戦闘には勝てる。作戦では負けはない。 俺達の少ない戦力で勝てるのはやはり水瀬さんの采配が凄いのだとわかっている。 そんな事は百も二百も承知。 だが、俺は良い。 狙撃主には危険も苦難もあまり無い。 安全なところから、味方も援護できる。 危険にさらされる事なんて滅多に無い。 だが、美坂、月宮や牧田さん、そして……七瀬さん。 この4人には凄まじい圧力が掛かっているとしか思えない。 美坂は良い。まだ、自分を保っていられるのだから。 月宮もまだ良い。地獄を地獄とも思ってないみたいだから。 牧田さんも良い。まるで自分の実力を高める為に戦えているのだから。 七瀬さんが心配だ。 作戦があるたびに、戦いをするたびにどんどんと壊れてく…… 俺に彼女を支える事は出来ないのか…… 何か出来ることが俺には無いのか…… 自分がこれほど情けない存在だとは思わなかった。 畜生……
 
神の居ないこの世界で−A5編−


→After 5 years の始まる4.5年前のお話・北川潤の苦難な日々

     大小、規模は違うが通算49回目の作戦が終った時。  北川は、溜息を吐きながら自機であるアルテミスから降りた。  香里は降りてすぐに栞の元に行ったのでこの場には居ない。  あゆは本来の部署に戻ってしまった。  あゆだけは特殊部隊の所属から外れて別の部隊、情報部に移っている。  本来ならドールにも乗りたくないらしいのだが、要請でしぶしぶ乗っているようなものだった。  名雪は、すぐにデータの解析の為に隊長室まで戻っている。  そして、美樹と瑠奈の2人は別の格納庫で機体の集中的な修理に入っていた。  戦力を3倍とする敵戦力を殲滅しきった作戦。  終った時に強敵を倒しきった高揚感のようなものが北川には無い。  それよりも後味の悪いものだった。 「くそ!」  近くにあったゴミ箱を蹴り飛ばす。  作戦は正当なもの。展開も予想通り。  卑怯は無いし、相手の油断を突いた実に見事な戦術。  配置も完璧だった。機体も行動不能になったのは牧田機のみ。  中破が七瀬機。これはまだ動く事は辛うじて可能だった。  だが、追撃戦で追撃される敵のパイロットの声が耳にこびり付いていた。 『来るな化け物ぉ! あぁぁぁぁぁぁ!』  その前に瑠奈の言った泣き言も耳から離れない。  中破した機体を疲れた目で見上げる瑠奈の顔。  感情というものが抜け落ちて、何を考えているのかすらわからないと言った顔が忘れられない。  ただ呆然と見上げるその目の色が忘れられない。 『ついげき……ですか?』  北川が聞いていた、あの声をどうにも出来ずに遠くからサポートするしかなかった。  自分だけが安全な場所で。  そして、自分が声をかけることが出来なかった事実に苛立っている。  見当違いなのかもしれないが、それをやり過ごせるほど北川は器用ではなかった。 「……あぁ、クソ!」  北川が気がついたときは名雪が作戦を練っている隊長室の前だった。  階級こそ今は変らないものの秋子の言で、名雪が隊を取り仕切っている。  初めこそ、その能力に疑問符がついたが今では180度、意見が変っていた。  それほど驚異的な戦績を残しているのだ。誇れはするだろう。通常の業務ならば。  しかし、今は異常事態。ほぼ週に2回のペースで作戦が展開される。  半年に1回あれば既に異常事態なのだが、それがほぼ毎週2回なのだ。  精神も擦り切れてもおかしくは無い。  北川は3回ノックをする。中からどうぞっと聞こえた。 「あれ? 北川君が珍しいね」 「……水瀬さんにちょっと頼みたい事が有る」 「何かな?」  北川のその態度を見て名雪は処理をしていた書類から目を離した。  目を見て話しを聞く。それは普通の事だ。  しかし、北川は目を逸らす。  名雪の目が怖いとかではない、何か嫌な光を持っていて、それが感染しそうだったからだ。  透明の水に絵の具を落として色をつけるみたいに。 「今の配置を変えてくれ。俺と七瀬さんを入れ替えてくれると嬉しい」 「……北川君? 今の状況わかってる?」 「判っている! だが、七瀬さんが持たないだろう!」 