あの時の言葉、あの時の祐一の気持ち。 当時は考えなかった。そのままの意味なのだとしか考えなかった。 でも、今は、裏の社会を垣間見てそれに関わっていく事で祐一の気持ちが解って来た。 あの時どうして、あんなことを言ったのか。 そして、何故ああも、怒りを押し殺してあんな声を出したのか。 今の私なら理解できる。あれだけ醜い世界を見てきて、潰してきて、荒らしまわって。 理解できた。物凄く遅いけど、物凄く悲しいけど、理解したくなかったけど。 理解させられてしまった。 あの時の私が、なんて酷い言葉を祐一に投げかけたのかも。 なんて惨い事を祐一にしてしまったのかも。 私は理解できるし、させられた。 祐一を傷つけてしまったことも。 祐一の大切なものを踏みにじったことも。 でも、私は……それでも私は…… あの時の言葉が忘れたくとも忘れられない。 あの時の声の響きが忘れたくとも忘れられらない。 あの時の祐一の言ってくれた内容が忘れたくとも忘れられない。 その全てが間違いだと知りつつも、私を縛り続けているあの言葉。 本当の感情すら乗せていないこの言葉。 でも、その言葉が私を痺れさせてくれるなら。 私だけを見てくれるって、私だけに向けられた言葉だから。 それに縋り付いて生きていきたい。だって祐一はもう私には振り向いてくれないってわかってるから。 だから、あの言葉を糧に私は生きていくしかないの。 あの時の祐一の感情も大切なものも、全てに気が付かない振りをしながら。 幸せな気持ちを抱いたまま、愚かな私は祐一を殺すの。
 
神の居ないこの世界で−A5編−


→この魂、毒にまみれても、置き去りにされる気持ちを守り続けて。だからこそ、水瀬名雪は夢を見る。

     息を整える。賭けに勝ったと舞は止めていた呼吸を再開した。  体中から嫌な汗が吹き出ていて、不快だと舞いは眉を寄せる。  眉を寄せたのは一瞬で、すぐに意識を切り替えた。 「武装展開、この場所だったら、遠慮はいらない」 『はい、はい。判りましたよー。武装クラウ・ソラス展開しまーっす』  急速に展開される、武装クラウ・ソラス。  この場所でならば、この環境でならば、展開しても邪魔になるものは何も無い。 『騙した……わけですか?』  騙したと言えば騙した。だが、それを信用する方もするほうだろう。  舞は口にしない。したところで、意味は無いからだ。  正々堂々と勝負を仕掛けて勝ちに来るタイプと舞は相手をそう評価する。  高橋だって、返事は期待していない。ただ、これからが本番だと知っていた。  展開しきる前に攻撃をするか、それとも何か物を用意するか、縦穴に戻ってしまうか。  瞬間的に判断を高橋はしなければならなかった。 『ちぃ!』  触れたものを片っ端から切断して行く刃、クラウ・ソラス。  それは、誰も彼でも使えるわけではない。ちゃんとした太刀筋が無ければ巧く機能しない。  ただ、舞には有効にそして一番効果的に使うことの出来る武装だ。  環境もそれを存分に使える。舞が怖い事と思うのは、相手が未知数な武装をしている事くらいだ。  ワイヤー自体はそれほど恐れを抱かない。それ以外に何か持っているほうが怖い。  高橋はそれが展開される前に、叩く事を選択した。  縦穴に戻って鉄筋や鉄骨を武器にする事も考えた。  だが、呆気無く紙のように切断される事を予想する事は難しくない。  更に武器があると言う安心感が油断を招き、距離感を誤る可能性がある。  防御に回した武器ごと、機体を切断されてしまっては意味はない。  縦穴をフィールドにする事も考えた、しかし相手が追ってこない可能性もある。  高橋には香里達が負けるとは考え難いがもしかすると、先に行った2機目に出くわす可能性も無視できない。  短期決戦を挑んだ方が効率的でもあると。下手に2機目と連携を取られても困る。  2機目がどんな武装をしているか不明だが、確実に前衛は目の前の機体だろうと予想が簡単につく。 『はぁぁぁぁぁぁぁ!』  舞にとって、高橋の戦い方は覚えのあるもの。  祐一と戦った事のある舞にはある程度予測できる物でもあった。  だから、怖さは少ない。冷静に冷徹に対処する事が出来る。  シヴァの繰り出す鋭い打突を左手に持っている短い西洋剣で捌く。  放熱板を展開しきっていない為に、まだ振動を開始していない。  