輝きの名前は

第3話 もう一人の魔法使い

 

 

 

 

 

 深夜 海鳴 住宅街

 

 夜とはいえ、家の中まで人の気配が全くないゴーストタウンの様な空間。

 それは魔法で作り出した現実とは異なる世界。

 

 そして、この結界の中を走るいくつかの影がある。

 

「まって!」

 

「ギャァァァァッ!!」

 

 黒き宝石をその手に握り締め、何故か逃げ回る男。

 そして、それを追う少女達。

 だが、その前に立ちはだかるモノが現れる。

 

「ギャオオオンッ!」

 

 少女達を行かせまいと出現したのは闇の獣人。

 その数は5体。

 

「くーちゃん!」

 

「行って!」

 

 出現した闇の獣人を友に任せ、少女なのはと、その肩に乗る妖精の姿をした少女アリサはジュエルシード本体を追う。

 まず久遠が前に出て敵を抑え、その側面からなのはが回り込む。

 

 既になのは戦術理論魔法『バトルモード』を使用している。

 同時に魔力で身体能力強化も施し、常人を上回る速度で逃げる男を追っている。

 

Flier Fin

  

 更になのはは飛行魔法を展開し、一気に詰めにかかる。

 しかし、そこに新たに敵が現れる。

 

「ギャオオオンッ!」

 

 闇の獣人3体。

 だが、そのくらいは予測済みだ。

 

 トクンッ

 

(目標確認……

 武器選択……

 同時に並行魔法処理開始……)

 

 なのはの頭に流れる戦闘理論。

 そして、なのはが選ぶ最適の手段。

 

Magic Coat

 

 武器として使用する杖、レイジングハートに魔力保護を施す。

 更に、同時にレイジングハートに魔法処理をかける。

 

 フッ!

 

 なのはは一気に加速し。

 

 ブワンッ!

 

 敵の直前で手に持つ杖を支点とする様に旋回。

 3体の敵の側面へと周り、更にその回転で武器を振るう。

 

 ズガンッ!

 

 なのはの急加速、急旋回に反応できなかった闇の獣人の1体の頭が消し飛ぶ。

 そして、残った体も砂の様に消えてなくなる。

 なのははそれを確認する事なく前へと進む。

 残り2体を置いてだ。

 

 だが、無視する訳ではない。

 

Divine Shooter』

 

 キィィンッ 

  

 なのはの傍に出現する桃色の光球。

 それが、

 

 キィンッ!

 

 同じ色の光弾を放つ。

 残りの闇の獣に向かって。

 

 ズバァァンッ!

 

 なのはの魔力の光弾は正確に飛び行き、闇の獣の背を撃ち抜き、消える。

 そして、闇の獣はその一撃の下、消滅した。

 

 なのはの新たな魔法、誘導型射撃魔法『ディバインシューター』。

 なのはには射撃能力があるとして、アリサがここのところずっと教えてきた魔法だ。

 アリサ自身が使いこなせていない為、ほとんど教科書の内容を伝えるだけであったが、それでもなのはは会得した。

 そして、現在同時に2個の魔力光弾の発射台『ディバインスフィア』を生成し、同時に2発の弾を操る事が可能だ。

 

 

 前回の戦いから1週間。

 なのは達は鍛錬を重ねていた。

 なのはは今の自分の限界を知り、できる事とできない事を把握し、できない事を補う手段を考えた。

 アリサは『バトルモード』の改良を重ね、更になのはに最適な魔法を教え、デバイスの最適化を促してきた。

 久遠も前回飛行できないことが問題となった為、アリサに飛行魔法を教わっている。

 ただ長年生きてきた中で、久遠の力は偏り、癖がついてしまっている為にやや苦戦している。

 

 皆、努力を惜しまない。

 二度と前回の様な失敗をしないように。

 

 そして今また、ジュエルシードを追い詰めつつある。

 

Sealing Mode』 

 

 障害を排除し、追いつくのも時間の問題となったところ、デバイスが封印の為の形態へと変わる。

 このまま封印魔法を叩き込むつもりである。

 

 しかし、

 

「クルナァァァァ!」

 

 バッ!

 

 ジュエルシードの被害者である男の背に黒い翼が展開する。

 そして、飛んでくるなのはから逃れる為に上空へと上がる。

 その速度はなのはとほぼ等速で、これでは追いつく事ができないだろう。

 

「レイジングハート!」

 

Shooting Mode

 Set up

 

 ガキンッ!

 

 なのはは即座に作戦を切り替えた。

 デバイスを射撃形態へと変形させ、敵を狙う。

 そして、そこへちょうど闇の獣人を倒してきた久遠が追いついてくる。

 

「くーちゃん、お願い!」

 

「解った」

 

 今回は肩にアリサも居る。

 しかし、もう二度と失敗の無い様、なのはは考える。

 そしてまだまだ足りないだろうが、せめて一手先の事は考え、最良の行動をとる。

 

Divine Buster

 Sealing Shift』

 

 キィィィンッ!

 

 なのはの足元と、砲撃方向に展開する魔法陣。

 円陣が地面に1つ、そして砲を中心とし、砲を持つ両手の周りに帯状の魔法陣が展開する。

 計3つの魔法陣のアシストをもって成される長距離封印砲撃魔法。

 元より大出力の長距離砲撃魔法に封印魔法としての機能を乗せる。

 それを今のなのはの魔力で全力で撃ちながら、撃った後倒れない様に調整する。

 その上で狙いを定める。

 

 前回と同じように、視界が狭くなるのに感覚が拡大するという少し矛盾する状態となった。

 長距離狙撃の為の状態だ。

 

 狙うのは目標たるジュエルシード。

 何故か完全に融合せず、男の右手の中にあるそれを狙う。

 今回の敵は前回と違い、飛行もふらふらとした感じで狙いが定まらない。

 

 だが、何故かなのはは外す気がしなかった。

 

「逃げるだけじゃなにも変わらない!」

 

 ズドォォォォンッ!

 

 それは何に対しての叫びか。

 声を同時に放たれた魔法の砲撃は一直線へ目標へと進み。

 そして―――

 

 ズダァァァンッ!!

 

「ギャァァァァ!!」

 

 狙い通りにジュエルシードに直撃する。

 男の右手の中にある、小さな石に、それを砲の中央に納める完璧な直撃。

 それはまるで、最初から中っていたかの様な正確さだった。

 

Sealing』

 

 魔法の光により浄化封印されるジュエルシード。

 そして、その中、ジュエルシードは男の手から離れる。

 つまり、

 

「くーちゃん!」

 

「うん」

 

 予め男の真下まで移動していた久遠はそこから跳び、男をキャッチする。

 更に、まだ実用段階でない飛行魔法で浮遊する力を発生させ、着地の衝撃を和らげていた。

 

 久遠が着地するとほぼ同時に、空で封印されるジュエルシードに白い文字が浮かぶ。

 このジュエルシードのシリアルナンバー『X』の文字だ。

 それを確認すると、なのははジュエルシードが浮いている場所に近づき、ジュエルシードにレイジングハートをかざす。

 

Receipt number X

 

 レイジングハートの中に格納されるジュエルシード。

 これで、今回のジュエルシードの封印は完了した。

 失敗なく、無事に。

 

「なのは、バトルモードを解除して地上に降りて。

 そろそろ限界でしょう?」

 

「うん……」

 

 空中でジュエルシードを回収したなのはは、アリサの指摘通り顔に疲れが見えていた。

 見た目ではわからないが、魔力も残り僅かだ。

 なのはは言われた通りバトルモードを解除し、地上に降りて飛行魔法もすぐに解除する。

 更にバリアジャケットも解除、レイジングハートもスタンバイモードにして魔力消費を無くす。

 

「やっぱり5分が限界ね、バトルモードは。

 それ以上やると封印魔法が使えなくなるわ。

 ディバインシューターもせいぜい4発か……バトルモードと飛行魔法が重過ぎるのよね。

 普通に考えればこれで封印魔法が撃てるだけいいんだけど……もうちょっと調整しましょう」

 

「うん」

 

 成長し、無事封印を終えたというのに浮かない顔のなのは。

 そして周囲を見渡し、誰かを探している様だった。

 

「……出てこないね、あの仮面の人」

 

「そうだね……」

 

 久遠も気にする相手。

 前回なんの前触れもなく出現した仮面を着けた男。

 結果としてなのは達を助けて消えたあの男の正体は謎であった。

 

「確かにアレは私達ミッドチルダ式の魔法を使っている魔導師。

 だけど、何故……」

 

 ここはアリサ達の世界から見れば管理外地域。

 少なくともアリサの世界の、ミッドチルダ式の魔法を使う魔導師が居るはずは無い。

 そして、アリサがここへ飛ばされた時のジュエルシードの力の影響で、外からここへ来ることは出来ない筈なのだ。

 多少不得手という事もあるが、アリサが通信回線すら繋げられないのが現状である。

 いかなる手段を持っても、後からここへ来る事などできない筈だった。

 

 しかし、事実彼はここにいて、ミッドチルダ式の魔法を使った。

 

 問題はそれだけではない。

 仮になんらかの方法で来れたか、最初から居たかしたとしよう。

 その場合、目的はなんなのだろうか。

 ジュエルシードが狙い、というのも考えられた。

 が、彼はなのはが封印したものの、回収までいたらなかったジュエルシードを置いて去った。

 

 ならば、最初から助けるのが目的だったのか。

 だがそれもどうだろうか。

 そもそもアリサと連絡も取らず、名も告げずに消えたのだ。

 その理由が思いつかない。

 

 更に問題なのは、あの仮面の男はアリサの結界の中に居た事だ。

 アリサの結界は外から自由には入れない仕様になっている。

 まず展開時に取り込む対象を指定し、外部からの干渉は拒絶しているのだ。

 入れるとしたらアリサが予めしておくか、外から結界を解析して結界を半ば乗っ取る必要がある。

 

