輝きの名前は
第11話 それは、一つの答え
闇が―――
闇が広がってゆく。
目の前であの子が飲み込まれてゆく。
手を伸ばしても届かず、言葉も闇の前ではむなしく掻き消える。
わたしは、また何も―――
バッ!
飛び起きたなのはが目にしたのは歪んだ空。
そして直ぐ横に広がる闇。
「わたしは―――」
覚えている。
最後の瞬間、大きな手に抱かれたのを。
間に合わないのは解っていても、伸ばした手を退かされたのを。
それは―――
「何で、止めたんですか?」
久遠に抱かれ眠っていたなのはは起き上がり、闇を見つめる男に問う。
なのはのレイジングハートと色違いの
怒りはなく、ただ悲しみを込めた問いをぶつける。
「何で? 簡単な事だ。
あんな状態で手を伸ばしても届かず、それどころかお前まで取り込まれてしまうだけだったからな」
男はこちらを見ずに応えた。
それは解っていた答えだ。
そう、なのは自身も解っていた。
あの時は魔力枯渇寸前で、手を伸ばして闇に触れた時には既に気が遠くなっていた。
男が助けてくれなければ久遠とアリサの救援は間に合う事無く、あの子と共に闇に堕ちていただろう。
しかし―――
「それでも、わたしは―――」
助けたかった。
あの子を。
あの悲しい瞳をしたあの子の手をとりたかった。
「わたしはどれくらい眠っていたの?」
「30分くらい」
「そんなにっ!!」
久遠の答えを聞いて思わず叫ぶなのは。
あの子もなのはと同じ様に魔力は殆ど残っていなかった筈だ。
そんな状態でジュエルシードに取り込まれ、これ程の闇を構築している。
ただでさえあの子の命がどうなっているか解らないのに、救助に向かうにはあまりにも時間が経ちすぎている。
だが、
「心配ない、その為の結界だ」
男は告げる。
顔だけを半分こちらに向けて。
]\のジュエルシードを捕らえる為に展開していたと思われた結界の真の意味を。
だが、それはつまり―――
「知っていたんですか? こうなる事を」
「ああ」
アッサリと答えられる。
否定して欲しいとすら思う問いに、この男は。
「なら……ならどうして、あの子を助けてあげなかったの?」
この男の答えに怒りという感情は出てこない。
散々翻弄されてきた過去を振り返っても、怒りをぶつける相手である筈なのに、何故か怒りの感情は湧いてこないのだ。
その理由は解りそうで、まだ解らない。
ただ今はこの目の前に広がる闇が悲しくて、解っていても聞いてしまう。
「その答えは、自ら確かめてくるがいい」
そうして男はまた闇を見る。
あの子が中心となって形成されている半球型の闇のドームを。
この広域の結界の中にできた、半径200mの巨大な闇の檻を。
「なのは、レイジングハートの応急修復は終わったわ。
でも30分程度の睡眠じゃ魔力は殆ど回復していないから気を付けてね」
「うん、ありがとう」
『Stand by ready
Set up』
シュバンッ!
あの子との戦闘で半壊していたレイジングハートはアリサの手で修復され、なのはの手に戻り、すぐになのははバリアジャケットに換装する。
寝ていたおかげか、魔力はなんとかディバインシューター10発分と防御数回くらいなら使える程には回復している。
だが、バスターを撃つには足りず、封印にも全く魔力が足りない。
なのは1人の魔力では。
しかし、
「じゃあ行こうか」
「うん、あの2人を助けに」
この闇の中にあの子と、あの子を追って闇に堕ちた使い魔が居る。
それを前に迷う事は無く、3人は揃って闇に向かって立つ。
そう、なのはは決して1人ではない。
そして、
「これを持って行け」
闇の前に立った時、仮面の男がレイジングハートに手をかざす。
キィィィンッ
男が首から下げているデバイスと、かざした手から魔力が発せられる。
黒と翠の魔力が、2色の魔力が螺旋を描いてレイジングハートへと流れ込む。
『Power Charge』
レイジングハートが報告を上げるのは魔力を受領したという報告。
それは既に形を持った魔力で、なのはのものとして完全に受け取る事はできないが、確かに力となるもの。
「少ないが、多少はましになるだろう。
では、俺は向こう側から入る。
お前達がそこから入れば3箇所を抑えられるだろう」
どうして魔力を分けてくれるのか、どうして魔力が2色なのか。
それに今の言葉の意味。
どれも聞きたいが、しかし今は応えは返って来ないだろうし、そんな時間はない。
だから、
「ありがとう」
ただ一言だけそう男の背に告げる。
男は一度立ち止まり、しかし振り返る事無く己が担う位置まで移動する。
そうして、なのは、久遠、アリサと仮面の男は同時に闇の中へと足を踏み入れた。
「やっぱり結界ね、この闇は。
しかも滅茶苦茶高度なものなんだけど……流石ジュエルシードってところかしら」
「……うん」
闇の中に入って数分。
なのは達はずっと闇の中を歩いていた。
僅か半径200m程しかないドーム状の闇の中に入っただけだと言うのにだ。
この闇はもはや別の世界だった。
広さは広大すぎてアリサでも全容を把握できず、同時に入った筈のあの男の存在はここからでは確認できない。
更に、闇の中であり、光は無い筈なのに、なのはからアリサや久遠の姿ははっきりと見えている。
その視界範囲はどれ程なのか、周囲に物がなく確かめるにしても離れるのは得策ではないので解らないが、兎も角光がないのに互いの存在を視認する事ができている。
物理的にはおかしな筈だが、ここが、世界そのものが別物であるならそれも納得するしかない。
「とりあえず、こっちで間違いは無い筈だけど」
「ええ、それは確かよね」
「うん、久遠も解る」
なのはが目指しているのは中心部。
ジュエルシード発動の中心点であり、あの子が居る場所だ。
この闇はジュエルシードの力によって形成され、この闇自体にもジュエルシードの気配を感じるが、中心部の気配はその比ではないので迷う事はない。
後は、何時になったら到着するのか、という問題だ。
だが、その前に、
「……来た」
「そうね」
「うん」
なのはとアリサは魔力の反応で、久遠は気配によって気付く事ができた。
目的のもう1人の接近を。
3人は1度足を止め、そして久遠とアリサはなのはの前に立つ。
「くーちゃん、アリサちゃん」
「先に行ってて」
「直ぐに行くから」
何をしようとしているかを察したなのはが2人を呼ぶ。
2人は振り返らずに答える。
そこへ、
「ああああああっ!!」
ズドォォォォォンッ!!
轟音と共に漆黒の魔力を纏った赤橙の獣が突っ込んでくる。
「はっ!」
ズダァァァンッ!
その突撃を受け止めたのは久遠。
だが、突撃の勢いを止めきる事は出来ず、一緒に飛ばされる。
「なのはは行って」
「うん」
闇の中へ消え行こうとする久遠を追いかけるアリサ。
なのはは中心部へと向かう。
使い魔の彼女は2人に任せて自分はあの子の下へ。
今度こそこの手をあの子に―――
久遠とアリサと別れて直ぐだった。
それほど遠く離れた訳でもないのに久遠達が戦っている音は聞こえない。
それに、同じ場所に向かってきている筈のあの仮面の男の気配もやはり感じられない。
それでも―――
「……」
なのはは見上げる、この闇の中に浮かび、この闇を形成する少女の姿を。
十字架に掛けられたかのように宙に浮く少女は先ほどの戦闘の直後でボロボロのバリアジャケット姿。
ただ右の胸から聞こえる鼓動は人の物ではなく、ジュエルシードのもの。
「来たの」
突如、声が聞こえた。
自分と、宙に浮かぶ少女以外は居ない筈のこの場所で、知っている少女の声が。
「―――っ!」
視線を下ろしたなのははその声の主の姿を見た。
それは宙に浮かぶ少女の姿と同時に捉える事もできる。
「
そこに立っているのは間違いなくあの子だ。
宙に浮いている子と違うのは、傷一つない完全なバリアジャケットを纏い、本来あの子のものとは色違いのデバイスを持っている事。
姿は完全にあの子で、声も、魔力も、気配もなのははあの子であると感じ、そしてそれは間違いないと確信する。
ただ手にするデバイスは本来あの子の魔力色と同じ金色の筈なのに、柄も含めて全てが漆黒。
それに、目の前に立つ少女が間違いなくあの子であると確信しながら、同時にあくまで本物は宙に浮いている方だとも解る。
矛盾に満ちた現実が今目の前にある。
しかし、それがジュエルシードが展開したこの闇の効果であり、目の前に居るのはその本体がジュエルシードの力で生み出したあの子の―――
「行くよ」
ダンッ!
あの子が地を蹴り、姿を消す。
「―――っ!」
これはブリッツアクションだ。
だが、あの子はこの周囲の闇に紛れ、完全に姿が見えない。
「っ!」
だが、微弱ながら魔力の移動を感じた。
咄嗟に杖を右上に構えるなのは。
ガキンッ!!
金属音が響き、振り向けばそこにあの子がいる。
デバイスフォームの杖を振り下ろし、なのはを見るあの子が。
悲しげな瞳をしたあの子が。
「わたしは―――」
手の届く場所に居る。
この瞬間、なのはは言葉を伝えた。
一方
「はぁぁぁっ!」
「せぇぇぇっ!」
ズドォォンッ!
闇の中で衝突し、はじけるのは金色の雷と漆黒の魔力。
互いに力を込めた拳が衝突して周囲の空間すら歪める。
やはりジュエルシードの影響を受けているのか、本来赤橙色の魔力の筈なのに、この使い魔が纏うのは漆黒の魔力。
それは獣の姿から人の姿に変身しても変わる事はなく、それ以外は全て元のままでありながら、魔力だけが違う。
「久遠!」
その上空から声が聞こえる。
その声を聞いて久遠はぶつかり合いながらも拮抗していた状態から後退した。
『Stinger Blade
Quick Shift』
ズダダダダンッ!!
そこに降り注ぐのは10本の碧の魔法刃。
ほぼ全快状態且つデバイスを持ったアリサが放つ、速射型とはいえ強力な魔法の刃。
魔法による防御も破壊し、敵を貫きて相手の魔力を破壊するもの。
それを、
「はぁっ」
キィィンッ!
久遠が離れてすぐ展開される漆黒のシールド。
確かにこの使い魔は元々シールドなどの補助系の魔法に優れ、シールドの展開は速く強力だ。
だが、それではアリサのスティンガーブレイドは防げない筈―――
ガキンッガッギンッカンッキッ!
ガキィンッ!
