輝きの名前は
第10話 それは、少女のこたえ
夕刻 八束神社
平和なこの街の、平和な筈の神社。
今日は参拝客もなく、神主も巫女も不在で、静かな時間が流れていた。
だが、その裏で―――
ヒュンッ!!
ここは八束神社にして、しかし本来の世界とは別の世界。
日常の世界とは切り離された空間、結界の中。
八束神社周辺の山全体を、特に上空に向けて広く作られた結界だ。
その中を今、1人の少女が飛びまわっていた。
ヒュゥゥンッ!!
とある学校の制服に似た白い魔法の服、バリアジャケットで身を包んだ少女。
踵から展開するピンクの翼でこの結界の空を全力で飛んでいた。
それから1度思いっきり上空に上がると、今度は、
ヒュゥゥゥゥンッ!!!
全速力で落下してくる。
そして、
ズバァァンッ!
急停止する。
翼で羽ばたいて飛んでいる訳ではないが、急停止によってその周囲に風圧が発生する。
キィィンッ!
停止し始めてから20mほど降下して止まる少女。
「ふぅ……」
そこは地上5mの地点であり、止まろうとしてから動いてしまった距離から考えるとあまり余裕は無い。
白いリボンで結われたブラウンのツインテールを小さく揺らし、少女なのははそこからゆっくりと地上に降り立つ。
「最高速は大凡200km/hってところね。
完全に移動の為ならもっと上がる筈だけど」
その少女の傍に現れるのはブロンドの髪の少女、アリサ。
「でもブレーキは上手く行かないの?」
それと式服を着た女性、大人モードの久遠だ。
2人は地上からなのはの飛行テストを見ていた。
「そうだね、最大速度からの急停止は20mもオーバーラン。
やっぱりわたしの戦闘飛行速度はせいぜい60km/h。
細かい機動は苦手みたい」
なのはが自己分析する今の飛行戦闘能力。
比べる相手が少ないが、知っている限りではあまり良い結果とは言えないものだった。
「なのははバリアジャケットが重過ぎるのよ。
それでもこれだけ動けるのは流石フライヤーフィンでかなり多めに魔力使ってるだけの事はあるわ。
それと、その重量で速度を出せば細かい機動ができなくなるのは当然ね。
でも、それだけ動ければ十分よ? それに貴方は遠距離主体なんだし、そこまで気にする事は無いわ」
「うん、アレだけ速ければ久遠も当てにくい」
あまり納得していないなのはを褒める2人。
なのはが比べている相手というのも、相当上級の者であり、更に接近主体の魔導師だ。
それと比べてしまうと下であるのはむしろ当然だといえる。
尚、アリサが言うバリアジャケットが『重い』というのは質量的な問題ではない。
バリアジャケットはその名にもある通り、布に見えて魔力で編まれた防護服である。
更に、目に見える魔力で編まれた衣服の他に、空間的な障壁であるバリアも常時展開している。
それは攻撃を防ぐ為だけでなく、温度、圧力等の環境適応機能も働いており、高速で飛行しても平気なのはその為だ。
一応事前に設定すれば水中活動もできるし、高温、低温といった極地でも問題なく活動できる。
それら全てを含めてバリアジャケットなのだ。
それで、なのはのバリアジャケットは防御性能に優れている。
つまりそれはバリアの性能である対攻撃、環境適応を行う周囲空間への干渉が強いと言う事になる。
その空間への干渉が強いと、移動する際に移動先の空間を干渉する必要があり、その干渉に必要な力が丁度空気抵抗が掛かったのと同じ様な動き辛さとなって術者にフィードバックされる。
バリアジャケットは基本的に術者を中心に展開されているので、護りの能力を維持する為に常に中心でなくてはならないからだ。
それを『重さ』と言って表現している。
まあ、イメージ的に強い鎧を着ればそれだけ重量が嵩み、動きが鈍くなるのと大した差は無い。
ただ、バリアジャケットの場合は目に見える衣服の部分の厚みによってだけ防御性能は測れない。
一応、目に見えている形で形成している衣服の防御性能は見た目の厚み、質感で大体それと解る。
魔力で編まれた衣服の強度は、術者の魔力の高さや性質ではあまり大きく変わらない為だ。
しかし、バリアジャケット全体で見れば、目に見えない形で展開している護りもある為、衣服の厚さ=防御力とは言い切れない。
ただし、目に見える形で展開していないバリアジャケットの防御性能はそこまで大きくはならない筈だ。
目に見えない部分の護りは常時展開、敵地適応という稼動する部分である為、魔力を消費し続ける事になる。
更に、先にも述べている通り常時展開且つ、目に見える形では現れていない護りは移動の際の重さに直結してしまう。
固定砲台になりきるのでもなければ、そんな事をする利点はないだろう。
だが例外が多々存在するので、見た目だけで測るのは危険だという事で『測れない』とされている。
「そうかなぁ……
とりあえず次のテスト行くね」
目標としている人物との戦闘を考えて難しい顔をするなのは。
だが、すぐに気持ちを切り替えてもう1度空に上がる。
今なのはは魔法のテストをしている。
山篭りの修行から数日、自分の使える魔法の今の性能を知っておかなければならない。
レイジングハートに主と認められ、戦闘理論魔法を棄てた事でかなり運用が違ってくるのだ。
山篭りの最後の夜、あの男とはぶっつけ本番で戦い目的を達成する事ができたが、いつまでもそれではいけない。
疲れも完全に抜け、時間ができたのでこうして今自分にできる事を把握する。
そして、この先に―――
「次はフラッシュムーブね」
「気をつけてね」
2人は地上でなのはを観察する。
魔法の計測の為にも、他者の目というのは重要だ。
特に戦闘する際は、相手にどう映るかによっては長所になるものや短所になるものも違う。
「いくよ」
『Yes, My master』
杖に呼びかけ、なのはは正面を見る。
アリサによって計測の為のマーカーとして碧色の光の球が浮いている。
それにそって真っ直ぐ進むのだ。
「……ふぅ―――っ!」
『Flash Move』
フッ!
魔法の名が告げられたその瞬間、踵の翼が膨張し、なのはは急加速をもって前進する。
その速度は残像が残る程の速度で、約50m移動し、更にそこで急停止する。
マーカーを見ると目標としていた50m地点とほぼずれの無い移動となった。
「展開は1秒、で大体50mまでを移動及び停止。
ここまでは良しっと、じゃあ―――」
大きく息を吸い、吐き出す。
『Flash Move』
フッ!
なのははもう1度フラッシュムーブを起動した。
1秒の時間で50m飛び、本来ならそこで停止する魔法だが、
『Flash Move』
フッ!
「ぐ……」
魔法の効果が切れる前に、本来設定している停止の為の力を解除し、同じ魔法を重ねて掛ける。
連続使用による加速と移動のテストだ。
急加速の連続による圧力がなのはの身体を襲う。
そして、更に約90m前進した。
そこでまた更に、
『Flash Move』
フッ!
3連続使用。
「ぅ……」
空気の壁にぶつかる衝撃に、なのはは最終的に目を閉じなければならなかった。
そうしながらも距離にして125m近く進む。
だがその停止は上手く行かず、少しオーバーしてしまった。
「く、はぁ……はぁ……」
計265m程を3秒で駆け抜け、なのはは大きく呼吸を乱す。
魔法効果中はろくに呼吸ができなかったのだ。
(2度の連続使用だと加速が既についている分、更に速度が上がって距離も伸びるけど、やっぱり負荷が大きいな。
移動後は多分1、2秒は動けない。
3連続だとまた更に距離も伸びて200m以上移動できる。
けど、加速が大きすぎて辛い。
それに思っていた場所にも止まれない上に移動後の10秒は何もできそうにない。
余程の事が無いと連続は2度まで、2連続使用は多くても5回までに抑えないといけないかな)
息を整えながら冷静に自分の魔法を分析するなのは。
単純に1回のフラッシュムーブでも秒速50m、時速にして180kmまで瞬時に加速する。
本来なら慣性の法則に従い、なのはの身体は急加速によるダメージを負う事になる。
だが、それはバリアジャケットとフラッシュムーブに含まれる護りの魔法効果のおかげで、なのはがダメージを受ける事は無い。
ただ、連続使用して更に加速すると負荷がバリア能力を超えてしまい、なのはの身体に圧力が通ってしまう。
その圧力に今のなのはが耐えられるのは3連続使用までということだ。
それに、そんな距離を瞬時に移動しても、動体視力などはついてこない。
だから景色が一変してしまい、状況を改めて把握しなければならない。
場合によっては敵を見失ってしまう可能性を考えると単発使用ですら使いどころも難しいだろう。
「なのは〜、真っ直ぐ飛べてるわよ〜
それと、いい感じに残像が残るみたいだわ〜
それを狙って連続使用するなら角度変えたほうがいいかも〜」
観測していたアリサから結果の報告がなされる。
元の位置から声を上げてだ。
どうやら急加速と魔法発動の際に発せられる魔力光の影響で人の目には残像が残り、特に接近戦での回避には有用なものになりそうだ。
だがこの魔法、真っ直ぐ飛べるというよりも、直線移動しかできないのが欠点で在る為、使う時は注意が必要だ。
(あの子のブリッツアクションと比べると遅いから過信もできないし。
速さがある人と距離を取るなら別の手と併用しないと)
先日の仮面の男との戦いの最後、なのははフラッシュインパクトを使った上でフラッシュムーブを2連続使用して加速し、その後通常飛行に切り替え高速飛行で移動し1200mという距離をとった。
あの男の理解不能の移動方法でも一瞬では到達できないだろう距離として、2つの目標を撃ち抜く限界距離としてだ。
「さて、じゃあ次っと」
とりあえずなのはは神社の境内まで戻る。
そこで次の魔法の性能テストが行われる。
「2人とも準備はいい?」
「OK」
「いいよ」
地上近くで空に停滞し、同じく空を飛んでいるアリサと地上の久遠に確認する。
アリサはその手に杖を持ち、黒い装甲服に着替えている。
彼女の杖は、白の柄の先に丸い碧色の宝石が着いたもの。
バリアジャケットである装甲服は男物のスーツの様な服の上に薄いロングコートを着た様なデザインだ。
更に関節や胸、肩といった部分に金属の様に硬いプレートが着いている。
その為に一言で表現するなら本当に『装甲服』になる。
尚、金属の様なとは言っているが、バリアジャケットは魔力を固定したものなので、これは本物の金属とは違う。
ただ、性質を変化させ固定したものなので本物の金属と質量や質感は殆ど変わらない。
余談だが、物によってはデバイスの中に格納した実物を瞬間装着するものもあり、全て実物の装甲服にもできる。
その場合はバリアジャケットの生成に魔力は要らず、瞬間装着となると技術が必要となるが、使用魔力は格納と装着時だけとなり、消費魔力を軽減できる。
