走る。 あの人には追いつけない。 どんなに息を切らせて、走っても私はあの人には追いつけない。 手を伸ばす。 あの人に手は届かない。 必死になって手を伸ばす。それでも私の手はあの人に届かない。 叫ぶ。 あの人に声は届かない。 叫ぶ、心の底から全身全霊をかけて。それでも私の声はあの人に届かない。 泣く。 あの人に私の気持ちが届かない。 泣き叫ぶ。それでも私の声も気持ちも、あの人には届かない。 届かない…… 届かない。 届かない! 一体どれほど頑張れば、あの人は振り向いてくれるのだろう? どれほど手を伸ばせば、あの人に届くのだろう? どれほど速く走れば、あの人に追いつける? これが夢だと知りつつ、悪夢だと知りつつ、幸せな疑問を抱く。 一体どれくらいの悪夢を見ただろう。 いつも見る夢は同じ。 追いつけないあの人に、届かないあの人に、振り向かないあの人に。 あの人に見捨てられ、ただただ泣く私。 泣きながら、諦めきれずにただ見ているだけ。 ただ、泣くだけ。 ただ、走るだけ。 ただ、手を伸ばすだけ。 それで届かないと泣いているだけ。 なんて無様。 なんて惨め。 なんて情けない。 こんな夢ばかり見ても決して強くはなれはしない。 夢で届かないなら、現実で届けば良い。 私は夢見る少女じゃない。だったら、この夢は弱い自分が見せる何かだ。 絶望なんて大嫌い。その一言で諦めるなんて私には出来ない。 諦めなんて大嫌い。その一言で運命だなんて私には言えない。 運命なんて大嫌い。その一言で自分を偽る事なんて出来ない。 偽りなんて大嫌い。ならば現実を見据えよう。夢なんて捨ててしまえ。 私はまだ諦めても、絶望したりもはいないのだから。 絶対に私は相沢祐一に思い知らせてあげるんだ。 あなたが、邪魔だと足手纏いだと言った存在が思わぬ強さを発揮すると。 その時、あの人がどんな顔をするのか。楽しみでしょうがない。 私はあなたが認めるまで、あなたを追い続けてやるんだから。
 
神の居ないこの世界で−A5編−


→いくつもの可能性と切欠を。貴女に。前半

     伸ばした手、それを焦点の合わない目で見ていた香里。  場所はベットの上である。  いつものように、訓練を終えてベットに入り、眠りから目を覚ました時だった。  伸ばされていた指先をぎゅっと握り締めて、壁へと叩きつける。  ダシン、と大きく壁に衝撃は走った。 「はぁ……」  痛む手を見ながら、香里は溜息をつく。  壁の向こう側で何かが崩れる音や、栞のえぅぅ! とか言う声は当然無視している。  体を起き上がらせて伸びをする、美坂香里の一日の始まりだった。 「また同じ夢ね……未練かしら……いえ、絶対未練なのでしょうね」  伸ばした手が、夢で見たあの背中を追いかけるために伸ばしたのには間違いが無い。  掴む為に、追いつくために、振り向いてもらう為に、必要だったのだろう。  だが、そんな自分自身が気に食わない香里。  そんな弱い自分が許せ無いとばかりに、手を睨み、握っては開いたりを繰り返す。 「全く……本当に飽きないわね。私は夢見る少女は卒業したのよ」  頭を軽く振ってから、ベットから降りて、普段着に着替える香里。  その時になって、隣の部屋から更に雪崩のような音が聞こえてきた。  隣の部屋はまさに、先程、栞の叫び声が聞こえたあの部屋である。  ゆっくりと着替えて、外に出た香里。  ちょうど栞の部屋を通りかかった時に地獄の底で叫ぶような声が聞こえてくる。  何か凄まじい、恨みを込めたような声だった。 「お〜ね〜ぇ〜ちゃ〜ん!」  栞の部屋の前で香里は足を止めて溜息を吐いた。  本当に関わりたく無いという感じの表情。  ここに人が通ったら、絶対に任せて逃げてしまいたいような雰囲気を纏っていた。  しかし、人は誰も通らない。香里は諦めて扉を開いた。 「どうし……」  言葉を発しながら、扉を開いたがごちゃぁ、と色々な物が流れ出てきた。  