―――だった。
しかし、漆黒のシールドは見事アリサのスティンガーブレイドを受けきり、その後も形を保っている。
「そう、やっぱりそうなるわよね」
「くぅん……」
魔力が変わる。
いかに主から魔力を供給されて存在する使い魔といえど、主とは魔力色は異なる。
殆どの魔力特性は引き継ぎながらも、しかし使い魔の個が反映されるのだ。
だが、今の使い魔の魔力色は漆黒。
この空間の元たる闇の色だ。
そうなってしまった原因は主にある事は明白で、本来の主の代わりにジュエルシードがこの使い魔に魔力を供給していると思って間違いない。
そして、使い魔の個たる魔力色をも上書きするほどの力が注がれているのだ。
それはつまり……
「貴方、ジュエルシードに―――」
「操られている、とでも思うのか?」
アリサは問う。
だが、それは最後まで言葉にする前に本人の言葉によって遮られる。
静かに、しかしどこかに激しい感情を隠しながら。
「貴方……」
アリサは1度驚き、しかし直ぐに冷静に考える。
そもそも『操る』という行為は必要性があってなされる行為。
つまりは、
「私はフェイトを護る。
ただ、それだけだ」
ジュエルシードが己の封印を拒むという意思を持っていたとしても、ジュエルシードの持ち手を護るというこの使い魔の意思とは相反する事はない。
それ故、むしろエネルギーの供給だけをしていれば、勝手に護ってくれるのだから好都合の筈だ。
少なくとも、この使い魔が主であるあの少女を『護る』という行為を、アリサ達の接近を拒むという行動で証明している限りは。
「こんな事をするのが護る事だと、本気でそう思っているの?」
久遠は問う、今この状況を理解しているのかと。
確かに、ジュエルシードで生きているというあの少女に埋め込まれたそれを封印すればあの子は死んでしまうと考えられる。
だが、今この状況で何もしなかったらより悲劇的な結果が待っている事は明白だ。
しかしながら、普通に考えれば『死』という結末を変えるという可能性はあまりに低く、久遠やアリサとてこの使い魔を『説得』するのは難しいと考えている。
だが、それでもなのはに在る可能性を信じているから、この使い魔を説得するのが自分達の役目だと考え、2人で残ったのだ。
そう、あの少女を1秒でも長く生きながらえさせる為ならと、間違った行動を取っているだろうこの使い魔を―――
「それが、フェイトの望みだからね」
使い魔はあくまで静かに告げた。
静かに、ただ内にだけ感情を込めて。
「……あの子の望み?」
久遠も、アリサもそれだけで理解する。
自分達が勘違いをしていた事を。
この使い魔は、間違った行動としてここに居るのではないと。
何か、久遠やアリサでは知りえぬ事を知った上でここで戦うと決めたのだと。
そう言えば、先程なのはと引き離された時、この使い魔はなのはには一切目を向けていなかった。
なのはの魔力が殆どないから無視されたのだと考えたが、もしかしたら―――
「お前達2人にはどうでもいいことさ。
どちらにせよ私と戦い、勝利する事がお前達の役目だ」
「貴方……」
使い魔が告げる言葉、それは『倒してくれ』とすら聞こえる言葉だ。
こんな状況を自ら作り、ジュエルシードの闇の魔力を駆使しながら、それで尚、この使い魔は2人が予想しなかった事を望んでいる。
その頃
ガキンッ!
ギギギギッ!
デバイスフォームの杖を、戦斧としても使えるその一撃をデバイスの柄で受け止めるなのは。
あくまで魔力の篭らない攻撃であり、一撃くらいならばレイジングハートが折れる事はない。
しかし、
「はぁっ!」
「うっ!」
ガキンッ!
腕力だけではなのははこの子に勝つ事はできず、力の差によって弾き飛ばされてしまう。
そこに言葉を伝える暇などなかった。
タンッ
弾き飛ばされる瞬間自らも後方に跳んで威力を削り、半分飛行しつつ着地する。
何故半分飛行なのかといえば、この空間の上限が解らない為と、魔力節約の為だ。
フライヤーフィンという飛行魔法自体は常時展開していても、なのはは飛行せず戦おうとしていた。
だが、
フッ!
「―――っ!」
着地したなのはの眼前に少女の姿がある。
大きく跳んで20m近くは離れた筈なのに、もう目の前に。
ブリッツアクションだ。
「はぁぁぁっ!」
ガキンッ!
振り下ろされる闇の大鎌。
サイズフォームに変形したデバイスでの斬撃だ。
しかし、本来金色の筈の魔力が、漆黒に変化してしまっている。
恐らくは、それもまたジュエルシードの影響であり、ジュエルシードで生きているという証。
兎も角、今この攻撃は受けきる事はできない。
元々この子のサイズフォームでの斬撃はそれだけで強力で、マジックコート無しで受けたら杖が破損してしまう。
いや、通常の攻撃でも、接近戦をする様に作られていないレイジングハートでは、何度も受けることはできない。
だが、今なのはは着地したところだから直ぐには跳べない。
最早、なのはに魔法を使って応対する事しか選択肢になく、逃げる事はできない。
―――いや、それ以前、ここへ来た目的を考えれば退くと言う選択は間違っている。
そう考えた時だ、
『Dark Coat Plus』
キィィンッ!
レイジングハートが魔法の名を告げ、杖が漆黒の光に包まれる。
これは、あの仮面の男の魔法だ。
「はっ!」
あの男から貰った魔法が自動発動したのだと頭で理解するより先になのはは防御行動に出ていた。
きっと、男の魔法が発動しなくともとっていた行動。
それは先の対決でも一度使った方法であり、相手の攻撃を見切って押さえるという手段。
だが、今は先程とは違い、こちらが退いた所への連続攻撃であり、タイミングはなのはの方が遅れている。
それに、今回は相手の柄を押さえる隙はない。
そもそもこの子とて、そう何度も同じ手で攻撃を防がせてくれるほど弱くはないのだ。
しかし、
ガキンッ!
それでもなのはは受け止めた。
ダークコート・プラスなる魔法が掛かっているとはいえ、こちらの柄で刃を止めたのだ。
それはいかに魔法刃とはいえ、刃筋を外せば切れ味を生かせない事に因るもの。
なのはは、力で対抗して止めるのではなく、柔らかく抱きとめるようにしてフェイトの刃を受け止めたのだ。
ギギギギギ……
少女の漆黒の魔法刃とあの男のダークコートの漆黒の魔力が衝突し、静かに削りあう。
「……」
「……」
そんな漆黒同士の激突を越え、2人の少女は見詰め合った。
少女はあの男の魔法が掛かった事には何も反応を見せない。
ただなのはだけを見ている。
なのはも少女だけを見る。
今までに無い程のまっすぐな視線の交差。
「貴方は何をしに来たの?」
「……え?」
その中、先に言葉を投げかけてきたのは少女の方からだった。
その事にも驚き、しかしそれ以上に問いの真意がすぐに解らず、なのはは即座に返答する事ができずに間が生まれる。
そこへ、
「ジュエルシードを封印するだけの魔力もなく、私に対して攻撃もしない。
私を殺す事以外ここへ来る理由は無い筈なのに、一体何をしに来たの?」
今までに無く長く。
今までに無く感情的に。
今までに無く真っ直ぐな言葉。
それでも最低限で、感情は薄く表情は無く、一方的と言える言葉だ。
だがしかし、初めてだろう少女から求めた会話だ。
「わたしは、貴方に会いに―――貴方を助けに来たの」
だから、なのははただ真っ直ぐに自分の気持ちを言葉にする。
この至近距離で、嘘偽りの無いなのはの想いを。
しかし、
「助けに? 何から?」
少女は問う。
この闇が形成される前、確かに少女は助けを求めたが、しかし、少女は自身に対して助けを求めた覚えは1度もない。
だから『助けに来た』と言われてもそれは一体何をしにきたと言うのか。
仮にこの闇から助けると言う事ならば、その結果は少女を殺しに来た事と変わらない。
この闇を形成しているジュエルシードを封印すると言う事は、少女を一応にも生かしているジュエルシードを停止させる事になるのだから。
故になのはの目的はジュエルシードの封印ではない。
過程としてジュエルシードを封印する事になるが、しかし今はジュエルシードはあくまで過程に過ぎない。
そう、なのはが目指しているものは、なのはが少女から救おうとしているものは―――
「悲しみから」
はっきりと告げる。
なのはが少女と出会ったときから感じていた事。
全てに繋がるだろう少女の悲しげな瞳。
それを解き放ち、なのははこの少女を―――
「意味が解らない!」
ギギギッ!
荒げた感情のままに力で押し切ろうとする少女。
今この時、自身の内で暴走しかかっている感情が何かも自覚のないまま、少女は心のままに闇の刃を振るう。
ガキンッ!
そんな力任せの攻撃に弾かれながら大きく後退する。
飛行も併用してダメージを軽減し着地するが、10m程飛ばされてしまう。
少女は力任せにデバイスを振り下ろした為に、今回はブリッツアクションで追う事はできない。
だが、いかに冷静さを欠いているとはいえ、少女は蓄積された経験からそれ以外の追撃行動に出ていた。
「フォトンランサー!」
キィィンッ
ズダダダダンッ!!
未だデバイスが振り下ろされている状態で、素手から放たれるのは『光の槍』という名の『闇の槍』だ。
性質も威力も元の魔法と変わらないだろうが、この闇のドームの中においてその闇の槍は極めて視認し辛い。
しかし、
「なら、どうしてそんなに悲しい瞳をしているの!」
『Divine Shooter』
キィィンッ
バシュゥンッ!
問いかけと共に放った光は、迷う事無く闇を打ち抜いた。
「はぁぁぁっ!!」
ズダァァァァンッ!!
闇の中に落ち、強力な閃光を放つ久遠の雷。
だが、
ィィンッ!
閃光が晴れた先には漆黒のシールドを構えたあの少女の使い魔が立っている。
彼女が展開したシールドは、久遠の雷で砕けかけてはいるものの原型を保っている。
完全に防がれてしまったのだ。
「一応久遠の雷は威力だけならなのはのバスター以上の筈なんだけどね。
―――その状態で受けきられたか」
久遠の隣に立つアリサはまるで呆れた様に使い魔を見る。
自分の魔法、リングバインドで両足と右腕を封じている使い魔をだ。
「全力だったのに」
久遠は防がれた事に複雑な顔をする。
なのは達魔導師と違い、魔力攻撃という非殺傷攻撃をできない久遠は全力の雷を人に向ける事はない。
今は彼女がシールドを展開する事が前提で全力で撃ったに過ぎない。
だが、それでも通用しなかった。
「今のがアンタ達2人の全力?」
バキンッ!
