神の居ないこの世界で−A5編−


→After 5 years の始まる2年前のお話・里村茜の憂鬱な日

     茜は社長である由紀子の依頼を受けてエリアAにあるkanonの本社に向かっていた。  途中までは船の旅である。足止めもなく順調な旅だったのは言うまでも無い。  船旅で多少、船酔いになってしまったのは予定外だったが。  順調にkanonの本社にたどり着いた。 「全く……なんで一開発員の私がこんな事を……」  少し青い顔で建物を見上げて、少しばかりの文句を言った後に建物の中に入る。  そして、目的を果たすべく受付へと歩いているその時。  受付の人と楽しそうに、話している人がいる。 (あの人……どこかであった事があるような……)  何かが引っかかる感覚。  いつかどこかであったような気がする。 (そんな気がする。あんな記憶に残る人はそうは居ないと思います)  自分の頭の中を検索するが何もヒットしない。  当たり前である、あれほどの印象に残る人物ならばどこかに引っかかるはずだから。 (気になる。どこでだかあった気がするのは何故でしょう? でも、あったことが無いはずです)  しかも、その人と受付嬢の関係にちょっとした嫉妬のようなものを感じて茜は首を捻った。  何故、他人の付き合いに私が嫉妬のようなものを感じるのかっと。 (でも、何かが引っかかるんです。何でしょうかこの気持ちは?)  男の方(顔がわからないので姿でしか判らないが)はどこかで見覚えがあるのかもしれない。  目の部位に大きく不気味な補正用のゴーグルをかけていた。 (声を聞けば判るかもしれませんが、なんとも言えないです……)  その下の素顔はわからないが、どこかで会った様な気がする。  気がするだけで勘違いといった結果もありえるのだが。 (ふむ……あれは一体誰なんでしょうね?)  ふと男の方が、そのまま歩いていった。  そこにはちょっと残念そうな受付嬢だけが残った。 (最近何だか、憂鬱な事ばっかりだからでしょうか? 疲れているのかもしれませんね……はぁ……)  多少頭を振って嫌な考えを頭の中から放りだす。  気持ちを切り替える為の儀式だった。 「あの……」 「はい、何でしょうか?」 「ドール開発部に用があるのですが」 「申し訳ありませんが、どちら様でしょうか?」 「すいません、こういうものです」 「しばらくお待ちください……担当者の方をお呼びしますので」 「お願いします」  担当者がやってきてとある一室に案内される。打ち合わせはそこそこに終った。  一体何故こんなところに出向かなくてはいけないのか解らないと言った表情の茜。  担当者の人が苦笑しつつ、それの説明を始めた。 「提携では有りませんが、協定みたいなものですから」 「しかし、こういう事はデータのやり取りでよろしいのでは?」 「テロなど不法に使われたものを他社の人間が弄ってよろしいのでしたらそうしますけどね」  一層に苦笑を深める担当者。その表情は同感ですがねっと言った感じ。  確かに、ドールの一点ものにはメーカーが特注で作る場合が多い。  栞のように自分独学で部品を吟味して組み上げるほうが稀なのだ。  その特注ものにはやはり、それぞれの会社の特徴と見せたくない技術が使われる。  それが例え、その所々が改造されていても。  正規の所にしか売りに出さないが、それがどこに流れるかまでは把握できない。  だから、時折一点ものがテロに使われるのだ。  それの鑑定などをその起こったエリアの軍と企業で行う。  ただし、別の企業がそれに参加して欲しくないと言うのはどこも同じ。  その為に協定を結ぶ事務レベルの協議だったのだ。 「はぁ、疲れました」  協議が終ってようやく、伸びをしながらkanon本社を後にする茜。  ようやく開放されたという顔であった。 「さて、帰りは港から船でしたね? 休日をとってましたし。まぁ、のんびりしましょうか」  茜は多少の休日をとっていたので、荷物を船に載せてから観光するつもりだった。  そのつもりだったのだが。  