しかし、実物なので破損した場合、魔力があっても再構築はできないし、格納用として別のデバイスを持たないかぎりは容量が嵩むという問題が付き纏う。
特殊な素材ほどデバイス格納にはリソースを消費する事が多く、一般的な魔導師なら実物の使用は一部分するかしないかだ。
更に余談だが、デバイスの変形は殆ど魔力で編まれたものだが、中には格納されている実物の金属を使っている部分もある。
当然だが本体であり中枢でもある部分は完全に実物なので、そこが破損すると部品交換なども必要になる。
話が逸れたが、これ等の装備はどうしたかと言うと、昨日の夜に転送してもらったものだ。
かなり余裕ができたなのはの魔力と、本調子に戻ったと言っていいアリサの魔力で無理矢理ではあるがアースラと物質転送の回線を繋げたのだ。
だが、力技である為にその回線は不安定で、アリサの愛用のデバイスを転送するのは不安であった。
そこで時空管理局で使っているオーソドックスなデバイスを、義兄の使っているデバイスの予備部品でちょっと改造し、それを転送してもらったのだ。
因みに念の為2つ送ってもらったのだが、やはり1つは転送に失敗し、破損した状態でアースラに戻ってしまった。
アリサの愛用のデバイスがアリサの手元に来るのはまだ先の話になりそうだ。
「久々のデバイス有りでの魔法行使。
リハビリには丁度いいわ。
このデバイスも、バリアジャケットも」
杖を構え張り切っているアリサ。
杖も仮のものであるが、実は纏っているバリアジャケットも本来のアリサのものではない。
この事件、アリサがジュエルシードの封印に失敗した最初の作戦の時から着ている装甲服であるが、これはその作戦用に組んだもの。
長距離からの封印魔法を行使する為に安定した砲撃仕様のバリアジャケットであり、仕様してはなのはのバリアジャケットに近い。
実は防御力もなのはのものとほぼ同じである。
見た目として服であるなのはと装甲服であるアリサのものが同じ防御力なのは、目に見える部分と目に見えない部分の総合的な話になるからだ。
アリサのバリアジャケットはなのはのバリアジャケットよりも目に見えないバリアの方が弱いのだ。
その違いはと言うと、なのはの方は目に見えないバリアが強く、服としては軽い為、その場で身体を動かす分には動きやすく、だが移動速度は遅い。
アリサの方は、装甲服は重く身体を動かすのにはむいていないが、移動速度が速い。
といった具合である。
その為、なのはのバリアジャケットは言うなれば重装型射撃戦仕様。
今のアリサのバリアジャケットは、移動型重砲戦仕様と言える違いがある。
どっちが優れていると言う事は無く、なのはのバリアジャケットはなのはに合ったバリアジャケットと言えるだろう。
ついでに言うと、なのはが今相手にしている者達は動きが素早く、更に接近戦を得意とする。
今のなのはの技術では、そんな相手に更に接近戦に向かない重砲撃仕様のバリアジャケットを着ては対応する事ができないだろう。
アリサとて、このバリアジャケットを今後使い続ける気はない。
あくまで、このバリアジャケットを必要とした作戦では、複数の仲間と連携する事が前提であったが為の構成。
アリサの特性上、このバリアジャケットではアリサの能力をフルに発揮する事は不可能だ。
ただ、アリサの本来のバリアジャケットはちょっと複雑な構成の為、仮のデバイスには組み込めなかったのだ。
更に余談となってしまうが、この黒の装甲服のバリアジャケット、デザイン元は義兄のバリアジャケットである。
そして、彼の身体能力と技術なら、そんな重砲撃仕様の重いバリアジャケットでも十二分に高速接近戦ができる。
アリサにとって重砲撃仕様になってしまうバリアジャケットも、彼にとってはバランス型と言えるものだ。
同じバリアジャケットの構成でも、使う人が違えば当然違う使い方になる。
「行くよ、レイジングハート」
『Yes, Master』
キィィンッ!
なのはの足元に展開する桃色の魔法陣。
そこから、
『Divine Shooter』
キィィンッ
発生するのはシューターの発射台である6基のディバインスフィア。
スフィアはなのはの周囲に浮いて1度停止する。
そこから、
「シュート!」
ヒュンッ!
2つのスフィアからそれぞれ1発ずつのディバインシューターが発射される。
その2つのシューターはなのはの操作の下、それぞれアリサと久遠に向かう。
「さあ、こっちこっち」
「いくよ」
ヒュンッ!
タンッ!
迫るシューターを移動しながら回避する2人。
アリサは上空に上がりながら、時に旋回し、時に急停止してシューターを撒こうとする。
なのは同様に重いバリアジャケットを着ながら華麗な動きだ。
久遠は地上で走り、跳んだり、側転やバク転などのアクロバットな動きで惑わしながら逃げ回る。
そんな複雑に動く2つの目標になのははシューターを当てようと操作する。
「追加、2」
『Yes, Master』
ヒュンッ!
更に停滞させていたスフィアから2発のシューターを発射、それぞれアリサと久遠に向ける。
「おっと」
「結構面白い」
自分を追う魔弾が2つに増え、更に数が増えて操作精度が落ちるどころか、2つずつになった事で連携まで掛けてくる。
だが、2人ともその魔弾と踊るかの様に空で、地上で回避し続ける。
なのはの操作は更に複雑化し、フェイントや片方を囮にするなどの動作まで混ぜているが、2人に触れる事はできない。
「追加して」
『Yes』
ヒュンッ!
なのはの指示に従い、停滞させていた残っていた2つのスフィアから魔弾が射出される。
これでアリサと久遠を追う魔弾は3つ。
だが、
「あら」
「あらら」
ヒュゥンッ
それぞれ3つとなった魔弾の動きは鋭さも落ち、逆に2人にとっては避けやすくなってしまっていた。
数は増えてもなのはの操作精度が追いついていないのだ。
「ダメだね」
ディバインシューターの操作テストは十分だと2人を追っていた魔弾を解除するなのは。
それから1度地上に降り、アリサ、久遠と合流する。
「ふぅ……
今のわたしじゃ4つが限界。
わたし自身が動きながらとなると2つくらいになっちゃうかな」
「いやー、十分じゃない?
2つの目標を同時に追いかけてアレだけの動きができるなら」
「うん、凄い凄い」
戦いなれているアリサや久遠だからこそ回避できたが、空中の相手にしろ地上の相手にしろ、素晴らしい動きだったと評価する。
シューターは1つの威力は低いが、アレだけの精密操作ができるなら中距離戦闘も問題なく行えるだろうと2人は考えている。
「操作範囲も500m、操作範囲を離れても単純な命令を1つか2つ乗せられて、単純距離にして2kmくらいは維持可能。
有効時間も単純飛距離にして2km程度、操作範囲内に居る限りはもう少し伸ばす事もできる。
更に、弱い上に操作性が下がるけどバインド魔法を付与可能という高性能。
まったく、羨ましいくらいだわ」
既に済んでいるテストも合わせ、十分な性能だとディバインシューターとその使い手を評価するアリサ。
これほどの魔法を使えるなら、既に立派な魔導師と言えるだろう。
これだけでもなのはの魔導師としてのランクはAクラスの判定は受けるのはないかと考えている。
勿論、戦闘のみならAAAと考え、更に成長する可能性を秘めている。
「バインド付与は魔力消費が大きいから多用はできないんだけどね。
元は設置系のバインドだけど直接当てないと効果が無いし」
先日のあの仮面の男との戦いでも使用した、バインド付与ディバインシューター。
このシューターは通常のシューターと見分けは殆どつかないが、ダメージの代わりに弱いバインドを掛けるという効果になっている。
拘束力は本当に弱く、久遠だと腕力だけで簡単に引きちぎられてしまう。
一瞬の隙を作るくらいにしか役に立たず、仮面の男との戦いでは上手く行ったが、使い所が難しい魔法である。
「後は、バスターと、防御テストね」
「ん〜、じゃあ先に防御のテストを。
魔力に余裕があった方がいいから」
「そうね」
テストは直ぐに次のものへと移る。
アリサは上空へ上がり、なのはも地上から少し浮く。
更に久遠はなのはの近くで駆ける体勢をとっている。
「準備はいい?」
「いいよ」
アリサとなのはの距離は約20m。
その状態でなのはがアリサの攻撃を耐え凌ぐテストだ。
「じゃあ―――」
『Stinger Blade
Break Throgh Shift』
ガキンッ!
杖が魔法の名前を告げると同時にアリサの周囲に展開する碧の魔法刃。
その数、軽く200。
エクスキュージョンシフトの威力で防御突破能力だけを持つ障壁突破専用モード。
今回の防御試験用にアリサが組んだもので、人体には特に影響は無い。
久遠が待機しているのは、何かの弾みでなのはが落下した時などの為だ。
尚、数は200であるが、これでもアリサが行使するエクスキュージョンシフトの数よりも少ないらしい。
アリサの義兄も同じ魔法を使うが、義兄の場合は100発でその分威力が高い。
いや、この場合逆にアリサが数がやたらと多く、その分威力が低いのだ。
兄は範囲が狭い(それでも十分広域である)が、一発の威力が高く、アリサは広域で(事実上回避不能な程)、威力が低い、という違いである。
尚、アリサの1発の威力は低いとは言え防御破壊の能力があるので防御力の高い者も決して無視できない物だし、数を受ければダメージは蓄積される。
「―――行くわよ!」
『Fire』
ガガガガガガガガガンッ!!
降り注ぐのは碧の刃の雨。
それに対し、
「レイジングハート」
『Wide Area Protection
Full Force』
キィィィィィンッ!!
自身の全身を包む広域バリアを展開する。
アリサのエクスキュージョンシフトの威力は、デバイスの無い状態でしか知らない。
しかし、あのデバイス無しの状態で見た時ですら、全力で防御して耐えられるか解らない。
レイジングハートがその機能をフルに使い、枷を外したなのはの魔力がどれ程か、それに掛かっている。
ガンガンガンガンガンガンガンガンッ!
次々とバリアに刺さっては消えていく魔法刃。
なのはのバスターと違い、数を持って攻めてくる。
それはたとえ集中砲火という形でも攻撃範囲が広がり、突破力は低い様に思われる。
だが、アリサの場合はその数が尋常ではない。
如何にアリサをして頑強と言わしめるなのはのバリア、それも全力全開の展開でも徐々に削られていく。
そもそも、バリアというタイプの防御は広域をカバーできる替わりにシールドよりも防御力は劣る。
しかしながら、アリサの攻撃は基本的に広域バリアの防御範囲がなければ防御しきる事は不可能だ。
そして、ついに、
ズガンッ!
