私は、私の居場所と思える場所を手に入れました。 そこに居て、とても心地良いのです。私は何もしません。でも、誰もが居ても良いって言ってくれるんです。 この場所に居れる事、この場所に居る事を許してくれる事を嬉しく思います。 私を慕ってくれる子が出来たんです。 その子は、私に色々なものをくれました。私は何もあげてません。でも、心を暖かくしてくれるものをくれました。 私を慕ってくれる事、私の心を暖かくしてくれる事を幸せに思います。 私は、その場所を壊そうとしています。 契約という名で、それを奪ってしまいそうです。 自分がしてしまった事です。それを悲しく思います。 私は罰を受けなくてはいけません。 だって、あんなに温かくしてくれた人たちを裏切った、いえ裏切っているのだから。 私は彼らに降るかかる火を代わりに浴びなくてはいけません。 でも、それが私に出来ることです。その事に自分に対する怒りは有りますが、後悔はありません。 ただ、浴びるわけではありません。自分の全身全霊を持って反逆します。 それが、私にできる事です。覚悟は出来ています。
 
神の居ないこの世界で−A5編−


→守るべきものとその覚悟

     日が落ちきって、あたりの空気が冷め始めている。  徐々に冷たくなるそれは、人の感情に似ているかもしれない。  冷え込んで行く空気を笑い飛ばすように、いや、笑い飛ばす声が響いた。 「あはは〜。初めまして、倉田佐祐理です」 「こちらこそ、初めまして。相沢有夏だ」  柔らかな笑みと口元を少しだけ緩めた笑み。お互いに手を差し出して握る。  周りにはkanonと相沢海運のスタッフが居るのみだ。  佐祐理の後ろには一台のドールが控えている。片腕が換装出来る様になっているドール、ハードインパクトだ。  その横には4種類のライフルのような物が置いてある。  多少、普通のライフルというには問題があるが、ハードインパクトに換装できる形にした為だ。 「今日は、デモンストレーションだと思ったが?」 「はい。佐祐理が実演しちゃいます」 「ふむ、的は……なるほどな」 「まだ到着してませんね〜」  暗黙の了解と言うよりも事実として、敵が来るということが解っている。  佐祐理も有夏も平定者を戦力としてみた時に危険だと思うのは解っているからだ。  だが、そのまま何かしないというと答えはNO。しっかりと迎撃するだけの準備はしている。  周囲を警戒しているし、ドールに関して言えば有夏自身の機体も用意した。  もっとも、まだ登録は済ませていないが、一番端の警戒線を越えてから登録しても十分、間に合う。  警戒線から守るべき人達の居る施設までドールでも30分はかかる。10分で用意は可能だった。  それに他にも元から警備にまわすドールがある。だから、有夏はドールに乗るつもりもなかった。  ドールよりも怖いのは侵入してくる人間の部隊である。有夏はそちらに警戒を強めている。  さて、有夏は傍に居たスタッフ、ドールのパイロット達に佐祐理のスタッフから話を聞くように指示を出す。  佐祐理も同じようにスタッフに色々と話をするように指示を出す。  スタッフ達はライフルの方へと移動していった。ドールの足元に残されたのは2人。  有夏は2人になった事を確認して溜息を吐いた。   「全く、私も祐一に甘い」 「あはは〜、それは同感です。でも、放って置けないんですよね」 「見ていてひやひやするよ、全く」 「そうですね……守ってあげなくちゃって思います」  話があう、有夏はそう思った。佐祐理は微妙に緊張している。  なぜならば、祐一の母親だからだ。ここで、婚約は認めん! 等と言われて最終兵器、姑になってもらっては困る。  有夏の場合はそれが洒落にならないレベルになるからだ。 「自分の事で手一杯の筈なのに、気がつかない」 「自分でしなくて良い事まで、手を出しますよね。そして、自分の手でやらないと気が済まない」 「周りに頼ってないか? と言われると、中途半端に頼ると答えるしかない」 「あはは〜、もっと頼ってくれても良いのに。と思います」  有夏は顔を見合わせて、にんまりと笑う。佐祐理も佐祐理で微笑んだ。  祐一を子供の頃から知っている有夏と、舞という存在が居て、客観的に祐一を見ていた佐祐理。 「「本当に(まったく)手のかかる人です(子だよ)」」  同時に言った言葉は殆ど同じ意味の言葉だった。それが更に2人の笑いを深める。  さて、お互いが一通り笑いあった後、祐一の話をと思ったとき。  有夏の携帯が鳴った。うん? と携帯を手にとる有夏。微妙に表情が不機嫌である。 「こういう時に良い報告というのは無いだろうな……なんだ?」 