 しかし、結界を乗っ取る場合、それをアリサが気付かない事はないだろう。

 自分で展開したものが人に弄られているのだから当然だ。

 

(まさか、リンディ以外に侵入を許すなんて……)

 

 その当然が破られた。

 アリサ自身が認める1人の例外を除いてだ。

 

 もし、結界魔法を相手に気付かれずに操作できるなら、それは結界魔法のスペシャリストと呼べる程の魔導師だ。

 そして、そんな魔導師ならばある程度有名だろうし、そうなればアリサが知らないのはおかしい。

 アリサの家族には結界魔法に長け、提督の地位に着いている人がいる。

 その為、結界魔法に長けるとはどういう事かを良く理解しているつもりだ。

 

「何をしようとしてるのかな。

 あの仮面の剣士さんは」

 

 なのはは見つからないあの男を想う。

 最後の言葉がまだ頭から離れない。

 

「そうね」

 

 目的も正体も何もかもが不明。

 今後封印作業を進めていく上で、敵になるのか味方になるのかすら判断できない。

 

 それだけでも大問題だろう。

 謎だらけの者が関わってきたという事だけでも。

 しかし、問題はまだある。

 

「……そういえばこいつじゃないわよね、今までの奴って」

 

「うん、多分違うと思う。

 カタチになってた想い的には当たりだと思ったんだけど。

 そんなに何回も使っては元に戻ってた風じゃないんだよね」

 

 回収したジュエルシード、それと助けた男の人を見て悩むアリサとなのは。

 

 何を悩んでいるかというと、ここ1週間で2回出動して空振りになった事があったのだ。

 ジュエルシードの気配を感じて飛んでいったのに、そこには何も無かったという事が。

 

「他に発動と停止を繰り返す奴がいるのか。

 それとも、あの男がやっているのか……」

 

 それはどちらにしても大問題だ。

 ジュエルシードにそんな機能があるという事も、他の誰かがジュエルシードを手にしているという事も。

 

「とにかく情報不足で結論は出ないわね。

 とりあえず帰って今日は休みましょう」

 

「うん」

 

「この人どうしようか?」

 

「あ、う〜ん……」

 

 ここで立ち止まっていても仕方ないと、歩き出す3人。

 悩みながらも、前へと。

 振り向き、もう1度考える事はあっても、決して前に進む事だけは忘れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝

 

 今日も今日とて、ジュエルシードとの戦いと日常の生活を完全に切り分けて朝を迎えるなのは。

 戦闘の疲労、特に肉体面の疲労は全てアリサが回復してくれる為、戦闘翌朝でも何の支障も無い。

 本来なら、バトルモードの影響で筋肉痛とかになっていそうなものなのに、ありがたい事である。

 

 いつも通りに朝食の席に着き、いつも通り朝食を摂る。

 

「おかわり」

 

 最近では久遠が家に居る事も当たり前となっており、彼女は高町家の朝の風景に溶け込んでいる。

 最初からなのはと仲が良かったし、ときおり朝も一緒に居ることがあったから違和感はなかった。

 

 しかし、久遠が高町家で朝を迎えるようになって、今日で2週間が過ぎている。

 

「今日もよく食うなぁ。

 そういえば、最近よく人型で見かけるけど、そのせいか?」

 

 久遠の茶碗にご飯を盛りながら何気なしに問う晶。

 久遠は人型でいると燃費が悪く、すぐにお腹が空くというのは高町家では知られている事。

 しかし、それの燃費の度合いを正確に知る訳ではない。

 故に、戦闘によるエネルギーの消耗だと気づく者はいないだろう。

 

 因みに、久遠はなのはが学校に行っている間などはさざなみ寮に戻る事もある。

 寮生達に顔を出しているのと、そこで管理人に食べ物を貰い、戦闘の為のエネルギー分を摂取しているのだ。

 食べる場所を複数設けて、合わせた消費量を悟られない様にしている。

 

「ごめんね」

 

「ああ、いいって。

 飯作る人間として、美味しく食ってくれる人がいるのは嬉しいことだ」

 

「そやで。

 ご飯を食べられるというのは健康な証拠や」

 

 料理番たる晶とレンにとって料理は喜びだ。

 だから料理する量が増えたところで、それこそ嬉しいだけだろう。

 それも相手は最早家族の一員とも言える久遠だ。

 煩わしく思うことなど在り得ない。

 

「なのはと遊んでいるから人型で居る事が多いのだろう?

 気にするな」

 

 そういって久遠を撫でる恭也。

 恭也は久遠が最近なのはの傍に居る事が多いのを気づいている。 

 そのうちその言い訳も考えておかねばならないだろう。

 

(那美さんは、いいって言ってたみたいだけど。

 問題はそれをみんなに説明できるか、だよね)

 

 なのはは久遠がちゃんと那美の許可が取れた事を聞いている。

 しかし、その許可が下りた理由というのはジュエルシードだ。

 他の誰もまだジュエルシードという存在を知らなくとも、感づいて居る者は居る様だった。

 

(できれば、知られる前に終わるといいんだけど)

 

 もしかしたら世界が滅びてしまうかもしれない。

 しかしその恐怖による混乱こそジュエルシードがつけ入る隙になる、というのがアリサの考え。

 だから、話す事は絶対にできない。

 

 例え高町家の人間なら大丈夫でも、そこからどう伝染するか解らないのだ。

 

「そういえば、最近那美さんも忙しくて寂しいだろう?」

 

「少し。

 でも、みんないるよ?」

 

 なのはが久遠が滞在する理由を上手く説明する方法を考えている中。

 恭也が上手い話題を出してくれた。

 

(そうか、那美さんが警戒してて少し忙しいのおにーちゃん知ってるんだよね)

 

 すばらしいタイミングに思わず微笑むなのは。

 アリサがこの場にいたならば、日頃の行いが良いからだと言うだろう。

 

 しかし、恭也がそのタイミングで、続けて告げた言葉は、なのはにとって―――

 

「ああ、そうだ、この場を借りて少し言っておこうと思う」

 

 穏やかな朝の食事の時間に、恭也の声が少し重くなったのを感じた。

 そして、全員がそちらに注目する。

 

「今日から少し街を見回ろうと思う。

 基本的にこの街の中にいるが、帰らない事もあると思っていてほしい」

 

 恭也のその宣言。

 それは、家族にとっては『ついにそうなったか』というものだった。

 

 そう、いきなりではないのだ。

 恭也はこのところ、ずっと何かを警戒して家の周りの見回りをしていたのだから。

 翠屋の開店・閉店時に桃子とフィアッセの送り迎えは当然として、1日中街を歩いては異常がないかを見て回っていた。

 それが、ついに深夜にこの家ではない場所を対象に入れたという事なのだ。

 

「街にはいるのね?」

 

「ああ。

 店が忙しかったら呼んでもらっても大丈夫だ」

 

「解ったわ。

 気をつけてね」

 

「ああ」

 

 二言だけ桃子と恭也は言葉を交わし、その行動は高町家で承認事項となった。

 もとより恭也の行動を止める者など居ない。

 恭也が行こうとする道がどういうものか、理解せぬ者はいないのだから。

 

「美由希」

 

「解ってる」

 

 恭也は1度美由希を見て、美由希はそれに頷いて応える。

 僅か一瞬の事。

 しかし、なのはには2人しか解らぬやりとりがあり、そこに絆があるのだと感じた。

 これは兄妹であり師弟でもある2人だけが理解できる会話だったのだと。

 

(おにーちゃん……)

 

 ジュエルシードが原因で、兄はついに夜間も含め常に警戒をすることとなった。

 第一の被害者である者が、その後も振り回される事になるのだろうか。

 それが、なのはには辛かった。

 

 

 

 

 

「そう、お兄さんが」

 

 その日放課後、部屋でアリサと話すなのは。

 因みに久遠はさざなみ寮に一時帰宅中だ。

 

 この日、まず最初に話題となったのが今朝の恭也の事だった。

 朝食後では時間がなかったので、少し遅れての話題である。

 何かでジュエルシードの事を感づき、そして夜間まで街を探索する兄恭也。

 アリサは少し目をつぶり、考える。

 

「まあ、お兄さんには魔力がないから、間違っても発動したジュエルシードを見つけたりはできないだろうから安心だと思うけど……

 移動中は普通の人は認識できない魔法をかけてるし。

 それに私達が結界を張ってしまえば、絶対に入ってこれない筈だから、大丈夫よ」

 

 探して回る恭也には少し悪いと思いながらも、それでもジュエルシードを回収するなのはのことを優先に考える。

 この場合も結界は非常に有効だろう。

 恭也が対象によほど密着していない限りは、結界を張る時に切り離せる。

 だから、恭也がジュエルシードに関わることはもう無い筈だ。

 なのは達が戦い、勝利し続ける限りは。

 

「うん」

 

 優先すべき事はなのはも解っている。

 しかし、それでも兄の事をなんとかできないかと考える。

 少しでも兄が安心できる方法がないかと。

 

「まあ、早く全部回収できればいいんだけど。

 なにぶん発動待ちだからね。

 実際どれくらいかかるかも解らない訳だし」

 

「そうだよね」

 

 この事件で一番厄介なのは、対象であるジュエルシードの発見だ。

 どうしても後手にまわるし、いつどこで発動するのかさっぱり予想もつかない。

 一応、人が手にした場合、その人が一番強く想う事を表にさらけ出す時。

 つまりは、夜中寝ているときなどが一番可能性が高いとされるが、それもあまり参考にならない。

 強い想いが表れる時、つまりはそのきっかけなど世界には溢れ返っているのだから。

 

「まあ、でもそんなに時間は掛からないはずだけど。

 強い想いならなんにでも反応するジュエルシードだから。

 この街でも21人なんてすぐの筈だわ。

 どちらかというと、2週間も経っているのにまだ5個っていうのが遅いとも考えられるし」

 

