軋む機体。 軋む私の心。 怖い、恐い。こわい。 泣きたい、叫びたい、喚きたい。 でも、私はお姉さんだから。 妹や弟達に恐い思いをさせてはいけない。 恐い思いをするのは私だけで十分だから。 歪む機体の構造。 歪む私の精神。 逃げ出してしまいたい。 敵がこの場がいなくなって欲しい。 でも、私はお姉さんだから。 一番早く、敵に向かっていかないといけない。 妹や弟達を危険に曝す訳にはいかないから。 恐怖にとらわれるのは私だけで十分だから。 削られる機体の装甲。 削られる私の魂。 機体に乗りたくない。 機体がなくなって欲しい。 でも、私はお姉さんだから。 一番危険な機体に乗らないといけない。 妹や弟達に怪我をさせる訳にはいかないから。 こんな思いをするのは私だけで十分なはずだから。 だって、私はお姉さんだから。 逃げる事、放棄する事なんて出来ない……
 
神の居ないこの世界で−A5編−


→交差の始まる瞬間。怒る野獣と憂う美女達。

     平定者の船は今はエリアAの港に停泊している。  祐一はそこで、書類の束に向かっていてそれを消化し終えた所だった。  そこへ、音も無く入り込んできた人間が居る。 「うん? もしかして、詩子か?」 「はぁい、みんなのアイドル柚木詩子さんですよ〜」 「……それで何か用か?」  付き合いきれないとばかりに、祐一は詩子の言動をスルーする。  詩子もスルーされると解っていたのか、あまり気にしていないようだった。 「詩子さんも情報を集めてね。師匠の資料も一緒に届けに来たの」 「そうか、ありがとう」  師匠とは石橋彰雄の事である。  現在、詩子はONE専属の情報屋として活動している。  その強力なコネと情報網は既に個人のレベルではないがその三割近くが彰雄の力を借りているようなもの。  それでも、残りは詩子が独力で構築した。実力は明白だった。  特色として、大企業相手に情報戦をやらせれば個人とは思えないほどの力を発揮する。  由紀子は手放したくなかったが、詩子の実力を枯らすわけにもいかず、泣く泣く独立を許したのだった。  祐一が手を伸ばした時に、詩子はそのファイルを引っ込める。  祐一は眉をひそめるが、詩子は涼しい顔をしていた。  片手で、ファイルを腰の後ろに隠し残った手で甘い甘いと指を振る。 「詩子さん頑張ったから、報酬が欲しいなぁ」 「報酬? 何が欲しいんだ?」  嫌な顔もせずに祐一は詩子を見詰め返す。  詩子の顔には陰りの色が見えていた。 「うん、本当なら……私は謝らなきゃいけないから」 「何に?」 「もし、あの時。私がちゃんと嘘をつかずに有夏さんがエリアAに戻ったって言ってたら……」  そう、もし詩子がエリアMに有夏が居るといわなければ。  もしかしたら、祐一は一生、昔のことを思い出さなかったかもしれない。  そして、ドールに関わる事無く幸せに暮らせたかもしれない。  その可能性を摘み取ったのは詩子のちょっとした嫉妬心からだった。 「だから? 俺に謝るって言いたいのか?」 「そう……だね」 「なら、謝らなくて良い。俺は思い出せてよかったと思ってるから」  なんとも言えない表情で固まる詩子。  祐一は書類がしっかりと終っているか最終チェックをしてから立ち上がった。 「いつか思い出さなくてはいけなかったこと。その切欠がたまたま詩子の一言だったってだけだろ?」 「だから、その切欠が!」 「その切欠をくれてありがとう詩子。俺は思い出せてよかった」 「……なんでそんな事、言うかなぁ」  敵わないと言う表情で祐一を見る詩子。  元々ちょっとした嫉妬心から言った言葉を許してもらえないと思っていて、許してもらえてて。  詩子精一杯の自分の表情を誤魔化しての顔だった。 「ホント……茜が羨ましい」  口の中だけでそう呟く。  それを形にしてしまったら、なおさら羨ましく感じてしまった。  一緒に居られる時間が長い茜に嫉妬していると詩子は自覚する。   「ん? 何か言ったか?」 「報酬がね、欲しいって」 「それで?」  すっと、祐一に近寄り、手を握る詩子。  そして、乱暴に祐一の唇を奪う。 「猫に噛まれたと思ってね」  祐一は呆気にとられて何も言えない。  詩子の顔は魅惑的な笑顔だった。
    ▲▽  ▲▽  ▲▽  ▲▽  ▲▽
