ただ、気持ちだけが焦る。思考の空転を自覚できる。 こんな筈じゃなかった。その一言で終らせるわけにはいかない。 帰るべき場所がある。帰らなくてはいけない場所がある。 護りたい人達が居る。護らなくてはいけない人達が居る。 どんな手を使っても、生き残らないと……3人、全員が生きて帰らないと意味がない。 最悪は最悪。空想を夢想できるほどの余裕はない。 まずは、焦りを思考の空転を押さえつけて現実を見据えなくては。
 
神の居ないこの世界で−A5編−


→それぞれの思いとそれぞれの機転

     秋子達の背後では物が崩れて行く轟音。マリオネットは全て飲み込まれているだろう。  それは、機動力の全てを犠牲にして装甲を厚くしたドールだからだ。  咄嗟に回避するにはそれなりの機動力が必要だった。 「素戔嗚、全マリオネットは現時点を持って廃棄。空いた演算は行動演算へ移行」 『アイ、了解』  レーダーに写る味方の点が3つに絞られる。ルートと迎撃のパターンを指示しながら秋子は思考する。  現在は近距離格闘に美汐、中近距離に素戔嗚、遠距離に真琴がいる。  バランスが良いと言えるが、数が圧倒的に足りない。  数の暴力は絶対ではないのだけれども、脅威である事には間違いない。  それが、あの聖・ジョージ部隊のレベルになると脅威では済まない。 「このまま、撤退します。楽観出来るレベルではありませんから」 『あぅ……判った』 『タイムテーブル的にはかなり拙いですが……仕方無いですね』  後ろを振り向かずに走る3機。振り向く余裕がないのは全員が理解している。  今頃、崩れた足場に注意しながら土砂の山を乗り越えているだろう。人型である利点を最大限に利用して。  車両ならば、完全に道を確保するまで行動できない。  だが、こちらも敵も人型だ。多少の障害ならば乗り越える事が可能。 「……確実についてきてますね」  秋子の呟きは事実を言っているに過ぎない。レーダーにもその傾向が見えていた。  更に最悪の事態がレーダーに映り始めた。   「前方に……部隊が? どうして?」  本当に珍しく、秋子がうろたえた。疑問詞が一杯である。まだ正確な数が把握できないのがじれったい。  聖・ジョージ部隊は守備にまわっているので全て、のはず。  α小隊とΩ小隊は確認していないが、混成で展開する可能性は限りなく低い。ただ、その場合は最悪だ。  一番高い可能性は全滅。確実に誰かを犠牲にしないと生き残る事さえ難しいだろう。  第3勢力の活動はまだの筈だ。石橋彰雄の情報からまだ活動を開始できる頭が届いていない筈。  独自に行動している可能性は否定できないから厄介だ。  まだ、聖・ジョージ部隊を相手にするよりもマシである。  ただ、マシと言うだけで余り良い事ではないのには変わりないのだが。 「あの照明弾ね……それで異変を察知して出てきた? 辻褄は合うわ」  第3勢力ならば照明弾で異変を察知してきたのだろう。  そちらの方がありがたい。三つ巴の戦いならばまだ、生き延びる可能性は高くなる。  初めから、名雪の手腕で準備されている部隊だったら絶望的である。  数が6機以下ならば、聖・ジョージ部隊。それよりも多ければ、第3勢力と判断すると秋子は決めた。 『あのね、もしかするとライフルが1人残ってるかもしれない……』 『本当ですか?』 『う、うん』 「方向はわかってますから……出来る限り射線に入らないように注意しないと拙いですね……」  状況は最悪を極めていた。狙撃できるのが1体残っている。  正面全ては多分、射線に入ってしまっているだろう。一番有効なのは、とっとと撤退してしまう事。  だが、それをさせてくれる状況にあるか甚だ疑問だった。  背後からは聖・ジョージ部隊が絶対向かってきている。前には待ち構えている正体不明な部隊。 「血路を開きます……先鋒は」 『任せてください』 「素戔嗚、援護をお願いします。