輝きの名前は
第12話 それは、求めた答えの行く先
朝 高町家 なのはの部屋
日が昇り、カーテンの隙間から部屋に朝日が射し込む。
すずめの鳴き声と、よく知る人達の声が聞こえてくる。
「ん……」
まだ起きるには早い時間。
携帯電話にセットしているアラームまでずいぶん時間があるのに、なのはは目を覚ました。
「くぅ〜ん」
一緒にベッドで寝ていた狐モードの久遠も一緒に目を覚まし、ベッドから降りる。
「ん〜……」
それともう1人、ぬいぐるみの陰から出てくる妖精。
ほぼ全快状態になったが、しかしなのはの傍に居る為に妖精の姿をしているアリサだ。
3人ほぼ同時に目を覚した。
特に起きる理由も無く、何かきっかけがあった訳でもないのに。
「おはよう、くーちゃん、アリサちゃん」
「おはよう、なのは」
バシュンッ!
「おはよー」
妖精形態のままのアリサと、女の子モードになる久遠。
それぞれ挨拶を交わして微笑む。
そしてなのははカーテンを開け、空を見上げた。
清々しい朝の空が見える。
「うん、今日もいい天気」
いつもの朝。
姉達は今日も朝の鍛錬に行き、母達は仕込みの為店に行く。
レンと晶は台所でケンカしながらも仲良く朝ごはんの支度をしている。
いつも通りの朝の風景。
しかし―――
それから準備をして1階に降りる。
と、ちょうどそこで走りに行っていた姉が戻ってきた。
そこで、縁側に出るなのは。
「おねーちゃん、おはよー」
「おはよう、なのは。
今日は早いね」
「うん」
「なのちゃん、おはよう」
「おはようございます、赤星さん」
姉に遅れて庭に入ってくる赤星。
ここのところはほぼ毎日姉と赤星という組み合わせで鍛錬している。
それは兄恭也が不在であるというところもあるが、しかしこの2人だからこそ見つけられるものもあるのだろう。
姉美由希も、赤星も最近輝いているとなのはは思う。
赤星の方は1度ジュエルシードにとり憑かれたというのに、以前よりも行動の1つ1つに冴えが垣間見える。
「じゃあ朝ごはんまで道場で少し打ち合ってくるから」
「うん」
「じゃあね、なのちゃん」
道場に向かう2人を見送り、なのはは次にキッチンへと移動した。
そこでは今日も騒がしく楽しそうな声が響いていた。
「またそんなちまちまちまちまと、見てられへんわ」
「手間を掛けてると言えって、言ってるだろ!」
言い合いの最中にもかかわらず、朝食はどんどん完成に近づいていく。
どうしてこんな会話と、食材・食器の奪い合いをしながら完璧な朝食が出来上がるのかは相変わらず謎だ。
「おはよー、レンちゃん、晶ちゃん」
「あ、なのちゃん、おはよう」
「おはよう、なのちゃん」
「何か手伝う事ある?」
「ん〜、じゃ食器並べてー」
「はーい」
何を並べればいいかは2人の料理を見れば解る。
もう何年も続いている朝の食卓だ。
それは当然の事で、でもきっと幸せな事。
「ただいまー」
やがて、母とフィアッセが店から戻り、姉も鍛錬を終えて食堂に集まってくる。
「いただきまーす」
そして、皆一緒の朝食。
兄恭也は今日も居ないが、それでも賑やかで、明るい食卓。
尚、赤星は大学の時間に間に合わせる為に姉と鍛錬を一緒にしていても朝食を一緒にする事はない。
毎朝赤星は大変そうだが、しかしそれでも木刀を振るっている赤星は輝き続けている。
「おかわりー」
「はいよ」
「わたしもー」
「はいはい」
久遠と一緒に2杯目のご飯。
朝であるが、昨晩は2連戦であった為それでも実は足りないくらいだ。
そもそも昨晩はアリサの魔力も切れていた為、回復はしてもらっていない。
だから少し疲れが残っているが、それでも、そんな事も気にならないくらい今は気持ちが軽い。
「今日は特に元気ね。
何かいいことあったの?」
「うん」
「そう」
母の問に笑顔で答えるなのは。
母はその『何か』については何も問わず、笑みを浮かべるなのはに微笑み返す。
「あ、そろそろ時間だね。
なのは、一緒に行こう」
「うん」
それから姉と一緒に家を出てバス停へ。
久遠も一緒に出て、久遠はさざなみ寮に戻る予定だ。
アリサは部屋で今レイジングハートの本修理をしている。
それからいつもの時間に到着するいつものバスに乗って。
「なのはちゃん、おはよう」
「すずかちゃん、おはよー」
いつもの友達の隣に座る。
それはいつもの朝と変わらぬ風景。
「なのはちゃんなんだか楽しそうだね?
解決しに行くって言ってた問題が解決したの?」
それはいつもの事だからこそ解る事。
「うん。
まだ大きな問題が1つ残ってるけど、一番心配だった事は解決したから」
いつもの事の様でいて、確かに昨日とは違う朝。
そして、明日もまた今日とは違うものになる。
そんな事を思い、なのははずっと笑みを浮かべていた。
その日の昼
(なのは、リンディから連絡があったわ)
昼休み、教室にいたなのはの頭に声が響く。
アリサからの念話通信だ。
(今日の放課後来て欲しいって。
場所はイメージで送るわよ)
(うん)
アリサから送られてくるイメージ。
それはこの街を上空から見た地図で、なのはの家のある住宅街とは違う、駅の近くの高層マンションの映像が送られてくる。
どうやらそこが目的地らしい。
(じゃあ、放課後合流しましょう。
久遠にも伝えておくわ)
(うん、お願い)
なのはがまだ学校に居ると言う事もあり、必要な事だけを伝えて通信は切れる。
なのはも目の前の事に意識を全て戻す。
丁度そこへ、
「なのはちゃん、今日家に来ない?」
すずかが誘いにやってくる。
ここ1ヶ月は殆ど毎日してくれる日常への誘いだ。
「ごめん、今日はどうしても外せない用事があるの」
「そうなんだ……
じゃあ、また今度ね」
「うん。
また今度。
今度は皆で」
「え?」
「あ、うん、なんでもない」
既にその未来は得たも同然。
だからか、ちょっとだけ口に出してしまう。
今の自分の喜びを。
だが、今日これから聞くのは過去の話だ。
例え未来が明るいという事は変わらなくとも、関係ないと聞き流せないものになるだろう。
そこでなのはがすべき事は、その過去を聞いた上でも尚―――いや、だからこそ求める先を見つける事だ。
放課後
いつもと違う場所でバスを降り、伝えられた場所に到着するなのは。
「あ、なのは」
「なのはー」
そこには既に久遠とアリサが待っていた。
久遠は女の子モード、アリサも元の姿で。
尚、久遠は普段通りの式服姿で、アリサはなのはの服を着ている。
「ごめんねー、勝手に借りてる」
「いいよ、気にしなくても」
最近外に出る時は、何時もなのはの服を借りて出ていたのだ。
サイズ等に問題は無く、元の姿で居る事も増えたので、下着まで全部借りている。
何せこの世界に来る時の服かバリアジャケットしかないのだからそうなってしまうのは仕方のない事なのだ。
借り物でない衣類は恐らく頭の両サイドを飾っている赤いリボンくらいだろう。
「ところで、ここの何階なの?」
「あー、そういえばそこまで聞いてないわね。
でも、私達が近づいた事くらい気付いてる筈だから、迎えに出てくるでしょう。
どのみちオートロック式のマンションだから、向こうから入れてくれないと入れないし。
……ま、入ろうと思えば、私達ならどうとでもなるけどね、こんな設備」
世界の技術体系が全く違う上に、この世界の系統の技術もミッドチルダは上の上を行っている。
この世界において最新鋭の警備設備も、アリサにとってはその身一つで無力化できてしまうだろう。
そしてそれは今やなのはにも出来ることで、久遠にもある程度可能になっている。
勿論、アリサも必要にならない限りはそんなことはしないし、それは言わずともなのは達は解っている。
だから、余計な突っ込みはしない。
「あ、来たみたいだよ」
そう話している間に、近づいてくる気配がある。
よく知った魔力の感じ。
赤橙の魔力を持った、今は女性の姿をしているアルフがオートロックの玄関から出てくる。
「よう、待たせたね。
じゃあ、行こうか。
皆待ってるよ」
「はい」
アルフに連れられマンションに入る3人。
そして、エレベーターに乗って上へと上がる。
どうやら最上階がフェイト達の拠点としていた部屋らしい。
尚、このマンション自体高級マンションで、最上階ともなればかなりお高い部屋の筈だ。
後々に聞くことになるが、この世界に来た時にすぐ、その部屋は現金一括で買い取ったらしい。
この世界のお金の出先は正当なものらしいが、なのは達には内緒、などと答えられた。
「ここだよ」
最上階の部屋、エレベーターから降りて鍵を開けた先がそのまま、この最上階がまるごと一部屋だ。
一戸建ての高町家並の広さがあり、リビングもかなり広い。
そんなリビングを見渡していると、1人の人物が現れる。
黒を基調としたワンピースを着て、長いブロンドの髪を黒いリボンでツインテールにした少女が。
「なのは」
「フェイトちゃん」
現れた少女、フェイトはまだ少し照れた様に。
その少女を見つけたなのはは純粋に嬉しそうに互いに近づき、その手を取る。
「こんにちは、フェイトちゃん」
「こ、こんにちは、なのは」
再開を祝う様に互いに笑みを交わす2人。
僅か24時間前までは考えられなかった、とすら言える光景であり、2人は幸せというものを感じている。
だが、その横で、
「む〜……」
1人面白くなさそうな顔をする少女がいる。
アリサだ。
最早2人の世界とすら言える空間を形成しているなのはとフェイトは気付いていないが、アリサは1人で独特の空気を展開していた。
尚、久遠とアルフはそれを見て苦笑するだけだ。
やがて、アリサは耐えられなくなったのか、2人に声を掛けようとした、
「ちょっと、2人とも―――」
「皆〜、どうしたの?
自己紹介とかならまとめてしまうから、とりあえずこっちにきてもらえる?」
アリサの声を遮って響いたのは大人の女性の声。
吹き抜けになっている階段の上、そこに立っているのは翠の髪の女性。
「いこうか」
「うん」
そう、今日はフェイトと友達になれた事を確認しに来た訳ではない。
そんな事は確認するまでもないし、それに、大事な話があるのだ。
なのはにとっても、フェイトにとっても、アリサにとっても大切な話。
なのははフェイトと手を繋いで階段を登る。
その後ろにそんな2人―――というかフェイトを睨みながら続くアリサと、苦笑する久遠とアルフ。
そうして、5人は翠の髪の女性が招く部屋へと入る。
真紅の女性が待っている筈の部屋へと。
「いらっしゃい」
そして、そこには確かに待っていた。
真紅の長い髪を持つ人が。
しかし―――
「悪いわね、見苦しい格好で。
リンディが絶対安静なんて言うからベッドから失礼させてもらうわよ」
ベッドに腰掛けているのは真紅の髪を流した18歳の少女。
キレの長い真紅の瞳を持ち、今は包帯を巻かれる細い腕と脚。
身を包むのは純白のローブだ。
その姿は、なのはですら言葉を失った。
外見だけで人を判断する様な事はしないのに、あまりに印象が違いすぎる。
昨日最後にそれらしい姿を見たとは言え―――ここに居るのは間違いなく美少女と言えるだろう可憐な女性だった。
「ん? どうしたの?
