神の居ないこの世界で−A5編−


→あの子達の行方。それぞれの道。

     聖が祐一と秋子に保護した2人の子供について説明をしている。  場所は祐一の私室、つまりは寝室だった。 「あの子達は強制的に成長を早められている」  結論的に言えば、ホルモンなどを投与して無理やり成長速度を速めていた。  聖の見立てではあの2人はまだ5歳くらいだという。  外見が、10代前半ぐらいである。本人達は異常に思っていないのかもしれないが、これは異常なこと。  体の年齢と精神の年齢がイコールではない。  無理やり体に合わされているといったところなのだろう。 「現在は、何とかホルモンバランスを整え終わった所。普通の状態にあと少しといったところだな」 「弊害とはあるんですか?」 「今の所は見当たりませんよ、秋子さん」 「そうか……それは良かった」 「そうですね、祐一さん」  聖はとりあえずこれだけが解った事と言って、部屋を出て行く。  まだ、あの子達の様子を見なければいけませんからねと、一言だけ残していった。  秋子は秋弦の勉強を見なくてはと、祐一に断わってから出て行った。  祐一も仕事を部屋でこなす。  こなした後、のどの渇きを覚えた祐一は飲み物を飲もうと外に出た。  そこで祐一は舌打ちをする。 「あ!」 (嫌な奴に会った……)  部屋を出て少し歩いた所で、突っかかって来たのはジュピター(祐一のクローン)  祐一はかなり嫌な顔をして、相手をしていた。自分がどれほどなのか知りたいという。  加えて、祐一がどんな人間か知りたかったという所か。  それで、手合わせを願っている感じである。  始めは奇襲を考えていたが、隙が見えずに断念していた。  奇襲が無理なら、正式に手合わせをしてもらえば言いという思考だろう。  一方、祐一にしてみれば、何度言っても聞かない。あしらうのも面倒になってきていた。  祐一にも我慢の限界がある。ぷつん、祐一の中で何かが切れる。 「そうか……解った」 「じゃあ!」 「死ぬなよ」  それはいきなり始まった。  祐一の顔から表情というものが抜け落ちる。  全くの無表情。全く判らない感情の色。どこを見ているのさえも判らない。  その変化さえも気が付けないジュピター。 「え? げぁ!」  初めに入ったのは、心臓真上に入った打撃だった。  一瞬、意識が飛び息さえも出来なくなる。  苦しいと言う感情を持つ事さえも出来ずに体を折り曲げようとしてそれが間違いだと気がついた。 「あっ」  祐一はその場から動いていない。しかし、次の手は既に打たれている。  折り曲がったその先にあるジュピターの頭部にそれがぶつかると解り必死に体をはね起こす。  外れたはずの祐一の手が目の前で不思議な動きをした。  勢いが変化し、方向が驚異的に変る。  それが、ジュピターの喉を狙っていると気がついた時には既に手遅れだった。 「がぁ……!」  だしん! と喉を祐一の手が突きを入れられ壁に叩きつけられる。  ジュピターの意識が飛び、地面に力なく倒れたのだった。 「しまった……」  そんな祐一の声だけがその場に響く。
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     さて、ジュピターが気がついたときは医務室だった。  横でマリーが何か書類のような物を見ている。  更に視線のその先には聖が書類を書いていた。 「気がついた?」 「え? うん、姉さん。僕どうなったの?」 「オリジナルに手を出して、痙攣しながらここに運び込まれたのよ」  頭を振りながら、溜息を吐くマリー。  記憶が繋がったのか、がばりと起き上がろうとしてそれが出来ないジュピター。 「……痛い」 「辞めておきなさい。まだ怪我が治ってないから」 「そんなに酷い怪我してる?」 「肋骨の何本かに皹が入っているのよ」  たしなめるように、ベットにジュピターを寝かせながらマリーは何度目かになる溜息を吐いた。  目頭を押さえながら、何か考えるように黙り込む。 「姉さん、どうしたの?」 「……オリジナルにちょっかいを出すのは辞めなさい」 「え?」 「オリジナルとは違うといっても瓜二つなのよ貴方は」 「でも」 「そうね。もし、いま。貴方が私達を殺すしかなくて殺して数年経った後を想像しなさい」  困惑するジュピターをよそにマリーは続ける。  聖は聞き耳を立てながら、書類を書き続けていた。 「その頃と同じ姿、声をした人間が現れたら……その人はどう思うかしらね?」 「あの人は……なんなの?」 「はぁ……良いわ、これを読みなさい」  渡した資料は中央裁判所で現在も審議が続けられている事件の細かい関係資料。  これは、部外者には目に触れないものだ。  しかし、それがここに有ると言う事は関係者がもしくは、関係者に親しい人間がこの船に乗っているという事になる。  その資料をマリーは読み終えていた。  感想はその態度を見れば何となく解るだろう。 「……とにかく、ちょっかいは出さない。良いわね?」 「……はぁい」  納得はいかないが、姉の言う事には従うといった感じのジュピター。  聖は取り合えずと言う感じで口を挟むことをやめた。
