闇の中のコタエ

第10話 答えの前に

 

 

 

 

 

 昼下がり 海鳴大学病院

 

 恭也はフィリスの下を訪れていた。

 名目上は定期検査として、しかし、最近の戦闘による影響を診て貰う為に。

 

「なのはちゃん、久遠ちゃんと山篭りをしたそうですね」

 

「ええ、毎年美由希とやっているものを。

 まあ、山篭りと言っても3日間だけですが」

 

 診察を受けながら何気ない風に会話をする2人。

 今は診察室で、2人以外誰もこの会話を聞く者はいないが、誰かいたとしても普通の会話に聞こえただろう。

 しかし、

 

「相手が美由希さんではないというのに、かなり疲労してますね。

 神速は使っていないみたいですけど」

 

「ええ。

 何分、いろいろとやる事があったので」

 

 疲労により人の接近に気付かぬ程熟睡してしまったという風に現れ、その時はその場にいた忍以外は誰も知られる事はなかった。

 しかし、忍のところで1度休んで回復した後でも、フィリスから見れば明白と言える消耗。

 それがどれほどの無茶だったか、想像すらできない。

 そもそも、久遠も一緒だったとは言え、なのはとの山篭りだけでこうはならない筈なのだ。

 ならば、一体この疲労はなにで蓄積されたものなのか。

 

「山篭りの目的を遂行しただけですよ」

 

「……そうですか」

 

 心配するフィリスに一言付け加える恭也。

 それは本当の事であり、嘘はない。

 ただ、ほとんど昼も夜も動く必要があった為、休む時間が無かったというだけの話だ。

 

「身体の方は大丈夫ですね、普通に休んでいれば治ります。

 後は―――」

 

 診察の為にペタペタと恭也の身体に触れていたフィリスは改めて恭也と向かい合う。

 そして、見る先は恭也の瞳だ。

 暫く見詰め合う様な体勢になる2人。

 

「左目、治っていないのですね」

 

「はい」

 

 診ていたのは恭也の目だ。

 特に左目を。

 右目はもう殆ど完治して問題無いのだが、左目は未だに色を映していなかった。

 

「山篭りの前にリスティ達を呼び出していましたが」

 

「アレによる影響はそちらの専門家でも不明だそうです」

 

 山篭りの前、1度ジュエルシード]Xに半ば取り込まれ、再浄化、封印を行った時だ。

 恭也はジュエルシード]Xにとり憑かれた際、左目を持って行かれてしまっていた。

 だが、治らないのはそれが影響した事なのか、元々なのかは判別できない。

 持って行かれてしまっていた右腕はとりあえず何の問題もないとされている。

 

 尚、そちらの専門家というのはリンディの事であり、那美達は恭也の目が異常である事を知らない。

 知らないが、乗っ取られていた事は確かなので、その部分も診て貰っており、その上で問題無しという診察結果になった。

 それらを総合的に見て、リンディは影響は不明としたのだ。

 

「そうですか……

 とりあえず、私も出来うる限りの事はします。

 だから……暫くは無茶をしないでください」

 

「可能な限りは」

 

 悲しそうな目をするフィリス。

 治る確率は極めて低いと考えている。

 更には、次に神速を過剰に使えば今度こそ光を失う可能性があるのだ。

 

 そうなっては戦う事自体に大きな影響がでる。

 しかし、それでも恭也は戦う事を止めない。

 多大な影響を受けながらも、それでも戦い続けるだろう。

 

 そうなれば、恭也はこの先―――

 

 

 加速はもう止められないところまで来てしまっている。

 フィリスは、それを気付いているのは自分だけである事を深く悩んでいた。

 

 

 

 

 

 夕刻 隠れ家

 

 山篭りから帰り、一夜明けた日の夕刻。

 恭也とリンディは隠れ家で作戦会議を開いていた。

 

「見つかっている2人は、まだ時間に余裕がありそうですね。

 まあ、何らかの刺激が無い限り、ですが」

 

「その様ですね」

 

 山篭りの間に集まった情報を元に今日まで調査していたのだ、2人で。

 そして、ジュエルシードの所持者と見てほぼ間違いない人物が2人程見つかった。

 その2人は今までのジュエルシードの被害者などを見る限り、発動までには時間がある様子だったのだ。

 

「絞り込めたのは2人。

 1人足りませんね」

 

「他の候補者は持って居ない事は確認できましたからね」

 

 現在恭也が持っているジュエルシードは3つ、なのはが持っているのは7つ、フェイトが6つ。

 そして、後2つは彼女が持っている。

 ジュエルシードの総数は21とマスターだ。

 だから計算上は残るジュエルシードは3つとなる。

 

「それにしても、発見している2人はずいぶんと長時間ジュエルシードを持っている様でしたが、発動の気配は薄いですね」

 

「ええ、そうですね。

 もしかしたら……」

 

「より力を、ですか」

 

 見つかっていない1つはとりあえず置いておいて、2人が懸念している事態がいよいよ本格化している。

 18個のジュエルシードが浄化封印されてしまっている事でマスターが対策を練っている可能性がある。

 その強さはZの時に現れ、続くジュエルシードでもその傾向がみられている。

 恭也側で対応しているし、あの子達も上手くやっているから無事で済んでいるが、それでも紙一重の部分は多かった。

 

「ですが、今のなのはなら問題ないでしょう」

 

「ええ、なのはさんは強くなりました。

 最早私達の援護は必要ないくらいに」

 

「では、後は―――」

 

「はい。

 まだ発動には時間がありますが、それもいつまでかは解りません。

 今夜から行きましょう」

 

「ええ」

 

 山篭りでなのはに今出来ることは終わっている。

 だから、後やるべき事はもう1人の少女達に対してだ。

 

 なのはは強くなった。

 今のなのはならあの子を倒してしまうかもしれない。

 だが、ただそれだけではダメなのだ。

 だから、恭也達は―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深夜 街外れ

 

 草木も眠る深き夜。

 月と星があるとはいえ、闇に中にあるこの世界で動くものがあった。

 

 ヒュンッ

 

 それは一陣の風の様に飛び行く金色の影と赤橙の影。

 フェイトと人型状態のアルフである。

 

 2人は統計上ジュエルシードが発動する確率の高いこの時間、見回りの為に街を飛んでいた。

 毎晩決まったローテーションでまわるコースの1つだ。

 今日は街外れにまで向かう日であり、2人は街外れまでたどり着いた。

 

 そこは街と森、人の住む場所と獣の住む場所の境界。

 そこで、

 

 ヴォウンッ!

 

「―――っ!」

 

「これは!」

 

 突如世界が変わった。

 結界魔法が発動し、2人を取り込んだのだ。

 今発動するまで全く気付く事ができず、そしてこの展開速度と強度。

 逃れる事は不可能だった。

 

 誰が、などとは疑問に思うまでも無い。

 何度も出入りした結界なのだから。

 そう―――

 

「何の用だい?」

 

 主に代わり問う使い魔アルフ。

 今までずっとそこに居たかの様に現れた仮面の男に向かって。

 

「暇なんでな、遊びにきたぞ」

 

 不快な笑みを浮かべながらそう告げる男。

 それも、何時現れるかわからないジュエルシードがまだ残っているというのに『暇』とはどういう事か。

 

「ふざけるな! 私達は暇じゃないんだよ!」

 

 怒りを抑える事も隠す事もせず、それをぶつけるアルフ。

 今までもさんざん理解できない行動をしてきただけに、その分も積み重なっての感情だ。

 例え主である少女は何も言わなくとも、自分は許さないと。

 

「暇ではないだろうな。

 だが、相手はする事になるさ。

 これが、俺の手にある限りは」

 

「―――っ!」

 

 仮面の男が取り出したのは黒き宝石。

 ジュエルシードと呼ばれる魔法の種、そのナンバーYと]Xだ。

 

「俺を楽しませてくれたなら、くれてやろう」

 

 男はそういって笑う。

 表情の半分以上を仮面で隠しながら、口元だけで。

 

 

 

 

 

 ジュエルシードを使い2人を戦わざる得ない状態にした恭也。

 そして、杖を構えたフェイトと、拳を構えたアルフの2人と対峙する。

 しかし、恭也は構えもしなければ武器も持たない。

 

 今まで使っていた棍は山篭りの最後、なのはとの戦闘で砕け散って失った。

 今までの戦闘で酷使してきた事もあり、最後にはジュエルシードで戦斧に変え、それを封印された事で完全に粉々になった。

 あの棍は元々はシャイニングソウルの柄の部分で、魔力の塊ではなく、格納してあった金属でできていた物だ。

 それを補充しないかぎり、同じ物は作れない。

 だが例え補充し、使える状態であったとしても、今夜は使えない。

 今回は2人を同時に相手しなければならないのだから。

 それに―――

 

「はっ!」

 

「てぇっ!」

 

 ダンッ!

 

 2人は同時にしかけてきた。

 そのままでも武器となる杖バルディッシュをもって右からくるフェイトと、左から低く迫ってくるアルフ。

 ちゃんと2人であることを活かし、話し合う事もなく連携のとれた挟み撃ちだ。

 しかし、

 

「ふっ!」

 

 タンッ!

 

 2人が攻撃を仕掛けてくるその瞬間、恭也は半歩フェイトの側に出る。

 真っ直ぐ前に出る様に見せかけながら、杖を振りかぶっている外側にだ。

 

「えっ!」

 

 攻撃の瞬間に半歩とはいえ移動され、一瞬恭也の姿を見失うフェイト。

 瞬間的な加速で長距離移動し、その場からいなくなるのではなく、死角を突かれて見失ったのだ。

 おそらく、こういった手合いとの戦闘に慣れていないのだろう、そのせいで攻撃の手が止まる。

 そこを、

 

 バシッ!

 

 フェイトの腕を取る恭也。

 その上でそのまま今攻撃しようとしていた方向に振り下ろさせる。

 力でそうするものではあるが、しかし今躊躇した攻撃を行わせるというものである為、さして力を加える必要もない。

 

 ブンッ!

 

「あっ!」

 

 するとどうなるか。

 フェイトが攻撃しようとしていた地点には既に恭也はおらず、ただ同じく恭也を攻撃しようとしていたアルフが向かってきているだけだ。

 アルフの方も恭也の回避行動に対して対応行動が遅れていた。

 よって、そのまま突っ込む事になり、フェイトの攻撃はアルフに向かう事になるのだ。

 

 ガィンッ!

 

 直前でシールドを展開し、直撃だけは避けるアルフ。

 だがそれだけで、恭也に対しては何も出来ない。

 

「まったくお粗末な連携だ。

 第一、自分より速く、強いと解っている相手に行う作戦でもない」

 

 フェイトの腕を持ったまま呆れる様な声で2人に言う恭也。

 演技を続けたまま、それでも2人が解る様に。

 

 これもまた戦いなれてはいても、機械ばかりを相手にしてきた問題点なのだろう。

 妙な癖がついてしまっているのだ。

 自分の速さを過信した突撃、見慣れてしまった攻撃しかしてこない機械との戦闘でついてしまった欠点だ。

 恐れずして突き進むというのは利点もあるが、考えなしになると単なる愚行になってしまう。

 それを直さなければならない。

 欠点に堕ちてしまった長所を長所に戻す為に。

 

 バッ!

 

 現状を把握したフェイトはすぐに恭也の腕を振り解き、距離を取って再び対峙する。

 アルフも同時に反対側へと跳び、恭也の右側についた。

 そして、

 

『Photon Lancer』

 

 キィィンッ

   ズダダダダンッ!!

 

「チェーンバインド!」

 

 ジャリィィィンッ!

 

 正面からフォトンランサーを連射。

 側面からチェーンバインドの展開。

 まずは中距離から攻める事を選んだ。

 

「……」

 

 それを恭也は無言のままその場で待ち受ける。

 そこへ先に届いたのはフォトンランサーだ。

 

 ズダダダンッ!

 

 迫り来る光の槍はどれも高速だ。

 しかし、銃弾ほどの速度は無く、神速を使わなくともその動きは見える。

 

 スッ

 

 フォトンランサーは発射も早く、弾速も速い。

 だがあくまで直射型の魔法であり、真っ直ぐに飛んでゆくだけだ。

 それにフェイトは射撃魔法は得意ではない。

 それでもインテリジェントデバイスの力もあり、その射撃は正確だが、それだけだ。

 動かぬ的ならば兎も角、単純な回避行動でもとられてしまえば比較的簡単に避けられてしまう。

 

 勿論、その為の連射であり、ある程度範囲をカバーし、回避行動を予測した上での射撃になっている。

 それに、

 

 ジャリィィィンッ!

 

 側面からはチェーンバインドも迫っている。

 その鎖の数は2本。

 2本の鎖が真っ直ぐに恭也へと向かってくる。

 

 チェーンバインドは拘束系の魔法のなかでも魔力で鎖を編み、実物の鎖と同じように相手を直接絡め捕って拘束する。

 1度拘束すればその強度は拘束魔法の中でもかなり強力な部類で、あの久遠でも力で引きちぎるのにかなりの時間が掛かった。

 だが、あくまで魔力で編んだ鎖を手元から操作する為、展開は遅く射程も短い上、操作し続けなければならないという条件を持っている。

 更には、

 

 バッ!

   バシッ!

 

 1度鎖を紙一重で避ける恭也。

 本来ならその後で操作された鎖は回り込んで拘束を完成させる筈だった。

 しかし、恭也は紙一重で避けると同時に魔力で覆った手でその鎖を押す。

 そうする事で2本の鎖は軌道が逸れてしまい、この度の拘束には失敗する。

 

 そう、実体があると言えるこの鎖は術者以外の手でも干渉する事が容易なのだ。

 尤も、その点は拘束魔法という概念に囚われず、場合によっては鎖という武器として対象を叩き伏せたり、絞め殺したりする事も可能な魔法でもあるという事だ。

 

 こうしてチェーンバインドから逃れた恭也であるが、ただ逃れただけではない。

 

「―――っ!」

 

 鎖を押した方向にはフェイトが居る。

 フォトンランサーの連射の後、フォトンランサーの影に隠れる様にして接近していたのだ。

 

『Arc Saber』

 

 ヒュンゥッ!

 

 チェーンバインドはあくまでアルフの魔法でフェイトを拘束してしまう事はない。

 だが、行く手を塞いでしまっている事に変わりは無く、フェイトは接近を諦め、その場からアークセイバーを放つ。

 同時にフェイト側に傾いていたチェーンバインドは解除され、一瞬接触はするが、アークセイバーはそのまま通り抜けてくる。

 

「はっ!」

 

 フッ!

   バキンッ!

 

 ほとんど目の前で放たれたアークセイバーを、恭也は側面に逸れて躱した後、側面から拳打で破壊する。

 リンディのバリアジャケットの一部であるグローブと魔力で覆った拳で、アークセイバーの構造を見切った上で魔法の中心に衝撃を徹す。

 いかに魔力の塊であるアークセイバーでも、中心から破壊されては砕けるしかない。

 魔法はその場で砕け散り、黄色いフェイトの魔力の残滓が散ってゆく。

 

 その時、

 

 フッ!

 

「はぁぁっ!」

 

 ブンッ!

 

 アークセイバーを砕いた恭也の背後にフェイトがバルディッシュを振りかぶって出現していた。

 アークセイバーを放つと同時にブリッツアクションを使っていたのだ。

 更に、

 

 ジャリィィィンッ!

 

 側面から先程払ったチェーンバインドが再び迫ってきている。

 

 タンッ!

 

 対し、恭也は横に一回転しながら後方へ、フェイトの迫る方向へと跳んだ。

 フェイトは大振りに振りかぶっていた為、その懐へもぐる事ができた。

 そうしてフェイトの攻撃を阻止する。

 

 が、

 

 バシッ!

