クラウ・ソラスのコクピットの中で舞は、祐一が言った事を口の中で反芻する。
もし、ここで祐一を失望させればどうなるか想像出来なくて身震いをした。
『舞の実力が見たい。この機体なら絶対に負けることは無いから、こちらの手札は全て伏せるんだ』
もしも、もしも、ここでも必要とされなくなったらどうなるか。
これから出る戦場よりも、そちらの想像の方が圧倒的に恐い。
それなら戦場で命を落とした方がましかもしれないなんて非常識な事を考え付いてしまう。
『武器は奪って使用しろ。最も、戦闘になったらの話だが』
だから、祐一の言葉が重たく舞にのしかかる。
追い詰められている自分を自覚して舞は苦笑した。
(……落ち着けば大丈夫。これは逆にチャンスなのかもしれない)
『舞、焦るな。落ち着いていけ』
まるで舞の心配事を見越していたみたいに祐一が声をかけてくれる。
それが、舞には心強く、嬉しかった。
少しの事で心が軽くなる。そんな不思議な気持ちになれる。
「大丈夫」
『そうか、無理だけはするな』
「……わかった」
『出るぞ』
今まで暗闇の中に目がなれていたために、外の雪、日の光は目に痛かった。
真昼の太陽が発する光は雪に反射してきらきらと目の中に入ってくる。
目を細めて戦場を見回した。
それまで抱えていた不安は綺麗なほどになくなっている。
代わりに心地の良い緊張感が舞を包み込んでいた。
▲▽ ▲▽ ▲▽ ▲▽ ▲▽
秋子は阿修羅のコクピットの中で作戦を何度も頭の中で反芻させた。
作戦に穴はなく、抜かりも油断も奢りもない。
勝てる気がしない、いや、勝てると言うイメージが浮かばない相手と戦う事に対して恐怖を抱いていた。
(本当に、祐一さんなのでしょうか?)
もし、人として祐一が存在しているのなら勝てるのかも知れない。
そんな感覚、女の勘みたいな物が自分の中に確かにあると秋子は感じている。
しかし、もし兵器として存在しているのなら勝てないと言った感覚も秋子の中に同時に存在していた。
人として祐一の壊れそうな所を見ている。
そのお陰でその行動や癖などが少しでもわかっていた。
しかし、兵器としての祐一を見たことがない。
だから、完璧とも思える作戦を敷いても、これだけ不安になるのだろう。
(落ち着きないさい……ここで、祐一さんを逃がすわけにはいかないの。私の為にも)
2本腕の阿修羅の視界の中にある大きな搬入口の扉が軋む音がする。
徐々に開きつつあるそれを見て空気が、雰囲気が変わった。
圧倒的な存在感を持つ何かが。
戦場の流れを一辺に変えてしまう何かが。
敵には恐怖感を振りまく何かが。
もし、味方が居るなら、味方には畏敬の念を抱かせる何かが。
もし、敵ならそこに居るだけで、敗退的な気分になれる何かが。
圧倒的な威圧感を持ってそこに存在している。
(呑まれては……えっ!?)
