闇の中のコタエ
第9話 その道は誰が為に
深夜 隠れ家
]Xのジュエルシード浄化封印後、恭也とリンディは拠点である隠れ家で休んでいた。
体調はほぼ全開しているが、それでもほぼ全ての魔力を使ってギリギリだった浄化封印。
リンディは隠れ家に着くと倒れる様にして眠る。
魔力を回復するには睡眠が一番なのだ。
恭也は恭也で単独で戦闘し、飛行魔法だけとはいえ使い、あまり経験の無い疲労をした為、こちらも直ぐに眠る。
尚、部屋は十分にあるので恭也とリンディはそれぞれ2階にある別の部屋で眠っている。
今までを見ても例の無い2人揃っての魔力枯渇寸前と言う状態であり、2人とも深い眠りに着いていた。
そんな中だった。
キィィン……
恭也が眠る部屋で音が響いた。
いや、それは厳密には空気を振動させる『音』ではなく、魔力同士の摩擦音といって良いもの。
その音源は眠っている恭也の胸の上。
緊急事態に備えて着けたままの恭也のデバイス、フォーリングソウルの中からだ。
「……」
その魔力の反応は、大きさで言うならば微弱で、熟睡している恭也も、リンディも気付く事はできなかった。
しかし……
ィィィンッ
突如、デバイスが黒い光を放った。
その後、光が収まるが、デバイスから零れ落ちる黒い石の様なもの。
―――それは、浄化封印し、格納した筈のジュエルシード]Xだった。
ギギギ……
その堕ちたる魔法の種は、眠る恭也の胸から転がり落ちてやがて恭也の右手に辿り着く。
そして―――
ドクンッ
まるで鼓動の様な音と共に、それは恭也の右手の中へと入り込んでいく……
恭也が眠っている部屋と少し離れた部屋。
そこでは今リンディが眠っていた。
デバイス等の補助なしに行った浄化封印で魔力が枯渇状態にあり、完全に熟睡している。
そこへ、
ギィ……
部屋の扉が開く音がする。
だが、そこに人の気配は無い。
しかし、
スッ
そこには確かに何かが居る。
気配も無く音も無い、だが、それでも影があり存在を証明しているのだ。
その影は、ベッドで眠るリンディに覆いかぶさり、その左手を首に。
グッ
「っ! がっ……」
そっと首に添えられた手は、しかし直後に力が込められる。
ギリギリ絞め殺さない程度に、だが、動けないほどに。
「ぐ……ぁ……」
直ぐに目を覚ましたリンディは反射的に絞められている首の手を解かんとするが、しかしびくともしない。
そして次に状況を把握しようと視線を巡らせる。
今部屋に明かりはなく、カーテンの隙間から射す月と星の光だけが頼りだが、それでも見つける。
自分に覆いかぶさっている人物を。
その正体は―――
「きょ……ぅや……」
不破 恭也がそこに居る。
恭也が自分の首を絞めているのだ。
更に、
バリッ!
空いていた右手でリンディの着ていた服が引き裂かれる。
ただの素手の一振りで引き裂かれたのだ。
(そう……失敗していたのね……)
よく見れば恭也の右手は人間のモノではなかった。
長い爪、赤黒く光を返さない色、大きく血管が浮き出て脈を打ち、全くの別存在の如く―――いや、事実としてその右手だけは別物になっているのだ。
鬼か悪魔の如き手に。
封印に失敗したジュエルシード]Xによって、人が持つ欲望を具現した姿に。
(恭也さんの意識は……無い事はないでしょうけど……)
恭也の目を見れば、既に完治している右目は正常だが、色を失ったままだった左目の方が異常だった。
少なくとも本来の恭也のモノではなく、まるで肉食獣の様な縦に細長い瞳孔、色は紅と黒に染まり、リンディを獲物としか捉えていない。
恐らく、現在不自由になっているからこそそちらを持って行かれたのだろう。
そして、右目は正常な事から見れば、恭也は半分しか乗っ取られていないとも考えられる。
それに、服を引き裂かれたが、今それ以上の行為は受けていない。
(現在内部で支配権を争っているところでしょうか?)
首は離して貰えず、逃げる事は出来ないが、それでも憑かれている右手は震え、動きを何かに阻害されているものと見える。
恭也の方も熟睡中と言う事と、デバイスに格納していた状態からと言う事もあり不意を打たれて憑かれたのだ。
それを考えれば自我を取り戻すのは速かったとも考えられる。
しかし、状況は極めて不利だ。
例え恭也がジュエルシードに打ち勝っても、封印する手段が無い。
リンディの魔力はまだ回復していないのだ。
(このジュエルシードに掛けられた願いの性質上、殺される可能性は低いでしょうね)
リンディは考える。
今こうして首を絞められているのは逃がさない為と抵抗出来ない様にする為だ。
(それに、恭也さんは直接戦う人ですから、普段からそう言う欲求を押さえ込んでいる筈……)
人は死に瀕すると性欲が強くなる。
それは自分の遺伝子を残すための本能であり、生物として普通に備わっているものだ。
故に、何度と無く死に直面し、極最近にも重症を負い、更には先程戦闘をしたばかりの恭也はどれ程その欲求があるか。
その大きな欲求をどれ程の意思力で押さえ込んでいるのだろうか。
女性であり、提督という地位であっても、直接戦闘に出る事があるリンディは少しはそれを理解できるつもりだった。
それを突かれる状態である恭也は、それでも拮抗しているとなれば、本当に意思の強い人だと改めて想うのだ。
(相手は私……一番近いからと言うのもあるでしょうが。
少なくとも、こうされていると言う事は、それを満たせる相手だと言う事でしょう)
恭也を戦わせている張本人であり、今それを向けられている者。
自分の女性として魅力は、無くは無いだろうなどと考え、解決策の1つに辿り着く。
そう、それは―――
「いい、ですよ……恭也」
リンディは抵抗を緩めた。
首に対しては力を入れておかなければ、そのまま絞め殺される可能性があるので続けるが。
しかし、恭也に伝える。
ジュエルシードも、恭也自身のものも含めて、自分を使って解消すればいい、と。
相手があくまで恭也であるとするならば、と、リンディは自らの身を提供する。
そう、こうなった事は自分に責任があるのだから、それもまた当然だとして。
バッ!
リンディの応えによって恭也側の意思が外れたのか、右手が振り上げられる。
引き裂くのが目的ではないだろうが、しかしその禍々しい爪が向かう先は女性として大切なところだろう。
それに、恭也は戦う人だからこそ、破壊衝動と融合したモノになってしまっている可能性がある。
(明日、活動できれば良いのだけど……)
せめて、と目を瞑るリンディは、自分に向けられる暴力的な欲求によってこの身体がどうなるか。
それによって今後の活動に支障がでるだろうか。
目の前の女性としての危機を受け入れたリンディはそんな事を考えていた。
―――だが、いっこうにその右手が振り下ろされる様子がない。
「……恭也、さん?」
目を開けて見てみれば、振り上げられた筈の手は震えていた。
別の存在となってしまっているに等しいそれが、本来のものに押さえつけられて。
「……いい、訳がないだろ!」
恭也は叫ぶ。
そして、首を掴んでいた左手を離した。
「あ……ごほっ、ごほっ!」
やっと自由に呼吸出来る様になったリンディだが、今はそれどころではない。
何せ、恭也は全力でジュエルシードに抗っているが、しかしそうしたところで今リンディに出来ることは無いのだ。
「恭也さん、魔力はまだ回復していません。
残念ながら私が浄化封印する事は不可能です。
ですから……」
「そんな事、俺が俺自身を許せるとでも?」
リンディの言葉に即座に反論する恭也。
恭也という存在を知っているなら解る筈だと、そう言って。
「しかし……」
だが、それでも方法が無い。
他の女性のところに行った所で、それができない理由を排除出来るわけではない為リンディが相手でも同じ事だ。
リンディにある『問題』がより恭也の歯止めとなっているのだろうが、全く問題のない女性などいないだろう。
それに、こんな事を―――この事件の被害を外に向ける事を考えれば、自分に向けた方がマシだとリンディは考えている。
「回復は、明日の夜には間に合いますか?」
しかし、恭也はあくまで拒む。
そんな事をしてしまうくらいなら自分の存在が無いのと同じだとして。
それに、なのは達を頼る事もしない。
それしか方法がないのなら兎も角、まだできる事はあるとして。
「ええ、それくらいなら。
ですが、そんな長時間……」
「赤星はできましたよ」
リンディの懸念に対し、恭也は実例をもって応える。
浄化封印魔法など使わずに正常化されたジュエルシード]Vの担い手だった赤星の事を。
いや、そもそもそう言う事例があるのだから、恭也だけで浄化しようとすら考えているのだ。
「ぐ……」
グググッ
だが、そう言っている間にもジュエルシードに憑かれた右手は動こうとしている。
1度他者の手に渡り願いを込められたせいか、恭也の意思が殆ど反映されないのだ。
「恭也さん、やはり……」
いくら恭也と言えども条件が違いすぎる。
恭也自身も今はかなり疲労しているのだ。
そんな状態ではとても次の夜までは持たないだろうと判断する。
だが、
「おおおっ!」
ザクッ!
恭也は小太刀を抜いて右手を刺す。
ただの物理攻撃で在る為か、ジュエルシードには届かなかったが、しかし右手の活動はやや弱まる。
ジュエルシードの機構が、目的を達成する為にも肉体の損傷を補う方へ力を向けているからだ。
「情けない。
こんな事をして抑えないといけないとは。
……申し訳ないリンディさん、すぐに着替えと替えのシーツを」
「恭也さん……」
フラフラと立ち上がり、部屋を出る恭也。
しかし、リンディはそれを追う事はできなかった。
「……本当に、良かったのですよ?」
恭也が居なくなった部屋で、1人リンディは呟いた。
そして、そんな事を呟いてから思ってしまう。
自分は一体どれ程卑しい女なのか。
本当は、そんな事しか彼にできる事がないから、などと思いつつ、しかしリンディこそ望んでいた事だったのかもしれないと。
例えそんなカタチでも、想ってしまった歪んだ願い。
「私は、間違いなく悪魔でしょう」
人の幻想する悪たる存在の具現。
自分ほどその言葉に相応しい人間もそうは居ないだろう。
下手な犯罪者などでは比べようも無いくらいの悪。
だからこそ、リンディは決して抱いてはいけない願いがある。
リンディだからこそ両立できない―――してはいけない2つの道。
「それでも、貴方は私について来てくれますか?」
ここに居ない人に問う。
自分が悪魔であると自覚した上で、そうだと知っている彼に。
彼ならその2つを両立してくれるかもしれない。
しかし、それではリンディが自身を許せないだろう。
彼は既にリンディにとって掛け替えの無い人であり、同時に、例えその身に死が舞い降りようともリンディの■である人。
だから、
「私は、悪魔である事を望みます」
立ち上がり、破れたシーツを羽織っただけの状態で恭也を追う。
作戦を1つ思いついたのだ。
次の夜まで待たなくともジュエルシードを浄化封印する術が。
恭也と言う人を利用しつくす策が。
そう、最早恭也の周りの者に悪魔と認識される事は恐れまい。
むしろそれこそ正しい事だと、そんな事をリンディは考えていた。
翌日、昼 八束神社
12時を少し回った昼下がりの神社。
境内に2人の人物が居た。
「しかしまた彼は急だな」
「ええ、私が学校を抜け出してまでなんて」
1人は蒼い髪を下ろした女性、神咲 薫。
もう1人はブラウンの髪を下ろした少女、神咲 那美。
2人はつい先程呼び出され、ここにいる。
更には、
「しかも、こんな指定をしてくるとは」
「つまり、そうなんだよね」
2人が身に纏う衣装、それは式服であり巫女服。
薫の式服は霊障を相手に戦闘する時の為の姿であり、那美の巫女服は霊障を鎮める時の為の姿だ。
その上、薫の手には霊剣『十六夜』が、那美の手には『雪月』が握られている。
2人の愛用の武装だ。
そう、2人は完全に戦闘及び鎮魂を執行する状態でここに居る。
つい30分ほど前に不破 恭也に呼び出されて。
那美は学校を仕事の都合で早引きすると言う、下手をすれば高町家に話題を提供する可能性がある手段まで用いてだ。
「だが、単純に霊に関連するものじゃないだろうね」
「うん……」
恭也からの連絡にもあった、『他に4人居るけど気にするな』。
その言葉通り、ここ八束神社の周辺には後4名の気配がある。
いや、正確には3人ともう1つ特殊な気配。
内、2人は那美も薫も知っている気配だが……
「隠れている理由は……話してもらえるのかな?」
「微妙なところだね」
そう、後の4人は隠れている。
気配も極力消して。
事前に言われていた事と、霊に敏感な薫と那美だからこそ解るが、普通の人では気付けないだろう。
それぞれ鳥居から見て右手の森の中に1人、本殿の裏に1人、知った気配の2人は本殿の屋根の上だ。
恐らく、その配置も指示があったものだろう。
恭也をしてこれ程の人員を必要とする要件とは一体なんだろうか。
しかも、間違いなくメインは薫と那美。
一体彼は何に関わってしまっているのだろうか。
薫と那美の2人だけではなく、その場にいる全員がそう思ってしまっていた。
「恭也様がいらっしゃいましたよ」
霊剣の中から、呼び出した張本人恭也が来たことを告げる十六夜。
2人も恭也の霊力が近づいている事に気付く。
一見、いつもと変わらない―――せいぜい少し疲労しているかというくらいの不破 恭也だ。
そう、一見は……
石段を登り、その姿を現した。
「お呼び立てして申し訳ない」
珍しくサングラス、それも全く瞳が見えない程に色の濃いものを掛け、更に右手に包帯を巻いた姿で恭也は現れた。
手の包帯は怪我、と言う風に見えるかもしれないが、2人は不自然さを感じた。
巻き方と大きさが変だと感じるのだ。
いや、その程度のおかしさ、不自然さなど些細なものかもしれない。
包帯の巻き方の様に正確には何がどう、と言う風には解らない。
だが、何故かこの場に居る恭也を知る6人は恭也に違和感を感じていた。
「いえ、私達は構いません。
でも、わざわざこの場所で無ければならない理由と、他の人たちが隠れている理由はお話頂きたいのですが」
那美も薫も恭也を信頼している。
だが、それでも状況の説明は受けたいと思う。
今恭也に感じる違和感の正体を含む、この様な場を設けた理由を。
これから何かを頼まれる側として―――いや、それよりも恭也を想う者としてだ。
「4人が隠れているのはちょっと無闇に姿を晒せない人である事と、そこに居た方が都合が良いからです。
その2人の紹介はいずれ。
残る2人は……もうお気づきでしょう?」
「ええ、まあ」
屋根の上に視線を向ける。
そこに居る知った気配の2つ。
1つはずいぶんと久しぶりだが、この街に来る事は知っていた。
「では、すみませんが用件の方を。
―――コレに、お2人の最大霊力攻撃を叩き込んでいただきたい」
恭也はサングラスを外し、右手を胸の前に出して包帯を解いた。
すると、そこには―――
「―――っ!!」
「恭也君! 君、それを何処で!?」
言葉を失う那美と思わず叫ぶ薫。
在り得ないモノがそこに在った。
恭也の右手である筈の場所に存在する異物。
太い血管が浮き出る赤黒い肌に鋭い爪。
それは鬼か悪魔かの様な人ならざるモノの手だった。
それが、恭也の右手に憑いている。
そしてサングラスで隠されていた左目は、それも人のものではなかった。
紅く血に飢えたような瞳、肉食獣の様な縦に長い瞳孔。
それは、最早右手だけでなく、半分近くを乗っ取られてしまっている可能性を示すものだ。
これには、流石に残りの4人も動揺している様子。
声こそ上げていないが、消していた気配が揺らいでいる。
「ちょっとしくじりましてね。
封印をする為に力を貸していただきたい。
細かい事はこちらでするので、お2人はコレを弱める為に攻撃をお願いします。
それと―――」
キィィィンッ!
ヴォゥンッ!
力が集まる音と共に、この場の空間が切り替わる。
八束神社の周囲が本来の世界から切り取られたのだ。
それが那美も薫も、残る4人の誰もが知らぬ技術で編まれた結界であると解った。
しかし、その力を使った者はこの場に見当たらない。
恭也の力ではないだろうから、もう1人いる事になるが、今のところその存在は誰も認識できない。
「外部への情報を遮断する為の結界です。
どうぞ遠慮なく全力を出してください」
そう言って手を掲げる恭也。
首には漆黒の宝玉のペンダントが下げられている。
最近―――そう、恭也と久遠となのはが関わっている何かが起き始めてから身につけている、那美達は知らぬ装飾品。
「……4人は、失敗した時の為か?」
薫は恭也の手と状況から気付く。
何をそこまで厳重にと考えていたが、最悪の事態を想定しているらしい。
「それもあります。
ですが、援護の為ですよ。
俺はこれからコレの抑えを外し、逆にその力を一気に解放します。
1つ言っておくと、コレの望みはどうも性欲を満たす事らしいので、目の前の女性をまず狙うでしょう。
その足止め要員ですよ、隠れている人達は。
ですか基本的にお2人は全力でこれに霊力を叩き込んでいただければ結構です。
先ず最初にお2人の手持ちの技で足止めしていただければ万全かもしれませんね」
さらっととんでもない事を告げる恭也。
それは、逆にこの結界は敗れた場合は那美達を閉じ込める檻になりかねないという事だ。
いや、だからこそのこの人員なのだろう。
多い様でいて最低限、しかし万全で最良の人員だ。
「開放後、俺はコレを本当の意味で俺のモノにして、核を晒します。
それをお2人で外から弱体化して、俺の連れが封印します」
恭也の説明は、どれをとっても恭也が重度の危険にさらされ、安全の保障は何一つ無い。
だが、その瞳に迷いは無く、成し得て当然とすら思える程に揺らぎが無い。
「解りました。
全力でその魔を祓いましょう」
「信じよう」
本来ならもっと詳しい状況説明を求め、他の方法を模索すべきだろう。
あまりにも危険で滅茶苦茶な提案だ。
しかし、この状況で、2人はそれに応える。
自分でも不思議なくらい落ち着いていて、失敗する気がしないのだ。
「ありがとうございます。
―――では、行きます」
恭也は1度穏やかに微笑んだ後、右腕を胸の前に構え、目を閉じた。
その頃、草むらに隠れる者の1人は己の武器を構えていた。
呼び出され、頼まれていた事が始まる。
大分予想していた様な事態とは違うが、あの物好きの事なので今更なのかもしれない。
(それにしても、運んできた火器は誰が使うのかしら?)
金色の長い髪の女性は自分では使わない道具の事を考える。
生物を殺す事を目的に生産された『銃』という武器の事を。
その中のある種類と幾つかと、更に強力で特殊なものも運んできた。
普通の人間には持ち運べないくらいの重量になってしまった為に自分が運搬する事になったのだ。
(まあいいわ。
私は私の仕事をこなすだけだし。
そう、最悪の場合の行動を―――)
腕に着けたブレード。
人の首など一撃で飛ばせる武装と自分の力。
それと動きを封じる鞭。
(まったく、信頼してるから頼めるなんてよく言ったものね。
……でもまあ、私以外に適任者はいないわよね。
アイツの周りは甘ちゃんだらけだしね)
最近自分もそうなりつつある事をあまり自覚していないこの女性はそんな事を考えながらじっと待っていた。
全てが始まり、全てが終わるのを。
願わくば、と成功する事を祈って。
そう、この女性は祈るという概念を持っていた。
いや、この様な事態が彼女にそれを持たせてしまったのだろう。
既にそう言う気持ちまで理解しているが故に。
尤も、それを彼女が自覚するのはまだ少し先の話だった。
一方、入り口からみて境内の右側にたつ恭也の後方。
そこにもう1人女性が潜伏していた。
何重にも驚かされる事態に対し、これから自分が担当する仕事をこなす為に精神を落ち着かせている。
(本当に、いつの間にか私の知りえない世界にまで足を伸ばしているな。
恭也らしいと言えば恭也らしいけど……
フィアッセが見たら卒倒するわね)
そう思いながら、しかし感情を静めて構えるのは銃。
愛用のものではなく、用意された物を構える。
それは、本来人に向ける物ではなく、しかし銃火器を使えるこの女性だからなんとか使える代物。
(もしもの時の後始末の1つ。
その為の銃。
私に必要とされている力。
―――最悪の場合の後始末、か)
金色のポニーテイルを揺らし女性は用意されていた危険物を睨む。
(ただの保険で、私だから頼んだと言うが……私の気持ちを知っているくせに……
それともだからこそなのか?
ともあれ、コレを使わない為にも、その前にできる事をしておくか)
保険は保険、あくまで最終手段。
最悪の事態を想定して動いたからこその依頼であり、それを回避することは可能なのだ。
その大部分は恭也本人と恭也の前に立つ2人に掛かっているが、それでも自分の役割をこなしてこその事。
ならば、自分はプロとして完璧に仕事をこなそう。
そう考え、女性は愛用の銃を取り出した。
後は射撃に集中し、余計無いなことを考えることは止める。
そうして、一瞬の光をつかむ為の作業が始まった。
「「神気発勝」」
キィィィィ……
祝詞によって那美と薫がそれぞれ力を展開する。
2人が使うのは霊力。
リンディに言わせれば使用者が少ないが故に技術が未発達の魔法と同系統の力、だそうだ。
しかし、霊力に形や方向性を持たせる技術が未発達な分、基本の能力が強いらしく、ジュエルシードを封印するという複雑な事は出来ないが、浄化は可能とのこと。
いや、霊障を相手にする彼女達の退魔の力は、言ってしまえば『浄化』にこそ特化された力だ。
浄化に特化されている為、彼女達が持つ専用の物でなければ、魔法の杖たるデバイスを持っても上手く力が使えないらしく、アリサとリンディが求める人材からは外れてしまったのだ
当初のジュエルシードに対する知識では、封印は外からの強制力を持って行うものであり、絶対必要なものだと判断されていた為に。
話がやや逸れてしまったが、これが昨晩リンディが立てた作戦である。
浄化をこの2人にやってもらい、封印だけをリンディが行う事でリンディが負担する魔力量を軽減するのだ。
そうする事でこの時間に再封印を実行できる。
その為の補助要員である、屋根以外に隠れている2人は、別件で呼んでいた者達。
これが終われば本来の仕事を依頼する予定だ。
2人の内1人は元々この街に住んでいるが、最後の1人は偶然だった。
居なくとも作戦は実行できたが、本当に保険として来てもらっている。
最悪、ここに居る者全員を連れてこの結界内から脱出してもらう為に。
そうなった場合、遥か上空にいる彼女が後始末をしてくれるだろう。
「準備はいいですか?」
「ええ」
「いいよ」
それぞれの愛刀に霊力を収束させた2人と対峙する恭也。
薫とならば対峙した経験があるが、霊力を開放した状態では初めてだ。
なのはやフェイトと対峙するのとはまた違った感覚で、自制しなければ反撃してしまいそうな危機感もある。
元より霊が相手の力であっても、人を殺す事は可能だ。
しかし、それでも彼女等の瞳を見れば恐怖は無い。
彼女達は恭也と対峙していても、その目はジュエルシードに憑かれた右手を見ているのであって、恭也の命を狙っている訳ではない。
それに、恭也は2人を、それに後ろにいる者たち4人を信頼し、信用している。
こんな事を頼む程にだ。
「では―――
ジュエルシードよ。
俺は、お前の欲望を受け入れる」
恭也は宣言と共に、ジュエルシードに対する抑えを解いた。
その瞬間―――
ゴゴゴゴゴゴッ!!