問いながらアリサの放ったリングバインドを砕く使い魔。
リングバインドはアリサの習得しているバインド魔法の中では強度が弱い方だが、あんなに簡単に砕けるものではない。
どうやらそう言う能力まで強化されているらしい。
「この程度じゃ奥に行っても無駄だとでも?」
挑発的な言葉を返すアリサ。
どうやらこの使い魔はアリサ達が知らない事を知っているらしいので、何とか情報を得ようと考える。
だが、
「力の問題じゃない。
それはアンタ達の方が解ってるんじゃないのか?」
返って来た言葉に情報はない。
しかし、その言葉でハッキリした事がある。
「なのはを行かせたのはやっぱり意図的だったんだ」
確認するのは久遠。
最初、この使い魔が久遠を狙ったのは力の大きさ故だと思った。
単純に一番力が大きな久遠こそ厄介だと判断されたのだと。
今現在魔力が回復していないなのはは無視されたのだと。
だが違う。
そもそも護るという意味でならなのは1人であれ奥に向かわせてはならない筈だ。
もしまだこの先に防衛する為の戦力があるなら、それと連携をとった方が良いだろう。
それをしないのにはそれなりの理由がある筈。
「都合よくそっちからあの小娘1人を行かせたから助かったよ。
本当なら、1人を吹っ飛ばした後でもう1人も引き離すって作業が必要だったからね」
答えになっていないようで、しかし最早認めたのと同じ言葉。
やはりこの使い魔にとって、久遠とアリサはここに留まり、なのはだけは奥に向かわなければならなかったのだろう。
そして、その理由は―――
「それなら、私達が戦う意味はないんじゃないの?」
久遠は問う。
今はなのはとあの子が2人で何かをしなければいけない時で、それを邪魔しない為に今3人がここに居る。
それだけならば、なにも久遠とアリサがこの使い魔と戦う理由はない。
確かになのはの援護に向かいたいが、久遠とアリサもあの子を『説得』する場には必要ないと自覚している。
最初からあの少女の事を心から想っていたのはなのはだけなのだから。
「いや、戦う事は必要だ。
お前達が私を倒す事がな」
「そう……」
久遠にもアリサにもその理由はまだはっきりと解っていない。
だが、正気のままで、且つ何かを知っているこの使い魔がそう考えているのなら事実必要なのだろう。
何も知らないまま戦うのは嫌だが、それでも、これを越えなければ答えがでないのであれば―――
「じゃあ、行くわよ。
今度こそ全力で」
「死なないでね」
2人は構える。
最早話し合う事が無くなり、完全に戦う為だけの体勢へと変化する。
光に撃ち抜かれた闇は消え去り、追撃はもうない。
だが、
「貴方に何が解るというの?」
全ての闇を払うにはまだ足りない。
それどころか少女を包む闇は拒絶を具現するかの様に濃くなっている。
それに対し、なのはは、
「何も解らない。
わたしは貴方の事を何も知らないから」
正直に告げる。
少女の事は理解できていないと、自ら求めながらも何も解っていないのだと。
「ならなんで!」
当然の問い。
何を悲しんでいるかすら知らぬのに、どうしてそれを助けるなどと言えようか。
少女は拒絶の闇を更に纏い、杖を構える。
本来の杖を闇で構築しただけの偽りのデバイスを。
少女は攻撃態勢を取っている。
なのはと少女の距離は僅か10mで、少女にとっては一瞬で詰められる距離だ。
だが、なのはは杖を構える事なく少女の問いに応える。
「それは―――貴方が気になってしかたがないから」
その答えはあくまで気持ちに、『心』に因るもの。
理性だけで判断できない人が持つ感情に因る行動であると告げる。
そう、ハッキリと言葉にできる様な理論的な答えなどなのはは持ち合わせていなかった。
ただ、初めて出会った時から気になって仕方がない。
それだけだ。
それはある意味で一目惚れと言えるかもしれない、なのは本人にも理解しきれぬ気持ちなのだ。
しかし、それでも心を持つ人という生き物である以上、大切な事でもある。
「わたしは、貴方と友達になりたい」
望みを告げるなのは。
出会いは唐突で、しかも攻撃され、その後もずっと敵対しながら、1度も揺るがなかったなのはの求め。
久遠やアリサと出会った時も特別な想いを持っていたが、その求めは直ぐに叶えられたが故に意識する事はなかった。
自分がこれ程特定の人物に特殊な感情を抱くとは。
しかしそれでも、何度思い返しても出会いは衝撃的で、初めて交わしたあの視線はなのはを捕らえて離さないのだ。
「貴方は……最初からずっと―――
問答無用で攻撃した私を、敵である私に何故そんな事が言えるの!」
なのはの応えと求めに対し、少女は苛立ちを隠さない。
それは今までも感じてきたことだ。
そしてそれは少女も自分で理解できない気持ちの揺れによるもの。
自分自身の理解できないこの感情をどうして良いか解らないからこそ苛立つ。
だからこそ、その苛立ちを最も簡単に解決する手段に訴える。
「サンダースマッシャー!」
ザバァァァァンッ!!
杖を持たぬ手から放たれる漆黒の雷。
久遠の雷と似ているが少し違うもの。
しかし今までとは違い色は黒で、更に完全な物理破壊に設定されて放たれている。
元々少女の放つサンダースマッシャーは着弾時の炸裂という効果こそ特徴で、射撃魔法での撃ち合いでは若干威力が減少する。
その為、なのはのディバインバスターと撃ち合えば、なのはのバスターが勝つが、着弾時の威力はサンダースマッシャーの方が上になる。
故に防御を展開するのは得策ではなく、なのはであるならばバスターによる相殺か回避が好ましい。
それは、なのはも理解している。
しかし、
『Protection』
キィィンッ!
レイジングハートがなのはの意思を反映して起動した魔法はバリア魔法。
しかも、
『Flash Move』
タッ!
なのははフラッシュムーブの加速をもって前に出た。
バリア魔法を展開しながら少女に向かって直進するのだ。
それは少女のマスターである女性の魔法、バリアとシールドを展開して突撃する『クリムゾンブレイカー』を参考にしたもの。
しかし、
ズガガガガガガッ!!
サンダースマッシャーと衝突するとフラッシュムーブの速度はほとんど停止し、バリアは瞬く間に崩れてゆく。
クリムゾンブレイカーの極意を知らぬなのはの即興による模倣では、移動する為にバリア強度が弱くなっているだけなのだ。
元々なのはのプロテクションではフルフォースモードでも耐え切れるか解らないサンダースマッシャーを、強度の弱くなったバリアで、しかも自分からぶつかりに行っているとなれば、
バチッ!
「ぐっ」
崩れかけたバリアの穴から電撃がなのはに流れ込む。
漆黒の雷はなのはのバリアジャケットを破壊した上に更に生身にもダメージを与える。
物理破壊に設定されている為、雷の力がそのまま身体を傷つける。
バチッ! バチバチッ!!
徐々にバリアを突破し雷の欠片が入り込んでくる。
だが、なのはは杖を前にかざしていない。
今の少女に対して武器を向けることを嫌った為か、杖の破損を恐れたのか、何にしろなのはにはバリアとバリアジャケット以外の防御はない。
ただ杖を持たぬ右腕だけでガードし、頭部だけは庇っている。
その為バリアを突き抜けてくる雷は殆ど右腕に当たり、もう右腕のバリアジャケットは殆ど残っていない。
更に、フラッシュムーブだけではサンダースマッシャーを押し切る事はできず、直進も止まってしまっている。
最早バリアも持たず、このままではなのははサンダースマッシャーを受けてしまうだろう。
しかし、それでも、
「わたしはっ―――」
なのはの瞳は揺らがない。
ただ真っ直ぐに少女を見ている。
目の前でバリアを崩す黒の雷も、なのはの意思を止める事はできない。
そんな時だ、
『Plus』
デバイスが魔法を起動する。
なのはの指示でもなければなのはの魔力によるものではない魔法を。
キィィィンッ!
起動したのは翠の魔法。
なのはを包む優しい翠の光。
その光に包まれ、なのはは―――
ズバァァァァンッ!!
黒の雷が炸裂する。
撃ち切った後の黒の大閃光。
サンダースマッシャーの威力となのはの残り魔力を考えれば、なのはは生きてはいるかもしれないが、動けなくなっている筈だ。
しかし、
ブワッ!
その漆黒の閃光を払う光がある。
桃色の光が。
タンッ!
「―――っ!」
漆黒の光を切り裂いた桃色の光は少女の目の前に降り立つ。
途中翠の光がなのはに力を貸したのは少女も解っている。
だが、そんな事は関係なく、今ボロボロになりながらも目の前に立つなのはが居る。
真っ直ぐに少女を見るなのはが。
それが、少女にとって―――
「チェーンバインド!」
「チェーンバインド!」
ジャリィィンッ!!
アリサと赤橙の使い魔は同時に魔法を発動させる。
出現するのは碧と黒の鎖。
だが、同じ魔法である筈なのに違いは色だけではない。
数もアリサは2本に対し、使い魔は3本。
更にその強度も使い魔の方が上だと解る。
「いけぇっ!」
「はぁっ!」
ジャリィィンッ!!
両者が手をかざした先に展開する魔法陣から鎖が伸びて相手へと走る。
チェーンバインドは己のすぐ傍から出現し、操作、敵を追走して捕らえる魔法。
魔力を固定した実体があると言えるバインドの中でもかなり強力な魔法の1つだ。
操作して相手を絡めるという実物の鎖とさして変わらぬところは利点でもあり欠点でもある。
操らなければいけないが、実体があり本物の鎖と同じで在る為、
ヒュッンッ!
ガシャァァンッ!!
2色の鎖は衝突し、互いに絡み合う。
互いに鎖で鎖を拘束して相殺したのだ。
拘束魔法同士ということもあるが、魔力の塊であるこの鎖は相手の魔力を打ち払うが事できる。
そう、
「あああああっ!」
バリバリバリバリッ!!
久遠は自分の周囲に3つの雷の塊を収束させる。
それはやがて小さな槍の形をとり、
「いけぇっ!」
ズバァァァンッ!!
放たれる。
先日、あの仮面の男が嗾けて来た巨大ロボを倒す時に使った高収束の雷。
それを小さく3つに分けて放ったのだ。
しかし、
「甘いよっ!」
ジャリィィィンッ!
使い魔はまだ自由だったチェーンバインドの一本を鞭の様に振るう。
ヒュンッ!
バシュンッ!
そして、迫る雷を全て叩き落し、同時に鎖も砕け散った。
そのタイミングで、
「どっちが?」
アリサの声が響く。
使い魔の後方に現れる魔力反応と同時に。
「ん?」
ヒュンッ!
振り向けばそこには3つの碧色の輪が飛んできていた。
アリサのリングバインドだ。
ガキンッ!
それに気付いた時には既に遅く、使い魔は左腕と両足を拘束される。
更に、
「まだよ」
フッ!
何時の間にか使い魔の両サイドにはアリサと久遠が居る。
アリサは久遠の攻撃の隙にリングバインドを放ちつつチェーンバインドは切り離して近づき、久遠は使い魔がリングバインドに気を取られた瞬間に距離を詰めていたのだ。
『Stinger Blade
Charge Shift』
キィィンッ!
「はぁぁぁっ!」
バリバリバリッ!!
その手に碧の突撃魔刃と、雷の塊を持って。
「その言葉、そっくりそのまま返すよ」
ゴゥンッ!!
2人の攻撃が直撃するかと思われたその時、使い魔は漆黒の闇を展開した。
それはバリア魔法と呼ばれる構成の力で、
ズガガガガガガガガガガガガガッ!!
高位の術者であるアリサと久遠の2人掛りの攻撃を―――
ガキンッ!
「くっ!」
「ちっ!」
―――防ぎきった。
小規模とは言え2人合わせてなのはやあの少女の最大攻撃力に匹敵する威力があった筈なのに。
収束されたこの攻撃を両サイドから受けながら、完全に防ぎきったのだ。
タッ
1度距離を取るアリサと久遠。
そして、改めて対峙する。
「貴方、何を考えているの?」
そこで、アリサは問う。
疑問に思うのだ。
この使い魔は主を護る為だと言う。
それの真意はまだ読みかねているが、しかしこんな力の使い方―――使い魔の魔力は全て主から得るものだ。
そして、今得られるのはジュエルシードからのものであり、しかしそのエネルギー源はあくまであの少女の筈。
ジュエルシードがあの少女の何かを代償に魔力化したものをこの使い魔は使っているのだ。
それを、先程の様な無茶な使い方をすれば、主であるあの少女に悪影響が出るのは解っている筈。
更に、その力の使い方もまた疑問点もある。
単純に力任せと言う訳でもなく、考えて戦っているのは確かだ。
戦い方も恐らくあの男と戦った影響か、久遠の牽制から抜け出せずにいたあの時よりも戦術レベルが上がっている様に感じられる。
しかし、魔法を使うときは過多とすら言える魔力の使い方をするのだ。
その理由がアリサには解らない。
「……使っていないと、この魔力で身体が満たされてしまうからだ」
使い魔は静かに応える。
無表情のまま、抑揚の無い声で。
「それって……」
久遠も、そしてアリサも気付く。
それはまだこの使い魔を構成している力はあの少女の本来の力が残っていて、それを―――
と、その時、
ァァァ……
魔力の衝突を感じる。
今まで感じられなかった2つの力のぶつかり合い。
片方はなのはのものだと解り、もう1つも今は別物になるが、使い手は見当がつく。
今まで感じられなかったものが、どうして感じ取れる様になったのかは解らない。
だが、変化が起きていることだけは解る。
「そろそろか」
そして、それは使い魔も認める事だった。
同時にこれはなのはが上手くやっていると言う事になるのだろう。
「じゃあ、決着といこうか。
あるんだろう? もっと凄い手が」
使い魔はただ確認として問う。
あんなものがこの2人の奥の手な訳はないと。
「OK、解ったわ、浄化してあげる」
だんだん解ってきた。
自分達のすべき事が。
なのはが最後にやる事が。
闇の中心部付近
ヒュォンッ!