 ジュエルシードが選ぶ人の強い想いは、特別なものなどない。

 ランダムといってもいい選び方であり、強ければ本当になんでもいいと言われている。

 今まで集めた5個も、想いのカタチが全てばらばらであるのがその証拠でもあるだろう。

 

 尚、ジュエルシードは今までの傾向からもこの街に全て落ちたと考えている。

 アリサ達と遭遇した後、次元を乱した上でここまで転移したのだ。

 その時消費したエネルギーで、ジュエルシードはそんなに遠くまでは移動できない。

 いや、もしかしたら元々ここから人を介して世界に散らばるつもりなのかもしれない。

 どちらにせよ、最初の発動で封印している限りは、戦いの舞台となるのはこの街の近隣ですむ。

 

「うん……

 あ、そういえば、もう2週間になるけど。

 みんなとは連絡とれた?」

 

 魔法の習得と、前回の失敗以降は集中的に鍛錬をしてきた。

 それで少し失念していたが、そろそろアリサが仲間と連絡だけは取れるようになる頃なのだ。

 

「それが、もう少し時間がかかりそうなのよ。

 連絡さえできれば、あの仮面の魔導師の事も何か解るかもしれないのに」

 

「……そうだね」

 

 暇を見てはいろいろと思案し、アリサはあの仮面の男について考えている。

 だが何分管理外地域で、外界との連絡もとれないのでは何も解らない。 

 敵になった場合、情報が有ると無いとでは雲泥の差になるのだから、できれば正体を暴きたいと思っている。

 

「まあ、後2,3日もあれば回線が開けると思うから。

 とりあえずそれまでは置いておきましょう」

 

「うん。

 じゃあとりあえず、今は鍛錬だね」

 

「ええ。

 またバトルモードを少し改良したわ。

 もう少し軽く。

 簡略化は過ぎると意味がなくなるから、もう本当に少ししか軽くできなかったけど」

 

「うん、仕方ないね。

 兎も角、行こうか」

 

「ええ」

 

 なのはは出かける。

 八束神社へ。

 ここ最近は暇な時間を利用し、山の近くで結界を張り、その中で魔法の練習をしているのだ。

 攻撃魔法等、戦闘の練習の為に。

 

 何故八束神社かと言えば、そこは兄と姉達も鍛錬している場所だからだ。

 

 

 

 

 

「結界展開完了」

 

 山に着いたら、山に人が居ない事を確認した後、山一帯とその上空2kmまでの範囲で結界を展開する。

 普段アリサが張る結界は半球形の結界だが、なのはの長距離射撃の練習の為にどこかは広くしたい。

 その場合、一番負担が少なく済むのは空である為、この訓練用結界は縦長の円柱の様な形をしている。

 

「準備OK」

 

『Stand by ready

 Set up』

 

 バリアジャケットに換装するなのは。

 レイジングハートも杖となり、なのはは両手で構える。

 

「行くわよ」

 

 キィィィンッ

 

 肩にのるアリサの周りに展開される魔法陣。

 それがいくつかに分裂し空へと散らばる。

 そのいくつかが黒い獣人の姿を映し出す。

 それは、あのジュエルシードが出す防衛機構の姿だけ似せた幻影だ。

 反撃どころか動く事すらないただの張りぼての立体映像。

 

「レイジングハート、バトルモード」

 

Battle Mode set up

 Mode:Kyouya』

 

 キィンッ!

 

 目標を視認したなのはは戦闘用魔法を展開する。

 戦闘理論魔法と、それと同時に飛行魔法も展開する。

 

「行くよ!」

 

Magic Coat

 

 戦闘を開始する為、杖を魔法で護る。

 打撃武器として、盾として使う為に。

 魔法の杖としては使い方が間違っているかもしれないが、それでもこれは必要な事だ。

 

 なのはの能力は射撃寄りであるというのは解っている。

 が、現実的に敵も完全射撃タイプでもない限り接近戦闘技術は必須となる。

 最低限敵の攻撃を受ける事はできなければならない。

 

 だが、なのはの場合はまず戦闘技術というものが無い。

 僅か2週間前まで普通の小学生だったのだから、それは仕方ないだろう。

 よほどの天才でもこんな短期間でいきなり実戦が可能になる筈も無い。

 運動が苦手ななのはでは尚更だ。

 故に戦闘理論魔法『バトルモード』は今のなのはには必要だ。

 

 しかし、その『バトルモード』の消費魔力と制御に必要な処理機能は高い。

 アリサが認めるなのはの高い魔力をもって、なんとか動かせているレベルだ。

 ただ、その為になのはの魔力と魔法制御は『バトルモード』にとられ、他の魔法がほとんど使えない。

 封印魔法の為の魔力を考えると、ジュエルシードの防衛機構の相手に魔力はほとんど使えないのが現状だ。

 

 つまり、接近してくる敵に対して迎撃の魔法はあまり撃てない。

 

 その為、少しでも魔力を節約して杖の打撃で敵を倒さなければならない。

 それにこの『バトルモード』は恭也の戦闘理論が基盤となっている。

 最初に使った時からアリサによって改良され、なのは用に調整されているが、それでも基盤は恭也だ。

 だから接近戦と中距離戦には強く、杖で打撃をする際には非常に有用だ。

 これを使わない手はないだろう。

 

 ただその代わりか、なのはの本来の能力である射撃の情報は少ない。

 故に、射撃系の魔法はなのは自身のもので全て考えなければならない。

 しかし、その点はなのはも自身の能力向上の為にも良い事とも言えるかもしれない。

 

 兎も角、今は恭也の接近戦の技術を借りて封印魔法を撃てる状況を作り、なのは自身の能力で封印する。

 という戦闘の流れになる。

  

 今は―――そう、今はこの流れでやるしかない。

 そして、これはそれを上手くまわす為の練習だ。

 

 フッ!

 

 飛行魔法によって風を切る音だけを残して空へと上がるなのは。

 向かう先は最も近くに映し出されている闇の獣人の立体映像。

 

 ブンッ!

 

 速度を落とさずに横を通り過ぎざまに一閃。

 音もなく消える立体映像。

 

 これは訓練で、敵も動かない。

 その為バトルモードを使っていても、自動で展開される様に設定した肉体を保護する魔法しか動いて居無い。

 敵が動かないのだから戦闘理論もなにもないから、本来流れるべき情報というのは流れない。

 動かない張りぼてに対して行う戦術など無いからだ。

 

 ヒュンッ!

 

 だから、なのはは己の判断力だけでいかに早く敵を倒せるかを計算して動く。

 このバトルモードは時間制限があるから、それ以内に戦いを終わらせる為にだ。

 

「なのは」

 

 アリサの呼びかけと同時にすぐ近くに2体の幻影が出現した。

 そして、その呼びかけは魔法での迎撃を行う指示だ。

 

「ディバインシューター!」

 

Divine Shooter』

 

 キィィンッ 

 

 素早く魔法を発動させ、光の魔弾が射出される。

 この魔法の特徴は速射性能の高さだ。

 ほぼ一瞬といえる速度で発射台が出現し、魔弾が射出される。

 

 ズダダンッ!

 

 出現して1秒も待たずに撃ち抜かれ、消える幻影。

 

「ラスト!」

 

 その直後、アリサが叫ぶと上空2kmあたりに1つの幻影が出現した。

 それは、1週間前に現れたジュエルシードの被害者の幻影。

 悪魔の姿をもって空へと昇る女性の姿。

 

「レイジングハート!」

 

Shooting Mode

 Set up

 

 ガキンッ!

 

 敵を見つけるのも、判断も一瞬。

 即座にレイジングハートは射撃形態へと変形し、変形完了と同時に構えられていた。

 

Divine Buster

 Test mode』

 

 キィィィンッ!

 

「ディバインーーバスターーー!!」

 

 ズドォォォォォンッ!!

 

 放たれる魔法の砲弾。

 それは一直線に進み対象を打ち抜いた。

 魔法構築の時間があったにせよ、照準を定める時間はほとんど無かった。

 相手が動かないとはいえ、この長距離射撃にしてはかなりの早撃ちだ。

 

 なお、このディバインバスターはレイジングハート側で出力を調整している。

 もし本当に撃ってしまうと、なのはの魔力はこれで空になってしまう。

 その状態でジュエルシードが発動したらどうしようもなくなってしまう。

 だから僅かな魔力で擬似的な砲撃を放ち、なのはに擬似的な負荷を与えている。

 

 負荷といえばもう1つ。

 バトルモードを解き、地上に立つと身体が軋む。

 バトルモードで本来なのはにはできない動きをした為だ。

 後でアリサに回復してもらわねばならない。

 

 この痛みがある限り、なのははバトルモードを使いこなせていない証拠とも言える。

 ある意味当然な事であるが、しかしそれでもなのはは―――

 

「全目標撃破。

 訓練メニュー終了。

 今の戦闘では後4発くらいディバインシューターを使える余裕があったわね。

 上々よ」

 

「うん」

 

 訓練の成果を心から褒め称えるアリサ。

 だが、なのはの返事はうかないものだった。

 あまり納得してはいない様だ。

 いや、納得とかそう言う問題だけでは無い。

 

「まだこれからよ。

 慌ててはいけないわ」

 

「うん」

 

 なのはの悩みは解る。

 だから、やんわり宥めるアリサ。

 

 そう、解る。

 なのはの今の姿に嘗ての自分の姿を見た気がしたのだ。

 嘗て―――いや、そう言う程昔でもないし、むしろ今もそうかもしれない。

 何かをする力を求める自分の姿。

 きっと、自分もこんな感じなのだと。

 

 

 

 

 

 それからなのははさざなみ寮にいた久遠と一緒に家に戻った。

 夕飯までは少し時間があったのでなんとなく庭に出るなのは。

 そこで、道場から人の気配と物音がするのに気がつき、中を覗いてみる。

 

「はっ! せぇっ!」

 

 ダンッ! ヒュンッ!

