輝きの名前は

プロローグ

 

 

 

 

 

 某日 某時空

 

『皆、準備はいい?』

 

「いつでもいいわ、リンディ提督」

 

 今は真剣だけど、それでも優しい声。

 少女は準備万端、自信満々に答える。

 己の家族であり、今は上司である女性に。 

 

『まだテストしかしていないデバイスだ。

 くれぐれも無茶はするなよ』

 

「解ってるわよ、クロノ」

 

 静かだけれど、温かさを持った声。

 自身をもって少女は答える。

 兄と呼べる人であり、今は直接の上官である男にも同様に答える。

 問題は無い。

 例え、手馴れたデバイスでなくとも。

 

『逃げる準備はしておく事をお薦めしよう』

 

「……要らないわ、セレネ」

 

 何の心も感じられない冷たい声。

 反発する様に少女は答えた。

 一応仲間であり、2人同様に家族である筈の女性。

 

『皆、来ますよ!』

 

 母艦にいる管制官から通信が入る。

 そして、同時に巨大な魔力の鼓動を感じる。

 

 リンディの率いる巡航艦アースラで、クロノの直下、執務官補佐としての初任務。

 新しいデバイスでの初の実戦。

 直では初めて相対する遺失文明の遺産、ロストロギア。

 

 初めてだらけのこの任務であるが、それでも失敗する訳にはいかない。

 やっと此処まで辿り着いたのだから。

 金色の髪を靡かせ、碧の瞳に意思を宿らせる。

 

『来ました! ロストロギア、ジュエルシード!

 数は特定できませんが、マスタープログラムの存在を確認!』

 

 管制官の声と共に視認できたのは、幾つか漆黒の宝石。

 そして、その中央に浮かぶ漆黒の球体。

 第一級捜索指定遺失物、ジュエルシードとそのマスタープログラム。

 

『了解、封時結界展開します』

 

 キィィィンッ!        

 

 リンディの結界が展開し、4人のいる空間が世界から隔離される。

 これで、対象はそう簡単に逃げられない。

 

『シールド破壊開始する』

 

 ズバァァァンッ!!

 

 セレネが、ジュエルシードとマスタープログラムが展開しているシールドを破壊する。

 仮にもロストロギアの張るシールドをいともアッサリと。

 

『やはり出てきたか、行くぞ!』

Stinger Blade

 Execution Shift』

 

 ズダダダダダダァァァァンッ!!

 

 ジュエルシードから出現した黒い影の様なものに攻撃魔法を打ち込むクロノ。

 これで、全ての障害は取り除かれた事になる。

 そして、ここからは少女の仕事。

 

「我、使命を受けし者なり

 契約のもと、その力を解き放て

 風は空に、星は天に、そして不屈の心はこの胸に

 この手に魔法を」

 

 首に下げていた赤い宝石を手に取り、パスコードを詠唱する。

 新型インテリジェントデバイスの起動パスコードを。

 

「レイジングハート、セットアップ!」

 

『Stand by ready

 Set up』

 

 呼びかけに応え、その姿を現す魔法の杖、インテリジェントデバイス『レイジングハート』。

 そして、同時に少女の衣服も替わる。

 戦闘用のバリアジャケットへ、黒い装甲ドレスへと。

 

「封印すべきは忌まわしき器」

 

 魔力を込め、魔法を選択、起動させる。

 そして、それを向けるのはジュエルシード・マスタープログラム。

 

「封印!」

 

 ズドォォォォンッ!

 

 杖から放たれたのは碧の光。

 光はジュエルシードに到達し、黒く堕ちたそのプログラムを封じる―――筈だった。

 

 バキィンッ!

 

「え?」

 

 全て上手くいったと思ったその時。

 光が弾けた。

 少女の放った魔法の光が、少女の魔法が砕かれたのだ。

 

 更にその次に聞こえてきたのは、状況の悪化を知らせる仲間の声。 

 

『次元震動が発生しています!』

『シールドが再構築されている? 馬鹿な、早すぎる!?』

『防衛プログラムが多数再発生! これは抑えきれん!!』

『いけないわ、結界が破られる』

 

「そんな……」

 

 少女の脳裏に『任務失敗』の文字が浮かぶ。

 リンディの結界もセレネのシールド破壊も、クロノの防衛プログラム破壊も上手くいっていた。

 ならば、失敗したのは自分のせい。

 自分のせいで、この任務が失敗した事になる。

 

「そんなの!」

 

 キィィィンッ!

