輝きの名前は

第2話 それは誓いという願い

 

 

 

 

 

 深夜 海鳴 風芽丘学園

 

 平和な筈のこの街。

 平和であるべき学園の校庭。

 

 だがそこは今、戦場と化していた

 

 

「バリア!」

 

Protection

 

 キィィィンッ!

 

 光の壁を作り出す少女がいる。

 ある学校の制服に良く似たデザインの服を着て、その手に紅い宝玉の杖を持って。

 

「右の奴を!」

 

 その少女の肩には小さな少女が居た。

 白いワンピースの様な服を着た、碧の色の翼を持つ妖精。

 

「ああああっ!」

 

 ダンッ!

       ズバァァァンッ!

 

 雷を纏った爪で闇の獣人を切り裂く女性がいる。

 式服を身に纏い、頭には獣の耳があり、尻には狐の尻尾を持つ狐の化生。

 

 その3人が戦っていた。

 夜の学園の校庭で。

 

「おおおおおおおおおお」

 

 ブオンッ!!

 

 雄叫びをあげながら槍を放つのは、何処にでも居そうな少年。

 体育会系といえるタイプで、槍も陸上競技用の物だ。

 普通の人間に見えるだろう。

 

 瞳を紅く染め、闇を纏っていなければ

 

 ズダァァァァンッ!!

 

 そして、放たれた槍も正常ではなかった。

 ロケットエンジンでもついているのかという加速を持って放たれる槍。

 

 ズガガガンッ!

 

 しかし、その槍は少女の展開する光の壁にぶつかり、崩れ去る。

 

 

 大凡、現実とは思えぬ戦いだった。

 しかし、これだけの爆音を響かせているのに人が集まってくる気配は無い。

 よく見れば空の色は普通ではなく、何かが学園とその周囲を覆っていた。

 そして、その内側にある民家などには人の気配が無い。

 

 ここは、通常の空間とは違う場所。

 そこで行われる魔法の戦い。

 

「アリサちゃん、どうしよう。

 ジュエルシード、あの人の中だよ」

 

 少女、高町 なのはが戦っている相手は目の前の少年にあらず。

 ジュエルシードと呼ばれる黒き宝石。

 人の強い思念をカタチにする代償として、その人の命すら奪うという堕ちたる魔法の種。

 

「強制浄化しましょう。

 露出させずに、浄化魔法を直接叩き込む。

 力技になるけど、貴方ならできるはずだわ。

 この相手は、素体である人をそのまま使ってるから防御も殆ど無い筈よ」

 

 なのはの肩に乗り、全体の監視とこの結界の展開及び維持を担当するアリサ・B・ハラオウン。

 なのはに魔法の杖『レイジングハート』を貸し与え、ジュエルシードの封印、回収を依頼した少女。

 今は妖精の姿をしているが、本来ならなのはと同じ年頃の人間の少女だ。

 

「え、でも、そんな事したらこの人が……」

 

「大丈夫よ、この前教えたけど魔法攻撃は、魔力攻撃と物理攻撃に分けられる。

 魔力攻撃に設定しておけば、精神にショックを与える事はあっても、殺してしまう事はないわ。

 それに浄化魔法は元々魔力攻撃だけの魔法だもの。

 間違ったってとり憑かれている人に危害が及ぶ事はないわ」

 

 なのはの懸念に、なのはの魔法の師でもあるアリサが答える。

 魔法は元々精神エネルギーを使って起こす現象。

 その為、精神にのみ干渉し、物理的な破壊を一切行わないという魔法も可能である。

 いや、むしろ基本的に放出型の魔法は物理現象に変換するか、物理破壊用に変換しない限り魔力攻撃であり、物理破壊は行わない。

 

 勿論魔力攻撃、つまりは精神への攻撃も度を過ぎれば精神破壊に至り、精神を殺してしまい、その先の魂すらも崩壊してしまうだろう。

 だが、なのはが狙うのはあくまでとり憑いているジュエルシード。

 今、依り代の精神を蝕み、命を食わんとするモノだ。

 それに対して魔力攻撃を加える事が、依り代にとって悪い事にはならない筈だ。

 

「わ、解った。

 それじゃあ!」

 

Sealing mode

 Set up』

  

 ガキンッ!

 

 なのはの決意に応え、意思持つ魔法の杖レイジングハートは、宝玉に文字を表示すると同時に静かな女性の声で答える。

 そして、レイジングハートはその身を大出力魔法用のシーリングモードへと変える。

 

 なのははまだ魔法使いを始めて1週間程度の初心者。

 ジュエルシードとの戦闘もまだ3度目。

 魔法も、ジュエルシードも理解しているとは言い難い。

 しかし、新たに友達となったアリサの言葉に間違いは無い。

 だから、なのははもう迷う事なく魔法を使える。

 

「久遠! 片付けて」

 

「うん」

 

 その気になったなのはを支援すべく動く2人の友。

 既に名を呼び、ただ一言告げるだけで通じ合える。

 同じ人を認め、通じ合えたからこそであるが、確かに信じあえる者達。

 なのはを信じ、なのはが信じる2人。

 そして―――

 

「リリカル、マジカル」

 

 杖の紅い宝玉に魔力が収束する。

 最早封印の為の浄化ではなく、そこにある闇も穢れも全て洗い流し、清め、封じる力。

 

 だが、その間に敵は動いた。

 

「トベェェェェッ!!」

 

 闇に堕ちた少年は新たな槍を構える。

 そして想うのは全てを凌駕し、飛び行く事。

 昨年の大会で叶えられなかった夢をも越えて行けと、想いが込められる。

 

 そしてそれは、全ての障害を排除して飛び行く魔弾へと変換された。

 

「久遠!」

 

「はぁぁぁっ!」

 

 魔弾が装填されるのを見たアリサは久遠の名を呼ぶ。

 そして、久遠はアリサの意図通りに動いた。

 残っていた闇の獣人を薙ぎ払い、少年へと迫る。

 

「ふっ!」

 

 ブンッ!

 

「ガア……」

 

 すれ違いざまに放ったのは脚払い。

 それも少年が後ろに倒れる様に。

 これで、槍投げの選手である少年は槍を放つ事ができない。

 魔法としては足場など関係無くとも、少年が幻想できないのだ。

 故に魔弾は、その機能を失う。

 

 前ではなく後ろに倒れる様にしたのは、万が一放たれた時、自爆になってしまわない様にする為だ。

 

 倒れようとする少年。

 そして、それと同時に動く力がある。

 なのはの魔法の杖レイジングハートに収束された力だ。 

 

「ジュエルシード浄化封印!」

 

Sealing

 

 ズバァァァンッ!!

 

 レイジングハートから放たれたのは桃色の光。

 それも200mm近い直径を持つ巨大な光の砲だ。

 

「グアァァァァ!!」

 

 少年となのはの距離は10mほどだった。

 その距離で放たれた光の砲は、少年に直撃し、全ての闇を振り払い。

 更に、少年に憑いていたジュエルシードを洗い流す様に押し出して、全ての穢れが浄化される。 

 

 キィィィン……

 

 光の中、ジュエルシードに『]]』の白い文字が浮かぶ。

 

Receipt number ]]

 

 そして引き寄せられ、レイジングハートの中へと格納されるジュエルシード。

 なのはにして3つ目、ジュエルシードシリアル]]の封印は無事ここに完了した。

 

「ジュエルシード3つ目封印完了」

 

「5日で3つか……ペースとしてはいい感じね」

 

 まだ慣れるには程遠い戦闘の末、目的が達成された事にまず安堵するなのは。

 そして、順調な結果に満足のアリサ。

 何よりも―――

 

「この人どうする?」

 

 倒れていた少年を回収してくる久遠。

 外傷は無く、精神の方も一晩寝れば治る程度だ。

 今回も何の犠牲も出さずに終えられた。

 それを幸いとし、これからもそうして行こうと改めて想う3人だった。

 

「そうだなぁ〜

 じゃあ―――」

 

 なのはは治療後、鍵が開けっ放しだった体育倉庫の中に寝かせる事にした。

 そこならば、春先のこの夜の気温でも凍える事はない。

 そして、起きた時に『もう1度投げればいい』と心に伝える魔法を残しておく。

 そうすれば、もう1度夢を追える様になるかもしれない。

 後は、この少年自身の問題だ。

 

「これでよし。

 じゃあ帰ろう」

 

「OK」

 

「うん」

 

 結界を解除し、自分達にステルスの魔法をかけて家へ、高町家へと戻る3人。

 戦いの場から、平和な日常へと戻る。

 

 そして再び、平和を乱すものを討つ時、全力を出す為に。

 

 3人で明日へと羽ばたく為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝 

 

 携帯のアラームが鳴り響き、なのはは目を覚ます。

 手探りで携帯を探してアラームを止めると、時間を確認しベットから出る。

 

「ん……ん〜〜〜」

 

 そして、大きく身体を伸ばしてカーテンを開け、日の光を浴びる。

 今日も良い天気だ。

 

「おはようくーちゃん」

 

「く〜ん……」

 

 のそのそとベッドから這い出てくる狐モードの久遠。

 昨晩は戦闘をした為、まだまだ眠そうだ。

 

「アリサちゃんは……」

 

