法とは違う次元の力で。
『3』
その瞬間、告げられるのは『3』という数。
カウントダウンの開始を告げる数だ。
「―――!」
その瞬間、その場の全員から恭也は視認できなくなった。
いや、気配すら完全に消えてなくなる。
普通のステルス魔法などよりも遥かに高性能な『消える』力。
その想いを叶えたジュエルシードの力、更には、それでなくとも見えない神速の速さによって。
『2』
2つめのカウント。
それが数えられた時には、恭也は既にアルフの真後ろに居た。
(解!)
それと同時にジュエルシードの姿を隠す魔法を解除する。
なのはやフェイト達は、いきなり気配と姿がアルフの真後ろに移動したかの様に感じられている筈だ。
「―――!!」
驚愕するなのはとフェイト。
アルフはまだ気付いていない。
『1』
ゴッ!
3つめのカウントで、恭也はアルフに手刀を打ち込む。
手加減しつつ後頭部に。
「がっ……」
それによって意識が一瞬途切れ、落下するアルフ。
「アルフ!」
フラフラと落ちていくアルフはフェイトに受け止められる。
元々、フェイトの傍に居た恭也に向かっていた為にそうなった。
「う……」
尤も、手加減しているから自力でも地面との激突は避けられた筈だ。
「今……なにを……」
驚愕と疑問の声を上げるアリサ。
今のような芸当、普通なら在り得ない、と。
(確かに、3つも視点があると、その全てを誤魔化す様な移動は極めて難しい。
実際俺では不可能だっただろう)
手にあるジュエルシード『]V』を確かめる恭也。
今尚正常に機能し、『]V』の数字を示すジュエルシードを。
だが、それとは別に恭也はここに宣言する。
「ジュエルシードを使えば容易い事だ」
ジュエルシードを見せながら、使っているのだとここに示す。
更に、
「そして、こんなのは序の口だ。
こういうこともできるぞ?」
悪役風な台詞と共に、再びジュエルシードにある想いを込める。
それは―――
(強大な力を『示せ』)
ォゥンッ!
その瞬間、巨大な気配がここに出現する。
人を恐怖させる巨大な何か。
恭也が想像する絶大な闇の力だ。
「う……」
その恐怖を前に、膝を折るなのは達。
しかし、それでも恭也を見上げる瞳に曇りは無い。
「では、また逢おう」
それを確認し、恭也は『示す』だけに特化した力を解除する。
(確認するまでも無かったがな)
その結果に満足しながら、恭也はリンディとのシンクロを解除する。
それは今日ここでの役割が終わり、脱出する為だ。
バリィィィンッ!
結界を解除する。
フェイトの構築した結界を。
砕くのではなく正常な解除手段として。
何度も見ている結界で、リンディだからできる事だ。
「……」
いつも通りに結界の解除に知覚撹乱の効果が施されている。
それを利用して恭也は去る。
だが、そうしようとする中、視線を感じる。
2人の少女の視線だ。
(これで、後は―――)
楽しみに思える。
この先にある結果を。
少女達とは敵対するが、しかしそれでも在る未来の姿を。
某所
とある高層マンションの屋上。
立つ人影があった。
たった1つの。
「姉さん達もまた無茶をしているわね」
紅い髪を靡かせ、少女は1人空に呟く。
この夜の闇が支配する空に。
「まあ、姉さんなら大丈夫でしょう」
そして、自分に言う様にして呟き、その場を去った。
闇に消えかけるもう1人と、大切な家族を想いながら。
しかし、帰ってくると疑う事なく。
後書き
7話〜7話裏〜
さてさて今回は色々大変な一話でした。
物語的にも重いですが、容量的にも重い重い。
なんと、私の過去の記録塗り替えてしまいましたよ〜
ははは、管理人殿の叫ぶ声が聞こえるぜよ。
まあ、それは兎も角、最初の方のリンディの月のアレな話とか、半分ギャグですが割りと深い意味もあります。
ホント今回はちょっと重いですかね〜
ああ、恭也の身体とかですが、コレはあくまで前提なので、今後どう展開するかは―――
まあ、やっぱり続きをとっとと書けという話ですね。
では次もよろしくどうぞ〜
管理人の感想
T-SAKA氏に第7話裏を投稿していただきました。
でかっ! 長っ! 読むの大変!
ウチに投稿して頂いているT−SAKA氏のSSは、前から私が誤字脱字の修正しているので、長いと地獄。
感想も書くから流し読みできないし。
そんな7話でしたが、隠れ家の生活が面白いですねぇ。
確かに大人の女性がいる以上色々と大変な事柄はあるはず、あまりSSでは書かない事ですけど。
恭也がそう言った方面に理解がある理由も文中で語られていましたし、もの凄く納得しましたよ。
……だがクロノ君哀れ。
なのは編だと余裕そうに見える恭也達ですが、実際は毎回ギリギリの様子。
今回は目の異常もありましたし。
戦い続ける限り悪くなるだけでしょうから、これから彼の身体もどうなってしまうのか。
なのはが知った時が恐ろしいですよ。
しかし今回驚いたのは、恭也君の金銭感覚
9桁の金が大した事がないってあんた……何気に裏社会にも通じてるようですし、ホントこの話の裏を1人で担ってますよねぇ。
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