日が沈む。 あたりに闇の帳が舞い降りた。 さぁ、始まるぞ。 意地と意地のぶつかり合いか。 はてさて、もしくは慕情と慕情のぶつかり合いか。 始まるぞ、始まるぞ。 機械と機械のぶつかり合いが。 狸の皮を被った人間の狐の皮を被った人間の化かし合いが。 より狡猾なのはどちらかな? より強いのはどちらかな? 終わりは闇の帳が晴れるまで。 さぁ、始まるぞ。 蠢くのは機械か、それとも人間か。 始まったら止らないぞ。
 
神の居ないこの世界で−A5編−


→Ω小隊が無くなる日

     まず戦闘が始まったのはエリアK、アイビー付近だった。  所属不明の部隊がアイビーに向けて進行していると。  その部隊は知らないだろう。死神が大きな口を空けて待っているとは。  もちろん、守護すべきパイロットである潤も、アイビーの代表である圭一も知らない。 「さて、これだけの大部隊……困りましたね」 「あぁ、流石に9機じゃあ支えきれねえよ。約3倍だろ?」  アイビーのレーダーに映っているのは25機。良く揃えたものだと圭一は感心している。  潤も同じく、呆れに似た感情を持っていた。  アイビーの戦力である9機は6機がマリオネットである。  その実力は改善されつつあるもののドールに毎日乗って1年間過ごした程度。  つまり、新人では無いが、プロでもない。その中間といった感じである。 「狙いはやはり、子供達ですかね?」 「もしかすると、各企業の研究成果かもな」  ここで相談してもしょうがない、そんな感じで潤は格納庫へと足を向ける。  圭一はレーダーからどう防衛するべきか頭を悩ませていた。 「何だ、これは?」  圭一はいきなり現れた3つの輝点に眉を顰める。  それは、向かってくる部隊に向けて動いていた。それが敵なのか、味方なのか判らない。 「すいません、外部カメラでこの地点を写してください」  すぐさま、指示を出す圭一。  何とか荒い画像で、何とかそれを写すことが出来た。  暗い中にうっすらと見える白の装甲。 「……はて、味方なのか、敵なのか。判断に困りますね。しかし、このチャンスは逃すべきではないか」  圭一はそう呟いた後、格納庫に出撃のサインを出す。  とりあえずの外敵を排除する為に。
    ▲▽  ▲▽  ▲▽  ▲▽  ▲▽
     潤は眉を顰めていた。  はっきり言って戦場で敵として会いたくない人、トップファイブにランクインする人間が戦場に居るのだ。  一位は名雪、二位は祐一、三位が美樹、四位に香里、五位に高橋という聖ジョージ部隊の人間。  純白に紅いライン。それが美樹だと言う事は悪評で知っている。 「おいおいおい……なんでこんな所に居るんだよ」  冷や汗を流しながら、スコープを覗き込む潤。  いやな汗である事には間違いなく、不快だった。 「クソ、良い動きしてやがる」  悪態をつきつつ、邪魔にならないように狙撃をする。  異常とも思える白い装甲の一団。  見事な連携を取って、敵である集団を蹴散らして行く。 「あっという間……だな。だが、敵じゃないんだろ?」 『判らないから困っているんです。あと、奥さんを呼びました。もしもの時のために』 「あぁ、助かる」  潤が瑠奈を呼んだのは美樹対策をするためである。  美樹の事を一番知っているのは、世界の誰でもない瑠奈だろう。  一番近くで、美樹の闘い方を血反吐を吐きながら見ていたのだから。 「マリオネットは戻してくれ、邪魔になる」 『有人機じゃないと辛いですか?』 「あぁ。辛いと言うよりも相手に巧く利用されそうだ……」  戦っている姿を見て、潤は戦慄する。  動きの悪いドールのコクピットを盾に使用していた。  集団は圧倒的な数量で戦っているはず。しかし、同士討ちが多い。  攻撃してくる弾丸を、斬撃を、打撃を、敵のドールのコクピットで受けている。  誤爆と言う物ではない。自分の味方の命を自分の手で奪うように仕向けていた。  技量の差がどうこうと言うレベルではない。厚い装甲と圧倒的な力をもって無理やり敵機を動かしている。  それだけではない。相手にわざと隙を見せて引き寄せて無駄な力を使わないようにしている。 「……気にくわない戦い方だ」  潤は吐き出しそうになる何かを無理やり飲み込んで、画面の中の白い機体を睨みつける。  