神の居ないこの世界で−A5編−


→銃は無粋

     目の前の機体は、通常回線を開くように要請してきていた。  ただ、目の前にいる純白の機体。対するは舞の乗る漆黒の機体。 『舞……』 「通信を開いて」 『良いの?』 「良い」  何をするわけでもなく、佇むシヴァ。舞はクラウ・ソラスに使う剣ではない予備刀を一つ引き抜いて構える。  そして、通信回線を開いた。相手の第一声は静かな物。  
    あなたはいったいなにものですか?     
     そんな一言。舞は理解できない。一体何が言いたいのか判らない。  何と答えれば、正解なのか。間違いなのか。  何と言えば、相手に自分の答えが伝わるのか。  油断無く構えている事しか出来なかった。 『失礼な事を聞きます。あなたは何処かの研究所で人体実験されましたか?』 「……」 『質問を変えます。この施設で保護されている人の関係者ですか?』 「……そう」  高橋の声は平坦そのもの。  それに答える舞の声も同じく平坦そのもの。  だが、舞の返事を聞いて、高橋の声に抑揚が出来た。 『聞きます、あなたはGEナンバーズですか?』 「…………そう、GE-07」 『良かった……本当に良かった。貴方が普通の人じゃなくて良かった』  舞が絞り出した声に高橋は泣き声のような安心したような声を返す。  その声に舞は困惑する。どうしてこんな事に安心するのか、と。 『とても酷い事を言ってると思う。でも、でも! 泣きたくなるくらい嬉しい!  私みたいに平凡な軍出身者じゃなくて良かった。民間人出身じゃなくて良かった……  小さなころから訓練された存在でよかった……何より、私を切り伏せた人間があなたで良かった!』  勘違いがある。舞が高橋を切り伏せたわけではない。  これは、CROSSの特性上、勘違いしやすい事である。  通常のCROSSには複数の搭乗者を設定する事が出来ないのだから。  だが、舞にはその間違いを訂正する事が出来ないし、しても無駄だとわかる。  相手の心の中に炎が灯ったに、舞の中にも炎が灯った。 『私は……あなたに切り伏せられました』 「…………貴女には、解らない。絶対に」 『だから、他人の居場所を押しのけてでも私の居場所を護る力は欲しい』 「……ただ、家族に、同じ仲間に、弟に、会うのがそれほどの罪なの?」  静かにじわじわと広がって行くそれ。決して一気に燃え広がるような事は無い。  高橋も、舞も同じような感覚を味わっているだろう。 『私の居場所はここにしかないから、だから、それを達成する力がほしい』 「……私と、あの人は家族に、弟に会って色々な事を話を報告したいだけ」 『私は貴方に勝てないかもしれない。私には、意味の無いことかもしれない』 「私は家族を知らないうちに裏切ってる事を、まず謝らなきゃいけないけど」  片方は、自分がこの場所に相応しくないのだという事を証明した存在に対する複雑な感情を元に。  片方は、自分の家族との面会を自分の贖罪の為の場所を邪魔する存在に対する単純な感情を元に。  その炎を燃え広げて行く。   『……私には必要の無いことかもしれない』 「私もあの人もただ、家族に会いたいだけ」 『かも知れない、かも知れない、かも知れない!』 「なのに、なのに! それすら許されないの!?」 『それでも、私は貴方と戦わないといけない』 「例え、情報がダミーだとしても、それでも」 『私の為に、支えてくれるみんなの為に』 「私は、私達は確かめなきゃいけないの」 『私が示さないといけない、私のけじめ! 私という、意味を確認するために必要な事!!』 「それが私達にいえ、私に出来る、しなくちゃいけない贖罪! 私に残された絆だからぁ!」  お互いの声がぶつかり合っている。生身と生身の意見と意見のぶつかり合い。  それが、ぶつかり合っている。どちらが正しいかとか関係が無い。  もうお互いが聞いているは無かった。ただ、何かの切欠を待っている。  燃え上がって居る炎を吐き出す瞬間を待っている。 『「じゃないと、私は前に進めないから!!」』  同時に発せられた声。それと同時に舞と高橋の機体が動いた。  先に攻撃を繰り出したのは舞だった。コンパクトな動きから、予備刀を振るう。  それを掻い潜る様に、シヴァはその刀の下にもぐりこんだ。  普通なら叩き切られて行くようにしか見えない。  だが、高橋は這い蹲るような動きを見せて、その斬撃を紙一重で避ける。  そのまま、腕、腰経由で反対側まで動き、腕から、ワイヤーを射出した。  シヴァには猿飛と同じようなワイヤーが左右あわせて6つある。  その内の左手の一番左側の物だった。  それが、舞の右腕に引っかかる。 「くっ」  それを断ち切ろうと、刀を奔らせるが切れずに火花を走らせるだけだった。  二度目と思ったときに、シヴァの右手からもう一本のワイヤーが飛び出て残った腕に絡みつく。   『私の得意な戦場に招待します!』  向かい合うシヴァとクラウ・ソラス。  