輝きの名前は

第7話 それは見失った道

 

 

 

 

 

 朝 高町家

 

 前回のジュエルシード発動から2日が経過した朝。

 高町家の庭から人の声が聞こえた。

 

「赤星さん」

 

「お、なのはちゃん、おはよう」

 

 縁側に立つなのはが庭にいる赤星に声をかけた。

 返ってくるのはなのはがよく知る普段通りの赤星の笑顔。

 いや、むしろ前よりも爽やかな気もする。

 

「もう大丈夫なんですか?」

 

「ああ、まあね。

 一昨日はありがとうね。

 それにしても情けない。

 元剣道部部長が通り魔に襲われて倒れるなんて。

 しかも何も覚えてないし」

 

「きっと不意打ちだったからですよ」

 

 あの日、ジュエルシードの被害者だった赤星は酷い怪我をしていた。

 その為、あの男もあの少女も立ち去った後、アリサが治療しつつ救急車を呼んで病院に運んだ。

 その際、なのはは父の墓参りに行く途中で倒れているのを見つけた事にしており、倒れていた場所も藤見台の前という事になっている。

 

 それから一晩で目を覚ました赤星は昨日の昼過ぎに退院したらしい。

 更に一夜明けて、今ここにいる。

 

「うん、そうかもしれなけどね。

 でもやっぱ情けなくてね、少しお姉さん借りてるよ」

 

「はい、がんばってください」

 

 赤星が普段通りだから、なのはも普段通りに振舞う。

 そして、赤星は高町家の道場に入っていく。

 姉美由希と朝の鍛錬をしているのだ。

 

 本当は兄恭也の方が良いのだろうが、今兄は家に居ない。

 倒れた話を聞いて病院に出向いたという話は聞いたし、退院後も少し話をしたというのも聞いている。

 とりあえず、今は姉美由希の鍛錬に付き合う事でその代わりとし、赤星は歩み始めていた。

 

「赤星さん……」

 

 あの時、あの男は結界を展開し、なのは達を入れなかった。  

 そのせいで赤星が一体何を想っていたのか解らない。

 ジュエルシードがそれをどんなカタチにしたのかも。

 

 だが、それでも赤星は歩き、先へと進んでいた。

 何があったかも覚えていない筈なのに、それでも強く、真っ直ぐに。

 

「わたしは……」

 

 しかし自分はどうだろうか。

 あの少女とは話もできず、あの男の妨害に対して何もできていない。

 

 自分は今、歩いているのだろうか。

 先へ進めているのだろうか。

 

 それすら、もう闇に隠れて見えなくなっていた。

 

 

 

 

 

 その日の夕方 なのはの部屋

 

 学校から帰り、久遠と合流したなのは。

 昨日は赤星治療の為に1日中ダウンしていたアリサも回復し、起きてきている。

 3人が揃い、部屋で行われるのは会議。

 議題は勿論―――あの男の事。

 

「ついに、と言うべきなのか……

 これでもう完全に敵対ね」

 

「うん」

 

「……」

 

 先日のあの男の行動、それは今までのものとは違うものだった。

 今までは何処に隠れているかは解らないが、突然現れてジュエルシード封印の援護をするか、もしくはあの少女となのは達との戦いに決着が付く事を防いできた。

 だが、

 

「一体どんな想いだったのかは解らないけど、一般人を負傷させるなんて……」

 

 許せない事の1つ。

 侵入を拒む結界を展開し、なのは達もあの少女達も中に入れずに1人でジュエルシードの持ち手と戦った。

 その結果として、結界を解いた後に残されたのは血を流して倒れている赤星だった。

 

 それは戦いの結果とはいえ、一般人に危害を加えたと言う事だ。

 

「うん……

 アリサちゃんがいてくれて本当によかった」

 

「当然のことよ」

 

 心からアリサの治療魔法に感謝するなのは。

 そのおかげで赤星は今朝にはもう元通りになったのだから。

 

 アリサの治療魔法、『フィジカルヒール』。

 肉体の負傷や体力の消耗などを回復する魔法である。

 術者という外部からのエネルギーをもって対象者の自然治癒力を促進、回復させる。

 外部からのエネルギー(アリサの魔力)を得ている為、対象者はダメージ回復に体力等を殆ど消費する事が無い上に即効性だ。

 

 基本的な回復魔法であるが、しかし使用するには医学の知識が必要である為、現状なのはでは使う事はできない。

 また、基本的に自然治癒力の促進でしかない為、大怪我は治療する事ができない。

 あくまで応急処置レベルの治療魔法である。

 

 尚、普段なのはが夜出撃しても翌日平気なのは、この魔法で体力回復をしてもらっているからだ。

 また、戦闘理論魔法の使用によって、本来ならなのはにはできない動きをする事による筋肉組織の損傷―――まあ筋肉痛であるが、それもこれで予防している。

 

「まあ、あれだけの治療しかできなかったのに、一昼夜で全快しているところを考えると、元々そんなに大した怪我じゃなかったのかもね。

 割と変な負傷の仕方だったんだけど……」

 

 軽く診断して治療魔法をかけたのだが、赤星の負傷は外傷とは少し違った。

 内部から破壊されている感じだったのだ。

 それも全面的に。

 どんな攻撃を受けたのか、というところまでは解らなかったが、深い傷だと思っていた。

 

 そう診断しながらも、なのはの治療分と時間の関係もあるので、あまり満足な治療はできなかったのだ。

 治療魔法は通常の魔法と比べて非常に消費魔力が多い。

 結界展開などで力を使わなかったとはいえ、2人分の完璧な治療は今のアリサにはできなかった。

 それなのにもう平気と言う事は、その時の心配は考えすぎだったのか、それとも―――

 

「まあ、兎も角彼の事はもう良いとしましょう。

 それよりあの男の事。

 何番かは解らないけどジュエルシードを持って行かれてしまったわ」

 

「うん……」

 

「……」

 

 赤星の事もそうだが、無事だったのもあり、なのは達にとってより重要な事へと話を移す。

 それはあの男がジュエルシードを持ち去った事だ。

 今まではジュエルシードが目の前にあっても置いて行ったのにだ。

 

「まったく、行動に一貫性が感じられないわね。

 何が目的なのか……

 兎も角、ジュエルシードを持っていかれた以上、今後何らかの形で取り戻さないといけないわ。

 十中八九戦って奪う事になるけど……」

 

「そうだね……」

 

 なのはに覇気はない。

 あの少女とすら戦う事を避けたいのに、また人同士の戦いが起きるのだ。

 なのははそれが辛いが、しかし戦う事は避けられないと思っている。

 

「でも強いよ、あの人」

 

 そして久遠が述べる事実。

 それは、結界を構築するアリサすらその侵入に気付けず、なのは達よりも高い魔力を持ち、ジュエルシードの防衛機構の大群を簡単になぎ払う戦闘力。

 どれ1つをとっても恐ろしい事である。

 魔導師として数段上の存在である事に間違いない。

 

「そうね。

 でも、もう少しで私も全快するから、その時は3人で力を合わせてがんばりましょう」

 

 だがそれでもアリサは諦めない。

 最終的に力を使い切ってしまう事が多く、体調の回復は遅れているが、この世界にも大分慣れたのだから、それももう少しで何とかなる。

 だからその後なら、なのはと久遠とアリサの3人で戦う事ができたのなら、きっとなんとかなる―――いや、してみせる。

 

「うん、3人ならきっと大丈夫」

 

「そうだね、久遠達はアイツよりもきっと強いよ」

 

 それはなのはも笑みを浮かべて頷く。

 きっと3人で力を合わせたなら、あの男にも負けたりしない。

 例え全ての面で劣っていても、力を合わせれば越えられる、そうしてみせると強く、強く想っている。

 

「今後の方針としては……

 とりあえず、ジュエルシードを最優先で、あの子やあの男が出てきたら、最善を尽くしつつ危なくなったら撤退。

 と言う感じかな」

 

「うん、それでいいと思う」

 

「くぅん。

 今は仕方ないよ」

 

 逃げると言う事が前提に存在してしまう。

 だが力に差がある今は仕方ない。

 そう、久遠が言う様に、今、はだ。

 

「さて、後は―――」

 

 話も一段落したところで、アリサは準備を始める。

 通信の準備だ。

 

 前回の通信から3日。

 頼んでおいた情報はそろそろ出ている頃だろう。

 

「アースラ、聞こえる?」

 

『はいはいエイミィさんですよ〜』

 

 アリサの呼びかけに応えるのは若い女性の声。

 アリサの乗っている巡航艦アースラの管制官であるエイミィだ。

 前回とは違いすんなりと回線は構築され、声も鮮明だ。

 

「3日ぶり、エイミィ。

 さっそくで悪いんだけど、前に頼んだ情報はどうなった?」

 

 魔力の問題もあり挨拶もそこそこに本題に入るアリサ。

 本当なら久しく会っていない仲間と交わしたい会話もあるだろうが、今はそれどころではない。

 

『見つけたわよ。

 とりあえず、女の子の方だけど。

 出された条件で出てきたのが一件』

 

 あの少女についての情報。

 それがあると言う。

 息を呑んで聞くなのは達。

 

