神の居ないこの世界で−A5編−


→守るという事と守られるという事。後半

     ばたばたと、無人の街の中を走る。  賽の目状に道が整備されているこの町はとても解りやすい。  東の城壁のような防護壁の上、展望台を目指して僕は走っていた。  先程、潤さんが受けた電話の後、潤さんは店の前に付けられた車に飛び乗った。  それに乗れなかったけど、見る事は出来ると思うから。  車の走り去った東の方向へと向かうんだ。 「あー! なんじゃくものー!」  嫌な奴に出会った。秋弦と呼ばれる女の子だ。……無視して走ろう。  手にしている飴玉を口に放り込む姿を視界に納めつつ、逃げるように走る。  目的地まで無視するのが一番だし。 「オニごっこ? オニごっこ? しずる、おにー?」  ぴったりと僕の後ろについてきながら、声を出し続ける。  この街の子供達の殆どが彼女と同じくらい、もしくはそれ以上の体力を持ってる。  確かに、例外はある。何故か、解らない。でも、何だか異常なのは判る。  はっきり言って、僕が一番体力が無いのではないかと思ってしまうほど。  いや、姉さんが一番体力が無いか。  鬼ごっこがいつのまにか、かけっこになっていた。 「きゃはは。なんじゃくもの、あしおそーい」  僕の目の前をひらひらと右へ左へとふらつきながら走る彼女に殺意さえ覚える。  それに僕は軟弱者じゃない! ちゃんと、ジュピターって言う名前が有るんだ!  息が無駄に上がってきている。  それにしても、あの小さな体にどれだけの体力が詰め込まれているんだろう。  こう言われると腹が立つ。息をグッと飲み込んで、更に加速する。  展望台までの長い階段を駆け上る。  くそ! なんてあいつの方が速いんだ! 「しずるのかちー!」  晴れ晴れとした笑顔を見せられてイライラする。  上りきった展望台には誰も人が居なかった。  警報が鳴ってから外を出歩く人なんて僕と秋弦以外見てない。  でも、そんな事は余り関係ないだろう。  何とか、息を整えないと……今は、何の為に潤さんが戦っているのか知りたい。  あの人は……普通の人のはずだ。多分。  一緒に居ても血の匂いがしないし……あれほど笑いながら戦争が出来る人はいないと思う。 「あれれ〜?」  しかし……こいつ、いつまでいるつもりだ?  目の前に広がるのは紫色の装甲を纏ったドールの部隊と、クリーム色の装甲を纏ったドールの部隊。  穏やかな夕日の色が紫色の装甲を見えにくくしている。 「あれは……確か」  紫色の機体には見覚えがある。  確か、いやかなりの高い確率で、僕と姉さんが相手をしていた連中と同じ。  何故ここに居るのかわからない。もしかして、僕等2人を狙ってきているとか?  ……自意識過剰だと苦笑する。 「潤さんは……」  解らない。どの機体なのか。  どこに居るのかすらもわからない。  あの人はどんな武器を持って、どんなスタイルで戦うのかすらも。  今になって、あの人の事を知らない自分に気がついて呆れてしまう。 たん!  乾いた音。よく知っている音で戦闘が始まった。断続的に鳴り響く銃声。  展望台の手摺りに身を乗り出して見る。  向こうにいるのは6機。こちらにいるのも6機。  ただ、こちら(クリーム色の機体)の動きはあまり良くない。  防壁などをうまく利用して、防御しているが突破されるのは時間の問題だろう。  だって、相手は凄くうまく連携を取って丁寧に一機づつ止めを刺している。  いくらなんでも1機が複数機を一度に相手して勝てるはずが無い。  防御以前に配置が拙すぎる。時間だけを稼ぐなら問題ないけど……  これでは先端に居る機体に死ねと言っているのと同じだ。 「あーれー?」  緊張感の無い声が隣からした。  首を傾げるあいつが目に入る。こいつはここに居ても恐怖を感じないのか不思議になった。  あーでも、オリジナルの子供だし……恐怖って言うものが欠如してるのかもしれない。ユピテルみたいに。 「くまさんいないのねー……あとぱぱも」  熊さん? 誰だそれ? 何だか嫌な予感がする。  あいつは熊さんと言って誰を指しているのか解らない。  でも、もしかすると、潤さんなのかもしれない。2人が居ないから、これほど犠牲を出しているのか?  見れば、既に3機が潰されている。