 

 そこには、姉が1人で型の練習をしている姿があった。

 毎日やる反復練習の1つだと、なのはも知っている。

 

「あら、なのは」

 

 なのはに気付いた美由希は、汗をぬぐいながら笑顔でなのはに声を掛ける。

 先ほどまでの真剣で凛々しい姿から、すぐにいつもの優しい姉の姿に戻った。

 きっとそれは、なのはもしている戦いと日常の切り替えと同じで、でも全然違うレベルのもの。

 なのはではまだ出来ない、人の想い同士がぶつかる場からの帰還だ。

 

「少し見てもいい?」

 

 バトルモード。

 恭也の戦闘理論を知る事で、なのはは兄の事が少しでも解る気がした。

 だがそれは期待通りには行かず、まだ何も解っていないと思っている。

 だからか、なのはは見たいと想う。

 兄や姉の戦う姿を。

 

 そこにある強さを。

 

「うん、いいよ」

 

 快くなのはの願いを聞き入れ、鍛錬に戻る美由希。

 やる事は毎日行う反復練習。

 なにも派手な事は無く、何も面白い事は無いだろう。

 しかしその姿は美しく、そして力強いと思えた。 

 

 

 

 

 

 僅かな時間だけだが、姉の鍛錬する姿を見たなのは。

 それから夕食を摂り、お風呂の時間となる。

 なのははアリサと久遠と一緒にお風呂に入っていた。

 最近では日課となり、もう当たり前の様になっている3人での入浴だ。

 

「ふぅ〜。

 まったく、私を拾ってくれたのがなのはで本当によかったわ〜」

 

 妖精姿のアリサが湯に浸かりながらしみじみと思う。

 因みに、アリサくらいがちょうどよく浸かれるほどの湯をはった桶に入り、それを風呂の湯に浮かべて一緒に入っているのだ。

 

「そう?」

 

「そうよ〜。

 これが男だったりしたらきっときつかったでしょうね〜」

 

 1人暮らしなら兎も角、アリサの存在は家族にすら秘密にしておかなければならない。

 その為、風呂などの問題は大きい。

 なのはであるなら、久遠と3人で一緒に入れば誤魔化せるだろう。

 しかし、相手が男だとそうもいくまい。

 

 1人暮らしの男性なら良かったかと言えば、アリサとしてはそれも少し怖いと思うだろう。

 知らない世界で知らない異性とずっと一緒にいないといけないのは、女の子としては不安でしかたない。

 だからしみじみとこの恵まれた環境を感謝するのだった。

 

「快適に過ごせてもらえてわたしも嬉しいよ」

 

 それはなのはにとっても同じことだろう。

 流石になのはも兄の恭也ならともかく、他の男性と一緒にお風呂に入るのは少し考えるものがある。

 

「一緒にお風呂、楽しい?」

 

「ええ、あまり経験なかったけど、いいものだわ〜」

 

「うん、やっぱり一緒が楽しいよね」

 

 それに、同性同士の友達ならば、こうして入るお風呂も楽しみなものとなる。

 因みに久遠は女の子モードだ。

 尻尾まで洗うのが少し時間が掛かるが、一緒に洗い合えばそれもまた楽しい。

 

 まだアリサは短時間でも元の姿に戻るのが辛い為、アリサとは洗い合えないのが少し残念な事。

 しかし、それももう少しで可能だという事でなのはは楽しみにしている。

 

 なお、ここにも結界が張ってあり、アリサの声は外に出ていない。

 それとなのはと久遠の声も少し調整されている。

 外には久遠となのはだけではしゃいでいる様に聞こえている筈だ。

 

「はぁ……」

 

 ゆっくりとお湯に浸かり、なのはは天井を見上げる。

 視線はその先の空まで向かっているだろう。

 

「ふぅ……」

 

 二度ため息を吐くなのは。

 それは風呂でゆったりとしているから出るものではないのは明白だ。

 

「なのは、悩むのはよい事だわ。

 でも休める時は休むものよ」

 

「うん……」

 

 アリサは少し苦笑を浮かべながら諭す。

 嘗て、自分はそう姉に言われても聞かなかったのに。

 

 嘗て、と言うほど遠くない過去。

 自分も悩んだ事。

 自分が今どうあがいても戦えない立場で、一歩後ろから見ているから解る。

 今のなのはがいかに危ういかを。

 

(ある程度は仕方ないのだろうけど)

 

 アリサがそうなったのには理由がある。

 そして、なのはもこうなる理由がある。

 アリサの場合が過去に問題があり、なのはは時間の長さに問題がある。

 だから、悩むのは仕方ない。

 

 だが、それに押し潰されない様にする為に、少しは区切りをつけないといけないのだ。

 嘗ては家族がいて、アリサはそれを乗り越えられた。

 しかし、どうすればそれをなのはに伝える事ができるだろうか。

 そう、悩むのだ。

 

 悩む相手を助ける為に悩む。

 なんとも不思議な気分だと、またアリサは苦笑した。

 

「大丈夫だよ、なのはなら」

 

 今度は久遠が、何の根拠も無くそう言ってなのはを見る。

 まっすぐで、疑いの無い瞳を。

 

「うん、ありがとうくーちゃん」

 

 その久遠の一言で、なのはは少し楽になれた気がした。

 理屈ではなく、信じてくれる人がいるからだろうか。

 まだまだ先に進めると思う力がわいてくる。

 

(いいわね、友達って)

 

 そんな2人を見て、アリサは今度は純粋に笑みを浮かべる。

 自分の心配など不要なものであった様に、今の会話でなのはは大分落ち着いた。

 信じあえる友達がいるとはこう言う事かと改めて想う。

 

「アリサちゃん、今日も魔法を教えてね」

 

「ええ、勿論」

 

 その信頼をなのははアリサにも向けている。

 頼り、頼られる。

 対等な2人の関係。 

 

(私も……)

 

 アリサは自分もなのはと久遠の様な関係になれるだろうかと思う。

 嘗ては無かったもの。

 

 その先にあるのはきっとなのはの悩みの答えで。

 同時にそれは、きっと、嘗てのアリサの求めていたもの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その次の日

 

 なのはは放課後に月村邸を訪れていた。

 すずかに誘われて、お茶をしながら話そうという事になったのだ。

 今日は忍とノエルは外出中で、ねこもここにはいない。

 ティーラウンジでファリンが控えている中、2人でお茶を飲みながら会話を楽しむ。

 

 そして、話も一段落した後だった。

 

「ところでなのはちゃん。

 最近何か悩んでるみたいだけど」

 

 そう切り出してきたすずか。

 どうやら今日の本題はこれらしい。

 直接関わっているアリサ達には仕方ないが、外には、日常には出さない筈だった想い。

 しかし、仮にも親友を名乗る者同士だ、解らない方がおかしいのかもしれない。

 

 なのはとすずかの友情は3年。

 その長さを『まだ』、というか、『もう』、と言うかは人それぞれであろうが、2人は本当に友達と言える間柄だった。

 基本的に互いに隠し事は無く、悩みも相談しあってきた。

 

 基本的に、というのは、その隠し事が自分1人の問題で無い時などだ。

 例えば、なのは側の魔法の事、兄や姉の事がそれに該当する。

 

 そう言う例外事項を除き、2人はこの3年間、ケンカをした事もあるが仲良くやってきたのだ。

 

「う〜ん……

 悩んでいる、といえば悩んでるんだよね」

 

 確かに隠していたものであるが、悩んでいた事だけは正直に打ち明ける。

 既にすずかに感づかれているならば、それでも尚隠す事は良くない事だろう。

 

「私で力になれる事なら何でも言ってね」

 

 今までも互いにそうしてきた事。

 なのはが何かに困っているなら、すずかは力になりたいと思う。

 そこに利害の概念はなく、自然に心から思う事だ。

 

「でも、これはわたしが自分で解決しないといけないものだから」

 

 しかし、なのはの今の悩みは人に言えるものではない。

 それは魔法に関連するからでもあるが、それを別にしても人に相談できない事だ。

 いや、言ったところで無駄な事。

 アリサも久遠もなのはが悩んでいる事も、悩んでいる内容も解っている。

 しかし、アドバイスすらしていない。

 

 何故か。

 

 なのはが言う様に、その悩みに言葉にできる『答え』はなく、そして自ら求めなければならない。

 そもそも、何をどう悩んでいるのか、それを正確に言葉にする事すら難しいだろう。

 もし、一言で表すならば『強さ』というものであるが、その意味も在り方も、何を求めているかも問いにできる言葉が無い。

 

 他人の導いた答えは、ある程度参考になるかもしれない。

 しかし、それを言葉にして交換する事はできないだろう。

 

「そうなんだ」

 

 なのはの答えにすずかは静かにそう言って、それ以上の追求はしない。

 力になれぬ事は残念で、隠し事が1つあるとハッキリした事も正直に言えば残念だ。

 しかし互いに信じているから、それくらいで2人の友情が揺れる事は無いだろう。

 そして信じているから、なのははなのはが言うとおり自分でも解決するだろうとも想う。

 

「あ、そういえばね、昨日は恭也さんが泊まっていったんだ。

 なのはちゃんの家は平気だった?」

 

 だから、すずかは話題を変えた。

 できるだけ明るい話題に。

 力になれないのなら、せめて今この場では悩みも忘れて楽しくいようと。

 

「うん、平気だよ。

 おにーちゃんはいろいろと外出する事も多いし」

 

 昨日の朝の宣言は、その日のうちに現実となった。

 さっそくその日の夜は月村邸に残るという連絡があったのだ。

 そして一夜明け、まだ何処かに行っているらしい。

 

 元より恭也は鍛錬の為の山篭りも含めて外泊が多いほうだ。

 だから、なのはにとってはいつもの事と言えてしまう。

 