右腕の長い西洋剣がシヴァを襲う。高橋はワイヤーを射出しながら飛びそれを避ける。 「逃がさない」  ナイフを連続で投擲する舞。一本目は牽制。二本目が本命。  祐一が以前見せたように、一度や二度は空中で方向転換が出来ると考えた行動だ。  当然のようにシヴァは一本目のナイフは避けれる。  二本目、そのナイフが突き刺さるタイミングだった。  避けられない筈のナイフを、高橋は左腕のワイヤーを3回連続で射出する事で弾き落とす。 「ただでは、黙らないか……」 『舞、準備完了よ。後は接続するだけ』 「接続」  高橋は耳にする。耳にこびり付いた、あの忌々しい音を。  フィィィィと刀身が振動する甲高い音。クラウ・ソラスの雰囲気が変った。  それを見て、高橋は落胆はしない。ただ、間に合わなかったかと無感動に思う。  ここからか本当の勝負なのだと、気持ちを切り替えるだけだった。  ナイフを叩き落す為に射出したワイヤーの2本を回収しつつ、一本を鞭のように使う。  意志を持った生き物のようにそれは、舞に向かって飛んだ。 「はぁ!」  飛んで来たワイヤーをばっさりと切り落とす。その切ったワイヤーを踏みつけて、距離を詰めた。  しっかりした足場、上下左右が限定される空間、相手の動きを制限できる物。その全てが舞いに揃う。  一息で、シヴァとクラウ・ソラスの間合いを詰める。  高橋は、回避しようにも左腕のワイヤーが邪魔になってしまっている。切断した時には既に、舞は目の前にいた。  耳障りで忌々しい音のする刃物は目の前にある。  それが首の横から切り込まれて、左肩の付近を通り脇まで抜ける。  火花を散らしながら切り裂かれたそれは、ガコンと酷い音を立てて落ちた。  その直後に舞の体当たりが炸裂する。紙のように吹き飛び壁に叩きつけられるシヴァ。  壁にぶつかった反動で跳ねてから地面に転がった。  叩きつけられたショックで、機能が休眠に入った。高橋も衝撃で意識がとんでいる。 「動きは?」 『機能は落ちてる』 「なら行く」 『え? 良いの?』  天照の言葉を無視するように縦穴へと走る舞。  平行して、武装をしまい込む。武装を出したままでは縦穴は上れないからだ。  祐一ならば、完全に止めを刺すところを舞はそうしなかった。  なんて事はない。舞だって気持ちが焦っていたのだ。  ただ、祐一と比べて、いや祐一が隣に居るからその気持ちが自覚できないだけである。  だから、コクピットの装甲を外し、再起動しする可能性を見落とした。  見事なまでに、見落としてしまった。縦穴にまで移動して、上り始める。 『舞! 下方、警戒して!』 「えっ?」  舞の視界の中に、コクピットがむき出しになり左腕の無いドールが写る。  そのコクピットに座っている人間と目が合ったと感じる。  合っている筈は無いのに。カメラを通しているのだから、目が合うのはおかしい筈なのに。  操っている人の視線に恐怖を感じる舞。こんな執念を感じるのは初めてだった。  アイモニターを外し、直視で舞を確認している。  暗く、光の差し込まない場所でカメラによる画像補正も受けていないのに、舞を捉えて離さない。  舞の画面に写ったのは一瞬。舞を上回る速度で上へ行く。  慌てて、頭を動かして上を向く。舞を待ち構えるように上で巣を張っていた。   「……しつこい」  いい加減、相手にしたくないと言う気持ち半分。もう半分は気持ちの悪い。そんなものが言葉に宿る。  どう考えても、突破しないといけないものが増えてしまった。   『まい〜、言ったよね? 良いのって』 「……判ってる」  頭が冷えて行く舞。確かに止めを刺さずにきたのは間違いだった。  でも、あれで動くなんて思わないだろう。  その甘さが今の舞を苦しめていると認識する。 「突破する」  クラウ・ソラスは展開できない。でも、武器としてケーブルに接続し一対の西洋剣は使う。  上から、鉄筋の束が落ちてくる。それを身を捻るようにして避ける。  最小限の動きで最大限の効果を得なくては、あの機体には勝てないと舞は認識した。  今度は完膚なきまでに行動不能にしてみせると。  上に向かう途中にあの例のプチンと言う感覚が舞を襲う。 「また?」 『上に警戒! 落下物多数!』  シヴァに近づこうとすればするほど、その感覚は増えて行く。  