 

「むっ!」

 

 フェイトの杖を取らんと伸ばした右手が掴まれる。

 フェイトの腕によって。

 いや、掴まれるというよりも、右腕を抱かれる様にして押さえられているのだ。

 

 更に、フェイトとは反対側からはチェーンバインドが迫っている。

 

 パシッ!

 

 恭也はそれを左手で掴んで防ぐ。

 拘束は完成しないが、これで左手は使えない。

 そこへ、

 

「はぁぁぁっ!」

 

 ブンッ!

 

 正面からアルフが迫ってきていた。

 魔力を込めた拳を構えながら。

 

(なるほど)

 

 どうやらフェイトの大振りの攻撃も、チェーンバインドも囮だった様だ。

 そして恭也の両手を塞ぎ、アルフで攻撃するという策。

 恭也はそれに嵌ったのだ。

 

 だが、

 

「ふっ!」

 

 ヒュッ!

   ダンッ!

 

 迫るアルフの拳に対し、両腕を塞がれた恭也が動かしたのは左足。

 アルフの拳を払う様な回し蹴りを放ったのだ。

 

「あっ!」

 

「なっ!」

 

 ブンッ!

   バキンッ!

 

 同時に身体ごと回転する事でフェイトを払い、チェーンバインドも破壊する。

 腕力の違いと体格の違いもあり、フェイトは軽く飛び、アルフは拳を払われた後は自ら後退する。

 チェーンバインドは魔力で編まれているとは言え、今は実体が在る。

 それを恭也は徹しによって握り潰す様に砕く。

 

 タンッ

 

 恭也が両足を地面につけた頃、飛ばされたフェイトも着地していた。

 再び向かい合う恭也とフェイト、アルフ。

 

「今のはなかなか良かったぞ」

 

 あまり褒めている様に聞こえない言い方で2人の連携を評価し直す恭也。

 そう、今のはかなり良い連携だった。

 先程のおそまつな連携とはまるで違うものだ。

 

 おそらく一通りの訓練を受け、連携もとれていたのだろう。

 それが機械ばかりを相手にした訓練を続けていた事で悪い癖がついてしまっていただけの事。

 少し思い出させてやればこうして実践できる。

 

(これならば大した時間は必要ないだろう)

 

 恭也はやりかたを少し考え直しながら2人に向かう。

 この2人に必要なものは後―――

 

「さあ、夜は長いぞ。

 まだ楽しもうじゃないか」

 

 そうして、恭也はフェイトとアルフと戦った。

 

 恭也が2人より優位に立っているのは、年齢の差と経験の差によるものが大きい。

 相手は2人とは言え若く、今の戦いにおいては魔法が殆ど意味を成していない。

 確かにフェイトやアルフの一撃は魔法があるからこそ威力が大きいが、当たらなければ意味はない。

 その上地上で戦っている為、恭也の本来の力を存分に発揮できているのだ。

 

 それから暫く、恭也は2人と戦いながら、2人に自分より強い相手と戦う時の連携の経験を積ませた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

「……」

 

 長時間の戦闘で息を切らす2人。

 なのはと比べれば体力を含む身体能力は高いが、その身体は所詮少女でしかない。

 

「さて、今日はこれくらいにしておこう」

 

 これ以上は良い効果が無いだろうと恭也は少女達に背を向けた。

 最早その背に攻撃する体力が残っていないと知ってだ。

 

「待って……貴方は―――」

 

 その最後、恭也の背に言葉が投げかけられた。

 それは今まで何も喋らなかったフェイトのもの。

 

「また、明日。

 ここで待っている」

 

 カッ!

 

 だが、恭也はその言葉を最後まで聞くことなく、その場を後にする。

 結界はフェイト達が出たら自動的に消える様に設定し、2人を残し。

 

 明日の事を考えながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日 昼前 海鳴臨海公園

 

 フェイトとの戦闘の後、隠れ家に戻って休んだ恭也は、翌日通常通りの見回りをしていた。

 まだ最後の1つが見つかっていないし、発見済みの2つも監視しておかなければならないからだ。

 あの2人と那美や知佳達も動いているが、人手、特に今この事件に関わっている者の中では上位の理解者である恭也が捜査に参加しない訳にはいかない。

 

 尚、リンディはデバイスの完成の為に隠れ家に残っている作業を進めている。

 その為リンディが傍にいない上にデバイスも持たない状態だが、リンディも既に全快に近いので転移を駆使すればさほど問題にはならない。

 

 という訳で、恭也は臨海公園まで来ていた。

 平日の昼前という事もあり人は見当たらない公園。

 しかし1度ジュエルシードが発動した場所でもある為、何気なく来てみたのだ。

 

「ふぅ……」

 

 ふと海をみる恭也。

 蒼く広がる美しい海を。

 

 しかし、やはり左目でその美しさを見る事はできず、ただ白黒の世界が広がるだけだ。

 

(昨晩は神速を使用しなかったが、今後どうなるか)

 

 正直フェイト達は今でも十分に強い。

 ついてしまっていた悪い癖が抜ければ、地上で恭也の得意とする領域で戦ったとしてもかなりギリギリの戦闘になってしまう。

 もしもう少し2人が成長すれば、神速を使わざる得ない場面も出てくるだろう。

 

(これ以上悪化したら偽装スキンが必要になるな)

 

 偽装スキン。

 変身魔法と同じ分類の魔法であり、幻覚とは少し違う、そのものになりきったカバーを付与する様な魔法だ。

 リンディの知識によれば、那美達でも誤魔化せる偽装ができる。

 もしこれ以上目が悪化し、一般人にも恭也が『見えていない』事を気付かれる様ならそれが必要だと思っている。

 

 誰にも心配を掛けない為、弱点を晒さない為に。

 

「さて……」

 

 それはまた先の話だ。

 兎も角今はジュエルシードの探索。

 そう考えてあたりを見渡す。

 誰もいないこの公園を。

 

 だが、

 

「ん?」

 

 恭也の耳は僅かながら声を捉えた。

 小さな声で、少し離れた場所からだ。

 

 気になって恭也はそちらに向かってみる事にした。

 

「ん〜、ん〜〜……」

 

 公園の奥、あまり人通りの無い道に1人の少女が居た。

 なのはと同じくらい年頃で、ブラウンの髪でショートヘアの女の子。

 そんな女の子が地面を這いずっていた。

 

「やっと届いた……

 あ……あかん、壊れとる」

 

 どうやら携帯電話を落としていたらしく、それを取りたかった様だ。

 そして近くを見ると這いずっている理由も解る。

 車椅子が倒れているのだ。

 タイルで舗装された道なのだが、舗装に隙間があり、そこに車輪が挟まってしまったのだろう。

 その時に投げ出され、更に携帯電話も飛んでいってしまった、というところか。

 

「どないしよう……」

 

 聞こえてくる関西弁の声。

 恭也はその声、そしてこの後姿と車椅子には覚えがあった。

 

「助けは必要か?」

 

「え?」

 

 声を掛けて、振り向いた少女。

 その少女は2週間程前に病院で見かけた事がある少女だった。

 

 

 

 

 

「ありがとうございます」

 

「気にするな」

 

 数分後、恭也はその少女を抱いて歩いていた。

 足を悪くしているという事もあり所謂お姫様抱っこと言われる抱き方だ。

 

 少女を助け起こした後、車椅子を調べてみると変な挟まり方をした上で倒れたせいか、車輪が歪んでしまっていた。

 これでは役に立たないという事で、少女は病院に向かう途中だった事もありこのまま病院まで運ぶ事になったのだ。

 臨海公園から病院までの距離を考えれば車を呼ぶ距離でもないと判断してだ。

 

「わたし、重くないですか?」

 

「軽い。

 少し痩せ過ぎなのではないか?」

 

「そんな事ないですよ」

 

 この運ばれ方が少し恥ずかしいのか少女はちょくちょく話しかけてくる。

 それに対し、素っ気無いと言える対応しかしていない恭也だが、少女は微笑んでいた。

 

「優しいんですね」

 

「いや、そんな事はない」

 

「そうですか?」

 

 何を言うかと思えば、そんな事を笑みを浮かべながら言ってくる。

 助けられているから、というのもあるだろうが、恭也にはどうも警戒心が薄いと感じられてならない。

 

 いや、この年齢の少女に求めるには少し酷で、同時に他人全てを警戒しすぎていてもそれはそれで悲しい事である。

 だが、相手は自分である事、敏感な子供であればこそ血の匂いを感じておかしくない不破 恭也であるならば、勘が鈍いとすら言えてしまう。

 特に最近実戦に身を置いている為、逆に他者に気取られない様にしているが、密接しているこの状態ならば気付ける筈だ。

 不破 恭也に染み付いている、相手を壊し、殺す事を道にしてきた者の殺意と血の匂いを。

 

「……あまり人を易々と信用するな」

 

 だから、恭也はそう忠告する。

 見ず知らずの男の腕の中で無防備でいるこの少女に。

 今後、不幸を回避出来る様に、自分の様な人種を信じない様に。

 

「大丈夫です、人を見る目には自信があります」

 

 だが、少女はあくまで微笑みながらそう述べた。

 それは恭也がいい人であると断言する様な笑みだ。

 

「俺を警戒しない時点で、君の人を見る目は狂っている」

 

「そうですか?」

 

「そうだ」

 

 呆れる様にしてもう1度告げるが、やはり少女は微笑むだけだった。

 まるで警戒する様子は無い。

 

「その身に枷を持ち、人を頼らなければならぬ部分はあるだろうが、今の世では疑う事も覚えておけ。

 今など、見ず知らずの男に抱かれているのだ。

 しかもここは人通りが無い、何処かへ連れ去られるかもしれんぞ」

 

 この少女は見た目も可愛らしく、逃げようにも足が悪い。

 ならばせめて助けを呼べる様にしておくべきだろう。

 車椅子と携帯電話が壊れてしまったのは完全に事故だとしても、未だ人気の無い道を歩いている事に不安を覚えるくらいはしなければならない。

 

 ……のだが、相変わらず少女は笑みを浮かべたままだった。

 いや、より警戒を解いている様にすら感じられる。

 

「それでも、貴方はそうしていませんから」

 

「信用できると見せかけてから裏切り、絶望を与える事に悦びを感じる奴かもしれんぞ」

 

「そうですね、助けてくれたのが貴方で本当に良かったです」

 

 恭也の言葉は一切通じていないかの様にあくまで恭也を良い人だと言う少女。

 一体どこでそんな判断をしているのか、恭也には解らなかった。

 

(しかたない)

 

 この少女がなのはと同じ年頃という事もあり、少し想う所があった。

 だから、今後この少女が不幸な目に会う事を自分で避けられるように、如何に世界が危険かを教えようと判断したのだ。

 そして、

 

「そうか……

 そんな考え方ではいずれ不幸になるぞ、例えば、こういった危機に対して」

 

 ゾッ!

 

 恭也は再現する。

 ジュエルシードに触れた事で知る、人が『闇』と呼ぶものを。

 特に]Xのジュエルシードに込められていた呪いをこの場に呼び起こす。

 

「あ……いや……」

 

 それは恭也が再現するのはあくまで『気配』というレベルのものでしかない。

 だが、この無防備な少女に嫌悪と悪寒を感じさせるには十分なものだった様だ。

 少女は感じる闇に身を縮め、己の身体を抱きしめる。

 この気配を放つ恭也の腕の中にいるこの子は闇の海の中に放り込まれたかの様に感じている筈だ。

 

「ふむ、なんだ、ちゃんと解るのか」

 

 ちゃんと闇を理解したのだと判断し恭也は気配の放出を止める。

 だが、それでも少女は震え、己を抱いたままだった。

 

(さて、病院についた後が大変だな。

 まあ、フィリスがいれば大丈夫だろう)

 

 最早この子は恭也を恐怖の対象としか見れない筈だ。

 あの病院に通院しているのであれば、出来る限り出くわさないようにしてあげなければならないだろう。

 恭也はもう2度とこの子の笑顔を見ることはできない。

 それは少し惜しい気もするが、この子が不幸になるよりは良いだろうと、考えていた。

 

「世界には事実良い奴もいるが、稀な存在だと思っていい。

 特に君の様に外見から可愛い子は特に今の様な感情を持つ輩に狙われ易いだろう。

 今後は気をつける事だ」

 

 最後にそう言葉を伝える恭也。

 これで、もう二度とこの子とは関わらない、いや、関われないだろうと思いながら。

 

 しかし、

 

「貴方は、そんな感情をちゃんと制御できる人なんですね?」

 

 少女から視線を外して歩いていた恭也は思わず足を止めて少女を見る。

 今自分の腕の中で微笑んでいる少女を。

 

「だから、私は貴方を信用できます」

 

 あの闇を、紛い物とはいえジュエルシードの中にあった呪いと言える闇を再現したというのに、その闇に落とした張本人に対して少女は笑みを向けていた。

 恭也自身はそんな闇ではないのだと、そう告げながら。

 

「……まったく、これは本格的に脳に異常があるらしい」

 

 数秒後、恭也は溜息を吐きながらそう言って再び歩きだす。

 最早言うべき事は無いと、心の中で苦笑しながら。

 

「ん〜、わりと酷いですね」

 

「そうだ、俺は極悪人だ」

 

 素っ気無く返しているだけなのに、少女はあくまで恭也と会話していた。

 恭也は困ったものだと思いながら、しかし悪い気はしなかった。

 

 

 

 

 

 数分後 病院 

 

 他愛の無い会話、といっても半ば一方的な少女の言葉を聞きながら病院に辿り着く。

 着くまでそうであったが、病院内でもやはり少し視線を集めていた。

 恭也は気にしなくとも、少女は気にするだろから、早めに解放してあげるべきと考える。

 

「さて、担当医は?」

 

「石田先生です」

 

「ああ、あの人か」

 

 少女が告げた人はフィリスとたまに話しているのを見かけたことがある女医だ。

 とりあえず受け付けで呼んで貰うべきだろう。

 そう考えて受付まで行こうとした時だ。

 

「あら、フィリス先生のところの問題患者さん」

 

 女性の声が聞こえ、それはどうやら恭也の事を言っているらしく振り向いた。

 するとこには白衣を着た青いショートの髪の若い女性、石田医師が居た。

 何度かフィリスと話しているところを見たことがあるし、名札も着けているので間違いない。

 

「石田先生」

 

「あら、こんにちは。

 どうしたの? そんなところで。

 遅かったから心配したんだけど。

 携帯にも繋がらないし。

 もしかしてデートだった?」

 

 どうやらこの少女が来るのが遅れているので、ここ一階の受付まで見に来たのだろう。

 少女の顔を見て石田医師は笑みを見せる。

 

「公園でタイルの隙間に車椅子の車輪を落としてしまっていて、車輪も歪んでしまっていた。

 携帯はその時に落として破損。

 とりあえず代用の車椅子はありませんか?」

 

 簡単且つ的確にまとめた状況説明をする恭也。

 因みに、壊れた車椅子は公園の隅に放置してあり、後で回収する予定である。

 

「そうだったの……ありがとう、この子を助けてくれて。

 とりあえずそこの椅子に降ろして。

 代用の車椅子は直ぐ用意するわ」

 

「了解」

 

「あ、ありがとうございました」

 

「いや、気にするな」

 

 受付に並ぶ椅子の1つに少女を降ろす。

 まだ少女にある問題は解決された訳ではないが、後は恭也の出る幕ではないだろう。

 

「では、俺はこれで」

 

「はい、ご苦労様」

 

「本当にありがとうございました」   

 

 別れを告げてその場を去る恭也。

 2人に見送られて病院を後にした。

 

 

 

 

 

 恭也が病院を出た後、石田医師と少女の下に1人の女性がやってきていた。

 

「あら、フィリス先生」

 

「フィリス先生、こんにちは」

 

「ええ、こんにちは」

 