右手に憑いているジュエルシードがその力を現した。
みるみる内に恭也の右腕が右手と同じ様に紅黒く変色し、異形のモノへと変わって行く。
「おおおおおっ!!」
そうして、ジュエルシードから流れ込む想いの力が恭也の中へと入り込んでくる。
「では―――
ジュエルシードよ。
俺は、お前の欲望を受け入れる」
2人の知らぬ何かに対して恭也が宣言する。
ゴゴゴゴゴゴッ!!
その直後、恭也の身体は異形のもの―――古より鬼や悪魔と言われてきた姿へと変わって行く。
「おおおおおっ!!」
何に対してか、咆哮を上げる恭也。
ビリビリビリッ!
服が破け、ついに全身が変わる。
その姿は獣人と例えるのが一番近いだろう。
身体は人に近いが、顔や目つきは獣のそれである。
「「封月輪!」」
そんな変わり果てた恭也に対し2人が先ず放ったのは金色円盤の様な力。
それが恭也だった異形へと向かい、貫通―――
ガキンッ!
いや、輪の内側へと捕らえ、その場に固定する。
神咲一灯流『封月輪』。
主に霊に対して使うこの技は、相手の動きを封じる力を持っている。
要はバインド魔法と言えるかもしれないが、その力は姿かたちが固定しない霊にこそ使う技であり、実はジュエルシードにとっては特に良く効く性質をもっていた。
その色や形が満月の月の光に見える事からの呼び名だろうが、今はそれを那美と薫が2人で二重に、交差する様に掛けている。
その効果は相乗的なものとなり、相手の動きを封じるだろう。
「ギャオオオンッ!!」
ギギギギギギッ!!
封月輪は確かにジュエルシードが具現した異形を縛り付け、動きを封じている。
だが、相手があまりに特殊なせいか、それとも単純に力の大きさの問題か、光の輪は崩れ始めている。
このままでは、2人が次ぎに打ち込む技の前に、異形は解放されてしまうだろう。
「「神咲一灯流・真威―――」」
しかしそれに目を向ける事も、怯む事無く、那美と薫は業を完成させる。
己が最も得意とし、最大の威力を誇る技を。
「ギャオオオンッ!!」
ビキビキビキッ!!
だが、その技の完成よりも動きを封じている二重の輪が壊れる方が先だ。
既に月の輝きは陰り、ヒビが入ってしまっている。
それに、最早完全に恭也を支配下に置いたのか、異形は目の前の那美と薫に手を伸ばそうとしている。
まだ封は解けきっていないが、1歩踏み出し、その手を那美と薫へ向ける。
女性として、危機を感じずにはいられない気配を一層強めながら。
そこへ、
ヒュゥゥンッ!
ドォォンッ!!
力が来た。
異形の側面両側に、2つの力が。
「まったく、ここまでとは全然聞いてない」
「頼んだよ、那美、薫!」
3対の金色の羽を持った銀髪の女性と少女。
そんな2人がバリアを展開しつつ女性が正面から、少女は右手を押さえ込む。
2人のHGS能力で崩れかけている封月輪の上から更に動きを封じる。
バシュンッ! バシュンッ!
更に、異形の足元で高速の何かがぶつかる音が聞こえ、
ヒュンッ!
異形の首に何かが巻きつく。
それが鞭であると気付くのには少し時間が必要だった。
「オオオオンッ!!」
4つの力を持って、異形の動きは止まり、月の輪はギリギリでまだ形を保っている。
そう長くは持たないが、今は異形は完全にその動きを止めているのだ。
ならば、後は―――
フッ
那美と薫が獣人の右手に回りこむ。
全ての元凶、恭也をこの姿にした力の源がそこに在る。
「楓陣刃!!」
「桜月刃!!」
ズダァァァァンッ!!!
2人が使用するのはそれぞれが最高とする業。
2人の神咲の術者がいるならば、より強力な『封神・楓華疾光断』という技があるが、しかし2人は敢えて個々の業を選択した。
それは失敗の許されないこの場に最も信頼する業を用いる事と、臨機応変な対応を利かせる為というのもある。
だが、それよりも2人は2人の個人として業を放ち、力と叩き込む事を重要とした。
そう、叩き込むのだ。
放つのではなく、直接伝える為に。
本来放射型である『楓陣刃』と『桜月刃』を零距離で撃つ。
退魔の力として、不浄なるものを払ってきた力を。
400年の歳月によって築かれた技術と、2人の力、恭也に対する想いの全てをここに。
「恭也!」
最後に名を呼ぶ。
誰の声でもなく、その声はこの場にいる彼を想う全ての声として。
故に―――
恭也は闇の中にいた。
いや、正確には闇ではない。
その中は闇と言うほど綺麗ではなく、ただそれは―――
犯セ
女 オンナ メス 雌 めす おんな
犯セ 食ラエ 貪レ
フヤセ 遺セ 殖ヤセ 種ヲ残セ
全テハ本能 生物トシテ当然ノ行為 ダカラ正シイ
ソウ コレハ正シイ行為 正等ナ願イ 俺ハ正シイ
正シイノダ ダカラ犯セ 食クラエ 貪レ ソシテ―――
幾多の想い、願いと言う名の欲望の群れ。
失敗したとは言え1度浄化されて尚この重圧。
このジュエルシードを持っていたあの男1人では在り得ない程の大群だ。
これは最早呪いの領域。
1つの魔法の宝石に打ち込まれた楔。
それを、恭也は、
「ああ、正しい。
本能として在ることであり、生物として正しいものだ」
込められているのは人間や他の生物にも当然としてある『性欲』に起因する想いであり願いだ。
それは種を残し、繁栄するという機能であり、在って当然のものと言える。
だから正統を謳うのも理解できる。
それに従うもまた正しい事なのかもしれない。
「その想いと願い、理解する―――だが!」
だが―――
そう、だがしかしだ。
バッ!
恭也は手を伸ばした。
この混濁たる欲望の海を掻き分け、その中心へと。
「だからこそ、己の力で掴みとらねばならない!!」
荒ぶる想いの流れにぶつかりながらも、恭也は突き進んだ。
そうできない絶望的な理由が在るならいざ知らず、ただ欲望にまかせた想いや願いに力は無い。
大きさだけは本能に直結するが故に大きいが、それだけだ。
ただ、それだけとは言ってもこの重圧。
それだけで物理現象を起こしかねない強大な呪い。
並の精神ならばすぐに取り込まれてしまうだろう。
それが本能に直結するモノであるが故に、抗う事も難しいのだ。
「ああ、正しいさ。
俺にだってある。
だから、それ故にお前は―――」
恭也の内へと流れ込む想いの濁流。
蝕み、溶かし、一部としてしまう力。
しかし、それでも恭也は手を伸ばす。
この先にある力の中心。
全ての思いを受け止めてくれていた魔法の種。
「お前は、俺の願いだ!」
バシッ!
叫びと共に、恭也は掴んだ。
「オオオオオオッ!!」
『楓陣刃』と『桜月刃』を受ける獣人―――恭也に変化が起きる。
まず変化したのは咆哮。
それは悲しむ様に、しかし何かを謡う様に上空へと向けられた。
続いて動きが止まり、ただ立ち尽くすだけとなった。
更に、
パキッ! パキパキパキッ!!
獣人の身体にヒビが走る。
それは那美と薫の攻撃によるものでもあるが、しかしそれ以上に内部からの変化である。
キィィィンッ!
更に、那美と薫の霊力を浴びていた右手から何かが出てくる。
それは、小さな黒の宝石。
鳴くかの様に輝きながら恭也の右手から分離する。
その時だ、
『Stand by ready』
声が響いた。
優しげな女性の声が。
異形の胸―――いや、恭也が首から下げていた漆黒の宝玉からだ。
シュバンッ!
直後、その宝玉から光が走り、恭也の右手の傍へと着地する。
そう、何かが着地した。
それは髪をポニーテイルにした大人の女性であると言う事だけはシルエットで解る。
だが、変化は更に続く。
『Sealing Mode
Set up』
ガキンッ!
宝玉だったものが突如杖―――所謂『魔法の杖』に変形したのだ。
白銀のフレームに護られた漆黒の宝玉をその先端に持つ、漆黒の柄の杖。
光と闇の両属性を併せ持つ聖なる魔杖。
女性はその杖を手にし、ここに告げる。
「貴方の全てをここに讃えます。
ジュエルシードNo.]X、封印」
『Sealing』
ブワッ!
杖から光が放たれる。
優しい、全てを受け止めてくれる翠色の光。
その光が恭也と黒の宝石を包み、抱く。
キィンッ!
数秒後、光に包まれた黒の宝石は『]X』という白く美しく文字を示しながら輝いていた。
「今はまだ少し眠っていてください」
『Receipt』
キィィィンッ!
シュバンッ!
最後にそう言ってもう1度強い輝きが周囲を包む。
その光が晴れた後、その場には女性も杖もなく、ただ漆黒の宝玉が1つあるだけだった。
同時にこの空間を閉ざしていた結界も解除された様だ。
それと―――
「ふぅ……なんとか成功しましたね」
恭也の姿があった。
右手も左目も元に戻った、元のままの恭也が。
「恭也さん―――」
「恭也君―――」
その姿に安心する那美と薫。
が、安心したのも束の間だった。
「恭也、服!」
「恭也さん、うわ、下も!」
銀髪の姉妹の言葉に、先程の開放で恭也は服が破け、何も着ていない事に気付く。
「あああっ!」
「え、あ、う……」
気付き、更に意識してしまって少しパニくる那美と、慌てつつも顔を背ける薫。
「失敬。
着替えてきます」
見られた恭也はやや居心地の悪さを感じるも、冷静に本殿に向かう。
実はこういう事も予想して着替えを用意していたのだ。
運んだのは隠れている者の1人だが。
その隠れている1人は、とりあえず場が収まった事で移動を開始していた。
(ふぅ……まったく締まりが悪いが、上手くいった様でなによりね。
さて、私はさっさと移動するか)
思考ではやや悪態を吐きつつも、安堵していた。
自分の出番が保険の領域に達さなかった事を。
(後は、危険物を回収して、月村の屋敷へか)
本来の居住地へは依頼人の指示の下戻れない事になっている。
今日から暫く別の人が使うらしく、更に説明が面倒な上、月村の屋敷に用事があるので都合上暫く月村の屋敷を拠点とする予定である。
話では月村の屋敷には住人が増えているらしいが、どうするかはまだ決めていない。
(ともあれ、礼はそれなりに払ってもらわないとね。
何にしようかしらねぇ)
金銭にほとんど興味がない彼女は、依頼人に何を求めようかと考えながら移動する。
無事に終わり、そうした事を考えられる事を喜びながら。
更にもう1人も移動していた。
(無事終わったみたいだな。
最後は―――とんでもないものを見てしまったけど……)
最後の光景を思い出しながら顔を紅くする女性。
しかし直ぐに首を振って忘れようと努める。
まだここへ来た本当の目的は果たしていないのだから。
(恐らくは今のことに関わる仕事。
あの彼がわざわざ呼ぶのだもの。
隠れ家で待てとの事だけど……隠れ家までもっているなんてね)
渡された住所の紙を探しながら山を降りる。
尚、彼女が使っていた武装は、持参した愛用の銃以外はその場に置いてきているので身軽だ。
(それにしてもあの荷物はどうするのかしら?
回収の手はまわしてあると言ってたけど……
まあいいか、恭也なら抜かりはないでしょう。
最後は、まあ少し抜けてた感じはあったけど……着替えは用意しているみたいだから用意は周到なのかしら?)
また最後の光景を思い出して赤面する女性。
同時に、こんな少し馬鹿らしい事を考えられるということは、上手くいったからこそだと少し笑うのだった。
数分後 八束神社、境内
「失礼しました」
着替え終わり、本堂から出てきた恭也はまず謝る。
見苦しいものを見せてしまった事にである。
「いや〜、こんなところでオールヌードとはね〜。
流石にビックリしたよ」
それに一番最初に反応したのはハスキーボイスで笑う銀髪の女性。
もう事は終わったと言う事で既にタバコまで咥えている。
「忘れてくれると助かります。
リスティさん」
その女性はリスティ 槙原。
今回のジュエルシードの件で協力を依頼した人の1人でもあるHGS能力者だ。
恭也が異形と化した際に、動きを止める役目を担当していた1人である。
「いやぁ、別に恥ずかしがるものじゃないだろ。
なあ、シェリー」
「な、なんで私にふるの?!」
姉とは違ってこんな話題でカラカラ笑えない妹は少し慌てる。
姉のリスティと同じ銀髪の少女、セルフィ・アルバレット。
愛称はシェリーで、リスティ 槙原の妹にしてフィリス 矢沢の双子の姉妹。
フィリスとは髪型が違うだけで見分けるのが難しい程に良く似ている。
本来はセルフィは日本におらず、米国にて災害対策の仕事に就いているが、最近長い休みを取らされたらしく―――
そう、またあまり仕事ばかりしているので上司に休まされたらしい。
と言う訳で、日本にやってきていた所を急遽呼んだのだ。
彼女はHGS能力の中でもトランスポートの能力が強く、もしもの時の為に来て貰った。
「と、兎も角恭也さん、また無茶ばかりしてますね?」
「シェリーこそ、先月何回入院を?」
「私はほら、丈夫だから」
シェリーを含むHGS能力者は治癒能力が高く、腕を斬られてもくっつけとけば元通りになる程である。
彼女はその中でも治癒能力が高いらしく、その為災害現場に於いて、要救助者の救助を命令無視で強行する事がある。
バリア能力もあり普通の人では助けられない人を助けられるのは良いのだが、そのせいで入院沙汰どころか、医者に匙を投げられる事もあったりするのだ。
それでも数日で元通りになってしまうのでまた強行と、頼もしいが、心ある上司は頭が痛いらしい。
「俺も丈夫ですから」
「もう……」
そんな自分の無茶を棚に上げ続ける事もできず、結局は何も話を進展させられずに終わってしまう。
だが、とりあえず今回は無事だったのだから良いだろうと、シェリーも微笑んだ。
「で、本当に大丈夫なの?
……霊的には問題はない様だけど」
「その様ですね」
そんな恭也を囲み診察する薫と十六夜。
流石にあんな事の後だから何か影響が残っているのがむしろ自然。
なのだが、何もない。
「傷もないですね。
何か物理的な攻撃も受けてましたよね?」
肉体面で診察する那美はちょっと怪訝に思っていた。
それが何かは解らなかった様だが、確かに恭也は異形と化した時に攻撃を受けている。
ちゃんと考えられて、後に影響が出にくい様考えての攻撃であったが、両足を何かが貫通した筈なのだ。
その傷が見当たらない。
異形となっている間はそもそも身体のサイズが違うのだから、どうやってああ成って、どう戻ったのかにもよるだろうが、傷を受けた痕跡すらないのだ。
「こればかりは、俺では何も」
場合によっては那美の力で応急手当をし、リンディの魔力の回復をまってフィジカルフィールで治すつもりであったが、その必要はない様だ。
あの異形状態と恭也の身体は完全に同じではなかったのかもしれないが、兎も角今は答えが出ない。
(いや、それよりも封印時に大きな力を感じたが……
アレはジュエルシードの力だったのか?)
外部から浄化され、更に封印を受けた際、外側でも今まで見なかった輝きがあり、内部でも何か大きな力の流れを感じていた。
このことに関してリンディと話したいと想うが、今はデバイスの中で眠っている。
(彼女は知っているのだろうか?)
恭也は空を見上げる。
上空で気配を消している彼女を探して。
その頃 八束神社上空
下では無事に事が済んでそこに居る人物も安堵していた。
それに、下に居る2人はある可能性にも気付いたので、結果的にはこれはよかった事なのかもしれない。
紅い髪を靡かせ、紅い翼を展開する少女はそんな事を考えていた。
(これで姉さん達も気付くでしょうし、いいサンプルになったわ)
姉達なら大丈夫だろうと思いつつ見に来て思わぬ収穫があった。
事が事だけに実験できず、完全な確証は無い方法に確証が取れたのだ。
これで不安要素は1つ消え、後はもう少女が手を出す事はほとんど残っていない。
(―――そう、やはりこのやり方で正しいのね。
後は……)
フッ
もう1度この先に起こる―――いや、少女が起こす現象を考え、少女は姿を消した。
最後の調整に取り掛かる為に。
戻り 八束神社境内
とりあえず恭也には問題なしと言う事が解り、本当に安堵する4人。
そうして、この後どうするかと言う話になっていた。
その中で、恭也は改めてわざわざ来てくれた人と話していた。
「本当にすまないな、休暇だというのに」
「いいよ、恭也の頼みだし。
それに、休暇と言っても疲れてる訳じゃないから」
相手はセルフィ・アルバレット。
フィリスと姉妹と言う事から紹介され、1度セルフィと共に仕事をした事がある。
それ以来の仲であり、それだけとは言え互いに信頼する関係である。
「そうそう、恭也の頼みだからね。
連絡があった時はもうそれは喜んで飛んで行ったぞ。
荷物を知佳に押し付けて」
「リスティッ! 変な事言わないで。
恭也はほら、滅多に私達を頼ってくれないから、それで役に立てるならと思っただけだだよ」
この仲の良い姉妹はまた口論を始める。
尚、リスティの言葉の中にある『知佳』とは『仁村 知佳』であり、さざなみ寮の寮生にして国際救助隊特殊分室・室長代理。
セルフィと休暇が重なったので一緒に戻ってきたところを恭也が呼び出したので、セルフィの荷物を預かっているらしい。
「そうだなぁ。
恭也が厄介ごとばかり背負い込むからね〜。
恭也、ストレスが溜まったならこいつ等いただいたり、食べちゃったりしてもいいからな?」
「リスティ!」
カラカラと笑う姉リスティと、真っ赤になりながら怒るシェリー。
恭也はそんな姿を見ながら、フィリスともリスティとも姉妹なのだなぁ、などと思っていたりする。
「1人で背負い込んではいませんよ。
頼りになる人達がこうして居る訳ですからね」
そう、こうして本来なら呼ぶべきではない人まで呼んで利用している。
それも日常的に忙しい人達をだ。
恭也としては、十二分に人脈を活用しているつもりである。
「はいはい。
でも―――フィリスをあまり泣かすなよ?」
笑っていたリスティの顔が一瞬だけ全ての感情を停止させる。
本当に一瞬、シェリーや那美、薫も気付かない程の間だった。
「ええ、解ってますよ」
先日フィリスを泣かせてしまった事がバレているらしい。
こうして妹達をよくからかってはいるが、大切に想っている人だ。
こんな場でなければ拳の1くらいは飛んでいたかもしれない。
平手というイメージではない。
「それ以外はもう自由にしていいからな〜」
「リスティ!!」
恭也が返事をすると、先程の一瞬は気のせいであったのかと思うくらいいつもの調子を見せる。
大切なもう1人の妹と、今を楽しむ様に。
「それにしても、なんでシェリーさんとリスティさんは屋根の上に居たんですか?」
「ああ、そう言えば、結局姿を見せない2人は、まあ事情があるとしても、2人は隠れる理由はないだろう?」
と、そこで那美と薫が初期配置について尋ねてくる。
恭也は意味があるとした不可解な配置だ。
もう既にこの場を去った2人は後方援護という意味が在る為、そちらは納得している様だ。
だが、シェリーとリスティが恭也の暴走を止める為に来ていたのなら、那美達と並んでも良かった筈だ。
「ああ、それは4人も並ばれてしまうと、何処に向かうか全く解らなくなるからです」
「……ああ」
既に済んだことであるとしても、あまり口にしたくない事なので、最低限の言葉だけで伝える恭也。
だが、それだけで十分伝わった様だ。
特に那美と薫はその身をもって危機感を感じていたのだから。
そう、4人も姿を見せている状態では、誰に一番の標的にするか、身体を乗っ取られた恭也に解る筈もない。
その為、場合によっては作戦行動に支障をきたすので、向かう先を2つだけに絞り、全員が動きやすくする為の処置だったのだ。
「……逆に言うと、バラバラに立っていたら恭也の好みが解ったかもしれないのか」
「ちょっとっ! いい加減にしてよ〜」
リスティの止まないオヤジ的発言に力尽きそうなシェリー。
リスティはあんな事の後だからこそだと、場を和ませる為に言っているという部分もあるだろう。
が、大部分は自分のやりたい様にやっているだけかもしれない。
「そうですね……俺の意思が反映したかはどうかは別として、バラバラに立ってくれていたら、逆に目移りし過ぎて動けなかったかもしれませんね。
良い女性ばかりですから」
恭也は半ば独り言としてリスティの言った状況に対する自分なりの回答を出してみた。
本心から思うことで、自分の場合で、仮に戦闘と言う事を考えなければという条件付の回答。
一切他意のない言葉だった。
「……」
だが、その場の空気は止まった。
凍ってしまったかのように。
「ん?」
それに気付いた恭也は周囲を見渡すが、皆恭也に視線を向けて固まってしまっている。
逆に言うとそれしか解らず、恭也は疑問符を浮かべるだけだった。
そこへ、
「なになに、恭也君大暴れでもしたの?」
と、そこへ、声が降りてくる。
上空から、明るい女性の声が。
フワッ
声がする空を見上げた恭也が見たものは―――天使の姿だった。
それは比喩表現でありながら、正等な描写である。
純白の翼を持つブロンドの髪を靡かせた美女が空から降ってきたのだ。
それを天使と言わず、なんと呼ぼう。
「お久しぶりです、知佳さん」
「うん、恭也君お久しぶり。
元気みたいだね」
「ええ」
優しげに微笑むスーツ姿の美女。
この人こそ国際救助隊特殊分室・室長代理、仁村 知佳である。
シェリー同様に1度仕事で一緒になったり、さざなみ寮生で在ることから那美との縁で何度か会っている人だ。
仁村 知佳は、その背にもつリアーフィンからも解る様にHGS能力者である。
しかもシェリーの様にその力を仕事に使うほど高性能で、国際救助隊特殊分室・室長代理に就任する程だ。
特に護り力が強く、広域のバリアや強力なシールドを使える。
また、物質を引き寄せる能力『アポート』も強力で、その昔あまりの能力の高さに狙われた事があるという話だ。
知佳はシェリー同様に信頼している人物であるが、今回の件では呼ばなかった。
それは異形と化した恭也を抑える役目のHGS能力者はリスティとシェリーの方が適任で、知佳の能力はリンディが出来る分野なので呼ぶ必要が無かったのだ。
「あ、荷物は寮に置いて来たから」
「ごめんね」
「いいよ、恭也君からの呼び出しだし」
どうやらシェリーの荷物を運び終わった後に駆けつけた様だ。
