闇の中のコタエ

第11話 答えを越えて

 

 

 

 

 

 闇が広がっていく。

 あの子を―――フェイトを中心にした闇が。

 その闇は全てを拒む様に、しかし全てを飲み込む様に形を成した。

 ジュエルシードは持ち主の強い想いを形にするもの。

 ならば、これから我等がやるべきことは―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タッ

 

 闇の拡大はすぐに収まり、半径約200mのドーム状になる。

 その闇のドームから少し離れた場所に、なのはを抱きかかえて闇の展開から逃れた恭也は、久遠、アリサと合流し、地上に降りた。

 

「なのは!」

 

 移動中になのはが気を失っている事に気付いていた久遠は心配そうになのはを見る。

 尚、バリアジャケットは移動中にレイジングハートがカットし、元々着ていた普通の服に戻っている。

 

「起こすな、せっかく寝ているのだ。

 後、アリサはこっちを直しておけ、必要になる」

 

 恭也はなのはを久遠に、なのはのレイジングハートをアリサに渡す。

 

「いいの? 直ぐに助けに行ったほういいと思うんだけど」

 

 レイジングハートを受け取りつつ反論するアリサ。

 その意見も尤もな事だ。

 何せ今、フェイトとアルフはジュエルシードが展開する闇に飲まれてしまった。

 ジュエルシードとてエネルギーを無から作り出す訳ではなく、使用者やそれこそこの世界中から集めて事象を起こしている。

 その為、時間を置けば置くほどにフェイトを助けられる確率は下がる筈だ。

 そもそも、いかに半分自立していると言われているフェイトでも、主との契約が切られたらどうなるか解ったものではない。

 

 だが、恭也は応える。

 

「少しの間なら大丈夫だ。

 その為の結界だからな」

 

 そう、そもそもこの結界、ジュエルシード]\の捕獲の為だけのものではない。

 フェイトの秘密、フェイトに埋め込まれていたジュエルシードに気付いた後でリンディが用意していた特別な結界。

 今展開している闇の対価をこちらから与え、フェイトへの負荷をなくし、更になのは達の回復を補助する力も備わっている。

 

「なのはは自然に目覚めるまで眠らせておけ。

 多少でも回復しなければこの闇は越えられん」

 

 睡眠による魔力の回復を促し、なのはにはもう一度戦ってもらわねばならない。

 その為の回復用の機能があり、気を失う形で眠ったなのはだが、今急激に魔力を回復させている。

 恐らくはなのは本人の意思もあって、通常在り得ない程に高速で。

 

「そう……貴方は知っていたのね?

 あの子の身体の事」

 

「ああ」

 

「でもどうするの?

 いくらこの結界の力で回復を早めても、なのはが全快するには数時間かかるわよ」

 

 アリサは言われてから結界を解析し、その構成を理解したのだろう。

 この結界はそう長く持つものでは無い事も。

 

 この結界はジュエルシードにエネルギーを与えるという無茶をしている。

 それだけでもリンディには高い負荷がかかり、長時間は展開できない。

 前々から準備していた分を差し引いても1時間程度が限界だろう。

 ならば、中に入って戦う時間を考えればなのはが休めるのはせいぜい30分。

 その程度では全快どころか10%程度しか回復できないだろう。

 

 普通に考えて、その程度しか回復できないとなれば、フェイトが持つジュエルシードが展開する闇との戦闘は無謀と言えよう。

 その程度の回復量ではジュエルシードの浄化封印など不可能だ。

 

 しかし、

 

「問題ない。

 多少は力が必要だが、なのはには敵を倒す程の『戦闘力』の回復までは要らない。

 戦闘をするとすればお前達の方だからな」

 

 恭也は2人に告げる。

 あの少女、フェイトを助ける為にやるべきこと、その欠片を。

 

「……そう、本当に全部知っているんだね。

 なら、なんでこうなる前に助けてあげなかったの?」

 

 問うて来たのは久遠だ。

 仮面に阻まれながらも、しかし恭也を真っ直ぐに見て、悲しげに尋ねてくる。

 それは今までの行動を考えても尚、恭也がフェイトを助けると断定してのものだ。

 

「……そうだな、俺達だけでも助ける事はできただろう」

 

 恭也は応える。

 自惚れではなく、実際フェイトを助ける事だけは可能だ。

 恭也とリンディなら、フェイトをジュエルシードに頼らずとも存在できる様にする事も可能だろう。

 既に2度も直接触れている恭也と、大魔導師であるリンディの力があればこその答え。

 

 しかし、と恭也は続けた。

 

「そう、俺では助ける事しかできない。

 ならば―――お前達も解るだろう?

 いや、お前達だからこそ、解っている筈だ」

 

 そう言ってなのはを見る。

 今は久遠の腕の中で眠りながら、しかし周囲から力を集め、回復しようとしているなのはを。

 

「……やっぱり貴方は―――」

 

 恭也の言葉となのはに向ける想い。

 それで確信する久遠とアリサ。

 だが、

 

「今は考えるな、2人とも。

 まだこの先も戦いが残っているのだから」

 

 答えに辿り着く前に、恭也は止めた。

 聡明で、強い感情はあっても冷静さを持つ2人だ。

 今の言葉で真意を理解し、最早恭也の―――仮面の男についてそれ以上推測を進めない。

 もう答えを持ってしまっているかもしれないが、それも封印してしまう。

 

(まったく、本当に良い子達だ)

 

 完璧だ、と恭也は考える。

 なのはと、この子達がこれから助けに向かうのだから。

 後は、恭也が恭也にしかできぬ事さえやりとげれば、何も心配する事はない。 

 

 

 

 

 

 それから約30分後

 

 バッ!

 

「わたしは―――」

 

 なのはが飛び起きえる。

 何か悪い夢から覚めた様に。

 しかし、そこで見るのは悪夢よりも性質の悪い現実だ。

 

「何で、止めたんですか?」

 

 久遠の腕から起き上がり、問うてくるなのは。

 恨めばいいのに、悲しみ以外の感情の無い言葉と瞳だ。

 

「何で? 簡単な事だ。

 あんな状態で手を伸ばしても届かず、それどころかお前まで取り込まれてしまうだけだったからな」

 

 素っ気無く答える恭也。

 それはなのは自身、理由は解っている筈だ。

 だからこそ30分間も回復に専念したのだから。

 

「それでも、わたしは―――」

 

 だが、感情では力が足りないと解っていてもあの闇に飛び込みたかったのだろう。

 悲しげに顔を伏せるなのは。

 しかし、次の瞬間には気持ちを切り替え、これから助けに行く事を考える、真っ直ぐな瞳に変わる。

 

「わたしはどれくらい眠っていたの?」

 

「30分くらい」

 

「そんなにっ!!」

 

 眠っていた時間を聞いて思わず叫んでしまうなのは。

 それは何故起こしてくれなかったのかという責めではなく、何故眠ってしまったのかという自分に対する言葉。

 

「心配ない、その為の結界だ」

 

 なのはの想いを聞き、内心で笑みを浮かべ、半分だけ振り向いて言う。

 そんな心配など無用であり、お前はこの後で全力を出せばいいのだと告げるのだ。

 

「知っていたんですか? こうなる事を」

 

「ああ」

 

「なら……ならどうして、あの子を助けてあげなかったの?」

 

 当然というべきか、なのはも久遠、アリサと同じ問いをぶつけてくる。

 しかし、そこに怒りや憎しみの様な感情はなく、純粋に悲しみだけが宿る言葉。

 問うなのは本人も本当は解っているのだろう。

 だから、恭也は応える言葉は―――

 

「その答えは、自ら確かめてくるがいい」

 

 闇のドームに視線を戻しながら言い放つ。

 最早問答は必要ない。

 やるべき事は目の前にあり、やらなければならぬ理由はその身の内にある。

 

「なのは、レイジングハートの応急修復は終わったわ。

 でも30分程度の睡眠じゃ魔力は殆ど回復していないから気を付けてね」

 

「うん、ありがとう」

 

『Stand by ready

 Set up』

 

 シュバンッ!

 

 アリサからレイジングハートを受け取り、直ぐにバリアジャケットに換装するなのは。

 平和な世界で着る服から、戦う為の服へ、髪を結うリボンすらここで変えて行く。

 

 レイジングハートは先の戦闘により半壊し、アリサの応急修復を受けている。

 自己修復能力を加速しただけのものであり、繊細なインテリジェントデバイスにはあまり使いたくない方法だ。

 しかし、それでもレイジングハートは主が力を求めると考えて、己の身を完璧な状態へと戻そうとする。

 とはいえ、あくまで『応急』なので完璧な状態よりは脆くなっている。

 マジックコートなしでフェイトの攻撃を受ける事は危険だろう。

 

 それに、なのはの魔力は10%ほどしか回復していないので、戦闘になれば不利どころの騒ぎではない。

 本来なら中にいるフェイトも魔力枯渇状態なのだが、このジュエルシードが展開する闇のドームの中では、そんな普通の考え方は通用しない。

 

「じゃあ行こうか」

 

「うん、あの2人を助けに」

 

 だが、それでもなのは達は3人とも一切の迷いも無く闇のドームの前に立つ。

 まるでそれが当たり前かの様に。

 

 そこで、恭也は1度なのはと並ぶ。

 

「これを持って行け」

 

 キィィィンッ 

 

 レイジングハートに手をかざし、フォーリングソウルに命ずる。

 そして恭也の手を伝い、レイジングハートに流れ込む恭也とリンディの魔力。

 ある魔法をある条件下で起動するための魔力。

 起動の判断はレイジングハートだが、なのはと共に進んできたレイジングハートなら正しく力を展開してくれるだろう。

 

 実のところ、これで恭也の魔力は元々少ないのに半分になり、リンディの魔力にも余裕が無くなる。

 それでも、恭也が持っているよりも有効に利用できるだろうと渡すのだ。

 

『Power Charge』

 

 魔力の受け渡しが終わり、レイジングハートが応える。

 その応えは主と、そして恭也とリンディに向けて。

 

「少ないが、多少はましになるだろう。

 では、俺は向こう側から入る。

 お前達がそこから入れば3箇所を抑えられるだろう」

 

 今の行為、2種の魔力を見せてしまった。

 今までも何度か魔力を2色見せてきたが、同時は無かった。

 これでもうアリサは誤魔化せない。

 尤も、誤魔化す必要はそろそろなくなるのだが。

 

 ともあれ、今はやるべき事がある。

 恭也はなのはに背を向け、なのはと離れた場所から侵入をするつもりだ。

 ちょうど、このドームの円周を120度ずれた場所から。

 まずはそこまで移動しなければならない。

 

 だが、その途中、

 

「ありがとう」

 

 背になのはの声が聞こえた。

 そこで、一度恭也は足を止めてしまう。

 

(まったく、この状況下でそんな言葉が出るか)

 

 苦笑しつつ、移動を再開する恭也。

 なのはが今どんな顔をしているか見てみたいとも思うが、しかし振り返る事無く進む。

 今はやるべきことがある。

 助けられるのに助けなかった責任でもあり、なのはには出来ない部分を補わなければならない。

 なのはが望み、恭也も期待するものを形とする為に。

 

 

 

 

 

 3方に別れ闇のドームに侵入して数分。

 外観は半径200m程の大きさだったのに、数分中を歩いている。

 それは、この中が外の広さに関係なく広大で、まったくの別世界である事の1つの証明だろう。

 だが、この闇のドーム―――ジュエルシードが展開した闇の異世界はその程度では済まない。

 今こうして歩いている世界は闇で満たされている。

 世界は黒一色で、他の色などない。

 

 しかし、それは暗くて何も見えなのではなく、事実として漆黒で満ちているだけなのだ。

 例えば、自分の衣服の色―――といってもこれも闇に良く溶ける漆黒なのだが―――グローブをめくって見れば、肌の色などはちゃんと認識できる。

 更には、距離にして大体100m先までは見えている筈だ。

 目標物がなく黒一色の闇の世界である為、ただの錯覚でしかない可能性もあるが、しかし、何故か確信をもってそれは間違いでないと言える。

 

 ともあれ、この環境は恭也やフェイトといった闇に溶ける事を目的とし、更に速度を持った者にとってとてもやり易い。

 何せ、闇にとけながら、こちらも視界を失わずに済むのだから。

 フェイトは金髪や露出している白い肌、更に金色に輝く魔力などが目立つが、それでもマントを使えば十分に補えるだろう。

 尤も―――

 

(俺の側からすれば大した問題ではないな)

 

 仮面の下で少しだけ右目だけを閉じる。

 そうして左目だけで見る世界は――――なんの色も映さない。

 ただ『影』だけが広がる世界。

 

 恭也の左目はフェイトとの最後の戦闘の後、一晩寝て起きたら視野が戻った。

 しかし、その代わりなのか、白と黒という色すら失っていた。

 あの視野が狭くなる減少は、悪化が次の段階へ移る前触れのようなものだったのかもしれない。

 

 この左目では、この闇の世界はただ黒いだけの世界。

 ただ、同じ色の中で溶け込んでいても、左目はその動きを捉えられる。

 色という情報がなくなった分、動体を捉え易くなっているのだ。

 

 しかし、その精度は色という重要な情報を欠落した代償に見合っているとはとても言えないもの。

 そもそも恭也なら、たとえ暗闇の中でも動いているものは見逃さない。

 左目が動体を捉え易くなったのは、他の情報がないから惑わされないという程度の違いでしかない。

 やはり、この現象は悪化としか言いようがないのだ。

 