 

 叫びながら少女はもう1度魔力を杖に収束させる。

 

『いけない、失敗よ、下がって!』

『防衛プログラムも動いている、無理だ!』

『次元震に巻き込まれちゃうよ!』

 

 仲間の制止の声が聞こえるが無視する。

 ここで失敗する訳には行かない。

 やっと辿り着いたこの場所を失う訳にはいかないから。

 

 それに、この目の前の相手は、ここで逃がしていいものではない。

 この相手だけは―――

 

「行けぇぇぇ!」

 

 ズドォォォォォォンッ!!!

 

 杖から放たれる魔法。

 しかし、それと同時にマスタープログラムも光を放った。

 黒い光を。

 

 オオオオオオオオンッ!

 

 少女の放った光は黒に飲み込まれ、消える。 

 そして、その黒い光は更に広がり、この場全体を覆わんとする。

 

「なに、これ!

 きゃぁぁぁぁぁ!」

 

 そして世界が震えた。

 そう、世界そのものが、崩れる様に。

 

『中規模の次元震動が発生しています。

 危険です、退避してください!』

『退避を!』

『貴方達は先に下がって!

 私は、被害をできるだけ食い止めます!』

『無茶です! 提督も早く退避を。

 クロノ君も皆も!

 あ、ちょっと、クロノ君、あの子が!』

 

 管制官とリンディの声が聞こえる。

 起きてしまった事態を何とかする為に動く人達の声が。

 だが、少女は既に震動に飲み込まれて、意識が遠のいていた。

 

『アリサ!』

 

 そんな中、自分の名を呼ぶ姉の声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ここは?」

 

 少女が目を覚ました時、周囲に広がっていたのは森だった。

 見知らぬ木々、知らない空気。

 すくなくとも、作戦を行っていた場所とは違う世界。

 

「レイジングハート、無事?」

 

Condition green

 

「そう、よかった……

 でも、私は……」

 

 身体に力が入らない。

 最後に魔力を使いすぎたのもあるだろう。

 だがそれよりも、恐らくここは管理外異世界。

 身体も魔力も、この世界にすぐには適応できない。

 

「まさか、この魔法を使うことになるとはね……

 レイジングハート、変身魔法を、私に。

 それから、使ったら貴方も待機」

 

『All right』

 

 シュゥゥン

 

 杖の答えと共に、少女の身体が光り、小さくなっていく。

 そして、最後には小さな妖精の姿となって、杖も小さな宝石の姿となる。

 魔力の消費を抑え、環境への適応と回復を早める緊急用の魔法。

 自ら使うとは思っていなかった魔法だ。

 

『私がこの世界に落ちたと言う事は、ジュエルシードもこの世界に……

 早く、見つけて封印を……

 でも、今の私じゃ……

 誰か、力を貸して……魔法の力を……

 このままじゃ、この世界が……』

 

 最後の力で、少女は願いを飛ばす。

 最早魔法とは言えない小さな言葉。

 とても弱い願いの言葉。

 でも、強い心と力を持った人ならば拾える、そんな求めの言葉を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔法って信じる?

 なんでも叶う魔法の力

 

 でも何でも叶ってしまう魔法ってなんだろう?

 なんでも願うだけで実現してしまう世界

 それはどんな世界だろう

 

 願うだけで叶うのだとしたら、それは何かが違うと思う

 

 それはきっと―――

 

 

 

 

 

 バタンッ!

 

「にゃっ!」

 

 何かが落ちた音、背中に感じる軽い痛み。

 そして、目を開けると見慣れた天井。

 家のリビングの天井だった。

 右を見ればソファーがあり、左を見ればテーブルがある。

 時計が目に入ったので見れば朝の7時だ。

 

 どうやら寝ぼけてソファーから落ちたらしい。

 寝ている間に少し変な夢を見た気がするけど、落ちたショックで忘れてしまった。

 

「あらら、なのは……なにしてるの?」

 

「新しい遊びか?」

 

 声のした方向に目を向けてみればおねーちゃんとおにーちゃんが見下ろしていた。

 きょとんとした顔の優しい姉と、無表情で怖い感じもするが、本当は優しい兄。

 ここ高町家の長女『高町 美由希』さんと、長男『高町 恭也』さん。

 

「助けは必要か?」

 

 無表情であまり感情の見えない声だが、それでも困っていれば助けてくれる。

 それが、わたし『高町 なのは』の兄である。

 

「うん、助けておにーちゃん」

 

 ソファーとテーブルの隙間にはまってしまい、どうにも抜け出せない。

 わたしはおにーちゃんに助けを求める。

 

「承知した」

 

 と、おにーちゃんやはり無表情のままわたしの足を掴む。

 正確には、ふくらはぎとアキレス腱の間くらいの場所。

 

「……にゃ?」

 

 助け起こしてくれる筈なのに、何故足を?