ここから寮は近いし、飛べばすぐだから確かに寮に運べばこの時間に辿り着くだろう。
下手をすると結界の発生と結界の解除を見られている可能性もあるが……
「そういえば、1度気配が消えて、また直ぐにここに出てきたけど。
何をやってたかは秘密?」
「ええ、すみません」
「いいけど……怪我はしてないみたいだね」
どうやら結界の存在自体には気付かなかった様だ。
だが、やはり結界によって情報を遮断した事で『何か』があった事はばれてしまった。
リンディの結界の隔離機能が完璧であるが故の問題だ。
時間と魔力に余裕があればカモフラージュもできたのだが、封印分だけでもギリギリだったので仕方ない。
なのはや久遠、アリサは現在高町家。
距離からして正確に認識は出来ない筈なのでそちらは大丈夫な筈である。
「さって、知佳も来ちまった事だし、これからどうする?」
そもそもどういった形で解散とするかを話していたところだったので、リスティが結論を促す。
こう力ある者が集まり続けていると怪しまれる事もありえる。
特になのはは鋭い時があるので危険だ。
「私達はこれからフィリスとフィアッセと一緒に食事に行く予定なんだけど」
「じゃあ、それに全員で。
勿論恭也の奢りだ」
シェリーが元々の予定を口にすると、即座にリスティが提案する。
まるで名案だと言う風に。
きっと、今月はもうお金がピンチで、フィリスに借金がある状態で、ただで美味しい物を食べるチャンスだと考えている事だろう。
「了解、俺は日本に帰国したシェリーと知佳さんを那美さんと薫さんと共に出迎え、これからフィリス先生とフィアッセと合流します」
「え? 私達もですか?」
「まあ、報酬の一部という事で」
遠慮がちな那美と薫をそう言って誘う恭也。
依頼料はまた別途支払うが、緊急という事でいろいろと迷惑を掛けた分だと考える。
「OK、じゃあ皆で行こう」
ノリノリで皆を先導するリスティ。
その後、更にさざなみ寮生の一部を交えて高級料理屋に繰り出す事になる。
尚、料金は全て恭也持ちで、準備の分もあり、裏も表も資金が危機的状況に追い込まれたことだけは記しておこう。
夜 食事の帰り
恭也にさんざん奢らせた食事の後。
フィアッセとフィリスはアイリーンの車で先に帰宅し、恭也も用事が在るということで既にこの場に居ない。
残ったのは寮からの迎えを待つ那美、薫、知佳、リスティ、シェリー。
「それにしても、恭也は一体何をしているの?」
本人が居なくなったところで、シェリーは溜息を吐いていた。
いや、それも当然だろう。
シェリーが居る分野からはまた違う過酷な世界を見てしまったのだ。
シェリーには恭也が遠くへ行ってしまった様に思えていた。
「そうですね。
この街の中での事の筈なのに、私達でも『何かあった』事くらいしか解らない。
本当に、何をしているのでしょうね」
しかし、それは那美とて同じ事。
あんな憑き物は今まで見たことが無い。
その憑き方もその強力さ、禍々しさ、全てに於いてだ。
更には、憑かれている側である恭也もそれにしては平然としすぎていた。
まったくもって今回の件は那美達にしても別世界の話の様だった。
「リスティ、貴方も何も気付かないの?」
「ああ、さっぱりだ。
一応何かあったら連絡がくるし、たまに後始末をしてる。
道端で倒れてる奴の保護とかね。
どうも記憶が混乱している奴等ばかりなんだが、妙に清清しい感じだったね。
心の中まで綺麗サッパリしていてな、逆に怪しいくらいだったよ」
「そう……」
知佳も一緒に仕事をした時から感じていた危うさがある。
だが、それ以上に大丈夫だと思える強さがあったから良かったのだが、今回はまた特別だと感じている。
先程の事を見なくとも、那美達の様子からも解るし、恭也自身から出ている雰囲気でもそう感じるのだ。
「私達は暫くこの街に居るし、何かできる事がないか聞いてみようか」
「そうだね」
隠している事を全て話してもらえると思っていない。
だが、すぐ傍で起きている事を見て見ぬふりをできる性分ではない。
休暇での帰国であるが、しかしそれはこの街に帰ってきているだけで意味はあるのだ。
知佳とシェリーは明日恭也と話す事を決める。
そして、
「そうですね。
私も、もう少し手伝える事を考えてみます」
「ああ、そうだな」
那美と薫も考える。
最初の頃、手を出すなといわれているが、それは恐らく彼自身この事件の事情を把握しきれていなかったからそう言うしかなかったのだろう。
だが、今日の事でも恭也は何かに気付いた様子があった。
それならば、何か直接手を出す事以外でできる事が在ると解っているのかも知れない。
「んじゃ、こっちは恭也が保護を求めた人の事をもう少し調べてみるよ」
リスティも動く事を決める。
フィリスの様子から恭也の事を予測できただけに前々から考えていた事だ。
元よりこの街で起こっている事。
彼女達に無関係な筈はなく、動かぬ理由もない。
後は、恭也が動き方を示すだけだ。
そして、恭也も動く。
「となると、あの現象を起こそうとしている可能性が在るということですね」
「そうなります」
那美やフィアッセ達と別れた恭也は、隠れ家の2階でリンディと会議を開いていた。
因みに、ここを拠点とする事になった呼び出した女性は今1階で武器の手入れをしている。
2階には上がらない事と、更に結界は張っているが、人の気配や話し声も無視する様にという約束をしている。
「では、やはりフェイト嬢は……」
「まったく、無茶苦茶する子ですよ、あの子は」
義妹のやろうとしている事に対し半ば呆れる様に溜息を吐くリンディ。
普通なら不可能だと笑い飛ばしてしまいそうな事をこんな形で実現させようとしているのだから。
「……舞台はこちらで可能な限り整えましょう。
後は、俺のあの経験が、少しジュエルシードの発動前の発見に活かせそうです」
「彼女達にやってもらうのですね?」
「ええ。
少しは収穫が期待できますよ」
「そうですか。
では―――」
会議はここで終了となる。
リンディは封印実行で疲労している為このまま休み、恭也は下に下りる。
待たせている客人にして仕事の依頼相手の下へと。
隠れ家 リビング
恭也は女性と向かい合っていた。
フィアッセと並ぶ幼馴染であり、恭也とほぼ同じ道を進む人。
「悪いな、急に呼んで。
それに、嫌な仕事も頼んだ」
「それはいい。
暫くはコンサートもないし、病院との往復くらいで私は必要でもないだろう。
それに、アレは恭也なりに考えての事なんだろう?」
「ああ」
本来ならティオレの護衛に就いている者。
それをわざわざ日本に呼び出した。
そして、最悪の事態では汚れ役とすら言える事も急遽頼んでしまった。
信頼しての事であるが……まあ、それは過ぎた事として最早話す事ではない、そう2人とも考えている。
だから、直ぐに本題に入った。
「表向きの依頼内容は、この街の見回りだ」
「表向き、か」
依頼の説明でありながら、裏があると明言している。
妙な話としか言いようがないだろう。
「そう、表向きはあくまで最近この街にある不穏な気配の捜査であり、探索だ。
どんなものか、正体は一切不明のものを探してもらう事になる。
だが……」
「つまりは、アレか」
今日の昼に実物を見せている。
それが答えである。
だが、何故正体を知っていながらそれを表としないのか。
それは、正体を知っているからこそなのだ。
それと、これを依頼する人物はもう1人いる。
深夜 月村邸の一室
「つまり、見つけても手出しはしないってこと?」
忍の下に厄介になっているもう1人の依頼相手。
今現在の肩書きは隠れ家の管理人である女性。
「そうだ。
見つけたら情報を記録し、後で報告してくれれば良い。
見つけ方は、今日の俺を参考にしてもらえば見つかる可能性が高い」
今日の昼間、那美達を含む6人が感じた違和感。
それを街を歩きながら名前も知らない赤の他人に対し感じ取れというのだ。
かなり難しいことであるが、人を客観的に観察できるこの者と、ガードのプロとして働く女性なら解るかもしれない。
「基本的に昼間だけで構わない。
特に俺は後日の大型連休中はこの街を離れる事になる。
その時は特に警戒して欲しい」
元々は恭也が5月の大型連休、ゴールデンウィークに山篭りをする間の代わりとして呼んだものだ。
特に高町家のメンバーに対する説得力の裏の動きとして。
当初の予定では、恭也が昨日までやっている街の見回りと同様で成果が期待できない依頼だった。
しかし、ここへきてその事情が少し変わる。
今日の昼の出来事がジュエルシード発見の可能性を少しだけ作ったのだ。
発動前に発見できたなら、その後に調整できる事は今までの比ではない。
それが在る為、この2人だけでも恭也は十分だと考えていた。
だが、恭也の意図しないところで動きがあった。
翌日、さざなみ寮
シェリー、知佳、那美、薫から連絡があり、訪れた恭也。
そして、4人が協力する事を申し出ると、少し考えてからそれを受ける事にした。
「決して意図的に探しに出ないでください。
失礼ですが、そう言う技術を持たない人が捜査に出ると不自然になり、それが相手に伝わると拙いのです。
あくまで、外を歩く時に気に留めておくくらいでお願いします」
直接依頼した2人はそう言う技能も持つプロと、そういう素振りを見せない様にできる者だ。
だから問題ないのだが、この4人は隠れて捜査する様な技能はない。
素人が変に探し回ると、まわりにそれと見抜かれてしまい、それがジュエルシードに伝わった場合どうなるかが解らないのだ。
「そうですか。
少し残念ですが解りました」
元より関わる事を止められていたのだから、そう簡単に入り込む事はできないと解っていた。
だが、それでも那美達は少し悲しそうだった。
なまじ力を持つだけに役に立てない事が悲しいのだ。
そんな様子を見て、恭也は言葉を付け加えた。
これは最近見えてきた最後の場に関わる準備の話。
その一部を少しだけ明かす。
「那美さんと薫さんには後日別のことを依頼すると思います。
そして、知佳さんとシェリーにも。
ですからそれまでは待っていてください」
関わるなとは言っている。
しかし、力を借りなければならない事態が既に想定されている。
詳しい話をしないまま、力だけ借りる事は少し気が引けるが、しかし必要な事なのだ。
「そうですか。
解りました。
その時は声をかけてくださいね」
笑顔を見せる4人。
そして外出する時は先程の話、捜索もするという事になった。
恐らく不自然にならない程度に外出を増やす気でいるだろう。
恭也が殆ど意図しなくとも力が集い始めている。
今まで通ってきた道を伝って。
その力はきっと表で動く少女達と比べたら目立たず、小さいかもしれないが、それはきっと―――
それから数日後の夕方 月村邸
アレから平和な日が続き、4月の末日となった。
そんな日の夕方、恭也は月村邸を訪れていた。
1週間前に頼んだ仕事の期限の日なのだ。
「できてるわよ」
「流石だな」
ノエルに工房へと案内され、挨拶と同時に忍は応えた。
自分から言い出したものの、本当にロボットの製作を一週間でやってのける忍に感嘆の声を上げる恭也。
「でも悔しい事に設計図通りにしか作れなかったのよねぇ」
「いや、設計図通りでいいから」
やはりいろいろ試してみたかったらしく、かなり悔しそうに図面を眺める忍。
未知の技術に触れられた満足感は在る様だが、それを逆に1週間しか携われなかったのが惜しいと思っているのかもしれない。
「とりあえず貰うぞ」
「ええ、ジャンクが入ってた箱に入れておいたわよ」
依頼する時に持ってきた一辺2mの立方体のケース。
リンディの魔法で出し入れしたものだが、忍はそれで持ち運びするのだと判断したのだろう。
実際その通りなので、手間が1つ省けた。
「入っていたジャンクは?」
「完成品だけしか入ってないわ。
ジャンクはどうするの?」
ジャンクとは言えこの世界にない技術の塊である。
本来であれば回収しなければならないのだが―――
「任せる」
「OK〜」
それはゴミを放置する行為であるが、しかし忍にとっては宝の山だ。
尚、リンディの許可は下りている。
そこまで上位の技術の結晶と言うわけでもないし、ジャンクという事もあり、忍ならという条件の下の許可だ。
そもそもリンディの世界の技術で設計されたロボットを作製してもらった時点でその信用はある事が前提だ。
「忍」
「なに?」
恭也は忍の名前を呼び、自分の方を振り向かせ、ケースから完全に目を離させた。
その瞬間。
キィィンッ!
「え?」
高い音が響いたのを感じた忍が振り返ると、既に2mもの大きさの箱が消えていた。
リンディが格納したのだ。
流石にこれは見せる事はできない。
「まったく、どんな魔法を使っているのやら」
「秘密だ」
そんな事を話しながら少し笑う2人。
それから完成品について少し話した後、2人は地上に上がる。
少し余裕があるのでお茶を飲みながら過ごす事にしたのだ。
そこで、
「恭也様、なのはお嬢様がお見えです」
ノエルがそう伝えてくれる。
どうやら今日もすずかがなのはを連れて来たらしい。
「盗聴していく?」
「いや、いい」
軽く尋ねた忍だったが、恭也はアッサリと応えた。
「GWの予定の話をしているだけだからな」
「あら、聞かなくても解るのね。
流石お兄ちゃん」
楽しげに茶化す忍。
いや、軽い感じで言ってはいるが、恭也になのはの兄をしているのだと言っているのだ。
普段兄らしくないと言う恭也に対して。
だが、恭也はそれを否定した。
「いや、兄だからではないさ」
「あら、そうなの?」
「ああ。
俺は、なのはの敵だからな」
「敵? ……ああ、そう言うことね」
そう、恭也がなのはの行動を予測できるのは今なのはの敵として在るからである。
家族としてでもなく、兄としてでもなく、ただ純粋に敵対するものとして、なのはを知っているからなのはの行動が解る。
それだけだ。
忍は今回の依頼内容から少しだけ恭也の事を察する事ができた。
これから恭也がしなければならない事も含めて。
少しだけ。
「じゃあ、私の部屋で。
ノエル、お茶をよろしく」
「はい、かしこまりました」
だかこそ、忍は恭也の腕を取って自分の部屋に連行する。
お茶を飲んで過ごす事自体は既に了承しているのだから、なのはが来ているからと言ってそれを取りやめる事はないと。
そう、2人でならティーラウンジなど使う必要は無い。
「お茶は何がよろしいですか?」
「任せる」
「私も」
それからなのはが帰るまでの時間のんびりと時間をすごした恭也。
なのはが帰ってから暫くして、その後で恭也は高町家に戻る。
やるべき事を果たす為に。
その日の夜 高町家リビング
夕食が終わった頃に合わせ、恭也は高町家に戻っていた。
名目としては物資補給と言う事になっているが、別の目的がある。
尚、念の為にフォーリングソウルは外しての帰宅だ。
夕食後と言う事で、皆リビングでくつろいでいる。
そんな中、
「そう言えば恭也、今年は行くの?」
母桃子が主語を省いた状態で尋ねてくる。
GW前のこの時期なので、それだけでも解る内容なのだ。
そう、ほぼ毎年恭也のGWの予定は決まっている。
それは、美由希と山篭りをする事だ。
高町家に於いて知られている恭也の現状を考えるならば今年は無しと言う事を予想しているだろう。
母は半分以上それを前提として、確認の為に聞いているのだ。
だが、
「ああ、今のところ何も見つけられていないし、少し精神を落ち着かせる為にも行こうと思っている。
その間に見回りを代わってくる人も既に呼んである」
「あらそう」
恭也の答えに、既にこの件について話し合っている美由希以外の全員がやや驚いた様子を見せる。
恐らくは『落ち着かせる為』という様な発言をした事と、自ら始めた見回りを中断する事に対してだろう。
だがその中で、驚きながらも期待する様な視線を向ける者が1人だけいる。
「じゃあ、美由希と2人で出かけるのね?」
「いや、今年は美由希は行けない」
「あ、うん、ちょっとね」
嘘が混じる。
美由希は『行けない』のではなく、『行かない』のだ。
まあ、恭也の事情からすれば『行けない』であっているので言葉の上では嘘ともいえないだろう。
兎も角、この情報を開示する事で更に皆は驚いている。
何せ例年の山篭りは主に美由希の為という部分が大きいので、恭也が1人で行く意味はかなり低くなる。
それこそ、本当に1人ですら行かなければならない様な精神状態なのかもしれないと思われているかもしれない。
だが、そう思われるのは大した問題ではないし、先程期待のまなざしを向けてきた1人がそれによって考えを変えなければ良いのだ。
「じゃあ1人で?」
母は確認の意味で尋ねてくる。
半ば恭也が誘導した問。
これを待っていた。
「そうだな……
どうする? なのは」
恭也は先程から期待の思いを抱いている主、なのはに対して話を振った。
今まで―――そう少なくとも1ヶ月前なら冗談としかとられないか、真面目な話だとしても拒否される行為。
だが、
「うん、行く」
なのはは肯定の答えを返す。
それも喜んでだ。
自分の願いが叶ったと、そう言う輝いた瞳で。
「うむ、ではなのはと2人だ。
いや、久遠も一緒かな?」
「うん、そうだね、くーちゃんも」
「では今度の休みは3人で行ってくるよ
―――鍛錬の為、山篭りに」
恭也は宣言する。
予想外の事態に何の反応もできていない家族に対し。
ここでキッパリと行く先とその目的を。
「えええええ!!」
リビングに驚きの声が響き渡る。
だが、そんな声を聞き流しながら恭也はなのはに詳細を説明する。
行く場所の正確な位置と出発時間、準備する物等。
そう、リビングに響いているのは驚きという反応。
なのはが戦いの力を得る為に恭也について行く事にだ。
しかし、驚くのも無理はないだろう。
多少事前に何かが起きていて、それになのはが関わる事は伝えていても、なのはが戦う力を求めるなど想像できないだろうから。
その日の深夜 森の中
山篭りの情報を全てなのはに伝えた後、恭也は美由希と森に来ていた。
何時も鍛錬に使っている場所で、最近は赤星と美由希が打ち合っている場所だ。
「悪いな」
「いいよ、大切な事なんでしょう?」
「ああ」
事前に連絡し、今年はなのはと行くことを美由希に伝えていた。
その上でそれには同行しない様にと。
最近はあまり見てやれて居ないのに、更に毎年の山篭りも取りやめとなったのだ。
あまり師として良い事とは言えないだろう。
「最近はね、赤星さんと打ち合うのもなんだか楽しいから。
赤星さん怖いくらいに上達が早くって、もう変に手加減したら殺されちゃうかも」
赤星は元々ルールが在る上に竹刀と防具を用いて行う剣道をやっていた者だ。
恭也と木刀で打ち合う事はあっても、やはりルールがあり、蹴りがありになったくらいである。
故に、美由希と刃引きしただけの真剣で殺し合う場合の寸止めや手加減などがまだ上手く出来ない。
実力的に上の美由希側でそれを調整する事になるのだが、既にそれが難しい領域に達しつつあるのだ。
「何か見えるものはあったか?」
赤星は上達している。
限りなく実戦に近い戦う力を得ているのだ。
だが、それでもまだまだ恭也や美由希に及ばず、美由希が戦い方に於いて赤星から学ぶ事は無い筈だ。
しかしそれでも、赤星と戦う事で美由希は何かを感じていた。
自分には無い―――いや、嘗て在った筈で、忘れかけてしまっていたものを。
「うん……
ときどき怖いんだ。
自分のやってきた事が間違っていたんじゃないかって思う事すらあって」
「お前なら大丈夫だ」
「うん、恭ちゃんに教えてもらって辿り付いた道だもの」
尊敬と感謝の意を言葉と視線に込め、笑みを浮かべる美由希。
だが、その後でもう1度笑みを止めて美由希は問う。
「なのはも、こっちにくるの?」
恭也や美由希にとって相反する存在であり、大切な鏡でもあったなのはが道を選んでいる。
美由希はそれが少し心配だった。
恭也がつくのだから、自分と同じ様にけっして間違う事はなくとも、しかし、何かが失われるのではないかと。
恭也と美由希が持たず、なのはが持っているものが、なのはが選ぶ道によっては永遠に失くしてしまうのではないかと。
「それは、なのは次第だな。
だが、俺は大丈夫だと思っている」
「そう。
なら大丈夫だね」
少しだけ笑う2人。
そう話している内に気配が1つ近づいてくるのに気付く。
赤星の気配だ。
「では俺は行くとしよう」
「赤星さんに会っていかないの?」
「今は必要ないさ」
「そう」
必要無い、その言葉にどんな意味を持たせているかを感じながら美由希は恭也を見送る。
少し羨ましいとも感じながら、その背中が闇に消えるのを見つめていた。
それから、恭也はリンディと合流し2日後に山篭りを開始する山へと移動していた。
ここで行われる事を完遂する為の準備をしに。
決して失敗の無いように、間違いの無い様に。
連休1日目の朝
早朝から出発した恭也となのは、久遠、それからバッグの中のアリサは電車とバスを乗り継ぎ目的地の山を目指す。
尚、久遠は狐モードでアリサ同様にバッグの中に入っている。
久遠は着替えれば子供モードでも良かったのだが、耳と尻尾を隠すのは楽ではないらしいので狐でバッグの方が楽らしい。
因みに普通のペットではない狐なので、交通機関に乗せるのにはいろいろと面倒な手続きが在る為、普段の顔だけ出した入り方ではなく、完全に隠れた入り方だ。
少々息苦しいだろうが、我慢してもらうしかないだろう。
そうして10時頃に山に到着する。
今回訪れているのは普段使う場所とは違う場所で、それなりの高さと広さを持つが、登山客の訪れない場所だ。
「獣道を行く事になるからな」
「うん」
「荷物は俺が持つが……久遠、もういいぞ」
登山客が来ないと言う事で、道は整備されていない。
荷物持ちで登るのは流石になのはでは無理なのでなのはの分も恭也が背負う。
と、そこでまだ久遠がバッグの中だったので降ろしてやる。
「くぅ〜ん」
流石に長時間バッグの中だったのでくたびれた様だが、少し身体を伸ばすと、
バシュンッ!
