神の居ないこの世界で−A5編−


→After 5 years の始まる3年前のお話・診療所を開く日

     天気がかなり良い。  しかし、それに反比例するかのように聖の心の中は曇っていた。 (こんな日が来るとは思ってなかった。診療所がのっとられるとは……)  のっとられると言うのは正確ではない。  しかしそういうのが一番、聖にとってはしっくりと来るかもしれない。 (思い入れも沢山あるが、今は嬉しさのほうが上かもしれない)  霧島聖はゆっくりと散歩をしていた。  つい最近、彼女の妹である佳乃が医師免許を取得したのだ。 (佳乃がまさかあそこまで意地になるとは思わなかった)  それについては彼女の中に喜びのほうが大きいものの、戸惑いも隠しきれない。  ただ、返ってきて、医師免許証を見せて話した一言が、 「お姉ちゃんは引退です」  だったのだから。  彼女が困惑するのも無理が無いと思われる。 (しかし、佳乃にあの診療所を譲るのは良いが……)  この話には続きがある。  譲る譲らないは良いとして(本当は良くないのだが)その後が問題なのだ。  佳乃の慕う相手が国崎往人ということ。ちなみに、略奪愛になる可能性がある。  いや、なる。と言うか略奪愛にしかならない。  観鈴と往人はかなりの恋仲であるのは間違いない。  奪われるほうの観鈴にしてみれば堪ったものではないのだろうが。  次にこのような会話が展開されていた。 「佳乃。一言、言っておく、略奪愛は流行らないぞ」 「もう、何言ってるんですか? 流行の最先端ですよ? もっとも、100歩ほど先を歩いてますけど」 「……そのくらい先取りすれば、最先端にもなるな」  もっとも、佳乃には幸せになって欲しいが姉としての分別はついているつもりだった。  まぁ、本人がやるといったら止らないであろうとも思っている。  いや、止めるほうが無理だろう。 (この歳で隠居も嫌過ぎる。本当にどうしたものか)  ほぼ、職場は奪われてしまったのだ。  新しい職場を探すか、それとも悠々自適に暮らすかのどちらかである。 (ふむ……新しい職場を探すか。免許は腐らないが、腕は鈍る)  はぁっと大きく息を吐いて空を見上げる。  苛立ってしまうくらい晴れた青空だった。  ガシガシと頭をかく聖。 (だが、だ! だがしかし、そう簡単にうまく行くものか……)  もう一度吐きそうになった溜息を噛み潰す。  纏らない思考を繰り返しながら、ゆっくりと散歩をしていた。 (誰かの下に付くのは真っ平だが……かといってもう一つ診療所を作る金はない。ん?)  家のポストを覗き込んで、あれっと首をかしげた。  聖宛の手紙の殆どが診療所に届くのだが、その中で一通だけ家に届いている。  重さからして普通の手紙だし、普通の封筒。  中には何か入っているみたいだが、重くはないし金属のような硬さは感じない。 「何だこれは?」  そんな事を呟きながら、中を見る聖。  中には一枚のカードキーらしき物と数枚の便箋が入っていた。  便箋を流し読みする聖。  読み終えて、初めから一字一句を再び読み返し始めた。 「ははは……世の中巧く出来ているものだな」  その内容は平定者の医師としてオファーを受けて欲しいと言うものだった。  もちろん差出人は祐一である。 「全く……条件は破格、タイミングは絶妙、笑ってしまうね」  腹をよじって笑いたいところを必死に我慢して聖は元来た道を帰る。  診療所の佳乃に報告する為だ。  聖の心は決まっていた。 (それに平定者の由来は私が言った出任せだしな)  条件も良いし、隠居して暮らすよりも全然良いだろうと聖の足は軽い。  先ほどまで感じていた雰囲気が全く違っているのだ。  ちなみに、佳乃に報告して祝福されたのは言うまでも無い。  佳乃は佳乃でライバルが一人減って嬉しいようだった。
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     聖が交通機関を使うときはそのカードを掲示して欲しい。  便箋にはそう書いてあった。 「しかし、このカードにどれだけの意味があるのか?」  約束の日にここに来て欲しいと言われて、聖は出発している。  その日のうちに到着すれば、船に乗れると書いてあった。  もし、予定が駄目であるなら連絡を取って欲しいとも書いてある。  さて、疑問だったそのカード。  それの答えは駅で隣のエリア付近にある港までに行く時に返ってきた。 「こちらへどうぞ……」  通されたのは、一級の部屋だった。まさに部屋だ。  列車に部屋が付いているが普通だ。