「あっ!」
1本の魔方刃がバリアを突破し、なのはの腕を掠める。
更に、
ズガガガガンッ!
別の場所も突破され、次々と魔法刃がなのはを襲う。
バリッ! バリバリッ!!
「くっ!」
防御突破用で在る為、人体には影響はなくとも、バリアジャケットには有効となり、破けていくバリアジャケット。
正面はまだ破られていない為、直撃こそないが、腕や肩の部分、スカートの裾などはもうボロボロである。
だが、程無く攻撃が止む。
魔方刃が全て撃ちつくされたのだ。
「……突破されちゃった」
アリサの攻撃は全力ではなかった。
多少であるが手加減がされている上に、そもそも愛用のデバイスではない。
直撃こそなかったものの、もしアリサが全力なら負けていただろう。
1度地上に降りるアリサとなのは。
なのははそこでバリアジャケットの修復も行う。
「十分でしょう。
バリアジャケットまでとどいているけど、逆に言うとバリアジャケットで止まってしまっているもの。
多分全力で撃っても倒しきれないかもしれないわ。
正直、私の自信の方が砕かれちゃったわよ」
合流したアリサは自分の評価をなのはに伝える。
手加減を多少加えたとは言え、魔法を始めて僅か1ヶ月程度の子に得意とする攻撃を防ぎきられた。
一応にもこの年で時空管理局で執務官補佐の地位に就く者としてはショックな事だ。
だが、
「でも、アリサちゃん、この魔法には続きがあるでしょう?」
「ええ、その通り。
流石、気付くのね」
「うん、アリサちゃんの様子を見てたら、そうじゃないかなぁって」
そう、アリサの場合この魔法にはまだ続きがある。
本来ならこれだけで攻撃は終わらない。
だから突破できなかった事は実はそこまで問題な訳ではない。
しかし、話した事は無い筈なのに、そんな事に気付いてしまうなのはにアリサは脅威すら感じていた。
あの攻撃の中、アリサの様子を捉えていたのだ。
その状況判断能力は恐ろしい程だ。
「さて、じゃあ最後にバスターのテストをするね」
「ええ」
キィィンッ
テストはこれで最後。
アリサは上空に向けてマーカー様の光の弾を打ち出す。
そして、
「じゃあ、ちょっと待っててね」
この結界は上空へ長く作られている為、高さにして4km大きさが在るが、その分衝撃等には弱くなってしまっている。
その為、アリサはこれからテストするバスターを受けに移動する。
一応最大射程を過ぎれば減衰して消えていくのだが、念のためだ。
暫くして、結界の端までたどり着いたアリサから合図が送られてくる。
「いっくよー」
『Shooting Mode
Set up』
ガキンッ!
主の意志に従い、その姿を変えるレイジングハート。
そして、なのはは地上から少し浮く。
完全に安定した地上よりも不安定な空中での発射性能を試す為だ。
『Divine Buster
Snipe Mode』
キィィィンッ
魔法の名が告げられると同時に展開される補助機構。
両翼は大きく広がり、その足元にも魔法陣が展開され立ち位置を固定、確保する。
柄の先から3枚の翼が展開し杖自体を安定させ、更に杖の先端部と柄の後部に展開される帯状の魔法陣によって姿勢制御が成される。
そして、杖先端であり射出口となる部分に2重の帯状魔法陣が1つ展開される。
今のなのはの通常のディバインバスターならここまでだ。
通常発射はその7つの補助をもって成される。
だが、これはスナイプモード、長距離狙撃をする為の魔法だ。
既に多重に展開している補助に更に上乗せして展開される。
杖の姿勢制御を司る帯状魔法陣は杖の先と石突の更に後ろに1つずつ展開され、微調整に対応。
なのはが杖を握るその両手にもひとつずつ帯状の魔法陣が展開し、なのはが行う微調整の精密さを補助。
更に、射出口の帯状魔法陣は1つ増え、発射される魔力を更に圧縮し、細く、速くする。
最後に、杖先端の紅の宝玉はそのまま照準の為の望遠レンズとなり、なのはの視界をより遠くへと送る。
狙うのは3km先の動かぬマーカー。
「シュート!」
カッ! ズバァァァァンッ!!
放たれる閃光。
圧縮された桃色の魔光は3kmの距離を瞬時に駆け抜け、
ズダァァァンッ!!
見事撃ち抜いた。
「おっと」
ガキィィンッ!
その更に1km先。
減衰して消えかけるバスターを受け止め、結界を護るアリサ。
4km地点では既に威力は半分も残らず、片手で展開するシールドでアッサリ防げてしまう。
それからアリサが戻ってから今の魔法についての話がされる。
「やっぱり有効射程は3kmくらいだね。
スナイプモードでも」
「ええ、狙えるのもそれくらい?」
「そうだね、あの3km以上になるともう正確には撃てないよ」
完全に狙撃仕様であり、超長距離専用にしているスナイプモードで限界と言う事は、なのはの最大射程がそれと言う事だ。
魔法の有効射程と同じなのは意図したものではないが、なのはが自身の為に組んだ魔法だからこその一致なのだろう。
「いやぁ実際凄いわよ、こんな超長距離の射撃なんて。
3kmの距離を着弾2.5秒と弾速もとんでもなく速いし、撃つの自体も速いわ」
「うん、狙うの凄く速いよ」
「そうかな?」
なのはよりも実戦経験が豊富な2人はなのはを褒めるが、何分なのは自身に比較する対象が無いので自信があまり無い。
なのはとしては、極自然な流れとして狙って、撃っているのだ。
「スナイプモードはチャージと合わせると通常発射の倍近い時間が撃つまでに掛かるし。
まあ、その分弾速は20倍くらいあるけど。
その代わり魔力の消費がやっぱり大きいんだよね」
「そう言いつつもまだ余裕よね。
戦闘理論魔法が無くなっただけ、とは思えないわね。
重すぎる魔法を使ってたせいで鍛えられたのかしら?」
「そうかもね」
戦闘理論魔法を使っていた頃は、シューターを数発使い、バスターを撃ってしまうともう魔力枯渇になっていたなのはだが、今はまだ半分以上魔力が残っている。
そう考えるとどれだけ戦闘理論魔法が重かったのかが解るだろう。
なのはは今、これだけの魔法を使ってもまだ身体が軽く感じられる程なのだ。
「さて、これで一通りテストは終わったわね」
「うん」
数日に分けて行われた魔法のテスト。
今なのはは自分の魔法の性能を全て理解する。
「フライヤーフィン、フラッシュムーブ、シールド、プロテクション、レストリクトロック、ディバンシューター、ディバインバスター……」
そう、これがなのはが使える魔法の力。
戦う為の力。
「―――そして、切り札」
後1つ、あの仮面の男との最後の戦いで使った切り札を含め、なのはは戦う。
先ほども考えた事ではあるが、なのはは戦闘だけで言うなら既にAAAクラスと言える。
成りうる子ではなく、もうなっているのだ。
自分かそれ以上のレベルに。
そんな力をもって、なのはが目指す先は―――
「さって、とりあえずテストは終わりね。
久遠ももう大丈夫?」
「うん、大丈夫。
あれだけやれば十分だよ」
「なのはもいいわね?」
「うん」
昨日にテストを終えている久遠と、リハビリも済んだアリサ。
そして今日全てのテストを終えたなのは。
これでもう全員今の全力を発揮できるだろう。
「じゃあ、結界を解くわね」
キィィィンッ
言いながら魔法陣を展開し、結界を正規解除するアリサ。
周囲の景色が徐々に元の世界へと切り替わる。
因みに、ちゃんと元の世界のこの場所に人が居ない事を確認して解いている。
結界をときながら、なのはとアリサは杖をスタンバイモードに戻し、バリアジャケットを解除、久遠も子供モードへと変身する。
「さって、これからどうする?」
結界を解き終え、元の世界へ、日常の姿へと戻った3人。
因みにアリサが今来ている服はなのはから借りた白のワンピースだ。
サイズはほぼ同じだったので下着も借りていたりする。
「じゃあ、ちょっと遊んでいこうか?」
「くぅん」
「OK〜、何して遊ぶの〜
こっちの遊びも教えて」
「うん、じゃあとりあえずボールがあるから……」
八束神社に置きっぱなしのボール等を使って日が沈むまで遊ぶ事にした3人。
少し前ならできなかった事だ。
体力や魔力的にも、精神的にも。
今は全ての準備を整えながらも、ゆっくりコミュニケーションをとる事ができる。
戦う仲間としてではなく、普通の友達と同じ様に、普通の子供と同じ様に。
今、この時は平和な時間の中、少女達の笑い声が響いていた。
山篭りから帰ってきて以来、平和な時間が続いていた。
ジュエルシードが発動する事も無く、あの男が再び現れる事も無く。
今日で山篭りから4日。
前のジュエルシード発動からは10日あまりの時間が過ぎていた。
翌日の夕刻 月村邸
今日もすずかの下を訪れるなのは。
本当にここ1ヶ月の間は8割近く緒に居た事になるだろう。
それはすずかがなのはを気遣っての事だった。
なのはを日常に誘う為に。
だが、今日に限ってはなのはから誘いだ。
「それでね、昨日はくーちゃんと遊んでたの」
「そうなんだ」
「今度は一緒に遊ぼうね」
「うん。
そう言えば私久遠ちゃんとは外で遊んだ事ないね」
「あ、そうだったね。
それなら尚更今度は一緒に、ね」
「うん」
なのはが語る日常の風景。
アリサの事はまだ話せないが、それでもすずかからではなくなのはからそう言う話ができる。
それはここ1ヶ月の間はなかった事で、しかし、すずかには1ヶ月前よりも明るくなった気がしていた。
だから、すずかは思い、尋ねた。
「なのはちゃん、悩み事は解決したの?」
この1ヶ月間ずっとなのはを悩ましたな何か。
なのはの『在り方』にすら干渉する大きな出来事。
それを乗り越えたからこそなのだろうか、と。
しかし、なのはは応えた。
「ううん、まだだよ」
それは否定の答え。
だが笑顔で、迷いの無い瞳での応えだ。
そして、その答えはまだ続く。
「これから解決しに行くの」
明るい笑顔を見せる。
真っ直ぐで光の満ちた瞳で。
すずかは、なのはが何をしてきたのか知らず、何をしに行こうとしているかも解らない。
だが、その笑顔を見れば言う事はただ1つだけだった。
「がんばってね」
最早心配は必要ないだろう。
今のなのはなら、たとえどんな事が起きても大丈夫。
すずかはそう思えた。
だから、きっとなのはの悩みが解決した後で、すずかも―――
夕食後 なのはの部屋
「ええ、私も回復したし、大丈夫よ」
『そうなんだ。
こっちはまだそちらへ到着するには時間が掛かりそうだわ』
夕食後、部屋ではアースラとの通信回線が繋がれていた。
主に現状を互いに連絡する為にだ。
「そう。
ところで執務官殿は?」
『それが……今手が離せなくって。
ああ、一応ね、この映像録画して後で見てるんだよ?