『指令室ですが、敵の発見です。敵は顧問の居る近くまで来ています』 「どういう事だ? 何故、施設近くまで発見が遅れた?」  有夏は怪訝な表情でそう言う。佐祐理は聞き耳を立てていた。  向こうも多少混乱しているのか、声に落ち着きが無い。  何か良くないものしか感じられない佐祐理はスタッフを呼び戻して機体の準備をさせる。   『先程、急に6箇所からホストにハッキングをかけられていた事が解ったんです』 「ハッキングだと?」 『はい。警告が出てる事無く、です。警告が出たときには数は半分になり、撃退と情報収集を同時に行いました』 「……わかった、敵は?」 『人の部隊が複数、ドールが12機です。全部の扉を既に閉めて有ります』 「ドール隊、準備。いつでも出れるようにしておけ」 『了解、顧問はどうしますか?』 「とりあえずそちらに行く。ドールは……こちらで対応できるだろう。人に対する指揮をする」 『わかりました』  通話を切る有夏。佐祐理に顔を向けて、佐祐理は親指を立てているのを見て苦笑する。  話は聞いていたな? そんな表情の有夏。佐祐理は不敵に笑う。  拠点を守るということに関して、この機体の右に出る物は無いと言う感じで。 「援護は?」 「行動不能にするので、2機のドールとパイロットを拘束する人員が欲しいです」 「解った。15分くれ」 「20分は持たせましょう。それと……」 「それと?」 「ファイの粗相を許してください」 「やはりあいつか……今回はお手柄だな。ただし、後で説教はしてもらうが」 「はい」  気がつかずにハッキングされていたのだ。それが急に解る筈も無い。  だが、気がついた。気がつかれたからと言って目標を達成する前に逃げ出すわけが無い。  半数になったのは、戯れ半分にファイが潰したおかげだろう。  残りの半分になって、ファイが警告を出して何か自分のすべき作業に移った。有夏はそう見ている。  自分の部下は無能では無いが、プログラミングの技術に関しては今居る人員ではファイに敵わない。 「あ、誘導お願いします」 「判った、この場に誘導しよう」 「ついでに、デモもお見せします」  お互いに顔を見合わせて行動を開始した。デモを見届ける人員を残して有夏は走り出す。  佐祐理は素早く、自分の機体、ハードインパクトに乗り込む。  片腕が砲台のそれは、素早く起動した。スタッフに注意を促しながら、危なく無い位置まで下がるように指示を出した。   「さて、まずは……elastic gumからですね」  商品を説明するような口調で、佐祐理は照準を合わせる。  距離さえあり、相手が向かってくるのが想像の範囲内なら、佐祐理は負けない。  砲身であるライフルも十分な量をそろえてある。  もし愚直に真っ直ぐにしか攻略してこないのなら、負けることはありえない。 「この銃の特性は衝撃を伝える事に特化した弾丸に有ります」  説明を加えながら、相手の出現を待つ。  通信はスタッフとそこに居る有夏の部下に聞かれている。   『待たせたな、誘導を開始する』 「はい。任されました」  集中力を無理にでも高める為、佐祐理は深呼吸を繰り返す。  遠くからゲートの開く音がする。罠だと判っていても、ゲートを破壊するより罠を突破した方が良い。  加えて、一般企業の敷地であるなら、罠を仕掛ける理由が見当たらない。  一般人も日中作業するのだから、罠を仕掛けるメリットが無いからだ。むしろ問題になるのは待ち伏せだろう。 「相手のデータには多分、私達のデータは無いんですよね〜」  相手も馬鹿でなければここの戦力を調べる筈である。  それに対応した戦力を投入すると考えられる。ただ、そこにイレギュラーがあるとは知らないだろう。  佐祐理は非公式にここにきている。外に情報は漏らしていない。  kanonつまり、佐祐理が持ち込んだドールというイレギュラー。敵は平定者が既に他を襲撃している事を知っている。  平定者が居ないのだから、ここに有る戦力は有夏の戦力だけだと考えているだろう。  案の定、開いたゲートに沿って敵が盾を構えて向かってくるのが見える。 「こういった、盾を構えた敵にも有効に使用できます」  ダウン、という濁った重たい発砲音。その後、何かが押しつぶれる音がなる。  押しつぶされた音とは弾丸がつぶれた音。そして、盾を構えていたドールの盾が後ろ斜めに押し込まれる。  弾丸が盾の佐祐理から見て右上の端に直撃したからだ。  盾には押しつぶされた弾丸がペイントのように張り付いている。 「衝撃だけで、貫通力はありません。ですが、この場合は有効に使えます」  相手に立て直すだけの隙を与えずに次の弾を叩き込む。  