流れ出たと言う表現は正しくないが、雪崩が起こって部屋の外まで侵食している。 「お姉ちゃん!?」  怒りの表情で香里を何とか見る栞。  ただ、その姿が情けなかった。ベットの上に何か雪崩が起きてそれに下半身が埋まっている。  混沌とした部屋。物がごちゃごちゃと置かれて、足の踏み場も生活できるスペースも無い。  つい1週間前に香里と栞が一緒になって片付けた時にはまだ、綺麗だった。  新しい何かが溢れているのか、それとも、引っ張り出したのかは香里には判断がつかない。  物が溢れすぎていて女らしさも無ければ、生活感も無い。  物の置き場の無い研究室で寝泊りしているのではないかと思うが、間違いないく栞の私室である。    話は変わるが香里の部屋も生活感が無い。ただ、それは必要な物しか部屋に置かない為であった。 「栞? 独創的なベットね」 「……良いですから、これを退けてください! お姉ちゃんが壁を叩くからこうなったんです!」  はいはいと適当な返事をしながら香里は廊下にまで流れ出た物を栞の部屋に押し込む。  栞の名誉の為に扉をしっかりと閉じて施錠。  のんびりとした動作で、栞の上に乗っかっている物をどかした。 「お姉ちゃん、おはようございます。素敵な目覚まし、ありがとうございますね」 「そう? なんだったら毎日こうやって起こしてあげましょうか?」  お互いに素敵な笑顔を浮かべながら朝の挨拶を交わす。  片方の笑顔が引きつっているのが解れば、通常のやり取りではない事が解るだろう。  お互いがしょうがないと言う感じで、部屋の片付けにかかった。  そこは息の合った姉妹。香里が大雑把に物を片付け、栞が細かく整理整頓する。 「栞、これは?」 「そっちの棚に入れてください」 「普段から整理整頓位しておきなさいよ……」 「お姉ちゃんこそ、もっと色気のある部屋にしても良いんじゃ無いですか?」 「面倒だわ」 「じゃあ、私のものを……」 「嫌よ」  互いにそんな会話をしながら、片付けは進んで行く。  会話が途切れた時。栞は躊躇うように切り出した。 「……ねぇ、お姉ちゃん。もしですよ、祐一さんに認められたらどうするの?」  一瞬だが、動きが止る香里。  栞は動きを止めないまま、答えを待つ。  少しの空白を置いて香里は返事をした。 「…………さぁね、言わせてから考えるわ」 「お姉ちゃんは辛くないんですか?」 「辛いか辛くないかで言えば辛いわね。でも、私にも意地はある」 「まだ、ここでなら引き返せますよ?」 「栞……気持ちだけ頂いておくわ」  問題ないと言い放つ香里。ふう、と息を吐いて部屋を見回した。  殆どが片付けられて、もう問題が無いように見える。  栞は今まで、躊躇っていた質問を切り出すことにした。  だが、これは言って良いのかという躊躇いがまだある。 「もし、ですよ。怒らないで下さいね?」 「怒らないから、言ってみなさい」 「本当に、もしですよ? ifの話ですよ?」  しつこく念を押す栞に、苦笑する香里。  そんな事は解っていると言う香里の表情を見て、栞は決心が固まった。 「もし、祐一さんを取り押さえる時に姉さんに一緒に来て欲しいって言われたら姉さんはどうしてました?」 「そうね……喜んでついていったと思うわ」 「そうですか……」  その答えに喜んで良いのかわからない栞。  でも、自分に出来る役割が確認できたと言う表情が出来た。 「えぇ。でもそれは終った話。今言われても違う答えしか返せない」 「お姉ちゃん……わかりました、最大限のサポートはします」  香里の表情は解らない。  でも、栞はそれ以上聞きもしないし、言う事も付け足さなかった。  そして気がつくのだ、朝食の時間が終っていると。  朝食を見事に食い損ねた姉妹だった。