「じゃあ、北川君は負けたときにエリアが飲み込む条件を知っててそれをいってるの?」 「あぁ! そうだとも! 知っているさ! だが、それが何だ!」  突きつけられている要求は酷いもの。  それこそ飲み込めば、内面からボロボロにされてしまう劇薬以上の毒物だ。  その内容は本当に人間を相手にしているのか解らないほど。 「……北川君に牧田さんのサポートが出来る?」 「……それは」 「ちょっと頭を冷やして考えてくれないかな?」 「だが……やってみせるさ!」 「今は勝ち続けないと、エリアに住む全員が酷い目にあうんだよ?」  正論。これ以上ないほどの正論だった。  そんな事は北川だってわかっている。ならば、俺達が犠牲になって良いのかとは言わない。  美樹の動きには北川の機体では追いつけない事も判っている。  狙撃でならっという一点では話は変ってくるのだが。 「北川君が心配なのは七瀬さん。だけど、あの子以上に牧田さんをサポートできる子が居る?」 「俺達は機械じゃない……感情ってものがあるんだ!」 「そんなの当たり前だよ。だから、七瀬さんに牧田さんのサポートを頼んでるんじゃない」 「何だと!?」 「牧田さんは確実に無理をする。だから、『優しい』七瀬さんじゃないとサポートができない」  人の性格まで入れて、戦略を立てている。  それは正しい事だと知っている。その成果は絶大だと言う事も。  結果が全てを物語っている。 「知ってて、そう組んでるのか!?」 「適材適所。今はこれが最善なんだよ?」 「最善だからと言って、それがそれ以上が無いわけじゃない!」 「じゃあ、どうすれば良いの? 今から組を入れ替えて実戦で試す?」 「あぁ、やってやる! 前衛でもなんでもな!」 「ま、待ってください!」  2人の会話に入り込んできた人は七瀬瑠奈その人だ。  北川の声が聞こえてその内容に慌てて入り込んできたのだ。 「七瀬さん……」 「七瀬さんも何か用かな?」 「いえ、何も……ちょっと北川さんをお借りします」 「うん、別に構わないよ」  瑠奈は北川の腕を取って、隊長室を後にする。  名雪は何も言わずに2人を見送る。  実際のところ、北川の感情も名雪の練る策の中に入っているのだ。  2人は終始、無言だった。隊長室から遠く離れた休憩所でようやく瑠奈が口を開く。 「さっきのお話は……」 「作戦での配置換えを頼んでたんだ」 「どうしてですか? 私は役に立ててませんか?」  焦りと何か別のものがごちゃ混ぜになったような表情だった。  北川に詰め寄り、ショックだという表情で続ける瑠奈。 「そんな事はないよ……絶対に。誰がどう言おうと俺は君が役に立ってる事を知ってる」 「だったら!」 「七瀬さん……君はドールに乗ってるのが苦痛なんじゃないか?」 「…………」  今度は北川が続けようとして、座ってっと近くのベンチに腰掛けさせた。  瑠奈は俯き、静かに従いそこに座る。  北川は近くの自販機から温かい飲み物2つを持ってその横に腰掛けた。  一つを手渡して、北川もその隣に座る。 「無理をしてないか?」 「自分の事です……無理ならもう既にやってません」 「本当にそうか?」 「…………本当です」  チビチビとその飲み物を飲みながら2人は無言になった。  そこの言葉を信じるしかないっと北川は溜息を吐いた。  それと一緒に感情の一部も零れ落ちる。 「実を言うと、俺だってドールには乗りたくない」 「えっ?」 「でも……」 「でも?」 「いや、やめておこう。こんな事を言ったら……卑怯者だ」  その言葉と表情に瑠奈は黙り込んでしまう。  話を続けられる雰囲気ではなかった。 「俺に出来る事が有ったらなんでも言ってくれ。力になるから」 「ありがとうございます。でも、まだ頑張れますから」 「……そっか」  寂しそうな笑いを浮かべる北川に、表情が僅かに柔らかくなった瑠奈。  そのまま2人は飲み物がなくなるまでゆっくりとその場にいた。  ただ、その場所は居心地の悪いものではない。  瑠奈は飲み物がずっと無くならなければ良いのにっと思っていた。  その飲み物が無くなってしまえば、多分どちらかがここを後にするだろうから。
