誰かのために流す涙は美しい。そう決めたのは誰なのか。 いつか、どこかで、確かに、聞いた覚えがある。 なら、今流れている涙ほど美しいはずだ。私の手の中で息を引き取る我が子の為に流しているのだから。 これほど美しい涙は無いだろう。その言葉を言った本人には。 しかし、これほど惨めな気持ちな涙が。自分を許せないこの涙が。 何より、この身を抉り出すような悲しみの涙が。 美しいと感じるはずが無い。これを美しいと感じるはずが無い。 もし、美しいと言う人が居るなら同じ人間だと認めたくは無い。 これほど情けなく、自分が嫌になってしまうと感じてしまう涙を。 例え、それが誰かのために流す涙であっても。私は美しいとは認めない。 涙よ、流れてしまえ。もう、私には涙は必要ない。全て流れてしまえ。 私は誓う。これ以上涙を流さないと。 だから、流れるだけ流れろ。涙腺よ、枯れはててしまえ。私には必要の無い機能だ。 私は誓う。もう涙は決して見せないと。 だから、枯れはてるまで流してしまえ。この気持ちを糧に、生き抜いてやる。 私の幸せを奪ったやつらに、絶対の復讐を。 この悲しみよりも更に大きな悲しみを振りまいてやる。 癒える事の無い痛みをこの身に抱いて、生きてやる。 私の居場所を壊したやつらに、絶対の恐怖を。 この痛みよりも更に大きな苦しみを痛みを振りまいてやる。 途切れる事の無い憎悪をこの身に抱いて、生きてやる。 私の全てを踏みにじったやつらに、絶対の後悔を。 この絶望よりも更に大きな絶望を、振りまいてやる。 絶対に。壮絶に。覚悟しろ。次はお前だ。 嗤いながら、まだ観ぬお前に牙を突き立てるために牙を磨いでやる。覚悟しろ。
 
神の居ないこの世界で−A5編−


→のんびりとした風景。のんびりとした再会。

     聖ジョージ部隊は慌しく次の目的地までも準備を始めている。  次はエリアKのとある治外法権都市いや、都市というにはまだ規模が小さな町であった。  長距離の移動になるので今回は船を使用する。  ドールなどの機材が船へと続々と積み込まれていた。  と言っても今回はあまり多くの機材をつんではいないが。 「香里、今回は行った先でみんなに休暇を出して良いよ」 「あら、今回もテロ殲滅でしょ?」 「今回はちょっと違うんだよ」  名雪と香里は船の甲板にて、それをゆっくりと眺めていた。  疑問だという顔を見せた香里に、名雪は微笑みかけた。 「どういう事かしら?」 「調べてきた情報の出所がね、ちょっときな臭いの」 「ふぅん?」 「だから今、情報部に洗わせてるけど、素直にこっちが動いたほうが相手も油断するでしょ?」  あぁ、じれったい、と言った感じの顔をする香里。  名雪に張り付いた笑顔は崩れる事は無い。そのまま話し続ける。 「それで、どこに行くわけ?」 「平定者の町って言ったら解るよね?」 「それは……確かに、危ないわね」  何か考えるように、意味を咀嚼するように顎に手を当てる香里。  名雪の表情もようやくここで苦笑のような形になった。 「下手にドール乗っていってアレルギー起こされたらこっちが殲滅されちゃうよ」 「確かにね。普通に乗っていったら確実に相手もドールに乗り出すわ」 「祐一以外で1対1なら負けないけど、絶対に祐一は来るから。まだこっちは対抗できるだけの手段がそろってない」  そこへ、牧田美樹が走ってきた。  納得のいかない感じの顔。不満がありありと読み取れる。  その原因は今回、何故同行出来ないのかというものだろう。 「どうして、今回は私が外されるのですか?」 「今回は相手がテロリストでは無いからだよ」  その一言で、納得したような顔をする美樹。  相手がテロリストでないのならば、美樹は大抵納得してくれる。  彼女なりの理論が有っての事。  加えて、情報に関しては名雪の言葉を信用していた。 「詳しく説明してください」 「ま、待ってくださいよー。美樹さん!」  栞が美樹の後にようやく追いついたといった表情で美樹の後に立つ。  息が上がり、深呼吸を何度もしている。  