もう一度、盾の右端に当たった弾丸のせいで完全に盾が守るべきコクピットから外れた。 「これを使用する時の注意は、重装甲タイプ以外のドールに使うと死傷者が出る可能性があるということです」  躊躇い無く、コクピットにそれを打ち込む佐祐理。  打ち込まれたドールは両足がその衝撃を支えきれずに背中を強打するように地面に叩きつけられる。  酷く大く地面に叩きつけられるような音。それが鳴り響いた。 「重装甲タイプのドールでしたら、気絶で済むでしょう。ですから、操縦者に直接攻撃できます」 『ご説明感謝する。盾の次は高機動タイプがそちらに2機、向かってる』 「はい、わかりました」  同じような手順で、盾を構えてきたドールを沈黙させる佐祐理。  先にやられた者と同じ失態は繰り返すまいという努力は見えたが、その努力は通用しなかった。  衝撃を殺しきるだけの性能が機体に無い。性能差が実力差になっていた。  素早く砲身を外して、次のライフルに入れ替える。次はスピードの速いタイプが来る。 「次は、カーニバルです。この銃の特性は」  バリバリバリと絶え間ない音。それは付け替えられた砲身から鳴り響いていた。  弾丸がマシンガンのように打ち出される。  先頭を走っていた機体が、コクピットを含む機体のいたる所に弾丸があたる。  まるで、踊るように機体が動き倒れた。 「見ての通り、狙いをそこそこに速射性を高めた物です」  吐き出される無数の弾丸。それが、高機動タイプのドールを打ち抜いて行く。  弾丸の威力はそれほど無いが、数が数である。  佐祐理の正確な先読みと避け難いように弾丸を放つ技術の前にあっけなく沈黙する。 「名前の由来は相手が弾丸を避けるために踊るように見えるからです。当っても同じく踊るように見えるんですけどね」  途中、障害物でもあれば違った結果になったかもしれないが、入り込むゲートから佐祐理の位置までは何も無い。  建物は有るにはあるが、ドールの上半身を隠すには這い蹲るしかなかった。  そんなものを障害物と言って良いか判断に困る。  5機を沈黙させた上でようやく相手も予定と違うと判ったようだ。  戦力のおおよそ半分を1機に撃破されてしまってしまったのだ。流石に慎重になるだろう。  もっとも、このフィールドで佐祐理機に近づけれなければ、突破は難しい。  今から、他のゲートをこじ開けるという選択肢を考え始める可能性もある。  戦力を逐次投入したつけだった。全部で一気に行動していればまた違った展開になっただろう。 「敵さんの今の位置わかりますか?」 『監視カメラから割り出したデータをそちらに送る』 「ありがとうございます」  送られてきたデータはゲートの外側の壁に張り付くように配置された敵のデータだ。  それを見て佐祐理は腕の砲台を取り替える。   「壁の向こう側に攻撃する武器も有ります。ただ、これはライフルと言うよりもグレネードに近いですけどね」  取り替えられた砲台は一番大きく角ばっている。  洗練されたイメージのあった前2つよりも、無骨なイメージがあった。 「メテオ、名前通りの武器です。ただ、これはかなり癖があって命中させるには訓練が必要です」  その砲台を斜め上に向けて、腰を落とし、砲台では無い腕を砲台へとがっちりと固定。  どむん、という音共に機体が沈み込んだ後、跳ねるようにバックステップをする。  が、がしゃんと、音を立てて体制を整える佐祐理。  その動作は砲弾を放った衝撃を逃がすために必要な動作だった。砲弾は闇に吸い込まれていく。  直線ではなく、放物線を描くそれは、着弾までは時間がかかりそうだ。 「この通り、ドール1機で運用するにはちょっと難が有ります。2機を前提とした運用が必要です」  各部をチェックしながら、佐祐理は説明を続ける。  異常はとりあえず見つからなかったが、警告が出ていた。  遠くで着弾したのか、鈍い爆発音が聞こえる。 「ドールは上からの攻撃に驚くほど弱いです。まぁ、人も同じですからね」 『見事な攻撃だな……2機が巻き込まれて見た目行動不能だ』 「残りはどの位ですか?」 『5機だな。馬鹿でなければ撤退をするだろう』 「そうですよね」 『拘束の指示を出した。まぁ、問題は無いだろう。お疲れ様』 「はい、ちょうど20分です」  消耗率が50%を超えて、佐祐理たちには殆ど被害は無い。  撤退した方が幾分か賢い。情報とは違う戦力と戦わされているのだから出直したほうが良いだろう。  敵も傭兵だったのか、引きが早い。壊されたドールから脱出しとっとと撤退をしている。   『格納庫で、異常が発生してます!』 『うん? 何が起こった?』 『一面煙で……』 『音声を拾えるか?』 『はい、やってみます』  指令室がにわかに騒がしくなっている。  