 と、思った時には既に動いていた。

 

 ブンッ!

       タンッ

 

「え? あれ?」

 

 身体に風が当たった感じがした後、何故かわたしは直立していた。

 少し遅れて、目が回った感じもした。

 

「恭ちゃん、またそんな事を」

 

「早いだろう?」

 

 何が起きたか解らないわたしを他所に呆れた顔のおねーちゃんと、相変わらず無表情のおにーちゃん。

 でもわたしには解る。

 今のおにーちゃんの目は悪戯を成功させて楽しんでいる時のものだ。

 

 後で解った事だが、わたしはおにーちゃんに足をつかまれた後、身体を縦に1回転させられて立たされたらしい。

 わたしのおにーちゃんはあまり遊んでくれないけど、たまにこうしたいじわるをする時がある。

 おにーちゃんなりのスキンシップなのだろうが、困ったものである。

 でも本当に嫌な事は決してしない。 

 いつも無表情なのに少し悪戯好きで、ついでに嘘つきだけど優しいおにーちゃんなのだ。

 

「はい、髪と服が少し乱れてるよ」

 

「ありがとう、おねーちゃん」

 

 寝ぼけてソファーから落ちたのと、兄の過激な起こし方で乱れた髪と服を直してくれるおねーちゃん。

 姉は明るく、いつも優しい。

 

 2人とも、大好きなおにーちゃんとおねーちゃんだ。

 

「お前もリボンが少し曲ってる」

 

「え? 嘘?」

 

 私立風芽丘学園の2年生であるおねーちゃんの制服のリボンを直すおにーちゃん。

 おにーちゃん曰く、おねーちゃんも『手の掛かる妹』らしい。

 因みに兄は文系大学の1年で、今は私服。

 

 この2人がわたし、『高町 なのは』の兄と姉。

 年が結構離れているけど、皆仲の良い兄妹。

 

 ちょっと複雑な事情があって、実は3人とも本当の兄妹ではない。

 薄い血の繋がりはあるけど、本当は他人同士。

 詳しく教えてもらった事は無いけど、本当にいろいろな事情があってここにいる3人。

 でもそんな事は関係無い、わたしの大好きなおにーちゃんとおねーちゃん。

 

「美由希、なのはー。

 お弁当できたわよー」

 

 そこへお弁当の包みをもって現れたのはここ高町家の母たる『高町 桃子』さん。

 

「あ、ありがとう」

 

「ありがとー」

 

「卵とトマトのサンドイッチと……後は開けてからのおたのしみね」

 

 明るく笑うわたしのおかーさん。

 わたしたちのおかーさん。

 おかーさんは、駅前の喫茶店『翠屋』の店長兼お菓子職人さん。

 料理が上手で、いつも明るい大好きなおかーさん。

 

「恭也は今日は出かけるんだっけ?」

 

「忍のところに。

 昼はノエルが用意するらしい」

 

 無表情のおにーちゃんが少しだけ表情を柔らかくしながら話すのはお友達、月村 忍さんの話。

 ここ高町家にもよく遊びに来る美人さん。

 おにーちゃんが去年まで通っていた風芽丘ではクラスメイトさんだった人。

 友人と呼べる人が後は赤星さんという人しかいないおにーちゃんにとっては大切な友達の1人。 

 2人の関係は恋人さんに近いのだが、どうやら少しだけ違うらしい。

 けど、強い絆がある様に感じる。

 

「なのちゃーん、そろそろ行こうぜー」

 

「美由希ちゃんも、そろそろ、ええ時間やでー」

 

 更にリビングに集まってきたのは同居人の『城島 晶』さんと『鳳 蓮飛』さん。

 通称は『アキラ』ちゃんと『レン』ちゃん。

 家の明るい家族の一員。

 

「あ、桃子ー、お店から電話ー。

 シナモンの在庫何処にありますか、って」

 

 最後にやってきた美人の外人さんは『フィアッセ クリステラ』さん。

  

「あー、もう切れちゃったか。

 今から家からもっていくって伝えてー」

 

「はーいっ」

 

 我が家とは古いなじみで、翠屋のフロアチーフである人。

 

「お店、繁盛してますね」

 