シヴァはそのまま、後ろに向けて飛び降りた。そう、竪穴に、である。  高橋にはもう、後ろに下がるという事に関する禁忌は無い。  誓いと共に禁忌は粉々に砕かれてしまったという事が正確だろう。  残された誓いを守り続けるために形振りは構っていられない。それが現在の高橋。  クラウ・ソラスは突然の動きに対応できずにそのまま、引張られる。   『舞、拙いわよ!』 「わか、ってる!」  解っているが、動きが追いつかないし、追いつけない。  竪穴に入った途端、ワイヤーが器用に外れ、その上にシヴァがのしかかる。  のしかかられて得られたエネルギーは重力と合わさって舞を離さない。  そのまま、落下するしかない。咄嗟に落ちるのを何とかしようと手を伸ばす。  酷い衝撃が舞を襲う。足場を何個か潰して、ようやく落下が止った。  足場である鉄筋や鉄骨が遠くで酷い音を立てて地面に激突している音が聞こえる。 「く!」 『フフフ、ようこそ。私の領域不安定なフィールドへ。歓迎します』 「損害は?」 『今の所、問題は無いわ』  通信は断絶している。しかし、高橋は一方的に電波を発し続けていた。  高橋が上、舞が下である。見上げるように高橋を睨みつける。  四方八方、360°のほぼ全てが戦場となる可能性を持つフィールドに招待されていた。  舞が、一番苦手とするフィールドに。限られた不安定な足場、限られた空間。 『……行きます』  たが、高橋にしてみればなんて事は無い。足場は要らない。限られた空間を使いこなせる性能の機体だからだ。  ワイヤーを器用に使って縦横無尽に動き回る。それこそ、6本あるワイヤーが空中に足場を作ってくれるようでもあった。  舞はそれを目とレーダーで追うだけに留めて、その場に居つく。  油断無く構えて、足場を確かめる。少し足に力を込めただけで、ぐらりと、足場にしている鉄骨が揺らいだ。 (踏み込めば、足場は崩れる……厄介)  つまりは、舞の持ち味が完全に封じ込められているという事。  刀を持っていても、切るという動作が出来ずに、殴るという事しかできないという事だった。  舞は武装を確認する。現在装備している予備刀が2本。投げナイフが24本。そして、武装クラウ・ソラス。  シヴァが舞の横を通り抜ける。まるで、様子を見ているハイエナのようだと舞は感じる。   (ハイエナ? 動物さん、嫌いじゃない)  思い浮かんだ言葉が可笑しかったのか、舞は口元をゆがめた。  天照が何か言っているが、舞は気にならないし、気にしない。  すれ違いざまに舞は投げナイフを一本投げつける。  投付けられたナイフはワイヤーを掠めて火花を散らす。 『っ!? 投擲?』  元はシヴァの胴体部分を狙ったつもりだったが、若干ワイヤーによる影響を計算し切れなかったみたいだ。  加えて言うなら、投げナイフの威力は十分にシヴァの装甲を貫く。  銃とは違い、音も光も殆どなく投げられる舞の投げナイフ。  動作だけを見ていたら見当違いの方向に刀を振っている様でもあった。 「銃は無粋」  舞はその一言だけ、通信に乗せて通信を断絶した。  相手の反応を待つまでも無い。相手は電波を飛ばし続けているのだから。 『舞、あそんでる?』 『銃は無粋ですか……本当にあなたが相手でよかった』 「……真剣」  シヴァがくるりと反転して舞へと向かってくる。  真っ直ぐに、そう舞の足場にめがけて。 「っ!」  溜め込んだ、息を吐き出しながら舞は刀を振るう。  またも紙一重で刀は当たらない。次いで高橋の距離へと移行する。 ガキャァ!  金属と金属のぶつかり合う音。シヴァの拳を予備刀の峰で受け止めた音だった。  シヴァの拳にはナックルガードのようなものがついている。  だから、ダメージは無い。ただ、驚きが高橋にはある。対応できないと思っていたからだ。  前回は自分の距離にもって行く前に、斬り捨てられた。  今回は自分の距離で防がれた。 『やる!』 「この程度じゃあやられない、やられてあげれない」 『? 何この反応?』  天照が意味不明という反応をする。だが、舞には確認する時間も無い。  シヴァが折れ曲がった鉄筋を壁から引き剥がし、投付けてくる。  それを追いかけるように舞へと突撃して来た。  シヴァを迎撃するために鉄筋を弾き返そうと思って振ったその時。  ぷちん、ぷちん、と何かを切断する抵抗感を感じた。 「!?」  その抵抗感は2度有り、本来ならば鉄筋をシヴァにはじき返している筈だった。  しかし、少しのタイミングの差で弾くだけに留まってしまう。  突進してきたシヴァが狙ったのは舞ではない。その足場だ。  切り裂いたのは暗くてよく判らないが細く、ピアノ線のようなものだった。 「く!」  落下するクラウ・ソラス、苦し紛れにナイフを投擲するが、それも通用しない。  その場にいたと思われる地点には既にシヴァは居なかった。  上を目指して、移動している。追撃してくる筈と思っていた舞はその動きに驚く。  