佐祐理はそれを心配そうに聞いていた。もし、機体を乗っ取られたらと焦る。  もっとも、次の音でそれが杞憂だったと思い知るわけだが。   『けほ! けほ! しずるとくせいのけむりだ、けほけほ! まー!』  やけくそじみた秋弦の声。それで脱力する。  敵では無いが、ある意味困った存在が格納庫のドールを強奪しているのだとわかった。 「あ、あはは〜……あの子達は何をするんでしょうね?」 『……こういった事は嫌いでは無いが止めなくてはな、ゲートを全部閉じなおせ』 『は、はい』 『ん? どうした?』 『こちらの操作を受け付けません……一体何がどうなっているんだ!?』 『止めれないな……しかし、私のアスフォデルを持ち出すとは良い度胸だ』  指令室の操作を受け付けないゲートがいくつか。  乗っ取られた3機のドールは飛び出すように外に出て行く。  佐祐理は深い溜息を吐く。有夏は微妙にこめかみに青筋を立てていた。 「帰ってきたら、お仕置きですね」 『あいつ等に限ってへまはしないと思うが……無事に帰ってくる事を祈るしかない』 「秋弦と残ったファイは今すぐ捕まえて、説教しないといけないですね」 『そうだな』  その言葉は重かった。秋弦とファイの運命はかなり暗い。  溜息混じりに佐祐理は機体から降りて、指令室へと向かう。  向かう前に機体のチェックと砲台の取替えを指示し、いつでも動かせるようにと言っておいた。  
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     佐祐理がドールの対処を始めた頃、ファイはノートPCから、ホストコンピュータにアクセスしていた。  していて驚いたのが、既に外部からハッキングされている事であった。   「……へぇ」  珍しく、無意味な言葉を口にするファイ。キーボードで済むと思っていたが、両手の手袋を外す。  指先にあるピンジャックにケーブルを差し込む。本気になって事に行うという意志の現れであった。  これを行う時、キーボードは意味を成さない。  彼が中断の意志を挿まない限り考える事が全て、プログラムになる。  まず彼が取り掛かったのは、ハッキングしてきている事を知らせる事。  次に知らせた直後に一つ一つ、潰しにかかった。  半数まで減らした所で、自身の作業に取り掛かる。気が付かれない様に静かにコントロールを拝借するという事。  これで注意するという事は、優先権は自分にあるということ。  自分が出す指示で、他の指示まで潰す事が無いようにである。 「見つけた」  自分が見つけたものを確認し、すぐにメルファに連絡を入れる。  未登録のまま整備されている機体。それの詳細を手に入れたのだ。   「未登録、有。北口、手前左右、右2番目」 『ありがと、ファイ。エスコートよろしく』 「了解」  短い通信でも、お互いに出来る事が解っているだけに意思は伝わる。  さて、次に移ろうかという時に外から連絡が入ってきた。麻耶である。 『ファイ。今、情報センターに居るでしょ?』 「……麻耶」 『私の名前で人誘導して欲しいの。あと、データを転送するから示してある障壁を開けて。それ以外は開かないようにして』 「出来ない」 『そう、じゃあ、警備室に連絡を入れるわ。ハッカーが情報センターに居るって』  ファイが息を呑む。怖い事では無いが、それは困る。  それが判っているのか麻耶はデータを転送してきた。 『あなたがそこに居るのは私が秋弦にIDを渡したから。違う?』 「正解」 『なら、借りは返しなさい』  だが、行動したくても出来ない。いや、行動したくない。  行動のキーマンが自分である以上、ここで止るわけにはいかなかった。  麻耶から送られてきたデータを軽く見ながら、メルファの乗った機体にメルファ専用のデータを送り込む。  メルファ専用のデータを送り込んだ後は、それの設定を手早くこなした。 「え?」  全ての作業を終えた後に、麻耶の送ってきたデータを見て驚く。  これを送って良いのか? そう、ファイは思った。  しかし、逆らう事は出来ないとファイはそれを指定されたアドレスに送る。  それも複数である。送った後に溜息を吐いてから、仕上げをするべく作業を再開した。