     茜に自慢するわけでもなく、何となく顔が見たくなって詩子は格納庫へと歩いていた。  そこに行けばかなり高い確率で茜に会えると知っているからだ。 「ふん、ふん、ふふ〜ん」  上機嫌に鼻歌を歌いながら、歩く通路。  目の前から歩いてくる茜を見かけて詩子は大きく手を振った。  茜も気がついたのか詩子の元へと歩いて行く。 「久しぶりですね、詩子」 「うん、茜がここに勤めはじめてから初めてだよね」 「そんなに経っていましたか?」 「あはは、もしかして詩子さんの存在は相沢君以下なのかな〜?」  な、と怯む茜。そ、そんな事はありませんと手をばたばたと振る。  説得力は皆無だった。そこから世間話へと移行する2人。  時間を忘れそうになったときに、その横を凄まじく不機嫌な顔をした祐一が走り抜けて行く。 「あ? 祐一さん! この後の打ち合わせは!?」 「ごめん、後で埋め合わせするから! 今はちょっと無理!」  気がついた茜は声をかけるが、祐一は表情を幾分緩めて走りながら返事をしたに過ぎない。  行く先は格納庫しかないのだが。茜は茜で、対処できずに固まっていた。  一方、詩子は茜が素直に祐一と呼んでいる事を複雑に感じている。 「詩子、原因がわかりますか?」 「う、う〜ん……私の情報じゃない事は確かだよ?」 「心当たりはありませんか……なんであんなに怖い顔をしていたのでしょう?」  2人の頭にはクエスチョンマークが浮かんでいた。  2人が首をかしげて、その場に立ち尽くすこと4分。  変な振動が船を揺らす。 「これは!?」  何故そんなことにも、思い至らなかったのかと茜は格納庫に向けて走り始めた。  船底が開いている振動だからだ。  と言う事は祐一が単独で、出撃することに他ならない。 「今回は活動が終った直後のはず! どうして!?」  格納庫では異変を察知した美汐と真琴が立ち尽くしていた。  既にクラウ・ソラスが出て行き、その場にはぽっかりと穴が開いている。  ロンギヌスがあるのに何故、クラウ・ソラスなのかもわからない。  簡単な理由だが、クラウ・ソラスは今回出撃はしていなかった。  整備が済んでいる機体で、祐一が乗れるものはそれしかないと後から気がつく茜。  しかし、気がついたのは今ではない。 「一体何があったのですか!?」 「相沢さんがいきなり出て行ったとしか……」 「あぅ……止める暇が無かった」  困惑する美汐に真琴。詩子に茜も困惑していた。  しかし、そのままにして良いはずも無く。  何かしらの対応をしようとするが、情報が圧倒的に足りていない。 「……この資料を持ってきたのは柚木さんですか?」  秋子が遅れて、しかも息を切らせて格納庫に入ってくる。  手に持っていたのは先ほど祐一に渡したファイルのうち、彰雄からの情報が入っているものだった。  詩子はその内容に関して感知していない。  何故なら自分で調べたものではなく、行くのならついでに頼むと言われてわたされたものだからだ。  当然のことながら、中身を見る暇など無かった。 「私の資料じゃ無いけど、持ってきたのは私です」 「……そうですか」  秋子は溜息を吐いて、顔を上げる。  皆が困惑している中、声をあげた。 「美汐さん、真琴ちゃん、出撃準備を。里村さん、私はリタリエイターで出撃します。大丈夫ですか?」 「ちょっと待ってください! どういうことですか!?」 「これを見てください」  秋子はそういってそのファイルを茜に渡す。  茜はそれを見るために開くその後ろに真琴、美汐、詩子の3人が張り付いた。 「祐一さんは一見冷静に見えます。いえ、冷静なんですが……  沸点が低いんです。事に当たっている時は信じられないくらい冷静なんです。  ですが、行動に移すまで簡単に熱くなります。本当に……困ってしまいますね」  秋子は複雑な笑みを浮かべて読んでいる4人にそういった。  なまじ、単独で事を完遂する能力があるだけにそれは厄介な事。  今まで一人で飛び出すと言う事が無かっただけに、それはショックな事でもある。  何事かとメカニック達が起きてきて、格納庫に集まってきた。  申し訳無さそうに、秋子はそれに指示を出している。 「今回戦闘に参加出来そうなのはどれでしょうか?」 「うん……天野嬢のインヴィジブルエッジは戦闘は無理だな。