香里は、栞に微妙な視線を送っていた。  栞はそれに気がついて、香里に手を振ってそういう目をするのをやめるように要請する。  香里は溜息を吐いてから、その視線をやめた。 「栞ちゃんも着たから、一緒に説明しちゃうね」 「お願いします」 「ちょ、ちょっと、待ってくれると嬉しいです」  栞の息が整うまで待つ3人。  息が整ってから、名雪の目を見る栞。  そこでようやく、話が始まった。  概要は先ほど香里に言った事とほぼ同じ。 「まぁ、戦争被害者の町なんだけどね。そこがちょっと曲者なの」 「ともかく、私は行かなくて良いのですね?」 「来ても良いけど、来たからと言って何か行動を起こすわけじゃないから」  美樹は納得顔で名雪の指示に従う。  それでは困るとばかりに、栞は名雪に口を挟む。  いつもではないが、留守番は面白くないからだ。 「それで、私はどうするんですか?」 「今回も留守番……かな?」 「えぅ……またですか?」 「あ、ごめん。美樹さんのネメシスタイプを完成させておいて貰えるかな?」 「……解りました」 「美樹さんはその調整って事で今回は残ってね」 「了解しました」  話すだけ話すと栞をつれて美樹は船を後にする。  どちらかと言うと、美樹に引きずられてと言った方が正しいかもしれない。  それを見ながら名雪は大きく伸びをした。 「名雪、訓練機材はこの船には入っているわよね?」 「うん、入ってるよ」 「そう、なら良いわ」  香里もそれだけ聞くと、どこかへ歩いていった。  名雪は多分、隊員のところへ言ったのだろうと見当をつける。 「じゃあ、私も自分の仕事をしようかな?」  名雪は先ほどの説明をすべく、各隊の小隊長を探しに行く。  船はエリアKに向かって準備を進めている。  準備が出来れば出発するだろう。
    ▲▽  ▲▽  ▲▽  ▲▽  ▲▽
     船が出港してから、目的地に着くまであと少しの時間が有る。  香里は、自分の隊に居る高橋幸尋をつれて訓練室から出てきた。 「わざわざ付き合ってもらって悪かったわね」 「いえ、そんなことありませんが……」  高橋の顔には、どうして私のなのかっと言った疑問がありありと書かれている。  香里は苦笑しつつその疑問に答えた。 「私が貴女と1対1で訓練するのが不思議?」 「はい。技量では香里さんの方がかなり上ですから」  香里が小隊長をしている理由は3つほどの理由がある。  まず、乱戦になったときに強い事。  高橋に比べれば確かに1対1では高い確率で負ける。  サンティアラとは引き分けるが、運が悪ければ負けるし良ければ勝つ。実力は拮抗していた。  しかし、本来の戦闘では1対1になる方が珍しい。  乱戦での香里は異常ともいえるほどに強くなる。それは、かつての経験が物を言っていた。  高橋が言う技量が上とはこの部分を指す。  次に、的確な指示を出せる事。  乱戦になり、指揮が混乱することが少ない。  隊員である2人は香里の指示と判断に全幅の信頼を置いている。  これは数多く行った作戦から学んだ事でも有った。  そして最後は、名雪の行う指示の裏の意味をちゃんと理解している。  これは長年の付き合いが物を言う。だから名雪からの指示が無くとも大抵は先回って行動ができる。  まだ2人にはそれが出来ない。  香里が認められて、名雪から小隊長の任を受けるのはこのためだ。  しかし、香里は名雪の贔屓目といってそれを誇ろうとはしない。  その謙虚とも卑屈とも言える態度もサンティアラと高橋は好感と感じている。  名雪にしてみれば香里の特性、大人数もしくは逆境の時に思いもよらない力を発揮できる事も計算に入れている。 「サンティアラじゃないのも不思議?」 「いつもなら、3人もしくは単独で訓練するじゃないですか」  えぇ、そうね。と香里は返事をする。  高橋は自信が無いのか、その先の返事を待った。 「高橋さん、自信を持ちなさい。貴女の戦い方はすごいわ。私以上にね」 「……ありがとうございます」 「でも、それは漆黒の機体いえ、平定者を相手の時にはしては駄目」  褒められて一瞬だが、思考に空白が出来る高橋。  