 やって来たのはフィリスだった。

 2人の傍までやってきて2人と挨拶を交わす。

 少女とフィリスは、恭也が石田医師を知っていたのと同じ様に、互いに少しだけ顔を合わせた事があるという関係だ。

 

「あ、残念だったわね、今貴方のところの問題患者さん帰っちゃったわよ」

 

 フィリスの顔を見て、噂されているフィリスと恭也の関係を思い出す石田医師。

 フィリスは仕事中であったが、それでも引き止めておくべきだったかと思ったのだ。

 

「問題患者って、ああ、彼?」

 

 恭也の事をそんな風に呼称され、複雑そうなフィリス。

 実際問題といえば問題であり、患者としては最も困った部類の人だと自分でも言った事がある。

 ただ、恭也という人物に於いて最も問題となっている部分は、同じ病院の医師である石田医師も知らない。

 

「まあ、仕事中ですし、昨日診たばかりですしね。

 ところで彼は何をしにきたの?」

 

 あの病院嫌いと言える恭也が、迎えに来る様な人物が通院している訳でもないのに何しに来たのかが少し気になった。

 たまにフィリスに会いに来るという事もあるが、それはフィリスの都合と合わせて来る筈なのでそれとも違う。

 

「ああ、この子を連れてきてくれたのよ。

 車椅子が壊れたのを助けてくれたみたい」

 

「はい」

 

「あら、そうなの」

 

 事情を聞いて納得するフィリス。

 と同時に、そう言うのによく遭遇する人だと改めて思うのだ。

 

「そう言えば、タイミングよく来なくて良かったかも。

 さっき彼、この子をお姫様抱っこで運んできてたから。

 フィリス先生が嫉妬しちゃうわ。

 あ、そうそう、ダメよ、あの人は、極悪人だから」

 

「石田先生! もう、何言ってるんですか」

 

 恭也とフィリスの噂を知って、そんな事を軽く笑いながら話す石田医師。

 同時に少女には恭也はダメだと告げる。

 勿論冗談半分であるが。

 

 しかし、

 

「そう言えば、あの人、自分の事を極悪人、なんていってはったけど。

 どんな人なんですか?」

 

 少女は2人尋ねた。

 いい人であるだろうと思ってはいても、全く知らない人の事を。

 不思議な瞳と気配を持つ彼の事を。

 

「……そうね―――事実、極悪人よ」

 

「……え?」

 

 少女の問いに答えるフィリスは、無表情だった。

 先ほどまで笑顔で話していた筈なのに。

 更に、尚も言葉を続ける。 

 

「妖精や天使、女神といった者達の天敵で、そういった人達にしか効果の無い悪を齎す人。

 ある意味では悪魔の1つの完成形ね」

 

 フィリスは無表情で感情を表に出さずにそう例える。

 彼の持つ最も大きな問題を知るが故に。

 彼を想う人がどれ程いるのかを知るが故に。

 

「悪魔って……」

 

 今までの会話で、在る程度親しい間柄だと想われたフィリスの口から告げられる言葉に驚く少女。

 しかし、それはその言葉を真に受けたからではなく、その言葉に込められた想いがあまりに重いと気付いたからだ。

 

「兎も角、彼を好きになったらダメですからね」

 

 最後にそう言い残してその場を去ろうとするフィリス。

 

「あ、ちょっと! あー、車椅子取ってくるわね」

 

「あ、はい」

 

 フィリスが口にした言葉にちょっと呆けていた石田医師はフィリスの後を追った。

 そうしてその場には少女だけが残される。

 と、そこで少女は思い出すことがあった。

 

「あ、そういえば名前、聞いてへん」

 

 自分も名乗らず、名前を聞いていなかった彼。

 2人の医師も代名詞しか使わず解らずじまいの名前。

 少女は次に会ったときは自ら名乗り、彼の名前を聞こうと心に決めた。

 

 

 

 

 

 その頃、フィリスと石田は並んで廊下を歩いていた。

 

「もう、子供にあんな事を言うなんて。

 本当に嫉妬でもしたの?」

 

 最後にフィリスが言い残した言葉、それはただ助けられただけの少女に向けるにはきつい言葉だ。

 それに、フィリスが自ら恭也をあんな例え方をするのにも驚いている。

 フィリスは彼を問題患者としながらも、しかし大切に想っている、言ってしまえば1人の男として好意を抱いているのは知っていたから。

 石田が『極悪人』と言ったのはフィリスを困らせている事と、フィアッセなど他の女性とも親しくしているのを知っているからだ。

 だが、石田の知る限り、あそこまで言うほどではなかった筈。

 あくまで親しくしているだけで、悪魔、などとは―――

 

「……まさか。

 でもね、本当にダメなんですよ。

 恭也にとってあの子はあまりに若すぎるから」

 

 悲しい瞳で静かに告げるフィリス。

 しかし、その言葉は全てを知らぬ人には理解できぬ内容だった。

 

「若いとはいっても、彼は確か今年で20歳でしょ?

 あの子との年齢差は10歳で、まあ今から見れば離れすぎてるけど、今の時期から見れば女の子の成長はあっと言う間よ?」

 

 フィリスの言っている言葉の本当の意味を知らず、石田は10年という時間はすぐだと言葉にした。

 9歳からの10年と20歳からの10年などあっという間で、その先もまだまだ時間はあるものだとして。

 

 しかし、

 

「致命的なんですよ、その10年が、彼には。

 だから、あの子は彼を好きなってはいけないの」

 

 恭也に残された時間を想い、そう静かに告げるフィリス。

 

「え、それってどういう……」

 

 意味が解らず、しかし何かを感じ取った石田は確かめようとするが、フィリスは振り返る事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 某所

 

 とある高層マンションの最上階の一室。

 そこに今1人の少女とその少女の使い魔たる赤橙色の獣が居た。

 

「やっぱり、行くのかい?」

 

「……ええ」

 

 使い魔は主に問う。

 昨晩突然現れ、そして今日もそこで待っていると言うあの男。

 現状ではとても勝てない程の強さを持つあの仮面の男の誘いに乗るのかを。

 

「そうだね、そうするしかないよね」

 

 あの男はジュエルシードを餌にしてきた。

 となれば、ジュエルシードの回収を第一の目的としているフェイトは動かざるを得ない。

 

「にしても、こんな時に何処にいったんだかね、あの女は」

 

「そうだね……ここのところこっちにはこないね」

 

 あの女、少女の主である紅の女性。

 彼女はここ最近はあまり姿を見せず、連絡も取れない状況だった。

 一体何処で何をしているのかはフェイト達も解らない。

 

 恐らく、少女の主ならばあの男と対等に戦える。

 そんな気はする。

 だから、ジュエルシードを賭けて来るというのなら、あの人に直接動いてもらう方が良いと考えられる。

 

 だが、

 

「でも、多分これは私達がやらなければならないのだと思うの」

 

 ジュエルシードの回収を第一にするなら、勝てない相手には勝てる人に任せてしまえば良い。

 けれど、それではダメなのだと思うのだ。

 何故、そう思うのかは解らない。

 しかし、そうしなければならないのだと強く思える。

 

「フェイト……

 まあ、そうだね、あの女の力なんか借りなくても勝てるよ」

 

 そんな主の言葉に使い魔アルフはただ従うまで。

 主が行くと決めた道ならば共に行こうと、アルフはただそれだけを願った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深夜 街外れ    

 

 昨晩と同じ時間、フェイトと人型状態のアルフはこの場所に来た。

 だが昨日とは違い、そこには既に結界が展開されていた。

 フェイトとアルフの2人だけの出入りを許す結界が。

 

「いくよ、アルフ」

 

「OK」

 

 結界に手を伸ばし、その異界へと侵入する2人。

 2人にとっては知らぬ世界であれ、平和な世界から―――

 

 ヴオゥンッ!

 

 戦いの世界へと。

 

「よく来た」

 

 戦いの為だけに作られた翠色の世界。

 その中心に立っているのは仮面の男。

 

「さて、始めようと思うが、昨日と同じでは面白くなかろう?

 少し趣向を変えようか」

 

 そう言って男が取り出したのはジュエルシード。

 右手]Xを、左手にYを。

 それが―――

 

 ゴゴゴゴゴゴ……

 

 世界が歪む。

 男を中心にジュエルシードが世界に干渉しているのだ。

 闇が―――この世界の闇の源が男の両手に集まってゆく。

 

 ヒュォンッ!

      ガキンッ!

 

 収束した闇はそこで形を取った。

 『鞭』という型と『杖』という型を。

 

 鞭は闇そのもので形成された、全てを否定するかの様な力を感じる長さ不明のもの。

 杖はどこかあの子のレイジングハートに似ていながら、しかし真逆の性質を感じるもの。

 その2つは今ここで生まれ、実用性の程は不明だ。

 しかし、ジュエルシードをもって形成されたソレが無力な筈はない。

 

 そう、ただでさえ接近技能の高いこの男が中距離と遠距離の攻撃手段を手にしたのだ。

 

「始めよう」

 

 口元をニヤリと歪めて笑う仮面の男。

 

 何を想っているかは解らない。

 その仮面の下では一体―――

 

 だが、それでもここは越えなければならない。

 

「……行きます」

 

 フェイトは己の武器を構え、駆ける。

 己の望みを叶える為、その為にも、今は―――

 

 

 

 

 

『Evil Shooter』

 

 ゴゥンッ 

 

 なのはのレイジングハートを闇に堕落させた様な杖を掲げる。

 足元に展開される漆黒の魔法陣、形成される闇色の6つのスフィア。

 そして、それらは同時に放たれる。

 

 ヒュオンッ!

 

 大気を割って進む闇の魔弾。

 この魔法は左手の杖から放たれる操作型の魔法。

 なのはのディバインシューターの構成をそのまま使っている魔法。

 制御、操作するのはリンディだ。

 今回リンディと恭也は殆どシンクロせず、リンディはリンディとして魔法を使う事ができる。

 

「ふっ!」

 

「はっ!」

 

 ズダンッ!

   バァンッ!

 

 それを、フェイトとアルフは近づいた物から順次砕いて突き進んでくる。

 なのはのシューターと同じ精密操作が可能で、リンディの操作するこの魔弾は回避不能と判断したのだ。

 だが、砕いて進むにしてもやはり砕く瞬間に隙は多く、動きが止まる。

 そこへ、

 

 ヒュォンッ!

 

 恭也は右手にもった鞭を放つ。

 恭也が中距離と判断する距離まで自在に伸縮する闇の鞭だ。

 使い慣れぬ鞭であるが、闇の魔弾を打ち払う所を狙えば当てる事くらいはできる。

 

「フェイト!」

 

 キィィンッ!

 

 鞭の接近にアルフは主に前にまわり、シールドを展開する。

 だが、

 

 ヒュオンッ!

    ズダァァンッ!!

 

 その鞭がシールドに触れた、その瞬間、

 

 バリィィィンッ!

 

 シールドは音を立てて崩れ去った。

 

「なっ!」

 

 それは、この鞭の威力による砕け方ではなかった。

 シールドは解除されたのだ。

 外部からの干渉、この鞭の力によって。

 この鞭の特殊能力の1つ、自動シールド解除だ。

 リンディが居るからこそ具現できた力の形だ。

 

 そして、この鞭の攻撃はまだ終わっていない。

 

 ズバァァンッ!

     ガキィンッ!

 

「えっ! なっ!」

 

 シールドを砕き、迫る鞭を防御しようと腕を前に出したアルフだが、鞭が腕に触れた瞬間、腕に鞭が纏わりつく。

 この鞭の特殊能力のもう1つ、触れたものを自動拘束する機能だ。

 これでアルフは恭也の鞭で繋がれた事になる。

 そこへ、

 

『Evil Shooter』

 

 ゴゥンッ 

 

 繋いだアルフへシューターを放つ。

 

「アルフ!」

 

 ヒュンッ!

 

 だが、フェイトが先に動いた。

 サイズフォームの光の鎌で鞭を切断し、2人で後退する。

 

 鞭の射程から離れ、シューターを打砕き、2人は体勢を立て直した。

 

「……」

 

「くっ」

 

 恭也を睨む2人。

 遠距離攻撃と中距離攻撃がほぼ同時に放たれる。

 しかもどちらも無視できるモノではなく、食らえば次の攻撃でやられてしまう、そう考えていることだろう。

  

(さて、どう来るか)

 

 恭也は待つ。

 2人が来るのを。

 この程度の障害など踏み越え、こちらの懐まで飛び込んでくるのを。

 

「……」

 

「……」

 

 どうやら作戦は決まった様だ。

 2人の目つきが変わる。

 そして、

 

 ガキンッ!

 

 フェイトはデバイスをデバイスフォームに変える。

 そして放つ魔法は、

 

『Photon Lancer』

 

 キィィンッ

   ズダダダダンッ!!

 

 連射される光の槍。

 まずは牽制の一手というところだろう。

 

『Evil Shooter』

 

 ゴゥンッ 

 

 対し、恭也はシューターを放つ。

 

 ガガガガガガンッ!!

 

 フェイトと恭也のほぼ中間地点でぶつかる2つの魔法。

 フェイトの魔法1発に対し、恭也も1発を持って打ち払う。

 

 この魔法がディバインシューターと違うところは操作性をカットすればフェイトのフォトンランサーと同様に連射が可能なところだ。

 尤も、それも全てリンディがいてこそできる業であるが。

 

 タンッ!

 

 ある程度フォトンランサーを放ったところでアルフが動く。

 魔法の準備が整ったのだ。

 同時にフェイトもフォトンランサーの連射を止め、アルフの後ろに続く。

 

 ガキンッ!

 

 更にその時デバイスをサイズフォームに変えた。

 

(おそらくは……)

 

 ゴゥンッ 

 

 2人の作戦を読んだ上で恭也は更にシューターを放つ。

 アルフに向かってだ。

 対し、フェイトは、

 

『Arc Saber』

 

 ヒュンゥッ!

 

 斬撃を飛ばしてくる。

 アークセイバーはその威力高さもさることながら、攻撃範囲が広く、更に弱いが自動追尾機能も備わっている。

 今まではその機能が活きる機会がなかったが、今回はこちらが操作しているシューターを落とす為に放たれ、それが有効となる。

 

 バシュンッ!

 

 恭也が放ったシューターは切り裂かれ、その間に2人は接近してくる。

 最早鞭の射程の内だ。

 

 ヒュゥンッ!

 

 当然恭也は鞭を放つ。

 狙うのは前に立つアルフ。

 フェイトの方はアークセイバーを放った後アルフの影に隠れてしまう。

 アルフは主の盾になる様に進み、そして、

 

「チェーンバインド!」

 

 ジャリィィィンッ!

 

 展開するのはチェーンバインド。

 力を収束する為に数は1本に絞り、チェーンバインドの特性である具現化を持って鞭の様にして恭也の鞭に対抗してくる。

 

 ガキィィンッ!

 

 衝突する鞭と鎖。

 拘束する力を付与した鞭と元々拘束魔法である鎖は互いに干渉し合い、その場で硬直する。

 その瞬間、恭也は視界の隅に動くものを察知した。

 

 ドクンッ!

 

 即座に神速を起動する恭也。

 全ての動きはスローモーションになり、右の視界は白黒に、左の視界は影だけを映す。

 その神速の領域の中で素早く動く影がある。

 金色のツインテールを靡かせたフェイトだ。

 フェイトが大きく右側に弧を描いて恭也の背を取ろうとしている。

 

(やはりか)

 

 フェイトは鞭から逃れる為にアルフの影に隠れたのではない、ブリッツアクションの発動タイミングを見切られない様に隠れたのだ。

 恭也が自分より速い事は解っているからこその作戦。

 この手は今恭也が神速を使ってしまっている通り、視覚だけでも神速を使わなければ手加減をする事ができない。

 だが、

 

(まだ甘いな)

 

 スッ

 

 恭也は神速を解いて後ろを振り向く。

 神速解除に伴い、右目は通常の視界に戻る。

 が、左目は―――何も見えない―――

 

 だが、今はそれはいい。

 

「―――っ!

