〜私が、この私が、人の心配ですか? 滑稽にも程がありますね。可笑しい位に。笑えるほどに〜
久瀬圭一。呆然とする倉田佐祐理を見て。


〜……佐祐理は佐祐理。間違えても正しい道を探せば良い。自分のペースで、自分の道を。私も一緒に歩きたかった……〜
川澄舞、倉田佐祐理に拒絶されて。


〜こんな事、佐祐理は認めません! 何で! 何でなの!?〜
倉田佐祐理、心の叫び。











  
 
神の居ないこの世界で


→嬉しいから。楽しいから。でも神さま、この仕打ちは酷いです。





 そう、それは幸せなひと時。

 倉田佐祐理の人生の中で2番目か3番目にはランク付けされるであろうひと時。

 ただ、自分を受け止めてくれた人とお茶をする、歩くというだけのことでも、幸せだったに違いない。

 何せ、佐祐理の顔は緩みっぱなしだった。

 取り留めの無い話を続けて、重ねて、ただ相手と一緒に居るだけで笑える。

 それがとても嬉しくて、楽しくて。

 一緒に歩いて、一緒に同じ場所に行って、ただ相手と一緒に居るだけで心が軽くなる。

 それがとても微笑ましくて、綺麗に思えて。

 祐一の笑顔がを見るのが嬉しくて、多分自分も微笑んでいるだろうと感じるのが嬉しくて。

 ただ同じ時、同じ場所、と共有できるのが幸せで。

 手に入らなかったものを手にして入るような、そして、失ったものを取り返したような気になれた。

 ただ、話して笑っているだけなのに。

 ただそれだけなのに、それが佐祐理の心にある棘を抜いていってくれている様な気がする。

 それだけじゃなくて、もっと心が軽くなっていくような気もする。

 色々な事を話した。

 ―2人の家族の事。

 ―――2人の仲間達の事。

 ―――――2人の好きな事、嫌いな事。

 ―――――――2人の出来る事、出来ない事。

 ―――――――――2人の得意なこと、苦手な事。

 ―――――――――――何気ない笑い話に、何気ないエピソード。

 色々な事を話したし、いろいろな所を歩いた。

 それが嬉しくて、楽しかった。

 でも、時間はあっという間に過ぎる。

 特に楽しい時間は特にあっという間に過ぎてしまう。

 別れる時間が近づくにつれて、もっと一緒に居たいどんな事でも良いから話していたい。

 そんな気持ちが佐祐理の胸の中に溢れてくる。

 でも時間は止まってくれないし、逆に戻ってもくれない。



「時間、大丈夫か?」



 祐一の気遣いが混じった声にふっと目を上げる。

 そこには一緒に居て嬉しい人の顔があった。

 その顔を見てちょっと赤面しつつ、周りを見回す。

 もうあたりは真っ暗になり、2人だけしか喫茶店には居ない。

 喫茶店のマスターが陶器のマグカップを拭きながら迷惑そうに、こちらを見ていた。



「え? あはは〜、あの、その、えっと……」

「なに?」

「あの、今日の締めくくりに一緒に歩きませんか?」

「あぁ、佐祐理さんが大丈夫なら構わない」



 その言葉が嬉しくて、一緒に居られるのが幸せで。

 気を使ってもらえるのが、楽しくて。

 自分を見てもらえる事が、心地よくて。

 何を話したかなんてもはやどうでも良くて。

 ただただ、一緒に居られればそれだけで良くて。

 そんな時間が永遠に続いて欲しい、刻まれて欲しいと願いたくて。

 そんな思いを抱きながら一緒に歩く。

 もっと嬉しく、もっと楽しく、もっと心地よく、もっと幸せになれるかと思って。

 一緒に居られて幸せな人の腕を取る。

 動く片腕だけで、その腕を取る。

 勇気は思っていたほど、必要無かった。



「あ〜〜、佐祐理!」

「ま、真琴!」

「だ、だって! むぐ!」

「……邪魔、しちゃ駄目」



 今日一日、真琴と美汐と舞に尾行されているのが気にもならなかった。

 そう、自分を受け止めてくれて、どこか同じ匂いをしている人と一緒に居るのが、どうしようもなく嬉しかったのだ。



(真琴には、祐一さんは王子様なんでしょう。でも、それは佐祐理も同じですよ〜)