なぜなら港までは一昼夜かかるのだから。  普通のものだったら部屋などではなく、眠るベットだけがある。  そんな感じなのだが、この部屋は違う。 「もしかすると、私の診療所よりも広いのじゃないか?」 「お客様……荷物はこちらでよろしいですか?」 「すまないな」 「いえ、お仕事ですので。では何かありましたら内線で連絡をください」 「では、これはチップ……」 「受け取れません、既に依頼主の人からいただいておりますので」 「そ、そうか……」  そういって出て行くボーイ。  聖はベットに腰掛けて溜息を吐いた。  ベットはふかふかで柔らかい。  振動は全くと言って良いほど感じなかった。 「まさか、ここまでVIP待遇だったとは……」  一晩空けて、無事に港まで着き祐一と合流できたのは言うまでも無い。  港での再会。祐一の顔には少しばかり疲れの色が見えて聖は眉をしかめる。 「疲れているな、相沢君」 「すいません。聖さん。昨日、一昨日とちょっとごたごたが有りまして」 「ふむ……医務室はどっちかな?」 「その事でちょっと……」  祐一が説明をしようとしたときに隣から美汐が出てきた。  そして、すぐに言葉を発する。 「相沢さん、私が引き継ぎますから、ゆっくり休んでください」 「そうだな……医師である私もそう言おう。ゆっくり休むんだ」 「解りました……」  祐一がふらふら歩いて船室のほうへと消えていく。  美汐は聖を医務室まで案内しながら、自己紹介とどんな仕事をして欲しいかを説明していた。  一度顔合わせをしているので、流石に自己紹介は軽くで済んでいる。  そして、仕事内容についても有る程度の説明で聖は納得してくれた。 「さて……初仕事と行きますか」 「お願いします」    頭を下げる天野に聖は苦笑しつつ、医務室の扉をあけた。  そこには、祐一を疲れさせている原因であった双子の女の子が居る。  軍のドール研究機関の研究成果らしい。  平定者が警告を出してそれから無視されたので、再度警告をしてから研究機関共々潰した。  そして、この子達を保護してきたと聞いたのだ。  機関ではドールのパイロットとして育成されていた。 「はじめまして、医者の霧島聖だ」 「「……」」  4つの目が聖を捉えるがすぐにそれがなくなった。  生きようとする意志が見えない。  診察をすると、確かに色々と薬物を投与された痕がある。  どれもがまだ、強いものでは無くて弱いものだったので聖は何とかなるっと安堵の溜息を吐いた。 (しかし、気になるのはここまでの無気力な事だな……)  詳しく検査するには体力がなさ過ぎる。  食事を勧めるが、首を振るだけで何も言わない。  衰弱しているわけではないが一歩手前なのは間違いない。 「また、後で診察しに来るよ」  聖が診察を終えて外に出てくる。  美汐は思案顔で、聖に話しかけた。 「あの……結果はどうなんですか?」 「表面上、身体の問題は短い期間で解消できる。問題は、心だな」 「心?」  美汐とて様子を見ていたので何となく解る。  意志が感じられずに抜け殻のようになっていると。 「あぁ、あの双子には生きようという意志が全く感じられない」 「そんな……」 「放っておけば、いずれ衰弱死するだろう」 「何か方法はないですか?」 「食事すら拒絶している。私とは目を合わそうともしない。お手上げだよ」  見たところ2日は食事もとってないだろうと淡々と言う聖に、美汐は絶句する。  美汐は何か、手が無いかと考えていた。 「相沢さんには出来ない事でも、私には出来る事が有りますね」  良かったっと息を吐いてから、美汐は聖に面向かった。  聖にはその言葉は聞こえなかったみたいで、怪訝そうな顔をしている。 「その子達に面会は出来ますか?」 「うん? まぁ、出来るが……まともに会話もしてくれない」 「それでも良いんです。会えますか?」 「それで良いのなら許可するが、あまり過剰な期待をしないでくれ」 「解っています。それと許可を出していただいてありがとうございます」 「私は……そうだな、相沢君が起きていればこの事を伝えてくるよ」  そのまま、医務室を後にする聖。  美汐は入れ替わるように医務室に入っていった。  入って目に入った双子には生気というものが感じられない。  目はまるでガラス玉のようになっていて、何もかもが抜け落ちていた。  遠めに見ていただけだったが、あまり良い色じゃないのは確かだ。 「酷い事を言いますが、一通り絶望してください」  美汐はそう保護をするべき双子に言い切った。  しかし、それでも反応するような事はない。  既に絶望しているからだ。 