(さて、こんな状態でフェイトに勝てるかどうか)

 

 ここに入る前、なのはに魔力を半分渡している。

 その後の目的がある為、恭也はもう魔力を使えない。

 これまでの修練と実戦によって、少しだけ増えた魔力も、付け焼刃としか言えない量だ。

 更には、リンディももう魔力に余裕が無い上、今はデバイスの中で眠っている。

 この結界の術式を制御しつつ、魔力を少しでも回復させようと眠りながら結界を維持しているのだ。

 このフォーリングソウルとジュエルシード]Vの力を使って、そんな無茶な事をやっている。

 全ては、この先に起きるある事の為に。

 

 よって、今恭也は魔力を―――ヘルズライダーを使えず、リンディの援護も受けられない。

 そして、フォーリングソウルとジュエルシード]Vの力である1つの機能―――完成次第主機能となるある『力』しか使えない状態。

 つまりは、生身一つでフェイトの前に立たなければならない。

 この左目に障害を残した生身で。

 

(久しぶり、という事になるな)

 

 何の助力も無く、1人の力だけで戦う。

 この1ヶ月リンディが居た為にずっと離れていた感覚。

 

 1ヶ月以上前、恭也が行く戦場では味方が居る事はあっても、大体の場合単独行動だった。

 ただ独りで敵と相対し、誰にも知られる事無く排除してきた。

 誰かの行く道の障害となるモノを、深い闇の中で、静かに、確実に。

 

 そう、元々恭也は独りで戦ってきた。

 魔法など使えずとも、いや、そもそも魔法も、ジュエルシードも恭也には必要ないものだ。

 恭也が恭也の目的で戦う上で、恭也は己以外のモノを必要としない。

 寧ろ独りの時こそ、恭也が磨き上げてきた力はその真価を発揮すると言って良い。

 

(ああ、戦うだけなら問題ない。

 だが……)

 

 そう、だが―――だがしかしだ。

 これから恭也は何をしに行くのか。

 あのフェイトという少女を救いに行くのだ。

 方法はどうあれ、目的は倒す事ではないし、まして殺す事では断じてない。

 

 それは恭也が望み、自らの意思をもって進んできた道にして、これからも変わらず行くだろう『恭也の道』には合わぬ事だ。

 

 戦いつつ、その相手を『救う』という行為は去年で2度経験している。

 美沙斗の時と久遠の時だ。

 その2回の戦いは、結果として2人を救う事に成功している。

 しかし、そのどちらも恭也が救ったのではなく、美沙斗は美由希が、久遠は那美が最後に手を伸ばした事で救われたのだ。

 

 確かに、戦う者として恭也は己の役割を果たした事で美由希や那美が救う事に成功したと言える。

 だが、今回は恭也が独りでフェイトを助けなければならない。

 今回もなのはと共同の作戦であり、最終的に助けるのはなのはの役目だ。

 しかし、その前提として、恭也は恭也としてフェイトを救う事が必要になる。

 なのはにも、を救うと言う役割がある。

 更にあと1人を含み、3箇所で3人のフェイトを救ってやっと次の段階へ進める。

 

 しかも、その3人のフェイトはその特性上、今この闇のドームの中心に向かっている3人以外に救う事ができない。

 

 故に、今回は絶対に恭也は戦う者として在りながら、なのは達の様に救う側の役割もこなさなければならない。

 己の責任として。

 それ以上に、己の望みとしてだ。

 

(本当はそんな資格もないし、こういう事は苦手なんだがな)

 

 恭也はそう考えて、その後少しだけ苦笑する。

 それは、

 

(お前もなのだろうな。

 本当に同じところだらけだからな。

 護る力を持ちながら、しかし戦う者として在る人よ)

 

 恭也が考えるのは最後の1人。

 いや、この闇のドームが形成された時、最初から内に入っていた者。

 それ以前に、この中では一番初めにフェイトに対して手を差し伸べた者。

 リンディ曰く、恭也とは鏡に映したようにそっくりな少女。

 

「いろいろと問題はあるが……

 さあ、ここで終えよう」

 

 恭也は闇の中に告げる。

 聞こえる筈のない相手に向けて。

 同じ思いを持っている筈の、もう1人の自分に向かって。

 

「全てを再び動かす為に」

 

 最後の言葉が放たれた時、恭也の視界に黒以外の存在が映る。

 それは宙に浮くあの少女、フェイト。

 先のなのはとの対決によってボロボロの姿のままこの闇の中で架せられている。

 そして、それと同時にもう1つ動くものが在る。

 

「……」

 

 それはこの闇の地に立つ1人の少女。

 宙に浮くフェイトと同じ姿形をし、そして同じ存在であるものの1つ。

 

「何をしに来たんですか?」

 

 少女―――フェイトの欠片の1つが問うてくる。

 恭也がここへ来た目的を。

 一体、フェイトに対して何をしに来たのかを。

 

「いい質問だ。

 だが、正直なところ、言葉にするのは苦手でな。

 それはなのはの方に任せている」

 

 キィィンッ

    ガキンッ!

 

 恭也は応えながらフォーリングソウルから武器を取り出す。

 それは鍔の無い一振りの日本刀、種別でいうならば太刀―――の形をした金属の塊。

 

「対魔導用武装・試作実剣器だ」

 

 形だけは日本刀である試作デバイスを手に、恭也は構える。

 フォーリングソウルとジュエルシード]Vの力によって形を成す予定の武器、それを今は試作中故に他のデバイスと組み合わせて形成しているものを構える。

 その構え、試作デバイスの切っ先には少女がいる。

 無表情のまま本来のデバイスの形をした闇を構える少女が。

 

「ゆくぞ」

 

 そして、2人は―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 恭也となのははそれぞれフェイトとの戦いを始めていた。

 それと同じ頃、なのはと恭也が戦っている場所とはまた違う場所で動く者がいる。

 

「そういえば、初めてね」

 

 恭也やなのはの様に中心を目指して進み、宙に浮くフェイトが見える場所でフェイトの欠片と―――3つに分かれたフェイトの心の1つと相対する者が。

 

「……」

 

 ここのフェイトは言葉を発しなかった。

 他の2箇所に居るフェイトは何故来たのかと問うたのに、それがない。

 その上で無言のまま杖を構える。

 それが、何をする為なのかは―――

 

「直接、戦うのは」

 

 そんな、始めから戦闘を求めるフェイトと相対するのは紅の少女、セレネ・フレアロード。

 少し前までフェイトのマスターだった者であり、フェイトを捨てた者。

 そんな彼女が闇のドームに始めから入り込み、しかし恭也やなのはと同時に動き出し、今ここに居る。

 

 フェイトが杖を構えるのに対し、セレネは構えを取らない。

 そもそもセレネの手に武器らしい武器はない。

 着ているのは義弟のものとよく似た、装甲服と呼べる程頑強でありながら動きやすい服であるというバリアジャケット。

 義弟のものと違うのは、動きやすさを優先し、両手の手甲以外は金属で補強している部分が無いということ。

 しかし、それでも十二分に分厚い装備であり、首まで布地に覆われ、顔以外は露出していない。

 実体化させた服はそれだけ動きを阻害するというのに、フェイト同様に高機動型の戦闘方式をとる者であるのにも関わらずだ。

 元々身に纏うフィールド系の防御であるバリアジャケットは、やろうと思えば見た目が裸でもある程度は防御力を維持する事ができる。

 防御魔法を得意とするセレネ・フレアロードならば尚更である。

 それでも尚素肌を厳重なまでに護り、更にフェイスガードとして仮面まで着けている。

 

 これが、セレネ・フレアロードのバトルスタイル。

 

 女性でありながら、男装とすら言えるデザインのバリアジャケット。

 長い髪は首の後ろで纏められ、多少の風では靡く事もない。

 心が無いのではないかと思える冷たい瞳は、更に無機物な仮面で覆われる。

 仮面は口元だけを晒し、残り全てを覆うもの。

 デザインとしては狐に見えなくもない仮面だが、紅を基調としたそれは妖狐を思わせる。

 獣の様に獰猛で、しかし人としての知性を兼ね備えた化け物だ。

 迷い無く振るわれる力は味方にすら畏怖され、誰の理解も求めない。

 仮面までつければ髪も魔力色も含めて全身真紅に染まるその姿は、本来炎で喩えられる色でありながら、血の色として喩えられる。

 

 人は、彼女を『血染めの翼』と呼ぶ。

 

 そんなセレネは今ここに居る。

 自ら求めて。

 

「いいわ。

 貴方が私もまだ知らぬ強さを持っていると言うのなら、それを証明してみせなさい」

 

 放つ言葉は問いかけであり求めであるもの。

 

 彼女の右手の真紅の手甲は左手のものと同じデザインであるが、1つだけ違うところがある。

 長い袖によって隠れてしまっている腕の部分に赤銅色の石が埋め込まれているのだ。

 それが彼女のデバイスの本体であり、名をAST3と言う。

 

 通称『アストライア3』などと呼ばれるこのデバイスには攻撃魔法は一切入力されていない。

 その機能の半分以上は彼女が纏うバリアジャケットを制御する為に使われている。

 タイプとしてはストレージデバイス。

 しかし、インテリジェントデバイスとは言えないくらいの簡易の人工知能を持ったデバイスだ。

 

 それともう1つ、左腕の袖の下には金色の鋭利な凧形をしたプレートがある。

 中央に小さな青の宝玉が埋め込まれたプレートで、宝玉以外は、どこかフェイトのデバイス、バルディッシュのスタンバイモードに似ている。

 形式は不明も名称も不明だが、少なくとも攻撃魔法も防御魔法も入力されていない、戦闘用ではないデバイス。

 更に言えば、今は月の紋章が刻まれた腕輪と重なり合っている複合デバイスであり、青の宝玉は今この時輝きを放っている。

 

 その2つを持ってセレネは立つ。

 フェイトが望み、セレネが求めた戦いの場に。

 

「きなさい―――フェイト」

 

「―――っ!」

 

 そして、戦いが始まった。

 3つに分かれた心が3箇所で別々に戦う。

 それぞれの想いをぶつける為の戦いが。

 全てを終わらせ―――始める為の戦いが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガキィィンッ!

 

 金属音に似た衝突音が響き渡る。

 

 ギギギギギッ!

 

 だが、続けて響くのは魔力が相殺される音。

 2つの漆黒の魔力が互いに削りあっている。

 

「……」

 

「……」

 

 日本刀型のデバイスと、サイズフォームの魔法刃越しに恭也とフェイトの視線が交差する。

 2人は正面から互いに斬撃を放ち、互いの刃で受けている。

 鍔迫り合いの状態だ。

 だが普通に考えて、いかにフェイトが大型の武器を振るっていようと、恭也との体重、腕力差によって恭也が勝つ筈だ。

 斬りかかる時は武器の重量と飛行魔法を応用した突進力で威力を上乗せできるが、それも止まってしまったら意味を失くす。

 

 しかし、

 

 ギ……ガガガガッ

 

 突然魔力同士の衝突音が別の音に変わる。

 それは魔力が金属を斬り裂こうという音だ。

 

「むっ!」

 

 ガキンッ!

 

 その音に恭也は即座に1度フェイトを力で押した退け、後退する。

 そうして安全を確保しつつ、構えながら自分のデバイスを確認する。

 少しだけ刃こぼれしてしまったデバイスを。

 

(やはり正面から斬り合うのは得策ではないな)

 

 恭也が今使っているデバイス、対魔導用武装・試作実剣器は恭也が魔力攻撃をする為の武装だ。

 先日行ったフェイトとの戦いの最終日に一振りにつきジュエルシード1つを使い、『闇』をもって形成したいたあの長剣を再現しようとしているのだ。

 あの、恭也が放つ『斬撃』を全て魔力攻撃にしてくれる機能を。

 今は試作段階の為、フォーリングソウルとジュエルシード]Vの力を別々にこのデバイスに繋げ、結合して力を形成している。

 

 だが、やはりあの時ジュエルシードをその物で作っていた長剣とは訳が違う。

 アレは闇で構成されていた為、それ自体がそのまま魔法刃であると言える。

 しかし、この試作実剣器は外殻は実体を持った金属だ。

 故に、斬撃を魔力攻撃化し終わると、つまりは斬撃が止まると何の力も発していない金属の塊になってしまう。

 その為、先程鍔迫り合いになった時、最初は魔力同士の衝突があったが、後に恭也側に魔力攻撃が無くなり、フェイトの魔法刃によってデバイスが損傷したのだ。

 

 先ほどの鍔迫り合い、フェイトがただのサイズフォームの魔法刃だから刃こぼれ程度で済んだが、サイズスラッシュだったら斬り裂かれていただろう。

 

(つまりは防御の為に、盾としてこのデバイスを使う事はできない。

 少なくともこちらも斬撃を放たなければ攻撃を受けられないという事だな)

 

 この試作デバイスが完成したのは昨日だ。

 最低限のテストしかできず、今この場、実戦中に問題点が見つかるほど。

 しかし、恭也はこのデバイスを使わなければならない。

 更には、この程度の問題など、自身の力をもってクリアしなければならないのだ。

 何故なら―――

 

「何故、そんなものを使っているのですか?」

 