ああ、景観破壊に関してはリンディに文句を言ってよ。
似合いもしないこんなローブしか用意してくれないのよ、この悪女は」
なのは達が驚いているのをどう捉えたのか、そんな事を溜息をつきつつ言い放つ真紅の少女。
悪女、などと言いながら眼を向けるのは翠の女性で、しかし翠の女性は笑みを浮かべるだけだ。
「十分似合ってるよ、セレネ」
「また……フェイト、貴方の審美眼は狂っているのよ。
ほら、貴方のお友達は言葉もないみたいじゃない」
どうやらなのはが来る前に既に一悶着あった様子だ。
そんな話をなのはに振ってくる。
突然話をふられたなのはは、当然ながら嘘など交えない正直な感想を述べるだけだ。
「えっと、綺麗だと思いますよ」
「……困ったわ、フェイト、貴方の審美眼が狂っているのは新生する時のバグの可能性があるわ」
なのはの感想に少し置いて、そんな事を言う真紅の少女。
どうやら、フェイトの審美眼はなのはの影響を受けていると考えているらしい。
真紅の少女としては悪い意味で。
「アリサ、正当な意見を言って上げなさい」
仕方なく、という風に真紅の少女は義妹であるアリサに答えを求める。
そう言う意味では正しい審査ができると考えている最後の1人だ。
「……ノーコメント」
だが、アリサは答えを拒んだ。
なのはがふと横を見てみると、複雑そうな顔をしているアリサがいる。
後に聞いたところ、この真紅の少女が『女装』をしているのを見るのはアリサすら初めてだった、とのことだ。
それまでアリサもなのはが知るのと同程度の姿しか見たことがないのだ。
つまりは、男装とすら言える硬く分厚いバリアジャケットで身を包んだ、戦いの場に立つ魔導師の姿しか。
「これでもいろいろがんばったのよ?
仮面をデザインとか」
溜息を吐く翠の女性。
その深い溜息で、何を言いたいのかは十分に解る気がした。
「まあいいわ。
とりあえず、改めて名乗っておくわ。
私はセレネ・フレアロード。
一応、時空管理局巡航艦アースラで武装局員の隊長を務めていた。
それと、そこのアリサの義理の姉、なんて位置でもあったわ」
自らをそう名乗る真紅の少女、セレネ。
名乗る姓が『ハラオウン』ではなく『フレアロード』というハラオウンの養女となる前の姓であるのは、きっと兄恭也が『不破』を名乗るのと同じだろう。
『不破』と『高町』の姓を同時に持ち、使い分ける兄と。
なのははそういう風に確信的に感じた。
だが、その後に続いた役職や家族構成に関する言葉は何故か過去形だ。
疑問にも思ったが、
「私はリンディ・ハラオウン。
現在アリサやこの子を含むハラオウン家の家長。
出身はミッドチルダで、時空管理局巡航艦アースラを率いる提督の座に就いている魔導師。
それと、もう解っているだろうけど、貴方達の前に現れた『仮面の男』のパートナーでもあるわ」
続けて真紅の少女の側に立っている翠の女性が名乗る。
それは同時にセレネの言葉へ問いを掛ける事を拒む意思でもあると思える。
きっと、この後聞いてもはぐらかされるだけだろう。
しかし、何故こんなにも会ったばかりの人たちの事が理解できるのか。
(やっぱり、リンディさんも似てる)
なのははこうして向かい合ってみて思う。
セレネもリンディも自分がよく知っている人に似ていると。
まるで、その人と向かい合っていると錯覚するくらいに。
だからこそなのか、相手の思いが、心が、知らない筈なのに伝わってくる。
「じゃあ、私も一応。
私は、アリサ・ハラオウン。
同じく、執務官補佐の魔導師よ」
この場にフェイトやアルフが居る為、アリサも名乗る。
なのはの隣に立って。
だから、つづけてなのはも自分の名を告げる。
「私は高町 なのは。
この世界の住人です。
役職は、学生です」
「久遠。
妖狐だよ」
なのはに続けて傍にいた久遠も名乗る。
それから、それに続くのは、
「アルフ。
フェイトの使い魔をやってる」
何時の間にか、真紅の少女の側、なのは達とは向かい合う側に立っていたアルフが名乗る。
そして最後に、
「私はフェイト・テスタロッサ。
元ミッドチルダ出身のアリシア・テスタロッサから生まれた魔法生命体であり、それから新生した存在」
フェイトも同様に真紅の少女の側に立って名乗る。
自分の名と、自分という存在を迷い無く。
そう、最早フェイトは自分の身体の事に迷いや悩みはない。
それは人間になれたからというのも当然あるだろうが、それ以上に、そんな身体であっても信じてくれる人を得られたからだ。
だから信じてくれたなのはの前で、その事を告げるのに迷う筈などない。
「よろくしね」
最後にリンディがそう言ってしめる。
「はい、よろしくおねがいします」
それに礼儀正しく頭を下げるなのは。
今回は年上の人が2人もいるのだ、アリサやフェイトの時とは少し勝手が違う。
しかしそれでも、その2人があまりによく知る人に似ている為、こうして頭を下げるのには違和感を覚えてしまう。
と、その時、ふと気付いた事がある。
この場に足りない人がいるのだ。
「あの、そういえばあの人は?」
あの人、リンディのパートナーである仮面の男の姿がない。
今回は姿が見えないだけではなく、本当にこの場に居ないのだ。
「ああ、彼ならちょっと前に来て、また出て行ったわよ。
少し用事があるから」
「……そうですか」
少し残念に思うなのは。
まだ早いだけだろうが、この場でもあの人の姿も見ておきたかった気がする。
この平和な中で顔を合わせているこの場に、あの人も居て欲しかったと思うのだ。
しかし、それは今は置いておこう。
これから話が始まる。
過去の大切な話が。
「さて、どこから話したものかしら」
話の切り出しとして、セレネはそう呟いて天井を見上げる。
いや、もっと天井の先、もっと遠くの空を見ているのだ。
何かを思い出しながら。
「じゃあ、私から。
私が知っている限りの事を話します」
そんな中、名乗りを上げたのはフェイト。
この話の中心人物であり、どうあってもこの事件のキーとして逃れられぬ人。
だがしかし、今は自ら望んでここに居る者だ。
「私は先も名乗った様に元ミッドチルダの人間。
プレシア・テスタロッサの娘でアリシア・テスタロッサ。
8歳の時にある事故にあって、重傷を負い、死に瀕しました。
その傷は最早助かるものではなく、母プレシアはある決断をしました」
フェイトはそこで一息つく。
今の自分がある過程とはいえ、愛する母親が犯した所業を言葉にする事に対し、少しだけ思いを馳せる。
だが、次には告げる。
この場は、そんな事を隠す必要などないのだから。
「当時母が研究していた魔法生命体、主に『使い魔』についての技術を応用し、人間を使い魔化して私を助ける決断を」
「ちょっといい?」
重い話の中、アリサがそう断って話を止める。
余計な事かもしれないと思いつつ、確かめておかなければならないと判断して。
「貴方の母親、プレシア・テスタロッサはそもそもなんで使い魔の研究を?」
アリサは問う。
確かに、安全性は数百年に渡り実証されていても、失われた文明の技術を流用した事で不明点が多い『使い魔』システムは研究の対象になるだろう。
しかし、その研究の成果として、こうしてフェイトが存在する以上、それは悪用も十分可能な技術だったと言える。
そんなものを一体何の為に―――
「それは、私から説明するわ。
と言っても、憶測だらけになるけどね」
どう答えるか悩んでいたフェイトに代わり、セレネが話し始める。
「プレシア・テスタロッサは、フェイトが―――当時のアリシアが2歳の頃、離婚している。
記録やプレシアの研究所に残っていたデータから見るに、プレシア女史はその時から人間不信になっていたみたい。
人里から離れ、娘アリシアと自分の使い魔リニス、後にアリシアが拾ってきて使い魔とするアルフの4人だけで暮らしていたそうよ。
他人との接点を無くし、他人を拒絶した代わりに、プレシア女史は娘を溺愛し、使い魔達を家族として愛していたらしいわ。
その以前から続けていた使い魔を始めとするロストロギアの研究も1人で、人里離れたその場所で行っていたの。
ここまでは記録にも残っている事実。
ここから先は大半憶測だけど―――」
一度言葉を区切るセレネ。
「アリシアが5歳の頃、まだアルフを使い魔としていなかった頃だけど、ちょっとした事件がプレシア女史の耳に入ったわ。
アリシアの父であり、元夫だった人が事故死したという報せが。
多分、プレシア女史がそれ自体を悲しむ事はなかったと思うし、アリシアは父親の存在覚えていなかった筈。
けれど、その後から少し彼女の研究は変わったわ。
ロストロギア全般から使い魔の研究にほとんど一本化されてたの」
「それは何故?」
「プレシア女史には親族と言える人がおらず、元夫の方にもいなかったらしいわ。
そして、当時は人間不信だったから、元夫の死によってプレシア女史には本当に娘しかいなくなった。
逆に言えば、娘には自分しかいなくなったのよ。
プレシア女史の人間不信によって人里から離れて暮らしていたせいで、アリシアにも友達等の人との付き合いが皆無だった。
アルフが友達であるのと同じだったけど、使い魔だし、少し意味が違ってくるわ。
だから、言葉としては『友達』というのを理解していても、辞書的な意味しか知らなかった。
その問題は、なのはが直面したわね? 人と違うから気にする事ではあるかもしれないけど、かなり深い不安を抱いていた筈よ」
「……はい」
「うん、それはなのはが受け止めてくれた」
なのはは思い出す。
あの時、あの闇の中で向かい合ったフェイトは友達になる方法を知らなかった。
そんな事、教わるものではなく、自然と理解するものなのに、それを『知らない』と言ったのだ。
アレはあの時のフェイトの心の闇は、知識だけが先行し、今まで憧れながらも得られなかったフェイトだからこそ陥っていたものなのだろう。
「で、それがどう関係するの?」
「……貴方にも少し解る事じゃないからしら」
アリサの問いに、一度そう言って言葉を止めるセレネ。
それは、アリサの為というよりも自分の為に。
隣に立つリンディもまた同じ心境なのだろう。
「知っている人の死の報せが齎す影響は大きいわ。
例え最早愛などない相手でも。
事故で何の前触れもなく、止める間もなく死んでしまう。
それはね、何時自分もそうなるか解らないと考えてしまうには十分な要素よ」
嘗て、親しい人を失ったリンディやセレネは覚えている。
そして、アリサもなのは、そして久遠も思い出す。
アリサにとっては当時は物心つく前で、なのはに至ってはまだ母の胎内であったが、それでも大切な人を失う影響はその後もずっと続くものだから。
「だから、プレシア女史は考えてしまったのでしょう。
自分にもしもの事が起きた時、残された娘はどうなるのかと」
頼る人が、託せる人がいるならそれでよいが、人間不信もあってその様な人がいない。
いや、居るにはいるが、それは―――
「人間不信であったプレシア女史にとって、もしもの時頼れるのは自分の使い魔だけ。
しかし、自分が命を失えば使い魔も消えてしまう。
それが当時の常識で、どうしようもないことだった。
だから―――」
「単独でも生きていられる使い魔を、高度魔法生命体の研究をした、と?」
「ええ、半分は憶測だけど。
多分間違ってはいないと思うわよ」
そう答えつつ、セレネは少しフェイトを見た。
恐らくそこまでの事情は知らない筈の当事者を。
「……はい、そうだと思います。
母さんはよくリニスと2人で何かをしていたのを覚えていますから。
それに、『貴方は何も心配しなくていいのよ』ってよく言われてました」
当時、その言葉の意味を理解できなかった。
しかし―――
「そうして研究を進めていって、ある程度の成果を上げたの。
全く公表しなかったみたいだけどね。
けれど、その成果を一番に試したのは―――」
「そう、当時8歳の私は母さんと街に出かけた。
流石に山奥に篭るだけでは足りない物がでてきて、買い物に出たの。
でもそこで、私は事故に巻き込まれた。
それは魔法の暴走事故で、当時の私はそれで瀕死の重傷を負った」
「記録によれば、もう助からないとされたアリシアをプレシアは連れ帰ったそうよ。
後に死亡記録だけが残っていたけど、本当は―――」
「研究の成果の結晶たる技術を使った。
自分の使い魔に使う筈だったものを、私に」
「更に、その時消える筈だった私にも研究の成果が使われているよ。
消えるはずだった私は、フェイトのリンカーコアを仲介した他者の魔力によって存在し続ける事ができたんだ。
