輝きの名前は

第1話 それは始まりの言葉

 

 

 

 

 

 手にしたのは紅い宝石。

 出会ったのは1人の妖精。

 

 運命というものがあるならば、その名で呼ばれる出会い。

 そして、そこから繋がる様々な事態。

 

 ここから始まるのは少女達が織り成す物語。

 

 勇気と魔法と、絆の物語。

 

 

 

 

 

「お願い、力を貸して。

 私だけじゃ……

 貴方の魔法の力が必要なの」

 

 金色の髪を揺らす碧色の瞳の少女が求めたのは魔法の力。

 平凡とはいえない家庭で育ちながらも、極平凡といえた少女である高町 なのはに。

 

 そう、その言葉はなのはに向けられていた。

 この空間、なのはの寝室に居るもう1人の人物、狐の化生であり、強大な力を持つ久遠を差し置いてだ。

 

「え、え、えっと、あの、その、『魔法』とかそういう力だったらくーちゃんの方が」

 

 比較的、非常識な事態というものに直面する機会があったなのはは多少慌てながらもその言葉に対応できた。

 それはすぐ隣に立つ友人、久遠の事。

 この少女が求める『魔法』がどう言うものかは解らない。

 だがしかし、久遠は人間では熟練した霊能力者でも数人掛りでなければ倒せなかった程の妖狐だ。

 久遠が狐モードなのならいざしらず、今の久遠は全開状態の大人モードなのだ。

 少なくとも、戦闘に関してはなのはなど及ぶべきも無い。 

 

「ダメなの……

 その人の力が強いのは解るけど、雷の力に半ば特化されてしまっているから。

 純粋な魔法の力じゃないといけないの」

 

 少女はなのはを見る。

 息をするのすら困難であるかの様に苦しみながら。

 しかし、その瞳に信頼にも似た、何かを浮かべながら。

 

 ズダァァァァァァンッ!!!!

 

 その時だ。

 1階の方から音が響いた。

 何かが壊れる音が。

 

 そして同時に、なのはは1階の方に何か凄く嫌なものが居るのを感じた。

 

「な、なに?!」

 

 驚きの声を上げつつも、なのは窓から庭を見た。

 すると、そこには愛刀を構えた兄の姿があった。

 それからもう1つ。

 兄の部屋の方から姿を現したもの。

 それは―――

 

「おにーちゃんが2人!

 ……違う……あれはおにーちゃんじゃない」

 

 その姿は間違いなく恭也だった。

 戦闘服に身を包み、愛刀を持つ剣士。

 誰がどう見ても高町 恭也その人であろう。

 

 姿、だけは―――

 

「やっぱり解るのね。

 アレはジュエルシードという遺失文明の遺産が具現化したモノ。

 ジュエルシードというのは、黒い宝石の様な魔法道具。

 持ち主の強い想いに反応し、近づいてきて、本人の意思とは別に所持させる。

 ジュエルシードが反応する強い想いとは、主に願望、欲望という望みであるもの。

 もしくは絶望や悪夢と言った負の強い思念。

 そんなものをカタチにしてしまうモノ。

 ……あの人は自分の姿に襲われているみたいだから……多分悪夢なんじゃないかしら」

 

 なのはの横にフラフラと浮遊しながら並び、戦う恭也の姿を見る少女。

 そして、改めてなのはを見る。

 

「ジュエルシードは強く想う何かを、何らかのカタチで実現させる。

 そして、その代価を求めてくるの。

 普通なら魔法の力、精神エネルギーなんだけど、制御できない人が持ってしまうと上手くいかない。

 それに、カタチにした何かの大きさによっては、その人の命―――

 いえ、それだけでなく周囲全ての命をも吸い取るの。

 そして、具現したモノが悪夢であった場合……使用者の命を直接奪う事すらあるわ」

 

「アレを倒せばいいの?」

 

 少女の説明に久遠は問う。

 久遠にとっても大切な人である恭也が襲われているのだ。

 静かな怒りを雷の力に変え、返答を待つ。

 

「単純に倒すだけだと、ジュエルシードに逃げられてしまうわ。

 逃げた先でまた人が不幸になる。

 だから、封印しなければならないの。

 お願い、力を貸して。

 私は、ここの世界へ来る時に力を使い果たして、この世界ではまだ力を回復できないの。

 必ず、後でお礼はするから」

 

 少女の求めの声が、だんだん弱々しくなってくる。

 見れば、既に少女は浮遊すらできておらず、膝を付き、顔色も悪い。

 

「えっと、お礼とかそう言う問題じゃなくて。

 そのですね。

 兎も角わたしはおにーちゃんを助けたい。

 だから、わたしはどうすればいいの?」

 

 状況はまだ良く解らない。

 だがしかし、兄恭也が襲われているのは事実。

 それには魔法の力、なのはの力が必要であるというのであれば、その協力を惜しむ事などない。

 例え、相手が何であろうと。

 

 いつも皆を護る恭也を襲う相手であるならば、それはなのはにとって倒すべきモノ。

 

「ありがとう。

 とりあえず、あの人の悪夢を打ち破らないと。

 あの人は戦ってるけど、自分が幻想する悪夢に普通人は勝てないから」

 

 恭也は戦っている。

 だが、よく見れば悪夢であるという己の偽者に押されている様だ。

 攻防は、なのはの目では見切る事はできない。

 しかし、後退し片膝を地についてしまっている。

 現状兄が不利であるのは、なのはの目で見ても解る。

 

 しかし、そんな兄の姿を見ても、なのはは援護を急ぐ事はなかった。

 

「ねえ、確認するけど、アレはおにーちゃんの悪夢なんだよね?

