〜お兄ちゃんはお兄ちゃんなんだもん! これは世界がひっくり返ろうと、世界が壊れようと変らないんだから! 絶対に!〜
相沢祐夏、祐一の事を思い浮かべて。


〜祐一君は、祐一君だよ。だって僕を助けてくれたじゃない。今も昔も祐一君は優しすぎるんだよ〜
月宮あゆ、過去を思い出した祐一を目の前にたって思ったこと。


〜私には相沢君の気持ちは解らない。自分の気持ちすら解らないから他人の気持ちは尚更、解らない。でも、分かってあげたい〜
美坂香里、Get the messageを出て行った影に気が付いて。






 



  
 
神の居ないこの世界で


→私を愛してください。愛してくれないなら貴方を殺して私も死にます。












 白い光が地面の雪に反射してキラキラと輝いている、そんな月明かりの下。

 一人の影が、Get the messageから出て行った。

 真っ黒な服を着たそれは風のように走っている。 



(ごめんなさい、みんな。僕は一人で祐一君を連れ戻すよ) 



 ちゃんと有夏の言う事を聞いた皆に謝りながらあゆは走っている。

 あゆには祐一の行く先に心当たりというよりも、確信があった。 

 場所はエリアMの大きな樹の下。

 ここは、祐一にもあゆにも縁のある土地だった。

 約7年前のそこで、あゆと祐一はお別れをした。 

 お別れと言っても、祐一が有夏につれられてエリアAに帰るために。

 ここでまた会うとあゆと祐一は約束していた。 

 そこまでかなりの距離を走ってきたにもかかわらず、あゆの息は乱れてはいない。 

 そこにはその大樹にもたれかかって寝ている祐一がいた。

 あゆはその祐一に小声で話しかけた。 



「祐一君……」 



 雪を踏みしめる音を聞いた祐一はゆっくりと目を開けて、それに返答しながらゆっくりと立ち上がった。 



「あゆか……良くここだと分かったな。それに、こんな化物に何のようだ?」 

「だって、ここは約束の場所じゃない。それに祐一君は化物じゃないよ」 



 あゆは眩しそうに大樹を見上げた後に、祐一に向き合った。 



「『それ』、をどう証明するんだ?」 

「だって、祐一君は僕を助けてくれたじゃない」 

「そんな事はないだろ? いつ助けたって言うんだ?」 

「AH−11。僕に割り振られた番号だよ」 



 祐一は一瞬驚いた顔をした。

 しかしそれも、すぐ無表情の顔に取って代わる。 



「……そうか、あゆも同じ研究所の出身だったか……こんな事まで忘れてたんだな……俺は」 

「祐一君は化物じゃない。僕達と歩んでいく事だって出来るんだよ! だから祐一君帰ってきてよ……」 



 感情を振り絞るようなあゆの叫び。

 祐一の声も苦痛が滲んだ声になっていく。 



「……それは出来ない……もう俺を追いかけないでくれ……」 

「どうして!? どうしてなの祐一君!?」 



 あゆの二度目の叫びに、祐一は顔を歪めた。

 それも一瞬で、すぐに無表情の顔に戻った。 



「もう決めた事だ。みんなと一緒に居ることで迷惑をかける事も無いだろ?」 

「そう、決めた事なんだ……だったら! 無理にでも連れて帰らせてもらうよ!」 



 そう言いながら、あゆは構えた。手に武器は持っていない。

 素手で祐一をねじ伏せるつもりだった。 

 無言で祐一はあゆに対して構える。

 その構え方はあゆに馴染みの有るもので、あゆ以外には馴染みの無い物だった。 



「あゆ、今の俺は一切、手加減しない。それでも、退いてはくれないのか?」 

「もう決めたんだよ! 祐一君を連れて帰るって!」 

「……そうか。なら、あゆを倒してでも逃げさしてもらう」 



 激しい打ち合いが始まった。

 祐一の顔は無表情であゆの顔は必死だった。 

 打ち合いはお互いの体の急所を狙った一撃ばかりだ。

 互いに急所を狙い、それを互いに避け新たな急所を狙っていく。 

 武術なら、打ち合いは舞を舞うかのように打ち合いがされるだろうが、これはそんなに生易しい物ではなかった。 

 手、足、体を最短、最速、最強で相手の体の急所を狙って繰り出す。

 どれも当たれば一撃必殺の威力が込められていた。 

 しかし、それらの一撃でも互いの手を探りあいながらの容赦無い打ち合いだった。 



























 Get the messageから出て行った影を追って出て来た者が一人。香里だ。 

 栞に見つからないために、わざわざベランダから出てきていた。

 流石にパジャマ姿ではない。 



「確かこっちよね?」 



 出て行った黒い影が誰か解らないけれども、誰であっても祐一を探している事には間違いない。

 そんな直感の元に香里はその影を追っていた。 

 祐一に会えれば良し。

 もし会えなくとも、その人間を追って咎めに来たといえば、申し訳が立つだろうと思っていた。 



「あら?」 



 ある場所について、雪を激しく踏みにじる音が聞こえてくる。

 見つからないように屈みながらそちらに目を向ける。 

 既に黒い影は見失っていたが、その足跡らしきものを辿ってきていた。

 それは大きな樹の近くだった。

 知らないうちに息を潜め、気配を殺して忍び寄るような形を取っていた。



(……なにあれ?) 