この戦い方以上に相手の戦意を奪う戦い方は無いだろう。  それが知り合いであればあるほど、仲間を大切に思えば思うほど。  自分の手で、その意思は無くとも仲間の知り合いの命を奪うのだから。  躊躇わないとしても、意識が反応してしまえば無駄な、致命的な隙が出来る。  そして、白い装甲は躊躇ったその瞬間、出来た隙を逃さない。  伸ばされた死神の手は確実にコクピットにまで届いた。  潤には手を出すべきか出さないべきか。まだ判断がつかない。  引き金には手がかかっているが、それを引くべき相手がどちらなのか判らない。 「クソ……どうしろって言うんだ」 『あなた、あそこで戦っているのは?』  その時、瑠奈から通信が入ってきた。  潤は多少苛立ちを納めながら意識を画面から外さすに答える。 「多分予想通り。美樹さんだよ」 『……変ってませんね』 「全くだ」  沈んだ声に憮然とした声が返る。  なんとも言えない雰囲気だが、どうして良いか判らずにいる。  それが2人の今の状況だった。 『今は手を出さないでね、あなた』 「何か秘策でもあるのか?」 『美樹さんにだって弱点は有ります。それを知ってるのは見ていた私だけでしょうけど』 「判った。信じてる」  意識をそのまま画面に残したまま、多少息を抜く。  白い装甲達は敵を盾に戦い続けている。  その半数は無理やりに同士討ちにされたものだ。 「このまま帰ってくれるのが一番なんだが……」 『こちらが捕捉出来ているのですし、向こうも捕捉しているでしょうね』 「やっぱりか、圭一……相手の目的は?」 『判らないから困ってるんですよ』 「とりあえずの配置は?」 『須藤と竹井にライフルを持たせて配置させました。後はマリオネットですが、自爆コード待ちです』 「思い切った考えだな……」 『向こうの方が悔しいですが戦力は上ですから』  潤の視界の端の地図に2つの青い輝点と緑の6つの輝点、そして紅い輝点が3つ入る。  緑色の意味は動力が入っていないという意味だ。紅いのは美樹たち。  そして、紫色<敵達>の輝点はその数を減らし続けていた。 『戦闘態勢のまま、待機してください』  全員に向けて圭一の声が響く。その声の色には何もついていない。  ただ、何も色がついていないから、恐れているのが判る。紫色の輝点は残り3つになっている。  訳の判らないものがそこにあり、どう対応して良いか判らない。  それは圭一以外も解っていることだった。残り少なかった紫色の輝点が完全に消えた。 『間違っていたら、申し訳ありませんが。聖・ジョージ部隊の人達。通信を開いてください』  圭一は通常使用される周波数で白い装甲の3機に呼びかける。  気味の悪い空白の時間が出来た。 『私達は聖・ジョージ部隊、Ω小隊の者です』 『はじめまして。挨拶は抜きにしてよろしいですか?』 『えぇ。こちらもそのほうが助かります』 『では、あなたたちの目的は何でしょうか?』 『ここら辺一帯の武力行動の排除です』  排除? と圭一は顔を顰めた。どう見ても戦力の殲滅にしか見えない。  暗い中、うっすらと見える白い装甲が不気味に見える。 『目的は達成されたのですか?』 『いいえ。貴方達もです』 『なんですと?』 『武力行動を起こす全ての存在の排除です』 「出番ってわけだ」  潤は意識と研ぎ澄まして相手を観察する。  敵は3機。どこからどう来るか判らない。 『全てはこの子達の為に』 「この子達だと?」  潤はその言葉に違和感を感じる。美樹は未亡人である。  結婚をしたとも思えない。しかも、子が複数を示している。  戦い続けているなら、子供を生むなんて事は出来ないはずだ。そう、潤は結論付けた。   「圭一、相手の出している通信を傍受してくれ」 『何故ですか?』 「ちょっと気になる事があってな」 『解りました』 「戦闘、開始する」  スコープを覗き込み、引き金に手をかける。  まだ3機が一塊になって動いていた。乾いてきた唇に舌を当てて湿らせる。  ゆっくりと引き金を引き絞る。狙いは右端を走る機体。  ガゥンと、いつもの音を響かせて弾丸が吐き出された。 「なっ!」  潤はありえないと、顔に驚愕の色を浮かべる。  