目の前には長森瑞佳と上月澪と折原浩平が立っていた。 「お? 里村、良いところに」 「あ、里村さん。助かったんだよ」 『良いところになの』  明らかに、待ち伏せしていた3人。  そのカップル3人組に会って、内面で溜息を吐いていた茜。  せっかくの休日はどこかに飛んで行きそうな気がしている。 「あの……私はこれからお休みを取っているのですが?」 「まぁまぁ、そう言うなって。こっちも休日をキャンセルしているんだから」 「折原さんにはあまり言われたくないです」 「ごめんなさい、里村さん。人手が足りないの」 『クロノスが久しぶりに活動なの』  吐きたい溜息をぐっと噛み殺して、茜は空を仰ぎ見た。  これは逃げようがないっと。  しょうがなく、帰るはずの船に行かずに3人の乗ってきた船に荷物を載せる。 「それで何をするんですか?」 「えっと、とりあえずドールの防水加工から……」 「ちょっと待ってください? それはもう施して……」 『施してない新型の起動実験もかねてるの』  信じられないといった表情の茜。  何故そんな面倒ごとに巻き込まれないといけないのかと言う表情になっていた。 「はぁ……全く、私の有休、返してください」  小さく口にした言葉は風に解けて消えていく。  文句をはっきりと言いたかったが、諦めて船の格納庫へと歩き始めた。 「すまないな、では頼んだ」 「……どこに行くんですか?」 「まだ仕事が終ってないだ」  走ってどこかへ行く浩平の後姿を見送ってから茜は溜息を吐いた。  もう何度目になるか判らない。 「それにしても、実働に起動実験をして無い新型を投入するとは酔狂なものですね」 「それについては大丈夫なんだよ。今回はクロノス単独じゃないんだもん」 『そうなの、実質の行動は平定者がしてくれるの』 「つまりは、案山子役ですか?」 「う、うん……そういう事になるかな?」 「帰ります」  踵を返して先ほど荷物を載せた部屋に戻ろうとする。  片手を瑞佳に。もう片方を澪に掴まれた。 「わざわざ、加工しなくても晴れの日を選んでください」 「あ、あのね、決行する日は決まってるの!」 『今ここで居なくなっちゃ駄目なの!』  結局格納庫で仕事をする事になる茜。  人が良いのかもしれない。  仕事があらかた終って、ほかの事に目にする余裕が出てきたとき。  茜は何か違和感に気が付いた。 「そういえば、あんな仕切りはありましたか?」  ONEの所有する船は数多くある。  だから、船によって格納庫の大きさが違うのは当たり前だ。  しかし、仕切りがあるのは珍しい。 「そういえば、そうだね?」  瑞佳はそれに不思議そうな顔で返した。  本当に不思議といった表情。  3人がその仕切りを見ていたとき、備え付けの端の扉から、みさおがひょっこり顔を出した。 「あの、祐夏ちゃんと繭ちゃん知りませんか?」 「え? こっちには居ませんけど?」 「すいません……全くあの2人はどこに行ったんだろ?」 『繭ちゃんなら休憩室で見たの』 「本当ですか? ちょっと行ってきます」  扉をしっかり閉めた事を確認してから、みさおは走ってどこかへ行く。  向こう側を覗く事すら出来なかった3人は顔を見合わせた。 「そういえば、七瀬さん達はどこに居るのですか?」 『七瀬さんと住井さんと稲木さんは現地合流なの』  そこで、会話が途切れて作業に戻る。  瑞佳と澪はその向こう側を余り気にしなかったが茜は向こう側が気になった。 (夜にもう一度、来てみましょうか)  深夜。誰もが寝静まった頃を見計らって茜はその向こう側へと忍び込む。  そこは静かで誰も居ない。当たり前である。  深夜であり、何かすれば音がもれると解っているのだから。 「な!? これは……」  大きな声が出てしまってすぐにボリュームを落とす。  見上げたのは4機の漆黒のドール。その全てがONEの製品ではない。  一機は見たことのあるような、情報戦用の機体のようであり、他の2機は見たことが無い。  ただ、その2機は他社の製品のカタログで見たことのあるような形だ。  