そこには2機の漆黒の巨人が存在していた。
一瞬だが、Nドールの援軍も含めて動きが止まる。
こんな情報は聞いていない。みなの心が一つになった瞬間だ。
片方が両肩に腰の辺りまであるシールドらしき物を装備した機体。
雫の様な形をした頭に真っ赤な2対の目。
細めのボディから生える刃物のような手足。
両肩に装備されたシールドらしき物の印象にしか残らなそうな機体。
もう一つが、丸みを帯びた機体。
機体全てに曲線が含まれ、まるで人間と呼ばれる存在をそのまま大きくしたような機体。
人に拘束具のような包帯をジグザグに巻きつけたような印象の機体。
顔は仮面、包帯をつけたような頭。
仮面の境目辺りから髪のように伸びる包帯。
首からから伸びるがっしりとした胴に手足。
その全てに拘束具のような漆黒の包帯で全てが包み込まれていた。
真っ黒の仮面は平坦での表情は無く、ぎらぎらと赤く光るカメラの光だけがやけに目に付く。
秋子は、ふっと息を吹き返した。
完全に雰囲気に呑まれていたのだ。
「フォーメション変更! AからWへ! 前衛にネメシス! アテナが盾を相手に、ネメシスが仮面の相手を!」
『了解!』
『ネメシス、行きますよ』
「ボイス・レスはネメシスの援護を! 私はアテナの援護に入ります! アルテミスは判断を任せました!」
『ネメシスの援護に入ります』
『……了解』
阿修羅を走らせて、アテナを援護できる場所に付ける。
阿修羅の今の装備は2丁のサブマシンガンに肩に無理やり取り付けたマシンガンだった。
いつものライフルではない。
「援護の……!」
秋子はNドールの援軍に声をかけようとして絶句した。
秋子達の部隊よりも前に、搬入口の近くに配置されていた彼らは黒い機体の餌食となっていた。
Nドールの3機組みでは相手にならない。
援軍に来た6機は既に沈黙し、黒みを帯びた煙を機体のいたるところから噴出している。
早業と言うよりも、2機のポテンシャルの遥かな違いを見せ付けられる格好になった。
指示に頭を逡巡させて、指示を出して少しYAタイプから意識を外した間の出来事。
しかも武器も奪われている。
Nドールの装備は銃剣のついたアサルトライフルを模した武器だ。
普通のドールに持たせる物よりも強力なものを装備させている。
なぜなら、あのテロで通常の兵器でも当たらない。
当たったとしても威力があまりない。
当てれるようこれまで訓練して、そして当たったときにダメージになるように開発されたもの。
それが今、出てきたYAタイプ2機の手の中にある。
秋子はその状況に歯噛みした。
まだ、自分の部隊よりも若干の距離があるがそれを詰められるのは時間の問題だと秋子は思った。
そして、勝てないだろうと朧げにも思っていた。
▲▽ ▲▽ ▲▽ ▲▽ ▲▽
ネメシスの装備を銃からロッドに交換しながら、美樹は夫の言っていた事を思い出している。
楽しかったあのひと時、二人の仲を死が分かつまで永遠に続くと思っていた頃の事を。
あの仕事一筋で、パイロットの事を滅多に褒める事をしない夫が初めて上機嫌で褒めていた相手。
(相沢祐一……夫が唯一褒めた男)
何となくの直感で、それを操っているのが仮面、つまり自分の相手だということに感謝した。
ネメシスの後ろに陣取ったボイス・レスが銃弾を仮面に当てるつもりで放っている。
しかし、それは牽制にしかなっていない。
仮面は手に、武器を持っているのに使う素振りすら見せない。
まるでダンスを踊るかのように右へ左へとひらひらと弾丸を避けながらネメシスに近づいてくる。
(夫が褒めるだけあるわ)
そう感心している自分がとてつもなく面白かった。
初陣のくせに落ち着けている自分。
楽しかった頃の記憶は色褪せて行き、自分の黒い、どす黒い感情が心を塗りつぶしていく。
口が醜く歪んでいる事が美樹本人でも分かる。
暗く、喜んでいるのだ。壮絶な八つ当たりが始まると。
(例え、同胞だったと言えどもテロリスト。私はテロリストの存在を許さない!)
自分の間合いに、ネメシスの間合いに仮面が入ってくるその瞬間を舌なめずりをして待つ。
牽制を続けるボイス・レスに感謝をした。
自分にとどめの役を回してくれてっと。
仮面の足が自分の間合いに入った瞬間、ロッドを仮面に向けて繰り出す。
それは、シミュレーターの猿飛では避けられないタイミングで、必殺の一撃だったはずだった。
その必殺の一撃はあっさりと避けられる。
突きから始まり、そこから仮面の避けた方向に跳ね上げて振り下ろした。
牽制の銃弾が止み、ロッドの乱打の嵐が仮面を襲っている。
(くっ! なんて、なんて! 絶望的な距離!)