しかし、次の警告に頭の理解が追いつかない。  何故、そんな事を言われるのか解らないといった感じで。 「えっ? ……何故ですか?」 「相沢祐一は、その戦い方を更に苛烈にした戦い方をするからよ」 「……相沢祐一?」 「まぁ、心の片隅に覚えといて」  そのまま、曖昧に会話を打ち切ろうとする香里。  その先を聞こうと食い下がろうとする高橋。 「どういう」 「もうそろそろ、目的地に到着するよ」  2人の会話に名雪が参加した。  高橋は会話を打ち切り、とりあえず頭の片隅にその言葉を放り込む。  そして、疑問に思っていたことを口にした。 「隊長、本当に休暇を貰って良いのですか?」 「うん、良いよ高橋さん。今回は仕事だけど、私が居れば十分片付けられるから」 「わかりました。隊長がそういうなら」 「香里はどうする?」 「そうね、私もついて行くわ。知り合いがその町に住んでいるから」 「解ったよ。高橋さん、悪いけど私と香里が出て来るから、他の人たちにも一言かけておいて」 「大丈夫ですか?」 「一応全員に一言かけてあるから。確認だけだよ」  名雪はそう言って、船を下りる。  香里もその隣について一緒になって船を下りた。  降りた港は工業用の港で、人がどうこう漁船がどうこうと言うことはない。  人が少なく、殆どが機械で制御されているようだ。 「本当に、名雪だけで大丈夫なの?」 「問題はないよ。あそこは正当に活動してて、きな臭い話は聞かないから」 「名雪がそういうなら、心配はしないわ」  情報員が、船の近くで車を用意している。  名雪は一言二言、その情報員に話しかけて車の運転席に滑り込んだ。  香里も、一礼をしてから助手席に乗り込む。 「さてと、久しぶりの運転だけど大丈夫だよね?」  香里が冷や汗を浮かべたのは言うまでも無い。  悪夢を今思い出したような表情になっている。  助手席に乗り込んでから、名雪があまり運転をしないことに気がついたのだった。  しかし、もう遅い。  まず初めにブレーキとアクセルを勘違いし、ブレーキを思いっきり踏み込んだ。  動くはずもなく、あれ? と言う表情を浮かべるがすぐに思い出したようにアクセルを踏み込み急発進。  続いて香里の悲鳴が響く。 「な、名雪! 代わっても良いわよ! 無理しないで!」 「ようやく思い出したから、大丈夫」  確かに、安全運転には程遠いが、もとよりあまり居ない人。  車も少なく、道も整備されていて広い。  だから、大丈夫だった。名雪もそれを知っていたのだろう。  香里にしてみれば自分で運転をした方が絶対に良いのだろうが。  1時間ほどかけて、城壁のような高い塀が目に入る。 「あれだね……」 「何か凄いわね。要塞って感じかしら?」 「うん、調べてて大きさは知ってるけど、これほど大きいとはね」  徐々に大きくなってくる物に圧倒されつつ、そのゲートらしきものに繋がる道を選ぶ。  そして、ゲートの入り口横の駐車場に車を乗りつける。  一般車両はここまでなのか、車用のゲートは特殊車両分のゲートしかいない。  その横に小さく人用のゲートがあるだけだ。  ゲートには3人の人影があった。 「お疲れ様です。水瀬名雪様」 「はじめまして、久瀬圭一代表」  もちろん、面識も何も無い。名雪は写真でその人物を知っていたに過ぎなかった。  名雪は驚きの表情で手を差出していた圭一と握手をする。  後に居る女の人は不機嫌そうに名雪を見ていた。  その横に居る男は、その女の人の表情を見て呆れているような感じだ。 「ところで、今日のご用件は何でしょうか?」 「私はこの町の査察です」 「私は、知り合い……北川君を訪ねにきたのよ」 「では、案内させます。私たちの街の人間は恥ずかしいながら、外部の人間を嫌う傾向が有りますから」  圭一はそう言って、須藤が香里のそばにつく。  互いに自己紹介をして香里と須藤はにこやかに握手をしていた。 「香里、また後で」 「えぇ、3時間後にここで十分かしら?」 