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ガチャガチャと銃器が鳴る音がする。その先頭を歩くいや、走っているのは有夏。
他の4人がボディーアーマーなどで防備を固め、派手な銃器を持っているにも拘らず軽装である。
その格好は黒装束と言った方がいいかもしれない。それくらい身軽に見える。
体中にナイフを仕込んではあるが、装備不足に見えなくも無い。
「あぁ、言い忘れた」
「何ですか?」
「私に巻き込まれるなよ? 今、最高に頭にキテイル」
それに対して首を縦に振って判ったとしか返せない隊員。彼女の怖さは身をもって知っているのが殆どだ。
相沢海運は世界に股をかける大企業であり、闇社会とは紙一重で離れているものの干渉はある。
干渉に対して、3種類の力でそれを退けている。全て力で捻じ伏せているのが相沢有夏。
全て契約と法で治めるのが彼女の夫、大祐である。明確な信念で諦めさせるのが彼らの父親である。
彼女達に干渉をした事で目を付けられて生き残った勢力はない。
武力は殲滅され、契約と法で締め上げられ、信用は失墜し、最後は意志さえも潰えさせられてしまう。
「さて、では先にいく。目標の確保は頼んだ」
「はっ」
麻耶が敵の本隊であろう部隊と交戦している場所の一歩手前で有夏は速度を速めた。
隊員たちを置いてきぼりにして、である。これは有夏本来の戦い方のスタイルにある。
相手の武器を奪って攻撃する。事前に用意するのは動きやすい服装と体に仕込めるだけのナイフ。
武器が何であれ、使いこなす。道具は道具、愛用のものは作らないのが彼女のスタイル。
愛用のものなど作っていたら、生き残れない世界に居た。ただそれだけでもあった。
(酷いな……)
有夏が踏み込んで目に入ったものは焼けただれたり、銃弾で抉れたコンクリートだった。
どういった精神であれば一人の人間をあそこまで利用しいたぶれるのか?
有夏には理解できない。いや、したくもない。
認識するのはただ一つ。自分の身内に手を出したか出さないか。
今回は出した。それだけで、相手を殲滅する理由に足る。相沢有夏が怒る理由に足る。
彼女は最高に頭にきていた。護るものの為に自身を犠牲にする精神は理解する。
それはどうしようもない時に発揮するべきものであって、まだ余力が有る時には悪い冗談にしかならない。
仕方が無い状況での自身を犠牲にする行為。それは、残された者にも諦めると言う選択肢が残される。
だが、どうにかなる状況でのそれは違う。残される者に対して、何とも言えない感情だけを残す。
だから、そんな選択肢を選んだ麻耶に対して腹が立つ、頭にくる。
「さぁ、始めようか」
た、と言う音。その音は物の焼ける音や小石を蹴飛ばした音などに紛れてしまう。
一撃目、それを知覚できた人間はいなかった。相沢有夏以外に。
空間の中にある音と言う音。その音に紛れてまず1人。有夏が止めを刺した。
ナイフで首の後ろを一突き。ただそれだけで、刺された人間は絶命している。
「無様に、這い蹲れ。永遠に、永遠にな」
どさり、と崩れ落ちる人間の音。それでようやく異常に気がつく。
だが、それは遅い。既に有夏は別の場所へと移動しつつ奪った武器の点検を始めている。
「だれだ!」
有夏が顔を顰めた。見つかってしまうのは予定外だったらしい。
いや、予定外と言うよりも、見つからない自信があったと言うことのほうが高いかもしれないが。
不機嫌な感情は相手よりも自分のほうに向いている。
そんな事を考えながらも奪った武器を相手の死角に隠す事を忘れない。
(全く勘が鈍ったか……実戦を離れるとこうなるのか、覚えておこう)
「手を上げろ!」
覆面をした男が、そう言った。有夏に向かって行動する余裕を与えてしまったのだ。
戦場にふらりと現れた女。だから、見くびったのかもしれない。
名前は知られまくっていても、案外顔は知られていない有夏。だからこういう事態になったのかもしれない。
「手を上げるのか?」
「早くしろ!」
「判った」
ひゅ、と両腕からナイフが飛んでいく。虚を突かれた上に反応できない速度のナイフ。
1人は声をかけた人間の眉間に深々と突き刺さる。
もう一つは隣にいた人間の喉にやはり深々と突き刺さった。
「ほら、手を上げたぞ?」
答える事の出来ない人間にそれは酷だろう。次の瞬間一方から、銃撃の嵐がその集団に見舞われた。
有夏が置いてきた隊員達である。元々は、有夏が教育した人材である。
こういった事に関してめっぽう強い。有夏が暴れているから大人しくする筈だった。
だが、有夏が大人しくしているので、乱暴な手段が取れたようだ。
「任せてもらえますか?」
「判った、譲る。目標の確保は私がやる」
「はい」
1人が有夏の横に表れて返事をしたとたん戦列に戻った。
有夏の行動は素早い。手早く、周囲の安全を確かめた後に麻耶を観察する。
まだ息はしているが、意識はない。火傷のおかげで、出血は少なそうに見える。
すぐに有夏は携帯電話を取り出して、聖に連絡を入れる。
「聖先生。患者が1人いく」
『麻耶……か?』
「あぁ、全く持って無茶をする。息をしているのが奇跡なくらいだ」
『どんな事であれ、医者は諦めずに命を救うことが仕事です』
「わかった。すぐにそちらに向かう」
有夏は麻耶を優しく抱きかかえて走り出す。
普段の有夏からでは考えられないくらいの、気遣いをしているが、されている本人は気がつかないだろう。
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神の居ないこの世界で−A5編− |
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