 ぬいぐるみの陰にあるアリサスペースを覗くなのは。

 アリサスペースのなのは製ベッド(人形用を改造)ではまだアリサが眠っている。

 昨日の戦いで消耗しているのと、昨晩真夜中になのはが戦った分の疲労を回復させたのでお休み中だ。

 なのははまだ小学生で普通の生活もあるので、アリサがそれを崩さない為に疲労を肩代わりしている様なものだ。

 尚、それだとなのはが遠慮するので、名目上は『なのはがいざという時に全快であるように』となっている。

 

 因みに、このアリサスペース、ぬいぐるみの陰で物理的にも見えない上に結界が張られている。

 なのはと久遠以外には何も無い様に見えるという認識操作系の結界らしい。

 魔法陣とわずかな魔力だけで起動できるとあって、これでアリサは安心して眠っていられる。

 

「ん〜……なのは〜……」

 

 楽しい夢でも見ているのか、明るい顔でそんな寝言をつぶやくアリサ。

 ちゃんと安心して眠れている証拠だ。

 

「じゃあ、アリサちゃん行ってくるね」

 

 なのはは、起こさない様と思いながらも、小声でそう告げて部屋を出るのだった。

 こうして疲れを残さず朝を迎えられる事に感謝しながら。

 

 

 

 

 

 それから、いつも通り皆と朝の挨拶を交わし、朝食を食べて学校に行く。

 

 なのはが魔法使いとしてジュエルシードと戦い始めて1週間が経過した。

 既に3つのジュエルシードがこの世界でその力を発現させたが、とりあえず大きな影響は出ていない。

 とり憑かれた人たちも、発動がごく短時間であったので、疲労を感じる程度で済んでいる。

 

 そして、なのはがジュエルシード封印のため夜中に出かけた事は家族には知られていない。

 本来であれば、兄と姉に気づかれず外に出るなど不可能であるが、アリサの認識系の魔法が有効であった。

 出るときも帰ってくるときも、家族の誰も気づいた様子はない。

 だから、世間では何も変わりなく平和な日常が流れている。

 

「おはよー、すずかちゃん」

 

「おはよう、なのはちゃん。

 あのね、家の方も落ち着いたから遊びに来ない?」

 

「うん、いくいく」

 

 なのはも普段どおり学校で授業を受け、友達とも遊ぶ。

 ジュエルシードとの戦いを考えれば、常に臨戦態勢をとっておくか、アリサから魔法の事を学ぶのに時間を使うべきだ。

 しかし、なのはもジュエルシードに生涯を捧げる訳ではない。

 それに戦いがあるからこそ、日常での英気を養うのも大切な事だ、とアリサも説いていたりする。

 

 因みに、アリサからの魔法講座は、基礎知識編の受講が一通り完了している。

 アリサは人に魔法を教えたことが無く、なのはは魔法がある世界の住人でない為アリサにとっての常識も持っていない。

 その為、授業は手探りで進められた。

 2人にとっては、違う言語で会話する様なものであり、噛み合わなければ遅々として進まなかった事もある。

 だが、なのはは要領が良いらしく、噛み合うとすぐに飲み込んでいった。

 

 余談だが、最初の2,3日は日常面でもいろいろとあたふたしていた。

 例えばお風呂とか、食事とか、アリサ自身の事なのにアリサ本人が失念していた事が多々あったのだ。

 

 いろいろ大変ではあったが、ともあれアリサが考えた必要最低限のことは学んでいるのだ。

 そして、今アリサは次に何を教えようかと考えているところ。

 なにぶん生徒を持った事がないので、どういうペースで何から教えて良いか解らず試行錯誤を続けている。

 

 アリサ自身がやったことに当てはめる、というのは無理なのだ。

 アリサも天才の部類に入るし、環境が違いすぎる。

 資料など教科書替わりになるものが一切ないのが大きい。

 そして、求められるのは即戦力になるものだ。

 時間をかけず、実戦で使えるものを優先しなければならない。

 

 その為、ここ2日くらい、なのはは基礎修行のみをしており、アリサはアリサでなにやら計画を練っている。

 ジュエルシードの事も魔法の事も知識が無いために全てアリサ任せ。

 しかしだからこそ、なのはは戦う事に集中し、休めるときは休むのだ。

 

 

 

 

 

 放課後

 

「お帰りなさいませ、すずかお嬢様。

 あ、なのはお嬢様、ここで降りられるという事は屋敷にいらっしゃるのですね」

 

 月村邸に一番近いバス停で降りる2人を迎えたのはファリン。

 お嬢様学校である聖祥では、車での出迎えやメイドを持つ家も少なくない。

 しかし、ファリンほどの若いメイドで、こうしてバス停に出迎えに来るのは少し珍しいだろう。

 尚、なのはは後々聞くことになるが、ファリンは15歳らしい。

 

「ただいまファリン。

 なのはちゃんを家に連れて行くね」

 

「こんにちは、ファリンさん。

 お邪魔しますね」

 

「はい。

 あ、お2人とも、お荷物をお持ちいたします」

 

 明るい笑顔ですずかとなのはから鞄を受け取ろうとするファリン。

 だが、ここから月村邸まで歩いて5分もかからない。

 

「あ、いいですよ」

 

 だから、なのはは遠慮した。

 軽い学校の鞄であるし、持ってもらうようなものではないと判断した。

 

「あ、なのはちゃん、遠慮しないで。

 なのはちゃんが鞄持ったままだとファリンがノエルさんに怒られるから」

 

「そうなの?」

 

 自分の鞄を渡しながちょっと複雑そうに教えるすずか。

 なのはが知る限りノエルはやさしい人だ。

 しかし、と同時に思い出す。

 ノエルはメイドとしてはプロであると。

 だからそう言う部分において自分に厳しく、妹のファリンにも厳しいのだろう。

 

「はい、1人前のメイドになる為です」

 

 ファリンはやはり笑顔でそう言った。

 たぶんノエルは優しいからこそ厳しいのだと解っていて、それが嬉しく誇らしいのであろう。

 

「じゃあ、お願いします」

 

「はい、お預かりさせていただきます」

 

 それからファリンは2人の荷物を持ちつつ月村邸まで先導する。

 そして、月村邸に到着すると。

 

「お帰りなさいませ、すずかお嬢様。

 なのはお嬢様、ようこそ月村家へ」

 

 玄関で出迎えるのはノエル。

 

「ただいま」

 

「おじゃまします」

 

「あ、ノエルさん、お姉ちゃんは?」

 

「忍お嬢様はティーラウンジにいらっしゃいます。

 ねこ様もご一緒です」

 

 ねこ様というのは、月村邸で飼われている猫の事だ。

 なぜそんな名前かと言えば、名前を決めかねていたら、その猫が『ねこ』というのを自分の名前だと覚えてしまったからだ。

 敷地内で飼われている猫であるが、なにぶん敷地が広いのでなのはが来ても見かけない事が多い。

 

「じゃあ、一緒に。

 なのはちゃんもそれでいい?」

 

「うん」

 

「ではお茶をご用意いたします。

 何がよろしいですか?」

 

「お任せします」

 

「わたしもおまかせで」  

 

「かしこまりました」

 

 お嬢様すずかも、一応一般人なのはもノエルにお茶選びは任せる。

 だがすずかは勿論、なのはも決して種類の知識や好みが無いわけではない。

 仮にもなのはは菓子職人の血を引く娘であり、現在喫茶『翠屋』の第一後継者候補だ。

 特に菓子に合うお茶なら知っている。

 

 まあ、しかしそんな高級品を飲んでいる訳ではないし、拘りというものは無い。

 なので、ノエルに任せる。

 ノエルに任せれば間違いないからだ。

 

「じゃあ、ちょっと着替えてくるから先に行ってて」

 

「うん」

 

「ではなのはお嬢様、こちらへどうぞ」

 

 ファリンと共に部屋に着替えに行くすずか。

 なのははノエルに案内されてティーラウンジへ移動する。

 

 

「忍お嬢様、すずかお嬢様がお戻りになりました。

 それから、なのはお嬢様がお見えです。

 お2人ともお茶をご一緒したいと」

 

「いいわよ〜。

 いらっしゃい、なのはちゃん」

 

「忍さん、こんにちは」

 

 それから、忍と着替えてきたすずかと3人で暫くをお茶を楽しむ。

 学校での事や家での事、そんな他愛の無い話で笑う3人。

 そのテーブルの下には丸まっているねこがいて、平和で安らかな時間が過ぎていった。

 

 

 3人でお茶を飲み始めて、大体30分ほどが経過した頃だった。

 

「お嬢様方、恭也様がお見えになりました」

 

 ファリンに迎え入れられ、恭也が姿を現したのだ。

 相変わらず無表情のままティーラウンジに入ってくる恭也。

 

「あら、恭也、いらっしゃい」

 

「あ、恭也さん、こんにちは」

 

「おにーちゃんも来たんだ」

 

 忍は立ち上がり恭也の下に向かい。

 すずかとなのはは座ったままで挨拶を述べ、笑顔を見せる。

 

「ああ、忍、すずか嬢、おじゃまする。

 なのははここに居たのか」

 

 傍に寄る忍に少しだけ微笑み、すずかとなのはにも声をかける恭也。

 普段はあまり見せない微笑。

 これは忍の為の微笑みだとなのはは感じていた。

 後、なのはの兄恭也が笑顔を見せるのはフィアッセの前などでもあるが、それとは少し意味が違う事を知っている。

 

「あの恭也さん、呼び捨てでいいですよ」

 