あれほど破壊されてしまっていたら、中の人は助からないだろう。 ガォン!  紫色の装甲をした一番先頭に居る機体の右足が吹き飛んだ。  ずシャリとバランスを崩して地面に倒れる先頭の1機。  どこから狙撃したのか、一体誰なのか。辺りを見回す。  見つけられない。誰だ? ここに居る6機の他に誰か居るのか? 「くまさんだ〜」  あいつが見当違いだと思われる方向を見て手を振っている。  銃声がした方向と違う位置。いや、ライフルで狙撃したとしても遠すぎる位置だ。  一応、そちらを向くと何か居た。自機の身長と同じ位のライフルを構えたドール。  ギリギリ見える。高台に居るから何となくわかる。  でも先程鳴った銃声の位置とぜんぜん違う。  一体どういうことだろうか? 移動したのか?  でも、狙撃するんだったら必要ないじゃないか? 疑問は次の銃声で氷解した。 ガォン!  相手は先程狙撃されたであろう位置を割り出してその方向に向けて防御をしていた。  だけど、位置を移動していた熊の狙撃に防御する方向が違い、もう1機の片足が破壊された。  同じ高さに居たら、見つけるのは困難だろう。  城壁と同じ色をしている装甲なんだから。  それに伴って全方位に防御を向けなければならない、紫色の集団。  全方位に防御の意識を向けるだけで進軍速度は亀のように遅くなる。  機動力の無いドールは的にしかならない。だから、優先的に足を狙っているのか? 「あ! ぱぱがくる!」  オリジナルが来るのか? でも来る?  どういう事だ? 来るって言うのは……まだあの人はこの街に来ていないはずだ。  でも、凄く嫌な予感がする。何でこんなに気持ちがざわつくのだろうか?
    そのとき、ボクがめにしたのは、見てはいけないものだった。この事を激しく後悔する。          
     トランクケースのような、キャッシュケースのような物を持ったクリーム色の機体が1機。  物凄い速度で走ってきている。  紫色の機体達は気がつかないのか?  あれの異常に。あの気持ち悪さに。  まるで、指先にやすりをかけられているみたいに感じる。  気持ち悪い。あれは、何だ? ごきゃ  スライディングをするように機体を滑らせながら銃の初撃を避ける。  トランクケースを振り回して、集まっていた機体を適当に殴り飛ばす。  蜘蛛の子を散らしたように、突っ込んできた命知らずの機体を仕留める為に、紫色の装甲の機体達が距離をとった。  狙撃の危険もあるのに、まるで、狙撃を無視するように注意が集中する。  ようやく気がついたのか? あの異常さに。  わからない……でも、わかりたくも無い! カタン……がこぉん!  ばっかりと空いた、トランクケースから爆薬が破裂する。  酷い閃光と装甲を削る音。  距離をとったことが逆に相手に王手(チェックメイト)を与えるきっかけになっている。  囲まれたはずの1機。囲まれているはず。  でも、囲んでいる彼らの方が追い詰められていると感じるのはどうしてだ?  信じたくない、信じれない、信じない! かちゃ、かちゃ。  破裂した爆薬を取り除きながら中から銃を取り出す飛び込んできた1機。  マシンガンだろうか? 遠くてよく判らない。周りだって銃を狂ったように乱射している。  トランクケースの外側を盾の様にしてそれをしのぐ、機体。  左肩に引っ掛けられたそれを狙っている、いやそれにしか当たっていないような錯覚を受ける。  そんなはずは無い。でも、そう感じるのは何でだ?  防ぎ切れなかった弾丸に機体が抉れているはずなのに。  機体が削られているのに、その動きに何の翳りも見えない。  気持ち悪い……なんだ、あの動きは? ぱぱぱ、ぱぱぱ、ぱぱ、ぱぱぱぱぱん  両手をクロスさせた状態から無造作に、弾丸を放っている。  フルオートじゃ無い。意図的に弾丸をばら撒いてる。  手を広げ、まるで、勢いの途切れかけた独楽のように緩やかに回りながら。  あれで、相手が確認できるのか? あの速度で適当にばら撒いているのじゃないのか?  そこに決められたみたいに、弾丸は敵機の関節に機関部に、吸い込まれるように飛んで行く。  なんだ、あの圧倒的な存在感は? なんだ、この嫌悪感は!? ぱぱぱ、ぱぱぱ、がぉん!  中心から鳴る気持ちの悪い音。  それで、そのせいで、紫色の集団はもう既にぼろぼろ。  