隠れてね』
今日も通信にアリサの義兄であるクロノ執務官は参加していない。
執務官補佐にして管制官のエイミィは1度目を横に向けてから残念そうに答える。
どうやら、間が悪かったらしい。
だが、その後で笑みを浮かべて告げられる事実。
出てこない義兄はちゃんと義妹を心配し、録画とはいえその姿を確認しているらしい。
「う……そ、そうなの、一体何の為に見てるのかしらね、あの馬鹿兄貴は。
わ、私は、別に顔なんか見たい訳じゃないからいいんだけど」
それに対しアリサは赤面してそっぽ向く。
更に、そっぽ向いた先にはなのはが微笑んでいた為、今度は顔を伏せてしまう。
「早く会えるといいね」
「い、いいわよ、口煩いだけの男なんだから」
なのははただ、2人はなかよしさんなんだなぁと思いながらアリサに声をかける。
自分と兄恭也の関係と似ているとも思いながら。
「と、兎も角こっちは以上よ。
次通信する頃には全て解決している可能性もあるから」
『ええ、がんばってね。
でもくれぐれも無理はしないで』
「それは大丈夫よ。
そっちも気をつけてね」
『うん、じゃあね』
「また」
半ば無理矢理話を終わらせて通信を切るアリサ。
まだ魔力に余裕はあるが、用件は済ませているので無駄にする事もないだろう。
「ふぅ。
さって、後は次のジュエルシードを待つだけね。
……残りも少なくなったわ」
「うん」
「そうだね」
ジュエルシードは全部で21個とマスターである1つ、合計22個。
現在なのはが持っているのはT、X、Z、[、]T、]Y、]]の7つ。
内、Z、]Tはあの仮面の男から取り返したもの。
更に最低でも後2つはあの男が手にしている筈だ。
そして、あの少女達が持っているのは7つと思われている。
その内の1つはあの少女のマスターが持っている可能性があるが、それでも少女達の側に在ることには変わりない。
現状、確かに封印されているものは14個。
封印がどうなってしまったか解らなくとも、発見されているものが2つ。
残るジュエルシードは5つとマスターだ。
「がんばろうね」
「ええ」
「うん」
最後の確認と、今後の戦いに向けての会議は終わった。
元々話し合う様な事はないのだ。
やるべき事は何一つとして変わっていないのだから。
「ん〜、時間は……寝るには早いわね」
「通信が思ったより早く終わったしね」
「ね」
「え、ええ、まあね」
通信も早く終わり、今話し合わなければならない議題も無い。
他の今直ぐしなければならない事はもうない。
暇な時間だ。
今まではほとんどなかった時間。
「寝る、と言えば、アリサちゃん今の寝る場所大丈夫なの?」
「寝る場所?」
今までは余裕があまり無かった為できなかった時間。
ならばとなのはは会話を望む。
他愛もない会話を。
本来当たり前に出来る筈の、当たり前で、幸せな時間。
「ぬいぐるみ沢山」
「そう。
隠れる為とはいえ、窮屈じゃないかなって」
「ああ」
アリサが今寝床としている場所は、物理的に視覚から隠れられるなのはの部屋のぬいぐるみの陰。
なのは以外はほぼ触る事の無いぬいぐるみであり、その間に結界を張って、その中でアリサは休んでいる。
だが、なのはでは想像がつかないが、それは自分の身体より大きなぬいぐるみに囲まれているという状態である。
今までは疲れで眠らざる得ない状態であったが、圧迫感などで寝苦しくは無いかと思ったのだ。
「それなら大丈夫よ。
私ぬいぐるみは……好きだし、ええ、まあ人並みに。
それに、ぬいぐるみには慣れてるしね」
言葉の途中、ぬいぐるみが好きと言う事を、子供っぽいかと言いよどんだが、なのはが相手ならと告白する。
今まで1度も他人に言った事のない趣味の1つだ。
それを初めて友達に教えた事になる。
「慣れてる?」
だが、その言葉の中に1つ不可解なものがあったので問い返すなのは。
久遠もその横で不思議そうにアリサを見る。
「ええ、慣れてるっていうのも変かな?
なんというか、私の部屋は昔からぬいぐるみだらけでね……
誰が買ってきたかしらないけど、物心ついた頃から部屋はぬいぐるみで溢れてたわ。
強請った記憶はないし、プレゼントだってリンディは言ってたけど……
1度あまりに多いぬいぐるみに溺れそうになった事すらあるわ……」
「そんなに凄いんだ……」
「くぅん……」
何処か遠くを見ながら話すアリサ。
ぬいぐるみで溺れる、というのは一体どれ程の量があればできる事か。
ちょっと2人には想像すらできなかった。
「まあ、そんな事もあったけど、今じゃ部屋にぬいぐるみが置いてないと落ち着かなくなったくらいだわ。
アースラに住み込む事になってから、かなりの量を貸し倉庫に預けっぱなしなんだけどね」
「そうなんだ」
「そう言えば、なのははこのぬいぐるみって買ってもらったもの?」
「うん、お母さんとかお姉ちゃんに。
後はこっちはもらい物で―――」
そんな他愛も無い話をして、3人で笑い合って夜の一時を過ごす。
ジュエルシードとは何の関係も無い、戦いの事を考えれば無駄とすら言える話。
しかし、それでも3人は時間を消費して会話する。
それこそ、大切な事だと感じながら。
その頃 某所
とある高層マンションの最上階の一室。
そこに今1人の女と1人の少女、そして1体の獣がいた。
「あの小娘が持っている7つと、あの男が持っている1つ。
全て合わせ、
紅の女―――この場に居る獣、アルフの主である少女フェイト、その主である女が告げる言葉。
それには2人の知らぬ事実が含まれていた。
「……」
今獣形態でいるアルフは考える。
自分達が今持っているジュエルシードはU、W、Y、]、]U、]W、]X、][の8つ。
内Yと]Xは先日あの男から
更にあの男は少なくとも4つのジュエルシードを持っていて、その内2つを取り戻した。
結果、あの男は未だ2つのジュエルシードを、ナンバー]Vと、もう1つのジュエルシードを持っている筈なのだ。
そして、把握している数と何故か合わないが、自分達の邪魔をする魔導師の娘が持っている数が言葉にあった通り7つだとして、それと目の前の女が持っている\のジュエルシードを合わせても18個にしかならない筈。
残りの数は3つになる筈だ。
計算が合わない。
いや、それは単にアルフとフェイトの知らぬ事があるだけなのかもしれない。
「男が持っている1つは最後でいい。
不明のジュエルシードは後2つ。
次のジュエルシードが出た時にあの小娘から全てのジュエルシードを回収なさい」
「了解しました」
女の何の感情も篭らぬ言葉に少女フェイトは即答する。
何の迷いも揺らぎも無く。
ただ与えられて命令を遂行する為に。
「……」
そんなフェイトの隣に立つアルフは心配そうにその横顔を見上げる。
あえて心を殺し、機械の様に振舞う主を。
本当は優しい心を持っている大切な人を。
動くだろう。
全てが次のジュエルシードで。
例え望まざるとも。
そう、全ては、次のジュエルシードで―――
翌日の深夜 街外れ
海鳴の街から外れた山の麓の大きな空き地。
そこには今2つの世界が展開していた。
それは、一見普段と何も変わらない、何も無い、誰も居ない世界。
そしてもう1つは―――
「あああああああああ!」
オオオオオオオ!!
1人の少女が黒い闇を放出し、全てを飲み込もうという世界。
その闇は大地に巨大な影を作り、何か恐ろしいものを具現させようとしていた。
だが、その時だ、
ヒュゥンッ!!
風が流れた。
この隔離された世界の中で、一陣の風が。
「あら、あの子はいないわね。
今回は私達が先に着いたか。
でもあの男も見当たらないわね」
「そうだね」
やって来たのはバリアジャケットを着込み、杖を手にしたアリサと久遠。
それと、その後ろには白の少女の姿がある。
2人が到着した時、既にあの男によって結界が展開されていた。
だが、見渡せどその男の姿は無く、あの少女の姿も無い。
結界があるのだからあの男は何処かに隠れているのだろうが、ともあれ今はジュエルシードの持ち手が最優先。
「じゃあ早速」
『Stinger Blade
Execution Shift』
杖をかざし、魔法の名が告げられる。
キィィィンッ!! ガキンッ!
アリサの足元に碧の魔法陣が展開され、アリサの周囲に多量の魔法刃が出現する。
同時に久遠は地上に向かい、白の少女も杖を構える。
それを下にいる少女は見上げている。
その時だ、
オオオンッ!
「ギャオオオンッ!」
出現する防衛機構軍。
隊列を組み、壁となってアリサ達へと立ち向かう。
これでは例えアリサとなのはの砲撃を放ってもジュエルシードの持ち手には届かないだろう。
しかし、
ズダァァンッ!!
突如、地上の少女、ジュエルシードの持ち手の胸を背から光が貫いた。
持ち手が展開していた防衛機構軍の壁の後ろから。
それは、桃と碧の螺旋を描いた光線。
その光は―――
『Sealing』
キィィィンッ!
遠くから聞こえる封印完了を告げる言葉。
ジュエルシードに『]\』の白い文字が浮かび上がり、正常化を示す。
その言葉が聞こえた場所、ちょうどアリサとは反対側の位置に白い影が見える。
紅い宝玉を頂く金色と白と桃色の杖を構えた白の少女、高町 なのは。
ならば、アリサの隣にある白の影は―――
すでにそこにはなかった。
いや、最初からそこになのはは居なかったのだ。
結界に侵入した時にアリサの傍に在ったのはただの幻影。
アリサが作り出した虚像だ。
なのはの魔法訓練の時にもマーキングだったり的だったりを作り出す時に使っていた魔法、幻影魔法。
それを全力で展開した、ジュエルシードも直ぐには気付けない偽者の投影だった。
バシュンッ!
程なく、異変は消え去る。
何が起きたかも解らない持ち手だった少女、その周囲で起きていた異変、謎の影も防衛機構軍も含め全て。
最初から何も無かったかの様に。
パシッ!