 だから、そんな事が思えるのが幸せで。

 別れるのがどうしようもなく、辛くて。

 離れるのがどうしようもなく、悲しくて。

 一緒に居られないのがどうしようもなく、寂しくて。

 ただ居てくれるだけ、良いのに。そんなどうしようもない事を思ってしまう。



「さて、お迎えも来たみたいだし、ここで解散しますか? お姫様」

「えっ……」



 その言葉がどうしようもなく痛い。



「そんな顔しないで、また明日。佐祐理さん」



 最後のまた明日以降は佐祐理の耳元で囁いた祐一。

 その言葉が理解できなくて、佐祐理はぽかんとした顔をする。

 そして、理解できた時には顔を耳まで真っ赤にして、祐一に囁き返した。

 

「わかりました、また明日です。祐一さん。場所は今日と同じ時間、同じ場所で良いですか?」

「はい、お姫様」


 
 でも、そのまま別れるのは惜しい。

 そんな気持ちで一杯になる。

 歩いていく祐一の後姿を見ながら、佐祐理は自分の気持ちを持て余していた。

 その頃、物陰で2人の行動を覗いていた3人組は、その行動にちょっと溜息を吐きたかった。

 何をする訳でもなく、ただただ笑って、歩いているだけ。

 舞はただ淡々とその2人を見守るだけ。

 真琴はかなり複雑な顔をして、それを見ていた。

 美汐は心持ち呆れた顔でそれを見ていただけだった。

 事の発端は佐祐理がAYAの活動を休止すると言ったことから始まる。

 まぁ、赤い機体があれだけの事件を起こしたのだ。

 動くだけ、危険になるというもの。

 まだ、警察などの捜査機関はAYAについての調べ物をしていて、それをやめようという気配は無い。

 だから納得はしているし、元々正規の軍隊でもない。

 だから、暇を持て余していたと言ったほうが良いだろう。

 そこに降って湧いてでた、相沢祐一と言う不思議な人物。

 舞は興味は無いと言ったスタンスを崩さないが、真琴と美汐はちょっと話が別だった。

 特に真琴は、エリアMでの件がある。

 助けてもらった不思議な人物という感じで、気になっている。

 美汐に関して言っても本人は関心はありませんっと言う感じの表情を繕っている。

 が、心の中ではどうだろうか? やはり、良くも悪くも気になっている人物では有った。



「あぅ〜」



 情けない声を上げて、恨めしそうに祐一を見る真琴。

 はぁっと息を吐く美汐に、表情を変えない舞。

 そんな奇妙な一団は結構目立っているのに3人はあまり気がついてなかった。

 もちろん、佐祐理に祐一は気がついていたが、祐一は佐祐理が気にしないので気がつかない振りをしてる。

 一日中、歩き回って、何も収穫は無い。

 有るとしたら、祐一と佐祐理の仲がとてもいいということを確認したくらいだった。

 真琴は不満だし、美汐はどう反応して良いか解らない。

 舞にいたっては、表情からもそれを読み取る事は出来なかった。



「さて、今日はこれで帰りますよ、真琴。」

「う、うん……」

「舞さんはどうしますか?」

「……佐祐理と一緒に帰る」

「解りました。ではまた明日」



 そう言って、今日という日が終わっていく。

 あの事件から、早くも、一ヶ月が経とうとしていた。












▲▽  ▲▽  ▲▽  ▲▽  ▲▽
 その行為を表す言葉が有るのなら壮絶の一言で表せるだろう。  一体、何故、ここまで自分を追い詰める事が出来るのだろうか?  まるで、敵を睨むかのように訓練に臨む。  いや、実際には敵を取るために訓練に臨んでいるのだ。  そのために訓練に臨むその姿勢は、全てを覚えてやると言った気迫で溢れている。  そして、訓練が終わってからも動作の復習に余念が無い。  ただ、限度というものが無いのだ。  限度があれば、熱心の一言で表す事が出来る。  銃の訓練をすれば、自分の体力が、自分の気力が尽きるまでそれを繰り返す。  格闘等の訓練も同じように、教えられた動きをそれらが尽きるまで行なった。  