戦っている時のあの機体を綺麗だと思ってしまった。 不覚にも、そして、迂闊にも。 彼の破壊しようとする動きが美しいと思ってしまった。 何故、どうして、真剣勝負をしているのに。 彼の動いている肉体を見たいと思ってしまった。 不覚にも、そして、迂闊にも。 彼が繰り出すしなやかな動きを華麗だと思ってしまった。 何故、どうして、気持ちに揺らぎなんて何も無いのに。 戦っている動きが見事だと思ってしまった。 不覚にも、そして、迂闊にも。 戦っている彼に心惹かれる自分が居る事に気がついてしまった。 何故、どうして、あんなにも、見捨てられたのに。 彼が敵で自分と対峙する存在だと知ってしまって悲しいと思ってしまった。 不覚にも、そして、迂闊にも。 一撃一撃が、彼に認められているようで嬉しいと思ってしまった。 純粋に彼に近づけている、自分が誇らしいから。
 
神の居ないこの世界で−A5編−


→気がつくのが遅かったのかもしれない。ただ、それだけ……

    【操作の全てを頂きます】   
     その文字は静かに浮んだ。  祐一はそれに対して、頼むと一言だけ答える。  合成された月読の声が嬉しそうにYES、祐一。と答え、変化は始まった。  文字という文字が祐一の視界を埋めて行く。
    【武装ロンギヌス起動、合わせて機体を再構成】   
     香里達が距離が離れてしまって近づこうとした時。  その変化はおきた。ありえないとしか言いようのない変化。  敵であるロンギヌスが、コクピットと頭部を残してほどけていく。  
    【Longinus Operating System、起動します】   
     他から見て、本当にほどけていくのだ。それは折り曲げられた右腕も例外ではない。  複雑に織り込まれた包帯らしき装甲。その下に有るであろう本体まで、ほどけていく。  そこには2種類の色の違う包帯が、混じって既にド−ルの型を保っていない物がある。  コクピットを支えきれないのか微妙に斜めになっている。 『何なの……あれは』  香里の呟きはまさに困惑を極めていた。  既に人の形を保っていない。ドールですらなく、何か別の生物のように見えてしまう。  事実蠢いている黒い機体はまさに、別の生き物だ。  躊躇うと言うよりも、近づきたくない印象を受けてしまう。それはサンティアラも同じ。  がちゃんと、酷く場違いな金属音がする。 『起動完了。右腕フレームを排除した為、強度が30%近く落ちています。注意してください』 「問題ない。ありがとう月読」  ロンギヌスにはアクチュエータつまり、関節などに使われるモーターやリニアなどの素材が一切使われていない。  全てが表面の装甲と同じ素材で出来た金属を使っている。  それを人間の筋肉と同じように伸縮させて、動いている。  以前、Airで機構をチェックしたときに解析不明になったのはこのためだ。  加えて言うなら、この素材を作る事は殆ど不可能。  解析して同じ成分の金属を作っても、この素材にはなりはしなかった。  不可思議な事だが、相沢祐治が飛びぬけた天才だった為だろう。  フレームつまりは、骨となるものを用意してその周りに筋肉のように素材を配置してある。  今回はフレーム自身をすてて、その素材だけで機体を再構成したわけだ。  当然の事ながら、骨がなければ強度は落ちる。 「そこを……退いてもらえないか?」  祐一は最後の確認をする。もちろんその返事は判りきっていた。相手が退くことはありえないと。  だから、機体の構えは解かないし、何より武器も揃えておく。今は、双剣。  信じられない変化を目にしても香里達の気持ちに変化はおきない。  例え、腕を破壊した機体の腕が治ったとしても、訳の判らない武器の生成が成されたとしても。 『答えはNOよ。2機目を相手にしてると思えばいいもの』 「そうか……」 『それに、貴方が出し惜しみしてたかは知らないけど、押していたのはこちらなのよ』  香里の声に、サンティアラも頷いているような仕種を見せている。  お互いに退く気はない。