まあ、その間は眠ってるだけだったけどね」
「全ての作業はプレシア女史自身が研究で稼いできた資金と、事故の賠償金を持って購入したあの研究施設、『時の庭園』と呼ばれる移動庭園で行われた。
ミッドチルダの魔法技術で作られた施設と、ロストロギアの動力炉を持つあの場所で、プレシア女史は使い魔リニスと2人だけで」
昨日なのは達も訪れた場所、時空に浮かぶ要塞か城の様な場所。
尚、後になのはも話しに聞くことになるが、ロストロギアは安全性が確認されたものは、物によって公でも売買されることがあるらしい。
『時の庭園』もその1つであり、殆ど永久機関と言えそうな大出力にして高度なロストロギアの動力炉を持ち、時空を移動可能な庭園である。
プレシアはそれの内部を研究施設として改造し、時空の裏に隠れながら娘の蘇生を計画したのだ。
過去にあった事実の裏に存在する真実が告げられる。
当事者と、当事者からそれを受け継いだ者達によって。
しかし―――そう、まだこの話は『しかし』と続くのだ。
「しかし、その研究はまだ未完成だったんだ。
使い魔を作るという目的で始めた研究を人間の蘇生に使おうとしたのだから尚更の話だ。
肉体と魂を分離し、滅びかかっていた肉体を高度魔法生命体に作り変え、そしてその新しい肉体に魂を戻す。
そう言う作業が必要だった。
その中、魂の分離は上手くいき、リンカーコアの保存にも成功した後、肉体の再構築で躓いたの。
ただの使い魔としてならもしかしたら上手くいったかもしれないけど、プレシア女史はどうしても娘を人として蘇らせたかった。
高度魔法生命体を更に一歩進めた肉体を作ろうとして、しかしできずにいた」
そこで一息。
ここまでは、ただプレシアとアリシアの物語。
だが、ここからはこの世界を、なのはの世界をも巻き込む物語へと変わって行く。
「そこで、ジュエルシードが出現する。
プレシア女史の記録にすら詳細が残っていなかったけど、どうやってかプレシア女史はジュエルシードの1つを手にした。
プレシア女史はそれが何であるかを理解した上で使った。
娘の為ならば全てをと」
ジュエルシードは強い想いに惹かれる性質がある。
子を亡くした親の中でも、プレシアの前にジュエルシードが現れたのであれば、その想いはその中でも特に強かったのだろうか。
兎も角、そのジュエルシードの出現によって、1つの悲劇は幕を閉じずにそのまま続くのだ。
「ジュエルシードの力を使い、まず肉体が作られた。
元の肉体を使い、高度魔法生命体へ、そして更にそこから人間になれるものを。
その作業はリニスとプレシア女史の2人で行われたらしいけど、その際、リニスは消滅したそうよ。
その犠牲のおかげか、一応器たる肉体は完成した。
そこから直ぐにプレシア女史はアリシアの魂をその器たる肉体へ移した。
魂を分離してからそれなりの時間があったから、急いだみたい。
その際もジュエルシードの力を使い、プレシア女史も殆どの命を使い、それで一応の作業は完了した」
使い魔であるリニスが命に数えられるかどうか、ジュエルシードが代償としてどう計算したかは解らない。
だがそれでも、2つの命を使用し、やっと形に出来た願い。
1つの命の再生に、多くの準備をして尚、それ程の代償が必要になった。
しかし―――尚もまだ、しかしとその話は続く。
「しかし、完成したフェイトの肉体には不備があった。
それは如何に人間から作り上げられたとはいえ、使い魔の技術による身体故に、外部からの魔力供給を必要とすること。
魔力供給は主にジュエルシードへの供給であり、ただ生きる事を維持するだけでもまだジュエルシードが必要だという事。
その他、成長や再生に関しても、成長をしない―――正確には人に比べて10%程度の速度でしか成長しない問題。
更に、自分の傷を治すのにも自然治癒が上手くできず、生きてはいるけど、人として生きてゆく上では大きな障害がいくつも存在した。
ロストロギアである時の庭園の動力炉と直結した培養水槽の中ならば問題なく生きていけるけど、それだけとすら言える状態だった」
ジュエルシードをもって、確かな技術を用意し、更に2つの命を持って、尚一つの命を再生しきるには足りない。
それは、命を創るとはそれほどに重いのか、それともそれこそが生命の掟に逆らった代償なのか。
「そこで、プレシア女史はその問題を解決しようとした。
時間は掛かるけど、培養水槽の中で確実にそれを治す手段を使ったの。
そう、残った命全てを持って、ジュエルシードにその力と術式を封じ込むという手段を。
なのはは見たわね? フェイトに埋め込まれたジュエルシードに打ち込まれていた紫の魔法陣を」
「はい。
あれはフェイトちゃんのお母さんの力だったんですね?」
「そうよ。
紅の方は私がその後更にプレシア女史だけでは足りなかった修正を掛ける為に足したもの。
それと地面に展開していたのは魔法陣はリンディの補助よ。
そうそれで、プレシア女史は自分の命を使い、フェイトをちゃんと生きられる様にしようとしたの。
元々、アリシアを1人にしない為の研究を使って、アリシアを生かす為に全てを使ってしまった」
それは皮肉か、はたまた悲劇か、どう言えばいいだろうか。
だがそう、まだ物語は終わらない。
今に続く物語は、まだまだ途中なのだ。
「それがアリシアが死亡して2年後の話、今から見れば8年前。
それから6年間時の庭園は誰にも知られる事無く時空を彷徨い、その中でフェイトは生きていた。
未完成のままの命で。
今から2年前、私が時の庭園を見つけるまで」
そこでやっと記録による事実と推測から抜け出し、全てが今ここにあるものと繋がる。
「私は哨戒任務中に偶然にも時の庭園を見つけたわ。
幸いにもその時は単独行動で、直ぐに通信も繋がらず、更には何故か私はそのまま中まで入っていった。
そして見つけたの。
培養水槽で眠るフェイトとアルフを。
私はそれから、半年を掛けてプレシア女史の記録を読み、まだ不備が改善されずにいたフェイトを可能な限り調整したわ。
時の庭園の装置があったからできたけど、流石に1人だったから時間が必要だった」
「ちょっと待ってください。
何で1人でやったんですか?」
そこで、なのはが問う。
アリサは義姉の事を誤解し続けていたが、今隣にいるリンディならばセレネの理解者であった筈だ。
何故、そんな人にも協力を要請しなかったのか。
その答えはアリサから返ってきた。
「当然よ。
ただ人間から創られた魔法生命体ってだけでも、違法で倫理的にも問題で危険行為だし。
更に第一級捜索指定遺失物にして、高レベル危険物のジュエルシードが埋め込まれている。
そんなもの、どう考えても『解体処分』にしかならないわ。
そんなものを所持し、あまつさえ計画を更に進行させたなんていったら、重罪だわ」
無表情かつ冷たい声で。
ただ事実だけを告げるアリサ。
その上で更に続ける。
「恐らくは、誰も巻き込まないように1人で抱え込んだんでしょうけど。
当時でもリンディは高い地位だったから、尚の事遠慮したんでしょう。
それにジュエルシードに憎しみを持っていた私は勿論、リンディでも解体処分にしていた筈よ。
それくらい、ジュエルシードは危険視されていたから。
それで完全に生きているなら兎も角、それでも尚生きているだけ、なんて状態なら尚更だわ」
「……そうなんだ」
アリサの事を冷酷とは言わない。
心が震えているのはなのはには解るから。
それに世界を滅ぼしている程の危険物だ、それも仕方の無い事だろう。
小娘1人の命など、世界の崩壊の前ではあまりに小さい。
それも、その危険物をまだ使い続け、生を完成させる作業が残っているとなれば寧ろ当然の選択。
「なんで?
なんで貴方はフェイトを助けたの? どうしてそんな選択ができたの?」
だからこそアリサは義姉に問う。
当時の自分なら間違いなくフェイトを殺し、その中のジュエルシードを封印しただろう。
それなのに、何故当時戦闘狂とすら言われていた者が、救う選択ができたのか。
震えた声で。
今ならば、そうした方が良いとも考えられるし、こうして今目の前に全ての成果が存在するのならば尚更だ。
「……私も見つけた時、ジュエルシードが中に在ると解った時は他の危険を考えずにクリムゾンブレイカーを構えたわ。
でも―――でもね、その時、フェイトには意識があったの。
母親を探して泣いていたの。
だから、クリムゾンブレイカーは撃てなかった。
それにね、よく見たら貴方と同じ年頃の子ですもの」
「……」
既にセレネにはいろいろな誤解があるとは解っている。
だが、全く根本からの誤解だ。
綺麗な微笑みを浮かべるセレネに、アリサの複雑な心境は更に深くなるばかりだ。
「兎も角、その時はリンディに報告も上げず、とりあえずプレシア女史の残した記録を読むくらいの気は起きたわ。
それでも不可能だったら、可哀想だけど、殺すつもりだった。
けれど半年かけて読んだ記録とフェイトの現状は、そうじゃなかったのよ」
そこでまた一息。
ここからはセレネ自身がしてきた事の報告だ。
「いろいろと調べて解った事は、まずフェイトを本当に人間することが現実的に見ても可能である事。
必要なものも判明したわ。
まず、ジュエルシード無しで生きられる様にする為には、1度ジュエルシードを解放し、その後で封印処理をする必要がある。
人間にするにはジュエルシードを解放したとき、フェイトを人間にする事を願う事。
ジュエルシード解放の際には、フェイトが心に持っていた不安などが噴出して形になる事は予想できていたわ。
だから私はそれを形にしやすいように、フェイトには勿論、相対してくれる子、貴方達にも理解しやすい様に振舞ってきた」
昨日までセレネがフェイトに冷たくしたりしていたのは、別れを惜しむからという理由もあるが、成功確率を上げる為でもあった。
全ての不安、心に潜む闇を解決できたなら、フェイトが自ら『生きたい』と強く願うだろう。
その想いの力こそ、最後の最後に必要だったのだ。
「更に、フェイトを想ってくれる人が同時にジュエルシードを正しく動かすのに必要な力と想いを注ぎ込むこと。
だから最低限、ジュエルシードを浄化封印できるだけの人物で、更にフェイトの事を本当に想ってくれる人が必要だった。
でも、私ではそれは無理だったし、ミッドチルダの中では、ジュエルシードへの畏怖が強すぎてとても協力者は望めない。
そこで、計画したのが今回の事件よ」
今回の事件。
セレネが持ってきたジュエルシードの情報を下に実行されたジュエルシード封印、その失敗から始まった、この世界でのジュエルシードの事件だ。
それが全てセレネの計画であった。
「プレシア女史が残した記録と、後の調査から、ジュエルシードは1個あれば他のジュエルシードを呼び集められる事が解ったわ。
本当に呼べるだけで、こっちで制御できる訳じゃないけどね。
一種の救難信号を出すみたいなものだし。
まさか、全てのジュエルシードとマスタープログラムまでセットでやってくるのは想定はしていてもかなり確率は低く見積もっていたのだけどね。
ともあれそれを使い、私はジュエルシードを呼び、偶然発見した事にして、あの封印作戦を提案したの。
そこで封印失敗に乗じ、リンディだけをこの世界に移動するつもりだったわ。
そうしてこの世界でリンディが選んだ子には、リンディのシャイニングソウルを使ってジュエルシードを封印しつつ、フェイトと出会ってもらう筈だった。
そこからは、まあ昨日までの様に計画を進める筈だったわ。
それで、記憶を失ったフェイトをリンディが選んだ子、まあ、なのはね、貴方に預け、上手くいくならジュエルシードを全て封印し、リンディと口裏を合わせてアースラに戻る、というのが計画だったわ。
マスタープログラムについては、ジュエルシードを1つでも確保できれば呼び寄せる事が可能なのだから、その後で決戦の準備を進めるつもりだった」
「その計画、私が封印に失敗する事が前提よね?」
「ええ、封印が失敗するのは確実だったもの。
その理由、もう解っているんでしょう?」
「私が、ジュエルシードを憎み過ぎているから……」
既にアリサも理解している。
ジュエルシードが本来、憎むべき対象では無い事を。
だからジュエルシードを憎み、それで力尽くで封印しようとすれば失敗するのは当然の事だ。
悲しそうに顔を伏せるアリサ。
だが、
「今の貴方なら、もしかしたら成功させてしまっていたかもしれないけどね」
「え?」
「自覚してる? 貴方、かなり変わったわよ?