全てが紙一重で、それも必要最低限の動きで避けられている。
手にしている武器にも、装甲にすら掠りもしない。
絶望的な距離がそこには存在していた。
実際の距離は本当にすぐ近く、紙一重。
しかし、物を当てるという事に関してロッドを振り回しても、弾丸を放っても当たる気がしない。
いや、当たる気はするが事実として当たらない。
「何故! それだけの力を持ちながら、私の夫を見殺しにした!」
その言葉に帰ってくる言葉は無い。
ロッドの先が、相手の武器を捕らえた。
否、ロッドの先を滑らせるように仮面の手にしたアサルトライフルの側面をその先へと滑っていく。
ネメシスの上半身が完全に流れた、いや流された。それを逃す仮面ではない。
ロッドを滑りきらせた仮面はそのまま、懐に入り込みネメシスの足に自らの手を引っ掛ける。
流れた上半身の腕を掴んで引き降ろす。
それと同時に反対の手で引っ掛けた足を跳ね上げて、空中で一回転させるように形を作った。
ガ、ギョリィ!
そして、信じられない力でネメシスを仮面の背後を取ろうとしていたボイス・レスに投げつける。
ネメシスは一瞬、地面から開放されて浮遊感を感じた次の瞬間。
ガッシォオォォン!
凄まじい衝撃がボイス・レスとネメシスを襲った。
仮面はその2機に興味がないように背後を見せて悠々と歩いていく。
その姿を美樹は許す事は出来ない。
下敷きになっているボイス・レスに気を払うことなく、立ち上がりそれを追いかける。
「クタバレ!」
仮面が背後を見せている事などお構い無し、問答無用でロッドを叩きつける。
しかしそれすらも、解っていると言った具合で仮面は振り向きつつ避けて半回転。
その勢いを利用してネメシスの頭を掴む。
右足でネメシスの脚部を払って、頭から地面に叩きつけた。
ガゴォッとと言う衝撃音と自分の背中にのしかかるであろう重量感。
それを美樹は感じつつ、ロッドを手放して得物を銃・アサルトライフルに切り換える。
「あぁぁぁあぁぁ!!」
そして、自分の背後、仮面のいる辺りに向けて銃を乱射させた。
狙いなんて物は無い。ただ我武者羅に弾丸を吐き出させる。
弾を吐き出す反動で右腕が酷くぶれた。
暴れる銃身を無理やり抑えようとして、がしっと腕を押さえられる。
「え!?」
銃を抑えられて、どうなったか。
多分、ボイス・レスの方に向けられているのだろう。
そんな予想が簡単についた。慌てて指を引き金から外す。
暴れる銃身が落ち着いたその拍子に銃が奪われた。
ざくぅ!
美樹のアイモニターに右肩の異常が表示される。
アサルトライフルはNドールの援軍に支給されていた物と同じ物。
それについていた銃剣はあっさりと右肩とコクピットを繋ぐフレームを突き破って硬い地面に突き刺さった。
「く!!」
もし、このまま行動をしようとするのなら右腕を棄てて片腕で行動しなくてはいけない。
その判断に迷った時だった。
ゴキャァ! ぶち! ブチぶちブチ!!
そんな嫌な音が聞こえてきて、ゴウンっという音が自分の後頭部当たりから聞こえてくる。
この音はボイス・レスの腹部に打撃が入り、指が突き入れられて何かが引きちぎられた音だった。
ごぅん! かしゃん、かちゃん!
動力部とコクピットを繋ぐケーブルの殆どを千切られえてボイス・レスが沈黙している。
腹部の殆どが乱暴に抉り取られて、ケーブルがまるで人間の腸がはみ出たみたいに踊っていた。
そして、無造作にネメシスの上に投げ捨てられたボイス・レス。
メネシス左腕の上からコクピット辺りにボイス・レスがのしかかっている。
今の体勢ではネメシスは完全動きを封じ込められてしまった。
「七瀬さん! どうなってるの!?」
『ごめんなさい……エネルギー系の全てのケーブルを千切られてしまいました……』
「補助は!?」
『補助……もです……』
「……!!」
歯軋りをしてもこの気持ちは落ち着かない。
むしろ、悔しさと苛立ちが前面に出てきた。
(悔しい……何も出来ない自分が! もどかしい……テロリストを放置するしかない状況が!!)