「山、高いね」
子供形態へと変身し、山を見上げる。
山を登るには狐の方が楽だろうに、敢えて人の形を選んだ。
(やはり久遠もその気なのだな)
解っていた事だが、今回の修行は恭也にとっても大変なものになるだろう。
だが、それでこそだと恭也は考える。
「では行くか」
「はーい」
「くぅん」
それから1時間ほどかけて山を登る。
獣用の道を恭也を先頭に、久遠、なのはという列で。
途中邪魔な草木は可能な限り避けておく。
それだけで後ろの2人、なのはすらちゃんとついてきている。
(なのはは自覚してないのだろうな)
ただの坂道ですらない、自然の山の獣道を体育の成績が良いわけではない小学生が登るのは困難な筈だ。
しかし、なのははほとんど息を乱さずについてきている。
邪魔な草木を掻き分けているとはいえ恭也と久遠のペースにだ。
(まあ、その点の自覚は今はいいか)
まともな比較対象が居ない為、今後も自覚が難しいと考えるが、問題だとは思わない。
今なのはが必要なだけの能力があればそれで良いのだから。
そうして問題なく一行は山の中腹にある川辺に到着する。
「さて、ここら辺にテントを張るぞ。
なのは、久遠、手伝ってくれ」
「はーい」
「うん」
恭也が持ってきたのは旧式のテント。
最近の便利な物ではなく、張るのは少し大変だが、これも経験なのでなのは達に手伝わせる。
普通のキャンプではないが、こう言う経験も必要だと思うのだ。
「これをこっちに引っ張ってだな。
そのロープはあの木に」
「くーちゃん、こっちお願い」
「結んだよー」
恭也自身が熟練者で、久遠も器用で、なのはも要領が良いのでテントも自炊する為のかまどもすぐに作る事ができた。
1時間程でキャンプの設営は完了した。
「少し周囲を見てくる。
ここで待っていろ」
「「はーい」」
設営が完了すると、恭也はそう言ってなのは達を置いて森の中へと入る。
それも、こちらからも完全になのは達の声や気配が感じ取れなくなるくらいだ。
アリサの事もあるので、何かとなのは達には時間が必要だろうという配慮と、実際必要な周囲の見回りだ。
周囲の見回りの中には危険な動物や、登山者などが居ない事を確認するという作業がある。
が、今回はそれは済ませて在る。
一昨日の深夜に1度来た時に確かめたのだ。
だから、30分程時間を潰してから戻ればいいのだが―――他にもやれる事を思い出した。
「時間があるからやっておくか」
恭也はなのは達との距離を保ちながら、在る場所へ回り込む。
そこはキャンプから程近くにある森の中。
近づくにつれて硫黄の匂いがし、更に湯気が見えてくる。
今日の風向き上、久遠も気付いていないだろう、天然の温泉がそこにある。
人が使っていないため、やや荒れてはいるが簡単に石畳による整備もされている。
『こんなところがあったのですか』
近づくと胸のポケットにしまっているフォーリングソウルの中からリンディが念話を繋げて来る。
ここの計画を立ててからはシンクロをしなかった為、記憶の何処かには在るだろうが、それが引き出される事は無かったのだろう。
『ええ、父が掘り当てまして』
『掘り当てた、って……』
不思議そうな声を返すリンディ。
実のところ恭也もよく知らないのだ。
確かに近くに火山があって、温泉は出るだろうが、一体何をしていて掘り当てたのやら。
しかもそれを温度調整や石を斬って敷いて温泉宿の温泉の様に仕上げてしまったのだ。
それも普段人が使わず、野生の動物達が使っている様でやや荒れているが、それでもまだ少し掃除をしただけで使えそうなほどしっかりと。
『一昨日の晩に来た時は気付きませんでした』
『まあ、忙しかったですからね。
とりあえず掃除を済ませます』
ここに留まる3日間は使おうと思うので、しっかりと調整しておく。
今は山の動物達も見当たらないので、湯の流れを変えて1度湯を抜いてから土や落ち葉や枝などを退ける。
温泉の温度は問題なく、再度湯船にしている場所に湯を流せば完了である。
『元々湯の流れで殆ど汚れもないし、問題なく使えます』
『そうですか……
隙があれば私も使わせてもらいますね』
『ええ』
鍛錬中はなのはと久遠は恭也がついているので、昼間なら大丈夫だろうとリンディは期待している様だ。
兎も角、これでこの場所は使用可能となり、時間も頃合なので恭也はキャンプへ戻る。
戻った恭也はまず着替える。
移動用に来ていた服から鍛錬の為の服装に。
「では始めるか。
まずは走るぞ」
「「はーい」」
恭也はいつもの運動着を着て、なのはと久遠も新品の運動着に着替える。
久遠は普段の式服でも山を駆け巡っているので必要はないだろうが、どうせなので久遠の分も用意した。
2人は初めて着る服を珍しそうに感触を確かめている。
それから3人で山の中を走る。
恭也は慣れているし、久遠は人型でも問題なく走れているので言う事はない。
「なのは、周囲全体を見ておけ。
足元だけにとらわれるな」
「うん」
並走しながらなのはにアドバイスを出す恭也。
人が通る様に整備されていない凸凹な上に傾斜があり、更に場所によって滑ったり、落ち葉などで足場が見えない事もある。
そんな道を走るのはとても難しい。
慣れないと一歩一歩確かめながら歩くので精一杯だろう。
「悪い足場が解っている時は歩幅を変えながら、タイミングを合わせれば止まる必要はなくなる。
あまり障害を飛び越えようとは考えるな、飛んだ目に見えているだけの状態とは限らない」
「うん」
だが普段から久遠と遊んでいるのもあり、山に慣れているのが大きいのだろう、2,3注意するだけでなのは問題なく走れていた。
いや、慣れていると言うだけではなく、周囲の状況を素早く的確に把握する事ができているのだ。
その上で自身の動きを最適化できている。
「久遠はその姿でも速いな」
「うん、大分慣れたから」
久遠は普段基本的に狐の姿で居る。
燃費の問題からそうなっているのだが、動きやすさでも狐の方が上だろう。
その為、人の姿で山を走ったりする様な事は今まであまりなかった筈だ。
それは台詞の中にもある『慣れた』と言う言葉が示す通り、久遠もどこかで自主鍛錬をしていたのだろう。
久遠は最大開放時のその能力の高さから、鍛錬など必要としないとすら言える。
それが努力をするとなると、今後久遠の力はどうなるのか、恐ろしくも楽しみに感じる。
それから大体1時間程山を走り、キャンプまで戻って来る。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
立ったまま息を整えるなのは。
座るなと恭也が指示を出しているが、ちゃんと完走してきたのだ。
(美由希がいたらさぞ驚いただろうな)
ペースは落としているとはいえ恭也と久遠の後ろをついてきていたのだ。
その体力と脚力は最早一般的な小学生とは比較にならないだろう。
本人が自覚できるのはいつになるかは解らないが。
「昼飯をとってくるからちょっと待ってろ」
「は〜い」
そんな様子を見ながら恭也は少しその場を離れる。
川で魚を取るつもりでいる。
『恐ろしい程の基礎運動能力ですね……
軍事訓練を受けているアリサと大差無い……いえ、むしろなのはさんの方が高いかもしれません』
『まあ、魔導師用の軍事訓練とでは比べられないのでしょう』
ある程度計画をしていたとはいえなのはの能力に驚くリンディ。
恭也はそれを魔法をメインにしているのと純粋に身体能力だけを磨く恭也達の差であると思っている。
キャンプから少し離れた場所から川を覗く恭也。
数匹の川魚が見える。
ゆっくりと川の中に入り、1度立ち止まって完全に静止する。
そして―――
ヒュンッ
パシャンッ!
恭也の射程内に入ってきた川魚を素手で川の外に叩き出す。
熊がやるのと同じ様に。
『本当に魔法の有無だけの違いでしょうか……』
そんな様子を見ながら、リンディは疑問を呟いた。
恭也は集中しているのと、恭也に応えて欲しくて言葉にしたものではなかった為、それを聞き逃してしまった。
更に、帰りの道で山菜を見つけたときもリンディは何か言いたそうだったが、結局その時は言葉にすらしなかった。
それから、6匹程捕まえて、木の枝に刺して持ち帰る。
途中、なのは達の話し声が聞こえ、慌てて消える気配が1つ。
どうやらアリサが出て来ていた様だ。
「昼にしようか、なのは、久遠」
「「はーい」」
アリサの事は気付かなかった事にして昼食にする恭也達。
尚、アリサもそうなるだろうが、リンディも妖精形態で食事等は我慢してもらっている。
昼食後
「なのははまずこれを」
昼食後、本格的な鍛錬を開始する。
始めに恭也がなのはに渡したのは木の棒。
丁度なのはの使うレイジングハートと同じ長さの木製の杖だ。
レイジングハートと同じ長さと言うが、それはなのはの体格に合った長さという意味であり、他意はない。
レイジングハートは自己判断でなのはの体格に見合った長さになっているので、恭也がなのはの体格を考えて用意したものが同じ長さになるのは当然の事。
「小太刀じゃないの?」
なのはは小太刀を渡されるものと思っていたのだろう。
レイジングハートと同じ長さという点に関してはレイジングハートの使い手だからこそその理由は解っている筈。
だからその点は疑問に思う事無く、ただ武器の違いについて尋ねてくる。
「お前が持つにはまだ早い。
とりあえずコレくらいの得物が扱えてからだな。
それに、まだ御神流を修める気はないのだろう?」
「……うん、ごめんね」
「いや、こうしてこの場に来る事を決めただけでも十分だ」
少し嘘が入る。
美由希はなのはと同じくらいの時には既に小太刀を持っていた。
最初から二刀持ったわけではないが、武器を変えての修行はしていない。
だが、なのはが御神流の剣術を教わりたい訳ではないと解っているのなら、たとえ裏の事情を知らなかったとしてもこうしただろう。
それに、恭也も今まだ迷っているなのはに御神流を教える気は無い。
覚悟なくしてこの道は歩めないのだから。
いや、そもそもなのはの行く道には本来『御神流』という戦い方は必要無いのだ。
勿論この『御神流』とて使い方次第、使い手こそがその意味を決めるものであるが、しかしなのはは何処か恭也や美由希の行く道と御神流を重ねて見ているところがある。
その為、例え敬意は持っていても―――いや、深い敬意を持っているからこそ、自分のやりたい事と違うのだと考えているのかもしれない。
すれ違っているとしか言えない師と弟子。
だが、それでも恭也は伝える事があり、なのははそれを受け取ってくれるだろう。
「とりあえず素振りからだな。
打ち方はこう」
ブンッ
恭也は在る程度杖術も使える。
使い方は刀の使い方に通じるところもあるし、そもそも御神流の戦いは小太刀がなければ戦えない様なものではない。
恭也と美由希が使うのは小太刀がメインである事は確かだが、こういった棒を利用して戦う事も鍛錬の中にある。
なのははそう言う鍛錬の風景を見ていないから知らないだろうが、今度機会があれば教えておこう。
何かなのはが疑問に思っている事を教えられる可能性もある。
「こう?」
ブンッ
「もう少し腕を……
そうだ」
見本を見せて数回動きを補正すると、なのはの振り形は正しいものとなり、それで安定する。
普通このくらいでは上手く振れる様になるまで結構回数が必要な筈だが、杖に慣れ親しんでいる部分が大きいだろう。
「よし、それをとりあえず100回ずつ休憩を入れていいから5セットやっておけ」
「はーい」
型が崩れる様子が無いので、ノルマを言い渡し、1度なのはから離れる。
そうして軽く身体を動かしていた久遠の下に移動し、久遠の相手をする。
「久遠は、ちょっと組み手をやるか」
「組み手?」
「ああ。
その状態で、電撃無しで俺を倒せるか?」
「やってみる」
これは前々から少し考えていた事だ。
そう、那美と久遠と恭也の3人で祓いの仕事をした時に。
久遠が完全開放の状態の場合では、恭也は久遠を殺し切る事ができない上、その圧倒的な力の前に勝つ事は不可能とすら言える。
仮にも久遠は退魔の家系である神咲の当代総出をもってやっと封じる事ができた狐の化生だ。
恭也が勝利するには最低那美や薫との共闘である必要がある。
だが今の状態、子供モードと言われ、今ではエネルギー節約の為として使われている形態は元々大きすぎる力を封印した形態であった。
その為、この形態では久遠の力は人並みレベルまで落とされている。
普通より運動能力が高く、霊力によって電撃を放てるだけの子供と言えてしまうのだ。
今の状態のままなら恭也でも殺す事は可能だろう。
そこへ更に電撃の使用を封じたなら、久遠と恭也はどちらが強いのか。
2人は軽く構えて対峙する。
そして数秒後、恭也はわざと少し隙を見せた。
懐に入れるように腕の動かしたのだ。
タッ!
ブンッ!
すると案の定、その隙を狙って久遠が駆けて来る。
外見上はなのはと同年代の子供である事を考えれば驚異的な脚力で一気に距離を詰める。
が、
バッ!
カウンターの様に恭也の腕が伸びる。
その手は久遠の頭を掴み、固定する。
そうする事で久遠の動きは止まり、久遠の攻撃は届く事はない。
「くぅぅん」
悲しげな久遠。
解ってはいたが上手く行かないのが少し悔しいのだろう。
だが、そう思える事は大切なのだ。
「やはりこうなるか。
お前は自分より強い存在と戦った経験があまりに少ないのだろうな」
久遠は狐の化生。
元が獣である上に強大な雷の力を持っている。
その力は神咲の当代総出でやっと倒せる程のもので、大凡まともに『敵』となる存在は無かっただろう。
それ故に、久遠は自分よりも巨大だったり強大な相手に対する戦闘をあまり経験しておらず、上手く戦えないのだ。
だが、知恵を持っているから勝つ為の工夫ができるし、隙を見るという行動もできている。
では何が足りないのかと言えば、相手も使っているだろう力の差を越えてしまう技術だ。
「余計なお世話かもしれないが、お前は大人の状態だと燃費が悪い。
だから、その状態でも少し戦う訓練をしておいて損は無いと思う」
「うん、お願い」
弱い地縛霊程度が相手なら子供状態でも那美を守りきることが出来る。
だが、那美もなかなか強情なところがあるので、そう言うときに知恵の在る相手に出し抜かれない様な知識と技術があるに越した事はない。
それに、今久遠が相手をしているアルフと言う使い魔は、それなりの戦闘技術と力を持っている。
その戦闘技術によって力では勝っている久遠はまだ勝てていない。
だが、逆に言えば久遠は力は持っているのだから、後はその力をもっと有効につかえるだけの技術があれば戦闘力は跳ね上がるだろう。
それから恭也は戦い方の基礎を実戦形式で久遠に伝える。
元は恭也の様な弱い存在が久遠の様な強い存在に勝つ為の技術。
それを力の強い久遠に教えるのだ。
「大きい事は必ずしも有利とは限らない。
リーチの長さも逆に内に入られたら欠点となるだけだ。
だから、懐に入ってしまえば良い」
まずは今の状態で久遠が恭也に勝つ手段、自分より大きいものに対する戦い方。
「相手が人間であるなら体術というのは有効だ。
そもそも人間が武術を持っているのは、技を持って力を制す為にあると言って良い。
柔術などは相手が大きくとも投げ飛ばす手段がある」
それから体術などを伝授する。
恭也が教えられるのは対人になってしまうが、その知識も持っていれば応用が利くものもあるだろう。
「はっ!」
グワンッ!
一通り簡単にと言えてしまう位の短時間の講義と実演。
ただそれだけで久遠はもう恭也の拳による突きを受け流しながら投げ飛ばして返す事を覚えてしまう。
「っと」
タンッ!
一応投げられる様に動いている為、先に受身をとって着地する恭也。
練習なので久遠もそこで手を離したのでダメージにはならない。
(やはりかしこいな。
1度教えただけでもう体術がかなり使えているし、応用までしている)
強く、賢く、武術まで使う様になる久遠。
単独の力はこのまま行くと本当に恐ろしい程のものになるだろう。
「よし、とりあえずはこんなところだな」
「ありがとう」
2時間程で1度切り上げる。
2時間という短時間であるが、十分実戦に使えてしまうくらいの出来になったからだ。
「さて、悪いが久遠、夕食になるものを獲って来てくれないか?
その姿のままで」
「うん」
恭也は久遠に更にその応用を身に着けてもらう為と、夕食の為に久遠に狩りを頼んだ。
それを喜んで引き受けてくれる久遠。
新たな知識、それも直ぐに役に立つ知識と技術を身につけたのが嬉しいのか、すごく楽しそうに。
そんな久遠を見送った後、恭也はなのはが素振りしている所に移動する。
「あ、おにーちゃん、終わったよ」
丁度その時に課していたノルマが終わったようだ。
久遠と鍛錬の合間に何度か見て更に課して分までだ。
「ではその杖を使って攻撃の受け方を教えよう」
「受け方から?」
「ああ、お前の場合、先手必勝よりもそちらの方がいいだろう?」
「あ、うん」
恭也と同じ道なら兎も角、なのはが望んでいるだろう道では、こちらから仕掛けると言う事は無いだろう。
それに、元々完全に遠距離からの狙撃とかそう言う攻撃しかしないのなら別として、防御は大切だ。
防御を無視すると言う事は相手を一撃で倒せなければいけないのと同意なのだから。
恭也の様に先手必勝、一撃必殺の業を持つなら兎も角、なのはの行く道でそれは在り得ない筈だ。
「教えて、おにーちゃん」
「ああ。
では、まず正面からの攻撃に対して」
ブンッ!
恭也は予告等一切なしに、なのはに向かって木刀を振り下ろす。
因みに使っているのはなのはの武器に合わせて小太刀ではなく1m程の大太刀相当の木刀である。
「あっ」
反射的になのはや杖を構える。
正面からの切り下ろしに対し、それを受け止める様に両手で横に構えた。
ガンッ!
「わっ!」
手加減しているとは言え、恭也の攻撃をなのはが受けきれる訳はなく、なのはの手から杖が落ちる。
ただ、恭也の攻撃に対して杖で防ぐという咄嗟の判断を下せたのは本来褒めるべきところだ。
しかも、なのはは攻撃を受ける瞬間目を瞑っていなかった。
危険を察知すると目を閉じてしまうのは本能からくる自衛行動で、目を閉じるだけでなく身体は硬直してしまい、何もできない。
ある程度の事ならそうして身を固め、目を閉じる事によって自分の身は護れるのだが、戦いとなればそれでは防ぐ事ができない事の方がほとんどだ。
つい先日―――あの爆発する防衛機構がでてきた時までは、すくなくとも危険に対して目を瞑ってしまっていた筈なのに。
(戦闘理論魔法では補えない部分だったのだが……
やはり、そうなのだな)
本来ならかなりの訓練をしなければ目を瞑るという条件反射を止める事はできない。
それがこの僅かな間、心構えの違いだけで出来ているのはもはや才能の部類だ。
恭也は1人想う。
今まで護るべき可愛い妹としてみてきたこの子が、一体どれ程の才能を持ち、これからどんな道を行くのかと。
だが、それは今は置いておこう。
全てはこの鍛錬を越えた先の話だ。
「基本的に真正面から受けてはいけない。
相手が大きく、強大であるなら尚更だ。
こういう時は上手く受け流す、力を逸らす事が大切だ。
柔は剛を制すという言葉がある様にな」
「なるほどー」
なのははどう足掻いたところで女の子で体重も軽い。
それ以下の特殊な種族を相手にしない限りは相手の方が大きいと考えておいた方がいいだろう。
それに例え自分より小さく軽い相手に対してもそう言う対処があると知っていれば、その逆の対応もできる。
「側面からの攻撃はこう。
下段からはこうだ」
「こう?」
「そうだ。
杖を持っているなら、斜めに滑らせるように受けて、そうだ。
そうする事で力の強い相手の攻撃も受ける事が出来るし、その後の行動に繋げられる」
それから4時間をかけて恭也はなのはを攻撃する。
木刀から小太刀、素手を使ってあらゆる角度、強さ、時には投擲攻撃まで加える。
そう、投擲もだ。
「はっ!」
ヒュンッ!
恭也は牽制として落ちていた木の枝を放つ。
当たっても問題ないだろうが、当たればそれなりに痛いだろうし、どうしても隙が生じる。
「せっ!」
カンッ!
それをなのはは杖をの先を少し動かし、その枝の軌道を変えた。
最低限の動きだけでそれを行い、隙を作らない。
「てぇっ!」
ブンッ!
牽制に失敗し、本来なら1度退くところではあるが、そのまま前進し木刀で薙ぐ。
「はいっ!」
カンッ! ギギッ!
タンッ!
その一撃、なのはは1度受けて木刀の下をすり抜け、更に1度退いて距離を取る。
今のタイミングなら反撃もできただろうが、なのははその隙を見つけながらも距離を取る方を選んだ。
(美由希はやはり連れてこなくて正解だったな)
再度なのはに木刀を向けながら考える。
―――在り得ない。
今、なのはは何をした?
手加減しているとはいえ恭也の攻撃を見切って掻い潜る?
恭也の攻撃を受け流す時に隙を見つけている?
なのはは少なくとも1ヶ月前まで極々普通の子供だった。
恭也や美由希の様な鍛錬を積んでいる訳でもない、体育の成績の悪い子供だったのだ。
そんな子がたった1度、一通り教えただけの攻撃の受け方を使いこなしている。
なのはは恭也のデータを元にした戦闘理論魔法という本来は在り得ない魔法を使いこの1ヶ月程戦ってきた。
本人は戦闘理論魔法があるから戦えていると思っており、それは特にフェイトとの戦闘ではそうだっただろう。
フェイトは外見上はなのはと同年齢で、精神年齢的にも大して変わらないだろうが、しかしちゃんと戦闘訓練を受けている。
そんな子を最後には上手く罠に嵌め、勝利する事ができたのは、間違いなく戦闘理論魔法があったからこそだ。
しかし、なら今この状態。
戦闘理論魔法を使っていないなのはが恭也の攻撃を回避できるのは何故か。
それは、戦闘理論魔法を使い続けて実戦を経験した事に因るもの。
だがそれは、単純な慣れの問題ではなく、戦闘理論魔法は―――恭也が元となり、アリサが作り、リンディが調整した戦闘理論魔法は元々そう言うものだったのだ。
なのはに内部から戦いかたを教える魔法であり、動きを補正するもの。
常時なのはに多大な負荷をかけて、そんな状態で実戦をさせる事で鍛えるスパルタの呪いだ。
故になのはは自覚していなくとも、戦闘理論を使い続けるが故に戦闘方法をその身に刻み、意識しなくとも反応するようになっている。
だがしかし、それでもまだ足りない。
学校の体育の成績が悪い様な子が、どんなに魔法を用いていようとも、どうしてたった1ヶ月の間にそこまで成長できるのか。
その答えはは単純なものだった。
(流石は父さんの実子―――不破 士郎の娘だ)
そう、なのはは御神の中でも天才と言われた不破 士郎の実の娘である。
その血はなのはに正しく継がれ、なのはは普通の子供と比べると遥かに運動神経が良く、非常に高い運動能力を持っている。
しかし、ならば何故体育の成績が悪いのか。
その理由は家庭環境にあった。
なのはの周囲、高町家には何故か武術を高いレベルで修めている者ばかりだ。
それ故に、その者達は普段から洗練された動きをする。
歩く、走ると言った日常的な動作も例外ではない。
いや、そういったなにげない動作にこそ、日頃の鍛錬の成果は隠れているのだ。
つまり、その動きは一見基本的なものに見えて、しかし長年の修練と経験によって培われたものだ。
普通の人が見てもその違いを見極める事は難しく、真似る事もできないだろう。
しかし、なのははそれをしようとしてしまった。
最も身近である家族の動きを、最も身近であるが故にそれが普通なのだとしてその動きを参考にする。
体育の時間の徒競走、球技などならば特にだ。
だが、見ているだけで実際修練を積んでいないなのはではその動きを再現する事ができない。
逆に再現しようとする高度な部分が枷となって普通に行うよりも性能が低くなる。
それがなのはの体育の成績が悪い理由だった。
ある意味で不幸な事だろう。
あまりに特殊な人材を家族としてもってしまったが故に、今まで自分は運動能力が無いのだと、父の血は継いでいないのだと思っていたのだから。
そう、なのはが思っている様な事は無く、なのはは正しく父の血を引き、御神の剣士としても将来を約束された様な身体能力を持って生まれている。
そこに生まれ持った環境、高いレベルの武術家に囲まれ、その動きを間近で見学でき、戦闘理論魔法を使いながら実戦をこなしてきた。
そして、何よりなのはが強く在ろうと望んだ事で、今こうして恭也の攻撃すら回避可能な高町 なのはが在る。
(そう、お前は確かに父さんの、不破 士郎の娘だ。
戦う事に長け、強かったあの人の子。
そして、戦う事ができなくとも強い桃子母さんの子でもある。
なのは、お前はその2つの血を正しく継いでいる。
ならば、お前の行く先は―――)
恭也はなのはに刀を向ける。
木で出来ているとは言え人を殺す為の武器を、本来護る存在であるなのはにだ。
(お前は何処まで行ける?)