「うん、最近モーニングのお客さんが増えてね。

 そろそろ店員さんを増やさないとダメかなー、と思ってるの」

 

 最近のお店は大変らしく、おねーちゃんやおにーちゃんも良く呼び出されるのを見ている。

 わたしは、電話番くらいしかできないのでちょっと残念。

 

「フィアッセが戻ってきてからお客さん増えてるよね、絶対」

 

「フィアッセさん目当ての男の人も、多いですもんねー」

 

「看板娘ですね」

 

「あははー、そうだったら嬉しいな」

 

 フィアッセさんは本業は『歌手』。

 最近、少し長いコンサートツアーで日本を離れていて。

 この春、またこの街に戻ってきた。

 

 それ以前に、フィアッセさんがこの街にいたのは―――

 フィアッセさんの耳についているピアスを見る。

 フィアッセさんの抱える病気『高機能性遺伝子障害』、通称『HGS』。

 その病気の専門医がこの街にいるからだと聞いた事がある。

  

 でも、フィアッセさんは、ここに皆が居るからだと言っていた。

 

 

 これが家の、高町家の家族。

 血の繋がりとは関係ない集まりだけど、確かな家族。

 ちょっと変わってるけど、皆大好きで、大切なわたしの家族。

 

 

「最近は物騒だから気をつけるように」

 

 少し離れた位置で、おにーちゃんは、いつもと変わらない無表情の様で。

 でも、いつもより更に真剣にフィアッセさんに話していた。

 

「大丈夫だと思うけど。

 危なかったら恭也が護ってくれる?」

 

「ああ、当然だ。

 だが、本当に気をつけてくれ、フィアッセは……」

 

「解ってるよ、恭也」

 

 一見、ただの世間話に見える2人の会話。

 フィアッセさんは冗談の様に軽く話しているけれど、違う。

 今この2人の会話に注目している人はいないみたいだから、わたし以外は気付かないかもしれないけど。

 わたしは、特別な何かを感じた。 

 

 そういえば、この間おにーちゃんは大怪我して、フィアッセさんが泣いてた事がある。

 それに、考えてみるとおにーちゃんは去年から何度も入院沙汰になっている。

 今こうして元気でいるから半ば忘れてしまうけど、おかーさんも泣きそうになっていたのを見た事がある。

 おにーちゃんの怪我はよくあることで、おかーさんも慣れている部分が多いのに。

 つまりは、きっとおかーさんが泣いてしまうくらいの危ない大怪我であったと言う事と、その怪我をした理由が問題だったのだと思う。

 

 怪我をした理由を、おにーちゃんはわたしにはちゃんと教えてはくれなかった。

 

 けど、おにーちゃんは何かを護った事だけは解った。

 そして、おにーちゃんは護れた事が満足そうで、少しだけ笑っていた。

 

 

 でも、何故だろう

 その笑顔は、どこかに消えてしまいそうな感じがしたのを覚えている

 

 

「そう言えば恭也。

 フィリスが最近会ってないですね、って」

 

「あ、恭也また行ってないの?」

 

「恭ちゃん、ダメだよ、ちゃんと行かないと」

 

 気付くと話題はおにーちゃんの病院嫌いの話になっていた。

 まあ、おにーちゃんが折れて終わりなのだけれど。

 

「今日忍の用件が終ったら行く」

 

「よろしい」

 

 おにーちゃんがちゃんと病院に行く事を決めたのでおかーさんや皆は嬉しそうだ。

 わたしも、おにーちゃんが元気でいてくれると嬉しい。

 

「あ、もうこんな時間」

 

「私もそろそろ出ないと……なのはも行こうか」

 

「うん、じゃあいってきまーす」

 

「はい、いってらっしゃい」

 

 おかーさん達に見送られて家を出る。

 わたしの通う私立聖祥大学付属小学校へはバス通学になる。

 

「じゃあね、なのは」

 

「うん、いってきまーす」

 

 バス停で皆と別れ、わたしはバスに乗る。

 いつものバス、いつもの座席。

 そして、

 

「おはよう、なのはちゃん」

 

「おはよう、すずかちゃん」

 

 いつもの友達。

 わたしの友達『月村 すずか』ちゃん。

 1年生の頃からの親友です。

 

「そういえばすずかちゃん、今日お引越しじゃなかったっけ?」

 

「うん、そうだけど、全部業者さんとお世話になる家の人がやってくれるから」

 