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     一方、メルファ達は順調に乗っ取りをしている。  整備員の人たちには申し訳ないと思うが、これでも穏便な方だろうと考えている辺り、育ちが違う。  常識は知っている。ただ、非常識の方も知っている。  彼女達の知っている非常識の中でも最も、常識に近い方法を選んだのだから。 「お、落ち着いてください! けほ、けほ!」  下では煙の中、涙目になって対応している茜。それでも、ちゃんと指示ができるのは立派である。  彼女を含めた整備員は戦闘経験が無い。有ったとしても、危険の無い所で戦闘を見守ったという程度だろう。  パニックに近い状態になっているが、茜が声を張り上げている事で、パニックにはなっていなかった。  代わりに茜は口を開いている為に煙を吸い込み酷い目にあっているが。 「この煙は殺虫剤です! 目とかを痛めた人は、外へ!」  足元に転がっている缶状の筒を見つけた茜は大声を張り上げて咽た。  げほげほと、咳き込む。ポケットから、ハンカチを取り出して、唾液で湿らせる。  それを口に当てて、声を出す前はそれで煙を何とか遮ろうと努力していた。 「けほ、秋弦! 大丈夫な人は、秋弦を捕まえて!」  秋弦が煙を出しながら走り回っているのに気を取られて茜は気がつかない。  機体に取り付いた3人が居る事に。  まずは、秋弦を捕まえなくてはと、指示を出す。 「けほ、けほ、けほ!」 「! あっちです! 捕まえて!」  小さい秋弦は煙の中、器用に動き回っている。逃げ足だけは速い。  咳をして位置が割り出せるが、視界の悪いことも加わって、中々捕まらない。  茜の指示は的確で、徐々にだが秋弦の包囲網を狭めて行く。  さて、下で騒いでいる間にメルファ、アリア、サラサの3人の内、アリアとサラサは登録を済ませていた。  メルファはファイからのデータの入力を待っている。  まだ、機体を起動させてはない。起動させて登録すれば外からコクピットをこじ開けて抓み出されると判っているからだ。  秋弦が派手に騒ぎながら、煙幕を張ってくれるのは実に良い目眩しである。 【私はアスフォデル】  メルファのかけたアイカメラにそういった文字が浮んだ。  既に、ケーブルを自分の体にある全てのピンジャックに差し込んである。後は、登録をして動かすのを待つだけだ。  AIでは無いが、ワンオフである機体にはよくあることである。  製作者のちょっとした自己満足がそこら彼処に見えるのだ。 【私は君のもの、君だけのもの】  その文字が見えて、登録が始まった。登録の手順を踏みながらメルファは焦る。  今にも、誰か大切な人が危険に曝されているかも知れないと。  アスフォデルは有夏専用に組み上げられたワンオフの機体である。  基本は祐一がだし、肉付けを佐祐理が、レイアウトと細かな制御系を茜が手がけた機体だ。  有夏が色を指定しなかった為に基本色である灰色の装甲の色。後で、有夏が勝手に色を付けるだろうと言う配慮である。  どちらかと言えば丸みを帯びたフォルムで、細めの印象を受ける。  頭部のセンサはまるでエルフの耳の様に長く尖っているのが特徴だろう。  格闘、射撃、狙撃をバランスよく高レベルでこなせるように設計された機体である。  さて、アリアとサラサの乗る機体はピラカンサをベースに再設計された次世代の量産機、スワードリリー。  ピラカンサの外見はあまり変らないが性能をアップさせた機体。これも同じように基本色である灰色。   『準備完了、行くわよ!』  ここに来てようやく、機体に火がともる。それも一斉に3機である。  それに驚いたのは茜たち、整備員だ。ちょうど、秋弦を捕まえた所に急に機体が動こうとしている。  秋弦は整備員の1人に首をつかまれて、大人しくしている。   「あぁ! もう! 皆さん、機体から離れて!」  茜は悲鳴を上げるように、指示を飛ばす。  流石に動いているドールを外から張り付いて、コクピットを開けるという事は自殺行為だ。  そんな指示は出さない。出せるなら出したいだろうが。 「通信つなげますか!?」 「無理です!」  茜の一言に何とか何とかしようとした整備員の1人が答えた。何が起こっているか判らない。  だが、秋弦が行動を起こしているところを見ると、どうやら子供達が何かをしようとしている。  それだけが判った。乗っているのはメルファ、アリア、サラサの3人だと。 「格納庫の扉にロックをかけて!」 「!? こちらの操作を受け付けません! 扉、開きます!」 「えぇ!? ファイね、あーもう! 皆さん、避難してください! 機体が出ますよ!」  茜の指示に整備班の人間がそれぞれ、了解などと答えて避難して行く。  流石に、動きは一流。早いものだった。  3機の灰色の機体は格納庫を見渡すとそれぞれ、武器になりそうな物を持ち出す。  それも、運び込んだばかりのkanonの新型を、である。  武器を選ぶ目利きだけは良いんだと、茜は呆れ果てていた。もう笑うしかない。  