輝きの名前は

第8話 まだ遠い道

 

 

 

 

 

 深夜 海鳴臨海公園 上空

 

Divine Shooter』

 

 キィィンッ 

 

『Arc Saber』

 

 ヒュンゥッ!

 

 平和な筈のこの街の空に飛び交う桃色の魔弾と黄色の光刃。

 

「ふっ!」

 

 バシュンッ!

 

 それを消し去る闇の力。

 

 戦いが―――戦闘が繰り広げられていた。

 この世界と似て、しかし違う小さな世界の中で。

 2人の少女と1人の仮面を着けた男が戦っている。

 

「またっ!」

 

 苦悶の表情を浮かべる2人の少女。

 白いバリアジャケットを纏い、紅き宝玉を金色のフレームに収めた白い柄の杖を手にする、ブラウンの髪をツインテールにした蒼い瞳の少女。

 

「くっ!」

 

 もう1人は漆黒のバリアジャケットで身を包み、黄色の宝玉が収まる黒い戦斧の如き杖を手にする、長い金色の髪をツインテールにした紅い瞳の少女。

 

 2人の少女は仲間とは言えず、むしろ敵同士だが、今は利害が一致するという状況である為、互いに理解のある能力で同時に攻撃を加えたのだ。

 己が持つ魔法の力で。

 

「もうお終いか?」

 

 2人の光の力をその手に持った棍で打ち消した、闇色のバリアジャケットを装着した仮面の男。

 その手には魔法の種たるジュエルシードが握られている。

 

 

 

 強い。

 少女、なのはは思う。

 自分より強いあの少女とほぼ共同しての戦いでありながら、まったく歯が立たない。

 

 

 

 今回のジュエルシードは発動位置の関係上でなのはは出遅れてしまった。

 その為、現場に到着した時には既に男の結界が展開されており、結界の中に入った時にはジュエルシードの封印も終わっていた。

 

 どうやら封印したのはもう1人の少女であった様だが、それはまた仮面の男に奪われたらしい。

 そうして男と少女が戦いを始める段階でなのは達は加わった。

 

 話し合いは最初から完全に拒絶されたのだ。

 だから、なのはも戦っている。

 例え戦ってでも男がジュエルシードを使う事を止める為に―――そう、仕方なく。

 

 戦いが開始された後、アリサは今回の被害者の下へ行っている。

 今回の結界は海鳴臨海公園と、そこから見える海をとりこんだものだった。

 その中で、海の傍の柵の近くで倒れる2人の女性と1人の男性。

 どうやら今回は、初めて持ち手以外の被害者を出してしまった様で、アリサはその後始末に―――傷を負っていたならその回復と、記憶の調整に回った。

 更には、この戦闘の余波に巻き込まれぬ様に防衛する意味もある。

 

 久遠とあの少女の使い魔は別の場所で戦っている。

 

「ギギギ」

 

 ズダンッ!

 

「このぉぉぉ!」

 

「いいかげんに!」

 

 ドォォォンッ!!

 

 なのは達とは離れた場所で戦う2人の女性。

 戦う相手は闇色の獣人―――その人形。

 ジュエルシードの防衛機構に似たそれは、しかし全くの別物だった。

 

 ジュエルシードの封印は既に完了し、この場のジュエルシードの防衛機構は既に無い。

 これ等は仮面の男が『邪魔だな』との一言で手に持ったジュエルシードから作り上げたもの。

 しかし性能は通常の防衛機構より高く、何より統率がとれている為、2人は翻弄され続けている。

 

 

 そういった状況の中、なのはともう1人の少女は男と戦っている。

 この結界を構築し、ジュエルシードがカタチにした想いを断ち切り、ジュエルシードを奪った男。

 ジュエルシードを操りながら、2人掛りで尚一撃も入れる事ができないこの相手と。

 更に―――

 

「来ないならこちらから行くぞ?」

 

Hells Rider

 Death Count Mode』

 

 言葉と共に男のデバイスが魔法の名を告げる。

 

「「っ!!」」

 

 その魔法の名に身構える2人の少女。

 そして即座に行動に移す。

 

『3』

 

 告げられる3の数字。

 魔法が起動した証であり、男が消える合図。

 事実として同時に男の姿が今しがたまで居た場所から消える。

 

 そう、『消える』のだ。

 なのはにも、アリサにも、久遠にも、あの少女達にも一切知覚を許さぬなにかをもって。

 

Wide Area Protection

 

Defenser

 Wide Area Shift』

 

 キィィィンッ!!

 

 2人が展開したのは防御の魔法。

 全身を全方位から守る広範囲バリア魔法だ。

 だがそれは、あの男の魔法による攻撃から身を守る為に展開したものではない。

 

『2』

 

 2つ目のカウントが告げられる。

 次の『1』のカウントで攻撃を受け、『0』のカウントで死を意味するまさに死への秒読み。

 その2つ目だ。

 それが告げられたと言う事は―――

 

「っ! そこ!」

 

Magic Coat

 

 ガキィンッ!

 

 なのはは真後ろに振り向き、杖に強化魔法をかけて両手で振り上げる。

 その直後、その杖に衝撃が走った。

 何かを受け止めた衝撃だ。

 

「ほう」

 

 なのはが振り向き杖を掲げた先、そこには仮面の男がいた。

 棍を振り下ろした男が。

 

 なのはと少女が展開したバリア魔法、それは身を守る為のものではなく、男の存在を知覚する為のものだった。

 如何に誰にも見えぬ何かの力を用いたとしても、そこに存在しているのなら攻撃の為に接近した時に展開されたバリアに触れ、それによってなのは達は気付く事ができる。

 バリアが防御の意味を成さなくとも、破られ、その場所に居ると解れば、少なくとも対処ができるのだ。

 その為の全方位防御魔法。

 なのはもあの少女も前回のジュエルシードを奪われた時からずっと考えていた対処法の1つ。

 

『Photon Lancer』

 

 キィィンッ

   ズダダダダンッ!!

 

 なのはと男が接触している側面から光の魔弾が放たれる。

 なのはをけっして巻き込まない様に、男だけに当たる様に計算された角度からの射撃だ。

 

「せっ!」

 

 ドゴッ!

 

「きゃっ!」

 

 その射撃を見て、男はなのはを蹴り飛ばす。

 棍を押さえている杖をだ。

 棍の一撃を押さえるだけでも手一杯のなのははそれで飛ばされてしまう。

 本来なら杖越しでもダメージを受けるところだが、バリアとバリアジャケットのおかげでなんとか飛ばされるだけで済んでいる。

 

 いや―――そう手加減されているのだ。

 そもそも棍での一撃だけでも、本来ならなのはが受けきれる筈はないのだから。

 

(でも、どうして?)

 

 解らない、そんな事をされている理由が。

 この男がこんな事をしている理由が、なのはには解らない。

 だが、それでも―――

  

「ふっ!」

 

 ガガガガンッ!