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     その3日後の作戦。布陣はいつもの通り。  香里と美樹が前衛。あゆと瑠奈がそのバックアップを勤める。  香里とあゆ、美樹と瑠奈がパートナー。  北川と名雪が後衛で、名雪は観測主兼司令塔だ。  きめ細やかなブリーティング後の出撃。  いつもの通りの出発だった。相手戦力の数だけを除けば。  こちらの戦力は実質5機。戦力計算では5.5機だ。  相手は20機のHドールで向かってくる。最悪の相手だった。  結果は辛勝。中破した七瀬、牧田ペアを巧く囮に使っての勝利。  五体満足な機体といえば、北川のアルテミスと名雪の宵だけだ。  それでも、装甲のいたるところが抉れている。  月宮機、小破。香里機、中破。牧田、七瀬機、大破。  その作戦が行われた直後の事。  直接、名雪に世界政府からの接触があった。ただし非公式にである。 『失礼だが、世界政府の諮問機関のラインハルトという』 「何かな? こちらは忙しいので、手短にして欲しいんだけど」 『貴女を世界政府のカウンターテロ部隊の隊長にスカウトしたい』 「へぇ、それは一体どういった部隊なのかな?」 『詳しく説明するには直接会う必要がある』 「判ったよ。じゃあ、場所はそっち時間はこっちで指定ね」  名雪はその男と会談をした事は言うまでも無い。  作戦から4日後。珍しく作戦が行われないと休日になるはずだった。  しかし、警備隊との合同訓練が企画される。  名雪すらその存在を直前に知らされて、抗議を行ったが上官がそれを三言で退けた。  身分というよりも、未だに昇進していないのだからしょうがないだろう。  しょうがなく、みなに説明し訓練に出ている。  七瀬機である、ボイス・レスだけが修理に間に合わずに急遽Nドールでの出撃である。  武器に装填されているのはペイント弾。殺傷できるような武器ではない。  目の前に広がるのはNドールの小隊が7隊。計21機。  どこをどう見ても、実弾の入った武器だった。 『これはどういう事かな?』 『なんて事はない。貴方達にはここで退場してもらうだけです』  特殊部隊の誰もが、状況が理解できていない。  味方が敵になったのか。  だが、このまま動かずに居たら必ず殺される事は間違い無かった。 『やってくれるね……でも、詰めが甘いんじゃないかな!?』  名雪の宵から一斉に妨害電波と煙幕が飛び出た。  それと同時に、有線ケーブルを味方各機に取り付ける。 『香里を先鋒、バックアップにあゆちゃんで、後方を突破するよ』 『了解!』 『判ったよ!』 『中距離に美樹さん。殿を北川君。私と……』  がごぉんっと言う音がして、Nドールで前のほうに居た七瀬機が沈黙する。  煙幕の中、出鱈目に撃ったライフル弾に被弾したみたいだった。 『……撤退開始!』 「これが……命を賭けてエリアのために働いたものに対する仕打ちか?」 『くっ! 行くわよ! 続いて!』  香里のアテナが先陣を切って名雪の指示通りに血路を開いていく。  機体が、近接戦闘用に調整されている為にまだ有る程度の攻撃力が残っているのだ。  それに流れるように一糸乱れぬ動きで突き進む。  北川の乗る、アルテミスを残して。  バツンッと宵から放たれた有線ケーブルがちぎれた。 「俺は……何の為に? 彼女は心を磨り減らして今日まで耐えてきたんだぞ?」  瑠奈の機体にアルテミスを横づけにして、すぐに機体を飛び降りる。  コクピットを開いて気絶している瑠奈を引っ張り出して背負う。  そしてアルテミスのコクピットに戻った。  何箇所かに被弾しているのがわかる。  しかし、それでもまだ、作戦に比べればたいしたことなかった。 「きたがわ……さん?」 「大丈夫、俺が絶対に護るから……だから安心して寝ててくれ」 「北川さんなら……」 「あぁ、任せておいてくれ。絶対に生き残ってみせる」  意識をうっすらと取り戻した瑠奈が一言二言声を出す。  北川が近くに居て安心したのか、すぐに意識は闇の中へと落ちた。  まだ煙幕が効いている。