持って行かれたのはスワードリリーがそれぞれ、マシンガン2丁とスタンロッド。  アスフォデルがソードオフしたショットガン。それの予備弾層とやはりスタンロッド。  拡声器を持ち出す、茜。流石に、文句の一つも言いたい。 「アリア、サラサ、メルファ! 無事帰ってくるんですよ!」  文句を言いたいのをグッと堪えて、違う言葉を言う。  のっそりと、足元に注意しながら出て行く3機。 「後で、お説教ですから!!」  その声が聞こえているか不明だが、茜は声を出す。  格納庫の外に出た3機はあっという間に速度を上げて何処かへと移動を開始した。  ちなみに、秋弦はこの後、有夏と佐祐理の所へ、茜の付き添いで行く事になる。
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     その頃の麻耶は、麻耶の示した合流地点で涼んでいた。  ファイにデータを送り、ファイから合流しましょうという内容のメッセージを侵攻してくる人間達に送らせる。  内通者がここに居るのだから、戦力の本命はここに来るだろうと踏んでだ。   「さて……と、これで良いわね」  ボディーアーマーは警備員のものを拝借した。  防刃製のラバースーツの上に防弾アーマーを重ねてある。  アーマーは横にスリットが着いていて、左右から手を入れれるようになっていた。  肩当、手甲、足甲、すねあてはそれぞれ、防刃と防弾を兼ねている。ヘッドギアを被る。  見た目ほど重くなく、動きを阻害しない最低限の装備で最大限の防御力を求めていた。  アーマーの内側の投げナイフと予備弾層を確認して次に、ウェストポーチに各種の手榴弾を確認する。  麻耶は覚悟を決めた。誰にも、自分の戦場は譲らないし、割り込ませもしないと。  自分で犯した過ちのけりは自分でつけると。 「橘、麻耶だな?」  突然、声がする。麻耶にしてみれば突然では無い。  暗い暗闇の中では全体の人数は判らない。目を細めて、人数を把握する。  少なくとも、用意がなければ、一人で相手をしたくない人数である事には間違いない。 「えぇ。確認しなくてもわかってるでしょう? だって、ここまで何の抵抗もなかったんですものね?」  確認の意味も兼ねて、麻耶は口を開いた。  彼らはここまで何の犠牲もなく、何の苦労もなく着ている。  監視カメラ等を無効化しようと思ったら、既にされているのだから。 「優秀な君が居てくれて助かった。さすが、ソロアクトレス」 「あら、私は女優でもなんでもないのだけど」 「元居た教育所で呼ばれていた別称だと思ったが?」 「あぁ、群れないと何も出来ないあの場所でそんな風に呼ばれてたのね、私」  驚いたという声色。純粋に麻耶は驚いている。  そんな風に呼ばれている事は耳にした事が無かった。魔女等、陰口ならば何度も聞いていたが。  相手が無駄話をしているのは多分、予想外に巧く行き過ぎているせいもあるだろう。  加えて言うなら、麻耶が味方だと安心しきっているせいもあるだろう。 「最も、集団も悪い物じゃない」 「そうかしら? まぁ、認めてあげても良いかもね」  麻耶は人が集まっている箇所を確認する。正面に隊長らしき男が饒舌に話をしている。  その後ろ。正確な人数は判らないが、少なくとも2桁は人間が居るだろう。   「さて、そろそろ」  隊長らしき男が先に進もうと言おうとした時。  麻耶は行動を起こした。殺傷力の高い手榴弾を選んで、集まっている箇所に放り投げる。  かつん、とそれが地面に落ちたとき。破裂した。 「な!?」  隊長らしき男がうろたえる。後ろに広がるのは阿鼻叫喚。  ただ、致命的な傷を負ったのは少ないと、麻耶は冷静になる。  覚悟が決まっているのだ、慌てるだけ無駄だと判っている。  慌てて、生存率を下げるへまだけは絶対に避けたかった。 「貴様、何を! 気でも狂ったか!?」 「こういう事よ、さようなら。やっぱり私は群れるのが嫌いみたい」  パン、と乾いた銃声。弾丸が隊長の顔面へと吸い込まれるように着弾する。  眉間をを撃ち抜かれた男は、倒れ額から血を流しながら痙攣をして命が絶えた。  それを引き金にして、それぞれが一斉に動き出す。  麻耶の後ろには人用の搬入口。その搬入口以外はドールでも持ってこない限り向こう側にはいけないだろう壁。  無表情で面白みの無いコンクリートの壁だった。動き出したやつらに狙いを定めて、銃を乱射する麻耶。  お互いに、障害物となるものは無い。正面からの撃ち合いなら、麻耶の方が不利に決まっていた。   「クッ」  そんな事は、百も承知。彼女はいつも戦いでは1人だけだった。  誰も信じない、信じれない。