 フェイト、ダメだ!」

 

 アルフは恭也がブリッツアクションを見切った事に気付く。

 だが、もう遅いのだ。

 

 フッ

 

 直後、目の前に高速移動をもって現れるフェイト。

 だが、その時には既に恭也が動いている。

 

 バッ!

 

 杖を手放し、その手でフェイトの首を取る。

 

「えっ! あっ!」

 

 フェイトはこの場に移動しきった後に気付く、作戦が失敗した事を。

 

 神速と違いブリッツアクションの欠点は高速に加速する事ができても、動体視力はそのままである事だ。

 途中の解除は可能だろうが、高速移動中は自分でも状況の変化が把握できず、間に障害物が突如出現したら衝突してしまう。

 ある程度の障害物ならブリッツアクション中も展開しているバリアとバリアジャケットでカバーできるが、相手が人であるとそうはいかない。

 今この様に移動を見切られ先に相手に動かれたら対応する事ができないのだ。

 

「自分の速さとその魔法を過信しすぎだな。

 そもそも自分より速い相手にこの程度の加速魔法が通用すると思うな!」

 

 ググググ……

 

 そのまま左手で首を絞め上げ、更に宙吊り状態にする。

 

「う……ぁ……」

 

 首をへし折る程でもなく、しかし抵抗しなければ窒息する状態。

 デバイスの自動詠唱は働かず、魔法を使う事はできない。

 腕力差で首が絞まり切るのは時間の問題だ。

 

 死がちらつく。

 

「ぐ……」

 

 だが、それでもフェイトの瞳は曇る事が無かった。

 

 トクン

 

 その時、何かが聞こえ、神速を抜けた後から何も映さぬ筈の左目が一瞬、何かを映した。

 

(む! これは……)

 

 同時に、首から下げているデバイスの中に格納され、今使っている2つのジュエルシードの制御を補助するジュエルシード]Vも反応を見せる。

 今まで無い反応だ。

 それは危険なものではなく、むしろ―――

 

(なるほど……

 だが、今は良いだろう。

 これを越えてもらわねば、それすら無意味だ)

 

 恭也はアルフの方へと向き直る。

 主の危機に対し、使い魔がどう動くかを。

 

「フェイトを離せぇぇ!!」

 

 ダンッ!

 

 何の迷いも思慮もなく真っ直ぐに突っ込んでくるアルフ。

 それは無謀な突進とも言える。

 だが、

 

「ふんっ!」

 

 キィンッ!

   

 恭也は1度チェーンバインドが絡まる鞭を切り捨て、

 

 ヒュオウンッ!

 

 闇の鞭を再構築する。

 そして、それを突っ込んでくるアルフに放つ。

 

 ヒュゥンッ!

 

「おおおおおおおおっ!!」

 

 鞭が迫るのすら無視し、アルフは突っ込んでくる。

 シールドすら展開せずにだ。

 

 ヒュオンッ!

    ガキンッ!

 

 その為、容易に鞭は命中し、右腕を捕らえる事に成功する。

 これで両者行動不能―――と思われた。

 

「むっ!」

 

 ギギギギッ!

 

 アルフを拘束している鞭が軋み、捕らえたその場に固定している筈のアルフが動き出す。

  

「あああああっ!」

 

 シュバンッ!

 

 赤橙色の光が弾け、アルフが獣の形態へと変身する。

 そして、その四足の推進力を持って、鞭の拘束を無視し、突進を再開する。

 

(この鞭の固定能力は高くはないのは確かだが、一応繋げたままなんだがな。

 流石に、変身できるというのは便利だな)

 

 迫るアルフを見ながら、冷静に考える恭也。

 尤も、この状況を打開してくれる事を望んでいたのだから冷静なのは当然とも言えるが。

 ともあれ、このままではアルフの突撃を受けてしまう。

 

 バッ!

 

 仕方なく恭也はフェイトをアルフに向かって投げ、同時に杖を回収して後退する。

 

 バシュンッ!

 

 アルフはフェイトが投げ捨てられるのを見て人型に再変身する。

 

「フェイト!」

 

 バッ!

 

 そして、フェイトを抱きとめ、そこから大きく後退した。

 鞭の射程から大きく外れるほどの距離をとる。

 

「ごほっ! ごほっ!」

 

「フェイト、大丈夫?」

 

「うん……なんとか」

 

 1度咳き込みながらも直ぐに構えるフェイト。

 あの状況でありながら杖も落とさなかったあたりは良く訓練されていると言えよう。

 更には、まだ挑んでこようと言うその意思も素晴らしいと言える。

 

(後は、ちゃんとこれを越えてくれば良し)

 

 杖と鞭を構え、2人の出方を待つ恭也。

 ジュエルシードの力を借りながら、しかし手放せるという利点。

 鞭の方は再構築できるという利点があるが、それは利点であると同時に―――

 

「……」

 

「……」

 

 2人の立ち居地が微妙に変化する。

 動き出すのだろう。

 

 ガキンッ!

 

「ん?」

 

 何をし出すのかと思えば、フェイトはまずデバイスをデバイスモードに変形させた。

 更に、

 

 キィィィンッ!

 

 距離があるとはいえ魔法を展開している。

 これはサンダースマッシャーの筈だ。

 だが、この距離から相手の動きを封じている訳でもないのに、そんな魔法の単純発射が当たるとは思っていない筈だ。

 

「ふむ、では」

 

 ォォォォッ!

 

 まだ何をするかは解らないが、こちらも射撃がシューターだけではない事を示しておこう。

 そう、レイジングハートの姿を模しているのだから、もう1つ魔法がある。

 

 ガチャッ!

 

 フェイトと恭也の魔法はほぼ同時に完成する。

 フェイトは帯状の魔法陣を素手の右手に展開し、発射体勢を取る。

 対し、恭也はレイジングハートとしてはデバイスモードである形状のままでその杖をフェイトに向け発射準備をする。

 

『Thunder Smasher』

 

 ザバァァァァンッ!!

    

『Evil Buster』 

 

 ドゴォォォォォンッ!!

 

 発射される2つの直射魔法。

 その2つの弾速はほぼ同じで在る為、2人の中間地点で衝突―――

 

      ヒュゥゥンッ!

 ォォォォンッ!

 

 しない―――

 

(む!)

 

 見ればフェイトは発射直前にその照準をずらしていた。

 それによりフェイトのサンダースマッシャーは恭也のバスターに衝突せずに進む。

 だが、それでは後から軌道を操作できないサンダースマッシャーは―――

 

 ズドォォォンッ!!

 

 恭也から見て10時方向の地面に着弾するサンダースマッシャー。

 外れたサンダースマッシャーは一瞬の大きな閃光を放ち、更に砂埃を舞い上げる。

 

(ふむ)

 

 そちらが狙いか。

 魔力の炸裂と閃光、砂煙によって恭也は完全に2人を見失う。

 バスターの着弾音が聞こえない為当然バスターは回避しているだろう。

 さて、そこからどう出るかだが―――

 

『Arc Saber』

 

 ヒュンゥッ!

 

 上空から魔法の接近を感知する。

 この砂煙まぎれての攻撃、にしては弱い。

 まだあるだろう。

 

『Arc Saber』

 

 ヒュンゥッ!

 

 その予想通り、今度は地上3時方向からもアークセイバーが放たれる。

 どうやら速度を調整し、同時に着弾する様にしているらしい。

 アークセイバーならば自動追尾機能で放った本人が視認していなくとも相手を追尾できる。

 特にジュエルシードの力を解放し、気配を読みやすい今の恭也なら追尾しやすいだろう。

 だが、それだけではまだ当たってやる事はできない。

 

「チェーンバインド!」

 

 ジャリィィィィンッ!

 

 更に8時方向からチェーンバインド。

 2人居るのだから連携してくるのは当然だ。

 しかし、それでも、

 

「まさか、これだけではあるまい!」

 

『Evil Shooter』

 

 ゴゥンッ!

     ヒュォンッ!

 

 杖から魔弾を発射し、同時にチェーンバインドに向けて鞭を振るう。

 普通ならば難しい同時行動だが、魔法はリンディが行い、鞭は恭也が使っているから容易にできる事。

 相手が2人である様にこちらも1人でありながら2人なのだ。

 

 ズガガガガンッ!

     ズガガガガンッ!

 

 真っ直ぐこちらに向かってきているだけのアークセイバーは操作性をカットした連射で叩き落せる。

 

 ガキンッ!

 

 チェーンバインドも、互いに拘束用の魔法であるが故に止められる。

 これで今放たれている魔法は止めた。

 だが、こんな事で止められるとはフェイトもアルフも思っていない筈だ。

 だから、まだ何かを隠している筈。

 

 ヒュッ!

 

 その時、風の動きを感じる。

 肌で感じ、砂煙の流れで読み取れる風の動き。

 そして同時に大きな魔力も感じる。

 

(これはサイズスラッシュか。

 ブリッツアクションで背に回ろうとしているな。

 だが、これでは読まれてしまうぞ)

 

 ブリッツアクションは先ほど破っている。

 砂煙で姿を隠すという事はしていても、それだけで通用するとは思われては困る。

 むしろ砂煙の動きで読みやすくなっている部分もあるのだから。

 

「甘いぞ!」

 

 恭也は再び杖を手放しフェイトが迫る方向へと振り返る。

 だが、その時だ、

 

 ジャリィィィンッ!

 

 2本の鎖が迫ってきていた。

 それはアルフのチェーンバインド。

 しかし、新たな魔法の発動は無かった筈。

 

(最初から3本出していたな)

 

 砂煙で見えなかったが、1本をわざと捕らえさせ、残る2本を砂煙に隠してこちらを拘束する気だろう。

 いや、その2つの内1本は恭也本体へ、もう1本は今手放した杖に向かっている様だ。

 手放させたところを奪う気か。

 

「それも甘い!」

 

 キィィンッ!

   ヒュオンッ!!

 

 恭也は鞭を1度切り離し、更にその場に拘束を残したまま鞭を再構築する。

 それを迫り来る2本に向ける。

 

 ガキンッ!

 

 2本は同じ場所から放っているからか、その射線が短い距離で並んでいた為、恭也側としては1本の鞭で纏めて拘束できる。

 これでアルフのチェーンバインドは完全に封じた筈だ。

 

 そうしている間にもフェイトが迫ってきている。

 恭也は即座にフェイトの迎撃体勢を取った。

 もうブリッツアクションから抜ける頃だ。

 

 フッ!

 

 そして、恭也が振り返った時、フェイトは確かにそこに居た。

 ブリッツアクションの高速移動から抜け、そこで武器を振り上げている。

 だが、その場所は―――

 

(そうか、敢えて動きを読ませていたのか)

 

 フェイトは恭也本体に攻撃を当たられる位置には居なかった。

 背後に回りこんでいると思っていたが、背後までは移動していなかった。

 フェイトが移動した先は恭也の右手の先。

 本体ではなく恭也の右手を、右手のジュエルシードを狙っているのだ。

 そこは武器のリーチの長さもあり、恭也からは素手の攻撃は届かぬ距離。

 更に、方向として恭也がすぐに鞭を向けられぬ場所だ。  

 

 しかし、それだけではなかった。

 

 バッ!

 

 砂煙の中から手が現れる。

 爪の長い女性の手。

 アルフの手だ。

 どうやらチェーンバインドは全て囮だったらしい。

 

 それが恭也が手放した杖に伸びている。

 

(なるほどな。

 なかなかだ)

 

 恭也はリンディと共に戦い1人でありながら2人だ。

 しかし、所詮は今この場で戦っているのはあくまで恭也1人。

 この状況には対応できない。

 

 ドクンッ!

  

 恭也は神速を発動させた。

 同時に両方のジュエルシードの力をカット、即座に回収しその場から跳ぶ。

 

 ダンッ!

    ヒュンッ!

   ヒュオンッ!!

 

 武器を解除し、神速での回避だったが間一髪のところだった。

 2人の攻撃は十分に早いのだ。

 

 タンッ

 

 2人から距離を置いて神速を解除する恭也。

 そして砂煙も晴れた先で2人もこちらを見ていた。

 

「くそっ! 何だ今の!」

 

「……」

 

 確かに捕らえる事には成功した筈なのに逃げられ、睨むアルフ。

 フェイトも驚いているが、だが次には冷静にこちらを見て口を開いた。

 

「―――今のが本気の速さなのね」

 

 今までもデスカウントとして使用してきた神速。

 だが、今回はカウントも無く、ジュエルシードの発動も無く、ただ純粋な速さとして見せてしまった。

 使わざるを得なかったのだ。

 

「そうだ。

 今のは良かったぞ。

 俺もつい本気を出してしまったよ」

 

 恭也は笑う。

 魔導師で2人組みとはいえ、なのはと同じくらいの年の子に神速を使わされたという事に対して。

 心から楽しそうに。

 

「てめぇ! 今まで遊んでたのか!」

 

 アルフは恭也の言葉に更なる怒気を放つ。

 だが、それをフェイトは手で制する。

 

「貴方は一体何が目的なんですか?」

 

 フェイトが問うてくる。

 悲しげな瞳で。

 その瞳は誰かに似ていた、そう恭也もフェイトも知っている誰か。

 それは―――

 

「まるでなのはの様な事を言うな」

 

「―――」

 

 恭也が口にした名前にフェイトは心から驚いていた。

 それは何に対してだろうか?

 

「さて、今日はここまでにしよう。

 明日もここで待っている。

 明日で最後だ」

 

 カッ!

