〜あらあら。〜
水瀬秋子、頬に手を当てて嬉しそうに。


〜お兄ちゃんに久しぶりに会うよ〜。どうやっていじめようかな?〜
相沢祐夏、久しぶりに兄に出会ってご機嫌なときに。


〜祐一のやつ、相変わらずお祭りごとが好きだな。さて、どうやっていじめようか。〜
相沢有夏、久しぶりに息子に出会ってご機嫌なときに思った事。










  
 
神の居ないこの世界で


→母さん。張り切りすぎ。少しはこっちの事も考えてよ。


 










 香里と祐一の勝負、そのときの様子を見る前の出来事。

 無人の第3格納庫に機体が2体、搬入されていた。 



「ふむ。ここが今日から世話になるところか」 

「お母さん。サイレントと、ガンショットはこの格納庫でよかったんだよね?」 



 人の影が二つ。そこへ、秋子がやってきた。

 その二人がそちらを向いて片方が手を振った。 



「姉さん。お久しぶりです。祐夏さんも」 

「あぁ。秋子。Hドールを2機、持って駆けつけてやったぞ。後もう一機は当分先に届く。未登録の状態でな」 

「お久しぶりです。秋子さん」 



 相沢有夏、祐夏だ。ちょうど、祐一が香里と戦う日に二人はエリアMにやってきていた。 



「以前から注文していたHドールの試験にちょうど良い」 



 AS−701−サイレント、マントを纏ったHドールで有夏の為の機体。ONE製である。 

 塗装は黒。マントも黒い。この機体は元々夜間活動を想定して作られている。

 そのため、カメラは赤のレンズで作られている。

 極力、夜間で目立たないように、黒も反射をしない黒。

 黒一色の機体にカメラのレンズだけが赤くそれが不気味だった。


 もう一機の小さい機体。YK−17−ガンショット。

 通常の半分4m位しかないその小さな機体は祐夏の為に有る機体。Air製である。 

 こちらは真っ白で、雪国で戦うことが考慮されている。

 隣に置いてあるサイレントと比べるひ弱な印象を受けてしまう。

 それもそのはず。こちらの機体は機動性重視で作られているために装甲を最小限に抑えられている。

 その2機のHドールが特殊部隊である、秋子の格納庫の中に搬入された。 




「ここの首脳部にも顔見知りが居るしな。それにここは標的にされているそうじゃないか」 

「えぇ、最近はおとなしいのですけどね。それでも、私の部隊の機体だけじゃ心細くって」 



 困ったように秋子は微笑んだ。

 祐夏はさっきから、そわそわしているが黙っていた。 



「ところで、祐一のやつは何処だ?」 

「今日は一大イベントで、祐一さんは主役です。こちらでそれを見れますから、付いてきてください」 



 有夏と祐夏の二人は秋子の後を付いていった。 

























 場所はドール試験場。普段は人のいない施設である。

 しかし今日は人がごった返していた。お祭り騒ぎである。 

 この試験場は、機体のトライアルがあるために、観覧席が設置されている。

 トライアルと言っても警備隊のためだけのものであるが。 


 Hドールは栞が設計をしているので、部品のみを発注しているために一体丸々購入する事は無い。 

 そのために、トライアルという事は必要は無いのだ。それに専用機になってしまうという事も有る。 


 栞と名雪はその騒ぎから離れた場所に居る。機体の状態をチェックするためのコントロールルームにいる。 

 騒がしいのは、観覧席のある場所で、コントロールルームは静かだった。 

 ルールでこの部屋から機体に通信する事は出来ない。ここで黙って、機体の情報を見るだけだ。 

 二人はただただ無言だった。名雪が話そうとしても、栞がそれを拒否しているようでもあった。 

 ひたすら、無言のまま開始の合図がなった。秋子達がこの場に現れたのだろう。 




















 騒ぎの中心である2機の機体。それは、20m位の距離を置いて、静かに対峙している。 



「香里、そっちはどうだ?」 