必死になって動けるように動作という動作をしてみるがどうしてもうまくいかない。
こうして、牧田美樹の初陣はこれ以降つくことのない黒星がついたのだった。
▲▽ ▲▽ ▲▽ ▲▽ ▲▽
相手は盾。それはわかっている。
盾はアサルトライフルから銃剣部分のみを器用に外して使っていた。
右手に1本、左手に2本。
本当に短いそれでアテナを相手にしている。
「こんのぉぉ!!」
アテナの状態は万全。
トンファーのギミックもしっかりと復元されて、使いこなしている。
前回のテロの時のように使い慣れていない機体でもなければ、ギミックを使用した後に能力が落ちる事もない。
左手のニードルガンで距離を保ち、相手が隙を見せてくれたところを切り込んで接近戦に持ち込んでいる。
「はあぁぁ!!」
接近戦ではその性能差を嫌と言うほど見せ付けられた。
いや、性能差だけで無くドールを操る技術・センスの違いをむざむざと見せ付けられていた。
華麗で無駄の無い動き、それは道化を相手にしている踊り子のような動き。
こちらが両腕でトンファーを振り回しているのに、なのに相手は右腕だけでそれを難なく捌いていく。
秋子の援護も織り交ぜて接近戦、近距離戦を繰り返しているが決めても何も無い状態だった。
(私の役目はここにコイツを縫い付ける事……でも!!)
熱くなってはいけない、そんな事は解っている。
その目の前に展開されている事実が香里の癇に障った。
香里が本気、それには間違いがない。
手を抜いているわけでもなければ、気を抜いていたり、奢っているわけでもない。
嘘、偽り無く全力で、美坂香里の100%で盾を相手にしている。
しかし、相手はどうだ。本気だとは絶対にいえない。
武器は奪ったものだし、しかも銃剣部分だけだ。
リーチはこっちの方が長いし、手数も圧倒的に多い。
しかし、相手は右腕一本で捌いている。
本気のはずは無い。
(遊ばれて、はいそうですかって納得できないのよぉ!)
もし本気だとしたら、馬鹿にされているとしか思えない相手の対応だった。
香里は一応、役目は果たしている。
相手をその場に縫い付けると言う任務は見事に達成していた。
▲▽ ▲▽ ▲▽ ▲▽ ▲▽
北川は新しく作られたライフルの銃身に右腕を全て乗せて深呼吸をした。
こんな物を使いたくは無い。そんな思いで一杯だが、そうも行かない。
あんな化物を相手にどうにかするには、この貫通力が必要だった。
(チャンスを待て、放てるのは1回だと考えろ)
北川自身、1機ならば2度3度と弾丸を放てるだろうと考えていた。
しかし、2機となると話は違う。
(確実に当てれる、相手が居付いた場所を探すんだ)
確実に1機を仕留めないと場所を割り出された1機に襲われる。
北川は狙いをアテナを相手にしている盾を標的にした。
打つ直前の深呼吸。
少し汗をかいているが、指は震えてもいないし、呼吸も心拍数も普通。
(いける……)
あとは相手が居付いた場所を狙うだけだ。
スコープを覗き込み、標的を観察する。
相手の一挙一動を逃さないように。
指が引き金にかかった。
ギャリ、ガオォォン!!
派手に跳ね上がる銃身を必死に押さえつけて、どうにか予測通りの弾道に載せる事が出来た。
外れる事は無いし、避ける事も出来ない会心の一撃。
ごきゃぁん!
相手にとっては痛恨の一撃になるはずの一発の弾丸は、結果的に外れてしまう。
仮面が盾をやくざキックで蹴り飛ばしたために外されてしまった。
弾丸は仮面の足の下辺りを通って何処かへ飛んで行く。
盾はアテナに覆いかぶさって動きを止めていた。
(なぁ!?)
北川はそれに焦った。何が起こったのか解らない。
味方の最もドールで故障してはいけない箇所で蹴り飛ばすという行為をした事が信じられなかった。
しかし、すぐさまに速射の出来無い対装甲弾のライフルを廃棄して通常のライフルに装備を変える。
(あの相沢ならすぐこっちに向かってくる!)
外れた、そのことはしょうがない。
起こった事はもう覆らない。この特有の切り替えの速さは北川の持ち味だ。
向かってくる黒い影に向かって使い慣れたライフルの弾丸を放っていく。
(やっぱ、シミュレーターみたいに行かないか!!)