4機の中で茜が特に目を引かれたのは、包帯を巻かれたような機体であった。 (モビー・ディック・レプリカ? でも、まさか?)  外見は似ても似つかない。しかし、その受ける感じは似ている。  うずうずと調べたくなり、機体の横に設置されているタラップを足音に注意しながら駆け上った。 (一度だけ、社長が乗り出したのを見たことが有りましたが……あれとはまた違ったものみたい)  とりあえずの興味はそれに集約された。  茜とて技術者である。未知の技術に対して興味は持っていた。  時間を忘れてそれを観察する茜。  その装甲がしている色の意味も考えずに没頭していたのが仇となった。  一概に仇とは言えないのかもしれないが。    船が停泊しているのに気が付かなかった。  人の気配がして、咄嗟に隠れる場所を探すが、場所が見つからない。  慌てて目の前にあるドールのコクピットを開いて体を隙間にねじ込みながら閉じる。  隠れる必要も無いかもしれないが、何となく隠れてしまう。  外では何か話している声が聞こえ、そしてコクピットが開いた。 「ロンギヌス起動」 『YES……起動シーケンス開始』  茜はしまったと思いつつも、とりあえず現状を維持しようとそのままの格好で待機する。  見つかったら見つかったでややこしくなりそうな気がしたのだ。
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     その場所は一触即発の雰囲気が立ち込めていた。  両陣営ともにドールを用意して起動させる事はしていないが、もしもがあれば武力行使するであろう。  片方はクロノス。片方はエリアGの軍施設だった。  そこに凛とした声が響く。 「ONEは貴方達と私達の研究員が行った違法を知っています」 『その証拠はどうなのかと聞いている』 「あります。そちらに居るONE社の研究員がアクセスした資料の概要です」 『そんなものが証拠にでもなるとでも?』 「彼らはわが社の規定に違反しています。よって、拘束をする為もあります」 『くだらない』 「法的手段にも訴えており、通知もそちらに行っている筈ですが」 『確かに着ているが、そんなものを受ける意味も義理もない』  浩平達クロノスはみさおの言葉を聴きつついつでも起動できるようになっている。  ドールで待機しているのは、浩平、留美、佐織、護、繭、祐夏。  霧雨のせいで視界が良いとは言えない。しかし霧に比べればまだましだろう。  クロノスのメンバーは正面に敵をひきつける事。  それが役割だと心得ている。  何故なら、エリアと戦争をしに来ているわけではない。  戦闘になれば圧倒的に不利になるのはONEのほうであるからだ。  証拠を偽造できる本拠地に居るエリア側のほうが有利なのだと知っている。  だが、丸腰でいけばその場で来なかった事にされてしまう可能性だってあるのだ。  だから、ある程度の抑止力としてドールを持ってきているわけだった。  大げさであるという事は否めない。 『平定者だ』  そのどちらでもない勢力の音が聞こえてくる。冷たい一言。  クロノスと軍との会話が止った。 『警告は既に3度。咎人は貴方達だ。これより実力行使に移る』 『な、何だと!? レーダーはどうなっている!?』 「ドール全機起動! ただし、漆黒の装甲には手を出さない事! 自らの身の安全を優先!」 『そ、それが……急に基点が4つ出現!』 『えぇい! 奴を起こせ! 既存兵力はすべて平定者を迎撃しろ!』  クロノスを放っておいて、慌しくドールが起動、移動して行く。  動きは流石に軍のものだ。きびきびとして無駄がない。 「あれは……特務部隊」  みさおがそう呟いた。クロノスで実際に起動したのは3機のみ。  祐夏と繭そして、護は基地の内部に紛れ込んでいた。  基地といっても大きいものではない。  どちらかと言えば、小さな孤児院といった感じだ。  だから、制圧するのにも時間がかからなかった。  ONEの社員を拘束する為に。  混乱に乗じて目的はしっかりと果たすことは出来た。  もっとも、相手はそれどころではなかったが。  