『AAAクラスになりうる、アリサちゃんと近い年頃の女の子の死亡記録。

 加えて金髪で瞳の色は紅。

 その特徴に当てはまったのは―――『アリシア テスタロッサ』。

 記録によると10年前に死亡、享年8歳で死因は事故死。

 魔法の暴走事故だったそうよ。

 ただ、魔力はあまり高くなかったらしいんだけど、母親は『プレシア テスタロッサ』。

 Sクラスの大魔導師よ。

 元々いろいろな研究に携わってたんだけど、娘さんを亡くした後は高度魔法生命体の研究をしてた、という以外は不明。

 消息も7年前に絶っていて、行方不明者として扱われているわ』

 

「高度魔法生命体?」

 

 情報の中に1つ気になる単語があった。

 それをアリサが呟き、問となった。

 

『あ、うん。

 高度魔法生命体。

 そう言う研究をしてたらしい、と言う記録はあるの。

 でも内容が―――失踪前にすべて消されてたらしいわ』

 

「へぇ……」

 

 新たな謎。

 研究者がその研究の成果を残さない。

 普通は在り得ない事だ。

 

 まだアリシアと言う子とあの少女が繋がった確証は無い。

 しかし、憶測ができてしまう条件が揃っている。

 

『後は、アリシアって子は使い魔も持っていたみたいなんだけど……そうらしいと言う情報しか見つからなかったわ』

 

 付け加えられた情報は検索条件から外したもの。

 条件としては適切ではないとしたものだ。

 だからそれは有効な情報ではない筈だ。

 普通に考えれば。

 

「使い魔の名前か、どんな姿かというのも解りませんか?」

 

 問うたのはなのは。

 何故かその事が気になって、アリサの通信の邪魔をするつもりはなかったが、しかし尋ねる。

 

『うん、全く。

 写真でもあればよかったんだけど、名前すら記録には……

 って、今の誰? アリサちゃんじゃないわよね?』

 

 答えは返ってきたが、やはり疑問の声も上がる。

 当然だろう、まだエイミィにはなのは達の紹介をしていないのだから。

 

「私の協力者よ。

 こっちの世界の人で、高町 なのは」

 

「よろしくおねがいします」

 

「それともう1人、久遠」

 

「よろしく」

 

「なのはは私と大体同年代。

 久遠はちょっと特殊だけど、今の外見は私と同じ感じ」

 

 丁度いいと紹介をするアリサ。

 魔力も今回はそこまで切羽詰っている訳ではないので問題はない。

 尤も、長話ができるほどの余裕はないが。

 

『よろしく〜、アースラの通信主任兼執務官補佐のエイミィ・リミエッタです。

 かわいい声ね〜、顔が見えないのが残念だわ』

 

 本当に残念そうな声が聞こえる。

 因みに通信自体は上手く言っているが音声のみ。

 映像は相変わらず送受信できていない。

 映像を半ばカットしているからこそちゃんと通信が成り立っているとも言える状況だ。

 

「かわいいわよ〜。

 クロノなら間違いなく目を合わせただけで顔を真っ赤にするわ。

 なのはは特にクロノの好みだろうし」

 

『そうなんだ〜。

 へぇ〜、クロノ君の好みね〜、ますます見てみたいな〜』

 

 かなり楽しげな2人。

 その標的は1人の人物。

 アリサの義理の兄である人だ。

 

「ア、アリサちゃん?」

 

 一応にも自分の話題で怪しげな会話をする2人であるが、なのはは自分の事をダシにされている自覚は足りない。

 ただ、自分の事をかわいいと言っていることに対しては少々恥ずかしそうではある。

 

「おっと、ごめんごめん。

 ところで、家のアホ兄さんは?」

 

 なのはには解らない話をした事を詫びつつ、件の人物を呼ぶ。

 通信に参加していない兄の事を。

 

 アリサはアホ兄さん、などと呼んでいるが、しかしそこには親しみを感じる。

 親しいが故に出てしまうちょっとしたテレだろうと、そうなのはは思えた。

 

『ん? あ、クロノ君? え〜っと……

 あ〜、今ちょっと忙しくて』

 

 少し歯切れの悪い答え。

 しかし、最後の言葉でアリサの表情が変わった。

 

「あ……ごめん、私のせいよね。

 リンディ艦長も不在ではクロノ執務官が代理を務めなきゃならないし、今の状況も……」

 

 今のアースラが置かれている状況を思い出すアリサ。

 同時に兄の呼び方も変わる。

 家族の呼び方から上司の呼び方に。

 

『うん、流石に艦長すら不在だとね。

 でも、貴方のせいじゃないからね』

 

「ありがとう、エイミィ。

 あ、後頼んでいたもう1つの情報は?」

 

 落ち込んでいても仕方が無いと、気持ちを切り替えるアリサ。

 同時に、魔力も余裕がなくなってきたので通信の目的を果たそうとする。

 

『もう一件、棍使いの結界魔導師ね?

 でも、こっちは情報らしい情報がなかったわ。

 アリサちゃんの結界を抜けるって時点で結構絞れはするけど……

 ただ、出てきた人は所在が掴めるのよ』

 

「そう……」

 

 今アースラ側で所在が掴めるという事は、ここにいる者ではないだろう。

 その情報は役に立たない。

 

『もう少し何か魔法に特徴を見つけたら教えてね』

 

「うん。

 じゃあ、そろそろ魔力もギリギリだから切るわね」

 

『ええ、がんばってね』

 

「そっちもね」

 

 ィィン……

 

 前回とは違い徐々に魔法陣が消えてゆき、通信魔法が終了する。

 

「ふぅ……」

 

「おつかれさま」

 

「おつかれさま」

 

「うん」

 

 アリサを労うなのはと久遠。

 アリサは少し笑みを浮かべて応える。

 だが、次には神妙な顔になってしまう。

 

「それにしても、結局のところあまり有力な情報は得られなかったわね」

 

「……うん」

 

 今回の通信の事を振り返る。

 あの少女の事も情報自体はあったが、それも今後の戦闘に役に立つかは解らない。

 そもそも『アリシア』という人物があの少女と関わりがあるかもまだ確証がない。

 だが、気になる事が多々ある。

 いや、気になる事が多すぎて逆に謎が深まった感じである。

 

 もう1つ、あの男についての情報は無かった。

 こちらは致命的な情報不足のせいだろう。

 せめて1回戦闘して特徴を掴めればなんとかなるかもしれないが……

 

「兎も角、今できる事をするしかないわね」

 

「うん……」

 

 結局のところ、やる事もできる事も変わらない。

 なのは達がやるべき事はあくまで―――

 

「わたし、戦うよ」

 

 誓う様に告げるなのは。

 今まで戦ってきた様に今後もずっと戦うと。

 あの少女とも、あの男とも。

 

「なのは……」

 

「なのは……」

 

 しかし、その瞳には少し暗い影があった。

 迷いの様なものではなく影が。

 言葉にして力強く言うなのはであるが、しかし久遠とアリサは少し心配だった。

 

 なのはは強いが、それ以上に優しい。

 どんな事にも負けないと信じてはいるが、あまりに事態が長期化してしまっている。

 

 だから、やはり少し心配になってしまう。

 優しさ故に、強さ故につぶれてしまうのではないかと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日の午後 月村邸

 

 この日もなのははすずかに誘われ月村の屋敷に来ていた。

 大切な日常の一部。

 戦うなのはが日常でいられる場所。

 だが―――

 

「また、何か大きな悩みを抱えてるんだね」

 

「ごめんね……」

 

 先日1度平気になった筈だった。

 しかし、なのははまた日常の中で戦いの悩みを切り離せずにいた。

 

 だが、それは前回とは違い、大きく日常にも―――そもそもの『高町 なのは』という存在に関わる事であるが故だ。

 

「辛いの?」

 

 すずかはなのはが何をしているかは知らないし、聞こうとはしない。

 だが、ここまでなのはが悩み続けている事は気になるし、少し心配でもある。

 なのはは優しいだけでなく、とても強いと知っている。

 しかしその優しさ故に悩んでいるのではないかと。

 

「辛い、のかな……自分でもよく解らないの」

 

 なのはは答える。

 力なく。

 自分でも解らない自分の事。

 

「なのはちゃん……」

 

「なのはお嬢様……」

 

 そんな姿にすずかも、ファリンも心配そうに見つめる。

 悩む姿は今まで見てきたが、ここまで弱弱しい姿を見た事は無かった。

 それは、なのはが何処か消えてしまいそうな、そう思える様な姿。

 

「わたし、多分変わっちゃってる。

 もうすずかちゃんが知ってるわたしじゃないかもしれない」

 

 泣きそうな瞳で告げる悩み。

 それは今まで戦い続けてきた事で、得たモノと失ったモノ。

 

「わたしはきっと大切な何かを諦めた……」

 

 なのはは戦う力を手に入れた。

 それはまだまだ未熟とはいえ大きな破壊力を行使できる『力』である。

 それと同時に戦う道を選び、人と戦うという道を進んでいる。

 

 避けえぬ人との戦い。

 力の代償の様に失われた、ある筈だったもう1つの道。

 今までなのはが通っていた筈の道で、それは―――

 

「変わらないよ」

 

 だが、そこに言葉を伝える者がいる。

 なのはの目の前に。

 なのはをよく知る者が。

 なのはの強さとはそもそも何であるかを知る友が。

 