猿飛の速度に目が慣れてくれたおかげで何とか、仮面の動きに目が追いついてくれる。
でもそれだけと言えばそれだけだった。
弾丸を放てば放つほど、どんどん着弾する箇所が仮面から離れていく。
しかも距離はあっという間に詰められていった。
「やっぱこのパターンかっ!!」
祐一の得意な格闘戦のパターンに北川は舌打ちした。
咄嗟に手にしたライフルさえ廃棄して武器をショットガンに切り替える。
仮面の動きに目はぎりぎり追いついていたが、機体の動きが追いついていなかった。
一瞬の動きの誤差が命取りとなるこの空間で、北川は自分の適正が低い事を嘆かざる負えない。
銃口が仮面を捉えたものの、引き金を引く前にショットガンの銃口は叩き上げられていた。
そして仮面はアルテミスの懐の中に入り込んでいる。
指を引くそれだけの動作が遅れた事が北川の心残りだった。
引き金を引くことが間に合えば、違った結果になっていただろう。
ごぅん! ガリガリがり!!
北川には一瞬衝撃で意識が跳び、何が起こったか判らない。
気が付けば、視界には地面が目一杯広がっている。
酷い振動が、コクピットを襲っていた。
(俺は……地面に引きずられているのか?)
ボーっとする頭を振って何とかこの状況から抜け出そうとするが両腕の反応が鈍い。
加えて右足の反応も鈍かった。
慌てて、被害状況をチェックする。
「おいおい……手加減無しかよ」
無事な部分と言えば左腕と左足首だけ、他は何らかの形で異常が見られる。
右腕は完全に駄目になっていた。これではライフルは撃てない。
ぶつぅん。
北川の視界が真っ黒になる。
次々に起こる機体の変化にもう驚かなかった。
何せ、相手はネメシスを除いて全ての機体の設計図を知っているのだ。
何がどう起ころうと、もう驚かない。
(……多分、首の後ろ辺りに有るケーブルを全て引きちぎったな)
視界ゼロで、入ってくる情報も無い。
自機の調子だけが何とかわかる。
コクピットの前の装甲を開けば外の様子はわかるかもしれないが、右腕が死んでいる以上狙撃は出来ない。
北川は既に戦力を全て奪われていた。
▲▽ ▲▽ ▲▽ ▲▽ ▲▽
香里は気を失っていた。
盾が予期もしない変な動きでアテナに突っ込んで来たからだ。
ものすごい衝撃がコクピットに響き、それで気絶したようだった。
(っう……! あいつは!!)
目の前に目一杯に広がる黒の雫型の頭部。
盾はばっと後ろに跳び、アテナとの距離を取った。
アテナを慌てて立たせて、周りの様子を窺う。
盾の後ろの方に墓標のようにネメシスの持っていたライフルが地面に立っていた。
その下にはネメシスとボイス・レスが寄り添うように重なっている。
アルテミスの配置されている方向を見る。
その先のかなり離れた場所で阿修羅が背中と踵をつけて二つ折りにされて、煙を吐いて沈黙していた。
見事に腹部から反対側にへし折られていると言った感じ。
人で言う背中と踵からふくらはぎにかけて、べったりとくっつき、腹部か完全に折り曲げられている。
(仮面が北川君のほうに行ったのね?)
既に足止めだけなら意味は無いと香里は悟った。
戦力という戦力も残っていないという事さえも理解した。
しかし、ここであの2機を逃すという選択肢は残っていない。
それは自分が足手纏いだと言う事を祐一に証明されるようなものだからだ。
(なら、例え1機だけでも搭乗者を殺してでも止めてみせる!)