 おにーちゃんが幻想して、強く想って、具現した存在。

 それ以上の何かがある訳じゃないよね?」

 

 この状況の中、なのはがとった行動は問いというものだった。

 兄の不利を聞いたのに。

 兄の後退を目にしているに。

 

「え? ええ、ある程度ジュエルシードが勝手にやってる事だけど。

 こと何かを具現する場合、幻想する以上に強いと言う事は無い筈だわ」

 

 なのはの問いの意図する事が解らず、答えを迷った少女。

 だが、その意図も直ぐにわかった。

 なのはの目と、そして目の前で起こる事実をもって。

 

「だったら、おにーちゃんは負けない。

 だって、おにーちゃんは強いから、自分自身になんか負けたりしない」

 

 なのはは知っている。

 兄が剣士として大きなハンデを背負っている事を。

 

 偶然耳にしたのだ。

 膝の故障のせいで、剣士としてこれ以上強くなれないことを。

 追い求めた父の様な、完成された御神の剣士には成り得ない事を。

 

 けれど兄は戦った。

 護りたいと想うものを護る為に。

 そして、兄は護り抜いたのだ。

 どんな敵と戦ったか、なのはは知らない。

 だが、どんなハンデを抱えていようと立ち向かい、想いを貫いた事は解る。

 

 そんな人が、自分が幻想する自分自身などに負ける筈は無い。

 

 そんななのはの信頼に応える様に、下で動きがあった。

 

「それが……!」

 

 なのはは見る、兄が立ち上がるのを。

 そして、決して折れぬ信念を持った瞳で敵を見据え、構えた。

 

「それがどうしたっ!!」

 

 咆哮と共に兄は動いた。

 

 なのはにはその動きが見えなかったが、次の瞬間には兄は偽者を通過し、その背後に立っていた。

 遅れて響く風の音だけが、高速で移動し、高速で小太刀を振るったのだと教えてくれる。

 そして、

 

 バシュッ!

 

 恭也の悪夢である偽者の恭也は、黒い霧となってカタチを崩した。

 

「うそ……」

 

 少女は驚愕する。

 本当に目の前の事態が信じられないかの様に。

 

 そんな中、恭也の斬り伏せた偽者は黒い霧となって消える。

 そして、その中心に光るものが見えた。

 それは、黒い菱形の宝石。

 

「……!! 兎も角、これで!」

 

 それを見た少女は直ぐに正気に戻った。

 そして、手を恭也に向けてる。

 

 キィンッ!

 

 その手の先に描かれる碧色の魔法陣。

 

「転移!」

 

 カキィンッ!

 

 少女の声と共に、庭から恭也の姿が消えた。

 

「おにーちゃん!」

 

「恭也!」

 

 兄の消失になのはと久遠は声を上げた。

 少女が何をしたのか解らなかったからだ。

 

「大丈夫、通常空間に戻しただけだから。

 あ、言い忘れてたけど、今この周囲は私が結界で囲んだ位相空間なの。

 ジュエルシードの被害が広がらない様に、その場所のコピーの様な、誰も居ない空間なの」

 

 それだけ言って、少女は部屋を飛び出した。

 そして、庭に降り立ち、未だ黒い霧に包まれる黒い宝石。

 遺失文明の遺産、ジュエルシードと対峙する。

 その手の紅い宝石をもって。

 

「ここまで露出していれば……

 っ! ぅ……」

 

 紅い宝石に力を送ろうするが、そこで膝を折ってしまった。

 先の転移魔法で殆ど無かった魔力が0になろうとしている。

 このままでは結界維持も出来ないほどに。

 とてもジュエルシードの封印するのに必要な魔力は出せそうにない。

 それどころか、少女の顔色はますます悪化し、悪い汗も体中から噴出している。

 

「封印を……」

 

 だが、それでも少女は手をかざす。

 こんな目の前で見るのははじめての相手を。

 忌まわしい記憶の中にあるものを。

 絶対に許してはならないモノを。

 今此処で封じんと力を振り絞る。

 

 だが、紅い宝石に力は篭らず、伸ばした腕も落ち様としてた。

 

 パシッ

 

 しかし、その腕を支える者がいた。

 なのはだ。

 久遠に抱かれて庭に下りたなのはが少女の隣に立つ。

 

「手伝うよ。

 やり方を教えて」

 

 少女の姿に、今やるべき事を信じたなのは。

 だから、もう迷う事なく告げる。

 少女が求めた力を使う事に。

 

「ありがとう。

 じゃあ、まずこれを」

 

 少女が手渡すのは紅い宝石。

 なのはは、受け取った宝石を握る。

 すると、温かいという感じがあった。

 

「その子の声を聞いて。

 そして呼んであげて。

 貴方なら、きっと聞こえるから」

 

「……」   

 

 少女の言葉を聞きながら、なのはは心を静かにする。

 託された宝石と心を繋げる為に。

 

 だが、その時だった。

 

 ゴゴゴゴ……

 

 先ほどまで静かに漂っているだけだった黒い霧が渦巻きはじめる。

 そして、それは何かのカタチをとっていく。

 

「まずいわ、防衛機構!

 単体で、これほど完璧に霧散させられたのに、もう起動するの!?」

 

 今なのはは精神集中で動けない。

 だから、少女はなのはを護る様に立つ。

 もう動く事すらできない身体でも、盾にくらいはなるから。

 

 だが、そんな必要はなかった。

 ここには、なのはの友が居るのだから。

 

 ヒュンッ! バシュンッ!!

 

 金色の一閃。

 獣の様な形になりかけていた黒い霧はまた粉々に砕ける。

 

「これでよかった?」

 

 まだ警戒しながら少女に問う久遠。

 なのはには、指一本触れさせないと雷の力を纏いて立つ。

 

「え、ええ。

 でも本体は刺激しないで、あくまで黒い霧が形をとったら壊して。

 逃げられたら、今の状態じゃとても追えないから」

 

「解った」

 

 先の恭也の一撃もそうだが、仮にも遺失文明の遺産の防衛機構をあっさり黙らせる力。

 そして、少女が認めている強力な魔力の持ち主であるなのは。

 少女は少し困惑していた。

 これほどの力を持った人がいる世界が、今だに自分達が知りえていなかったことを。

 

 久遠と少女が戦う中、なのはは紅い宝石と心が繋がろうとしていた。

 何か温かいもので護られた、小さな光。

 まだ小さいけれど、今はまだ護られているけれど、輝ける強い光。

 

「レイジングハート」

 

 自然と口にしていた名前。

 それが、この宝石の、魔法の力を持つ宝玉の名前。

 そして、

 

『Stand by ready

 Set up』

 

 名を呼ばれた石は応え、その姿を変えていく。

 主の助け、魔法の力を補助する杖へと。

 両端が桃色の白い柄。

 金色の外殻を持つ紅い宝石。

 その杖、名に『不屈の心』の意を持ちて、『レイジングハート』と言う。

 

「これが……レイジングハート」

 

 初めて握る魔法の杖に、なのはは不思議な感覚を覚える。

 だが、その感覚について考えている暇は無かった。

 

「イメージして。

 全てを洗い流すイメージ。

 全てを浄化するイメージ。

 この目の前にある黒い霧を全て吹き飛ばす貴方の魔法を」

 

 久遠と少女が戦っている。

 兄にとりついていた黒い石と、それが纏う黒い霧と。

 なのはは杖を構えて言われたとおりにイメージした。

 闇を払いて、浄化する光のイメージ。

 悪しき力を封じる聖なる力のイメージ。

 全てを正しい形に戻す心の力。

 

「リリカル……マジカル……

 ジュエルシード……封印っ!!」

 

Sealing

 

 カッ! キィィンッ! 