「うん、じゃあ3時間後」  短く会話をして、別れる二人。  名雪は早速、圭一に問いかけた。 「申し訳ないんだけど、これも仕事だから」 「はい、私たちの街の戦力を全てお見せします。ついてきてください。皇子、行きますよ」 「はい!」  皇子が、圭一と名雪を先導して歩いて行く。  先ほど外から見えていた特殊車両のゲートを少し開いて中に入る。  そこから先は格納庫になっていた。格納庫に入って圭一は名雪に資料を渡す。  ある程度そういった査察が入ると思っていたのか既に資料は用意してあった。 「手際が良いね」 「えぇ、事前にラインハルトという人物から連絡がありまして。資料を先に作っておきました」 「なるほど、じゃあ私が今日来るのが解ったのは?」 「それは私どもの情報収集の結果です。港の予定表を調べれば、大体わかりますしね」  圭一はそういって苦笑する。  実際には判らないだろうが、港に見知らぬ船が入ってくると判ったので歓迎の準備をしたというわけだ。  名雪はあの港は戦略上使えないと判断を下す。聖ジョージ部隊の偽装は完璧のはず。  それが見破られるという事は実質あの港はこの町の為だけに存在するという事だから。  事実あの港はアイビーなのだから。  圭一は街の状態を話しつつ、自らの戦力に関して説明をはじめた。 「私たちの街には4つの格納庫があり、それぞれに9機ずつの戦闘用のドールを配置しています」 「一つの街にしては……戦力が整いすぎてるね。あれ9機全てがHドールでしょ?」  見上げた名雪の素直な感想だった。  健一は苦笑を返すしかない。確かに戦力が揃いすぎているのだから。 「もっとも、これを操縦出来る人間が9人なので、実質の戦力はHドール9機ですが」 「それでも、一つの自治体でこれはやりすぎじゃないかな?」 「エリアKとの協定は護っていますし、何よりもここで扱っているデータが重要ですから」  名雪は納得とも、納得できないとも取れる曖昧な表情で圭一を見る。  圭一はドールの脚の装甲をコンコンと叩きながら続けた。 「それ以外に言うと、ここの住人を安心させる為です。最近になってようやくこの程度に抑えられるようになったんですよ」 「他の格納庫も見せてくれるかな?」 「えぇ、皇子。彼女の案内をお願いします」 「はい、圭一さん。任せてください」 「私も多忙な身でして。これからkanonの代表者と会談があるので失礼します」  皇子に後を任せて圭一が歩いて行く。  名雪も何か言いたげだったが、圭一ではなくて皇子にその矛先を代えた。 「kanonとの会談?」 「はい、この街のスポンサーがkanonでして、理事の秘書である倉田一弥氏が今日はこの街に来ています」 「じゃあ、続きの格納庫を見せてもらおうかな?」 「はい」  皇子は名雪を名雪を案内して歩いて回る。  他の格納庫は一番初めに見た格納庫と殆ど同じ内容だった。  地図と格納庫を見合わせて名雪は満足そうに頷く。 「あれ? あのドールは何かな?」 「あれはですね、今kanonが研究中の新型の水素エンジンを積んだドールです」 「あれは資料に無いよね?」 「名雪さんは借り物で戦うような事をなさいますか?」 「それもそうだね」  そのドールは町の中央で何かを組み上げている。  戦闘以外でHドールを使おうと言う魂胆を感じ取った名雪は贅沢だなぁ、と思った。  確かにNドールで作るよりも遥かに効率は良いだろう。 「あれはどんな、エンジン積んでるの?」 「私はkanonの研究者じゃないのでなんとも……」 「そう、そうだよね、街の人が全て知っているわけでもないんだし」  ちょっと残念と言った感じで返事をする名雪。  皇子の少し困った表情を見ていたのでなおさらだった。 「ちょっと時間も余ったから街を案内してくれるかな?」  思いのほか早く終った査察。  時間を潰す為に皇子に街を案内してもらう名雪だった。  それは、まだ見ていない場所の査察を兼ねているのは名雪だけの秘密。  しかし、皇子はそれに気にする風でもなく気軽に町を案内し始めた。  何故なら、疚しい所などないからだ。  平定者関係のものは、平定者の船にまとめられていて、この街には無い。  皇子はそれを知っている。