こちらに来て、なのはと出会って」
義姉セレネは微笑む。
義妹が本来あるべき姿に戻っている事を、大きく成長している事を喜ぶ様に。
「わたし、何もしてないですよ?」
「ええ、貴方は自覚なんてなくていいのよ。
それが貴方のいいところだから」
セレネの言葉に疑問を投げるなのはだが、セレネは笑顔でそう言って流す。
なのはが疑問を感じる意味など無いと言う様に。
それと同時に皆は解っているのでしょう、と確認する様に皆の顔を見る。
「そうね、確かに変わっているわ。
昔の私が愚かだと自覚できるくらいには」
悔やんでもしかたないと、アリサは顔を上げる。
理解できたのだから今は良いのだと考え直し、再び普段の顔に戻る。
いつもの真っ直ぐな瞳に。
「それでいいのよ、アリサ。
ともあれ、私の計画はアリサの無茶から破綻し、今に至るわ。
何か質問は?」
話を終え、最後に皆に問う。
が、特に問は出てこない。
全てを理解した訳ではないが、皆はもう納得したのだろう。
質問の無い皆に対し、セレネは1度頷いてから次の話題へと移行しとうとした。
「じゃあ、後は今後の話をしましょう」
「はい」
全員異存はなく、速やかに話は過去から未来へのものへと移された。
しかし、その時、
「まず、残ったジュエルシードはナンバー]]Tの1つを残すのみで、もう仮面の彼によって位置の特定も……
……ぐ……
ゴホッ! ゴホッ!」
突然咳き込むセレネ。
しかも、それは単純な咳ではなく、口を押さえる手の指の間から血が流れる。
そう……吐血だった。
「あっ!」
フェイトとリンディはセレネに駆け寄り、アルフは何かを取りに部屋を出る。
そして、それに遅れてなのは達も驚き立ち上がった。
その中でも特に勢いよく立ち上がり、
「ちょっ! セレネ!
貴方、リンディに治してもらったんじゃ……
いえ、その前に、貴方一体何処を悪くして血を吐いてるの?」
同時に冷静に考えるのはアリサだ。
吐血というのは、基本的に内臓器官が傷つかねば起きないものだ。
戦闘による傷で吐血するならば兎も角、リンディの治療を受け、既に戦闘から殆ど1日経っている今、吐血する要素とは一体何か。
「これは、まだ貴方に知られたくは無かったんだけど……」
アルフからタオルを受け取って口元を拭うセレネ。
その弱々しい姿はアリサの記憶に無く、何故か泣きたい気分にすらなっていた。
「これはね、セレネの持病なのよ。
高速と重圧により身体に高圧の負荷を受けるクリムゾンブレイカーを使うセレネは、内臓器官にそのダメージを受ける事があるの。
そのせいで今ではいくら魔法で治しても自然と内臓が損傷してしまう。
強力な回復魔法陣の中にでも居ない限り、殆ど常に内臓が欠損した状態でいる。
普段は出血量も少なく、無視できるのだけど、戦闘直後や他の要因で衰弱していると、こうして大量の血を吐いてしまう事があるの」
治療魔法を掛けながら説明するリンディ。
昨晩の戦いの後、リンディも魔力を使い果たし、治療は満足にできていなかった。
それでも昨晩治療をしていたリンディは、まだ魔力の回復が済んでおらず、そんな強力な回復魔法を使えないのだ。
「そんな……そんな持病抱えながら今まで武装局員の隊長を務めていたと言うの!」
当然の疑問を投げかける。
今まで1度だってそんな姿は見た事がない。
そんな病気を抱えながら武装局員をしている人の話など聞いた事がない。
一応にも執務官補佐を務める身として、同時にセレネの義妹として問わずにはいられない。
「私が、1度でも任務中に失態を晒した事がある?」
だが、返ってきた答えはあくまで淡々としたものだった。
少なくとも1年間同じ艦にいたアリサが気付かなかった程なのだ。
それは、任務に支障をきたしていない証拠とも言える。
「でも……」
悔しそうに俯くアリサ。
何が悔しいかと言えば、セレネを説得できない自分がだ。
「アリサちゃん……」
なのははそんな友達の横顔を見ながら、何故か親近感を覚えていた。
そんな記憶は無い筈なのに、自分にもそんな事があった気がするのだ。
「私がこの病気で使えないと思うならば、貴方はそう判断を下し、私を切ればいいわ。
まあ尤も、もうそんな事をするまでもないんだけど……」
「兎も角、今日の話はここまでね。
ごめんね、明日にはもうちゃんと治ってると思うから。
それまできっちり安静にさせておくからね」
セレネを強制的に寝かしながら、リンディはなのは達に謝る。
呼んでおきながら話すこともままならないこの状況を自分の責任の様に。
「いえ、もう十分話は聞かせてもらいましたから」
「ごめんね。
また明日ね」
「はい」
潮時だろうと、なのは達は帰ろうとする。
だが、そこで、
「あ、フェイトちゃん」
「なに?」
思い出してなのははフェイトに歩み寄った。
そして、レイジングハートからある物を取り出す。
それは―――
「これは、フェイトちゃんが持ってて」
「これ……」
なのはがフェイトに渡したのは黒の宝石。
ジュエルシードのナンバー]Z。
あの後、一応レイジングハートで回収したものだ。
それをフェイトに渡す。
自分が持つよりも、フェイトが持つべきだとして。
「ありがとう……」
「うん。
じゃあ、また今度ね」
「うん」
今度こそ帰ろうとするなのは達。
だが、そこへ、
「あ、そうだ、久遠さん。
よろしければ今日はここに泊まっていって貰えないかしら?」
リンディがそんな事を頼んできた。
何故か久遠にだ。
アリサがなのはの家に戻ろうとしているのを全く止めようとしないのに。
「いいけど?」
「今晩だけ、ちょっとね」
笑顔で頼んでくるリンディ。
満面の笑みでだ。
「アリサ、今リンディは何か悪巧みをしている。
止める事を推奨するわ」
その後ろから、セレネの声がする。
何処か呆れた様な声で。
セレネから見れば背を向けている筈のリンディの顔がどうして見えるのかは解らない筈だが。
「あー、うー、で、どうする久遠?」
「久遠はべつにいいよ?」
「まあ、久遠の意思でってことで」
「好きになさい」
そうして、結局久遠を残してなのはとアリサは家に戻る事にした。
その日の夜 高町家 風呂場
今日は久遠が居ないということで、アリサは人の姿でお風呂に入っていた。
元の姿でいられる様になってからも、流石に3人で入ると狭い上、変に騒ぐと結界の効力を超えてしまうので妖精のままで入っていた。
その為、今日は初めてなのはとアリサが本当に一緒にお風呂に入った事になる。
「でも良かったの? 向こうに残らなくて」
アリサの長いブロンドを丹念に洗うなのは。
せっかく本来の姿で入れたので、互いに洗い合っているところだ。
「別にいいわよ、会えればそれで」
確かに長い期間会えなかった事で、1度リンディの胸を借りる事になったが、それももう平気だ。
元々時空管理局の仕事で忙しく、同じ艦にいてもあまり家族の会話をする機会もなかった。
だから、少し離れるくらいは慣れている。
「でも、せっかく一緒にいられるのに」
「いいのいいの。
今はなのはと一緒の方が良いし」
「そう?」
アリサがなのはと一緒に居たいと言うのは本音だ。
今日はこうして一緒に洗い合えるし、気分は凄く良い。
なのはがフェイトとばかり喋っていた時のもやもやも今は無い。
「それにしても、なんで久遠を残したのかしら」
「ん〜、くーちゃんにしか出来ない何かがあるのかな〜
はい、おわったよ」
「うん、じゃあ交代ね」
アリサの髪を洗い終わり、次はなのはの髪をアリサが洗う。
「こんな感じ?」
「うん、ちょうどいいよ〜」
今までは3人で入り、しかしアリサは妖精の姿だった為できなかったことだ。
それを出来る今が凄く嬉しく、楽しいと感じるアリサ。
「まあ、久遠も凄い力持ってるしね。
いろいろあるんでしょう」
「そうだね、くーちゃん凄いものね」
「なのはも凄いわよー」
「そんな事ないよー」
そんな他愛もない話をしながら、和気藹々とお風呂を楽しむ2人。
今はとても平和な時間だ。
その日の深夜
まだ疲れが残っていた2人は、少しだけ話した後直ぐに床につく。
アリサはまだ妖精の姿で、ぬいぐるみの陰に隠れて。
それから数時間後。
夢の時間となる。
「セレネ、クロノ、アリサ……
お父さんが、帰ってこれなくなっちゃった」
夢を見ていた。
ある人の過去の夢を。
夢では、翠の髪の若い女性がいて、悲しそうに俯いている。
だが、それでも大切なことを伝える。
「どうして? お父さんどうして帰ってこれないの?」
伝える相手は小さな男の子と、
「そんな、父さんが……」
まだ幼い真紅の少女。
そして、真紅の少女の腕で眠る赤子。
「あ、あ……ああああっ」
男の子と翠の女性が泣いている。
それが伝わったかの様に赤ん坊も泣いている。
悲しくて、失った事が耐えられなくて3人が泣いている。
そんな3人を見て、泣いている大切な家族を見て、少女は1人、決めた。
「泣かないで。
泣かないで、リンディ、クロノ、アリサ。
私が―――私が皆を護るから。
私が皆を護る盾になるから」
一緒に泣いてもいいのに、少女は決めてしまう。
もう誰も泣かなくていい様に、戦う事を。
「あああーーっ!」
最後に赤ん坊の泣き声が聞こえた。
その決意の言葉を聞いて、それを止めるかの様に。
場面は変わる。
そこは病院だった。
そこには少し成長した男の子と、全身に包帯を巻いた少女がいて、まだ小さいブロンド髪の女の子がいる。
「盾は盾、それ以外にはなれないのね……
でも、なら盾のままでいい。
元々、皆を護るだけの力があればいいんだから」
優しげだった少女の面影を残しながらも、しかし目つきは鋭く、傷だらけの身体でも尚立ち上がろうとする。
そんな姿を見て、男の子はここに誓う。
「お姉ちゃん、僕も戦うよ。
お姉ちゃんが盾なら、僕は皆の敵を討つ杖になるから。
だから、だから―――」
男の子は涙を流していた。
傷つく姉を見て、護られているだけの自分を振り返って。
もう、そんなのは嫌だと力を求める。
「泣かないで……」
傷つく姉、涙を流して戦うと誓う弟。
そんな姿を見て、そんな願いの言葉を紡いだのは誰だっただろうか―――
更に画面は変わる。
そこは戦艦の一室だ。
「ついに来てしまうわ。
クロノに続いて、あの子まで」
「リンディ、貴方だけでも残っていてくれたらこんな事には……」
「確かに、あの子を1人にしてしまった事はこうなった原因の1つでしょうけど。
それは貴方が言えた事ではないでしょう?」
「そうね……」
話しているのは成長した真紅の少女と、笑顔の中にも威厳を持つ翠の女性。
そして、話している内容は、ある1人の少女について。
「これで、また家族一緒ね」
「この戦艦の中で一緒といってもね……一体なんの皮肉なのかしら」
「そうね……最早帰る家は無く、皆揃って戦う道を選んでしまった」
重い沈黙。
そして、真紅の少女は悲しげに呟く。
「もう、夢物語なのね。
『ただいま』と言えば『おかえり』と言ってくれる家族が揃うのは」
「……夢にはしないわ。
私が」
翠の女性が俯きながらも強く、誓う様に。
大凡家庭とは縁遠い立場に立ってしまった女性が、それでもと。
「ええ、希望は捨ててはダメよ。
例え、元には戻らなくても、新しい家庭は築けるから。
あの子も、いずれは……」
自分を反面教師として貰う為にそう仕向けた。
しかし、それでもこの道に来てしまった愛する義妹。
その子も、いつかは愛し、愛してくれる人と出会えるだろう。
だから、それまで―――
「それまでは、私が護るから」
真紅の少女は微笑む。
しかし、その笑みはあまりに儚くて―――
「アリサ・B・ハラオウン、入ります」
部屋に入ってきたのは1人の少女。
戦う事を決めたハラオウン家の末妹。
だから、私は―――
朝
朝日が差し込む部屋。
その光に目に少女は目を覚ます。
夢を見ていた。
昔の夢を。
忘れかけていた大切な過去の夢。
愛する家族と、愛されていた自分の夢を。
「……馬鹿なんだから」
夢を思い出しながら、少女は呟く。
しかしその言葉、憎しみからではない。
怒りという感情は混じっていても、愛情が入り混じる複雑な言葉。
唯一言に込められた過去への思い。