 

 杖から放たれたのはピンクの光。

 なのはの魔力の色をもった魔法の力。

 その光はジュエルシードが纏う闇を払いのけ、ジュエルシード本体を包み込む。

 そして、

 

 キィンッ!

 

 一際強く輝き、ジュエルシードに『[』という白い文字が浮かんだ。

 このジュエルシードのシリアルナンバーだ。

 同時に、これが浄化と封印処理が終った証でもあった。

 

Receipt number [

 

 封印処理が完了したジュエルシードは、レイジングハートの中へと格納される。

 その後、杖となっていたレイジングハートは紅い宝石の姿へと戻ってゆく。

 

 戦いが、終ったのだ。

 

「これで、後、20個……

 う……ごめん、ちょっと部屋まで移動して、できれば急いで」

 

 もう、意識が薄れ始めている少女が久遠に頼む。

 久遠ならばひとっ飛びだともう理解したからだろう。

 

「解った」

 

 久遠は2人を抱いてなのはの部屋に移動した。

 そして、久遠の手から降ろされた時だ。

 

 パリィンッ!

 

 どこか遠くで何かが壊れる音……いや正確には音は響いていない。

 なのはと久遠には、そう感じれるなにかが起きた。

 そして、世界が元に戻った。

 恐らくは結界が崩れたのだろう。

 

「ごめんなさい、もう力が……話は次目を覚ました時に……

 このまま、寝かせておいて貰えればいいから……ごめんなさい……」

 

 シュゥンゥ

 

 最後にそれだけ言い残し、少女の姿が拾ってきた時の妖精の大きさになった。

 

「大丈夫かな……」

 

 いろいろと聞きたい事はあったが、とりあえず少女の事が心配ななのは。

 少女の姿であった時は凄く辛そうで、最後はもうこのまま死んでしまうのではないかというくらい衰弱していた。

 

「大丈夫、寝てるだけ」

 

 久遠の見立てでは、この状態ならば問題は無い。

 疲労が酷いが、死なないだろうと感覚的に解る。

 なのはは、それを信じるしかない。

 

「とりあえず、寝かせて、わたし達も寝ようか」

 

「うん」

 

 妖精の姿となった少女を拾い上げ、ベッドの脇のぬいぐるみ達の間にハンカチの布団を敷き、寝かせる。

 朝、家族がきても見えない位置に。

 

 それから、なのはと久遠ももう1度眠りについた。

 

 

 こうして、なのはのこの事件における最初の戦いが終わり。

 夜が終わって、朝が来て、ここから全てが始まっていく―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝

 

 携帯電話からアラームとして使っている音楽が流れ出した。

 携帯が置いてある辺りを手で探りながら、携帯をみつけ、アラームを止めるなのは。

 今日も学校である為、なのははいつも通りに起きる。

 昨晩の事が夢の様であるが、ぬいぐるみに紛れて眠る妖精を見れば、アレが現実であったと解る。

 

「うん、夢じゃない。

 ……う〜ん、でもちょっと眠い……」

 

 大きく身体を伸ばしベットから出る。

 妖精の少女はアラームの音では起きなかった様だが、できるだけ静かになのはは動く。

 

「くーちゃん、朝だよ〜」

 

「く〜ん……」

 

 着替えて、準備をすますと、狐モードの久遠を連れて1階に下りる。

 そして、家族と挨拶を交わす。

 

 

 

 

 

 始まるのはいつも通りのはずの日常。

 けれど、昨日までとはどこかが違う、朝。

 

(そう言えば、おにーちゃん大丈夫なのかな?)

 

 朝食の席で、いつも通り変わらない兄の姿を見る。

 そう、何時もと変わらない。

 昨日、あんな事があったというのに。

 

「ん? どうした?」

 

「え? なんでもないよ」

 

 視線に気付いた兄が、何事かと聞いてくる。

 なのはは少し慌てながら否定する。

 よく気がつく兄に対して、これでは怪しまれてしまうかもしれないと思いながらも。

 

「そうか。

 そういえば、久遠、那美さんは今日帰って来るんだったな?」

 

 拙いか、となのはは思ったが、兄の視線は直ぐに外れた。

 外れた先は、隣で人の姿で一緒にご飯を食べている久遠だった。

 

「うん、那美、今日の昼に帰って来る。

 どうして?」

 

 久遠は聞き返す。

 今回の那美の遠出は、恭也も見送っている。

 そして、その時に何時帰るかなどの情報は那美から直接言い渡されている。

 何故、それを今確認するのか。

 昨日の事もあり、久遠は恭也の行動が気になったのだ。

 

「ああ、昨晩少々変わった夢を見てな。

 相談に行こうかと思っている」

 

 恭也の答えになのはも久遠も安心する。

 昨晩の事を一応『夢』だと思っている事に。

 まだ詳しい事情をあの少女から聞いた訳ではないが、下手に広まる事は避けるべきであろう。

 

「夢で、那美さんって、どう言うこと?」

 

 桃子が怪訝そうに問う。

 『神咲 那美』は巫女であり、その能力は『鎮魂』を主とする退魔の力と軽い傷なら治す事のできる癒しの力。

 那美の職業と力は高町家全員が知る事。

 しかし夢を診断して貰うならば、医師で恭也の主治医たる『フィリス』となる筈だ。

 それが、那美になる理由が解らないのだろう。 

 

「ああ、昨日は久遠がこの家にいたのだから、まあ単にリアルな夢であったのだろうが。

 少々気になってな」

 