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     一方、香里は街の道を歩いている。  少ない人数の人間にしかすれ違わないが、投げかけられる視線が痛かった。  余所者をあまり歓迎していないのはありありとわかった。   「すいませんね、街の人も外部の人間が苦手でして」 「まぁ、慣れているけど……ここまでだと逆に何か気になるわね」 「大変申し訳ないのですが、美坂さんは軍人か何かで?」 「えぇ、傭兵っぽい事を仕事にしているわ」 「それなら……軍人と傭兵の仕事をしている人はここではあまり好かれません」  須藤はそう言って街の成り立ちを説明し始める。  街が意図的かもしれないが軍の作戦に巻き込まれて、虐殺された事。  そして、街が復興し始めたのも最近の事だと言う事も。  香里はそれを聞いて、何となくわかると言う頷きを返した。 「そうね、私の纏ってる雰囲気はそんな感じだもの」 「本来なら、もっと穏やかな人たちなんです。あんな事がなければ」  そうこう言っている内に目的地に着いたのか、須藤が足を止めた。  香里も足を止め、看板を見上げて眉をしかめた。 「おかしいわね……喫茶店って聞いてたのだけど……」 「初めて来る人は大抵そう仰ります。でも、喫茶店ですから」  苦笑する須藤。香里はありがとうと言いつつ中に入ろうとする。  須藤もそれを止めるようなことはせずに、どういたしましてと返したに過ぎない。  からん、とドアベルが鳴って中に入った。  中には三つ編で物静かそうな女性と不気味なゴーグルをつけた人間が居る。  ゴーグルをしている方になにか違和感のようなものを感じるが、香里はそんなはずはないと頭を振った。  そうしている間に、北川に一言二言話してその2人組みが店を出て行く。  すれ違う際に会釈をされてそれを返したが、香里には何か引っかかったままだった。 「いらっしゃい、香里さん」 「七瀬さん? と北川君。久しぶりね」 「あれ? おぉ? 美坂じゃないか」 「ほんと、久しぶりです」  久しぶりに会う戦友に香里は顔を微笑ませた。  2人も同じようで、同じような顔をしている。 「うん、久しぶりに話がしたいわね」 「なんのでしょうか?」 「そうね、貴女の惚気話で良いわ」  瑠奈にそう話しかけて香里はカウンター席に着いた。  潤がドアにかけてある札を営業中から準備中に換える。 「あら、そんな事して良いのかしら?」 「問題なしだ。今の時間帯は街の人の殆どが仕事についてるからな」 「そうなんですよ」  香里の隣の席に瑠奈が座る。  少し出たお腹に香里の視線が行き、おめでとうと香里は素直に祝福した。 「もう少し、遅く来ていたら貴方達の子供にも出会えたかもしれないわね」 「ありがとうございます。そうですけど、来て頂けただけでもね……潤」 「そうだな、何にする?」 「そうね……紅茶とケーキセットを貰うわ」  話が弾んで行く、お互いの近況報告から始まる。  香里は今行っている仕事を話す。瑠奈は微妙そうな顔をしていた。  瑠奈が話すのはこの街での出来事。苦労したことなど。  潤は2人が話している最中に2つの紅茶とケーキセットをそれぞれの前に置く。 「そういえば、栞ちゃんはどうしたんだ?」 「あの子は仕事でこっちに来れてないのよ」 「それはまた忙しいんだな」 「あの時に比べれば全然楽よ」  苦笑しながらケーキの欠片を口に放り込む香里。  あら、美味しい。と言うが、会話が途切れて、微妙な雰囲気が包み込んだ。 「ねぇ、話は変るけど……さっき居た2人組みは誰?」 「うん? あぁ、あの2人は片方が倉田一弥でもう一人こここの技術責任者だ」 「そう……って、倉田一弥?」  香里も知っている名前。  というか、ドール関係者なら大抵の人間が知っている名前だった。 「何でそんな人物がここに居るのよ」 「あれ? しらないのか? ここの大口スポンサーはkanonだぞ?」 