そして、それと連動したように落下物が落ちてくる。  舞はある意味感心する。この短い間にこんなにも手際よく用意できた物だと。  最低限の動きで避ける。避けれなかった物は西洋剣で捌く。最短の距離を、機体の持ちうる最速で駆ける。  それでもシヴァには追いつけない。どうして? と言う気持ちが舞の中に生まれた。 「地上までどのくらい?」 『もうすぐよ』 「どういうこと?」  一番得意なフィールドは縦穴のはず。そこで勝負を仕掛けないなんてどうしてだろうと舞は思う。  どうしてこんな事をしているのか判らない。あと少しで地上についてしまう。  勝負をつけるつもりはないのか? しかし、これまでの攻撃は確実に相手を倒す攻撃だった。 「敵の本命はここじゃない?」 『さぁ?』  思考しているうちに地上へとシヴァは出て行ってしまう。  違和感だけが、舞を包み込んで行く。 「敵は?」 『入り口で待ち伏せをしているわけじゃないみたい』  舞は悩む。脅威を放っておけば良いのか。それとも、無力化すれば良いのか。  判断がつかなくて困っている。放置すれば機体を降りたときに何か行動を起こされても困る。  そんな事はしないとは思うが、万全の予備機体を用意してあるなら今叩いた方が良い。  でも帰還する時に突破するだけならば、問題はないはずだ、とも思う。  それまでに手が出てくるのか出てこないのか。判断の難しいところだ。  居ないのなら、放置。邪魔をするなら叩こうと判断を決める。 「祐一はどこに行ったか判る?」 『あの建物の中に、ロンギヌスの反応があるわ』  舞の見ている視界にある建物にチェックマークがつく。  それと重なるようにあの機体が間に立っていた。 『足元注意して。もしかすると、罠があるかも』 「地雷?」 『多分』  舞はなるほど、と感じる。最後に選んだフィールドはここだったのかと。  足元が地雷原。ちょっとした動きの迂闊さが全て負けに繋がる。  祐一はライフルの弾丸を地面に撃ち込む事で、地雷があるかないかを確認していた。  しかし、舞にはその手段はない。投げナイフがあるがそれでは地面に埋まっている地雷には届かない。  垂直に落とせば届くかもしれないが、それでは殆ど意味が無い。 「祐一が打ち込んだ弾丸の位置、わかる?」 『無理。舞はさぁ、何か私を勘違いしてない?』 「……役立たず」 『舞に言われるとすっっっさまじく腹が立つわ! 貴女、何様!? って感じ』  地上に立ってみて、不安になる。  月の光も無く、薄暗い空間。足元を確認するにもカメラによる補正が必要だった。  シヴァにはもう頭部が無い。と言う事は相手も地雷の位置が判らないのでは? と舞は思う。  だが、油断して良い理由にはならない。舞は気持ちを引き締めて言う。 「武装展開」 『舞がやられたら祐一に会えなくなるものね……あーやだやだ。……武装展開しまーっす』 「三言ぐらい多い」 『だってー、事実じゃないですかぁ? やられないでね? てへ』 「可愛くない……」  可愛い感じの声で天照は言う。舞にはそれは全然可愛くないと感じた。  もっとも、それに苛立ちを感じる余裕はない。  目の前にはあの厄介だと感じる敵がいるのだから。  片腕で、頭部が無いにしても油断できる敵ではないと舞は感じている。
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     渡り廊下。白の回廊と言っても良いかもしれない。  蛍光灯の光がやけに目に付く白。それが壁紙の白に反射して酷く目に残る。  対照的に張りつくされたガラスからは外の闇しか見えない。    外から見れば、ただ明るい一本の道のように見えるのかもしれない。  そこを行くのは黒いパイロットスーツに黒のジャケットで上半身を包み込む人、祐一である。  白い紙に一点落とされた黒い点のように祐一は移動する。 「久しぶりだね。うぅん、初めまして、私の敵」 「……久しぶりだな、名雪」  壁に背を預けて、まるで待っていたと言うような動作で、その人は祐一と相対する。  白のパイロットスーツ。白のジャケット。水瀬名雪だ。  放たれた言葉の温度と表情が噛みあっていない。言葉は何処までも冷たいのに。  表情は歓喜に満ちている。そう、この世の全ての喜びを集めたような。  人の許容範囲を超えたそれは、歪むと言う形で、1人の人間に宿っている。  