「そう」

 

 恭也の答えは問いの答えになっていないが、桃子も他の者もそれ以上追求しなかった。

 すれば、何を見たかという話になってしまうだろう。

 そして、恭也が人に相談したい程のものとなると、それは不用意に聞けるものではないだろう。

 

 尚、恭也が夢と久遠を関連付けたのは久遠が『夢映し』と呼ばれる能力を持っているからだ。

 自分と同じ夢を相手に見せる事ができる能力で、恭也はその能力を体験したことがあるらしいのだ。

 

 なのはは内心で安堵しながら、少し想う。

 真実を話せたら、兄はどう想うのかと。 

   

 昨晩、兄は己の悪夢に勝利した。

 具現した己に打ち勝ったのだ。

 しかし、それが単なる夢の話になってしまうと、あの兄の勝利は兄の中で意味を無くしてしまうのではないか。

 そう思ってしまう。

 

 兄は強いから、そんな事くらいでどうにかなるとは想わないけれど。

 それでも、少し悲しいと想う。

 

「晶、おかわり」

 

「ほい」

 

 隣でお茶碗を出す久遠。

 そういえば、昨日は燃費の悪い大人モードで、力も使ったのだ。

 普段よりも空腹なのだろう。  

 

 きっと、昨晩のような事がこれからもある。

 想う事は止めなくとも、すくなくとも悩みっぱなしではいけないだろう。

 兄達にも感づかれてしまうし、前に進めなくなる。

 

「レンちゃん、お醤油とって」

 

 だから、なのはは普段通りにする。

 今も、これからも。

 この日常の中では。

 

 

 

 

 

「いってきま〜す」

 

 それから普段通り家を出て。

 

「すずかちゃん、おはよー」

 

「おはよう、なのはちゃん」

 

 普段通りに友達と挨拶を交わして。

 

「昨日はビックリしちゃったね」

 

「うん。

 あ、それでね、私の部屋がね……」

 

 普段通りに世間話をして。

 

 学校について、勉強して。

 普段と何も変わらない1日が過ぎていく。

 

 

 

 

 

 そして、学校での1日が終わり、帰宅する。

 

「ただいま〜」

 

 普段通りに家に着いて、普段通りに自室の扉を開く。

 

「おかえり」

 

「おかえりなさい」

 

 そこで待っていたのは、日常の外にあるものだった。

 

 1人は久遠。

 あの少女を見ていて貰う為にこの部屋に残っていたのだ。

 今は女の子の姿で座っている。

 

 そしてもう1人、妖精の姿をした少女が久遠の前にいた。

 

「あ、ただいま」

 

 起きている少女の顔色は、良いとはいえないかもしれないが、昨晩と比べれば正常と言って良いだろう。

 なのははまずそのことに安堵する。

 

「起きてからこちらの方にこの世界の情報をいただきました。

 昨晩のお約束通り、まず事情を説明をしますね」

 

 キリっとした感じで、なのはを真っ直ぐにみる少女。

 その感じはどこか堅く、冷たいとすら思えた。

 

「まって」

 

 だから、と言う訳ではないだろう。

 だがその前にやる事がある。

 故に、なのは少女の言葉を止めた。

 そして、少女の前まできて、久遠とならび立ち、述べる。

 

「わたしはなのは、高町 なのは。

 こっちはくーちゃんが愛称の久遠。

 よろしくね」

 

「よろしく」

 

 己と友の名を告げ、微笑む。

 サイズの違いから手を交わす事ができないから。

 その代わりと言うわけでもないが、なのはは微笑む。

 きっと友達になれると想うから、だからこれからの始まりとして、笑顔で始めようと想った。

 

「あ……これはとんだご無礼を!

 私はアリサ、時空管理局アースラ所属、執務官補佐、アリサ・B・ハラオウン。

 どうぞよろしく」

 

 知らぬ世界に1人となり、誰とも知らぬ人に助けを求めなければいけない。

 それ故にいろいろと緊張していたのだろう。

 名前の交換すらまだ行っていなかった事を思い出し、少女アリサは最初赤面しながら自らの名を名乗った。

 

「じくうかんりきょく?

 なんか凄そうですね」

 

「えっと、この世界だと警察とか裁判所とか、後災害救助とか文化管理なんかをしている組織で……

 あの、この世界は管理外世界でまだ交流がないんだけど……

 私は執務官補佐なんて半端な位置だから、別に凄くなくて……」

 

 自己紹介からずっと慌てたままのアリサ。

 それを見てなのはは微笑むだけだった。

 さっきまでの堅い感じは薄れてきたから。

 慌てているが、これで変に張っていた緊張は大分ほぐれたのではないだろうか。

 

「ところで、昨日の姿でもわたしと同じくらいに見えたんですけど。

 お幾つなんですか? わたしは今年で9歳で、小学校っていう教育機関の生徒なんです」

 

「え、じゃあ同い年? 私の世界ではこの世界みたいな義務教育の時間が長くないから。

 能力と人格次第で上に進めるの」

 

 なのはの年齢を聞いて、更に堅さが崩れていく。

 だんだん素の状態に近づいているのだろう。

 だから、そろそろかと思い、なのはは尋ねる事にした。

 

「えっと、なんか凄いところの人みたいですけど。

 アリサちゃんって呼んでいいですか?」

 

 昨晩の僅かな時間と、今のこの時間だけで十分なのははアリサと友達になれると思えた。

 だからこそ、例え偉い人であっても、自分がその人に似合い呼びやすいと思う呼称の許可を求める。

 きっとこの後、何度も呼び合う事になるから。

 だから、これは重要な事。

 2人が絆を組み上げていく上で、土台となるものだ。

 

「あ、うん。

 じゃ、じゃあ私もなのはって呼んでいいかしら?」

 

「うん。

 後ね、たぶんアリサちゃんの方が偉いと思うから、敬語とかいらないよ?」

 

「そう? あ、でもその……

 あ〜、ごめんね、私堅苦しい言葉が苦手で、お言葉に甘えさせて貰うわ」

 

「うん、わたしもその方が嬉しい」

 

 アリサの肩から無駄な力は抜け、もう完全に緊張した空気はなくなった。

 それから改めて3人は座りなおす。

 長い話を聞く為に。

 サイズの違いから、アリサはベッドに座り、なのはと久遠がそこに向かい合う形となる。

 