しかし、武器はペイントの入ったライフルのみ。 「巫山戯るな……何故こんな仕打ちを受けなければいけないんだ?」  頭に放り込んだ地図を引っ張り出し、狙撃に向く地点を陣取る。  視界が無くとも、作戦のたびに行っていた作業だ。  出来ないはずが無い。その途中に何度かまぐれ当たりの弾丸が装甲を削る。 「落ち着け……まだ、何とかなる。前回よりも状況は悪くない」  煙幕が遠くから切れ始める。  全体の数は何機か減っていた。名雪達を追いかけているのだろう。  どうやらまだ妨害電波が働いているらしく、部隊は混乱しているように見える。 「お前達にはわかるまい……俺の俺達の気持ちが……」  攻撃力は確かに皆無に等しい。  でもアルテミスの手の中にはライフルが有る。 「どれだけ辛く、どれだけ大変なんて判るまい」  煙幕が切れて確認できるとことから狙いを定めた。  狙いは頭部、外の様子を確かめるカメラ。  パゃヒュっと音がした後に弾丸が銃口から飛び出る。 『な、なんだ!』 「この位、朝飯前じゃないと仲間を、死なせたくない人を、七瀬さんを死なせちまうんだよ……」  飛び出た弾丸は相手の頭部に当たりはじける。  中に入っている、とても落ちにくく、栞にとても不評なペイントが相手の頭部を覆った。  狙撃をされた相手は何が起こったのかわかっていない。  実際作戦で一番死にそうな目にあっているのは美樹かといえば違う。  一番死にそうな目にあっているのは瑠奈だ。  美樹のバックアップでどうしようもない一撃を瑠奈が代わりに受ける事が多々ある。  それが、一番の原因なのだがそれがあるからこの部隊は機能しているようなものだ。  美樹と瑠奈のペアは初めに狩れるだけ敵を狩る。  ダメージが蓄積してくると、囮として、走り回るのだ。  既にぼろぼろになった機体を動かして。 「落ち着け、相手は素人に毛が生えた程度だ……」  今までに相手にしたて居たのは、近隣エリアの精鋭ばかり。  初めは北川たちと実力は殆ど同じ。相手の方が強い事だって有った。  しかし、実戦を、いつもギリギリな作戦を繰り広げて生き残れば確実に実力はついてくる。 「1、2、3、4、5、6、7! くそ! こっちの位置を割ったか!」  銃撃その標的が出鱈目だったが、北川の居る辺りに集中してくる。  銃弾が近くで跳ね、装甲を抉っていくものもあった。  機体を派手に走らせる事はしない。静かに、痕跡を残さないように走る。  これも北川が生き残るために必要なものだった。  狙撃は死なせたくない人間のために必要だったもの。  この技術は自分が生き残るために必要だったものだ。  狙撃主は位置が割れれば確実に狙われる。一番厄介な存在だからだ。 「8、9、10!」  普段なら走りながらの狙撃などできるはずが無い。  相手は自分と同じ、それ以上の速度で行動するのだ。  十分に狙撃できうる環境でようやく弾丸が当たるようになる。  今回は相手がNドールであり、動きが単調すぎる為に狙う事が簡単である。 『北川君! 生きてる!?』 「美坂!?」 『生きてるのね? バックアップよろしく』 「おいおい、どうしたんだ?」 『軽く機体を動かしたいのよ。ちょっと改造した部分が気になってね』  香里のアテナが北川のアルテミスの横を走りぬける。  その動きは鋭い。アルテミスでは絶対に追いつけないだろう。  ギョシャァ! っと言う派手な音が鳴る。 『何? 北川君、目を潰してたの?』 「それしか方法が無くてな」 『武器を取りに帰らなくても良かったかも』  アテナが踊る。破壊をもたらす踊りを。  腕を一振り、一機の腕が弾けとんだ。  二振り目、どれかの機体が機能停止に追い込まれた。  三振り目、どこかの誰かが機体を廃棄して逃げた。  その踊りは敵が、立っている相手が居なくなるまで続けられる。  美しく、強靭な踊り。実際にはこんなに美しくは写らないだろう。  もっと余裕が無いのだ。通常の作戦なら。  しかし、相手は視界のつぶれたNドールの烏合の衆といっても良いほどの部隊。  確かに危ない武器を持っているが、出鱈目にばら撒かれるそれは香里には脅威になりえない。  あっけないほど簡単に決着がついてしまった。 『やれやれね……北川君、七瀬さんは生きてる?』 「あぁ、大丈夫だ」 『そう、良かったわ。バックアップの必要はあまり無かったわね』 「そうか?」 『えぇ、だって殆どの機体の視界を潰しておいてくれたじゃない』 「この後どうなるんだ?」 『さぁ? 知らないわ』 「おいおい……」 『まぁ、何とかするでしょ? いつもみたいに』  そんな事を言いながら部隊の格納庫に向けて走らせ始めた。  後にする土地にはもう動く機体は存在しない。  アテナとアルテミスを除いて。