単機に、引っ掻き回されて動けなくなるように狙撃される。  今ならわかる、潰された3機はあいつが来るまでの時間稼ぎだったのだと。  見る見るうちに形勢は逆転。黒い煙を吐いて動きを止める物が多くなっていく。  あれは、居ちゃいけないものだ……あんなのに僕はなれるはずも無いし、なりたくも無い! がぉん!  最後の音は遠くから聞こえる狙撃の音だった。  最後まで立っていた機体の両足が綺麗に吹き飛ばされて、見るも無残に地面に上半身を叩きつけられる。  これはなんなのだろう、いや、あれはなんだったんだろう。  気持ち悪い。あれは守るには必要の無い暴力だ。  あれは、破壊するだけの力だ。怖い。あれがオリジナルか?  気持ち悪い、僕にはあれになれる可能性があるというだけで気持ち悪い。 「う……げぇぇ」  口の中がぴりぴりするし、すっぱい。吐いてしまった……  あいつが居なくなっている事に気が付けないほど、僕は疲弊していた。  気持ち悪い……
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     さて、一弥が機体を降りた時に目に入ったのは、圭一だった。  動きを止めた機体の中に居る人間達を引きずり出す人達を見送った所なのだろう。  格納庫前の大きな特殊ゲートの前にいる。 「助太刀、感謝します」 「いえ、こちらこそ、申し訳ありません。勝手に機体と弾薬を使ってしまって」 「いいえ、本当に助かりました。まだ、ここを攻める人達がいることには驚きですけどね」  圭一はそう言い、穏やかに苦笑していた。  ばたばたと、走ってくる音がする。久瀬夫人が何かを持って圭一に向かっている。 「被害は?」 「機体3機がお釈迦になりましたが、人的被害は……」 「圭一さん、現在わかっている状況です」  息を切らしながら、皇子が圭一にファイルの束を渡す。  圭一は素早くそれを確認しながら、一弥に言った。 「メカニックが転んで肘を擦りむいた位ですね」 「という事は?」 「あの3機はマリオネットですよ」  実際に戦っていたのは狙撃しながら移動していた北川。  城壁の一番近くに陣取っていた2機に乗っていた竹井と須藤だけである。  他はマリオネット。つまりは無人機が囮と時間稼ぎをしていたというわけだ。  物的な被害があっても、人的な以外はない。  それは、この街に一番必要な事実である。 「ちょうど良かったのか?」 「はい、今回4機を納入してもらうつもりだったので、そちらの手間になるでしょうけど。こちらには問題ありません」  穏やかな笑みを浮かべなおす圭一。その横で、幸せそうな皇子。  一弥は微妙な笑みを浮かべながら、口を開く。 「回収はそっちでしてくれるんですよね?」 「えぇ、もちろんです。ですが、手伝ってもらえますか?」 「メカニックの何人かを呼びます。それでいいですか?」 「はい、感謝します」  その時。襲撃が終ったという合図の音が鳴る。  街が息を吹き返したように動き始めるだろう。  圭一と皇子はお互いに頷きあった後にやることが有るので失礼しますと一弥の前を後にする。  一弥はそれを見届けた後に、携帯を取り出して壊れた機体に関する指示を出した。 「ちゃお〜」  電話を切ったと同時に、気だるい様な声と共に一弥の肩が叩かれる。  振り向いた先に居るのは柚木詩子だ。  ただ、その姿はあまり良いものではない。ぼさぼさになった髪に、鬼気迫るような視線。  何かあったのかと勘違いしてしまってもしょうがないだろう。 「詩子、何かあったのか?」 「ちょっと、祐一君に会う用事が出来て36時間耐久レースを……ね」  疲れきった表情で、語尾のねの部分に無邪気な色を混ぜ込むがそれは見ていて痛々しいだけだ。  祐一は詩子の顔色を見つつ、どうした物かと思案している。 「大丈夫か?」 「大丈夫といわれれば大丈夫だけど……」 「ど?」 「こんな格好で祐一君の……」 「あ、おい!」  前に立つのが恥ずかしいと告げようとして、ふらりと詩子の体が傾く。祐一は慌てて、詩子を支えた。  何か体調が悪くなったかと、思って詩子の顔を覗き込む祐一。  しかし、ただ安らかな寝顔がそこにはあるだけだった。  とりあえず、疲れて眠っているだけだと判断する。  祐一は詩子を抱き上げて、寝れる場所に連れて行こうと行動を開始した。