『えぇ、万全。今すぐにでもあなたの機体をスクラップに出来るわ』 

「ならこっちは、1撃で動きを止めて見せようかな」 

『……』 



 通信の音にギリッと歯を噛み締める音が混じった。その時、開始の合図がなる。 

 先に動いたのはアテナだった。

 観覧席から歓声が沸いた。アテナの動きは鋭く、20mの距離はあっという間に詰められる。 

 右手のトンファーを振りかぶり、阿修羅に向けて一撃を繰り出す。

 阿修羅はサイドステップで、それを避けた。 


 その動きは察知して避けたというよりも、予想していたと言う感じの動きだ。

 阿修羅は既に次の動きの動作を見せている。 

 アテナはそのまま横回転をしながら左手を裏拳気味に繰り出す。

 それを阿修羅は紙一重で後ろに飛んで避ける。 

 Nドールは動きの動作速度でHドールに劣る。

 祐一は先を読んで阿修羅を動かしているために、まだアテナからの攻撃を避けることが出来ている。

 これがその場の判断で動かしていたら、致命的なダメージを貰うだろう。 

 また、その読みが外れて裏目に出ても、同じようなダメージを貰うだろう。 


 アテナは横回転を続けながら、右手を突き出す。

 ガコン。

 手応えが有ったが、その瞬間に香里の視界が真っ暗になる。 

 阿修羅はマントを外してアテナの頭部にマントを放り投げていた。 

 目の前に見えていた2本の腕は何の予備動作も見せていない。

 その為に香里はマントが投げられるという事を予想していなかった。


 一方、祐一の阿修羅がトンファーを受けたのは右肩だった。

 確かにダメージを受けたものの、動かせないほどでもない。

 アテナがマントを外しているうちに、最小限の動きで、その背後に回る。 

 そして、後ろから羽交い絞めにした。観覧席からどよめきが起こる。

 阿修羅の全体像が見えたからである。 

 阿修羅には6本の腕が付いている。

 マントの外に見えていた左右の腕が肩から2本。

 それと似たような形の左右の腕が背中の人間で言う肩甲骨の辺りから2本。

 そして、それよりも長めの左右の腕が背中の人間で言う肺の後ろ辺りから2本、ついていた。

 アテナの両腕を似たような長さと形の腕が固定し、長めの腕がアテナの両足の大腿部をしっかりと固定する。 

 残りの肩からの2本は片手にナイフを持っていた。 

 香里は羽交い絞めにされて、それから脱出しようと機体を動かすが、ピクリとも動かない。 



『ああ!一体何なのよ!!これは何なのよ!!』 



 訳が分からないとばかりに叫ぶ香里だった。

 その間も自由な膝より下の足で相手の脚部に蹴りを入れている。 

 が、膝から下だけの蹴りの威力はたかが知れていた。



「予定通りだな」 



 その通信の後、ザシュっという音がしたと思ったら、香里のコクピットの中から光と言う光が消えた。 

 外から見れば、羽交い絞めにされたアテナの腹部の装甲の薄い部分にナイフが一本、刺さっているだけである。 

 しかし香里には何が起こったか解らない。

 コクピットの中は真っ暗で、手当たりしだいに計器をいじる。しかし反応は何もない。 

 6本の腕を持つ、阿修羅はそのままアテナを離した。

 アテナはそのまま、崩れ落ちる。勝負は決まっていた。 

 観覧席もコントロールルームも、あまりにあっけない結末に音をなくしていた。 



















 その中で、嬉しそうな表情をしているのは名雪と阿修羅のメカニック。

 それに秋子に相沢親子と北川だった。 

 名雪は、祐一に言われたとおりに栞に質問する。

 メカニックたちは二つの機体に近づいていた。 



「栞ちゃん。あのナイフが刺された場所に何があるか分かる?」 



 栞は、驚きを隠せないままに機体の設計図を頭の中で、思い出している。そして、気が付いた。 



「あの場所には電力ラインが……!」 

「うん。祐一はその事を知っててあんな事を言っていたんだよ」 



 栞の顔が真っ青になる。