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     バケツをひっくり返したような雨。  その酷い雨の中に一人。人がぽつんと居る。  空を見上げて、何をするわけでもなくただ存在する。  雨のせいでドールの調整中、今日は出動は無いだろう。  そう見越していた高橋だった。 (雨の中ならどんなに泣いたって、証拠は残らないよね? 違う、私は泣いてなんか無い!)  笑いながら、顔の表情は確実に笑っているがその目は確実に泣いていた。  眼からは涙が出ているが、雨のせいで泣いているのかは解らない。  外から見れば、雨の中でニヤニヤしている人間だろう。 (私は……泣いてなんかいないんだから!)  そう自分を誤魔化しながら、雨の中にたたずむ。  それがいくら虚しくても、そうする事でしか癒せないものが有った。   「風邪ひいちゃうよ……」 「典史……もう少しだけ、ここに居させて」 「わかった。少しだけだよ」  傘を持って小池は高橋が気が済むまで雨の中で待っていた。  小池はもう少し勇気があればと悔しがっている事を誰も知らない。  ただ、そこに居るのに手を出せない。  そんな事に悔しがっていた。 「ごめん、もうちょっと居るかも……」 「え?」  小池が解らないよと言った感じの返事をしたとき。  高橋は雨の中で踊り始めた。  いや、踊ると言うのは間違いなのかもしれない。  あの動き、高橋の知るあの黒い機体の動きを自分の体で再現する。 「……ナニ……それ」  解らない。理解できない動きをする高橋に、小池はただただ困惑する。  いつもの、安心できるような、あの七瀬留美のような動きじゃない。  その動きの欠片すら残っていない動きが気持ち悪い。 「……私弱いから……変らなきゃ、変らないと、みんなに顔も合わせられないから」 「そんなこと「そんなことあるの!」」  小池の声を塗りつぶすように、高橋が叫ぶ。  それは続いて行く。自分の中でもまだ消化されてきれていないんだと。  「あるんだから! 私弱いんだもの! 何で無いって言いきれるの!? 何で!?」  高橋は動きを止めて、泣き笑いの表情で小池を見ていた。  雨の中では笑っているように見えるだろうが、小池には泣き笑いに見えた。 「ごめん……でも私が弱くなかったら……私がもっと強かったら、あんな思いをしなくてよかったもの」 「でも……」 「先に帰って……今は……ごめん、私一人にさせて」  小池に背を向けて新ためて動きをはじめる高橋。  その背中には明らかな拒絶の色が見て取れた。 「……解ったよ。傘、ここに置いておくからね」  小池は悩んだ後に、傘を置いて帰って行く。  ここに一緒に居ても、高橋を傷つける結果にしかならないと判断したのだ。
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     その翌日、α小隊が3人での訓練を終えたときのこと。  高橋が相沢祐一の動きを研究を始めて、少しは形になってきたときのことだ。 「それにしても何かの因果かしら。私の隊には全員が平定者に因縁が出来たわね……」  ポツリと香里が呟いた。  高橋がそれに否定的な表情で何かを言おうとする。 「え? 私は……」 「高橋さんがこの前やられたのは90%以上の確率で平定者の相沢祐一よ」 「解るんですか?」  高橋は香里の見せてくれた映像と、実際に見た映像がつりあっていないのか、その意見には否定的だ。  いや、ただ信じたくないだけなのかもしれない。  同じ名前のある人間だと、化け物もしくは規格外だと自分の中で収めておきたかったのかもしれない。 「それは元同僚だもの。それに私の因縁の相手でもある。間違えはしないわ」 「あの、サンティアラさんは?」  困ったように、高橋はサンティアラに話を振る。  少しでも、確信をさせないための反応だった。 「え? 私?」 「はい。