 

 なのはを蹴り飛ばし、棍が使える様になった男は迫り来る光の魔弾を次々と叩き落す。

 速射と弾速の速さが特徴のフォトンランサーを、ただの、とはいかなくとも棒きれといえてしまうものでだ。

 少なくともなのはでは不可能な事だ。

 如何に戦闘理論魔法を使おうとも、データ元の恭也本人ならばいざしらず、なのはでは身体能力が全くたりない。

 おそらく、あの少女でもそれは同じ事だろう。

 

 先程からなのはのディバインシューターや少女のフォトンランサーなどの射撃攻撃は、全て叩き落されるか避けられている。

 そうでなくともこの男のバリアジャケットの強度は、アリサをして頑強だと言わしめるなのはのバリアジャケットをも軽く上回るもの。

 ディバインシューターやフォトンランサーでは貫く事は難しいと思われる。

 更に、なのは達の一斉射撃を防ぎきる結界を展開する事から、バリア魔法等も相当の強度を誇ると考えられる。

 

 だが、いまだバリアもシールドも展開していない。

 いや、展開させる事ができていないのだ。

 使う必要がある状況に追い込む事ができていないのだ、今の2人の少女の攻撃では。

 

 しかし逆に考えるならば、使ってきていないのならば、このまま使わせなければいい。

 少女達に勝機があるとすれば、バリアなど展開する間もない攻撃しかない。

 バリアジャケットだけならば前々回の自爆型防衛機構の時の損傷具合から、なのはのディバインバスターかもう1人の少女の近接斬撃ならなんとか貫ける筈なのだ。

 だから、なんとかディバインバスターか近接斬撃を撃てる間合いを確保し、命中させる隙を作らなければならない。

 

 今のこのタイミングの様に―――

 

「ディバイン―――」

 

 隙はできた、そうなのはは判断した。

 今仮面の男はあの少女の攻撃を防いでいるところだ。

 このタイミングで攻撃すれば対応できないだろう。

 接触状態からチャージを始め、蹴られながらも杖を変形、更に至近距離の為必要ないとし、補助魔法陣をカットした速射。

 これなら防御はされてもあの少女の接近斬撃に繋げられる。

 

 だが、

 

(わたしは―――)

 

 けれど―――どうしたいのだろうか。

 なのははジュエルシードを封印する為に戦い始め、その為ならば戦おうと決めている。

 だが今なのははジュエルシードの浄化封印の為ではなく、人を倒す為にバスターを撃とうとしている。

 シューターはまだ牽制の為と半ば割り切ったとしても、バスターはなのはの主砲だ。

 それを例え防がれると解っていても人に向けるのは、なのはにとっては自分の道を否定する事に等しい。

 

(でも、この人のジュエルシードをもう1度封印しないと―――)

 

 戦うと決めた。

 それはこの男が持つジュエルシードを封じる為に。

 もう使わせない為に。

 その為に戦うと決め、戦いに勝つにはこの攻撃は必要だ。

 

「バスター!」

 

 ズダァァァァンッ!!

 

 自分に言い聞かせバスターを放つ。

 手が若干震えたが、この至近距離ならば命中に問題はない。

 

「なるほど」

 

 男はニヤリと笑う。

 仮面が在る為に目は見えず、ただ口元だけで。

 そして―――

 

Hells Rider

 Death Count Mode』

 

「「っ!!」」 

 

 再び死への秒読みが告げられる。

 

 

 

 

 

Hells Rider

 Death Count Mode』

 

「「っ!!」」 

 

 男はあの魔法を展開する。

 

『3』

 

 秒読みが開始された瞬間、またその姿が消える。

 そして、ディバインバスターはただ空を貫くのみとなった。

 そう、回避に使われたのだ。 

 

Defenser

 Wide Area Shift』

 

Wide Area Protection

 

 キィィィンッ!!

 

 フェイトはあの子と共にまた全方位バリアを展開する。

 と、言ってもフェイトは防御魔法が苦手なので、このバリアはインテリジェントデバイスであるバルディッシュの詠唱によるもの。

 完全なデバイス任せのバリア魔法であり、防御力はあの子のものと比べたら紙同然。

 しかし―――

 

『2』

 

 2つめのカウントが告げられたその瞬間。

 

 キィ……

 

(そこかっ!)

 

 右側面上方のバリアが破られるのを感じるフェイト。

 そこに、

 

『Scythe Slash』

 

 キィィンッ!

    バシュンッ!

 

 サイズスラッシュ。

 サイズフォームで短時間だけ力を収束させた光の刃を発生させる魔法。

 バリアやシールドを破壊し、本体へ直接魔力攻撃を叩き込む斬撃であり、接近戦に於けるフェイトの最高攻撃手段。

 あの子との戦闘でもまだ使用していない、この男も知らない筈の攻撃。

 それを、どんな方法かしらないが1度消え、再び出現したばかりのところに叩き込む。

 元よりフェイトにとってバリアは攻撃を受け流す為のものであり、受ける為のものではない。

 フェイトは己のスピードをもって速攻と回避で戦う魔導師なのだから。

 

 相手がこの妙な移動手段と己の防御力の高さを過信していれば、この攻撃は命中する。

 そして、棍すら断ち切って倒せ―――

 

 ガキンッ!

 

 倒せる、そう思った。

 だが攻撃は止められた。

 フェイトの渾身の一撃が。

 棍もバリアもシールドも断ち切る筈の一撃が、金属同士の衝撃音と共に止まってしまった。

 

「なっ!」

 

 フェイトは見る、目の前の男を。

 その攻撃を止めた手段を。

 

「なかなか良い攻撃だ」

 

 そう言って笑う男は、棍で刃を止めるのではなく、フェイトのデバイスの柄を止めていた。

 光の刃が危険と判断し、その発生元であるデバイス本体を押さえたのだ。

 この一瞬で、初めて見せる魔法の筈なのに。

 

(いや、驚く様なことじゃない)

 

 フェイトは冷静になって考え直す。

 そもそもデスカウントなる魔法は先にあの子が防いでいる。

 その時点でデスカウントによる奇襲は通用しない事は証明しているのだ。

 そして、接近戦主体であることは解りきっているフェイトに同じ手を使えば、カウンターが来る事くらいこの男も解っていた筈。

 ならば、そのカウンターを止める何かを用意するのは自然な事だ。

 

 だが―――

 

(なら、何故同じ奇襲を?)

 

 同じ手は通用しない。

 ただ回避に使うだけならば兎も角、カウンターまで来ると予測できるのに、ただそれを止めるだけの用意しかせずに使う。

 そこに何の意味があるのだろうか。

 この男にとって、その行為に何の意図が……

 

Divine Shooter』

 

 キィィンッ 

 

 その時、男の背後にあの子の誘導型の魔弾が迫る。

 あの子が放つディバインシューターは操作が可能で、誘導できるのが特徴。

 何処から放とうと最も有効な角度から迫り来る。

 

 そうだ、今はフェイトだけで戦っているのではない。

 こうしてもう1人の攻撃が来る。

 確かにこの程度の攻撃、この男は無視できてしまうかもしれないが、それでもわざわざ動きが止まってしまう様な事をする理由にはならない。

 

「ふむ」

 

 ガッ! ダンッ!

 

 力任せにバルディッシュを弾き、フェイトを押し払う男。

 

「くっ!」

 

 流石に力の差は歴然。

 フェイトはそのまま押し飛ばされてしまう。

 

(遊ばれている?)

 

 現状を見る限り最も考え易い答え。

 それは、それ以外の要素が見当たらないともいえる消去法からの答えでもある。

 だが―――

 

(違う……)

 

 フェイトはそれでも違うと感じている。

 そんな事が目的なのではないと。

 この男の事など何一つ解らない筈なのに、何故か確信的に感じるのだ。

 

 しかし、今は―――

 

『Photon Lancer』

 

 キィィンッ

   ズダァァンッ!

 

 押し飛ばされながらもデバイスをデバイスモードに変形、一発のみに力を収束したフォトンランサーを放つ。

 相手は今あの子のディバインシューターを相手にしている状態で、更に、

 

Divine Buster』

 

 ズドォォォンッ!

 

 再びあの子は速射モードのディバインバスターを放つ。

 ほぼ同時にディバインシューターは消えかけているが、それでも3方向からの攻撃と言う事になる。

 これなら……

 

「甘い」

 

 フッ!

 

 男は迫り来る3つの攻撃のうち、ディバインシューター側に身を捻る。

 そうして既に操作されていない消えかけた魔弾を紙一重で躱し、あっさりフォトンランサーとディバインバスターの射線から外れてしまう。

 空を切るだけとなるフォトンランサーとディバインバスター。

 

「穴だらけだ。

 反撃としてのフォトンランサーは兎も角、バスターを撃つタイミングは間違っている。

 無駄に力を消費しているだけだ。

 フォトンランサーも牽制以外が目的なら、撃つのが遅すぎた」

 

 攻撃を完全に回避した男はそんな解説を入れる。

 余裕だからなのか、嘲笑としてか、しかし間違った事は言っていない。

 

「くっ……」

 

 間違いを指摘され、少し悔しい気持ちではあるが、それは確かに正しく、フェイトにしてもあの子にしても直さなければならない部分だ。

 今後戦い続けるのなら必要な事として。

 最初の頃は兎も角、最近では機械を相手にしか修練を行っていない。

 その為、癖の様なものが付いているのかもしれない。

 だから、これはありがたいとすら言える事。

 

 この相手は、敵である筈なのに。

 

(どうして?)