驚いたまでは良いが、そこから先は自分の事で手一杯だ。必死になって勢いを殺す為にありとあらゆる事をする。 『落下物、多数! 舞、注意というか行動して!』  何とか、止った。既に竪穴の中ほどまで来ている。上を見上げて舞は見開いた。  レーダーに映る移動する物体。それは、上で不安定になっていた足場。  降り注ぐ雨のように足場がどんどんと落ちてくる。  初めに、舞を挑発していたと思っていた動きには脆くなった足場を落下しやすくする為だった。  あとは、細く見え難いピアノ線でそれが切られると一気に崩壊が進むようにしていたのである。 「なんてやつ!」  接近戦では決着は付けにくいと感じた高橋の地形を最大限利用した攻撃。  舞は逡巡する。それが致命的になるとも思わないで。どうするかを考えた時、方法は3つある。  今居る、脆い足場を死守する。予備刀で降って来る物を足場と自分から逸らす事。  これの欠点は、足場が持たなければそこでお終いという事。  次は残っている足場と予備刀を使って上へと行く事。  欠点は、足場が残っているかどうか不明だし、落ちてくる物を腕の力だけで捌ききれるかも不明だ。  そして、時間のロスになろうと一度この竪穴から出るべく一番下まで降りる事。  これは、下手に間違えると地面に激突し、生き埋めになる。  舞が選んだのは2番目のあくまで、上へと行くこと。 「取ったデータ出して」 『殆ど当てにならないわよ!』  天照が、舞の視界と取ったデータの3Dデータを重ね合わせる。  以前とほぼ変らないものを青で重ねて、変ってしまったものを緑で重ねた。  次の足場を目指して、予備刀を振るいながら、舞は上へを目指す。 【上左45°】  既に音では間に合わないと判断した天照が、舞の視界に文字を重ねて、落ちてくるものの情報を教える。  ただ、一番いやらしいのが高橋がただ、適当に落としていると言う訳では無いと言う事。    殆どの落下物が、残り少なくなっている足場。それにも向かって来る落下物。 「くっ!」  上へと来た時に確保した足場に落ちてきた鉄骨が直撃する。  元々、あまり強度が無いために、舞を含めて落下を始めた。  一緒になって落ちる足場という足場。どうにかして、勢いを殺さなければ、と思い行動しようとした時。  シヴァが目の前に現れた。そう、本当に目の前に。 『「え?」』  舞と天照の声が重なる。天照が認識していたのは落下物全般。  その中にシヴァが紛れ込んでいたのだ。ただ、発見が遅れただけの事。  だが、舞は一番上で自分を待っていると思っていたので、こんな展開は予想していなかった。 『どうですか? 朽ち逝く物と一緒になって堕ちる気分は!』  ゴン、という衝撃。その衝撃で、更に落下する速度が速くなる。  見る見るうちに、地面が近くなってきていた。その地面は落ちてきた足場であったもので針山のようになっている。  地面に激突するまで、もう時間が無い。もうできる事は何もないと舞は思った。  自分の勢いを殺す事の出来る何かがあるわけではない。  足を地面に向けても、突き刺さっている鉄筋か鉄骨に貫かれるだけである。  ある意味、賭けでふ、と力を抜いた。相手に見せ付けるように。 『……フザケルナ、ふざけるな、巫山戯るなぁ!!』  舞は相手が何を求めているか、それを逆手に取る。  卑怯といわれる事だとは百も承知であるが、舞にやらなくてはいけない事があった。  高橋は、ありとあらゆる意味でこの機体との決着を求めている。  舞は、ただ、家族だった存在にあいたい。相手との決着は二の次だ。  その違いが、あると舞は理解している。 『こんな決着……こんな決着を私は認めない!!    それが、多くの人たちを斬り捨てて来た人間のすることですか!?  諦めて、もう良いと思う事は絶対に許さない!』  舞の思惑通りに、高橋は激昂する。本気で相手をしていた。これに間違いはない。  でも、最後の最後で諦めるような仕種を見せるのは自分も相手も許せない事だと理解している。  だから、高橋は行動する。 『そんなものの為に、私は、わたしはぁ! こだわりプライドを捨てたわけじゃない!!』  クラウ・ソラスを追い抜いて、器用に動き回り、ピアノ線を張り巡らす。  それが、千切れても良い。クラウ・ソラスの勢いを殺すなら。  勢いを殺したクラウソラスを抱えた。地面に激突する直前。ワイヤーを射出してシヴァを支える。  そして剣山の様になった竪穴の地面に触れないように壁を蹴り、地下ドックへとクラウ・ソラスを投げ出す。  ざざざ、と両手両足を地面を擦り火花を散らしながらクラウ・ソラスは立ち上がる。 『何で、最後の一瞬、力を抜いた! 憐みか!? 余裕か!?』  静かに地下ドックの地面を踏みしめるシヴァ。  舞は静かに微笑んだ。これで、100%の実力を発揮できると。  ゆっくりと構えなおす。高橋もそれを見て、自身の感情を落ち着けながら、戦う為に構えた。 To the next stage
     