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     格納庫に戻ってきた時には既に動きが活発になっていた。  無論、北川達に対しである。 「はぁ、全くどうなっているのかしら?」 「同感だ」 「うぐぅ……ここでも?」 「ここでも?」 「僕の所属している情報部でも僕に対して風当たりが厳しくなってるんだ」  ここまで来ると清々しいものがある。  何故が判らないが、心当たりが有るとしたら部隊の異常性かもしれない。  そのくらいしか心当たりがなかった。  結局、瑠奈も無事。北川の横で目を覚ます。 「気がついたか?」 「あ……北川さん」 「大丈夫か?」 「すいません……」 「謝る事無いよ。だって、俺だって美坂に助けられたんだ」  周りにはドールで取り囲まれ、一言あれば建物に突入するであろう雰囲気が出来ている。  用意周到というよりも危険物を扱いかねていると言った感じだ。  栞たちメカニックも不安げにそれらを見ている。 「全く、私達相手に大げさな事……」 「お姉ちゃん、これは何事ですか?」 「知らないわよ」 「もう、嫌になっちゃうよね。しょうがないよ」  呟いた名雪は電話で直接、世界政府のあの男を呼び出した。  格納庫の外には、軍の警備隊が取り囲んでいる。  流石にこれを突破する事も出来るだろうが、その先が続きはしない。 『お久しぶりです、名雪さん』 「用件を言うよ、引き受けるから回りの連中をどうにかして欲しいんだけど」 『あぁ、大変な事になっているみたいですね。すぐに何とかします』 「全く、手引きをしておいてよく言うよ」 『では、契約は成立という事で?』 「私に関してはね。条件はしっかりと飲んでくれなきゃ、貴方から磨り潰すよ」 『えぇ、わかっています。大丈夫ですよ。では忙しくなります、また後で』  名雪は電話機を置いて、溜息を吐いた。  そして顔を上げる。その目には、色々な感情が渦巻いていると思われる。  それが他人に判る様な物ではないのは確かだった。 「みんなをここに集めてくれるかな?」 「どういう事かしら?」 「栞ちゃん、メカニックの人をここに全員集めて、事情を説明するから」 「え? 全員ですか?」  香里に後で話すからっと名雪は合図を送る。  しぶしぶ従う香里に、栞はすぐに走った。  メカニックたちや、全てのスタッフを格納庫に集める。  格納庫の一角の人口密度が急激に上昇した。 「今、私達が疑いを受けているのは、内通罪じゃないかな?」  名雪が全員が集まったと判って口を開いた。  しんっと誰もが音を出さなくなる。  誰の顔も信じられないっと行った表情だ。 「これだけの数のしかも不利な作戦を行って、負けが無いのは内通しているからだって思ったんじゃないかな?」 「それは、警備隊の連中が?」  北川が口を挟む。  皆が疑問に思ってる事だった。 「ほら、お母さんの時からかなり嫌われてるしね、私達」 「そうだが……、連中俺達が抜けたらこの後どうするつもりなんだ?」 「しらないよ。もしかすると、堀江総司令に何か妙案があるのかもね」  皆が一斉に不安になる。  その皆というのは正確にはメカニックやその他スタッフに当たる人たちだ。  表情を崩していなかった香里が口を開いた。 「これからどうするの?」 「私は、世界政府に新設される部隊に就任するつもり」 「……ちょっと待ちなさい。その説明をしてくれるかしら、どういう経緯で、どうして名雪の所に話が来たのかも」 「その前に、その部隊で皆の腕を買い上げたいって言われてるの。