 

 戦いに集中しなければならないのに、どうしてもそう考えてしまう。

 

 ふと、そこであの子はどう聞いているのかと思い、フェイトは視線を向ける。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 そこにあったのは、男の話こそ聞いているだろうが、しかし既に息を切らし、疲労困憊といった感じの姿だった。

 

(あの子はもう限界か)

 

 正直この相手を1人で倒す事は不可能だ。

 協力という形にできなくとも、2人で戦っている事で僅かながら勝機があった。

 だが、あの子は既に魔力も残り少ない状態で、後一撃が限界といったところだろう。

 

(けど、おかしいな。

 あの子はかなり高い魔力の持ち主なのに)

 

 話を聞く限り、あの子はこの星の住人で、少し前まで魔法というものを知りもしなかったと思われる。

 だから慣れというのもあるだろうし、フェイトと比べると射撃魔法主体のあの子の方が魔力消費量が多いかもしれない。

 バリア系の魔法も強力な為、その分の消費も多いことだろう。

 

 だがフェイトの方は使い魔アルフを支えているのだ。

 その分の消費を考えればあの子の方が負荷は少ない筈なのだ。

 それなのに―――

 

(何か別の魔法を常時使っているの?)

 

 初心者と言うわりには強いと感じるのだ、何か別の魔法を使い続けている可能性もある。

 見た感じでは解らないのだが、そうでなければ説明がつかないだろう。

 

(兎も角、次で最後か……)

 

 あの子と一緒に対峙する男。

 不思議な気分であるが、しかし、今はその感覚は忘れて集中する。

 次で必ず目の前の敵を倒す為に。

 

 

 

 

 

「なのは……」

 

 地上で被害者達の治療にあたっていたアリサは心配そうに空の友を見る。

 魔力も切れかけ、息も上がっているなのはを。

 

「限界が近い……でもこの状況じゃ……」

 

 アリサは治療の為に魔力を使ってしまっている為、とても加勢できる状態にはない。

 それにここを離れる訳にもいかないのだ。

 治療と記憶操作の後始末を終えた、今回の被害者3人を護る為に。

 

「デバイスさえあれば……」

 

 自分のデバイス。

 愛用の杖さえあればこの距離からだって援護はできる。

 そう思うと悔しくて堪らなかった。

 

 杖に頼っていると言う感じではあるが、しかしできる筈の事ができない。

 見ている事しかできない。

 それがどんなに悔しいか、今アリサは改めて感じていた。

 

 

 

 

 

「なのは!」

 

「フェイト!」

 

 友と主の名を呼ぶ2人の女性。

 だが、気持ちとは逆に2人は引き離されていた。

 

「ギギ……」

 

 ヒュンッ!

 

「ちぃっ!」

 

 連携して襲い掛かってくる闇の獣人の人形。

 ジュエルシードの防衛機構の様でいて、全く異質なもの。

 単体の戦闘力は大した事が無い上、数もいないくせに厄介な存在だった。

 

「このっ!」

 

 ズダァァンッ!!

 

 久遠は電撃も使い応戦しているが、しかし、

 

「ギ……」

 

 フッ!

 

 相手は空中を自在に飛びまわり回避してしまう。

 久遠がまだ上手く飛べず、地上で戦うしかないのを知っての動きだ。

 

「また……」

 

 もっと大きな雷をもって広域に攻撃できれば、回避力を無視して捕らえる事も可能だが、それはできない。

 3体の人形が連携して攻撃してくる為、そんな大きなチャージはできないのだ。

 

「ちっ!」

 

 ブンッ!

 

「ギ……」

 

 ガキンッ!

 

 使い魔の方もまた、バインドなどの魔法を使う暇もなく、単純な攻撃では防御されてしまう。

 

 この人形が厄介な理由、それは完全な統率と単体が持つ技量。

 ただ獣の様に襲い掛かってくるだけのジュエルシード防衛機構とは格段に強い存在だった。

 

 久遠とアルフが連携できたなら何とかなるだろうが、現状ではそれはできていない。

 

「このっ! 邪魔だ!」

 

 2人の単独の攻撃は通じない。

 しかし、だからといって相手の攻撃を受けている訳でもない。

 3体の人形は付かず離れずの距離で攻撃をしかけてきているのだ。

 そう、この3体の人形は2人を倒す為のものではない。

 2人をなのは達から引き離すのが目的なのだ。

 強さなら久遠やアルフの方が遥かに上だが、それを技術と数で補い、2人の足止めという目的を完璧に果たしている。

 それを考えれば、2人はこの人形に技術で大きく劣っているとも考えられる。

 

(でも何の為に?)

 

 2人は考える。

 何故、こんな足止めをされているのか。

 それは状況から見て、あの男が2人の少女と戦う為だ。

 だが、それこそ何の為にあるのか。

 ジュエルシードが目的なら、その目的はとうに果たしている。

 

 遊ばれているのか?

 

 いや、違う。

 2人はそれは違うとそう判断する。

 なんの根拠もないのに、ただ違うとカンが告げるのだ。

 何故か、それの理由は解らなかったが。

 

(一体何を……)

 

 2人とも感じていた疑問。

 あの男が何を考えているのか。

 

 だが今は2人とも、自分の大切な者の下に駆けつける為に集中するのだった。

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 上がってしまった呼吸が元に戻らない。

 魔力は底を突きかけ、もうバスターは撃てない。

 

「……」

 

 あの子の視線を感じる。

 もう限界だということは仮面の男もあの子も解っているだろう。

 

(やっぱり、戦闘理論が重いから……)

 

 なのはが戦う為には戦闘理論が必要だ。

 しかし、その戦闘理論魔法の消費魔力がなのはを圧迫している。

 男もあの子だってまだ十分戦えると言うのに、なのはは既に限界なのだから。

 

(やれる事は後1つ)

 

 自分の限界は解っている。

 次の一撃が最後なのだ。

 それを有効に使う手段を考える。

 

「来ないのか?

 あまり待ってはやれないぞ」

 

 誘ってくる仮面の男。

 このまま少女達が動かなければ、またデスカウントを仕掛けてくる可能性がある。

 そうなったらもうなのはに防ぐ手立てはない。

 

「……」

 

 なのはは意を決し、もう1人の少女に視線を向けた。

 仕掛けると、そう告げる視線を。

 

「……」

 

 もう1人の少女はそれを見るが、しかし返答はない。

 意図は伝わったと思うが、しかし少女は応える事はない。

 なのはも返答があるとは思っていない。

 そして、今はまだそれでもいいと思っている。

 

 それよりも、今は―――

 

Divine Shooter』

 

 キィィンッ 

 

『Photon Lancer』

 

 キィィンッ

   ズダダダダンッ!!

 

 2人の少女の同時射撃が始まった。

 それぞれ4基の発射台たるスフィアを形成し、魔弾を射出する。

 なのはは操作して複数の角度から同時に狙い、もう1人の少女は移動しつつ連射する。

 

「1つ覚えだな」

 

 カッ! バシュンッ! バンッ! ズバンッ!!

 

 だがそんな攻撃も男の棍捌きの前では無力だった。

 全て―――そう、男の死角から迫るものまでもいとも簡単に叩き落され魔弾は消え行く。

 このまま続けても男は防ぎきってしまうだろう。

 それも長く続く事はなく、直ぐになのはは魔力切れ終わるという結末が来る。

 そうなればもう1人の少女は兎も角、なのはにとっては敗北確定になるのだ。

 

 しかし―――

 

(目標指定、一斉射撃)

 

 キィィィンッ!

 

 理論魔法を使い、相手の動きを予測しディバインシューターを操作する。

 そうした中、なのはの感覚は拡大していた。

 今この場全ての流れから、仮面の男の動きを予測し、シューターに軌道を変える。

 ある一点を狙ったものへと。

 

「……むっ!」

 

 カンッ! カッ! バシュッ!!

