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生中継のカメラに映っているのは一人の男。
白衣を着て、そして無精ひげだ。疲れているのか目に光が無い。
その男を写しているカメラが少し下がって、向かいに座っているスーツの男を映し出した。
テレビの番組は既に中盤。ようやく本題に入ろうかといったところだった。
「では、聞きます。相沢祐治の行なっていた研究とはどんな物だったのでしょうか?」
「私はエリアOの西議員に拘束される前に研究所のデータを隠しました。それを見ていただければ早いと思います」
「視聴者の皆さんには分かりにくいと思いますが、今そのデータを部外者を交えて解析中です」
男はカメラに目線を移しつつ滔々と説明を続ける。
嬉しそうに見えない真面目な表情、しかし声に多少の喜びの成分が混じっている。
「このデータが改ざんが無いように各局に同じデータを送っています。ガードレベルは5です」
ガードレベルというのは情報の機密を守るための防壁の強さを示す単位である。
1から始まり5で終わる。レベル5は最大の強さである事の証明で、コピーする事すら困難だ。
「いえ、レベル5でした。これは我々が手を加えたわけではありません」
データを見るのにもかなりの苦労を要する不便なレベル。
それをコピーできるのはこの場に石橋彰雄がいるからだろう。
「さて、内容はそれぞれの局が追々放送してくれるでしょう。では、元研究員の南さんに聞きます」
カメラ目線だった男は白衣の男、元相沢祐治の研究所の研究員だった南にマイクを向けた。
再びカメラが南を写す。
「あなたは何故ここにいて、何が起こったのか説明していただきたい」
「まず、エリアOは西議員を中心に最適なCROSS適性を持つ子を兵士へと仕立てる研究を行なっていました」
「西議員の事は後で聞くとして、研究はどうなったのですか?」
「研究はかなりの成果を収めたと聞いています。世の中にYAタイプの恐怖が刻み込まれるほどに」
疲れ果てた笑みを浮かべる南。しかし、言葉を止めるような事をしない。
それでといった表情の男は先をといって話の先を促した。
「研究所が壊滅したのは1人のGEナンバー、つまり兵士が反乱を起こしたからです」
「何故、そう言い切れるのですか?」
「私はデータを持って世界政府に逃げ込み、裁判を受けるはずでした」
「受けるはずでしたっとはどういう意味ですか?」
「研究に嫌気のさした私は仲間の一人と研究所を潰して、裁きを受けるべきだと考えたのです」
「なるほど。では続きを」
「許されることではありませんが、私達にはその手しかなかったのです」
自嘲的な笑みを浮かべる南。
TVの前の人間にはどう映っているかなどを考えずにされているありのままの表情だった。
「しかし、私は途中でエリアOの西議員の一派に捕まり、現在に至ります」
「他に何かあなたの知っていることは有りますか?」
「相沢祐治はその計画を起こすときには既に死んでいたと聞いています」
「それは何処で?」
「エリアMのドール研究所です。副所長が言っていたので間違いは無いはずです」
スーツの男は、再びカメラに目線を移した。
その顔には挑戦的な色合いが生まれている。
「さて、エリアMとエリアOの関係者の方々。ぜひ、連絡を入れていただきたい」
男は首を芝居くさく振りながら、カメラの向こう側にいる視聴者に声を出し続ける。
視聴者の心を動かすように。そして、弾劾されるべき人間をいらだたせるように。
「直通のホットラインを2つ用意しています。もし弁明が有るのならぜひ連絡を番号はこちら」
カメラが男の横に有る2台の電話を映す。
その下のテロップにはご丁寧にも番号が書いてあった。
電話の片方がベルを鳴らし男はそれを取った。
向こう側から、少しかすれた声が聞こえる。
『はじめまして、いきなりの電話、失礼する。私はエリアM軍総司令の堀江だ』
「これはこれは」
司会者は確認をという合図をスタッフに送って、挨拶を返した。
その次の瞬間に堀江のプロフィール、もちろん公式にわかる物だけだが、それが画面に写される。
それらを見て抗議する事も無く堀江は続けた。
『今も生中継を見ておる。私としても、見過ごせない問題を話しておられるのでな』
「興味をお持ちいただいて光栄です。しかし、御用はなんですか?」
『我々軍関係者は今の行政府に関してかなりの不信感を抱いておる』
「それはどうしてですか?」
『これを聞いてもらおう』
電話にカチッと言う音が混じり、録音された音声が流された。
それは、祐一とエリアM行政府の議員が会話しているテープだった。
『これはつい先日に我がエリアのとある廃坑が襲撃された時に録音された物。まず、この疑念に答えていただきたい』
「なるほど。これが本当ならば、エリアMの議員も相沢祐治の研究を認知していたという事になりますね」
『加えて、我々は独自にその廃坑の調査をしたところ、相沢祐治の冷凍された死体を発見した』
「それは本当ですか?」
『残念ながら、本当で、行政府を介さずに世界政府の中央裁判所のDNA鑑定の権威を呼んで確認もしてもらった』
「では、遺体は?」
『世界政府の中央裁判所に移っておる。これらについて、エリアMの行政府は私の疑念に答えてもらいたい』
ここで、一旦言葉が途切れた。通話も途切れて、これまでの経緯が簡単に説明されている。
エリアOからの連絡は無く、そのまま時が過ぎた。
再び、電話が掛かってきた。堀江からだ。
『もし、行政府から何も反応が無いのであれば、我々は独自の行動を起こさざるおえない』
「独自の行動とは?」
『エリアMの人々よ聞いて欲しい。何故我々のエリアがテロの標的にされたかを。その原因は今までは無いと思っていた。
しかし実際には相沢祐治の負の遺産を抱え込まされて、それが原因だったのだ。考えて欲しい。
もし、こんな事が無ければテロの標的にされずに犠牲者もでなかったのかと。そして、行動を起こして欲しい。
行政府が何もしないのであれば、行政府に対してそして、我々に対して何かのアクションを示して欲しい』
これらの放送が世界に、とりわけエリアMとエリアOに与えた衝撃は大きい。
実際に起こされた相沢祐治とエリアOとエリアMの犯罪は暴かれていく。
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神の居ないこの世界で−A5編− |
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