「初めて知ったわよ……本当にびっくり箱ねここは」  紅茶をすすりつつ、溜息を吐く香里。  瑠奈はどうしてと言う、不思議そうな顔をした。 「来て見たら、2人は立派なお店を構えている。それにもう少しで子供まで出来るって言うじゃない」 「それで、店に入る前に居酒屋かと思ったと」 「あら、解ったの? あの看板は正直どうかと思うわ」 「ははは……あの看板は有夏さんがデザインしたんだよ」  潤は乾いた笑い声でそう答える。  香里は微妙に顔が引きつった。 「でも私はあれで良いと思うなぁ。可愛いし」 「可愛いのは認めるけど、本当に居酒屋かと思うわ」 「この店の半分は有夏さんの厚意だしな……金銭はしっかりと返したけど」  苦笑しながら潤は言った。  それぞれの食べ終わったのを見て紅茶を追加する。  そして、潤はお皿を下げて皿を洗い始めた。  紅茶をゆっくり飲みながら話は弾んで行く。  話のリズムが崩れて途切れた時。 「うん、良かったわ。2人に会いにきて」 「私も良かったです」  紅茶を飲み終えて時計を見れば、かなりの時間が経過していた。  もう少しで、名雪との待ち合わせの時間だと香里は席を立つ。  また来るわ、と声をかけて勘定をしようとしたが、潤に断わられた。 「でも、悪いわ」 「久しぶりに会った友人に金を払ってもらうわけにもいかないって」 「そう、なら今度子供が生まれたら教えて頂戴。お祝いさせてもらうわ」 「また、きてくださいね」 「えぇ、そのときは可愛い子供を自慢してもらうわ」  そう笑って、香里はまた日常へと戻って行く。  北川夫妻は微妙な表情で香里を見送ったのだった。  行きの道を逆にたどって元の場所に戻る。  そこには既に名雪が待っていた。 「北川君たちはどうだった?」 「あら? 名雪にその事を言ったかしら?」 「私に向けてはいってなけど。ほら、街に入る時に言ってたよ」 「そうね。元気、いえ、幸せそうだったわ」  名雪はどんな感情を持っているのかわからないが微笑んでいた。  内心は複雑であろう。 「そう、だったらいいや。帰ろっか」 「名雪は会わなくて良いの?」  香里の言った言葉に名雪は表情を曇らせる。  そんな名雪の表情を、香里は意外に思った。 「私だって感情ってものがあるから。それに嫌われちゃったからね……あっても辛いだけだよ」 「そう……無神経だったわね。ごめんなさい」 「いいよ、香里だしね」 「それはどういう意味……まぁ、良いわ……仕事は終ったの?」 「うん、後は戻るだけ。街の隅々まで調べさせてもらってこれも貰っちゃったから」  一度言葉を止めて言い換える香里。言っても無駄だと感じたのだろう。  名雪は笑いながら資料を示す。  本当にそれに過不足無く書かれているのだからしょうがない。 「名雪の判断だから、文句は言わないわ」 「うん。帰ろう」 「帰りは私が運転するわ」 「えー? 私、信用ない?」 「帰りくらい運転させなさい」  そう言いきって、船に戻る。  船には一日休暇を楽しんだ隊員達が待っていた。 To the next stage

     あとがき  名雪さん側でほのぼのを目指して……これが限界だとわかりました。  ほのぼのしているのは香里さんだけですし。うーん、技量が無いなぁ……  ちなみに、冒頭の言葉は美樹さんの感情でした。人の内面は難しいです。  何だか、似たような感じになってしまうのは、やはり技量が無いせいかと確認してしまいます。  次は祐一君達です。ほのぼのは無しの方向で、書きます。またオリキャラが出てくる予感です。  kanonキャラが食われないように注意しないと……では頑張ります。  ここから下は拍手コメントの返事です。 >手品とは……何気に祐一は多芸ですね。(笑 by傭兵 5/13  多分、隠れて練習していると思います(笑  驚かせてやるぞーみたいな感じで、ですね。  基本的に彼はお茶目なキャラだと思うので、ああ言った事をしました。  本当だったらプレゼントを渡してはい御終いだったんですけどね。