バシュンッ!
2人の少女が攻防を繰り返していた。
一方は後退を続け、もう一方は前に出続けている。
攻撃を繰り出しているのはあの少女で、防御しているのはなのはだ。
しかし、
「フォトンランサー!」
キィィンッ
ズダダダダンッ!!
少女が放つのは6発の黒いフォトンランサー。
『Divine Shooter』
キィィンッ
対し、なのはが発動させたのはたった1発のディバンシューター。
それを、
ヒュンッ!
バババシュンッ!
精密操作を持ってフォトンランサーを3発叩き落し、
「はぁっ!」
ヒュンッ!
バシュンッ!
バシュンッ!
未だに効果を失わないダークコート・プラスが掛かった杖で2発を受ける。
だが、
バシュッ!
残り1発が右肩に当たる。
魔力が残り少ない為、致命的なダメージとなりうるものだけ落とし、後は無視しているのだ。
いや、正確には『無視』はしていない。
なのははあの子との問答が始まってから『回避』や『後退』を選んでいない。
回避できる、回避すべき場面でも『避ける』という手段を使わず、退くべき時も退かず、全て受けて―――そう、全てを受け止める気でいるのだ。
確かにフォトンランサー1発ではなのはのバリアジャケットを抜ける事はない。
だが、確実にバリアジャケットは破壊され、次同じところに命中すれば、物理破壊に設定されている少女の黒い魔法はなのはの肉体を破壊するだろう。
何時までも続ける事はできず、終わりはまだ見えない。
それでも、
「……」
なのはは攻撃を受けた事に対して顔色を変えることなく突き進む。
そう、突き進んでいるのだ。
攻撃しているのはあの少女。
防御しているのはなのはだ。
しかしそれなのに、あの少女は後退し、なのはが前に出ると言う形を繰り返している。
「なんで! なんでなの!
私達は出会ってからの時間こそあれ、一緒に居た時間なんて―――」
「そうだね、多分合計で1時間もない」
問うのは少女。
応えるのはなのは。
会話と言うには一方的で、しかし、今までとは立場が逆になり、問いと答えがそこに在るならば進歩したといえるコミュニケーション。
今もそこに攻撃という拒絶の意思が挟まれていても、2人は言葉を交わし心を触れ合わせようとしている。
「私は使い魔なんだよ!」
ヒュッ!
問いを残しながらブリッツアクションを起動し、距離を取ろうとする少女。
しかし、
『Flash Move』
タッ!
なのはは同時にフラッシュムーブを使用する。
少女がブリッツアクションで移動しようとしている先を予測して、自分も同じように跳ぶ。
「知ってる」
「―――っ!」
同時に移動し、同時に移動を終了した後、目の前にいる少女になのはは応える。
なのはの内にある当たり前の答えを。
「私は半自立型の魔導生命体。
でも未完成だから、人と同じ様に成長する事はないし、人と同じ時間は生きられない」
ブンッ!
問いと共に振るうのはサイズフォームのデバイス。
漆黒の刃をもつ魔の大鎌だ。
少女のサイズフォームの魔刃は元々の威力でも並のデバイスでは受けきれず、なのはのバリアジャケットでさえ、その内側の肉体ごと切り裂く威力がある。
まともに受ける事はできず、刃ではなくデバイス本体を押さえて防御するしかない。
しかし、いかに冷静さを欠いてはいても、同じ防ぎ方を許す程この子のレベルは低くない。
やはり、デバイス本体は押さえられる様な振り方でもないし、立ち位置的にもなのははその防ぎ方ができない。
ここは後退して回避すべきだろう。
だが、
ヒュッ!
なのはは杖を構えて受けようとする。
ガッ!
ギギギギギギッ!
さっきと同じ様に、刃筋を外して受け止める。
それ自体は成功した。
今この少女は冷静さを欠いているから斬撃は少し乱れている。
だから成功させる事ができた。
しかし。ダークコート・プラスという杖を硬化する魔法が掛かっているとはいえ、少女の魔刃に込められた魔力はそれ以上だ。
それに、その込められた刃も、少女の斬撃という技は多少乱れていても尚鋭く、正面から受けては受け流す事は難しい。
その威力にダークコート・プラスも、杖自体も軋みを上げる。
それでもなのははただ正面から受けるだけで、そこから受け流そうとはしなかった。
ガキンッ!
そうして辛うじてダークコート・プラスの力だけで受けきり、少女の刃が止まる。
だが、今の一撃でダークコート・プラスの力は消えてしまった。
しかし、それをなのはは気にすること無く、ただ問いの応えを口にする。
「そうなんだ」
変わらぬ真剣な顔のまま、知らなかった事実をただ受け止める。
だが、そんな少女の真実を知っても尚、なのはの瞳は揺らぐ事はない。
受け止めながらも、まるで別の問題かの様になのはに迷いを与える事はなかった。
「―――っ!」
タッ!
そんななのはの瞳を見てか、少女は自分が優勢な筈のこの位置から、自ら後退して距離を取ろうとする。
「私は出来損ないだから、人の形を維持する為に人の構成情報を必要とする。
定期的に人間の血肉を摂取しなければならない体だ!」
ヒュォウンッ!
そこへ、更なる真実と言う名の問い掛けと、アークセイバーという拒絶の意思を残して。
接触状態から、後退しながらのアークセイバーを回避するにはなのはではフラッシュムーブを使わなければならない。
防御はシールドもバリアも間に合わないだろう。
撃ち落とすにも近すぎる位置だ。
だが、それでもなのはは回避を選択しない。
キィンッ!
更に、こともあろうかなのははレイジングハートをデバイスモードからスタンバイモードに戻してしまう。
バリアジャケットを残して、武器となる杖を戻したのだ。
そうした事で両手を自由にしたなのはは、その両手に魔力を込める。
両手合わせてディバインシューター1発分程度だろう。
その両手を、
スッ!
アークセイバーが迫る中、左右に広げる。
まるでアークセイバーを迎え入れるように。
だが違う、それは―――
ガッ! ギギギギンッ!
まだ速度にのっていないとはいえ、自動で敵を追尾し迫るアークセイバーをなのはは両手で掴んだ。
それは真剣白刃取りの要領だ。
数回、兄恭也がしているのを見たことがあったからその見様見真似。
だが、これは参考にしている兄の技と同じ様に単純に止めるだけのものではない。
ガガガッ―――
バキンッ!!
まるで抱きしめるようにして、アークセイバーを砕くなのは。
消えかける前の魔力の残滓がバリアジャケットを削るが、それすらも避ける事をしない。
嘗て、展開したバリアを抜けた上に、魔力ダメージとはいえ身体を斬られた事がある魔法を、僅かな魔力で砕いた。
それはなのはの技もあるが、しかし、少女の魔法にいつもの鋭さがない事も成功した理由の1つだ。
そう、先程の斬撃も、本来の少女の鋭さをどんどん失っているのだ。
訓練されているが故に、冷静さを失っていても攻撃行動はちゃんととれている少女だが、魔法の鋭さまでは維持できていない。
いや、それ程に今少女は心を乱しているのだ。
「そう」
対し、なのはの心は揺るがず、乱れない。
なのはは少女の心の乱れを計算してあんな防御をした訳ではない。
直感的に受けきれる手段として取った事は確かでも、心を乱したから大丈夫だという打算はしていないのだ。
タッ!
それは、受けきった後、すぐにあの少女を追うという行動で証明できるだろう。
杖も元に戻さないまま、ただなのはは少女を追う。
そこに勝機など見出さず、ただただ心にある願いのままに動いている。
迷う事も揺らぐ事もない心のままに。
「それに、それすらもジュエルシードがなければならない。
ジュエルシードが無くなれば、私は消えてしまう!」
キィィンッ
ズダダダダンッ!!
叫びと共に放たれるフォトンランサー。
数は全部で7発。
漆黒のフォトンランサーなのだが、その中に1つだけ黄色のフォトンランサーが。
少女本来の魔力で構築された魔法が混じっている。
たった一1で、それも殆ど崩れかけた魔法であるが。
だが、その意味を考えるよりも、漆黒のフォトンランサーが到達する方が先だ。
何故ならなのははまっすぐに少女に向かっているのだ。
その前のアークセイバーで時間が掛かり、少し距離が離れてしまっている。
だから、なのはは―――
ヒュンッ!
なのはは地上すれすれで飛行する。
踵の小さな桃色の翼で、この闇の中を飛ぶ。
ただまっすぐに、少女の下へ。
それは攻撃や回避といった行動を考えない純粋な移動の為の飛行。
その為に通常より速く、しかし本当に真っ直ぐにしか飛ばない。
故に、
バシュンッ!
迫るフォトンランサーはなのはに直撃する。
次々と着弾し、破壊されるバリアジャケット。
バシュンッ!
キィィンッ!
6発目のフォトンランサーが着弾した時、ついにバリアジャケットは完全に破壊され、レイジングハートによって元着ていた服へと戻ってしまう。
バリアジャケットの再構築には時間が掛かり、そもそもそんな魔力は無い。
ヒュッ
元の服、普通の服に戻った瞬間、最後のフォトンランサーの残滓がなのはの髪を掠める。
それはツインテールにしている右のリボンと少量の髪を切る。
バサッ
リボンが無くなり、髪が高速移動の中で靡く。
バシュッ!
そして、そこに最後のフォトンランサーが着弾する。
最後の、唯一つ黄色い、少女本来のフォトンランサー。
そのフォトンランサーはなのはの身体に衝突して、僅かな衝撃を伝えるだけで消えてしまう。
元々崩れかけで威力は無いに等しいが、魔力攻撃に設定されている為、身体は傷つく事がない。
だが、
「うん、解ってるよ」
その後で、なのはは淡く微笑みながら応えた。
少女の叫びに対して、ただ心のままの答えを。
最後のフォトンランサーを、彼女本来の力を受けて。
なのははそのまま少女の下へと向かう。
戦闘では出さない程の速度に達した飛行をもって、ただ真っ直ぐに。
最早バリアジャケットは無く、高速による圧力から身を護る力はない。
しかし、それでもなのはは止まらない。
「そんな―――そんな私とどうやって―――」
少女も最早下がらない。
なのはが来るのを待ち構えて杖を大きく振りかぶる。
サイズフォームに変形している杖を。
そして、更にその魔刃に力を込める。
放つ魔法は『サイズスラッシュ』。
少女が最も信頼している近接専用直接斬撃にして近接戦闘において最高の攻撃力を持つ魔法。
ヴォウンッ!
少女の全てが込められた魔法刃は金色に輝き、最後の問いと共に―――
「―――どうやって、友達になれると言うの!!」
ヒュォンッ!
―――放たれる。
なのはの到着に合わせた迎撃。
今の速度から考え、停止は間に合わない筈。
元々突撃に近い形で突っ込んでくるなのはを両断する為の一閃。
それに対し、なのはは―――
「そんな事―――」
キィィンッ
なのはは魔力をデバイスに込める。
バリアジャケットが解除された事で僅かながら魔力が戻っている。
殆ど破壊されてはいたが、それでもこの魔法一回分を補うには足りた。
その力を持って、なのは、
「関係ない!」
『Flash Move』
フッ!