「なのはちゃんは何も変わってない。

 たとえなのはちゃんの周りに何かが起きているとしても、なのはちゃんはなのはちゃんだよ」

 

 真っ直ぐな瞳で告げる。

 今悩む友に。

 何も見えなくなっているなのはに。

 

「すずかちゃん……」

 

「今なのはちゃんは答えの見えない悩みを抱えすぎて疲れているだけ。

 でも、なのはちゃんがなのはちゃんである事には変わりない。

 なのはちゃんは今でも私がよく知るなのはちゃんだよ」

 

 笑顔で、明るい光の様に。

 すずかは静かな言葉でそれを伝えた。

 

 それはなのはの悩みの解決には繋がらない。

 しかし、闇の中に立ったなのはの足元を照らす事はできる。

 自分が立っている場所を確認し、目指す先を思い出せる。

 

「すずかちゃん、ありがとう」

 

 涙の浮かびかけた瞳で、しかし今は笑顔で友を見つめる。

 まだ悩みは解けない。

 だが、まだ進み続けることができる。

 

 きっとこれから先―――いつか、答えに辿り着く時まで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方 某所 高層マンション最上階の一室

 

 高級高層マンションの一室。

 その部屋の中央に置かれたソファーで、1人の少女が眠っていた。

 

「フェイト……」

 

 そして、その少女フェイトを見守る赤橙の髪の女性。

 獣の耳と尻尾を持つ少女の使い魔、アルフ。

 

 主に夜間に出現する事の多いジュエルシードを探索、即時封印する為、フェイトは基本的に昼間に休んでいる。

 だが最近は鍛錬を昼間に行い、休む時間は少ない。

 それでもジュエルシードとの戦闘は万全に行えるようにちゃんと体力を残してはいるが、それだけだ。

 元々それに近かったが、最近は眠っている時間以外に安らげる時はない。

 

(フェイトに迷いはない。

 どんな扱いを受けようとも……)

 

 そんなフェイトの傍にいるアルフが考えるのはフェイトの事。

 自分の主であるが、しかし理解しきれぬその心と想い。

 

(逆らえないのは解ってるけど、これじゃ……)

 

 フェイトの主である女はフェイトを道具としてしか見ていない。

 本当にフェイトを生物だと思っているかすら怪しい。

 事実としてフェイトも使い魔であり、魔法生命体だ。

 だが、それでも普通の魔導師は使い魔だからといって蔑む事は無いし、ちゃんと人格を尊重してくれる。

 

 しかし、あの女は蔑むどころか、この少女に対し何の感情すら見せはしない。

 それが余計にアルフには憎く、同時に恐ろしくもあった。

 

(だけどいいさ、フェイトには私が居る。

 私がずっと傍に居る。

 たとえ、フェイトに何があろうとも)

 

 それらはアルフではどうしようもない事。

 だから、アルフは考える、自分にできる事を。

 

(約束だもの。

 ずっと一緒にいると……)

 

 嘗て交わした約束の言葉。

 あの時の互いの想いをそのまま■■としたもの。

 

(…………あれ?

 何か今……)

 

 記憶の中の言葉に靄がかかる。

 大切だった事なのに上手く思い出せない。

 

 けれどその前に、アルフはフェイトと同時に使い魔として誕生した。

 あの女性よってフェイトと契約を交わした事にされ、使い魔としてここに在る。

 だから、そんなに昔の記憶など存在しない筈だ。

 

(ま、いっか。

 過去なんてどうでもいい。

 今の私にとってフェイトが大切で、護りたい。

 それだけがあれば、何もいらない)

 

 アルフは考える事を止め、大切な今だけを想う。

 目の前にいる大切な存在。

 フェイトの手をとって眠りに着いた。

 

 今日も戦いがあるかもしれない。

 だから今は休む。

 戦いに生き残れる様に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜

 

 キィィィンッ

 

「アリサちゃん! くーちゃん!」

 

 深夜、ジュエルシードの起動音が響く。

 ベッドから飛び起き、レイジングハートを掴むなのは。

 

「うん」

 

「OK」

 

 アリサも久遠も即座に起きて立ち上がる。

 出撃する3人に迷いは欠片もない。

 

 それは、少なくともこの時点においては、あくまでジュエルシードを封印する為の出撃だからだ。

 

 

 

 

 

 商店街

 

 深夜の商店街の空に3つの光が舞い降りる。

 現場に到着したなのは達である。

 しかし―――

 

「またっ!」

 

 アリサは思わず叫ぶ。

 何故なら、現場には既に結界が展開されていたのだ。

 前回と同様に、あの少女のものではない結界が。

 

 つまりは―――

 

「あの人……もう来てるんだ」

 

 なのはの瞳が一瞬曇る。

 が、次の瞬間には杖を構える。

 結界を破壊する為の魔法を構築しながら。

 

「……まって、なのは。

 これは―――」

 

 なのはを静止するアリサ。

 だが、自分でもよく訳が解っていない。

 結界を分析していて解った事なのだが、しかし何故―――

 

「入れるわ。

 私達は。

 それにあの子達も入れる。

 そう言う風に設定されてる」

 

 その結界は侵入を拒んではいなかった。

 他の全ては通常通り侵入を許さず、見る事も感じる事もできない。

 だが、なのは達3人と、あの少女達2人は入れる様になっている。

 

 しかし、それは何故なのか。

 それは解らないが、なのはにとっては―――

 

「行こう」

 

「罠かもしれないよ?」

 

 一応、という意味で久遠は言っておく。

 

「それでも、向かい合わなければ何も解らないから」

 

「うん、そうだね」

 

「ええ」

 

 解りきった答えだ。

 だからこれはただの確認。

 今進む道を言葉にし、それを力とする為に。

 

「いくよ」

 

「了解」

 

「ええ」

 

 ォウンッ!

 

 結界の境界に触れ、中へと侵入する3人。

 侵入の一瞬、展開している結界の色が見えた。

 翠の魔力色が。

 

「さあ、誘いにのってやったわよ!」

 

 入るなり、叫ぶアリサ。

 宣戦布告とも取れるものだ。

 しかし、

 

「防げ!」

 

 返ってきた男の声はそんな叫びだった。

 

「え?」

 

 見れば、すぐ近くにジュエルシードの防衛機構がおり、なのは達を見つけていた。

 それは真っ直ぐになのは達の方へと飛んでくる。

 速い、とまでは言わないが、十分な速度で。

 

 なのはは既に戦闘理論魔法を起動している。

 それに久遠も傍にいるから十分迎撃は可能だった。

 

 しかし、それでもなのはは、

 

Wide Area Protection

 

 使用したのはバリア魔法。

 それも久遠とアリサを含む広範囲の半球形のバリア。

 現状なのはができる最大範囲最大出力のものをここに展開した。 

 

 何故そう判断したのかは自分でも解らない。

 戦闘理論魔法は回避を優先させていたのに、それでも。

 敵と判断している男からの声に従い、その上それを全力で行った。

 

 だがそれでも、その声は―――

 

Dark Dagger

 

 ガスッ!

 

 なのはがバリアを展開した直後、目の前に迫る防衛機構の胸に刃が生える。

 それは、背から刺さる短剣の刃。

 更にその直後、

 

 カッ!

    ドッゴォォォォォンッ!!!

 

 防衛機構は閃光に包まれ、爆発した。

 なのはの展開する強力なバリアがあって尚衝撃を感じる大きな爆発が。

 

「なっ!」

 

「これ……」

 

 流石に声を上げて驚くアリサと久遠。

 

「防衛機構が……」

 

 そしてなのはも。

 今の爆発は、男が放っただろうダークダガーという魔法の効力ではない。

 防衛機構自体が爆発したのだ。

 

 何がなんだか解らないなのは。

 しかし、そんな中で恐ろしく思うことがあった。

 それは、爆発の威力ではない。

 

 なのはは見たのだ。

 爆発の一瞬、防衛機構の顔がニヤリと歪んだのを―――

 

「まったく、間の悪い時にきたものだ」

 

 聞こえた男の声になのは達は下を見た。

 そこには仮面の男がおり、その両腕にはあの少女と少女の使い魔が抱えられていた。

 なのはが視線を向けた時には、もう2人とも離れる時であったが。

 

 更によく見れば男はいつものマントを着けていなかった。

 いや―――外したのだろう、なのは達が入ってくる前に、そうせざるを得ない事態が発生したと考えられる。

 それはそう、今抱えていた2人に関するものとして。

 

「……」

 

「……」

 

 男から離れ、並ぶ様に構える少女と使い魔。

 助けられた事にか、複雑そうな顔ではあるが、しかし、状況はそんな事を言っていられない。

 

「アレが今回の相手だ」

 

 男が指す先。

 そこには1人の人間が居た。

 この偽りの世界の商店街の中心に立つスーツ姿の若い男性。

 どこにでも居そうな若いサラリーマン風の男。

 ただ……

 

「ハハハハハハハハハハッ!」

 

 壊れたような……いや、事実壊れた高笑いをしている事を除けば。

 付け加えて、その右手にジュエルシードを握って居る事も普通でない部分であろう。

 更には大量の防衛機構、闇の獣人を従えている。

 

「何を想ったか知らんが、アレは防衛機構に自爆機能を付与したらしい。

 攻撃を食らうか、敵を掴めば爆発する。

 どちらも爆発までにやや時間差はあるが、もし掴まれてしまっては逃げる事も防ぐ事も難しい」

 

 手早く説明する仮面の男。

 その意図こそ解らないものの、言っている事は正しいのだろう。

 

「手堅く攻めるなら遠距離攻撃を使うべきだな。

 あの爆発は受けられるものではない」

 

 爆発の威力についても異存は無い。

 あの少女達も先程体感したのだろう、接近戦用のサイズフォームからデバイスフォームへと己の武器を変形させている。

 

「言う通りにするのもシャクだけど、仕方ないわね。

 なのは、久遠」

 

「OK」

 

「うん」

 

 その場の全員が構える。

 地上の少女も空のなのはも。

 

「さて……」

 

 それに、建物の屋根に上った男も。

 そして―――

 

「ギャオオオオオンッ!」

 

 咆哮と共に、雪崩の如く迫る大量のジュエルシード防衛機構。

 だが、その並び方は計算されたもの。

 決してジュエルシードの持ち手には攻撃が届かぬ様、壁となりつつ、且つなのは達に迫る。

 

 対し、

 

『Photon Lancer』

 

 キィィンッ

   ズダダダダンッ!!