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     秋子は、溜息を吐いていた。  調べていた兵力よりも1機、ドールが多いのだ。  それも形振り構わずにまさか目的の人物を投入してくるとは思ってもいなかった。 『狐は三つ編と遠距離支援。影は槍の援護を。槍は目標を。出てきます』 「了解」  向かってくるのは7機のドール。  前衛が2機、後方援護が4機。そして、用途不明が1機。  対してこちらはNが一機にHが3機。おおよその戦力比で見れば2倍だった。  ただし、その用途不明の1機はまだ立ち上がっていない。  突如として、月読が警告を発する。 『警告します。クラッキングを受ける可能性が有ります』 「なんだと?」 『高度な情報戦を行う機体は退ったほうが賢明です』 「三つ編は下がってくれ」 『やはりですか……申し訳ありません。私では対応できないので一旦下がります』  秋子は機体を翻して後退する。  すでに、その症状の一部が見え始めていたのだ。  訳のわからない文字が画面に躍り始めている。  まだ何とか機体を動かす事が出来ているうちに機体を後退させた。  もし、機能を乗っ取られでもすれば酷い目にあうのは目に見えてる。 『以降の指示は槍に従ってください』 『解りました』 『わかったのよぅ!』 「前衛は俺が勤める、狐と影は後方支援を頼む」  ロンギヌスが身を低くして奔る。  既に、敵前衛2機との距離を測っていた。  真琴と美汐は互いに火線が集中しないように十字砲火できる位置取りにもっていく。 『距離100、いけます』 「よし」  ちなみに、この時点で美汐、真琴、祐一の3機は展開している。  そして、銃撃戦が始まっていた。  前衛に当たらないように後衛と後衛の撃ち合いである。 「左腕武器、起動準備」 『はい、ステークセットします』  ロンギヌスは今は普通のパイルバンカーを装備している。  武装ロンギヌスを展開するのは皆から止められたせいもある。  流石に毎回血まみれになり、生死の境目を彷徨う訳にはいかないからだ。  祐一を取り囲むように左右から仕掛ける前衛役の敵機2期。  ロンギヌスに隠れている茜はこの時点で気絶している。  初めの加速に既に耐え切れていなかった。  ただ、入り込んだ場所が場所だったので、しっかりと体が固定されている。  その為に、傷らしい傷は付かないだろう。  ただし、気分は最悪だろうが。 『サンティアラ! そっちに行った!』 『言われなくても解ってるわ』  祐一のロンギヌスは前衛2機の左側にめがけて機体を走らせる。  その目の前で、鋭角的に切り替えした。  ありえないその角度、敵機2機の動きが瞬間的に止る。 『ステーク、射出』  切り返しに反応しようとする右側の一機。  それを嘲笑うかのようにフェイントを交えて左腕についていた杭が深々と大腿部を貫通し、機関部を打ち貫く。 「ステーク廃棄」 『YES、廃棄します』  飛び出た杭はそのまま廃棄して、機体を再び翻す。  目の前には残りの前衛の敵機が居た。 『狐、やりますよ』 『うん! いっけぇぇぇえ!』  ロンギヌスが振り返った瞬間に、真琴と美汐が煙幕弾を展開した。  濃密なガスを振り撒きながら主に、後方支援の4機を中心に包み込む。 『槍、こちらから仕掛けます』 『まっかせなさぁい!』 「すぐに合流する。無理はするな」  その一言を残して黒いものは走り出す。  向かう先々に破壊をもたらしながら。
