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香里が格納庫で、自分の機体をチェックしていた時。
栞がばたばたと派手な音を立ててきょろきょろとしながら何かを探していた。
その栞の表情は驚きだ。香里を見つけた栞が香里の元へ走っていって耳打ちをする。
(お姉ちゃん! いつの間に祐一さんとの間に子供をこさえたのですか!?)
香里の拳骨が飛んだことは言うまでも無い。
しかし、その先にいる子供を見て固まるのだった。
美樹に連れられた、あの2人は誰なのか、と。
まるで他人のような気がしないのが一人。小さい方だ。
香里は何も言わずに歩き出した。栞はまだ頭を抱えて、うずくまっている。
「えぅ……お星様が〜」
そう言った変な呟きが香里の耳に入るが、香里は極力無視しつつ歩く。
どうせそのうちに、追いつくだろうと。
名雪の執務室。その前で香里は大きく息を吸う。
「名雪……居るわね?」
「香里? 何のよう?」
中から名雪の不思議だという感じの声が帰ってきた。
香里は遠慮せずに扉を開けて中に入る。
「あの子供2人は何?」
「美樹さんの部下だよ」
「美樹さんの? どういうことかしら?」
「香里も被害者だしね。これを見て」
「被害者?」
美樹にも見せたファイルの束を投げる名雪。香里は問題なく受け取り、読み始めた。
ばたん、と扉が開いて栞が入ってくる。
「お姉ちゃん! 一体何をするんですか!」
香里がファイルから目を離して、じろりと睨む。とてつもなく機嫌が悪そうだった。
栞は、小さく悲鳴を上げてから名雪に助けを求める視線をよこした。
「栞ちゃんも関係あるから、聞いてね」
そんな答えが帰ってきて、栞は困惑する。
名雪はそれを見て苦笑を浮かべつつ、説明を開始した。
「エリアMの三浦さんって覚えてる? あの情報部の」
「えぇ、それがどうしたんですか?」
「あの人がね、栞ちゃんと香里、そして、故人である牧田姫、相沢祐一のDNAが流出したという情報を教えてくれたの」
「え?」
詳しくはそのファイルを見て、と名雪は指をさす。
香里の横に滑り込みつつそれを見た。
姉と同じく、顔が強張るのが判る。
「余り気持ちのいい物ではないわね……」
「あれ? ここに居るのは2人だけですよね?」
「保護できたのは2人だけ。残りの2人は平定者に保護されたんだよ」
「前回の作戦で、でしゃばって来たのはやっぱり、平定者なのね?」
香里は確信していたが、確認の意味を込めて名雪にそういう。
読み終えたファイルを栞に押し付けつつ、名雪に向かい合った。
「漆黒の装甲。それに最近、近くで活動があったばかりだから……間違いないよ」
「そう……まぁ、良いわ。後、この子達に関しては私は関わらない。あっちが関わろうとしない限りね」
「私は……う〜ん……付かず離れずを維持しようと思います。嫌でも関わりを持たないといけませんから」
「対応はそれぞれに任せるよ」
名雪はそういって、話を締めくくる。
何故、その事について早く言ってくれなかったのか。
美坂姉妹は思ったがよく見ると名雪の机には凄まじい量の書類が溜まっている。
「それで……その書類は何?」
「あの子達の身分の偽装から始まって、新しい予算の編成とか……」
「……頑張ってね?」
「手伝ってくれる?」
微妙に顔の引きつる美坂姉妹。
量が半端では無い。1人2人が手伝っても嫌になる量であることには違いない。
「お姉ちゃん、まだ整備の途中でしたよね?」
「えぇ、ごめんなさい。整備が終って時間が有ったら手伝うわ」
「良いよ、今週中には終るだろうしね。それよりも高橋さんの様子を見ておいてね」
「解ったわ」
名雪は書類に向う。
美坂姉妹は戦略的撤退をするのだった。
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さて、付かず離れずを宣言したはずの栞だが、一方的にそれを破棄される事になってしまった。