 

 男の顔つきが変わる。

 なのはの魔弾を打ち払う時にだ。

 もう1人の少女の魔弾を払う時よりもより動きが少しだけ変わっているのだ。

 気付いたのだろう、なのはが何をしようとしているのかを。

 

「なるほど」

 

 ブンッ! バシュンッ!!

 

 そして、ニヤリと笑いながら男は大降りに棍を振り、残っていたなのはの魔弾全てを打ち払った。

 仮面を狙っていた全ての魔弾をだ。

 

(やっぱりダメ。

 でも―――)

 

 なのはの目論見は失敗に終わった。

 ダメージを与えられないならば、せめてその仮面を外してしまえないかという目論見だった。

 だが、その瞬間だ。

 

 ガッ!

 

 振り切った男の棍に黒の杖が掛かる。

 もう1人の少女の杖だ。

 更に、片手で杖を持っていた少女の空いている方の手には魔法が収束されている。

 

 

 

 

 

「なるほど」

 

 ブンッ! バシュンッ!!

 

 仮面を狙ったあの子の攻撃を打ち払う為、仮面の男は大振りの攻撃をした。

 そうしなければ仮面に着弾してしまうからだ。

 仮面の男に迫っていた魔弾はそれで全て打ち払われ、残りは回避される。

 

 その中―――

 

 フッ!

 

 フェイトはブリッツアクションを使った。

 放ったフォトンランサーの影に隠れ、隙のできた男に近づく。

 そして、

 

 ガッ!

 

 警戒はしていただろう。

 だが仮面への攻撃をしなければいけないから、これは理解した上での隙。

 大振りの攻撃をし終わったその直後、その隙にフェイトは自分の武器で相手の武器を封じた。

 振り切っている棍を左手で持ったデバイスで押さえたのだ。

 男の間合いの内側へと完全に入った。

 

(これで!)

 

 キィィンッ!

 

 空いている右手に収束させているのは、フェイトが使う遠距離砲撃魔法の1つ『サンダースマッシャー』。

 あの子のディバインバスターと比べると魔法砲撃としての威力は劣るものの、雷の属性である為着弾時の破壊力ならば勝る。

 近距離主体のフェイトが持つ遠距離での決め技の1つと言えるものであり、他にも威力と閃光をもって囮として発射する事がある魔法だ。

 大幅に簡略し、発射速度を速めている為威力は通常の半分もない。

 が、この至近距離ならばバリアジャケットを貫通するには足りる威力の筈だ。

 この魔法を移動しながら詠唱する事も、ゼロ距離発射する事も初めての行為だが、これならば倒せると考えている。

 多少反動と余波で自分もダメージを受けるだろうが、この相手ならばそれくらいの代償は必要と判断した。

 

 危険は伴うが、ほぼゼロ距離発射だ。

 相手の棍の内側から、間合いの内側に入っての射撃。

 回避も防御も不可能の筈―――

 

「良い連携だ。

 が、考えが甘い!」

 

 フェイトを見る男は、目は見えなくとも怒った様子だった。

 そして拳を固めていた。

 棍を振りぬく際、持つ手が右だけになっていた。

 左手が空いているのだ。

 それを、何も持たず魔法すら掛かっていない、僅かながらの魔力が宿るだけの、ただの拳が振るわれる。

 

(ディフェンサーを!

 ただの拳なら、こちらが撃ち抜くまでは……)

 

 耐えられる、そう思った。

 防御力は紙程度であるが、防御破壊系の魔法すら掛かっていない拳による打撃なら持つと。

 しかし、

 

 ブンッ!

 

 拳が迫ってくる。

 ただの拳が。

 何の魔法も掛からず、フェイトのバリアでも防げる程度の筈の、何のことは無い拳打。

 それなのに、

 

(ダメッ! 受け流さないと!)

 

 突如、死の予感がフェイトに舞い降りる。

 これは危険だとフェイトは咄嗟にそう判断し、サンダースマッシャーを当てる事を放棄し、回避行動をとろうとした。

 しかし、元々突進してきた状態であり、防御無視といえる行動をしていたその途中だ、回避行動へ切り替えるには無理があった。

 だがバリアで受けながら、破られながらでも受け流す事は可能の筈―――

 

 ガッ!

 

 拳打が薄い光の壁であるディフェンダーに触れた。

 その瞬間。

 

 ドッ!

 

「がっ!」

 

 衝撃が走った。

 フェイトの身体に。

 拳はまだディフェンダーに触れたところだというのに、貫いてもいないというのに、殴られた様な衝撃がフェイトを襲う。

 更に、

 

 ゴウンッ!

 

 まるでバリアなど最初から発生していなかったかの様に、フェイトの体が叩き飛ばされる。

 その拳打は丁度フェイトの腹部に対し打ち下ろす様に打たれたものだ。

 その為、フェイトは落下させられる。

 

(そんな……)

 

 腹部を直接殴られたかの様な衝撃と痛みで意識が薄れる。

 飛行魔法も途切れ、最早フェイトは落ち行くのみ。

 

 今何が起きたのか、フェイトには解らなかった。

 薄れ行く意識の中では考える事すらままならない。

 幸いにも下は海だ。

 落下して死ぬ事はないだろう。

 

 だが負けた。

 あの男に明確に敗北したのだ。

 その失意が、フェイトの意識の低下を更に促していた。

 

 

 そんな中、最後にフェイトは見る、もう魔力など残っていないのに飛んでくる白い影を。

 桃色の翼で飛びながら、手を伸ばす少女の姿を。

 

(ダメ……今きたら魔法が……)

 

 フェイトの右手には未完成で、射出されなかったサンダースマッシャーがある。

 フェイトは意識を失いかけ、制御されない魔法だ。

 それが暴発しようとしていた。

 今近づけばその暴発にまきこまれてしまうだろう。

 

 それを理解しているのかは解らないが、それでも白の少女は手を伸ばす。

 

(何故……)

 

 その差し伸べられた手に対し、応える事ができず、ただフェイトは想う。

 

 そして、近づいてくる影はそれだけではなかった。

 

(貴方まで……どうしてそんなに慌てているの?)

 

 黒い影が白の影の後ろから近づいてきていた。

 何やら慌てた様子で。

 必死に手を伸ばしている。

 

(どうして……私に……)

 

 そんな2人の姿を見ながら、フェイトは完全に意識を失った。

 最後に得たのは、冷たい何かの中に落ちていく感覚だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最後の2人での連携攻撃が失敗に終わった。

 

「あっ!」

 

 そしてあの少女は男の攻撃で落下する。

 下は海だ。

 このままいけば、叩きつけられた上で夜の海に沈んでしまうだろう。

 

 ヒュゥンッ!

 

 そう思った次の瞬間には、なのはは飛んでいた。

 落ち行く少女に向かって。

 

「手を!」

 

 落下速度が速くて追いつけない。

 手を伸ばすが、ギリギリ届かない。

 相手が手を伸ばしてくれれば掴む事もできるだろうが、少女はもう気を失ってしまったのだろうか。

 虚ろな瞳でこちらを見るのみだった。

 

「おねがい……」

 

 落下する2人。

 このままでは2人とも夜の海に落ちてしまう。

 そろそろ落ちきる前に止まるには限界の高度と速度に達している。

 だがそれでも、なのはは最後まで手を伸ばして少女を助けようとした。

 

 自分の魔力がもう限界である事も忘れて。

 

 そう、なのはももう限界なのだ。

 最後のディバインシューターを撃って、既に意識は薄れ始めていた。

 魔力が尽きかけているのだ。

 更には最後の射撃の直後から頭痛もする。

 何か慣れない事をした為だ。

 

「手を……」

 

 届かない。

 助けられない。

 

 今のなのはではこの少女を―――

 

 

 そして、なのはは意識を失った。

 魔力が尽きかけた状態で全速力の飛行を行った為、完全に魔力が尽きてしまったのだ。

 それによる意識の断絶。

 

 なのはは、その手に何もつかむ事無く、暗い闇の底に落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝 なのはの自室

 

「っ!!」

 

 バッ!