そして、それは―――
昼 学校
昼休みの時間。
昨日と同じ様にアリサから通信が入った。
(なのは、今日は魔法技術的な話になるから私1人でいいわ。
フェイトもあの男と出掛けるそうだし)
(うん、解った、お願いね)
(ええ)
用件だけ伝えて通信を切るアリサ。
今日もフェイトの所に行くつもりであったが、時間が空いてしまった。
だが、だからこそいつも通りに過ごそうとなのはは思う。
大切な日常の生活に使うのだ。
「なのはちゃん、今日は時間空いてる?」
「うん」
ちょうどそこに誘いに来たすずか。
そう、魔法も大切だけど、こっちも大切。
日常あってこその世界なのだから。
それに―――
(やっぱり家族は一緒がいいものね)
フェイトとなのはがおらず、連絡は無かったが恐らく久遠も帰っている。
そうなれば残って話をするメンバーはアリサとセレネとリンディだ。
だからきっとその方がいい。
邪魔、と言う訳ではないだろうが、きっとその方が話し易い事もある筈だ。
そうなのは考えながら、同時に今日の日常を楽しむ事を考える。
昼過ぎ フェイト拠点
「来たわよー」
貰った鍵で部屋までやってきたアリサ。
今日も今日とてなのはから借りた服だ。
因みに、久遠が着た事になっており、ちゃんと洗濯もしている。
「ん?」
リビングまで来るが、誰も居ない。
フェイトとアルフはあの男ともう出掛けたのだろうが、リンディもいない。
仕方なくアリサはセレネが使っている部屋に移動する。
「入るわよー」
ノックと了解をとってから部屋に入るアリサ。
すると、
「……うわ」
入って直ぐ、アリサは驚きと呆れから思わず声を出してしまう。
「あら、いらっしゃい、アリサ」
ヒュンッ
シュタタタタンッ!
シュルッ!
返事と共に響くのは風を切る音と、無数の刺す音、そして衣が擦れる音だ。
響いている場所はセレネの手元から。
ベッドで上半身を起こした状態のセレネが何かをしているのだ。
はっきり言って、セレネの手元を見ただけではアリサでも何をしているか解らない。
だが、周囲に転がっている布、糸、綿、針、ハサミ。
更にベッドの周囲に並べられる完成品の数々を見れば直ぐに解る。
「あの大量のぬいぐるみの出所はアンタか!」
長年の謎の答えに対し、アリサは叫ぶ。
そう、セレネは今ものすごい速度と精密さをもってぬいぐるみを作っているのだ。
目にも止まらぬ高速で布を切り刻み、針を通し、形にしてゆく。
完成したものはデフォルメされた動物やら、人やらだ。
よくよく見るとリンディらしきものやフェイト、なのは、果てはアリサの人形まである。
(なのはのは後で貰いっと)
それを見たとき、そんな事をふと考えるアリサ。
だが、
「じゃなくって、何してるのよ?
ぬいぐるみ作ってるのは解るけど」
自分自身に突っ込みを入れながら問う。
自分が持っている大量のぬいぐるみはまず間違いなくセレネの作品であると解ったが、しかしアリサの記憶に在る限り、セレネにこんな趣味や特技はないのだ。
そこへ、
「これは元々のセレネの特技よ」
帰ってきたらしいリンディが部屋に入ってくる。
完成品の数と質をみながら1度頷き、続ける。
「セレネは元々護る力、防御の全般と結界魔法を得意とする魔導師。
空間把握や構築する才能を持っているわ。
それを魔法以外で活かすと、こうなるの」
リンディが説明している間も、セレネの手によって魔法が使われているとしか思えない速度と正確さで布と綿がぬいぐるみになっていく。
確かに結界は己の把握する世界を自分のものにし、自分の都合のいいように作り変える魔法と言える。
だからこそ、自分の手元にある素材を自在に変化させるのは結界魔導師として必須のスキルと言っても良いだろう。
だが、それを素手のみで行うのは一体どんな運動能力だろうか。
イメージできればいいだけの技術を、体現するまでにしたのは一体何の為か。
ぬいぐるみ作りという一見可愛らしい作業も、ここに至るにはどれ程の時間と努力が必要だったのだろうか。
「暇だって言うから、昔を思い出しつつ、安静のままでできる事と思って材料渡したんだけど……
昔よりも早い上に可愛らしいわね。
もう材料も尽きてるし。
リハビリの方になってしまっているかしら?」
溜息を吐くリンディ。
しかし、それでも楽しそうに。
「こんなものリハビリにはならないわよ。
全力でやってはいるけど。
そうそう、アリサ。
貴方の持っているぬいぐるみは戦い始める前に作った物。
だから血塗られた手で作った物は混じってないから安心なさい」
最後の材料でつくった仮面の男の人形を置いて告げるセレネ。
これ程の技術、この様な形であるのは少なくとも昔は趣味でもあった筈だ。
それをもう10年近く自分で封じてきたのだ、セレネは。
最早そんなものは必要なく、使ったところで意味はないとして。
「そんな事気にしないわよ。
だからそのそれ貰って良い?」
なのはの人形と自分の人形を手に取るアリサ。
可愛らしくデフォルメされ、柔らかくて、暖かい人形を。
「好きになさい」
「ありがとう」
尚、自分の人形はなのはに渡すつもりである。
なのはの人形は自分が持ち、自分の人形はなのはが持つ。
なんてことを考えるアリサ。
が、なのはのぬいぐるみの棚には、セレネ作のぬいぐるみが全員集合で並ぶ事になるのはまた後日で、別の話だ。
「さって、とりあえず話しの前にお茶にしましょう?
時間も丁度いいし」
リンディはそう言って手に持った箱を指す。
どうやらケーキが入っている箱で、良く見れば『翠屋』と文字が見える。
「自分が食べたかっただけじゃないの?
とりあえず、起きてもいいわね?」
「それ、10個入りの箱よね?
一体1人でいくつ食べる気?
まあ、いつもの事だけど」
リンディは大の甘党だ。
ケーキくらいなら10個は普通に食べてしまえる。
アリサも甘い物は好きだが、しかし常識の範囲内でしか食べられない。
セレネは一番長くリンディの異常といる甘党に付き合わされた為、寧ろ嫌う傾向すらある。
「まあ、兎も角リビングで一緒に食べましょう」
妹達の言葉を聞き流し、ケーキを持って嬉しそうに移動するリンディ。
その後を、2人は溜息を吐き、苦笑しながらもついていく。
それから、お皿や飲み物の準備をするハラオウンの姉妹達。
その中、アリサはケーキを皿に移していた。
「リンディはどれにするの? というか、いろいろ買ってきたわね」
「買ってきたのは私のパートナーよ。
彼のチョイスは的確だから、好きなのを選びなさい」
「うん」
どれにするか少し迷うが、ショートケーキを選ぶアリサ。
「はい、リンディ」
「ありがとう」
その横でセレネは紅茶をいれている。
手際よく且つ心得た淹れ方だ。
リンディにはミルクと砂糖を飽和するまで混ぜて渡す。
更に、次のカップを用意してお茶を注ぎ、砂糖とミルクを混ぜる。
「はい、アリサ」
「あ、うん……」
カップを受け取るアリサ。
見ていたが、ミルクと砂糖の分量はアリサが丁度良いと思うものだった。
ちゃんとケーキという甘い物を食べる事を考慮に入れている。
セレネはそれをアリサに確認する事も無く、迷う事も無く行った。
それは、セレネがアリサの好みをちゃんと知っているからできる事だ。
「……」
ずっと、自分の事など興味がないと思っていた。
しかし、それはやはり違ったのだと気付く。
だからこそ、アリサは―――
「……」
自分の分を淹れるセレネ。
そして、カップにお茶を注ぎ終わった時、
「はい」
横からアリサがミルクを注ぐ。
その量は少なめで、砂糖は入れない。
「後、貴方はこれでしょ?」
更に、差し出すケーキはレアチーズケーキだ。
あまり甘い物を好まないセレネがそれでも好んで食べるケーキとそれに合わせたお茶。
それを横から半ば押し付ける様な形であるが、アリサが差し出す。
半分睨む様な視線と共に。
それは、なめるな、とでも言いたい様な挑発的な視線だ。
アリサは確かにセレネの裏の部分―――いや隠していただけの本当の部分を知らなかった。
だが、何時も見せている中で得られる情報は覚えている。
しかし、細かい情報までちゃんと知りえているのは、何かと観察していた為だとアリサは思う。
そう、今思えば探していたのだ、セレネという人に対し、否定する部分を―――嫌える理由を。
セレネという人物は人が言う噂などではとてもアリサが好める人物ではなく、事実いろいろセレネには嫌がらせとしか思えない仕打ちも受けた。
それは、全て気遣いであったのだともう解っている。
だが、それが解らなかった時は、やはり嫌で、セレネが嫌いだった。
しかし、それでも常識を得る前、物心をつく前の記憶にあるセレネの姿があったからだろう、本当に嫌う事が出来なかった。
だから、自分が嫌える理由を無意識に探していたのだ。
だがしかし、その結果得られるのは嫌える部分などない義姉の姿で、アリサのセレネに対する想いは複雑になるばかりだった。
「ありがとう」
差し出されたものを素直に受け取るセレネ。
微笑みながら。
「ふん」
その笑みは綺麗で自分が憧れ、もう1度と思っていたもの。
しかし、それを悟られまいとアリサはそっぽ向く。
そんな行動こそ周囲に心情を晒しているのだと気付かずに。
「ふふふ、じゃ食べましょ。
あ、因みにクロノ達にも送ってるから、今頃向こうでも食べている筈よ」
楽しそうに微笑むリンディ。
今は1人欠けているが、それでも家族で一緒にお茶をするなど、一体何時以来か。
いや、これが初めてのことかもしれない。
そう思いながら笑う。
過去に無かった事よりも、今こうして得られた事に。
同じ頃
放課後になり、月村邸に寄る為、一番近いバス停で降りるなのはとすずか。
そこではいつも通り、ファリンが出迎えに来ていた。
だが、
「ファリン、もう起きて大丈夫なの?」
ファリンが居る事に驚くすずか。
「はい、もう完璧です」
いつも通りの笑顔を見せてくれるファリンは、しかしいつもと違う様に感じる。
それは悪い意味ではなく、寧ろ前よりも輝いて見えるのだ。
そう、昨日以前、最後に会ったと時よりも大きく見える。
「ファリンさん体調崩してたの?」
とりあえず、すずかの言葉から予測できる事を尋ねてみる。
すずかの驚き方だと、少なくとも今朝までは起きられる状態ではなかったのだとも予想できる。
「はい。
それはまた後ほど。
忍お嬢様がお待ちですので」
「お姉ちゃんが?」
「忍さんが?」
なのはは勿論すずかも疑問顔をする。
それに微笑むファリンは何も言う事無く家まで同行する。
それから月村家に行き、ノエルにティーラウンジへと案内される事になった。
そこで、待っていた忍は、
「うん、やっぱり来たのね」
妙に嬉しそうになのはを迎えた。
「あの、どうして来るって解ったんですか?」
確かにここ最近はよく来ているが、完全に毎日と言う訳でもなく、来る日というのもバラバラだ。
それに、来ると言う事は連絡もしていないので、事前には解らない筈。
それなのに忍は来ると解っていた様子だ。
「恭也が今日来るだろうからってね」
忍がそう言って指すのは翠屋で使っているお持ち帰り用の箱だ。
中身はケーキだろう。
「と言う訳で、一緒に食べましょー」
「お茶を用意してまいります」
どうやら一緒に食べようと待っていたらしい。
すずかが着替えて降りてくるのを待ち、皆でお茶の時間となった。
「そういえば、ファリンさんは何で寝込んでたんですか?」
ケーキも食べ終えた後の穏やかな時間、なのはは先ほどの問いをもう1度投げかける。
昨日は来なかったが、すずかも何も言わなかったので、先程すずかが驚いた事しか情報がないのだ。
今こうして後ろに控えている様子もいつもと変わらず、体調を崩していた風には見えない。
「ああ、それはね、昨日恭也にコテンパンにされたからよ〜」
答えたのは忍だった。
妙に楽しそうに兄の名前を出す。
「え? おにーちゃんが?」
兄はよく悪戯をするが、怪我をさせるような事はしない。
それも寝込む程のことなど。
「はい、昨日は恭也様に戦闘訓練を受けまして。
完膚なきまで叩きのめされました」
「ああ、なるほど。
でも、寝込んでたんですよね?