弾丸は相手の膝に直撃したはずだった。いや、直撃した。  それも、装甲の限りなく薄い部分をピンポイントで。  だが、体勢を崩しただけで立ち上がって走っているのである。 『潤さん、姫と言う名前に聞き覚えが有りますか?』 「姫……だと?」 『えぇ。姫、大丈夫? と言ってました。貴方の放った弾丸を喰らった直後に』 「何で、死んだ子の名前が出て来るんだ?」  潤は静かに移動しながら、再度スコープを覗き込む。  心の中にあるのは疑問だ。姫が死んだ。だから、復讐鬼になった。  なのに、何故姫と言う名前が出てくるのか解らない。 「瑠奈」 『はい、あなた』 「接近戦を仕掛ける。だから、指示を頼む」 『……解りました。あなたの命預かります』 「あぁ、預けた」  ライフルを中央を走っている紅いラインの入っている機体の頭部に定めて弾丸を吐き出す。  ガインと、弾丸が頭部に直撃した。相手のカメラが潤の機体を捉える。  そのまま移動せずに、向かってくる美樹の腹部をめがけて全ての弾丸を放つ。  美樹が順に向かったと同時に、残りの2機はそれぞれ散ってそれぞれの有人機に向かっていった。  防御を無視して向かってくるネメシス。吐き出された6発の弾丸は全て命中している。  その機体は腹部に凹みが見られるだけで外面的には無傷に近い。  歪みは確実になっているが、それがダメージになっているとは動きから判断できなかった。 「さて……」 『一撃目に気をつけてください。振り落とし、から始まります』  振り下ろされるネメシスの腕。返事をするまもなく、機体を動かす潤。  潤の機体、ピラカンサの腕側部の装甲削り取られながら回避を続ける。  矢の様な指示が潤の耳に届く。それに逆らいもせずに、全て指示通りに動いた。 「美樹さん! あんた美樹さんなんだろ!?」 『くっ、ちょろちょろと!』 「答えろ! あんたはおっさんの妻、牧田美樹なんだろ!?」  通信ではなく、マイクで外部に呼びかける。  声はいやでも届いているだろう。潤の声に対して、何も反応が無い。  美樹は攻撃を、腕を、武器を、振り回し続ける。  避けられない打撃を受けるライフルの銃身はひしゃげ、折れ曲がっていく。 「姫って誰なんだよ! 美樹さん! 答えろ!」  姫の単語を口にした瞬間だった。  美樹の動きが止まる。落ち着いた声が、聞こえた。 『北川さん?』  油断無く距離をとって構える潤。慎重に慎重を重ねても足りない何かがそこにはある。  壁のような、嫌な距離と空間が。 『何、不思議な事を言ってるんですか? 姫は生きてます』 「……美樹さん、それは本気で言っているのか?」  美樹のその一言に、潤は驚きの声を噛み潰して答える。  牧田(美樹の夫)は潤にとって父親のような、兄のような存在だった。  潤の中では美樹は母親か姉のような存在である。  その美樹がふざけた事を言っている。潤は必死になって自分の中に生まれつつある怒りを抑えた。 「本気で、言っているのか?」 『姫は生きてます。だからここで、危ない存在を排除しているんです』  姫の葬式に潤は出席している。もちろん、瑠奈も。  瑠奈も2人の話を聞いている。多少、美樹の声がくぐもっているが、全て聞いていた。  悲しかった、瑠奈自身に思いを託してくれた人の奥さんがその人に向き合ってくれていないと知って。  苦しかった、自分の娘がどうなったか、それに目を逸らし続けているという事を知って。  それは、潤も同じ。放置したのは2人とも同じだった。自分達の声が届かないと諦めたのは事実。  でも、声をかけ続けていればここまで酷くはならなかったかもしれない。  届かないと諦めずに、声をかけ続けたならばと。苦い気持ちになっている。  それが、見当違いな後悔だとも知っていても。   「美樹さん……聞いて良いか?」 『なんですか?』 「……姫ちゃんは何が好きで、今まで何をしてたんだ?」 『え?』 「何で、ここに居て、どこの学校に行って、何の教科が得意で、学校には友達がいるのか?」 『――――っ!?』 「おっさんの事を何て言ってた? 教えてくれないか?」  美樹の機体がわなわなと震えだす。自分を抱きしめるように、両肩を支えた。  