 

 なのはは目を覚ました。

 宙に向かって手を伸ばして。

 

(わたし……)

 

 僅かに思考力が戻って来る。

 ここは自分の部屋、恐らくは今は朝だろう。

 昨晩の戦いが最終的にどうなったかは解らないが、久遠とアリサに連れて帰って来てもらったのだろう。

 そうして今まで眠り、今目を覚ました。

 

(わたしは……)

 

 自分の手を見る。

 伸ばした手の先を。

 何も掴む事ができなった自分の手を。

 

(届かない……)

 

 あの後どうなったかを聞かなければならない。

 自分がどうなったのかを。

 あの子がどうなったのかを。

 

 だから、起きて久遠かアリサに聞こうと考える。

 しかし―――

 

(あれ?)

 

 目を覚まして時間が在る程度経っているのにも拘らず、意識がまだハッキリとしない。

 身体が重く、伸ばした手も落ちる様に下がってしまう。

 

(身体が……重い……)

 

 何かを考えようとすると頭がぼおっとする。

 起き上がるだけの力がでない。

 

「なのは、起きた?」

 

 久遠の声がする。

 子供形態の久遠が傍にいる。

 

 そう、すぐ傍に居るのだ。

 それなのに声が遠くで聞こえる。

 その姿がぼやけてみる。

 

「なのは?」

 

 なのはの異変に気付いたのだろう、顔を覗き込んでくる久遠。

 

(くーちゃん……)

 

 何かを伝えたいと思うのだが、何を伝えたらいいかも考えられず、言葉を口にする事もできなかった。

 

「アリサ! アリサ!」

 

 慌ててアリサのスペースに呼びかける久遠。

 

 その後の事は良く解らない。

 意識が朦朧としていたし、すぐに薄れていってしまったからだ。

 けれど、この感覚は覚えがある。

 どうやら風邪を引いてしまったらしい。

 全く動けない程の。

 

 こんな時にジュエルシードが起動したらどうしよう、とそんな事を考えながら、なのははまた眠ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数分後 高町家リビング

 

「風邪ね、結構な熱だわ。

 とりあえず学校は休みの連絡してっと……

 ありがとうね、久遠ちゃん」

 

「くぅぅん」

 

 なのはの風邪は久遠によって桃子以下高町家に伝わった。

 簡単な診察と看病の用意、及び学校等への連絡が急いでなされる。

 

 そんな中、久遠はずっと暗い顔をしていた。

 それはなのはを心配して、というのもあるが、この風邪は昨晩の戦いが原因である事に間違いないからだ。

 昨晩の戦いの最後、あの少女と2人で冷たい海に落ちた事が。

 

「それにしても急に風邪なんて。

 昨日は元気だったし、風邪を引く様な事もなかったと思うんだけど」

 

「そうねぇ」

 

 家族はやはり疑問に思っている様だ。

 時期と昨日のなのはの様子、及び家族が知りうる情報からは風邪をひくような要素がないのだから。

 尤も、風邪などいつ引くか解らないものだから、そんなに深く考えてはいない。

 だから、それだけでなのはや久遠が今抱えている秘密に辿り着く事はないだろう。

 

 しかし、やはりこうなってしまうと、秘密にしている事がより重く感じられる。

 何事も無いかのように見せかけて、実は傷ついている事を隠している事が。

 

「今日は平日よね。

 皆学校だし……フィアッセ、お店の方お願いね」

 

「OK、任せて」

 

 どうやらなのはの看病をする為に桃子が家に残る事になった様だ。

 それは母親としては正しい選択であろうが、しかし1軒の店を経営する店長としてはかなり難しい事の筈。

 1日店長が不在なくらいでどうにかなってしまう程翠屋は脆弱でなくとも、翠屋は洋風喫茶で桃子はパティシエなのだから。

 事前に準備がされている場合なら兎も角、桃子がいなければ対処できない事態もある。

 

「なのは、久遠が看てるよ」

 

 だからというのもあるが、むしろ自分にとっては当然として久遠が申し出る。

 自分が護れなかった責任として、それくらいはしておきたい。

 

「うん、ありがとう。

 でもね、久遠ちゃんを信用してない訳じゃないんだけど、大変だから。

 大人モードは消費が激しいでしょう?」

 

「くぅぅん……」

 

 久遠は戦闘形態でもある大人モードを長時間維持できない。

 戦闘用として莫大なエネルギーを消費する為だ。

 単純に身体を大きくするだけにエネルギーの消費を調整できる筈なのだが、それができない。

 無理をすればそれでもなのはを看病する事は可能だが、それではもし今日ジュエルシードが発動したら、久遠は参戦できないだろう。

 

 この身は戦闘以外では役立たずで、そして戦闘でも役に立たなかった。

 なら、自分は何の為に存在しているのか。

 

 そんな事すら今の久遠は考えてしまう。

 

 

 と、そこへ、1つの親しい気配が近づいてくるのを感じた。

 

「ただいま」

 

 リビングに入ってきた人物。

 今、この家に『ただいま』と言って入ってくる者。

 

「恭也」

 

「あら、恭也おかえり」

 

「恭也、おかえり」

 

「恭ちゃん」

 

「お師匠」

 

「師匠」

 

 久遠を含む全員が恭也の帰りを迎える。

 何気なく帰ってきたこの家の長男にして、最も頼れる人を。

 

「どうした? 皆で集まって」

 

「丁度良い所に帰ってきたわ」

 

 全員が集まっている事に疑問の声をあげる恭也。

 そして、桃子は喜びながら事情を説明した。

 

 

 

 

 

 なのはは暗闇の中にいた。

 何処を目指して走っているのかは解らないが、何処かへ行きたかったのは覚えている。

 

「待って!」

 

 そして、今追いかけているのは悲しい瞳をした少女。

 

「話を」

 

 だが、少女に追いつく事はできない。

 全力で走っても、この暗闇の中に消えていってしまう。

 

「聞いて!」

 

 手を伸ばせども届かず、叫べども伝えられず。

 なのはの全てが否定される。

 今のままでは何も足りていないのだと、この暗闇に捕らわれてしまう。

 

「お願い! 話を聞いて!

 わたしの話を!

 聞かせて! 貴方の声を!」

 

 全ての想いを持ってこの暗闇の先に居るあの少女へと向ける。

 だがそれでも、闇を払う事もあの少女に声を届かせる事もできていない。

 

「っ! なら!」

 

 ガキンッ!

 

 あの少女と話す為に邪魔な障害を払う為。

 この暗闇を打ち砕く為、この手に持てる力の行使を決意する。

 構えるのは借り物であるが、しかし自分の力を具現してくれる杖。

 

 その杖の向ける先は―――

 

(……どこ?

 どこに向けているの?)

 

 ここは闇の中。

 その闇を払う為に力を振るう事を決意するも、一体何をすればいいのか。

 そもそも、てを包み隠してしまうこの闇を払う事などできるのか。

 

 そう、昨日だって負けてしまったのだから……

 

「それでも!」

 

 構える。

 そして全ての力を振り絞る。

 今在る全てを。

 前に進む為に。

 

 だが手は震え、狙いは定まらない。

 いや、何を狙っているのかすら定かではないのだ。

 

(わたしは……なにができるの?)