それじゃあ何か寂しいと思ったからです。 >やっぱゆーろさんのお話大好き。 >やっぱりゆーろさんのお話は大好きです。がんばってください。 5/14  大好きと言ってもらえて幸いです。頑張りますよ!  本編も、SSSも頑張ります。ただ、現在のSSSは……  やっぱり、恋愛系が苦手なだけにちょっと困っています。それなりに書けてはいるんですけどねぇ(苦笑 >SSSに茜の子供出演希望! 5/15  以前にコメントを下さった人と同じなのかな?  違っていたらごめんなさい。えっと、とりあえず構想中です。  当分先になると思いますが、首を長くして待ってください。お願いします。 >コンスタントにUPされてうれしいです。今回は秋弦が多かったみたいですね。 >秋弦の底の知れないような一面が見れて将来が楽しみな半面怖いような感じです。by青空 >久しぶりのリンカさん、真琴と美汐いいお姉さんですね。いい味出してます。 >毎回思うのですが、このSSS楽しみではあるのですが本編以外にまとめるのも掲載するのも大変だなぁと。 >次回以降も期待してます。がんばってください。by青空 5/15  もしかすると2人か3人位のコメントが混じっているかもしれません。  全く同じ時間帯だったので、もしかするととは思うのですが。もし混じっていたらごめんなさい。  青空さんは再びのコメントありがとうございます。  話がずれました。今回は秋弦さん達オリキャラが活躍中でした。  結構、ビクビクものだったんです。オリキャラが前面に出てくるのが……  それ自体には余り反応が無いので安心してますけどね。  ちなみに、私はオリキャラが前面に出てくるときはいつもビクビクしてます(笑  さて、秋弦さんが前面に出てくることで忘れられたリンカさんに反応ありがとうです。  加えて、真琴さん美汐さんのお話にも反応していただいて嬉しいです。  あれが切欠としては弱いかなぁ、なんて思ってましたから。  リンカさんは……もっと積極的なキャラにしようかなぁ、なんて思ってみたり。    SSSは基本的にネタと勢いだけで書いてますから(苦笑  そんなに時間は掛かってないんですよ。量も量だし。まとめるのは15分くらいですよ?  本編の方が時間は掛かっています。ただ、SSSはネタが無いとかけないですけどね。  では以降も頑張りますので、よろしくお願いしますね! >名雪の策が全部祐一に破られることに期待します 5/16  えー……筋は決まっていますが細かい所が決まっていないので……  ご期待に沿えれるのは未知数です。これ本当。ただ、一方的なのは面白くないと思うんですよね。  祐一君の場面で一方的な勝負を書いてしまう私も悪いんでしょうけどね。  どうなるかは、首を長くしてお持ちしてください。お願いします。  多くのコメントありがとうございます。これからも頑張りますね。ゆーろでした。


    管理人の感想


     ゆーろさんからのSSです。
     ほのぼのと言えばほのぼのなのでしょう。  しかしそこはかとなく違和感を感じてしまうのは、やはりキャラ故でしょうか。  冒頭からして怖いですし。(苦笑  美樹さんは壊れてしまってますね。  自分と同じ境遇の人間を大量生産している、と彼女に言っても意味ないんでしょうなぁ。 
     最終ターゲットとすれ違ったのに気づかなかった香里。  あのゴーグルに対する大きな反応がなかったのが残念です。  違和感が先に立っていたようですね。  まぁ毎日戦場にいるようなものですし、あの程度気にしないのかもしれませんが。  一弥といたのは茜でしょうけど、一瞬秋子さんだと思ったのは秘密で。

     SSS15分ですか……。  私は今の拍手コメントにあるやつを書くのに、数時間かかりましたね。


     感想は次の作品への原動力なので、送っていただけると作者の方も喜ばれると思いますよー。

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