 フェイトが問うてくる。

 フェイトは気付いているだろう。

 恭也が本来どんな武器を使い、どんな戦い方をする者なのか。

 だからこそ疑問である筈だ。

 先日のジュエルシードその物で構成されていたあの長剣ならいざしらず、こんな試作品を今使う理由が。

 

「お前を殺しにきたというのであれば、これを使う必要などないのだがな」

 

「……本当に、何をしにきたの?」

 

 恭也の答えに、再び先ほどの問を投げかけてくるフェイト。

 最初に問うた時は答えらしい答えをせず、武器を向けておきながら、しかし殺す事が目的ではないと言ったのだ。

 ならば何か、と。

 

 そう、フェイトは恭也がどういう人かを気付いているが故に尋ねているのだ。

 相手を殺す事が目的ではないのなら、何故動いているのかと。

 敵を倒す事以外で、何故戦っているのかと。

 

「まったくもって、自分でも似つかわしくなく、且つ本来そんな資格は無い事は解っているさ。

 ―――だがフェイト。

 なればこそ逆に問おう。

 お前は何故今戦っている?」

 

「……え?」

 

 自ら武器を向け、戦う様にしむけながら恭也は問う。

 武器を向け、戦う意思表示をしたのは確かであるが、それに応えてフェイトは同時に動き、斬り結んだ。 

 

「それは……貴方が武器を向けてきたから……殺しに来たのだと思ったから」

 

 戸惑いならフェイトは答える。

 それは自分に言い聞かせる様であり、まるで―――

 

「私は……私は、まだ生きたいから!」

 

 まるで、許しを請うかの様に。

 

「それではいけないの!!」

 

 最後に問う、恭也に。

 肯定して欲しいと言う想いを込めて。

 だが、

 

「……ダメだな」

 

 恭也はまっすぐにフェイトを見ながら答える。

 それはフェイトを否定する言葉であり、

 

「ダメだ、フェイト。

 いいか、生きたいと言う意思は全ての生物が当然持つものであり、他者が否定できぬ絶対の1つだ」 

 

 そう、恭也は否定する。

 それはフェイトの言葉であり、フェイトの想いであり、フェイトの―――

 

「そんな当たり前の想いを答えるのに―――迷うなっ!!」

 

「―――っ!!」

 

 恭也は再び構える。

 フェイトに向かって。

 それが自分に出来る唯一つの事だと応える様に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キィィンッ

   ズダダダダンッ!!

 

 多数の闇の槍が生成され、高速をもって放たれる。

 更に、放った少女は既に発射地点に居ない。

 

 ズババババババシュンッ!

 

 放たれ、直進していた闇の槍が向かった先は深紅の壁。

 炎の様に見えながら、しかし血の色だと言われるその魔力の壁に吸い込まれるようにしてぶつかり、消えてゆく。

 

「はぁっ!」

 

 ブンッ!

   ガギィィィィィンッ!

 

 まだ闇の槍が深紅の壁に着弾し続けている中、闇のデバイスを持った少女、フェイトがその背後に回り、闇の魔法刃を振るった。

 しかし、全面に展開されている深紅の壁、セレネのバリアによってやはり進行を阻まれる。

 ただのサイズフォームによる斬撃とはいえ、全力の斬撃を受けても揺らぐ事のないセレネのバリア。

 セレネは戦いが開始してからまだ一歩も動いていない。

 フェイトがフォトンランサーやアークセイバーを放ち、立ち向かってきている中、一歩も動かずにただバリアを展開して立っている。

 

「……」

 

 ただ立っているだけであるが、その間も左手のデバイスは光を放ち続けていた。

 機能している証でもある光であり、その力はセレネの足元の魔法陣とリンクしている。

 バリアを展開する為に描かれている真紅の魔法陣に隠れた魔法陣に。

 紅と紫が折り重なった複雑な魔法陣だ。

 

 その隠れた魔法陣はこの闇の中で更に闇にまぎれて何処かに線を延ばしている。

 魔力できたラインを。

 1つはこの闇の中央に。

 もう1つはこの闇のドームの中心から外れた場所へ。

 

 セレネはその為に動けないのか、ただ黙って立って攻撃を受けている。

 

「……」

 

 いや、動けないからこうしているのではない。

 セレネの瞳はただフェイトだけを映している。

 何度も何度もこのバリアに立ち向かってくるフェイトだけを。

 

 そう、待っているのだ。

 フェイトがこのバリアを越えてくるのを。

 

 ザッ!

 

 再びセレネの正面に立つフェイト。

 少し距離を置いて放つのは、

 

 ヒュンゥッ!

 

 アークセイバーだ。

 既に1度放ち、セレネのバリアに対し殆ど効果が無いと解っている魔法だ。

 しかし、フェイト攻撃はまだ終わらない。

 

 ブンッ!

 

 アークセイバーを放つ時に振られたデバイスが、本来止める所で制止の力が加わらない。

 その勢いのままフェイトはその場で横に一回転する。

 そして、

 

 ヒュンゥッ!

 

 その場からの連続2発のアークセイバー。

 速度を調整し、同時に着弾する様にした2発のアークセイバーがセレネに迫る。

 しかも、

 

 タッ!

 

 2発目を放った後、フェイト自身も突撃する。

 アークセイバーを追う様に。

 己の最大速度を持って。

 

「はぁぁっ!」

 

 ブンッ!

 

 突撃の中、大きく振りかぶられるサイズフォームのデバイス。

 そこへ、

 

 ガギィィィィィンッ!

 

 3つの攻撃は全て同時に着弾した。

 

 ガガガガガガガガッ!

 

 3つの斬撃が折り重なり発生する圧力と切断力。

 それによってセレネのバリアが悲鳴を上げる。

 武器にもしているセレネの防御力が、受け止める護りであるバリアが止めきれない。

 

 ガキンッ!

 

 そしてついにバリアは破れ、フェイトの刃がセレネに届く。

 2発のアークセイバーは完全に消えてしまい、サイズフォームの魔法刃も消えかかっているが、それでも届いたのだ。

 

 しかしバリアは破ったが、フェイトの刃はセレネの突き出した右の拳で止まってしまっている。

 バリアは破ってもセレネが身に纏っているバリアジャケットで攻撃が止められてしまったのだ。

 

「……」

 

「……」

 

 交わされる2つの視線。

 

 タッ!

 

 一瞬だけ視線を交わした後、フェイトの方が後ろへ下がる。

 

「……」

 

 ガキンッ!

 

 そこでセレネはシールドを展開した。

 直径僅か20cm程度の小さなシールド。

 それを右手の拳の正面に展開し、自在に動かして盾とする。

 

 受け止める事で防御するバリアから、弾く事を目的とするシールドへ。

 更には、一歩も動かなかった護りから、変幻自在の護りへの移行。

 次の段階が始まったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 激動の一方に対し、膠着状態となった恭也の側。

 こちらもまた動き出す。

 

「どうして―――」

 

 恭也の言葉に一時力を失っていたフェイトだが、再び強くデバイスを握る。

 予想しなかった答えに停止していた思考が、感情が再び激しく動き出す。

 

「まだ言葉が必要か?

 ならば来るがいい」

 

「―――っ!」

 

 フッ!

 

 恭也の言葉の直後、フェイトは動いた。

 恭也の視界からフェイトが消える。

 いかに鍛え抜かれた恭也の視覚を持ってしても、一瞬は見失う高速移動、ブリッツアクションだ。

 

 だが直後、フェイトが恭也から見て左手に大きく回りこんでいることを見つける。

 この闇を利用し、マントを使って闇に溶け込み、光学的にも見つけられぬ様に工夫している。

 しかし、最早色など捉えられぬ左目には関係の無い事だ。

 残念ながら靡くマントの動きが左目にとまり、発見する事ができた。

 

 タッ!

 

 恭也の左側に着いたフェイトはそこからまっすぐ恭也に突っ込んでくる。

 ブリッツアクションによる高速移動を使ってだ。

 

(しかし、それだけでは)

 

 もしまだ恭也の左の視覚範囲が狭ければ、対応が遅れる可能性があり、その隙に恭也に攻撃できただろう。

 だが、いかに高速のブリッツアクションとはいえ、来る角度さえ解ってしまえば―――

 

 ヒュンッ!

 

 恭也はフェイトの到着に合わせ、デバイスを左手だけで横薙ぎに払う。

 もしフェイトが恭也の視覚範囲の事だけでこんな攻撃をしてきているなら、無防備な脇に直撃する筈だ。

 魔力攻撃としての攻撃で、一撃でフェイトを倒す事はできなくとも、その攻撃が入ってしまえばもう終わったも同然なのだ。

 

 だが、

 

 フッ

 

 斬撃を放っている恭也の前で、丁度横薙ぎの一撃の攻撃範囲の一歩外で、フェイトの姿が再び消える。

 理由は簡単。

 既に2連続の使用であるにも関わらず、恭也が見切っている事を考えてフェイトは3回目のブリッツアクションを発動させたのだ。

 マントを目の前に置き去りにし、囮にして。

 

(無茶をするな)

 

 ブリッツアクションは高速移動魔法。

 その高速移動中の圧力は基本的にバリアジャケットの防御で護られるが、連続使用すればその効果は徐々に薄れていく。

 フェイトのバリアジャケットは高速移動型であり、通常の防御力よりもそちらの防御性能を考えられているが、それでもだ。

 それに、このブリッツアクションという魔法自体の魔力消費も少なく無い筈。

 

 今この状況で魔力や身体へのダメージは通常とは違うのだろうが、しかし完全に無視はできまい。

 少なくとも、フェイトが己をちゃんとフェイトとして認識している限りは。

 だからこの連続ブリッツアクション、後に別の名を得るこの戦術はリスクを孕む。

 しかし、それでも使おうというのだ。

 この場に居るフェイトの望みとして、勝ちたい訳でも、強さを証明したい訳でもなく、ただまた別の目的の為に。

 

(さて……)

 

 ともあれ、今はこの戦術に応えなければならない。

 至近距離で、しかも攻撃中にブリッツアクションを使われ、今度こそ完全に視界からフェイトを見失う。

 探し出す時間はなく、次には攻撃をしてくるだろう。

 しかも、今恭也は攻撃行動の真っ最中。

 できる行動は限られている。

 

 フッ

 

(そこかっ!)

 

 しかし、敵の位置を知るのに視覚だけが頼りな訳ではない。

 この世界に空気が在る限り、物が移動すれば風が動く。

 生物で在る以上気配を消しきる事はできないし、相手が魔導師であるならば魔力の反応でも感知できるだろう。

 それら全ての情報を瞬時に判断し、位置を割り出す。

 それは勘と言うもの―――長年戦ってきた実戦の勘を持って答えを導き出した。

 

 キュィッ!

   ブンッ!

 

 同様に対応の行動も実戦を重ねてきた恭也だからできるもの。

 左手だけで行っていた横薙ぎの攻撃を両手で持ち直し、体を半回転させながら背後だった方向へデバイスで掬い上げる様に斬り上げる。

 

 ガキンッ!

 

 そこへ来た衝突という抵抗。

 最早3連続どころか4連続のブリッツアクションを行使し、恭也の背後に回っていたフェイトが放った、地面すれすれの位置からの横薙ぎの斬撃とぶつかったのだ。

 

 ギギギッ!

   ガキンッ!

 

 デバイスごと掬い上げられたフェイトは、そこから一歩下がる。

 だが弾かれた事で上がったデバイスは、そのままもう1度振り下ろせる。

 フェイトはそれを計算して敢えて弾かれたのだ。

 

「はぁっ!」

 

 ヒュゥンッ!

 

 振り下ろされるのはサイズフォームの魔法刃。

 距離はフェイトの武器の間合いだ。

 

「てぇっ!」

 

 ガキンッ!

 

 だが、今太刀のサイズのデバイスを持つ恭也の間合いでもある。

 それに弾いた側の恭也がそれに対応できぬ筈もなく、フェイト同様に振り下ろす動きでデバイスを下げ、受け止める。

 そうして発生したのは鍔迫り合いの状況。

 本来であれば、今のフェイトの攻撃は殆ど意味がないか、それどころか腕力差と体重差を考えればすべきでない攻撃だった。

 しかし、

 

 ガガガガガッ!

 

 ほとんど防御の為に移動しただけと言っていい恭也のデバイスには魔力攻撃化された力は殆ど発生しない。

 一瞬だけフェイトの魔法刃を受けた後は、何の力も宿らない金属の塊としてフェイトの魔法刃で削られてしまう。

 

「私は、魔法生命体です!」

 

 そこで恭也に向けられたのは言葉。

 フェイトの叫びだ。

 フェイトが今まで心に秘めていた想いがここに紡がれる。

 

「知っている」

 

 ズガッ!

 

 対し、恭也はデバイスを左手だけで持ち直し、空いた右手で拳を作る。

 そしてその拳を自分のデバイスと、フェイトの魔法刃が接触している場所の背に突き立てる。

 

 ガギンッ!

 

 そうして発生したほんの一瞬だけの斬撃は魔力攻撃としてそこに発生し、フェイトの魔法刃を弾いた。

 

 ヒュンゥッ!