因縁ってなにかなぁっと思いまして」  幸せそうな笑みを浮かべて答えるサンティアラ  それに怪訝な顔をする高橋。香里は苦笑している。 「私はね、ある出来事が起こるまで世界に色が付いていなかったの」 「どういう意味ですか?」 「感情が平坦って言えばわかるかしら? ともかく強い感情を抱くことは無かった。何となくそこにいたって感じね」  不思議そうな表情のまま、高橋は聞く。  サンティアラは嬉しそうにそれを待っていた。  早く、先を聞いてという感じで。 「それで、ある出来事って言うのは?」 「平定者との一戦ね。罪を犯していたのは私のエリアだけど。それを隠す為にかり出されたの」  本当に、幸せそうな顔。のろけ話でもするんではないかといった顔のサンティアラ。  身をゾクゾクと震わせながら高橋に話しかける。 「そこで戦った漆黒の機体に感じさせられた恐怖。あの感じが忘れられない」  高橋はこの人は真性のマゾだと思った。  香里はその理由を知っていたために、それほど驚かない。  むしろ、苦笑を顔に貼り付けて困っているような感じでもあった。 「後で知ったのは平定者ということ。そして自分が未熟すぎるということね。  いくらエリアのエースとは言われて、重要視されていたって、私は弱かったの。  調べた理由はあの時初めてあれだけ強い感情を持ったの。震えちゃうくらい。壊れちゃうくらいに。  あの機体はどんな人がどんな気持ちで操っていて、どんな人物なのか。私は知りたい」  高橋の人物欄、そのサンティアラの特記事項には真性のマゾ。  ストーカーもしくはその予備軍と書き込まれる。  もっとも、それを知っているのは本人のみだが。 「想像しただけで、ぞくぞくするわ。それが私のこの隊に居る理由で因縁ね」  晴れやかな笑顔を見せるサンティアラ。  高橋には理解できない笑いだったが、綺麗だと思ったそうな。 「さて、ここで解散ね」 「はい、お疲れ様」  さっさと、その場を離脱するサンティアラ。  向かう先は格納庫である。  壊れた機体の代わりの新しい機体が搬入されると聞いていたからだ。  高橋は立ち止まって、香里に対して口を開いた。 「香里さんはどこに行くのですか?」 「名雪の所よ。ちょっとね」 「私も行きます」 「そう? 面白い話では無いと思うけど構わないわ」  香里はそれだけ言って先に歩き出す。  高橋はそれを追って、遅れないように後ろを歩き始めた。
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     名雪の執務室。そこには名雪のほかにラインハルト、藤川、ヒュント、美樹がいた。  各部隊の小隊長達が集まってきている。 「あら、遅れちゃったかしら?」 「ううん、時間通りだよ香里」  軽く首を振りながら名雪は時間通りだと香里に微笑む。  そして、座るように指示を出してから軽く息を吸った。  高橋に関しては何も言わなかった。 「ラインハルトさん、説明をお願いします」 「はい、では失礼して。今回はいつもの作戦とは毛色が違います」  話を要約すると、国際警察がエリアLの内陸部にある施設を制圧する。  そのある施設は世界政府の議員が設立したもので、表向きは健全な学校である。  しかし、教育しているのは諜報員。孤児を養子縁組で集めてきて、表向きは何も問題はない。  表向きは問題が無いだけで、内部告発があったのだ。助けてくれと。  それで、国際警察が動いたというわけだ。  それだけならば、聖ジョージ部隊に話は回ってこない。問題はドールが配備されている事。  制圧する際にドールを被害を極力出さずに制圧して欲しい、という事だった。 「……何故、私たちが矢面に立てないのですか?」 「はい、相手が議員だからですよ。しかもテロリストでもない」  言葉にしたのは藤川で、それに答えたラインハルト。  藤川に美樹は、何を馬鹿な事を言っているんだという顔をする。  