 

 リンディによる閃光魔法が発動する。

 

「おい!」

 

「まって!」

 

 恭也はその場から立ち去った。

 2人の制止の声を聞きながら。

 その言葉はまだ叶えてやる事はできぬと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日 昼 隠れ家

 

 昨晩のフェイトとの戦闘から一夜明けた昼。

 恭也とリンディは会議を開いていた。

 因みに場所は2階のリンディが使っている部屋だ。

 

「なるほど、私には]Vの共鳴の様な反応しか感知できませんでしたが、貴方がそう言うならそれが事実なのでしょう」

 

「俺には見えてリンディさんに見えないのは不思議ですが」

 

「それは恐らく貴方が2度もジュエルシードに直接触れているからなのだと思います」

 

「確かにそれはあるかもしれませんが」

 

 昨晩フェイトとの戦闘の中で見たもの。

 それについての話だ。

 どうやらリンディが得た情報より、恭也が得た情報の方が多かった。

 何故かは、まだ予測の段階の答えでしかない。

 

「ともあれ、これであの子のやろうとしている事がハッキリしました」

 

「そうですね。

 そして、俺達がやるべき事も定まった」

 

「ええ。

 それにしても、あの子は一体何処で……」

 

 それはエイミィからの報告を聞いたときに大体予想はついていた事だ。

 しかし、あの時点では予想していなかった事があった。

 それはこの事件に於いて、なのはにとって最大の試練となる事だ。

 

「まあ、それは終わったら直接聞きましょう」

 

「そうですね。

 では、とりあえず今夜も」

 

「はい。

 今でも十分フェイトは強いですが、今のなのはと戦うとなれば、もう少しやっておいても良いでしょう。

 それに、どちらにしろジュエルシードを勝ち取ってもらわねばならない」

 

「ええ」

 

「ではリンディさんは休んでいてください。

 俺は見回りに行ってきます」

 

「はい」

 

 昨晩、リンディはジュエルシードを制御しながら遠距離魔法を使った。

 その影響でかなり疲労し、一晩睡眠をとった後でもまだ魔力は全快していない。

 今夜のフェイトとの戦いは遠距離魔法は使わないが、しかしそれ以上に困難なジュエルシードの制御をするかもしれないのだ。

 その為のデバイスの調整の仕事もあるし、今はよく休んでもらわねばならない。

 

 恭也の疲労は肉体的なものなので、フィジカルヒールと今までの睡眠で十分回復している。

 だから恭也はジュエルシードの動向のチェックに出る。

 今夜の戦いに支障が無い様に。

 

「ところで恭也さん、左目は大丈夫ですか?」

 

 恭也が部屋を出ようとしたところで、問いかけてくるリンディ。

 山篭り中も含め、ここ最近恭也とリンディは99%シンクロをしていない。

 昨晩に至っては5%程しか共有せずに戦ったのだ。

 デバイスも殆ど完成し、ジュエルシードの制御をリンディが担当しているからだ。

 

 だから、もうリンディは恭也の現状を完全に把握している訳ではなかった。

 

「大丈夫ですよ」

 

 恭也はただそう答えて部屋を出る。

 白と黒という色すら失った左目でリンディの悲しげな瞳を見ながら。

 

 

 

 

 

 それから恭也は1階に降り、玄関に向かう。

 と、そこで風呂場から出る人の気配がある。

 

「恭也、出るの?」

 

「ああ」

 

 普段はポニーテイルにしている髪を下ろした、風呂上りの女性が立っていた。 

 仕事場では凛としている女性であるが、今は年相応の可愛らしい姿だ。

 

「ところで恭也、上に居る女の人の事は話してもらえないの?」

 

 と、いきなりそんな事を問われる。

 

「何故、女性と?」

 

 人が居る、と言うのは『無視しろ』と言っている以上は『居る』と言っているのと同じで、当然解る事。

 だが、リンディに関する情報はそれこそ性別すら話していないのだ。

 

「落ちている翠色の長い髪、消費されているトリートメント、匂い、その他もろもろ。

 最後に私のカン」

 

「まあ、君に隠し通すのは無理だとは思っていたが―――」

 

 こちらからの問の答えは何処か責めている様な―――いや拗ねている様な声で返ってきた。

 秘密なのがそんなに気に入らなかったのだろうか、などと考える恭也。

 

「兎も角話せない。

 話すどころか、最悪俺も全て忘れなければならないからな」

 

「……そう」

 

 恭也の答えに複雑そうな女性。

 何故そんな顔をするのかまでは恭也には解らない。

 

「恭也、後―――あら?

 恭也、目―――」

 

 女性は恭也の目を見る。

 その碧眼で、恭也の左目を―――

 

「ん? なんだ?」

 

 問われたその瞬間、恭也は1度瞬きをした。

 

「あれ? いや、なんでもない」

 

 女性がもう1度恭也の左目を見た時、先ほど感じたのだろう違和感はなくなっていた。

 違和感とて何がどう、と言うほどのものではなかったのだ。

 だから、女性は気のせいだとして、忘れる事にした。

 

「で、話は?」

 

「ああ、いや、今度で良い。

 今度ゆっくり話す時間があれば」

 

「ああ、空けておくよ」

 

 それから女性と別れ、恭也は隠れ家を出た。

 

 暫く歩いてから、恭也は首から下げている宝玉を取り出す。

 リンディが休んでいる間はこちらで持つ事にしたデバイス。

 

(偽装スキン―――やはりリンディには世話を掛ける)

 

 目の事を疑われた時、デバイスが偽装スキンを展開した。

 瞬きの一瞬の間にだ。

 

 既に用意されていたのだ、恭也の左目の事を考えて。

 いつから用意されていたのかは解らない。

 だが、少なくともリンディは近々こうなると解っていたのだろう。

 

 シンクロしていた頃から、もう遠くない先でこうなる事を―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 某所

 

 とある高層マンションの最上階の一室。

 広間のソファーに座り、互いの状態をチェックする少女と使い魔。

 

「大丈夫だね」

 

「ああ。

 フェイトも、痣とか残らなくて良かったよ」

 

「そうだね……」

 

 昨晩の戦闘の後、拠点であるここに戻ってから1度治療はした。

 だが、その時から思っていたことは、互いに損傷らしい損傷が無い事だ。

 そもそも初日から攻撃らしい攻撃は受けなかった。

 2人が防御と回避をしているからだとも言えるが、それでもあの男を相手に殆ど無傷なのは何故なのか。

 

「首も本当に上手く手加減された」

 

「あの時はそうは見えなかったんだけどね」

 

 自らの首に触れる少女、フェイト。

 絞め殺されないギリギリの強さで絞められて居た筈なのだが、その痕が全く残っていないのだ。

 

「遊んでいたのは事実だろうけど。

 ホント、一体何が目的なのやら」

 

「そうだね」

 

 解らない、最初から何もかもが解らないのだ。

 一体あの男が何の為に動いているのか、どうして戦っているのか。

 一切の事がフェイトには解らない。

 

「本当に、何で―――」

 

 自分がどうしてこんなにあの男を気にしているのかも、フェイトには解らなかった。

 ただ、

 

「それでも私はあの男からジュエルシードを取り返さなければならない」

 

「うん、解ってるよ」

 

 戦わなければならない。

 例え望まなくとも、あの男がジュエルシードを手にしている限り。

 それが、少女にとって大切な事だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深夜 街外れ

 

 今夜もフェイトとアルフはこの場所に来ていた。

 今日で3日目。

 昨晩の男の言葉から最後の挑戦となるだろう。

 2人は今日ここであの男に勝たねばならない。

 

「いくよ、アルフ」

 

「ああ、いいよ、フェイト」

 

 結界の前に立ち、2人は並んで境界に手を伸ばす。

 自分よりも強いと解っている相手が待つ場所へと。

 自らの意思をもって、戦いの場へと。

 

 ヴワンッ!

 

 翠の境界を抜けて入った世界。

 偽りの世界にして狭間の世界である場。

 その中央にソレは居た。

 

「臆さずに来たか」

 

 その者、漆黒の衣服を身に着け、闇のマントを纏う。

 黒の宝玉を首から下げ、瞳を仮面で隠し、口元だけで笑う男。

 

「「―――っ!」」

 

 違う―――

 2人はそう感じた。

 今日のこの男は今までとはまるで違うと。

 

 纏うバリアジャケットも、持っているデバイスも同じだ。

 普段と違うところがあるとすれば、その手に持つ武器―――

 

 男が今日持っている武器は2本の長剣。

 恐らくジュエルシードYと]Xで形成されているだろう闇の長剣だ。

 それはジュエルシード特有の気配が無く、その存在全てが『闇』で構成されている事以外は普通の両刃の長剣と言える。

 何故か確信的に解るが、なんら特殊能力を持たないただの長剣なのだ。

 ジュエルシードを使っているのは単純にそれがこのゲームの景品という位置づけだからに過ぎない。

 

 そう、ただそれだけで、ジュエルシードが中にあるだけの長剣を両手に1本ずつ持っている。

 それだけのなに―――

 

(そうか、今まではそう言う意味でも手加減をしていたんだ)

 

 フェイトは気付いた。

 この武器がこの男の本来の武装に最も近いものなのだと。

 棍や鞭、杖など、本来この男が使う武器ではないのだろう。

 棍は兎も角、鞭や杖など近距離主体であるこの男からすれば論外の武器だった筈。

 だからこそ昨日はこの男の本気の速さを出させる事ができた。

 初日、素手である時は触れる事すらできなかったのにだ。

 

 そう、その武器の特殊能力故に見失いかけたが、鞭、杖を持つ時よりも素手の時の方が強かったのだ。

 使い慣れぬモノを持つより、何も持たずに己の身体だけの方が。

 つまりは、この男が本当に技術を持った実力者であるという事。

 

 そして今、余計な機能を省き、己の極めた武器に限りなく近い得物を持つこの男は今までの比ではなく強い。

 それに―――

 

「いくぞ」

 

 スゥ

 

 言葉と共に戦いが開始される。

 同時に男が動く。

 

(え?)

 

 その動きはゆっくりで、まっすぐ自分達の方へ歩いてくる。

 正確には並んで立っているアルフの方へだ。

 

 しかし、対応しようとする自分の身体は酷く重い。

 

(これは―――)

 

 違う、重いのではない、遅いのだ。

 まるで自分達の時間だけが遅くなった様な感覚と共に男が迫る。

 それも錯覚。

 これは―――男の動きが速すぎるのだ。

 

 ヒュッ!

 

 男が右の長剣を振り下ろす。

 何時振り上げたのかも解らなかった。

 

「あ……」

 

 キィィィンッ!

 

 アルフはシールドを展開した。

 唖然としながらも、しかし取るべき行動として。

 戦闘訓練をつんでいるからこそできる条件反射レベルの反応だ。

 

 だが、

 

 キンッ!

 

 振り下ろされた長剣の前に、アルフのシールドは真っ二つに割れ、直接触れていない筈のアルフのマントが破れて飛ぶ。

 決して弱くないアルフのシールドがまるで紙の様に斬り裂かれ、更に剣圧だけでバリアジャケットを破壊したのだ。

 そして、

 

 ブンッ!

 

 消え行くシールドの上に蹴りが来ていた。

 男の直蹴りだ。

 

 ドッ!

 

「ぐっ!」

 

 なんとか腕で防御するアルフだが、体重差と力の差で飛ばされてしまう。

 

「―――っ!」

 

 それをフェイトはスローモーションの映像を見るかの様にすぐ横で見ている。

 相手の動きがあまりに速く、目で追うだけで、身体が反応しない。

 

 だが、男は続けてフェイトに長剣を振り下ろした。

 

 ガキンッ!

 

「う……」

 

 フェイトはバルディッシュを両手で構えてそれを受ける。

 男の攻撃は速く、それだけで精一杯だった。

 だが更に、男はもう一方の手にもつ長剣で刺突の体勢を取っている。

 

「フォトンランサー!」

 

 キィンッ!

   ズダァンッ!

 

 咄嗟に放ったのはフォトンランサー。

 一発だけの威力など考えない速射。

 フェイトと男の間に発生したそれは半ば暴走する形で発動し、

 

 カッ!

   ドォォォンッ!

 

 閃光と小さな爆発を起こした。

 フェイト自身にも少しダメージが、バリアジャケットが破れてしまうが、それを承知で起こしたのだ。

 

 ザァァッ!

 

 その隙にフェイトはブリッツアクションで大きく後退する。

 男も少し後退し、そこで改めて構えなおしてフェイトを見る。

 

「フェイト!」

 

 蹴り飛ばされたアルフと合流し、再度男と対峙する2人。

 

(強い―――)

 

 改めて思う。

 なんて強いのだろうか、と。

 

 今の攻防、全て合わせて時間にして2秒程だろう。

 この男は開始から秒にも満たぬ間に近づき、斬撃と蹴り、斬撃と刺突の攻撃を仕掛けてきた。

 その速度はフェイトが持つ加速魔法にして、フェイトの戦闘力の要であるブリッツアクションに迫る程の速度だ。

 確実にブリッツアクションより遅くとも、しかしブリッツアクションと違い、その速度の中で自由に動く事ができている。

 そして、それが―――

 

(この人の通常の戦闘速度。

 あの技を使わずに出せる速度でしかない)

 

 昨日目の前で見たあの全く見えなくなる程の速さではなかった。

 そう、これはあくまで通常の戦闘速度と言えるくらいの速さでしかない。

 フェイトが魔法で加速してやっと出せる速度に限りなく近い速度が、である。

 

 更に、これよりもまだ速い技を持っているのだ。

 しかも、それだけでは終わらない。

 

(斬撃はシールドなど紙の如く斬り裂き、バリアジャケットは生半可な攻撃は受け付けない。

 ただの斬撃で私のサイズスラッシュ並、防御力は私の全力防御以上がバリアジャケットとして常にそこにある)

 

 攻防速、全てに於いてフェイトを越えている。

 それも、ただの長剣で斬っているだけなのにあの攻撃力。

 シールドもバリアも張らずにあの防御力。

 アレだけ硬く、頑強なバリアジャケットを着けていながらあの速度。

 

 未だこの男の全力というのは見ていない。

 最早アルフも悪態すら吐けない。

 余計な言葉など出よう筈が無い、出す余裕など欠片も無い本当の実力者。

 

 大凡考える限り勝てぬ相手だろう。

 たとえ相手は1人で、こちらは2人コンビであってもだ。

 

 しかし―――

 

「アルフ―――勝つよ」

 

「勿論」

 

 それでもフェイトは迷わず行く。

 アルフもそんな主についてゆく。

 

 2人は同時に地を蹴る。

 笑う男へ向かって。

 己の信じている道を、この先へ進む為に。

 

 

 

 

 

『Arc Saber』

 

 ヒュンゥッ!

 

「はぁぁっ!」

 

 フェイトは距離を詰めながら縦回転のアークセイバーを放ち、アルフは両手両足に魔力を込めつつアークセイバーの横に並ぶ様に走って迫る。

 アークセイバーを放ったフェイトはそこから側面に回る。

 ブリッツアクションは使っていない。

 この状況で使うのは危険だと解っているのだ。

 

 タンッ!

 

 対し、恭也も前に出た。

 手にするのは魔力攻撃専用の長剣。

 ジュエルシードによって形を持った、恭也の技を全て魔力攻撃にしてくれるものだ。

 

 ヒュッ!

  

 まず正面から右手の長剣でアークセイバーを袈裟がけに斬る。

 強力な切れ味を誇るアークセイバーであるが、刃筋を少し外した角度から斬れば、こちらが斬られる事はない。

 だが両断はしても、即座に消えるわけではなく、惰性で暫くその場に存在する。

 先日の様に拳で砕いていないからだ。

 

「せぇっ!」

 

 ブンッ!

 

 そこへアルフが拳打を放つ。

 しかも片手を添えた形の拳打で、仮に左手の長剣を振るったとしても、片手で止めた上でもう一方の手で攻撃を続行するだろう。

 例え受けた手を切り落としたとしてもだ。

 

(良い覚悟だ。

 だが、そう簡単にはやられてやれんぞ)

 

 フッ!

 

 恭也はそこから今斬ったアークセイバーを支点に、270度回転して身体を捻る。

 そうする事でまだ消えきらぬアークセイバーを盾として背にする。

 そこで、

 

 ガキンッ!

 

 時間差付きで迫ってきていたフェイトと刃を交える。

 サイズフォームの光の刃と左手の長剣を。

 

 ギギギギ……

 

 体重でも腕力でも恭也の方が圧倒的に勝っている。

 だが、フェイトの武器はそのリーチが長く、更にここに到着するまでの全速を乗せている。

 恭也も身体を捻り、アークセイバーの側面に回りこむ移動の速度を乗せているが、それでも押し切る事ができない。

 そこへ、

 

「はああっ!」

 

 ブオンッ!

 

 背に力が迫ってきている。

 アルフが最早アークセイバーの残骸もろとも恭也の背を打ち抜く気なのだ。

 

Hells Rider』

 

 フッ!

 

 その瞬間、恭也はヘルズライダーを起動する。

 ここは地上であるが、しかしそんな事は関係ない。

 この魔法は最早恭也にとっていかなる場所をも駆け抜ける為の魔法。

 

 ダンッ!

 

 魔法によって構築された最良の足場を蹴り、恭也は自身が出し得る理論上の最高速を持ってその場から移動する。

 

 フッ!

 

 その移動、最早地面など関係なく、位置など関係なく、恭也がここと思う場所全てを足場として駆け行く。

 後には構築した足場の残骸が黒い羽が舞う様にして残るだけで、音すらない。

 この夜の闇の中では足場の残骸は視認しづらく、近接している今この場でこれだけの速度を出せば、完全に2人の視界から消える事ができる。

 

 ザッ!