そう問いかけながら恭也は木刀を振るった。
やがて日が沈み、山が暗くなるまで。
時間を忘れてなのはとぶつかり合った。
辺りが暗くなり、山に夜が訪れる。
「はぁ……はぁ……」
気付けばなのはも気力だけで立っている様な状態だった。
身体能力が高いとはいってもまだまだ子供で女の子なのだ。
だが、なのはくらいの女の子がそうまでして鍛錬を受け続けようとしている事には感心する。
しかし、何事にも限度、限界がある。
(初日に飛ばしすぎただろうか)
明日からの鍛錬と、更にその前にある大事な事に支障がでるかもしれない。
時間もあるので本日の鍛錬を切り上げるべきだろう。
と、その時だ、気配が1つ近づいてくるのを感じる。
それは、久遠のものだと直ぐに解る。
久遠が戻ってくるという事は―――
「さて、今日はここまでだな。
久遠も戻ってきた様だし」
丁度良い口実だとして、恭也は鍛錬終了を告げる。
それに、久遠が戻った、つまり獲物を持ち帰ったという事は別の方向の鍛錬にも繋がる。
「あ、くーちゃん」
視線を森の奥に向けるとなのはもすぐに久遠に気付く。
「ただいま」
帰ってきた久遠は手に獲物をもっていた。
どうやら野うさぎの様だ。
電撃を使ったような跡もなく、人の姿のまま上手く捕まえる事ができたらしい。
「うさぎさん?」
「そうだよ」
「晩飯だ」
元々狐であり、抵抗などないだろう久遠と、昔は本気で野宿までした恭也は問題無い。
だが、なのははどうだろうか。
うさぎと言えば愛玩用のペットとして飼う事もあるし、小学校ならうさぎを飼う学校は珍しくない。
「……食べるの?」
やはり、少し悲しげななのは。
(さて、どうだろうか。
これもまた1つの試練だな。
お前の優しさとはどういうものか)
肉を食べるのは人として、動物として当然の行為だ。
普段から豚や牛、鳥などを常食している。
その中でうさぎという動物も昔は食べられていたし、一般家庭に出ないだけで今でも食べられている動物だ。
愛玩動物でもあるという以外、他の食用としている動物となんら変わらない。
「かわいそうか?」
恭也は答えを促した。
なのはも魚を除き、生きた動物をその場で食べるなどという経験は無い。
それ故に抵抗はあるのは確かで、それは仕方ないだろう。
だから、食べられないのも仕方ないと言えるかもしれない。
重要なのは食べれなかったとしても、その食べれない理由だ。
「ううん。
わたし牛肉も豚肉も鶏肉だって食べてるし、お昼はお魚を食べたよ。
なら、うさぎさんを食べるのはかわいそう、なんて言えない」
だが、なのは答えた。
自然の摂理である食物連鎖の在り方を理解した上で、生きる為には必要な行為だと改めて理解して食べる事を選んだ。
そう、世の中にはそう言う仕組みになって始めて成り立っている。
どんなに奇麗事を並べたところで、人間は他の生き物から命を奪わなければ生きる事ができないのだ。
それを理解した事は、なのはは今後行動にどんな影響を与えるだろうか。
「よし。
では夕食にしよう、食べるものに感謝してな」
「うん。
ありがとう、うさぎさん」
食べる対象に感謝の意を示す。
なのはは本当に正しく理解しているのだろう。
生き物を殺して生きてきた人間と言う種族である自分が、食べる対象に対してできる事を考えている。
その後静かな夕食を摂る。
少ない食材と火だけという明かり。
静かで穏やかだが、しかし十分に満たされた食事だった。
夕食後
食後、少し休憩した後で恭也はなのはと久遠をキャンプから連れ出した。
「さて、なのはちょっと見せたいものがある」
行く場所は温泉。
今日の汚れと疲れを取るのには便利で有効な場所だ。
「これ……湯気?」
「この匂い……」
風向きの関係でやはり2人とも気付いていなかったのだろう。
少し驚きながらも楽しげだ。
「ああ、元々は父さんが掘り当てたものなのだがな。
温泉だ」
昼前に調整してから野生動物も入っていた様だが、湯に問題は無い。
温度も丁度良いし、使えるだろう。
「うわー」
「入れるの?」
「ああ、今日はずいぶん汚れたし、疲れただろう。
ゆっくりと入るといい」
答えるとなのはと久遠は喜び、疲れているだろうにキャンプまで走って戻った。
用意をしてきていないのでお風呂の用意をする為だ。
キャンプに戻ると2人は着替えなどを出し始める。
尚、ちゃんと石鹸はキャンプ用のものだ。
(今は便利な物が市販されているからな)
昔父親としたキャンプ(野宿とも言う)の時を思い出す恭也。
……流石にあの生活は今なのは達にはさせられない、などと思うのだった。
と、そんな事を考えているとなのはの視線を感じた。
「あれ、おにーちゃんは?」
「俺は後でいい」
準備をしていないのが気になったのだろう。
ここは自然の山の中で、混浴も何も無いが、一応なのはも久遠も女の子である。
なのはの年齢を考えればそろそろ一緒に入るなどと言うのは止した方が良いだろう。
前回風邪を引いた時に着替えさせたのは必要があったからで、それは関係ない。
それに、風呂に入るとなると問題がある。
いや、問題と言うほどものではないだろうし、なのはも久遠も気にしないだろう。
だが、のんびりと温泉に入りたいならやはり一緒に入るべきではないのだ。
「一緒に入ろうよ」
「うん、そうだよ、はいろ」
だがなのはも久遠も誘ってくる。
2人とも恭也が問題だと思っていることを知らぬわけではない。
忘れている可能性もあるが……
(いや、敢えて見せておくか)
戦う者がどういう道を歩むか。
その一端を見せる事にできるかもしれない。
「まあ、そうだな。
行くか」
恭也はそう考えて2人の誘いを受けた。
その時、何故か驚愕の念を感じたのだが、まあ無視した方が良いだろうと判断して無視した。
その後、恭也も準備をして一緒に温泉に向かう。
その時には野生動物達の姿はなく、3人だけでの露天風呂となった。
「丁度いいお湯だね〜」
「くぅん」
「温度調整は面倒だったとか言っていたがな、父さんは。
しかし、何年もたっているのにそのままとは、どう細工したのやら」
因みに、広さは20人は入れるんじゃないかと言うくらい無駄に広い。
これは源泉の温度に関係しているらしく、温度調整に必要なのだとか。
尚、混浴になってしまったこの場であるが、なのはも久遠もタオルを巻いて入ったりはしていない。
恭也も同様であるが。
そう、綺麗な肌を見せるなのはと久遠と並び入る恭也も一切肌を隠していない。
傷だらけで、なのはの掌のサイズですら傷に触れずに置ける場所があるかどうか解らない、戦い続ける戦士の身体。
「ん? 気になるか?」
「……うん」
情報としてはなのはも知っていた筈、だが一応女の子としての感性も芽生え始めた頃だ、平然ではないだろう。
この傷を見てなのははどう思うだろうか。
戦えば必ずしもこうなると言うわけではない。
これは恭也の戦い方の問題でこうなっているだけだ。
例えば、恭也の叔母でより長く実戦に身を置く美沙斗などはもっと傷の数は少ない。
戦い方が遠距離主体ならば、幼馴染で同業のエリス・マクガーレンには傷が無いし、相手にするものが違えば、那美にも傷痕はない。
何とどう戦うかによっては、全く違う結果になるだろう。
が、問題は傷痕が残ることでなく、自分が傷つく事だけが問題なのではないのだ。
自分が傷つくにしろ、無傷で勝てるにしろ、戦えばどちらかはこういう事になる。
たとえ傷痕として残さない様な事はできても、痛みの伴わない戦いは在り得ない。
「おにーちゃんは凄いね」
なのはは恭也の傷を尊敬の意を込めて見つめる。
それは、戦うと言う事を理解したうえで、それでも戦い続けている兄を想う妹の気持ち。
恭也はなのはがこの先行く道の指針の1つにでもなれば良いだろうと想っている。
「まあ、ほとんどは実戦で受けたものではないのだがな」
ただ、1つ訂正しておこうと、苦笑しながら告白する。
この傷の9割は実は『実戦』のものではない。
主に膝を故障しながらも、尚戦う力を求めた過程で受けたものだ。
だから、この傷が戦いの証かといわれれば大部分が違うのだ。
だが、それを聞いてもなのはの瞳の尊敬の意が揺らぐ事は無かった。
きっと、その過程こそ尊敬すべきものなのだと想っているのだろう。
(まったく、俺は良い妹をもったものだ)
今更ながら改めて想う。
自分にはもったいない程の家族達。
その可愛い妹。
「そう言えばくーちゃんはおにーちゃんの裸見た事あるの?」
と、なのははあまり驚かない久遠に話を振る。
自分ばかり見ているのが恥ずかしくなったのかもしれない。
「恭也神社で着替えとかすることあるから」
「ああ、たまにな。
そう言えば覗かれていた事もあったな」
「物音がしたから見に行っただけだよ」
疲れを癒す場なので、少し雰囲気を明るくしておこうとちょっと冗談も言ってみる。
那美と友好的になって以来、あの神社を使う許可を得る事ができたので、あの周囲で鍛錬をする側としては助かっている。
あまり無茶を頼む事はしないが、まあ着替えくらいはわりと行っている。
因みにだが、晶などもたまに使っているらしい。
「そうなんだ」
少し複雑そうななのは。
久遠が見た事があるとなると、自分だけが知らなかったのだろうと、考えているのだろう。
「さて、ここの温泉は疲労回復や傷に良いらしいから、ゆっくり浸かっておけ。
また明日もあるのだからな」
「「はーい」」
今日は普段はしない激しい運動をしている。
筋肉痛にならないよう工夫はしていても完全に疲れを残さないのは難しいだろう。
しかし、この温泉の力もかりて可能な限り疲れは取ってもらわなくてはならない。
なにせ、まだこの山篭りは始まったばかりなのだ。
そう、この山篭りの鍛錬はこれからが本番だ。
やはり疲れていたのだろう、なのはと久遠は直ぐに熟睡してしまう。
そんな中、恭也はテントの外に立っていた。
リンディと共に。
「回復は完了しました」
テントの下に展開されていた翠の魔法陣。
リンディのフィジカルヒールだ。
「では、始めましょう」
「はい」
シュバンッ!
リンディは答えるとすぐにフォーリングソウルの中に入る。
そして、
『Stand by ready』
シュバンッ!
同時に恭也もバリアジャケットに換装する。
仮面を着けた恭也はそのままゆっくりと空へと上がる。
そうして夜の空から山を見下ろして見えるのは、巨大な翠の魔法陣。
リンディと恭也にしか見えない結界の魔法だ。
そう、すでにここは結界の中。
アリサもなのはも久遠もリンディの存在にもフィジカルヒールにも気付けないのはそう言う理由だ。
更に、
ヴォウンッ!
追加として、魔法陣上の世界を隔離する。
いつもの世界を隔離する封時結界の効果を発動させるのだ。
「なにっ!」
「これ結界!」
「なのは、久遠!」
それは普通に気付ける様にしてあるのでなのは達は直ぐに飛び起きる。
ジュエルシードとの戦いで慣れたのか、直ぐに戦闘体勢へと移行する。
杖とバリアジャケットの換装と変身だ。
そうして、人はこちらを見上げる。
魔力を隠していない恭也とリンディの居る場所を。
そうして、恭也は笑いながら告げた。
「どこに行ったかと思えばこんなところに。
まあ、丁度いい。
最近はジュエルシードの起動も無いしな、遊んでやりに来たぞ」
そう、これがこの山篭りのもう1つの目的にして昼の鍛錬と合わせて行うもの。
戯れに戦いを挑むという形で行う実戦演習だ。
「貴方の目的は何なんですか」
やはりと言うべきか、なのははまず会話を願う。
だが、それだけでは通れない道も在るということは既に知っているだろう。
「今はお前と遊ぶ事だな。
さて、ゲームを始めようか」
「ゲームですって?」
「……」
ゲームと言う言葉にアリサと久遠は怒りの表情を見せる。
戦いを遊びだと言う事がそうとう気に入らないのだろう。
それには恭也も賛同するが、今は不敵に笑うだけだ。
そう、これはゲームだ。
実戦演習という。
だがゲームと言うからには何かしら賞品が必要だろう。
それは―――
「ああゲームだとも。
実戦という名のゲームだよ。
賞品は、そう―――ジュエルシードだ」
恭也が取り出すのはZと]Tのジュエルシード。
爆発という力を望んだ男と、正義の味方を欲した少年の願いをカタチにしようとしたジュエルシード。
なのはとフェイトによって封印されながら、しかし恭也が手にしたもの。
戦いをゲームなどと言うとなのは達はけっして乗らないだろう。
だが、ジュエルシードをそこに関わらせれば話しは別だ。
なのはにしてもアリサにしても久遠にしても、ジュエルシードは絶対の目的。
どんな形でも取り戻さなければならない物なのだから。
だが、これはゲームなのだからそれに勝ってもらわねば賞品は出せない。
「まずは余興と行こうか」
まず行ったのは手持ちのケージから人形を出す事だった。
あの女性とリンディで用意した図面と材料を使い、忍が組み上げた機械人形。
ヴォゥンッ!
外見としては鎧を着た人の形。
大きさも人と同じくらいのものだ。
だが、そこにジュエルシード]Tの力を開放する。
日曜の朝にやっている様な正義の味方の力―――その最大のカタチであるモノ。
カッ ズバァァァンッ!!
ジュエルシードが同化して行く。
忍が言う様に動力の無いこの機械の動力として。
全ての力の源として。
雷が落ちた様な音と閃光が辺りを支配する。
バキバキッ!!
その後に聞こえるのは、木々が踏み砕かれる音。
何か巨大なものに。
「なっ……」
視界が晴れた後、そこにあるのは巨大な機械人形。
そう、正義の味方が行使するような巨大ロボがそこに在る。
流石にアリサ達は驚愕でまともな言葉も出ない様子。
「おもしろいだろう?
これもジュエルシードの力の1つだ。
そう、元々込められていた想いのカタチでもある」
「ゴォォ……」
目にあたる部分が怪しく紅い光を放つ。
塗装は闇色、凶悪な棘が関節を護るように着いており、とても正義の味方のロボとは言えないだろう。
これがあの少年が願いながら、ジュエルシードに混在する念が曲げてしまった正義のカタチ。
「それともう1つ。
これは前回も見せているがね」
なのは達が驚愕から回復するのを待たず、恭也は次のジュエルシードを掲げる。
Zのジュエルシードだ。
それに対し、前回は]Vで使っていた力を出力する。
ヴォウンッ!
「ギャオオオオンッ!」
出現するのはジュエルシード防衛機構に似た闇の人形3体。
2つのジュエルシードで2種の人形。
それらはフォーリングソウルの中のリンディによって操られる。
因みに代償は全てリンディの魔力であり、]Vのジュエルシードの補助の下、その制御は安全かつ完璧に行われている。
リンディの魔力だけで作り上げているのに、効果が絶大に見えるのは主に結界による作用だ。
それに、ロボはその素対があったし、人形は中身はすかすかだ。
ある一定条件下でのみしか使い物にならないハリボテで、それを隠すのにこそジュエルシードの力が使われている。
だが、その一定条件がそろっていれば、十二分に戦力たりえるもので、なのは達も苦戦するだろう。
「さあ、始めようか」
ズドォォォンッ!!
巨大ロボが拳を大地に突き立てる。
それを合図に戦いが始まる。
なのは達にとっては実戦で、恭也にとっては演習であるこの偽りの戦いが。
ズドォォォンッ!!
遠くでロボが山を破壊する音が聞こえる。
それと音は聞こえなくとも、4つの気配が離れていくのが解る。
巨大ロボと闇の人形によって久遠とアリサが恭也となのはから引き離されているのだ。
そうして、2人きりで対峙する恭也となのは。
邪魔者を排除した状態で、恭也はなのはに猛攻をしかけていた。
ヒュッ!
ガキンッ! キンッ!
棍による連撃だ。
だが、全てなのはのレイジングハートによって受け流される。
「はっ!」
「せっ!」
ガキンッ!
やっている事は空中という違いはあれ、昼間の鍛錬の復習と実戦応用。
それをなのはは見事にこなしていた。
(戦闘理論魔法で微調整もされているな。
これなら本当に3日間だけでも足りそうだ)
なのはの戦闘理論魔法は、なのはが自ら動けるという事で、動きの補正と応用レベルの補助にまわっている。
このまま戦い続ければ、なのはの防御能力は3年分近い鍛錬をしたのと同等のものに昇華されるだろう。
(だが、それで限界だな。
戦闘理論魔法はもうまもなく必要なくなる)
理論魔法と実戦と才能と努力。
それによって短期間で目覚しい進歩を遂げたなのはだが、この方法での急激なレベルアップはそこで終わる。
ただでさえ日々積み重ねなければならない鍛錬を行っていないのだ。
それによる上昇限界にぶつかるのだ。
後は自らの努力だけで伸ばすしかなくなるだろう。
(しかし十分だろう。
最早並の武装局員なら倒せてしまうだけの力はある)
なのははその魔力の大きさと戦闘センスによって、魔導師レベルで言うなら現時点で時空管理局の武装局員隊長と同格のAクラスと言える。
知識などが欠ける為、実際そのクラスに認定されるかは別として、純粋な戦闘だけならそうなると判断している。
魔力、格闘双方に才能があったことと、ギリギリの実戦、及び恭也が居たからこそこの年齢、この短期間でのランク。
天才と呼ばれているアリサと並ぶ勢いなのだ。
これだけの戦闘力と、なのはが元々持ち、更に成長しようとしている『力』、後は恭也達のバックアップ。
それら全てが正しく機能すれば後は―――
「ふむ、山篭りをしているだけあって動きがよくなっているな。
では、もう少し楽しめそうかな?」
そう、もう十分とは言える段階に来ている。
今日はこのままこのレベルで鍛え続ければ良いのだ。
だが―――だがしかし。
恭也は期待を抱いてしまうのだ。
なのはなら―――
フッ!
恭也は速度を上げた。
神速は使わない、と言うよりもリンディが20%ほどしかシンクロせず、人形達の制御を行っている為、未完成のフォーリングソウルではデスカウントを使えないのだ。
尤も、地上やある程度の条件を絞ればできるが、そこまではしない。
ただ純粋に移動と攻撃のレベルを上げたのだ。
「っ!」
なのはは一瞬恭也を見失う。
だが、次の瞬間には杖を構えていた。
ガキンッ!
棍が杖で止まる。
急な動きで見失わせ、死角にはいって攻撃したというのに防がれたのだ。
「ふむ、よく受けた」
「くぅ……」
今の速度はフェイトの加速魔法『ブリッツアクション』に相当する。
それを魔法無しでできるのは恭也が『飛行』していないからだ。
空を飛ぶ、というのは一見便利で、なのはも使いこなせているから強いと思うだろう。
実際飛行魔法はミッドチルダでは初級魔法レベルの最後の魔法くらいの位置づけであり、ほぼ誰でも飛行できる。
尤も、戦闘可能な程の飛行は別問題であり、なのははその才能まであったので空中戦が可能なのだ。
ともあれ、空というのは一切の邪魔がないから自由だが、自由故に全てを自分で制御しなければならない。
特に精密な急制動はハイレベルの技術となり、魔力も多く消費する事になる。
更に足場がない事により接近戦で打撃、斬撃をする際は、その打撃、斬撃方向とは逆方向への斥力が必須だ。
身体を支える大地がないので、飛行魔法にそう言う力を加えておかないと腕力だけでは大したダメージを与える事はできない。
また、防御する際も同じで、踏ん張れる大地が無いと言う事は、自分の飛行力で押し返さないと、そのまま押し切られてしまう事になる。
それに対し、恭也が空で戦う時に使っているのは『ヘルズライダー』という名を与えた足場を構築する魔法だ。
これは恭也の少ない魔力の問題と、飛行の才能が無かったからという事で選ばれた方法。
だが、それはかえって恭也にとって都合の良いものとなった。
何故なら足場を構築し、空を往く際は『走る』という事をしなければならないが、逆に言えば、地上での技術がそのまま空で使えると言う事。
更に、応用次第では恭也は自由に足場を構築し、自由な3次元的な動きや急加速、急停止を行う事ができる。
そう、足場が自在と言う事は、常に理想的な形で駆ける事ができると言う事だ。
理想的な足場、理想的な角度、理想的な位置でだ。
それを常に得られるこのヘルズライダーは使い方次第では恭也の歩法の性能を更に引き伸ばす事が可能だ。
実際この状態での神速は一層速くなる上に負荷が軽減される。
ただ、脳への負荷はどうしようもないので、使用限度は変わらない。
ともあれ、この魔法を使い慣れた恭也にはそれができる。
『飛行』よりも速く鋭い『飛翔』が。
ただの歩法でありながら、フェイトのブリッツアクションの様に一瞬視界から消える事が出来るほどの速度が出せるのだ。
勿論最終速度ではブリッツアクションに及ばない。
だが、それでも近距離戦に於いてはその性能は十分に発揮する事ができる。
「さて、まだまだ行くぞ」
フッ!
常時ブリッツアクションに相当する速度で動く恭也。
それによる攻撃を受けきる事が、今回の課題だ。
今後フェイトと決着を着けるならば、かならず越えなければいけない壁。
ガキンッ!
「うっ!」
なのはは何とか受けている。
高速且つ死角からの攻撃に対処しているのだ。
死角に入ると言う事で、目は意味を成さない。
だが、それでも敵を見つける方法はある。
こと魔導師同士ならば、相手を見つける方法、それは魔力だ。
魔導師同士ならば魔力で互いの位置を把握する事ができる。
相手の魔力が大きければ大きいほど、近ければ近いほど正確な位置が解る。
故に、リンディという強大な魔力の持ち主と共に居る恭也を見つける事は可能なのだ。
デスカウントの際は、その魔力すら隠しているので、魔導師であっても魔力の探知はできない様になっている。
今はデスカウントを使っていないからその方法が使える。
それに気付き、なのはは対応してきている。
ギリギリではあるが、受け切れている。
ならば―――
「さあ、まだまだ行くぞ」
フッ! ガキンッ!
キンッ! ダンッ!
ヒュンッ!