殿は解ってますね?」 『あぅ、ちょっと自信ないけど頑張る』  先ほど、持ちうる全ての爆薬を証拠隠滅もかねて使ったゲートが見えてくる。  その先は多分ライフルの射程に入るだろう。反撃しようにも相手は上、こちらは下。  弾丸を当てる事も難しい事は判りきっている。下手に時間をかける事は出来ない。 「……正面の部隊は」  秋子がカメラの画像を解析し始めたとき。正体不明の部隊が、第三勢力だとわかった。  中途半端な黒の装甲。展開されている数は確認できる限り14機。  中にはNドールも混じっているのか、動きの悪い物もある。 「まだマシですか……でも、辛い事には変りありませんね」  質と数が揃っているのも怖いが、数が大量にあるのも怖い。  ただ、数だけの場合はまだ、付け込む隙があるのが救いだろう。  当然の事ながら、秋子はそう思っていた。その認識は甘すぎると言うことが目の前に展開される。 『なっ!?』  真琴の言うライフル、つまりは小池のいる位置は大体わかっている。  そして、移動するのが容易ではないことも判っている。  この事から考えられる限りの射線に入らない位置を移動してきたおかげで、凶弾に曝されなかった。  今この瞬間も、曝されていない。代わりに、第3勢力のゲートに一定の距離を近づいて来た機体が狙われている。  それも、狙われているのがコクピット付近。コクピットを直接狙っているわけではない。  付近を狙っている。搭乗者にぎりぎり負傷が有るか無いか。  そして、中枢を狙っているため殆どが一撃必殺の弾丸となっていた。 「なんて……出鱈目」  レーダーからも判る。射程ぎりぎりを狙撃していた。  だから、ゲートを遠巻きにするように第3勢力が展開している。  入ってくれば、容赦無く撃たれて、行動不能へと陥るだろう。  そして、味方では無ければ容赦さえも要らない。純白以外の装甲を狙えば良いのだから。 「……どうしましょうか」  秋子は手詰まりだと言う感じで思考する。ゲートから射程外まで約300m。  このままの状態で進めば確実に2機は行動不能になる。バラバラに行っても順番に料理されるだろう。  現在のように動かずにこの場に居れば、後ろから来る部隊に絶対に捕まる。  そして、更に悪い事がある。もし、無事突破したとしても囲まれる事は想像に難しくない。  有りもしない、何かがあるか。思考を巡らせる。しかし、そんな都合の良い物などありえない。  秋子は溜息をつくしかなかった。それでも思考はやめない。  何か、自分達以外のアクシデントを待つしか手が無いのが現状だとしても。
    ▲▽  ▲▽  ▲▽  ▲▽  ▲▽
     秋子達が立ち往生している時間から少しばかり遡る。  有夏は親指の爪を噛みながら、モニターを睨みつけて思考していた。  周りの人間は慌しく動いていた。ドールによる進行を退けたとは言えまだ人による進行が残っている。  それを食い止めるのは難しいことだ。 「……詩子、楽しんでないで手伝え」 「あは? 詩子さんの出番ですね?」 「あぁ。似なくて良い所ばかり、彰雄に似る」  話しかけたくなかったと言う、表情で有夏が言う。いつの間にかに有夏と同じ部屋に入っていた詩子。  詩子は喜び勇んで、コンソールのある席についた。笑顔のまま、有夏に顔を合わせる。 「まずは警察機構に連絡をつなげろ。先ほどから無視されまくってるのが気にくわん」 「でも、務めて無視してるのかもしれませんよ?」 「なら、それを証明するデータを奪い取れ」 「アイアイ、マム」  嬉しそうに返事をする詩子。有夏の思惑は大体理解した。  警察機構は多分、攻撃を仕掛けてきた勢力と繋がっている。  加担する事は出来ないが、無視する事で協力する事は出来る。 「証拠が無かったらどうします?」 「でっち上げろ。その位のデータはあるだろう?」  詩子ほどの情報屋になるとデータの扱いは多岐にわたる。  