 

 その速度を持って恭也はアルフの背に回った。

 この時点では、位置的に向かい合っているフェイトは兎も角、アルフは目の前から消えた、という事しか解らない筈。

 大きすぎるリンディの魔力を背負っている以上、移動には気付いているだろう。

 だが、アルフの攻撃の途中で消えた事になるので、すぐには対応できない筈だ。

 

 ヒュッ!

 

 そんなアルフに対し、恭也は右の長剣を振り上げた。

 そのタイミングで、

 

「アルフ!」

 

 フェイトが名を呼ぶ。

 見ればフェイトはデバイスを振りかぶっていた。

 その体勢は―――

 

 スッ!

 

 名を呼ばれたアルフはその場で伏せた。

 だが、それだけでは恭也の斬撃は避けきれない。

 しかし、

 

『Arc Saber』

 

 ヒュンゥッ!

 

 フェイトは横回転のアークセイバーを放った。

 アルフを挟んでいるだけで至近距離といえるこの位置からのアークセイバー。

 アークセイバーの威力が完全になる事はないが、斬撃攻撃の射程を延ばすという意味では有効だ。

 

 ヒュンッ!

   ザシュンッ!

 

 恭也はアルフに向ける筈だった斬撃をアークセイバーに向け、即座に斬り崩す。

 だがそこへ、

 

 ブンッ!

 

 足元で動く気配を感じる。

 誰の行動かと言えば、間違いなくアルフだろう。

 

 タンッ!

 

 仕方なく、その場から後退する恭也。

 下がって見てみればアルフは足払いをしていたらしい。

 そして足払いが外れたのが解ると、足払いという行動で回転している身体をそのままこちらに向ける。

 

 ダッ!

 

 そこから一気にダッシュするアルフ。

 その一瞬、アルフの背にフェイトが隠れ、視界から外れる。

 

(右か)

 

 だが、恭也の視界には恭也の右側に回り込もうとブリッツアクションで移動するフェイトを捉えていた。

 恭也に接近する為には使えないと判断し、外側を回っているのだがそのせいで視界で捉えられてしまう。

 尤も、半ばソレも覚悟の上なのかもしれない。

 

 そうして、ブリッツアクションで恭也のほぼ3時方向へ移動したフェイトと、真正面から向かってくるアルフ。

 同時攻撃が始まる。

 

「はぁぁっ!」

 

「せぇっ!」

 

 デバイスを振りかぶって突撃してくるフェイトと、魔力を込めた拳で振るってくるアルフ。

 2人は恭也の斬撃は防御できないと判断し、先ほどから半ば防御を捨てて攻撃してきている。

 だが、それは正しい事だろう。

 強い相手に防御に徹しても勝てるわけは無い。

 そして、相手が自分より速いのであれば尚更敵を捉え続け、攻撃して足を止めさせなければならない。 

 

 ヒュンッ!

 

 対し、恭也はまず先に到着するアルフに対し左の長剣を振り下ろす。

 この長剣は全ての攻撃が魔力攻撃になる為実際には斬れないが、拳を両断するつもりで攻撃する。

 だが、

 

 ガキィィンッ!

 

 アルフの拳と衝突し、巻き起こる魔力と魔力の炸裂。

 魔力攻撃化された恭也の斬撃とアルフが拳に込めていた魔力が互いに削り合っている。

 

(攻撃魔法を使っているところを見なかったが、なるほど拳だけでも十分戦えると言うわけか)

 

 アルフもデバイスを装備しているが、今まで使用してきたのはサポート系の魔法ばかりだった。

 だが、だからといって攻撃手段を持っていないという訳ではなかった様だ。

 元々フェイトの魔力であるアルフの魔力は圧縮性に優れ、単純拳打でも魔力を込めえれば十分な威力を誇る。

 実際受けてみなければ解らないと言える程、見た目よりも高い威力を持っているのだ。

 

(だが、面にしてある拳打では俺の斬撃は受けきれない)

 

 魔力攻撃に変換されるとはいえ斬撃の特性を持つそれは、アルフの拳打で止まってはいても完全にかき消されて訳ではない。

 押さえている様でいて、今も拳に対して魔力ダメージを与えている筈だ。

 物理攻撃であるなら、指の2,3本は落ちているくらいに。

 その魔力ダメージはアルフの手先の感覚を失わせる程のもので、通常の痛みとは違うが同等の警告信号が脳に送られているだろう。

 しかし、そんな魔力ダメージを受けてもアルフは怯む事なく突進し続けている。

 恭也が押されんばかりに。

 

(やはり、魔力ダメージの扱いは厄介だな。

 もう少し慣れる必要がある)

 

 相手を殺さずに倒すと言う事で魔力攻撃というのは有効なのだが、恭也ではそれが難しい。

 魔力ダメージ量を出すには魔力が必要で、恭也にはその魔力が無い。

 こうして斬撃を魔力ダメージ変換しても、魔力に対して『斬る』という行為があまり有効ではないのだ。

 フェイトのサイズフォーム程の斬撃範囲と光の刃に込められている圧縮魔力があれば話は別だが、恭也の細い斬撃ではダメージとしては確かにあってもどうしても一撃必殺とはいかない。

 恐らくこの斬撃を魔力ダメージに変換してくれる長剣を持っても、『薙旋』くらいを使わなければ相手を気絶に追い込めない。

 

 勿論一撃でも狙う場所次第だが、そうなると今度は殺してしまったり障害を残してしまったりすることになりかねないので、魔力攻撃にする意味自体が失われる。

 

(後々研究するとして、今は―――)

 

Hells Rider』

 

 キィンッ!

 

 足場を構築し、押されそうになっている今の状況を止める。

 相手がアルフでも、やはり体重や腕力では恭也の方が上だ。

 魔力で補っていたとしても、こうして足場を構築すれば押し合いで恭也が負ける事は無い。

 

「はぁっ!」

 

 ドッ!

 

 勢いを完全に止めたところで回し蹴りを放つ

 だが、

 

「何度もっ!」

 

 ガッ!

  

 空いていた手でその蹴りは止められてしまう。

 しかし、それも狙いの内だ。

 

 キィィンッ!

 

 恭也は足を掴まれたタイミングで足場を組み替える。

 そして、そこから軸足にしていた足でアルフを蹴り飛ばす。

 

 ドゴンッ!

 

「なっ!」

 

 掴んでいた足を軸にしただけではない、恭也に於いて全力の威力の蹴りが2発。

 流石に足を掴んだままでいる事はできず、アルフは飛ばされてしまう。

 

 タッ!

 

 更に、恭也は蹴りを放ち地面とほぼ平行になっている状態で身体の向きを反転する。

 そこに向かってくるのは、

 

「はぁぁっ!」

 

 ガキィンッ!

 

 フェイトの光の刃を右の長剣で止める。

 時間差攻撃のつもりだったのか、大きく外を回ったせいでここまでする時間ができた。

 今回のフェイト達の連携は失敗としか―――

 

(いや、狙いはそっちか)

 

 キィィンッ!

 

 よく見ればフェイトは左手だけでデバイスを振るっていた。

 そして、空いている右手には帯状の魔法陣が展開している。

 時間を掛けて移動をしていたのはその為。

 

「サンダースマッシャー!」

 

 ズダァァンッ!

 

 フェイトの右手から放たれるサンダースマッシャー。

 それも放ってすぐ、恭也に直接着弾させるのではなくこの至近距離で炸裂させようとしている。

 恭也がこの位置なら回避できないと判断したのだろう。

 更に自爆にならぬ様にブリッツアクションで後退もしている。

 

 だが、

 

Hells Rider』

 

 キィンッ!

 

 恭也はそこから足場を組みなおし、大きく左へ―――上空へと跳ぶ。

 ヘルズライダーは基本的に足元にしか足場を構築できないし、重力は等しく受ける。

 だが、構築する足場の角度次第で、例え地面と平行に立っていようと跳ぶことはできる。

 

 ズバァァァンッ!

 

 恭也が居た場所の手前で炸裂するサンダースマッシャー。

 直撃ではないが、それでも受けていたらバリアジャケットはかなり破損していた上に、電撃で一瞬行動不能になっていた可能性がある。

 

 タンッ

 

 一旦地上に降りる恭也。

 そしてまた改めて2人と対峙する。

 

(やはり、強いな)

 

 ついてしまっていた癖も抜け、覚悟を決めた2人は強い。

 フェイト単体でも恐らく魔導師ランクで言えばAAクラスはあるだろう。

 使い魔アルフが居る事を考えればAAAとも考えられる。

 

 そう、今でもこの2人は十分強い。

 だが、まだ伸びる事ができる。

 まだまだ強くなれる素質があるのだ。

 

(さて、しかしどうする?)

 

 恭也のヘルズライダーはかなり便利な魔法だ。

 まだ神速でこれを活かす事はできないが、通常の移動なら常に理想的な足場を構築する事で、最大速度が得られる。

 逆に言うとその時は最大限の脚力を使っている為、神速程ではないにしろ身体への負荷が大きい。

 その為、あまり長時間使い続ける事はできない。

 しかし、それを差し引いたとしてもこの高速移動は相手にとって厄介な筈だ。

 

 フェイトとアルフは2人でこれをどう攻略するか。

 

(今の2人には酷かもしれないが―――)

 

 タッ!

 

 そう考えている間に2人は動き出した。

 2人は恭也の両側へと回る。

 フェイトが右へ、アルフが左へ。

 

(さて、どう出るか―――)

 

 それぞれ恭也の視界の両端まで移動する2人。

 ほぼ等速で2人がほとんど恭也の両側まで―――

 

(む!)

 

 2人が恭也の左右に分かれて移動している中、突如アルフの姿が視界から消える。

 アルフが高速加速魔法を使った様子は無く、ただ視界からのみ消える。

 そう、気配も音もそこにあり、アルフはそこに居るのだ。

 

(これは―――)

 

 見えない。

 ステルスの可能性も考えるが、違う。

 これは単に―――

 

 ガキンッ!

 

 近づく気配と音だけを頼りに恭也は左の長剣を構えた。

 そこに衝突するのはアルフの拳。

 

「―――!?」

 

 振り向けばアルフの姿は普通にそこにある。

 そしてその顔に浮かべるのは驚愕という表情だ。

 

 それは恭也の防御のタイミングが遅すぎるという事に対して。

 恐らくフェイトも似たような感じだろうし、恭也も内面的には変わらない思いだ。

 

 左目の視界が狭くなっているなど―――

 

(いつからだ?)

 

 自分に問いかける。

 今の左目は色を完全に失い物の影だけを捉えるものになっていた。

 しかし、それ以外は正常に機能していた筈。

 だからこそ今日の戦闘にも差支えが無いと考えていた。

 

 なのに、この段階で初めて影を映す視界が狭くなっている事に気付いた。

 角度としては恐らく10度前後は狭くなっている。

 そのせいで同じ速度で左右に展開する2人の内、左を行くアルフだけが突然視界から消える様に見えたのだ。

 思えば、今日恭也の左端に移動されたのは今が初めてだ。

 だから、今突然なのか、戦闘の前からなっていたのかは解らない。

 

 少なくとも、この戦闘の中ではまだ神速は使っていない。

 目に異常が起きる様な事はしていない筈なのだ。

 

 しかし―――

 

(今まで気付かなかった―――

 もしかしたら徐々にそうなっていたのかもしれないな)

 

 如何に影しか捉えられなくなっていようと、突然視野角が狭くなったのなら、気付かないわけがない。

 ならば、それは意識しなければ気付かない程ゆっくりと起きた変化の積み重ねであったと考えられる。

 つまり、このまま進行すれば、いずれは―――

 

(解っていた事だ。

 だから、今は置いておこう)

 

 恭也は目の異常に対する思考を止める。

 そして、今はこの2人のことだけを考えるのだ。

 

「チェーンバインド!」

 

 ジャリィィンッ!

     ガキンッ!

 

 恐らく、2人の策は崩れた筈だ。

 恭也がアルフの攻撃に対してもっと違う回避手段を構想していた筈なのだから。

 しかし、だからといって何も出来なくなるわけではない。

 驚いていたせいでやや遅れたが、これはチャンスなのだ。

 アルフは即座にチェーンバインドを展開し、恭也の左手を絡め取った。

 

「はぁぁっ!」

 

 ヒュンッ!

 

 そして、そこに背からフェイトがサイズフォームの斬撃を振り下ろす。

 今のこの状況からは回避は不可能。

 だが、

 

 ガキンッ!

 

 恭也は背から迫る斬撃に長剣を頭上に構えて止めた。

 見えずとも、音と気配だけで大体の位置と斬撃方向は解る。

 それにアルフを巻き込まない事を考えればそもそも攻撃手段も限られてしまうのだ。

 

「ふっ!」

 

 ブンッ!

 

 だが、同時にアルフもチェーンバインドを片手で持ち、この至近距離で拳打を放ってくる。

 恭也はチェーンバインドで繋がれている左手と、頭上に掲げている右手は完全に塞がれている状態。

 顔にめがけて放たれている拳打を防ぐ手立ては無い。

 しかし、

 

 ガギンッ!

 

 だが、拳打は金属音によって止まった。

 

「かっ……たい……」

 

「一応フェイスガードだからな」

 

 アルフの拳を止めたのは仮面。

 素顔を隠す為が主な目的であるが、しかし同時に顔を護る為の防具でもある。

 それを利用して恭也は仮面でアルフの拳を受けたのだ。

 

 ピキッ!

 

 だが、流石にアルフの攻撃を防ぐには強度が弱い。

 いや、それ以前に1度なのはにヒビを入れられ、最後のあの魔法の衝撃で半壊までした仮面は再構築しても同じ強度を保てなかった。

 その上に今の防御によって仮面全体にヒビが入ってしまった。

 次軽い一撃でも受ければ今度こそ完全に砕けて散ってしまうだろう。

 

「はぁっ!」

 

 ドウンッ!

 

 アルフの拳が止まったところで、恭也はアルフに回し蹴りを放つ。

 当然同時にチェーンバインドも解除する。

 この仮面での防御の間に解除の為の魔力をチェーンバインドに叩き込んでおいたのだ。

 

「ぐっ!」

 

 今度は逆にアルフが両手を塞がれていたのでまともに蹴りを受けることになる。 

 自分から飛んで多少ダメージを緩和しているが、それでも腹部に直撃した蹴りで吹き飛んでしまう。

 

 ブンッ!

 

 恭也は更に、その回し蹴りの回転を止めず、止めている光の刃を弾きながら、フェイトへ右肘で回転肘打ちを放つ。

 

「フォトンランサー!」

 

 ズダァァンッ!

 

 しかし、フェイトも黙って待っている訳はなく、1発だけに力を込めたフォトンランサーが放たれる。

 

 カッ!

   ドゴォォンッ!

 

 閃光と小爆発。

 同時に恭也もフェイトもヘルズライダーとブリッツアクションで離れているが、恭也の方はほとんど攻撃を受けてしまっている。

 右肘からのバリアジャケットのジャケットの袖が無くなってしまっている。

 

 そうダメージにはならなくとも、有効な攻撃を受けた。

 バリアジャケットと、仮面が破壊された。

 これはあくまで恭也側が起こしたミスに起因した破損。

 しかしながら、予定外だったのはフェイト達とて同じ事。

 ならば、これは確かにフェイト達の実力に因るものだ。

 

(さて、どうするか)

 

 思わぬ突破口ができてしまっている。

 これを2人はどう活かすか。

 恭也は自分の目のことよりも、そちらの方が気になっていた。

 

 

 

 

 

 何度目か、改めて構え直すフェイトとアルフ。

 今思う事は先ほどの攻防。

 その中で起きた不可思議な出来事。

 

(彼が防御のタイミングを見誤った?)