「くっ、あ、うっ!」
連続攻撃を仕掛ける。
死角から死角へ移動しつつ、薙ぎ、打ち、切り替えし、払い、突く。
それを必死に耐え凌ぐなのは。
完全に張り付いてしまっている為、今のなのはではこの状況を耐えるほか無い。
そもそも今のなのはには恭也より高速で動く事はできず、反撃する手立ても無いのだ。
絶望的な状況と言っていいだろう。
しかし、
(いい目だ。
それで良い)
猛攻を受けながらも、勝てる見込みが全く無くとも、その目に曇りはない。
それどころか死が全方位から降り注いでいる中で勝利を捜し求めている。
まだ負けるつもりはないのだ。
(よし)
そんな状況を暫く続けた後。
なのはもそろそろ体力的に限界だろうというのを見極める。
「さて、今日はこれくらいでいいか」
言葉と同時に恭也は攻撃を止めた。
同時に久遠とアリサを襲っている人形達も停止させた。
「え?」
次の瞬間。
カッ!
フォーリングソウルが光を放つ。
なのはには見えなかっただろうが]Vという文字が中心に浮き出た、ジュエルシードの輝きだ。
光が収まった後、結界の中の3人の少女は眠っていた。
「さて……」
シュバンッ!
恭也が地上に降りると同時にリンディはフォーリングソウルから分離する。
「お疲れ様です」
「恭也さんもお疲れ様です。
そちらはどうですか?」
「十分ですよ。
いえ、十二分です。
このまま3日間続け、なのはが答えを見つけられたら、何の心配も要らなくなる」
「そうですか。
こちらはとりあえず今日は何も。
アリサはまだまだリハビリが必要ですし、久遠さんは対応策を検討中というところです」
「そうですか」
今回2人は殆どシンクロせずに別々に活動していた。
恭也はなのはの相手、リンディはジュエルシードZと]Tを使い人形達を制御する事でアリサと久遠の相手だ。
そ最後に]Vのジュエルシードの力で3人には眠ってもらった。
そうする事で戦いの切りを強制的に制御する為だ。
何分今回はなのはと一緒に隣で寝ている事になっているので、戦闘開始と終了は絶対に恭也側で決めなければならない。
尚、ジュエルシードを使っているとは言え3人をこうもアッサリ完璧に眠らせられるのは、予めこの山に設置した結界のお陰である。
リンディの活動を誤魔化し、広域結界を補助し、ジュエルシードの力に見せかけた力を使い、最後の眠りの魔法を強化する結界。
それを作る為に3日前の深夜から動いていた。
つまるところ、これが本当の戦いだった場合、なのは達は戦う前から負けていた事になる。
尤も、それができるのはアリサをよく知り、出し抜く事ができるリンディがいるからこそだ。
「さて、では3人を運びましょう」
「はい、その上でもう1度回復を」
明日も3人にはがんばってもらわねばならない。
最初寝ていた様に元の場所に運び、フィジカルヒールを掛ける。
これで明日にはほぼ全快し、また鍛錬ができるだろう。
翌朝
目を覚ました恭也は隣でなのはと久遠がまだ眠っている事を確認する。
そしてまず、自分が目を覚ます為に表に出て川で顔を洗う。
その後、少しだけ自分の身体を確認する。
(多少回復しきれていないのがあるが、まあ問題ないだろう)
リンディの魔力による回復はなのは達の方を優先させた。
その為恭也の回復は完全ではなく、戦闘の疲れが残っている。
と言っても、恭也自身鍛錬でぎりぎりまで疲労する事はないし、戦闘もだいたい手加減したもの。
だから今日の活動にも支障はでないだろうと判断した。
それからキャンプに戻り、テントの扉を大きく開ける。
サァッ
朝日がテントの中の2人を照らす。
眠りの魔法によって眠った2人だが、もうその魔法は解け普通に寝ているだけの筈だ。
「なのは、久遠、朝だぞ」
声を掛けるとゆっくり2人は目を開いた。
「……え?」
「くぅん?」
不思議そうに周囲を見渡す2人。
それも当然だろう。
戦闘していた筈なのに、いつの間にか朝になっていて、テントで眠っているのだから。
「どうした?」
一応恭也は何も知らないフリを続け、なのは達に問う。
「あ、うん、なんでもない。
おはよー、おにーちゃん」
「おはよう、恭也」
なのはも久遠もすぐにそれに合わせていつも通りに笑顔を見せてくれる。
(まったく、本当に良くできた子だ)
状況の把握と的確な対応。
年齢相当とはとてもいえない能力だ。
そんな事に感心しながらも、山篭りを仕切る兄として振舞う。
「ああ、おはよう。
早速走るから準備しろ」
「「はーい」」
それから軽く動いてから朝食、更にまた午前中をかけて山を走る。
この山の中を走り回るのには基礎鍛錬という意味と、もうひとつこの山を覚えてもらうという目的がある。
夜戦う時に戦略を駆使してもらう為にだ。
恭也とリンディが協力している上にジュエルシードを使っている以上、生半可な方法では倒れてやる訳にはいかない。
だから、この山を走る事で地形を身体で覚え、対策を練ってもらう。
昼食後 キャンプ付近
川魚と山菜で昼食を済ませた後は昨日同様に戦闘訓練を行う。
「さて、とりあえずなのはは昨日と同じ素振りをしておいてくれ」
「はーい」
「で、久遠は、組み手だな」
「うん」
とりあえず、杖術の基礎をなのはにやってもらう。
例え今後魔導師として戦い続けるにしろ、杖による戦闘は覚えておいた方が良いだろう。
シールドを瞬時に出力できたとしても、手に持っている武器を有効に使えないのでは逆にそれが弱点になりかねないからだ。
ともあれ先に久遠の相手をする。
久遠を先にする事は意味がもう1つがあるが、まあそれは今は置いておこう。
なのはから少し離れ、久遠と対峙する。
が、始める前にさっそく久遠が問いかけてくる。
「恭也、恭也は刀で戦うよね?」
「ああ、そうだな」
「刀では斬れない相手、鎧を着ている人を相手にしたりする場合はどうするの?」
大体予想通りの問いだった。
あの巨大ロボは完全に久遠用に調整が施されている。
装甲が厚く、関節部を狙ってすら通常の爪での斬撃ではろくなダメージにならない。
更に電撃に対する強い耐性を持ち、最大出力の『雷』を連発しようとも倒せない。
リンディから聞いた昨晩での状況では、まだ搭載している武装を使っていないようだが、それを使えば攻防ともに恐ろしい相手だろう。
この強さは忍が組み上げた機械である事と、ジュエルシードを使いリンディが遠隔操作していることで成されている。
動力はジュエルシードであり、エネルギーはこの山中の魔力だ。
結界の効力の1つであり、あの巨大ロボの制限の1つはこの山の中でしか動かせない事がある。
そんな制限を設けて作った対久遠用兵器。
やはり苦戦を強いられ、倒す策を求めている。
「そうだな……俺には『徹し』という技術があるが、それでもやはり関節などの合間を縫って攻撃するだろうな」
「下に鎖帷子とかを着てたら?」
斬撃はほぼ効かないとした上で問いを重ねてくる。
確かに、今の久遠が持っている攻撃手段の中ではあの敵を倒すのは極めて困難だ。
だが、ならば別の手段を考えればよい。
そのヒントを少し示しておく。
「更にその中でも弱いところを探す。
それと、『斬る』ではなく『突く』に変えるだろう。
線でダメならば点で一点突破とし、更に小さな隙間を探す。
どんな守りも完璧ではないからな。
後、そんな重装備なら鈍足だろうし、自分の重量は武器でもあり弱点にもなるだろう。
状況を利用して間接的に倒す様な策を考えるのも良い。
逃げてしまうのも手だ。
どうしても勝たなければならないのなら、自分が優位になる場所まで逃げる、移動するだけでも大きく違う」
「なるほどー」
久遠は今の言葉だけで何かを考えた様だ。
元々自分の中に何かがあったのかもしれない。
それから昨日同様組み手を行う。
更にそれが終わると晩御飯を獲りに行って貰った。
恐らく、久遠もそうしたかっただろうという判断の下で。
それから恭也はなのはの下へと移動する。
近づきながらも音や目で杖の振り方を確かめたが、既に自分のものとしている様だ。
これなら後は基礎訓練を重ねるだけでよいだろう。
「さて、今日は攻撃を受けた後の動き方だ。
基本的に相手が攻撃を仕掛けてきた時程の隙はない。
だからこそカウンターは難しいが強力な攻撃になる」
順当に行くなら基礎訓練を続けるべきなのだが、今は敢えて次のステップへ。
カウンターという反撃の手段を教える。
どんなに力があろうとも、どんなに防御が完璧でも、それだけで勝てる筈はない。
そして、先手必勝という手段がなのはにとって在り得ないのなら、カウンターは最大の武器にして防衛手段になり得る。
まずは講義と実演。
そして実践へと入る。
「はっ!」
「えいっ!」
バッ!
恭也の打ち下ろしに対し、それを受け流しつつ、石突で刺突を放つなのは。
しかし、突進力が足らず当たってはいても恭也にダメージを与えられていない。
「俺とお前くらいの体格差があると、今の様な打撃は殆どダメージにならない。
そもそも打撃系は重量が攻撃力に比例するから、なのはの体重では打撃攻撃は有効打になりにくい。
だから、今のはあくまで体勢を崩させる為のものであり、更に次の攻撃に繋げなければならない。
急所を狙うという手もあるが、まあ、相手を殺さない事が前提だと難しいな」
「はい」
「じゃあ続けていくぞ」
「お願いします」
可能な限り広く教えていく。
本来少しずつ重ねていくのだが、時間も無いし、なのはは殆ど1度教えればそれで覚えてしまう。
今までの戦闘でカウンターを放ちはせずとも、その隙はちゃんと見極めていたのだろう。
故に、これも戦闘理論魔法の補助を持って身についているものだ。
だから1度一通り教えて、実際のやり方を学ぶだけで殆どが使用可能になる。
後はこの先訓練を重ねるだけで良い。
(そうだ、もう今教えるべき事は殆ど無い。
後は独力だけでも強くなれるだろう。
だから、後は―――)
恭也はなのはを見つめる。
真っ直ぐな瞳で前を見るなのはを。
その瞳の先は今どこを見ているのかを。
その日の夕刻 キャンプ近くの川
本日の鍛錬を終え、夕食の為の川魚を獲る恭也。
久遠は今日もうさぎを獲ってきたが、それだけでは足りないと追加する。
(しかし、久遠は何か掴んだ様だな)
今日のうさぎには心臓を一突きした跡があった。
しかし、そこから出血は無く、こげた様な跡が内部だけにある。
実を言うとそのせいで食べるのには困った状態になってしまったのだが、まあ良しとしよう。
(さて、後は……)
今日やるべき事を考えている時、翠色の光が近づいてくる。
妖精の姿のリンディだ。
『お疲れ様です』
『お疲れ様です。
温泉はどうでしたか?』
リンディはこの昼の時間は温泉に浸かって疲れを癒す予定だった。
ただこの時間だと野生動物も来る可能性があったので少し心配だったのだが……
『アリサが入っていました……』
項垂れながら本当に残念そうに告げるリンディ。
よっぽど楽しみにしていたらしい。
いくら結界で誤魔化しているとはいっても、そこまでの接近が出来る訳も無い。
第一そんな状況ではくつろげないだろう。
『それは……残念でしたね』
流石にそんな様子のリンディに掛ける良い言葉は思いつかなかった。
尚、それは明日も同様だった為、明日は更に落ち込む事になったりするのだった。
その日の夜 温泉
夕食後、今日もなのは達に誘われて一緒に温泉に入る恭也。
リンディに悪いかと思ったが、変に断るわけにもいかないのだ。
「ふぅ……身体を動かした後の温泉っていいなぁ」
「そうだね」
「ああ」
リンディは残念だったが、恭也はゆっくりと身体を休める。
今日はまだ2日目で、まだ明日もあるし、今夜も―――
「ねぇ、おにーちゃん。
おにーちゃんが戦い始めたのって何時頃?」
そう考える中、なのはがそんな事を尋ねてくる。
普段はそう言う機会がなかったから、今は良いチャンスだったのだろう。
「そうだな……物心ついた頃には木刀を持ってたな。
父さんに教わって、お前くらいの時にはもう戦おうとしていたよ」
「わたしと同じくらい、というと、その頃は……」
恭也がなのはとコミュニケーションを取ることを拒む事は無い。
機会がなかっただけなのだから、問われれば正直に答えよう。
今なのはが恭也の答えで想像しているのは丁度自分が生まれる時の事。
父士郎の死だろう。
「いや、父さんが死んだのは確かに大きいが、戦う道を選んだ理由は別に復讐ではない」
「……うん」
確かに父の死は大きな影響だった事は確かだ。
そのせいで少し焦った事が原因で膝の故障に繋がった。
だが、だからと言ってそれが戦い始めた理由と言う訳ではないし、それで理由が大きく変化した訳でもない。
そう、しいて言うならば―――
「お前も理由の1つだぞ」
「え?」
理由は変わらない。
ただ増えただけの話だ。
だが、
(それは少し変わるな)
こちらを見上げてくるなのはを見ながら思う。
理由が少し変化する可能性がある。
なのはがこれから選ぶかもしれない道によっては、それが起こりえる。
今ある理由がなくなる事も薄れる事もないが、しかしそこに新たに加わる要素があるのだ。
「いや、なんでもない。
さて、そろそろ上がるか」
「あ、うん」
その期待を確かめる為にも行こうと、恭也は湯から上がり夜空を見上げた。
この暗い夜の山を照らす月の光と星々。
恭也は、その優しい光を受ける闇がすべき事を想う。
その日の深夜
なのはと久遠、アリサが寝静まった後、恭也は夜の空に立っていた。
『準備完了』
『では行きましょう』
そう、今夜もあるのだ。
夜の実戦演習が。
全てを繋げる為の戦いが。
ヴォゥンッ!
世界を切り替える。
平和な世界から、戦いの世界へ。
日常の中から、偽りの中へ。
同時に巨大ロボと闇の人形も出現する。
「またなの!」
飛び起きてすぐに戦闘体勢をとる3人。
回復はしていても、精神的な疲労は重ねている筈なのに見事な反応だ。
「では、今日も楽しもう」
そう、楽しもう。
今夜はこの3人がどういう対策を見せてくれるのかを。
ズバァァァァンッ!!
ドゴォォォォォンッ!!
遠くで爆音が聞こえる。
今日も激しい戦闘が繰り広げられている。
爆音は巨大ロボと久遠との戦いの音だが、アリサの方もなかなか激しい動きを見せている様だ。
そんな中、恭也となのははまだ対峙したままだった。
今夜はいきなり仕掛ける事無く、恭也はなのはの出方を待った。
「貴方は、戦うのが好きですか?」
やはりと言うべきか、まずなのはがした事は問いかけだった。
ただ静かに。
問の答えに関係なく、問うことに関しては一切の感情を挟まずに。
「お前はどうなんだ?」
これを恭也が答える意味は無く、恭也は逆に問い返した。
「わたしは、嫌いです」
「が、否定もしないと?」
ほぼ即答で返ってくる答え。
だがその言葉には憎悪の感情は無く、戦いを全否定するものではなかった。
だから更に言葉を返した。
ならば、お前はどうするのかと。
「言葉だけで全てが解決するほどこの世界は甘くなく、力だけで満たせるほどこの世界は小さくない。
そう、半端な気持ちだけでも、半端な力だけでも何も得られない。
お前はそう気付いている。
ならば、どうする?」
「わたしは―――」
答えは返ってこなかった。
いや、答えはおそらくもう持っている。
それを言葉にするにはまだ少し覚悟が足りないのだ。
「まだ答えられぬか。
ならば、今しばらく苦しむがいい」
恭也はZのジュエルシードを掲げた。
アリサのリハビリの為に出している闇の人形を精製しているものであるが、まだキャパシティは残っている。
それを使い、力をカタチにする。
ゴゴゴゴゴ……
ジュエルシードは恭也が手に持つ棍と同化し、棍を変化させる。
元々闇色をしていた棍が禍々しく、悪魔の武器をイメージして。
更には武器のカテゴリー自体も変わる。
相手を制する棍から、相手を殺す為の武器である戦斧へ。
そう、棍をそのまま柄としてその先端に両刃の刃が生え、巨大な戦斧へと変化する。
「行くぞ!」
ゴッ!
あまりの重量にヘルズライダーで精製した足場が爆発するように砕ける。
ちゃんと増えた重量を考えて足場を作っていても、速度がそのままだから起きる現象だ。
勿論理想的な足場としての構築は成功しており、速度は落ちない。
しかし、これでは移動の度に爆音を発する事になり、不意打ちは不可能で、細かい機動も難しい。
だが、それは今は問題ではない。
「っ!」
キィィィンッ!!
なのははまずシールドを展開した。
流石にこの武器を杖で受け流すのは無理だと判断したのだろう。
下手をすれば杖が破壊され、完全に戦う手段が失われると。
それに、今日はカウンターを教えたのだ、それについても考えがあるのかもしれない。
ガッ! キィンッ!
なのはは最初振り下ろす戦斧の刃と垂直になるようにシールドを展開していた。
それを受けた瞬間に、絡め取る様に捻って受け流す。
ズドォォォンッ!
受け手を失った攻撃はそのまま大地を抉る。
その瞬間、恭也に大きな隙が発生する。
嘗て無い程の大きな隙だ。
そこへ、
「ディバインッ!」
なのはは反撃の魔法を放とうとする。
ここまで大きな隙を活かさない手はないだろう。
だが―――だがしかし、
「良いのか? 答えの無いまま力を振るって」
恭也は問う。
その力は何の為に振るわれるのかと。
「―――っ!!」
その言葉でなのはの魔法は霧散した。
やはりまだ答えが出きっていないのだ。
普通に考えれば、今襲っているのは恭也の方なのだからなのはが反撃するのは当然とすら言える。
だが、なのはが目指す先はそれだけではいけないのだ。
前回のジュエルシードの時は迷いながらも攻撃したが、それは防ぐ事を前提として無理やり納得したものだった。
しかし、今この場の攻撃は何の為だろうか。
楽しんでいると主張する恭也に対し、なのはの力は何の意味があるのだろうか。
その答えがなのはの中で明確化していない。
それではまだダメなのだ。
「そう、前回は俺が誘い。
今回も俺が持ちかけている戦いだ。
だが、それをお前はどうする!」
ブオンッ!
再び言葉で問いながら、恭也は攻撃を再開する。
今度は横薙ぎになのはを払う攻撃を。
キィィンッ!
ガッ! キィンッ!
再び先と同じ方法で受け流すなのは。
だが、
(迷っているからか、考えが甘いぞ)
ブンッ!
受け流されるのが解っていて撃った攻撃。
それを放った先で強引に軌道を変えさせる。
この一撃粉砕の超重量武器で連撃を放つのだ。
「っ!!」
ガガガッ! ギィィンッ!
驚愕しながらも再びシールドで受け流し、更に先程と同じではなく、今度は間合いの内側に入るなのは。
そう、カウンターを撃つなら絶好のタイミングで、完璧な位置にだ。
しかし、なのはは力を放てなかった。
「どうした? 自分を襲う敵であり、ジュエルシードが掛かっている。
攻撃するのは自然な事だろう?」
「くっ!」
ガキンッ!
恭也の言葉があってから、なのはは動く。
杖を恭也の右手、戦斧を持つ手にしてジュエルシードがある場所へと向ける。
キィィィンッ!
放とうとするのは封印魔法。
だが、それではチャージが遅すぎる。
その間に既に恭也の左の拳、武器から手を離して自由となり、更に今のなのはとの間合いでも攻撃可能な拳の準備ができている。
「そこまで世の中甘くない。
知っているだろう?」
「え?」
ブンッ!
それか嘗てフェイトもしたミスだ。
そう、なのはが知っている事の筈だ。
やはり、動揺して判断力も下がっているらしい。
「あっ!」
『Protection』
キィィィンッ!
恭也の拳はバリアを無視する。
破るとか貫通するのではなく、衝撃をそのままバリアの先に送る事ができる。
それも同じように知っている筈だが、それでも危険を察した本能からか、なのははバリアを展開した。
「残念だ」
ドゴンッ!
拳がバリアに触れ、衝撃がバリアの中を走る。
このまま行けばなのははそのダメージで気を失うだろう。
恭也の打撃をなのはが生身で耐えられる筈はないのだ。
だが―――
ゴゥンッ!
衝撃は止まった。
なのはが直前で構えた杖に阻まれて。
恭也の攻撃は確かに護りをも貫通するが、しかしそれは予め想定していた護りにしか効果がない。
そこに在る解っていなければ『徹』す事はできないのだ。
「くぅ……はぁ……はぁ……」
だが、それでも全ての衝撃を止めきった訳ではなく、ダメージはある。
それでもなのははちゃんと意識を保っている。
まだ迷いの中にあっても、負けない為の意思は働いている様だ。
「ふむ」
その意思があるならば、後は答えを確かにする事。
それと、もう1つあった。
「まあまあの動きだが、やはり遅いな。
そもそも、お前程の魔力なら拳が届く前に封印魔法が撃てた筈だ。
他に余計な魔法を使っていなかったらの話だがな」
そう、本来のなのはの力ならば、先程のやや遅れたタイミングでも封印魔法は間に合った筈なのだ。
それなのに間に合わなかった。
その理由は―――
「そう、その戦闘理論魔法だ。
いつまでそんなモノに縋っているつもりだ?」
「―――っ!」
そう、戦闘理論魔法が重いせいだ。
戦闘理論魔法はレイジングハートのリソースを多大に消費して動いている。
それがあるからなのはの魔法はデバイスがありながら、どれも発動が遅く、持続時間も少なくなってしまっている。
それに、既になのはの身体能力と今日までやってきた鍛錬の成果によって、戦闘理論魔法は必要なくなっている。
そもそもこの戦闘理論魔法『恭也のデータをダウンロードして自身へインストールする魔法』である。
アリサがジュエルシードに残っていた恭也のデータから組み上げたもので、最初の状態では、ほぼ『恭也がなのはの身体を乗っ取り戦う』魔法と言えた。
それは強制力が強くなかったので、軽量化する事で『恭也のデータを参照した最適な行動を提案する』及び『状況に従った最適な動作補助をする』魔法になった。
そこへリンディが恭也と共に調整を加えた事で、『恭也の知識から戦う動作を教える』魔法になったのだ。
後1つ、緊急用に仕込んだ仕掛けがあるが、あくまで緊急用でありこうして恭也が表に出たい上は必要ないと言える物。
最初の魔法、『恭也がなのはの身体を乗っ取り戦う』魔法は、身体データさえ整えれば実はまだ実用価値がある。
完全に恭也主導でなのはの身体を使った戦いができるのであれば、今のなのはよりも圧倒的に上手く戦う事ができる。
ただし、その場合魔法は一切使えない事になるが。
更に言えば乗っ取られてしまう訳で、そこになのはの意思はなく、戦力が増えるという意味以外は全てが失われる。
だからこそ、アリサも形式を修正し、リンディによって更に補正された魔法となった。
だがしかし、その結果として戦闘理論魔法はただの教本と言える物と成った。
そして、その教本はもう必要ない。
なのはの自身に全て刻まれ、もう読み返す必要のない物になったのだ。
ならば後はそれに気付き、それを脱ぎ捨てる覚悟が必要だ。
今までは確かに必要で、頼ってきたものを捨て去る勇気が。
「さて、今日はここまでにしておこうか。
明日を楽しみにしているぞ」
カッ!