もう大丈夫なんですか?」
確か前にファリンも戦うのだと言っていた事を思い出して納得する。
そう言うことならば、兄は下手な手心は加えず、必要とあらば叩きのめすのだと知っている。
その敗北を持ってより強くなる為に。
「はい、恭也様の手加減は絶妙でしたから」
「それでも今朝まで起き上がれなかったんだけどね」
「はいー。
お嬢様を護るのもギリギリのギリギリでしたし、まだまだ精進が必要なのです。
恭也様には今後ともいろいろなご指導を願わなくてはなりません」
ファリンはやる気に満ちた目で空を見上げている。
また新しい目標を見つけられたのだろう。
そんなファリンを見てすずかも嬉しそうだ。
「ところで、護るのもって、どんな訓練をしたの?」
と、そんなところで悪いとも思ったが、気になったので聞いてみるなのは。
言葉からではちょっと想像できなかった。
「より実践的な訓練として、私を一定時間護りきる訓練だったの。
私もがんばって逃げたんだけどね、何箇所も斬られて、片腕なんか完全に切り落されちゃって。
最後には足もやられて、重傷ってところだったんだ。
あ、因みに訓練用の道具を使って、ダメージを受けた場所に赤い血糊が出るものを使ったの。
切り落とされたというのも、本来だったらそれくらい深傷だったというだけなの」
「はい、私も訓練という状況を越えて気力を振り絞り、なんとか命だけはお助けしましたが、最後のお嬢様の姿、例え血糊だと解っていても―――
今思い出しただけでも寒気がします。
同時に、強くならなければと改めて思うのです」
ファリンの瞳は真剣そのものだった。
バーチャルリアリティという言葉があるが、実戦としか思えなくなるほど凄い訓練だったのだろう。
「昨日の恭也はすごかったわよー。
すずかとファリンの後で、1度見ていた私とノエルでも無傷脱出はできなかったし」
「はい、護りと逃げに徹しましたが、私も小破しました。
流石は恭也様です」
笑顔で話す2人であるが、思い出しているのだろうその瞳はあまり笑っている様には見えない。
今だからこそ笑って言えるのだろうが、それでも忍ですら恐怖が残る程のものだったと考えられる。
一体どんな訓練をしたのか、興味もあるが、あまり聞くべきではない様な気もした。
「ノエルさんも戦ったんですか」
ノエルの戦闘力はしらないが、力がとても強いのは知っている。
少なくとも兄ですら持ち上げられない程の重量の金属の塊を持ち上げて運べるくらいだ。
その腕力をもってすればどれ程の攻撃が可能か、少し想像してみただけでも恐ろしいと思える程だ。
「はい。
護衛の為の訓練でしたので、極力接触は避けましたが。
しかし、たとえ護る対象が無く、全力で戦えたとしても勝つ事は難しかったでしょう。
恭也様は本当にお強い方ですから」
「そうよね。
普段はそう言うところ見せようとしないけど、そこもまた魅力よね〜」
昨日の訓練の事を抜いたとしても、忍とノエルは恭也が強いと知っている。
それを褒め称え、今こうして笑ってくれている。
それが、なのはには嬉しかった。
「わたしも、おにーちゃんみたいに強くなりたいな」
兄の事を話す皆を見ていたら、ふとそんな言葉が出てくる。
常日頃から思っている願いであり、なのはが持つ目標の1つ。
「なのはちゃんは今のままでも強いと思うよ?
戦う力がなかったとしても」
そんななのはに、なのはは戦う必要なんて無いと言う。
なのはを良く識るすずかが、なのはにはもうとても強い力があるのだと。
「うん。
多分おにーちゃんと同じにはなれないし、なろうとしてる訳じゃないの。
でも、おにーちゃんはわたしの目標なの」
上手く言葉にはできない。
しかし、恭也と同じ位置には立てなくとも、隣に立ちたいと願っている。
上手く伝えられないかもしれないが、それがなのはの想いであり願いの意味。
「なのはちゃんならできるわよ」
「うん、いつか、きっと」
忍とすずかが笑顔をもって答えてくれる。
それは無責任な言葉ではなく、本当に信じてくれているからこその笑顔。
「ありがとう」
だから、なのはも笑みを持って返す。
いつか必ずそうなってみせると、強く思いながら。
この平和な時間。
なのはは大切な事を1つまた確認できた。
忘れる事はなくとも見失う可能性のある大切な力の1つ。
だからこそ、なのはは今の平和を十分に楽しんだ。
次の日 放課後
今日も昼にアリサから連絡があり、フェイト達が拠点としているマンションへとやってくる。
今日はセレネとリンディは外出しているが、フェイトと話をしていてくれ、とのことでやってきた。
「きたわよー」
1階の玄関で合流し、アリサが持っている鍵でリビングまで入る。
だが、入ってみてもリビングには誰もない。
人の気配はあるが……
と、そんな事を考えている間に上の部屋から人の気配が近づいてくる。
「フェイト、まだ髪が」
「え、でもなのは達が」
慌てて出てきたのはまだ髪を結っていないフェイトと、半裸のアルフだ。
お風呂にでも入っていたのだろう。
因みにフェイトだが、今日は白を基調とした服を着ている。
今までずっと黒を基調とし服装しか見たことがなかったので少し新鮮に映る。
「こんにちは、フェイトちゃん。
そんな慌てなくても大丈夫だよ」
「とりあえずお茶でも淹れるか。
久遠、手伝って」
「うん」
客を待たせまいとしているフェイトをなだめるなのはと、まだ準備に時間が掛かりそうだと茶と茶菓子を出そうとするアリサと久遠。
尚、アリサは昨日この家を訪れた時にこの家のキッチンを把握している。
「あ、うん、ごめんね、なのは」
「いいよ。
とりあえずアルフさん、服」
「ああ、じゃあこっちよろしく。
フェイト、1人じゃ上手く結えなくてね」
「ちょっと、アルフ!」
「ははは、じゃ、服着てくるよ」
なのはに櫛と黒の細いリボンを渡して部屋に戻るアルフ。
フェイトはなのはに自分が髪を上手く結えないのを知られて恥ずかしいのか、頬を赤く染めてアルフを追おうとする。
2人とも本当に笑顔で、楽しそうだ。
それをなのはは嬉しいと思えていた。
少し前ならできなかった事だから。
「さ、フェイトちゃん、わたしが結ってあげる」
「あ、うん。
でもね、なのは私1人でも結えるからね」
「うん。
でもわたしが結っていい?」
「うん……おねがい」
椅子に座ったフェイトの髪を櫛で梳かすなのは。
とても長く、綺麗で豊かな髪だ。
なのはが羨ましいと想うほどに。
「あ、そういえば、なのは、ジュエルシードに取り込まれた私と戦った時、リボンを失くしたでしょう?