ただし、戦闘が無いのなら運用は可能だ」 「困りましたね……」 「沢渡嬢のフォックスアイは狙撃なら何とかというくらいか」 「ライフルを2丁用意してください、それと、インヴィジブルエッジの装甲は抉れている部分を外して予備のを装着」 「了解! チーフ」  ファイルを読み終わった茜が指示を出し始めた。  茜が指示に戻った事で、行動に方向性と活気が出る。 「チーフ! 予備で足りないところは!」 「今回は有る所だけで構いません。インヴィジブルエッジには盾を持って出てもらいます」 「了解!」 「フォックスアイの装甲も抉れているところ外してください」 「それだと!」 「今回は狙撃仕様で出てもらいます。装甲は最低限で結構です」 「了解、狙撃仕様に換装!」 「秋子さん、15分下さい。出撃できるようにします」 「お願いします」 「リタリエイター準備」  秋子はそんな声を聞きながら、美汐、真琴そして詩子をつれて格納庫横のブリーフィングルームに移動した。  これからの行動を決めるために。  そこにはファイが居た。目をこすり、いかにも眠たそうだ。 「ファイ、ごめんなさいね」 「偶然、起床」  秋子は申し訳無さそうに、ファイに言う。そして、ファイに簡単な状況を説明する。  美汐と真琴はファイルをまだ読んでいた。  詩子は既に居ない。行動を起こしているようだ。 「……リタリエイターのOSの状況を教えて」 「準備不完全」 「出来る事は?」 「素戔嗚、交戦不可、回避完璧」 「そう、それだけあれば問題無いわ、ありがとう。ファイ」  秋子はファイの頭を軽く撫でて、おやすみを言う。  後の事は私たちに任せてゆっくり寝なさいと言う気持ちを込めて。  そのことを十分理解しているファイは素直にそれに従った。  SK−222 インヴィジブルエッジ  KANONのファントムの流れを汲むドールである。ステレス機能は若干不完全になったが、その分製造コストが落ちた。  代わりに運動性と操作性が向上している。若干であるが装甲も、である。  基本的に近接戦闘用の機体であり、格闘戦を好む美汐にあわせて設計してあった。  コクピット周りがかなり余裕を持って作られており、その中に子供を4人まで収容可能である。  大人であったらば2人まで。これは祐一が頼んだ事で、美汐機にのみに取り入れられていた。  SK−231 フォックスアイ  装甲を取り外す事で、狙撃もこなせる様になっている機体。  真琴が基本コンセプトを出し、佐祐理が設計した。装甲を厚くすると動きの精密性は失われる。  しかし、近接射撃をする分には十分なレベルを保持する事は出来る。  真琴が出した基本コンセプトはまずは近接射撃、その後狙撃と言うもの。  撤退時に狙撃で援護出来る様にである。装甲を捨てる事で運動性を増し狙撃ポイントまで移動を楽にする意味もある。    AY−01 リタリエイター  茜と祐一が企画設計した、秋子用の専用機。正確には秋子は操縦をしない。  補助AIである月読と天照をファイが解析して、作られた素戔嗚(すさのお)が機能の殆どを司る。  素戔嗚はファイが居なくては生み出される事は無かった。  動作にはマリオネットプロジェクトの技術が応用され、それを利用して素戔嗚が動きを制御する。  そのため、動きはHドールにも見劣りしない。ただし、操縦全般をAIに任せる事になる。  他の機能は高性能な情報収集能力を持っている。これは秋子が状況を判断する為だ。    さて、と秋子は思考を開始する。  祐一が行った場所がわかっている。ならばどうするべきかを考えた。  プランをいくつも頭の中で立てておき、いつでも変更できるように柔軟性を持たせていた。  そして、小さな溜息を吐くのだった。  何で一人で飛び出たんでしょう、と。
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     第330孤児院。その区画の一角で、悲壮な顔をした女の子がいる。  歳は10歳前後、小柄で、髪型をショートカットにしている。  ドール用の戦闘スーツに身を包んだ彼女は機体を見上げては、苦しそうな顔をしていた。  新たに現れたシスターの格好をした女性が女の子の前で口を開く。  シスターの格好をした女性は20代後半といったところだろうか。 「マーキュリー……良い? マルスとユピテル、私達を助ける為にドールに乗ってくれるよね?」 