 すずかは今回初めて恭也に名前を呼ばれた。

 恭也は忍やさくらと話すとき自分をそう呼んでいるのは知っていた。

 しかし、いざ自分にそれを向けられるとやや恥ずかしいので、呼び捨て許可を出すのだった。

 

「そうか。

 解った、これかはそうしよう、すずか」

 

「はい」

 

 改めて名前を呼ばれ、でもやはりどこか恥ずかしさを感じるすずか。

 なのはは、そんなすずかの横顔を見ながら、やはりすずかは可愛いと思うのだった。

 

(将来美人さんは間違いないよね)

 

 すずかは忍とよく似ている。

 実際血が繋がっているのもあるが、姉妹と名乗れば誰も疑うまい。

 だから、きっとすずかは忍の様な美人になるんだろうとなのはは考えていた。

 

「ところで恭也、今日はどうしたの?」

 

「ああ、少しな……」

 

 そんな事を考えていると、兄と忍が2人で会話を始めていた。

 特に内緒話をするでもないが、2人だけの空間の様に思えた。  

 

「どうもここの所嫌な気配が………いや、少々心配事があってな。

 様子を見に来た」

 

 だが、続く恭也の言葉に、なのははハッとする。

 幸い恭也も、すずかも、ノエル、ファリンも見ていなかった様なので良いが、恭也の前で危うい反応であった。

 しかし―――

 

(おにーちゃん気づいてるのかな?)

 

 アリサ曰く、まともにジュエルシードや魔法を感知できる人はこの世界にはいないらしい。

 そして、それは兄恭也も同じ事。

 

 しかし、兄はジュエルシードの第一の被害者だ。

 あの時の事は『夢』と判断している様であるが、しかし、それでも『妙な夢』をみたのも事実。

 そして、魔力やこの世界の力である『霊力』などはなくとも、鋭さならば一級品であろう恭也だ。

 何か別の異変からそれを感じている可能性もあるのだ。

 

「もう、そういう時は、『お前の顔がふと見たくなったんだ』くらい言ってよ」

 

 考え事をしているなのはを他所に。

 半ば冗談とはいえ、本当に恋人の様に腕を取り、恭也に迫る忍。

 相変わらずだなぁと思うなのはと、こういう場面は初めてだろうすずかは、ドキドキしながら見ている。

 

「俺は気まぐれにお前に逢いたいなどと思わん」

 

 しかし、恭也の反応は冷ややかだ。

 場が一瞬シンとするくらいに。

 だが、それにより集まった視線の中、恭也の言葉は続いた。

 

「俺はいかに離れていようと、いつでもお前と共に在る。

 嘗て、そう誓った筈だが?」

 

 忍にそう力強く告げ、真剣な瞳で見つめる恭也。

 そこに甘さもなく熱も無い。

 しかし、それなのに確かに人を惹きつける何か―――そう、言葉にするなら『絆』が見えた気がした。

 

「女はね、たまには言葉にしてほしいものなのよ」

 

 なのはとすずかが硬直している中、忍だけは平然と受け止めていた。

 更には甘さ控えめであるが、隠れた熱さを持つ言葉と視線で恭也を見つめ返している。

 

「そうか、ではこれからは定期的に言いに来よう」

 

「良い心がけよ〜。

 あ、私達上に行ってるね。

 ノエルお茶よろしく」

 

「かしこまりました」

 

 絆を見せ付けたまま2人はティーラウンジを出る。

 そしてそれを追う様にノエルも出て厨房に向かう。

 

「……お、お姉ちゃん達ってあんなにラブラブだったんだ」

 

「わたしも……あんな事言うおにーちゃんはじめて見たよ」

 

 残されたすずかとなのはは、今の光景の感想を口にするのだった。

 なのはにしても、今見た様な場面は初めての経験だった。

 普段から恋人の様だと思う2人なのに恭也は冷静で、忍はやや軽めの事が多く、そういう雰囲気が少なかったのだ。

 それに2人していろいろと疎い部分があるのですれ違う事も多々ある。

 そんな2人の、甘さは控えめとはいえ確かな絆を知ることができるシーンだった。

 

「あれが、愛なんですね」

 

「にゃ〜?」

 

 ドキドキしながら話すなのはとすずかの後ろ。

 ファリンが1人しみじみとそんな事を呟き、テーブルの下のねこが疑問の声を上げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、八束神社

 

 夕暮れの八束神社。

 その境内を掃除する巫女装束を纏った少女が1人。

 ここの神社で巫女のアルバイトをしている『神咲 那美』だ。

 そこへ、1匹の子狐が姿を現した。

 

「あら、久遠。

 久しぶり」

 

 仕事で居なかった日も含めるとおおよそ1週間ぶりのパートナー。

 一応連絡があったものの、全然帰ってくる様子の無かった友達。

 しかし、那美は別に嫌味でそういった訳ではない。

 久遠が自分の下を離れても一緒に居たいと思う人が居る事を喜んでいるのだ。

 

 シュバンッ!

 

 狐モードだった久遠は那美の傍まで来て、周囲に人が居ない事を確認して子供モードに変身する。

 

「ごめんね」

 

 そして第一声は謝罪だった。

 久遠も那美が嫌味で言っていないことは解っている。

 しかし、それでも長期間離れていたことは事実。

 しかも、那美には話せない事情をもって、嘘はついていないが本当のことを話さずに離れ、なのはの傍に居た。

 それは間違った事ではなくとも、パートナーに秘密を持ち、離れる事は良い事とはいえまい。

 

「いいよ、別に。

 なのはちゃんのところでしょう」

 

「うん」

 

 そこまでは連絡した事であり、事実の確認だ。

 しかし、そこに那美の言葉は続いた。

 

「なら、このままなのはちゃんの傍に居てあげて」

 

「くぅん? なんで?」

 

 那美が言い出したことは久遠にとって都合の良い事だ。

 しかし、なぜそんな言葉がでてくるのか、久遠には解らなかった。

 

「久遠は感じない? 最近何か嫌な感じがする時があるの。

 勘違いならそれでいいんだけど。

 恭也さんも変な夢を見たって言うし」

 

 神咲 那美は神社の家系であり、表でも巫女として御祓いなどの仕事をすることがある。

 そして、同時に那美はもう1つの『職』を持っている。

 その裏の名、退魔道 神咲一灯流の退魔師『神咲 那美』。

 それが那美のもう1つの顔であり、霊力といわれる力を持ち、この世に『残念』として残った者を斬る事ができる。

 尤も、那美が得意とするのは斬らざるを得なくなる前に鎮めて成仏させる『鎮魂』。

 それと簡単な傷を治せる癒しの力も持っている。

 

 そんな能力者である那美は、この街で起きている異変に感づいている様だ。

 どこで、何が起きているというレベルまでではないが、恭也の相談もあり警戒している。

 

「悪い感じはしないよ」

 

 久遠は嘘を言っている訳ではない。

 実際『悪い感じ』になりきる前に、なのはによって浄化されているのだ。

 だから問題はない、そう久遠は自分に言い聞かせながら言う。 

 

「そう。

 でも、高町さんの家は強い人ばかりだけど、霊的な強さはないから。

 だから、なのはちゃん達をお願い。

 私は大丈夫だから。

 薫ちゃんもいるし」

 

 鎮魂を得意とし、戦闘力は低い那美とは違う那美の義姉『神咲 薫』

 裏の名を神咲一灯流正当伝承者『神咲 薫』。

 日本における能力者としてはトップクラスの人だ。

 彼女で手に負えない様な敵はそうは居まい。

 

「うん、解った」

 

 そう言うことならいいだろうと、久遠は喜んで返事をする。

 そして、事実、なのはの傍で久遠は戦い、それによりきっと那美の感じる悪い予感はただの予感で終わる。

 だからそれでいいのだ。

 

「ねぇ、那美。

 なのはを護って、恭也も護る、うれしい?」

 

 安心した久遠はふとそんな事を尋ねてみた。

 パートナーである那美の、自分以外のもう1人のパートナーたる高町 恭也。 

 那美にとって恭也という人がパートナーであり、特別な感情を持つ相手である事は周知の事実。

 だから那美はきっと久遠がなのはを護る事で、同時に恭也を護る事ができると考えている。

 そう思ったのだ。

 

 しかし、返ってきた応えは、そんな想像とは違った。

 

「それは嬉しいけど。

 でも久遠。

 久遠も知っているでしょう。

 あの人は護る必要なんて無い事を」

 

 少し複雑そうな顔の那美。

 そして、那美が言うのは霊力の無い恭也と那美がパートナーであるという事の所以。

 久遠もよく知る彼の在り方。

 

「なのはちゃんを護って、恭也さんの負担を減らせばそれで十分だよ、きっと」

 

「そうだったね」

 

 久遠は思い出す。

 雷を操り、愛という感情故の憎しみの力を持って暴走した狐の化生である自分。

 神咲の当代総出をもってしても倒せるかわからない、正真正銘の化け物。

 その封が破れ、周囲全て、大切なものまで破壊してしまうところだったあの時。

 

 ただの鋼の小太刀二刀をもって立ちはだかった彼の姿を

 

 霊力が無い為、恭也は霊を倒す事は難しい。

 しかし、例え相手が何であれ、『負ける』事を2人は想像できない。

 事実として、彼はジュエルシードにより生み出された己の悪夢に打ち勝ったのだ。

 