「あ、そうそうこの部屋防音と、周囲に異変を漏らさない結界を張ってあるわ。

 だから叫んでも、魔法を使っても誰も気付かないから」

 

「うん、解った」

 

 考えてみれば、今この家には誰もいないけど、なのはの部屋から3つの声が聞こえたら変だ。

 この家の人間はとても良く気付く人ばかりだから、隠し通すのは無理だし、誤魔化すのも不可能だろう。

 だから、きっとこれはかなり便利な事。

 

「えっと、まずはこれね」

 

 アリサは手をかざし紅い宝石の状態にあるレイジングハートを浮遊させ移動させる。

 そして、そのレイジンハートの中に格納されている黒い宝石ジュエルシードを取り出した。

 

「これがジュエルシード。

 21個あるとされている黒い宝石型の魔法道具。

 人の強い思念に引き寄せられ、その思念をカタチにするもの。

 頼んでもいないのにカタチにした代償として、その人の命や、周囲全ての命、最悪の場合世界そのものを崩壊させる危険な遺失物。

 私達、時空管理局がずっと前から第一級捜査指定として探し、戦ってきたわ。

 けれど発見された時には世界が崩壊してしまっている事が殆どで。

 その為まともに戦う事もできず、ジュエルシードを捕らえる事ができなかった。

 それが、どうやらこの世界に来てしまった様なの……ごめんね……」

 

「どうして、謝るの?」

 

 話の最後で、アリサは泣きそうな目をして謝罪の言葉を口にした。

 今の流れでは、どこもアリサ達は悪くないのに。

 

「私がもっとしっかりしていれば、こんな事には……」

 

 アリサは話した。

 どうしてジュエルシードと自分がこの世界に来たのか。

 それは己の失敗の話であり。

 この世界にとっては厄災をもたらした話だ。

 

 この話を聞いたならば、この世界の住人の大半はアリサを責めてしまうだろう。

 この世界が滅びてしまうかもしれないのだ。

 そんな事、許せる訳が無い。

 だからきっと、アリサにあたってしまう。

 

 しかし、

 

「そんな、アリサちゃんは悪くないよ!

 もしアリサちゃんが悪いのなら、今までずっと戦ってきた時空管理局の人全てが悪い事になっちゃう。

 わたしは、そんな命をかけて頑張っている人達を悪く言いたくない」

 

 なのはは違った。

 許せないという感情は本当の原因たるジュエルシードにのみ向けられる。

 そしてアリサには、むしろ戦ってきた敬意が寄せられる。

 

「なのは……」

 

 アリサは涙を瞳に溜めていた。

 だがそれは、もはや悲しいからではない。

 なのはに出会えた事を幸いとして涙すら浮かべているのだ。

 

「教えてアリサちゃん、ジュエルシードを止める方法を。

 今までの世界はそんなものの存在を知らずに滅びたのなら、わたし達は今、この世界の危機を知っている。

 だから、何とかする為にできる限りの事をしようよ」

 

 更には、なのはは告げる。

 戦う事を。

 世界すら崩壊させてしまうかもしれないモノを相手に。

 何ができるかまだ解らなくとも、立ち向かう事を宣言した。

 

「ええ、ええそうね。

 だからよろしくね、なのは」

 

「うん」

 

 自分を見つけた同い年の少女は、これほどまでに輝いている。

 それが、アリサにはこの上なく頼もしかった。

 

「まず、ジュエルシードは、昨日みたいに誰かにとり憑いて、その人の思念をカタチにするわ。

 基本的にジュエルシードは発動しないと発見が困難なの。

 だから、発動したら急行して、カタチをとった思念を倒し、露出したジュエルシードを封印。

 と言う形になるわ。

 発見と見つけたものを結界に取り込むのは私がするから、戦闘と封印をお願いするわ」

 

 ざっと今後の流れを説明するアリサ。

 昨晩はその中でカタチとなった思念との戦闘がなかった。

 とり憑かれていた本人たる恭也が自身で倒してしまったからだ。

 

 だが、普通の人はジュエルシードが憑く程の強い己の思念に負けてしまう。

 それは大抵、カナワヌと思うからこその想いであるが故に。

 

「ジュエルシード、壊しちゃだめなの?」

 

 おそらくは、今後戦闘をするだろう久遠が問う。

 昨日は逃げられない様に手を出さなかったが、ならば逃げる前に破壊すればいいのではないかと。

 

「そう簡単に壊せないのよ。

 曲がりなりにも遺失文明の……私達の文明からみれば先の先をいっていた技術の遺産だから。

 それに、壊れた時に何が起きるか解らないの。

 だから、少なくとも生命のいる惑星の成層圏どころか、重力圏内では避けるべきでしょうね」

 

「ところで、マスタープログラムっていうのは?」

 

 先のアリサの話にでてきたもの。

 名前からして全てのジュエルシードを管制していると思われる。

 ジュエルシードを封印して、そちらに動きや影響はないのか。

 

「それがね、解らないの。

 マスタープログラムというものであると言う事は解っているんだけど。

 存在を確認できただけでも数回しかなくて、それがどんな役割なのか、どういう条件で出現するのか。

 ただ、全てのジュエルシードが揃えば姿を現すのだけは間違いないみたいだから。

 21個のジュエルシードを封印した後、現れたマスタープログラムも封印すればいいと思うの。

 それで、全て解決になるわ」

 

「うん。

 あ、そういえば、時空管理局の人とは連絡とれないの?」

 

 なのはは大体の答えがわかっているが、確認をとった。

 もし連絡がとれるならば、自分などを頼る事は無いだろう。

 そして、戦う事すらできないこんな状態でいつづけるわけも無いのだ。

 だから、

 

「ここに飛ばされる時に起きた次元震の影響で連絡がとれないのよ。

 もう少し落ち着けばできるんだろうけど、どちらにしろ向こうがこっちに来るのは後半年は必要だと思うわ」

 

「そうなんだ」

 

「みんな無事ならいいんだけど……」

 

「そうだね」

 

 最後にぽつりとアリサが漏らした言葉。

 ここへ来る原因となった事件では、家族が出撃していた。

 自分だけが飛ばされたのか、皆は無事でいるのか、何も解らない。

 心配でない訳が無い。

 なのはも家族を思う気持ちは解るから、ただ同意の一言を述べて後は何も言わない。

 