 

 だがそこに、フェイトから追撃が放たれる。

 アークセイバーだ。

 まだ恭也はバックステップを踏んでいる状態で、アークセイバーが恭也に迫る。

 直ぐそこにフェイトが控え、既にアークセイバーを放ったデバイスを切り返しの斬撃とする体勢でいる。

 

 アークセイバーは弱いながらも追尾機能がある。

 その為、ヘルズライダーが使えない以上、神速を使わない限り避けきる事はできない。

 ならば迎撃する事になるが、その直ぐ後ろにフェイトが構えている為、現状一刀状態の恭也は素手でアークセイバーは払いのけるのが好ましいだろう。

 

 だが、

 

「ふっ!」

 

 ヒュッ!

 

 恭也はデバイスを使った。

 右手だけでもったデバイスを逆袈裟に振るう。

 

 ザシュンッ!

 

 それによりアークセイバーはほぼ側面から切り裂かれる事になり、その場で消滅する。

 しかし、その直後、

 

「せぇぇっ!」

 

 ヒュンッ!

 

 アークセイバーを放ったサイズフォームのデバイスを切り返し、横薙ぎに魔法刃を振るうフェイト。

 恭也が今アークセイバーを切り払う為の斬撃を振り終えたこのタイミングでだ。

 そこで、そのタイミングで恭也は右手だけで振るっていた刀を左手に持ち直し、

 

「ふっ!」

 

 ヒュオンッ!

 

 返し刀で横薙ぎを放つ。

 

 ガキィンッ!

 

 3度目の衝突。

 このやり方では鍔迫り合いになった時、恭也の方が不利であると知った上での衝突だ。

 

 もし恭也がフェイトと戦って、フェイトを倒す事が目的であるならば、在り得ない戦い方。

 単純に倒せば良いのであれば神速を使えばいいだろう。

 1度見せている為簡単にはいかないだろうが、それでも勝利できるだろう。

 しかし、恭也はそれをしない。

 いや、目的上それができない。

 

 そう、倒す以外の目的が今はある。

 だからこそ恭也は敢えて衝突する事を選ぶ。

 フェイトの攻撃に対し、真正面から受けて立つというやり方で返すのだ。

 

 恭也が自分は、こういう形でしか目的を成せないと考えている。

 

「私は、これ以上人として―――女として成長する事はないんです!」

 

 ガキンッ!

 

 刃同士が衝突し、鍔迫り合いになるかと思われたが、衝突によりフェイトのデバイスは弾かれる。

 いや、最初からそのつもりだったのだ。

 何故なら、フェイトは右手だけでデバイスを振るっていた。

 そうして空いている左手には―――

 

 ズダァァンッ!

 

 左手に収束されていた魔力。

 放たれるのはフォトンランサーという名の魔法の構成を使った闇の槍だ。

 1発のみで、威力と速度を増した一撃。

 今恭也はフェイトのデバイスをはじいている為、デバイスでの迎撃はできない。

 故に、

 

「知っている!」

 

 ブンッ!

 

 恭也の方もデバイスを振るうのに使っていたのは左手だけであり、右手が空いている。

 その右手を拳とし、フォトンランサーに向ける。

 

 ズバァァンッ!

 

 起きる小爆発。

 規模は小さいが、しかし恭也の右手のグローブを、リンディが編んだバリアジャケットの一部を破壊するには十分な威力だった。

 グローブと袖は破れ、更に少し腕から血が流れる。

 この魔法は物理破壊に設定されている様だ。

 

 フッ!

 

 小爆発が起きている中、風が動く。

 恐らくこの閃光の向こうにはフェイトはいないだろう。

 そう判断した次の瞬間、

 

「私は、女として子供を産む事もできない!」

 

 ブォンッ!

 

 5時方向から声と共に攻撃が放たれるのを感じる。

 少し離れた位置にブリッツアクションで回りこんでデバイスを振るっている。

 感じ取れる魔力の大きさからサイズスラッシュが放たれようとしている。

 

「知っているとも!

 だがっ!」

 

 その気配と音を頼りに恭也は己のデバイスを振るう。

 応えと共に。

 

 魔力攻撃化するのであれば、せめて虎切くらいしなければサイズスラッシュは相殺できないだろう。

 だがこれは振り向きながらであり、その回転運動も威力に加えた渾身の一撃だ。

 

 ヒュォンッ!

   ガキィィンッ!

 

 渾身の一撃によってなんとかサイズスラッシュに相当する斬撃を放つ事ができたらしく、魔法刃が止まる。

 いや、止める事ができたのは、そもそもソレが斬撃ではなかったからだ。

 振り向いてみればそこに在るのはフェイトのデバイスだけだった。

 

 これは、先日使われた手。

 

 フッ!

 

 背後に出現する気配と魔力反応。

 いや、魔力反応は最初からそこにあったのだ。 

 ただ、サイズスラッシュにまぎれて解らなかっただけの話。

 

 今恭也は杖だけとはいえサイズスラッシュに対して斬撃を放っている状態だ。

 この攻撃を振りぬかなければ惰性だけでもデバイスの魔法刃が恭也にかかってしまう。

 しかし、直ぐに振り向かなければフェイトの魔法を受ける事になるだろう。

 この魔力の大きさからしてフェイトが用意している魔法はサンダースマッシャーだ。

 だから、

 

「私は、人の命を奪わなければ生きられない!」

 

 フェイトが叫ぶ。

 問いという言葉をのせて。

 迷いの泣き声をこの闇の中に響かせる。

 

 対し、恭也は、

 

「―――それがっ!」

 

 ドクンッ!

 

 恭也は神速を発動させた。

 

 バチンッ

 

 同時に、頭で何かが弾けた感覚があり、右目は白黒の世界に。

 左目は―――最早何も映さない。

 

 それでも恭也は迷わず動く。

 

 ブオンッ!

 

 まず、今行っている斬撃を振り切る。

 サイズスラッシュが発動しているフェイトのデバイスを叩き落し、

 

 フッ!

 

 直ぐに身体を捻る。

 自分のデバイスをその場に棄てて。

 

「それ以前に、私は人を1人、共に在った使い魔諸共殺しています!」

 

 ォォォンッ!

 

 振り向けば、そこには漆黒の雷を右手に持ったフェイトが居る。

 迷いの全てである言葉と共に。

 もうすぐ目の前に居て、漆黒の雷を持ちながらこちらに突っ込んでくる。

 フェイトはサンダースマッシャーを放つのではなく、直接恭也に叩き込むつもりなのだ。

 自爆になる事を覚悟した上で。

 

「それがっ―――」

 

 そんな事、恭也は認めない。

 その為の神速だ。

 

 ブオンッ!

 

 神速の中、左腕を振るう。

 

 バチィィンッ!

 

 狙ったのはフェイトが右手に持った雷の塊。

 それを払い取ったのだ。

 

「……え?」

 

 自分の手から魔力がなくなった事に気付くフェイト。

 次の瞬間、

 

 ズバァァァァンッ!

 

 直ぐ真横で魔力の炸裂が起きる。

 漆黒の雷の炸裂。

 主の手から離れた魔法が完全に暴走したのだ。

 

 しかし、その狂った力はフェイトに届く事はない。

 

「……なんで?」

 

 フェイトは見上げる。

 自ら近づいていた男の顔を。

 その姿を。

 

「―――それがどうしたっ!!」

 

 サンダースマッシャーを払った左腕は肩口までバリアジャケットが弾けとび、更に皮膚を焼いている。

 暴走した雷は仮面にまで及び、仮面にヒビを入れている。

 

 そんな中でフェイトが見るのは、バリアジャケットの下から現れた恭也の傷だらけの身体だ。

 今まで戦ってきた戦士の身体であり、これからも戦う者の見せたその人の過去。

 傷だらけでありながら、仮面で姿を隠しながらも、真っ直ぐに立っているその姿。

 それは、フェイトにはどう映っているだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フッ!

 

 フェイトの身体が宙を舞う。

 セレネのシールドに掬い上げられ飛ばされる。

 

「―――っ!」

 

 タンッ!

 

 空中で体を捻って着地する。

 飛行魔法を使っても良かったのだろうが、どちらにしろ体勢を立て直す必要がある。

 

 タッ!

 

 だが、着地した次の瞬間にはフェイトの姿が消えていた。

 ブリッツアクションを使用したのだ。

 

 フッ!

 

 そして次の瞬間にはセレネの右側へと回りこみ、サイズフォームのデバイスを振るう。

 しかし、

 

 スッ

 

 魔法刃が振り下ろされるその場所には既にセレネのシールドがある。

 まるで最初からそこに在ったかの様に。

 更に、

 

 ガッ!

 

 魔法刃の切っ先がシールドに触れた瞬間、

 

 ブンッ

  ガキンッ!

 

 セレネの手が動き、次の瞬間にはフェイトのデバイスの先は地面についていた。

 セレネのシールドに巻き取られ、弾かれたのだ。

 それは力で捻じ伏せられたのではなく、フェイトの振り下ろそうとする力を利用したもの。

 腕力ではなく、魔力でもなく、技術力でフェイトの攻撃は届いていない。

 

 タッ!

 

 再び下がるフェイト。

 何とか落とさなかった武器をもう1度握りなおし、相手を見る。

 未だ一歩もその場を動いていないセレネ・フレアロードを。

 

「……」

 

 セレネが手にしているのは直径僅か20cm程度の小さなシールド。

 しかしその強度は極めて高く、並の攻撃は弾かれるどころか、攻撃の側の方がダメージを受けてしまう程。

 だが、硬いシールドというものは硬ければ硬い程、ある一定の威力を瞬時に加えると脆く崩れ去るものだ。

 その為、鋭く収束された攻撃にこそシールドは弱く、フェイトのサイズスラッシュならその魔法自体の鋭さと、フェイト自身の斬撃の技術をもってすれば斬る事ができる。

 

 だが、そこで問題になっているのはセレネの技術だ。

 使い方を間違えなければ大凡突破不能とすら思える高い防御力を持ちながら、何故と思える程の体術。

 相手の力すら利用し、その場から動く事なくフェイトの攻撃を悉く無効化する。

 盾の防御力の高さに全く頼らずに捌いてしまうのだ。

 防御力の高さだけでもミッドチルダという世界規模でトップレベルなのに、体術だけでも相当の熟練者だ。

 

 一体何をしてこれ程の技術を体得したのか。

 不要とすらいえてしまう技術を、何故欲したのか。

 今は答えがない。

 

「……」

 

 戦いが始まってからセレネも言葉を発しない。

 ただその場で待っている。

 

「……」

 

 対し、フェイトは再びデバイスを大きく振りかぶる。

 

 フェイトが今のセレネに勝つのは簡単だ。

 フォトンランサー・ファランクスシフトを使ってしまえばいい。

 セレネはどうして動かないのかフェイトは知らないが、動かず、そんな小さな盾しか持たぬのならフェイト最大の攻撃を放てばよい。

 いかにセレネが体術に秀でていても、あの数のフォトンランサー全てを叩き落す事はできないだろう。

 

 しかし、それはしない。

 何故か解らないがフェイトがそれを全く考えない。

 ただ純粋に今目の前に居るセレネを越える事だけを考えている。

 

 もし、フォトンランサー・ファランクスシフトを使わず、サイズスラッシュでセレネのシールドを破るのであれば、それは簡単な事ではない。

 まず、全力のサイズスラッシュを直撃させるという絶対条件があり、更に相手に捌かせる前に真っ直ぐにシールドに突き立てなければいけない。

 あの体術は攻撃側の収束された攻撃力が発揮される前に回りこんで無力化してしまうので、それを防がなければならないのだ。

 高速且つ一直線の、揺らがない攻撃が必要になる。

 

 タッ!

 

 地を蹴り、真っ直ぐに前へと跳ぶ。

 

 フッ!

 

 ただ真っ直ぐに進み、真っ直ぐにデバイスを構え―――

 

 ヒュッ!

 

 真っ直ぐに振り下ろす。

 だが、やはりそこには既に盾がある。

 しかし、まだフェイトはサイズスラッシュを発動させていない。

 

 この時、フェイトが思い出したのは、あの仮面の男の斬撃。

 最も参考になる斬撃をイメージして放つ。

 が、その中でそれと同時に思い出す業がある。

 それは―――セレネのクリムゾンブレイカーだった。

 

 カッ!

 

 魔法刃の切っ先がシールドに触れてその瞬間、魔法が発動する。

 魔法の名はサイズスラッシュとブリッツアクション。

 フェイトが最も信頼する接近戦における最大最高の魔法と戦術の要である魔法が同時に発動する。

 部分加速という方法を持って腕だけ、斬撃だけを加速化され、サイズスラッシュが高速化されるのだ。

 

 ピキッ!

 

 その瞬間、セレネのシールドにヒビが入った。

 強靭な筈のセレネの盾が、攻撃を受け流す事に間に合わず、攻撃力の全てを受けてしまったのだ。

 

 パキィィンッ!