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     その頃の祐一はというと、私室で電話をしている所だった。 「北川か?」 『よう、相沢。何だ? 珍しいな』 「あぁ、それでだな……」 『何か厄介事か?』 「里親になって欲しい……ちょっと難しい問題でな」 『うん? 何が難しいか解らないが……』 「子供を2人をつれて会わせた時にまた説明する」  戸惑いの色を隠せない北川。  しかし、祐一のことを信用しているので余り深くは追求はしない。  もっとも、会ったら嫌でも解るのだろうと何となくだが理解している節がある。  電話の近くから瑠奈の声が聞こえた。 『あなた、どうしたの?』 『相沢が、2人の子の里親になって欲しいって。瑠奈、良いよな?』 『えぇ、あなたが良いなら。私は文句無いわ』 「ありがとう」 『よせやい。困ったときはお互い様さ。ともかくこっちはある程度用意しておくから……って到着はいつだ?』 「3日後といった所だ」 『解った、3日後だな』  電話を切って溜息を吐く祐一。  どう転がるかは、あの2人に委ねられる事になった。
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     喫茶店『Polar bear』。 午前中は白熊塾といわれている。  自然に集まってきた子供達を相手に瑠奈が教鞭をとっているからだ。  その数は11人。親の手伝いが出来る年齢の子は親の手伝いをする。  もし暇ならば、ここに来て小さい子の面倒を見ると言った感じ。  数学、国語から始まる基礎教養。子供達は瑠奈が言う言葉を楽しそうに聴いている。  美術や図画工作は時折来る茜が教えていた。茜が居ない時は意外にも潤が教えている。  保健や怪我の治療、道徳などは聖が教えている。  運動などは潤の仕事が暇な時に、潤が一緒になって遊んでいるのだった。  午後は子供達が駆けずり回るので必要は余り無いのだか。  さて、子供達に教える事が楽しくてしょうがない瑠奈。  もとより、子供がすきなのだ。最近では何故教師にならなかったか残念に思うことのほうが多い。  もっとも、軍人になったから潤と出会えたと言う結論になるが。 「はい、みんな。じゃあ、おやつの時間にしましょうか」  持っている本の朗読を終えた瑠奈が、パタンと本を閉じながら、朗らかにそういった。  しかし、子供達の間には緊張が走る。 「今日用意したケーキはイチゴのケーキ。このケーキを綺麗に分けれたらみんなで食べて良いわよ」 「やった!」 「わぁ!」  瑠奈が持ってきたのはまん丸のイチゴのケーキが2つ。  切り分ければ、見事なイチゴのショートケーキになるだろう。  子供達は問題の難易度が低くて小躍りしている。  前回は問題の難易度が高くて、お菓子にありつけられなかったのだ。  ありつけられなかった問題は以下の問題。 『肘を曲げずにぺろぺろキャンディーを食べる』  というもの。曲げれないように雑誌などをタオルでくくりつけての挑戦だった。  ちなみに、そのキャンディーも喫茶店のお手製である。  正解はお互いにたべさせてもらう。しかし、子供達は気がつかない。  降参すると、正解は教えてもらえるがお菓子は次回に持越しである。  この時は潤を呼んで、子供達の前で2人で食べさせあった。  もちろん、潤の顔は真っ赤である。  今回は楽勝と小躍りしていた子供達の動きが止った。  ケーキの数は2つ、子供の人数は11人。  よほど、精密に切らないと没収されてしまう。しかも、切るのは瑠奈である。  2つのケーキを11人分に切ってくれと言ったら午後の井戸端会議に出されてしまうだろう。  回避する為に子供達が円陣を組んで相談を始めた。  そして、相談が纏ったのか、1人の子供が瑠奈の前にでてきた。 「先生も、一緒に食べよ?」 「あら? 良いの?」 「うん。先生も一緒になれば綺麗に切れるもん」  よく出来ましたと柔らかく頭を撫でる瑠奈。  そして、人数分に綺麗にケーキを切り分けてそれぞれのお皿に乗せて行く。  皆が仲良くケーキを頬張った。そんな、午前中。  さて、喫茶店『Polar bear』の午後はというと。  ゆっくりとした時間が流れる。勉強はこれでお終いとばかりに子供達は遊び回る為だ。  と言っても勉強の質はかなり高く、休み時間も殆ど取っていない。  アイビーの子供達にしてみれば、勉強も遊びも余り変らないのだから。  時折来るお客を相手に軽食や、菓子類をだして談笑する。  最近の話題はおいしいカレーの作り方であった。  店の評判は良い。オーブンなどの大型の器具がここにしか無いせいもある。  特にパンやケーキ等が主婦層に受けていた。  パンに関しては毎日焼いている状態。毎朝街の殆どの人が焼き立てを買って行く。  喫茶店と言うレベルは既に超えていた。  時折、料理教室が喫茶店で行われる事もある。  