見ていて気の毒になるくらいに、いや、止めたくなるくらいに狂っている風景。  それを、止めることは誰にも出来なかった。  言っても、少し休んでまた同じ事を繰り返す。  耳は貸す、でも止まってはくれない。  体中に痣やマメを作って、自分の体を苛め抜いていた。 「私には才能はありませんから」  その一言で、すぐにもとの訓練を再開する。  繰り返し気絶してはその場に崩れ落ち、起き上がれば、また訓練を行なう。  自分という物を殺しきった姿。いや、自分という物を無くしきった姿がそこにあった。  その姿は、まるで薄氷の剣の様。  すぐに砕けてしまいそうだが、冷たく、そして鋭い。  彼女を止めることは誰にも出来ない。  全ての訓練が、全ての行動が、彼女の目的のためだけにあった。 (あの人だって、才能は無くても努力さえすれば人は何でも出来ると言っていた)  幸せだった時間、幸せを感じられる空間その二つを見事に破壊され、残った物は何もなかった。  何か、一つでも一欠片でも残っていれば、ここまで狂いはしないだろう風景がそこにはある。 「牧田さん。ちょっと良いですか?」  牧田の部下だった宮川が訓練場の入り口に立っていた。  手には1枚のディスクを持っていて、美樹を呼んでいる。  宮川は牧田に拾われてきて、牧田を父親のように慕っていた人物の一人だった。  やはりのその目には暗い光が灯っている。 「はい、何でしょうか?」 「このディスクはどうしたのですか?」 「夫の遺品です。中身を見てくれましたか?」 「はい、これを作るのですか?」 「お願いします。あの人の遺品は私が大切にしたいんです」  宮川の顔が、苦痛に歪む。  そのディスクは牧田が残したプラン、祐一の猿飛を改良した機体の設計図だった。  それを扱える人間が殆ど居ない事をわかっている上に、薄い装甲の機体を薦めたくないと言った気持ちの表れでもある。 「本当に、良いんですか?」 「構いません。それに耐えるだけの訓練はしますから」 「……わかりました。でも時間がかかりますよ」 「お願いします」  そう言って、宮川は訓練場を後にして、美樹は訓練に戻った。  秋子の予想を大きく裏切る、秋子の知らない違った機体が出来上がる。  その時は刻一刻と近づいていた。
▲▽  ▲▽  ▲▽  ▲▽  ▲▽
 祐一と佐祐理が別れた翌日。  いつもの喫茶店で、祐一と佐祐理は待ち合わせをしていた。  佐祐理は先に席について、紅茶を飲んでいる。  まるで小さい子供が、遠足を楽しみにしているような感じでそわそわしていた。 「悪い、待ったか?」 「いいえ。まだ来た所です」  時間通りに来た祐一にそう答える佐祐理。  何だか、幸せそうな顔の佐祐理に祐一は怪訝な顔をする。 「何か良い事があったのか?」 「有ると言えば有りましたね」 「どんな事があったんだ?」 「そんな大した事では無いですよ」  そう言われて、祐一は追及を諦める。  何となく、言っても答えてくれなさそうな気がしたからだ。 「あれ? その袋は何?」 「えぇ、ちょっと祐一さん見てもらえますか?」  その袋とは、kanonの入社案内だった。  佐祐理はその袋を向かいに座っている祐一に手渡す。  祐一は手にしたそれをぺらペらとめくり始めた。 「佐祐理はですね。kanonの副理事代理をしてるんです」  あんまり表には出ないようにしているんですけどねっと付け加えながら話を続けていく。  佐祐理の言う事を聞き流しながら、文字を追いながら、そのページを見ていく祐一。  その手が、あるページで止まった。 (見つけた……みーつけた……)  祐一の興味がある一点に集中している事に気が付かずに佐祐理は説明を続けている。  祐一は祐一で、その写真を食い入るように見詰めていた。 「祐一さんは、趣味でこのエリアに来ていると言ってましたけど、もし良かったらうちに就職しませんか?」 (顔は多少変っていても、俺にはわかる。しかし、苗字がそのままとは余裕だな……久瀬圭吾)  佐祐理は祐一の反応の薄いのが気になってか、祐一の目を覗き込むように、顔をのぞかせる。 