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     潤は機体から降りた後に、一回家に帰った。  帰った時に、ジュピターがいないと解って、探しに行こうという感じである。  ちょうどその時に店に来た祐一と秋弦。秋弦の話を聞いて潤は行ってくると言って店を後にした。  向かった先は展望台である。 「やっぱりここに居たか」 「あ……潤さん」  呆然とした感じで戦場だった所を見ているジュピター。  その視線の先には何を見ているか解らない。 「どうした? らしくもない」 「……あのドールに乗ってた人はどうなるのかな?」  ジュピターは、回収されていくマリオネットを指差してそういった。  潤は何だ、そんな事かと、表情を緩める。 「あれには誰も乗ってないぞ?」 「はぁ?」  何言っているんだ、貴方は? そんな表情なジュピター。  潤は説明を開始する。あの機体の特徴等を。  そして、疑問があるなら久瀬夫婦に詳しく聞けと説明した。 「潤さんは……さっきの戦いに居たんですよね?」 「あぁ、もちろん」 「どれだったんですか?」  ジュピターの言葉が硬い。何か納得できないという表情で続けていた。  潤は気にしないというよりも、納得はされないと思っている。 「ライフルを持っていたといったら判るか?」 「あの、遠くから位置を変えて狙撃してたあれですか?」 「あぁ」  信じられないといった表情で潤を見るジュピター。  潤は苦笑しつつ、言う。 「この街にはお前と同じような境遇の子供達が居る。それに、俺と瑠奈以外の人達はドールに対して恐怖を抱いている。  初めて聞く会話だろ? 当たり前だ。相沢の奴が自分と同じ境遇の奴を救って歩いているんだからな」 「でも……何で、関係ない潤さんがそんな事しているの?」 「関係無い訳じゃない。俺は好きな人達の笑顔を見たいだけだ。それを護りたいから銃を手にする。  何も無差別に攻撃したいわけじゃないし、何よりドールはあまり好きじゃない。  好きな人達の幸せな笑顔を潰されるくらいなら、俺は鬼にでもなったほうがマシだと考えるよ」  潤はそう言ってから、この街の構成、どんな出来事があったのか。自分がどんな道を歩いてきたのか。  何故この街に居るのか、どうしてこんな事をしているのか。それを伝える。 「お前がどんな事をされて、どういう風に育ってきたか知らない。でも、俺が間違っていると言えるのか?」 「間違っているなんて言えないよ……でも、僕だって護る力があるんだ!  オリジナルとは違うけど、オリジナルみたいに壊すだけの力じゃないんだ!」 「ばぁか。子供は大人に護られてれば良いんだよ」  かなり強めのでこピンをジュピターに施す潤。  あまりの痛さに、ジュピターは額を押さえた。 「良いか? そういう事は成人してからで十分間に合う。護りたい人、護りたい絆が出来てからで十分なんだよ」 「でも……」 「でもも、何で、も言うな。お前は俺と瑠奈の子供なんだからな」 「潤さんをお父さんて読んで良いの? 僕はまだ、護らなくても良いの?」 「当然。お前は俺の子供で、護るにはまだ早い。俺が護れる間は護られてろ!」  あはは、と笑う潤に抱きつくジュピター。  その震えが気になる潤。 「どうした?」 「僕は……オリジナルみたいになるのかな? あんな気持ち悪い存在になる可能性があるのかな?」 「お前なぁ……ちょっと考えてみろ。あいつと全く同じ環境にいたか?」 「でも! オリジナルと!」 「大丈夫、保証してやるよ。あいつみたいにお前はなれない」  乱暴に頭を撫でる潤。  ジュピターは潤を見上げて誤魔化さないでと視線を送った。 「あいつみたいになれるのはもうこの世には居ないよ。それは絶対だ」 「……お父さんがそういうなら信じる。でもお父さんは……怖くないの?」 「怖いに決まってるだろ? でもあいつは身内を絶対に裏切らない。それは絶対だ」 「そうなの?」 「俺があいつを裏切らない限りな。俺は瑠奈が居る限り、お前達が変な事をしない限り。  この街を守る。だから、絶対にあいつは味方のままだし、俺もあいつの味方のままだ」  潤はおどけた顔で、ジュピターの頭を優しく撫でる。  そうして、帰ろうかと言って我が家へと帰るのだった。