「とったよー」
そして向かっていた久遠が少女の前で浮いている封印が完了したジュエルシードを掴み、確保する。
同時にジュエルシードを失い、気を失って倒れようとしていた少女も抱きとめる。
今回は男は奪いに現れなかった。
「うん、この子も大丈夫そうね」
スティンガーブレイドをキャンセルし、後から来たアリサはジュエルシードの持ち手だった少女を診るが、問題は無い様だ。
今回は何か大きな力を発動しようとしていた様だが、その大きさ故に発動しきる前に封印する事ができた。
「大成功だね」
更に遅れてなのはも到着する。
今回は3人で作戦を立てた上で結界に侵入した。
アリサが幻術を用いて3人が同じ場所から現れたと見せかけ、更にはスティンガーブレイド・エクスキュージョンシフトを撃つ体勢まで見せ付けて囮とした。
その上で、別の場所から侵入したなのはが狙撃をもって対象を撃ち抜いたのだ。
その際、ここに来るまでにアリサに魔力をレイジングハートにチャージしてもらい、2人分の魔力をもってディバインバスター・スナイプ・シーリングモードを撃ち出している。
アリサの魔力を浄化封印様のエネルギーとして固定、それをなのはの魔力でコーティングして撃ち出すという手法だ。
他者の魔力が混じる特殊弾の発射となる為、本来のディバインバスター・スナイプ・シーリングモードとしての性能は変化してしまっているが、結果として成功。
なのはとしては本来の半分くらいの魔力消費で封印を行う事ができた。
『Receipt number ]\』
無事レイジングハートに格納されるジュエルシード。
ここまでできてやっと完了と言えるだろう。
「よかった……」
安堵するなのは。
被害者を助けだせ、無事にジュエルシードを封印し、回収することができた。
前回のあの仮面の男との戦いで得たものを除き、一体何時以来の封印回収となるだろうか。
その間にあったのは人との戦い。
本当に何年も前の事にすら思えるほど久しく感じるのだ、本来の目的を達成したこの感覚を。
色々な事があった。
そして、それは―――
「……来たわね」
「うん」
空を見上げる3人。
この結界に新しい気配が現れたのだ。
この結界に入る事を許されているもう一組の魔導師。
「……」
「……」
結界で歪み、正しく見えない空の下に立つのは金色の髪をツインテールにし、黒い装束を纏った少女。
それと赤橙の髪の使い魔。
「もう封印は終わったわよ」
アリサは告げる。
今しがた自分達が達成した事を。
一番の目的である事態は既に終わっていると。
それで、どうするのか、と。
「……」
「……」
問いかけたのはアリサだが、しかしその少女はなのはを見ていた。
そして、なのはも少女を見上げる。
「……戦って。
私は貴方より強い事を示さなければならない」
「……解りました。
じゃあ、わたしが勝ったら少しお話を聞いてください」
この場にはアリサも久遠も居る。
まだ仮のデバイスであるとは言え、殆どの力を取り戻した時空管理局執務官補佐と、強力な妖狐が。
それでも尚、今この状況に於いて、一番重要な人物となればなのはになろう。
浄化封印を執り行い、ジュエルシードを格納する杖をもつ魔導師で、空中戦闘を可能とし、今はアリサと同等以上の戦闘能力を持つ者として。
そう言う計算の上での判断も当然ながら存在する。
だが、
「ええ、貴方が勝ったなら」
なのはの呼びかけに少女は応えた。
その手に持つ杖をもって。
例え力と力のぶつかり合いの先であるとは言え、言葉を持って応えたのだ。
なのはのその真っ直ぐな瞳と、言葉―――その中にある想いに対して。
本来なら、そんなもの少女は否定しなければならないのに
なのはは空へと上がり、あの少女と対峙する。
一方アリサと久遠は地上でその姿を見上げる。
あの少女側の使い魔は地上に降り、アリサと久遠を睨む。
手を出さない様に監視する気なのだろう。
実際、使い魔とアリサ、久遠の距離は一足では届かなくとも、チェーンバインドの射程内だ。
(まあ、それはこちらも同じ事なんだけど)
アリサと久遠にしても、使い魔の邪魔が入らぬ様にする気でいた。
なのはとあの少女の決着がつくまでは。
なのはが満足するまでは。
(しっかし、私も変わったんでしょうね)
アリサは、今のこんな状況を改めて考えながら苦笑していた。
昔のアリサならば、こんな事にはなっていない筈だ。
既に回復しているアリサと久遠となのはで、敵と認識している相手2人を連携して倒す事を選択していただろう。
確実な勝利を求めて。
だが、今のアリサはなのはの心に共感し、ジュエルシードと関係があり、なんらかの秘密がある少女となのはが向かい合う事を手伝っている。
なのはの甘いと言えるやり方を良しとしてだ。
(なのはは甘いと言えるけど、でもジュエルシードに対しては容赦ないのよね。
まあ、あっちは時間をかけると被害者の状態が悪化するだけだからだろうけど)
今日の封印を思い出す。
あの男の結界が展開されているのを見て、なのはが先ほど実施した作戦を提案した時は少し驚いたものだ。
その時、久遠は驚いていなかったのが少し悔しかったのだが、まあそれは置いておこう。
ともあれ、なのはは山篭りからいろいろと変わっている。
根本的には何も変わっていないのだが、これは成長といえる類の変化と言えるのだろう。
(私もうかうかしてたら置いていかれるわね)
なのはの成長を嬉しいという気持ちなどの方が多い、しかしそれでもやはり複雑な気持ちで想う。
よきライバルにもなりえる人が出来たこの気持ち、アリサはまだもてあましているのだ。
(兎も角、見せてもらうわ。
貴方が敵として在る人に対して、どんな影響を与えるのか。
その結果の1つを今ここで)
上空で対峙するなのはとあの少女。
2週間前なら話にならない戦力差をもって、意味を成さなかったなのはの心。
それが、今―――
上空に上がり、あの少女と対峙するなのは。
杖を強く握る。
既に戦う事は覚悟しているのだ。
そう、なのははなんとなくだが解っていた。
この少女とは必ずもう1度戦わなくてはいけない事を。
しかし、同時に決意している。
例え戦いの先であっても、必ずこの少女とちゃんと理解し合う事を。
「……」
「……」
互いの距離は30m。
どんな事態にも対応できる様に自然に構え、隙を伺う。
そんな時間が数十秒続いく。
そのまま動きが無いものと思われた、その時だ。
フッ
突如、2人の中央に何か小さい金属が―――コインらしきものが落下してゆく。
誰が投げ込んだものか、そんな事は今はどうでもいい。
キィンッ
そのコインが、地上に落ちて音を鳴らす。
その瞬間、
『Photon Lancer』
キィィンッ
ズダダダダンッ!!
『Divine Shooter』
キィィンッ
戦闘が開始される。
開始から放たれる2人の魔法。
やはり反応速度ではこの少女の方が上らしく、なのはのディバインシューターは一瞬後の展開となる。
だが、
キンッ!
ズダダンッ!
あの少女のデバイスモードの杖から放たれた6発の光の槍を、なのはは3発のシューターで全て撃ち砕く。
フォトンランサー2発を1つのシューターで砕いたのだ。
フォトンランサーと比べ、発射速度も弾速も劣るディバンシューターだが、1発の威力を強化した上、フォトンランサーの側面へ衝突させて魔法の構成を破壊した。
しかし、
ブンッ!
全てのフォトンランサーを打砕いた時には、既に少女はなのはの目の前に居た。
フォトンランサーの発射と同時に距離を詰めていたのだ。
更に、既に大きく振りかぶられたデバイスがなのはに迫る。
『Scythe Form
Set up』
ガキンッ!
ヴォンッ!
振り抜く状態の中で形を変え、光の刃を生成し、大鎌へと姿を変える少女のデバイス。
その一撃、強化魔法を使わずともなのはのバリアジャケットを切り裂いて余る威力を持っている。
この横薙ぎの一撃を1つ食らうだけでもなのはは倒れてしまう可能性がある。
「っ!」
キィンッ!
なのはは咄嗟に右手でシールドを展開する。
だが、この少女の一撃はなのはのシールドでは防ぎきる事はできないだろう。
それはなのはも解っている。
だから、
ガキンッ!
光の刃がなのはのシールドに触れる。
その瞬間。
フッ!
なのはは飛行魔法を駆使し、受けている横薙ぎを受け流し、その横薙ぎを支点としてその場で側転する。
更に、そのまま回転方向へ飛び、距離を取る。
だが、それだけではない。
『Divine Shooter』
キィィンッ
飛びながら放つシューター。
数は2つ。
回避行動をとりながらも精密に操作できる数だ。
だが、命中はしないだろう。
これは自分の距離で戦う為の牽制として放ったものだ。
ところが、
フッ!
「―――っ!」
シューターを放った先にあの少女は居なかった。
まだ横薙ぎの攻撃中で、そこに居る筈なのにだ。
『Flash Move』
フッ!
次の瞬間、なのははフラッシュムーブを発動させていた。
背後に魔力を感じたのだ。
ブンッ!
「……」
移動先で振り返れば、なのはが居た場所が光の刃で両断されているところだった。
それも背後からだ。
おそらくは、あの少女は攻撃が回避された瞬間にブリッツアクションを使ったのだろう。
しかし単発のブリッツアクションではあの位置からなのはの背後には回れない筈だ。
あの少女のブリッツアクションは、なのはのフラッシュムーブ程ではないが、殆ど直線移動になる加速魔法である。
ある程度カーブを描けるが、ほとんど真正面を向いて対峙している状態から背後に回る様な移動は不可能だ。
単発での発動であるならば―――
「……」
思っていた以上に強い少女に対し、なのはも己の力で可能な限り最大限に応える。
フラッシュムーブで移動したなのははそこからシューターを操作する。
移動前に放ったシューターだ。
キンッ!
フラッシュムーブで瞬間的に長距離を移動した為操作開始まで若干のタイムラグが在ったが、しかしそれでもシューターはなのはの意思に従って動く。
今ブリッツアクションからの攻撃を終えたばかりの少女に迫るのだ。
フェイントを入れながらも、最高速で迫るシューター。
今のあの少女の状態からは回避は出来ない筈だ。
しかし、
「ふっ!」
ガキンッ!
フッ! バシュンッ!
少女は光の刃を消し、杖をデバイスモードへと戻すと、その状態のデバイスで2発のシューターを叩き落した。
ほとんど大振りしかできない大鎌から、柄を短く持った槍の様に振り回して。
だが、それも計算の内だ。
ガキンッ!
叩き落された2つのシューターの2つ目。
桃色の魔弾はその形を変え、光の輪となって少女の杖を拘束する。
シューターに付与したバインド魔法が発動したのだ。
そのタイミングで、
『Shooting Mode
Set up』
ガキンッ!
なのはは杖を変形させる。
己が最も得意とする魔法の形態へ、己が最も信頼する主砲を放つ姿へ。
『Divine Buster
Quick Mode』
キィィンッ!
ズバァァァァァァンッ!!