 

Divine Shooter』

 

 キィィンッ 

   シュババババンッ!!

 

 少女の光の槍となのはの光の魔弾。

 少女は5基、なのはは4基の発射台を生成し、連射する。

 単純連続発射で弾幕の如く、しかし正確な射撃で敵を撃ち抜いて行く。

 

「ギギ………」

 

 カッ!

    ドッゴォォォォォンッ!!!

 ズドォォォンッ!!

        ゴォォォォォォンッ!!!

 

 着弾したモノから次々に爆発するジュエルシード防衛機構。

 偽物の世界だから良いものの、周囲の建物は最早跡形も無い。

 

 だが、それでも次から次へと新たな闇の獣人がその爆風の中から飛び出す様に迫ってくる。

 防衛機構の爆風は味方である他の防衛機構には影響を与えない様だ。

 誘爆もしないし、爆風で動きを左右されている様子もほとんど見受けられない。

 

「ふんっ」

 

 ガッ

 

 なのはと少女の攻撃魔法た飛び交う中、仮面の男は立っている建物の屋根、偽物のコンクリートを棍を突き立てて砕く。

 そうして砕かれた破片は宙に舞う。

 その数は小石大のもので十数個。

 

『Dark Coat』

 

 キィィンッ 

 

 先程も聞こえた声。

 男が首から下げる黒い宝玉―――ちょうどなのはのレイジングハートのスタンバイモードと色違いのデバイスの音声。

 発せられるのは静かな大人の女性の声だ。

 

 発動した魔法はなのはが杖の強化に使っているマジックコートと同じタイプのもの。

 その魔法、ダークコートが宙に舞う小石大の破片に掛かる。

 

「はっ!」

 

 ドゥンッ!

 

 仮面の男はその闇のコーティングがなされた破片を蹴った。

 それはあたかも散弾銃かの様に飛び散り、しかし、正確に迫り来る防衛機構に命中する。

 

「ギギ………」

 

 カッ!

    ドッゴォォォォォンッ!!!

 ズドォォォンッ!!

        ゴォォォォォォンッ!!!

 

 破片がぶつかり、爆発する防衛機構達。

 一撃をしてその数約15体。

 なのは達からは正確な数は数え切れなかったが、大体そのくらいは居た筈だ。

 

 時間と数で考え、時間あたりに倒した敵の数はなのは達と大差はないだろう。

 しかし―――

 

「なんて……上手い……」

 

 アリサが声をもらす。

 最初は原始的な方法とも思った。

 だが、この現状に於いてはとても有効な手だ。

 ダークコートという魔法によってコーティングはしているが、それは蹴った衝撃で砕けない様にする為の最低限のもの。

 その僅かな魔力だけで、一撃あたり15体以上の防衛機構を爆破させたのだ。

 

 そもそも、防衛機構は攻撃を受ければ爆発するのだから倒せる程強力な攻撃をする必要は無い。

 残念ながらなのはや少女の攻撃手段よりも何倍も効率が良いだろう。

 

「戦闘経験はかなり上ね……

 更に、そもそもこの結界を維持しながらだし魔力も……」

 

 なのはと久遠にだけ聞こえる様に呟くアリサ。

 今後の事も考えて。

 

 この結界に関しては、アリサよりも上である事は明確だ。

 前回外から全く破壊できなかったし、今もこれだけの爆発が内部でおきながら全く揺らぎが無い。

 もし結界境界面に直撃しても、ヒビ1つ入らないのではないだろうか。

 

(強いのは解ってた。

 けど……)

 

 なのはも思う。

 この男にはまともな手段では勝てないだろうと。

 だが、それ以上に想う。

 不思議な想いを。

 言葉にはできない大切な何か―――

 

(でも今は……)

 

 もう少し仮面の男について考えれば答えが出たかもしれない。

 だが、今はそんな余裕は無い。

 まだ戦闘は続いているのだ。

 

「はぁぁぁっ!」

 

 ズガァァァンッ!

 

 雷で数体まとめて焼き払う久遠。

 命中した敵は全て爆発する事なく消えていく。

 それが雷の特性故なのか、ダメージ量としての問題なのか、兎も角久遠の雷で倒せば爆発は起きないようだ。

 

「このっ!」

 

 ヒュンッ!

 

 少女の使い魔はリング型のバインド魔法を投げる。

 

「ギ……」

 

 ……カッ!

    ドッゴォォォォォンッ!!!

 

 拘束され動きを止めた闇の獣人は、抜け出せない事が解ると自爆する。

 攻撃を受けた時などとくらべるとやや時間を置いて。

 

「くーちゃん」

 

「うん」

 

 それを見たなのはが久遠の名を呼ぶ。

 攻勢に転じる為に。

 久遠はなのはの意図を察し、構えた。

 

「アルフ」

 

「OK」

 

 同時に少女も使い魔の名を呼ぶ。

 そして、使い魔も主である少女の意図を悟った。

 

「ああああああっ!」

 

 バチッ! バチバチッ!

 

 雷の力を収束する久遠。

 

「いくぞ!」

 

 キィィィィンッ!!

 

 1度に10個近い拘束魔法のリングを展開する使い魔。

 

 ガキンッ!

 

Shooting Mode

 Set up

 

『Scythe Form

 Set up』

   

 なのはと少女はデバイスを変形させた。

 己の最も得意とする魔法を、最も効率よく放てる形態へと。

 

『Arc Saber』

 

 ヒュンゥッ!

 

「ギギ……」

 

 カッ!

    ドッゴォォォォォンッ!!!

 

 先に動いたのは少女の方だった。

 アークセイバーを放ち、近くに居た一体が爆発する。

 そして、それによってできた穴を防衛機構達が動く。

 そこに、

 

「いけ!」

 

 ヒュンッ!

 

 敵が動き出したその直後、使い魔が拘束魔法のリングを放つ。

 用意していたものをすべて、ほぼ一直線に。

 

 ガキンッ!

 

 その射線上にいた防衛機構が拘束される。

 その数は11体。

 

「ギギギ……」

 

 動きがとれず、自爆をしようとする防衛機構。

 しかし、それより速く動く者が居る。

 

 ヒュンッ!

 

 拘束された防衛機構のすぐ横を通り過ぎる風。

 それはブリッツアクションをもって高速移動する少女の姿。

 

 今少女とジュエルシードの持ち手の間の直線上の防衛機構はすべて拘束されている。

 本来なら、拘束されても自爆する為大した意味はない筈だった。

 爆風が護りとなるからだ。

 

 だが少女の速さを持ってすれば、拘束から自爆するまでの時間で十分ジュエルシードの持ち手との間の距離を0にできる。

 

「はっ!」

 

 ヒュッ!

 

 光の大鎌となっているデバイスを振るう少女。

 ジュエルシードの持ち手の右手。

 ジュエルシードが握られている手に。

 魔力攻撃に設定されたこの攻撃は、持ち手を傷つけず、しかしジュエルシードを弾くだろう。

 そうして持ち手から離したジュエルシードを零距離封印魔法によって浄化封印するつもりである。

 

 全て上手く行っている様に見えた。

 もう既に少女と持ち手の距離は3m程。

 ブリッツアクションで移動する少女には一瞬の距離だ。

 

 しかし―――

 

(あっ!)

 

 なのはは気付いた。

 今ジュエルシードの持ち手が立っているのは商店街の道の真ん中。

 その持ち手が立つすぐ脇の脇道が存在した。

 そこから、防衛機構が一体飛び出したのだ。

 

 一瞬、少女を助ける事を考えるなのは。

 だが、その思考はすぐに無用となった。

 

 何故なら―――

 

(行ってる。

 なら大丈夫)

 

 なのはには見えた。

 ブリッツアクションで持ち手に迫る少女のすぐ後ろを追う漆黒の影を。

 

 

 

 

 

 アークセイバーという囮とアルフの拘束魔法によって出来た一瞬の道。

 計算されて配置されているからこその穴。

 その計算が、爆発する事を前提としているからだ。

 バインド魔法を受けた時、爆発に時間が掛かるなら、その一瞬の誤差の間に通り抜ければいい。

 

「はっ!」

 

 ヒュッ!