ならばどちらかが折れるまで戦うしかなかった。 『祐一は甘い』 「判っているさ」  月読の拗ねたような声。祐一はそれに苦笑の入り混じった声を返す。そして、意識を細めた。  今まで手を抜いていたわけではない。でも、本気だったわけでもない。  LOSを使うとき、それは本気以外で使用すれば祐一自身が自滅しかねない事を知っている。  思考は全て、目的のために。行動は全て、結果のために。もっとも人らしく、人らしくない思考を。   「機械と呼びたくば呼べ。人外と言いたくば言え。その全てを飲み込んで、障害を殲滅するだけだ」 『その答え、YESであり、NOです』  祐一の呟きに月読が答える。  月読の声は、非難の色が入り混じっていた。 『人外は確かに祐一かもしれません。しかし、機械は私の役割です。飲み込むのは人外という言葉だけでいい』 「そうか……ありがとう、月読」 『私は祐一の為だけに存在する。さぁ、行きましょう』  穏やかに行こうという月読。  祐一は静かに意識を切り替えて行く。それに恐怖も後悔もない。  その意識に飲み込まれるわけでも、侵食されても居ない。  相沢祐一として、意識を取り込んで行く。 「手は抜けない……行くぞ」 『YES、祐一』  相沢祐一は相手を知り、その修正を終えている。  暴風には暴風の戦い方を、鞭には鞭の戦い方を。  相手のもっとも得意な分野で、まず相手と戦ってみようと行動を開始する。  極端な前傾姿勢は、香里の行っているそれと似ていた。  勢いだけに任せた一合目、双剣の一本と2本のロッドの内の一本が酷い音を響かせぶつかる。  勢いが殺されての二合目、残ったそれぞれの得物を機体を回転させながら、ぶつける。  まるで、鏡合わせのような動き。まだ、サンティアラの援護は間に合わない。  回転を無理やり抑えてつけての三合目、祐一は双剣を内から外へ、香里は両ロッドを外から内への打撃。  人であるならば、息と息が掛かりそうな顔と顔の位置。  香里の視界には目一杯の無表情なロンギヌスの仮面が映し出されている。  ギシギシとお互いの機体が軋んで悲鳴を上げている。  結果、お互いに支えるような膠着が生まれた。純粋な打ち合いは、引き分け。  次の動作は祐一が速かった。双剣の位置はそのままに、機体を動かす。  呼び動作の無いそれに反応が後れる香里。祐一は太腿そして肩に足をかけて、香里を飛び越える。  飛び越える瞬間、脚に力を入れて、体勢を崩させる事を忘れない。  その先に居るのはサンティアラだ。 『!?』  驚きながらも、サンティアラは柔らかいステップで、祐一の空中から重力も含めた斬撃を避ける。  避けると平行して、振りをコンパクトにしたトンファーの一撃を見せた。  既に香里の動きを真似る必要はない。だから、サンティアラの元の色、最速の一撃。  カィンと言う、金属と金属のぶつかり合う澄んだ綺麗な音。  サンティアラはぶつかった反動を利用して機体を独楽のように回転させる。  対する祐一も同じような行動をとっていた。ただ、余裕のある間の取らせ方はこれが最後。  アレス、つまり、サンティアラの戦い方は手数の勝負。  今まで、ネコを被っていたように戦い方の全てが違ってきている。  香里と一合切結んでいる間に行える打撃の数はおおよそ4。代わりに、その全てが一撃必殺ではない。  回転させた溜めは少しでも威力のある最速の連撃を繰り出すための下準備。  足を踏み出し、地面をしっかりと捉えて、トンファーの突きから始まり。 ―――剣の刃でそれを受け。  インパクトの瞬間に手元を握りなおしと手首の捻りのトンファー自体の回転による一撃。 ―――手首を返して刃でそれを受け。  反動による逆回転と手首の捻りで向きを変えた一撃。 ―――剣を離し逆手に持ち替えてそれを受け。  意識を右手から左手に移す。そして、残りの手でのもう一撃。 ―――それを繰り出したときには敵はその場にいなかった。 『えっ!?』  空振りをしたと言うよりもさせられた。人間的な思考ならばそんな動きは出来ないはずだと、サンティアラは思う。  