瞬時に展開される翼と魔法陣。
威力と有効射程をある程度犠牲にし、通常のバスターの倍の速度を持ってチャージされ発射される桃色の魔砲。
今あの少女となのはとの距離は約50m。
スナイプモード程の弾速はなくとも、この距離なら着弾まで1秒ほど。
杖の変形から発射まで合計4秒。
この距離なら狙う時間は要らず、ならば総計で5秒で事は済む。
如何に少女が強くとも、バインド魔法を解いて避ける事は出来ない時間の筈だ。
しかし、
『Thunder Smasher』
ズダァァァァンッ!!
なのはのバスターと同時に少女も魔法を放っていた。
杖を拘束されながらも、片手で放たれる少女の射撃魔法。
ズバァァァンッ!
ほぼ2人の中間点で衝突する2人の魔法。
激しい光を放ちながら互いに削り合う力と力。
しかし、あの少女のサンダースマッシャーも在る程度威力を犠牲にして発射したのだろう、なのはのバスターの方が押している。
そうして半分以上の威力を削られながらも、なのはのバスターは少女のサンダースマッシャーを押し切る。
だが、
「―――っ!」
なのは見る。
バスターが押し切り、進む先にあの少女の姿が無い。
『Flash Move』
フッ!
今度は魔力を感じた訳ではない。
だが、その前になのははフラッシュムーブを起動していた。
『Scythe Slash』
ヴォウンッ!
なのはが移動している直ぐ横で光に刃が煌く。
あの少女の強化斬撃魔法だ。
サンダースマッシャーを時間稼ぎとし、バインドを解き、ブリッツアクションで迫っていたのだろう。
今回はバスターとサンダースマッシャーの衝突による閃光と炸裂する力の影響で、魔力の接近を感知する事が遅れる事も含めて計算ずくで。
なのはのカンは当たり、単純な回避は正解だった。
「……」
「……」
フラッシュムーブから抜け、50mの距離をとって再び対峙する2人の少女。
戦闘開始から時間にすれば十数秒と言う時間。
数度の交差の果てになのはと少女は改めて互いのことを確認する。
(この子は―――誰?)
数度の交差を経て再度対峙する少女に対し、フェイトはそんな事を考えていた。
いや、解っている。
この子は間違いなく今までのあの子だ。
だが、僅か数日の間に何があったというのか。
最初の対峙では気付けなかったが、今までのあの子とはまるで違うのだ。
元々接近戦における反応と対応は良かったが、しかし何処かぎこちなく、それに攻撃と言う行為に迷いが感じられた。
しかし、今のこの子はそんな事は全く無く、若干接近戦に於ける対応のレベルが下がった気がするが、動きの鋭さが格段に上がっている。
攻撃も魔力攻撃とはいえ迷いはなく、その狙いは精密だ。
更には使える魔法の数も増え、戦術面でも大きく成長している。
魔力が大きく、砲撃が得意なだけの素人魔法使いと思っていた今までとは別人だ。
(強い)
僅か十数秒の交差。
しかし、相手の強さを量るには十分な時間だった。
自分もある程度成長したと思っていたが、成長などまるでしなかったのだと思えてしまうくらいこの子は強くなっている。
おそらく、もう本当に全力を出しても勝てるかどうかはかなり危ういだろう。
だが、
(私は―――勝たなければならない)
フェイトにはある。
この子の2人の連れに気を使わせて下がってもらい、一対一のこの状況で、この相手に勝利しなければならない理由が。
(私は強くなければならない)
そう、この世界の住人で、例え魔力が大きくとも、戦いについては素人の筈のこの子よりも。
作られた目的としてありながら、自ら選び決めた道。
それを貫く為には、こんなところで負ける訳にはいかないのだ。
だから―――
『Photon Lancer』
キィィンッ
ズダダダダンッ!!
牽制用のフォトンランサーが放たれる。
牽制用とは言え数は8発と全弾直撃すれば倒れかねない数。
発射後フェイト自身も前に出て、更に次の魔法の準備もする。
『Divine Shooter』
キィィンッ
あの子は対抗してディバインシューターを放つ。
スフィアを5基、周囲に展開する。
自分の後方にもだ。
(ブリッツアクション対策?)
自分の後ろという、いくら操作できるからといっても、大凡無意味な位置への展開にフェイトは一瞬そう考える。
ブリッツアクションやあの子が使うフラッシュムーブはあくまで加速魔法だ。
瞬時に大きな加速をえて、一瞬にして長距離を移動できる事が特徴であるが、逆に言うとそれしかできない魔法である。
その加速は魔法によってなされる強制的なものであり、移動の為の魔法でしかない。
そう、加速しているのは術者本人という物体であって、その魔法によってその物体の全てが加速するわけではない。
つまり、移動中のフェイトやあの子の動体視力や運度能力は普段と一切変わらない。
その為、万が一にも移動中に異物が間に挟まれたら衝突する以外にないのだ。
加速している状態で自ら体当たりする事になるので、下手な物が障害物となればバリアジャケットやバリアがあっても死亡すら考えられる。
それくらいの加速をする魔法なのだから。
その為、加速魔法を使う際は予定軌道上に障害物が無い事を確認しなければ絶対に使えない。
因みに、その軌道の検査はインテリジェントデバイスの方でも行っており、基本的に加速魔法を使って障害物に衝突してしまう様な事はない。
尤も、それも完璧とはいかない。
(あの男の様に……
それは兎も角、あの子はあの男の様な事はできないから、その為の対策?)
既に述べているが、加速魔法は障害物があると使えない。
つまり、加速魔法を防ぎたいなら、直線的に避けるのが難しい障害物をばら撒けばそれで良いのだ。
また、完全に防ぐ事はできなくとも、今あの子がしている様に背にシューターのスフィアを1つ置いているだけでもかなりやりづらくなる。
あの子はフラッシュムーブなる加速魔法を得て、加速魔法の欠点も知った筈だ。
だからこそ対策もできたのかもしれない。
この状況ではそう考えるのが妥当だ。
しかし、
(違う……)
何故かは解らない、だがフェイトはそんな安易な理由ではないと思える。
それに、この防ぎ方は逆に言えばあの子もフラッシュムーブで逃げられる角度を限定する事になる。
いくら自分の魔力で生成した魔法でキャンセルも可能だとは言え、フラッシュムーブで回避するという事は緊急回避と考えて良い。
そんな緊急時にキャンセルを直ぐに実行できるか、そしてキャンセルをかけたからと言っても直ぐに魔法が消滅するのか、という問題がある。
確かに攻めるフェイトよりもあの子の方に分はあるが、有効な手とはあまり言えないだろう。
そう、だからこそ、あの子ならもっと―――
(そんな事はいい。
あの子が何を考えていても、私は―――)
雑念を捨て去り、戦いに集中する。
元々自分には必要のないものなのだ、『期待』と呼べる感情など。
少なくとも、戦っている今だけは。
バシュンッ!
あの子のシューターによってフォトンランサーが落とされる。
8発全弾を叩き落し、更にディバインスフィアを追加し、シューターを放ってくる。
キィンッ!
迫ってくるのは2発のシューター。
スフィアを3つ残しての発射だ。
フォトンランサーと並列する勢いで飛ぶフェイトは、既にかなりの距離を詰めている。
それ故に、新たに追加されたシューターも直ぐに目の前まで迫る。
だが、それでもフェイトはギリギリまで動かず―――
『Arc Saber』
ヒュンゥッ!
フェイントまで使って動くシューターをギリギリまで引き付け、アークセイバーを放った。
アークセイバーはあの子のシューター程ではないが操作性、と言うより高いとは言えない性能ながら自動で敵を追尾する機能がある。
この場合は引き付けて放った為、単純に斬撃を射出できる魔法というのが重要な点だ。
バシュンッ!
2発のシューターはアークセイバーを回避する様子をみせたが、しかし引き付けが十分だったので、そのまま命中する。
自動追尾の機能もあるので、多少操作して動いた所で難なく切り落とす事ができる。
片方は一瞬リング状に形を変えたが、アークセイバーによって切り裂かれ、消滅する。
同時にアークセイバーも消滅した。
そう、あの子はシューターにバインドを付与してくる。
それは1度受けたのだからもう2度とは食らわない。
しかしながら、バインドを付与しているシューターと通常のシューターを見分ける事は難しく、今後は全て射撃魔法か、魔法刃で処理せねばならない。
(本当に強いよ、貴方は)
最初の頃は操作できるという利点があるだけの弱い攻撃だと思っていたシューターも、最早一切無視できない脅威の1つだ。
出会った頃と比較しようのないくらい強くなっている。
(でも、だからこそ!)
射出されたシューターを落とし、今フェイトはあの子の直ぐ目の前まで迫っている。
そこで、
『Scythe Slash』
ヴォンッ!
ヒュンッ!
アークセイバー射出後、即座に自動再展開されている光の刃に更なる力を注ぎ込む。
その一撃は魔力攻撃に設定されているため、人を殺す事は無くとも、バリアジャケットを貫通し、相手の魔力を大きくそぎ落とすだろう。
そのダメージは肉体には及ばなくとも、普通の人間ならあまりの衝撃に気を失ってしまう程のもの。
それはたとえ魔力が強くとも、少女でしかないこの子も同じ事。
横薙ぎに払われる光の大鎌。
飛行接近から直接の斬撃。
あの仮面の男には遠く及ばなくとも、十二分に早く、見切ることが出来ない速さの筈だ。
しかし、
フッ!
あの子は動いた。
それも、前へだ。
「―――っ!」
ガキンッ!
遠距離主体の子が自ら接近主体の自分の方へと迫ってくる。
その行動に一瞬驚くフェイト。
しかし、それは正しい事だと直ぐに認識する。
急接近しながらのフェイトの攻撃は、相手が前に出ると言う行動の為にタイミングが外れてしまう。
更に、あの子はマジックコートを掛けぬ杖で、フェイトの杖を押さえる様にして入り込んだのだ。
万が一にもフェイトが接近に対して対応してきても攻撃を防げる様に。
しかも、マジックコートで杖を強化もせずに、サイズスラッシュをとめると言う事は、嘗てあの仮面の男がした様に、刃を見切り、杖だけを正確に押さえたと言う事だ。
いや、それ以前に相手の攻撃の瞬間を完璧に見極めねばできぬ防御手段だ。
一歩間違えれば無防備に直撃を受けかねないこんな方法、1度実演があったとは言え、それを真似、しかもフェイトにとっては同じ防ぎ方をされたという事になる。
1度あったからこそ2度と無い様にしているフェイトに対してだ。
確かにそれは意外な行動という点で抑えられたのかもしれないが、それはフェイト自身の問題。
つまり、これはこの子が驚異的に成長している証であると同時に、フェイトの失敗だ。
「……」
「……」
抱き合う程の距離で見詰め合う2人。
あの子は迷いの無い瞳でありながら、凄く悲しい色を映していた。
(どうして?)