「貴女達の実力にでも、今までの生活にでも、これからの生活でも、自分の無力さでも何でも良いです」  美汐は反応が無いと解りきっていたので、そのまま続けた。  声が彼女達の耳に届けば良いっと。 「一通り絶望してください」  静かに溜息を吐いて、一旦区切りをつける。  冷たい感じだった声から急に温かい感じで美汐は話しかけた。  友達感覚でっと言ったほうが良いかもしれない。 「それとも同情して欲しいですか?」  ピクリと双子に反応がある。  美汐はそれを見逃さずに、相手を挑発しにかかった。 「貴女達を知らない人間いえ、貴方達の仇の人間に、自分達を同情してもらいたいですか?」  むくりと双子が、同じタイミングで起き上がる。  視線が、美汐に突き刺さった。 「どちらが良いか知りませんが、同情して欲しければ言ってください。いくらでもしてあげます」  その4つの目にはまだ色が付いていないが色が付くのは時間の問題。  興味とは違う、色合いで美汐を見ている。 「哀れんであげますよ。可哀想って。同情してあげますよ。悲しいねって」  その声が発せられた直後。  双子の目の色が急激に変った。 「そんな事をされて嬉しいのでしたら、いくらでもしてあげますよ」  決定的に。急激に。激しく。憎悪の色が灯っている。  美汐はそれを見て満足した。  これなら簡単に死は選ばないっと。 「さて、何も言う事が無いのでしたら私は行きます」 「「絶対に! ……ぁ」」  双子が同時に大声を上げた。  しかし、2日間何も食べていないのだ。  急に大声を上げようとして双子が同時に貧血になったのは言うまでも無い。 「では、失礼します。自分も省みないで、吼えるとは……面白い人達ですね」  フフフっと言う笑い声を残して美汐はその部屋から出て行く。  そして、すぐに聖を探した。 「先生。彼女達に会いに行って貰えませんか?」 「うん? 進展があったのかね?」 「はい。当分の間は大丈夫でしょう」  自信が有る美汐に聖は怪訝な顔をする。  聖も見たこともあるタイプの閉じこもり方の子供達。  心を開く事はかなり難しいと知っていた。 「……一体、何をした」 「私を恨んでもらったんです。相沢さんを恨みの対象にするには彼女達が無理だと諦めています」 「そうなのか?」  双子の祐一が現れたときにする表情は恐怖が一番しっくりくる。  しょうがないだろう。祐一が無理やりドールから引き摺り下ろしたのだから。  そのドールを操縦していた人間として認識されればああなってもおかしくはないだろう。  美汐は事実を聖に説明した。  そして、なんとも言えない表情になる聖。 「ですが、私なら対象になりえます」 「しかし、君はもしかすると命の危険にさらされるんだぞ?」 「嫌われるのは慣れてます。それに、彼女達に生きてて欲しいのは私も同じですから」 「そうか……では医務室に行ってくる」 「お願いします。何か食べ物を持っていくと良いかもしれません」 「あぁ、解っているよ」  美汐のお節介に聖は苦笑しながら医務室に向かう。  さて、これから忙しくなるぞっと腕まくりをしていた。  食堂に寄って何か食べ物をトレイに選んで乗せていく。   「ふむ、ちょうど私の食べる分をぉ?」 「あら? お久しぶりです」 「あぁ、秋子さんでしたか。お久しぶりです」  ちょうど出会った秋子と聖は雑談を交わそうとする。  しかし、聖は苦笑しながら先を示した。 「あらあら、あの双子ちゃんですか?」 「はい、天野君が気力を灯してくれまして」 「そうですか、でしたら胃に優しいものを用意しますね」  そう言って、秋子は食堂の厨房に入っていく。  お盆にはお粥などを中心に胃に優しいものを中心に用意する。 「すいません。ところで相沢君は?」 「昨日、一昨日とドールに乗りっぱなしで、今は泥のように眠ってますよ」 「やっぱり無茶してましたか」  そう切り返す聖に、秋子は苦笑を返す。  やはり医者には判るんですねっと言う表情だ。  そんな事をしながら、医務室の扉を開いた。 「やれやれ……君達は病人なんだぞ?」  双子がふらふらと立ち上がって外に出ようとしていたのだ。  聖とその隣に居る秋子を見て、距離をとろうとして失敗する。  既にふらふら。しかも、食べ物らしきものをとっていないせいもある。 「さて。秋子さん、私達はここで食事にしようか?」 「えぇ、そうですね」  頬に手を当てて微笑む秋子は聖の提案を受け入れて自分の分の食事に手を付けた。  もちろん、聖も同じである。 「「……ゥ」」  ごくりと、2つの小さなのどから音がする。  つばを飲み込む音だった。 