目の前からどのようにして消えたのか理解できない。近すぎてそれが理解できなかった。  意識が外れたのはほんの一瞬。その一瞬の間に目の前から消えてしまった。  離れていた香里は、それが理解できた。股の下を潜ったのだと。  流れるような動きで、錯覚させるような嫌らしい動きだった。香里でさえ近くでされれば見失うだろう。 『後ろよ!』  香里の言葉に体を反応させる。後ろと言う言葉を切り裂くような、真一文字の軌跡。  空振りしていた力をそのまま、回転に転用した動き。それにガィンという、手ごたえがある。  手ごたえが有るだけ。まだ、相手はサンティアラには見えていない。  接触面を基点として、機体をずらす。そうすると、香里が一直線にロンギヌスに向える。  向かっている途中の香里が見たものは身を小さくして何処かへと飛ぼうとしているロンギヌスの姿。  何処へか? と言う疑問が浮ばなくも無いが、結論を出す前に最大の一撃を叩き込む。 『くっ!』  紙一重でロンギヌスを捉え損ねた、袈裟を通る一撃。  フオン、と空気を切り裂く音が香里には耳障りに聞こえる。  そして、落ちてくる筈のロンギヌスを睨み付けた。   『『え?』』  2人とも、そう驚いている。それ以外に何を彼女達の心情として表せば良いか適当な言葉がない。  天井に張り付いたロンギヌスに、驚いている。跳んだだけならば、必ず落下してくる。  そのはずで、今回も落ちてくる筈だと思っていた。  天井に張り付くと言う、予想外な事をする事さえなければ。
    ここで、サンティアラは相沢祐一と言う存在を見誤り、美坂香里は見誤らなかった。    
     非現実な光景を目の当たりにしたサンティアラの思考が一瞬だが遅れる。  香里は驚きはしたものの、納得していた。これでこそ、相沢祐一だと。  思考の差が動きの差となって現れた。銃弾の嵐が、香里と、サンティアラの居る場所に降り注ぐ。  片手の剣は天井に突き刺さり、もう片手はレールガンとなっている。  弾丸は、ライフルの予備の弾を使い、使い切ると言う勢いで速射された。  香里はその弾丸の嵐の範囲から辛くも逃げ出し、サンティアラは逃げ出せない。  狙いをサンティアラに絞った祐一に容赦はない。  動くその先を全て予想し、まずは足を砕き、次に腕を砕き、更に頭部を砕く。  そして機関部は貫いた。完膚なきまでの機能停止に追い込む。  悲鳴すら上げられずに、上げる暇も与えられず、サンティアラは沈黙した。 『敵、戦力の無力化を確認』 「槍展開」  ざすん、と地面に槍を突き刺し危なげもなく地面へと降りる祐一。  香里は既知の外にある強さを見て身を震わせていた。それでこそ、相沢祐一だと。  更にいうならば、以前は片鱗すら見せなかった機体の切り札を見せてくれた事に。  歓喜を感じ、それで体を震わせている。 『それでこそ、相沢祐一っていうわけかぁ……』  小さな呟きは外の空気を震わせる前に消えて行く。  どれだけ走っても、手を伸ばしても、叫んでも、届かなかった存在が目の前にいる。その事を改めて認識していた。  反則的な武装とそれを使い切る技量を見せ付けられて、なお引くと言う選択しはない。  本能は限りなく、撤退を望んでいる。命の危険すら感じていた。理性で、本能をねじ伏せる。  サンティアラは運良く、コクピットが狙われなかっただけに過ぎない。  近接戦闘の場合は、どうなるか判らない。判らないだけに怖い。  しかし、怖いと言う感情が有るからこそ戦えると香里は考えている。 (落ち着きなさい……想定する仮想敵は4、武器は双剣、銃)  静かに深呼吸をして、意識を細めて行く。  連携に重きを置いていた思考を全て単独でねじ伏せる思考に変えて行く。  一撃必殺でなくて良い。チャンスは逃さないが、隙は与えない。  相手に勝つ、相手をねじ伏せる思考を集め束ねる。 (さぁ、行くわよ)  ロッドを握りなおす。しっかりとした存在感があるはずのそれが頼りなく感じた。  頼りないのは、今の自分だろうと考えて舌打ちをする香里。  意識の上で負けていると、こんな事では、相手に失礼だと考えた。  