 

 決意は薄れないが、力だけが行き場を失う。

 障害があると解っていながら、しかしその障害が何かを理解できていない。

 自分に何が足りないのか解らないのだ。

 

「そうだとしても……わたしは……」

 

 前に進みたい。

 そう強く願い、想う。

 

「わたしは……」

 

 フッ

 

 虚空の闇に叫ぶなのは。

 その手が何か暖かいもので包まれた。

 

「え?」

 

 この誰もいない1人きりの闇の中で。

 力強い何かに。

 何も言わなくとも、何も答えずとも、それでも優しいと知っているなのはが最も―――

 

 

 

 

 

 額に冷たい何かが触れる感触。

 しかし、今は気持ち良いと思えるその何かでなのはは目を覚ました。

 

「起きたか。

 だが寝ていろ」

 

 声が聞こえる。

 怖い様でいて、しかし優しい男の声。

 何を考えているか良く解らない事が多いけど、いつでも皆の事を想っている愛する家族。

 

「おにーちゃん」

 

「ああ」

 

 呼びかけに簡単に答え、それだけで何も言わない。

 でも、それだけでもなのは温かみを感じた。

 ただそこにいるだけで安心できる存在。

 

「おにーちゃん。

 わたし、まだ足りないのかな?」

 

 熱で朦朧とする意識の中、なのはは問う。

 兄から見て今の自分がどうなのかを。

 

「大丈夫だ、お前なら近い内にきっと」

 

 それは、答えとしては不十分な言葉だった。

 しかし、

 

「ありがとう、おにーちゃん……」

 

 その意味は理解した。

 

「だから今は休め」

 

「うん……」

 

 兄がそう言うのであれば、早くこの風邪を治してまたがんばろう。

 信じる未来を現実とする為に。

 いつの日か、必ずあの子と一緒に―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃 八束神社

 

「……」

 

 八束神社の鳥居の上。

 そこに立つ一匹の子狐の姿があった。

 街全体を見渡せるこの場所で、一歩も動かずに決して小さくはない海鳴の街全体を見ていた。

 

 何かあったらすぐに動ける様に。

 

 久遠がなのはとアリサと離れる事は、あまり得策ではないのかもしれない。

 しかし、今なのはは風邪をひいている状態であり、出撃も不可能に近いだろう。

 看病は恭也がしているから心配はないが、逆にそれによって出撃がより困難になっている。

 

 だが、それでいいと久遠は思う。

 今はなのはは動かない方がいいのだと。

 

 久遠はもし今このタイミングでジュエルシードが発動したなら、久遠1人でか、もしくはあの少女達と封印するつもりだった。

 

 久遠は封印魔法は使えない。

 だが、アリサに魔法という技術を教えてもらった事で在る程度やり方は解っている。

 それを完全に形にする事は久遠にはできないが、全力の雷撃ならジュエルシードの動きを暫く封じる事はできるだろう。

 だから、その後でなのはか、もしくはあの少女にちゃんとした封印を掛けてもらえばいいのだ。

 

 しかし、単独でジュエルシードがカタチにした想いや、防衛機構軍。

 それにあの少女達とあの仮面の男に勝つ事はできない。

 それは理解している。

 だからこそ、久遠は自身で1度彼女達と向き合いたいと思っている。

 

 

 そもそも、昨晩、海に落ちたなのはを助け出したのはあの男だった。

 

 魔力切れな上にあの少女の魔法の暴走を受け海に落ちたなのは。

 その直前にあの男は久遠達が戦っていた闇の獣人を解除した。

 そして、暗い海に落ちてしまった2人を拾い上げ、こちらに返して来たのだ。

 

 その時、デバイスからジュエルシードを抜き取る事もできただろうに。

 だが何もせず、むしろ水を飲んでしまった2人に水を吐き出させるなどの処置までして。

 

 一体彼は何が目的なのか。

 何を想っているのか―――

 

(解っている筈なのに、見えない?)

 

 久遠にはそんな不思議な感覚があった。

 自分の感覚でありながら、意味不明なものだ。

 

 それに、結局昨晩での戦いもあまり役には立たなかった。

 あの使い魔にしてもそうだろうが、今後の戦いで自分がどうあるべきかもまだ久遠ははっきりしていない。

 

 その2つを確かめる為に、今は―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方 某高層マンションの一室

 

「風邪?」

 

 昨晩あの男によって倒されたフェイトは、冷たい海に落ちた為体調を崩していた。

 その報告をするアルフと、無表情のままその報告を聞く女性。

 

「ああ。

 あの男の戦闘の最後に海に落とされたからな」

 

 戦えと命じたのは女性であり、これは戦いの結果である。

 大凡正当ともいえる理由だ。

 だが、それでも女性は無感情に告げる。

 

「人間として出来損ないなのに、そんなところは人間と同じか」

 

「おい!」

 

 その言葉に掴みかからん勢いで睨みつけるアルフ。

 それが創った張本人であり、戦わせている者が言う事かと。

 

「それで?」

 

 だが、そんなアルフの気持ちを無視し、女性は報告の続きを要求した。

 そうそれは、まさかそれで終わりではないだろうという問であり、汚点だけの報告など受け付けないという応えでもある。

 

「……私はフェイトの使い魔だ。

 フェイトの欠点は私が補う。

 それでいいだろ!」

 

 使えないのであれば切り捨てるのみ、そう言う相手だとアルフは認識している。

 だから、アルフとしても答えは用意していた。

 だが、やはりこんな扱いは納得がいかないと、怒りと憎しみの感情をもってぶつける。

 そんな事は無駄だと知っていてもなお。

 

「ならさっさと行きなさい」

 

「解ってるよ!」

 

 やはり全くの無表情で無感動に言い放つ女性。

 アルフは最後も感情をぶつけてその場を後にした。

 本来フェイトと共にしなければならないジュエルシードの探索の為に。

 

 

 

 

 

 アルフが出ていたマンションは、女性とフェイトの2人だけとなった。

 

「まったく、病人がいるというのに、騒がしい子ね」

 

 そんな部屋で、声が響いた。

 女性の声だ。

 

「それにしても、もう少し上手くやると思ったのに。

 流石に5人も相手では無理があったかしら?」

 

 何かを思いながら1人呟く。

 

「ふぅ……仕方ないわね」

 

 溜息とともに疲れたようにもう1度呟く女性。

 何を思っているかは、この場にそれを知りえる者はいなかった。

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 高級マンションの一室でありながら、牢獄を連想させる必要最低限の物しかない寂しい部屋。

 そこでフェイトは1人眠っていた。

 だが息は苦しく、頭は重く、身体に力は入らない。

 戦闘直後に気絶して冷たい海に落ちたのだ、相当身体が弱ってしまっている。

 鍛えてはいるので、ちゃんとした治療が受けられたなら一晩で治るだろうが、それはできないだろう。

 何せアルフはフェイトの代わりに1人でジュエルシードの探索に出てしまっているのだ。

 

 だから、フェイトは風邪を引いて高い熱を出しているのに、額にタオルすら乗せていない。

 最低限の薄いシーツに入り、ただ横になっているだけの状態だ。

 

「ぅ……ぁ……」

 

 熱くて、寒くて、苦しくて、本来なら1人の夜も平気なのに、今はどうしようもなく寂しい。

 いつも傍にいてくれるアルフすら今はいない。

 このまま暗い闇の中に沈んで消えてしまうのではないかと考えてしまう。

 

 だが、それは当然だろう。

 あの子が差し伸べてくれた手を取らなかったのだから。

 このままこの道を行くと決めているのだから。

 

 例え、このまま死んでしまうとしても……

 

(いや……

 ダメなの、私は……まだ……)

 

 ただの風邪であるが、しかしそのただの風邪も放置すれば死に繋がる。

 このまま約束もあの時の想いも果たさないまま消えてしまう事も在りえる。

 それだけは嫌だ。

 

(私は……)

 

 誰かに助けを呼びたくて、手を伸ばす。

 あの子が差し伸べた手を取らなかったというのに。

 だが、誰も居ない事は解っている。

 誰も自分を助けられない事を…………

 

 スッ

 

 その時だ。

 その伸ばした手が握られた。

 暖かい手で。

 

「誰? ……母さん? ……リニス?」

 

 アルフは居ない。

 なら他に考えられる人を呼んでみる。

 意識は朦朧として、視界もぼやけていて役に立たない。

 自分が口にしている言葉すら理解できていない状態だ。

 

 だが、大人の女性の影がそこにあると解った。

 

「寝てなさい」

 

 優しげな声、フェイトが知っている声。

 

「はい……」

 

 返事の後、額に冷たいものがのる。

 それは手だと解る。

 フェイトの手を握る暖かい手と、額に乗る冷たく気持ち良い手。

 不思議だと思いながらも、フェイトは眠る。

 もう何も不安もなく、安らかに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕刻 某ビルの屋上

 