事実、議員の私兵をテロリストとして狩った事があるではないかという表情だ。 「国際警察の面子も有りますから……」 「はい、面倒な事は良いよね? とにかく、私達に必要な事は被害を出さずに敵を殲滅する事だよ」  名雪がラインハルトの言葉を遮って、話を進める。  そして、先の話をし始めた。  地図を展開して話し始める。 「急な決行なんだけど、これは明日に行われるの。それで、敵戦力は3機」 「ちょっと待ちなさい。明日にエリアLにどう行くの?」 「それはね、貨物を運ぶカタパルトにドールと一緒に、私と一部スタッフが一緒に乗り込むから大丈夫だよ」  カタパルトは各エリア間に設置されて、蜘蛛の巣状に張り巡らされている。  本来なら人を運ぶ物ではないが、それに人が乗る事は不可能ではない。  乗るにはそれ相応の覚悟が必要になるが。  ちなみに未だに海運、つまりは船で貨物を運ぶのが主流になっているのには訳がある。  それは、カタパルトを使用しての運べる物の絶対量が小さい事があった。  加えて、カタパルトの路線を張り巡らせてあるのが内陸部に多いこともある。  レアメタルなどを運び出すのが目的の為に現在はその用途以外ではあまり使われていないのが実情。  だが、その運べる速さは目を見張るものあった。  船で4日かかる所をそれでは1日で運べる。ただし、せいぜい軽量型のドール1機が限界である。  加えてかなり運が良く無いと、長距離の移動は出来ない。  乗換えと言うよりも巧く路線の確保をしなくては長距離の移動は夢のまた夢だ。 「じゃあ、話を戻すね。それ以外は国際警察が起動前に取り押さえるって豪語してる。  これ以上のドールが出てくる事は無いと思っていいよ。出てきても私達の責任じゃないから。  そして、何より大事な事は1機で出撃して欲しい事。これに関して説明が必要?  カタパルトで運べる最低限の装備がこれだけっていう理由もあるんだけどね」  名雪は苦笑しながら、そう言った。  地図に何箇所かに×印が入っている。  そこにはドールが隠されているという事だった。  全体で12機。学園を囲むように3機ずつ配置されている。 「説明して欲しいわ」 「解ったよ。国際警察の人員で、対ドール訓練を受けている人が少ないの。  それで、9機は起動前に取り押さえる事が確実に出来るのね。でも、残りの3機だけが押さえる人員が足りない。  だから、私たちにお鉢が回ってきたわけ」 「それで、何で1機なのかしら?」 「それはね、マニュアルの存在があるのね。1機に対して3機で当たるって言う。  それ以上の機数だと押さえる前にドールを起動されかねないから」  名雪は手順を説明しながら、丁寧に説明して行く。  ドールを単機突入させて混乱をさせ、混乱している間に全てを終らせるというもの。  要するに、その1機は生贄なのだろう。  全ては国際警察のプランである。そのせいもあって不満はあった。  正々堂々と全てを殲滅すれば良いではないかと。  危険な事、面倒な事をする必要も無いではないかと。  そんな雰囲気が漂った時だった。 「私、行きます」  高橋だ。高橋が手を上げて言う。  名雪は面白そうにそちらを見た。 「いえ、私に行かせて下さい」 「待て! 高橋、お前は何を言っているか解っているのか!?」 「わかってます、藤川小隊長」  取り乱したのは藤川だ。確かに単機ではβ小隊の持ち味が発揮されない。  彼らは射撃の連携が持ち味であるからだ。  γ小隊は遠距離が大本である。だからこの作戦には向いていない。  Ωはこの作戦にはある意味向いていない。  周りを気にせずに破壊して回るだろうから。  となると、最後に残るのはα小隊である。 「名雪、本当なら私のつもりだったのでしょ?」 「うん、そうだよ」  藤川と高橋が言い合っている間に香里は名雪に話しかけた。  まだ、終りそうに無いので、名雪はそのまま香里の質問に答える体制を整える。 