誰も、仲間じゃない、周りに居るのは敵。    信じるのは、信じれるのは自分だけ。自分は自分を裏切れない。  だから、銃撃戦に持ち込まれたときの対応は判っている。いや、身に染込んでいる。 「クソッタレ!」  誰かがその言葉を吐いた。関心は前に進む事よりも、麻耶に向かっている。  その麻耶は銃を振り回している集団に飛び込んでいた。飛び込む際に空になった弾層を捨てて予備を入れ替える。  仲間を気にするならば、銃撃は行えずに離れた所を狙うか、仲間もろとも撃つしかない。  それが判っている麻耶は銃をしまい込むとスリットに手を入れてナイフを取り出す。  そのナイフは切ることに主眼を置かれていない、突き刺す事にのみに特化した歪な物だった。  どす、と嫌な手ごたえが麻耶の手に伝わる。飛び込んだ一番近くの人間の心臓にナイフを突き刺していた。  咄嗟に引き抜こうとするが、深く突き刺さったナイフは抜けない。手を離して次のナイフを手にする。  慌てたような雰囲気。訓練では接近戦の訓練をしても実戦では初めてという人間は多いだろう。  銃ならば、人を刺した、切ったという感触は残らない。だが、ナイフは残る。  残る分だけ、精神がしっかりしていないと人として生活できないだろう。 「そいつから、離れるんだ!」  遠くで誰かの声が聞こえる。その声に従うように離れようとする人。  蜘蛛の子を散らしたように離れれば、問題は少なかっただろう。  だが、2つのグループに分かれて行動しようしてしまった。麻耶はその人数の多い集団に紛れ込む。  次々と、殆ど同じ箇所を刺されて行く集団。  最後の1人が、倒された後、外に居た集団が動いた。   「撃てぇ!」  銃弾の嵐が、麻耶の背中を襲う。痛みが体中を突き抜ける。  徹甲弾らしき物が、肩を突き抜け、紙のように浮いた麻耶の体をコンクリートの壁に撃ちつけた。  両足にも体の殆どの場所に弾丸は当たっている。  幸いだったのが、体を丸めた為に、頭には当たらなかった事くらい。  壁に叩きつけられた後、ずるりと、力なく地面に崩れ落ちる。 「撃ち方やめ!」  先程まで銃撃の音と光で騒がしかった空間が、静かになった。  化け物のように蹂躙していた存在が沈黙したからである。  ピクリとも動かない麻耶。安心した空気が流れようとしていた。  だが、彼らは知らない。何故、麻耶がソロアクトレスと呼ばれていたかを。  確認の為に近づいてきた男。麻耶が一瞬だか集団から見えなくなったその時。  麻耶が動いた。手榴弾を使い切るという勢いで、一斉に投擲し、目の前に来ていた男には弾丸をくれてやる。  同じ場所に居た生徒達は知っていた。麻耶の真骨頂は死んだ振りにあると。  麻耶が死んだと思って途切れた集中力はもう戻らない。だが、死ぬ物狂いの行動は時として予想外の反撃を受ける。  残り2人。その時に1人を突き殺し、もう1人というときにアーマーのスリットにナイフがねじ込まれた。  いくら防刃を謳っていても、想定外の力がかかれば、それは突き抜ける。  ナイフは麻耶の横っ腹に突き刺さった。そして、麻耶の運が悪い事に、後詰めの集団がやってきたことがある。  それを率いている男は戦場を一瞥すると、短く言った。 「焼き払え」  と。躊躇いもなく引かれる、引き金。4つの銃口から大きな炎が吐き出された。それも麻耶に向かって。  麻耶はその銃口の一つに狙いを絞り、走り出す。隠れる場所が無いのは麻耶が一番知っている。  外れた炎は燃えるものが無いのに燃え続けている。  蛇行しながら、少しでも炎に当たらないようにする麻耶。焼け石に水であるがしないよりはマシである。  両腕で頭を守るが、熱を完全に遮る事は出来ない。  熱は容赦なく、麻耶の顔に火傷を負わせ、髪は焼けて行く。  それでも麻耶は止らない。狙いを絞った1人に近づいて、それを処置した時。  麻耶は背後に衝撃を受ける。先程まで居た地点に投げれていた。 「行くぞ」 「しかし……」 「既に戦力は無い」 「判りました」 「待て……」  体を焼かれ、蹲る彼女。そんな彼女を見て、戦力になるとはお世辞にも思えない。  率いる男は目的を果たす為に動こうとしている。  それは、麻耶にとって許せない事。飛びそうになる意識を必死にかき集めて麻耶はか細く声を出す。  しかし、その声は届かずに。先に進もうとする。 「待て……と言ってる」  既に体はぼろぼろ。ナイフがお腹に突き刺さり、肩は銃弾で抉られて血まみれになっている。  足だって、銃弾で抉られ、火に焼かれて見るも無残な状態だ。  傷が無いところを探す方が難しい状態で。それでも彼女は立ち上がった。  それは彼女の意地。それに他ならない。 