 

 左右に分かれての攻撃をするつもりで、アルフの攻撃を迎撃するタイミングでフェイトが仕掛ける筈だった。

 だが、男はアルフの攻撃に対応するタイミングが遅れた。

 アルフの攻撃を直前まで見過ごしたのだ。

 

 その理由は解らない。

 だが、そのおかげでこの男に初めてダメージらしいダメージを与えることが出来た。

 仮面の半壊と、ジャケット右袖の破壊。

 

 もしなんらかの理由があるとしたら、そこが突破口になるかもしれない。

 だが、何故―――

 

(少なくとも、昨日まではそんな隙はなかった筈なのに)

 

 昨日と一昨日、それ以前までの男の防御と回避は完璧と言えるレベルで、隙は無かった。

 それが今日、アルフの一撃を半ば見過ごしてしまう程の隙を見せたのは何故なのか。

 

(それに、彼自身なにか不本意みたいな様子だったし)

 

 敢えて見せた隙という可能性は殆ど無い。

 それによって戦局が彼にとって有利になった訳でもないし、アルフの攻撃を受けた瞬間、何処か戸惑った様子があった。

 あの状況から考えて、どうしてアルフを見過ごしたか、原因は兎も角、その理由は恐らく―――

 

(兎も角、確かめてみないと)

 

 フェイトはアルフに合図を送る。

 自分が行って確かめると。

 少しでも可能性がある突破口を切り開く為に。

 

「はぁぁぁっ!」

 

 キィィィンッ!

 

 フェイトの意図に応え、10個のリングバインドを用意するアルフ。

 殆ど回避される事を前提とした連射の為だ。

 

「いけぇっ!」

 

 ヒュゥンッ!

 

 10個のリングを一斉に発射するアルフ。

 その速度は速く、並の魔導師なら1つ2つでも回避するのは難しい。

 だが、

 

「はっ!」

 

 ガキッ!

  キィンッ!

   

 男は更なる高速をもって回避しつつ、半分近いリングを斬って落としてしまう。

 この程度の数のリングバインドでは全く通用しないらしい。

 

 だが、その瞬間なら、

 

 フッ!

 

 フェイトはブリッツアクションである程度接近しつつ、相手が一足では届かない距離まで移動する。

 それは、この男相手ではブリッツアクション中に干渉してくる可能性があるからであり、もう1つは姿をわざとみせるという意味もある。

 

「はぁっ!」

 

 そこからフェイトは大きく跳び、デバイスを振りかぶる。

 完全に自分の背に隠す程の大振りだ。

 それを、左手1本だけで行う。

 そして、

 

 バッ!

 

 右手でマントを外し、投げつける。

 あわよくば、顔に絡ませて視界を完全に奪えれば良いと思っているが、それは期待しない。

 ただこの一瞬相手の視界を奪えればそれで良い。

 

 フッ!

 

 このタイミングでフェイトは右へ、男にとっては左へと飛ぶ。

 

 ヒュッ!

  ザシュッ!

 

 次の瞬間、マントが縦に両断される。

 男の放った右手の長剣による斬撃で、宙に浮く布が切断されたのだ。

 

 それはいいだろう。

 解っていた事だ。

 だが―――

 

 タッ!

   ヒュゥンッ!

 

 男からみて左側に着地したフェイトは振りかぶっていた大鎌を振るう。

 

「―――っ!」

 

 ヒュッ!

 

 それに対し、男の反応はやはり遅れた。

 いや、そもそもフェイトが左側に来ている事くらい、この男なら見切れた筈だ。

 なのに、フェイトが攻撃を始めた段階になってやっと気付き、更に振り向いてようやくフェイトを認識する。

 

 ガキンッ!

 

 ギリギリで闇の刃に止められる光の刃。

 ギリギリである為、魔力の衝突の余波が互いのバリアジャケットに傷を付ける。

 

 男の反応はやはり反応が遅れたが、攻撃は届かないという結果に終わった。

 しかし、これでハッキリした。

 

 フッ!

 

 フェイトはブリッツアクションで後退して距離をとる。

 そうしてアルフと合流し、男と向き合い、問う。

 

「―――左目、どうしたのですか?」

 

 今の攻防で解った。

 男は左目が見えていない。

 昨日までは見えていたはずだが、今日になって見えなくなっているのだ。

 それが何故かは解らない。

 それも男はこの戦闘が始まるまで、見えなくなっている事を自覚していなかった可能性すらある。

 

「お前には関係の無い事だ」

 

 素っ気無く返す男。

 

 そう、実際関係無い事だ。

 寧ろフェイト達にとっては好都合な事。

 だけど―――

 

「そうですね」

 

 そう言って再び杖を構えるフェイト。

 そして、目的を思い出す。

 この男からジュエルシードを取り返さなければいけないという目的を。

 

 だから、今は―――

 

 

 

 

 

 フェイトに左目の事が知れてしまいながらも、しかし変わらずに構える恭也。

 次の攻撃、フェイトはこの左側の死角を利用してくるだろう。

 最後の一撃として。

 

 そう、次で最後だ。

 恭也とて、いくら死角が増えたと言っても同じ様な攻撃を何度も受ける気はない。

 それはフェイトも解っており、先ほど確かめる為にした攻撃の代償は高いと言う事も自覚している。

 だからこそ最後なのだ。

 

 他に突破口の無いフェイトは今見つけたこれに全力を掛けるだろう。

 

(簡単にはやられてやらんが、さて俺もどうしたものか)

 

 左目の視界はもうほとんど無いものとして考えた方が良いだろう。

 何せ右目でカバーできる範囲とさして変わらなくなってしまっているのだから。

 その為、左側に回られると視覚では捉えられず、気配と魔力だけで判断するか、振り向かなければならない。

 1人なら振り向けば済む話だが、相手は2人。

 フェイトとアルフはそれを上手く利用してくるだろう。

 

(俺としても、今後の為に対策を練らないとな)

 

 最早この左目は治る事はないだろう。

 ならば、この先戦い続ける為に、恭也はフェイト達に簡単に負ける訳にはいかない。

 

(さて、試し合おう)

 

 視覚での情報抜きで恭也が読みきれるか、フェイトが死角を上手く使うか。

 その勝負だ。

 

 キィィンッ!

 

 魔力の収束音が場に響く。

 恭也も足場を構築し、フェイトも魔法をチャージし、アルフも同様に魔法の準備をしている。

 

 そして、最後の一撃が始まる。

 

「いけぇ!」

 

 ヒュゥンッ!

 

 アルフが放ったのは10発のリングバインド。

 更に同時に、

 

『Thunder Smasher』

 

 ザバァァァァンッ!!

 

 フェイトはサンダースマッシャーを放つ。

 だが、それは恭也を狙っておらず、恭也の目の前で着弾する。

 

 ズダァァァンッ!

 

 巻き起こる閃光と爆発。

 この閃光と魔力の炸裂中に攻撃を仕掛けてくるつもりだろう。

 

 ヒュゥンッ!

 

 まず来るのは時間差で到着するリングバインド。

 しかし、こちらからフェイト達を知覚できない様に、相手からも恭也は見えていない。

 更には昨日使った時よりも更に炸裂の為だけに力が織り込まれている為、魔力による位置探知も難しくなっている。

 今回恭也はジュエルシードで長剣を構築していても、その気配は殆ど表に出ておらず、それによる位置特定もできない筈だ。

 それ故にリングバインドも、大体恭也が居た位置に放たれているだけで、回避は容易に行える。

 

 ザッ!

 

 一足跳び、全てのリングバインドの軌道から外れる。

 これで1度閃光が晴れるまではフェイト達も位置が解らず攻撃できない筈―――

 

「む?」

 

 カァァァ!

 

 だが、サンダースマッシャーの閃光はまだ続いている。

 恐らくそう魔力の炸裂具合と共に調整したのだろうが、これではフェイト達の視界も奪われている筈なのに―――

 

 タッ!

 

 しかし、近づく気配がある。

 正確にこちらを。

 

(これは、アルフか!)

 

 近づいてきているのは解る。

 だが敵は見えず、気配も曖昧だ。

 

「左か!」

 

 相手は死角を突いてくる。

 いくら閃光が止まぬとはいえ、弱まりつつある今なら自分の周囲くらいは見えている。

 そのタイミングで仕掛けてくるというなら、見えぬ場所からの攻撃の筈。

 背後だけは無いと音と気配で解るので、あとは左、見えぬ目の方向を振り向く。

 

(居ない?

 ―――いや!)

 

「ガゥッ!」

 

 ガッ!

 

「―――っ!」

 

 左足に痛みが走る。

 バリアジャケットを貫き、牙が肉に食い込んでいるのだ。

 

(そうか、獣の状態なら、視界がなくとも位置を特定する手段はあるか)

 

 アルフは獣に変身し、その嗅覚をもって恭也の位置を割り出し、獣の形態を生かした超低空接近によって恭也に奇襲を掛けたのだ。

 恭也が左だけでなく下なのだと気付いた時には既に遅く、回避する事ができなくなっていた。

 

(これで俺は暫く動けない。

 それにフェイトならアルフの位置は特定できると言う訳か)

 

 そう考えている間にもう1つ気配が近づく。

 大きな魔力と共に。

 方向は恭也の左側、死角の方向だ。

 

 死角から迫るだけあり、振り向かねば見えない。

 だが、

 

「そんな魔力を使っていたら!」

 

 恐らくフェイトはサイズスラッシュを放ってくる筈。

 昨晩の用にわざと軌道を読ませている気配は無く、ブリッツアクションで真っ直ぐに突っ込んでくる。

 その魔力を感じ恭也は位置を特定し、左の長剣を振り上げる。

 

 ガキンッ!

 

 光の刃を闇の刃が衝突する。 

 相手の刃筋は外し、決してこちらが斬られぬように。

 これで、後は右の長剣で反撃の放てばフェイトの攻撃は失敗と―――

 

「―――なに!」

 

 攻撃の為に振り向いた先、光の刃を止めた先にフェイトは居なかった。

 ただバルディッシュがそこにあるだけだった。

 

(なるほど……)

 

 恭也は悟った。

 同時に背後に気配が出現する。

 大きな魔力と共に。

 

 改めてそちらを振り向けばフェイトがいる。

 バルディッシュを投げつけて囮にし、ブリッツアクションで回り込んだフェイトが。

 そして、その手には、

 

「―――」

 

 ガシッ!

 

 フェイトは恭也の右手を掴んだ。

 狙いはその手の中のジュエルシード。

 いや―――それだけではない。

 

 キィィィンッ!

 

 フェイトの魔力に呼応するものが2つ。

 アルフとバルディッシュだ。

 バルディッシュに入力済みの魔力と、元々フェイトの魔力であるアルフの魔力がここで合わさり、そして―――

 

「封印っ!!」

 

 ズバァァァァァンッ!!

 

 浄化封印が成される。

 恭也の左手側にあるバルディッシュとフェイトから、その下にいるアルフの魔力を合わせて。

 

 光が恭也を包み、両手にある力が輝きの中に溶けてゆく。

 

『Sealing』

 

 キィンッ!

 

 恭也とリンディで制御していたジュエルシードの力は完全に失われ、改めてYと]Xの白い文字が浮かぶ。

 更に恭也の手から離れてゆく2つのジュエルシード。

 

『Captured』

 

 すかさずバルディッシュは2つのジュエルシードを回収し、更に主の手に戻る。

 

 ザッ!

 

 バルディッシュを手に戻すと、フェイトとアルフは1度恭也から離れた。

 そう、まだ敵はこうして健在なのだから。

 

 しかし、2人は今までの戦闘と2つのジュエルシードを封印した事で疲弊している。

 魔力もう殆ど残っていないだろう。

 それに、フェイトは最後にブリッツアクションの3連続使用した上で間髪入れずに封印魔法を使っている。

 その影響で息を切らし、整えられずにいる。

 

「フェイト、アルフ」

 

 恭也は2人の名を呼んだ。

 武器は失われているが、しかしまだ戦える恭也が。

 砕けかけた仮面越しに笑みを浮かべながら。

 ここに2人に告げる。

 

「お前達の勝ちだ」

 

 バキィィンッ!

 

 仮面が砕ける。

 2人に素顔が晒される。

 今心から笑みを浮かべている素顔が。

 

 フッ……

 

 しかし、同時に2人は倒れていた。

 魔力枯渇と魔法の連発、特にブリッツアクション3連発による衝撃によって気絶。

 顔を見られたかは定かではないが、恭也はそんな2人を抱きとめた。

 

 

 

 

 

「ん……」

 

 フェイトは目を覚ました。

 だが、直ぐには起き上がる事はできず、そもそもなんで眠っていたのかが思い出せない。

 空を見上げれば歪な光が見える。

 肌に掛かる感触から、何かが掛かっているのが解る。

 背には暖かく柔らもの―――これは毛皮―――アルフのものだ。

 

 今自分はアルフを背にして眠っていたらしい。

 こんな歪な光しかない結界の中で―――

 

「―――っ!」

 

 バッ!

   

 やっと意識がハッキリした。

 フェイトは戦闘の後で気絶したのだ。

 立ち上がり、周囲を見渡す。

 まだ健在だった敵を、更に自分今置かれている状況を確かめる為に。

 

「起きたか」

 

 敵はすぐ傍にいた。

 フェイト達に背を向けて立っている。

 少しだけ振り向いてみせる顔には仮面がある。

 フェイトの最後の記憶では、砕け散った筈の仮面だ。

 尤も、バリアジャケットの一部であるなら再構築もできるだろう。

 

 しかし、最後に見た仮面の下の顔は―――

 

 いや、それよりも今自分は、と自分の身体を見る。

 自分の姿を確かめると、見知らぬ大きなジャケットを着て、マントが掛けられていた。

 ジャケットにしてもマントにしても自分の物ではない。

 その下はいつものバリアジャケットで、バルディッシュも手元にある。

 

「ああそのジャケットか?

 お前のバリアジャケットが衣服としての機能を失っていたからな」

 

「……?」

 

 静かに告げる男の言葉の意味が解らず、ジャケットの下を見てみる。

 すると、先ほどの戦闘で傷ついたままのバリアジャケットがそこにある。

 なんども0距離で魔法を発動したせいで、男の言うとおり穴だらけで『衣服』としての機能を失っていた。

 

「あ……」

 

 ソレを確認して、フェイトは改めてジャケットの前を閉じて、顔を赤らめる。

 戦いの中で仕方なかったとはいえ、見られたことに羞恥を感じているのだ。

 

 だが、と同時に思う。

 この男はわざわざ気を失った自分にこんなものを着せると言う事は、それは自分を女性として扱っているが故の気遣いであると。

 

「……どうして?」

 

「ん? 何がだ?」

 

 フェイトの疑問の声に、どれに対してなのかと逆に聞き返してくる男。

 考えれてみれば確かにいろいろと疑問がある。

 なぜ今自分は無事なのか、それにバルディッシュの中のジュエルシードも奪われていない。

 それに、わざわざ起きるまで待っていてくれた。

 それは一体どうして―――

 

「アルフ」

 

「……ん? ……はっ!」

 

 バッ!