「でも、実際は高橋さんを指名したかったんでしょ?」 「どうかな?」 「それで、私が行っても良いんだけど……あの様子じゃあね」  高橋は既に行く気で藤川を説き伏せにかかっている。  残りのメンバーはどうしようもなくなってそれを見ていた。 「ちょうど良いよ。だって、まだ塗装して無いでしょ? 高橋さんの機体」 「始めから、そのつもりだったでしょ?」 「どうかな?」  誤魔化しの笑みを浮かべる名雪。香里は溜息を吐く。  その後、藤川に対して、鋼鉄の意思を見せて高橋は説得。  結局、高橋が出撃する事になり、ラインハルトと高橋を残して解散となった。
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     前日に格納庫には新しい機体が搬入されている。  そのために格納庫は活気付いていた。  機体は、ネメシスタイプを基本とした重装甲タイプが2機。  他は高機動用の機体が2機。ただし、片方はまだ基本の色のままで、純白に塗装されていない。  搬入された後に、軽くセッティングされた高機動用の塗装をされていない一機はすぐに外に出された。  あれは、高橋機になる予定の物であった。  高橋と一緒になってそれが前日のうちにどこかに持ち出されている。  しかし、α小隊の香里とサンティアラは格納庫で自機の調整をしていた。  自機の整備をしていた小池は不思議に思い、隣に居る藤川に聞く。 「ねぇ、幸尋は?」 「……任務で、水瀬隊長と一緒に外に出ている」 「は?」  信じられないと言った表情。  なぜ、単独なのか、何故高橋なのか、理解できずに固まる小池。  α小隊の2人は残っている。β、γ、Ωも残っているのだ。  何がどうなっているのか解らない。  単独で出て行ったとしか思えない。事実、単独で出て行っている。  その事実が意味不明と混乱する小池。 「どうして、幸尋が単独で出ているの!?」 「今回は特殊な事情が有るからだ」 「そんなの!」  小池をなだめるように事の次第を説明しようとする藤川。  一旦それを聞くために見かけ上は落ち着く小池。 「本来なら、美坂さんが出るはずだったのだが高橋が志願したんだ」 「何で止めなかったの!?」 「止めたさ、止めたが止らなかった。あれは止められない」  自機に走る小池。藤川が肩を掴んで引き止めた。  小池は藤川を睨みつける。しかし、藤川は怯まない。  そして、落ち着いた声で小池に向かって言う。 「何をしようと考えた?」 「幸尋の援護をしに行くだけだよ!」 「どこに?」 「知らない! でも、行かなきゃいけないんだ!」 「そうか……」  そう言って藤川は小池の鳩尾に拳を突き入れる。  容赦も手加減も無く突き入れられたそれのお蔭で、小池は息も出来ないくらいに悶絶していた。  ヒューヒューとかすれた音が小池の口から漏れる。  β小隊の人間は何事がと集まってきていた。 「小池を営倉に放り込んでおけ」 「……了解」 「すまない、事の次第は後で皆に説明する。隠したくて隠しているわけではないのだが……」 「説明は求めます……とりあえず、小池を営倉に入れてきます」 「頼んだ」  藤川はその内の2人に小池を営倉に入れる指示を出す。  2人も納得は出来ないという表情で小池を営倉に連れて行った。  藤川は溜息をつきながら、その2人が戻ってくるのを待つ。  戻ってきてから、事の次第をβ小隊全員に説明した。  高橋が進んで志願した事に加えて、そこに自分がいたこと。  止めたが、止らなかった事等、包み隠さずに説明した。  その時、高橋が発言した言葉にその意味。手をこれでもかと言うくらい握り締めて藤川は言う。  同じ部隊の仲間であり、長い付き合いに、同じ気持ちでエリアから追放された仲。  その気持ちが痛いくらいに解るβ小隊の仲間。 「……すまない。私とて行きたい、行きたかったのだが、今回は事情が違う」 「……わかっています」  流石に、営倉に放り込まれたら外に出ることさえ出来ない。  そちらを向いて、申し訳なさそうにするしか無い藤川。  出て行きたいが、それは高橋の気持ちに対する冒涜になりかねないという思いもある。  なにより、彼女が変化を望んでいるのだ。手を出す事はできない。 To the next stage