 見たことも無い打ち合い。

 それも月明りの下でようやく目で追えるものだった。

 少しでも光が足りなかったら見えないような速度。 

 動きの形は見たことなく、そもそも、香里にはそれを打ち合いと言って良いのか判別が付かなかった。 

 洗練されているとは言えないが、一つ一つの動きが鋭く、無駄が無い。

 影が誰だかまでは判別できなかった。 

 一つの影が大きく吹き飛ばされる。

 もう一つの影が飛んでいった影に向かって歩み始めた。

 飛ばされた方はうずくまったまま動かない。 

 もう一つの影がうずくまったままの影の目の前に立った瞬間に雪の下から大きなネットがそれを吊るし上げた。 



「うぐぅ!?」 



 情けない悲鳴があたりに響き渡った。

 飛ばされた方、つまり祐一は何も無かったかのように立ち上がる。 

 うぐぅという悲鳴で香里には相手が誰だかようやく判別が出来た。

 今ネットに吊るし上げられているのがあゆで、相手は多分祐一ということが。 



「残念だな。あゆ、油断して美晴さん仕込みのトラップにひっかかるとは」 

「お母さんが!? もう! 何でこんな事を祐一君に教えてるの!」 



 悪態をつきながらネットに吊るし上げられたあゆはもがいている。

 その姿は蓑虫を連想させた。 



「それよりも! 祐一君何とも無いの?」 

「あぁ、この場所はな」 



 あゆの一撃を受けた祐一のコートの下には分厚い雑誌が入っていた。

 その雑誌の中心はボロボロに穴があいている。 

 祐一はそれを取り出して香里の潜んでいる辺りに放り投げた。

 香里の目にはその異常な雑誌が眼に入る。

 それは何かに抉られたように中心がボロボロになっている。

 厚さが結構ある、雑誌だったが今は原形を辛うじて留めているに過ぎない。 



「うぐぅ……」 

「残念だったな、あゆ。一晩は、そこで頑張ってくれ」 



 祐一はあゆから興味をなくしたかのように、隠れている香里の方向へ向いた。 



「そこに居るんだろ? 誰だか知らないが、このまま、退いてもらえないか?」 



 香里は大人しく立ち上がって、祐一に向き合った。

 あゆがそれを見て目を丸く見開いて驚いている。 



「あゆちゃん、ごめんなさいね。あなたが出て行ったのを追いかけたら、ここまで来ちゃった」 

「うぐぅ……もっと周りに注意を払うべきだったよ」 

「そうだな」 



 あゆの呟きに、祐一は素直に頷いた。
 
 香里はそれを面白く無さそうに眺めていた。 



「香里、そのまま退いてもらえないか?」 

「嫌よ。だって栞が泣いちゃうもの。ちゃんと、あなたの口からしっかりとした事情を説明してくれるまでは私は諦めないわ」 



 大げさに私、迷惑してますという顔を祐一に向ける。

 そして肩をすくませてため息を吐いた。 



「それは……」 

「それに私だって納得が出来ないわ。ちゃんと説明してから消えるなら消えて頂戴」 

「香里に俺の何が解るんだ?」 



 一瞬、香里は考え込んだ。

 考えうる、一番冷たい言葉を投げかける。

 それは同情しても何にもならないと知っているからだ。 



「あなたの何かは分からないし、興味は無いわ。でもあなたには、ここから居なくなる理由を説明する義務がある」 

「義務だと?」 

「それとも、それすら説明できないというのかしら?」 

「出来ないし、義務も無い」 



 祐一の顔は明らかに苦痛に歪んでいる。

 しかし、声は平然とした声だった。 



「そう……なら力ずくでも連れて帰らないといけないわね」 

「はぁ、何でこうなるかな……」 



 祐一の声は明らかに疲れた声だった。

 香里はそのまま拳を突き出して構えを取った。祐一は構えも無く、そのまま香里を待ち受ける。 

 あゆは、うぐぅうぐぅ言いながら、ネットの中でもがいている。

 武器は持ってきていなかったので中からネットを切る事が出来ない。 

 結局、あゆはもがくしかないが祐一にしっかり作られたトラップはびくともしない。

 蓑虫のようにぶらぶら揺れているしかなかった。 

 祐一が動かないので香里は一直線に近づく。

 その途中、片足をズぼっと大きく地面にとられた。 



「そのまま、はまってくれれば良かったのに……」 

「相沢君ねぇ……」 



 香里は片足を落とし穴に突っ込んでいたが、幸い片足を突っ込んだのみで落とし穴自体には落ちてはいなかった。 

 香里が祐一を冷たく睨む。

 それでも祐一はその場から動かない。

 香里は急いで足を取り出して、祐一の前まで歩いていく。 



「本当にやりたくないのにな……」 

「なら大人しく、事情を説明しなさい」 

「それは出来ないさ」 

「下がって!」 



 祐一は予備動作も無く香里に一撃を入れようと動いていたが、あゆの一言で香里はとっさにバックスッテップで後ろに下がっていた。 

 あゆの一言が無ければ、あの雑誌をボロボロにしたのと同じくらいの一撃を貰っていたのか? と背筋を寒くしていた。 



「……そっちが本気ならこっちだって本気になるわよ?」 

「残念だが、今の俺には手を抜くのに、気を使えない」 

(一撃を貰ったらおしまいね。気をつけないと) 



 注意深く香里は祐一を観察する。

 月明かりの下なので、相手が見えないということは無い。 

 つい最近までの祐一とは明らかに違う雰囲気に戸惑うことしか出来なかった。



(知識があろうとも、そうも簡単に体が対応できるわけ訳無いわ。何か綻びが必ずあるはず) 