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     茜は不機嫌だった。それも当然。  本来なら、アイビーには秋子も秋弦も来なければ、詩子も来ないはずだったのだ。  しかし、実際には秋子も詩子も秋弦さえもアイビーの相沢家の建物に来ている。  しかも、詩子は茜が寝た事も無い(秋子と秋弦は別)祐一のベットで寝ているのだ。  羨ましいという感情さえも不機嫌のスパイスになっている。  本当だったら、祐一さんと2人っきりだったのにと、思っていたのだ(聖の事は忘れている)。 「茜さん、どうしました?」 「いえ、なんでもないです」  茜は表面上の表情は極力変えないが、それでも不機嫌なオーラはせき止める事は出来ない。  秋子は穏やかな苦笑をしつつ、茜の前にすわり紅茶を差し出す。  自分も紅茶を飲む為に、茜の対面に座った。  茜が軽く紅茶に手をつけた時点でようやくオーラが薄まったような気がした。 「それにしても……なんで詩子はここに来たんでしょうね?」 「そうですね……見当はつきますけど」 「つくんですか?」 「……おはろ〜。あのベットならもっと寝て居たかったけど、仕事があるしねって? 茜?」  姿を整えた詩子が2人の前に現れた。  詩子のその表情は計算外だといった感じ。  そう言われると、表情を不機嫌にさせていじけたくなる茜。  しかし、いじけるのはどうかという理性が働いて何とか踏みとどまった。 「詩子こそ、何でこの時期にここに居るのですか?」 「ちょ〜っとね。師匠が祐一君に……ね」  妖しい流し目を茜にくれつつ、詩子は秋子に向かう。  何か納得できないものを感じつつ、茜は溜息を噛み殺す。  もうそろそろ、祐一が秋弦をつれて帰ってくると感じたからだ。 「ただいまかえりました」 「かえりました〜」  タイミングを計ったように祐一と秋弦が帰ってくる。  秋弦は美味しいお菓子が食べれたのか、ご満悦だった。 「詩子の奴は……起きてるな。なんの用でここに着たんだ?」 「それはね、師匠にこれを渡せって言われて。ちょうど祐一分が足りなかったからそれも補給しに来たの」 「詩子? ちょっと、私と後で付き合ってもらえないかしら?」  詩子が言いきった後に、茜が間髪をいれずに言った。  祐一は詩子の言っているこれを手にとって、眺める。  詩子の笑顔が引きつり、祐一に助けを求めようとするが、茜がそれをさせない。  祐一の手の取ったものは映像のメディアだった。 「これは……もしかして」 「そ、そう! それはね!」  祐一がそれに興味を示したのを幸いにと、何とか誤魔化そうとする詩子。  茜はとりあえず、この場は譲るけど、覚えておきなさいと言った視線だ。  秋子は2人のやり取りに興味が無いのか、再生できる機材を用意している。 「師匠が、聖ジョージ部隊に保護された2人の意思表明だって」 「そうか……ちょっと貸してくれ。俺よりも先に見ないといけない人がいるから」 「了解。あ、あと、それが撮られた時間に偽りはないって、師匠が言っていたよ!」 「解った」  祐一はそれを持って、外にでかける。  秋子は判ったような笑みで見送り、茜は詩子に対して追求を始めた。  秋弦はゆういちぶんてなに〜と、茜にしがみついて説明を求めている。  なかなかに落ち着かない状況が続くのだった。
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     喫茶店は基本的に北川夫婦が気が向いたときに開いている。  まぁ、しまっていても中に人が居れば開けてくれる事があるのだけど。  今日は襲撃された事もあり、夜まで開こうといった感じではなかった。 「北川、2人を呼んでくれ」 「あん? どうしたんだ。急に」 「あの二人に見せなくちゃいけない物があるんだ」 「それは……俺達が見ても良いものなのか?」 「2人が良いといったらな……ところで、これを見せれる設備はあるのか?」 「あぁ、あるぞ、ちょっと待ってろ」  潤が奥に声をかけて、機材を持ってきた。  祐一が来た事に対してマリーとジュピターは警戒を表している。  瑠奈が2人を連れてきたときには警戒の眼差しが祐一を貫いていた。 「今日来たのは、2人の意志を聞きに来た事もある。