その表情さえ、無ければ以前の名雪と遜色なかったかもしれない。 「長かった……本当に長かったよ? 私は弱いからね……何も無かったからね?  私一人じゃ、何も出来ないのが判ってたからね。だから、本当に長かったよ。  祐一、わかってる? 私が全身全霊を込めて創設した部隊は、聖・ジョージ部隊はすべて平定者を想定してたって。  嬉しい? 嬉しいよね? だって、私は貴方の敵で、私は、私は敵である限り、祐一に愛されてるんだもんね?  負け惜しみって思うかもしれないけど、祐一が一人でここまで来るように今回、全て計画を立てたんだよ」  歪んだ笑みのまま、名雪は腰のホルスターから銃を引き抜いて構える。  その銃は祐一の眉間に狙いを定められていた。  祐一が動かなければ、名雪の腕でも確実に当たる距離。  しかし、祐一は何も行動を起こさない。表情だって変らない。  今の祐一の表情で一番近い表情は、諦めかもしれない。 「どういう意味か、解ってるよね?」  ドールに乗れば、1対1では絶対に勝てるはずが無い。  かといって、部隊で攻撃すれば勝てる可能性はあるにしても、自分で止めはさせない。  ならば、相手を単独、生身で誘い込むのが一番だろう。  殺すにしても殺されるにしても。  殺せば、最愛の人の最後を自分で独占できる。  殺されれば、最愛の人の中にずっと残り続けるだろう。一生、呪いの様に。  名雪は知っている。相沢祐一の中に残っている家族の面影を。  その中に否応でも入り込める。これは自惚れでも無く、相沢祐一と言う優しい人間を知っているからこそだ。  どちらにしても、名雪の目的は達成される。  相沢祐一と言う存在を自分の物にするか。自分を相沢祐一の中に残すかの違いは有るが。  銃を構えた名雪はまだ、引き金を引かない。いや、引けない。 「……どうして、銃を構えないの?」  苛立ちを前面に押し出した声。表情さえも歓喜から不機嫌へと変化していく。  その表情には、敵ならば敵らしくしろと書いてある。  しかし、祐一は動かないし、表情も変えない。 「祐一は……祐一は、私の敵なんでしょう! なんでっ、何で、銃を構えないの!?」  理解できないと言う表情で、名雪は続ける。  少しでも動けば、引き金を引けるように、銃は祐一の眉間に狙いを定めたまま。  祐一がどう動くにしても、銃弾を祐一の体の中に叩き込めるだろう。  その事を知っているはずなのに、祐一は銃も構えなければ動きもしない。 「答えて……なんで、何もしないの!?」  名雪の声だけが響く。祐一は沈黙を守ったまま動かない。  表情さえも変らない。ただ、真っ直ぐに名雪を見詰めている。   「答えてよ! 何で何も言わないの!? 私の敵なんでしょう!?」  ぱん、と乾いた発砲音。名雪の銃から吐き出された弾丸は祐一の肩を掠って何処かへと飛んで行く。  それでも、祐一は表情を変えない。肩からは血が滲み流れ始めていた。   「……撃ったよ、撃たれたんだよね? 血だって出てる。なのに、何でそんな顔で……  何で何もしないの? 抵抗しないで、私に殺されてもいいって言うの!?」  名雪は明らかに激昂していた。頬が真っ赤に染まり、感情をむき出しにしている。  断罪者と呼ばれている名雪しか知らない人間ならば、驚きを隠せないだろう。  なぜなら、感情を表す事自体珍しい。そして、その感情が強ければ強いほど表れる事が無いのだから。 「答えて、答えなさい!」 「銃は持ってきてない。武器も、だ」 「どういう事!?」 「……怖いんだ」  ぽつりと言った言葉は、誰に向けられた物か判らない。  祐一は誰に言うわけでもなく、その言葉を吐き出した。 「俺は、多分……兄さんに望まれれば、簡単に兄さんを殺すんだと思う。  逆らえないって言う予感、いや、確信があるんだ。だってここを弄られてるから」  頭を指差す祐一。その表情に変化はない。  名雪は銃を構えたまま、表情も変えないまま聞いている。 「だからって! 何もしないで、私に殺されても良いと言うの!?」  銃を持つ手は震えていない。祐一を捕らえて話していなかった。  睨みつけたままの名雪。表情を変えない祐一。 「名雪……俺を殺したかったら、殺しても良い。でも、一つだけ、お願いを聞いてくれないか?」 「な、な、何を言ってるの? 