 

 ジュエルシードの持ち手を射程におさめ、フェイトは己のデバイス、バルディッシュを振るう。

 魔力攻撃に設定された光の鎌でジュエルシードを持ち手の手から弾く。

 

 だが、

 

「ギギッ!」

 

 後一歩と言う距離で、声が聞こえた。

 闇の獣人の声。

 それもすぐ真横からだ。

 

「なっ!」

 

 それは伏兵だった。

 建物と建物の間の脇道に隠れ、万が一接近を許した時の為のもの。

 

(ここまで策を……)

 

 その計算がジュエルシードのものなのか、マスタープログラムのものなのか、それともジュエルシードの持ち手のものなのか、フェイトには解らない。

 それを考えている余裕もない。

 

 ガシッ!

   パシッ!

 

 持ち手に向かう事に全力を注いでいたフェイトにこの伏兵を避ける術はなかった。

 纏っているマントと、更には杖の先端を掴まれる。

 恐らくは、逃がさぬ為と、攻撃を阻止する為。

 捕らえたと判断したのか、闇の獣人の顔がニヤリと歪む―――

 

 その時だ。

 

 ヒュンッ!

 

「え?」

 

 掴まれているマントとフェイトの間、掴まれているデバイスの傍を鋭利な何かが通り過ぎたのを感じた。

 あまりにも速く、それが何かは解らなかったが、しかしフェイトは確かに見た。

 そこへ、

 

 バッ!

 

 更に背後から手が回される。

 漆黒の色をし、闇の様に思えるものでありながら、しかし―――暖かい大きな手が。

 

 

 

 

 

 カッ!

    ドッゴォォォォォンッ!!!

   ズドォォォォォンッ!!

      ドゴォォォォォォンッ!!!

 

 少女を掴んでいた防衛機構が自爆し、更に拘束していた防衛機構も爆発する。

 その爆風に少女と男の姿が消える。

 

「フェイト!」

 

 使い魔の声は爆風に消え行くのみ。

 

(大丈夫)

 

 その光景を見ながらも、なのははそう考え、己の作戦を実行に移す。

 何故か確信的に思えるのだ、少女もあの男も無事だと。

 だから、自分のやるべき事を実行する。

 

「ああああああっ!」

 

 まず動いたのは久遠。

 その手に収束される雷の力。

 それが、

 

 ズガァァァァァァァンッ!!

 

 放たれる。

 ほぼ直線的に。

 

「ギ……」

 

 その一撃、爆発する筈の防衛機構は一瞬で塵と化し、爆発もせずに消え行く。

 それがジュエルシードの持ち手の直前まで一直線に放たれる。

 

 そうして開かれる道。

 防衛機構が消え、ジュエルシードの持ち手までの道が開かれた。

 爆発しない為、最早爆風が視界を塞ぐ事も、壁となる事も無い。

 

 だが、倒された防衛機構はまたすぐに増殖し、その道もまた新たな防衛機構で埋められてしまうだろう。

 しかし―――

 

「ディバィィィィン!」

 

 キィィィィンッ!

 

 一瞬でも直線の道が開けたなら、なのはにとってはそれで十分なのだ。

 精密射撃の為に展開する2つの帯状の魔法陣と足元の魔法陣。

 更に杖の柄の先端部から展開する3つの翼。

 合計6つ補助機関を持ってなされるなのはの精密射撃は、一瞬の時間があればそれで…………

 

 ズガァンッ!

 

「ギギギッ!」

 

 だがその時だ。

 なのはの居る場所の真下から音と声が響いた。

 それは建物の天井を破る音と闇の獣人の声。

 

 恐らくは今まで建物中を伝って来たのだろう。

 伏兵はなのはの側にも存在したのだ

 

 バシッ!

   パシッ!

 

「そんなっ!」

 

 杖の先端、紅の宝玉の外枠が掴まれた。

 発射体勢に入っている砲身をだ。

 更に、スカートの裾もつかまれてしまう。

 これでは攻撃の続行も、逃げる事もできない。

 

 そんな中、なのはは目の前で見る。

 闇の獣人がニヤリと笑うのを―――

 

「なのは!」

「なのは!」

 

 友の声が聞こえた。

 突如なのはを押した風と同時に。

 

 カッ!

    ドッゴォォォォォンッ!!!

 

 閃光と爆発。

 

「え?」

 

 だが、なのはにはその衝撃がこなかった。

 ―――いや、届かなかったのだ。

 

「……」

 

 爆発の瞬間、反射的に瞑っていた目を開ければ、そこには仮面の男の背中があった。

 

「ちょっと! いつの間に!」

 

「爆発する奴を叩き落した?!」

 

 アリサと久遠の声でようやく自分が助けられた事を自覚する。

 どうやら直前で目の前に現れたこの男は、レイジングハートを掴んでいた防衛機構をその棍で叩き落したらしい。

 見れば、男の棍の先端は砕けていた。

 爆発の直撃を受けたのだろう。

 掴まれていたスカートは、掴まれていた部分が無くなっている。

 何かの力で切り落とし、その上で叩き落としたのだろう。

 

「あ、ありがとう……」

 

 ほぼ反射的にお礼を言うなのは。

 しかし、それを聞いていないかの様に男は前に出る。

 

「さて、少々厄介な事になったな」

 

 そして、口にした言葉は現状の確認の言葉。

 

「あ……レイジングハート」

 

 見れば己のデバイスの本体ともいえる紅の宝玉にヒビが入っていた。

 先程防衛機構を叩き落す際、デバイスを掴んでいた手の先が残ってしまい、それが爆発してダメージを負ったのだろう。

 魔法を放とうとしていた事を考えれば奇跡的な軽傷だ。

 デバイスが自己判断で魔法のキャンセルを行ったからだが、しかし今の状況からすれば危機である事に変わりは無い。

 

 下を見れば、既にあの少女は使い魔と合流していた。

 そして、少女のデバイスもなのはのレイジングハートと同じ様な状態だった。

 

 それに、男も良く見ればバリアジャケットがボロボロだ。

 先ほど少女を助けた時に負ったものだろう。

 棍は今なのはを助けた事で半壊している。

 それが少女達を助ける事に男が支払った代償。

 

 デバイスの損傷は、相手を甘く見た少女達の代償だ。

 

「……レイジングハート、大丈夫?」

 

『No problem.

 However, a limit is only 1 time.』

 

「バルディッシュ、いける?」

 

Yes ma'am

   

 デバイスへの問いの答えは、1度きりが限度というもの。

 下の少女の方のデバイスは何も言わないが、しかし同じ条件だろう。

 

「では、俺が行くとしよう。

 いいな、なのは、フェイト」

 

 仮面の男は振り返ることもなく2人の少女に呼びかけた。

 

「……」

 

「……」

 

 2人の少女は無言。

 しかし、

 

Sealing Mode』

 

『Sealing Form』

 

『『Set up』』  

 

 ガキンッ!

 

 その手のデバイスは正確にその意思を反映した。

 そして、

 

「仕方ない」

 

「うん」

 

「それしかないなら」

 

 久遠、アリサ、そして少女の使い魔もそれに納得する。

 

「では行くぞ」

 

 背を向けている上、仮面をつけているので男の表情は解らない。

 ただ、そう言って男はジュエルシードの持ち手の下へと走る。

 

 タンッ!

 

 そう、走っている。

 この空を、地上の持ち手へ向けて。

 よく見れば、男が走った後、正確には空に漆黒の羽の様なものが舞っては消えてゆく。

 おそらくは、それが男の飛行魔法の正体。

 

 だがそれは今はいい。

 今は―――

 

「ああああああっ!」

 

 バチッ! バチバチチッ!!

  ズダァァァァァァァンッ!!

 

 まず放たれたのは久遠の雷。

 それによって、先程と同じ様にジュエルシードの持ち手への道を作る。

 その道を仮面の男が行く。

 

 しかし、今の男の速度では、久遠が作った道では間に合わず、到達前に道は閉じてしまうだろう。

 

 今男はなのは達の飛行速度と大して変わらない速度で走っていた。

 もっと速く動ける筈なのにだ。

 

 それは男が囮の役目も担っているからである。

 先程なのはも少女も伏兵によって封印に失敗している。

 だから今近づいている男が全ての闇の獣人の標的となる様に、敢えて速度を落としてる。

 

「いけ!」

 

 ヒュンッ!

    ガキンッ!