応えと共に起動したのはフラッシュムーブ。
既に刃を交える近距離において、加速魔法を使ったのだ。
何故なら―――
その頃、久遠とアリサは一層激しさを増した戦闘を行っていた。
「おおおおっ!」
ヴォンッ!!
獣の形態に変身した使い魔が久遠に向かって突撃する。
漆黒の魔力を纏いながら。
「はぁっ!」
ガシッ!
ザァァァァ―――
対し、久遠はそれを真正面から受け止める。
だが、ほぼ同サイズならば、二足歩行形態で四足歩行形態の突撃を力で止める事はできない。
久遠は受けながら押されていく。
しかし、そこで、
「せぇぇっ!」
ガッ!
ブンッ!
使い魔の頭を掴み、それを捻りながら右側へと投げる。
使い魔は自分の速度もあって、そのまま大きく左前へと飛ぶ。
そんな中、
バシュンッ!
赤橙の光が弾け、使い魔は人型へと変身した。
更に、
「チェーンバインド!」
ジャリィィィンッ!
チェーンバインドを展開し、自分の進行方向へと放つ。
誰も居ない空間に。
しかし、
バキィンッ!
何も無い筈の空間でチェーンバインドは何かに触れ、何かを相殺した。
「同じ手は食わないよ!」
着地しながら宣言する使い魔。
今使い魔が相殺したのはアリサの設置型拘束魔法レストリクトロックだ。
久遠と共に戦いながら、各所にセットしておいたものの1つ。
それを見破られた。
しかし、
「まあ、解ってたけど」
着地した使い魔のすぐ後ろから声がする。
そこに居たのはアリサ。
久遠と使い魔で取っ組み合っている間にステルスを使って移動していたのだ。
同時に、
ヒュンッ!
振るわれるのは碧の魔法刃。
1本の魔法刃を右手でもって横薙ぎに振るう。
ガキンッ!
だが、次に響いたのは金属音にも似た衝突音。
使い魔は振り向きながら魔力を込めた左の拳でアリサの魔法刃を受けたのだ。
「鋭さが足りないよ」
振り向きながらという無茶な体勢であったが、使い魔は完璧にアリサの魔法刃の一撃を止めている。
確かに今使い魔は強力な漆黒の魔力を使っているし、あの少女の魔法刃による斬撃と比べればアリサの斬撃は力任せに過ぎない。
その為、止められてしまうのは半ば当然だろう。
しかし、
「そりゃ、私はオールレンジだから、あの子や彼と比べられたらたまらないわ」
アリサは余裕な様子で応える。
腕力と体重の差もあり、体勢を整えつつある使い魔に押し切られそうになっているのにだ。
だが、そんな中でもアリサは感じられる。
この闇の奥、中心部で行われている力の交差。
徐々にハッキリと知覚できる様になってきている。
「そろそろよね?
じゃあ、こっちも終わらせないとね」
そういいながら、アリサは左手を前に出す。
アリサは今、杖を腰に下げて両手を使っている。
そうして、
ガキンッ!
自ら魔法刃を下げ、使い魔の拳の下へと回り込む。
そこに左手を差し出す。
「ちっ!」
ブンッ!
しかし、そこには使い魔の右の拳がある。
カウンターの様にアリサの顔を狙うが、しかし、
「チェーンバインド!」
ジャリィィンッ!
ガキンッ!
アリサはそもそも懐に入る事が目的ではなかった。
使い魔の拳を横に躱しながら、腕の下をくぐって抜ける。
そのタイミングでチェーンバインドを放ったのだ。
その鎖で使い魔を捕まえつつ、鎖を伸ばしてその場から離れる。
何故なら―――
「はぁぁぁぁぁっ!」
ゴゴゴゴゴゴ……
使い魔は見る。
この闇のドームに光を与える程の巨大な雷の力を。
大きく、そして細く収束された雷の槍がそこに在る。
「いけぇぇっ!」
ヒュォォンッ!!
久遠が頭上に展開した大雷槍を放つ。
山篭り以来、ずっと修練を重ねた新たな久遠の技の1つ。
最大出力の雷を、細く鋭く圧縮した全てを貫く槍。
山篭りの時の巨大ロボを貫いた雷よりも倍近く収束させ、もうどんなシールドをも貫ける威力を持っているだろう。
「流石にそれは受けられないね」
バッ!
いかに漆黒の魔力を持って強化されているとは言え、使い魔でも耐えられそうにない。
そもそも久遠の力は魔力攻撃という形にできず、完全に物理破壊だ。
直撃だけは絶対に避けなければならない。
だから使い魔は鎖の拘束を受けながらも移動する。
チェーンバインドは拘束力は高いが、位置固定の力は強くない。
強くないが一応ある拘束をも引き連れて、力ずくでだ。
ヒュォンッ!!
そもそも久遠の大雷槍は速度はあっても直線的だ。
少し逸れるだけで避ける事ができる。
着弾時に爆裂するかもしれないが、直撃でないなら―――
ズドォォォンッ!!
大雷槍がこの闇のドームの地面に着弾する。
使い魔は直撃を回避できたのだ。
だが、その瞬間、
ズバババババッ!!
大雷槍が弾ける。
圧縮し、収束させていた力が開放される。
「なっ!」
キィィンッ!
咄嗟にバリアを展開する使い魔。
大雷槍は収束された一撃でありながら、範囲攻撃に変わる。
いや、これは攻撃する為の雷ではない。
「そうか、これは―――」
使い魔も気付くが、もう遅い。
展開された雷はバリアで防げるが、しかしこの状況では動けない。
それこそが狙い。
その隙に―――
『Stinger Blade
Execution Shift』
キィィィンッ!! ガキンッ!
上では既に次の攻撃の準備が完了していた。
アリサの魔法、本来のデバイスではない状態をして400という数の魔法刃を生成する力。
使い魔の頭上を魔法刃で埋め尽くす程の数だ。
それが、今、
「いけぇぇぇっ!」
ガガガガガガガガガンッ!!
全力で放たれる。
雨の様に降る様でいて、しかし高速かつ正確にだ。
「本命はそっちかい?
でもこれなら!」
キィィンッ!
全力でバリアを強化する使い魔。
アリサのスティンガーブレイド・エクスキュージョンシフトは確かに強力だ。
しかし、なのはの全力バリアでも一応防ぎきる事が可能。
使い魔はそれを知らなくとも、今なのはよりも強力なバリアを展開できるこの状態ならエクスキュージョンシフトを防ぎきってしまう事実は変わらない。
ガンガンガンガンガンガンガンガンッ!
漆黒のバリアに衝突し消滅する碧の魔法刃。
いかに400という数をもってしても、この闇を突破する事はできない。
「これで終わり?」
使い魔は問う。
2人掛りでこれまでなのかと。
自分という闇を越えられないのかと。
「まさか」
その問いに答えが返って来る。
それは直ぐ傍から。
バリアと魔法刃が衝突する轟音の中でも聞き取れる声。
しかし轟音故に、使い魔はその声が何処から聞こえてくるのかが解らなかった。
それに魔法刃の雨のせいで視界も無い。
そんな中、
『Thunder Blade』
魔法の名が告げられる。
アリサのデバイスから、女性の声で。
『Charge & Sealing Shift』
フッ
名が告げ終わったその瞬間、碧一色だった刃の雨の中に1つだけ違うものが見えた。
それは金色の刃。
ガッ!
1本だけの金色の刃が使い魔のバリアに触れる。
普通なら他の碧の刃と同じようにバリアでとまり、消滅する筈だ。
しかし、
ガガガガッ!
その金色の刃だけは突き進んでくる。
使い魔が展開する闇のバリアを。
「なっ!」
驚愕の声を上げるが、最早使い魔にできる事はない。
バリアを展開し碧の魔法刃を防いでいる最中なのだから、動く事も、新たな魔法を展開する事もできはしない。
ザシュッ!!
金色の刃がついに使い魔の身体へと到達する。
その時、碧の魔法刃の雨は撃ち尽したのか消え去り、代わりに金色の刃を、雷の魔法刃を持つ者の姿が見える。
『ブレイド』といいながら、デバイスをそのまま柄にした槍に近いもの。
それを担うのはアリサと久遠の2人。
これはアリサと久遠による共同の魔法。
久遠の力を魔力攻撃に変換し、アリサの力で形にした封印の力をもった刃だ。
「「封印!」」
ザバァァァンッ!
力が開放される。
使い魔の身体の中へ、浄化の力が。
全ての闇を払う光が満ち溢れる。
「………どう……して……」
少女は問う。
ただ、解らなくて。
自分の全てを乗せて振るっていた筈の刃は途中で止まったまま砕け散る、手にしていた杖さえもひび割れていく。
「関係ないんだよ、そんな事」
なのはは少女の目の前に居た。
加速魔法を使ったのに、ただそこに居る。
そこにただ立っている。
そう、なのはは最後の魔力で少女にぶつかってしまう程の速度になった飛行を止める為にフラッシュムーブを使ったのだ。
即席で構成を弄り、ただ停止する為だけの魔法として。
バリアジャケットの無い状態だと言うのに。
インテリジェントデバイスであるレイジングハートの判断で衝撃緩和のバリアは展開されたが、それでも相当の衝撃がなのはに加わっている。
身体は軋み、痛みとしてそれを訴えている。
だが、それでもなのはは微笑み、少女の疑問に応える。
バサッ!
何時の間にか残っていた左のリボンも解け、髪が風に靡く。
この闇のドームの中に流れる小さな、しかし強い風に。
「わたしと貴方が今ここに存在する。
友達になる条件なんてそれだけでいいんだよ」
そうしてなのはは手を差し伸べる。
友達になると言う事は一方的に要求するものではないから。
あくまで相手も望み、両者の気持ちが一致した時に成されるもの。
だから、なのははただ手を差し伸べて待つ。
少女の答えを。
「ごめんね―――」
少女は震えながら口を開く。
それはなんと言う感情なのか、少女はまだこの時は理解できなかった。
だが、それでも、
「私は―――友達になる方法を知らない」
涙を流しながら尋ねる。
そう、例えようのない心の震えに耐えられず、涙を溢れさせながら。
「簡単だよ、始める事は。
ただ名前を教えてくれればそれでいい。
私は、高町 なのは」
「私は―――私はフェイト、
「うん、ありがとう。
フェイトちゃんって呼んでいい?」
「うん」
答え、少女フェイトは微笑む。
なのはが見る初めての少女の笑顔。
まだ涙で濡れているが、綺麗な笑顔だった。
そうして、フェイトはなのはの手をとり、2人は互いの体温を感じる。
キィィン……
「―――っ!」
その時、フェイトの身体に異変が起きた。
徐々に消えかけているのだ。
いや、違う。
光の粒子になる様になったフェイトの体はある場所に向かってゆく。
それは戻っているのだ、この闇のドームの中心にある少女フェイトの本体へと。
その光は3方から集まっていた。
1つはなのはで、もう1つはあの男、そして最後の1つも上手く行ったのだろう。
3つに分かれてしまっていたフェイトという少女の心が元の身体へと戻って行く。
「フェイトちゃん、わたしが必ず助けるからね」
『Stand by ready
Set up』
バシュンッ
なのはは再びレイジングハートを手に取り、バリアジャケットに換装する。
尤も、もう魔力が残っていない為、殆ど形だけのバリアジャケットであり、今この場で行う事に対する最低限の機能しか持たない。
その為か、リボンの構築は行われず、髪もそのままとなる。
『Sealing Mode
Set up』
ガキンッ!