 自分の機体に隠された欠陥に気がついたみたいだ。 



「え? あそこにラインが一本しかない事も知っていたんですか?」 

「うん。私も祐一に指摘されるまで気がつかなかったよ」 



 名雪は本当の事を言っている。

 それだけ、栞の設計には安心感があったというわけだ。 



「じゃあ、お姉ちゃんが負けたのは、機体の欠陥ですか?」 

「うーん。それはどうだろうね? 香里の驕りもあったんじゃないかな?」

「え?」

「だって、いつもの香里だったらあんな直線的な動きしないもん」 



 それは、本当だった。いつもの香里らしくない動きであった事も確か。 



「いつもの香里だったら、負けていたのは祐一だよね」 

「えぅ……」 



 栞は泣きそうだった。二人はコントロールルームを出て二つの機体の足元へ向かう。 


















 香里は光の無くなったコクピットの中で、色々と計器をいじり続けたが、反応は何も無かった。 

 その時、外からコクピットが開いた。光が差し込み、祐一が手を出していた。 

 ムスッとした顔でその手をとり、外に出る。

 負けた事を理解していたが、納得がいっかなかった。 

 そして、アテナの横に立つ阿修羅を見て驚いた。腕が6本ある。
 
 CROSSを使った機体では考えられない物だった。 

 CROSSでこんな事をしようとするなら、操縦する人間の腕が6本無ければならない。 

 それはCROSSの特性上、人型以外の形に対応できないからでも有る。

 祐一は香里に向いて説明を始める。 



「さて、香里が負けた理由だが、一つ目は機体の欠点。これは栞が原因だな」 



 香里は祐一のほうを向いた。

 やはり、その顔は納得出来ないと言う顔だった。 



「Nドールの認識の甘さ。そして、頭に血が上っていたことだ」 

「ちょっと待って。Nドールの認識の甘さって何?」 

「それは、羽交い絞めされたときに感じなかったか?」 



 香里は難しい顔で考え込んだ。

 確かに自分はNドールに負けるはずが無いと驕っていたし、頭に血が上っていた。 



「NドールとHドールは発揮できる力だけ見ると、殆ど同じなんだ」 

「それは……」 

「殆ど同じ部品で構成されているのに、スピード、動き方は劣る」 



 一息ついて祐一は続ける。

 香里も何か言いたそうだが、静かに祐一の言う事を聞いている。 



「スピードは劣るものの、遠距離射撃の精密さは同じくらいだし、出力はこっちの方が高いときがある」 



 香里は黙り込んでしまった。そして、阿修羅を見上げている。 



「そっちの主電源はバッテリー。こっちは水素エンジンとバッテリー」

「そうなの?」

「あぁ、そうだ。腕が6本と言う事を考えても、こっちの方が出力は大きい」 

「それに異形のNドール。相手を舐めきっていたと言いたい訳ね」 

「まぁ、そういうことだ。あんな直線的な動きじゃなかったらこっちが負けていたしな」 

「じゃあ、試合開始前の通信は私を怒らせて先を読みやすくさせるためだったの?」 

「あぁ。だって冷静なままだと、アテナには敵わないからな」 



 香里は観念した。頭に血を上らせるために試合直前に通信を入れたのだと理解した。

 そこへ、栞と名雪が到着する。 



「お姉ちゃん。ごめんなさい」 



 栞はしょんぼりしていた。

 名雪から祐一に目でサインが送られる。祐一はうまくいったんだと解った。 



「私も悪かったわ。栞」 



 香里は祐一に向き直る。栞もその傍らにいる。 



「負けは負けよ。言う事を聞こうじゃない」 

「あ〜、それは残しておく。そっちの方が面白いし」 



 姉妹揃って、間抜けな顔をする。

 それを見た名雪は顔を背けて笑いをこらえていた。 

 タッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッ 

 足音がする。いや、足音だがこの音は走って近づいてくる音だ。 



「お兄ちゃん!」 



 ガスゥ!