     あとがき  はい、舞さんと高橋さんの戦い第一弾でした。どうも、ゆーろです。  やっぱり戦闘は書いてて楽しいですね! 時間がかかりますが……  舞さんと高橋さんの戦闘はこれで終りません。続きが有ります。  ですが、次はまた秋子さん達に戻ります。あくまで、多分ですが。   あと、振り仮名を振って見ました。ちょっとした憧れでしたので、使ってみたかったんですよね。    では、拍手コメントのお返事をしたいと思います。 >祐一と由起子の話や酒の話がとても面白かったです! 10/16  SSSですね。どうもです。お酒の話は実に現実感がなかったと思います(苦笑  私はお酒苦手ですからね。本当にお酒の飲める人が羨ましい……  リクエストだったので楽しんでもらえて幸いです。 >由起子と祐一の話や由起子と晴子と祐一の酒飲み話がとても面白かったです! >個人的には由起子が祐一に口移しで酒を飲ませたほうが面白いような気がしました。 10/16  もしかすると違う人かもしれませんが、同じ時間帯だったので。  流石に口移しはまずいかなと。まぁ、晴子さんを放置する事も出来なかったので(苦笑  酔った勢いでそうするのもどうかと思いましたしね。  >空に浮いて風に揺られる真琴・・・なんとなく可愛いですね♪ 10/16  可愛いといえば可愛いですが(苦笑  結構えげつない事やってますからね。第三者にしてみれば可愛い事かもしれません。  ただ、当事者同士だと可愛いと言ってられないかも知れませんね。 >由紀子さんいいキャラですね >祐一災難ばっかりですね〜 10/16  これも同じ時間帯だったので、違う人かもしれませんが。  由紀子さん達、親世代の人は基本的に濃いです。何でこんなに濃いんだろうって思うくらい書いてて濃いです。  そうなると、祐一君が巻き込まれる状態じゃないと書けないんですよね……  ただ単に、私の才能が無いだけなんですけど(爆 >茜最高です!! 10/16  今の所、SSSでしか登場できないのですけどね(苦笑  本編では本当にちょっと出て御終いになりそうな気がしてきました。  恨むべきは戦闘要員ではなかったということでしょうか。 >(SSSのリクエスト)祐一がホバーボードを持ち出し、みんなが祐一と一緒に乗りたがる話を希望します。 10/17 >茜のダイエット系のSSがみたいです 10/17  はい、リクエスト承りました。ただ、どこまで期待に添えるか不明です。  次回の入れ替えにはそれにそった物を入れたいと思います。  では続き、頑張ります。ゆーろでした。


    管理人の感想


     ゆーろさんからのSSです。
     舞vs高橋嬢ですか。  確かに普通に考えれば、向こうはクラウ・ソラスのメインパイロットが誰かなんて知りませんよねぇ。  そりゃ機体を目標にせざるをえませんか。  本来のターゲットである祐一はもう先に行ってしまいましたし。  不運としか言えない高橋嬢がちょっと哀れ。(苦笑  祐一と舞の差異が戦闘の行方を左右しそうですね。

     この戦闘の決着はまだ先のようですが、勝敗が気になるところ。  今回の話で、最終的にはどちらが勝つか予想出来るとは思いますけど。(爆


     感想は次の作品への原動力なので、送っていただけると作者の方も喜ばれると思いますよー。

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