「祐一さん?」 「あ、ごめん。佐祐理さんは副理事代理だったんだ」 「えぇ、らしくないですか?」 「いや、こんな美人の人がトップに居るなら社員もやる気が出るだろうな」 「いえ、そんな……」  祐一のちょっとしたお世辞に、顔を赤らめる佐祐理。  ここで申し訳無さそうな顔を作り佐祐理に面向かった。 「申し訳ないけど、ちょっと考えさせてもらえないかな?」 「え?」 「一人で決めて良い問題じゃないからね」 「そうですか? 出来れば、早目に返事を貰いたいんですけど……」 「出来るだけ、努力はするよ」 「はい、色よい返事待ってます」  その話はそこでお終いとなり、前日と同じように2人の時間は始まる。  ただ、その終わりに次の日に会う約束はしなかった。
▲▽  ▲▽  ▲▽  ▲▽  ▲▽
 秋子は隊長室でため息を吐いていた。  メカニック達が隠し事をしているであろう事を詰問した後に出た、ため息だった。  結果は何も言ってはくれなかったに等しい。  確かに細々と言ったことは有るが、それは猿飛の整備をしたということと、有夏の指示に従ったという、2つだった。  有夏に連絡しようにも連絡先を知らない。  かつ、今どこに居るかもわからなかった。  いきなり来て、いきなり居なくなる。  本当に困った姉だ。っと秋子はもう一度ため息をついた。 (はぁ、調査も進まない。犯人もわからない。祐一さんも行方不明)  犯人の手口はわかっている。  元々、警備隊に新型機のトライアルなんて物はなかったのだ。  あのkanonのトラックの中にあゆと栞を襲ったドールが入っていて、それでベルセルクを持ち出したのだと判っている。  もともと、トラックに入っていたドールは乗り捨てる予定だったのかもしれない。  今となっては判らない事なのだが。  それに、破壊したドールは何処にでも売られている部品ばかり。  特徴といえば、その殆どがkanon製品だけだ。  そこから、何処の誰が所有している物かも判別し辛い。  結局、犯人に繋がる手がかりは0に等しかった。  その犯人が捕まっていなくて、しかも、あの隣のエリアでの爆発事件。  関係が有るのは分かっているが、隣のエリアの捜査結果待ちと言う面白い事態に直面していた。  互いのエリアの捜査機関が調査の結果待ちをしているという不思議な状況。  本当に困ってしまうっと秋子は頭を抱えたかった。 (最近、ギスギスしています。もっと落ち着かないといけませんね)  公にはされていないが、エリアMのカタパルトが占拠されていたのはわかっている。  ただ、表向きうちの部隊の人間が関わっては居ないのも分かっていて、ため息が出るのだ。  これ以上は聞いてみても何も答えてもらえないと。  それが苛立たしい。   (本当に関わっていないのなら、こんなため息はつかないというのに……)  うすうすは気がついている。  いや、確信していると言っても良い。  誰がカタパルトを占拠して使用したのか。  誰が、誰を手伝い何をしたのかも。  しかし、何を言っても頑として答えてはくれない。  だから、断定が出来ないのだ。 (この立場という物がなければもっと自由になれるのでしょうか?)  自由。その単語に憧れはするものの、どうする事も出来ない。  でも、手に入れたからと言ってもどうにか出来る問題では無いとも思える。 (いけません……いくら頭痛の種が増えたからと言っても、もっとしっかりしないと)  新しい頭痛の種は美樹の事。  自分という物を無視した訓練の仕方をする新鋭のパイロット。  適正があっただけに隊に組み込みざるおえなかった人。  才能は有ると思う。適正も大いに有る。  ただ、異常とも思える訓練の仕方に異常とも思える力への執着には頭が痛かった。 (私にも適正があれば、美樹さんのようにA−ほどの適正があればよかったのに……そうすれば……)  取り留めのない思考のループに入っている事に気がついて、秋子は思考を止めた。  こんな事を考えている場合では無いっと頭を振って、考えを切り換える。  