「……当たり前です」  あやす様な言葉に眉をしかめる少女。  鋼がむき出しなのか、それともそういったデザインなのか。  鈍い銀色の機体が2機、そこに立っている。 「これで出て、それで、みんなを守れば良いんですよね?」 「えぇ、既にジュピターは機体に乗り込んでいるわ。2人で守って頂戴」  明らかに、体が震えている。  キっと機体を睨んでからコクピットに入り込むために二階へと足を向けた。 「怖い思いをするのは、私だけで十分なはずですから」  小さく呟いた言葉は誰にも届かない。  マーキュリーと呼ばれた女の子はそれで良いと思っていた。  片方の機体のコクピットの前に辿り着く。 「ふぅ……」  マーキュリーはコクピットの前で深呼吸を繰り返した。  覚悟を決めたように、機体に乗る。 「こちら、マーキュリー。準備完了。今回の敵の概要を教えてください」 『今回は、敵は4機みたい……ごめんなさいね、いつもこんな事をさせて』  聞こえてくるのは先ほどのシスターの声。  いつもと同じ、滑り出しだろうと少女は思う。 「みんなが無事ならそれで良いんです」 『頼んだわよ』  心にも無いことを言っている。そう、少女は苦笑した。  そして心の中で悪態をつく。 (私の妹弟達が無事なら、良いんです。あくまで彼方達はおまけです) 『姉さん、準備できたよ』 「……ジュピター、良い? 私が前衛をやります。援護を」 『わかったよ、姉さん』  通信に、幼い声の男の子の声が混じる。  やはり年齢としては10歳程度なのだろう。  そして外に出る。月が無く、薄暗い。  周りは山に囲まれて、ドールが通常仕掛けてくると思われる場所は限定されていた。  渡される情報を参照しつつ、その場所へと静かに移動をする。  両手に手に持っているのは格闘用のロッド。  少女の後ろについてくる機体はマシンガンを手にしている。  典型的な前衛と後衛の組み合わせだった。 「戦闘を……?」  嫌な違和感を感じる少女。これで終らないとばかりに、何かを感じる。  しかし、意識をそれに裂くわけにはいかない。  目の前の敵に集中するべく、小さく深呼吸をした。 『姉さん! 目の前の4機のほかにかなり遠くから高速で近づいてくる機体が更に1!』 「……情報くらい正確にして欲しいですね!」  もう少しで交戦距離、視界の端にギリギリ映る距離に入る。  山岳迷彩、茶色と灰色の入り混じった複雑の模様のドールが視界の端に入っていた。  それが4機。こちらを識別しているか、していないかは判別できない。  そして、仕掛けようとしたとき。  少女を姉さんと呼ぶ少年の悲鳴が響き渡った。 『おかしいよ! なんで、こんなに早いのさ!』  少女の乗っている機体の貧弱なレーダーでもそれを確認できる。  確かに、異常だと少女は思った。  それと同時に、不吉な音が鳴り響く。  ふぃぃぃぃぃ―――              ふぃぃぃィィ―――                          ふぃィィィィ―――                                      フィィィィィ―――  音が反響する。反響が反響を呼び、どこにその音の発生源があるか判らない。  いきなり、目の前にいた4機が後ろを振り向いた。  つまりは、少女達に背を向けたと言うわけだ。 『え?』 「一体何が起こっているの? 仲間割れ?」 『4機と1機が交戦開始!』  訳が分からないという感じになっている。  交信をしていたのか、時折ノイズの混じった音が耳に入ってくるがそれは意味を成さない。  未だに交信が続いているが、周波数が違うのか、やはり音は意味を成す事は無かった。  4機も混乱をしているらしく、動きに統率が無い。 「……どういうこと?」 『え? 2機の動きが止った!?』 「なんですって?」  いつも襲撃してくる者達は同じ。  乗っている機体は違うが、動きから何となくわかる。  最近になって機体の性能が上がってきている事も。  その4機がいきなり統率を崩されて、既に2機が沈黙させられている。  異常事態だと、少女は唇をかんだ。 「……撤退は出来ないよね」 『姉さん?』 「大丈夫、大丈夫だから」  自分に言い聞かせるように呟く少女。  素直に怖いと思う。ただ、それを口に出来る場面ではない、と少女は判断した。  口にしてしまえば、それが現実になってしまいそうだったから。  