祐一」 「俺を殺したら、俺と同じ境遇の人たちを助けて欲しい。どんな方法でも良いから」 「何を言ってるの!?」 「兄さんにも俺が死んだと伝えて欲しい。そうすれば、多分兄さんは解放されるから」 「やめて!」  名雪の叫び声が祐一の声を遮る。  祐一のこれまでの声は真剣そのもの。  殺されても、後悔はない。そういった響。 「やめて、やめて! やめてやめてやめて!!」  名雪の手が震えている。  耳を塞ぎたくなる衝動を抑えて、何とか狙いを定めていた。  だが、その精度は期待できないだろう。 「祐一は敵なんでしょ!? 戦えないなら、命乞いをしなさいよ! 足掻きなさいよ!  なんで、そんなにあっさりと他人に、私に、そんなものを、託すって言うの!?」  手は震えたまま、でも視線は外さない。  意地と言う意地をかけて祐一から視線を外さない名雪。 「殺される恐怖もある。殺されたら、絶対に後悔もする。でも……  名雪だったら俺の思いは絶対に守ってくれるから。安心して殺される事が出来る」  その言葉が名雪を貫く。がたり、と銃が名雪の手から滑り落ちる。  敵ではなく、信頼している人物として祐一に必要とされている。  今までの認識がすべて、ガラガラと崩れ落ちていった。  から、からんと音が鳴り、名雪の銃は地面を滑った。 「あは、あはは……なんで、なんでこうなっちゃったかなぁ……」  呆けるように、腕が落ちる。名雪の体から、力と言う力が抜けて行く。  いきなり、訳の判らないところに迷い込んだような表情。 「どうして……こうなったかな? 何が悪かったのかな? やっぱり、私かな?」 「……たら、ればを言い出したら限が無いさ」 「判ってるよ。それは、判ってるの。でも、納得が出来ないよ」  とさり、と力を無くし目標を失ったかのように座り込む名雪。  その目に力なんて何も無かった。石の光さえも弱々しく宿っているに過ぎない。  ちょっとでも押せば崩れそうな雰囲気。 「……だって、ドールが無くて平和な世の中だったらこんな風に敵になりあわなくても良かったじゃない」 「そうかもしれない」 「……私は納得できないよ……こんな世界なんてだいっ嫌い」  ぼそぼそと呟くように言葉をつむぐ名雪。  祐一はそれに耳を傾けるだけ、同意できる所だけに言葉を返している。  視線は合っていない。名雪は地面を見詰めている。 「私は、世界を作りかえるよ……ドールなんて要らない、戦争なんて無い世界を……」  視界を上げて、祐一を捕らえる。名雪はそれだけで幸せになれた。  隣にいてくれるだけでも良かった。そんな事に今更、気がつく。だが、もう遅い。  既に自分から、その居場所さえも放棄してしまっている。  だから、今更戻れる筈も無い。戻りたい気持ちは大きい。  戻ろうとする事を名雪に残されたプライドが許さなかった。 「……ねぇ、生まれ変わったら……ドールなんて要らない世界で、戦争なんて無い世界に、私達が生まれ変われたら」  気がついているから、今言葉を吐く。  これから、それを糧に生きて行く為に。  心に空く大きな穴をそれだけで、埋め尽くすように。 「また、私達は、巡り会えるかな?」 「あぁ。当たり前だろ」  祐一の声に変化はない。本音を言っているのかもしれないし、本音ではないのかもしれない。  でも、名雪にはその返事だけで満足だった。次の言葉に魂を賭ける。  新たな、夢を賭ける。それだけで生きていけるように。 「だったら――生まれ変わったら逢いましょう」 「あぁ」 「だから――ここでさようなら。一生、会わないで。会うんだったら、生まれ変わってから……もう行って」 「……ありがとう」 「振り向かないで、声かけないで! ……私は、きっと、惨め、に、泣いて、るからぁ」  祐一は名雪の横を歩き去る。  振り返りもしない。振り返れば、裏切る事になるから。  足音も、等間隔で遠くへと移動して行く。 「私のぉ、知って、る相、沢祐一、は死んだのぉ……だから……だからぁ……」  それを聞いて悔しくて、嬉しくて、情けなくて、どうも出来なくて床に蹲る名雪。  もし、ここで泣き叫んでも、もう祐一は振り返らない。  見っとも無く手を伸ばしても届かない。そんな所に行ってしまった、と理解している。 「悲しく、なんて、無いん、だからぁ……私の初、恋はぁ、終ったのぉ……」  泣き続ける。今までの自分を全て吐き出すように。  今までの思いを整理する為に、全てを涙に変えて。  全ての思いに決別を突き詰める為に、全てを泣き声に変えて。 「さようなら私の初恋……」  これまでの水瀬名雪にさよならを。  新しい水瀬名雪にはじめましてを。  水瀬名雪が新たな仮面を被りなおすまで、泣き続ける。 To the next stage