 アルフは今日1日1人で外を見回っていた。

 何時ジュエルシードが発動しても直ぐに対処できる様に。

 特に今日はフェイト無しでもなんとかできる様にだ。

 

 だが、アルフは封印魔法を使う事ができない。

 それに、今のフェイトの状態を考えると、フェイトも封印魔法だけでも使えるか危うい。

 第一、アルフ1人での戦闘となると、例えジュエルシードを捕らえられたとしても、大量の魔力を使ってしまうだろう。

 それはつまりフェイトの魔力を使う事であり、フェイトに封印の為の魔力が残っているかも解らない。

 

 しかし、それでもやらなければならない。

 フェイトとアルフが生き残る為には、あの女の指示をこなす事が絶対条件だ。

 

「くそっ!」

 

 1人毒づくアルフ。

 あの忌々しい女の顔を思い出しながら。

 

「それにあの男もだ、一体なんなんだよ」

 

 更にはフェイトが風邪をひいた原因である、昨晩の戦いの最後の海への落下。

 その戦いの相手であり、フェイトを海に叩き落した張本人たる仮面の男。

 

 だがしかし、フェイトを海から引き上げ、更に必要な処置を施したのはあの男。

 それにフェイトが放とうとして失敗し、暴走した魔法を止めたのもあの男だ。

 危うくフェイト自身の命をも奪いかねなかった魔法の暴走をだ。

 

 あの女にしても、あの男にしてもアルフの理解の範疇を越えている。

 目的も、考え方も、そのやり方もだ。

 そう、理解できない。

 

 一体、彼も彼女も何なのかを。

 

「本当に、解らないよ」

 

 敵であるあの小娘達を助けたかと思えば、フェイトを助けた事もある。

 更には、自爆する防衛機構を相手にした時は2度も危機から救ってもらった。

  

 なのにその次の戦いではジュエルシードを強奪し、その次である前回もジュエルシードを奪った。

 挙句にフェイトとあの小娘の2人以外、アルフとあの小娘の使い魔らしき女を引き離し、フェイトと直接戦った。

 その結果として、フェイトを倒し、海に叩き落したのだ。

 

 そうして自分で叩き落したのに、自分で引き上げるという事をしている。

 

「一体、何が……」

 

 アルフにとってフェイト以外の事はどうでもいい事と言えてしまうものだった。

 だが、フェイトに直結する事というのもあるが、あの男の事が気になった。

 一体何を想って行動しているのか。

 その先に何を見ているのか。

 

 そして、自分はこのままで大切なフェイトを守りきる事ができるのか。

 

「そう言えば、またまともに直接戦った事は無いね」

 

 思えば、あの男が直接戦ったのは前々回のジュエルシード相手と、前回のフェイトとあの小娘との戦いだけ。

 それまでは突如現れては去っていくという形だったのだ。

 だから、まだアルフはあの男と直接戦った事は無い。

 1度攻撃しようとして、あの男の魔法であるデスカウントを受けたが、それだけだ。

 

「殴り合うと理解できる事もあるらしいが、アイツが相手だとどうなるのかね」

 

 試してみる価値はあるだろうか、と、そんな事を考える。

 そして、そう考えながら苦笑する。

 自分らしくない余計な思考だと。

 何故こんな事を考えるのか、少しだけ可笑しくて、不思議な気分だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夢の中 なのは

 

 なのはな夢の中に居た。

 しかし、確かに夢だと自覚できるのに、そこは闇の中でもあった。

 今の自分の内面を表したかの様な暗闇の世界。

 自分が何処に居るかも、何処へ行こうとしているかも解らない。

 

「でも……」

 

 不安は無い。

 再三認識し直す事になったが、なのはの周りには沢山の支えてくれる人がいる。

 それは例えその場に居なくとも、そう、こんな暗闇の中でも力となるもの。

 それに今はすぐ傍に力を感じる。

 大きく、強く、暖かい力を。

 見えないけれど、ずっと傍に居てくれる力。

 なのはが生まれた時からずっと当たり前のように共に在ったもの。

 

「わたしは―――」

 

 そんな贅沢と言える環境で育った自分は、今何処に居て、何処へ行こうとしているのか。

 なのはは改めて考える。

 今の自分は、1ヶ月前からでは考えられないほど大きな力を持っている。

 自分自身の力だ。

 前まで持っていた、他の人はそれもまた『力』だと言ってくれるものとは違う、明確な破壊を司る『力』。

 

 そんなものをもってしまったばかりに、今まで見えていた答えは隠れ、進むべき道も見失った。

 今なら多分引き返す事はできるだろう。

 力を捨てるのは簡単だ。

 魔法の杖を放棄してしまえば、今のなのはは実用的な魔法は一切使えない。

 しかし、それはきっととても悲しい結果を見ない振りしなければいけない事で―――

 

「それはできないよ」

 

 知ってしまった。

 自分の力でできそうな事を。

 まだ届かなくとも、見える場所に、もう少しで手が届きそうだったあの悲しみを。

 

「だから、わたしは―――」

 

 なのはの目の前にうっすらと道が見え始めた。

 

 しかし―――だがしかし、その道は幾本にも分かれ、その先は全く見えない。

 同じ様に見える道ですら更に枝分かれして、無限の彼方の闇に行く先が隠れてしまっている。 

 

「まだ足りない。

 届かない」

 

 どの道を進むべきか。

 なのはにはまだ解らない。

 どうしても足りないものが在るのだ。

 それを見つけない限り、この先一歩も進む事はできない。

 もし間違えれば全てが取り返しのつかない事になるだろう。

 

「でも昨日は―――」

 

 昨日、慌てて半歩くらい歩みを無理矢理進めてしまった。

 そのせいで今倒れ、何も救えずに闇の中に落ちている。

 だが、だからこそこうして考える事ができている。

 それはきっと、間違って進んでしまっていた半歩を叩き戻してもらえたから―――

 

「―――」

 

 なのはは、誰かを呼んだ。

 それは、とても親しい人で、最も信頼する人で、何時も見守ってくれている人。

 

「待ってて、ね……」

 

 暗闇の中、なのはは告げる。

 必ずそこへ行くと。

 こたえの先に待っている人の下へ。

 でもそれにはまだ少しだけ時間と行動が必要だ。

 だから、その少しの間だけ待っていて欲しい。

 

 必ず―――必ず見つけるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜 なのはの部屋

 

『無理よ、映像だって転送できない状況なんだから』

 

「そうよね……

 でも必要なのよ」

 

『こっちでもできる限りはするけど』

 

「ええ、お願いね」

 

 声が聞こえた。

 部屋の中から知った少女の声と女性の声が。

 

「……アリサちゃん?」

 

 その声の主の名を呼ぶ。

 今この部屋を仮住まいとしている友達の名前を。

 

「あ、ごめん、起こしちゃった?」

 

 目を開けたなのはのすぐ傍に飛んでくる妖精形態のアリサ。

 そして、なのはの額に手を当てる。

 熱を測っているのだろう。

 

「熱は下がったみたいね」

 

「あ……うん、もう大丈夫だよ」

 

 言われてやっと自分が何故眠っていたのかを思い出す。

 そう、風邪をひいて倒れていたのだ。

 ふと時計を見れば22時になっている。

 今日は平日だから学校も休んだ事になる。

 

「ダメよ、まだ寝てないと」

 

「うん……

 ごめんね、こんな時に」

 

 起き上がろうとするなのはを止め、布団を掛けなおすアリサ。

 こうして迷惑をかける事と、それにジュエルシードと戦っているこんな時に風邪をひいてしまった失態を謝罪する。

 この時間までジュエルシードが出なかったからよかったもの、危うくジュエルシードの暴走を見過ごすところだったのだから。

 

「謝るのは私の方よ!