「食べるかね?」  聖は手にしていたおかゆを差出す。  すると、4つの手がお椀に伸びた。  ものすごい勢いで中身がなくなっていく。 「やれやれ、私達は毒見らしいな」  苦笑する聖と秋子はしょうがなく、持ってきた食べ物に一口ずつ手を出す。  かなりの量あったそれらが全て無くなってしまった。 「元気ですね」 「あぁ、良いことではある。さて……少ししたら精密検査をさせてもらうが良いかね?」 「「嫌」」 「そうか、もし体に不都合があって天野君に負けても知らないぞ?」 「「ウ……」」 「ついでに名前を教えてもらえると嬉しい」 「アリア」「サラサ」  そう言った後に双子は顔を見合わせて、何か考え込む。  そしてしょうがなくといった感じに頷くのだった。  3日くらいで元気に動き回れるようになる。  聖にしてみれば、美汐が巧く立ち回ってくれるのを祈るばかりだった。
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     船の食堂。そこにはあまり人は居ない。  もとより船を操縦する最低限しか人員を配備していないせいもある。  双子はそこで、食事をするようになる。それも今日から。 「「あ、あの」」  秋子はその対応を微笑ましく見ている。  そして、その後の美汐を見て更に苦笑した。 「秋子さん、日替わり定食をください」 「「!」」  ばっと、ものすごい勢いで振り返る双子。  その目には凄まじい色が浮かんでいる。  秋子は悲しそうにそれを見ていた。 「何ですか? 用でも?」  睨むだけで何も言わない双子に美汐は苦笑のようなものを浮かべた。  そして、秋子から頼んだ物を受け取って席に座る。  双子は出された食べ物を見て動けなくなった。 「やれやれ……毒でも入っているのかと思っているんですか?」 「「!?」」  ものすごい勢いで睨む双子。  美汐は溜息を吐きながら、2人を見た。 「あはようございます」 「あ、祐一さん」  少し声の質が高くなる秋子。語尾に音符が付いてもおかしくはない。  ビキっと双子の背が延びる。  祐一はちょっとなさけない顔をして秋子に食事を頼む。 「手間がかかる2人ですね。相沢さんを怖がる理由を知っていますが……」 「「ち、違う!」」  しかし、態度は物語っていた。祐一が怖いと。  美汐は溜息を吐きながら、2人を見詰める。  その視線に気が付いて双子は睨み返した。  美汐はやれやれと言いたげな表情をして出て行く。  既に食事をし終えていた。 「「むぅ!」」  双子は出てきた食事に手をつけて、うなっている。  もちろん祐一が視界のどこかにいることを確認してだ。  距離を置いて、確実に逃げれる場所に自分達をおいて。  食事を終えた双子はアイコンタクトをして、食器についているナイフをくすねる。  食器をそのままにして、すぐに出て行く。  狙いはあくまで、美汐だった。 「どこへ行ったの?」 「多分あっち」  それぞれの手に収められている食事用のナイフ。  決して、凶器に向いているとは言えないそれ。  しかし、彼女達には凶器になりえるのだった。                                           奇襲に声をかけるなどという事はしない。   「ん?」  美汐が影で双子の存在に気が付いて、避けに回った。  前髪を掠るように、ナイフが奔る。  舌打ちを双子はして、美汐を追い詰める為に行動を起こす。  双子のコンビネーションは完璧を通り越して薄ら寒いものがある。  祐一を手こずらせたのも完成されきった双子の動きの為だ。  その動きが美汐を捉えようとしつこく繰り返される。 「くっ!」  狭い通路。それのおかげで何とかなっている。  広い場所で襲われていたのなら、そのナイフは突き刺さっていただろう。  狭さの為に単調な動きにならざる負えない。  だから、避けて回る事が出来た。それでも反撃する隙は見えなかった。  ドール戦とは違い、非力な少女2人と言うのがまだ救いと言えば救いなのかもしれない。  しかし、絶え間なく2人の攻撃を避けるには些か厳しいものがある。  食事用のナイフの切れ味なんてあってないようなものだ。  切れれば、それはのこぎりで削ったような傷跡になるだろう。 (くぅ、なんて執拗なんでしょうね!)  互いに息が上がってきている。  美汐は2人の執拗な攻撃に。双子は久しぶりに動かした体のために。 「あっ!」  美汐のちょっとした不注意。  それは、なんて事のないはずの出っ張りだった。  それに踵が引っかかり、体制が崩れてしまう。 