「半年は援軍を望めない。

 なら、逆にその半年で全部捕まえるつもりでいきましょう」

 

「うん、がんばろう」

 

 連絡すら取れないのなら、気持ちを切り替えて逆にそれすら目標とする。

 前向きな思考で望む2人。

 相手の特性から、気持ちで負けたら負けてしまうだろう。

 だから、これがきっと最善の事。

 

「次に魔法とデバイスについての説明ね。

 この世界には似た様な力がいくつかあるけど、血筋等による特殊なものだったり、特化されてるのばかりね。

 技術としては、それだけに特化されたその技術と、機械系の技術があるそうだけど……」

 

 そこでアリサは言葉を止めた。

 久遠から得た情報であるが、今のこの世界の技術に対して考えて。

 だが最終的には答えを出さずにはなしを進める事にする。

 

「まあ、魔法の話をしましょう。

 魔法とは、自然摂理や物理作用をプログラム化し。

 それを任意に書き換え、書き加えたり消去したりすることで作用に変える技法の事。

 で、そのプログラムを入れておくのがデバイスと呼ばれるもの。

 例えばこの子、レイジングハート」

 

 キィンッ!

 

『Stand by ready

 Set up』

 

 浮遊していたレイジングハートが杖へと姿を変える。

 

「この子は『インテリジェントデバイス』と呼ばれるデバイスで。

 魔法というプログラムを記憶し、主の魔法処理を助けてくれるだけでなく、人工知能を搭載し会話も可能なもの。

 場合によってはこの子自身の判断で魔法を使用するわ。

 上手く意思疎通できれば凄い力を発揮できるわよ。

 基本的になのはは魔法をイメージすれば後はこの子がやってくれる。

 単純に使うだけならこの子の中にあるプログラムで処理して、魔力を込めればいいだけだから」

 

「だから知識の無いわたしでも魔法が使えるんだ」

 

「ええ、まあそれでも資質あってこそなんだけど。

 とりあず、このレイジングハートの所有権を貴方に移すわ。

 昨晩の起動は私の許可の下に行った起動だったから」

 

 キィィィン……

 

 レイジングハートが碧の淡い輝きを放つ。

 

「さあ、手を出して」

 

「うん」

 

 なのはが手を伸ばし、レイジングハートを握る。

 

 キィィィン 

 

 すると、レイジングハートは碧色からピンク色へと輝きの色を変えた。

 碧はアリサの魔力の色。

 それからなのはの魔力の色へと変わったのだ。

 

 キィンッ

 

 完全に輝きの色が変わると、レイジングハートは宝石の姿、『スタンバイモード』へと姿を変えた。

 

「これで次起動する時は貴方がマスターよ。

 これでペンダントにしていつも持っておいてね」

 

 アリサが差し出すのは、スタンバイモードのレイジングハートが付けられる細い鎖のペンダント。

 なのははレイジングハートを取り付けて、首から下げた。

 

「うん、よく似合うわ」

 

「えへへ、ありがとう。

 じゃあ、お借りします」

 

「うん、その子をお願いね。

 で、魔法はレイジングハートがやってくれるけど、基礎知識は必要になるから。

 それは、後で私が教えるわね。

 それから、教えなくちゃいけない事は……」

 

 相手は管理外世界の住人であり、基礎もなにもない。

 だから、何処から何を話せばいいかと考えるアリサ。

 

 だが、その時だった。

 

 キィィン 

 

 それは耳鳴りの様に響いた。

 音など無い筈なのに耳から離れぬものだった。

 

「ジュエルシード!」

 

「これが、ジュエルシードなの」

 

 アリサが正確な方角を睨んで叫ぶ。

 そして、なのはも理解する。

 これが、ジュエルシードが発動した時に出る魔力波、起動の気配であると。

 

「解るの?!」

 

「うん、なんとなく」

 

「流石私をみつけた人ね。

 兎も角、すぐにいかないと」

 

「うん。

 この方向だと……八束神社の方だね」

 

 なのはが感じた方角と距離から察するに、場所はこの町の神社で『八束神社』の近く。

 そこは久遠の家族である神咲 那美が巫女をする神社で、なのはもよく遊びに行く場所だ。

 ここからだと少し遠いのが問題だろう。

 いや、それよりもそこに人がいると拙い。

 

「那美はまだ家だと思う」

 

 なのはの心配に対して久遠が答える。

 那美は今日出先から帰ってきたばかりだから巫女のアルバイトはしていまい。

 ならば、誰もいない事が期待できる。

 

「兎に角行こう」

 

 なのはは立ち上がる。

 ここからだと少し距離がある。

 残念な事になのはは運動が苦手だ。

 時間が掛かってしまう。

 

「外にでて、そこからは私が運ぶわ」

 

「え? うん」

 

 どうやって運ぶかは急いでいるので聞かなかった。

 とりあえず、幸いな事にまだ家には誰もいない様なので急いで出ても怪しまれる事は無い。

 

 靴を履いて外に出たなのはは裏路地へと入る。

 

「他者から見ない魔法と、飛行魔法を。

 あ、久遠、狐になってなのはに乗って」

 

「わかった」

 

 シュバンッ!

 

 言われたとおりに変身してなのはの腕に抱かれる。

 それを確認したアリサはなのはの肩にのって魔法を構築していく。

 

「この形態じゃやりにくいわね……

 でもしかたないわ、いくわよ!」

 

 キィンッ

 

 なのはの足元に碧色の魔法陣が展開した。

 そして、同時に、

 

 ブワンッ!

 

 なのはの身体が宙に浮く。

 

「わっ!」

 

「飛ばすわよ!」

 

 ズドゥンッ!