 兄は忙しいのだ。

 なのはにかまう時間が僅かなのは仕方のない事。

 そう、なのはは理解している。

 

「夕飯と朝食は一緒だったんだよ。

 私、他の人と一緒に食事する機会って少なくて」

 

 お嬢様であるすずかであるが、いまだ社交界には出ていない。

 いろいろな事情から外泊などをする機会も少ない。

 だから、食事の時に他人が居るというのは新鮮だっただろう。

 

「おにーちゃんって、こっちではどんな感じだった?」

 

 そういえば、他者から見る兄というのもあまり聞かない。

 だから、いい機会だと少し聞いてみる事にした。

 が、

 

「え、恭也さんは………………」

  

 何故か固まるすずか。

 

 何に固まっているか。

 それは第一に、自分が振った話題がどれだけ隙間の無い地雷原かを思い出したからだ。

 

「にゃ?」

 

 何事かと、何気なくファリンの方を見る。

 しかし、

 

「……」

 

 ファリンは何故か顔を紅くしてそっぽを向いてしまう。

 

 ますます訳がわからないなのは。

 その間に、すずかも顔を真っ赤にして、変な汗をかいていたりする。

 

「ご、ごめん、なのはちゃん。

 私も言えない事が出来てるの〜」

 

 ついには、すごく困った顔でおろおろしながら謝罪してくる始末。

 

「お、おにーちゃん、そんな変な事してるの?」

 

 その原因は尋ねた元である兄であろうか。

 兄が一体親友に何をしたのかと考えるが、答えが出よう筈もない。

 

「おにーちゃん、アレで結構うそつきでいじわるさんだから……

 忍さんとタッグを組むこともあるし」

 

 去年の花見の時、忍と2人で那美を騙した兄を思い出すなのは。

 すずかにも、何かそう言う嘘で困らせたのだろうか。

 ファリンまで顔を紅くする理由はさっぱりであるが。

 

「え? そうなの?

 アレは2人のいじわる? 嘘? でもでも……

 どっちなのぉ」

 

 なのはの言葉に更に混乱するすずか。

 ファリンもおろおろするばかりだ。

 

「あ、でも『どっち』って事は無いと思うよ。

 わたしの知る限り、おにーちゃんの嘘も意地悪もすぐソレと解るものだから。

 まじめな話の時に茶化す事もないし」

 

 恭也の嘘や意地悪は、ちゃんとすぐに突っ込んでくれる人が居ることが前提条件の様なものだ。

 決してその後もずっと困る様な嘘やいたずらはしない。

 あくまでその場でのコミュニケーションなのだから。

 

「そうなの? じゃあアレはまじめに言ってたんだ……まじめに……」

 

 一応落ち着いた様に見えたすずか。

 しかし、今度は静かに考え込んでまた顔を紅くしている。

 

「すずかちゃん?」

 

 一体なんなのやら。

 言えないのか、言いたくないのか、兎も角追求していい事ではないのだろうが。

 しかし、兄が絡んでいるとなると流石に気になるなのはだった。

 

 

 

 

 

 1時間後

 落ち着いたすずかともう少しだけ話をして、月村邸を出るなのは。

 ノエルがおらず、その為だけに帰ってきて貰うのもなんなので歩いて帰る事にする。

 バスを使っても良かったが、まだ明るいし、別に歩いていけない距離でもない。

 

 それに、少し歩きたい気分でもあった。

 

「はぁ……」

 

 隠しているつもりだったが、皆には気付かれてしまっている様だ。

 母も兄も姉も何も言ってこないが、気付いていない訳はないだろう。

 恐らくは、知って、多分悩んでいる内容も解った上で何も言わないのだろう。

 特に、兄と姉は言葉で語る様な事をするとは思えない。

 更に言うなら、兄ならば言葉など使わず態度で示すだろう。

 

「わたし……ちゃんと正しく進めてるのかな?」

 

 空を見上げて呟く。

 突然戦う力を手に入れて2週間。

 いろいろな事があった。

 その中、自分は正しく歩めているのか、それが解らない。

 

「わたしは……」

 

 考える。

 今までしてきた事を。

 そしてこれから自分がやりたい事を。

 この道の先に何を求めているのかを。

 

 まだ、何も見えない。

 闇の中に居るといってもいい。

 どちらに進んで良いのか、どこに進んでいるのかも解らない。

 そこに不安があった。

 

 それでも、戦う時は迷う事は出来ない。

 相手はそう言う特性のものだからだ。

 悩みながらも迷い無く戦う。

 なのはは今それを続けなければならない。

 

 何も見えぬ暗い闇の中で。

 

 

 キィィンッ!

 

 

 しかし、そんな中でも敵は動く。

 

(アリサちゃん!)

 

(ええ! 久遠も一緒よ、すぐに行くわ)

 

 なのはは迷わなかった。

 今迷っている時間がない事は理解しているから。

 それに、ジュエルシードに命を奪われるかもしれない人を、放っておくことが間違っていない筈はないから。

 

 なのはは路地に入り、人目がない事を確認してレイジングハートを握った。

 

 キィィィンッ!

 

 そこでまず発動するのはアリサが設定した認識操作魔法。

 この魔法によりなのはは周囲から見えなくなる。

 矛盾が発生する魔法であるが故、まず一旦人目を避けるのが前提条件の魔法だ。

 

 その上で、なのはは呼ぶ。

 己が使う力の象徴を。

 

「レイジングハート、セットアップ!」

 

『Stand by ready

 Set up』

 

 カッ!

  

 バリアジャケットへの瞬間換装をすませ、同時にフライヤーフィンも起動する。

 そして、その場から飛び立ち、目標の場所まで飛び行く。

 

 飛行魔法を1人で使える様になったなのはは、もうアリサなしでも目標のところまで飛べる。

 だから、全速を持って目標地点まで飛ぶ。

 

 そう、もうアリサがいなくとも大丈夫な部分が増えてきている。

 アリサの負担が減らせると思いながら、それだけの力を手に入れてしまっていると自覚する事でもある。

 戦いに集中する今は考えないが、それがどんな事を意味するのか、なのはの迷いは深まるばかりだった。

 

 

 

 

 

 そして、なのはとアリサ達から現場が近かった事もあり、感知から僅か15秒程で到着する事ができた。

 場所は展望台。

 夕日が沈み行くこの場所で、ある現象が起きていた。

 それは形でいうなら渦で、性質でいうなら暴力で、意思でいうなら拒絶。

 

 展望台の中央に立つ2人の少女を中心として発生する魔力の渦だ。

 2人の少女は向かい合って手を取り合い、動かない。

 恐らく意識は無いだろう。

 その状態で、この拒絶の暴力を展開している。

 

 周囲全てをなぎ払う魔法の暴風だ。

 

「危なかったわ。

 後少し遅かったら通常空間で破壊行為が行われるところだった」

 

 合流したアリサとなのはは少し離れた場所からその光景を見ている。

 結界は展開済みだ。

 渦が展開しきる前になんとか取り込めた。

 

 少し遅ければ、アリサでは誤魔化しきれない破壊が残ってしまうところだった。

 

 目の前の魔力の渦はこの結界で作った空間にある模造建造物を破壊している。

 展望台の柵を吹き飛ばし、地面のアスファルトを抉り、駐車場にあった車を破砕した。

 

「でも、どうしよう」

 

 魔力の渦の効果範囲から少し離れた地上に立つなのは達。

 しかし、なのはは動けない。

 何故ならジュエルシードは目の前の渦の中にあるからだ。

 この渦の力を考えれば、突入は出来ない。

 いかになのはの魔力を持って編まれたバリアジャケットと防御障壁をもってしても、防ぎきる事はできない。

 

「困ったわ」

 

「うん」

 

 既に変身し戦闘体勢をとっている久遠も、久遠の肩にのるアリサも困っていた。

 この渦を無力化できればいいのだろうが、アリサは現状魔法が使えない。

 久遠も久遠の雷の力では消しきる事は難しい。

 単純に魔力量の差と、あまり威力を上げると、久遠の制御力では中心の人間2人を殺してしまいかねないのだ。

 

 今回、まだ防衛機構は出てきていない。

 カタチとなっている想いの性質上、防衛するまでもないという事なのか、様子を見ているだけなのかは不明だ。

 ともかく出てくる前に何とかしたいのだが、その方法が思い浮かばない。

 

「でも早くしないと」

 

 なのはは焦る。

 こうしている間にもジュエルシードを使う者の魔力が吸われ、いずれ命を失う事になる。

 そうなる前に解決しなければならない。

 

「ええ……

 それにしても、あの2人……どちらが持ち手なのかしら?

 ジュエルシードの気配は1つしかないし……2人で1つを?」

 

 今までの記録と、ここへ来てから実際に目にしたジュエルシードの持ち手は全て1人1つだ。

 ジュエルシードは強い思念によって呼ばれ、その思念をカタチにするのだから、それは当然だ。

 しかし、今目の前にあるジュエルシードは2人の手の中にある。

  

「きっと、2人だからこそ想う事があるんだと思う」

 

 なのははアリサの疑問に予測を立てる。

 確信は無いが、それはなのはも知っている想いだ。

 だから、それだけは言えた。

 しかし知っている筈なのに、その想いの名前を思い出せずにいた。

 

「時間が無い。

 渦の上から強制封印するよ」

 

 既にバトルモードも起動している。

 考えていられる時間はもう長くない。

 だから、なのはは決断する。

 

「ええ、それしかないでしょうね」

 

「敵が出てきたら任せて」

 

 アリサはそれを承認する。

 最早それしかないと。

 久遠はなのはに邪魔が入らぬ様にと、防衛機構の起動を警戒する。

 

「レイジングハート、お願い!」

 

Shooting Mode

 Set up

 

 ガキンッ!