 そんな人であるから、霊力は有るが戦いの苦手な那美にとって、彼は間違いなくパートナーなのだ。

 

「うん、だから那美、がんばる」

 

「え? なにを?」

 

 久遠は言葉足らずに那美を応援する。

 当人は何をがんばるのか解っていない様だ。

 だが、多分今はそれでもいいのかもしれない。

 そう思った久遠だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月村邸

 

 ティーラウンジでなのはとすずかとファリンの3人になり、また暫く話をする。

 先ほどみた兄達の姿を話題にしたり、普段の家での2人の話であったり。

 楽しく話していた。

 

「あ、そうだ。

 なのはちゃん、もう宿題やった?」

 

 ふと思い出して、すずかは学校の宿題の話題を持ちかけた。

 それは家族に関連するものだった。

 

「社会の、家族についてのレポートだっけ」

 

「うん。

 私は今夜お父さん達と連絡がとれるからその時に」

 

「あ、わたしもやっておかないと。

 提出明後日だったね」

 

 2日前に出されたものであるが、すずかの両親は現在海外。

 時差もあるし、仕事で海外に出ているのだ、連絡できる時間ができなかった。

 なのはは、単純に魔法の修行があったから忘れていただけだ。

 

「なのはちゃんのレポートは私も楽しみ」

 

 すずかは数度なのはの家を訪れた事はあるが、タイミングが悪くいつも家族が居ない時だった。

 特に恭也とは1度もすれ違いすらしなかったのだ。

 だから、話では聞くなのはの賑やかだという家族のレポートとはどういうものになるのかが楽しみなのだ。

 

「ん〜、どう書こうかな〜」

 

 宿題を出されたときにある程度考えていたが、そんな期待をされていたとは思わなかった。

 だから期待に応える為にはどんな形式がいいのか、改めて考えてみるなのは。

 とそこへ、このティーラウンジにノックとともにノエルがやってきた。

 

「失礼します。

 お嬢様方、お茶のお代りはいかがですか?」

 

 と、ティーセット一式をもって入ってきたのだ。

 確か忍に言われお茶を持っていく筈のノエルが。

 一式をもって、既にティーセットのあるなのは達のところへ。

 

「どうしたんですか、ノエルさん。

 お姉ちゃん達にはお茶をもっていかないんですか?」

 

 少し考えれば推察できる状況。

 何故かノエルが忍と恭也の為の筈のお茶をこちらに持ってきたというもの。

 しかし、その『何故か』が解らない。

 

「部屋の前まではお持ちしたのですが、お2人は現在若い為にお盛んなのです。

 ファリン、これも主人への気遣いですから、覚えておきなさい」

 

「はい、お姉さま」

 

 淡々と述べるノエル。

 しかし、その内容はどうか。

 相手は多少大人びているとはいえ10歳にもならない少女達だ。

 だからこそ敢えて使った暗示なのだろう。

 

 ファリンは意味も理解した上で、ノエルの行動の意味を学習していた。

 

「若い? お盛ん?」 

 

 案の定なのはは意味が解っていない。

 それはそれで良いだろう。

 しかし。

 

「お、お姉ちゃんのあの日ってまだ先じゃ?」

 

 顔を赤らめて確認するすずか。

 どうやら意味が解っているらしい。

 

「すずかお嬢様、逢瀬と行為をイコールで結ぶのは無粋と判断します」

 

「そ、そうだね……」

 

 ノエルの冷静な答えに更に顔を赤くして、自分を落ち着かせる為かお茶を飲むすずか。

 

「にゃ?」

 

「にゃ〜」

 

 なのははただただ、理解できない状況に疑問符を浮かべ続けるだけだった。

 その足元ではねこが退屈そうにあくびをしていた。

 

 

 それからまた暫く話をして、17時半頃、帰宅するなのは。

 恭也も一緒にノエルの車で送ってもらう事となった。

 恭也も帰るといった時、すずかが『もういいんですか?』などという問いをしてまた顔を赤くしていた。

 

 なのはにとってはいろいろと謎の残る時間であった。

 

 

 

 

 

 それから、なのはは家で普段どおりに夕食を摂った。

 そして夕食後。

 翠屋も閉店し、フィアッセも久遠も一緒に夜の一時を過ごす高町家にあった、なのははすずかとも話した宿題に手をつけ始めた。 

 

「え〜っと、まずおかーさんがお菓子職人で……

 長女的存在のフィアッセさんは……フロアチーフっと。

 レンちゃんと晶ちゃんは学生で、家の料理長。

 おねーちゃんも学生で、ガーデニングが趣味……

 あ、おねーちゃん、剣士っていうのは書かないほうがいいよね?」

 

 恭也以外全員集まっているリビングで、家族構成と役職の様なものをメモするなのは。

 そこで出てきた問題。

 御神の剣士である姉美由希の問題だ。

 純粋な戦闘技術としてある御神の剣はあまり人に見せるたりするものではないらしい。

 それに関して昔いろいろあった事は、なのはは知っている訳ではないが、なんとなく解っている。

 

「何の宿題なの?」

 

「社会の家族レポート」

 

「ん〜、じゃあガーデニングと読書が趣味のお姉ちゃんでよろしく」

 

「うん」

 

 社会の宿題なら公文書という訳でもなく、且つ嘘を吐くわけでもない。

 だから、剣士という情報を伏せる事はさしたる問題ではない。

 

「あと、おにーちゃんは……」

 

 もう1人の御神の剣士である兄恭也。

 こちらはこちらでいろいろ問題がある。

 仕事として御神の剣士で在る事があるらしい兄の場合、職業はどうなるのか。

 

「美由希、今夜だが……」

 

 ちょうどそこへ恭也がやってくる。

 姉となにやら話をしているが、それが終わるのを見計らって尋ねる。

 

「おにーちゃん。

 今家族の事を書いてるんだけど、おにーちゃんの職業って何?」

 

 ごく簡単に事情を説明して、解答を待つなのは。

 軽い質問のつもりだった。

 趣味が盆栽いじりのただの大学生、という返答を頂くだろうと予想もしていた。

 しかし―――

 

「それは正式な文書か?」

 

 もとより無表情で、感情を見せずにいる兄であるが。

 それをしてなお真剣な感じで問い返してきた。

 

「社会の宿題だよ」

 

 今の質問でなぜそんな問いになったのか、少し疑問であったが答える。

 他愛のない子供のレポートなのだ。

 

「そうか。

 なら構わんか。

 俺はただの大学生だ」

 

「うん、解った」

 

 恭也の妙な態度を少し不審に思う。

 しかし、それを問うかは迷った。

 兄には表には出せない事を抱えているからだ。

 

「そうだな、言っておいたほうがいいか」

 

 なのはの疑問が兄に伝わったのか、兄がそれに応える。

 一瞬だけ母桃子の方を見て、何かを目線だけで話した後、兄恭也は告げる。

 それは―――

 

「なのは、戸籍上ではお前に兄は居ない。

 『高町 恭也』と言う人物は書類上では存在しない」

 

「……え?」

 

 兄は何を言っているのだろうか。

 目の前に居るのは高町 なのはの兄、高町 恭也だ。

 それが存在しないというのは一体、どういう事だろうか。

 

「なのはにはまだ早いかと思い、言っていなかったが。

 俺とお前では血の繋がりが複雑なのは知っているな?」

 

「……うん」

 

 はっきりと話を聞かされたことはない。

 しかし、高町家の血の繋がりの複雑さはある程度知っていた。

 少なくとも、母桃子の血を引く子供は自分だけである事は。

 

「俺は御神の剣を伝える一族『御神』の分家の『不破』の子供という事になっている。

 だから、俺の本当の名は『不破 恭也』だ。

 美由希は本家の子で、ある事情で父さんに引き取られたが、本当は『御神 美由希』だ。

 それが父さんと母さんが結婚する時に俺も美由希も『高町』の姓になった。

 だがその時、父さんは戸籍を弄ってな、俺も美由希も母さんの、『高町 桃子』の子供であるとしたんだ。

 その理由は、とりあえず置いておこう。

 ここまでは解るな?」

 

「うん」

 

 今の説明でなのはが知らなかったのは『御神』と『不破』の姓と、その意味。

 そして、2人の戸籍が改竄されたものであったことだ。

 そこまでは解る。

 父がそうしたことは、なのはでは想像もつかないが、それでもそれ以外は理解できた。

 

「それでだ。

 御神流の名はそれなりに有名でな。

 俺は仕事をする上でそれを使う事にした。

 だから、俺は過去に改竄された戸籍を元に戻し、今は『不破 恭也』となっている。

 その結果、書類上では『高町 恭也』という存在は最初から存在しなかった事になっている。

 学歴等は移植したがな。

 だから、何か正式に提出する公文書のときは気をつけてくれ、『高町 桃子』に息子はなく、『高町 なのは』に兄はない」

 

「……」

 

 長い説明を聞いて、一応内容は理解できた。

 しかし、なのはは1つ思う。

 今の説明全てを聞いて。

 ただ1つ思うこと。

 

「おにーちゃんはわたしのおにーちゃんだよね?」

 

 恭也が言うのは書類上の話だ。

 だから、ここに居る恭也が存在しない訳ではない。

 戸籍上とか、そんな事はなのはには関係ない。

 ただ、事実として、ここにはなのはの兄恭也が居る。

 それだけだった。

 