バックステップを刻んで、祐一との距離をとる。  祐一は咄嗟に刻まれたバックステップに虚を突かれた様に反応できない。 『私は、貴方に憧れていたわ』  静かに口にした言葉が気持ちを落ち着けて行く。  勝ち負けも、今の任務も関係ない。いつも負けていた。  気持ちでも、技術でも、戦いでも、思考でも。だから、だからこそ、憧れた。  香里にはないものを持っていると判っていたから。その姿が眩しかったから。  落ち着いた気持ちのまま、切結ぶ。祐一は槍、香里はロッド。  武器は変化していた。香里には原理が理解できないがそういう物なのだと理解する。  原理など、必要はない。今必要なのは対応出来るか出来ないか。それだけ。 『貴方の気持ちを知りたかった。貴方ほどの技量を持ったとき、どう思うのか』  無数に突き出される穂先をロッドで捌きながら香里はそう答える。  近づけない。だが、祐一の決定打にもならない。  香里の動きは最小限で、点をずらして凌いでいる。  払いの動作に入る距離にはまだ入っていない。後一歩でも踏み込めば動きが劇的に変わるだろう。  今はまだ、仮想の動きの中に納まっている。槍と言う異質な存在だが突きだけに限定するならばまだ対応が出来る。  槍の長さは短く見積もってもロッドの2倍。それが払いの動作を行ったらどうなるか。香里には未知の領域だ。 『だから、私はここに居る。私の為に、私だけの為に』  突きのタイミングを計る。機会は一瞬それも通用するのは一度だけ。  払いの動作に移行させずに、相手の懐までに一息で入り込みロッドを振るう。  手順は逸らすのではなく弾く。槍を弾いて相手が引き戻す一瞬の間に懐まで入り込まなくてはいけない。  それが、出切るか出来ないか。香里には賭けだった。出来なければ簡単。やられるただそれだけ。   『それでも、貴方の気持ちは理解できない。想像も出来ない』  相手も焦れてきている。当たり前だ。目的は自分ではなくて、先にあるのだからと香里は考える。  その焦りから生み出される余分な力の入った突き。それを待っていた。  右手の手首を返してコンパクトかつ、威力のある払い上げを穂先に入れる。  ギャイン、と金属音が耳についた。しかし、それは気にしない。  槍の間合いを一歩で踏み込む事で、相手の間合いを征服し、自分の距離に持って行く。  祐一の槍は香里の右側に流れている。あれだけ頼りなかったロッドの感触が今は頼りのあるように感じられた。 『!』  左手のロッドは後はコクピットに叩き込むだけ。  それは判りきっている事だった。でも、それ以上に本能が危険を告げている。  叩き込むより先にこちらがやられると、警鐘を鳴らしまくっている。  咄嗟にコクピットから、右に流れたはずの槍の方向へとロッドを繰り出した。  ゴィンと鈍く重たい音。支えきれないと判断した香里。  反動の衝撃を利用して、後ろへと跳ぶ。それは祐一から見て、右手の方向。 『なんでもありね』  離れて、相手の武装を見たときに洩れた香里の呟きは今の祐一の状況を表していた。  香里のロッドが腕の長さと同じ。そのロッドの七割くらいの戦斧。  戦斧の刃の部分は大きく、振り回し当たれば一撃必殺だろう。  ロッドがひしゃげているのにようやく気がついた。そして、あれに殴られたのかと、香里は戦慄する。  左手のロッドを廃棄して、予備のロッドを腰から引き抜く。  懐に入っても、油断すれば一撃の下にやられる。注意書きが一つ増えた。 (仮想敵修正ね。4、武器は槍、双剣、斧、槌……ありとあらゆる近接兵器と銃)  以前、感じたような絶望的な距離は感じない。香里はその事実に唇を歪める。  相手の豊富な武器に対して、香里の武器は両手に持っているロッド2本。  予備のロッドが後一本。サンティアラのところまで行けばもしかしたらトンファーが残っているかもしれない。  だが、あれだけ徹底的に機体に対して攻撃したのだ。そんな余裕はないだろう。  無いと言うよりも、許してくれないだろう。  