 

 続けて放たれたのは少女の使い魔の拘束魔法。

 久遠が作った道を埋めようとする防衛機構の動きを止める。

 これで男が通る間くらいなら道は保たれる。

 男の飛行速度はそもそも先ほどの少女の突撃時に於ける拘束から爆発までの時間を考慮し、計算したギリギリのものだ。

 

 しかし、防衛機構はまだまだ居る。

 動きを止められた防衛機構を越えて他の闇の獣人が道を塞ぐだろう。

 だが、それは―――

 

「まったく、せっかく完成したのに、あの男の援護か……」

 

 ぼやく1人の少女が居る。

 なのはのよりも後ろに立ち、今までずっと魔法の準備をしていた者が。

 

「まあ、仕方ない」

 

 デバイスもなく、本調子でもない少女。

 アリサ・B・ハラオウン。

 時空管理局執務官補佐。

 

「スティンガーブレイド

 エクスキューションシフト」

 

 ブォゥン……

 

 アリサがその名を口にした瞬間、それは展開した。

 アリサの周囲に展開される碧の魔法刃。

 

 その数―――100を下らない。

 

「―――っ!」

「―――っ!」

 

 その光景に封印魔法を準備していたなのはも、下の少女も息を飲む。

 そうだ、なのははもう解るのだ。

 魔法を使い始めてまだ3週間程度であるが、ディバインシューターという同時に複数発射できる魔法を覚えているから。

 

 デバイス無しで、これほどの数の魔法刃を作るのが、どれだけ困難な事か。

 

「ふぅ……やっぱりデバイス無しじゃ半分も出ないわね。

 でも、ま、十分でしょう」

 

 更にぼやく。

 この数で尚普段の半分以下であると。

 

 1発ごとの威力が低いのは、この魔法の元々の性能。

 しかし、弱いが相手のバリア、シールド破壊の能力も備わっており、何よりこの数だ。

 躱す事も、防ぎきる事も困難である。

 

「いけ!」

 

 ズダダダダダダダダダダダンッ!!

 

 今アリサが展開しているスティンガーブレイドは、元々のものより更に威力が低い。

 普段ならその代わりとして数が非常識なものになるのだが、今はその数が出せない。

 また、その数故に元々1発ごとに照準はほとんど定められない

 だが、この相手にならば威力は問題にならないし、それもこの数によってカバーされる範囲には意味の無い話だ。

 

 放たれるのは百の剣。

 壁の如く犇めく闇の獣人に、同じく壁の如く迫る百の魔法刃。

 それによって起こるのは―――

 

「ギギ……」

 

  カッ!

  ズドォォォォォォォォォォォンッ!!!

 

 今居るほぼ全ての防衛機構が爆発する。

 しかしその爆風は、ジュエルシードの持ち手に迫る仮面の男には届かない。

 何故なら、男が通る道を囲む様に少女の使い魔が拘束した防衛機構が居るのだから。

 味方の爆風は攻撃と見なされない事は今までを見ていれば推察できた事だ。

 

「はっ!」

 

「ぐっ!」

 

 ガッ!

 

 ついに男の棍が届いた。

 ジュエルシードの持ち手に。

 その手に握られたジュエルシードに。

 棍で手を打たれた事で、ジュエルシードは男のてから零れ落ちる。

 

 パシッ!

 

 手から離れた一瞬、男はそのジュエルシードを奪い取った。

 

「なのは! フェイト!」

 

 そして、その手をなのは達に向けて差し伸べる。

 

「「封印!」」

 

『Divine Buster』

『Thunder Smasher』

 

 ズバァァァァンッ!!

 ザバァァァァンッ!!

 

 2つのデバイスから放たれる封印の力。

 正確には封印の力をもった2人の最大の射撃魔法だ。

 ただの封印魔法を撃つにはジュエルシードとの距離がある為の魔法。

 両者の魔法は本来撃つには相応しくない形態からの射出となったが、目的が封印であるので射撃用の形態ではなく封印用での発射となっている。

 あくまで浄化封印が目的であるが故に。

 

 その2つの力が、仮面の男の手にあるジュエルシードに降り注ぐ。

 桃色の魔光の砲撃と黄色の雷光の砲撃。

 互いに力を削る事無く、正しく合わさりながら。

 

 全ての障害を振り払い、持ち手を失ったジュエルシードだ。

 これで、封印がなされる。

 

 筈だった―――

 

「ギギギッ!」

 

 そこに闇の獣人が現れた。

 数は1体、2体……まだ増えている。

 今はもう封印が執り行われているという段階であるのに、まだこれ程の数が具現化する。

 

 バシッ!

 

「くっ!」

 

 男は闇の獣人達に掴る。

 だが、男もジュエルシードを離す事はない。

 もう少しで封印も終わるのだ。

 

 2人分の封印の力だ。

 しかもその2つの力が正しく合わさってジュエルシードを浄化封印する。

 だから、いつもよりも速く封印は完了する。

 

『『Sealing』』

 

 キィンッ!

 

 そして、確かにジュエルシードは封印されたのだ。

 なのは達からも少女達からも、男の手があるからナンバーは見えない。

 だがジュエルシードの封印はそのジュエルシードの輝きからも正しく封印されたと解る。

 

 

 それなのに―――

 

「そんな!」

 

 それは誰の言葉だったか。

 誰もがそれ以外の言葉を失ったのだ。

 

「ギギギ……」

 

 闇の獣人が―――消えない。

 しかもニヤリと顔を歪め、自爆体勢に入っている。

 この場にあるジュエルシードはもう封印した筈なのに。

 想いのカタチは浄化した筈なのに―――

 

「ちっ!」

 

 キィィィンッ!

 

 男は翠の魔法陣を展開した。

 その魔法はすぐに魔法が発動する。

 

 ヴォゥンッ!

 

 展開されたのは結界魔法。

 男と残ったジュエルシード防衛機構だけを取り込む世界の隔離。

 なのは達と少女達、そして今回のジュエルシードの被害者を残し、ごく僅かな範囲でだが、既に展開されている結界より強い結界がそこに出現した。

 

「えっ! ちょっと!」

 

 その後、場はただ静寂だけが支配した。

 敵が全ていなくなったのだから……

 

 パリィィィンッ!

 

 程無く、結界が解かれる。

 結界の中の結界も、今なのは達がいる結界も。

 全てが元に戻り、そこには何事も起きなかった商店街が在るだけ。

 

 ―――男の姿も闇の獣人の姿もそこにない。

 

「探さないと……」

 

 なのはがそう言って、動こうとした瞬間だった。

 

 フッ

 

 なのはの身体が傾く。

 なのはの意図しない方向に。

 全身から力が抜けるのも感じる。

 

「なのは!

 いけない、魔力切れだわ。

 久遠」

 

「うん」

 

 倒れるなのはを支える久遠。

 

「くーちゃん、あの人を……」

 

 だが倒れながらなのははあの男を捜そうとする。

 自分でできないのならと久遠にも頼む。

 しかし、今の状況はそれすら許さなかった。

 

「ダメよ、今は戻りましょう。

 貴方もレイジングハートももう限界だし、私も久遠も正直もうもたないわ。

 久遠、撤退」

 

「うん」

 

 アリサの言葉に大人しく従い、なのはを抱いてその場を離れる久遠。

 

 見れば、あの少女達も撤退する様だ。

 あの少女達も似たような状態だろう。

 

「……」

 

 姿の見えないあの男を残し、その場を離れる少女達。

 なのはは動けない体で、ただあの仮面の男の事を想い、気を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝

 

 昨晩倒れたなのはであるが、アリサの治療のおかげでなんとか回復していた。

 魔力も夕方くらいには回復するだろう。

 レイジングハートも自己修復機能が働いているので、こちらも今晩までには全快するらしい。

 

 だから、今日も普通に日常の中にいる。

 

「おはよう、なのはちゃん」

 

「おはよう、すずかちゃん」

 

 いつもの時間、いつものバス。

 いつもの友達。

 

「はぁ……」

 

 だがなのはは、窓の外を見る。

 昨晩どうなったか解らないあの仮面の男の事を思って。

 

 朝少しだけアリサと話た時は、あの時結界が砕けたのではなく解けた、なので生きているだろうとの事。

 しかし、それでも無事とはいかないだろう。

 だからどうしても気になってしまう。

 

「また悩み事?」

 

「うん……ちょっと」

 

 すずかでなくても解ってしまうだろうなのはの現状。

 だが、すずかだからこそする事がある。

 

「そうそう、昨日ね恭也さんがきたんだ。

 今朝まで一緒だったよ」

 

「あ、おにーちゃんまた忍さんのところに?」

 

「うん、ずっと2人で居たみたいだけど……」

 

「そうなんだ……」

 

 何故か最後の部分だけは顔を赤くして言うすずか。

 なのはは単純に兄が昨晩月村邸に居た事だけを認識する。

 

 だが何故だろう。

 そう聞いた時、兄の話を聞いた時、なのはの不安は大きくなった。

 それが何故かは、まだなのははちゃんと自覚する事はできなかった。 

 

 

 

 

 

 その日の夕方 なのはの部屋

 

 学校から帰ったなのはは久遠と合流して部屋でまた会議を行う。

 議題は昨晩の事だ。

 

「まったく、一体何がしたいのかしら。

 本当に行動に一貫性が無いわ」

 

 アリサは少々不機嫌だ。

 なのはを助けたかと思えばあの少女を助け。

 更にジュエルシードを奪ったかと思えば、なのは達全員を庇う。

 

 何を目的として行動しているかが解らないのだ。

 そして、助けられたと言う事に関してもあまり良く思っていない。

 それはつまり、自分達だけではどうしようもなかったと言う事だからだ。

 

「大丈夫かな……」

 

 なのはは呟く、昨晩からずっと思っていた事。

 そして、今も心配なのは変わらない。

 