 

 真っ二つに割れ、闇に消え行く真紅の盾。

 それと同時に盾を構えていた右手の手甲にも一筋の傷が入った。

 フェイトの研ぎ澄まされた斬撃は完全にセレネのシールドを超えたのだ。

 

「これでも―――これでもまだ足りませんか!!」

 

 初めてフェイトが声を上げる。

 問いという声を。

 嘗て主であった人に。

 自分を捨てた相手に。

 

 その問に怒りや憎しみは無く。

 ただ純粋に悲しみで満ちた言葉であり、求める為の叫びだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 恭也とフェイトは手を伸ばせば届くような距離で互いの姿を見ていた。

 武器も持たず、構えもせず。

 戦意などどこにも持たずに。

 

「なんで……」

 

 フェイトは問う。

 戸惑いという感情をのせて。

 フェイトには理解できない。

 最初敵として―――なのはの味方として現れ、その後フェイトを助け、更に両者の援護をした男。

 そうして最後には、敵となって戦った男の言葉が。

 

 一体何故、そんな姿で自分の前に立っているのかが。

 

 そんなフェイトに恭也は応える。

 

「フェイト、お前は生きていい。

 もしお前の生を否定する者がいるならば、俺が全て排除しよう」

 

 ただ静かに告げる言葉は、その意味は最悪世界全てを敵にまわす内容だ。

 それを、静かな言葉でありながら、その意味を十分に理解し、その上で微塵も迷わずに告げている。

 恭也は当然の事の様に、全世界を敵にまわしたとしても護ろうと言っているのだ。

 

「どうして……」

 

 再び重ねられる言葉。

 何故この男はそんな事を言うのか。

 自分に対して、どうしてそんな事を言えるのか。

 敵であった男なのに、どうして自分はその言葉を嘘だと思わないのか―――

 

 何も解らない。

 理解できない。

 だが、そこへ恭也はもう1つ告げる。

 それは、先の問いの答えだ。

 

「フェイト、最初に何故ここに来たのか、と問うたな。

 その答え、もし言葉にするならば―――生きていて欲しいからだ。

 フェイト、俺はお前が生きる事を望む」

 

「……どうして……どうしてですか!」

 

 フェイトは問う。

 そんな覚えのない想いを向けられる理由を。

 敵として現れた筈で、互いを理解するのにはとても十分とはいえない短い時間しか過ごしていない筈の相手に。

 そもそも戦うところしか知らない筈なのに、なんでそんな想いを抱く事ができるのか。

 

「信じられないか。

 まあ、そうだろうな。

 先にも述べたが、俺は言葉で伝えるのは苦手でな。

 それ以前に資格もないというのもあるが―――」

 

 恭也はそう言ってフェイトに1度背を向ける。

 そして地面に刺さっていた自分のデバイスを抜き、更にフェイトから離れる。

 大凡10m程離れ、そこでようやく恭也は振り向く。

 そこで、

 

「取れ、フェイト。

 そして来るがいい。

 俺はどのみちしかない。

 故に、これで全てを伝えよう」

 

 デバイスを構える恭也。

 その構えは、まるで抜刀の体勢だ。

 しかし、今恭也が使っている試作デバイスには鞘はない。 

 その為、あくまで抜刀の様な構えでしかない。

 

 しかしながら、その構えは間違いなく抜刀の構えだ。

 フェイトから見ればデバイスの柄しか見えていない筈だ。

 それは恭也は己の身体の陰にデバイスを隠しているからで、それが納刀状態という事になる。

 

「……」

 

 ガチャッ!

 

 何か言いたそうな顔で、しかし武器を取るフェイト。

 そして、恭也を見て1度目を閉じ―――開く。

 

 タッ!

 

「……」

 

 目を開けたフェイトはもう迷わず、恭也と大きく距離をとって構える。

 サイズフォームのデバイスを大振りに振りかぶった、接近斬撃の構えだ。

 しかしながら今の2人の距離はゆうに50mはある。

 ブリッツアクションを使えばほぼ一足ではあっても、ブリッツアクション1回ではブリッツアクションに入って、抜けて50m程度だ。

 ギリギリでしかなく、もし直線で動くのであれば、恭也は簡単に見切る事ができるだろう。

 

 だが、恐らくフェイトは側面に回ったりはしない。

 確信的にまっすぐ向かってくると感じられる。

 50mもの距離を、恭也に対して一直線に。

 それは自棄になった行動ではなく、その瞳を見れば勝利するつもりであると解る。

 ならば、これは―――

 

「行きます!」

 

「応!」

 

 互いが用いるのはこの場に於いて最高と判断する業。

 

 スッ

 

 互いに構えた状態から更に身を低く、深くする。

 そこから始まるのは、

 

 ドクンッ

 

御神流 奥義之歩法

神速

 

 フッ! 

 

Blitz Action

 

 ブォンッ

 

 真正面から向かった超高速の加速物体によって、その間の空間の空気が圧縮され、左右に走る。

 だが、互いにそれだけでは終わらない。

 

 カッ!

 

 互いに加速の重ね掛けを行った。

 恭也は、右目から色を失い、左目は変わらず何も映さない。

 

 フェイトは既に痛みを得る速度であり、最早外の情報は殆ど何も感じられない。

 だがそれでもフェイトは杖を持ち、振るおうとしている。

 

 本来、動体視力がついてこないブリッツアクションは、間に障害物が無い事を前提に行われる。

 しかし、今は相手が真っ直ぐにこちらに来る事を、途中でぶつかる事を知った上で行っている。

 それも二段掛けでだ。

 フェイトにはもう恭也が何処に居るか見ることも感じる事もできていない。

 だがしかし、その中で、その中だからこそ撃とうとしているのだ。

 フェイトが最も信をおく魔法、サイズスラッシュを。

 

 ブリッツアクションはその魔法特性上、魔法効果中に行動する事はできない。

 移動以外の行動をしない事が前提の魔法なのだ、もし動こうとすればその動きによって、本来護られる加速の負荷から護られず、身体が折れてしまいかねない。

 それでも、フェイトは斬ろうとする。

 相手の居場所が解らないこの中で、しかしそれでも恭也が居る振りぬくポイントを見極め、杖を振るう。

 この加速全てを威力に変えて、恭也に勝つ為に。

 

 これは今思いつきでやっている業ではない。

 恭也が現れた時から、自分よりもずっと速く動く相手を見た時から、ずっと考え、形にしようと近づけてきたもの。

 自分が最も得意とする『速さ』で、自分より速い相手を越えようとする意志の力。

 

「―――っ!」

 

 カッ!

 

 フェイトは2つの魔法を同時に発動させた。

 そればサイズスラッシュとブリッツアクションだ。

 斬撃を行う事で落ちてしまう速度を補う為に、ただでさえ身体が軋む速度を更に跳ね上げた。

 しかし、それでこそこの業は完成する。

 

 其、雷光の如く瞬時に空を駆け、万物を切り裂くだろう―――

 

雷光一閃

Lightning Slash

 

 ズダァァァァァンッ!!

 

 この闇の中を雷光が駆け抜ける。

 金色の刃は空を地と水平に断ち切る。

 

 

 だが、

 

 カッ!

 

 二段掛けの神速の中、相手も超高速であるが故に捉えきれず、限界行使状態の肉体は絶叫の様に痛みを訴える。

 しかしそんな状態で、恭也は初めての試みを執り行おうとしていた。

 それは、戦いという手段の中で戦っている相手を救うという行為であり、己の身体を鞘として行う抜刀術。

 そしてこの業―――不破 恭也が生涯を、この命の全てを掛け、其そのものを己としたもの。

 

 曰く、其に型はなく、あらゆる距離を無とするものであり、

 

小太刀二刀御神流

 

 全にして一の答え―――

 

奥義之極

 

 ズダァァァァァンッ!!

 

 不破 恭也という鞘から解き放たれた力は、この闇の中をして漆黒という色を現し、空を垂直に駆け抜ける。

 

 

 金色と漆黒は刹那の時を交差する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 砕け散る紅の力。

 その破片が舞う中で、2人は視線を交わしていた。

 

「……」

 

「……」

 

 フェイトの問にセレネは何も応えない。

 フェイトはただセレネの瞳に答えを探す様にその姿を見ていた。

 だが、

 

「これで、最後よ」

 

 口を開いたのはセレネ。

 

 タッ!

 

 今まで動かなかったセレネが大きく後ろに跳ぶ。

 とてつもなく重いバリアジャケットを着込んでいる事など微塵も感じさせない身軽な動きで。

 気付けば100mもの距離をとっていた。

 

 キィィィ!

 

 彼女が左手のデバイスから発している力、糸の様に伸び、この闇の中央と外れに向かっている真紅と紫の力を隠す事を止めて。

 

 ザッ!

 

 しかし、それはそんなモノは関係なく、セレネは右手を前に出して構える。

 今まで防御に徹してきたセレネが攻撃の体勢に入ったのだ。

 

「―――っ!」

 

 それが何を意味するか、フェイトは瞬時に判断して後ろに跳んだ。

 距離をとる為であり、これを越える為に。

 

「……」

 

 ブワッ!

 

 セレネの背から紅の魔力が噴出す。

 それは翼の様にも見えるが、用途は1つしかないセレネの魔法『クリムゾンストライカー』だ。

 そう、その名にもある通り、それは翼でありながら飛行の為のものではなく、ただ純粋に突き進む為のもの。

 

 キィィィンッ!!

 

 更にセレネの周囲にバリアが、右の拳の前にシールドが展開する。

 シールドに、バリアにバリアジャケット。

 これ等全ての防御力と突撃翼をもって成される業。

 盾として生まれながら、戦う事を望み、今まであらゆる敵を屠ってきたセレネの唯一にして絶対の攻撃手段。

 

「受けなさい」

 

「はい」

 

 ドォォォォンッ!!!

 

 爆音と共に地を蹴り、フェイトに向かって直進するセレネ。

 

 是、例え自分が血塗られても、己が全てを弾丸とし、全ての敵を撃ち砕かんとする盾の決意―――

 

Crimson Breaker

 

 ォォォォォンッ!!

 

 紅の色が闇の地を爆走する。

 一切無駄なく進むエネルギーは、しかし周囲の風を纏いて爆音を響かせる。

 まるでセレネに狂わされたかの様に―――いや、セレネを祝福するかの様に纏う風は、それだけで敵を吸い寄せながら弾き飛ばす。

 そして正面から衝突すれば砕かれ、セレネが疾走した後には何も残らない。

 そうこれは、あまりの高速と巻き起こる風によって回避は難しく、防御すればそれごと砕かれ、並の攻撃では減衰すらしない、攻防一体の絶技だ。

 

 対し、フェイトは、

 

「はぁぁぁっ!」

 

 ヒュンゥッ!

    ヒュンゥッ!

 

 まず放ったのは2発の威力を最大に上げたアークセイバー。

 それは速度を調整し、在る位置で重なるように設定したものだ。

 その重なった瞬間に更にサイズスラッシュを重ね、セレネのクリムゾンブレイカーを破ろうというのだ。

 

 それは、バリアを破った時と同じ作戦。

 違う点は通常斬撃がサイズスラッシュに変わっているという事だ。

 

 だが、それは同じに見えるだけで全く難易度が違う。

 セレネのクリムゾンブレイカーはバリアとシールドを展開した上、高速で突撃で突撃してくる業だ。

 動かなかった時と違い、2発のアークセイバーを重ねた上に斬撃を重ねるだけでもタイミングが難しくなる。

 更に、その斬撃がサイズスラッシュに変わった事で、本当に同時に斬撃を重ねなければ効力を発揮しない。

 その上、バリアを抜けた後シールドを切り裂く為には、全ての威力を一瞬に集中させなければならず、コンマ1秒のズレも許されない。

 そもそも相手はクリムゾンブレイカーを放ってきている為、失敗すれば次の瞬間には砕かれるか、運が良くても風にまかれて吹き飛ばされてしまう。

 

 フェイトの勝機は一瞬しかなく、それ以外は全て死に触れる程の敗北。

 しかし、それでも、

 

「―――っ!」

 

 タッ!

 

 フェイトは地を蹴る。

 ブリッツアクションを起動し、高速で突撃してくる相手に、こちらかも最高速を持って挑む。

 アークセイバーが重なる瞬間にブリッツアクションから抜け、そこにサイズスラッシュを叩き込む為。

 己の攻撃力の全てをここに示す為に。

 

 フッ!

 

 景色を見失い、一瞬の内に50m程を移動する。

 そうして来た目の前にはクリムゾンブレイカーが、そして左右には今まさに重なろうとしているアークセイバーがある。

 攻撃できるタイミングは僅か一瞬。

 

 ブンッ!

 

 最高の速度でデバイスを振るう。

  

 ガキンッ!

 

 2つのアークセイバーは重なり、クリムゾンブレイカーと接触する。

 しかし、次の瞬間には纏う風に消し飛ばされてしまうだろう。

 そこへ、

 

「はぁぁぁぁっ!!」

 

 カッ!

 

 同時にブリッツアクションによって加速されたサイズスラッシュは撃ち込まれる。

 いや、アークセイバーが重なる点にサイズスラッシュの切っ先を、威力が最も高い点を重ねたのだ。

 

 其、如何なる状況であろうとも、如何に小さき光であろうとも、必ず光を掴み取るという少女の意志―――

 

Flash Saber

 

 ドゴォォォォォォンッ!!

 

 その瞬間、爆音が響き渡った。

 紅と金色の力が全力でぶつかり合った爆音が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バリィィンッ!