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     ギリッと、前衛のうちの一機であったサンティアラは歯を噛みしめた。  これほど馬鹿にされたの初めてだと。    加えて、目の前に見せられて異常な操縦術に驚いていた。  そして、戸惑っていた。これほど、強い恐怖を持っている自分自身に。  ドールに乗っている場合に感じることの無いノイズ。  身を凍らせるほどの恐怖が、ゾクゾクとナメクジが這うような感じが背中を伝う。  その事実に驚いていた。 「ありえない」  身を包み込む悪寒。ありえない位の寒さ。怯え。  呟いた言葉を噛みしめて、噛み砕く。そうしなければ動けないと知っていたから。  嫌な予感がする、ここに居てはいけないと。 「!」  咄嗟に、機体を捻り、その予感を外しにかかる。  相手の指先が、装甲と装甲の隙間に入り込んでいた。  ぺきぺき、とした音の後に右腕が切断される。  もし動かなければ、飛ばされていたのは自分の首かもしれない。  そう想像すると、自分の気落ちが高揚して行く。  まさか、自分がこの感じを感じる事が出来るなんて、と。 「すごぉい!」  予備動作も見せてくれないその動きに恐怖と関心を覚える。  あいつは人間なのかと思った。  しかし、無性に楽しい。いじめと評する事の出来る圧倒的な技術差がここにあるのだ。  その事実にサンティアラは狂喜する。  今まで感じることのできない、凶悪な悪寒。それを楽しめるのだから。 「うふふふ!」  相手は腰の後に持っていた銃を手にしている。  大きさと、形状からそれがショットガンなのだと解った。  味方の援護は期待できないと、喜ぶ。  相手は自分しか見ていない事実がさらにサンティアラを興奮させた。 「ふふふ!」  カメラに映される敵の影はある一手の距離を超えられると映らなくなる。  いや、視界から見事に外れるのだ。  第六感といって良いほど、自分の感を信じて敵の攻撃を避けて回る。  反撃する暇さえも、息をつく暇さえ与えてもらえない。  何かの拍子で、相手の攻撃を次もらえば破壊される。そういった予感があった。 「……はぁ!」  息を吸った瞬間。その瞬間に一瞬だが、その場にいついてしまった。  それを見逃されずに、見事に。機体が浮き上がる感触と嫌な予感に体中が支配される。  ショットガンの銃底で突き上げられ機体が浮いたのだろう。 「く!」  空中に浮いてしまったせいで、動きが制限されてしまう。  黒い装甲を相手にしていてそれは絶望的な隙であった。  既に、嫌な予感が終った時には機体は動かなくなっている。  視界に映ったのは見事に、溜息が出るほど無駄がなく、美しい動き。  銃底が目の前を通り、一回転、そして銃口が機関部にきっちりと向けられる。  そして、持っていたショットガンで機関部に0距離で弾丸を打ち込まれた。  自分には怪我も何も無いのに。機体だけが動きを止められた。  ドール操縦タイプのデバイスを積んだ機体が目の前を走っていく所をカメラが捕らえたときに全てが暗闇に包まれた。  デバイスが、孤児であることをうっすらとだが、理解している。  だから平定者なんぞにここを襲撃されているのだろう。  だが、それを感謝している自分が居る。  その次の瞬間。体に蝕むような振動を感じる。  耳には聞こえていないが、低周波の音だった。  普通の人間ならば気がつかない。しかし、それは故意に作られて流されたものだ。 「それでも……あれでは、あいつには勝てない」  笑いながら、心底可笑しいと言った表情で呟く。  一度だけみた事が有る。デバイスをわざと暴走させた画像を。  だが、あいつには、あの黒い装甲の奴にはもっと激しい狂気がなければ勝てないだろう。  そんな思いがサンティアラの中にある。  味方さえもわからず、一人で狂うあれには絶対に勝てないと。  激しい破壊音。しかし、確信している。  立っているのは自分の機体を破壊した黒いあの機体なのだと。  黒い機体に打ち捨てたドールのコクピット中は、笑い声に満たされている。 「うふふ、ときめいちゃった」  その言葉が何を意味するのか。  呟いた当人にしかわからない。  彼女達がどうなったかはまた別のお話。