 

 なのはの意に応え、シューティングモードへと姿を変えるレイジングハート。

 そして放つべき魔法、ディバインバスターのチャージはすぐに行われる。

 地面となのはの両手周りに展開される魔法陣。

 発射体勢は整った。

 そして、敵は動かない。

 

 しかし、

 

「う……」

 

 ゴゥッ!

 

 なのはの目の前には魔力の渦がある。

 外界からの干渉を拒絶する暴力の渦。

 なのはの射撃は正確だ。

 2km先の標的であろうと、多少動いていようとも正確に的を射抜く事ができる。

 

 だがしかし。

 今回はその前に障害物がある。

 それも外界からの干渉を薙ぎ払う形のものだ。

 なのはは、自身の魔力砲撃でこの渦を突破し、ジュエルシードを封印できる確信があった。

 威力だけを考えれば。

 

 が、この渦を越えて尚正確にジュエルシードを撃ち抜けるかが問題だった。

 

 なのははどうあがいたところで魔法も射撃も、戦闘も初心者だ。

 だから、こういうケース、魔力同士がぶつかり干渉した時にどうなるのかを知らない。

 ディバインバスターは確かにこの渦を突破するだろう。

 が、どういう風に、どこまでエネルギー到達点が歪むか予測がたてられない。

 

「く……」

 

 手が震える。

 もし、狙いを外し、人に当たってしまったなら。

 今なのはが放つのは魔力攻撃であり、封印魔法だ。

 通常、人間に当たったからといって破壊は行われない。

 しかし、魔力はダメージを受ける。

 訓練されていない人間が、封印が行えるほどの強い魔力ダメージを受けるとどうなるだろうか。

 

 今この渦を展開させている中、衝撃で倒れてしまったら、渦に触れたらどうなってしまうのか。

 

「うう……」

 

 なのはは迷う。

 戦いでは迷わないと決めていたのに。

 こんな事態に陥って迷う。

 

(どうすれば……)

 

 時間が無い。

 方法はこれしかない。

 しかし、これは正しい事なのか、なのはは解らない。

 

 時間が無いのだ、迷う暇など無い。

 勇気を出して実行すべきなのだろう。

 

 だが、だがしかしだ。

 あの男は言った、『少しは先を考えろ』と。

 でなければ、『全てを失う』と。

 その言葉がなのはの頭に響いて消えない。

 

「「なのは!」」

 

 そこへ、2人の声が響いた。

 2人の友の声が。

 

「……うん!

 大丈夫!」

 

 なのはは構え直した。

 もう手は震えていない。

 不思議な事だ。

 友の声を聞いただけで、今までの迷いが消えていく。

 何も考えていない訳ではない。

 全ての迷いが断ち切られた訳でもない。

 

 だが、今ここでの答えが見つかった。

 

 キィィィンッ!

 

 デバイスの柄の先端部分から展開されている3枚の翼が大きくなる。

 放とうとしている魔法『ディバインバスター』の出力を上げているのだ。

 限界まで。

 

 なのははそうする事で、魔力の渦などにも負けない一撃を放とうとしている。

 残る魔力全てをこの一撃に掛ける。

 その後は動けなくなるだろうが、これが今なのはが選んだ最良の手段。

 

「ディバイーーンッ!」

 

 そして、狙いを定め、持てる力を放たんとする。

 

 その時だ。

 

 バリィィィンッ!!

 

 音が響いた。

 この世界が崩れる音が。

 

「え?」

 

「なにっ!?」

 

 魔法をキャンセルし、空を見上げるなのは。

 久遠も崩れゆく空を見上げて声を上げる。

 

「ちょっ!」

 

 結界が破壊されたのだ。

 この現実世界と切り離された結界が。

 この結界を展開したアリサは、己の結界が外から攻撃魔法をもって破られたと解った。

 だからこそ驚いている。

 

 何故なら、先日のあの仮面の魔導師はアリサの結界をすり抜けてきた。

 だから破壊などする筈は無い。

 それに、彼はおそらく破壊するなどというのが、どれ程危険な行為か解っているだろう。

 

 そう、危険なのだ、結界を破壊するのは。

 この結界は通常の空間とは位相の違う空間を作り出すもの。

 結界を展開する前にあったものが存在するのは、この空間が、結界を展開した場所のコピーの様なものだからだ。

 コピーは所詮コピーである為、外見だけが似ているだけとも言え、簡単に崩れ去る。

 そして、こちらで物が破壊されても、現実の世界には何の影響も無い。

 

 しかし、それは正式な手順で展開し、正式な手順で解けばの話だ。

 

 無理やり結界を破った場合、この位相世界と現実世界が混じってしまう。

 コピー世界での破壊が現実世界に影響を与える事がある。

 安全の為、万が一破壊された時の為の処置用の魔法も結界展開時に組み込まれているが、その全てが正常に作動できない事もある。

 

 そもそも、今現在も活動中のジュエルシードを現実世界に放したらどうなるか。

 それは破壊だけで済む話ではなくなってしまう。

 

 

 もう1つ。

 結界破壊が危険な事と共に解らぬ事がある。

 それは破った者だ。

 アリサは展開した本人である為、これが外部から『魔法』で破壊されたと解った。

 だが、この世界には魔導師は居ない筈なのだ。

 あの仮面の男ですら不明であるのに、一体誰がこんな事をできようものなのか。

 

 3人は見上げる。

 結界の破壊の光景から見て行くとその中心となる場所がある。

 そう、破壊された始点だ。

 そこに居るはずだ。

 現実世界の夕日を背にした破壊者が。

 少なくとも、なのは達の味方ではない者が。

 

 しかし、

 

「え?」

 

 結界が崩れた先に夕日は無かった。

 空の色はおかしいままで、閉じた空間である事が解る。

 結界は今破壊されたのにだ。

 

「っ! そうか、私の結界の上に結界を張って、その上で破壊したのね!」

 

 その結界が他者の結界である事は解った。

 そして、先の懸念の前者は消えると同時に、後者の謎がより深くなる。

 これで外界へ破壊の影響が出てしまう事もなく、ジュエルシードが明るみになる事もない。

 だが、それは同時に先の懸念の後者が確定した事になる。

 そう、結界の上に結界を張るなどという芸当ができる者。

 少なくともミッドチルダ式の魔法に詳しい魔導師が存在している事になる。

 

「なのは、アリサ、あれ!」

 

 そして、久遠が見つけた。

 その破壊の主にして、結界を展開した魔導師を。

 

「あれは……」

 

 なのはが目を向けた先。

 歪んだ空の光の中に立つ影。

 この歪な光の中で尚美しく輝くブロンドを黒のリボンでツインテールにし、破壊の風で靡かせる少女がそこに居た。

 なのはやアリサと同年代の少女だ。

 そんな年頃の少女が、動きやすさ重視だろう、レオタード程に薄い黒のバリアジャケットに身を包み、漆黒のマントを纏いて空に立っている。

 

 そして、その手に握られているのは両端が黒で白銀の柄の、先端に金色の宝玉が埋め込まれた杖。

 それは間違いなく魔導師の杖たるデバイスだった。

 更に。

 

「バルディッシュ」

 

 少女の紅い瞳はなのは達を見ていない。

 彼女が見据えているのは―――ジュエルシード。

 

Scythe form

 Set up

 

 ガキィンッ!

   ヴォウンッ!

 

 少女の凛とした声に応えたのは、人で言うなら静かな男性の声。

 それはデバイスの声だ。

 少女の呼びかけの意に応え、杖の先端が変形する。

 その形は名の通り鎌だった。

 杖の先端部から金色の光の刃が展開され、杖は魔法の大鎌へと姿を変える。

 

 そう、少女が持っているのは間違いなくレイジングハートと同じ、ミッドチルダ式のインテリジェントデバイス。

 

「え?」

 

 なのはが突然自分と同じ年頃の少女が現れた事に呆然としている中、少女は動いた。

 光の大鎌を構え、次の魔法が放たれる。

 

『Arc Saber』

 

 ヒュンゥッ!

 

 そして、放たれたのは光の大鎌の刃だ。

 回転しながら一直線にジュエルシードへと飛ぶ光の刃。

 

 ザシュッ!

 

 その一撃はいとも容易く魔力の渦を断ち切ってしまう。

 一瞬だけできたジュエルシードの持ち手達への道。

 

 ブワンッ!

 

 だが、すぐに魔力の渦は元通りになってしまう。

 斬られた箇所など最初からなかった様に。

 

 それにより、少女の攻撃は意味を成さなかったと思われた。

 なのはも、アリサも、久遠すらそう思った。

 しかし―――

 

「え?」

 

 なのはの二度目の声。

 それは理解できない事態であったから出た声である事には変わりない。

 しかし、今回は先よりも強いもの。

 それは驚愕と言えるものだった。

 

「なっ!」

 

「何時の間に!」

 

 アリサも久遠も、そう言葉にするのが精一杯だった。

 それほどの驚き。

 

 少女は渦の中心に居たのだ。

 

 そう、あの斬撃で出来た渦の切れ間から侵入していたのだ。

 あの僅か一瞬の隙を縫って。

 己の魔法攻撃に追いつき、魔力の渦が及ばぬ中心に立っていた。

 

 更に。

 

「バルディッシュ」

 

『Sealing form

 Set up』  

 

 少女の呼びかけに応え、デバイスが杖へと戻る。

 そして、収束される魔力。

 その力はなのはにも解る。

 いや、解らない筈はない。

 それは、なのはが初めて使った魔法。

 

 封印の魔法だ。

 

「封印」

 

 その魔法は高く純粋な魔力が必要な魔法。

 アリサの世界でも、魔導師と呼ばれる人の中でも使える人の方が少ない魔法。

 それを実行できる魔導師。

 

 ザバァァンッ!