潤は悲しそうにそれを見ている。何となく、姫と間違える存在を知っているような気がした。  今、喫茶店で店番をしているであろう姉弟。その兄弟。  エリアMで残っていた優秀な遺伝子を使ったといわれるクローン。  姫の遺伝子が使われても不思議じゃない。と潤は見当をつける。 『あれ? あれ? あれ? 姫は……』  聞こえないほどの呟き。潤は何をするわけでもなく、それを見ている。  美樹は自分の頭の中にある矛盾に気がついて、体を震わせていた。  潤はそうなるであろうと、わかっていた。解っていてそういう事を言ったのである。  答えられるはずが無い。だって、本物の姫は学校に通う前に死んでいるのだから。  油断無く構えて、暴れるのに備える。もしもの為だった。 『なんで、姫の記憶が無いの? なんで、なんで、なんで!』  前半は絞り出すような声。後半は叫び声だった。  機体の頭を潰さん勢いで頭を抱える。  ギリギリと、音が鳴り、軋んでいるのがわかった。 『あの子は、生きていて、目の前にいる! でもなんで、記憶が無いの!?  あのこの笑顔を知ってる! でも何に喜んでいたの!? 何で、幼いの!?  どうして、すっぽりと、姫の記憶が抜けてるの! そんなはず無いはずなのに!』  叫び続け、自問自答を続けている。  潤は何も出来ずにそれを見ていた。それは瑠奈も同じ。だが、それも長くは続かない。  この日を覚えているか、と潤が言ったからだ。その日は潤自身、良い思い出のある日じゃない。  だが、言わないといけない事だった。じゃ無いと、姫が可哀想すぎる。  そして、身代わりとして生きている子も可哀想過ぎる、と。 『え?』  美樹の全ての動きが止まった。  力が抜けたのか、両膝をついて両腕をだらんとさせている。ネメシスの後ろで閃光が奔った。  もし、美樹が今までの状況ならば、すぐに反応しただろう。しかし、何も反応しない。 『その日は……その日は……嘘よ……』 「美樹さん、それは嘘じゃない」 『あの子は、じゃあ誰なの? 間違いなく、姫なのに……』 「俺には覚悟がある、相手を殺す覚悟も、仲間を失う覚悟も!」 『何を……』 「だが、美樹さん、あんたにはそれがあるのか?」 『そんなもの……』 「じゃあ、何故、戦場に美樹さんの言う、姫ちゃんを連れてきた?」  潤の言葉が、美樹に突き刺さる。  心構えが出来ていないとかそんなレベルではない。  戦場で覚悟をしておかなければいけない事だった。 「覚悟が無いのなら、あんたの居場所はここじゃない。それは子供の癇癪と変らない」 『姫から……』 「美樹さんは何でここに居るんだ?」 『私は、何のために? 復讐、そう復讐よ! あの人と姫の敵をとらないと……』 「じゃあ何故、姫ちゃんが生きて、ここにいるんだ?」 『姫は生きてるのよ、だから姫に危険になるものを排除……』 「姫ちゃんを失う覚悟が、仲間を失う覚悟があるのか?」 『姫とあの人の痛みを……違う、姫の危険な……違う……違う、違う違う!!』  虚ろな声が響く。美樹はもう動けなかった。  ネメシスをそのままに、ぶつぶつと何か自問自答している。 『私は復讐者? 違う! 姫は生きてる! だから、姫のために危険な物を……違う!!』  そこへ、片腕を破損させた状態のドールが1機やってくる。  先程の閃光と今の状況から、潤はマリオネットの自爆に巻き込まれたのだと判断した。  水素エンジンの水素燃料を爆発させる。ただ、それだけではない。  装甲内部に少し手を入れて熱量を集中できるように、装甲内部の鏡面化等を施してあった。  熱量の全てを受けたのか、片腕は焼け焦げてダランとしている。  内部の回路が熱でやられている事がよく判った。 『お母さん!』 「お母さん?」  膝をついているネメシスに横付けする現れた片腕の機体。コクピットから、マルスが飛び出てくる。  そして、無理やりネメシスのコクピットをあけて中に入り込んだ。  潤は複雑な思い出それを見ていた。姫が成長した姿がそこにあるのだから。  本人じゃ無いと解っている。でも、不安定な美樹ならそれを姫と認識してもしょうがないと思うものがある。 『お母さん! 大丈夫!?』 『姫? あ、え、でも……貴女は……誰? 