 

 宙に浮いた事を驚く暇もなく、アリサの魔法によって飛ばされるなのは。

 それは打ち出されたかの様な勢いで飛び、200m程の高度まで一気に上がる。

 そして、その後はジュエルシードのある場所まで一直線にこれもまた吹き飛ぶ様に移動する。

 

「わぁぁぁぁ!」

 

 なのははあまりにいきなりの高度と速度に声を上げる。

 迅速に対応しなければいけない事態であるが故に、アリサの行為は正しい。

 だから文句は言わない。

 それに、たった数秒の事だった。

 僅か数秒で目的地上空に到達したのだ。

 

「きゃぁぁぁぁ!!」

 

 そして、眼下には黒い獣の様なものに追われる女の子の姿。

 なのはと大体同年代くらいの女の子だ。

 翼を持つ黒い獣から逃れ様と、神社への階段を駆け上がっている。

 だが、このままではいずれ追い付かれてしまう。

 

「くーちゃん!」

 

 なのはは久遠を投げた。

 黒い獣の頭上を通り過ぎる様に。

 女の子を助ける為に。

 

 シュバンッ!

 

「あああっ!」

 

 名を呼ばれた久遠はそれだけで己の役割を理解する。

 一気に大人モードへと変身し、黒い獣の頭上を通り過ぎる。

 

「きゃぁぁっ!」

 

 女の子はもう数段で上りきるというところで躓いてしまう。

 そこに黒い獣が襲い掛かる。

 だが、

 

 バッ!

 

 黒い獣の爪が女の子に迫ったその時、金色の影が通り過ぎる。

 そして、その後には何も無く、黒い獣の爪は空を切るだけだった。

 

 黒い獣が周囲を覗えば、境内にいる金色の髪の女性の姿が見えるだろう。

 女の子を抱きかかえ立つ、式服に身を包む金色の狐の化生が。

 

 久遠に抱かれた女の子は動かない。

 どうやらショックで気を失ったらしい。

 この状況下では下手に騒がれるよりも都合が良かろう。

 

「くーちゃん」

 

「解った」

 

 友に名を呼ばれ、その意図を汲む。

 久遠は黒い獣に背を向ける。

 女の子を社に寝かせる為に。

 

「グオオオオオッ!!」

 

 その背に黒い獣が迫る。

 翼を持つその巨体は3m近く、その腕と爪は大地をも抉らんと強大だ。

 

 スタン

 

 だが、その前に舞い降りたのは妖精を従えた少女。

 手にするのは紅い宝石。

 そして、示すのは魔法の力。

 

「バリア!」

 

Protection

 

 キィィィンッ!

 

 待機状態のままでも発動するバリア魔法。

 なのはの前にピンク色の光の壁が発生する。

 

「ガァァァァァァッ!」

 

 ズババババァァァァァンッ!

 

 黒い獣の爪が衝突する。

 だが、光の壁は微動だにする事はない。

 逆に獣の爪が欠けていく。 

 

「いいコンビだわ、貴方達。

 封時結界!」

 

 即席で教えたバリア魔法で時間が稼がれている間にアリサはこの空間を切り離す。

 デバイスが無い為、少し時間が掛かったが、ここに発動する。

 

 キィンッ!

 

 周囲の景色が揺らぎ、同じ場所の筈なのに違う空間へと移行する。

 なのはと久遠とアリサ。

 そして、敵である黒い獣だけが。

 

「久遠、時間を稼いで!」

 

「いくよ!」

 

 アリサの指示通り、久遠が動く。

 なのはの前にでて黒い獣と対峙する。

 

「本当はもっと説明とか設定とかしておきたかったんだけどな。

 準備不足のままだけど、仕方ないわね。

 いける? なのは」

 

「うん、いくよ」

 

 巨大な黒い獣は怖いし、自分が死ぬかも知れないという思いもある。

 しかし、頼れる友が前にいる。

 信頼できる新たな友が肩にいる。

 この敵を倒せるという魔法の力がこの手にある。

 

 だから、後は勇気を出すだけだ。

 そして、その勇気を絶やさなければ、負けることは無い。

 

「初回起動だからパスコードがいるわ。

 新しく設定しないから私のパスコードをそのままつかって。

 それと生身で戦闘は危険だわ、防護服バリアジャケットを。

 強くて頑丈な衣服をイメージして。

 後は、レイジングハートを信じればやってくれるわ」

 

「うん」

 

 念話で頭に直接送られてくる言葉。

 レイジングハートを使用するために必要な呪文。

 なのは、ペンダントから外したジュエルシードを掲げる。

 

「我、使命を受けし者なり

 契約の下、その力を解き放て

 風は空に、星は天に

 そして不屈の心はこの胸に

 この手に魔法を

 レイジングハート、セットアップ!」

 

 カッ!

 

 待機状態のレイジングハートが輝き、魔力の光が周囲に展開した。

 なのはを護る様に球状に展開された光の中、レイジングハートとなのはが姿を変える。

 なのはの着ていた服は全てレイジングハートの中へ格納される。

 そこへ装着されるのはなのはの学校、聖祥付属の制服によく似た服。

 なのはのイメージの下に、なのはの魔力でレイジングハートが実体化させた防護服だ。

 全ての装着が終ると、杖へと姿を変えたレイジングハートを手にとるなのは。

 

 バシュンッ!

 

 全ては一瞬。

 光が弾けたそこには、白と青の防護服に身を包んだなのはが立っていた。

 その手にインテリジェントデバイス『レイジングハート』を持って。

 

 相対するのは、黒き獣。

 女の子が持っていた恐怖心より生まれた異形の怪物。

 

「くーちゃん!」

 

「あああああっ!」

 

 なのはの準備は整った。

 後はジュエルシードを封印できるだけ露出させればいい。

 久遠は黒い獣と距離を取る。

 

 バチッ! バリリリリリッ!

 

 蓄積させる雷の力。

 そして、それは一直線に敵へと落ちる。

 

 

 ズガァァァァァァァンッ!!

 

「グギャァァァァァァッ!!」

 

 恐怖から創造されしこの獣は、定まりきらぬ恐怖故に不可解な力を持ち、強力だ。

 しかし、完全なイメージでないからこそ脆い。

 久遠の雷によりカタチを崩していく黒き獣。

 その中に黒い宝石、ジュエルシードが見える。

 

「よし、なのは!」

 

「うん」

 

Sealing mode

 Set up』

  

 ガキンッ!