後は気持ちの問題だと、恭也は本日の実戦訓練を終了した。
明日は答えが聞ける事を期待して。
翌日 昼
今日は最終日。
2日目同様に午前中は山を走り、午後から戦闘訓練を行う。
だが、既にやるべきことは済んでしまったので、少し余計かとも思ったが、新しい事をやってみる事にした。
「では、今日は飛針の使い方を教えよう」
「はい」
本来なら、僅か2日目という時期にこんな物を持たせる事はない。
杖もまだ素振りから始めたくらいなのだから。
だが、なのはは射撃系と言う事も解っているので投擲武器を持たせてみる。
「この武器は殺傷能力が低く、牽制などに使うのが主な使い方だ。
場合によっては相手の武器を封じたりもする」
説明する通り、飛針はそれ自体で相手を殺害する事はほぼ無い。
急所を狙えばなんとかなるし、それ以外でもダメージを与える事はできても、殺してしまう可能性は低いだろう。
目的は牽制であり、なのはの魔法で言うならディバインシューターが該当する事になるだろう。
「手を狙うって事?」
「それもあるな。
だが武器に直接けて弾き飛ばしたり、武器を使わざるを得ない状況にしたり、と封じる方法は様々だ。
後は牽制によって自分の有利な状況を作る事もできる」
「状況を作る?」
「そうだ」
ディバインシューターも決して決め技にはならない魔法。
用途は魔弾を操作できる事で多岐に渡るが、それはやはり恭也にとっての飛針の役割とほぼ同じと言える。
だからここで飛針を教え、ディバインシューターを使う際の参考になればと考えている。
ディバインシューターは『操作できる』と言う点が特徴で、それが利点にも欠点にもなる。
欠点とはつまり操作できる分切り落としている発動速度と弾速であり、操作しなければ意味が半ば失われるし、操作しているという事はなのはの意思がそこに割かれている事になる。
故に、利点を生かせなければディバインシューターの価値は大きく下がり、もっと単純な射撃魔法を覚えた方が良いとなってしまう。
「持ち方はこう。
そう、投げ方はそのまま指を……」
ともあれ、先ずは投げ方の基本から。
持ち方と投げ方を教え、的を用意する。
近くで朽ちていた木で作った簡素な的だ。
「こう?」
ヒュンッ!
飲み込みが早く、教えたとおりに真っ直ぐに投げるなのは。
そして―――
トスッ
なのはがその手で放った飛針は的に突き刺さる。
ど真ん中とはいかなかったが、的に命中し、刺さったのだ。
「ふむ、良い感じだ。
手首の使い方も良かった。
後は正面から投げられるなら肘を……こうだ」
「うん」
それを平静を装って更に投げ方を修正する。
だが、
(刺さった、だと?)
ダーツ用の的ならいざしらず、即席で作った、枯れ木とは言え硬い木に投げた針を刺す。
恭也程の熟練者で腕力も持っているなら兎も角、なのはの様な女の子が放ったものが刺さっている。
それも先が少しとか言うレベルではなく、薄くしてあるとはいえ板を貫通しているのだ。
もしこの場に美由希がいたならば、1週間は寝込むんじゃないかと言う程在り得ない事だ。
いや、それを言うなら昨日までの鍛錬風景も1ヶ月は寝込むレベルで在り得ない話だった。
美由希は恭也との年齢差と鍛錬を開始した時期の問題で、恭也とまともに打ち合える様になるにも年単位の時間が掛かったのだ。
美由希が鍛錬している間も恭也は鍛錬して、追いつく前に追い越すので当然の話だ。
そんな苦労を他所に、昨日など手加減しているとは言え恭也に対し有効になりえるカウンターをとれていたのだ。
条件は色々と違えど、可愛い妹なのはが相手ならば尚の事ショックが大きいだろう。
話が逸れたが、なのはの筋力では放っても弾かれる事を予想していた。
それが何故刺さるかといえば、なのはが即席故に均一ではない厚さや木面の弱い部分を狙って放ったからだ。
本人に自覚が全く無いが、恭也でも出来ない様な精密射撃を行っている事になる。
(全く、末恐ろしい子だ)
そんな事を考えながら暫く指導する。
それにより更に精度を増し、暫くなのはは練習に没頭した。
この訓練の意味は、思っていたよりも大きくなる。
恭也がなのはの事を理解する意味と、なのはがそれを実力だけで行ったという事実。
その2つはこの先の道に大きな影響を与えるだろう。
その後、早々に指導の必要がなくなった恭也は、予定より早く久遠の下に移動した。
「さて、久遠はどうする?」
「久遠も的が欲しい」
「じゃあ、俺がなろう。
電撃だな?」
「うん」
久遠も今日は射撃の練習をする様だ。
昨晩は雷の収束発射を見せた後は、収束しない雷を連発していたらしいが、今晩は何をしてくるのか。
「いくよ?」
「ああ」
高速で動く恭也の持つ木刀を狙って電撃を放つ久遠。
あまり高速で動く相手に対しては使っていなかったのか、最初は苦戦するも、徐々に精度を増していく。
(雷をこんな精度で放たれたらかなりきついがな)
過去1度敵として対峙した事のある久遠―――正確には久遠に憑いていたタタリであるが。
その時の事を思い出しながら恭也は久遠の攻撃を回避する。
もう二度とそんな事にはならない筈だと思いながらも、嘗ての強敵が更なる強さを得ていく事を複雑に思う恭也だった。
その日の夕方
今日は早めに鍛錬は切り上げ、自由時間とした。
今のなのはには考える為の時間だけとなったからだ。
先程久遠と共に少し上流まで行き、そこで答えを見つけるだろう。
(不安があるとすれば、心よりも先に力が完成している事だが……)
恭也は夕食にする川魚を獲りながら考える。
だが、既に恭也が出来る限りの事はし終わっている。
後はなのはの答えを待つのみなのだ。
(大丈夫だろう、あの子なら)
あの年齢の子供にとっては過剰な期待なのかもしれない。
だが、それでも実現してくれるだろうと信じている。
何故なら、その片鱗はもう見ているから。
後は、本当に―――
「……む?」
考え事をしているなか、恭也は近くに気配を感じた。
小さな獣の気配だ。
見れば、川岸に蒼い瞳の黒い山猫が現れた。
どうやら恭也が獲った川魚を狙っているらしい。
恭也は川の中に入って魚を川岸に投げるという獲り方をしていた。
それ故に、今川岸には無防備に川魚が数匹跳ねているのだ。
それを嗅ぎ付けたのだろう。
「……欲しいなら奪い取れ」
ここは野生の生物が住まう自然の山の中。
野生動物に餌を与える事はしない。
故に、恭也はその猫と勝負をする事になる。
言葉を投げかけたのは何故だったか、ふとその蒼い瞳が知的に輝いている気がしたからだろう。
それに、相手も最初から黙って盗む気ではなかった気もする。
そんな誇り高さを感じていた。
「……」
両者が身構え、次の瞬間、
ダンッ!
山猫と恭也は同時に動いた。
山猫が狙うのは一番大きい川魚。
恭也はそれを先に手中に収めんとする。
だが、
シュッ タンッ!
山猫の見事な跳躍によって一歩及ばず、川魚は山猫が咥え、そのまま一気に後退する。
「見事だ。
持っていけ」
なかなか面白いものが見れたと思い、少し笑う恭也。
そんな恭也を1度見上げて、山猫は山の中へと消えていった。
「さて、もう1匹獲るか……」
再び川の中に入る恭也。
しかしその後なのはと久遠が一匹の川魚を持ち帰ってきたので不要となった。
その川魚には飛針が刺さっており、なのはが獲ったのだと解る。
(さて、これがなのはの答えにどう影響したのか)
その後、恭也は1度山に入る。
名目上山菜を採る為だが、なのはが久遠とアリサと最後の作戦会議を開ける様に配慮したのだ。
今夜で最後となる直接対決を良い終わらせ方にする為に。
恭也はただ期待をしてその会議が終わるのを待った。
余談だが、戻ってみると何故か魚を一匹焼いた痕跡があった。
数を確かめても減っていないので、新たに捕まえたものらしく、アリサが食べた様だ。
痕跡がちゃんと消えていなかったが、まあ気付かなかった事にしておいた。
夜 温泉
山篭り最後の夜にして最後の温泉。
3人はゆっくりと浸かり疲れをとる。
全員、今夜の最後の戦いに向けて。
そんな中、なのはが恭也の傍に寄ってくる。
「おにーちゃんは、戦っていて辛いと思ったことある?」
そして問いかけてくるのは今と過去の恭也についてだ。
「辛いさ。
戦う事が楽しくなったら、俺は俺でなくなっているだろう」
やや答え方は迷ったが、ただ正直に答えることにした。
これは飾る意味もなく、飾れば伝わりにくくなるだけの事だからだ。
「だが、そうしなければもっと辛い思いをする事になる。
そうなる事を避ける為に、俺は、俺の都合で戦い、人を斬っている」
「それは、誰かが悲しむのを見たくないから?」
なのはが知る恭也の戦いは常に護る戦い。
だから都合よく考えればなのはの言うとおりだ。
しかし、客観的に見ればそれは違う。
「結局はそれも俺の判断だ。
俺は短絡的な思考しかできないから、先まで考えず行動する。
善悪の概念はそこには無く、自分のやっている事の是非など棄て去っている」
「それでも、皆幸せだよ?」
「それは、俺が俺の周囲という狭い範囲でしか戦っていないからだ」
なのはは良く言いたい様だが、現実は違うのだ。
恭也が強く見えるのはその強さで出来る範囲でしか戦っていないからだ。
護りたいと思う極狭い範囲だけを護り、それで満足している。
それが自分の強さの限界。
恭也はそう考えながらも、しかしそれを貫き通し、今まで戦ってきた。
「俺は俺単体で戦う限り、善悪のどちらでもないただの『力』だ。
俺はそう言う戦い方を選び、この道を生涯貫くだろう」
これが恭也の生きる道。
戦う道を選んだ答え。
決して正しいなどとは言えない、ただの力としてあるという答えのカタチ。
「お前はどうするんだ?」
最早答えは出ているだろう。
それは迷いの無い目を見れば解る。
だから、思わず問う。
自分の答えをここに告白したから半ば流れでだ。
「わたしは―――」
「今は応えなくていい」
黙っていればなのはは答えただろう。
だが、導き出した答えはこんなところで言葉にしてはいけない気がする。
だから、恭也はなのはの言葉を止めた。
きちんと、聞くべきときに聞くために。
全ては今夜の戦いの中で。
深夜 キャンプ上空
山篭り最後の夜、上空に恭也とリンディの姿がある。
「いよいよ最後です」
「ええ」
「楽しそうですね?」
「ええ、そうですね」
恭也は笑っていた。
これから起こる事に対してわくわくしながらだ。
「では、行きましょう」
リンディも微笑む。
自分達が信じた希望の力がどうなったのか。
それを見てみたいから。
シュバンッ!
フォーリングソウルに合一するリンディ。
そして、最後の舞台が整えられる。
ヴォゥンッ!
世界が切り替わり、この戦いの舞台へと変貌する。
巨大なロボと、闇の獣人の人形が踊り舞う世界へ。
少女達の希望の力が輝く戦いの場へ。
戦いももう3日目。
少女達はただ静かに恭也と対峙する。
「さて、そろそろゲームにも飽きたしな。
これで最後にしよう」
覚悟を決めた少女達に告げる言葉。
なのは達も今日で最後である事は解っているだろう。
「OK、今日できっちりそのジュエルシードを奪ってあげる」
昨晩まででリハビリを終えたと言えるアリサは本来の姿で両手に魔法刃を出現させる。
デバイスがない事を補い、その力を存分に発揮するだろう。
「負けない」
油断も慢心も無く、成長を望む狐の化生。
全力の戦闘形態で今日こそ巨大ロボを打ち砕かんと雷の力を展開している。
「……」
そして最後、なのは己の武器たるデバイス、レイジングハートを掲げ、その名を呼ぶ。
「レイジングハート」
キィィィンッ
ガキィンッ!
ペンダンとから杖へと変形するデバイス。
服は聖祥付属の制服を模したバリアジャケットに換装される。
戦闘体勢はそれで整った。
だが、なのはには最後の準備が残っていた。
それは―――覚悟の時。
「レイジングハート、メモリーより戦闘理論魔法を破棄」
なのはがレイジングハートに命じたのは戦闘理論魔法の消去。
今まで必要とし、頼ってきた魔法をだ。
確かにリソースを多大に消費する戦闘理論魔法は記憶しているだけでも負荷が大きい。
だからというのもあるが、しかし『使わない』などという選択をせず、最早必要ないと捨て去った。
(それで良い)
恭也は心の中で笑みを浮かべた。
そう、もう必要ないのだ、なのはには。
なのはが行く道には―――
キィィンッ
『Deletion was completed』
大きなデータであった為、消去と最適化に数秒を要した。
だか、これでレイジングハートももう完全に全力を発揮できるだろう。
「行こう、レイジングハート。
行こう、くーちゃん、アリサちゃん」
だから、ここでなのはは改めて行くと告げる。
戦いの道へ、己が決めた覚悟の下に。
『Yes―――My master』
その意思に呼応し、レイジングハートはなのはを『主』と認める。
今まで所有権限を持ちながら、1度も言う事のなかった『マスター』という呼称をもってそれを告げたのだ。
「レイジングハート」
なのはは驚きながらも、その後で微笑んだ。
これから一緒に戦うパートナーと今本当に理解し合えたのだと。
「主と認められたのね。
まあ、私のなのはなら当然だわ」
「うん、なのはだもの」
元の持ち主であるアリサは複雑だろう。
元の持ち主を差し置いてマスターとして認定されてしまったのだから。
だが、それでも久遠と同じように笑みを浮かべている。
自分の信じた人は、その手に持った武器にも認められたのだと。
そして、レイジングハートは更に告げる。
己に隠されていた機能を。
『Master.
I release the restrictions concerning me』
それは、リンディ達が施していた安全装置。
インテリジェントデバイスは高性能なものになると逆に魔導師が杖の方に振り回されてしまう事がある。
会話まで可能な自我を持つと言う事はそう言う危険も持つと言う事なのだ。
だから、そうならない為のステップとして設けていたもの。
それが外れ、今本当にレイジングハートは真の力を発揮する。
「そんなのあったの……」
アリサも気付いていなかった様で、また複雑そうな顔をする。
後でリンディに再会すれば一言くらいはあるだろう。
「ありがとうレイジングハート。
改めて行こう」
「そうね、リンディ達には後で一言言っとくとして、今は―――」
「うん、勝つよ」
『Yes,My master』
そうして最早互いに完璧にパートナーとなった者達が改めて恭也を見上げてくる。
今日までの2日は無駄ではなく、今日を最後にして、全て勝利をもって終わらせるのだと、その瞳が告げている。
「話は済んだか?
では始めよう」
待ちわびた。
この時を。
最早遊びではなく、演習でもなく、本当に戦えるこの時を。
戦いは始まった。
例の如く久遠とアリサには巨大ロボと人形の相手をして貰う。
だが、それもいつまでもつか解らない。
だから、まず大切な事を済ませておく。
「で、答えは見つかったのか?」
なのはと2人だけで向かい合い、最初に投げかける言葉。
それは昨晩もした問。
昨晩は答えられなかった問いだ。
「はい」
それに対し、なのはははっきりと告げた。
迷いの無い瞳で。
まっすぐに恭也を見ながら。
「わたしに足りないのは覚悟でした。
『戦い』という手段でしか得られない結果を受け入れる覚悟が」
覚悟が無い、それは当然だ。
僅か1ヶ月前まで戦う事ができず、今もまだ子供であるなのはにそんな覚悟が備わっている訳はない。
それでも戦ってこれたのは相手がジュエルシードであったからである。
どうあったところでなのは達からすれば悪であり、倒すべきものである暴走した魔法の種。
だが、そこに現れたフェイトや仮面を着けた恭也の存在。
それぞれの想いの下に戦う人の登場。
それがなのはに覚悟を強要したのだ。
戦い続ける覚悟を。
自分の道を貫く覚悟を。
一歩間違えれば堕落しかねぬ性急な要求だっただろう。
だが、なのははそれでも答えを出した。
否―――元々持っていたのだ。
特殊といえてしまう家庭環境により、直接戦う事はなかったとしても、戦いを身近に感じる事ができた。
戦い傷つく兄と姉が居て、戦って死んでしまった父が居て、それでも今笑える母が居る。
喧嘩ばかりしながらも、それでも笑いあえる家族もいるし、辛い過去をもっても今を笑う友達も居る。
そんな環境が、なのはを囲む人たちが、なのはに自然と考えさせていて、答えを持たせていたのだ。
それは決して人の真似ではなく。
高町 なのはだけの唯一つのこたえ―――
「わたしは、もし戦う事が避けられなくとも、わたしの心のまま、全てを望み、全てを求めていきます。
例え相手が正義を振りかざしたとしても、それでもわたしが信じる心のままに、全てを受け止め、進みます」
相変わらず戦う事は嫌いだろう。
しかし、それを言葉で否定するだけでは何も変わらない。
なのはと同じような気持ちを持って戦うひとすら居るのだ。
ならば自分はどうするべきか、どうしたいのか。
その覚悟をここに示す。
その答えは、戦いと言う手段を否定せず、しかし全てを掴み取る為自分のできる事全てを常に行うという決意。
相手を否定するだけでも、肯定するだけでもなく、全てを受け入れた上で新たな答えを導き出し続けるという意志。
(やはりその道を行くか!)
恭也は心の中で歓喜する。
なのはが選んだ道を。
自分では決して行けない道を。
高町 なのはがその高みを目指すと決めた事が恭也にとって幸いなのだ。
何故なら、不破 恭也という存在は―――
「その答えでは、結果が伴わない限りただの我侭に成り下がり、お前の想いは全て『欲望』と言われるだろう。
そして、そんなやり方では戦いはより困難になり、その様な道を行く事は人は無謀と言うだろう。
―――それでも行くか?」
「はい」
後は確かめるだけだ。
その覚悟に見合うだけの力が備わっているか。
その道を行くだけの勇気があるかを。
「そうか。
―――ならば『想い』も『力』もここに在ると示せ。
俺すら越えられぬのであれば、そんな答えは夢のまた夢。
お前の決意が『無謀』ではなく『勇気』であるならば、お前の全てでそれを証明してみせよ!」
確かめる方法は『戦い』。
恭也が最も得意とし、全てを出しつくせる方法。
「はい。
わたしは戦い、貴方のジュエルシードを止めて、それから全てを解決します」
それにすら応えられぬのであれば、全てを今ここで斬って捨てた方がよかろう。
だから、ここで恭也はなのはに戦斧を向ける。
ジュエルシードの力によって制する棍から変化した暴力の具現たる戦斧と化したシャイニングソウルの残骸を。
「おおおおっ!!」
ブォンッ!!
巨大にして超重量の戦斧を振りかざし、恭也は空を駆ける。
その速度はフェイトの加速魔法『ブリッツアクション』とほぼ同等という高速。
となれば、それはただ衝突するだけでも岩を砕く程の威力を持つ。
なれば、その全てを戦斧の刃に込めたなら、その威力はどれ程のものか。
『Protection』
キィィィンッ!
恭也の攻撃に対しなのはがまず行ったのはバリアの展開。
だが、如何に頑強とアリサが評価するなのはのバリアも、この一撃を防ぎきる事はできない。
キィンッ!
しかし、そのバリアが展開した一瞬、魔法陣がなのはの足元に展開したのが見えた。
バリアに関係しない何か別の魔法だ。
何かを狙っている。
それは解ったが、しかし恭也は止まらない。
ガキィンッ!
ギギギギッ!
恭也の戦斧がなのはのバリアと接触する。
元々バリアというタイプの防御は受け止める形で攻撃を防ぐ為、即座に貫かれると言う事はあまり無い。
だが、恭也の戦斧の重量と速度ではなのはのバリアでもあまり時間稼ぎになっていない。
しかし、
ヒュン!
その僅かな時間を利用してなのはは攻撃を回避した。
まともにやっては回避できないとして敷いた策。
いや、ただ回避の為だけのバリアではないだろう。
フッ
なのはが回避した事でバリアがその場からなくなり、恭也とその攻撃は予定より若干遅れながらも、予定のコースを通過した。
なのはという目標だけを失って。
その時だ。
キィィィンッ!
ガキィンッ!!
恭也の両手両足、更に腹部が光のリングによって拘束される。
いま通過した位置、なのはが元々いた位置でだ。
「ほぅ」
これはアリサがフェイトを捕らえる時に使っていた設置型拘束魔法『レストリクトロック』。
設置型、つまり先程バリアを展開した時に見えた魔法陣はこれだったらしい。
つまりは、見事に恭也は嵌められた訳である。
尚、アリサが使用した時のレストリクトロックの拘束は魔法陣であり、なのはのものはただの光のリングであるのは、アリサのものがアレンジされていたからだ。
多量の数を設置し、発動を遠隔制御、更に拘束した後に魔力を追加し魔力が続く限り逃がさぬ様にできる、そういうアレンジだ。
リンディの記憶によれば、拘束して攻撃というのがアリサが得意とする攻撃手段の1つらしい。
それはさておき、なのはによって拘束された恭也だが、その拘束はあまり強いものではなかった。
アリサの拘束が高性能であるというのもあるが、なのはも初めて使う魔法だ。
それ故に、
「だが……」
バキンッ!
構造は単純だった。
力任せに引き千切るまでもなく、僅かな魔力だけで鍵を開ける様に解除できる。
これはリンディの知識をそのまま貰う前から必要な技術として伝授されていたものだ。
魔力の無い恭也が拘束魔法から脱出するのに必要なものとして。
拘束の解除は瞬時に行われた。
だが、それによって僅かながら隙ができてしまう。
『Divine Shooter』
キィィンッ
そこへすかさずディバインシューターが放たれる。
2発の発射音が聞こえたが、向かってくるのは1つだ。
「ふっ!」
バシュンッ!
それを恭也は左手で弾いた。
小回りの利かない戦斧を右手だけで持って。
直ぐに次の対応が出来るようにと。
しかし、
ィィンッ!!
「むっ!」
払った1発目の直ぐ後ろ、恭也の視界からは完全に重なっていて見えず、あまりに近い為に別の弾と認識できない位置に2発目がいた。
そうだ、元々ディバインシューターは操って動かす魔弾である。
だからこういう使い方もできるのだ。
バシュンッ!