姫なの? ちがうの?』  マイクのスイッチが入りっぱなしなのか、声が聞こえる。  そのまま、音声が外へと流れでていた。  美樹の事を心配しているが、美樹の反応に戸惑っているような感じである。 『あなた、気をつけて! もう一機がそちらに行っています!』 「何?」  潤は緩んでいた気持ちを引き締めて、銃を構えようとして気がつく。  美樹に接近戦を挑んで、銃身がひしゃげたライフルは使い物にならないと。  咄嗟にライフルを手放し腰にマウントしてある、スタンレイピアを引き抜いた。  しかし、レイピアでは斬撃、打突は受けれないし、受け流しも出来ない。  全ては避け動作にかかっていた。機体を捻り、近づいてきた機体(ネメシスタイプ)の斬撃をギリギリの所で避ける。  白い装甲のそれは、無傷であり、万全の状態だった。 『姉さん! どうなってるの!』  その声は幼かった。そして、何かを予感していたような色が混じっていた。  それにマルスは答えられない。当然の事ながら、美樹も。 『あなた達は誰? 私は……何をしていて、何がしたかったの……』 『母さん……』  暴れるユピテルを無視しているつもりはない。  潤は避ける動作を中心で攻撃ポイントを探っていた。探しているのは主に、装甲と装甲の隙間である。  動きは美樹ほど鋭くなく、まだ若干の余裕を持って避ける事は可能だ。 『私は……マルス、姫じゃない』 『そう……私は何がしたかったのかしら……ごめんなさい。嫌な思いをしたでしょう?』  憑いていたものが落ちたかのように美樹は落ち着いた声を出す。  正確には、もうどうでも良いという感じの声なのだが、周りはそれが判らない。  ただ、解ったのはマルスだけだった。 『お母さん、いえ、美樹さん。貴女は私の母親になってくれないんですか?』 『……何を言っているの?』 『私は姫さんが羨ましい……私には何でお母さんが居なくて、何で戦いしかなかったの?』 『もう、私には母親になる資格なんて……無いわ』 『私に見せてくれた笑顔も全て、作った物だって言うの?』 『もう、私は私が判らない……』 『なら……』  マルスは咄嗟に美樹の護身用である銃を引き抜き銜え込む。  引き金を引こうとして、美樹がそれを振り払った。 『止めないで! もう戦いたくなんて無い! 誰も優しく無い世界なんかに居たくないの!』 『やめて、その声で、その姿で、そんな事を言うのは辞めて!』 『もう嫌なの……なんで私は作られたの? 何で、戦いしか私に用意されてなかったの!?』 『姉さん……嫌だったら辞めれば良いじゃない』  ユピテルが放つ苛立ちの声が無線で美樹のネメシスに流れる。  その声に美樹もマルスも動きを止めた。 『僕は戦いだけがあれば良い! 他は要らない!』  次の瞬間ユピテルが叫んだ。ユピテルは動きをもう一段階、鋭くして順に戦いを挑んでいる。  回避が間に合わなくなって来ていた。  鋭い打突が、機体の脇腹を掠り、容赦なく装甲を引き剥がす。  ギリギリの所で回避を続けているが、集中力が途切れれば真っ先に沈むだろうと潤は思った。 「餓鬼が……粋がるんじゃない!」 『五月蝿い! 僕はそれで良いんだ! そうすれば寂しくない!』  潤のその一言に一瞬だが、ユピテルの動きが止まる。  その隙にスタンレイピアを腹部にねじ込む潤。  電撃を放った。しかし、バチンと言う音と、ゴキャンと言う音が重なり合っている。  ねじ込んで動きが止まったときにユピテルが腕を振り払ったのだ。  潤は機体共々、吹き飛ばされる。右腕は千切れ飛び、コクピットを覆う装甲はひしゃげている。    次を貰ったら、命は無いと潤は腹をくくる。 『戦場にいれば、みんな僕を見てくれる! 僕を認めてくれるんだ!』 「ここは、そんな……優しい場所、なんかじゃない!」 『優しくなくて良い! 僕が寂しくなければ良い!』 「寂しいなら、何故そう言わない!」  スタンレイピアの電撃が効いているのか、ユピテル機の動きは鈍い。  残っている左腕でもう最後のスタンレイピアを引き抜く。  真っ直ぐ向かってくるユピテルに対抗するように真っ直ぐ向かい合った。  振り下ろされる右手、それを体を捻りギリギリの所で避ける。  