その前に、これを見てもらうけどな」 「それは?」 「マルス・S・フォールとユピテル・S・フォールの意思確認だ」 「マリーとジュピター、俺達も見て良いか?」 「別に隠す事ではありませんから」 「うん……」  そうか、と潤は呟いてマリーとジュピターの後ろを陣取る潤。  瑠奈は翳った笑顔をしながら、潤の隣に腰を下ろした。  祐一は映像メディアを機材の中に放り込み、再生させる。  一番初めに映ったのは新聞記事の日付の欄と一面だった。  詳細に映っているそれは、第何版まで読み取れる。それには3版と書いてあった。 「この映像には細工されていない。加えて、2人を助け出した日と同じ日付だ」 「……何が言いたいのですか?」 「彼らに変な事を吹き込む時間が無かったと言うことだ」  黙って、画面を見る祐一に習うように4人は画面を見詰める。  映し出されるその表情に演技の色がなく、2人の意思だということは解る。  生まれて一緒に育ってきたのだ、不自然な所があればすぐに解るだろう。  不自然な所がなく、しかも、2人の意志が固い事をマリーとジュピターは知った。  全てを見終わった時点で、祐一が口を開いた。 「君達に与えられられるのは選択する自由。残酷なようだけど、変わる自由と変わらない自由が選べる。  もし望むなら、ここの生活を続ける事も出来る。もし望むのなら、彼らの居る部隊に2人を紹介する事も出来る。  俺に、そして、北川達に、君達が選んだ行動に関して文句は言えないし、言わせない」  祐一は2人を真剣に見ながら続ける。  2人も真剣に、祐一を見返した。静寂があたりを包み込む。 「いきなり言われて、戸惑うかもしれない。だが、君達の返事を聞こう」  痛いほどの静寂。誰も、話そうとはしない。  当事者である2人以外に話せる空気はない。  迷いに迷った表情で、マリーが口を開いた。  それは、身を切るような決断を口にしているという表情。  どれを選んでも自分は後悔すると解っている表情だった。 「……私は、見てみたい。戦いの無い生活を。例え、私が受け入れられなくても」 「……僕は、どうしたら良い? 姉さん、どうすれば良い?」 「駄目よ、ジュピター。今回からは自分で判断していかないと。2人は自分で自分の道を決めたんだから……」  その声は弱弱しい。マリー自身、自信が無い事を現している。  ジュピターは更に考え込んだ。考え込んで考え込んで優に5分はたった頃。  ポツリと呟く。 「だったら……もう、戦いたくなんてないよぉ……」  弱弱しくジュピターが顔を上げる。  しかし、その表情には迷いはなかった。  泣いている様にも見える。 「そ、それに! 僕も、お姉さんと一緒に行く。お姉さんが受け入れられなくとも、僕が受け入れてあげる為に」 「ふ、フフフ……」 「ね、姉さん?」 「ジュピターの中では受け入れられないことが決定事項か……」  ぼそりと潤が言ったと言葉が耳に入るジュピター。  そして、自らの失言に気がついたのだった。  黒い瘴気がマリーの背後にユラリと立ち上る。 「そそそそ、そんなつもりで言ったわけじゃないんだよ!? 姉さん!?」 「どういう事なのかしらネェ」 「お、お父さん! 笑ってないで助けてよー!」 「大丈夫だって、マリーだって本気で怒っているわけじゃないからな」  微笑ましいやり取りを見守る祐一に瑠奈。  瑠奈は微妙に羨ましがってたりする。俺は潤がジュピターにお父さんと呼ばれているからだ。  その時、祐一の携帯電話が鳴る。祐一は素早くそれをとった。 『祐一さんですか?』 「天野? どうかしたか?」 『はぁ、忘れていると思いますから言いますが……保護した子をどうするのですか?』  祐一はすっかり、保護した女の子の事を忘れていたのだった。  乾いた笑いの後に、美汐の溜息が続く。  どうやら美汐は呆れているらしかった。 To the next stage