更にデバイスが取る形は最大出力に耐える為のシーリングモード。
なのはに魔力はもう僅かしかないのに、この形態を取るという。
「いくよ、レイジングハート」
『Yes, My master』
キィィィンッ!
なのはの足元に大きな魔法陣が展開する。
なのはの主砲であるディバインバスターを撃つ時より遥かに大きな魔法陣だ。
それほどの大きな魔法を行使しようというのだ。
この魔力のない状態で。
「天に瞬く星よ、空を渡る風よ
心に宿りし小さな光よ」
なのはは詠唱を開始する。
レイジングハートと組んだ即興と言える魔法術式。
これは、デバイスが制御に全力を注ぎ、術者が詠唱を行わなければならないほどの大きな魔法だ。
「小さく、しかし強く輝く光の力よ
今我が声が届くなら、我が想いが伝わるなら、この手に集いて願いに形をもたらさん」
声が響く。
なのはの声が。
この闇の中を、いやその外の結界すら越えて遥か遠くまで。
その頃、久遠とアリサはこの声を聞いていた。
「スターライトブレイカーの応用ね。
それにしてもなんて無茶苦茶な術式。
こんな収集方式、普通は考えもしないわよ」
「まあ、なのはだし」
呆れつつも笑顔を見せるアリサと、純粋に喜ぶ久遠は2人で手を上に掲げる。
それは了承の意思。
魔力を送る為の儀式といえるものだ。
2人の了承を受け、なのはの魔法が2人の魔力を、碧と金色の光を集めていく。
「デバイスは壊れちゃったけど、まあこれなら問題ないわね」
アリサの手には砕けたデバイスがある。
最後の一撃に耐え切れず、撃ち終わった後に壊れてしまったのだ。
急ごしらえとはいえ、通常のデバイスよりは頑丈だった筈なのに耐え切れぬほどの威力だった。
いや、先程の場合、久遠の力を魔力化するのに大きく力を割いてしまったのだ。
やはり、久遠にもデバイスを持たせた方がいいだろう、そうアリサは考えていた。
尚、アリサはバリアジャケットを解いた状態だ。
デバイスとバリアジャケットは基本的に別物なので、デバイスの破壊が原因ではない。
ただ、このなのはの魔法の為に、バリアジャケットの分の魔力も全部持っていってもらったのだ。
「わるい、ちょっと手を貸してもらえるか?」
「うん、いいよ」
そこで、久遠でもアリサでもない女性の声がする。
座っている久遠の膝から。
疲れてはいる様だが、しかしハッキリとした声が。
「礼を言うよ、これで私も力を出せる」
「いいわよ。
それより、出力に気をつけなさいよ、ただでさえ消えかけてるんだから」
久遠とアリサに手を借りて、手を空へと掲げる赤橙の使い魔。
そうしてなのはへと送られるのは本来の魔力である赤橙色の魔力だ。
アリサと久遠の最後の一撃によって浄化され、ジュエルシードの魔力を全て取り除かれた使い魔。
彼女は最後まで残しておいた魔力を、今この為に使おうというのだ。
主を本当の意味で救う為に。
今は主から存在を維持する為に必要なギリギリの魔力は送られてくる様になっていた。
だから、ジュエルシードの力を排除し、残していた魔力を送っても、何とか消えずに済む。
この使い魔自身が出力を間違えない限りは。
「私は、こんな状況になるまであの子の……
使い魔から告げられる名。
それはアリサ達も覚えがある名で、ある程度予想していた答えだ。
「だから、私にできる事はもうこんな事くらい……」
涙を流しながら告げるアリシアの使い魔。
全てを思い出し、且つ本当に主が望むものを気付けずにいた自分を責めている。
もし気付いていたなら、もっと別の道があったかもしれない。
そして、今こうなってしまった以上、敵だったなのはを頼るしかない事を申し訳なく思っているのだ。
「なら、これからはちゃんとあの子の気持ちに気付いてあげればいい」
そんな使い魔に久遠は告げる。
力強く、真っ直ぐに。
それは同時にとても深く、重い言葉。
嘗て強い想いから暴走し、破壊の限りを尽くした事がある久遠だから言える言葉。
「……そうだね」
その言葉に少しだけ笑みを見せて頷き、使い魔は存在を維持するギリギリの魔力を残して魔力を送るのを止める。
もう1度、主とやり直す可能性を残すために。
まだ希望を捨てぬ為に。
キィィィィン
光が集まってくる。
碧、金、赤橙、黒、翠、紅の6色の光。
なのはの桃色を合わせて7つの力。
「願いは今ここにあり、我は全てを望み、全てを求めん」
全ての光は一つに重なり、大きな白銀の輝きを放つ。
これが、今集められる限り、なのはの心に呼応した心の力を宿す魔力。
なのはは、これを―――
「ジュエルシード、貴方が想いを形にする魔法の種なら、私の、皆の想いを受け止めて!」
願う。
願うという行為は、他者の力に依存する様にとられる事もある。
だが、元々『願う』とは一心に求め続ける事を指す。
そう、なのはは一心に求め、それをここに形にせんとする。
それに見合うだけの力と想いをもって。
ジュエルシードの機能を、正しく使おうというのだ。
その時、
カッ! カッ!
まるでなのはの言葉に答える様に魔法陣が展開する。
フェイトの左胸に埋め込まれたジュエルシードを中心として展開した2つの魔法円陣。
それは同じ大きさで互いに支えあうようにして交差する真紅と紫の2色の魔法陣だ。
更にこの地上、闇のドームの下にドームが展開される前からある翠の巨大な魔法陣。
なのはが知る前から掛けられていた2つの願いと、それを抱きとめる大きな力がある。
それが誰によるものか、なのはは考えない。
ただ、もうずっと願われ続けてきた求めに今やっと力を注げるのだと理解する。
ならば、なのはがこれから放つのは―――
「この手に―――未来を!」
『Divine Buster
Prismatic & Liberation Mode』
カッ!
光が放たれる。
全ての想いを解き放たんと7色をもって白銀と化した光が。
キィィィ……
ゴゴゴゴゴゴゴ……
フェイトのジュエルシードに差し込まれた光は、真紅と紫の魔法陣に満ち渡り力の方向性を正してくれる。
このドーム全てを覆う翠の結界はその力の無駄なく走らせる。
ジュエルシードという魔法の種に力と願いが注ぎ込まれている。
正しい願いと、正当な力が。
この闇のドームが揺れ、再構築されようとしている。
人1人分の命のやり直しの為に、世界が作り直されようとしているのだ。
本来なら力と想いが暴走し、願いは叶えられる事なく、世界ごと崩れる定め。
しかし、それもなのはやフェイトを想ってくれる人の力と純粋なる願いと、ずっとずっと見守っていた2つの基盤と、包んでくれる大きな抱擁によって正しく執り行われる。
だが、
「ぐ……」
ギギギギ……
なのはの持つレイジングハートが軋む。
同時にこの世界を再構築するジュエルシードの式も、まるで歯車がかみ合わない様な音を上げ、動きがずれてゆく。
既に全ての力を尽くしているが、僅かに―――ほんの僅かな力と想いが足りない。
それはなのはが魔力を使い果たしている分なのか、どうしても後1人分の力が要る。
フェイトを助ける為に、何も失わない為に、後1人の―――
「……なのは」
その時、声が響いた。
宙に浮かぶフェイトがその瞳を開いている。
瞳を開いて、なのはを見ている。
「フェイトちゃん、絶対助けるから―――」
なのははそれに応えようと、まだある筈の力と想いを振り絞る。
既に全力全開の状態で、限界を超えてでもかなえる為に。
だが、それでもまだ足りない。
後1人分―――
そんな中だ、
「……バルディッシュ」
フェイトは己のデバイスの名を呼ぶ。
この闇の中、こんな状態であっても共にあるフェイトのもう1人のパートナーの名を。
『Yes, Ma'am
Stand by ready』
ガキンッ!
フェイトの右手に出現する魔法の杖。
先の戦闘で半壊したままのフェイトのデバイス。
インテリジェントデバイス・バルディッシュ。
例えボロボロであっても、主自身も動けない状態であろうとも、主の意思に従い、その姿をここに現す。
そして、
「私は―――生きたい」
キィィィンッ!
フェイトは自ら求める。
ここに生きる事を。
自らの力で再びこの世界で生を持つ事を。
その意思は力となり、
『Power Charge』
バルディッシュからレイジングハートへ魔力が渡される。
自らの意思という想いを込められた力が。
『Sunlight Mode』
カッ!
フェイトの力が加わり放たれる光が変化する。
白銀から金色が加わり、黄金へ―――太陽の光の様な輝ける強い光へと変わる。
ァァァァァ
そして、ついに動きだす。
ジュエルシードの力が。
正しき力と正しき想いの下、願いが形となる。
まるで歌う様だと、なのはは感じた。
闇が光に包まれ、全てを満たしてゆく。
その頃、アリサと久遠が居る場所も光が満ち溢れていた。
「完成した」
「ええ……1ヶ月前なら絶対信じられなかったでしょうけど。
これが、ジュエルシードの力……
ともあれ、こっちの問題はこれからよ」
久遠とアリサはもはやフェイトがどういう形にしろ助かる事は確信している。
ただ、ジュエルシードに支えられていた半自立型魔法生命体がどう再構築されるかは解らない。
今この状態、死んでしまう様な状態からは脱する事だけは確信するが、それ以上はジュエルシードとなのは次第といったところだ。
だが、どちらにしろ問題はなくなる。
いろいろと細かい問題は抱えるかもしれないが、後でなんとかすれば良いものだ。
しかし、こちらはそうもうかない。
ィィン……
久遠が抱いているあの少女の使い魔の姿が薄れてゆく。
使い魔は主からの魔力供給によって命を保っている。
主が死ねば供給はストップする為必然的に消滅する。
ならば、今この状態。
死にそうな状態から再び生まれ変わるこの瞬間はどうなるのか。
魔力の供給は続けられるのか。
その答えはここにある。
瞬時に消滅と言う事はなくとも、徐々に消えてゆく体。
そもそもあの少女がなんらかに再構築された後まで使い魔契約が継続しているかすら怪しい。
この使い魔は理論的に考えれば、高い確率で消滅するだろう。
「何もできないの?」
「仕方ないわ。
使い魔契約は他者が介入できない特別なもの。
私達の力を分ける事もできないの」
目の前にいながら消える事を止められない。
2人はそれが歯がゆくて仕方ない。
「……」
使い魔は何も言わない。
可能性を少しでも上げる為、エネルギーを節約する為に動けない。
だが、その表情は安らかなもの。
心残りが、まだ消えられない理由があり、諦めた訳でもないのに落ち着いている。
「もう少しなんだから、気合と根性で耐え抜きなさいよ」
そんな精神論が通用する問題ではないと解ってはいる。
だが、それでもそんな言葉でも言っておきたい。
願う様に、祈る様に。
その時、
キンッ……
「……ん?」
ほんの一瞬だが、力を感じた。
この使い魔に本人のものでも、契約者のものでもない力が。
だが、同時に完成する。
この再構築が、
ァァァァッ!
この世界、この闇のドームだった場所が光で満ち。
久遠とアリサもその光で包まれる。
ァァァァッ!