希望的観測を言うならば、この距離と思考時間で撃ってこない事から遠距離攻撃できる手段がないかもしれない。  武器がなくなるかもしれない。遠距離攻撃できるかもしれない。  かもしれないは、香里の余裕を奪って行く。否、元より余裕が有ったかすらも疑わしい。 『ふふふ……あはははは』  零れ落ちる笑い声は、何を意味していただろうか。祐一には判らない。多分、判れない。  月読は言うまでもなく理解できない。出来ないと言うよりも意味がない。  戦力的に見ても戦術的に見ても、勝ちは難しい。砂漠に紛れ込んだ一欠けらのダイヤを探すような物だ。  その事は理解している。可笑しいのはその事ではない。  負けることが可笑しいわけじゃない。勝ち負けがつくことが可笑しいわけでもない。  何が可笑しいのか。それは、相沢祐一と言う存在とこれほど長く戦った事がなかったからだ。   『私も、少しは相沢君に迫れたって事ね』  一回目は一撃の下で終った。二回目はカウントしても良いか判らない。ただ、命は助けられた。  三回目は一撃だけが届いた、それでおしまい。  これほど長い間、初めは2対1だったけれども戦えた事は無かった。その事実が嬉しい。 『私もほんと、単純よね』  ロッドを油断無く構える。相手の武器は今の所は槍のように見える。  もしかすると、棒なのかもしれない。穂先の部分が鋭くなっているかいないか、ここでは判断できない。  先程までの事を考えると突き中心の攻撃を選択するとは考え難い。  香里には突きだけの攻撃にはとりあえずの所、対応できていたからだ。   (来るとしたら、払い主体もしくは、突きから始まって払いに移行って感じかしら?)  これ以上の思考は、相手が向かってくるだけだろう。そして、それは香里にとって望むところではない。  気持ちが守備に回ってしまっては勝てないことはわかりきっている。  ならば、気持ちを攻めに回らせるに必要な事は前に出ること。   『相沢君……勝負よ!』 「わかった……香里、勝負だ」  返事が帰ってくるとは思わなかった。勝負といったのは一回目だけ。  それ以外は勝負にすらなっていない。勝負以前の問題だろう。  だから、素直に、純粋に、受け答えしてくれた事が嬉しい。  そして、憧れの存在が認めてくれたと言うことが嬉しい。 (何だ、私は拗ねてただけなのね)  退いてくれないか、と言う言葉には対等ではないと言う意味が込められている。  香里はそう思う。憧れの存在が自分の存在を認めてくれないくて拗ねていただけだと。  でも、今は自分の存在を認めてくれているのだ。    その退けと言う言葉を取り下げて、勝負だと言っているのだ。嬉しくない筈がない。 『はぁ!』 「ふっ!」  吐き出した息のタイミングは全く同じ。走り出したタイミングも同じ。  お互いに、相手を蹂躙し、攻め滅ぼすつもりでいる。  先に手を出したのは祐一。手にした槍と同じ長さの棒を振り下ろす。  左手のロッドで、香里は受け流す。受け流されたロッドは地面へと叩きつけられた。  香里は踏み込む足で、棒を押さえ込む。地面と棒ががっちりと固定されたと思った瞬間。 「甘い!」  棒がバン、と跳ね上げられる。だが、香里は慌てない。  もちろん、押さえつけていた足も、アテナも一緒になって跳ね上げられている。  対応できる範囲内の行動だったからだ。 『甘いのはどちらかしら!』  空中に投げ出される瞬間。香里は祐一の方向に飛ぶ。  防御をするならば、距離をとろうとするだろう。今の香里にはそんな思考はない。  相手を倒す。その一点にだけに思考は集約されている。  防御を選択させるだけのメリットが無い限り、攻勢の姿勢は崩さないだろう。  空中で繰り出された香里の薙ぎ払いの一撃はロンギヌスの頭部を砕く筈だった。  頭部との間に左手が入り込み、それが瞬間で盾になる。 「くっ!」 『ちぃ!』  盾に叩きつけたロッドの先を基点に無理やり方向転換をする。  呼吸音すら煩わしく感じる。それほどの高い集中力をもって相対していた。  そして、何より嬉しく楽しい。何物にも変えがたい高揚感が恐怖を本能を押しつぶす。  