     あとがき  今回も前後二編です。ただし、名雪さんサイドでですが。  何と言いますか、こっちの方が書きやすいですね……なんでだろう?  祐一君サイドが書きにくいということはないんですが、こちらの方が早いのは……多分気のせいだと信じたいです。  この前後二編はオリキャラである高橋さんが中心になってしまいました。  多分、好き嫌いがはっきり分かれると思います。私は高橋さんあまり好きじゃないですし。  書いててその意見はどうよって感じですけどね。初期は書いてて面白かったんですけどね(苦笑  では拍手のお返事します。 >最強の祐一がさらに進化して欲しいです! 7/17  進化と言われても……既にやりすぎた感じがしてるのですが……  弱すぎるのもどうかと思いますが、強すぎるのもどうかと思います。  祐一君に関しては……既に反則な感じで設定されてますからね。  進化したとしても微妙にと言う感じになると思います。 >コピーの高橋をオリジナルの祐一が叩き伏せて欲しいです! 7/17  高橋さんのコピー能力について補足ですが、完全コピーではありません。  あくまで模倣から入って、自分の使いやすい形に変更して行くという感じです。  ですから、面白い戦いに成るとは思いますが叩き伏せると言いますか、一方的な展開にはなりにくいと。  戦いに関しては……まぁ。長い目で見てください。お願いします。 >「A5編」で登場した子供たちの事で。現在の年齢と外見を紹介して頂けると嬉しいです。 7/17  困った……年齢はまぁ、固まっているのですが……外見の表現は……苦手なんですよねぇ。  自分でも表現避けてましたし。聞かれたからにはちゃんと紹介します。 > 秋弦(約6歳)  髪の色は秋子さんと同じで、現在母親と同じ髪型になるべく髪を伸ばしている最中。  現在の髪の長さは、肩に少しかかる程度。それを一つの三つ編にしている。  まだこの年齢なので、そこら辺の男の子とも体型はあまり変らない。   > サラサ、アリア(約12歳)    一緒くたにして説明するのはどうかと思うが双子なので問題無いと自己完結しています。  髪の色は銀色のストレートで、目の色は緑。 髪型はツインテールの片方だけ(ポニーテールを左右のどちらかに持ってきている)  この表現で通じるか解らないのですが……サラサは右側で一纏めにしていて、アリアは左側で一纏めにしている。  髪を下ろすと、大体腰の辺りまで来る。髪を下ろすと2人の見分けは難しい。  体型はようやく胸が膨らみ始めた感じ。成長期の真っ最中。現在の身長は150センチ前後。  成長しきったら、真琴さんと同じくらいのサイズになる予定。 > メルファ(約14歳)  髪の色は少し赤みの入った茶色。それを頭の後ろでお団子にしている。目の色は黒。  口の左横に小さなほくろがある。体型は良く言ってスマート。悪く言うと幼児体型。  成長期が終りかかっていて、身長(160センチ位)はまだ若干伸びている。  しかし、胸の事に関しては触れないほうが彼女のため。  これは、体に埋め込まれた、機具の影響を受けているせいもある。  本人はその事を余り気にしていないらしい(表面上)。胸なんて飾りらしい。 > ファイ(約15歳)  褐色の肌に癖のある黒髪(ワカメヘア)。髪は少し長めであるが、目にかかるほどではない。  中肉中背で成長期が終っている。身長は175センチ。  