それは午後の方が圧倒的に多かった。 「すまない、北川はいるか?」  そんな穏やかな時間が流れていた所に祐一の声が響く。  その後ろには2人の子供がいる。 「あら、相沢さん。いらっしゃい」 「北川夫人、旦那は?」 「今ちょっと、パン生地を練ってますよ」 「そうか、じゃあ、待つとするよ」  祐一がカウンターに座る。  その横に、どうして良いか解らないといった表情でおろおろする子供2人。 「どうぞ、座ったら?」 「は、はい!」 「……しつれいします」  緊張した声を出すジュピターに、落ち着こうと冷静な声を努力して出すマリー。  瑠奈はクスリと微笑みながら、あれ、と女の子の方に興味を示した。 「さて、今日のお勧めは?」 「木苺のタルトですよ」 「この子達にはそれと、それに合う飲み物を。俺には珈琲をお願いします」 「はい、かしこまりました」  手馴れた手つきで珈琲を一つと、紅茶を2つ用意を始める瑠奈。  そわそわと落ち着かない、マリーにジュピター。 「どうした、珍しいのか?」 「……ここは何なのさ」  拗ねた様な、何だか気に食わないと言う表情で祐一に言葉を返すジュピター。  その表情にいまいち納得できない祐一だが、それをグッと飲み込んで言葉を形にする。 「ここは喫茶店。お金を払って料理や飲み物を飲んだり食べたりする所だ」 「初めて来ます……ここが喫茶店なんですね?」  興味深そうに周りを見て廻す、マリー。  ジュピターは祐一に連れて来られたのが面白く無いのかつまらなそうな顔をしている。  そこに、木苺のタルトを持ってきた瑠奈が2人の目の前にタルトを置く。  横に紅茶を添える。 「はい、どうぞ」 「あ、ありがとうございます」 「ありがとうございます」 「珈琲はちょっと待ってくださいね」 「解った」  恐る恐る手を付ける2人を横目に観察しながら、祐一は珈琲がでてくるのを待つ。  一口、木苺のタルトを口にした2人は顔を見合わせて、猛然とたべる。  食堂では毒が入っているのではないかと言う、恐怖心から栄養食品や開いていない缶詰しか口にしていない。  だから、これほど複雑で、美味しい物を食べた事は無かった。  瑠奈は少し大きくなったお腹をさすりながら楽しそうにそれを見ている。  手をタオルで拭きながら潤が現れた。  その視線の先には2人がいる。2人とも知り合いそっくりなのだ。  その知り合いの片方は隣にいる。  なんとも言えない気分の潤だが、すぐに意識を切り替えそのような雰囲気を塗りつぶした。   「おう、相沢。きたか?」 「北川、さっき来たところだ」 「子供達って……この子達か?」 「あぁ、無茶なのは解っているんだ。説明は……」  潤は手を祐一の口の前に差し出して、発言を遮る。  そして、口を開いた。 「何となく察しが着いた……お前と、栞ちゃんのクローンか?」 「あぁ……」 「年齢は?」 「まだ、5歳だ」 「本当か? 見えないぞ?」  潤が眉を寄せて、祐一に訪ねる。  祐一は真剣な面持ちで説明した。  本当だと、ホルモンを投与して無理やりに成長させられていたと。  詳しい話はわからないが、という表情で聞いていた潤の表情にも痛みが混じる。 「だから、あの子達はまだ精神的にも肉体的にもまだまだ未熟なんだ」 「なるほどな……だから、俺達なのか?」 「あぁ。戦う事を知っていて、しかも、包み込んでくれる優しさを持っているのは北川夫妻くらいしか知らない」  祐一の言葉に照れるように頬を掻く潤。  その先には瑠奈が2人に新しいタルトを振るまい、ニコニコと笑っている。  子供達が可愛くてしょうがないといった感じである。 「いやはや……まぁ、何となく解っていた事だが……瑠奈、本当に良いか?」 「えぇ、良い子達みたいですし。良いですよ」 「すまないな、2人とも」 「良いって事よ。持ちつ持たれつが人間関係の基本だからな!」  2つ目のタルトを食べている2人。  それを優しい目で見る瑠奈。 「さて、マリーにジュピターはここで当分の間、お世話になってくれ」 「「え?」」 「俺と一緒に居るよりも、気が楽だろ?」 「それはそうだけど……」 「良いのですか?」  困惑といった感じで答える2人。  マリーの視線の先には瑠奈が、ジュピターの視線の先には潤がいる。  それぞれに、優しく頷き返す潤に瑠奈。  潤の頷きを見た後、ジュピターはマリーを見ていた。マリーの表情は困惑である。  どうして良いか解らないといった感じであった。 「逃げ出すとか、変な事で迷惑をかけなかったらな。また来る」 「本当に良いのですか?」 「北川は良いって言っている。だから、甘えても良いんだ」 「……わかりました。お世話になります」 「さっさと、どっかいっちゃえ」  生意気な言葉を吐くジュピターに拳骨をくれつつ、祐一はマリーに念押しの言葉をかけ、出て行った。  かけた言葉は、戦わなくて良い、夫妻と兄弟はお互いに仲良くし、変な迷惑をかけるなの2つだけ。  さて、喫茶店『Polar bear』に新しい家族が出来た瞬間である。 To the next stage