「ああ、そうだ。

 全て書類上の話だ。

 お前の兄『高町 恭也』はここに居る。

 日常ではこれからも『高町』の姓を使うだろうしな。

 一応『不破 恭也』としては書類上は別の住所を持っている。

 だが、俺はこの家にいて、お前の兄で、母さんの息子だ。

 ……まあ、兄らしい事などしたことはないがな」

 

 そう言いながら恭也は少しだけ悲しげな顔をしてなのはの頭を撫でる。

 ほとんど兄らしい事をできていない恭也は、『戸籍上の事がなくなれば、兄と名乗る資格を失う』と、そう思っているのだろうか。

 

「そんな事ないよ。

 おにーちゃんはおにーちゃんだよ」

 

「そうか。

 ありがとう」

 

 なのはの応えに、もう1度頭を撫でる恭也。

 滅多にない事に、なのはもただその手の暖かさを感じていた。

 

 

「そういえば恭也。

 戸籍上で『高町』という過去の事実すらなくなるのなら……もしかして桃子と結婚できるの?」

 

 フィアッセがふと思った疑問を口にした。

 説明は聞いていたが、改めて出てきた疑問だ。

 通常、日本の法律では1度でも『親子』という間柄になれば婚姻を結ぶことはできない。

 しかし、恭也の書き換えは『元に戻して正常にした』ものであり、異常であった時の記録は消える。

 故に、書類上では恭也と桃子に親子関係は存在しなかった事になる。

 

 その疑問をフィアッセが口にした瞬間。

 なのはは、部屋の空気が停止した気がした。

 

「ああ、そうだな。

 可能といえば可能だ。

 後、俺の戸籍は前は一応『不破 士郎』の子供になっていたのだが。

 それもいろいろあって弄られたものだった。

 だから、元に戻したら俺は『不破』の養子扱いで、『士郎』の直接の子供ではなくなっている。

 いろいろと調整が面倒だったぞ。

 だから、結論からいうが、俺は母さんや美由希とは勿論、美由希の母であり本来叔母である美沙斗さんとも婚姻を結べる」

 

 フィアッセの疑問に淡々と応える恭也。

 最後の言葉で、何故か部屋の空気が微妙な変化を見せた。

 それはヒビが入るような感じだったと、後になのはは語る。

 

 そして極めつけが恭也の最後の台詞であった

 

 

「そして、『不破 士郎』とも血縁関係が記録にないことで―――なのはとすら結婚が可能だ」

 

 特にだから今挙げた女性達とどうだ、という意味は無いだろう。

 ただ問いに対する正確な答えとして述べた言葉だ。

 

 しかし、部屋の空気が1回砕けた、となのはは思った。

 何故、そんな現象が起きたか、今のなのはには解らなかった。

 だが、とりあえず。

 

「おにーちゃんのお嫁さん?」

 

 少し想像しようとするなのは。

 しかし、自分の年齢もあるし、相手が恭也だ。

 具体的な想像ができなかった。

 

「恭也、発言はもっと慎重にしないといけないと思うわ」

 

 何故か母桃子がかなり複雑そうな顔で恭也の肩を叩く。

 よく見れば、部屋に居る全員の様子が少しおかしい気がした。

 そして、そんな中でまず最初に動いたのはフィアッセだった。

 

「そういえば恭也、病院で聞いたんだけど。

 フィリスと子供は何人欲しいか、なんて話してたんだって?」

 

 尋ねるフィアッセの表情は笑顔だ。

 だが何故だろうか、声は全然笑っていないとなのはは感じた。

 

「ああ。

 まあ、そう言う話になっていたな」

 

 なにやら考えながら答える恭也。

 言い訳を考えているのだろうか。

 そうとれる間があった。

 

「恭也が子供欲しいなら、いつでも言ってね。

 私でよければ協力するから。

 ママも孫の顔が見たいだろうし」

 

 とっても楽しそうに提案するフィアッセ。

 先ほどの問いとは違い、本当に楽しそうだ。

 ただ、部屋の空気は更に妙なものへと変化したが。

 

「御神の母さんは今の私より若いときに結婚して子供生んでるんだよね。 

 そういえばさ、恭ちゃん。

 私は御神の最後の後継者で、恭ちゃんは不破の最後の後継者だよね?」

 

 次に動いたのは美由希。

 フィアッセの提案に対し、恭也が何か言う前に強制的に話題を変えてしまう。

 

「ああ、そうだな」

 

「私と恭ちゃんが結婚して子供が生まれるとすると。

 姓はどっちになって、受け継がせる御神流はどうなるんだろう?」

 

「基本的に裏も表も大差はないらしいが。

 まあ、分家も本家ももうないのだ、別に難しく考える必要はないだろう。

 ただ1つ言っておくが、一応お前の『御神』も元に戻せるが。

 お前は『高町』でいろよ」

 

「うん、それは解ってるよ」

 

 なにやら複雑そうな姉美由希。

 多分自分の意図した話題を恭也側で変化させられたからだろう。

 

 なんか難しい話だな〜と、なのはは少し離れて見ていた。

 

(でも、おにーちゃんとフィアッセさんやおねーちゃんが結婚して、子供ができたら……)

 

 きっとすごい子供だろうと思いながら、子育てをする姉達を想像する。

 それはきっと素敵な家庭だろうと。

 母親である美由希やフィアッセが子供を育てる場面が想像できる。

 

(忍さんでも………あれ?)

 

 同様に考える、兄の周りに居る人達と兄が結婚した場合を考えてみる。

 だが、何故だろうか。

 何かが欠ける。

 結婚した幸せな人がいて、子供がいて、元気に育つ子供に囲まれている母親の姿。

 明るい家庭というのを考えている。

 それなのに、何かが足りなくなる。

 何かが想像の中に出現しないのだ。

 

(那美さん、フィリス先生、アイリーンさん……)

 

 次々に可能性のある人達を兄の隣に並べてみる。

 しかし、やはりどこか足りない。

 

「恭也、子供欲しい? 久遠もつくるよ」

 

 なのはが考え事をしている中、今まで静観していた久遠が話に参加していた。

 久遠が結婚や出産について本気で考えているかは不明だが、少なくとも興味はあるのだろう。

 

「久遠の場合はそうするとまず戸籍の作成からか」

 

 わざとなのか、話題をそらす恭也。

 因みにだが、久遠の戸籍も用意しようと思えばできる。

 そして、子供も作ろうと思えば作れるんだとか。

 つまりは、恭也と久遠が結婚して家庭を持つ事も可能なのだ。

 

(くーちゃんとおにーちゃん)

 

 久遠の子供となると、子供モードの久遠がたくさんいて、その中心に大人モードの久遠がいる。

 と、そんな想像になる。

 だが、やはり足りない。

 そこに居るべき存在が。

 

(結婚……)

 

 先から子供が生まれるというかなり先の事を考えていた。

 だから、まずその前の儀式としてある結婚から考えてみる。

 誰か、たとえば母桃子と恭也が結婚するとしたら……

 

(あれ?)

 

 そこでなのは解った。

 何が欠けていたのか。 

 幸せな家庭をイメージしながらも、そこに想像できない存在。

 

 それは―――夫であり父親である存在

 

 先から考えているパターン全てで、並べた筈の恭也が消失するのだ。

 

(どうして……)

 

 何故恭也が消えるのか。

 何故か、子供を育てる女性達を想像しながら、そこに居るはずの父であり夫である恭也が居なくなる。

 結婚式上で花嫁姿の姉達や忍達を想像できても、隣に立つ新郎たる恭也が居ない。

 なのはは自身の想像の事であるのに、その理由が解らなかった。

 

「……みんな、何か飲む?」

 

 そんな中、この微妙な場の空気に耐えかねたのか、桃子がそう提案した。

 それにより、その場はとりあえず落ち着いついて、その場は自然に解散となった。  

 

 解散になった後も、暫くなのはは考えていた。

 結局、自分には『父親』とうものを知らず、身近である筈の両親という『夫婦』の、『夫』という姿を知らないからだ。

 そう一応結論付けて、自分を納得させるのだった。

 

 

 

 

 

 その後、なのはは自室へと戻った。

 狐モードの久遠と一緒に。

 

「あ、お帰り」

 

 部屋ではなのはの机の上で妖精形態のアリサがなにやら魔法で作業をしていた。

 普段はレイジングハートに格納されているジュエルシードシリアル[を持って。

 まだなのはには良くわからない分野の魔法であるが、どうやらジュエルシードをスキャンしている感じだ。

 

「ただいま。

 なにしてるの?」

 

「うん、ちょっとこれを調べてたんだけどね」

 

 ジュエルシードシリアル[。

 それは恭也にとり憑いていたジュエルシードだ。

 完全に封印され、改めて触る必要などなかった筈だ。

 

「少し考えてたのよ。

 なのはの魔法基礎講座も終わって、次は実戦魔法にしようかと思ってね。

 それで、貴方達って今、久遠が戦ってなのはが防御と封印だけでしょう?