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     煙幕の中、敵味方関係なく暴れまわる、白銀の機体。  悲鳴のような、そして雄叫びのような叫び声を上げながら、銃を乱射し、暴れ回る。  暴れ回る場所が悪く、味方である筈の軍の機体が火を上げて動きを止めて行く。  生き残ったものも、慌てて後退して行った。 『……っく、問答無用ですか?』 『体勢立て直した方が良いかも……あぅぅ!』  真琴機が左腕に被弾して火花を散らした。  狙いがデタラメだが、そのデタラメさも法則性が無く計算の仕様が無い。  盾を持っていない2機には荷の重かった。 「狐、影、下がってくれ。俺が相手をする」 『了解……』 『あぅぅ……判ったわよぅ』  真琴機と美汐機が身を翻して、一旦後方に下がり始める。  入れ替わるように、ロンギヌスが前に出てきた。  ショットガンを元の位置に戻しながらである。 「こんな事なら、クラウ・ソラスで来れば良かったな」 『それは私に対する侮辱ですか?』 「いや違う」     祐一は苦笑しながら、月読に答える。  月読の表情はわからないが多分、ほぼ、機嫌が悪い表情をしているだろう。  それがありありと解り、祐一は更に笑み深めた。  急激な方向転換で、多少、湿った土を跳ね上げて相手の視界を潰しにかかる。  簡単に視界を奪えるわけではないが、多少の効果はある。  今はその多少の効果が欲しかった。 「月読、武装ロンギヌスは部分的に開放可能か?」 『その問いの答えはYESです。ただし、装着している武装を廃棄する必要が有ります』 「左腕の武装廃棄。平行して左腕のロンギヌスを起動」 『装甲が、胸部よりめくれます。それでもよろしいですか?』 「構わない」 『局部的に武装ロンギヌスを開放します』  がしゃん、と音がなった直後。  ズクンとしたに鋭い痛みが左肩の付け根辺りから指先までに奔る。  しかし、祐一は顔色一つ変えずに目の前で暴れる白銀の機体を見詰めていた。 『あぁぁあぁぁぁ!』  白銀の機体が上げる叫び声。  動くもの全てを敵と認識し、暴れる。  手負いの虎、もしくは錯乱した象と言った所か。 『開放完了。いつでも行けます』 「武装選択、刀」  ダラリとだらしなく下がった包帯のようなロンギヌスの特殊装甲。  それが生き物のように、瞬間で刀の形になった。 「行くぞ……」  一呼吸で距離を詰めて、相手に認識させる時間も与えずに斬りかかった筈だった。  肩から両断したはずのそれは、目測が外れたかのように手首から舞っている。  少なくとも、祐一の動きについていけている証拠でもあった。  すり足で並行的に移動しながら、切り上げる。  それでようやく相手の右肩から先が飛んだ。 「っ!」  相手はそれを見越した上で、反撃をしてきた。  右肩を無くす前提で動いていたのだ。悪くなったバランス、軽くなった重量。  それらを全て計算した動きで残った左腕をロンギヌスに叩きつける。  予想外の反応。それに対して、祐一は意識的にではなく無意識に対応していた。  体が勝手に動き、右腕のステークを相手の拳にあてていた。 『ステーク、起動』  白銀の機体の拳が砕けて、飛び出た杭が肘を貫通する。  抜け目無く、祐一は刀を煌かせ残った腕を切断した。 『ステークはどうしますか?』 「回収」  祐一は荒く右腕を振り払い、杭を回収させる。  その後の抵抗も激しかったが、祐一の手によって、相手は達磨にされた。 「影、狐、保護を頼む」  そう言って、返事も聞かずにロンギヌスを軍基地に向けた。  既に敵には戦意は無く、抵抗は殆ど無い。  加えて、敵の本拠地は沈黙していた。