その中に黒い噂が沢山有るのは常識だろう。叩けば埃が出てくるところにでっち上げたデータを放り込む。  すると、どうなるか? 周りはそのデータが本物のように扱われてしまう。  限りなく黒に近い灰色。それをミスリードする事によって灰色を黒だと認識させて大衆を操るマスメディア。  マスメディアは対象が何であれ、自分が正義だと、世界の不正を正しているのだと酔えれば良いのだろう。  明らかに自分達がミスリードをしているにも拘らず、正義を叫ぶ姿は滑稽かもしれない。  だが、使えるものは何でも使う。相手が黒に近いならその効果は絶大だ。  いつもは相手が仕掛けてくる物を今度はこちらが使う。  形振り構わず相手が仕掛けて来ているから、こちらとて容赦はしない。  殴られたら殴り返す。それも熨斗紙をつけて倍返し。気に入らない相手なら死なない程度に全殺し。  それが相沢有夏だ。そして、それをバックアップする優秀な人材がいる。  携帯電話で、特定の電話番号を押す。 「彰雄か?」 『何かあったのか?』 「お前のよこした情報よりも2日早く襲撃されている」 『行動する。相手は?』 「情報通りのはずだ。警察機構も結託しているからな」 『判った。朗報を期待してろ』 「頼りにしている」  それだけで十分。かつての仲間は今でも信頼と言う絆でがっちりと結ばれている。  一番手を出してはいけない人たちに結果的に手を出してしまった。  石橋彰雄にその弟子、柚木詩子。そして、相沢有夏。  彼らは知らない。触れたら、火傷では済まない存在がいる事を。触れれば骨の髄まで焼き尽くされてしまう事を。 「やっぱり、機構側は情報をストップしていますね。酷い……今通報しても機構には届かないシステムを使ってる」 「そうか。ならそれを……4社だな。マスコミにリークしろ」 「こっちで適当に決めますよ?」 「頼む……あぁ。適度に色を加えることは忘れずにな」 「あは。判ってますって」  2人のやり取りを見ていた有夏の部下は決して有夏には逆らわないようにしようと心に決めていたりする。  無論、やられない限りやり返さないのが、上司だと知っているがそれでも、だ。  敵に回さない事は判っていても怖いものは怖い。 「さて……そろそろファイが来るな。第4通路に2隊の増援。火器携帯を許可する」 「はっ! 直に手配します!」 「増援には支えてる部隊の人数分だけ火器を携帯させろ。敵に遠慮は要らん」 「大丈夫でしょうかね?」 「大丈夫だ、警察機構の大失態に凶悪な武装テロリストどもの侵略。だから、正当防衛・・・・だ」  モニターを見ていた有夏は違和感を覚えている。  現在の監視カメラに写っていないが、敵の数が少なすぎるのだ。  確認した敵の数と現在カメラに写っている敵の数が違いすぎる。  何か見落としがないか、親指の爪を噛んでいた。今の所は隊を6隊残して、拮抗している。  残っている敵の人数がどこか一点を突破してきた時に1時間持てばいいほうだろうと有夏は考えていた。  人相手にドールを繰り出さなくてはいけないかもしれないと有夏が思考していたとき。  茜に襟つままれた秋弦と佐祐理に引きずられたファイが部屋に入ってきた。  茜の服装は酷いと言うか、煤と白い粉まみれだ。 「……茜、佐祐理。秋弦を連れてちょっと隣の部屋へ行ってくれ。秋弦を寝かせてくれると助かる」  ファイを見た瞬間。有夏は反射的に言う。  佐祐理と茜は目を合わせた。そして解りましたと言って秋弦を引きずるようにして出て行く。  有夏の目に秋弦には見せていけないものを感じたからだ。  秋弦はまだ、戦うと言う事を知らない。教えても多分判らないだろう。  守ると言う事は下手をすると奪うと同意義になる。幼い秋弦には多分それはまだ理解できない。  だが、ファイとメルファ、アリアにサラサは知っている。  知っていて、行動を起こした。だから覚悟をしている筈だ。   