拡散していた光が収束し、全てがフェイトに集まってゆく。
そして、一層の輝きを放つジュエルシードとフェイトの身体。
その最後の閃光の後、魔法陣も光も全てが消えた。
役割を終えて。
最後に、宙に浮いていたフェイトが落ちてくる。
バリアジャケットは解除され、元々着ていたのだろう黒いワンピースの姿で。
ボロボロの姿ながらまだちゃんと生きているデバイス、バルディッシュと、正常の証である]Zの白いナンバーを示したジュエルシードと共に。
バッ!
落ちてくるフェイトを受け止めるなのは。
2人の身体が密着して、聞こえてくる音がある。
トクンッ
それはフェイトの鼓動の音。
命の音だ。
ジュエルシードが分離した状態でも正常に奏でられる生命の証。
「おかえり、フェイトちゃん」
ジュエルシードは確かに正常に機能し、フェイトの命は失われずに済んだ。
まだ問題が残っているかもしれないが、それは手に入れた未来で解決しよう。
ただ今は、フェイトを強く抱きしめ、生きていることを感じるなのはだった。
「なのはー」
「おーい、って、あれ髪どうしたの?」
と、そこに知った声が近づいてくる。
振り向けば久遠とアリサがこちらに駆け寄ってきていた。
久遠は戦闘も終了した為子供モードに変身している。
アリサもバリアジャケットを解き、元の服。
それに使っていた筈のデバイスが見当たらない。
後、アリサの腕には見知らぬ子犬が抱かれていた。
いや、知らない相手ではない。
その赤橙の子犬は間違いなく―――
「よかった、そっちも大丈夫だったんだね」
子犬は今にも消えそうなくらい弱々しいが、しかしちゃんとここに生きている。
身体は小さくなってしまっているけれど、それも後でちゃんとなんとかなるだろう。
その後、フェイトを診るアリサ。
ジュエルシードが一体どの様な形でフェイトを助けたのかを確認するのだ。
その結果、
「ん〜、専門家じゃないから詳しくは解らないけど、人間である事しか解らないわね」
「やったぁ!」
大凡最良のものであった。
人間であるならば、フェイトが半自立型魔法生命体の時に持っていた問題は解決されている可能性が高い。
残っていてもなのはは全力でそれを助けていくつもりだったが、フェイト自身がもう辛い思いをしなくて済むのだ。
それは喜ばしい。
ただ、アリサは一体どうやったら魔法生命体を人間にできるのかと頭を抱えている。
「……ぅ……ん」
その時だ、フェイトが瞳を開く。
アリサの診察の為か、なのはの声が聞こえたからか、どちらにしろ目を覚ました様だ。
「あ、おはよう」
「気分はどう?」
目を開き、あたりを見回すフェイト。
そんなフェイトになのはとアリサは問いかける。
だが、暫くして、
「貴方達は……誰?」
なのは達を見て、問う。
「……え?」
寝ぼけているからではない。
多少姿が違うから見間違えている訳でもない。
フェイトはじっと観察してもなお、解らないと言っているのだ。
それはまるで―――
「なるほど、ある意味当たり前か」
そんな中アリサだけが1人納得していた。
そして、少し考えてからなのはと久遠に話す。
「命を再構築する、なんて事をしたんだから、記憶がなくなっていてもおかしくはないわ」
「そんな……」
確かに、命を救った代償としては安いものかもしれない。
どの道魔法生命体であった頃の記憶など、人間になってしまった今では辛いものばかりだろう。
ならば、いっそ記憶も消えて、全てをやり直せた方が良いのかもしれない。
「くぅん……」
「……」
なのは達が話している横で、フェイトに寄り添う子犬の姿をした使い魔。
フェイトはその子犬を撫でてはいるが、そこに親愛の情はない。
やはり使い魔の事も忘れている様だ。
それに、もう1つのパートナーであるバルディッシュも持ってはいても、それが何であるかも解っていない様子だ。
「使い魔が維持されているのは奇跡というか偶然というのか。
契約は何故かそのままみたいだから、あの使い魔が消える心配はない。
ただ、本来在り得ない事だけど、主が契約を自覚していないせいで、最低限の魔力しか供給してもらえていない。
だから、あの使い魔はこのままじゃあの子犬の姿のまま、喋る事もままならない。
けど、それでも消えなかったんだから、これからなんとかなるでしょう」
「……うん」
そう、皆無事なのだ。
だから、それで良かったと言えよう。
けど……だけれども―――
その時だ、3人で話し合い、向かい合っている中、なのはの視線の先に人影が見える。
久遠もアリサも位置の関係上見えていないだろうが、なのはにだけその姿を見せている男がいる。
あの仮面の男だ。
仮面の男が、なのは達とは離れた場所に立ち、なのはに向けて口を開く。
「―――っ!」
それは口を開いただけで、声は発していない。
だが、なのはには解った。
その言葉―――『そ』『れ』『で』『い』『い』『の』『か』と。
「……良くない」
「え?」
突然のなのはの言葉に驚く久遠とアリサ。
だが、なのははそんな2人を他所にフェイトと向かい合った。
「自分の名前は覚えてる?」
真っ直ぐに向かい合い、問う。
「私は―――私は……誰?」
やはり思い出せない様だ。
同時に自分の事が何も解らないのだと自覚したフェイトは不安にかられる。
既に意識ははっきりとしているのに、何も解らない。
それはとてつもない恐怖だろう。
本来なら、なのは達がそれを支えなければいけない。
だが、なのはは別の選択をした。
「思い出して!
貴方には大切な名前があった筈なの」
なのはは強く求める。
久遠とアリサが心配そうに見る中、何とか思い出してもらおうと、不安に怯えるフェイトに両肩を掴んで、逃がさない。
それは支えるという意味でも、逃げ出す事から前を向けるという形でもあるもの。
「私の……名前……」
名前。
大切な名前。
なのははあの時名乗ってもらった名前がどれ程の意味を持つかは知らない。
だが、大切なものだという事だけは感じ取れた。
その名前すら失ってしまっている。
教えるのは容易い。
だが、それではこの少女が己の名に込めていた本当の意味は永遠に失われてしまうだろう。
だから、なのははフェイトが辛いと解っていても、思い出して欲しい。
「私は……私は―――」
少女は思い出そうとする。
だがその度に何かが頭をかすめて消えていく。
それでもと、今目の前にいるなのはが真っ直ぐに見てくれているから手を伸ばす。
死に逆らおうというのにこの名前なの? この計画。
掴んだのは誰かの声。
知っている筈なのに思い出せない女性の声。
それともだからこそ、なのかしら?
少女を目の前にしながら、コンソールから情報を読み出している女性がいる。
そんな女性の後姿を少女は眺めていた。
まあ、いいわ。
願掛けと言う意味もあるし、言霊という小さな力も借りましょう。
全て読み終えた女性は少女の方へと振り向く。
振り向いた時、流れる様な真紅の長い髪が綺麗だと思ったのを覚えている。
いい、貴方はこれから大変な試練を受けなければならないわ。
ここまで来た全ての想いを無駄にしない為に。
貴方が未来を手に入れる為に。
女性は微笑みながら告げる。
この時、女性は少女に意識があるとは思っていなかっただろう。
だけど、少女はこの時の事をずっと覚えていた。
だから―――
だから、そんな貴方に名前をあげる。
この計画自体の名前だけど、全ての運命すら越えてゆけとつけられた名前だから、貴方はこれを名乗りなさい。
貴方は―――
「私は―――フェイト、フェイト・テスタロッサ」
告げる。
それは誰でもなく、世界に。
自分が今ここに生きている事を名乗り上げる。
パキンッ
その時、何かが砕ける音が聞こえた気がした。
「フェイトちゃん……」
「なのは……ありがとう」
だがそれより、フェイトが自分の事を、辛くとも大切な記憶を取り戻した事になのはは涙を浮かべながら微笑んだ。
なのはは知らなくとも、大切なものをフェイトが取り戻せたのがただ嬉しく、フェイトの笑顔が眩しいほどに瞳に映るから。
「アリシアの方じゃないんだ」
その後ろで久遠とアリサは意外だと思いながら見ていた。
使い魔の言葉から考えるに、フェイトという少女は元はアリシアと言う人間で、使い魔は少なくともアリシアを知っている筈だったのだ。
だから、思い出すとしたら『アリシア・テスタロッサ』の方だと思っていた。
だが同時に『テスタロッサ』の姓を名乗った事に疑問も感じている。
「大丈夫、アリシアの記憶もちゃんとあるよ。
それと―――アルフ」
シュバンッ!
名が告げられると同時にフェイトの使い魔、アルフが人型へと変身する。
魔力の供給は元に戻り、アルフが完全な状態に戻ったのだ。
「アリシア……いいのかい? フェイトで」
「うん、いいんだよ」
「そうかい」
アルフは一度問うが、それはあくまで確認の為。
そこに余計な言葉は挟まず、主フェイトの意思を尊重する。
そして、
「そう、だってこの名前は―――
あっ! いけない!」
フェイトは同時に大切な事を思い出した。
それはすぐに行動を起こさなければならない事。
時間が過ぎれば取り返しがつかなくなる事だ。
「アルフ、あの場所に行こう。
あの人ともう1度話さないと。
バルディッシュ、お願い」
『Yes, Ma'am』
「え? あ、ああ。
……でも、魔力が。
とてもここから転移魔法で移動するには足りないよ」
慌てた様子のフェイト。
アルフはその真意を理解するも、魔力はほとんど無い為実行できない。
バルディッシュも名を呼ばれ返事はするし、主が行きたい場所の座標は記憶している。
しかし、バルディッシュ単体でできるのはそれだけだ。
フェイトは恐らく元の魔力のまま生まれ変わっているが、現在の魔力量は枯渇に近い状態なのだ。
いかに場所が解っていて、転移魔法の使い手が居ようと、魔力がなければ何もできない。
「拠点の転移装置を使おうにも、そこまで移動するのに時間が……」
1人悩むフェイト。
が、そこでなのはの方を見る。
「アリサちゃん」
「ごめん、私も魔力切れ」
なのははフェイトが何をしようとしているか解らないが、助けて上げられないのかとアリサに問う。
転移魔法などなのはは使えないし、魔力ももう残っていない。
だが、それはアリサも含め、ここに居る全員に言えること。
あれだけの奇跡を起こしたのだ、当然といえば当然の状態。
このまま何もできず時間だけが過ぎていくのか。
そう思われたその時、
「座標は解るのね?」
声が聞こえた。
綺麗な女性の声が。
「私が連れて行ってあげるわ」
全員が振り向いた先、そこに翠の長い髪をポニーテイルにした若い女性がいる。
スーツに似た服を来た優しげな大人の女性だ。
その人を見たとき、真っ先に声を上げた者が居る。
「リンディ!」
叫び声に近い声でその人の名を呼んだのはアリサ。
それはなのはと久遠も聞き覚えのある名前。
リンディ・ハラオウン。
アリサの家族にして、アリサがこの世界に飛ばされた時の作戦時、別の世界に飛ばされたという話だった人だ。
それが何故ここに、という疑問が湧くが、今はそれどころではない。
「あの子のところでしょう。
大丈夫、皆で一緒に行きましょう」
現れた女性はただ微笑み手を差し伸べる。
初めて会う人なのに、何故か安心できる手。
ほどなく、フェイトもなのはもその手をとった。
某所
シュインッ!
突然現れた女性、リンディ・ハラオウンの力を借り、全員で転移魔法で移動した先。
そこは何処かの建物の中。
お城にも思える内装の広間だった。
「……あっちだ」
だが、この場所について考える時間は無く、フェイトを先頭に建物の中を走る。
やがて、この建造物の中央付近まで来た時、何もない壁の前で立ち止まるフェイト。
しかし、そこで、
「バルディッシュ、1回だけお願い」
『Yes, Ma'am』
ガキンッ!