でも1日考える時間が有るから」  名雪はそう断わってから、部隊について説明を始めた。  世界政府に、そして各エリアを標的としたテロに対応する為、それをなくす為に創設される隊。  中でもっとも凶悪なドールテロを未然に防ぐ為に、テロリストを先制的に攻撃できる攻勢の部隊。  その部隊について、説明を始めた。  この戦争で自分とその部隊の実力と信頼を買われてそれを買い上げたいとも。 「以上が説明だよ。何か疑問はある?」 「全く……説明がいつも急なのよ……」 「ですよね。いつも苦労させられます」 「一日後、それぞれの意見を聞くよ。だから、みんな良く考えてね」 「残った場合のペナルティは?」 「無いはずだよ。悪いのは私だけって言って良いからね。そうすれば少なくとも暮らしてはいけるはずだよ」  気がつけば、周りを取り囲んでいた警備隊が居なくなっている。  皆が、複雑な表情で恐る恐る格納庫を出て行った。  北川には久しぶりの家。久しぶりの帰宅。  自分の家のベットに横になれそうだっと北川は思う。  実に帰ってくるのは半年ぶりだった。作戦の連続で帰って来る暇も無かったのだ。  玄関を開けると凄まじい量の手紙などの束に驚いた。 「前回はこんなに無かったはずだが……」  辟易した感じでその山を見る北川。  このままではしょうがないっと束を整理し始めた。  その中に、絶対に見覚えの無い類の手紙が混じっている。  それを見て、北川は首をかしげた。 「……招待状? 俺はそんなのと無関係なんだけどな」  それ以外は殆どが意味の無いダイレクトメールや広告だった。  はぁっと溜息を吐いて、それの中身を見る。  有夏からの招待だった。それも、エリアMでの港で。  中には2枚の招待状がある。 「北川さん、居ますか?」  それをぼけっと見ていた北川。  慌てて、扉を開いた。 「どうした?」 「聞きたい事があるんです」 「あぁ、言ってくれて良いが?」  瑠奈のその顔はとても言い難いといったもの。  北川は、汚いところだけどどうぞっと家の中に案内した。 「あの……あの時に言っていた私を死なせたくないってどういう意味ですか?」  ようやく、口を開いた瑠奈。  北川は苦笑して、頭を掻いた。 「聞こえて……いたのか?」 「……はい」 「そうだな、そのままの意味だよ」 「え?」 「誰だって、好きな人間には死んで欲しくないし、笑っていて欲しいと思うだろ?」 「え? え?」 「俺がドールに乗っている理由もそれと同じなんだ。死んで欲しくない人を死なせない為に」  北川はそこで話をきった。  そして、深呼吸をする。 「俺は君の事が好きだから……例えどんな風に思われていても、生きて欲しかった」 「あ……」 「もし迷惑だと思うのなら、出て行ってくれ。明日からはあまり話しかけないようにする」 「……迷惑なわけ無いです」  瑠奈の目からポロリと涙が、零れ落ちた。 「私、北川さんとだけは対等に居たかったんです。だからにドールに乗ってました。どんなに辛くても」 「……そうか」 「弱くなっても良いですか? 泣き言を言っても良いですか?」 「ちょっと待ってくれ。その前に嫌われるかもしれないが、君の気持ちを聞きたい」 「私も北川さんの事が好きです」 「ありがとう。俺で良いならどんな事でも言ってくれ」  2人は笑いあう。  瑠奈は泣き笑い。北川は微笑んでいた。 「さって、これからどうするかな?」 「北川さんはどうするつもりだったのですか?」 「七瀬さんが行くなら俺も行くつもりだったが、その必要もなさそうだ」 「でも……」 「乗りたくないものに乗っていても幸せは来ないさ。それにちょうど良い区切りだろう?」 「何かあてでもあるんですか?」 「まぁ、これに出席してから考えようか。有夏さんなら何か手助けしてくれるかもしれない」  北川が出したのは、先ほどの招待状だ。  その一枚を瑠奈に渡す。 「え?」 「俺と一緒に来て欲しい」 「はい!」  北川と瑠奈はこの日から恋人同士として生活を始める。