援護の無い、孤独な戦いを覚悟して構えた。
相手もそれに応じるような動きを見せる。
気持ちが、緊張感が、高揚感が、殺意が高まっていく。
「はぁ!」
先に仕掛けたのはやはり香里だった。
相手に予測させないトンファーの不規則な動き。
速度を重視して相手に的を絞らせないように動く機体。
一撃必殺の切り札がまだ残っている。
それが香里の狙いで、最後の切り札だった。
金属と金属が擦れ合う耳障りで甲高い音。
その音が辺りを満たしていく。
「ふっ!」
先ほどまでの劣等感も無ければ、精神的状態はこれ以上ないくらいにベストコンディション。
相手の動きを観察できる余裕も出てくるが、それを見せれるほど状況は甘くない。
(早く相手に叩き込まないと、仮面が帰ってくる。でも焦ってはいけないわ)
焦ってはいない。慌ててもいない。
相手が両腕で対抗してきた事もわかっている。
ようやく相手が両腕で対抗して来た事で、隙がより一層少なくなっていると理解している。
左手のギミック・ニードルガンを超至近距離で発動させて盾を右側に移動させた。
「これでぇ!」
右腕のギミック・パイルバンカーを発動させようとしたとき、トンファーのギミック部分に銃剣の一本が突き刺さった。
ギシャッという音を立てて、パイルバンカーの杭の発射口を潰される。
それでもは関係無いと言った感じで発動はさせるが、杭は中途半端に飛び出てお終いだった。
『行くぞ』
仮面からものすごく冷たくて、そして抑揚も無い声が聞こえてくる。
盾は香里達が布陣した後ろ、つまり崖の先の海を目掛けて走り出した。
まだ動ける香里を無視する・居ない様な動きで仮面と盾は移動を開始する。
一瞬呆気に取られてしまったが、気を取り直して追いかける。
「私はまだやれる!」
先を行く仮面と盾。
盾は武器の銃剣を2本保持している。
仮面はたぶん、Nドールのうちの1機が所持していたアサルトライフルを持っていた。
2機は崖目掛けて疾走する。
それはまるで海に飛び込むと言った感じだった。
(仲間の船が来ているというの!?)
しかしそれはありえない。
この海域は船で閉鎖されている。
だから船が入ってくることも無い。
(可能性があるとしたら……水陸両用機!)
崖に到達した2機は躊躇うことなく海に向かって飛び込む。
それも香里のアテナの目の前で。
「このまま逃がしてたまるもんですかぁ!!」
盾、仮面に続いて崖から飛び降りるアテナ。
アテナは陸上専用機だ。海に落ちれば助かりはしない。
仮面がそれに気がついたというよりも、予測していたという動きで振り向き様にアサルトライフルを投げ飛ばす。
ジャクゥ!
そんな音を立てながらアテナの腹部を貫通して、崖に貼り付けになりアテナの落下は終わった。
2機はそのまま着水して、海の底へと消えていく。
「……何でなのよ……なんでこんな事をするのよ……私は……私はぁ……」
そんな香里の呟きは目の前に広がる海の中に消えていった。
まるで仮面と盾が海の底の方へと消えて行ったみたいに。
To the next stage
あとがき
とりあえず機体の奪還完了です。こんな所で補足すると嫌われるかもしれませんが、補足します。
仮面=ロンギヌス、盾=クラウ・ソラス、です。書こうかどうか迷いましたが結局書きませんでした。
時々メールで感想をくれる方がいらっしゃるのですが、ウィルスが怖いので題名の無い物、全て英文の物は消しています。
もし返事が無いとか、そういう方がいらっしゃるのなら、お手数ですが改めてメールください。お願いします。
それではここまで付き合っていただいてありがとうございます。ゆーろでした。
管理人の感想
ゆーろさんからのSSです。
強いですね2機。
まぁ作戦上ロンギヌスの方が目立っていましたけど。
やはり機構を詳しく知っている人間は強いですね。
今回は大敗ですか。
しかし、包帯でロンギヌスって微妙にペルソナ(だったかな)を思い出しますが……。
残念なのは、AIが全く登場しなかった事。
前回初登場したのに、次の話では登場しないとは……不憫な。
理由があるなら言いのですが、サポートAIが一言もしゃべらないのは存在意義に反している気もします。
特に天照なんかは色々言いそうですね。(笑
復讐に走っている美樹さんが完膚なきまでに負けましたが、これを機に少し大人しく…………なるわけないか。
感想は次の作品への原動力なので、送っていただけると作者の方も喜ばれると思いますよー。
感想はBBSメール(yu_ro_clock@hotmail.com)まで。(ウイルス対策につき、@全角)