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施設の正面が騒がしくなってきた頃の施設近くの海の中。それは静かに進んでいた。
月の光もなく、闇が支配する海中。その中を進んでくる2つのドール。
機雷等、水中のトラップを避けて、海中の入り口のような物をこじ開ける。強度はあまりなく、簡単に開いた。
這い上がるようにして中に入る。2機のドールが付いた先は広い地下ドックの残骸だった。
長い時間放置されたのか、コンクリートは潮の影響で腐食し、中には組み込まれていた鉄筋がむき出しのところもある。
空間が残っている限り、かなり丈夫な設計のようだ。
漆黒の装甲、現存するYAタイプ。祐一と舞である。
大型の潜水艦を製造するもしくは整備する為なのか地下ドックは無駄に広い。
無言のまま、搬入エレベーターらしき物の近くまで移動する。
ここまでは、有夏の言っていた情報通りだった。
しかし、ここから先は違う。何がどうなったのか判らないが、大型の搬入エレベーターは壊されていた。
壊されていただけなら、まだ救いはある。2機のドールが見上げるその先。
先には酷く折れ曲がった鉄筋や鉄骨、エレベーターを吊っていた物が複雑に壁に突き刺さったり、壁から飛び出ていた。
大型の作りかけのビルが何年も放置されたような感じである。
酷い状態だが、ドールが上に上がる隙間は十分にある。
これもかなり丈夫な設計のお陰で何とが今の状態を維持しているようだった。
舞は見上げて、躊躇った。これは、上れるのか? と。
トンと、隣で、動く音がする。祐一が動いたのだ。
「あっ」
何のために洩れた声か判らない。でも、意識が自分の考えに沈んだ瞬間に祐一は行ってしまった。
咄嗟に舞も自分の経路を探す。行けない事は無い。だが、ここでは戦闘は出来ないと舞は思ってしまう。
『追いかけないの?』
「……行く」
『ここの地形覚える?』
「お願い」
『はぁ、祐一ならそんなこと言わないのにね』
ギリッと歯を噛みしめる舞。天照には悪気は無い。だが、舞には合成された女性の声が嫌味たらしく響く。
祐一ならば、この空間をクラウ・ソラスで戦いきれるだろう。
だが、自分にはそんな空間把握能力も無ければ、こんな状況で下せる判断力の早さも無い。
もし、この機体で自分が最高に戦える場所が有るとしたら地下ドックのような平たい地面の密閉された空間である。
それが自分自身判っているし、近接戦闘しか能が無いことも解っている。
中距離は出来ないことも無いだろう。だが、聖ジョージ部隊程の部隊が相手になったときは役に立たないと思っていた。
「もしここで、戦闘になった場合は、武装の展開可能?」
『無理……とは言わないけどお勧めはしないわ』
「放熱板か……」
『そうね。この空間で、動きを制限される事はデメリットでしか無いわよ?』
壁から飛び出た、鉄骨を足場にして上へ上へと飛び上がる。
慎重に選びながら、先へ先へと。どの鉄骨や鉄筋、ワイヤーも足を乗せるたびに軋む。
中には足場にして飛び移った途端、崩れ落ちるものまである。
今、舞が抜けている空間は非常に入り組んだ壊れかけてのジャングルジムみたいな物。
最大の武器である武装を、放熱板を展開すれば確実に放熱板が引っかかる。
そういった懸念が舞に。そして、天照が取得して行くデータにあった。
引っかかっても、放熱板が破損しなければ問題が無い。もし破損すれば、武器に機体に影響が出る。
武器にはあまり影響は出ないかもしれない。しかし、機体には熱による確実な悪影響が出る。
刃物が起こす高振動で無理やり相手を断ち切る武装クラウ・ソラス。
相手を切る事で発生する膨大な熱量を機体以外に排出できなければ、相手以上のダメージを自分が貰う。
「嫌な場所……本当に」
『武装は展開できない、足場は不安定だものね』
もし、お互いにクラウ・ソラス、地下ドックで祐一と舞が勝負したのなら舞が6割で勝つ。
だが、ここで勝負を仕掛けたら9割が負ける。そういった認識をしていた。
切るという動作は、想像以上に足場の影響を受ける。
しっかりとした足場がなければ、それはただの殴るといった動作に成り下がるからだ。
殴る、打撃を加えるといった動作よりも遥かに高度な技術と状況が必要な切るという動作。
動作に必要となる技術、条件に比例した絶大な威力がある。それが持ち味の舞はここには向かない。
『地上まで後50m』
ずいぶんと上まで来たと舞は思う。祐一とは大分差をつけられてしまっていた。
上のほうで閃光が走る。祐一が地上に出るために壁もしくは天井を爆破したのだろう。
舞が遅れて地下通路から、壊された天井から地上に出たときには、祐一が既にライフルを構えていた。
地雷原だと思われる中庭らしき広めの空間、祐一はそれを前にして、銃を何発か放った。
だん、だん、だんとリズミカルに打ち込まれたそれ。
銃の弾を入れ替えると、祐一はおもむろに走り出す。着弾した地点を踏みつつ、先へと急ぐ。
その先には扉の開かれた兵器の試験場のような大型の建物。
建物の先に居ると思われる自分達の家族の場所へと向けて祐一は動いている。
「えっ?」
舞は困惑した。明らかに祐一は焦っている。
だが、追いかけようとして、追いかけられなかった。
(まずい、なにかがまずい)
舞はそう思う。それは、目の前に広がる中庭を何も対策なくして歩くよりも嫌な予感だった。
何より、目の前の中には何も危険は感じない。感じるのはまた別の何処かである。
だが、決定的な何を捉えたわけでもない。
(何がまずいのかが、わからないけど、何かがおかしい)
相手の罠では無い。敵の頭は罠で自分達を叩き潰すつもりはないと思っている。
自分達のフィールドに舞と祐一を誘いこんでその上で叩き壊すつもりのはずだ。
地雷原はただの時間稼ぎにしか過ぎないだろう。
今の舞でも十分に対応できる。だが、この悪寒はそれよりも注意を要する物。
(解らない、わからないけど、ここに居てはいけない気がする)
向けられている何かの感情。罠は感情をもたない。
確実に舞に、いや、クラウ・ソラスに向けられている何か。
天照が、何か不満げな事を言っているが、舞の耳には入らない。
(まずい、まずい! まずい!!)
咄嗟にもと居た地下通路に戻る舞。そして、今上ってきた竪穴の淵へとバックステップをした。
天照が、何をしているという感じの言葉を発する。舞にはそれどころではない。
突然、目の前に1機のドールが現れた。
「……っ」
『嘘……』
空中から竪穴まで一直線に舞い降りたそれは、音もなく舞の目の前に立つ。まさに、突然現れて、突然落ちてきた。
天照のレーダーに引っかからなかった事を考えると、それは多分、レーダーの死角になる所を選んで動いてきたのだろう。
地形という地形を全て把握しての行動だったのだろう。
目の前にいる機体、シヴァが静かに舞の前に立ちはだかった。
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神の居ないこの世界で−A5編− |
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