 

 兎も角フェイトはアルフを起こして、2人並び警戒しつつ男と向かいあった。

 だが、

 

「起きたなら行くといい」

 

 男に戦闘の意思は無かった。

 2人が立ち上がっても背を向けたまま立っている。

 

「どうして―――私達と戦ったの?」

 

 ここは撤退するべきだ。

 そう解っている。

 だが、その前にフェイトは疑問を1つだけ口にした。

 

「さてな。

 単にお前みたいな可愛い少女をいたぶるのが趣味なだけかもしれないな」

 

 それに対し、男は口元だけに笑みを浮かべながら応えた。

 嘘だと明らかな答えを。

 

 そう、嘘だと解る。

 フェイトも、アルフも。

 だからアルフも何も言わない。

 

「貴方は―――」

 

 何が言いたかったのか、口を開いてからフェイトは迷っていた。

 何かを告げたいと思いながら、その言葉が見つからない。

 だから、仕方なくこの場を離れる準備をしながら言い残す。

 

「貴方が、本当にそんな人だったら良かったのに」

 

 この言葉を口にした時、自分はどんな顔をしていたのか。

 フェイトは解らないまま、アルフと共にその場を離れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 某所

 

 拠点であるマンションまで帰りついたフェイトとアルフ。

 いつもなら誰も居ないこの部屋に、今日は2人を待っている者が居た。

 

「あの男から2つ取り戻したのね」

 

 明かりも点けずに部屋の中央で立っていたのは紅の女性。

 フェイトのマスターである女性だ。

 

「お前、今まで何処に―――」

 

「はい、Yと]Xを」

 

 アルフの言葉を止め、主に事の次第を報告するフェイト。

 ただ事実だけを。

 

「そう」

 

 女性はフェイトの報告に対しなんら感情の動きをみせない。

 そして、続けて告げた。

 

「あの小娘が持っている7つと、あの男が持っている1つ。

 全て合わせ、のジュエルシードは残り後2つ」

 

 紅の女性が告げる言葉の中にはフェイトとアルフの知らない事実が含まれていた。

 何故、この人はジュエルシードの所持数を断言できるのだろうか。

 

「……」

 

 フェイトは思い出すが、やはり数が合わない。

 

 フェイトが持っているのはU、W、Y、]、]U、]W、]X、][の8つ。

 更にあの男がまだ最低1つのジュエルシードを持っている事は知っている。

 番号は]Vであろう。

 だが、あの子が持っている数は確か5つで、女性が言った数の方が多い。

 それに、例えあの子が持っているのは7つだとして、今紅の女性が持っている\を合わせても17個にしかならない筈。

 

 そして、ジュエルシードの総数は21。

 残り2つなら発見済みは19個にならなければならず、2つ、足りない。

 

「男が持っている1つは最後でいい。

 不明のジュエルシードは後2つ。

 次のジュエルシードが出た時にあの小娘から全てのジュエルシードを回収なさい」

 

「了解しました」

 

 だが、そんな事は少女にはどうでもよかった。

 ただ与えられて命令を確実にこなす。

 それが少女の選んだ道だから。

 

「……」

 

 その横で己の使い魔が心配そうに見ているのは知っている。

 だけど、もう決めた事だから。

 それに―――

 

「ところで、その服はなに?」

 

 女性はここで始めてフェイトが着ているジャケットを指摘する。

 あの男に着せてもらい、そのまま着て帰ってきてしまったものだ。

 

「……色仕掛けで奪いました」

 

 なんと報告したものかと迷った末にそう応えた。

 嘘ではないが、真実とも少し違う答え。

 だが、

 

「そう。

 なら、最後の1つを取り戻す時は、もう少しソレを狙える様にしておきましょう。

 どの道あの男の攻撃に対して防御は意味を成さないのなら、デザインだけを考えればいい」

 

 何の感情もみせず、淡々とそう呟いてまた闇の中に消える主。

 

 それに、そう―――どの道少女は成長もしなければ女性としての機能もない。

 たとえ彼が自分を女性として扱ってくれたところで、それに応える事はできない。

 だから、こんな感情持っているだけ無駄なのだ。

 そして、今あるものは全て利用して成果を上げなければならない。

 自分はただ、この道を行ければそれだけで―――

 

 空を見渡すフェイト。

 夜の闇は深く、今宵は曇って月も星も見ることはできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深夜 某所

 

 とある高層マンションの屋上。

 そこに立つ3つの影。

 黒の青年と翠の女性、そして紅の少女だ。

 

「終わったのね」

 

「ああ」

 

 紅の少女に応えるのは黒の青年。

 ただ静かに、簡潔に応えた。

 しかし何処か満足そうに。

 

「それと、後何をするかも解っているんでしょう?」

 

「ええ」

 

 次の紅の少女の問に答えたのは翠の女性。

 ただ静かに、しかし優しげな声で。

 

「ではもう話し合う事もないでしょう。

 後は次のジュエルシードが発動する場で」

 

「そうね」

 

 そう、今話し合うべき事はもうない。

 後は最後の戦いがあり、会話はその後でいいのだ。

 

 だから、ここからは少し関係のない話。

 その全ての先に少し関係のあること。

 

「ところで、あの子に何をしたの?」

 

 紅の少女は問う。 

 黒の青年に対して。

 翠の女性が居る限り間違いはないと思ってはいても、少し聞いておきたかったのだ。

 

「戦闘の中で衣服が破れるなど仕方の無い事だ」

 

「そう……」

 

 大凡予想していた通りの答え。

 だから、紅の少女はもう1つ言っておく事がある。

 

「貴方は、あまりあの子に嫌われたらダメよ」

 

「お前がそれを言うか?」

 

「私だから言うのよ」

 

 黒の青年とは別次元でソレをしている筈の紅の少女。

 暫く沈黙の中で互いを見詰め合う。

 しかし、その沈黙は意外な形で破られる。

 

「ところで貴方、どんな服が好み? 見る側として」

 

 少女は突然そんな事を青年に問うた。

 話を逸らしたとも思える唐突な問で、しかし決してふざけている訳ではない問いかけ。

 

「その者に似合っているならなんでも。

 特にこだわりはない。

 まあ、しいて言うなら露出が過ぎるものは好みではない」

 

 センスに自信がなく、しかし衣服としての機能を果たしていない物は衣服ではないと考えている青年はただそれだけ答える。

 少女が一体何の為にこんな事を聞いているのかを大凡見当をつけながら。

 しかし、他意の無い正直な答えだ。

 

「そ、解ったわ。

 ……まあ、でも私にはもうどうする事もできないのだけどね」

 

 青年の答えに満足した少女。

 しかしそう言い、背を向けながら見せる顔は悲しげだった。 

 そう、例えその答えを聞いたところで、少女にはそれを生かす事はできないのだ。

 

 だが、

 

「お前の計画は失敗するぞ」

 

 青年はそんな少女に告げる。

 紅の少女がやろうとしている事全てを解った上で、予言の様に告げるのだ。

 

「貴方がそうすると?」

 

 計画、というのがどの部分か言わなくとも解る。

 だが、何故そんな事を言うのかは解らなかった。

 何故なら、この紅の少女と黒の青年は―――

 

「いや、俺は何もしない。

 ただ、お前はあの子達を少し甘く見すぎている。

 それだけだ」

 

 黒の青年はそう力強く告げる。

 何の疑いも無く、真実をありのまま伝えただけだと。

 

「そう。

 まあいいわ、そうなったそうなったで。

 期待せずに待っているわ」

 

 最後にそう言い残して紅の少女はその場を去った。

 最後に少しだけ笑みを浮かべて。

 そう、紅の少女も黒の青年と同じだから。

 だから、男が言うように、本当にそうなればと想いつつ、その場を後にする。

 もう戻れない道を、振り返る事なく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日 深夜 街外れ

 

 あくる日、ジュエルシードの所持者の1人が不審な行動をとり始めた。

 そして、その日の深夜それは起こった。

 

 夢遊病の様に街外れまで歩いて移動したのは幼い少女だ。

 残るジュエルシードの内の1つの所持者であり、今まさに発動させようとしている者。

 

 キィィィンッ!

   ヴォウンッ!!

 

 しかし、少女がたどり着いた街外れの空き地に突如結界が展開した。

 翠の巨大で強力な結界が。

 動きを読んで先に構築しておいたのだ。

 数日前から準備していた特製の結界。

 その結界の目的の1つでもある通り、ジュエルシードの所持者は安全に隔離され、この中で力を展開するだろう。

 

「さて、準備は整いました」

 

「ええ」

 

 結界の展開が上手く行った事を外で確認する恭也とリンディ。

 今回の結界はその大きさも巨大である事が特徴だが、平和な世界と戦いの世界を分ける為以外の機能が備わっている。

 

 2人は戦闘準備も整えながら、しかしまだ分離しままで外で待つ。

 

「来たな」

 

「はい、なのはさん達ですね」

 

 2人―――いやあの紅の少女を含め3人で計画している事がある。

 だが、それよりもまず中のジュエルシードを封印しなければならない。

 そこへ到着したのはなのはと久遠とアリサ。

 しかし、途中なのはだけ別れ、別の角度から結界に侵入する。

 バスターの準備をしながら。

 

「問題なさそうですね」

 

「はい。

 ……フェイトさん達も着ましたね」

 

 少し遅れてフェイト達も到着し、結界の中に入る。

 そして、恐らくこれから2人の戦いが始まるだろう。

 

「一応俺が中で見てますよ」

 

「ええ、解りました」

 

 1人、結界の中に入る恭也。

 リンディは結界の外に残る。

 最早9割完成させたデバイスを持つ恭也にはリンディの魔法はほとんど必要ないのだ。

 だが、理由が無ければ分かれる意味も無い筈。

 

 そう、ちゃんとリンディが外に残るのには訳がある。

 

「……」

 

 上空を見上げるリンディ。

 そこには1人の少女が居る。

 紅い髪を靡かせながら、既に戦闘体勢を、深紅の装甲服のバリアジャケットを纏う紅の少女が。

 

(まったく、仕方のない子ね)

 

 感情を映さぬ瞳で結界の中の戦闘を眺める少女。

 それに対して、リンディは1人昔の事を思い出していた。

 

 暫くして、結界内のなのはとフェイトの戦闘が終わりを迎えようとしていた。

 互いの切り札を出し合って。

 

(そろそろね)

 

 リンディはそう判断し、結界の中へと入る。

 上空の紅の少女と同時に。

 

 

 

 

 

 ゴォォォォンッ……

 

 

 結界の中、2人の最大魔法が衝突し、魔力が炸裂している。

 

「……」

 

「……」

 

 その光が晴れた中に居るのはなのはとフェイト。

 2人ともバリアジャケットもデバイスもボロボロになりながらも立って前を見ていた。

 

 状況としては引き分けといって良いだろう。

 

「……」

 

「……」

 

 引き分けと言う結果でありながら、2人は戦いに満足したのか、笑みを浮かべる。

 それから、フェイトの方が口を開いた。

 

「お願い―――あの人を助けて」

 

 フェイトが口にしたのは助けを求める言葉。

 しかし、それは自分自身の事ではなく―――

 

 

 ズダァァァァァンッ!!

 

 

 その瞬間、紅の少女が動いた。

 クリムゾンブレイカーを持ってなのはとフェイトの間に割って入ったのだ。

 

「きゃぁっ!」

 

 爆風で吹き飛ばされかけるなのは。

 その中で、飛ばされる前に紅の少女に首を掴まれるフェイト。

 

「まったく……

 素人相手に引き分けるなんて、作り方を間違えた様だわ」

 

 紅の少女は感情を完全に消して淡々と告げる。

 

「ぐ……あ……」

 

 フェイトは現れた紅の少女に対して何かを言おうとしているが、しかしそれは許されない。

 今それを言葉にしたら全てが崩れかねないのだ。

 

「フェイト!」

 

 地上からは主を心配するアルフの声が響く。

 

「セレネ!」

 

 それと同時に、現れた紅の少女に対し非難の声も上がる。

 その声はアリサのものだ。

 そう、紅の少女、セレネ・フレアロードに対して。

 

「貴方、コレが欲しいみたいね。

 いいわよ、あげる。

 そう、もう要らないから貴方にあげるわ。

 でも―――」

 

 ドクンッ!

 

 セレネはそう告げながら制御を解いた。

 そこで現れるジュエルシードの気配。

 

 そう、解いたのだ、ジュエルシードの制御を。

 フェイトの内にあり、フェイトをフェイトとして形を保たせているジュエルシードの制御をだ。

 

「な……なに……」

 

「これ、ジュエルシード……でも……」

 

 今まで何も知らなかった者達が驚愕する。

 それもそうだろう、フェイトという存在自体にジュエルシードが使われていた事は恭也とリンディも最近知った事だ。

 

「アリサ、教えてあげるわ。

 人間の使い魔を作れた理由を。

 それはね―――ジュエルシードの力。

 そう、これはこんな使い方もできるのよ」

 

 キィィィンッ 

 

 完全にジュエルシードへのエネルギー供給をカットし、正常に機能しなくなるジュエルシード。

 フェイトの身体の上にまで文字が乱れて浮かぶ。

  

「ぁ……く……」

 

 フェイトは、その真実を今知った様だが、しかしそれ以上になにかセレネに伝えたい言葉があると見える。

 だが、それも叶わない。

 叶わせてやれないのだ、まだ。

 

 この段階になっても恭也は動かない。

 ただリンディと合流し、跳ぶ準備だけをする。

 手を出さないまま、全てが終わるまで見守るのだ。

 

「今まで私が制御していた訳だけど。

 もういいわ。

 このジュエルシードごとあげる。

 ま、形も残るか解らないけど」

 

 キィィィン……

 

 全ての感情を殺し、セレネは]Zとの繋がりを解いた。

 そして、

 

「フェイト!」

 

「あっ!」

 

 地上からアルフが、空からはなのはがフェイトに手を伸ばすが、しかし間に合わない。

 

(さて―――)

 

 そこで動き出す恭也。

 

Hells Rider』

 

 フッ!

 

 今無謀にもフェイトに向かった妹へと跳ぶ。

 

「さようなら」

 

 バッ

 

 セレネはフェイトから手を離す。

 最早言葉を発する事すらできなくなったフェイトを。

 セレネはただ地に落ち行くフェイトを静かに見続ける。

 何の感情も映さぬ瞳で。

 しかし――― 

 

 ィィン……

 

 オオオオオオオオオオンッ!!!

 

 闇が展開する。

 フェイトを中心にして闇が。

 最後の試練の時がここから始まる。

 

 タッ!

   バッ!

 

 闇が展開するなか、恭也はなのはを掴んだ。

 そして一気に闇から離れる為に跳ぶ。

 闇の展開は速く、周囲に不快な音も撒き散らしていた。

 

 しかしそんな中、恭也は声を聞いた気がした。

 

 さようなら、私のフェイト―――

 

 そんな小さな呟き。

 聞こえる筈の無い声。

 闇が深く満ちゆく中にこぼれた一滴の声を。

 

 

 

 

 

第11話へ

 

 

 

 

 

 後書き

 

 10話裏をおとどけしました〜

 今回はフェイト側の修行でした。

 別に恭也は師匠を気取る訳ではないのですが、必要と判断して苛めるのでした。

 実は修行の話はなのはと同じ話に入れる筈だったんですよ〜

 これが9話に入る筈だったんです。

 入れてたらアホ容量になったことか。

 

 まあ、それはともあれ、修行は恭也の大きな役割の1つでしたが、ここから本当の魅せ場ですよ〜

 暗躍ばっかで活躍の少ない恭也だけど、次はいろいろがんばります。

 

 尚、見えなくなってる左目ですが、単純な失明じゃ終わりませんよ?

 

 では次回もよろしくどうぞ〜。








管理人の感想


 T-SAKA氏に恭也編の第10話を投稿していただきました。

 フェイトの修行も9話に入ってたら、推敲に何日かかった事か……。

 まぁこの話もかなり時間かけて見てはいるのですけどね。



 いたいけな少女を怯えさせた恭也はマジ外道だと思いますがどうか。

 まぁ行動自体は分からなくもないのですがね。

 ……絶対必要な事だとは言いませんが。

 あの少女も少し無防備すぎですし、石田医師なんかは心配でしょうしね。

 原作知っている人はあの少女の名前はわかるでしょうけど、彼女はまた出てこられるのだろうか?


 恭也は、いよいよ肉体的にも限界が近づいてきたみたいですね。

 戦闘者の彼にとって視野が狭くなるのは死活問題だろうなぁ。

 今回は大丈夫でしたが、次の話以降で致命的な状態にならない事を祈ります。

 なのはを横から抱えてった恭也ですが、そろそろ正体バレかな?



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