「この先には絶対に行かせない」  そのギラギラとした目だけがその意志を裏付けている。  あれは諦めた目じゃない。諦めずに、もがく目だ。  大切な者に近づくなら、噛み砕いて食い千切ってやる。そう言っている。  放たれたのは、銃弾。銃弾は麻耶のお腹の辺り、アーマーの上に直撃した。  衝撃に耐え切れる筈も無く、羽毛のように軽く吹き飛ぶ。  吹き飛んだ先、麻耶の近くで炎がちろちろと熱という舌を振るっている。 「―――マテ」  焼き払われ、火の中でまだ彼女はたっていた。  避けると言う選択肢が有っても良いはずだった。逃げると言う選択肢があったはずだ。  それでも彼女は一歩もその場から動かない。皮膚はただれ、指先などの末端は焼け焦げている。  既に死んでいてもおかしくないほどの傷。それが彼女を包み込んでいた。 「コノ――サキハ……ゼッタイニ」  既に聞き取れない声。だが、その場にいる人間を威圧するだけ、怖気つかせるには十分だった。  怨霊と言われても間違いないと思えるだけの執念。それが彼女を生かしている。  間違いなく、頭を撃ち抜いても生きていそうな感じが彼女からした。  もちろん、そんなはずはない。心臓が止れば、脳が死ねば人間は生きてられない。  そんな事はここに居る人間なら誰だってわかる。  しかし、それを否定して余りある光景がそこにはあった。   「―――イカセナイ」  ギラギラした瞳のまま、言い切った彼女。最後の力を振り絞って、猛攻を仕掛ける。  ぼろぼろの筈の脚。それがまるで傷を負っていない様な動きを見せた。 To the next stage

     あとがき  どうも、いつもの1.5倍の分量を書いてしまいました……ゆーろです。  プロットの分量的には同じだったのですが……なんでこうなったんでしょうね?  本当に不思議です。本来だったら聖さんも出す予定だったのですが……流石に切りました。  なんと言いますか、絡ませるのが酷く面倒なので……  次回は祐一君を書くつもりです。ようやく、という感じですね。  本当に、久しぶりに書くような気がします。  では、拍手コメントのお返事をしたいと思います。 >祐一と由起子が二人で酒を飲んでそのままの勢いでフラグがたつような話をリクエストします! 10/31  お酒の勢いはありませんが、フラグ立てのお話しは書きました。  SSSを入れ替えたので、そちらの方を見てください。 >名雪が勝っちまっても良い気がしますよ たまには祐一も負けるということをしるべきかな、と 良い薬になる 10/31  お互いが常勝の集団ですからね。名雪さんが勝ってもおかしくはないはずです。  ただ、どこを名雪さんの勝ちとするのか。どこを祐一君の負けにするのか。  それが判断の難しいところだと思います。もっとも、逆も言えるわけですが。 >ワンオフの機体にどんな機能・武器があるか、期待しています。 >(質問)ジュピターは、LOSや武装ロンギヌスを使えるのでしょうか? 11/1  機体のお話は、また、今度と言う事で(苦笑  まだ実際に戦闘したわけじゃありませんからね。  ちびちび、機体設定の方も書き始めているのですが……数が多い……頑張ってます。  質問にお答えします。答えはNOです。  現在は声の質で月読に拒否られます。声変わりをしても、月読が居る限り無理だと言う設定です。  更に言うのでしたら、ジュピターが祐一の機体に乗りたがらないです。  乗りたがらないと言うよりも、搭乗拒否します。 >酒飲み話2を書いて欲しいです!今度は一対一の個人でお願いします! 11/1  お酒のお話は……苦手なんですが……  ともかく今回のSSSではかけませんでしたので、次回にでも。  う、う〜ん、期待しないでくれると嬉しいです。


    管理人の感想


     ゆーろさんからのSSです。
     佐祐理さんと麻耶嬢の戦いというところですね。  前者はあっさりと決着でしたが、後者が中々に凄惨。  しっかりと意識改革があったんですねぇ麻耶嬢。  イマイチ分からないのは、どの時点で裏切っていたのかですかね。  最初裏切って後で心変わりしたのか、それとも最初から罠だったのか。  まぁ微妙に前者っぽい感じではありますけど。  贖罪ゆえか1人で戦う彼女ですが、果たして生き残る事ができるのか。  彼女の運命は、多分ファイの判断にかかっているのでしょう。

     今回一番ツボは最終兵器姑。(笑


     感想は次の作品への原動力なので、送っていただけると作者の方も喜ばれると思いますよー。

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