 

 交差していた光が消え、次に響いたのは砕け散る音だった。

 高速の交差で斬り合い、その後互いに振りぬいた武器を持って、互いに背を向けて立つ2人。

 そんな中、フェイトが持っていたバルディッシュの形をした闇が砕け散る。

 

「……」

 

 フェイトは呆然としていた。

 何故かといえば、確かに自分は恭也を斬り、そして恭也は自分を斬った筈なのだ。

 それなのに自分は何処にも傷がなく、魔力攻撃も受けていない上、恭也を斬った手ごたえも残っていない。

 交差の一瞬、サイズスラッシュが恭也を斬るその瞬間、まだ恭也のデバイスは恭也という鞘に納まっていた。

 しかし、サイズスラッシュが恭也に触れた瞬間には既に振り抜かれていた。

 

 サイズスラッシュを止められる間合いではなく、長剣に相当する長さの武器が十分に振るえる間合いでもない。

 それなのに―――

 

「フェイト」

 

 恭也は名を呼んだ。

 全てを何故と問うた少女の名を。

 

 パリィィィンッ

 

 その瞬間、恭也が持っていたデバイスが砕け散る。

 想定していた負荷を遥かにオーバーし、しかし役目を果たしたと、満足した様に散ってゆく。

 

「フェイト、もしお前が成長しない事を悩むなら、生き物として外れている事を悩むなら、俺の処に来るがいい。

 他の誰もお前を人として受け入れず、誰もお前を愛さなくとも、少なくとも俺が居る」

 

 振り向きながら少女、フェイトに告げる言葉。

 全てを先の一撃で伝えながら、敢えて言葉にして告げる。

 苦手であっても、必要と判断し、同時に自ら望んで。

 

「俺が如何なる悪意もお前には近づけさせない。

 そして、お前が望み、求める限り、お前の傍に在ろう」

 

 普段気持ちを言葉にする事が少なく、いつも無表情で他者に怖いという印象を与えると自覚している。

 そして、今も喋っている内容など突然信じてもらえる様な喋り方は出来ていないだろう。

 しかし、それでも、 

 

「フェイト、俺はお前を―――愛している」

 

 ただ正直に。

 全ての飾りを排除した一言。

 言葉にして伝えることを苦手とする男が、全てをもって告げる。

 

「……いいんですか?

 私は、信じても」

 

 フェイトは確かに断ち切られたのだと思う。

 この心と存在を確かに。

 心だけの存在だったからこそ、得る事ができたもの。

 

 フェイトはゆっくりと振り向いた。

 その時、恭也は自らの仮面を掴み、

 

「不破 恭也と言う」

 

 自ら仮面を外し、素顔を晒し、名乗る。

 

「ありがとう……」

 

 キィィン……

 

 恭也を見て、一筋の涙をながしつつも微笑んだフェイト。

 だが、同時にその姿が薄れ、消えてゆく。

 いや、一筋の涙と笑みによって全てが解け、戻ろうとしているのだ。

 

「行ってこい。

 なのはが待っている」

 

 己の役割を終え、一つに戻っていくフェイトを見ながら、恭也は再び仮面を着け、形だけであるがバリアジャケットも再構築した。

 既にここでの役割を終えているが、この後に少しやる事がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 爆音の後、そこには紅の羽根の様な魔力の残滓が舞っていた。

 それはセレネの魔力であり、砕かれたバリアとシールドの残骸と、疾走の為のクリムゾンストライカーの残滓。

 

「強く、なったわね」

 

 聞こえてきたのは若い女性の声。

 まだ少女と言える声で、優しく、静かに響く。

 

「……」

 

 デバイスを振りぬいたフェイトはその声を横に聞いていた。

 絶大な威力を誇る業クリムゾンブレイカーを撃ち砕いたフェイトと、唯一の攻撃手段クリムゾンブレイカーを止められたセレネは横に並ぶ形で立っている。

 

 そう、クリムゾンブレイカーは完全に破れた。

 フェイトの迷いも揺るぎもない一撃は、身体に欠陥を持つセレネを戦闘局員の隊長たらしめていた業を砕いたのだ。

 疾走は止まり、バリアは破られ、シールドは斬られた。

 更に突き出していた右手の手甲も半壊している。

 

 勝負で言うならば、まだセレネは負けていない。

 いかに突撃とう行為であれ、クリムゾンブレイカーは真正面から撃つだけが能ではない。

 これはあくまでフェイトと真正面から撃ち合うという条件があってこそ勝敗だ。

 

 しかし、この場においてセレネが破れれたのは事実。

 

 ピキッ! ギギギッ!

         バシュンッ!

 

 残っていた魔力攻撃の余波か、セレネの右腕から肩にかけてのバリアジャケットが吹き飛んだ。

 いや―――これは、フェイトの攻撃に因るものではあるが、元々クリムゾンブレイカーという業自体で掛かっていた負荷に因るもの。

 何故なら―――

 

「―――っ!!」

 

 フェイトは見る。

 今までバリアジャケットに隠れていた右腕を。

 女性らしく細く、しかし絞り込まれた腕であるというのは知っていた。

 だが、初めて見るその素肌、その表皮に刻まれているのは無数の傷痕。

 切傷、刺し傷、砕いた跡すらある。

 ミッドチルダの医療技術を持って尚消しきれない傷痕の数々。

 

 それはセレネが戦おうと決意し、戦ってきた証。

 

 クリムゾンブレイカーは絶大な威力を誇り、回避が難しく、防御も危険を伴う、そして使用者にとって攻防一体となっている業。

 そしてそれ故に、これしかないセレネは巡航艦アースラに於いて戦闘局員の隊長を務める事ができている事実を持つ。

 勿論、戦闘以外でも隊長として必要な能力あってこそであるが、少なくともアースラに於いては提督と執務官を除いて一番強い事を意味する。

 そう、この業一つだけでだ。

 

 しかし、ミッドチルダの誰一人、この業を模倣しようなどと考える者はいない。

 たとえセレネ以上の防御魔法のスキルを持っていてもだ。

 それは自らを弾丸に変えるというこの業は、つまるところ自爆を覚悟しなければいけない業だからだ。

 相手の防御力がこちらより高ければ、相手の攻撃力がこちらの防御力を上回れば、それは即ち術者本人への直接ダメージとなる。

 

 が、そんな事は実のところさしたる問題ではない。

 

 この業のバリアとシールドを展開しながら高速で移動する。

 本来バリアを展開しながらの移動は空間干渉を引きずる事になる為基本的にしない、できたとしても非常に遅くなる。

 クリムゾンブレイカーの場合、その点を考慮した改良が加えられてはいるが、それでもトラックを押す様な重さが付き纏う。

 それでも尚回避が難しいとされるほどの速度が出せるのは、普通は在り得ない程巨大で、視認できてしまう翼、クリムゾンストライカーによるもの。

 

 なのはのフライヤーフィンは、踵の小さな翼だけで十分に飛行し、しかも重いバリアジャケットを着て尚十二分に高速移動ができる。

 クリムゾンストライカーの翼の大きさはなのはのフライヤーフィンの何十倍にもなる。

 それだけの魔力を注ぎ込み、普通は必要ない推進力を得ている。

 実のところ、もしクリムゾンストライカーだけで疾走した場合、セレネはミッドチルダの中で間違いなく最速だ。

 フェイトのブリッツアクションや恭也の神速を遥かに越える高速で移動できる。

 

 尤もそれは理論上の話であり、殆ど直進しかできない為、意味があるかは別問題であるが。

 更に言えば、そんな高速で移動するに足りるバリアジャケットはどれ程の重さになるかも考えなければならない。

 そしてそれはクリムゾンブレイカー中とて同じ事なのだ。

 

 トラックを押して高速移動できる程の推進力。

 それをもってバリアとシールドを無理矢理高速移動させる。

 勿論、バリアを移動させるという別の技術があってこそであるが、術者に掛かる推進力の反作用は変わらない。

 セレネのバリアジャケットが異常な程頑強なのはその為であり、それでも尚クリムゾンブレイカーを使うには最低限でしかない。

 

 つまり、クリムゾンブレイカーを使う場合、術者の身体への負荷は最低限しか軽減されず、業を使うだけで身体にダメージを受ける事になる。

 セレネの腕の傷は敵の攻撃を受けたものも多いが、実はクリムゾンブレイカーを使う事で自ら負ったものも多い。

 

 そう、何故バリアジャケットがアレほど目に見える形で全身を満遍なく覆っているかと言えば、

 

「傷を隠す為に……」

 

 思わず、フェイトは口にしてしまう。

 自分でも成長しない自分を思う事があったのだ。

 実際まだ少女といえる年齢であるセレネが女性として自分の身体をどう思っているかを想像してしまう。

 勿論、傷を隠す事は業の弱点を隠す事にもなるし、セレネは全てを承知でこの業を使っているが―――

 

「フェイト」

 

「……」

 

 名を呼ばれ、フェイトはセレネを見上げる。

 すると、セレネは微笑んでいた。

 そして、

 

「ありがとう、フェイト。

 ここまでひたむきに強くなってくれて。

 ありがとう、こんなに私の事を想ってくれて」

 

「……マスター?」

 

「何故、と貴方は問うたわね。

 その答えは、貴方があまりに良い子だからよ」

 

「―――っ!」

 

「私は、私自身の欠陥によって貴方を使い続けられない。

 私は、こんなに愛しい子を武器として振るう事はできないから」

 

「あ……」

 

 パリィィィンッ!!

 

 フェイトのデバイスが、闇で構成されていた武器が砕け散った。

 先の一撃に耐えられなかった訳ではなく、ただ純粋に意味を失ったが故に。

 

 キィィン……

 

 それと同時にフェイトの身体が消えてゆく。

 想いが晴れた事で一つに戻ろうとしているのだ。

 その時、

 

 キィィンッ!

 

 消えかかるフェイトに真紅の魔法陣が掛かる。

 左手のデバイスから新たに放たれた光によって、フェイトの心そのものに魔法が掛けられる。

 

「え?」

 

「行きなさい。

 辛かった全ての記憶を捨て、新しい命で」

 

「え? ま、まっ……」

 

「大丈夫よ、貴方にはもう友達がいて、貴方を愛してくれる人が居る」

 

 消えかかった体で、既に戻ろうとしている身体で手を伸ばすフェイト。

 しかし、その手は届く事無く、伸ばした手すら本体へ引き戻されてゆく。

 

「今までごめんなさいね。

 そして、これからは幸せにね」

 

「マスター!」

 

 キィィンッ

 

 その呼び声を最後に、フェイトの心の一つが完全に本体へと戻る。

 同時に残り2つも戻って、全ての心が身体に戻り、ここからが本番だ。

 

 だが、その前に、

 

「これで本当にお別れね。

 さようなら―――私のフェイト」

 

 そう呟いた少女の周囲に、紅以外の色が舞う。

 この闇の中で、静かに、そして暖かい一筋の光が。

 

「……さて、最後の仕上げよ」

 

 だが、次の瞬間には微笑も消え、凛とした顔が戻る。

 左腕を右手で掴み、左手のデバイスの制御に全てを掛ける。

 

「お願いね、私の可愛い義妹が見つけた子よ。

 全て、幸いで終わらせる為に」

 

 キィィィィンッ!

 

 闇の中を走る真紅と紫の糸が一層輝く。

 もう殆どの力を使い切ってはいるが、それでも尚力を注ぎ込む。

 何も失わないで済む様に。

 せめて、あの子達は全てを得られるように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フェイト本体を見上げる恭也。

 最後の奥義の際に光を失い、何も見えていなかった右目には既に色が戻り、フェイトの姿を捉えている。

 だが、最後の奥義を放った時、何かを見つけていた左目は、今は何も映さない。

 

 それは今はよしとする。

 フェイトの身体に全ての心が戻り、なのはがこれからジュエルシードの解放に入るだろう。

 例えジュエルシードの真実を知らなくとも、なのはならジュエルシードを利用してでもフェイトを助ける筈だ。

 

 キィィィンッ

 

 近くで―――そう、この『距離』を操作されている闇の中において近い筈の位置で、力の流れを感じる。

 魔力そのものは小さくとも、大きな魔法を使おうとしているのだ。

 

「始まったか」

 

 それはなのはだと解る。

 そして、すぐに声が聞こえた。

 

 ―――今我が声が届くなら、我が想いが伝わるなら、この手に集いて願いに形をもたらさん―――

 

 耳ではなく心に直接響くかの様な声。

 なのはの声であり、求めの声だ。

 今なのはは魔力がほとんど残っていない為、この場に居る―――いや、この世界全ての力を借りようと言うのだ。

 

「持っていけ」

 

 恭也は手を空に掲げる。

 この為に取っておいた魔力だ。

 リンディの分も含め、漆黒と翠の魔力が飛んで行く。

 なのはの下へ、ジュエルシードに必要な『力』として撃ち込み、願いを正しく形にする為に。

 

 カッ! カッ!

 

 力がなのはの下に集まった頃、恭也からも見えているフェイトに変化が起きた。

 フェイトの左胸、その中に埋め込まれているジュエルシードを中心として魔法陣が展開したのだ。

 数は2つで、色は真紅と紫。

 互いに交差し、支えあうように展開している。

 まず間違いなく片方はセレネのもので、もう片方は恐らくフェイト―――その元であるアリシア・テスタロッサの母親、プレシア・テスタロッサが施したものだろう。

 

 更に、

 

 キィィィンッ

 

 この闇のドームの地に巨大な翠の魔法陣が出現する。

 いや、正確には元々あって、今役割を果たす為に姿を現したのだ。

 なのはの放つ魔法の支援と、ジュエルシードの制御を補助する力。

 何せ人1人の命をなんとかしようというのだ、念には念を入れたリンディの策。

 

 全ての準備は整い、後はなのはが正しく願うだけだ。

 

 と、その時、

 

「ん?」

 

 恭也はあるものを見つけた。

 今から行おうとする魔法とは別の魔法で、その陰に隠れてしまって、おそらくなのは気付いてない力だ。

 

「……まったく、無駄な事を」

 

 その力を解析する事はできなかったが、誰の仕業で、何の力かは解った。

 溜息をついて呆れる恭也。

 しかし、自分でもそうしただろうと苦笑に変わる。

 

 そんな事を考えている内に魔法は完成された。

 

 カッ! 