「大丈夫だと思うわよ。

 あの男、悔しいけど私達よりずっと強いもの。

 流石に無傷じゃないだろうけど」

 

「うん、久遠もそう思うよ」

 

「うん……」

 

 友2人の言葉でも、なのはの不安は解消されない。

 流石に自分を助けてくれた相手でもあるからだろうか、単純には片付かない問題だ。

 

「それより問題は、昨日の敵の強さなのよね。

 デバイスを狙う素振りもあったし……これはあの持ち主の力だったのかしら……」

 

「うん、今までよりずっと強かった」

 

 昨晩の戦いでは、少なくとも防衛機構達は完璧な統制がとれていた。

 今まで本能的に襲ってくる様な感じで、数が厄介だっただけなのに。

 

「レイジングハート、大丈夫?」

 

 昨晩の戦いでヒビが入った紅き宝玉。

 自己修復機能によってもう大部分の傷が直っている。

 これなら後1時間もすれば傷はなくなるだろう。

 

「大丈夫よ、そんなにヤワなデバイスじゃないから。

 でも、正直部品交換も必要無い程度の損傷でよかったわ。

 こっちじゃ部品なんて手に入らないし」

 

 デバイスは魔法の杖であるが、高度技術の結晶体でもある。

 超精密部品を満載し、内部はデリケートな機関もある。

 自己修復機能と部品さえあれば、修理施設がなくともある程度の修復は行えるが、ここではその部品が無い。

 アースラならばインテリジェントデバイスでも新しく組めるくらいの部品が手に入るが、現状では小さな部品でも物質転送で送ってもらう事は不可能だ。

 

「通信システムをもっと改良しないと……

 私のデバイスも送ってもらわなきゃならないし」

 

「そうだね」

 

 既に戦いはかなり大きくなってしまっている。

 アリサの正式な参戦も必要になるかもしれない。

 いや―――既にアリサの力は必要なのだ。

 あの少女はまだしも、あの男と戦うには。

 

「でもアリサって強いんだね」

 

 久遠が昨晩のアリサを思い出す。

 結界発生、回復から始まって拘束魔法までは見ていたが、攻撃魔法を見たのは昨晩が始めてだ。

 その威力は肩書きに恥じないものだと言えるだろう。

 

「まあね。

 一応私も天才と呼ばれたし」

 

 ちょっと自慢げに、しかしやや恥ずかしそうに答えるアリサ。

 今までは力を認めてもらう為、自信をもって答えていたが、こうして褒められる機会があまりなかった。

 だから少し気恥ずかしくも思うのだ。

 

「昨日のはすごかったよ」

 

「た、大したこと無いわよ」

 

 なのはに褒められ頬を赤くするアリサ。

 その真っ直ぐな瞳で言われるとかなり恥ずかしい様だ。

 

「まあ、とりあえず、今日のところはまだ休んだ方がいいわね。

 訓練も中止ね」

 

「うん」

 

「わかった」

 

 話し合いはそれで終わり。

 今日はゆっくり休む事にする。

 なのは達もデバイスも本調子ではないから、今は回復に努める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方 某所 高層マンションの最上階の一室

 

 日が落ち、部屋は暗い。

 だが、そんな部屋のテーブルの上には輝くものがあった。

 三角形に近い五角形と言える形をした手のひらサイズの金色のプレート。

 先程までヒビが少し入っていたのだが、今は完全に元通りの綺麗なプレートである。

 

「バルディッシュ……」

 

 それを見て安堵する少女、フェイト。

 昨晩の戦いで己の油断で破損してしまったのだ。

 このデバイスは使い魔アルフと並ぶフェイトのパートナー。

 破損した上で封印魔法を使ったので、少し心配だったのだ。

 

「フェイト〜。

 あ、起きてる。

 もう身体はいいのかい?」

 

 部屋に入ってくる赤橙の髪の女性、フェイトの使い魔アルフ。

 封印魔法を使うフェイトと違い、アルフはそう大した消耗はしていない。

 

「うん、大丈夫だよ。

 それに―――」

 

 フェイトは封印魔法等で消耗はしていたが、一晩でほとんど回復している。

 それに傷らしい傷は元から無い。

 危ない時はあの男が助けてくれたのだから。

 

「しっかしあの男も解んないねぇ。

 一体なにがしたいのやら」

 

「そうだね……」

 

「それに、アイツの魔法って何か変わってたよね」

 

「うん……」

 

 複雑な想いで昨晩の事を思い出す2人。

 自分達よりも遥かに強い人で、だが目の前で使われた魔法は少し変わったものだと思える。

 ダークダガーにしても、ダークコートにしてもだ。

 自分達はすぐ傍で見たからそれがよく解る。

 

 そしてフェイトにとっては、助けられた時、あの手に抱かれた時のことが思い出される。

 その時の想いは―――

 

「でも……」

 

 フェイトは手に持っていたものを胸に抱く。

 紅い液体が入っていたグラスを。

 

 人間の血を加工して作られた、フェイトが人のカタチを保つ為のもの。

 

(私は人間ではないから……)

 

 人間の姿形で、人間とほとんど同じ器官がありながら、しかし人間ではない存在。

 この液体を飲むたびに思い知らされる。

 

「フェイト?」

 

「なんでもないよ。

 じゃあ、そろそろ行こう」

 

「ああ」

 

 回復したデバイスを持ち、部屋から出るフェイトとアルフ。

 これから夜の街へと。

 ジュエルシードの出現を待つ為に。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜

 

「まったく、2日続けてとはね」

 

「うん、でも仕方ないよ」

 

「まあね。

 封印できるなら文句はないんだけど」

 

「うん……」

 

 話しながら夜の空を飛ぶなのは達。

 今夜もまたジュエルシードの反応を感知したのだ。

 

 昨晩からの疲労はなんとか全員回復している。

 レイジングハートも修復が終わっている。

 全快とはいかないが、それでも十分に戦えるだろう。

 

 昨晩の戦いの事はまだ何も解決していない。

 だが、新たにジュエルシードの被害者が出ているなら、そんな事は関係ない。

 

 

 

 

 

 住宅街

 

 深夜の住宅街。

 人気の無い十字路に1人の少年が立っていた。

 おもむろに手を空にかざし、大きく円を描くように動かし―――

 

 シュバンッ!

 

 光が弾け、その姿が変わる。

 

 と、ほぼ同時だった。

 

 ヴワァンッ!!

 

 世界が変わる。

 碧色の光とともに結界が構築された。

 

「間一髪ね」

 

 降り立つのは妖精と妖狐を従える少女。

 尤も、今の台詞は妖精、アリサのものだ。

 

「それにしても……今回はなんて解り易い……」

 

「うん、テレビで見た」

 

 結界の世界の中、今回のジュエルシードがカタチとした想いを見て、少女なのはと妖狐久遠はそんな感想をもらした。

 

「あ、そうなの?」

 

 1人解らないアリサ。

 アリサが知らないのも当然だろう。

 アリサはこちらの世界のテレビを見ていないのだから。

 

「参上!」

 

 名乗りを上げるジュエルシードの持ち手。

 その姿は全身タイツというか、日曜日の朝8時くらいにやっていそうな5人組の戦隊系な姿だった。

 

 それはそう言う番組を見る子供なら誰しも1度は想う事。

 前回が前回だけに、拍子抜けしてしまうくらいだった。

 

「くーちゃん、アリサちゃん」

 

「ええ」

 

「わかってる」

 

「レイジングハート」

 

Shooting Mode

 Set up』 

 

 ガキンッ!

 

 だがしかし、前回がアレなのだ。

 3人とも油断も躊躇もしない。

 それに周囲には防衛機構の気配が感じられる。

 ここが住宅街である事をいいことに、建物の中に潜んでいるのだ。

 

 それに変身した少年のコスチュームの色は赤ではなく黒―――いや、闇色と言えるモノだ。

 とても正義のヒーローは名乗れなそうにない。

 想いを正確にカタチにしたらな、大凡ありえないカラーリング。

 ならば、このジュエルシードも―――

 

 

 今回も厳しい戦闘になる。

 そう思った時だ。

 

 バリィィィンッ!!

 

 結界が砕けた。

 それは、今まで何度も経験したパターン。

 あの少女の侵入のパターンだ。

 

 3人はほぼ反射的に結界の破壊点を見上げる。

 あの少女とあの使い魔が居るその場所を……

 

「え?」

 

 だが、そこにある影は1つ。

 

「ぐわっ!」

 

 それを認識した直後、背後から声が聞こえた。

 少年の声だ。

 

「なっ!」

 

 振り向けば、ジュエルシードの持ち手が倒れ、そこにあの少女がいる。

 更に、

 

「封印」

 

 ザバァァンッ!

 

 封印魔法が放たれる。

 いつの間にか侵入し、ジュエルシードを持ち手から離して封印を実行しているのだ。

 

 それはジュエルシードが考えて行動しだした事を前提とした作戦だった。

 結界を破壊した時、使い魔が1人仁王立ちする事で登場をアピールし注意を引く。

 その時、少女の方はブリッツアクションの超加速によって視認を許さずに侵入、接近し持ち手を倒す。

 更には侵入時から封印魔法は用意していたのだろう。

 不意打ちで持ち手を倒し、防衛機構が気付くよりも速く封印を完了させる、そう言う作戦だ。

 その作戦は、今ここに成る。

 

『Sealing』

 

 ジュエルシードが示す『]T』の白い文字。

 封印完了の証。

 

 これで、また少女が1つジュエルシードを得る。

 それで、この戦いは終わる―――筈だった。

 

 パシッ!