 今まではそれで良かったけど、これから久遠が一緒でなかったりすることも考えられるわ。

 だから、なのは自身も戦えるようになった方がいいと思うの。

 でも、確かなのはって運動苦手よね?」

 

「うん、体育は赤点レベルだよ」

 

 なのはにはあの強い恭也の父である士郎の血も流れているのだ。

 だから、少しくらいは運動ができても良い様な気もする。

 だが、事実としてなのはは運動オンチだ。

 体力もないし、走るのは遅いし、球技などは苦手だ。

 

「そこで、これ。

 これはなのはのお兄さんの悪夢を生み出したジュエルシードなんだけど。

 調べたらまだデータが残ってるのよ、貴方のお兄さんのデータが。

 浄化封印されてより純粋な情報の集合体として」

 

「え? それじゃあ……」

 

 あの兄が理想とするカタチのデータ。

 それが使えるとなると……どうなのだろうか。 

 何かに使えそうだという事は解るが、実際どうするのか、なのはには想像ができない。

 

「使い方としては、戦闘データのダウンロードとインストール。

 つまりは、ジュエルシードに残っている彼の知識を、彼の経験からくる動作を取り込むの。

 彼はこの世界の剣士なのでしょう?

 戦い方はまるで違うけど、魔導師である私達にも活かせる知識だわ。

 相手の動きを予測したり、接近戦の攻防の仕方なんかが解るようになるデータバンクとして使えるかもしれないのよ」

 

「なるほどー」

 

 つまるところ、魔法によって恭也を擬似的になのはにコピーするという事だ。

 そこでふとなのはは思った。

 なのはは恭也について、先も兄だと自ら言った人について、実はほとんど知らない。

 だから、これは―――

 

「ぜひお願い」

 

「OK〜。

 こんなものでも役に立つものね〜」

 

 乗り気ななのはに喜び、早速魔法の構成を始めるアリサ。

 ジュエルシードの中のデータを抜き出し、レイジングハートに移し。

 そして、それを魔法とする作業。

 なのははそれを、やっていることはほとんど理解できなくともずっと見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日

 

 いつも通り携帯電話のアラームで目を覚ますなのは。

 アリサは徹夜作業に近かったらしく、眠っている。

 まあ、それでなくとも可能な限りは寝て本来の魔力を回復しなければならないのだが。

 ともあれ、今日も平和な1日が始まる。

 

 表向きには平和な、いつもと変わらぬ1日が。

 

「おはよ〜、すずかちゃん」

 

「おはよう、なのはちゃん」

 

 そう、いつも通りの筈の朝。

 

 いつも通りの筈の昼。

 

 いつも通りに友人達と別れ、帰宅する平和な午後……

 

 しかし

 

 

 キィィン 

 

 みんなと別れたところで、なのはは耳鳴りの様な音を聞く。

 それはジュエルシードの起動音といえる魔力波動。

 

『なのは!』

 

『うん』

 

 なのはの頭に直接声が響いた。

 アリサからの念話通信だ。

 互いに状況を理解している事だけを確認し、なのはすぐに移動する。

 開けた場所で、人目がない場所へ。

 そして、そこで久遠と一緒に飛んでくるアリサと合流し、現場へと向かった。

 

 

 だが、今回はその現場が問題だった

 

「困ったわ」

 

「これはちょっと……」

 

「くぅん……」

 

 現場に到着し、既に結界で囲んだ。

 そしてジュエルシードにとり憑かれた人も視認した。

 そこまでは問題なく行われたのだ。

 だが―――

 

「そうか……魔法もなく、この世界の裏にある能力も持ってない人にとっては、普通に願望としてあるよね。

 わたしも時々思うし、夢に見ることもあるから。

 ―――空を飛ぶっていうのは」

 

 そう、今なのは達がいるのは空だった。

 正確に言うとさざなみ寮の近くの展望台付近の上空300mだ。

 そして、今回のジュエルシードの被害者は、背中に天使の翼を持った若い女性だった。

 

「何も無い空だから、かなり広域まで結界が張れたわ。

 地上から半径5kmくらいの球形の結界よ」

 

 何も無いからいつもの魔力で広域に張れた。

 しかし、だから無闇に広くした訳ではなく、アリサは相手が素早いであろう事を予測しての事だ。

 アリサの張る結界は、脱出しようと思うとそんなに力がいらない。

 緊急展開である為もあるが、攻撃に対しては貧弱な結界なのだ。

 外からも内からも。

 

 だから、下手をすると体当たりされただけでも砕ける。

 故に、逃げる相手や、すばやい相手には、相手に有利になる事を承知で広くとらねばならない。

 こちらが止める前に結界の境界に触れて壊されぬ様に。

 

 尚、外からも弱いと言ったが、結界の境界面はわからない様になっている。

 世界を分けているのだ。

 元の世界は普通にそこにあり、侵入も可能だ。

 故に、魔導師でもない者はそこに結界が在ることに気づく事すらできず、破壊どころか触れる事も無い。

 結界内への侵入など、それこそアリサと同じ系統の魔法を使えなければ在り得ない事だ。

 

「うん、とりあえず……

 レイジングハート、お願い!」

  

『Stand by ready

 Set up』

 

 カッ!

 

 レイジングハートを起動し、バリアジャケットを着込み、戦闘モードへと移行するなのは。

 同時に、先日覚えたばかりの魔法を発動させる。

 

Flier Fin

 

 なのはの靴にピンク色の光の翼が発生する。

 同時に、今までアリサの魔法で浮遊していたなのはの体は、なのはの制御により空に浮かぶ。

 

 これがなのはの飛行魔法。

 

 アリサ曰く、飛行魔法は初級の最後くらいの魔法とのこと。

 普通の魔導師は特別な詠唱など必要なく飛ぶことができる。

 が、なのはは魔法初心者で、本来在るべき常識も、修行期間も飛ばしてきたのだ。

 故に、なのはが飛行するのには翼というイメージが必要であった。

 

 ただし、こうして翼を展開する事には利点もある。

 姿勢や方向制御をし易く、慣れれば通常の飛行魔法よりも高機動なものとなる。

 魔力消費が多いという欠点もあるが、そこはなのはの潜在魔力の高さでカバーできている。

 

 

 ともあれ、初の空中戦闘。

 なのはは緊張した面持ちで相手を、上昇し続けるジュエルシードとその被害者を見る。

 

「なのは、私は久遠の飛行で手一杯だわ。

 初の実戦使用だけど、こうなればこの実戦で使いこなしてちょうだい」

 

「うん、がんばる」

 

 アリサが言うのは、やっと自転車に乗れるようになった人にレースに出ろと言う様なものだ。

 だが、それでもやらなければならない。

 どうやっても魔法初心者であるなのはにとって、これからそう言う事態が続くと思っていたほうがいいだろう。

 だから、せめて気持ちで負けない様、常に勇気を絶やさない事がなのはの最大の役目。

 

「行くよ!」

 

 フッ!

 

 なのはと、久遠を連れたアリサが飛び行く。

 2人の飛行魔法は何かを噴射した反作用で飛ぶ訳ではない。

 故に、響くのは2人が進み切り裂かれる風の音のみ。

 戦闘用として使われる飛行魔法は、通常のものでも十分高速で、ただ浮遊し上昇するだけの敵をアッサリ追い抜く事ができた。

 

 そして、行く手を塞ぐ形で前に立つなのは達。

 

 今回の敵は、前回同様『融合型』といえるもの。

 強い想いをカタチにする為に被害者自身が変形変質してしまうパターンだ。

 だからジュエルシードがどこに潜んでいるかを見極め、強制浄化をかければ終わりだろう。

 

 幸い、今回の相手は『空を飛ぶ』事をカタチにされているだけだ。

 だから、攻撃はしてくる可能性は低いと考えられる。

 

 だが、その時だ。

 

「ギャオォォォッ!」

 

 こちらの敵意を感じ取ったのか、ジュエルシードの防衛機構が姿を現す。

 今回は空である為か、出現したのは闇色で少しカタチの崩れたコウモリの羽の様なものを持つ闇の獣人であった。

 

「もう出てくるの!」

 

 被害者の前に現れただけで出現したジュエルシードの防衛機構達。

 最初のジュエルシードが完全に露出してから出てきたのと比べればあまりに早すぎる。

 それが普通なのか、今回が特殊なのか、記録が少なすぎる為アリサですら判断できない。

 だが、今この場でそれが障害となっている事だけは事実だ。

 

「なのは、雑魚は私と久遠がなんとかするから本体をお願い」

 

「うん」

 

「いくよ!」

 

 シュバンッ!

 

 全開状態へと変身する久遠。

 そして、アリサは久遠の頭に乗って久遠の飛行移動をサポートする。

 

「ギャオォォォッ!」

 

 久遠の危険性を察したか、闇の獣人は全て久遠に向かってゆく。

 その飛行速度は普通の魔導師の飛行魔法に引けをとらない。

 

「はぁっ!」

 

 ザッ バシュンッ!

 

 しかし翼が生え、飛行したところで、今までの獣人と変わりない。

 だから久遠には楽な相手だ。

 カウンターの様に放つ爪の一閃で砕け散る。

 

「グギャァァァッ!」

 

 ただ、倒したその場から無限かの様に沸いてくる『数』が面倒である。

 次々と倒した場所を基点として沸いて出てくるのだ。 

 

「ちっ!」

 

 更にここは空の上、久遠が飛んでいるのはアリサの魔法。

 いかに久遠とアリサの連携が高精度でも、久遠は全力を出し切れない。

 負ける事はないが、獣人相手で手一杯であろう。

 

 故に、なのはは可能な限り速やかに終わらせる方が良いと判断した。

 

「リリカル、マジカル」

 

 ただゆっくりと空へと昇る相手だ。

 このまま強制封印してしまおうと杖に魔力を込める。

 だが、

 

「じゃまヨ!」

 

 女性が叫んだ。

 立ちはだかるなのはに。

 自由な空を奪おうとするなのはにだ。 

 

「ギャオォォォッ!」

 

 それに応える様に2体の闇の獣人が新たに出現した。

 女性を護る為に、女性のすぐ傍に。

 想いをカタチにすることをジャマさせない為に。

 

「あっ! バリア!」

 

Protection

 

 キィィィンッ!