 

 杖から放たれる光。

 それが2人の少女の手の中にあるジュエルシードを強制浄化してゆく。

 

『Sealing』

 

 デバイスの声と共に、2人の少女の手から現れるジュエルシード。

 『]』の白い文字が浮かび上がった、封印の完了したジュエルシードだ。

 

『Captured』

 

 すぐにデバイスの中へと格納されるジュエルシード。

 持ち手だった2人の少女はその場に倒れる。

 おそらくは意識を失っているだけで無事であろう。

 

 だが、それよりも。

 

 バシュンッ!

 

 あまりの事態に今まで動く事ができなかったアリサが動いた。

 久遠の肩から降り、碧の光に包まれて本来の姿に戻るアリサ。

 その上で現れた少女を見る―――いや、その視線は『睨む』といえるものだ。

 

「私は時空管理局アースラ所属、執務官補佐アリサ・B・ハラオウン。

 そこの魔導師、所属と姓名を述べなさい!」

 

 警戒を隠そうともせず攻撃魔法すら撃てる体勢で現れた少女に問うアリサ。

 だが、その額には既に汗が出ている。

 それはまだこの地に適応できず、無理をして元の姿に戻っている為か。

 それとも、在り得ない筈だった事態、そして現れた魔導師への緊張の為か。

 

 現れた少女はジュエルシードを封印した。

 それは、少なくともジュエルシードというものを知っているという事だ。

 同時に今の僅かな行動で、少女がアリサかそれ以上の魔導師である事が知れる。

 

 そう、アリサと同等かそれ以上の魔導師だ。

 アリサやなのはと同年代で。

 しかし、この魔導師をアリサは知らない。

 こんな年齢でこれほどの魔導師ならば、アリサの耳に入っていない訳がないのにだ。

 

「……」

 

 今までジュエルシードしか見ていなかった少女がアリサ達の方を向く。

 そして、その紅き瞳で静かに見据えた。

 

(この子……)

 

 その時、なのはは思った。

 少女の瞳がとても澄んでいて綺麗だと。

 だが同時に、その瞳には―――

 

『Device form』

 

 ガキンッ!

 

 杖の先端部が反転する。

 封印魔法という大出力魔法から、通常戦闘用へと変形させたのだ。

 そして、少女はその杖をなのは達に向けてきた。

 

「え?」

 

 少女がしようとしている事、それが理解できないなのは。

 

「っ!」

 

 久遠はすぐに戦闘態勢をとった。

 手に雷を集め、すぐに攻撃できる様にする。

 

 そして、アリサは。

 

「……それが、その行為の意味が解っているの?」

 

 顔に表情は無かった。

 ただ静かに高ぶる心を瞳に宿して。

 

「このところ、途中でジュエルシードの反応が消えるのは貴方のせいね。

 貴方、ジュエルシードを集めているのね。

 何の為? ジュエルシードがどういうものなのか、解っているのっ!」

 

 爆発する感情。

 それは悲しみであり、怒り。

 過去から連なるアリサの意思が、少女の行動を否定する。

 

「……知っている。

 そして、それはあの人が望むから」

 

 少女は静かにそう告げた。

 感情の見えない、ただの音としての声。

 

「あの人?」

 

 少女の答えに更なる問いをぶつけるアリサ。

 最早殺意すら混じる視線をもって。

 

 だがそこへ、もう1つの気配が出現した。 

 

「ごちゃごちゃ五月蝿いね。

 話なんて無意味さ」

 

 現れたのは赤橙色の獣。

 こちらの世界で言うならば狼に近い種類の獣だ。

 そんな獣がなのは達の前に現れ、言葉を発した。

 更に、

 

 キィィンッ!

    シュバンッ!

 

 獣から燈の色の光が弾けたかと思うと、そこには女性が立っていた。

 先の獣の毛皮と同じ色の髪の女性だ。

 それは、久遠の変身に良く似ていた。

 

「使い魔!」

 

 使い魔。

 魔導師と契約を結んだ魔導師のパートナー。

 常に契約者から魔力の供給を受けて生きる存在。

 高性能な使い魔程、常時供給として必要とされる魔力が高くなり、魔導師としての格が問われる。

 

 つまりは、使い魔は持っているだけでその魔導師の評価対象となりえるものだ。

 

 封印魔法という大魔法を、使い魔を従えた状態で使用できる者。

 その魔力の高さはアリサを凌ぐであろう事は間違えない。

 

「フェイト、私はこいつらをやるよ」

 

「お願い」

 

 現れた使い魔はアリサと久遠と対峙し、少女はなのはだけを見る。

 それは主力がなのはだと見抜いた上での事だろう。

 主人にメイン任せ、使い魔である自分は邪魔者を相手にするという意だ。

 

「じゃあ、始めようか!」

 

 赤橙の使い魔が空を駆け、アリサへと襲いかける。

 使い魔の服装はかなりの軽装で、白いシャツとショートパンツというもの。

 それはバリアジャケットであり、身を護る為の防御服である筈だ。

 少女の方もそうだが、身を覆う為に実体化している部分が薄く、少ない。

 バリアジャケットは布の量で防御力が確定する訳ではないが、見た目と防御力はほぼ近似となる。

 だから、2人は防御力が低いのは解る。

 ただ、使い魔の方は両手が手甲の様な物で覆われているし、少女が使うデバイスは先ほど鎌に変形した。

 

 2人共接近戦タイプと判断できる。

 そして事実、使い魔は拳に魔力を込めて飛んできている。

 

「くっ!」

 

 アリサは防御魔法を形成するが、しかし弱い。

 結界展開だけで精一杯だというのに、無理な変身で実のところ魔力はもう残っていない。

 

「アリサ!」

 

 そこへ久遠が前にでる。

 

 ガキィィンッ!

 

 久遠の爪と赤燈の使い魔の拳が衝突する。

 雷の力と赤燈の獣の魔力がショートし、小さな爆発がいくつも起きる。

 

「すごい力だねぇ。

 でも、これはどう? チェーンバインド!」

 

 キィィンッ!

   ジャリィィィンッ!

 

 魔法の名が告げられると同時に使い魔の足元に魔法陣が展開し、拳の先から魔力の鎖が発射される。

 それは、すでに零距離まで詰めていた久遠と、すぐ背に居たアリサに絡みつく。

 

「なっ! 魔法まで!」

 

「これは!」

 

 それは拘束魔法のチェーンバインド。

 名と姿の通り、魔力で編まれた鎖で敵を拘束するもの。

 久遠は初めて経験する魔法に戸惑い、アリサはこの魔法の精度に驚愕する。

 

 雷の力で打ち破りたいが、アリサも一緒に拘束されているのではそれができない。

 アリサはこれを解除しようと試みるが、魔力の問題以前にその精度によって解除もできそうにはなかった。

 

 これ程のバインド魔法を使える使い魔となると、かなり高性能な使い魔と言える。

 それはつまり―――

 

「アリサちゃん! くーちゃん!」

 

 友の危機に声を上げるなのは。

 しかし、助けに行くことは出来ない。

 何故なら、

 

『Photon Lancer』

 

 キィィンッ

   ズダダダダンッ!!

 

 杖の先端に光が収束し、光の魔弾が放たれる。

 

 少女の攻撃に容赦は無かった。

 視線を外したなのはに向かって4発の魔弾が撃ち込まれる。

 

(回避……

 反撃……)

 

 展開中のバトルモードから戦闘理論が流れる。

 攻撃を回避し、相手を打ち破る手段が提示される。

 だが、

 

(ダメ!)

 

 なのははそれを拒否した。

 相手がジュエルシードならば兎も角、人に攻撃をする事などなのはは出来ない。

 

Protection

 

 キィィィンッ!

      ダダダダンッ!!

 

 戦いを拒むなのはは攻撃に対して防御を発動させた。

 しかし、バリアによって攻撃は防いだが、バリアに衝突した魔弾で視界がなくなる。

 

(移動……)

 

Flier Fin

 

 ブワンッ!

 

 戦闘理論により、その場にとどまることは危険と告げられ、なのはは空に逃れる。

 だが、次どうしていいかなのはには解らなかった。

 戦闘理論は反撃を提示するが、なのははそれを拒み続ける。

 

 なのははまだ事態が上手く呑み込めていない。

 何故この少女達が襲ってくるのか解らない。

 だから、少女達が襲ってくるからといって反撃する事ができない。

 

 この状況が解らない。

 どうして争わなければならないのか。

 だから、なのはは話をしよう、そう考えた。

 まだ、何故少女がジュエルシードを集めているのか、何故自分達を襲うのか解らない。

 ならば、理解する事から始めたい。

 そう願った。

 

 しかし、

 

『Scythe form

 Setup』

 

 ガキィンッ!

   ヴォウンッ!

 

 少女は既に動いていた。

 

『Arc Saber』

 

 ヒュンゥッ!

 

 魔弾の爆発の中から上昇してきたなのはに光の大鎌の刃が放たれる。

 先のジュエルシードがカタチとした願い、全てを拒絶する魔力の渦を切り裂いた刃だ。

 

「あ!」

 

Protection

 

 キィィィンッ!

 

 少女に声を掛け様と思っていたなのはは、慌てて防御を展開する。

 自分が全力射撃でなければ貫けぬと判断したモノを切り裂いた攻撃。

 なのはは両手でレイジングハートを前に構え、今在る魔力のほとんどをバリアに回す。

 

(回避……)

 

 そうして尚、戦闘理論は回避を提示する。

 受けきれぬと、そう判断されたのだ。

 

 ズガガガガガッ!