がちゃんと、地面に着地した瞬間に機体を右へと走らせる。  元居た場所には大剣がフォン、と通り過ぎて行く。 (仮想敵を6に修正、武器に盾を追加!)  左足で踏ん張りを利かせて、機体全身のばねを最大限に利用した、右手の突き。  大剣を振って隙の出来ているロンギヌスのコクピットを狙った攻撃。  身を捻って回避に移ったロンギヌスの左肩を、チュんと掠って火花を散らす。  現在祐一が手にしているのは双剣。そのうちの一つが、香里を襲う。  残っていた、左手のロッドを迎撃に当てて、右足に踏ん張りを利かせる。  祐一の右手の剣と、香里の左手のロッドが鍔競りになった。これで膠着状態になるはずが無い。  香里の右手と、祐一の左手がまだ残っている。香里が意識を右手に移した瞬間。祐一は目の前から消えた。  正確には視界から消えた。香里は慌てずに、左手のロッドを逆手に持ち替えて左からの斬撃に備える。  ガイン! と香里が想像した地点に祐一の斬撃が来た。 「なっ!」  祐一の驚きの声。香里にしてみれば仮想敵の軌跡のうち一番近かった5番目の動きの上にロッドを持って来たに過ぎない。  驚きの声を上げるが、行動に隙は出来ない。それは香里の右手の打撃をバックステップを刻んで避けた事からも判る。  連携が無くなったから、戦闘力が少なくなったと考えるのは危険だと祐一は思っていた。  だが、ここまでとは思っていなかった。  もしロンギヌスではなかったら、何度機能停止に持っていかれたか。数度殺された事か。  鋭すぎる香里の打撃、気持ちが良い位の判断の良さに舌を巻いている。  だから、尊敬の色を含んだ声が洩れた。 「凄まじいな」 『クラウ・ソラスでは苦戦では済まない可能性が有ります』 「確かに……な」 『ですが、今乗っているのはロンギヌスです。負ける必要性すらありません』  祐一は双剣を、双棍に切り替える。刃は当たり負けする。  ならば、元より刃がついている必要はない。  ロンギヌスの最大の利点は豊富すぎる武器を瞬時に持ち帰られる点である。  それのおかげで、何度も危ないピンチを凌げたし逆にチャンスを作り出してきた。  ただし、チャンスは全て香里に潰されてしまっていたが。 「右手、糸準備。合図と共に展開」 『YES、祐一』  先程の動きから、香里はありとあらゆる武器を想定しているだろうと祐一は考えている。  だったら、想定外であろう武器を効果的に使おうと考えた。  その想定外の武器が糸。糸と言っても包帯状の装甲の幅はあるから、帯と言った方が良いかも知れない。  この糸は普通に考えるなら、ドール戦には使えない。  使えないからこそ、想定しないし出来ない。それが祐一の狙いだ。  ふぅ、と小さく息を吐く祐一。そして、静かに息を吸い込んだ。 「行くぞ」  真正面からの真っ向勝負。武器は香里と同じロッド。長さも殆ど同じ。  機体の性能さも殆ど無い。ただ、違いは武装ロンギヌスが有るか無いか。  やはり、動き出したのはほぼ同時。  お互いに突き出した、ロッドを身を捻り半身になりながら前へと出る。  それと並行するようにお互いの左手のロッドが2人のカメラの目の前で火花を散らす。  最大の威力で繰り出された左手。叩き合った反動で弾かれる。  反動すら利用して今度は逆の右手が繰り出された。祐一は叩き落し。香里は叩き上げ。  ガキ、と香里のコクピットの真上辺りで祐一のロッドは止った。  香里はロッドの軌跡を変えて、防御へとまわしたのである。  膠着に入るかと思われたが、悲しいかな。ロンギヌスの右腕は万全ではない。  だから、祐一は咄嗟に右腕を引く。それを香里が見逃す筈も無い。 『はぁぁぁぁぁ!』  気合一閃。ゴインと言って、祐一の右手からロッドが離れる。  香里はそれで油断した。祐一の武器は元々、身に纏っている装甲である。  装甲が手から、機体から離れる筈が無い。それを知らなかった。  祐一の左手から繰り出されたロッドに気を取られて、それの迎撃をする。  右手の武器は無いのだからと、意識を外した。いや、外させられてしまった。  