暗闇から現れたのは漆黒のドール。  辛うじて形が判る程度のドールだ。暗闇から滲み出て来たと言われても違和感が無い機体。  亡霊……それが少女の感じた感想。それが目の前に現れた。 『通信を開いて欲しい』  聞こえるのは、落ち着いた男の声。祐一だった。  先ほどまで鳴っていた不吉な音はもう聞こえない。  もし交渉できて戦闘が回避できるのならば、それに越した事はないと少女は思った。  しかし、それをしても何にも成らない事も知っている。  欲しいのは敵を退ける事ではなくて、私達が戦ったデータもしくはその事実なのだろうと知っているから。 「……貴方は何ものですか?」 『平定者だ。君達を保護しに来た』 「なんですって?」  耳を疑う。今この男はなんと言ったかと、意味を検分を始める。  それと同時に、構えを構成して、いつでも飛びかかれるようにしていた。  後ろに控えている少年も同じようにしている。 『君達は、今の自分達の状態、自分達の出生を知っているか?』 「……ふん」 『ね、姉さん……』 「私が守らないと、残り2人の命が無いの! 保護しに来た? ふざけないで!」  少女は息を一気に吐き出して、片手のロッドを投げ飛ばす。  それが始まりの合図だった。  軽くそれを弾く、祐一。 『普通なら……もっとスマートな手段をとるが。今回ばかりは話は別だ』 「それは貴方の事情! 私は、家族のために戦ってるの!」  その言葉に苛立ちが混じっている事を少女達は知らない。  何故それほどに苛立っているのかも知らない。  あの、嫌な音が始まる。耳に残るあの嫌な音。  少女は本能的に、触れたら拙いと感じ取っていた。 『後ろの敵には気をつけてね、銃装備みたいだから』 『そうか、後ろの奴から動きを止めさせてもらう』 「えっ!?」  その言葉に気を取られた時。それが致命的な隙になった。  つまりは目の前に踏み込まれたときには既に遅かった。  それは、相沢祐一の持てる全てを駆使して踏み込まれた最速の一撃。  全ての動作が後手に回っており、もう何も出来ない。  剣の軌跡にロッドを差し込むことも、機体を捻る事も、下がる事も出来ない。  1撃目でコクピットを外した袈裟切りで下半身と胴体を斜めに両断され、2撃目の切り上げで残った腕が切り離された。  そして3撃目、コクピットに激しい衝撃が重ねられて、地面に叩きつけられた。  実際には軽く押しただけであるが、固定している物を失ったコクピットが自然落下したのだ。  かなりの衝撃が襲う事は想像に難しくない。  それで少女は意識を失う。対応できると言う方が稀だろう。 『ね、姉さん!』 『やれやれ……その喚き声を聞かせるな……』  殺気さえも孕んだ声が、少年に突き刺さる。  しかし、少年は怯む事さえ出来ない。  姉は多分生きているが、それを安心できる状況では無いからだ。 『覚悟しろ!』 『その言葉そっくり返してやる』  普段の祐一からでは考えられ無いほどの苛立ちの声。  少年は銃を正確に発砲する。狙う箇所は直撃すれば相手の動きが止る機関部などを中心とした精密射撃。  確かに、普通の敵ならばそれで終っていたかもしれない。  動きが普通ならば、それは確実に命中していた。  しかし、相手が悪すぎる。今まで相手にした事の無いタイプの敵。  漆黒の機体は瞬間的に沈み込んで、四つん這いになる。  弾丸はその上を通り抜けた。 『くそ!』  あどけないその声にも、焦りが入る。  狙いを更に正確にして、銃撃を放つがそれすら掠る事さえ無い。  相手が予測不能な動きをしてくれるからでもあった。  常識的に考えて、考え付かない動き。人としての動きではなくて、他生物のような動き。  人間的な動きしか捉えられない少年と異常な動きをしても耐えられる祐一。 『大人しくしろ』  銃撃が当たらない時点、いや、1対1になった時点で既に少年に勝ち目は無かったのだ。  もし勝てるとしたら、銃を捨てて、装甲を捨てて、逃げる事。  そうしていたら、もしかしたら勝てたかもしれない。  しかし、その判断は最初の時点で捨てている。  彼の言う、姉と同じ目に合ったのは言うまでも無い。
    ▲▽  ▲▽  ▲▽  ▲▽  ▲▽