 なんでも、親が暫く海外に出る事になったので、すずかちゃんはどうするか、と言うことになっていたらしいのです。

 でも、すずかちゃんが日本に残りたいと希望したらしく、近くに住む親戚の家のご厄介になるらしいのです。

 

「おじさん達はもう行っちゃったの?」

 

「うん、昨日の便で」

 

「寂しくない?」

 

「ちょっと……でも大丈夫だよ、少し遠いけど会おうと思えば会えるし。

 お世話になる家の人は良い人達だし。

 それに、なのはちゃんもいるし」

 

「そっか」

 

 多分、すずかちゃんには気を使わせてしまったのかもしれない。

 わたしには、会いたくてもあえない家族がいるから。

 

「はい、これが新しい住所。

 落ち着いたら遊びに来てね」

 

「うん」

 

 メモ用紙に書かれた住所を軽く見て、行ける距離である事を確認し、わたしはポケットにメモ用紙を入れた。

 

「そうそう、引越しの荷物の整理の時にね、いろんな物がでてきたの。

 掃除しているつもりでも、やっぱり隠れているものってあるんだよね。

 これ、1年生の時なのはちゃんと―――」

 

「あ、あの時の―――」  

  

 何気ない会話をしながらバスに揺られる。

 

 

 こうして始まる1日はきっと平和で、何気ない1日。

 

 でも確かに明日へと繋がる1日で。

 

 きっと、大切な1日―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後

 いつも通りに学校で勉強をして、友達とお話して、お昼を食べて、また勉強して。

 クラブ活動をしていないわたしは皆より早めに帰る。

 バスを家の近くではなく坂道で降り、坂道を登る。

 たまに寄り道する場所に向かうのだ。

 

「くぅん?」

 

 その道の途中、民家の植え込みから黄色い影が少しだけ頭を出した。

 それは、ちいさな狐さんだった。

 そして、その狐さんは、わたしの良く知る狐さんで、わたしの大切な友達。

 

「くーちゃん?」

 

 神咲さん家の狐さん。

 『久遠』こと『くーちゃん』。

 

「くぅん」

 

 しゃがんて、差し伸べたわたしの手に前足を乗せるくーちゃん。

  

「どうしたの? くーちゃんはお散歩?」

 

「くうん」

 

 ふさふさした尻尾を振るくーちゃん。

 くーちゃんはちょっと変わった狐さんで、わたしはその秘密を知る人の1人。

 この街で、くーちゃんの住んでいるさざなみ寮の人を除けば、おにーちゃんが始めにそれを知って。

 それから、ちょとしたトラブルでわたしたち、高町家の全員が知っている秘密。

 

「じゃあ、一緒に行こうよ」

 

「くぅん」

 

 わたしはくーちゃんを抱き上げて坂道を上る。

 くーちゃんはお散歩らしけど、わたしは目的の場所があるので、まずそこへ向かう。

 この坂道を抜けた先にある場所が目的地。

 

 それは―――

 

 

 

 

 

 藤見台墓地

 

「こんにちは、おとーさん」

 

 お供え物をして、手を合わす。

 わたしのおとーさん。

 わたしが生まれる前に海外でのお仕事中に亡くなった人。

 アルバムでしか知らないけれど。  

 おにーちゃんとおねーちゃん、そして誰よりもおかーさんが『誰よりも優しくて、強い人だった』と言っていた。

 

 昔は良く解らなかったけど、今は会ってみたいと思う。

 死後の世界というのがあるなら、そこで会えるのかな……

 

『……か、力を…………て……魔……の力を……』

 

 その時、声が聞こえた。

 凄く小さくて、消えかけた声。

 

「にゃ?

 くーちゃん、何か言った?」

 

「くぅん?」

 

 辺りを見回しても誰も居ない。

 くーちゃんに聞いてみるけど、くーちゃんは何も聞こえなかった様だ。

 

「うーん……」

 

 耳を済ませてみるが、もう何も聞こえない。

 空耳だったのかな。

 

「なんだったんだろう……

 でも、もう聞こえないし……そろそろ行こうか」  

  

「くぅん」

 

 声が少し気になったが、もう聞こえないので空耳だったのだろう。

 つき合わせてしまったくーちゃんをもう1度抱き上げて、わたしは墓地を出ようとした。

 

 そこで、ふと思い出す。

 

「そう言えば、ここって忍さんの家のお墓もあるんだよね……」

 

 おにーちゃんの友達、月村 忍さん。

 思うのだけど、忍さんの名字は、わたしの友達月村 すずかちゃんと同じ名字。

 忍さんの家には何度か遊びに行った事あるけど、妹はいない筈で、すずかちゃんにも姉はいない。

 だから忍さんとすずかちゃんは姉妹ではない。

 でも、月村ってあまり聞かない名前だと思う。

 