 その声と共に祐一は殴り飛ばされ倒れた。

 祐夏が、祐一に後ろから頭にラリアットをかましたからだ。 

 いきなりの出来事に、周りにいた3人は目を点にする。

 後ろから笑い声と共に、秋子と有夏が現れた。北川も一緒になって現れる。 



「祐一、いつまで寝てるつもりだ」 



 さっきまで笑っていた人物が、祐一に向かって声を出す。

 北川、香里、栞、名雪は引きつった笑みを浮かべた。 

 皆考えている事は同じだった。

 寝てるんじゃなくて、気絶しているのではないか? と考えていた。 



「祐一さん。起きてください」 



 秋子が、祐一を起こしながらやさしく声をかける。有夏が顔を顰めた。 



「秋子、あまり祐一を甘やかすな。付け上がるからな」 



 その言葉に誰も反応しなかった。

 ツッコミを入れたくても入れれない雰囲気があった。 

 頭を振りながら、祐一が起きる。

 周りを見回して、一息、ため息を吐いた。 



「祐夏のやつにラリアットをかまされたと思ったんだけど、気のせいかな?」 

「お兄ちゃん?」 



 笑顔で祐一に迫る妹、それに後ずさりする祐一。

 香里は妹が、こんなのじゃなくて良かった。と思っていた。 



「祐一。久しぶりだな」 

「母さん!? いつ来たのさ? しかも連絡も無かったし」 

「む? 祐夏、連絡はお前に任せたはずだぞ?」 

「え? 母さん? 自分でするって言っていたよ?」 



 果てしなく、親子で話が食い違っている。

 二人が顔を見合わせた。そして二人とも笑顔で祐一のほうを向く。 



「ま、そんなわけだ」 



 有夏が、無理やり話を終わらせた。

 祐一はいつもの事だとまた、ため息を吐いた。 

 北川は有夏を見て、多分秋子さんをがさつにしたらあんな感じなんだろうなぁ、とか思い。

 栞は、いきなり登場した二人を見て、あんまり祐一さんと似ていない、とか思い。 

 香里は祐夏を見て、名雪をお転婆にしたらあんな感じなのだろう、似てるし髪の毛を短くした小さな名雪ね、とか思い。 

 名雪は有夏を見て、わ、お母さんにそっくり、お母さんも三つ編みを解いて肩辺りで揃えたら見分けが付かないよ、とか思っている。 

 4人とも現実逃避しているのとあまり変わらない。 



「祐一さんが言っていた機体はこれですか?」 



 秋子が、祐一を引っ張り出して、阿修羅について説明させる。

 栞はアテナに関してメカニックに何かを言ってから、何事かを頼んだ。

 頼まれたメカニック達はアテナを修理すべく、アテナを第2格納庫に運び始めた。 

 残った香里達と相沢親子は自己紹介をお互いにしている。

 その隙に秋子が祐一を連れて阿修羅に乗り込む。 

 祐一は秋子に無理やりコクピットに押し込まれた形になる。 

 NドールのコクピットはHドールに比べれば、まだ広い。

 それでも2人乗り込もうとすると狭かった。 



「さっき説明していたのが、そっちの画面で切り換えれます。それで、同時に操る事は可能ですが、その分正確さが落ちます」 



 祐一は出来るだけ秋子に触れないようにして秋子に説明していく。

 秋子は機体を動かしながらそれを確認していった。 



「これは癖が少なくて良い機体ですね。私の機体がちょうど無いですし、私の愛機にしてしまっていいですか?」 



 祐一は秋子の操縦センスのよさに舌を巻きながら、別にかまわないですよ、と返した。 



「元々はこの部隊の持ち物ですから。作ろうと思えばまた作れますし。ただ、これは万人向けではないですね」 

「そうですね。でも私は好きですよ。この機体」 

「そう言われるとなんだか照れますね」 



 何となく良い雰囲気になった。秋子と祐一だった。 

 秋子は頭部カメラを足元に向けた。

 そうすると、足元になにやら叫んでいる姉を見つける。

 しょうがないので、機体から降りる事にした。 

 足元に気をつけながら、機体をしゃがませる。

 そして、秋子と祐一は阿修羅から降りた。 

 降りて祐一を待っていたのは、じと目で祐一を見る8つの瞳。

 秋子を待っていたのは右手を握り締めている姉の姿だった。 



「ふふふふふふふふふ」 



 不穏な笑みを浮かべながら、有夏は秋子に詰め寄る。

 秋子はその迫力に少し後ずさってしまう。 



「秋子。久しぶりに稽古をつけてやる。そこにいる皆も一緒だ」 