 

 なのははすぐに封印魔法をキャンセルしバリアを展開する。

 今は空なので全方位に、球状の防護壁を展開する。 

 

「ギャァァァッ!!」

 

 ガギィィィンッ!

 

 2体の獣人の爪がなのはのバリアに衝突する。

 しかし、バリアはびくともしない。

 なのはのバリアは強力で、ただの体当たりなどで破れる事はない。

 

 だが、このままではなのはは動けない。

 

「なのは!」

 

「ギャォォォッ!」

 

「久遠、右!」

「くっ!」

 

 気付いた久遠達が援護しようとするが、獣人達に阻まれる。

 いつもの動きの半分もできない久遠では、自分の分だけで手一杯だ。

 ジュエルシードから離れているのに、久遠の周りに獣人が沸き続けているのだ。

 1度に出現する数には限度がある様だが、それでも沸き続ければ無限を相手にしている事になる。

 

 そうしている間に女性は上へ上へと昇っていく。

 

「どうしよう!」

 

 この獣人は弱い。

 しかしその基準は久遠によるものだ。

 久遠の地上での戦闘力が高すぎる為解らなくなる事であるが、実はこの獣人は弱くは無い。

 強敵、と言うほどではないかもしれないが、普通の魔導師なら1,2体でもやや苦戦するかもしれない。

 

 なのはは運動の類が駄目な上、魔力は高くとも戦う手段が無い。

 速度で振り切る事はできるかもしれないが、ジュエルシードを封印するときは止まる必要がある。

 

 そして、それよりも根本的な問題がある。

 このまま獣人に行く手を阻まれては、あの女性はどうなるか解らない。

 上へと昇っていくが、一体どこまでなのか。 

 翼で飛んでいる様にも見えるが、その実魔法で浮上しているのだ。

 ジュエルシードの魔法によって。

 故に、下手をすればこのまま大気圏を越えてしまうとも考えられる。

 そうなった女性はどうなるのか……

 

 時間はかけられない。

 

「仕方ないわ! なのは昨日作った魔法を使って!

 あなたのお兄さん、恭也さんの戦い方をジュエルシードからダウンロード、貴方自身にインストールするの!

 イメージして、貴方が知るあの人を!」

 

 アリサはやむ得ず指示を飛ばす。

 テストすらしていない試作魔法の使用を。

 理論上可能であるとして作っただけの、絶対にテストが必要だった危険な魔法の行使を。

 

「出力はできるだけ絞って。

 危なかったらカットするのよ!

 コードは、バトルモード:恭也」

 

「うん!

 いくよ!」

 

 なのはバリアを張りながら構える。

 そしてレイジングハートに新たな魔法を願う。

 戦う為の力を。

 強い兄の戦闘術の呼び出しを。

 

「レイジングハート、バトルモード:恭也!」

 

 この戦いに勝つ為に。

 

All Right

 Battle Mode set up

 Mode:Kyouya』

 

 キィンッ!

 

 なのはが淡い黒の光に包まれる。

 同時に、なのはは心が冷める様な感じと、体中が重くなるった様な感じを覚えた。

 そして、目の前の敵を見て―――

 

(敵を捕捉……

 殲滅……

 使用可能武器……)

 

Magic Coat

 

 無意識にレイジングハートに指示を飛ばし、杖を魔力で保護させる。

 

 更にそこから、止まる事なく動きが続いた。

 なのはの知らぬ動きが。

 

 アリサはイメージしろと言った。

 なのはの知る恭也を。

 だが―――なのはは恭也の事をあまりに知らなさ過ぎる。

 

 キィンッ!  

 

 バリアが解除される。

 反撃に出る為に。

 

 ヒュンッ!

 

 そして一閃。

 バリアに突っ込んできていた獣人は、突然バリアが解けてバランスを崩す。

 こちら側に向かって押していたのだから、当然こちらに傾いてきていた。

 だから、そこをただ横なぎに払うだけだった。

 

 バシュンッ!

 

 上下に両断された獣人は霧散し、消える。

 2体同時にだ。

 同時になのはは腕に激痛を感じる。

 

(敵強度にデータと差異あり……

 データ修正……)

 

 敵をアッサリといっていい倒し方をしたのに、なのははそんな事を考えていた。

 

 ―――いや、違う。

 これはなのはの思考ではない。

 

(う……

 でもあの人を……)

 

 だが、同時に走った両腕の痛みに正気のなのはの思考が走る。

 痛みの理由は今の攻撃によるものだ。

 だが、それよりも考えるべき事はこの戦いの事。

 それは倒すべき敵と、敵の今の姿、そして位置……

 

(接近を……

 どうやって? ……飛んでいけばいいだけ)

 

 思考が混線した。

 この冷静に戦闘を支配する思考と、なのはの思考が。

 

 アリサが作り上げ、なのはが使用した魔法は、最初のジュエルシードの中に残っていた恭也のデータを元につくったもの。

 恭也の戦闘術、つまりは恭也の戦闘時の思考パターンを抽出、ダウンロードし、なのはにインストールする魔法。

 

 だが、人に人のデータを書き込むとはどういうことか。

 アリサは恭也の思考が頭に流れてくるという方式に構築した。

 一応というレベルで存在する魔法であり、事実上理論だけの魔法だった。

 更にこの魔法はまだ未調整で、更に初めて使うなのはは、自分の意思と恭也の思考が混ざってしまっていた。

 

 それはある程度アリサには予測できていた事。

 危険なものだ。

 しかし、それでも使わざる得ない事態がここに生じている。

 

 先ほどから、なのはが体を重く感じるのは、恭也の思考として本来あるべき運動能力との差が『重さ』として感じられているのだ。

 そして、飛行という手段の無い恭也のデータだから、移動手段で混乱する。

 今飛んでいるのに、飛べない事になってしまっているのだ。

 

「私は、飛べる!」

 

 ヒュンッ!

 

 だが、なんとか自分の意思を取り戻したなのはが飛び行く。

 少し離されてしまった相手を、全力で追いかける。

 

「「なのは!」」

 

 様子のおかしいなのはを呼ぶアリサと久遠。

 そして、そんな状態で離れていく友を見ながらも、自分達は自分達の敵で動けない。

 

「ギャオオオンッ!」

 

 その途中、また獣人が女性の周囲に2体出現する。

 そして、今度は前後に並んでなのはを迎撃しにくる。

 

(排除……)

 

 また恭也の思考が走る。

 今まで久遠が戦っているのを見てきた獣人のデータと、先程直接戦って更新したデータを入力する。

 そして、出力されるのはこちらがとるべき行動。

 

 ブンッ!

 

 目の前に来た1匹目がその腕でなのはを横薙ぎに払わんとする。

 だが、なのはの動きが先だった。

 なのはは両腕でレイジングハートを振り下ろす。

 魔力で保護してる杖で敵の脳天を叩き割る。

 

 ズドンッ!

 

 割るというよりも完全に砕き、崩すという感覚が返ってくる。

 その感覚を覚えながらも、なのはは既に次の動きにつなげていた。

 

 フッ ダンッ!

 

 1体目の敵を叩くという行動を空中で行った結果、反動が発生する。

 それは叩いた場所を支点として回転する様な力だ。

 その反動による回転をそのまま利用し、1体目の後ろにいた2体目の頭に踵落としを直撃させたのだ。

 

 バシュンッ!

 

 首がへし折れ、砕け、そして消える2体目。

 立ち止まるどころか、減速すらせずに2体の敵を屠る事に成功した。

 

(うっ!)

 

 しかし、両腕と踵が痛い。

 データはあった、硬度も間違えなかった。

 しかし、それは恭也の思考で、恭也の身体として計算されたものだ。

 恭也として動かされた四肢が、恭也の動きを再現しきれずにダメージとして返ってくる。

 全身を魔力で保護し、踵もバリアジャケットの靴がなければ骨が砕けていたかもしれない。

 

 だがとりあえず、痛いといっても骨に異常をきたすほどではない。

 筋肉を傷めているだろうが、2日もあれば自然に治るだろう。

 痛みという入力に対し、恭也の思考でそう返ってきた。

 

(なら、いける!)

 

 兄を信じ、自分を信じ、なのはは進む事を選んだ。

 そして追いついた。

 偽者の天使の翼を与えられた女性のすぐ背後に。

 だから次に取る行動は―――

 

(撃破……

 駄目! 無力化を!)

 

 また杖で殴ろうとする恭也の思考を止めて無力化という思考を入力する。

  

 ヒュンッ!