「あ、そうだ……」

 

 わたしは今日すずかちゃんから貰った新しい住所のメモを取り出した。

 

「……あ、やっぱり」

 

 そして、思った通りであることが解った。

 貰った時はじっくり見なかったし、それにうろ覚えの住所だったので解らなかった。

 

「くーちゃん、忍さんの家に行こう」

 

「くぅん」

 

 くーちゃんの了解をとって、わたしたちは忍さんの家へと向かった。

 

 

 

 

 

 くーちゃんはカバンの中に入ってもらって、近くからバスに乗る。

 外で飲み物を買うことがあるので、ちょっとだけ持っていたお金が役に立った。

 でも実は片道代しかないから、この時間から行くと帰りは送ってもらってしまう事になるけど。

 

 ともあれ、月村さんのお屋敷に到着。

 そして、チャイムを鳴らしてノエルさんにお出迎えをしてもらい、皆がいるというリビングに移動した。

 

「なのはちゃん?!」

 

 そこには忍さんに加えて知っている人がいた。

 わたしの友達、月村 すずかちゃんだ。

 

「あ、噂をすれば」

 

「それにしても狭いものだな、人と人との繋がりは」

 

「そうね」

 

 おにーちゃんと、忍さんの叔母さんであるさくらさんも居る。

 皆わたしを見てるけど、わたしの事を話してたのかな?

 それは兎も角、

 

「ビックリしちゃったよ、住所よく見たら忍さん家の住所なんだもん」

 

 良く遊び行く住所であり、年賀状を出す時などにも見た住所だったから覚えていた。

 でも、本当におにーちゃんが言う様に、世間は狭いかもしれない。

 

「忍さんとなのはちゃんって知り合いだったんですか?」

 

「まあ、恭也の妹だからね。

 でも、すずか、呼び方が違うわよ」

 

「あ、忍お姉ちゃん」

 

「うんうん。

 ……なんか、こう、良いわよね?」

 

 すずかちゃんに姉と呼ばせて喜んでいる忍さん。

 忍さんは一人っ子で、家族はノエルさんだけだから、きっと凄く嬉しいのだろう。

 

「家族が増えるのはいい事だ」

 

「それもあるけど、こう『お姉ちゃん』って呼ばれるの」

 

「……良くわからんな」

 

「あ〜、恭也には普通に妹が2人もいるから解らないか。

 私は少しだけ、『妹萌え』なるものが解った気がするわ」

 

 おにーちゃんと話す忍さんは実に楽しそう。

 おにーちゃんは少し困ってるみたいだけど。

 

「ビックリしちゃったよ。

 忍さ……忍お姉ちゃん達なのはちゃんの事を知ってて」

 

「わたしも。

 忍さんには姉妹って居ない事は知ってたから」

 

 わたしたちはわたしたちで、今日のこの世間の狭さを話し合った。

 

「あ、そうそう、なのはちゃんにも紹介しておかないと。

 ファリン〜」

 

 忍さんが、わたしの知らない名前を呼ぶ。

 

「は〜い」

 

 そして、返って来た返事もわたしの知らない声だった。

 

「おまたっせ、きゃ〜〜」

 

 ズザァァァンッ!

 

 メイド服の人が部屋に入って来たかと思ったら、いきなりつまずいてこけてしまった。

 結構派手に床に滑っている。

 

「仕方のない子ですね。

 大丈夫ですか、ファリン」

 

「いたた……す、すみません」

 

 ノエルさんに助け起こされたのは、ノエルさんより頭一つ分くらい背の低い女の子。

 ノエルさんと同じ色の長い髪をストレートにしていて、ノエルさんと同じ瞳の色、ノエルさんと同じメイド服を着ている。

 

「えっと、ファリン・綺堂・エーアリヒカイトと申します。

 以後お見知り置きを」

 

「私の妹でございます。

 まだまだ人前に出せる様な者ではありませんが、どうぞご容赦を」

 

 丁寧にお辞儀をするファリンさん。

 明るくて、優しそうだ。

 

「高町 なのはです。

 この家にはときどき遊びに来るのでよろしくおねがいします」

 

「はい、よろしくお願いいたします」

 

 

 それから少しお話をして、それまで立ち話だったので、テーブルにつくことになった。

 ノエルさんとファリンさんが用意してくれたお茶を飲む。

 