 祐一、祐夏、秋子の顔色が一斉に変る。

 三人が同時に思った事は母さん(姉さん)がストレス発散をしようとしていると言う事だ。 



「さて、格闘訓練をする場所に案内してもらおうか? 香里」 



 有夏は基本的に気に入った人物を呼び捨てにする。

 気に入らない人物はお前呼ばわりだ。それはどんなに地位の高い人間でも同じ。 

 有夏に名前を覚えてもらえるのは少ない。

 香里は素直に有夏の言う事に従い、特殊部隊の訓練場に有夏を案内する事になった。 

 秋子は牧田にカラーリングを頼んでその後に続いた。

 周りにいた皆は逃げ切れずに、その後に続いた。

 有夏の後姿が逃げたらただじゃ済まさないと物語っていた。 



























 訓練場は、トレーニングルームに射撃場、道場などの施設が密集した場所である。

 今回は道場に皆が集まっている。 



「さて、そうだな。秋子と祐一は後で稽古を各自つけてやる。ふむ」 



 考え込んだように有夏は残ったメンバーを見回す。

 祐一と秋子は各自準備運動を始めた。

 有夏はやがて何かを思い付いたのか壁にかけてあったグローブを手につける。

 それを見て皆もグローブをつけた。 



「香里とアンテナは後でまとめて相手をしてやるから、準備運動を始めろ」 



 二人はちょっと納得がいかない顔で準備運動を始める。 



「残った、名雪、美坂妹、祐夏。お前達には基礎を教えてやる」 



 祐夏の専門は射撃である。体力は有るものの格闘術はあまり心得ていなかった。

 名雪と栞は訓練はするものの同じように射撃中心である。 

 結果は、15分もしないうちに皆がばててしまった。栞は開始5分もしないうちに脱落。 

 名雪と祐夏は頑張ったが、開始12分で祐夏がその2分後に名雪が脱落した。

 基本と言っても何もしないから攻撃を当てろと言うだけだ。 

 有夏は汗一つすらかいていないし、3人同時でかかって行っても服にすら攻撃はかすることは無かった。 



「栞は体力不足だ。名雪、祐夏はもっと考えろ。さて、次は香里とアンテナか」 



 そう言いながら、香里と北川の方を向く。

 香里と北川は軽く打合せをしていた。

 なにせ、3人がかりでかすりもしないのだから。 



「さて、やろうか」 



 それを合図に、香里と北川は有夏に殴りかかった。

 攻撃は当たっている。しかし、北川にも香里にも当たった手ごたえはない。 

 二人は常に、有夏を挟み込むように戦っている。

 それを外から見ているのは前に戦った3人だ。 

 レベルが違うなんてものじゃない。既に次元が違っていた。

 北川の拳が有夏の顔を捉えたかに見え、有効打になるかと思われた。 

 しかし、その瞬間の後に倒れていたのは北川だった。

 それに気を取られた有夏の鳩尾に香里の拳が炸裂する。 

 どん!

 香里の手に手応えがあった。

 終わったと、少し気を抜いた瞬間に香里の意識は刈り取られていた。 



「北川。女性の顔は狙うものじゃないぞ。香里。良い一撃だったが、その後が悪かった。ちゃんと止めを刺すまで気を抜くな」 



 二人とも気絶しているのに、起きているものとして指導を入れている。

 一番初めに稽古をつけられた3人は思った。この人は人間なのか? と。 



「さて、待たせたな秋子。手加減無しだ。全力で来い」 

「えぇ、姉さん。10年前の姉妹喧嘩以来の本気を出させてもらいます」 



 一種、異様な雰囲気に香里と北川を端っこに寄せてその試合を見守る。

 その試合の直前に香里は気がついたが北川は気絶したままだった。 

 祐一は準備運動に余念がない。

 さっきまで体を動かしていたが、今は柔軟らしき事をしている。 

 パシンと言う乾いた音共に秋子と有夏の試合が始まった。

 全く同じ場所に拳を繰出す、繰り出した手と反対の手でそれを受け止めていた。 



「いやはや、本気で来いと言ったのだぞ? 勘違いしていないか?」 

「っ!」 



 秋子が手を出せば有夏はそれ紙一重で避ける。

 速さが拮抗していた。しかし、秋子の顔色はどんどん疲労の色を帯びていく。 

 対して有夏は、疲労の色など毛ほども浮かんでいない。

 彼女にとっては準備運動なのだろう。 



「やれやれ。やはり、秋子は格闘に向いていない」 



 その一言共に、回し蹴りが秋子の上半身を襲う。

 ガシィ!