     美汐がそこにたどり着いたとき。  既に戦闘は終わっていた。  残っているのはクラウ・ソラスのみである。  安堵の溜息と、ちょっとした怒りがわく美汐。   「槍ですか? 今回の事をどう思っているか聞きたいですが……先に彼らを保護します」 『……すまないが、頼む』  反省しているのか、祐一の声は沈んでいる。  しかし、その先があることを美汐は知っていた。   「はぁ、心配するこちらの身にもなってください」  美汐はそう言いながら、コクピットだけになった機体のコクピットをあけて中の少女と少年を自機の中に保護する。  ゆとりのあるコクピット内に2人の子供が収容されてから、美汐は祐一に通信を入れた。 「このルートに狐と三つ編が待機しています。多分、この先にも進むのでしょう?」 『あぁ、すまない』 「謝罪は後で正式に受け取ります。今はやるべき事を考えてください」  データをクラウ・ソラスに受け渡しながら、美汐は溜息を噛み殺してそう言った。  もっとも、言っても止らないという事を知っているのだからしょうがないだろう。 「私の機体は戦闘には耐えられませんから、先に離脱します。時間も大丈夫ですね?」 『あぁ、必ずその時間までには行く』 「次。約束を破ったり、心配させたら、容赦しませんよ」 『恩に着る』 「はぁ、何で私は槍に弱いんでしょうね。では、御武運を」 『ありがとう』  互いに別の方向に走り出す。  美汐は自分達の船に。祐一は少年と少女が出てきた建物へと。 To the next stage

     あとがき  まずは一つ目の事件です。まだ、名雪さんとの対決にはならないのでまだ肩肘を張ってもらわなくて良いと思います。  本格的な対決はまだと言うわけですけどね。次回は名雪さんサイド。  また殺伐とするんだろうなぁと思いつつ頑張ります。  ほのぼの系は……たぶんSSSで補完すると思います。  では、拍手コメントのお返事を。 >VS名雪は一方的な方が自然だと思います 5/22  驚きです……そう思う方が多いのでしょうか?  うーん……どうなんでしょう、毎週一回は同じようなコメントを頂くんですけどね。  展開の筋事態はもう出来上がっているので、お楽しみにと言う事で勘弁してくださいね(苦笑 >なんていうか、 >ほのぼの、いいなぁ。5/22  これは多分あれだ、SSSだ! 見える、見えますぞ!  などと馬鹿なコメントは横に置いといてですね、ありがとうございます。  自分としてはほのぼのと言う感覚がわかりにくいだけに嬉しいです。 >秋弦かわいいですね 5/22  人気が有りますねぇ……秋弦嬢。嬉しいですよ。本当に。  やっぱり、名付け親が良かったんでしょうね。本当に感謝です。  皆さんのコメントに支えられて、秋弦嬢のネタは生まれます(笑  >祐一達のほのぼのはいい感じですね。 >祐一(一弥)が武術を使用するエピソードをもっと見たいです。 >受付嬢もハーレムにくわえちゃいますか!? 5/24  ほのぼのコメントは今週2つ目! ほのぼのだったんだと喜んでます(本音  受付嬢のエピソードの構想が一つあるんです。舞さんと佐祐理さん達を巻き込んでのがですね。  とりあえずそれに武術関係の物を組み込んでみます。それらしい物があるので。  いつになるか解りませんけどね(苦笑  リクエストを受けてまだ、消化していない物があるので気長に待ってください。お願いします。  では次も頑張ります。ゆーろでした。


    管理人の感想


     ゆーろさんからのSSです。
     詩子さん再登場の話。  む、本編では初でしたっけ?  彼女も祐一を憎からず思っている様子です。  なんかカップリングが拙作とドンドン似てくるなぁ。(笑  彼女は祐一の奥方連中を出し抜いていい関係になれるのだろうか!?(核爆
     今回は今までとは違い、戦闘がメインの祐一サイド。  祐一が突っ走った理由は、次の話で分かるのでしょうか?  残った子供は助けられたのかなぁ。  シスターは悪い人でファイナルアンサーでしょうかね。

     SSSですが、こちらも新しく差し替えられています。  皆様是非感想と伴に見てはいかがでしょうか?


     感想は次の作品への原動力なので、送っていただけると作者の方も喜ばれると思いますよー。

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