バリアジャケットではない状態で」
「あ、うん、そうだね」
闇のドームでの戦いの中、なのはは戦いの途中でバリアジャケットを解いた。
その時、偶然であるが、ツインテールにしている2つのリボンは破れて失っている。
幸い帰っても寝ている時間だったので、リボンの紛失は家族にばれていない筈だ。
しかし、今度適当な理由でなくしたとちゃんと言っておかなければ、母桃子なら気付いてしまうかもしれない。
「あのね、だから私のリボン、その黒しかないんだけど……」
自分のせいで失ったのだと、フェイトはリボンを2つなのはに差し出す。
少し恥ずかしそうに。
でも、真剣に。
そんな瞳になのはは、
「いいよ、気にしなくて。
でも、じゃあ……私のリボンと交換しよう。
フェイトちゃん、今日は明るい服だから、このリボンが似合うと思うんだ」
単純に断ることはせず、交換という形にする。
今自分がつけているリボン、ピンクのリボンと。
「え? あ……うん、ありがとう、なのは」
「はい、できあがり」
自分の着けていたピンクのリボンで髪をいつものツインテールに結ったなのは。
今日はフェイトの着ている服が明るい色だというのもあるが、少し冷たい感じのしていた今までとは違う感じがする。
元々綺麗なブロンドの髪に、白い肌なので、黒い服に黒いリボンは映えるし、凛々しく綺麗な感じだ。
しかし、こうして明るい感じで統一してみるのも可愛らしいとなのはは思う。
「ありがとう。
じゃあ、なのは、今度は私が結ってあげる」
「うん、お願いね」
その後は、交代し、今度はフェイトがなのはの髪を結う。
リボンを交換して、髪を結い合う。
そんな静かで、でも平和な光景。
2日前までは戦っていたなど、誰も信じない光景だろう。
しかし、これはなのはが望み、そしてフェイトもそうあればいいと願っていた光景だ。
そんな光景に戻ってきたアルフは笑みを浮かべ、久遠も笑う。
が、
「何やってるの? あの2人」
1人だけちょっと険しい顔をする者がいる。
アリサだ。
なのはがフェイトの事を想っているのはずっと解っていた事だ。
しかし、フェイトが居るとなのははフェイトばかり見ている、とアリサは思ってしまう。
(いいもん、私なんか全身なのはの服だもん。
下着まで。
とりあえず、髪を結ってもらうのは今夜にでもしてもらおっと)
とりあえず、などと考えて心を落ち着かせるアリサ。
自分がどうして心を乱しているのか、まだアリサには自覚が薄い。
アリサにとってなのはは、フェイトにとってのなのは同様、初めて得た同年代の友達だ。
だから、いろいろと戸惑う部分が多かったりする。
「平和だなー」
そんなアリサを横に見ながら、久遠は誰にも聞こえない様に、そんな事を呟いていた。
心からそう思いながら。
それからなのは、アリサ、久遠とフェイト、アルフという風にソファーに向かい合って座る5名。
アリサと久遠の用意したお茶を片手に静かな時間を過ごしていた。
「……なんでだろう。
沢山お話したい事があったと思ったんだけど」
「そうだね」
なのはは、フェイトとこうして平和な時間の中で会えたなら、話したいと思う事があった。
今日もこうして向かい合うまで確かにいろいろ考えていたのだ。
互いに理解する為に。
しかし、今こうして向かい合うと、どんな話をしようとしていたのかが思い出せない。
最早必要無い事だという様に。
そして、それはフェイトも同じだった。
今日また会えるということで、何を話そうかと直前まで考えていたのだが、もうそれが出てこないのだ。
「本当は外で皆で遊びたいんだけど」
「それは、全部終わってからだね」
「うん」
フェイトとアルフ、それにアリサは現状必要以外では外に出る事を止められている。
一応この世界の人間ではない3名が不用意にこの世界に干渉しない様にだ。
もし何かあってもリンディ達だけではフォローするにも限界がある。
けれど、全てが終わった後ならば―――
「2人で話すことがないならさ、ちょっと聞いていい?」
穏やかな時間を過ごすのも良いが、とアリサはフェイトに向かって訪ねた。
「何? アリサ」
「む……」
自分から話し掛けたアリサだが、フェイトが自分を見たとき、その穏やかな微笑みを見たとき、一瞬戸惑う。
今自分の隣に座るなのはが、何故か目の前にも居ると錯覚してしまったからだ。
フェイトはフェイトで、なのはとは全然違うのに、何故か。
(何が似てるのかしら?)
そう少し考えるアリサ。
「何?」
「あ、ごめんごめん」
自分の顔を見ながら疑問顔をしているアリサに少し戸惑うフェイト。
アリサは一時先の疑問について考えるのを止め、本題に入る。
「貴方達って食事はどうしてるの?
というか、どうしてたの? か。
昨日一昨日とかはリンディが作ってたんでしょうけど」
昨日、ケーキを食べる為に食器類を見たが、一通り揃っている。
それはリンディがここに来てから追加した分もあるだろうが、逆に言えば、初めからある程度は存在した。
そしてそれ等は使われていた形跡もある。
「私とアルフで作ってたよ。
買い物はアルフが担当してた。
セレネは、生活に必要な事は一通り教えてくれていたから。
……最悪の場合でも、私とアルフだけで生きていけるように、って。
後、昨日一昨日、食事の半分はセレネが作ってくれたよ」
「あ、そうなんだ」
フェイト達が料理技能があるのはある程度予想していた。
だが、最後に出てきた名前に少し驚く。
しかし、考えてみれば昨日セレネが淹れていたお茶は美味しかったし、戦う前は本当に少女らしい少女だったという話を聞いた。
だからそうなのだろうと、素直に納得する。
「そう言えば、わたし、1度商店街でアルフさんらしき人を見かけた事がある」
「ああ、たまに商店街の方にも出かけてたよ。
まあ、今考えればちょっと無用心に歩き回りすぎたかとも思うよ」
アルフは一度戦いの中で翠屋のケーキを買った事がある。
知らなかったとは言え、敵であったなのはの母親が経営する店のケーキをだ。
その翠屋に向かっていたなのはとすれ違ったのだ。
もしあの時正面から向き合って遭遇していたら、少し変わった未来になっていたかもしれない。
尚、アルフが買い物を担当していたのは、フェイトは戦いと訓練で消費した魔力を回復しなければならなかったからだ。
その点、使い魔であるアルフには魔力はフェイトから供給されるので必要なく、フェイトよりも外での活動に出ることができたのだ。
「わたしも一応料理はできるけど。
お菓子とかは作れるし、普通の料理も味付けと盛り付けが得意。
喫茶店の娘だからね」
「私は最低限の技術だけど、食材を切ったり火を使うのは得意だよ」
「ふっ、なら私はバランスを考えた献立を考えるのが得意よ。
まあ、1人暮らしみたいなものだったし」
なのはから始まりフェイト、アリサと、己の得意分野を述べていく。
そして、
「わたしは材料調達。
後食べるのが得意」
「久遠も一緒」
アルフ、久遠も続く。
知識も然ることながら、目と鼻の利く2人は食材の良し悪しには敏感だ。
こうして5人が揃えば、大凡完璧な布陣とも思える。
戦いに於いてもなのはの長距離砲撃、フェイトの接近斬撃、アリサの中距離支援、久遠の大型攻撃力、アルフの支援と相性が良い。
だが、戦い以外の、平和的な事に関しても相性が良いのだと解る。
そこで、
「そう言えば、リンディさん達は今出かけてるんだよね?」
「うん、夜には帰るって言ってたけど」
「ん、じゃあやりましょうか?」
この相性の良さを発揮する為、5人は料理を始める。
いつも裏で働き、人知れず大切な者を護っている人達の為に。
この日、なのは達がマンションに居る間にリンディ達は帰ってこなかったが、その後念話でお礼の言葉が送られた。
そんな平和な時間。
しかし、合間にあるだけの仮初の平和だ。
その次の日 昼
今日も昼にアリサから念話による通信が入った。
だが、今日の通信は今までのものとは違った。
(なのは、リンディから残りジュエルシードが大凡12時間後に発動すると連絡があったわ)
(解った、念のため今日は真っ直ぐ帰るね)
(ええ、お願い。
後、久遠はリンディの方に合流しておくって。
なんか渡す物があるみたいで)
(渡す物?)
(詳しい話は夜合流後に話すって)
(了解)
ついに動く最後のジュエルシード。
何故リンディ達がその発動を事前に知る事が出来るのかは解からないが、これで準備をして戦いに望める。
なのはは崩れた平和を悲しむ事無く、今日の戦いに備える。
この戦いを越えてこそ、本当の平和を得られるのだから。
その日の夜 セレネ拠点
発動は深夜0:00前後とみられている。
その1時間前に拠点に集合したなのはとアリサ。
「2人とも、体調は万全?」
「はい」
「勿論」
既に準備を整えているフェイト達。
それに合わせ、なのはもバリアジャケットへと換装する。
その後、ふと戦闘形態たる大人モードになっている久遠を見ると、見慣れないものを身に着けていることに気付く。
「くーちゃん、それは?」
「私用のデバイスだって。
さっきまで調整してたの」
久遠が身に着けているのはミッドチルダの文字が刻まれた銀色の指輪。
それを右手の中指にはめている。
「久遠さんの力を魔力化するストレージデバイスよ。
魔力攻撃だけでなく、いろいろと応用が利かせられる筈だから。
今日は試し撃ちも兼ねた戦闘になるわね」
「うん、なのはとの合体魔法にも使えるから。
今日は無理だけど、練習しておくね」
久遠は力が半ば雷に特化している為、魔力攻撃ができず、いままで戦闘にもいろいろと制約が掛かっていた。
それに、前回の闇のドームでの戦いの最後で、アリサとの合体魔法を使ったが、結果アリサのデバイスを破壊する事になってしまった。
それを見て、リンディが特注してくれたデバイスだ。
久遠の力を魔力に変換するだけというストレージデバイスで、久遠は1度このデバイスに通して魔力化された力を操る事になる。
専用のストレージデバイスであり他の機能が無い分、変換にかかる時間は殆ど無視できるとのこと。
因みに、この指輪の姿がデバイスモードでありスタンバイモードでもある。
久遠が狐になると身に着けている鈴の中に格納される。
「リンディ、私のデバイスは?」
「ええ、送ってもらったわよ。
はい、これ」
「……これって」
前回デバイスを壊しているアリサもリンディからデバイスを受け取る。
だが、それは前回使ったものと同じ物で、アリサ専用のデバイスではなかった。
「転送に失敗したやつを修理したのよ」
「いや、そうじゃなくて、何で私のデバイスじゃないの?」
前回使用し、十分に使えることを実証しているが、しかし専用デバイスならば全力全開で戦える。
リンディ達はアリサよりも精度の高い転送ができ、失敗を考える必要は無い筈だ。
それなのに何故―――
「わざわざ見せる必要はないわ。
だから今回はこれを使いなさい」
「……ああ、それもそうね。
OK、これで十分戦ってあげるわ」
リンディのその一言だけでアリサは納得する。
そう、まだこれが最後ではないのだ。
だからこそ―――
「さて、では今回の作戦を説明するわね」
この度の戦いは全て、リンディの指揮の下で行われた。
時空管理局提督たるリンディ・ハラオウンの手で。
深夜 八束神社
草木も眠る闇夜。
その中で、八束神社の境内へと続く階段を昇る人影があった。
白いワンピースを着た少女だ。
こんな夜中に参拝客というのもおかしく、しかも何故かその少女は裸足だった。
更に言えば歩き方はどこかふらついていて危ない。
表情は暗くて解らないが、全体として、夢遊病患者の様な感じだ。
そんな少女が境内へと入る。
その瞬間。
ヴォゥンッ!!
突如、世界が変わる。
神社の社殿を中心とした半径2kmにも及ぶ巨大な結界が生成されたのだ。
境内に立つ少女を取り込んで。
「時間ぴったりね」
「位置まで特定するなんて、一体どういう予知能力?」
結界の展開が完了した直後、入り口たる鳥居の上、その上空から声が聞こえる。
結界によって歪んではいるが、確かにそこにある月を背にした女性の声と少女の声だ。
見れば、翠の髪の女性と、長いブロンドの髪の少女がそこにいる。
女性はドレスの様な翠の服を着込み、白銀の柄と先端に漆黒の宝玉を持つ杖を右手に。
少女は漆黒の装甲服に翠の宝石の付いた杖を片手に持って。
そして、少女は杖を境内の少女に向けて告げる。
「さあ、貴方がなのはの狙撃を警戒して護りを敷いてるは解ってるのよ。
とっとと本性を現しなさい!」
勝気な少女、アリサの声に、境内の少女は口を笑みを浮かべる。
「ふ……」
カッ!
「ギャオオオンッ!」
一瞬の黒き閃光。
黒き光の後には、まるで初めからそこに居たかの様に無数の闇の獣人が隊列をなしていた。
同時に、少女―――ジュエルシードの持ち手である少女の周囲にも異変が起きている。
黒い光のドームが少女を囲んで展開しているのだ。
展開している闇の獣人達、防衛機構の数も異常だが、その闇のドームも異様だった。
バリアやシールドとは違う、また何か別のもの―――
「出たわねぇ。
行くわよっ!」
『Stinger Blade
Execution Shift』
キィィィンッ!! ガキンッ!
ガガガガガガガガガンッ!!