「ファリンね、私の専属メイドなの」

 

「はい、不束者ですが、がんばります」

 

「へ〜、すごいなぁ」

 

 ファリンさんの事を話すすずかちゃんは凄く楽しそうだった。

 新しい家族が増えて嬉しいのだろう。

 

「くぅん」

 

「あ、くーちゃん、これ欲しい?」

 

 わたしの膝にいるくーちゃんがお茶菓子に手を伸ばす。

 普段なら、忍さん達はくーちゃんの事を知っているので普通にお茶が飲めるのだけど。

 今はまだ事情を知らないすずかちゃんがいるのでできない。

 

 わたしはくーちゃんの事情を話してもすずかちゃんなら大丈夫だと思うのだけど。

 くーちゃんの問題でもあるし、わたしからは何も言わない事にしている。

 

「あ、久遠ちゃん、おいでー」

 

「くぅん」

 

 くーちゃんとすずかちゃんは仲がいいし、きっとそう遠くない未来に、本当の事が言えると思う。

 

 

「お、もうこんな時間か」

 

 おにーちゃんの声にわたしも時計を見る。

 時間はもう17時になる所だった。

 

「何か用事?」

 

「ああ、今日は病院に行く事になっている」

 

「あら、そう。

 送って行く?」

 

「そうだな……

 なのは、お前はどうする」

 

「え?」

 

 おにーちゃんに言われて、わたしは送ってもらわないと少し困るのを思い出す。

 そうなると、ノエルさんに2度も車を出して貰うのもなんだし、今日は約束もなしに来ているので、今が帰り時なのだろう。

 

「うん、じゃあ一緒に」

 

「そう、またね、なのはちゃん」

 

「うん、またね」

 

 

 それからすぐ、ノエルさんに車を出してもらって、わたしたちは家の近くまでくる。

 このままなら、ノエルさんは1度高町家に寄ってから病院におにーちゃんを送るのだろう。

 そこで、わたしはふと、思った。

 

「あ、ノエルさん、ここでいいです、ちょっと藤見台に寄りますから」

 

「そうですか、解りました」

 

 何故そんな事を言ったのか、と聞かれると少し困る。

 やっぱりあの時の声が気になったのだが、どうしてそこまで気になるのかが解らない。

 

「気をつけてな、夕飯までには帰るんだぞ」

 

「はーい」

 

 すぐにとまった車から降り、おにーちゃん達を見送る。

 時間はまだ17時だし、直ぐにいって帰ってくれば夕飯には間に合う筈だ。

 

「くーちゃんはどうする?」

 

「くぅん」

 

「そう、じゃあ一緒に行こう」

 

 わたしとくーちゃんはすぐに藤見台墓地に移動した。

 

 時期は春先、沈みかけた夕日の差す墓地。

 その近くに来た時だ。

 

『誰か、……を貸して…………法の力を……』

 

 それは、おとーさんのお墓参りをした時に聞いたのと同じ声。

 でも、今度はあの時よりもハッキリと聞こえた。

 

「くーちゃん、何か聞こえる?」

 

 まだ内容まではわからない。

 けど、助けを求められている。

 なら見つけないと。

 でも、居場所が解らないからくーちゃんを頼る。

 

 シュバンッ!

 

 くーちゃんから光が弾け、子狐だった姿から人の女の子の姿に変わる。

 式服を着たわたしと同い年くらいの女の子の姿に。

 

 これが、くーちゃんの秘密。

 人に化け、雷の力を使う事ができる妖狐。

 それが、『久遠』という子の正体。

 

「声、聞こえない……でも何かいるよ」

 

 わたしには解らない方法で、どこかに居る誰かを探すくーちゃん。

 でも、声は聞こえないらしい。

 わたしには聞こえるのに、くーちゃんが聞こえない。

 こう言うことならくーちゃんの方が強い気がしたのだけれど。

 

「あっち」

 

 くーちゃんが指したのは森の方だった。

 もう夕方で暗くなりかけている森の中。

 

「いってみよう」

 

 くーちゃんの指す方に向かうわたし。

 何故か、行かなければならない様な気がした。

 行かないと悲しい事が起きる、そんな感じがするのだ。

 

『誰か、力を貸して……魔法の力を……』

 

 その場所に近づいた事で、もうハッキリと声を聞くことができる。

 でも、魔法の力ってなんだろう?