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     その翌日。  同じ格納庫に昨日と同じ人数が集まっていた。  名雪の後には、世界政府の関係者だとわかる様な人間が数人立っている。 「みんな、よく来てくれたね。メカニックの人とスタッフ、それとパイロットでそれぞれ説明を受けてね」 「名雪さん、私はどうすれば良いですか?」 「栞ちゃんは香里と同じで良いよ」  その関係者がそれぞれの部署を集めて説明していく。  パイロットとあゆは名雪の前に集まった。 「じゃあ、私について来てくれるかな、それぞれに聞いていくよ?」 「待ちなさい。この後どうなるか、説明してからにして頂戴」 「それは、エリアに関してかな?」 「主にそうね」 「世界政府がこれ以上作戦をかけない様に回りのエリアに圧力を掛けてくれるって言う話だよ」  腐っても、出身エリアだしね。っと名雪は続ける。  香里はとりあえず納得したみたいだ。 「もし仕掛けられるようなら、私の結んでいる契約に違反するしね」 「そう。なら私は名雪についていくわ」 「ONEとAirからオファー受けてますが、お姉ちゃんが行くって言うんでしたら私も行きます」 「良いのかな?」 「私は、もっと強くならなきゃいけないから。相沢君に認めさせるためにもね」 「会社って堅苦しそうですし。それにこっちのほうが自由が利きそうです」  苦笑する美坂姉妹。  2人が名雪についてくるとは思わなかったのか名雪は驚いていた。 「ありがとう、美樹さんにあゆちゃんは?」 「私は拒否する理由が無いわ。むしろ選んでくれてありがとうって言いたい」 「僕は、ドールに乗らなくて良いのならついていくよ」 「良いんだね?」 「良いです」 「ここに居ても肩身は狭いしね」  苦笑するあゆに、目に暗い光を輝かせる美樹。  美樹にしてみれば、願い叶った事になる。 「北川君に七瀬さんは?」 「俺は、ついていかない」 「北川さんに同じく」 「どうして?」 「俺は、水瀬さんは嫌いじゃないが、あんたの指揮は嫌いだ。嫌いなものに従えるほど良い人間じゃない」 「私は、名雪さんが信用できないです。だから、付いていきません」 「わかったよ。じゃあ、北川君と七瀬さんはここで解散だね」 「あぁ、じゃあな。みんな」 「お先に失礼します」  北川と瑠奈はそういって、出て行く。  誰も2人を責めるような事も言わないし、さようならと声を掛けたりするだけだった。  さて、これからの彼ら、彼女らの話はまた別のお話。 To the next stage

    あとがき 今回はちょっと長めでした。書いていったら伸びていく事伸びていく事。 しかし……こっちのチームでの恋愛を描くのは難しいです。 結局こんな形に落ち着きました。どうなんでしょうね? こんな恋愛。 これで、名雪さん側の話がどんどん殺伐としていきます。 ではここまで読んでいただいて、ありがとうございます。ゆーろでした。 追伸、web拍手の中身入れ替えました。


    管理人の感想


     ゆーろさんからのSSです。  今回もメインは恋愛話ですけど、前回に比べると暗いなぁ。  名雪が淡々と壊れてる感じですね。
     北川君と瑠奈さん。  誤解から始まった恋だけど、恋人同士になっちゃえば関係ないですね。  大事なのは過程と結果だし。  戦争に関わらないようにするのは無理でしょうけど、幸せになってもらいたいものです。  そのまま進めば、祐一君との再会は結構早いかも?
     逆に美坂姉妹はやばいかもしれませんね。  栞なんか、はそのまま企業のオファー受けてれば大丈夫だっただろうに。  まぁ祐一とあそこらの繋がりなんて普通知らないでしょうから、仕方ないのかな。  部隊性質上もっと暗くなるでしょうから。  新たに集まるだろう面子も、部隊が部隊だからやばい人間多そうだし。

     次はいよいよ主人公の話に戻るのでしょうか?


     感想は次の作品への原動力なので、送っていただけると作者の方も喜ばれると思いますよー。

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