そして、目の前の書類の束に目を向けて新たにため息を吐いた。  最近入れた、シミュレーターの敵役のお陰で急速にレベルが上がっているのは判っている。  シミュレーターを使用させ続ける為の手続きの書類の束に、それぞれの機体に関する書類。  それらが、山となって秋子の机の上にある。  名雪と無事退院した栞を呼んで手伝わせようかと思ったがその考えを打ち消した。  まだ、2人は一緒になって祐一の残したディスクを解析している途中。  その内容に興味があるので、二人を呼ぶわけにはいかない。  気合を入れて秋子は書類の束に向かった。
▲▽  ▲▽  ▲▽  ▲▽  ▲▽
 それは、たまたまだった。  佐祐理がたまたま、kanon本社に戻った時に久瀬と偶然に遭遇した所で始まった事だった。  初めのうちは理事室での今後についての打ち合わせをしていたに過ぎない。  何故か話がずれていったのは、久瀬にしかわからなかった。 「倉田さんはおめでたい人ですね」 「あはは〜、私はちょっと頭の悪い女の子ですから。久瀬さんが何を言っているのか理解できません」 「さて、その調子もこの話を聞いていて何処まで続けられるでしょうかね?」  久瀬の目の奥がキラリと暗く光る。  まるで、獲物を捕らえる昆虫のように獰猛な光。 「川澄冬葵、この名前に聴き覚えがありますね?」 「……」 「沈黙は肯定と受け取ります。さてこの川澄さん、GEナンバーの研究員でした……」  右手を眉間に持ってきて疲れた目を癒すようにそこを揉む仕草をする久瀬。  白々しく、やけに芝居がかった動きをする。  その行動全て、言動全てが佐祐理の癇に障った。 「GEナンバー、相沢祐治の最高傑作の兵器達です……」 「……達?」  何かが引っかかったように佐祐理が呟く。  その顔には戸惑いが浮かんでいた。  そして、嫌な感じ、嫌な予感が体中に警鐘を鳴らしている。  聞いてはいけない、聞けば何かを失う。そんな警鐘が。  しかし、どうにかする時間もなく、ただ聞くしかなかった。 (……嫌、聞きたくないです) 「そう、彼女、彼等は兵器だったんですよ。そう、あなたの親友、いえ、家族の川澄舞さんは」 「……うそです」 「さて、その否定は心からでは有りませんね?」 「…嘘です!」  嫌な笑みを顔に張り付かせて心底可笑しな人だと言わんばかりに顔を歪めている久瀬がそこにいた。  その目には初めに灯った暗い光とは違い、哀れみとも、侮蔑とも取れる感じの光が宿っている。  何らかの感情の変化があったに違いないが、佐祐理にはそんな事の区別をつけれるほどの余裕は無い。 「彼女の戸籍を調べてもらえば分かりますが、彼女は本当の川澄冬葵の娘ではありません」 「う、そ、です……」  耳に手を当てて、もう聞きたくないとばかりに首を振る佐祐理。  演技のような動作を続ける久瀬。  その動きがどんどんと緩慢になっていく。  言いたい事を言いきったのであろう。 「さて、これから先はあなたが確かめたほうが良いでしょう。では……」 「……」  困ったように、久瀬は一礼をして部屋を出ていく。  そこに残されたのは、呆然とした佐祐理だけだった。  まるで、幽霊のような表情で立ち上がる。  そして、急いでkanon本社から部隊の部屋に戻って舞を呼び寄せる佐祐理。  舞はすぐにやってきた。 「舞、佐祐理の言う事にちゃんと答えて」 「……どうしたの?」  いきなり呼び出され、そして、有無を言わせないこの対応に舞は戸惑った。  怖い顔をした佐祐理が舞を問い詰める。 「ちゃんと答えてくれれば良いです」 「わかった」 「GEナンバーって何ですか?」  舞の顔色が変ってしまった、それを見た佐祐理は悲しみで顔を歪めた。  その事は、舞の母以外に知ることの無いはずの情報だった。  舞の母親はもう既にこの世には居ない、ならば何処からこの情報が流れたのか。  顔に出てしまった以上、取り繕う事は不可能だと舞は理解した。  理解はしたが、納得のいくものではない。  