 

 柄の先端部分が開放され、3つの魔力の翼が展開する。

 大出力の封印魔法を使用する為の変形。

 昨日の恭也の様に、とり憑かれていた本人が打ち破るのが最善の形。

 しかし、それは望めないのであれば力押しとなる。

 そしてその場合、封印にはジュエルシード自体の多大な力を要する。

 

 変形は完了し、なのはは狙いを定める。

 崩れかけた獣の中心に見えるジュエルシードに。

 

「ギャオォォォッ!」

 

 だがその時、黒い獣の周りに、小型の黒い獣が出現する。

 昨晩のジュエルシード・シリアル[の時にも出た防衛機構だ。

 それも昨晩のより完璧に近い姿だ。

 昨晩では獣の様な姿までしか見えなかったが、今はもう闇の獣と言える姿をしている。

 それは犬の様な獣の頭をもち、人の様に二足でも行動できる獣人の姿とも言えるかもしれない。

 

 更には、その数は1つではなく、2つ3つ、どんどん増えていく。

 

「久遠、お願い!

 なのはは封印に集中して」

 

「うん」

 

「解った」

 

 直ぐに久遠が闇の獣人を倒しに行く。

 なのははそれを信頼し、自分の役割に集中する。

 そして、アリサはもしもの時の為に状況を見渡す。

 

「リリカル、マジカル」

 

 なのはが自身で定めた封印魔法の起動呪文。

 詠唱と同時にレイジングハートに魔力が込められていく。

 現在のほぼ全力の魔力だ。

 それだけの魔力を込めるには、初心者であるなのはでは時間が掛かる。

 

 ゴゴッ

 

 そんな中、動きがあった。

 崩れかける黒い獣の腕が動いたのだ。

 

(拙いか!)

 

 それを見たアリサは身構える。

 久遠は数が出てくる闇の獣人の処理で手一杯だ。

 なのはは封印魔法に集中している。

 レイジングハートのバリアも発動するだろうが、それでは封印魔法が止まってしまう。

 

(今ある魔力だけでいけるか!)

 

 アリサはここまで来るのと結界魔法の構築でほとんどの魔力を使ってしまっている。

 それに、デバイス無しでは攻撃魔法は難しい。

 

 ビクンッ!

 

 だが、最後に痙攣した様に動くと、黒い獣はもう動かなくなった。

 

(もう、驚かすんじゃないわよ!)

 

 アリサはなのはの集中の妨げにならない様、心の中だけで文句を叫んだ。

 そうしている間に、なのはの封印魔法は完成した。

 

「ジュエルシード封印!」

 

Sealing

 

 ズバァァンッ!!

 

 レイジングハートから放たれたなのはの魔法が黒い獣を消し去り、ジュエルシードを浄化してゆく。

 そして、程無くジュエルシードに『T』の白い文字が浮かぶ。

 更に封印完了と同時に闇の獣人も姿を消した。

 

 バシュゥゥゥンッ!!

 

 封印の完了と共に魔法が終了し、大出力の魔力を放出したことでレイジングハートの排気ダクトが開く。

 金色の外殻にある2本1対の排気ダクトから放出されるのは圧縮された魔力の残滓。

 それがこれ程放出されるくらいの魔力が出されたという事だ。

 

Receipt number T

 

 レイジングハートがオートでジュエルシードを回収する。

 レイジングハートの本体たる紅い宝玉の中へと格納されるジュエルシードシリアルT。

 

「これで、2個目」

 

「うん」

 

「よかった」

 

 ジュエルシードを発見する所から始めた初戦は終った。

 なのは達は2つ目のジュエルシード獲得に今はただ喜ぶのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕暮れの八束神社。

 その社の前で眠る女の子がいた。

 そして、その女の子に近づく少女が1人。

 

「あの、こんな所で寝ていると風邪をひきますよ?」

 

「ん……え? あれ?」

 

 目を覚ました女の子は周囲を見渡す。

 何故自分が此処にいるのかまだ思い出せないのだろう。

 

「あ、私ここにお参りにきて……昨日はあまり寝れなかったから……」

 

 思い出される理由。

 何かに追われている恐怖を感じ神社なら安心だと思ってやってきたのだ。

 そして、何時の間にか眠ってしまった。

 神社という場所であるとはいっても、あまりに無用心だ。

 

「大丈夫ですか?」

 

「え、うん、大丈夫。

 ありがとう、起こしてくれて」

 

「いえいえ」

 

 笑顔で答える少女。

 それから、直ぐに女の子は帰路についた。

 

 

 少女なのはは、階段を下りていく女の子の背中を眺める。

 その傍に寄り添う1匹の狐、久遠。

 そして、その肩に乗るのは1人の妖精、アリサ。

 

「これで一件落着だね」

 

「ええ」

 

「くぅん」

 

 ジュエルシードは無事回収でき、とり憑かれていた人も無事だ。

 今回の件は完璧な形で終ったといってもいいだろう。

 なのは達は初戦を飾る事ができた。

 

「じゃあ、わたし達も帰ろうか」

 

「ええ」

 

「くぅん」

 

 戦いはまだ始まったばかり。

 なのははまだ魔法使いとしては半人前にすらなっていない。

 ジュエルシードについても謎がある。

 不安も多く抱えている。

 

 だが、少女達は笑顔で明日へと向かう。

 

 不安や恐怖をも超える心が、ここにあるから。

 

 

 

 

 

第2話へ

 

 

 

 

 

 後書き

 

 連載1話〜

 はい、いきなり出てきた変更点。

 アニメともゲーム原作とも違うパートナー。

 ゲーム原作の基本パートナーである久遠もいながら、もう1人の魔法のパートナー『アリサ』をおきました。

 

 さて、始まったストーリーですが、ストーリー展開の基本はアニメかな〜

 でも全然違うものですけどね。

 マイペースに構築し書き出してますよ〜

 

 と言うわけで読んでくださっている人は次回もよろしく。








管理人の感想


 T-SAKA氏に第1話を投稿していただきました。



 魔法関係の簡単な説明と対ジュエルシードの初戦

 まずは危な気なく勝ちましたな。

 久遠がいるのが大きいですよねぇ。

 とらハシリーズレギュラー内で最大の攻撃力の持ち主ですし。

 燃費が悪いのが唯一の弱点ですが。


 パートナーは原作のキャラからアリサに。

 私は原作知らないので何ともいえませんが、なのはも女の子の方が気安いでしょう。

 全てが終われば色々話したり遊んだり出来るでしょうしね。

 この少女達がこれからどう頑張っていくか楽しみなところです。



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