 

 フェイトに光が差し込む。

 白銀の光が。

 なのは達、恭也達、そしてセレネの想いと力を乗せた願いの力が。

 ジュエルシードに正しく願いを形にさせる正しい願いが放たれた。

 

 キィィィ……

        ゴゴゴゴゴゴゴ……

 

 その力は元々組み込まれていた2つの魔法陣と、地面の展開されている魔法陣の補助を得て正しく制御される。

 ここに居る全員との想いをもって、なのはが執行した魔法だ。

 大凡不備など考えられない。

 

 だが、

 

「む」

 

 ギギギギ……

 

 魔法が軋みを上げている。

 魔法陣が噛み合わぬ歯車の様に鈍い動きを見せ、この闇の世界が乱れている。

 

「力が足りないか」

 

 ここまで準備を重ね、万全とはいえなくとも、十分な力と想いは集まった筈だ。

 しかし、やはり人の命を取り戻すには足りなかったというのだろうか。

 

(場合によっては……)

 

 胸に下がっているフォーリングソウルを、その中のジュエルシード]Vを握る恭也。

 もし他に手段がないなら、この力を解き放つ事も考える。

 

 だが、その時だ、

 

「……なのは」

 

 宙に浮いているフェイトが口を開いた。

 呼ぶのはなのはの名。

 恐らく今なのはと会話をしているのだろう。

 

「……バルディッシュ」

 

 ここからなのはの声を聞くことはできない。

 しかし、フェイトは何かを決意したようにパートナーの名を呼んだ。

 

Yes, Ma'am

 Stand by ready』

 

 ガキンッ!

 

 それに応え、姿を現したのはフェイトの本当のデバイス。

 インテリジェントデバイス・バルディッシュ。

 その杖を強く握り、フェイトは―――

 

「私は―――生きたい」

 

 キィィィンッ!

 

 願いと、そして力を解き放った。

 

 カッ!

 

 フェイトに差し込む光に変化が起きる。

 白銀だった光が黄金の光に変わる。

 それはまるで太陽の様に強く眩しく輝いた。

 

 ァァァァァ

 

 ついに魔法は完成した。

 歌うかの様に魔法陣は駆動し、満たされた力は回路を駆け巡る。

 

「本当に凄いよ、お前達は」

 

 闇の中に光が満ちて行く。

 世界が変わろうとしているのだ。

 そんな中、恭也は笑みを浮かべながら1人呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パキィィンッ

 

 光が満ち溢れる世界、小さく砕ける音がする。

 セレネの左手にあったデバイスの宝玉が砕けたのだ。

 力を使い果たし、役目を終えて。

 

「これで、もう大丈夫……」

 

 変わろうとしている世界の中、セレネは笑みを浮かべ、その場から去った。

 最後に自由になったフェイトの姿を見ながら、転移魔法を発動させて誰にも知られずにその場から消える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ァァァァッ!

 

 世界に満ちていた光が収束し、そこには1人の少女の姿がある。

 バリアジャケットが解除され、元々着ていたのだろう黒いワンピース姿の少女だ。

 傍には分離し、正常の証たるナンバー]Zの白い文字を示したジュエルシードがあり、デバイスもボロボロであるが生きている。

 しかし、宙に浮いた状態であった為、今落下しようとしている。

 

(む、行くか?

 いや、必要ないか)

 

 受け止めようかとも思ったが、それよりも速く動いている者がいた。

 

 バッ!

 

 落下地点でフェイトを受け止めるのはなのは。

 やはり実際の距離としては近くにいたらしい。

 

(後は……)

 

 既に通常の世界―――といってもまだリンディの結界の中だが、戻ってきている。

 視界は正常で、少し離れた場所から久遠とアリサも駆け寄ってきている。

 そこで恭也は気配を消し、ギリギリ残っている魔力で光学ステルスを使っておく。

 ギリギリでしかないが、この状況なら問題ないだろう。

 

「おかえり、フェイトちゃん」

 

 フェイトの鼓動を感じ、微笑むなのは。

 そこに久遠とアリサが到着した。

 

「なのはー」

 

「おーい、って、あれ髪どうしたの?」

 

(そう言えばバリアジャケットなのに髪が解けているな……)

 

 アリサの言葉になのはの今の姿を思う。

 姿としてはバリアジャケット―――尤も、形だけで防御力は無いものだ。

 魔力が無かった為だろうが、それでもリボンを作るくらいはできた筈だが……

 

(まあ、何か思うところがあったのだろう)

 

 そんな事を考えつつ、今はなのは達の動向を観察する。

 

「よかった、そっちも大丈夫だったんだね」

 

 なのははアリサが抱えている子犬に、無事だったアルフに気付いて微笑む。

 何も失われず、求めた全てを手にする事ができたのだ。

 

 その後、アリサがフェイトを診察する。

 術式は完璧と言えたが、前代未聞の奇跡を起こしたのだ。

 検査をし過ぎても無駄にはならないだろう。

 

「ん〜、専門家じゃないから詳しくは解らないけど、人間である事しか解らないわね」

 

「やったぁ!」

 

(離れている上に魔力が使えないのですが、私の方でも確認しました。

 見る限り完璧に人間です)

 

(そうですか)

 

 結界の負荷が外界からの隔離以外なくなった為、目覚めて分離し、隠れながらも診察したリンディ。

 アリサとリンディが同意見であるなら、問題ないだろう。

 もし細かい部分に何か欠陥があってもこの先で補える。

 声に出して喜ぶなのはに隠れ、恭也もまた安堵していた。

 

「……ぅ……ん」

 

 と、そんな声を聞いてか、フェイトが目を覚ました様だ。

 

「あ、おはよう」

 

「気分はどう?」

 

 寝ぼけた様に辺りを見回すフェイトと、そんなフェイトを覗き込むなのは達。

 なのは達の顔は笑みを浮かべていた。

 だが、

 

「貴方達は……誰?」

 

「……え?」

 

 次の瞬間、その笑顔も流石に曇る。

 フェイトは寝ぼけているからそんな事を言っているのではない。

 それはおそらくすぐ傍にいて、向かい合っているなのはこそより理解しているだろう。

 

(無駄な事を)

 

(全くです)

 

 何故そうなっているのかを知っている恭也とリンディはただ溜息を吐く。

 勿論、それがなのは達によって直ぐに解決されるだろうと信じているからこそであるが。

 

「なるほど、ある意味当たり前か」

 

 何も解らないフェイトと、困惑するなのはと久遠。

 だが、そんな中でもアリサは冷静だった。

 いや、ある程度予想していたのかもしれない。

 

「命を再構築する、なんて事をしたんだから、記憶がなくなっていてもおかしくはないわ」

 

「そんな……」

 

「くぅん……」

 

 なのは達が話している横で、子犬の姿になったアルフがフェイトに擦り寄る。

 アルフの方は記憶があるのだろうが、主が今の状態では喋る事も念話を伝える事もできないだろう。

 

「……」

 

 フェイトは擦り寄ってくる子犬を撫でる。

 そこに親愛の情はなく、ただ可愛い子犬がそこにいるからという理由でしかない筈。

 悲しそうに見上げるアルフに、フェイトは不思議そうに首をかしげるだけだ。

 

「使い魔が維持されているのは奇跡というか偶然というのか。

 契約は何故かそのままみたいだから、あの使い魔が消える心配はない。

 ただ、本来在り得ない事だけど、主が契約を自覚していないせいで、最低限の魔力しか供給してもらえていない。

 だから、あの使い魔はこのままじゃあの子犬の姿のまま、喋る事もままならない。

 けど、それでも消えなかったんだから、これからなんとかなるでしょう」

 

「……うん」

 

 アリサと久遠となのは、3人で円陣を組む様に話し合っている。

 その上で、起こした奇跡の中でこぼれ落としたのが記憶だけなら十分な成果なのではないかという結論を出そうとしてしまっている。

 

(一押しはしておくか)

 

 そんな様子を見て、恭也はなのはだけに見える位置に移動し、ステルスを解除した。

 そして、

 

「……………」

 

 口だけを動かして問う。

 それでいいのか、と。

 なのはは読唇術は習得していないが、しかし十分に伝わった筈だ。

 

「―――っ!」

 

 はっと目を覚ました様に立ち上がるなのは。

 そして、

 

「……良くない」

 

「え?」

 

 何分恭也に気付いていない為、なのはが突然行動に出たと驚く久遠とアリサ。

 だが、そんな2人を他所になのははフェイトの前に立った。

 

「自分の名前は覚えてる?」

 

「私は―――私は……誰?」

 

 問うのは名前。

 だがやはりフェイトは忘れている。

 

 否、まだ奥底に眠って出てこないだけだ。

 本来あんな奇跡の中なら記憶など零れ落ちても不思議ではない。

 しかし、あの術式も力も完璧で、全て上手く行ったのだ。

 だから、命を取り戻した代わりに記憶を失ったなどと言うことはない。

 

 だが、流石に命を取り戻した影響で、過去の記憶が奥底に沈んでしまっている。

 そこにわざわざ思い出さぬように他者の手で封がしてあるのだ。

 辛い記憶など思い出す必要はないと、残酷な優しさをもって施された術式が。

 

 本来、自分というものが何も見えていない状態で、奥底に眠っている上に封までかけられては思い出すことは容易ではない。

 だが、今は、 

 

「思い出して!

 貴方には大切な名前があった筈なの」

 

 そう、今はなのはが居る。

 フェイトを救った者の1人であり、誰よりもフェイトを知らない筈なのに、誰よりも強くフェイトを求めた子が。

 だからこそ、

 

「私の……名前……」

 

 フェイトは記憶を辿る事ができる。

 あまりに深い場所で、普通は恐れて手を伸ばす事すら出来ない場所まで。

 

「私は……私は―――」

 

 思い出す。

 大切な全ての記憶を。

 辛くとも、幸いであった時の想いを。

 

 ならば―――

 

「私は―――フェイト、フェイト・テスタロッサ」

 

 パキンッ

 

 名が告げられ、封が砕ける。

 セレネが掛けた封印が。

 小さく砕けたそれは、なのはですら気付かないかもしれないが、それでもなのはとフェイトの力で打ち破ったのだ。

 

「フェイトちゃん……」

 

「なのは……ありがとう」

 

 全てを取り戻し、今度こそと涙を浮かべながらも微笑むなのは。

 そして、なのはの名を呼ぶフェイト。

 

「アリシアの方じゃないんだ」

 

 アリサは戻ったのが『アリシア・テスタロッサ』の記憶ではないと思い、少し複雑そうだ。

 しかし、『テスタロッサ』と名乗った事に疑問も感じているのだろう。

 

「大丈夫、アリシアの記憶もちゃんとあるよ。

 それと―――アルフ」

 

 シュバンッ!

 

「アリシア……いいのかい? フェイトで」

 

「うん、いいんだよ」

 

「そうかい」

 

 魔力の供給も全てが戻り、アルフも元通り。

 これで全てが幸いの内に終わった。

 

 と、思っただろうその時だ。

 

「そう、だってこの名前は―――

 あっ! いけない!」

 

 全てを思い出したフェイトはなのはと出会った今と、アリシアだった頃の狭間にある大切なものを思い出した。

 そしてそれは今この時、失われようとしているもの。

 

「アルフ、あの場所に行こう。

 あの人ともう1度話さないと。

 バルディッシュ、お願い」

 

Yes, Ma'am

 

「え? あ、ああ。

 ……でも、魔力が。

 とてもここから転移魔法で移動するには足りないよ」

 

「拠点の転移装置を使おうにも、そこまで移動するのに時間が……」

 

 悩むフェイトはなのはに視線を送る。

 何かを告げたいのだが、どういっていいか解らないのだろう。

 

「アリサちゃん」

 

「ごめん、私も魔力切れ」

 

 しかし、それでもなのはは気付き、動く。

 だが、今のなのは達ではどうしようもないだろう。

 奇跡を起こす事に全てを掛けて、力を出し切ったのだ。

 

 だからこそ、

 

「座標は解るのね?」

 

 リンディが声を掛けた。

 隠れる事を止め、アリサが居るこの場で皆の前に姿を現す。

 

「私が連れて行ってあげるわ」

 

 そう、その為にギリギリの魔力を残していた。

 奇跡の補助と、奇跡を起こす為の力を提供しながら、最後の1つを逃さぬ為に。

 

「リンディ!」

 

 一瞬遅れ、叫ぶ様に名を呼ぶアリサ。

 何故ここに居るのか疑問であろう。

 しかし、それに応えている暇はない。

 

「あの子のところでしょう。

 大丈夫、皆で一緒に行きましょう」

 

 フェイトから座標を受け取り、リンディが転移魔法を使う。

 この大人数、長距離であるが、向こう側に受け入れてくれる装置があるからできる大移動。

 

 そう、行く先で受け入れる為の装置がある。

 それが切られていたらリンディとてそこまでの移動はできなかった。

 それくらい解っていて、気が回らなかった訳でもないのに正常に稼動したままにしてある。

 つまりは、向こうも待っているのだ。

 期待しないといいながら、別れを告げながら、しかし『もしかしたら』と思っている少女がそこにいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 某所

 

 シュインッ!