佐祐理が相沢祐治を激しく憎悪、嫌悪している事をもっとも近くで知っているからだ。  そう、それが病的である事も。 「やっぱり……舞は相沢祐治の……」 「……どうして……佐祐理が知っているの?」 「久瀬さんから聞いてしまいました……舞はやさしいから、この事は知られたくなかったんだよね?」  今にも泣きそうな佐祐理。そして、今にも泣きそうな舞。  どちらも泣きそうで、どちらも涙を流す事はしなかった。  佐祐理は意地で、舞は泣けば感情的になってしまうと判っていての行為だった。 「それで舞は黙っていたんだよね? どうして!? どうしてこんな事を黙っていたの!?」  佐祐理の叫びは身を引きちぎるような叫びだった。  叫ぶ方もそれを聞く方にも身に堪える叫びだった。 「……ごめんなさい……」 「舞、勘違いしないでね。佐祐理は……謝罪が欲しかったわけじゃないの……」 「……じゃあ、何が欲しいの?」 「もう佐祐理には舞と一緒には歩けないよ……だって……」  感情を抑える堰が壊れたのか、目から涙をぽろぽろと落としながら佐祐理は叫び続ける。  まるで、癇癪を起こした子供のように泣き、そして叫んだ。  その声は悲鳴、絶望と悲しみの成分を多大に含んだ叫び。 「こんなに憎くて、嫌悪していたんだよ? 相沢祐治を……もう信じられないよ……もう一緒に歩けないよ……」 「……」 「何で、舞なの? 何で……よりにもよって舞なのよ! どうして黙ってたの!?」 「……」 「何か言ってよ! 佐祐理が知らないからって、笑ってたの!?」 「そんな事はしない!」 「知っていたら、舞とは一緒には歩かなかったよ!! 出て行って!!」 「……」 「もう顔も見たくない!! 出て行きなさい! 出ていきなさいよぉ!」 「……ごめんなさい」  舞は悔しそうに手を握ってから謝罪の一言を行って部屋を出て行く。  佐祐理はそれを見送らずに机に突っ伏す。  そこからは悲しみの声が漏れ溢れる。 「何でなのよぉ……  何故……  何故、佐祐理ばかりが……  佐祐理が一体何をしたっていうのよ……  一体、なのんの罪が有って佐祐理に……」  佐祐理は部屋の中でずっと泣き続けた。  悲痛な声で、悲しみの涙を、憎しみの涙を流しながら。 To the next stage
 あとがき  まず、前半部分の佐祐理さんと祐一の場面が一番苦労しました。本当に苦労しました……  私はラブロマンスとか、恋愛関係の表現が苦手だとわかっただけでも収穫ものです。  と言っても他の表現もまだまだ勉強の余地は多分にあるのですが。  特に苦手なんです、突っ込みどころ満載だと思いますが、出来ればそっとしてください。お願いします。  あとは物語をようやく動かし始めました。もしかすると、もう少し日常ハートを書いたほうが良かったでしょうか?  ともかく、ここまで読んでいただいてありがとうございました。ありがとうございます。ゆーろでした。

管理人の感想


 ゆーろさんからSSを頂きました。  佐祐理さん無惨な。
 正直私も恋愛関係苦手なので、前半は読んでてくるものが。(笑  文自体に関しては、ゆーろさんも言われていらっしゃるのでコメントは控えます。  ちょっとくどいかとは思いましたが。(同じ文末が多すぎたので
 牧田夫人は予想通りというか。  復讐は原動力として最高純度なんだなぁと実感。  そういう人の適正がずば抜けて良いのは、本人はともかく周りの人にとっては不幸ですよねぇ。  彼女の行く末が気になって仕方ないですが。
 今回の話で佐祐理さんの心のよりどころは祐一のみに。  祐一の正体を知ったら彼女はホントどうなるんでしょう。  良くて精神崩壊かも……。  そうなる前に主人公がイロイロやっちゃうのが良いかもしれませんね。(イロイロ?

 久瀬圭吾がどんな人物なんだろうか……。  多分俗物?


 感想は次の作品への原動力なので、送っていただけると作者の方も喜ばれると思いますよー。

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