「「はぁ!」」  双子の一人がナイフを投げ、もう一人がナイフを付きたてようと逆手に持ち替え振り下ろす。  美汐はぎゅっと目を瞑ってその一撃を受け入れようとした。  きゃランっと言う音とともに投げられたナイフは叩き落された。  そして美汐を襲うだろう衝撃は間に入った祐一によって止められる。 「な、何これ……オイルじゃない……なんで赤いの!?」 「人なら誰でも流れてるものだよ。人を傷つけたのは初めてなのかい?」  突き立てたナイフは祐一の二の腕に浅く刺さっている。  双子の片割れは血を見て、混乱を始めたがもう一人は動きを止めていない。  祐一の腰から、銃を引き抜いて美汐に狙いを定めた。 「このぉ!」  パンパンッと乾いた音が2発。  美汐の体に、真っ赤な華が2つ綺麗に咲いた。  右肩と腹部に命中したそれは、衣服を真っ赤に染め上げる。 「え?」  そして、銃を撃った双子の手から銃が滑り落ちる。  呆然と赤くなった美汐を見下ろしていた。 「天野!」  何事かと聖と秋子が走ってきた。  現場を見て一瞬怯むが、聖が指示を出す。 「天野君は私が医務室に連れて行く。相沢君、君も来るんだ!」 「オイルじゃない……何これ……気持ち悪い」  祐一を刺したほうが先ほど食べたものを吐き出している。  銃を落とした双子はその場にへたり込んでいた。  相手がドールだった為に、人の血が流れる事など知らなかった双子。  ドールであれば、黒いオイルか燃え上がる、もしくは火花を散らす位だろう。  その程度しか、知識の無い2人には人の血は衝撃的に映った。  加えて、人との接触が極力減らされていた双子には人が柔らかい事も衝撃的だったのだろう。  祐一は銃を回収して、聖と手分けして美汐を担ぐ。 「秋子さん、二人を頼みます」 「えぇ、判りました」  美汐はぐったりとしていて、重たい。  聖は鼻に付く匂いに顔をしかめた。  秋子と双子をその場に残して、二人は医務室に走る。  医務室について、聖は溜息を吐いた。 「やれやれ……人騒がせな……天野君。起きたまえ」 「あの子達には気付かれませんでした?」  ムクリと起き上がる美汐。先ほどまでは狸寝入りだった。  それもそのはず、祐一の持っていた銃の中身はペイントだ。  当たれば確かに痛いが、それでもナイフに刺されたほうが遥かに痛い。  聖は祐一の傷の手当てをしながら、首を振る。  祐一は苦笑しながら手当てされていく様を見ていた。そして、美汐の言う事を肯定する一言を言う。 「あぁ、気付いてないみたいだな」 「ともかく、演技続行だ。天野君には包帯を巻いて当分の間、医務室のベットで生活してもらう」 「わかりました。しかし、今回は秋弦ちゃんのおかげですね」 「全くだ。でも秋弦には困ったものだなぁ……」  秋弦というのは祐一の子供である。  最近何にでも手を出すようになっていた。  銃を手の届く場所に置くはずが無いのだが、もしもを考えて中身を全てペイントにしていたのだ。  それも、赤の。悪趣味というしかないが、今回はそれが役に立った。  こんな事もあって、保護された双子は美汐を中心に心を開くようになっていく。  でもそれはまた別のお話。 To the next stage

    あとがき 今回は祐一君側の非日常を後半に。前半は聖さん参戦と言う事で。 医者と言う側面を持つキャラクターがやっぱり欲しいと思ったからですけどね。 前半は聖さん中心に書いてますが……後半は美汐さん中心に…… 一体どこでどう間違ったのやら……後、真琴さんを出してないのは忘れてたわけじゃありません。 ホ、ホントだよ? ではここまで読んでいただきありがとうございます。ゆーろでした。


    管理人の感想


     ゆーろさんからのSSです。
     祐一と名雪の部隊がそれぞれ出来上がってきたみたいですね。  部隊色は対照的な黒と白ですか。  私は黒が大好きな人間なので、平定者には大いに頑張ってもらいたいところ。(ヲイ
     双子は痛いですねぇ。  人間的扱いされてなかったのが特に。  ドールと人間の境が曖昧なのでしょうか。  この世界から言って、まだまだこんな子供たちは多そうですね。

     祐一の娘は登場が唐突過ぎですねぇ。  多分ほとんどの読者は寝耳に水な状態でしょう。  結果だけ見せて過程を全て飛ばすのは良くないと思います。


     感想は次の作品への原動力なので、送っていただけると作者の方も喜ばれると思いますよー。

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