 

「え?」

 

 だが、そこに動く者があった。

 漆黒の影が。

 封印されたジュエルシードを掴む。

 

「なっ!」

 

 それはなのはがずっと心配していた人物。

 漆黒のバリアジャケットを身に纏い、闇のマントを靡かせる仮面の男。

 

「なんのつもりだ!」

 

 叫んだのは少女の使い魔。

 尋ねてはいるが、しかし既に攻撃態勢をとっている。

 封印魔法を使ったばかりの主に代わって。

 

 そして、男は応えた。

 

「お前達に、ジュエルシードの使い方を教えてやろう」

 

 静かに、しかしその場全体に響き渡る声。

 

 声の質だけでも震え上がるものだ。

 だが、この男は今なんといったか。

 それは―――

 

Hells Rider

 Death Count Mode』

 

 声が響いた。

 男のデバイスの声。

 魔法の発動を告げる言葉が。

 続けて聞こえるのはデバイスが発した名を現すもの。

 

 

 ただ3と、そう音が聞こえた。

 それだけの筈だ。

 しかし、男の姿が―――無い。

 

「―――!」

 

 その場の全員が驚愕する。

 この場には3つの視点がある。

 魔法を発動した男のすぐ傍にいた少女。

 少し離れた場所から見るなのは達。

 

 最後に男が見ていた方向に居る者。

 同時に男に向かっていた攻撃を仕掛けようとしていた者、少女の使い魔の視点。

 

『2』

 

 2つめのカウント。

 それが聞こえた時、その魔法の恐ろしさを知る。

 

『1』

 

「―――!!」

 

 なのは達と使い魔の主たる少女は気付く。

 男が、突如使い魔の背後に出現したのを。

 

 ゴッ!

 

「がっ……」

 

 そして、3目のカウントが聞こえた時。

 使い魔は空から落ちる。

 3からダウンしていったカウント。

 最終的には0となり、本来ならその『0』を持って相手の死を意味するのだろう。

 0はカウントされず、ただ現象としてそこに現れる。

 

「アルフ!」

 

 落ちてくる使い魔を受け止める少女。

 なのはが初めて見る少女の慌てた姿だった。

 

「う……」

 

 どうやら使い魔は無事の様だ。

 手加減をされていたのは間違いない。

 何せ全く気付く事ができないまま攻撃を受けたのだ、殺す事も容易かった筈。

 

「今……なにを……」

 

 やっと声がでるアリサ。

 今何をしたのか、サッパリ解らない。

 少なくとも空間転移魔法ではない。

 しかし何かの術を持って、1度この場全員の視界から消え、次の瞬間には使い魔の背後に居た。

 その瞬間の男と使い魔の距離は30m近くはあった筈だ。

 

 ブリッツアクションを用いても一瞬で到達できる距離ではない。

 第一、ブリッツアクションなら、一瞬見失ったとしても、離れた場所から見ているなのは達には見える筈なのだ。

 だからブリッツアクションではない。

 ステルス魔法という姿を隠す魔法、移動の際アリサも使う魔法であるが、それとも違う。

 少なくともそんな魔法を目の前で使われて気付けない筈はないのだ。

 

 ならば、一体何をしたのか。

 

「ジュエルシードを使えば容易い事だ」

 

 男は応える。

 その手の中にあるジュエルシードをもって。

 男が見せるジュエルシードはナンバー『]V』。

 少なくともなのはが見た事の無いナンバーだ。

 

「そして、こんなのは序の口だ。

 こういうこともできるぞ?」

 

 そう言って口元に笑みを浮かべた男。

 その直後、ジュエルシードが妖しく輝く。

 闇の色に、禍々しく。

 

 ォゥンッ!

 

 次の瞬間、その場に闇が降り立った。

 

「う……」

 

 なのはも、アリサも、久遠も、少女達も地に膝を着く。

 攻撃を受けたわけではない、重力が増したわけでもない。

 それなのに感じる重圧。

 この闇の圧倒的な存在感に圧されて全員が膝を折ったのだ。

 

「では、また逢おう」

 

 そんななのは達を空から見下ろし、姿を消す男。

 同時に、

 

 バリィィィンッ!

 

 結界が砕かれた。

 いや、これは解除させられたのだ。

 構築した本人たる少女達を差し置いて、正式解除をさせられた。

 普通なら正式解除は展開した本人にしかできない筈なのに。

 

「……」

 

 崩れる世界の中、なのはは男が去った場所を見ていた。

 そして、デバイスを強く握りしめ、立ち上がり告げる。

 

「アリサちゃん、くーちゃん、わたし戦うよ。

 あの人と。

 ジュエルシードを取り戻す為に」

 

 それは誓いの言葉。

 なのはをして戦うと、心からの誓いだ。

 

「ええ、あんな奴にジュエルシードは渡せないわ」

 

「うん、久遠も戦う」

 

 アリサと久遠も立ち上がり、互いに戦い、ジュエルシードを取り戻す事をここに誓う。

 2人はあの男がジュエルシードで恐ろしい事をするのを防ぐ為に。

 

 だが、なのははそう言う意味で誓ったのではない。

 

(貴方は……)

 

 いけない、とそう感じたのはあの男がジュエルシードを使う事で起こす事態ではない。

 ジュエルシードをあの様に使う事で男自身に起きる事だ。

 闇を纏い、圧倒的な力を見せ付けた仮面の男。

 

 しかし、その闇が男を飲み込もうとしている。

 なのはにはそう感じられた。

 

 

 闇は、いまだ光を見せてくれない。

 しかし、その中で、少女は何かに気付き始めていた―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 某所 ビルの屋上

 

 夜の街、その一番高い建物の屋上に1人の少女と1人の女性が立っていた。

 

「まったく、なんてやつだい」

 

 赤橙の髪の女性がぼやく。

 首の後ろを押さえながら。

 

「アルフ、大丈夫なの?」

 

 尋ねるのは金の髪の少女。

 手加減されていた事は解っているが、しかしそれでも心配なのだ。

 

「ああ、まあね……

 くそ、見せ付けるだけ見せつけて……」

 

 あの時、殺す事すら容易い筈だったのにそれをしなかった。

 完全に遊ばれたのだ。

 

「それにしても、ジュエルシードをあんな風に使えるなんて……」

 

 だが、それよりも先程のことを思い出す。

 ジュエルシードを使い、相手に気付かれず一瞬で移動したり、膨大な闇の力を見せたりしたあの男。

 

 元より、ジュエルシードは願いを叶える魔法の宝石。

 できてもおかしくは無いが、しかし今までジュエルシードを見てきてそんな制御ができる様には思えなかった。

 

「どうする? あんな力が相手じゃ、手がつけられないよ?」

 

「うん……

 でも、多分相手もリスクを負ってると思う。

 ジュエルシードはそんな安易な道具じゃないから」

 

「確かにそうだね……」

 

 今までいくつもの世界を滅ぼした様に、何かしらの危険がジュエルシードには付き纏う。

 元よりこの世界は無尽蔵に力を出せる様なものは存在しない。

 ならば、あの男もジュエルシードを使う事で、何か代価を支払っている筈だ。

 それが、なんであれ。

 

(貴方は、一体何を考えているの?)

 

 先日2度も助けられ、その前は逃がしてもらった相手。

 しかし、それ以前に敵対している少女達の手助けをした相手でもある。

 

 一体何がしたいのか。

 何が目的なのか。

 

 少女は自分には関係の無い事だと考えつつも、しかしどうしても気になるのだ。

 あの男の仮面の下に、一体何が隠されているのか―――

 

 

 

 

 

第8話へ

 

 

 

 

 

 後書き

 

 さてさて半分折り返し地点となりました。

 ここから始まる本格バトル〜

 ああ、バトルは書いてて楽しいな〜

 まあ、本格バトルと言っても、なのはな以上ちょっと問題があるのですがね。

 いろいろと。

 

 ともあれ、これからはバトルは激化します。

 それはもう加速的に。

 バトルの比重も重くなるでしょう。

 でも日常の比重が下がるわけじゃない。

 つまり純粋容量が増えるだけ?

 

 ま、兎も角書き進め〜

 

 という訳なので次回もよろしくどうぞ。








管理人の感想


 T-SAKA氏に第7話を投稿していただきました。



 なのはは年頃の少女らしく色々と悩んだり葛藤したりしてますねぇ。

 原作でもこういった年相応の脆さとかあったのでしょうか?

 しかしすずかはいい子だねぇ。

 自分も気にしている事があるのに、友人であるなのはをしっかり励ませるとは。

 彼女がなのはに秘密を打ち明けて更に友情を深める時が楽しみです。


 今回は紅い女性は出てきませんでしたが、その分黒い男が大活躍。

 アリサが事あるごとに言う通り、行動に一貫性が見えませんね。

 まぁ本人は何か信念を持って動いているのでしょうけど。

 なのはもフェイトも彼の事を気にしているようですが、果たして正体が判明するのは何時だろうか。



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