     あとがき  結局中途半端に終ってしまいました。戦闘も会話もですね……どうも、ゆーろです。  ちょっと反省かと思います。ちなみに次は、名雪さんサイドを書く予定です。  今回と同じように前後編にするか迷ってます。多分、前後編になるかと。  新キャラは次の祐一君サイドでお話に参加できるかと思います。決して忘れてたわけじゃないですよ?  では、拍手コメントのお返事をしたいと思いますね。 >一弥(祐一)の秘密が一部の人にばれてきてそしてさらに一弥のことが好きな人がでてきましたね。 7/9  一部の人にはばれましたが、広める様子はないでしょうね。  だって……ねぇ? 無駄にライバルを増やすつもり無いでしょうし。  それに、祐一君の不注意がそこらじゅうで乱発するとも思えませんから(爆 >一弥(祐一)を好きになる人は一筋縄ではいかないですね。愛人でOKとは。 7/9  その位の心意気と言う事で(苦笑  勢いでがーっと書いたんです。読み返して何書いてるんだ自分って……自己嫌悪ですよ……  有名人とか、名家とか、そういう事をちょっとだけ考えました。自分には縁の無い世界ですけど。  その人達は常に自分の影響力とかを計算とかわきまえないといけないんだろうなぁと思います。 >茜と詩子がでてない(泣… >茜と詩子がでてない(泣… 7/10  えっと……SSSのリクエストですか? ふむ……どうしましょう。  とりあえず、今回はそれなりに出てます。ご満足……してくれるかなぁ?  里村茜の詩子対策。みたいな感じで……ごめんなさい、ほら話です。 >私はSSS続けてほしいです 7/10  マジですか? 本気と書いてマジと読みますか?  リンカ、エアナ関係の事を言っているのか、それともSSS全体を指しているのか……  SSSは基本的に本編の息抜きですから。続くと思いますよ? 多分…… >次回の詩子さんに期待w 7/10  期待通りに詩子さん。でも、何だか影が薄いような?  メッセンジャーとしての登場ですから、こんな感じで勘弁して欲しいです。  どうなるか解りませんけど、この先は……ちょくちょく出せると良いなぁ(苦笑 >本編現在の最新型とYAシリーズってスペックどのくらい差があるんですか? 7/10  お答えします。特殊能力を抜きにしたら、殆ど無いと思って良いと思います。あっても微妙に位だと。  それも、それぞれの機体の特長によって微妙に性能差はあるんですけどね。  ただ、純粋な耐久力に関してはまだ追いついていません。(ネメシスタイプを除く)  ネメシスタイプは耐久力だけは化け物クラスです。ですが、他はYAシリーズに多少見劣りします。 >エアナも参戦とは予想外でした、家族化したらやっぱりドールに乗るのでしょうか? 7/11  多分乗らないと思います。彼女達、非戦闘員ですしね。  もし、平定者に関わるとしたら、裏方と言いますか、部品の調達とか機材の手配などになるかと。  kanon中心の活動ですが、ドールに乗せるのはどうかと思いますしね。 >「受付嬢のある日・災難編」のような、受付嬢と誰かが会話する話も読みたいです。 7/12  リクエストですか? (疑問  リクエストですね? (断定  などと、戯けた事を書いてみました。とりあえず善処します。  次回のSSSには一つは書けると良いなぁ……(遠い目 >月読はある意味最強ですね 7/13  ある意味最強ですが、実際には祐一君が居ないと彼は何も出来ません。  ロンギヌス自体、祐一君が乗って初めて機能するものとして、設定されています。  月読には月読の思惑があって、あの機能を取得したんですけどね。  では次も頑張りますね。ゆーろでした。


    管理人の感想


     ゆーろさんからのSSです。
     秋弦すご。  彼女と同等かそれ以上の体力を持つ子供がわんさかいるんですか……。  アイビー恐るべしって感じですね。  何やったらあんなになるんだか。(苦笑  やはり子供が子供らしい生活を送れるからなんでしょうかね。
     祐一君、ジュピターにも北川君にもえらい言われよう。  知ってる人間は普通にバケモノと認めちゃってるわけですか。  空前絶後なドール乗りなんですね。   サシでの技量はぶっちぎりで最強でしょうからねぇ。  そこをどうするかが聖ジョージ部隊の課題でしょうか。

     見事に対照的な道を歩みだしたジュピター達4人。  まぁどちらが幸せかは本人次第ですが、再会はかなうのでしょうか?


     感想は次の作品への原動力なので、送っていただけると作者の方も喜ばれると思いますよー。

     感想はBBSかメール(yu_ro_clock@hotmail.com)まで。(ウイルス対策につき、@全角)