「お前は本当に嫌な目をしている。気がついているか?」  有夏が言った言葉に反応するようにファイが顔を逸らした。  ガシンと頬を殴られる音。そして、続くのは壁に叩きつけられる音だった。 「何を隠している?」  ファイはそれでも目を合わせようとはしない。  叩きつけられた壁から立ち上がれずに、座り込んでいた。  襟首を掴んで無理やり立ち上がらせる有夏。 「言えないのか? 言わないのか? 言いたくないのか? 言うべき物がないのか?」  有夏の今の視線は間違いなく、肉食昆虫のそれ。ただ、無機質に獲物を定めている。  相沢有夏は身内に甘い。甘いからこそ、裏切りには過剰な反応を示す。  身内が敵とわかれば、通常の敵よりも容赦はない。 「答えろ。そのどれだ? 私は優しいから、私が言い終わるまで待ってやる。  言えないのならば何故だ? 答えを引きずり出してから相手を殺してやる。だから安心して話せ。  言わないのならば何故だ? 答えを引きずり出してからお前共々屠ってやる。意地を張るなら容赦はしない。  言いたくないなら何故だ? 理由を無視して答えを引きずり出して原因を潰す。完膚なきまでに、塵も残さずにな。  言うべき物がないのなら仕方がない。ただし、お前にその筈が無い」  つかまれた襟首がどんどん締まっていく。ファイの表情に苦痛の色が混じり始めた。  当たり前である。有夏は意識して締め上げている。だから、苦しい。 「答えろ」  ファイは隠そうとする。目を逸らし、情報を隠そうと努力する。  ただ、それは有夏の前には児戯にも等しい事。 「うん? そう言えば、ハッカーの半分を撃退してくれたのはファイだったな?」 「……」 「助かった……命の恩人にこんな事をするのは偲びないが、黙り込んでいるなら仕方ない」 「!?」  声すら出せない、痛み。それがファイの体の中心から脳へと伝えられる。  鳩尾には深々と有夏の手が突き刺さっている。  絞めおとされるよりも辛い痛み。体をくの字にして苦痛を和らげようと必死になった。 「詩子、そっちは終ったか?」 「はい。早速騒ぎ始めてますよ〜」 「そうか、これを解析してくれ。多分データは消されているかもしれないが何か痕跡があったら復元しろ」 「はい、は〜い」  有夏はファイからノートPCを奪い取る。痛みでそれどころではないファイはあっさりとそれを許してしまう。  それを詩子に渡して解析をさせる。あっという間に、いくつかの事が判ってきた。  どうやらファイは、操作をしている最中に佐祐理に捕まったらしい。  だからデータが綺麗に残ったままで色々な事が判ってくる。  多分消す事は出来た筈だ。だが、消してなかった事から、ファイが迷っている事が判る。  詩子は次々と画面にデータを取り出してくる。有夏はそれを見て状況を把握し始めた。 「橘……麻耶か……フフフ、あははははは!」 「あ、有夏さん? どうしたんですか?」 「詩子。こいつはな、私と同類だよ」  出てきたデータは敵の大部分を誘導するデータ。そして、それを告発するデータ。  誘導するのは攻めて来るトップクラスの人間に送っている。  今、偽造されたデータを詩子が取り外して状況の確認は出来た。  麻耶が1人でのその部隊と戦っている。よく、1人で支えていると有夏は感心さえしている。  そして、告発するデータ。聖・ジョージ部隊のラインハルトに送っていた。  どちらに転がろうと、麻耶は助け出される。  平定者につけば、相沢有夏に。平定者に背けば、ラインハルトに。  そして、麻耶は平定者を選んだ。ならば、行動するしかない。 「1小隊、私について来い。私が出る」 「装備は?」 「フル装備だ。聖と医務局に連絡を入れろ。緊急手術の準備。重傷者が行くから命を助けろとな」 「はっ!」 「詩子、私は出てくる。指揮は任せる。もし状況の変化で判断できない事が有ったら連絡しろ」 「判りました。