     あとがき  えー、ごめんなさい。嘘つきました。舞さんの話を引張りました。どうもゆーろです。  このまま終らせるのも勿体無いような気がして、しつこいと言われるかもしれませんが……  ともかく次、舞さんの話を書くときは絶対に終らせます……終わると良いなぁ(遠い目  次回は子供達と秋子さん達の話しを書くつもりです。  そっちは書けば終わりになるはず……多分。今回みたいに伸びる可能性もあるわけですが。  名雪さん関係の話。こんなの期待してないやい! などといわれそうで怖いです(苦笑  拍手コメントのお返事します。 >みさきさんいい感じだね11/20  みさきさん書くのは本当に少ないですから、違和感が出ないか心配でした。  もっとも、出ていたからどうこうできる話ではないのですけどね(苦笑  いい感じと言ってくださってありがとうございます。 >SSSの詩子。本編よりも『怪盗』らしいと思いました。 >本体を含めて全身がほどけるとは、YA-13の再生方法は予想外でした。 >祐一の活躍を期待していましたが、今回の強い香里も良いと思いました。 11/21  同じ時間帯だったので、同じ人だとおもって返事します。  えー、詩子さんの職業は情報屋なので……怪盗では有りません。  神出鬼没なのには変りありませんけどね。  むしろ気がつかない茜さんが……書いててこれで良いのかと(爆  続いてロンギヌスについて予想外と言われて嬉しいです。  もっとも、非常識な機体設定ですのでその位しても良いなぁと甘えてましたが。  本当なら祐一君があっさり勝つはずだったんです。でも書いてて味気ない。  対等に戦わせたら面白いしみたいな感じですね。強い香里さんがいいといわれて安心してます。  >(質問)SSS「北川家の家計簿」での"素敵な人"は、浩平と、もう一人は誰でしょうか?11/22  はい、お答えします。住井護君です。  留美さんの手紙に書かれている=瑠奈さんが素敵な人と捉えたと言うことです。  ちなみに、私の設定では住井君は稲木さんと付き合っている設定だったり。  ですからどちらも、瘤付きと留美さんが言ったわけなんですね。 >ロンギヌスが天井からの射撃でアレスを壊していく場面が、格好良いと思いました。11/23  ありがとうございます。格好良いと、言われるような文を書けるように努力します。  日々精進、と言う感じですね。頑張ります。


    管理人の感想


     ゆーろさんからのSSです。
     一つの物語が終わりましたか。  祐一君も名雪嬢も過去のある一点から時間が止まっていたんでしょうね。  お互いそれが分かっていても進むしかなかったのは悲しい事ですが。  まぁここまでの時間が不幸だったかは本人以外分かりません。  ただこれから生きていく為には必要な時間だったのではないか、とは感じますね。  名雪嬢の狂気は純粋さと初恋の無垢な感情の産物であったと言う事ですか。
     彼女の方はいいとして、今回の祐一君はちょっと。(苦笑  彼って妻子持ちの人間として問答無用で失格ではありません?  個人としては名雪に殺されても目的達成出来て良いのでしょうけど、夫あるいは父としては下の下でしょうね。  自分の目的の為には他全てを犠牲に出来るのは、その人に関係する人間から見れば迷惑極まりないですよねぇ。  まぁそこが祐一君の歪みなのでしょうけど。  頭を弄られている所為もあるのでしょうかね?


     名雪嬢はドールがなくて平和だったら敵にならなかったかも、と言っていますが難しいですね。  彼女らの関係上、そもそもドールがなければ出会わなかった可能性が高いですし。  出会えたと言う一点だけ考えればドールがあったからなのでしょうし、ホント難しい。

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