そんな瞳を見ながら、フェイトは考えてしまう。
戦いの中では不要な思考であり、それもこの戦いはそもそもフェイトから仕掛けたものであるというのに。
キィィンッ!
その時、魔力を感じる。
直ぐ背後からだ。
「―――っ!」
見れば、この子は杖を右手だけで持っている。
そしてこの距離、空いている左手は一体何処へ―――
フッ!
フェイトは即座にブリッツアクションを起動した。
名を告げる事無く発動する加速魔法によって、瞬時にフェイトは抑えられている杖を支点とする様に側面へと飛ぶ。
その移動先で振り向けば、あの子の右手にディバインスフィアがあるが見えた。
そう、あの子はあの状態で、抱きしめる様にしてディバインシューターを直接叩き込む気だったのだ。
自ら前に出て移動したとは言え、3基のスフィアが残っているというのに、新たに生成してだ。
いや、3基を残していたのは新たな発生を感知させない用にするジャミングの意味があったのかもしれない。
(なんて強い―――)
残酷とも言える攻撃手段を選んだあの子。
その瞳に悲しみを宿しながらも、しかし迷いは無かった。
勝とうとしているのだ。
そして、その上であの子は、きっと―――
(でも……)
フェイトは今、あの子に後退させられた。
接近主体であるフェイトが、遠距離主体であるあの子から距離をとらなければならなかった。
それほどまでに強い相手だ。
だが、だからこそなのだ。
フェイトにとって、この戦いは、
(私は勝つ。
勝って、あの人と―――いえ、私はあの人の―――)
そうだ、フェイトはもう決めているのだ。
その為には敗北は許されない。
何故なら自ら望んだのだ。
自分の在り方を。
使い魔でありながら、自ら望んだ道、この道を行く為に。
その頃、地上で2人の戦いを見守る3人はある共通の疑問を抱いていた。
それは、
「強くなってない?」
「うん」
アリサと久遠は思う。
嘗てのあの少女と比べ、強くなっていると。
実力を隠していたのかもしれないが、あの仮面の男と戦っている様子を思い出す限りはそんな事はないだろう。
「それはこっちの台詞だ」
だがそれは、あの少女の使い魔も同じ、いやあの少女側の方がより強く思う事だろう。
なのはの成長はもう前回とは比べ物にならないレベルのものだ。
互いにここまでの成長。
それは一体何の為―――何をもって成されたのか。
思い当たる事がある。
それは自分達の成長の理由であり、原因であるモノ。
「そっちにも現れたのね、あの男」
「ああ、そうだ。
そっちにも、ってことはやはりそう言うことなんだな」
3人は考える。
この戦いの場を形成し、先程戦いの開始の合図となった金属音の正体、コインを投げ込み、今も何処かで見ている筈の男。
それが両者の下に現れ、両者と戦ったと言うのだ。
それは一体何の為に―――
解らない。
だが、何故か悪い感じはしなかった。
『Divine Shooter』
キィィンッ
『Arc Saber』
ヒュンゥッ!
5基のスフィアを生成し、その中から3発のシューターを発射する。
2基のスフィアを待機させている。
発射されたシューターはなのはの操作の下あの少女に向かうが、ギリギリまでひきつけたところでアークセイバーで切り落とされてしまう。
それもシューターを落とす為だけに、魔力消費を抑えたアークセイバーだ。
フォトンランサーを側面から破るという事をやった為か、シューターにはアークセイバーを使ってくる。
アークセイバーこそ側面から破壊ができるのだが、面が大きすぎてシューターでは壊すのに4発分くらいは必要になってしまう。
発生には杖を振らないといけないアークセイバーだが、それでもシューターに対抗するにはこちらの方が良いと判断して多用してくる。
なのはのシューターは操作性に優れ、なのは自身の操作も非常に高精度だ。
なのはのフェイント等の駆け引き程度はあの少女も持っている―――いや、あの少女の方がそちらに関しては上だ。
相手は接近主体の魔導師なのだから、そう言った駆け引きは得意な筈。
それに接近主体の魔導師だから、あまり速いとは言えないシューターは単発では簡単に切り払われる。
杖として使っている状態なら2発でも簡単に払われるのだ。
バインド魔法の可能性があるから、光刃で斬るしかなく払いにくくはしているが、それでも当てるなら数が必要になり、やはりディバインシューターだけで勝つ事は困難だろう。
それに、
『Arc Saber』
ヒュンゥッ!
再び放たれるアークセイバー。
今度はこちらを斬る為の全力のアークセイバーだ。
『Protection』
キィィィンッ!
なのははバリアを展開する。
この戦いの中で初めて知った事であるが、アークセイバーも操作可能なのだ。
その攻撃力はシューターで止める事はできず、なのはのバリアでもギリギリ防げる程なのに。
更には放った後の少女は自由だ。
フッ!
真上に現れる少女の姿。
しかも、既に光の大鎌が振りかぶられている。
『Flash Move』
フッ!
なのはは即座にフラッシュムーブを起動、真下へと逃げる。
こればかりでは勝ち目がないのだが、今はこれしかないのだ。
だがなのはが逃げるその瞬間すら、少女は動いていた。
『Arc Saber』
ヒュンゥッ!
少女が振りかぶっていたのはアークセイバーだった。
フラッシュムーブ中は追いつかれる事は無いが、しかし効果が切れた後になのはを切り裂くだろう。
(あんまり多用はしたくないんだけど)
『Flash Move』
フッ!
苦い顔をしながらなのははフラッシュムーブを連続起動する。
方向は地面と水平とし、ほぼ90°移動する動きとなる。
連続使用の過剰加速により、バリアジャケットを越えてくる衝撃。
それに耐えながら更に距離を取る。
ヒュゥンッ
その急な方向転換と瞬間的な移動にアークセイバーはついてこれず、途中で方向を見失い、あさっての方へと飛んでいってしまう。
「はぁ……はぁ……」
連続使用による負荷から抜け、息を整えるなのは。
戦闘が始まってどれくらい経っただろうか。
既に何度も交差し、互いに決定打を撃てずにいる。
だが、格闘だけでも戦えるあの少女と違い、なのはは魔力が切れればお終いといって良い。
既に1度バスターまで使用し、更にその前に消費は半分だったが封印も行っている。
そこにフラッシュムーブとディバインシューターの多用によって、なのはの魔力はもう余裕が無い。
(準備はまだ足りてないけど……やっぱりこれしかない)
なのはは切り札の使用を決める。
あの少女が想定以上に強かった為、使わずに済む筈だった手段は奇策も含めて既に出し尽くし、失敗した。
ならば、後すべき事は覚悟を決める事。
(……大丈夫。
行くよ)
意を決し、なのはは杖を両手で構えた。
そして、
『Flash Move』
フッ!
まず起動したのはフラッシュムーブ。
それもあの少女に向かって一直線に。
ただ、今少女との距離は70m程。
フラッシュムーブ1回分の飛距離では届かない。
『Photon Lancer』
キィンッ!
フラッシュムーブを抜けたところで、あの少女はフォトンランサーを放っていた。
数は1発。
牽制と迎撃を目的とした発射だ。
しかし、なのははそれでも直進する。
バシュンッ!
「ぅ……」
フォトンランサーは右肩に着弾し、バリアジャケットを破壊する。
残念ながら回避は間に合わなかったが、直撃だけは避ける事ができた。
被害もバリアジャケットだけに留まり、戦闘に支障はない。
「―――っ!」
流石に少女もそんな突撃に驚きながら防御体勢をとった。
なのはが今用意している魔法にも気付いたのだろう。
そう、なのははそこから大きく杖を振りかぶり、魔法を発動させる。
『Flash Impact』
カッ!
ズバァァァンッ!!
防御の為に振り上げた少女の杖となのはの杖が接触した瞬間、魔法は発動する。
それは閃光と魔力の炸裂。
本来は直接打撃を与えるのも含め、魔力攻撃も行うこの近接攻撃魔法は、今回も目的は目くらましだ。
強い閃光によって視界を奪い、発生する魔力の炸裂で魔力感知も妨害する。
その上で更になのはは2つの魔法を起動する。
キィンッ!
1つはレストリクトロック、今この場にいる少女を拘束する魔法。
それと、
『Flash Move』
フッ!
再びフラッシュムーブを起動し、その場から離れる。
そうして移動した先で、なのはは杖を振り上げ切り札の起動に入る。
「―――っ!」
だが、その時なのはは気付いた。
あの少女はこの段階でまだ拘束解除の魔法を使っていない。
確かに捕らえ、まだ閃光の中に居るのに動く気配が無いのだ。
しかも、大きな魔法の力を感じる。
今あの少女が居る場所からだ。
キィィィンッ!
そう、なのはの方が出遅れたのだ。
準備はしてあるが、間に合わないかもしれない。
「全ての夢見る人を照らす希望の光
無限の彼方へと続く天に輝きし数多の星の光よ
今こそ集いて悪夢を払う力となれ」
この狭き世界、結界の中になのはの詠唱が響く。
本来魔法の詠唱はデバイスが代行してくれる為必要ない。
だが大きな魔法になると、場合によっては術者の詠唱が必要になる事がある。
つまり、これはそう言う魔法なのだ。
杖は自動で姿をシーリングモードへと変えている。
これはなのはが使う最大出力の魔法であるが故に、安全の為の自動変形である。
キィィィィィィィンッ!!
杖に光が集う。
結界の内部という狭さながら、この世界全体にある魔力が、同時に、なのはがところどころに残してきたディバインスフィアが。
その全てが力となって集まってくる。
そう、なのはがディバインスフィアを余計に生成して放置してきたのはこの為だ。
この魔法は集束型と呼ばれる魔法で、周囲に存在する魔力や、自身の魔力を集め束ねて行う魔法である。
自分のものではない周囲の魔力を集めるのには多大な時間が掛かるため、なのはは予め己の魔力を周囲にばら撒いておいたのだ。
スフィアとして残したのは、この切り札に気付かせない為と、まだこの魔法用に魔力をばら撒く手段がこれしか確立していない為である。
そうして予め用意しておいた魔力と、自分に残っている魔力を集結させ、今ここに、なのはは自分の全てを形にする。
だが、
「疾風なりし天神
今導きのもと撃ちかかれ」
詠唱が響いた。
今だ消えぬ閃光の中から、あの少女の声が。
キィィィィィンッ!