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     祐一が基地に踏み入れたとき、催眠ガスと麻酔銃を使い、制圧された後だった。  既に、ONEのメンバーは撤退している。  建物の中で夢の中以外に居る人間は居なさそうだった。  しかし、他にも居るかもしれないと虱潰しに探し回る。   最後の部屋に入り込んだときに祐一は息を呑んだ。  指という指からいくつもの電極がコンピューターに繋がれている。  他にも首の後に大腿部、横腹からもケーブルのようなものがやはり繋がれていた。  生命維持の機械が取り付けられ、その場から動く事の出来ない男の子が、感情の篭っていない目で祐一を見た。  耳には何かを取り付けられている、それが何の為か判らない。 「酷い……すぐに何とかしてやるからな」  何をしているのかわからないといった表情で彼は祐一を見ている。  不思議そうに見ていた彼の手が若干だが動いた。  本当に気がつくか気がつかないくらい少し。 【何をしている】  そう、画面に出てきた。  口は全く動かず、目には怯えるような色に塗りつぶされていた。  文字が氾濫する。祐一の目に見える範囲に凄まじい勢いで文字が氾濫していた。 【誰】【メルファは負けた?】【触るな】【あんなおもいはもういらない】 【誰だ】【何故】【何をしたい】【怖い】【出て行って】 【触るな】【来るな】【誰なんだ】【メルファは】【どうして】 【放って置いて】【助けて】【何がしたい】【苦しい】【怖い】【誰だ】  祐一は横に有ったキーボードに文字を打ち込む。  どうやら音は聞こえていないみたいだったからだ。 「俺は、お前の敵じゃない」 【証明は出来ない】 「俺はGE−13、君のアクセスしているデータベースに何らかの形でが残っているはずだ」  指と男の子の目が動く。  画面を見詰めたと思った瞬間にデータが画面に現れていた。  男の子の目が見開かれた。 「今は、俺と同じ境遇の子達を保護している」 【本当なの? もうここに居なくて良いの?】 「あぁ、付いてくる気が有るなら。それに、あの子は俺達が保護した」 【あの子、メルファ?】 「ドールで襲ってきたから、ドールから下ろした。多分、今は医師に見てもらっている」 【メルファは無事なの?】 「無事だ」 【会いたい……メルファに】  祐一は丁寧に彼から機材を外して、何とか彼を連れ出す。  もちろん、最低限な生命維持装置は外していない。  声を出す事もできずに、コミニュケーションは画面を通してしか出来なかった。  拘束した人をデータと一緒に中央裁判所に通報し、その場を後にする。  今回はこれで平定者の活動はおしまいだった。
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     行きのONEの船とは違う、平定者の船。  帰還した船の中で、聖が保護したドールに乗っていた女の子を見て唸り声を上げていた。  それもそのはず。体に機械を埋め込まれている。  彼女が乗っていたコクピットを開いた時、彼女は機械に埋まっていたと表現した方が良いのかもしれない。  慎重に機械を外し、退かしながら彼女はようやく医務室に運び込まれた。  体には神経からの電気信号を読み取るためなのか。  全ての指先、首の後ろ、肩、太腿の外側にそれぞれにソケットのような物が埋め込まれている。  コクピット内ではそれらに全てが機械につながっていた。 「うぬぬぬぬ……」  彼女に似合わない唸り声。  検査を続けて、その結果が芳しくない。  匙を投げたいがそうもいかないと言った表情だ。  少し疲れた表情の秋子が口を開く。 「どうにかならないですか?」 「これは……取り除くとこの娘のためにならない」 「どういうことですか?」 「一部が神経と同化している。無理に取り除けば神経を失う事になる」 「ですが……」 「生活には支障は出ない所までは何とかなるかもしれない……」  苦虫を噛み潰し、物凄く苦い薬を舌に塗りこまれたような顔で聖は言った。  秋子は悲しそうに、女の子を見る。  そのとき内線がなった。聖がそれを取る。  相手は格納庫に居る美汐からだ。 『秋子さん、先生。祐一さんが帰ってきます』 「解った、すぐに行く」  一言二言、交わすだけですぐに通話をきる。  そして、外に出るために白衣を正した。 「この子は……」 「今は出来る事はない……この子の心の傷を癒す事くらいしか……」    麻酔でぐっすり寝ている女の子を医務室において2人は格納庫に移動する。  