 それに、周りを探しても人はいないみたいなのに、声だけが強くなる。

 

「なにか居るよ」

 

「え?」

 

 くーちゃんに言われて見てみると、そこには確かに何かが居た。

 その姿は、

 

「……妖精さん?」

 

 童話などでよく見かける妖精の姿をした何かがいた。

 金髪の長い髪をした可愛い女の子の姿で、背中に碧色の羽が生えている。

 今はうつぶせに倒れて、気を失っているみたいだ。

 生きている様な感じはするけれど、よくは解らない。

 

「えっと……こう言う場合は那美さん?」

 

 人ならば病院に連れて行けばよかったのだが、妖精となると普通の病院ではダメだろうし。

 こう言う場合、あまり人に話すのも良くない気がする。

 とりあえず、こっち方面の専門家に聞かなければならないのだけれど。

 

「那美、薫と出張中。

 耕介もいない。

 後、那美携帯忘れていった」

 

「ど、どうしよう」

 

「明日には帰ってくるよ」

 

「じゃあ、とりあえず家に……」

 

 わたしはその子をそっと拾い上げる。

 その時、その近くで光るものを見つけた。

 

「あれ? なんだろう?」

 

 見ると、ビー玉くらいの大きさの紅い石だった。

 何か不思議な感じがする。

 

「この子のかもしれないから、一緒に」

 

「くぅん」

 

 荷物はくーちゃんに持ってもらって、わたしは家に帰った。

 そして、誰にも見られない様に自室に入り、机の上にハンカチを敷いて布団にして寝かせる。

 一緒に拾った紅い石も傍に置いておく。

 

「怪我はしてないみたいだけど……」

 

「うん、生きてる」

 

 見たところ傷らしいものも見当たらない。

 くーちゃんが言うには気を失っているだけらしい。

 なら大丈夫かな、と思って、わたしはとりあえずこの子が目覚めるのを待つことにした。

 

 

 それから、夕飯を食べて、少し遅れておにーちゃんが帰ってきて。

 特に何事も無く、1日を終えようとしていた。

 

 しかし、妖精さんは目を覚ます気配もない。

 

「取り敢えず寝ようか」

 

「くぅん」

 

 今日はくーちゃんはお泊まり。

 明日になったら那美さんのところに連れて行くことにして、今日は寝てしまう事にした。

 

 

 けれど、夜になって、異変が起きた。

 

 

 ヴォウンッ!!

 

「にゃっ!」

 

 何か変な感じがして飛び起きた。

 上手く表現できないが、世界が変わった様なそんな感じだった。

 

「なのは!」

 

 見ればくーちゃんも大人バージョンに変身していた。

 すぐお腹がすくからよほどの事がないとならない全力状態。

 

「なに?!」

 

 わたしは何が起きたのかと辺りを見回す。

 すると、部屋の中心で輝くものがあった。

 碧色に輝く人の姿。

 

「貴方は……」

 

 金色のロングヘアーの、わたしと同い年くらいの女の子だった。

 その姿は、サイズと背中の羽が無い事を除けば、今日拾ってきた妖精さんと同じ姿だった。

 

「ダメ、結界を張るだけでもう……」

 

 女の子から輝きが消え、女の子は膝を突いた。

 疲れきっている様子で、肌には汗を浮かべ、呼吸も乱れていた。

 いや、それよりも青ざめた顔は、かなり体調が良くないのだろう。

 

「お願い、力を貸して。

 私だけじゃ……

 貴方の魔法の力が必要なの」

 

 その子はわたしをみて、そう言った。

 ごくごく平凡な小学生のわたしに。

 

 

 魔法の力

 

 それを、わたしに求めて

 

 

 

 

 

第1話へ

 

 

 

 

 

 後書き

 

 新連載、ここにスタート〜

 はい、嘘予告は全くってくらい反応ありませんでしたが、これが新連載になります。

 オリジナル要素満載のとらあんぐるハートと魔法少女リリカルなのはのクロスオーバー。

 いろいろオリジナルだし、改造している部分も多々あります。

 それでもよろしければ、どうぞ〜

 反応なくったって、マイペースに書き進めていく所存です。








管理人の感想


 管理人です。

 T-SAKA氏に新連載を投稿していただきました。

 前作のKanonSSから、今度はとらハ+リリカルなのはSS。

 設定のかなりの部分が原作のゲームからという事が分かります。

 まだプロローグですので先は分かりませんが、アニメやゲームとは違う展開になるのでしょう。

 これからなのはがどういった道を歩んでいくか期待大ですね。



 取り敢えず私は楽しく読ませて頂いていますので、反応が全くないという事ではありませんよ?



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