 貴方ばかりに戦わせて、いえ、戦いだけじゃなく貴方にはいろいろなものを押し付けてしまっているわ。

 こうして体調を崩したのも全て私のせい」

 

 だが、アリサは逆に自分にこそ非があると叫ぶ。

 全ては自分が元凶で、何もできていない役立たずだと。

 

「アリサちゃんは何も悪くないよ」

 

 だから、ほぼ反射的にそう言うなのは。

 それは優しさや甘さからではなく、事実としてあり且つ心から思っている事だ。

 だが、そこへすぐさまアリサから返ってくる言葉があった。

 

「じゃあ、なのはも悪くないわ」 

 

 沈んでいる様にも見えたが、演技だったのだろうか。

 アリサはいつもの強気な笑みと、優しい声でそう言った。

 なのはの事をよく理解した上でのやり取りだ。

 

「アリサちゃん……

 ありがとう」

 

「いえ、お礼を言うのは私の方よ、いつもありがとうなのは」

 

 お互いに少し笑いながら、見詰め合う。

 そう言えば、このところずっと傍にいる2人だが、ゆっくり話した事がなかった。

 アリサは回復の為に寝ている事が多いし、話すとしても魔法の説明などの時がほとんどだ。

 近くにいて、理解し合えていると思っていたが、それは少し偏った部分ばかりだったのかもしれない。

 

「ねえ、アリサちゃん、少しお話しよう」

 

「ええ」

 

 それから少し他愛の無い話をする2人。

 少しだけできたこの時間で、今まであまりしていなかった事を補う様に。

 

 

 

 

 

「それでね、私は魔法の制御ミスっておもいっきり冷水を被る事になって、風邪をひいたのよ。

 そしたらリンディったら仕事が忙しいのに無理して帰って来て看病してくれて」

 

「そうなんだ」

 

 いつの間にか話題はアリサの過去の話。

 今のなのはの様に風邪をひいた時の話になっていた。

 今から数えると3年くらい前の話である。

 

「そう、当時は本当に皆忙しくて。

 リンディは出世コースで働き詰めだったし、クロノも修行の為に遠出してたし、もう1人は戦ってたし。

 家には誰も居なかったわ」

 

「そうなんだ」

 

 話を聞くたびに思う自分との境遇の共通点。

 なのははひとつひとつじっくりと聞いていた。

 

「そうね、その時はちょうど貴方のお兄さん、恭也さんみたいに1日中傍にいてくれたわ。

 やっぱり家族っていいものだなって改めて思ったわね〜」

 

「うんうん。

 あ、おにーちゃんやっぱりずっといたんだ」

 

「そうよ。

 私もその時は同じで、意識殆ど無かったから傍に居てくれたのを見た訳じゃないけど、手を握っててもらったし。

 そこに居た事だけはよく覚えてる。

 私にとってリンディは自慢の家族だけど、なのはのお兄さんも良いお兄さんよね〜

 家のクロノと交換して欲しいくらいだわ」

 

「うん、おにーちゃんは私の自慢のおにーちゃんだよ。

 でもそっか、やっぱり傍に居てくれたんだよね」

 

 なのはが起きた時にはもう恭也は居なかったが、実際恭也は21時半ごろまでは居たのだ。

 全員が帰って来くるその時まで、ずっとなのはの傍に。

 

「そういえばさ、なのはってお兄さんと一緒にお風呂に入ったりする?」

 

「え? おにーちゃんと?」

 

 と、突然アリサはそんな質問をしてくる。

 若干顔を赤くしながらも、しかし平静を装って。

 

「おねーちゃんとは一緒に入るけど、おにーちゃんと入ったことは無いんじゃないかなぁ。

 一緒に入ろうとした事はあったけど、機会がないし。

 でもどうして?」

 

「ううん、なんでもない。

 まあ、実際酷い汗だったし、兄妹だし、気を使ってる様子はあったし、それ以前に眼中に無かったみたいだし……」

 

「にゃ?」

 

 自分に言い聞かせる様に呟くアリサ。

 何のことか解らず怪訝そうな顔をするなのは。

 尚、何故こんな問があったのか、なのはが解ったのは翌朝着替える時、着ているものが自分の覚えの無いもの変わっている事に気付いた時だった。

 

「そういえばくーちゃんは?」

 

 1人呟くアリサに、もう1人の友達の姿が見えない事に気付き、尋ねるなのは。

 風邪をひいている自分と一緒に居続けるのも問題なので寮に戻ったという風に予測は立てる。

 だが、

 

「ああ、久遠なら見回り。

 まだ戻ってきてないわね」

 

「あ、そうなんだ……」

 

 アリサの答えを聞いて、それも当然かと考え直す。

 自分が動けない以上、久遠ががんばらなければいけないのだから。

 謝ろうとも思ったが、しかし先のアリサとのやりとりもあり、御礼を言おうという風に思い直す。

 

「て、もう1時間くらい喋っちゃったわね。

 そろそろ……あ、誰かくるわ、お休み、なのは」

 

「うん」

 

 家の住人が近づくのを察知し、自分のスペースに隠れるアリサ。

 

「なのはー、起きてる?

 ご飯食べられる?」

 

「うん、食べる」

 

 やってきたのはお粥を持った桃子だった。

 朝からまともな食べ物を口にしていなかったので、風邪が大体落ち着いたなのはは空腹であるのを思い出す。

 

 今日は運良くジュエルシードの発動は無かった。

 今のところ発動の気配も無い。

 だからなのははもう1度眠りにつく。

 明日からはまた戦う為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 某所 高級高層マンションの一室

 

 明かりの点いていない暗い質素な部屋。

 今は1人の少女が眠っている部屋だ。

 そこに女性が1人入ってくる。

 赤橙色の髪の女性だ。

 

「ん…… アルフ?」

 

「フェイト、ごめん起こしちゃった?」

 

 部屋に入ってきた気配で眠っていた少女は目を覚ました。

 そして起き上がり、明かりを点けて使い魔アルフを迎える。

 

「もう大丈夫なの?」

 

「ええ」

 

 問いながらフェイトの額に手を当てて熱を測るアルフ。

 今のフェイトの熱はほぼ平熱といったところだった。

 明かりが点いた事で顔色が悪くない事も解り、安心する。

 

「ところでアルフ、今帰ったの?」

 

「ああ、ずっと見回りしててね。

 ごめんよ、1人にして」

 

「いいよ、それよりごめんね、貴方1人に」

 

「そんな事いいんだよ、フェイトが休めるなら」

 

「アルフ……」

 

 自分が倒れた事でアルフが苦労しただろう事は解っている。

 今日はジュエルシードの発動が無かった様なのが幸いしたが、もしもの時はどうなっていた事か。

 それを考えるとアルフの気苦労は相当のものだっただろう。

 

「……」

 

 だが、もう1つ気になる事がある。

 フェイトは自分の右手を見て思う。

 その手にまだ残っている感触。

 それに、額に残っている感触もだ。

 

「どうしたの?」

 

「なんでもないよ、アルフ」

 

 心配そうに見つめるアルフに少しだけ微笑むフェイト。

 フェイトは見つけていた。

 床に落ちる一本の髪の毛。

 真紅の色の長い髪の毛だ。

 それだけで、フェイトはもう何も考える事はなかった。

 

 

 

 

 

第9話へ

 

 

 

 

 

 後書き

 

 さてさて、後半戦スタート。

 しかものっけから戦闘。

 でもちょっと半端な感じです。

 敢えて。

 そして、その戦闘を終えて色々考えるのが今回の目的。

 後半戦から始まる本格バトルは次からになります〜

 

 因みに次はかなり長くなる予定なので、覚悟してくださいまし。

 

 では、次回もよろしくどうぞ〜。








管理人の感想


 T-SAKA氏に第8話を投稿していただきました。



 今回は両陣営同じような状態に。

 メインの2人が2人とも風邪でダウンでしたし、相棒は見回り。

 看病も同じようにされていましたしねぇ。

 人数こそ違いますが、実に良く似ている両サイドでした。


 なのはは夢の中でも色々考えている様子。

 やはり急な状況の変化に心の方がまだ追いつけていないのでしょうね。

 普通の小学生の少女だった彼女には色々大変な事ですし。

 これからちゃんと良い方向に成長してくれると良いですね。

 T−SAKA氏のSSは内面の描写がしっかりしていて面白いですな。



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