 とっさの両腕のガードごと秋子は壁に向かって吹き飛ばされる。 

 壁に叩きつけられる前に影が秋子と壁の間に滑り込んだ。

 祐一だった。飛んできた秋子をやさしく受け止め、床に下ろす。 

 壁に衝突する瞬間に祐一に助けてもらい、しかもその真剣な横顔を見てしまった秋子は顔を赤くしていた。 



「祐一。準備は出来たか?」 

「母さん。いくらなんでもやりすぎだろ!?」 

「まぁ、大目に見てくれ。何せ久しぶりに本気が出せるのだからな」 



 有夏は獰猛な笑みを浮かべる。

 それを見学組は、本当にあの人は人間か? と言う思いで見ていた。

 実の娘の祐夏すら、そう思っている。 



「……いくぞ」 



 有夏のその一言が、試合開始の合図となった。

 有夏はそれまでに、何人も相手をしてきたとは思えない動きをする。 

 その動きは鋭い。対する祐一はというと、動き自体は鋭くも無ければ、速いわけでもない。

 ごく自然とした動きだ。 

 有夏の動きを獣を評するなら、祐一の動きは機械と評する事が出来る。

 打ち合っているが、その動きは噛み合わない。 

 しかし、互いの動きが噛み合わないが為に、お互いにいくつも拳を外している。

 有夏の凄惨な笑みは浮かんだままだ。 



「……腕をあげたな!」 



 有夏は嬉しそうに声をかける。

 もちろん、打ち合いは現在進行形の形で進んでいる。

 祐一はそれには答えない。 

 集中力が途切れてしまうからだ。

 有夏の動き全てに注意を払っているため、それ以外に払う注意力を持っていない。 

 祐一が有夏から鳩尾に一撃を貰ってしまう。

 祐一は肩膝をつた。そこに追い討ちとばかりに有夏が、祐一の頭に向かってけりを放つ。 

 頭を逸らす事でそれを避け、有夏の軸足を払った。有夏は倒されてしまう。 



「ははははは!」 



 壊れたように笑いながら、有夏はガバっと起き上がり、構える祐一を手で制した。

 これでお終いだという風に祐一を制する。 



「さて、皆の格闘に関する適正もわかった。基礎体力が必要なのは、栞に祐夏!」 



 びしっと栞と祐夏に交互に指差しながら、有夏は壁まで歩いていき、そこに設置されている利用表の裏にメニューを書き始める。 

 そしてそれを、栞と祐夏に手渡した。

 二人の反応は不満一杯と言う感じだ。

 それを気にしないで、続ける。 



「格闘基礎が必要なのは、北川に名雪。香里、秋子、祐一にはメニューはやらん」 



 さっきと同じように、メニューを書いて北川と名雪に渡している。

 その二人の表情もなんだか疲れている。 



「さて、次は射撃訓練場に案内してもらおうか?」 



 その訓練はまだ続く。その後訓練でも有夏のメニューは全員に配られる事になる。

 もちろん秋子とて例外ではなかった。 

 有夏以外の皆が疲れた顔をしているのは気のせいじゃなかった。 






To the next stage







あとがき ばればれだと思いますが、複数腕のドールの登場でした。 そのまま秋子さんの専用機になります。 これから先の展開はどうでしょう。 大筋は決まっているのですが、細部の登場順番がチョット違ってくるかもしれません。 頑張りますのでこれからもよろしくお願いしますね。

管理人の感想


 ゆーろさんからSSを頂きました。  今日は更新無理そうだったので助かりましたよ。
 阿修羅は複数腕。  いやまぁ、名前も名前でしたしね。  しかしあまり予想書くものじゃないですな。  今回からはやめよ。
 祐一の母と妹が登場ですが、虐げられてるなぁ。(苦笑  見ててちょっとかわいそうでした。  普通の人間なら絶対家出でしょうね。  親子や兄妹のスキンシップじゃ済まされないレベルですし。  母親は傍若無人が服を着て歩いているような。(爆
 秋子さんは癒し担当か?(笑  もの凄くヒロインっぽいですし。


 感想は次の作品への原動力なので、送っていただけると作者の方も喜ばれると思いますよー。

 感想はBBSかメール(yu_ro_clock@hotmail.com)まで。(ウイルス対策につき、@全角)