格納庫では、ロンギヌスがようやく固定されたところだった。 「ふぅ……機能を落としてくれ、月読」 『了解しました』  抱えていた男の子を抱き上げ、コクピットから出ようとする祐一。  その男の子が祐一の服を引張り指を差した。  その視線の先には特徴的な三つ編が見える。  機体を固定した時に茜の体勢がずれたので、発見が早まった。 「え?」  祐一は驚きながら、茜を引っ張り出した。  その後、男の子は女の子と同じ医務室の隣のベットで休む事になる。  2人には聖がついているので問題はないだろう。  引っ張り出された茜はとりあえず、空いていた船室を割り当てた。  残ったメンバーは聖からの説明を聞いた後に、反省会と今回の被害を確認する。  反省会は緊張感を無くさない為と、ドールの調子を見るために必要だった。  被害の確認は当たり前に必要な事である。  修理の必要がある機体はすぐに部品の交換など適切な処置をされる。  そのため、茜が気がついたときにはその部屋には一人の女の子しか居なかった。  目覚めた茜を嬉しそうに見上げる女の子。  茜は何故ここに寝ているのか思考を巡らし、思い至って多少頭痛を覚えた。  しかし、何もしないわけにもいかずに、目の前に居る女の子と会話しようとする。 「お嬢ちゃん。名前はなんと言うのですか?」 「しずるー」 「しずるちゃんって言うんですか」  茜は微笑ましそうに看病してくれた? しずるを見る。  そのしずるが急にそわそわし始めた。  何事かと思う、茜。 「あのね。あのね。ぱぱがくるの」 「お父さんの事が好きなんですね」 「うん! しょうらいはしずるをおよめさんにしてもらうの!」  微笑ましいと思いながら、しずるに相槌を打つ茜。  扉が、開いて祐一が入ってきた。 「ぱぱ!」 「秋弦、ありがとうな。見ててくれて」 「えへへ〜」  祐一に抱きつく秋弦。祐一は秋弦を優しく抱き上げた。  そして、目の前の状況が理解できない茜。  まず、何故、ここに祐一が居るのか理解できない。  次に、今なんと言ったか理解できなかった。  正確には、理解したくなかった。 「あ、相沢さん?」 「里村さん、気がついたか?」 「えぇ、大丈夫です」  本当は大丈夫ではないのだが、健康に問題はない。  多少頭がふらついているが、体には問題が無かった。  どちらかと言えば精神的なものの方が大きい。 「あの、その子は……」 「秋弦って言って俺の子供だけど?」  声も出さずに、気絶する茜。  よほど、そこの事がショックだったらしい。  その後、紆余曲折を経て茜は会社に辞表を送って平定者の一員として行動するようになったのは別のお話。  保護された男の子と女の子のお話はまた別のお話。 To the next stage

     あとがき  茜さん参戦のお話。加えて、少しだけ祐一君の子供の登場。オリキャラ2人も登場。  今回も子供の描写が少ないですが、来週のWeb拍手で必ず補強します。  ですから、今回は見逃してください。おねがいします。  絶対に補強しますから、なかなかに難しいのですけどね(苦笑  ではここまで読んでいただいてありがとうございます。ゆーろでした。


    管理人の感想


     ゆーろさんからのSSです。
     茜嬢いらっしゃいの話。(爆  まぁ好きな男に何時の間にか子供が出来てたらショックですよね。  そりゃ気絶もするさ。  その後に立ち直って参戦したのは天晴れですけど。(笑
     秋弦(しずる)可愛いですねぇ。  やはり将来の夢が父親の嫁ってのはデフォなのかっ。  将来祐一は彼女が嫁ぐのを反対するに違いない。  あ、祐一と結婚するんでしたか?(爆

     名雪も一角の存在になっているわけですか。  タイトルを良く見ておかないと時間の経過を忘れそうだ。


     感想は次の作品への原動力なので、送っていただけると作者の方も喜ばれると思いますよー。

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