レイピアを逆手に持ち替え回転するように相手の腹部に突き刺した。  それと同時に電撃を放つ。やはり電撃を放つ前に残った左腕が振るわれる。  それを潤は足を蹴り出す事で何とか威力を相殺した。  おかげで、蹴り出した右足、そして、支えていた左足がお釈迦になる。  ユピテルが動けるのもそこまでだった。 「全く、手間かけさせやがって」 『あなた、大丈夫?』 「あぁ、俺は無事だから安心してくれ」 『良かった……本当に』 「当たり前、愛してるよ。瑠奈」  潤はそう言って機体を降りる。  目の前で動きを止めているネメシスのコクピットを無理やり開く。  その中には子供が居た。潤は半ば予想してた為に余り驚きはない。   「寂しいなら、寂しいと言えば良い」 「……」 「誰も構ってくれないって言うのなら、俺の所に来い。寂しい思いはさせないさ」 「……本当?」 「あぁ」 「僕は戦いをとったら何も残らないよ……」 「まだ見つかって無いだけだろう? ゆっくり見つけていけば良い」 「ふぇ、ふぇぇぇぇぇん」 「お、おい」  差し出した手を半ば無視する形で順に抱きつくユピテル。  そのまま泣き出してしまった。優しく頭を撫でる潤。  暫くの間、そうしていて、感情が収まってきたときに潤は声をかける。 「まずは、お前の姉さんの所に行ってこい。全部話してくるんだ」 「……うん」 「向こうで受け入れられるなら良し。駄目だったら俺の所に来い。良いな?」 「うん!」  涙をぬぐって潤に目を合わせるユピテル。  ユピテルは涙を拭ってにっこりと笑って、コクピットから降りた。  そして、ユピテルのネメシスタイプを心配そうに見上げている美樹とマルスの元へと行く。  そんな姿を見て、心配している気持ちが吹き飛んだ潤。  多分、あの2人が美樹を支え、美樹もあの2人を支えてくれるだろうと思った。  足りない時は自分達が支えてあげようと思いながら。  こうして、アイビーの襲撃騒ぎは終る。美樹たちはアイビーにて保護されることになった。  フォール姉弟が再会して、一騒ぎあった事はまた別のお話。 To the next stage

     あとがき  本当なら、フォール姉弟で対決をさせる筈だったんです。どうもゆーろです。  書いて手一番困ったのが美樹さんの扱い方でした(苦笑  どうにも動いてくれませんし、マリーとジュピターを引っ張り出してくるのにもちょっとと思いこの形へ。  どうでしょう? 多分、ご都合的展開と分類されるんでしょうね。  私はハッピーエンド主義者だと言っておきます。良いんです! これで(爆  次は秋子さん達になるかと思います。  多分ですが……  では拍手コメントのお返事をしたいと思います。 >聖ジョージ隊のメンバーのプロフィールとかアップしてもらえないでしょーか たまによくわからないキャラが 9/18  人物設定を先に上げておきました。  満足でしょうか? 忘れているキャラが居ないかどうかちょっと心配なんですけどね(苦笑  もっと人数少なくすれば良かったって思ってます。 >A5編27話の祐一の台詞「相手は平定者だけじゃないと思ってる」何かおかしい様な気がします。 9/19  えっと……あはははは、確かにおかしいです。  平定者って祐一君達じゃないですか……何を書いているんだ? 私。  正確には聖・ジョージ部隊ですね。訂正依頼を出します。 >茜がONEを辞める時の、由紀子や詩子の応対をSSSで読みたいです。 9/19  今回のSSSで由紀子さんと茜さんのやり取りを書きました。  詩子さんは事が終った後に気がついたので参加してませんけどね(苦笑  とりあえずですが、リクエストに沿ったものになっていると思います。楽しんでください。 >「A5編」最後の戦闘なのでしょうか?祐一や聖ジョージ隊員の精神的な問題に決着が付いてほしいです。 9/19  A5編最後の戦いに間違いは無いです。私はハッピーエンド主義者ですから……えぇ。  多分、それなりの形で決着がつくと思います。あくまで多分ですよ?  続きは頑張りますので、待っていてください。  >真琴のつっこみ・・・ナイスです♪ <A5-27話 9/19  彼女、抜けているようで結構鋭いんです。