 

 リンディの転移魔法によって移動した先は宮殿の様な建物の中。

 転移する直前に合流、着いた瞬間に皆から離れて隠れる恭也。

 一応まだ隠れたままで居る。

 何せ、まだ正体をなのはに知られる訳にはいかないのだ。

 いや、もう知っているのかもしれないが、それを本当の意味で自覚させてはいけない。

 

「……あっちだ」

 

 恭也に気付いた様子はなく、フェイト達は移動する。

 その後ろについて恭也も移動する。

 恭也にはその先に居る者に今現在用事はない。

 しかし、見届ける為についてゆく。

 

 フェイトが先頭に立ち、着いた先はただの行き止まりだった。

 いや―――

 

「バルディッシュ、1回だけお願い」

 

『Yes, Ma'am』

 

 ガキンッ!

 

 半壊の状態であれ、主の意に応えるデバイス。

 そして、自壊せぬ様にギリギリの制御で力を放つ。

 

「幻影、解除」

 

『Sprite Scythe』

 

 キンッ!

 

 これは幻影や結界などを破壊する為の魔法だ。

 しかし、本来こんな低出力では放っても意味はない。

 だが、相手が目くらましにしかなっていない様な幻影なら話は別だ。

 

「無駄なのに、あの子も無茶な事を」

 

 そんな余裕があるなら別の事に力を使えば良いと呆れるリンディ。

 その溜息は今に対してでありながら、しかし過去の全てから成る様な深い溜息だった。

 

 バタンッ!

 

「マスター!」

 

 扉を開け放ち、フェイトは目的の人物を呼ぶ。

 嘗ての関係の下の呼び方で。

 

「何をしに来たの?

 それと、もうマスターじゃないわよ、契約が無かった事にされているのは貴方も解るでしょう?」

 

 それに応えたのは背を向けたままのセレネ・フレアロード。

 全てが終わったからこそ片付けなければいけないデータをコンソールで操作している。

 

「そうですね。

 もう私達に使い魔契約はありません。

 貴方のおかげで1人の人間になる事ができましたから」

 

「何を言っているの?

 貴方が命を手に入れられたのはその子が起こした奇跡よ。

 全くもって計算外だったわ」

 

 フェイトの言葉にセレネは冷淡を装って応える。

 振り向かないのもまだバレる訳にはいかないからだ。

 

「……」

 

「……」

 

 そんな様子を見ながらアリサは無言でリンディに問う。

 それに対し、リンディは微笑んで返すだけ。

 何も知らなかったアリサに対し、全ての答えはここにあると言う様に。

 

「それで、何をしに来たというの?

 最早貴方は私に用など無い筈よ?」

 

 きりのいいところでコンソールの操作を中断し、やっと振り向くセレネ。

 無駄な力を2回も使ったせいで、今にも倒れそうな身体をコンソールに預けながら。

 

「貴方の力になる為に」

 

 フェイトが告げる姿を見ながら、恭也はまるでなのはを見てる様だと思う。

 フェイトはフェイトであるが、そうやって真っ直ぐに相手を見詰める姿はなのはを思わせた。

 

「意味が解らないわ」

 

 あくまで冷淡を装って返すセレネ。

 既に無駄であると知りながら、しかしそれが自分であると言う様に。

 

「私はただ貴方の力になりたい。

 それだけです」

 

 静かに、しかし真っ直ぐに告げる言葉。

 隠し、封印しようとした相手に対して。

 フェイトは自らの意思をもってここに在り、セレネを求めたのだ。

 

 その言葉にセレネは前に出る。

 既に手を伸ばせば届く距離。

 

 そこで、お終いだった。

 

「……まったく、全部台無しだわ」

 

 セレネが考えてきた結末は崩れ去る。

 

「ずっと―――」

 

 バッ!

 

 自らフェイトを抱きしめる事でセレネが出していた答えが消えてなくなる。

 セレネが考えていた結末よりも遥かに越えた答えがここにあるのだ。

 

「ずっと我慢してたのに―――」

 

 それを認め、喜び、受け入れた。

 今まで隠してきたものを全て曝け出し。

 今まで我慢してきた事を全てを手に取った。 

 

「ごめんなさい……それと、ありがとう」

 

 フェイトは抱き返す。

 フレアロードの姓を使い、今まで傍に居たセレネ・ハラオウンを。

 嘘をついてまで護ろうとしてくれた大切な人を抱きしめた。

 

「そう……悪役を演じてたのね」

 

 そんな様子をみながら、答えを知ったアリサは1人呟く。

 嘘に気付けず、騙された事を思い、顔を伏せるアリサ。

 

「そうよ。

 貴方は初めて見ることになるのかしらね。

 あれが、私の自慢の家族の1人、セレネよ」

 

 そこに歩みよるリンディ。

 嘘を知りながら、しかし教えなかった者であり、言ってしまえば騙していた1人である人。

 だが、

 

「私は、本当何も知らなかったんだ」

 

 アリサはそれを責めたりはしない。

 その嘘にどれ程自分が護られてきたのかも気付いたから。

 自分がどんなに恵まれているかを気付いたから。

 

「ごめんね、黙っていて、騙す様な事までして……」

 

 だが、とリンディはアリサを抱きしめる。

 愛しい子を抱くように。

 そう、例え恵まれていた環境であれ、それでもアリサは過酷な戦いを勝ち抜いたのだ。

 想定を遥かに超える答えを導いた1人として。

 そこに、嘘と言う護りが在った事など関係ない。

 

「よくがんばったわ、アリサ。

 貴方は私の自慢の家族よ」

 

「リンディ……」

 

 リンディの胸に顔を埋めるアリサ。

 普段なら絶対に人前では、特に初めての友達であるなのはと久遠の前では嫌う筈のそんな行為も自ら行う。

 何故なら、もっと見せられない顔をしているからだ。

 

 いかに時空管理局の執務官補佐という役割に見合うだけの力量と精神力があろうと、今までずっと戦ってきたのだ。

 友達はできても、家族や仲間達を離れた場所で。

 それは一体どれ程の不安だっただろうか。

 

「うん、これで一件落着、かな」

 

 そんなアリサを見て、なのはは笑みを浮かべる。

 今度こそ完璧で、何もかもが求めた通りの結果になったのだと満足している。

 

「うん」

 

「そうだな」

 

 そして、それに頷く久遠とアルフ。

 頷く2人を見た後、なのはは―――

 

「そうだよね?」

 

 次に恭也に向かって同意を求めてきた。

 隠れ、見えない筈の恭也に。

 

「……」

 

 隠れ方が甘かったかと、直ぐに隠れなおす恭也。

 だが、直ぐにそれどころではなくなる。

 

「ぐ……ゴホッ!」

 

「え? ……セレネ? セレネ!」

 

 フェイトと抱き合っていたセレネが吐血したのだ。

 口を手で押さえているが、指の間から血がボタボタと落ちる。

 かなりの量だ。

 

「まったく、無茶ばかりするから!

 ごめんね、詳しい事は今度話すから」

 

 すぐにセレネに駆け寄って治療の魔法を掛けるリンディ。

 だが、それだけでは足りない。

 

「治療するから、貴方達が使ってるマンションを使ってもいいわね?」

 

「あ、はい。

 でも……」

 

「大丈夫よ、命に関わるものじゃないから。

 今はまず安静にさせないと」

 

「解りました」

 

「私が運ぶよ」

 

「ええ、お願いね。

 アリサ達は1度戻りなさい。

 今日はもう遅いし」

 

 慌しく動く中、ここまで着いてきたなのは達に話が振られる。

 着いていっても出来る事はなく、事情の説明などできない状態だ。

 だから、今日のところは一度解散する事を提案する。

 

「地上へのゲートへは私が案内する。

 アルフはセレネをお願い」

 

「了解」

 

 それからフェイトに連れられ転移装置まで移動するなのは達。

 リンディ達はもう1つ転移装置へと向かう。

 そこで、

 

「手伝おう。

 それ、見た目よりも重いだろう?」

 

 隠れる事をやめ、アルフの前に立つ。

 

「あ、やっぱりいたのか、アンタ。

 いやいいよ、十分いける」

 

「歩けない程じゃないわ、アルフも抱える必要はないわよ」

 

 セレネは兎も角、アルフも特に驚いた様子はない。

 まあ、既に神出鬼没と思われているだろうから、突然の出現は慣れられてしまったのだろうか。

 

「因みに、匂いでもわかってたから」

 

「む、なるほど。

 対策を考えておかねばならんな」

 

 解っているつもりだったがアルフは狼系の獣である事を失念し、光学ステルスだけでは意味が無い事を思い出す。

 となると、久遠も同様に気付いていたのだろう。

 今後ステルスを掛ける時の参考にしようと考える。

 

「なのは達を送ってきたよ。

 あ……恭也」

 

 と、そこへフェイトが戻って来る。

 そして恭也に気付き、少し戸惑ってから名を呼んだ。

 どうやら闇のドームの中での恭也との戦いの記憶も既に戻っているらしい。

 少し恥じらう様な呼びかけだ。

 

「ん? ああ、名前教えてもらったんだ」

 

「ああ」

 

 アルフに答えた後、恭也は仮面を外した。

 なのはも居ない今、特に隠す意味はなく、いや、それ以上にフェイトに応える為に今ここで再び仮面を外す。

 

「……」

 

「……」

 

 あの時1度見ているフェイトも、初めて見るアルフもその素顔を見つめる。

 

「……すまんな、お約束的な美男子ではなくて」

 

 2人に顔を見られ、苦笑しながらそんな事を言ってみる。

 漫画とかならば、仮面で素顔を隠した者は美男子ないし美少女だと相場が決まっている。

 まあ、敢えてその逆という場合もあるが、恭也の場合自分はその逆の方だと思っている。

 それは単純な外見だけでなく、恭也という存在そのものが仮面を被るキャラクターとしては合わないと判断してだ。

 

「ううん、そんなことないよ。

 仮面の下の素顔がどうなんて、想像した事無かったけど、十分カッコイイよ」

 

「そうだね、まあいいんじゃない?」

 

 少し顔を赤くしながら微笑むフェイトと、笑うアルフ。

 世辞ではなく、本心からの言葉だとその瞳を見れば解る。

 

 それに対し、恭也は、

 

「む、それはいかんな。

 おい、再生の過程で審美眼が狂ったらしい。

 修正できるか?」

 

 そんな事を言う。

 セレネに向かって。

 

「私の力になりたいなんて言う時点で価値観が元々おかしいのよ。

 これは後でじっくり、しかし確実に矯正しないとダメね」

 

「そうだな、フェイトはまだ若い。

 まだ十分に矯正は間に合うだろう」

 

 頷き合い、矯正を決意する2人。

 

「割と酷い事を言っている?

 その……自分達に対して」

 

「なんとなく、この2人が似たもの同士だと解ったよ」

 

 そんな2人を見ながらフェイトとアルフは苦笑しかできない。

 そこに、先に行って転移装置の準備をしていたリンディが戻って来る。

 

「酷いでしょう?

 これでもがんばったのよ?」

 

 会話が聞こえていたらしく、フェイトとアルフの前で大きく溜息を吐く。

 どういう意味か、あまりに解りやすい溜息を。

 

「兎も角、準備が出来たわ、行きましょう」

 

 だがそれも今はいい。

 大きな問題が1つ解決し、ここまで完璧な解決ならばその先の問題も何も心配はいらないだろう。

 だから、今は一時の平和を笑みをもって楽しめばいい。

 

 恭也もセレネも、今はフェイト達と一緒に笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

第12話へ

 

 

 

 

 

 後書き

 

 11話裏をおとどけしました〜

 今回は活躍する恭也でしたよ。

 でもちょっと恭也らしくなかったかもしれません。

 やたらと熱い台詞も飛び出しましたし。

 

 さてさて、いろいろクライマックスなのです。

 終わりが近いのです。

 恭也編が公開される日も近いのです。

 さ〜、さっさと書くぞ〜

 

 では、次回もよろしくどうぞ〜








管理人の感想


 T-SAKA氏に恭也編の第11話を投稿していただきました。

 なのは編と合わせて推敲に半日かかってますので、皆さんゆっくり読んでください。(爆



 相変わらず裏側で戦っていた恭也。

 魔法の才能が無い分、1人で闘うとセレネに比べれえらい苦戦してましたが。

 まぁ今回は救済も込みだったので、その分勝手が違うのも絡んではいるのでしょうけども。

 奥義之極に至ったのは、そこらへんの状況(倒すだけではない)も作用しているのでしょうかね。


 しかし、なのはも告白してましたが、兄の恭也は更に上だったなぁ。

 愛の告白でしたし。

 まぁ恋愛というよりフェイトの存在丸ごとを愛する、という感じではあるのでしょうけど。

 無論男女の恋愛も込みでしょうが。

 素顔も見せましたし、フェイト関係はこちら側でも一段落ですね。


 最後の文から微妙に不安要素を感じてしまうのは気のせいか否か、それは次回以降を待つということで。。



感想はBBSかメール(ts.ver5@gmail.com)まで。(ウイルス対策につき、@全角)