香里は迫ってきた左手、その先について想像した。いや、想像させられてしまった。  だから、反応が出来ない。 「展開」  振り戻された、右腕の先から伸びる装甲の帯。  それはアテナの上半身を包み込むのには十分だった。動きが制限される。  祐一は瞬間的に左手のロッドを剣に仕立て直して、胴体を両断する。  動きが制限されたアテナはあっけないほど、簡単にやられてしまった。  下半身と上半身が見事に別れている。 『はぁ、やっぱり負けたかぁ……駄目ね、私』  最後まで声は発する事は出来ずにアテナの外部マイクは沈黙する。  アテナのコクピットが、がばんと開き香里は両手を上げて外に出てきた。  ゆっくりと足場を確認しながら地面に降り、ロンギヌスの前までやってくる。 「相沢君! 降りてきて!」  大声でそう言う。香里の性格を考えて、騙しうちはないと祐一は判断する。  だから、月読に機体のチェックと機体の休眠を指示して機体を降りた。  香里の横には祐一の知らない人間が居る。サンティアラだ。  どうやら機体がやられた後に、安全な場所(指し示していた扉の付近)に避難していた。  扉の付近であれば、破壊するわけにはいかないからだ。 「ひさしぶり……ね」 「そうだな」  ずばん、と良い音がその場に響く。祐一の頬を香里が叩いた音だ。  見事な平手打ち。腰が入り、手首のスナップを利かせて体重まで乗せた一撃。   「ふぅ、なんだかすっきりしちゃったわ」 「そうか?」 「何か不満?」  香里の表情には柔らかさが浮んでいる。サンティアラはそんな香里を見て驚きが隠せない。  別人のような表情の柔らかさ。ありえないと、サンティアラは思う。   「そこはかとなく不満があるが、納得は出来る。裏切ったのは俺だからな」 「この位で済んで良かったわね。はい、鍵よ」 「助かる」 「あの扉の先に、貴方のお兄さんが居るわ、渡り廊下を渡ったすぐ先の部屋よ」 「ありがとう」  それだけ言うと香里は祐一に鍵を放り投げる。祐一はそれを受け取って先へと歩き出した。  向かう先は人のサイズの扉。体育館の扉のような物。それを開けて、先へと進む祐一。 「またね、相沢君」 「あぁ」 「戦場で会わない事を願うわ」 「そうだな、香里。さよなら」  その言葉のやり取りで終る。祐一と別れた香里に浮んでいたのは笑みだった。  今まで突っ掛っていた物が外れたような笑顔。  ちなみに、祐一は香里がまたねと言った意味を考えていない。 「そういえば、サンティアラは良かったの?」 「う〜ん、好みじゃなかった……」 「プ、なにそれ?」  笑いが噴出しそうになるを堪えて、香里は言う。  サンティアラは軽く考えるように眉間を揉んでいる。   「あの人は多分感情の揺らぎが少ない。それこそ、私以上にね」 「揺らぎ……ね」 「あの人は多分、大切な人が死んでも揺らぐ事はないと思う。表面上は揺らいでてもね」 「表面上?」 「戦場だったらなおさら。多分大切な人でも自分の手で殺しても揺らがないわ」  そうかも知れないと、香里は思う。心当たりが結構ある。  でも、それを否定する心当たりもある。別にどっちでも良いかと香里は考えるのを諦めた。  サンティアラは、口を尖らせておどける様に続ける。 「なんて、嘘よ! 私の人物評が何処まで信用できるのかしら?」 「さぁ、真実かもしれないわよ?」 「冗談……それに思っていた以上に面白くない人だったみたい。これなら、小池君のほうが面白いわ」 「そう?」 「えぇ、だって。あれほど感情が判れる人も珍しいじゃない? 良くも悪くも」  ふふふと、どちらとも無く笑いあう。何となく、可笑しかったのだ。  笑いが、笑い声が自然に2人を包み込んで行く。 「それより、鍵はあげちゃて良かったのかしら?」 「良いのよ。後は名雪の仕事だもの」 「あら、怖い」 「さて、仕事に戻るわよ」 「はい。小隊長殿」  ひとしきり笑いあった後。サンティアラはふと思い出したという表情で言う。  それに、香里は表情を引き締めるようにして言葉を返した。  サンティアラはおどけたような敬礼をした後に、香里の後を追って歩き出す。  向かった先は栞達の居る格納テント。  予備の機体を繰り出して、正面の敵を排除する手筈になっていた。 To the next stage