「香里さん! 下がって!」 

「っち」 



 祐一の舌打が聞こえる。

 香里はあゆの2度目の忠告が無ければ避ける事が出来なかった。

 全く予備動作を感じさせない動きだ。 

 香里は祐一の認識を改めた。

 はっきり言って、有夏の言っていた事は正しい。

 本当に下地がある分、性質が悪いと。 



「なるほどね。ボーっとできないというわけね」 

「……」 



 今度は香里から仕掛けた。

 手数に物を言わせて、反撃させる隙を、息をつかせる隙を、あらゆる隙を無くすつもりで拳と蹴りを撃ち込む。 

 祐一はそれを、紙一重で避けながらどうしても避けれない一撃には手を出して威力を逸らしている。 

 香里は祐一とはこのとき、初めて手を合わせたが不思議な感覚に囚われていた。

 手を撃ち込んでいるはずなのに撃ち込まれているような。 

 もしくは、相手は見えているが実体の無い物を相手にしている様なそんな不思議な感覚に囚われていた。 



「香里さん! 右手!」 



 今まで撃ち込む事の無かった祐一が、香里の拳と蹴りの隙間を縫って祐一の右腕が繰り出されていた。 

 香里は雪の上を転げるようにしてその一撃を紙一重で避けた。

 祐一はあゆを恨めしそうな眼で見ているが、何もしなかった。 



「まだまだ!」 



 今まで受けていた不思議な感覚を頭を振ることで追い払い、気持ちを新たに祐一に先ほど以上の撃ち込みをいれる。 

 それに対する祐一の様子がおかしい。

 打ち合いにはなるものの、何かを気にしながら香里を相手にしている。 



「!?」 



 何かを感じ取った祐一は香里から一撃を貰いながらも、香里を突き飛ばした。

 香里はそのまま後ろに尻餅をつく。 



「きゃっ!」 



パチュン。 



 ぴちゃ、香里の顔に祐一の血が当たった。

 何かを切り裂く小さな音。

 尻餅をついている香里には状況の把握が出来ていない。 

 見ると、祐一の左肩から血が出ている。

 しかし、祐一にはその痛みが顔には出ていない。 



「え?」 



 香里は放心したみたいに、その場に座り込んでいる。

 何が起こったか解らないという顔だ。

 呆けた顔のまま、自分の顔に付いた血を手にとり、それを眺めていた。 



「祐夏、か?」 



 確信のあるような祐一の声。

 その声に合わせて茂みの中から前に出てくる祐夏。

 俯いていて表情はわからない。 

 祐一が香里の守るように、茂みから出てきた祐夏の前に立つ。

 祐夏の手には消音機の付いた拳銃があった。 



「祐夏の前から居なくなっちゃヤダ……」 



 俯き加減で、聞き取ろうという意思が無ければ、聞き取れない祐夏の小さな声。

 その言葉の割には手にある拳銃が物騒だった。 



「祐夏。俺はお前の本当の兄じゃない」 

「知ってるよ……でも! お兄ちゃんはお兄ちゃんだもん!」 



 耳が痛くなるような大声。

 あゆはその隙にネットから出ようともがいていたが出るのには時間がかかりそうだった。 

 顔を上げた、祐夏の顔は泣き顔で、迷子になって家族を探している子供の顔そのものだった。 



「もし居なくなるって言うんなら、お兄ちゃんを殺して私も死ぬ!」 

「祐夏、本気か?」 

「こんな事、冗談言うわけ無いじゃない!」 

「まじか?」 

「まじも、まじ! おおまじよ! お兄ちゃんを殺して私も死んであげるんだから!」 



 祐夏の表情は駄々を捏ねる子供の表情だ。

 しかし、子供にしてはその言っている内容が物騒すぎる。 

 その叫びに、その表情に、その感情に嘘偽り・演技の色は無い。

 拳銃は明らかに祐一の眉間を狙っていた。 

 逃げる事は出来るだろう。

 でも、地獄の果てまで追ってくるだろうこの妹はと、祐一は思う。 

 祐一は右肩のみをすくませてため息を吐く。

 その顔に浮かんだのは諦めだった。 



(どちらにせよ、情報と武器が欲しい。今はここに留まって時期を見て抜けよう)