「ほぉ……」
直前で首を動かし、直撃だけは避けたが―――いや、それこそなのはの目的通りだったのかもしれない。
魔弾が当たった場所は仮面。
仮面の右端にヒビが入る。
そう、攻撃を受けてしまったのだ。
手を抜いているわけでもない状態で、なのはの攻撃を。
そもそもあの一瞬の時間で、恭也の視界から見えない位置に2つの魔弾を並べるなどという状況把握と精密操作。
真の力を発揮したインテリジェントデバイス、レイジングハートの力が在るとしても尚凄まじい能力。
戦闘に対する迷いが無くなったが為に成される鋭い反応。
恭也は笑う。
表情にそのまま出して。
強い。
そう、強いのだ、今のなのは。
恭也の予定していたレベルを越えてゆく勢いの成長をしている。
だから笑う。
心からの歓喜の気持ちを、魂からの幸いの想いを隠す必要はない。
「いくぞ」
改めて告げる。
最早なのはの行動を待つ事はせず、自らその全てを受けに行くと。
「はい」
そしてなのはも応える。
己の全てをここに示さんと。
『Divine Shooter』
キィィンッ
再びディバインシューターが発射される。
生成されるのは4基のスフィアで、発射されるのは4発の魔弾。
今のなのはならもっと数を出せる筈だが、敢えてその数。
何故なら、
ヒュンッ!
全ての魔弾はそれぞれ全く違う複雑な動きを見せる。
精密遠隔操作を駆使し、4発全てがフェイントまで駆使して高速で迫ってくる。
「ちっ!」
ガキンッ!
バシュンッ!!
フェイントに時間差攻撃と複雑な攻撃。
超重量であり小回りが全くと言って良い程利かない戦斧では対処しきれず、戦斧面を盾代わりにして2発を受ける。
残りの2発はなんとか手で弾くが、防御に徹しなければ防ぎきれなかった。
ならば、そんな精密操作をさせる暇を与えなければよい。
「はぁぁっ!」
ブンッ!
恭也は全てを落とし終えると、一気になのはに近づく。
ブリッツアクションと同等と言う速度はなのはには出しえない速度であり、1度張り付かれれば引き離す事はできない。
そう、昨日まではそうだった。
『Flash Move』
フッ!
恭也の攻撃の瞬間、なのはは新たな魔法を発動させた。
見えた限りではなのはの飛行魔法である足の翼に追加魔力を叩き込み、それによる加速魔法だと予想できる。
おそらくは、フェイトや恭也に対抗する為に用意した加速魔法だろう。
移動速度はブリッツアクションと同程度だが、その距離と精度、移動の単調さを考えればブリッツアクションよりも1段か2段は劣る魔法だ。
だが、回避や距離を取るためには有効だろう。
ブオンッ!
なのはの新魔法で攻撃は回避され、恭也の攻撃は空を切り、更に恭也はその場で動きが硬直する。
そこへ、
『Divine Shooter』
キィィンッ
シューターが放たれる。
発射数は音からしても2発。
1度目と同じように死角に重ねて来ているのが解る。
そう、回避した上に距離がとれると言う事は、射撃による反撃も出来るということだ。
「ふっ!」
バシュンッ!
同じ手段は通用しない事を示す為に、死角に隠れている2発目ごと左手で叩き落す。
だが2発を同時に落とすとなれば流石に頑強なバリアジャケットの一部であるグローブ越しにもその衝撃が伝わってくる。
流石にあまり何度もこの攻撃を受ければ蓄積ダメージでグローブは消えてしまうだろう。
(だが、そんな事を狙っている訳ではあるまい?)
先程から執拗に仮面を狙われ、牽制されている。
そう、これはあくまで牽制の攻撃。
何かの状況を作る為の布石で、真の狙いがある筈だ。
それをどんな策と力を持って行うか、恭也は期待で心を躍らせていた。
遠距離主体であるなのはが、接近主体の恭也に対し、どうやって主砲を撃てる状態にするのか。
恭也はそれが楽しみでしかたがない。
「楽しんでいるか?」
だから尋ねる。
本心からの言葉でもある問として。
「いえ、全く」
「そうか、俺は楽しいぞ」
そうだ、恭也は楽しい。
なのはがここまで強くなってくれた事が。
「では再開しよう」
だからもっと見せて欲しい。
この力でこの先に何を見て、何処まで行くのかを。
ダンッ!
空を蹴り、戦斧を振るってなのはに迫る。
大きく振りかぶって行うのは横薙ぎの斬撃。
ブオンッ!
例えバリアとバリアジャケットがあってもなのはの身体を両断する攻撃。
これをどう対処するのか。
『Flash Move』
フッ!
なのはが行ったのは先程見せたフラッシュムーブによる緊急回避。
だが、同じもので同じ様には回避させてはやらない。
「甘い!」
ブンッ!
恭也は手を伸ばした。
既に行われている戦斧の攻撃から左手を離して。
そう、既にフラッシュムーブという魔法があるのは解っているのだから、対策くらい立てて動いている。
『Protection』
キィンッ!
バシュンッ!
しかし、それに対してはバリアを展開されて防がれる。
徹を込めた拳打ではなかったため、それで止まってしまう。
(だが、今のはレイジングハートの判断によるバリアだな)
インテリジェントデバイスは自己判断で魔法を使う。
デバイスに設定されている魔法を、使用者の魔力を持ってだ。
主にバリアなどの自動展開を設定する事が多く、今のバリアもそれに相当する機能だ。
(これもなのはがレイジングハートを、己の相棒を使いこなしているからだな。
なら、それもまた良かろう)
今の防御を認め、次の攻撃の為に構える恭也。
更に今の防ぎ方を越えてなのはを追い詰める為に。
もう何度目か、向かい合う恭也となのは。
なのはの魔法はどれも魔力を大きく消費する。
例え戦闘理論魔法の負荷が無くなっても、魔法を使うことで魔力を消費していくのだから当然いつかは魔力が切れる。
それに対し恭也は魔力を殆ど消費せず、長期戦になれば恭也が有利になっていく。
それはなのはも解っているだろう。
だが、現状なのはは有効な攻撃ができていない。
それを打開する策はまだ見ていない。
しかし、なのはは勝つつもりでいるだろう。
それに、その瞳を見ればずっと何かを狙い続けているのが解る。
(いや、これは何かを待っているのか)
そう、『狙っている』と言うよりは『待っている』。
何かのタイミングが訪れるのを。
だが、なのはが自ら作り出すタイミング以外に、どうこの戦局を動かすものがあるのだろうか。
と、そう考えていた時だ。
ズダァァァンッ!
雷が走った。
それは空から地へではなく、地から空へだ。
その力は明らかに久遠のものであり、しかし戦闘で放ったものとは思えない直上への発射。
「む?」
気になった恭也はそちらに視線を向ける。
リンディがちゃんと相手をしている筈で、ちゃんと指定されている距離を離れている。
それだけを考えれば問題ないのだが、どうしても無視はできなかった。
そして、それは確かに無視できるものではなかった。
『Flash Move』
フッ!
なのははフラッシュムーブを発動させた。
このタイミングで、しかも恭也に向かってだ。
緊急回避と距離を取る為の魔法と思われたものを接近の為に使う。
「ん?」
疑問に思いながらも構える恭也。
疑問に思いながらも、同時に思う事がある。
(さあ、何をしてくる)
恐らく今自分は笑っているだろう。
なのはが仕掛けてくるものを期待して。
どんなものを見せてくれるのかと。
フラッシュムーブで接近してくる中、なのはは杖を両手で握っていた。
その杖を振りかぶり、更に新たな魔法を展開する。
『Flash Impact』
キィンッ!
魔法の名前が告げられ、その魔法が込められた杖が振り下ろされる。
ブンッ!
カッ!
ズバァァァンッ!!
恭也がその攻撃を戦斧で止めたその瞬間、その魔法は発動する。
起きたのは魔力による爆発と広域に広がる閃光だった。
どうやら直接魔力を叩き込み、その魔力を炸裂させる接近戦用の魔法の様だ。
なのはは遠距離主体であるが、しかし逆に近距離主体のフェイトも遠距離魔法を持っている。
戦う上で間合いは重要で、全く手が出せない間合いが在るという事は可能な限り避けたい。
特に接近戦闘が出来ないという事は絶対に避けるべきだろう。
魔導師同士の戦いであっても、やはり戦いの基本は接近戦なのだ。
それに己が遠距離主体で、相手が接近主体ならば相手は尚更離れる事を許してはくれないだろう。
ならばと、用意された魔法だろう。
なのはなりに考えたどうしても自分の得意な魔法を使えない時の為の魔法で、それに―――
(やはり、いないな)
魔力の炸裂と閃光によってなのはを見失った。
気配からは少なくとも近くにはいないと解る。
そう、これは接近戦用の魔法であり、同時に距離を取る為の魔法でもあった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!
ドゴォォォォォンッ!
背後で大きな音が聞こえる。
これは崖崩れだろうか。
久遠達の戦闘は大詰めになっているのだろう。
だが、今はそれはいい。
今はなのはがこれからどうするのかを―――
キィィンッ
その時、ディバインシューターが接近してくるのを感じる。
数は4発だ。
まだ閃光によって視界が戻っていないのが、音と魔力の反応で解る。
「甘い!」
バシュンッ!
その4発の魔弾は何故かフェイント等の複雑な動きをしていなかった。
それくらいならば目が見えない程度で当たってやる訳にはいかない。
右手で1発を払い、更に武器を持ったままの右手でもう1つを防ぐ。
後の2発は動きが単調だった為回避してしまう。
シューターによる攻撃は簡単と言えるレベルで防いでしまった。
「なのはは―――」
こんなものが狙いの筈はない。
そう思い、戻ってきた視界でなのはを探す。
だが、その姿は見つからず、更に、
キィンッ!
ガキィンッ!!
「むっ!」
右手がロックされる。
これはなのはの『レストリクトロック』だ。
だが、何故今ここにそんなものがあるのか。
そもそもレストリクトロックは設置型の拘束魔法。
この魔法が発動するのはまずこの魔法の設置が必要だ。
先ほどのフラッシュインパクトを放った後に仕掛けたという可能性も考えられる。
だが、この位置は先程シューターを払うときにも動いた場所で、アリサの様な発動を遠隔操作するようなアレンジはしていないこの魔法では、その時に発動している筈だ。
なら、何時、どうやって―――
「まさか……」
答えは直ぐに出た。
考えてみればシューターを打ち払った後に拘束されたのだ。
ならばそのシューターこそが基点だ。
おそらく、ディバインシューターにレストリクトロックを付与していたのだろう。
よく見てみればこの拘束は先程使っていたときよりも弱く脆い。
初めての試みであったのだろう、付与が上手く行かず拘束力が弱くなってしまっている。
だが、これでこの場に留まらされているのは確かで。
となれあ、なのは―――
「そうか!」
恭也は見つける。
なのはの姿を。
遥か1200mも先の空に。
相手が一瞬でも動きを止めたのなら、後は、
『Divine Buster―――』
既にシューティングモードに変形しているレイジングハートが告げる魔法の名前はなのはの主砲。
だが、その魔法はそれだけではなかった。
『Quick Snipe & Sealing Mode』
続けて告げられるその魔法の力の在り方の名前。
それもクイックスナイプとシーリングと告げたのだ。
名前とこの状況から考えるに、この恭也なら一瞬で解かれてしまう拘束を活かす為の『速射』。
更に、如何に神速を持つ恭也でも絶対に即反撃不可能な1200mという距離から狙う『狙撃』。
その上で、本当の目的であったジュエルシードを浄化封印する為だけのエネルギーとして発射する『封印』。
その全ての力を1つにした主砲だ。
見れば、その発射形態も今までとは違う。
飛行魔法である両足の翼は強化され、足元、杖、杖を握る手など多種多用の魔法陣が展開している。
これが、戦闘理論魔法があっては絶対にできなかったなのはとレイジングハートの全力の姿だ。
「シュート!」
ズバァァァァァァンッ!!
今までの何倍も収束された光が迫る。
この1200mもの距離を無にする一閃として。
ズダァァァァァンッ!!
「やはりかっ!」
その光が恭也の右手を貫いた。
いや、正確には右手のジュエルシードをだ。
一応回避行動をとっていた恭也だったが、最初からなのははジュエルシードが狙いだったのだ。
仮面を狙っていたのは本気であっても、本当の狙いではない。
(しかしこの力はまだ続いている……
まさか!)
右手を貫かれながらも、その光がZのジュエルシードを浄化封印した先でもまだ飛んでいるのを見る。
その先に在るものは―――
ズダァァァァァァンッ!
恭也より更に300m程後方、その空には、巨大ロボに勝利し、雷の力によって空に掲げられたジュエルシード]Tがある。
なのはのバスターはそれにも命中し、浄化封印を執り行う。
(これほどか!)
恭也はあまりの歓喜に叫ばずにいるのがやっとだった。
ディバインバスターは直射型の射撃魔法で、その軌道は発射後に変えることはできない。
つまり、なのはと恭也の右手のジュエルシードZと久遠が勝ち取ったジュエルシード]Tは直線で結ばれなければならない。
シューターを使った拘束魔法は、その為にこそあった。
恭也に動かれては、如何に高速で放たれるバスターも2つの目標を撃ち抜くことはできない。
しかし、だからといって拘束魔法だけで解決する問題ではない。
そもそも先程のシューターに乗せた拘束魔法、なのはがあの位置に居るとするとシューターは殆ど操作されていなかった筈だ。
つまり、予め入力されていたコースを通っていただけで恭也はあの拘束に掛かった訳である。
それを実現したのは一体いかなる力か。
(ああ、その力なら最初から持っていたな)
なのはは最初から異常なまでの状況把握能力とそれによって予知にすら似た先読み計算ができる。
その能力は、夜の一族であり人間よりも遥かな身体能力を持つ忍にパズルゲームで勝ててしまうという事から証明されていた。
そう、なのははパズルゲームだけでなく、どんなゲームでも強い。
勝つ為の手段を計算し、それを積み上げ、完成させる能力があった。
それが、今までただゲームの中でしか表に出なかっただけで、既に殆ど開花していたのだ。
だから、勝利を誓うなのはに抜かりは無い―――
『Sealing』
キィィィンッ!
ジュエルシードの浄化封印は直ぐに終わる。
既に1度封印されているのだからそれも当然。
だが、少なくともZのジュエルシードは目の前にあり、恭也が手を伸ばせば届く位置。
そこへ、
キィンッ!!
「むっ!」
恭也の目の前をシューターが通り過ぎ、その後にはジュエルシードは無くなっていた。
今のシューターが持って行ったのだ。
後ろを見れば]Tのジュエルシードもシューターで回収された様だ。
どうやらフラッシュインパクト後の4発のシューター、その中で回避した2発だ。
つまり、なのはは恭也がどのシューターを避けて、どのシューターを受けるかと言うところまで完璧に予測していた事になる。
『Receipt number Z & ]T』
見事レイジングハートに収められる2つのジュエルシード。
ジュエルシードが目的であるなのはにとって、それは勝利の瞬間でもある、
「なのは、凄い」
「まったく、とんでもない砲撃魔導師ね」
なのはを褒め称える2人の友人。
だが、この勝利はこの2人も大きく関わるもの。
正しくは3人で掴んだ勝利であった。
そうだ、申し分ない結果だ。
恭也の予想を遥かに超える力をもって、なのは達は恭也に勝利した。
この戦いの目的は達成されたのだ。
後は―――
「なかなか良かったぞ」
最後に1つだけやる事が残っている。
力は申し分ないが、最後に、本当にこの戦いの最後に必要な力を試さなくてはならない。
「では、最後だ。
俺の闇を―――」
『Load Jewel Seed No.]V』
キィィンッ
恭也がジュエルシード]Vに要求する力。
それは闇の力の具現。
大凡ハリボテとしか言えない力であるが、しかし―――
「越えてみろ!」
グオンッ!!
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……
恭也の心の闇をそのままカタチにするこの力は、見るものに対し絶対的な恐怖を与えるだろう。
どうあっても経験不足の子供達では、そう簡単に越えられぬ程のものだ。
だが、
「また、とんでもないモノを出してきたわね」
「避けられないね」
「……くーちゃん、アリサちゃん、手伝って。
やってみたい魔法があるの」
集まった3人はそれに臆する事無く立ち向かった。
「OK」
「うん」
1つの魔法の杖を3人で握り、その先を闇へと向ける。
『Sealing Mode
Set up』
ガキンッ!
自動的にシーリングモードに変形するレイジングハート。
今から使おうとしている魔法の威力を察したのだろう。
キィィィィィィィンッ
なのは達の周囲に光が集まってくる。
正確には魔力の粒子であり、この世界と存在する魔力の源であるものだ。
その光景は夜の空に輝く星々の流れの様に煌きながらレイジングハートに集結する。
そして―――
翌朝 キャンプ
「なのは、朝だぞ」
「う……ん…………」
2日目、3日目と同様になのはを起こす恭也。
今日は山篭りの4日目で、帰る日である。
「おはよーおにーちゃん」
「くぅん……」
清々しい朝の日に照らされて起きる2人。
この空の様に2人共とてもよい笑顔を見せてくれる。
「顔を洗って来い」
「「はーい」」
2人は恭也の勧めどおりに川に向かう。
そこで少し1人になる恭也は空を見上げていた。
「よい朝だ」
昨晩をもって、この山ですべき事は全て終えた。
予想以上のこたえをもって。
もうなのはの道は闇で道を閉ざされる事はないだろう。
そう、もうなのはにする事は無いと言えよう。
後、恭也がやるべき事は―――
夕刻 月村邸
山篭りから帰ってきた恭也は荷物を高町家で片付けるとすぐに月村邸に移動した。
ここを拠点として動いている者に、この4日間の状況を報告してもらう為だ。
もう1人も居るので手早く引継ぎを受けるつもりであった。
だが、
「ああ、まだ戻ってないわ。
とりあえず私の部屋で待ってて」
「ああ」
特殊な連絡方法を持つ彼女と連絡をとる為の通信機器を取りに向かう忍。
どうやらまた改造している途中らしい。
「ふぅ……」
その間だけ、少し休もうとベッドに横になる恭也。
流石に疲れた。
リンディは隠れ家で熟睡していることだろう。
それに、恭也も―――
「ええ、そうよ、戻ってきたから」
数分後、忍は半ば分解された携帯電話を両手で持ちながら部屋に戻ってきた。
それも連絡を取り付けながらだ。
部屋で直ぐに恭也に代わる為にそうして移動してきたのだが、ふと、部屋に戻って気付いた。
「あ……そうね、後3時間で戻ってきて。
ええ、じゃあお願いね」
忍は相手にかなりの時間を持たせて来る様に頼む。
恭也はすぐにでも会って話をするつもりであったと知っているのにだ。
何故なら―――
「……疲れているのね?」
部屋のベッドを見れば恭也が横になり、静かに眠っていた。
それも忍が部屋に戻ってきていると言うのに起きないほど深く。
普段なら寝ている状態でも、ある程度近づけば起きてしまうのにだ。
相当疲労しているらしい。
だが、
「何かをやり遂げたのかしら?
満足している顔だわ」
起きれぬ程の疲労だというのに、その寝顔は安らかだった。
そう、恭也は1つやり遂げたのだ。
そして、それは満足のいく結果だった。
だから安心したのだ。
まだ、戦いは続くと言うのに眠ってしまう程に。
「うん、私も寝よ。
お休み」
そんな寝顔を眺めていた忍は、部屋の電気を消して一緒にベッドに潜る。
そしてすぐに寝息を立てる。
その寝顔はノエルが見ればいつになく安らかだと評すだろう。
2人は眠る。
今は静かに。
まだまだ戦いは続くのだ。
だからこそ、今は休めよう。
身体も、心も、魂も。
この先にある大きな戦いの為に。
深夜 某所
とある高層マンションの屋上。
そこに立つ人影が3つ。
今日は今までデバイスの中にいた翠の女性も表に出ていた。
「姉さん、悪いけど少しフィジカルヒールをもらえるかしら?」
「いいわよ」
キィィィン
紅の少女の願いを何の疑問も挟む事なく実行する翠の女性。
そうなる事を予測した上で今日は表に出ていたのだ。
翠の女性が展開する魔法は紅の少女を優しい光で包む。
「ありがとう」
「まったく、いつもいつも無茶ばかりね。
帰ったらまたユリアに怒られるわよ」
「そうね」
出てくる名前はこの2人が所属する艦に同乗する医師の名前だ。
紅の少女は度々世話になってはその都度説教を貰う相手でもある。
「もう少しね」
「ええ」
会話するのは翠の女性と紅の少女だけ。
それは今までと同じ。
しかし、今日は少し変化が起きた。
「あの子を少し借りるぞ。
こちらは少し強くなり過ぎた」
口を挟んだのは黒の青年。
今までこの場に居てもほとんど口を開くことすらしない青年がだ。
「いいわよ。
あの子の巡回コースは姉さんに教えるわ」
「ああ」
必要な事だけを喋り、また口を閉じる男。
しかし、そこに暗い感じはなく、寧ろ―――
「さて、残りの詰めを互いにがんばりましょう」
「ええ、気をつけてね、姉さん」
「貴方もね」
最後にそう笑みを見せて別れる翠の女性と紅の少女。
黒の青年も翠の女性と共にこの夜の闇に消える。
再び光の下で動くその時まで。
後書き
9話裏をお届けしました〜
って、なんですかね? この長さ……
軽く歴代記録を塗り替える程の無駄容量。
むしろここまで読みきった人に感謝を。
因みに文字数カウントしたら69,000とか出ました。
まあ、大半はなのは編と被るんですがね。
裏で動いている分がほぼ純増になってこの馬鹿容量。
後、なのは編では敢えて簡略化している修行シーンを少し増加。
でもまだちょっと簡単かな〜と思うくらいのものですが。
でも、これでも実はかなりのシーンを次の話にまわしたのだと言ったら皆さんどう思われるでしょうか?
さて、それはさて置き物語りもいよいよ大詰めです。
はい、大人しく続き書いてきます〜
では、次回もよろしくどうぞ。
管理人の感想
T-SAKA氏に恭也編の第9話を投稿していただきました。
なのは編と同じく前話の倍の容量とは、いやはや脱帽です。
まぁお蔭で推敲と感想書くのに時間がかかるのが痛し痒しと言うか何と言うかというか。(苦笑
今回は初っ端からピンチの恭也・リンディコンビでしたが、何とか事なきを得て良かった良かった。
まぁ直接命に関わる問題ではありませんでしたが、人間である以上あって然るべき問題ですね。
さすがになのはの方でやるわけにはいきませんし。
しかし恭也君は周りの人に恵まれて、しかもそれが美女・美少女ばかりで、大変羨ましい。
名前が出てこなかった女性が2人いましたけど、こちらも美女だし。
まさか彼女が隠れ家の管理人とは思いませんでしたが。
後半は修行修行ですね。
昼は鍛錬で夜は実戦演習と、さすが恭也というか効率は良さそうです。
仮面の男が恭也だからこそ出来る事ですけど。
なのは編ではいきなり強くなった感じのなのはですが、こちらを読めば理由付けとかもはっきりしてて理解出来ます。
まぁ諸々の要素はあれどいくらなんでも強くなりすぎて、いささか納得できない面もありますが。
アニメ版でもこんな強かったのでしょうか?
しっかり書かれているこの作品でもこうなら、アニメ版の強化はどれほど唐突だったのか気になってしまうほどですよ。
なのはが運動音痴の理由はなるほどなーと思いましたけど。
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