それは、向こう側の意識のせいもある。
決して、栞が積極的に関わりたいと思ったわけではない。
喜劇は新しい機体を組み上げている時に起こった。
案内しながら2人に注意等を与えていた美樹。
美樹が、世話になる筈だからと、栞を紹介しようとした時の事。
「こちらが、ドールの整備責任者と開発者を兼任している」
「お姉ちゃん!?」
「あの……甘姉が何でここに?」
ユピテルとマルスが目を大きく見開いて驚いている。
栞にはとりあえず、現状は把握できた。
確かに、自分のクローンは2人の姉の位置に居たと、頭の中で素早く反応出来た。
だが、感情と思考は別物である。
「……なんか違う」
「甘姉のはずが無い、甘姉のはずが無い……」
「何だか……酷い反応ですね」
眉をしかめて、微妙な表情を作るユピテル。
呪詛のように同じ言葉を繰り返すマルス。
ちなみに、甘姉とマルスが称するのは戦闘にて戦い方が甘いからだ。
ごんごん、と美樹の拳骨が2人の頭に落ちた。
栞もかなり微妙な笑みを浮かべる。
「貴女達、失礼よ」
「えと……はじめまして、美坂栞です。ここのドールの責任者やってます」
微妙な笑みのまま、栞は頭を下げる。
そして、自分が2人の姉だった人物のオリジナルである事を説明した。
「通りで……老けてると思った」
「変化が少ないけど、甘姉じゃ無くてよかった」
純粋な子供達の言葉は時として残酷である。
ぷっつーん、と何か音がした。美樹はとりあえず、十字を切る。
基本的に美樹は栞に頭が上がらない。いつも機体のどこかしらを壊して帰ってくるからだ。
整備班に逆らう事はパイロットには命取りになる。
命を預ける機体を整備してもらっているのだから。
命を賭けるのは自分達だが、その術を与えてくれるのは整備班である。
だから、基本的に整備班には逆らえない。
「うふ、うふふふふふふふ!」
「「え?」」
発している雰囲気がおかしな位に邪悪だ。
瘴気が発していると言われても違和感が無い。
次の瞬間、栞の怒鳴り声が鳴り響く。
「何なんですか! 貴女達は! 失礼ですね! これでもまだ20代前半ですよ!」
「知らないわよ……栞さんが怒ったら手がつけられないんだからね」
「変化が無いってどういうことですか!? うふ、うふふふふ」
瞬間的に騒がしかった格納庫が瞬間的に静かになる。
格納庫で栞はボスだ、RPGで言うラスボス。
逆らう者は勇者と称えられ、無残にも玉砕して散って行く運命を辿る。
ゲームバランスの崩れきったRPGのラスボスだった。
香里とて例外ではない。もし、理不尽な壊し方をしてくれば装甲磨きを命じられる。
「先程から黙って聞いていれば……うふふふ、新入りですものね」
邪悪な笑みを浮かべながら、うふふと上品に笑う栞。
相対する2人は驚いていた。声もでないくらいに。
そして、しっかりと現実逃避というか、再確認をさせられる。
(あ、何だかこの怒り方覚えがあるかも)
(オリジナルも……戦わないけど、甘姉なのね……)
「良い事、思い出しました。ちょっと2人を借りていきますね、美樹さん」
「……ちゃんと、返してね」
「えぇ、しっかりと教育して返しますよ……うふふふふ」
邪悪な笑みを浮かべたまま、2人の首根っこを掴み歩き始める栞。
格納庫は栞が去った後は何事も無かったように作業が再開された。
ちなみに、何が起こったかは2人は口にしようとはしない。
その事を聞くと、口を閉ざし、ガタガタと震える。聞く方もそれを見ると聞く気が瞬間的に0になった。
最悪の形で栞の洗礼を受けるマルスとユピテルだった。
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神の居ないこの世界で−A5編− |
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