 頭の中でそんな事を考えながら、平行して口を開く。



「はぁ、そんな風に脅迫されたら消えるに消えれないじゃないか……」 



 左肩からはまだ血は出ている。

 それでも、祐一の顔は苦痛には歪んでいない。 



「お兄ちゃんは私がお兄ちゃんよりも良い人を見つけて私が結婚して幸せになるまで居なくなったら許さないんだからね!」 

「マジか……」 



 その宣言に祐一は眉を寄せる。

 お前は今、何歳だよっていう表情だ。

 それを見た祐夏は頬を膨らませる。 



「お兄ちゃん! 今、お前、何歳だよって思ったでしょう!?」 

「はいはい、思いましたよ」 

「私だってもう子供じゃないんだから!」 



 いや、まだ子供だと思うぞっと、そう言いたいが祐一はそれを言うと、話がこじれるので言うのを諦めた。 

 そこに、座り込んでいた香里が起き上がり、祐一に詰め寄る。 



「相沢君!? あなた、肩から血が出てるじゃない!」 

「そりゃそうだ。祐夏に撃たれたからな」 



 香里の表情に祐一はちょっと引きつつも、香里に対して落ち着いた対応をする。 

 軽く祐夏を睨みながら祐一は続ける。

 今更だが祐夏は祐一を撃った事を悪いと思い、ちょっと申し訳無さそうに小さくなった。 

 あゆは、僕の事忘れてないよね? って言いながら、ネットを左右にぶらぶら揺らしている。

 そんなことをしながら、自己アピールしていた。 



「何でそんなに落ち着いているのよ! 痛くないの!?」 

「意識を締め出してるんだよ。そういう風に育てられていたからな、あそこでは」 



 一瞬だが、香里の顔に驚愕の色が浮かぶ。

 祐一はそれを見逃さなかった。 



「やっぱり、普通の人間じゃこんな事出来ないか?」 

「そんな事よりも、早く手当てしないと!!」 



 香里は無理やり話を逸らした。

 訓練をした人間なら、地上三階から飛び降りても何の支障も無く活動できるだろうし痛みを意識で押さえつける事が出来るだろう。

 だから驚いた顔をしてはいけない。

 この人を傷つけてしまうと、自分を押さえつけた。 

 祐夏も事の重大さに気が付いて慌てふためいている。

 先ほど祐一を撃った人間と同一人物にはとても見えない。 

 それでも、祐一は慌ててはいない。

 いつもと同じような感じで、祐夏に話しかける。 



「祐夏、とりあえずあゆをネットから下ろしてやってくれないか?」 



 いきなり話を降られて意外そうな顔をする祐夏。 
 


「え? うん。方法は何でも良いの?」 

「あゆに聞いてくれ」 



 祐夏はそれに頷くと、あゆの吊るし上げられている、ネットの付近まで歩きに行き、あゆと話し始めた。 

 祐一はコートのを脱いでシャツの袖を破り、傷口を乱暴に止血をする。

 その乱雑さに香里が驚きの声を上げた。 



「ちょっと! そんなにいい加減で良いの!?」 

「別に問題ないぞ。一旦、部屋に戻れば、医療品もあるからそれまで持てば良い。弾も貫通してるし骨にも異常は無いからな」 



 手際よく、止血をする祐一。

 その後ろではうぐぅという声が響いてあゆが落ちていた。

 どうやら、ネットを撃ち落としたようだった。 



「はぁ、これでまたみんなに迷惑をかけるわけだ」 

「大丈夫だよ。祐一君優しいから」 