     あとがき  今回は変則的に書きました。前半が名雪さんパート、後半が祐一君パートです。  まぁ、片方で書くには容量的に足らないし、どちらも似たような内容だから一気にと言う感じでした。  深い意味は特に有りません。えぇ、有りませんとも。  では、拍手のお返事をしたいと思います。 >相沢家に詩子が加わりさらに面白くなりそうですね 6/25  彼女は結構動きやすいキャラなので、良いですね。  書きやすいかと言われると首を捻ってしまいますけど、書いてて面白いですよ(苦笑  ネタが思い浮かべば、一気に書けるのですが、SSSはネタ切れ気味です。ごめんなさい。 >相沢家一日物語、とても面白いです 6/25  面白いと感じてくださって幸いです。  今回は結構実験的と言いますか、色々な事をしています。擬音とか擬音とか擬音とか。  自分でも書いててどうかと思ったのですが、その事に関して反応が無いので安心してたりします。 >今までの更新ペースが早すぎるくらいだと感じてたので、ペースが落ちてもむしろ普通くらいだと思いますよ。 >体に無理せず頑張るのが一番だと思われます。 6/26  お気遣い感謝です。早い遅いは今ひとつよく判らないのでなんともいえませんが、無理せずに頑張ります。  ともかく、読んでいる人が居る限りは完結を目指して頑張りたいです。  とりあえず、ペースは取り戻せたと思いますが……どうなんでしょう? ともかく頑張ります。 >SSSの秋弦最高にかわいいです 6/26  秋弦さん人気ですね。嬉しい限りです。  ただ、書いてて時折思うんです、こんな子って居るのかなぁ? て(爆  次回も可愛いといわれるように頑張りたいです。はい。 >祐一もほっぺぐらいにならしてあげればいいのに、まぁとにかく秋弦かわいい >茜と詩子最高です。二人ともかわいい 6/27  このコメントを見てからですね、しまった! その手があったか! と思ったのは。  こういうネタは早めにお願いします(笑  本当にネタがつきかけているので……今ネタとしてあるのは受付嬢とその親友の恋愛劇もどきです。  何だか需要が無さそうなので……しかも、苦手な恋愛ネタ。私としても微妙だと思ってます。  茜さんと詩子さんは絡めると面白いですね。問題なく絡まってくれますから(笑  他に6/25と6/26日にかけてメッセージを貰ったのですが、メッセージを書いてくれた人の希望により載せていません。  ともかくメッセージをいただきありがとうございます。これからも頑張りますね!


    管理人の感想


     ゆーろさんからのSSです。
     栞、強いぞ栞。  キれた彼女は名雪さえ打倒出来るのだと信じてます。(笑  ストレス溜まってるんだろうなぁ。  まぁあの面子相手なら仕方ないのでしょうけど。
     ジュピターが絡むと祐一の精神年齢は下がるんでしょうかね。  さすがにやった事が大人のやる事じゃないというか。  一応理由はマリーが説明していましたけど、大人の度量を見せてほしかったと言うのは変かな。  まぁ彼は自分を嫌っている面がありそうなので、自己嫌悪からくる感情もあったのかもしれませんけど。  やっぱり複雑な過去があるからなぁ。

     北川夫妻に預けられた2人。  残りの2人とは正反対の道を行く事になりましたが、癒されてくれると良いですね。  陣営が分かれてますし、望まぬ再会になりそうですが。


     感想は次の作品への原動力なので、送っていただけると作者の方も喜ばれると思いますよー。

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