だが、アリサは怯む事なく先制攻撃を開始した。
放つのはいきなりと言えるスティンガーブレイド・エクスキュージョンシフト。
初めから用意していた大火力の魔法だ。
400という数の魔法刃が雨の如く降り注ぎ、次々に闇の獣人を、切り裂いては消してゆく。
「ちっ!」
「ギャオオオンッ!」
しかし、その数は異常だ。
八束神社を埋め尽くして尚足りぬ数が一度に出現し、アリサ目掛けて飛んでくる。
400という数の魔法刃をもってしても止めきれない。
「アリサ」
「はぁい」
その時、翠の女性、リンディに呼ばれアリサは一時下がる。
そこへ、白銀と漆黒の杖―――外見上はなのはのレイジングハートのデバイスモードの色違いだ。
後はサイズがリンディの体格にあわせたものになって全体的に大きくなったくらいの違いしかないだろう。
それもその筈、このデバイスは元々レイジングハートの姉妹機にあたるシャイニングソウルから作られた物。
生まれ変わり、今仮の名をフォーリングソウルとしているそれに、実は杖の形態など必要ないのだが、しかし他の最終テストとして今杖の姿をとっている。
普通のデバイスとは大きく違ったコンセプトで組まれたこのデバイスが得意とするのは超高速演算。
そんな杖を時空管理局の提督であるリンディ・ハラオウンが持ったなら。
『Divine Buster』
キィンッ!!
瞬時に展開される魔法。
それはなのはの魔法であり、なのはの魔法構成をそのまま使ったもの。
だが、杖の先端に展開される砲門となる魔法陣は―――2門。
ズバァァァァァァァァァンッ!!!
発射される翠の砲。
その光は障害となっていた防衛機構の壁をまるで紙を破るかの様に突破してゆく。
直撃していない防衛機構も巻き込み、向かってきていた闇の獣人をほぼ一掃し、ジュエルシードの持ち手へと迫る。
だが、
ギィィィンッ!
翠の光は闇のドームで停止する。
それも光はドームを傷つける事なく、まるで吸い込まれるように消えていった。
更に、
「ギャォォォンッ!」
払い切れなかった防衛機構がリンディに迫る。
『Photon Shooter』
キィィィンッ
ズバババババババンッ!!
そこへ放たれたのはフェイトのフォトンランサーとなのはのディバインシューターの両方の特性を持つ魔法。
自動追尾を基本とし、連射が可能で、場合によっては操作もできる魔弾。
10を軽く越えるスフィアがマシンガンの様に、更にはライフルの如く正確に敵を射抜いてゆく。
これ等の魔法、本来在り得ないと思える速度で展開、発射されている。
それは今リンディが持つデバイスの持つ超高速演算によるものだ。
しかしながら、このデバイスはその代わりに普通のデバイスが持つ魔法の記憶と代行詠唱の能力が著しく低い。
つまり、この魔法の威力は速度以外は全てリンディの実力によるものだ。
そんなあまりにピーキーすぎるデバイスだが、必要とされ、今最終テストが行われている。
この実戦を越え、次の戦いを持って完成する物として。
「リンディ、右!」
「ギャオオンッ!」
フォトンシューターの連射の中から、他の防衛機構とは明らかに大きさ質共に異なる闇の獣人が飛び出してくる。
数は3、ほぼ縦に並んだ形でせまってくる。
それはおそらく、たとえ前のモノがやられても、後ろに控える2体で目標を捕らえようという布陣だろう。
しかし、
ガギィィィンッ!
「ギャォォンッ!」
突然防衛機構の進行が止まる。
リンディにある一定距離以上進めずにいる。
リンディはバリアを展開していない訳ではない。
だが、それは確かにリンディの護りの力。
「うわ……さっすが名高きバリアドレス」
半ば呆れながら呟くアリサ。
そう、これはリンディが纏うバリアジャケットの効力だ。
運動性など一切考えないデザインをしたこのドレスの如きバリアジャケットは、動けないのではなく、動く必要がないバリアジャケットなのだ。
結界魔導師であるリンディが作るこの翠のドレスは、目に見える防御も高いが、それ以上に周囲の空間への干渉力がずば抜けて高い。
自分の受け入れる存在以外は近づけない強力な結界を常時纏っているのと同じなのだ。
大凡如何なる攻撃をも止まるこの護りの前に回避など要らず、一歩も動かずとも敵は自ずと平伏する。
それがSクラス魔導師、リンディ・ハラオウン提督。
その姿を見た者は、まるで玉座の前に君臨する女王の様だとして、リンディのバリジャケットを『バリアドレス』と呼ぶ。
ギギギギッ!
しかし、如何に強力なバリアドレスの護りも、取り付かれたままではいつかは破られるだろう。
尤も、
『Arc Slash
Cross Mode』
ヒュンッ!
ヒュォンッ!
放たれるのは翠の光による十字の斬撃。
その交差する2つの斬撃は、交差する点こそ最大の攻撃力を持ち、並んだ3体の防衛機構を全て1度に切り裂く。
フェイトのアークセイバーとサイズスラッシュを参考に即興で編み出した飛翔する十字斬撃。
結界魔導師という位置付けであっても、時空管理局提督であり、Sクラス魔導師の地位は伊達ではない。
このセンスと魔力をもってこそ、先の『一歩も動く事無く』という姿が現実となる。
如何なる敵も、一度バリアドレスによって攻撃が止まれば、その隙を突かれ、平伏する事になるのだ。
「まったく、何時見ても凄まじいわ」
「何を言ってるの、こんなの後先考えなくていいからできる事よ」
「結界を維持しながらよく言うわ」
戦いの最中、アリサとリンディがのんびりと会話する。
それもこれも、
「準備はいいわね?」
「うん」
後ろに控えている心強い仲間がいるからこそ。
「道を開くわよ!」
『Stinger Blade
Execution Shift』
キィィィンッ!! ガキンッ!
ガガガガガガガガガンッ!!
2発目となるスティンガーブレイド・エクスキュージョンシフト。
400の魔法刃が再び降り注がれる。
だが、今回は唯の掃討発射ではない。
その陰に―――
「ギャォォォォンッ!!」
あたかも、どんな攻撃も無意味だと言う様に消えてもまた湧いて出てくる防衛機構軍。
だが、
「はぁぁぁぁぁっ!」
そこへ、碧の魔法刃の間から女性が境内の地に舞い降りる。
式服を着込み、金色の髪を金色の尾を持つ女性だ。
「せぇっ!」
ドゴンッ!
地に立った女性、久遠は大地に拳を突き立てた。
その衝撃、それだけでも大地を揺るがすが、それだけでは終わらない。
ズバァァァァァァァァンッ!
その拳を起点とし、八束神社の地面全域にわたり雷が走る。
指向性を持たせた久遠の雷だ。
「ギギギギガガガガガガ……」
その雷は防衛機構を消滅させる威力はない。
だが、動く事もできない。
消滅し、新たな防衛機構が出る事も無く、動く事も出来ぬのだ。
そこへ、
「へぇ、やっぱりこりゃ結界だね。
自分の都合の良い様に世界に追加効果を乗せるもの。
いや、これはもう世界を作り直すレベルのものだ」
ジュエルシードの持ち手の傍、闇のドームの脇に何時の間にか人影がある。
赤橙の髪を持つ人影だ。
その者は、最早ドームではなく完全に球形をした闇を解析している。
既に立っていた筈の地面は無く、ただ闇が広がるだけの球形世界の解析を。
「まあ、未完成じゃ普通の結界にも劣るけど」
「―――っ?!」
バリィィィンッ!
拳でその闇の世界との境界を殴ったかと思うと、闇の世界たる球が音を立てて崩れ去る。
赤橙の使い魔、アルフがその世界とこの世界との境界を無効化したのだ。
更に、
「「封印!!」」
ズバァァァァァンッ!!
一体何時の間にそこに居たのか、紅の宝玉の杖を持つ少女と、金色の宝玉の杖を持つ少女が浄化封印魔法を放っていた。
スティンガーブレイドの陰に隠れていた為、封印魔法の完成も感づかれずに完了している。
よって、多重の不意打ちであり、零距離での浄化封印執行がここに成る。
スティンガーブレイド・エクスキュージョンシフトから間髪入れない連携に、ジュエルシードも動く事ができない。
『『Sealing』』
キィィィンッ!
2名による同時浄化封印は直ぐに完了し、持ち手だった分離したジュエルシードには正常化の証である]]Tのナンバーが示された。
それと同時に周囲に存在していた筈の防衛機構軍も跡形も無く消える。
持ち手だった少女は気を失い倒れるが無事で、今回のジュエルシード封印は完勝に終わったのだ。
「やったぁ」
「うん、成功だね」
ジュエルシードを手に取るフェイト。
そして、その場へアリサとリンディも降りてくる。
「ご苦労様。
完璧な連携だったわ」
「リンディさんの魔法も凄かったです」
「あら、あんなの大したことないのよ。
貴方達もできる筈よ」
勝利を喜び笑い合うなのは達。
だが、この場にはまだ足りぬ人物が居る。
「そう言えば、作戦上にも出てこなかったけど、セレネとあの男は何してるの?」
そう、今回の封印にはセレネもあの仮面の男も参戦していない。
セレネの方は作戦会議の場には居たが、出撃してから見ていないのだ。
「セレネ達ならこの上空に居るわよ。
もしもの時の為に待機しているわ。
セレネはまだ傷が残ってるから、できるだけ戦わせたくはないの」
「それもそうね。
じゃあ、とりあえず戻りましょうか」
「ええ、あ、そうそうそのジュエルシードはフェイトさんが持っておいてね」
「え? いいですけど。
何でですか?」
「まだ秘密」
とりあえず言われたとおりバルディッシュの中にジュエルシードを格納するフェイト。
別に誰が持とうと最早気にしないが、一体何の目的かは少し気になる。
だが、それは今は聞かずともいいことだろうと、敢えて聞かない。
「じゃ、戻りましょう」
「あ……うん、今行く」
バルディッシュにジュエルシードを格納し終えたフェイト。
だが、帰ろうとしたところで、フェイトは足を止め、腹部を手で押さえていた。
少し違和感を感じたのだ。
「どうしたの? フェイトちゃん」
「どこか怪我でもした?」
「なんでもないよ、大丈夫。
戻ろう」
戻ればリンディに診てもらう事もできるだろうと、それ以上追求もせず取り合えず一度拠点へと戻るなのは達。
万全且つ嘗てない準備とメンバーをもって成された今回の戦いは全て問題なく終えることができた。
これで、残す戦いは1つ―――
それから3日後 深夜
この日、ついに最後の戦いが幕を開ける。
前日から連絡があり、今日この日、この時間に最後の戦いに挑むというのだ。
なのは達もフェイト達も万全に準備を整え、戦いに望む。
フェイトの拠点で作戦会議を開き、その後で皆が向かった先は八束神社。
そこで、作戦会議には参加していなかった人物が待っていた。
「貴方は―――」
境内に立っていたのは仮面の男。
皆が降り立つのを待ち、なのは達の方へと振り向く。
「……」
皆の前で仮面の男は無言のまま、自らの仮面に手で触れる。
そして―――
後書き
12話をおとどけしました〜。
最後のインターミッションです。
間に戦闘もありましたけどね。
今回はこの物語にある謎の説明がメインです。
まあ、まだあえて隠している事もありますが。
全ては全ての戦いが終わった先にありますよ〜
とう訳でサクサクと次を書いてきます〜
管理人の感想
T-SAKA氏に第12話を投稿していただきました。
前半は過去から現在への説明が主でしたが、最後は一転して戦闘。
っていうかリンディさんつえー。
さすがSランクと言うかなんというか、圧倒的な攻撃力と防御力で提督の貫禄充分すぎ
更になのはやフェイト、久遠達の集中攻撃だし……相手かわいそう過ぎ。
これが噂のフルボッコ?とか思いました。
まぁ主要人物が2人足りませんでしたので真のボコボコ足りえませんでしたが。
そして、ついに最後に仮面の男の素顔が!
まぁ次回までお預けですが、気になる方は下記か拍手から是非感想を。
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次の最終話もよろしくどうぞ〜