そして、展開される広大な魔法陣。
光が晴れ、そこに立っていたのは、拘束されたままのあの少女。
拘束が防御の為に振り上げた右手だけだった為、そこを支点に動き、なのはの方を向いて立っている。
シーリングモードに変形した杖を抱く様に掲げ、己の最大の魔法に集中している。
ォウンッ……
そこから生み出されるのは大量のフォトンスフィア。
その数、なのはからは正確に数えられないが38基にものぼる。
後に知る事になるが、これはこの少女がもつ最大攻撃手段。
発射までに時間が掛かるが、命中すれば大凡どんな防御も突破する少女の切り札だ。
それを、少女はなのはがあの様な行動に出た事は、なのはが切り札を使うのだと読み、先に展開を開始したのだ。
展開開始はなのはが遅れる事となったが、なのはの方は事前に準備をしていたから多少時間は短縮されている。
それ故に、こうなった―――
「いくよ。
私の全力」
「ええ。
迎え撃つ」
2人の魔法は同時に完成する。
2人の少女は互いの魔法を見ながら、揺ぎ無い瞳で宣言した。
『Starlight Breaker』
ズバァァンッ!!!
なのはが放つのは杖の先に集結させた力の塊。
ディバインバスターがなのはの『砲』なら、これは『大砲』と表現するしかない巨大な砲弾。
力を集結させる時の、杖に集まる光が星の光が降り注ぐ様だとアリサが表した為に、その名を『スターライトブレイカー』と言う。
『Photon Lancer
Phalanx Shift』
ズダダダダダダダダダダンッ!!
対し、少女が放つのは無数の光の槍。
その魔法、フォトンランサー・ファランクスシフト。
フォトンランサーの発射バリエーションの1つであり、今の少女が持つ最高攻撃魔法としてある形。
密集方陣を意味するファランクスの名の通り、無数の弾丸による集中砲火だ。
38基のスフィアから毎秒7発、4秒間発射され続ける。
それによる総弾数は1064発。
1発毎の攻撃力は決して高くないが、しかし1000を越える数を持ってすれば、それは―――
「いけぇぇぇ!!」
「撃砕けぇ!!」
ズダダダダァァァァァァンッ!!!
衝突する2つの魔法。
その閃光と衝撃はディバインバスターとサンダースマッシャーの比ではなかった。
そして、ここでディバインバスターとサンダースマッシャーでは在り得ないことが同時に起きる。
ヒュゥンッ!
バシュンッ!
「くっ!」
なのはの左腕にフォトンランサーの1発が命中する。
ヒュゥウンッ!
ズバンッ!
バシュンッ!
更に、2発、3発と、いくつものフォトンランサーがなのはを襲っている。
「くぅ……」
バリアジャケットを破り、そこへ更にフォトンランサーが命中する。
ディバインバスターとサンダースマッシャーの時との違いは、なのはが放つのはあくまで一発の砲であるのに対し、あの少女の方が数による攻撃に変わった事だ。
それにより、ファランクスシフトのスフィアの展開範囲となのはと少女の距離の問題で、幾つかのフォトンランサーはスターライトブレイカーの側面を通過してきてしまう。
あくまで互いに互い本体を狙う様に放っている為と、数が多すぎるフォトンランサーが自滅しない様になっている為だ。
この魔法はアリサも使うスティンガーブレイド・エクスキュージョンシフトと同じ広範囲魔法であり、撃ち合っている魔法の種類の違いによって出来てしまう現象だ。
だが、それによって不利なのはなのはだけではない。
「くっ!」
ズダダダダダァァァァンッ!!!
数多の光の槍がなのはの放った砲に衝突する。
それにより砲の力は減衰してはいるが、しかしなのはの砲の方が押しており、少女への直進は止まらない。
それは1発集中型の魔法に対して、数を持って行う広範囲魔法を放ったことで起きる現象。
威力が1つに集中しているのに大して、あくまで低い威力物が多数あるだけの魔法である為、互いの力が同等なら、数がある方はその全てをぶつけなければ相殺にならない。
フォトンランサーの幾つかがなのはにダメージを与えているのは良いが、このままでは少女はこの大砲を受ける事になる。
「……」
そして、それは最早避けられぬ事。
少女は覚悟して立つ。
この巨大な魔力の塊、なのはの全てを受ける覚悟を。
互いの全力が放たれ、全ての力がここに示された。
ズダァァァァンッ!
「「なのは!」」
「フェイト!」
地上で2人の少女を見守っていた者達は声を上げる。
信じている友の、愛する主の名前を呼んで。
危機的な状況は解っている。
だが、2人の為に手は出さないと決めた。
だから、せめて声だけは届けよう。
信じている者がここに居ると示す為。
待っている人がここに居るのだと示す為に。
ゴォォォォンッ……
魔力の爆裂の光が晴れてゆく。
そこには2つの人影があった。
「……」
腕や肩、足といった身体の中心からそれた部分のバリアジャケットにこそ損傷が集中し、手足に大きく魔力ダメージを受けている。
更に杖にまで命中したのか、杖が半壊になっている。
しかし、そんな半壊の杖であってもしっかりと握って立っている白の少女。
「……」
全身のバリアジャケットがボロボロに破れ、衣服としての機能を失いかけている。
更に、杖は前に構えていた為にやはり力の影響を受け、多数のヒビが入っている。
だが、そんなボロボロの杖であっても誇り高く掲げている黒の少女。
2人は互いにボロボロになりながらも立っていた。
そして互いに見つめ合っていた。
倒しきれなかった相手を。
この状態、勝機という点では少女の方に分がある。
なのははほぼ全ての魔力を使い切り、杖も半壊状態だが、少女の方は生身だけでも戦えるのだから。
だから、ここから勝敗を決しようというなら少女の勝利となるのはほぼ間違いないだろう。
だがしかし、
「……」
「……」
2人の少女は笑みを浮かべていた。
満足した様な笑みを。
その上で口を開いたのは少女の方だった。
「お願い―――あの人を助けて」
少女がなのはに語りかけた言葉。
それは助けを求めるもの。
それも己の事ではなく、それは―――
ズダァァァァァンッ!!
その時だ、爆音が響いた。
空を揺らす爆音が。
なのはと少女の間に。
「きゃぁっ!」
その爆音と共に発生した爆風になのはは少し吹き飛ばされる。
体勢を立て直して再び前を見ると、景色に1つのモノが追加されていた。
それは色でいうなら紅で、形で言えば人型。
そうそれは―――
「まったく……
素人相手に引き分けるなんて、作り方を間違えた様だわ」
感情を感じ取れない声が響く。
この空に今までなかった者の声が。
それは誰に向かって言ったのか……いや、恐らくただの独り言。
この場には多数の人物がいながら、その人、紅の女性セレネ・フレアロードの言葉は誰にも向けられていなかった。
「ぐ……あ……」
その手、女性自らの手で首を絞め上げている少女に対してのものですらないのだ。
「フェイト!」
「セレネ!」
地上から声が響いた。
主を心配する使い魔の声と、義姉に対して怒りを顕わにするアリサの声。
「貴方、コレが欲しいみたいね。
いいわよ、あげる」
女性は次になのはの方をみて素っ気無く述べた。
今だ動けずにいるなのはに対して。
しかし、その言葉はそれだけでは終わらない。
「そう、もう要らないから貴方にあげるわ。
でも―――」
ドクンッ!
突然鼓動が聞こえた。
―――いや、それは鼓動ではない。
これはジュエルシードの気配だった。
その気配の位置は―――
「な……なに……」
「これ、ジュエルシード……でも……」
戸惑う使い魔とアリサ。
それはそうだろう、ジュエルシードの気配が突如現れただけでなく、その位置が信じがたい場所なのだから。
「アリサ、教えてあげるわ。
人間の使い魔を作れた理由を。
それはね―――」
静かに紡がれる言葉。
しかし、アリサはそれ以上聞きたくなかった。
解ってしまったから、大凡その先の言葉が、今までの疑問の1つの答えが。
そう、今気配が現れた―――いや、今しがた気配を隠す事を止めたジュエルシードの位置は―――
「ジュエルシードの力。
そう、これはこんな使い方もできるのよ」
キィィィンッ
少女の左胸に煌くジュエルシードの輝き。
更に]Zという数字も僅かながら見えた。
そう、ジュエルシードはこの少女の心臓に在ったのだ。
「ぁ……く……」
それは少女自身知らなかった事、何かを言いたいのだろうが首を絞められ言葉は出ず、伸ばされた手は女性に届かない。
「今まで私が制御していた訳だけど。
もういいわ。
このジュエルシードごとあげる。
ま、形も残るか解らないけど」
キィィィン……
一切の感情が篭らない無慈悲な女性の言葉と共に、少女の胸に輝く]Zの光が薄れていく。
そして、
「フェイト!」
「あっ!」
地上から飛び立ち、主を助けに向かう使い魔。
なのはも同時に動いた。
少女に手を伸ばし、なんとか助けようと。
しかし、最早遅かった。
「さようなら」
バッ
手を離す女性。
少女はそのまま落ちようとする。
伸ばした手は届かず、言葉を伝える事もできず。
ィィン……
それとほぼ同時に、少女の胸から]Zの白き文字と輝きが、ジュエルシードが正常化していた証が―――消えた。
オオオオオオオオオオンッ!!!
闇が展開する。
少女を中心として暗き闇が。
まって……
そんな言葉すら、広がる闇は無慈悲に飲み込んでしまった。
後書き
10話をおとどけしました〜。
さて、砲撃と斬撃が飛び交う魔導師同士の戦いです。
ライバル対決です。
くらいまっくすが近いですよ〜
てか、クライマックスですね。
なんか10話と11話で前後編構成っぽいんですがね。
だからクライマックスはここからだぜ〜
まだラスボスが存在しますが、ライバル対決はいいですよね〜
書くのも楽しいです。
逆にラスボス戦をどうやってライバル対決よりも盛り上げるかが問題でして。
さ〜終わりが近いぞ〜
書きまくるぞ〜
てなわけで、次回もよろしくどうぞ〜。
管理人の感想
T-SAKA氏に第10話を投稿していただきました。
うーんいい引きだ。
フェイトはジュエルシードを心臓に持っていたわけですか。
最後でああなってしまったからにはあまりいいイメージ湧きませんね。
しかしそうなると、セレネが知っていてフェイトが知らなかった残り1つのジュエルシードはどこにあるのか。
未発見のものはいよいよ後1個。
ライバルがああなってしまいましたが、なのはも正念場ですね。
……魔法のモード名とかがどんどん長くなるのは仕様なんでしょうかね?
言葉に出してみるとエライ長くて言うのが大変ですよ。
2単語くらいが言い易いんじゃないのかと思うんですが、そこはお約束?
後、戦術的思考なんかを見てこの子達ホントに小学生?とか言うのは……やはり今更なのだろうか。
感想はBBSかメール(ts.ver5@gmail.com)まで。(ウイルス対策につき、@全角
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