半壊のデバイスを取り出したフェイトはその壁に向かって杖を構える。
魔法刃も出さず、振りかぶるでもなく、ただ杖を向ける。
そして、
「幻影、解除」
『Sprite Scythe』
キンッ!
フェイトが何かの魔法を使った後、そこには突然扉が現れる。
いや、最初からそこに在ったのだ。
フェイトは変身魔法の一種である幻影魔法を解除したのだ。
後に知る事になるが、本来はこの魔法は切断の魔法。
幻影魔法や結界などを斬り裂いて破る魔法だ。
本来はこんなボロボロのデバイスと、少ない魔力ではできないのだが、単純な幻影を破るだけならギリギリ足りたという。
「無駄なのに、あの子も無茶な事を」
そんな様子を後ろで見ていたリンディが溜息を吐きながら呟いた。
しかしそれはフェイトに対してでも、ここに居る誰に対してでもない。
それが誰に対してであるかなど、最早考えるまでもない。
バタンッ!
扉を開け放ち、中に入るフェイトとなのは達。
「マスター!」
フェイトは呼ぶ。
自分の主だった人を。
自分を捨てた筈の人を。
それは怒りや憎しみからではなく―――
「何をしに来たの?
それと、もうマスターじゃないわよ、契約が無かった事にされているのは貴方も解るでしょう?」
返って来た言葉は素っ気無いものだった。
それに、こちらを見てすらいない。
紅の女性、セレネ・フレアロードは部屋に入ってきたフェイト達の方を振り向く事なく、淡々と自分の作業を進めている。
この部屋は何かの実験室の様だった。
不思議な液体の入ったシリンダーや機械類が並ぶ化学系の実験室。
その部屋の中央で、紅の女性はコンソールを操作していた。
「そうですね。
もう私達に使い魔契約はありません。
貴方のおかげで1人の人間になる事ができましたから」
自分を捨てた女性に、ジュエルシードを暴走させた人に、フェイトはそんな事を言う。
勿論なのはの事も忘れてはいないが、それでもそれ以前に―――
「何を言っているの?
貴方が命を手に入れられたのはその子が起こした奇跡よ。
全くもって計算外だったわ」
だが、やはり紅の女性の反応は冷ややかだ。
激しさは無くとも、しかし強い想いを込めているフェイトの言葉をまるで風でも相手にするように受け流している。
「……」
そんな様子をアルフは後ろで静かに眺め、なのはと久遠も黙って聞いている。
アルフは知っているからだが、なのはと久遠が黙っているのは2人の事情は2人のものだから邪魔をしないだけ。
何も知らないなのはが何かを言ってもこの場では無駄であると理解している。
そんな中、アリサだけは何かを考え、そして少し頭を抱えながらリンディを見た。
無言で、しかし何かを問う視線。
「……」
リンディもそれに無言で返す。
もう少しだけ待っていて、と言う意味を込めて。
「それで、何をしに来たというの?
最早貴方は私に用など無い筈よ?」
この時やっと紅の女性は振り返った。
コンソールに背を預け、冷たくフェイトを見る。
もう何も興味が無い様に。
そんな紅の女性にフェイトは歩み寄りながら告げた。
「貴方の力になる為に」
力強く、相手を信じ、自らを信じて告げる言葉。
その姿に、久遠とアリサは誰かに似ていると想わずにはいられなかった。
そう、自分の傍にいて、同じ様に輝く存在。
それはこの少女、フェイトをも照らし出した者。
「意味が解らないわ」
素っ気無く受け流そうとするセレネ。
しかし受け流そうにも、最早彼女に退路はない。
そんな女性に対し、フェイトは尚も歩み寄りながら更に告げる。
「私はただ貴方の力になりたい。
それだけです」
静かな口調。
しかし強い視線、揺ぎ無い瞳、迷いのない声で紡がれるその言葉はきっとどんな魔法よりも―――
既にフェイトは紅の女性の目の前。
紅の女性にすれば手の届く範囲だ。
下手をすれば攻撃されかねない位置において無防備に立ち、紅の女性を見上げるフェイト。
そして、その言葉に対する返答は―――
「……まったく、全部台無しだわ」
1歩、紅の女性は前に出る。
フェイトの前に。
最早互いに接する程の距離。
そこで、
「ずっと―――」
バッ!
呟く様にして、同時にフェイトに覆いかぶさる。
いや、それは―――
「ずっと我慢してたのに―――」
それは抱擁だった。
優しい、しかし強い抱擁。
同時に見せるのは18という歳相応の少女の笑顔。
「ごめんなさい……それと、ありがとう」
フェイトを抱き返す。
それは嘗ての記憶で1度だけ感じた事のある温もり。
そう、フェイトもアルフも始めから知っていて、忘れさせられていた温もり。
セレネ・ハラオウンが持つ本来の姿。
「そう……悪役を演じてたのね」
少し離れた場所でアリサは呟く。
自分の知らぬ顔をする義姉を見ながら。
「そうよ。
貴方は初めて見ることになるのかしらね。
あれが、私の自慢の家族の1人、セレネよ」
リンディがアリサの傍に歩み寄って告げる。
リンディは知っていて、アリサには告げなかった事実を、今。
「私は、本当何も知らなかったんだ」
悲しげに呟くアリサ。
義姉の事も、ジュエルシードの事も、何も知らずに戦ってきた。
「ごめんね、黙っていて、騙す様な事までして……」
リンディはそれについて謝罪しつつ、アリサを抱きしめる。
年齢的な問題もあるし、身長の違いもある。
だから、その抱擁は母が子にするそれであり、そして、そうしてから告げる。
リンディが心から思っている言葉を。
「よくがんばったわ、アリサ。
貴方は私の自慢の家族よ」
「リンディ……」
リンディの胸に顔を埋めるアリサ。
本来ならこんな姿、なのはにはあまり見られたくないものだ。
しかし、今の自分の顔はもっと見せられないと隠す。
どんなに強がっても最も安らげるその場所へ。
なのはと久遠という強く優しく、掛け替えのない友人を得たとしても、今までどうしても在った不安の気持ち、寂しさ。
そんなものが一気に噴出して、止まらないから。
「うん、これで一件落着、かな」
「うん」
「そうだな」
なのはと久遠、そしてアルフはそんな2組の姿を少し離れて見ながら微笑んだ。
全てが戻り、求めた全ては得られたのだと。
「そうだよね?」
そして、確かめる様に笑顔を向ける。
入ってきた扉の影に隠れている仮面の男に。
「……」
だが男は一瞬驚いた顔をして、今度は完全に消えてしまう。
何で隠れるのかなのはには解らなかったが、ともあれ彼も納得はしているだろう事だけは解る。
と、その時だ、
「ぐ……ゴホッ!」
「え? ……セレネ? セレネ!」
誰かが咳き込んだのかと思うと、フェイトの慌てた声が響く。
振り向けばフェイトを抱きしめていたセレネが苦しそうに咳き込んでいた。
いや、それだけではない。
咳き込むセレネが押さえている口からは赤いものが……血が流れ落ちている。
「まったく、無茶ばかりするから!
ごめんね、詳しい事は今度話すから」
セレネに駆け寄るリンディ。
「治療するから、貴方達が使ってるマンションを使ってもいいわね?」
「あ、はい。
でも……」
「大丈夫よ、命に関わるものじゃないから。
今はまず安静にさせないと」
「解りました」
「私が運ぶよ」
「ええ、お願いね。
アリサ達は1度戻りなさい。
今日はもう遅いし」
どうやらセレネはフェイトが拠点としていた場所に運ばれる様子だ。
それと同時に、今はとても詳しい説明ができる状況ではないと、リンディが提案する。
ここのところの戦いで既に慣れてしまっているが、一応現在時間は0時を回り、日付が変わっている。
「地上へのゲートへは私が案内する。
アルフはセレネをお願い」
「了解」
それからフェイトに案内され、なのは達3人はゲートへと到着する。
どうやらこの場所は少なくとも地球上に存在する場所ではないらしい。
そこから地球上のなのは達が住む街へ降りられるゲートが用意されている。
ジュエルシードと戦う為にだ。
「ごめんね……色々話す事があるんだけど」
本来なら直ぐにでも情報の開示と、交換をしたいところだ。
セレネの方だけで知っている真実を。
フェイトが見てきたことを。
「ううん、いいよ」
「しょうがないよ」
なのはと久遠は気にした様子はない。
何故なら、もう話をするのに障害はないのだ。
ならば、必ず来る次の話せる機会をまってそこでじっくり話せばいい事だ。
「あ〜……あの馬鹿姉貴をよろしく」
アリサだけはそっぽ向きながらそんな事を言う。
今まで嫌ってきて、そして何も知らなかった姉の事だ。
どう言っていいかわからないのだ。
「うん……
あの……なのは……」
アリサの想いを受け取り、その後でフェイトは何かを言いよどむ。
こちらもまたどう言って良い解らない為、言葉を捜している。
そこへ、なのはは笑みを浮かべて告げる。
「またね、フェイトちゃん」
それは別れの言葉であると同時に再会の約束である挨拶。
笑顔で、必ずまた会おうと互いに想いながら告げる言葉。
「うん……またね、なのは」
フェイトもそれに笑顔で挨拶を返した。
地上へ戻る転移魔法が掛かりきるまで、ずっと笑顔で。
最後、少し大変な事になったが、しかし全て平和に終わった。
まだ後2つ問題が残っているが、でも全く不安を感じない。
もう何の心配もなく、全てが上手く行く様にさえ思える。
まだ確かに問題は残っていて、本当のハッピーエンドには壁が立ちはだかっている。
でも、今少しの間は、手に入れた平和を少女達はそれぞれに想うのだった。
後書き
11話をおとどけしました〜
ライバル対決完結編ですよ〜
あー、ここまで長かったです。
原作でもそうですが、一応このSSでも『名前』が重要なので、これまでなのは編においてフェイトとアルフいう名前は地の文でも出さないようにしてました。
フェイト視点の時は除き、なのは達の台詞の中でもほぼ無い筈です。
いやー、それでやろうとして書き進んで気付いたんですがね、えっらい書きにくい。
微妙に後悔とかしました。
表現おかしくなってるところありますし。
あー、そう言う部分は後から修正かけますのでご容赦を。
でも、このやり方は変えません。
後、最後が微妙に切りが悪いのは、私の1話の書き方による仕様です。
さって、最終話まで後一息ですよ〜
自分で自分を盛り上げつつがんばっていきます〜
では、次回もよろしくどうぞ〜。
管理人の感想
T-SAKA氏に第11話を投稿していただきました。
話上では一段落、というところでしょうか、最後の2行が気になるところですが。
なのは対ファイトの決着。
それにしても覚悟を決めたなのははなんだか恐ろしかったですねぇ。
淡々とやる事やっている場景が目に浮かびましたよ。
白い悪魔の片鱗を見たというか。
盛大な告白もありましたし。
ジュエルシードが名前と存在に恥じない働きをした今回。
本来はこういった使い方をされるべきものだったんでしょうね。
まぁ人間が皆正しい方向に願いを向ける可能性は限りなく低いので、狂ってしまったのは仕方ないのでしょうが。
まぁそれでも今回正しく使われたので救われた事でしょう。
これで残りはジュエルシードが1つとマスタープログラムのみかな。
後少しですが、果たして波瀾はあるのか否か。
スターライトブレイカー応用のくだりは、某龍玉最終回付近の元○玉を思い出しましたが、やはり言ってはダメなんだろうか……。
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