最近になってようやく筋肉がついてきたので、見れたものであるが、保護された当初はがりがりだった。 > マリー(約12歳)  栞さんのクローン。姿かたちは栞さんを少し小さくした感じ。髪はショート。  この人はこのくらいで良いよね? > マルス(約12歳)  牧田姫のクローン。釣り目。髪はショートで、耳が見えている。  身長は165センチくらい。やはり、胸が膨らみ始めた頃。着やせするタイプ。  髪の色と、目の色は黒。 > ユピテル(約11歳)  祐一と香里の混合クローン。髪の質は香里さん。顔立ちは祐一君ベース。やっぱり髪はショート。  身長は150センチくらい。まだ成長期が来ていない。  この人もこのくらいで良いよね? > ジュピター(約11歳)  祐一のクローン。髪はショート。姿かたちは祐一君の子供の頃とほぼ同じ。  この人もこのくらいで良いよね?  子供達だけで良いようなので、ここで辞めておきます。  えっと……設定を書いたほうが良いでしょうかね?   >ロンギヌスとクラウ・ソラスはさらに進化して強くなりますか? 7/18  その可能性は無きにしも非ずと言う感じでしょうか。  ソフト的に強くなる可能性もあるでしょうが、ハード的には強くなりません。  やはり、祐一君と同じで劇的に強くなるという事は無いと思います。 >おもしろいです。 7/18  ありがとうございます。次回も面白いといわれるように努力しますね。  多分本編だと思いたいです。えぇ。  まぁ、SSSも頑張りますけどね(苦笑 >名雪たちにはこれ以上ないほどすっきりと負けてほしいです。そのほうが後腐れ無くていいと思います。 7/18  それはこの先の展開をお楽しみという事で。  何度か書いていると思いますが、展開はとりあえず固まっていますから。  お楽しみになってもらえるように努力します。 >YAシリーズのロンギヌスとクラウ・ソラスは機体としては今も最強なんですか? 7/22  総合的に見れば今も最強です。ただ、陸上専用機と陸上で争えばほぼ互角に。  水中専用機と水中で争えば、若干劣ります。水陸両用気で争えば最強です。  ただし、特殊武装を抜いた事で言っていますし。  操縦者を選ぶ点(と言っても専用機なんですが)では扱い辛い機体です。  使いやすさで言えば最低ですが、機能的には第一線クラスだと思ってください。


    管理人の感想


     ゆーろさんからのSSです。
     てっきり祐一君サイドの後編がくるかと思ってましたが、今回は名雪嬢の方でしたね。  平定者(祐一君)が聖ジョージ部隊に色々変化を引き起こしてますな。  現状で敵になるのは彼しかいないので、その点は仕方ないのでしょう。  存在感のある敵ってのも大変だ。(苦笑  香里もかなりストーカーっぽいと思ったんですが……やっぱそれは言っちゃダメなのかな。(爆
     高橋嬢が祐一君の動きを真似始めてどれくらい経ったのかは分かりません。  ですが、随分あっさり形になったんだなぁと思ってしまいました。  普通模倣には年単位かかるんでしょうけど、そこは彼女の天才性でしょうかね。  まぁあくまでもそれなりであって、まだまだ祐一君レベルではないでしょうけども。  実際現状で2人が戦ったら祐一君の方が勝つでしょうしね。  自分の動きなら慣れてるでしょうし、模倣されたら更に新しい動きをしてみせれば良いだけでしょうから。  問題は彼以外と高橋嬢が戦った場合ですし。

     藤川氏と小池氏の男の戦いも結構注目してます。(笑  個人的には藤川氏に勝ってほしいところなんですけどね。  どうも小池氏は幼すぎるように見受けられますし…………。


     感想は次の作品への原動力なので、送っていただけると作者の方も喜ばれると思いますよー。

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