 落ちたときに腰でも打ったのか、腰をさすりながらあゆが祐一に声をかける。

 その後ろで祐夏が申し訳無さそうに体を小さくしていた。 

 いや、それは解決になっていないぞ。あゆ。と言いたかった祐一。

 でも、問題は解決しないので声には出さなかった。 



「ともかく、一件落着というわけね?」 

「そうだね」 

「あゆ達は良いよ……俺は妹に撃たれて、香里には殴られて……散々だぜ?」 

「それは相沢君の自業自得よ」 

「じゃあ、お兄ちゃん帰ろ!」 



 祐夏がそう言いながら、嬉しそうに祐一の右手を持って祐一を引っ張る。

 あゆと香里はそれを微笑ましそうに見ている。 

 それは兄妹の仲睦まじい光景に対してなのか、それとも、祐一が帰ってくる帰ってくる事に対してなのか判別は付かない。 

 祐一はしぶしぶという表情を崩していない。

 でもその表情に先ほどまでも冷たさはなくなっていた。 





















 昨日の晩に祐一は自分の手当てをしてから寝た。

 香里もあゆも祐夏も昨日帰ってきてそのまま寝てしまった。

 誰にも報告する事も無く。 

 朝。それは誰にだってやってくるもの。

 その当たり前な朝の中で、祐一はいつもの通りに朝食を作っている。 

 相沢一家の中でまともで美味しい料理が作れるのは祐一しかいない。

 有夏が作れば何故か携帯食が出来上がり、祐夏が作ると、料理ですらなかった。

 親子揃って料理の才能が無い。

 そんなわけで食事当番は祐一なのだ。 



「うん? この匂いは祐一か?」 



 有夏が朝食の匂いにつられて出てきた。

 祐一はテーブルに朝食を並べている。 

 料理の匂いで自分の存在を確認できる有夏に祐一は突っ込みを入れたかったが、流石に身の危険を感じて諦めた。

 それよりも、早く昨日の事を話したかった。

 祐夏を何でそんな風に育てたんだという抗議の意味合いもある。



「母さん。祐夏にやられたよ……」 



 疲れた顔で有夏に昨日の晩の事を話しながら、祐一はテーブルとキッチンの間を行ったり来たりしている。 



「そうか! そうか! ははははははは!」 



 テーブルをばしばしと叩き、有夏は瞳に涙を溜めて、大笑いをしている。

 祐夏は一体誰に似たんだろうな?といってまだ笑い続けている。 

 その言葉を絶対にあんただと言いたかったが、そこはぐっと我慢する。

 そして、それを冗談じゃないという表情を作って有夏をみた。

 言いたい文句はたくさんあったが言わない、なぜなら後が恐いから。

 ふと、有夏が真剣な顔になった。 



「それで祐一は私を母さんとして認めてくれるのか?」 

「そんな事、母さんは母さんだろ? 俺はそのまま居なくなるつもりだったけど、母さんは母さんさ」 

「そうか……ならいい。祐一。コーヒーはまだか?」 



 この話は終わりだといわんばかりに、有夏がコーヒーを催促する。

 祐一も話を打ち切ってコーヒーを入れたカップを有夏に渡した。 



「わぁ〜〜。お兄ちゃんの朝ごはん〜」 



 語尾にハートマークが付きそうな勢いで、祐夏が起きてきた。

 完全に寝ぼけている。流石に名雪といとこ同士だと祐一は思った。 
 
 糸目で半分寝ながら、祐夏はそのまま朝食を食べる。

 祐一もエプロンを外してテーブルに着いた。

 そこにノックの音が聞こえる。 

 有夏が目で祐一にサインを送った。