     あとがき  香里さん関係はとりあえず、お終いです。また少し出てくる可能性は有るかもしれませんが。どうも。ゆーろです。  やっぱり戦闘は良いですね。(いい加減しつこい  ロンギヌスが反則なんですけど、書いてて面白かったです。  次は、舞さんの決着になると思います。丸々一話ではない可能性は有りますが。    では、拍手のお返事をします。 >機体のスペックが殆ど同じ?今までYAタイプは他の機体とは一線を画するものだと思ってました(;^^) >秋子さん達には気の毒ですが、兵器化してでも、祐一が強い所を見せて頂きたいです。 11/14  もしかすると、違う人かもしれませんが。違ってたらすいません。  YAタイプは他の機体と比べて、機動力など性能差はあまり無くなってしまってるんです。  ただし、専用機に関しては、ですが。量産機でしたらまだ、性能差は有ります。  聖ジョージ部隊は専用機の集まりなので意味のあまり無い前提になってしまってます。  ただし、一線を画するものであることには違いはありません。  それぞれの武装による攻撃力の高さが一線を画していると思います……多分  今回は半兵器化と言うより、意識的な兵器化をしてもらってました。  楽しんでもらえたでしょうか? >(SSSのリクエスト)愛夫弁当のお返しに、茜が祐一に弁当を作る話を希望します。 11/14 >(SSSのリクエスト)秋弦が風邪をひき、祐一の看病を要求する話を希望します。 >(SSSのリクエスト)聖が、以前診察したアイビーの子供から、お礼(例:お菓子)をもらう話を希望します 11/15  日にちが違っていましたが、多分同じ人だとおもいます。  今回のSSSの入れ替えで実現しました。そちらで楽しんでもらえたら幸いです。 >SSSの"最高の性能のドール(量産型15機分)"は、武装展開したYA-13よりも強いでしょうか? >この最終戦に関して、詩子にも出番がある事を期待しています。 11/17  最高の性能のドールはまず乗り手が居ません(爆  有夏さんが私を殺す気かと言ってますが、有夏さんが乗れない機体は殆ど誰も乗れないと思って良いです。  例え、祐一君が乗ったとしても、ロンギヌスクラスの性能しか引き出せないですから。  ちなみに、何でそんな事をしたの? と思うかもしれませんが、祐一君がちゃんと有夏さんの要望に答えたからです。  長年の習慣って怖ろしいですよね(笑  人が乗る事を前提にしていない設計ですので、乗らなかったら性能差は出ると思います。  その性能差で戦えたとしても、性能差が有るからと言って、戦い方如何では勝ち負けは判らなくなります。  一概にどちらが強いとは言えないと思いますね。  詩子さんの出番は……出せない事は無いですが。  出たとしても本当にちょっとかもしれませんし。  期待せずに待っていてください。  では、続き頑張りますね。ゆーろでした。


    管理人の感想


     ゆーろさんからのSSです。
     これで祐一君のドール戦はひとまず終了ですかね。  香里嬢も結構迫ってましたが、最後は機体の差でしたか。  もうこれは特殊機能があったからこそでしょうねぇ。  反則兵器そのものでしたしロンギヌスは。  相沢祐治の天才性に救われたと言えるのかもしれませんね。
     しかし香里嬢は楽しそうでしたねぇ。  ある意味究極の交歓と言えるかもしれませんからね、戦闘は。  生身で愛を語るより刺激的なのでしょう。  月読も良い味出してました。  彼と祐一君は間違いなくこのSSで理想的なコンビでしょう。


     次に祐一君が相対するのはラスボス。  彼女がどういった狂気を見せてくれるか楽しみなところです。

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