敵からもハッカーからも全て守ってみせます」 「頼もしいな。もっとも、すぐに終らせる。私が戻ってくるまで詩子の指示に従え。いいな」 「判りました!」  有夏はそう言って出て行く。凶悪な笑みを浮かべてである。  詩子はテキパキと指示を出して行動させる。 「ファイ、今は自分のやったことに対して反省してろ」  扉から外に出るとき。有夏はファイ向けて、そう言った。  ファイは、どんな顔をして良いか判らないと言う感じだ。  痛みが引いたと詩子が判ってからこき使われる運命にあるが、今はまだわかっていない。
    ▲▽  ▲▽  ▲▽  ▲▽  ▲▽
     アスフォデルを駆るメルファ。  機動力と機体の器用さに重きを置かれたそれの動きは、残りの2人を引き離さんとした勢いだった。   『ちょっと! 置いていかないで!』 『そうそう! 置いていかないで!』  それでは堪らないと言う感じのアリアとサラサの声がメルファの耳に入る。  スワードリリーを最高速度で走らせているが、アスフォデルには追いつけない。  相沢海運に納入されたそれは、装甲を厚くして拠点防衛として壊れにくさを追求しているもの。  打って出るのには向いていなかった。メルファは速度を緩める。  1人で向かったとしても、何が出来るか判らない。だから、この3人で行動している。  でも、気持ちだけが焦っていた。嫌な予感が3人にはある。 「見えた!」  メルファは叫んでいた。見つけたのは、いつも見ている黒とは違う安っぽい黒の集団。  敵は誰だか判らない。でも、これは間違いなく、排除しておかないと拙そうだと思う。  それはアリアにしてもサラサにしても同じ。そして、行動が早かったのはアリアとサラサだ。  全く同じ性能で同じ武器を持つ機体に乗っている2人。  意志の疎通も、タイミングを図ることも必要が無い。祐一すら梃子摺らせた2人のコンビネーションが始まる。  メルファを残して、左右に展開する。そして、タイムラグの無い本当の同時に左右からの銃撃。  追い込むような動きで銃弾を放っていく。完全な不意打ちだった。  相手の意識は別の方向に向いていた為と殆ど背後からの攻撃。  対応する間もなく、追い込まれて一箇所に集められていく。その数は4。   「うっわぁ……2人揃うと流石ぁ」  見事な手並みで集められた敵を見るメルファ。  そして、自分の役割に確認を取る。判りきっていた。集弾率の悪いショットガンで相手を一網打尽にするのだろう。  少し動いた先に集められた4機が居る。ようやく対応することが出来そうになっていた。  意識の殆どがアリアとサラサに向かっている。メルファには好都合な事である。  バスン! と低い銃撃音。真横から、足を撃った筈なのだが銃弾の集まりが悪くそれは腕にまで広がっている。  ショットガンといわれると弾丸は散弾つまりは、球状の弾が多数入っていると考えるだろう。  しかし、メルファの使っている弾丸は違う。多数の針状の弾が入っている。  使い方を一つ間違えば相手を死傷させてしまう危険性があるが、この形状の違いがダメージの違いとなって表れる。  今回は側面からの攻撃の為にコクピットに直接突き刺さる事は少ない。間に腕と言う緩衝材があるからだ。  もう一度、違う相手に向けた銃撃音が響く。向けられた相手は片面針で一杯になっていた。  動こうとしても、動けない。片足が完全に死んでしまっていた。がっちゃん、と倒れる機体の音。  アリアとサラサも止ってはいない。まだ残っている2機に向かってスタンロッドを繰り出していた。  お互いに狙っているのは、目の前にいる機体を無視して自分に背を向けている機体。  目の前を嘲笑うように通り抜けて背後から腰椎に深々とロッドを突き刺す。  更に駄目押しとばかりに、バチンと電撃を流した。  4機を完全に行動不能にした時。メルファの視界に文字が溢れた。 