 お前が行けっと、祐一は人使いが荒いんだからとぼやいて玄関に向かった。 

 その後姿を見送りながら、有夏はこれから起こるであろう妹の反応を考えて顔をにやつかせた。 



「はい」 



 祐一の目の前にいるのは秋子だ。

 しかし動きが止まっている。

 その目は驚きで見開かれていた。 



「……」 

「秋子さん? 何か用ですか?」 

「……」 

「秋子さん?」 



 祐一は秋子の目を覗き込んだ。

 そうしてようやく、秋子が慌てて再起動する。 



「ゆ、祐一さん!?」 

「えぇ、何ですか?」 



 秋子は祐一の顔が近いので顔を赤くしている。

 それにここに探すべき祐一がいるのが驚きでしょうがなかった。 

 祐一は慌てている事情がわかっているので、昨日の事を諦め顔で説明しながら、テーブルに案内して秋子の分の朝食を用意した。 

 秋子は食事をしてようやく落ち着いた。

 そしてこれから起きるであろう、出来事に顔を綻ばせていた。 



「姉さん、良かったですね」 

「そうだな」 



 姉と妹、暖かい雰囲気の中、有夏が意地悪そうな顔をする。

 祐一はまたドアがノックされたので対応に出ていた。 



「秋子こそ良かったんじゃないか? 祐一とは血が繋がっていないことが解ったのだからな」 



 秋子は顔を赤くして反論を試みて諦めた。

 この姉には勝てないと解っているから。

 だから開き直る事にした。 



「そうですね。これで堂々と祐一さんと恋愛が出来るというものです」 

「なんだ、冗談だったのに」 

「私も冗談です」 



 やはりニヤニヤしている有夏に、勝てないと思う。

 それでも祐一さんが帰って来て良かったですね、姉さん。と秋子は心の中で呟いた。 

 その間に玄関が五月蝿くなる。

 どうやら騒いだ名雪にそれ感づいた栞が出てきて大騒ぎになっているようだ。 

 多分ひたすら疲れているであろう顔をしている祐一の顔を想像して姉妹は顔を微笑ませている。

 そんな朝だった。 






To the next stage







 あとがき  今回はあとがきは短めの方向で……何と言いますか、あとがきを書くのが苦手なようです。  それ以前に忙しくて目が回っているということもありますが……でもようやく忙しかった日々が少し楽になります。  では次の話しも頑張りますので。これからもよろしくお願いします。

管理人の感想


 ゆーろさんからSSを頂きました。
 なんとか決着を見たようですね。  まぁ祐一はまだ腹の中でいろいろ考えているようですけど。  それにしても恐ろしいのは祐夏。  撃った事にたいする謝罪とか全くしてませんでしたよ。  有夏の教育はどうなってるんだ……。
 祐夏が結婚するまで消えてはいけないって事は、彼女が結婚しなければ(以下略  祐一と結婚した場合はどうなるんだろうか?  秋子さんも彼女も血が繋がっていないから恋愛できるわけだし。  さっさと既成事実作っちゃえば祐一は逃げられないと思うんですが、どうでしょうか?(核爆
 え?  名雪?  私の中で、彼女は祐一の妹と認識してます。(何


 感想は次の作品への原動力なので、送っていただけると作者の方も喜ばれると思いますよー。

 感想はBBSかメール(yu_ro_clock@hotmail.com)まで。(ウイルス対策につき、@全角)