 

 バリアと衝突し火花を散らす光の刃。

 突破されるのは時間の問題だった。

 なのはは、なんとか受け流す様に回避しようと考える。

 

 だが、なのはは気付いた。

 この光の刃の先。

 光の刃を放った筈の少女の姿が無い事を。

 

 同時に思い出す。

 少女とジュエルシードの戦闘を。

 己の放った刃に追いつく程の高速で駆け抜け、渦の切れた一瞬で、ジュエルシードの前まで移動した少女の姿を。

 

(あ……)

 

 なのはは危険を感じた。

 死の恐怖と呼べるかもしれない。

 その瞬間だった。

 

 トクンッ

 

 突如、なのはの視界がおかしくなった。

 世界全てモノクロになり、全ての動きが急激に遅くなる。

 だが、1つだけ色を持ち、且つ高速で動くものがあった。

 視界を端を掠める金色の髪。

 

 少女が高速移動魔法をもって動く姿だ。

 

 後に知る事となるその魔法、名を『Blitz Action』。

 いかに相手が集中してみていても、一瞬は見失う超加速を得る魔法。

 効果は僅か一瞬であるが、その一瞬で相手に見失わせ、且つ瞬時に移動できるものだ。

 

 その魔法をもって移動した少女の姿をなのはは捉えた。

 

(防御を……)

 

 そう思ったなのはは、杖を持っていた左手を離し、肩の上から後ろに向けた。

 そして、防御魔法を構築する。

 

 キィィンッ!

 

 だが、そこへすぐに攻撃がきた。

 

 ヒュンッ!

   バキィィンッ!

 

 少女が手に持っていた光の大鎌による斬撃だ。

 なのははデバイスの力を借りず、なのは自身だけの力でシールド魔法を構築する。

 前方の攻撃を防ぐのに、既にバリア魔法をデバイスで展開している為だ。

 だが、その展開が間に合わず止める事ができなかった。

 しかし、軌道を逸らす事ができ斬撃という攻撃自体は防ぐ事ができた。

 

「っ!」

 

 なのはからは見えないが、少女は驚愕する。

 今の自分の攻撃を見切られたことにだ。

 先程見せた為、超高速移動については警戒されているかもしれないとは思っていた。

 しかし、今なのは完全に攻撃位置を見抜いて防御を展開しようとしたのだ。

 それを、驚いている。

 

 なのはは確かに少女の追撃を防いだ。

 追撃は防いだのだ。

 だがしかし……

 

 バキィィンッ

   

 それとほぼ同時に、前面に展開していたバリアが破られた。

 最初に放たれていた光の刃によって。

 そして、

 

 ズダァァァンッ!

 

「ぁっ!!」

 

 その回転する刃はなのはを切り刻む。

 威力のほとんどはバリアによって削られた上にバリアジャケットがある。

 しかし、それでもなのはは初めて受ける魔力攻撃による魔力の消失と、その魔法による衝撃に、声にならない声を上げた。

 そして、

 

「あ……」

 

 フッ……

 

 意識が遠のき、ゆっくりと落下するなのは。

 飛行魔法が一気に消え自由落下にならないのは、最後に残ったなのはの意思によるもの。

 

 ドサッ!

 

 だが、それだけだ。

 着地する事はできず、なのはは地面に叩きつけられる事になった。

 落下するより遥かに衝撃は少なくとも、その衝撃で残っていた意識も失いかける。

 

「「なのは!」」

 

 アリサと久遠が声を上げる。

 友が敗れ、傷ついた事に。

 

「あ……あああああああああっ!!」

 

 更に久遠は怒りから力を上げていく。

 嘗て失った大切なもの。

 それを再び失おうとしているのだ、黙っていられる訳がない。

 しかし、アリサが居るから雷の力を暴走させる訳にはいかない。

 ならばと、ただ純粋に力を上げる。

 邪魔な鎖を引きちぎる為の力を。

 

「く、これは……

 フェイト、あまり持たないかも!」

 

 力任せにバインドを破ろうとする久遠に脅威を感じ、主へ報告する使い魔。

 既に鎖はヒビが入り、使い魔の補強だけではもちそうもない。

 解かれるのではなく砕かれる。

 それも単純な力で。

 それは本来なら在り得ない事なのだ。

 

「ええ」

 

 フッ!

 

 少女は動いた。

 地に伏したなのはに向かって。

 その手に光の大鎌を掲げて。

 

 ヒュンッ!

 

 振り下ろされる光の大鎌。

 その向かう先はなのはの持つレイジングハートだ。

 もう二度となのはを戦えなくする為に、デバイスを破壊しようと言うのだろう。

 同時に、中に収納されているジュエルシードも奪う目的もあると推測される。

 

「っ! レイジングハートッ!!」

 

 少女の意図を悟ったアリサが叫ぶ。

 それを破壊されてはもう戦い続ける事はかなわないだろう。

 しかし何よりも、それはなのはに預けている自分のデバイスだ。

 家族と共に作った大切なもの。

 それが、破壊されようとしている。

 嘆かない筈はない。

 

「……ごめんね」

 

 光の刃が振り下ろされるその瞬間、なのはは落下の時に打った為か、酷い頭痛で半ば失いかけた意識の中で声を聞いた。

 それは何に対する謝罪だったのだろうか。

 同時に霞む目で見るのは少女の瞳。

 その瞳に宿る思い。

 それは―――

 

 だが、それを見るより先に、涙で更に視界が霞んで消える。

 意思ある魔法の杖であり、預かっているだけとはいえパートナーであるデバイス、レイジングハートを破壊されるらしい。

 友の声と、少女が刃を向ける先で解った。

 それが、とても悲しかった。

 

 

 

 だが、その時だ。

 

 ガキィンッ!

 

 光の大鎌が止められた。

 そこに突如として出現した漆黒の棍によって。

 

 それを持つ仮面の男によってだ。

 

「!!」

 

 驚愕する少女達。

 それも当然だろう。

 今、いったい何時の間にこの男は現れたのだろうか。

 一体どこから、どうやってなのはと少女の間に入ったというのか。

 転移魔法を使ったところでこんな出現の仕方は出来ない筈だ。

 少女と同じ超高速移動魔法を使ったとしても、それを使い移動できる範囲には、先まで誰も居なかった筈だ。

 

 だが事実として男はそこにいて、少女の攻撃を止めている。

 そして、その口が開いた。

 

「退け、まだ早い」

 

「っ!?」

 

 その言葉で、少女は飛び退いた。

 突然現れておきながら、その言葉の重さは反射的に退かせる程のものだった。

 そして冷静に考えても、この状況、退くのが得策であろう。

 

「フェイト!」

 

「……退くよ」

 

「了解!」

 

 パリィィンッ!

 

 そして、使い魔と合流した少女は男を見ながらその場から姿を消した。

 結界を解除する時の、その衝撃を目暗ましとして使って。

 

「くっ……

 貴方は……

 え?」

 

 拘束も解かれ視界が戻った後、アリサは男に声を掛けようとした。

 だが、そこには男の姿は無かった。

 ただ現実世界に戻り、ジュエルシードの持ち手だった2人の少女と、なのはが横たわるだけ。

 

「一体、何が起きているの……」

 

 次々と起こる不測にして理解不能の事態。

 泣き出したい衝動がアリサを襲う。

 

「なのは!」

 

 しかし、泣いてなどいられない。

 久遠がなのはに駆け寄り、抱き起こす。

 

 そう、負けたのだ。

 あの少女達に。

 そして、ジュエルシードのいくつかは彼女達の手に在る事も判明した。

 これから一体どうなって行くのだろうか。

 

 

 

 日は沈み、夜となっていた。

 まだ月すら昇らず、空はただ闇が支配していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 某所 とあるマンションの一室

 

 街の夜景が見渡せる高層マンションの最上階。

 その一室から街を見下ろす女性がいた。

 

「ただいま戻りました」

 

 そして、その後ろに跪く少女と赤橙の獣。

 

「ずいぶん遅かったわね」

 

 そんな2人に向けるのは、感情の無い声。

 

「申し訳ありません。

 先にジュエルシードを収集していた者達と遭遇し、戦闘になりましたので」

 

「そう」

 

 少女も、女性も何の感情も見せずただ報告をし、それを受けているだけ。

 この場は、ただ声が響くだけの冷たい空間だった。

 

 だが、

 

「到着は後でしたが、私が封印し、持ち帰りました。

 また、先に集めていた者達ですが、1人は己を時空管理局のアリサ・B・ハラオウンだと名乗りました」

 

「……そう」

 

 少女のその報告。

 最後に出てきた名前。

 それにより、女性は一瞬だけ心を動かした。

 ほんの一瞬だけ。

 その感情がなんだったか、少女も気付くことはできなかった。

 

「それと、後から仮面を着けた男が現れました。

 少なくともAAA級以上の魔導師であろう強い魔力を感じました」

 

「仮面の男、ねぇ……」

 

 更にその最後の報告にも何かを感じている様であったが、それまた一瞬の事。

 向き合っていたならば、あるいは気付けたのかもしれないが。

 

「いいわ、下がりなさい」

 

「了解」

 

「……」

 

 女性の言葉に、少女と獣は部屋を出る。

 そして、1人になって女性は一度溜息を吐いた。

 その一呼吸で何を吐き出したのか。

 知る者は居ない。

 

 

 

 

 

第4話へ

 

 

 

 

 

 後書き

 

 第3話完成。

 そして、アニメ版のなのはのライバル登場の話。

 やっぱり今回のメインはこれです。

 でも、『はじめに』にも書きましたが、原作と違う設定使ってますのでご注意を。

 オリジナルキャラクターも出してますしね。

 ですが、私はハッピーエンド至上主義なので、その点だけはご安心を。

 

 まあ、ここら辺も原作でふと思ったことを考えた末の変更です。

 後は今後の展開という事で。

 

 と言うわけで、次回もよろしくおねがいします。








管理人の感想


 T-SAKA氏に第3話を投稿していただきました。



 アリサの考えや台詞を読むと、とてもなのはと同い年には見えない。

 まぁ大人に混じってた所為で精神年齢高いのでしょうね。

 一瞬おばさんくさいとか思ったりもしてしまいましたが。


 そして、今回のメインはフェイト嬢の登場。

 一部ではなのはより人気があるようですねぇ。

 SS界だと確実に上回っているそうですが。

 これから彼女とオリキャラらしい女性がどう絡んでくるか楽しみなところです。



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