【この文章を読んだ後に外部マイクをONにして、一字一句間違えずに発言する事】 「あれ?」 【間違えたら、相沢有夏はお前達を許さない】 「ファイじゃない?」 【それが、例え、メルファのトラウマに触れたとしてもだ】  メルファはそれを読む。平行して、アリアとサラサに積極的に仕掛けないように指示を出した。  文面の初めから、ファイだと思っていたがどうやら違うと判る。  名前が出ていることから、有夏らしいことが判るが、どうして良いか判らない。   【アリアとサラサには防御を指示。攻撃を仕掛けてきたら殲滅しろ】  ただ、淡々とメッセージが一方的に送られてくる。  敵がどんな実力を持っているか判らないが、有夏の指示に従ったほうが良さそうだとメルファの第6感が告げていた。   「アリア、サラサ、有夏さんがね。仕掛けてくる機体以外に仕掛けるなって」 『……え? 本当に?』 『う……嫌な予感……』 「うん……本当」  とりあえず、指示を送った後に本当に仕掛けてくる機体にしか反撃をしない。  メルファは機体を動かしながら、続いて送られてくる文章を読んでいた。  そして、最後に見えた一文を読んで決心する。逆らえないと。 「私達は、相沢海運付きのドール乗りだ!」  通常、通信に使用する周波数の電波と外部マイクから音を外へと向ける。  メルファ的にはこんなキャラじゃないのに! と言う感じだろう。 「質問する。相沢海運の施設を襲ったのは、ここの組織の者か。責任者の方、答えていただきたい」  アリアとサラサは、向かってくる黒い装甲を相手にのらりくらりと攻撃を避けながら仕返しをしている。  しかし、消極的な行動な為に敵がすぐに行動不能になるわけではなかった。  メルファの発言から、少し時間がたった。ちょっとした雑音の後に通信がメルファに入る。 『初めまして。相沢海運付きのドール乗りさん』  その声は藤川だ。丁寧な声の裏には、静かな何かが燻っている。  返事が帰ってくると同時に、有夏? からの新しいメッセージが送られてくる。  それを見て、メルファは確実にこちらの事を判っていると感じて冷や汗をかいた。 『聖・ジョージ部隊の藤川だ。その答え、NOだ。我々はこの拠点の守備しかしていない』 「それを証明する事は出来るか?」 『その答えについてもNOだろう。完全には証明できる証拠はない』 「……停戦を求める。私達は聖・ジョージ部隊と敵対する意思はない」 『停戦だと?』  メルファの言葉に藤川は怪訝な声を発する。ひやひやするメルファ。はっきり言って心臓に悪い。  相手が聖・ジョージ部隊と言うこともこの場で知ったし、何より交渉は初めてだ。 「貴方達が何もしないなら、信用する。貴方達はあの部隊の一員ではないと」 『それで証明しろと言うのか?』 「はい。……言い忘れたが、攻撃を仕掛けてくる機体に関しては何をしても構わない」 『それは、君達も含まれるのか?』 「含んでも構わない。もっとも、敵対する意志は無いが」 『…………………………いいだろう』  長い沈黙の後に、藤川は答える。どうやら、名雪と通信していたらしく判断が遅れた。  ふぅ、とメルファが息を吐く。はっきり言ってこんな事を続ける位なら普通に説教された方が楽だったかもしれない。  色々な緊張感がようやくメルファから解かれていった。  そして、お互いに攻撃を仕掛けない敵に関しては攻撃できなくなった。  メルファたちの横を見覚えのある漆黒の機体が3機、通り抜けていく。  合図も何も送らない。そんな事をしたら繋がっていると思われてしまうからだ。 『こちらも一つ質問したい。平定者と言う集団に聞き覚えはないか?』 「いや、ないが? 我々を襲った集団がそれだというのか?」 『何機か拘束したので、確認したかっただけだ。君達の仲間ではないかとな』 「煮るなり焼くなり好きにすれば良い。私達には関係無いからな」  メルファは出来る限り、無感情に言い切る。