 

 無力化という指示から、機動力を殺す、という選択になった攻撃は、翼を切り裂くという結果になった。

 翼は何かの防御がかけられていた訳ではなく、あっさりと切り裂かれて、空に消える。

 

 そして、

 

「ああああああああああっ!」

 

 翼を失い、落下する女性。

 翼で飛んでいるのではなくとも、翼で飛んでいるイメージである限り、翼が無くなれば落ちるというイメージに切り替わる。

 

「いけない!」

 

 自分のした結果を見て、慌てて追いかけるなのは。

 人一人分くらいなら持って飛べる筈だ。

 だから、急いで追いついて支えなければならない、と。

 

 しかし、その心配はすぐになくなる。

 女性の想いがジュエルシードによってカタチとなることによって。

 

 ゴウンッ!!

 

 落下の中、女性は黒い光に包まれる。

 そして、その光が晴れた先にいたのは―――

 

「え?」

 

 同じ被害者による2度の変貌。

 それに驚き、1度止まってしまうなのは。

 

「ジユウ……ジユウニトブ……」

 

 先ほどまでカタチとしてだけは天使であった女性の姿は無く。

 闇に覆われ、黒い外殻に身を包み、闇の翼を持った悪魔がそこに居た。

 そして、更に、

 

 ドウンッ!!

 

 爆音を響かせ、飛び去る悪魔。

 最早浮遊だけではなく、高速飛行まで実現していた。

 

「あっ! ダメ!」

 

 飛行速度はおそらくなのはの最大速度と同じか、向こうが上であろう。

 追いつく事はできない。

 ならばどうるすか。

 

(遠距離攻撃手段……)

 

「……できるよ」

 

 なのはは、恭也の行動選択に応えた。

 

Shooting Mode

 Set up

  

 ガキンッ!

 

 なのはの想いに応え、レイジングハートが変形する。

 紅い宝石を包む外枠が、護るのではなく、放つ為の形へ。

 Cに近い形だった外枠は、Uの字型に形を変える。

 魔法を撃ち出すのに最適な形へと。

 そして、柄の先から3つの光の翼が展開し、姿勢制御をとる。

 

 更に、即座に魔力は収束されて行く。

 迷い無く、敵を打ち貫く魔法の為の魔力を。

 

 

 そこへ、やっと追いついてきたアリサ達がやってくる。

 

「なのは、何をしようというの?」

 

「力が細く……」

 

 アリサには解らなかった。

 なのはのやろうとしていることが。

 久遠に解るのは、ただ力が収束されていることだけだ。

 昨日までよりも、更に強く。

 

 しかし、もう1kmは離れてしまっている敵に対し、ここで魔力を収束させてどうしようというのか。

 

 いや、解っているが、それは在り得ないと思っていたのだ。

 

(照準……距離……到達時間……状況参照……)

 

 なのはは己が構築する魔法の性能を入力し、照準を出力させる。

 その時、なのはは意識が拡大するのに、視界が狭まるという矛盾した感じを覚えていた。

 それは目標だけを目に留めながら、直撃させる為に必要な情報を周囲全てから収集する行為だ。

 

 今回の相手は単純な加速によって真っ直ぐ進んでいるだけ。

 

 外すことなど―――在り得ない。

 

「いって!」

 

 ズドォォォォォンッ!!

 

 迷いなく告げるなのはの言葉と共に放たれる光。

 それは一直線に進み行き、高速をもって進む悪魔を、更なる高速で捕らえる。

 

 ズダァァァンッ!!

 

「グ…ギャ……」

 

 背後から突き刺さる光に動きを止める悪魔。

 そして、放ち続けられる光は、その全てを浄化してゆく。

 悪魔の様な外郭も、それを展開していた堕ちた魔法の種の闇も、全てだ。

 

「長距離砲撃魔法ですって!」

 

 アリサが叫びを上げる。

 それは、アリサでも使えぬ魔法。

 それ故にレイジングハートには無かった筈の魔法だ。

 

(組み上げたというの! まだ魔法を覚えて1週間の子がっ!)

 

 例え意思を持つインテリジェントデバイスの力があったとしても、新しい魔法を組み上げる事は難しい。

 確かに参考となる情報は多く在るが、作り上げる事はどちらにしても技術も才能も必要なのだ。

 

(私は……なんて子に出会ったの……)

 

 驚きと喜びと、そして更なる複雑な思いでなのはの背を見るアリサ。

 そして、戦いは終わろうとしていた。

 

「ジュエルシード封印!」

 

Sealing

 

 光に押し流され、女性から分離したジュエルシード。

 浮かび上がる『]Y』の文字が封印完了を教えてくれる。

 ジュエルシードを封印し、女性は元の姿に戻り、戦いは終わったのだ。

 

 だが、

 

 バシュゥゥゥンッ!!

 

 今まで無かった高出力で、排気ダクトが開き魔力の残滓が放出される。

 それと同時だった。

 

 フッ……

 

 なのはの体が傾き、落ちようとしたのは。

 

「ちょ! なのは!」

 

「なのは!」

 

 慌ててアリサは久遠を飛ばしてなのはを受け止める。

 辛うじて飛行魔法を維持していたおかげで、難なく受け止める事はできた。

 しかし、

 

「う……」

 

 顔を覗けば、苦痛と疲労で歪んでいた。

 

 当然の結果だ。

 恭也の戦いを再現し、初めての長距離魔法に封印魔法を乗せて撃ったのだ。

 肉体も精神も限界なのだ。

 しかし、状況はそれだけではなかった。

 

「アリサ、あの人が!」

 

 久遠が気づき声を上げる。

 ジュエルシードの力が消え、普通の人間に戻った女性は空から落ちてゆく。

 封印されたジュエルシードと一緒に。

 

「拙い!」

 

 今の位置から女性までは遠く、アリサが飛ぶにも間に合わず、魔法も射程外だ。

 なのはなら飛んで回収できたのだが、とても動けそうにない。

 このままでは女性は地面に激突し、確実に未来は無い。

 

「くっ……こうなったら!」

 

 アリサは今在る全ての魔力の使用を決断した。

 短距離空間転移魔法によって女性の傍に移動する方法をとるのだ。

 暫く寝込むことになるだろうが、致し方ない。

 

 そう判断した。

 だが―――

 

「え?」

 

 落ちてゆく女性の姿が突如消えた。

 いや、違う

 

「あれは……」

 

 この空に突如1つの色が追加されていた。

 黒という色が。

 それは服と髪の色。

 この自分達以外誰もいない筈の空間に人がいたのだ。

 黒い戦闘服と全身を覆う闇色のマントに身を包み、更には目元だけを覆う仮面をつけた黒髪の男が。

 落ちた筈の女性をその手に抱いて、空に立っていた。

 

 更に

 

 ザッ!

 

「……えっ!」

 

「っ!!」

 

 一瞬、何が起きたか解らなかった。

 男が空を歩いたかと思うと、もう目の前に来ていたのだ。

 数秒も無い間に1kmはあった筈の距離が、まるで無くなったかの様に。

 空間転移をした形跡はない。

 いや、そもそも確かに歩いているのを見たのだ。

 

「……もっと先々を考える事をお勧めしよう。

 でなければ、全てを失うかもしれんぞ」

 

 男はそう言って女性とジュエルシードを投げよこしてくる。

 それと同時に男の足元に魔法陣が出現した。

 翠の魔法陣だ。

 

 キィィンッ バシュンッ!

 

 僅か数秒で展開、発動したその魔法は転移魔法。

 アリサ達が正気に戻ったときには、もう跳んだ先を調べる事はできなかった。

 

「……私達と同じ魔法……一体……」

 

 今の男について考察するアリサ。

 久遠も同様に何かを考えている。

 

「わたしは……」

 

 ただ、なのはは1人。

 薄れゆく意識の中で、男に言われた言葉を考えていた。

 

 

 ジュエルシードはまだ4つ目。

 戦いは始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、とある夜の下

 

「さて、いくわよ」

 

「はい、マスター」

 

「……」

 

 真紅の髪を靡かせた女性。

 そして金色の髪のツインテールを靡かせる少女と、それに付き従う赤橙の獣。

 

 この街に降り立つ魔導士の影。

 

 

 そう、戦いは始まったばかりなのだ―――

 

 

 

 

 

第3話へ

 

 

 

 

 

 後書き

 

 2話〜

 この話は、とりあえずは出てきたオリジナル魔法がメインですかね?

 作った理由としましたは、まあ、私がアニメ見て思っていまして。

 何でなのは戦闘できるの?

 と、言う思いの元の魔法が出てきたわけです。

 まあ、この魔法もどうなるかはまだ何も言いませんが。

 少なくとも、この魔法がメインになる事だけはありえないとだけ述べておきます。

 

 なのはの魔法はアニメの通りに砲撃系です。

 それもまあ、どうなるかは……おたのしみに。

 

 ぶっちゃけ後書き書いてる意味ない? 

 でも実際正しい後書きってなんだろうかと思う今日この頃。

 

 と言うわけで、次回もよろしくです。








管理人の感想


 T-SAKA氏に第2話を投稿していただきました。



 後書きを読むに、アニメでは理由もなく戦闘してたみたいですねなのは。

 まぁ大抵の主人公に共通している事ではありますけどね、一般人がいきなり戦闘可能というのは。

 でもこのSSでは、恭也の情報を使っていますから説得力はありますね。

 まぁかなりデメリットもあるようで、なのはの体の事も心配ですけどね。(筋肉痛とか


 最後に出てきた女性陣も気になります。

 とらハはともかくリリカルの原作は知らないので色々気になるところ。

 設定の差異とかも知らないので気になりませんし、新鮮な気持ちで読めるのがいいなぁ。



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