嗅覚が優れているんでしょうね。  そう言えば、名雪さん達に関してみんなスルーしてるけど知識無いよなぁがあの場面のきっかけだったりします。  姉さんじゃない真琴さんはあんなキャラだと私は信じてます。 >戦闘並に佐祐理さんと有夏さんの遭遇が楽しみですw 9/20  こちらは結構頭が痛いです。なんと言うか、混ぜてはいけないものを混ぜるような感じですから。  楽しいのは解るんですよ? でも、さじ加減を間違えると……どうなる事やら……  とにかく、頑張ります。えぇ、頑張りますとも。 >祐一と肉体関係があるのは今の所誰なのですか? >由紀子と晴子は祐一と絡む時に一致団結しますね。この話を新たに読みたいです! 9/26  ストレートにきてますねぇ……質問一つ目(汗  もしかすると違う人からのコメントかもしれませんが……お答えします。  関係を持っているのは秋子さんと詩子さん、そして聖さんだけだったり。  あくまでも今現在ですよ? A5編28話現在ですよ? 将来増えますよ?  舞さんと佐祐理さんは忙しすぎるんです。茜さんはピュアだから恥ずかしがってるんです。    えっと、次のリクエストですが、それらしいものがSSSになってます。  楽しんでいただければ幸いです。 >時期外れな質問ですが、O編のGE-04が本物の倉田一弥だったのでしょうか?9/29  その答え、YESでした。私はそのつもりで書いていました。  実際にはちょっと時間軸的に問題がありそうなので、違います。  ですが、相沢祐治の研究所に居た事は間違い無いです。 >詩子がGJですよー 9/30  どうもです。たぶんSSSでしょうね?  今回は詩子さん出て無いんですよね……何故か親世代(特に有夏)が中心になってます。  もし機会がありましたら、GJな詩子さんが書けるように頑張ります。 >原作でも名雪嫌い(振られたくせに7年待ったとかほざくあたり)な人がちょっと通りますよ >7年云々が無ければ嫌いじゃないですけどね。で、この名雪も地雷女っぷりがすごいですね >それはそれとして、北川って今何してるんだろう…普通に喫茶店経営? 気になるw 10/1  原作などの好き嫌いは完全に個人の好みになりますしね。  このSSの名雪さんは黒いですけど、私は割りかし好みなキャラですよ(原作では)  何でこんなに黒くなったかなぁ……  好みの話は置いておいて、今回は北川さんが主役です。普段は喫茶店経営なんですよ?  ただ、緊急時だけあんな感じで、命を張ります。えぇ。張りますとも。  今回、瑠奈さんを主役にするか北川君を主役にするか迷ったのは秘密です。  では。次回も頑張りますね。ゆーろでした。  


    管理人の感想


     ゆーろさんからのSSです。
     復讐鬼美樹さんよさらば。(爆  彼女の不幸は、誰も叱咤してくれなかった事でしょうか。  北川君の思ったように、当時誰かが叩いてでも正気に戻していれば、多分ここまでにはならなかったのではいでしょうか。  牧田氏(夫の方)の部下の方も復讐万歳って感じでしたし、難しかったとは思いますけどね。  今回北川君が痛みを自覚した上で説得できたのは、やはり彼が父親になったからかと。  人は成長するんですね。(笑
     あるいは名雪は、美樹さんを元に戻せると分かっていたのではないでしょうか。  でもそうすると確実に戦闘出来なくなります。  小隊長にして優秀な駒だった彼女。  その戦力がなくなるというのは、部隊の指揮官としては選べえぬ選択肢だったのでしょう。  あくまでも予想ですから、真相はゆーろさんの心内のみにありますけど。  しかしそれが本当だったら、人としてやっぱダメダメだよなぁ。(苦笑

     もし美樹さんの精神状態が昔に戻ったら、その方がこれから大変でしょうね。  復讐が理由だとしても元は一般人が戦争してきたのですから。  まぁ古来より母は強しと言いますし、息子と娘がいれば乗り越えられるかと。


     感想は次の作品への原動力なので、送っていただけると作者の方も喜ばれると思いますよー。

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