本当ならば、攻撃を仕掛けて奪い去ってしまいたい。  だが、それをすれば有夏たちの立場が悪くなる。だから動けない。  見慣れない黒の部隊はその言葉に反応した。  相手が聖・ジョージ部隊だとわかっていても果敢に攻め込んでいく。  もう、こちらは眼中に入っていないかのような動きだった。 【安心しろ。祐一たちの安全は全て確認した。拘束したと言うのはマリオネットだ】  その言葉が出てきたとき。メルファは安堵の溜息を吐いた。  通常の電波から秘匿回線に切り替えて、アリアとサラサにその事実を伝える。  アリアとサラサもようやく安心できたのか、良かったねと言い合っていた。  そして、しばらくしてから私達は撤退すると言って撤退する。  動きは軽かった。もっとも、その後の説教で今の気持ちが180°逆の方向を向いてしまうのだが。 To the next stage

     あとがき  結構あっさり風味で終らせてしまいました。冷静になって考えてみるとこの位になるかなぁと言う感じです。  本当だったら、メルファとかアリアとかサラサ辺りがもっと大暴れ! みたいな展開を期待されたかもしれません。  でも、喧嘩ふっかける訳ではないのでこれでいいと思うんです。  タイミング良く、巧く行きすぎた感じは否めませんが。  有夏さんに関しては、ああいうのがッ母親だと苦労するだろうなぁと思います。  書いてて連想したのが凶悪なジャイアンでした……  ちなみに、メルファに送ってきた最後のメッセージは想像にお任せします。     では、拍手コメントのお返事を。  >そいえば・・・名雪って祐一の義娘になるんですよね?(義義娘か?日本語よくわからん)11/27  関係上ではそうなってしまいますが……法律の問題上秋子さんと祐一君は結婚出来ません。でも夫婦ですが(爆  確かにややこし過ぎるんですよね。名雪さんは有夏さんの実の娘なんだけど、名義は秋子さんの娘ですから。  もっとも、そこら辺は寛容な気持ちで読んでもらえると幸いです。 >香里のまたねという言葉が気になります >みさきもとてもよかったです!由起子共々どうなっていくのか楽しみです! 11/28  同じ時間帯だったので、多分同じ人だとおもいます。違っていたらすいません。  香里さんのまたねと言う言葉に深い意味は有りません。本当にそのままの意味です。  祐一君にしてみれば、もう会うことはないと思っているわけですが、  香里さんには会う意志が有ったと言うだけですね。  SSSに関してはありがとうございます。リクエストに関してはちょっとどうしようかなぁと思い始めてますが(苦笑  どうなるか殆ど考えていないのが実情です(爆 >(SSSのリクエスト)秋弦が、祐一や秋子達の似顔絵を描く話を希望します。 >(SSSのリクエスト)秋弦達のみで料理を作り、祐一達に食べさせる話を希望します。(1行目) >「相沢家1日物語・夕方」に書いてある、子供達が料理を習った結果の話として、希望します。(2行目) 12/1  リクエストに関しては極力頑張りますが……何処まで期待に添えれるか。未知数です。  次回のSSSの差し替えの時に何とかできたらと思います。  では、続き頑張りますね。ゆーろでした。


    管理人の感想


     ゆーろさんからのSSです。
     外にいたお三方は無事脱出しましたね。  メルファ達がいたからこそですから、お手柄と言えばお手柄でしょう。  まぁ無断出撃のツケは後々払う事になるでしょうけど。(笑  祐一君と舞嬢も無事脱出した感じですし、この場での戦闘は終わりかな。  残りは後始末でしょうかね。

     次回は麻耶嬢でしょうかね?  有夏さんは彼女が死ぬ前に到着できるのか。

     感想はBBSかメール(yu_ro_clock@hotmail.com)まで。(ウイルス対策につき、@全角)