旅行、国崎往人の1行日記。次の行から入る[]の間は往人さんがつけた日記です。
[一日目。居候の地位向上を要求する。]
電話(黒電話)を受けて実にうきうきしている晴子を横目に久しぶりの休日を往人と観鈴は楽しんでいた。
忙しく働きまわる2人の開発者は休みを取るのはかなり久しぶりだったのだ。
それがこの後に続く晴子の宣言で台無しになってしまうのだが、この時はまだ2人はそんな事も露知らず休日を楽しんでいた。
「よっしゃ! 旅行に行くで!」
「「はぁ?」」
いきなり右腕を大きく振り上げて、宣言をかます晴子。
晴子の奇行に慣れている往人と観鈴ですら戸惑いの声を上げざるおえなかった。
そんな2人を横目に、電話を置いた晴子はやる気満々。
往人はため息を吐いた。また、何かが始まるのだっと。
「準備や準備!」
「あ、あの、お母さん?」
「あ? 居候には拒否権は無いからな」
「な、なに!」
意味不明なテンションを保つ晴子。
何か良い事があったのかと聞きたい観鈴。
理不尽な言葉に肩を震わせる往人。
晴子は居候には厳しかった。
3者3様の有様がそこには存在しいる。
「嫌やったらええけどな、でもその時には……」
「む、ぐぐ……解った……」
往人は頭をうなだれて、晴子に白旗を振った。
「ゆ、往人さん?」
「観鈴、何もいうな……俺だって裏庭で寝るのはもう嫌なんだ」
観鈴はびくっと体をすくませてから、往人の肩を叩いた。
もう言わなくて良いからそんな気持ちで。
神尾家の裏庭には裏庭の主が住んでいる。
未確認地球外生命体(ポテト)以上の生命体が姿を見せないが居る。
それの恐怖に観鈴と往人は肩を震わせるのだった。
「さぁ、忙しくなるで!」
結局、2人の休日は丸つぶれになって忙しく働きまわる事になった。
まだ裏庭で寝るよりはましと言った顔でしぶしぶと動き始める。
そんな2人を見て晴子は発破をかけて指示を飛ばした。
[二日目。労働基準法の確認を要求する。]
ドール開発部、つまり観鈴と往人の職場に2人はいた。
もう少しで朝日が昇ってくるという時間帯で、辺りには従業員すらいない。
往人は寝ぼけ眼を擦っていた。
「晴子……労働基準法って知っているか?」
「アンタなぁ……そんなんで我が神尾家に婿入りするつもりやったんか?」
理不尽な言いくるめ方に、往人はため息を吐いた。
もう無駄なのかなと言った感じで肩をがっくりと落とす。
「あかんな、居候。なんや、もう疲れたんか?」
「あったかい布団で、眠りたい……」
「軟弱やなぁ。観鈴の4分の3位しか働いてないのにな」
「何だと!?」
往人だって昨日の晴子の宣言から働き出して、仮眠は3時間も取れていない。
驚きで顔をがばっと上げる。そして、周りを見渡すが観鈴はそこには見当たらない。
「何だも何も、あの子は一睡もしとらんで。もちろん私も」
「なぁっ!」
遺伝なのか!? DNAなのか!? 何て事が頭の中に一杯になり呆然と晴子を見詰めざるおえない。
晴子はそんな事いざ知らず、往人の肩を叩いて発破をかけた。
「さぁ、そんな事してたら間に合わん! ぱ、ぱ、ぱっとやって寝るで!」
「りょ、了解」
先ほどから、試作機(再来年度発売予定のHドール)をAirの所有する特別船舶に積み込んでいる。
昨日は、それのチェックに全てを費やし、今日は今日で固定作業に武器の確認などに費やされた。
往人は旅行前の最後の大きな仕事なのだろうと無理やり納得させた。
結局作業が終わったのは次の日付が変りそうなころだった。
その後もまだ仕事は山のようにあり、観鈴と一緒になって仕事を消化する。
[三日目。もっと『いたわり』を要求する。]
観鈴も往人も疲労困憊だった。
流石の観鈴も二日間の徹夜はきつく、今日で三日三晩連続の仕事となっていた。
普通の人なら過労で倒れる位の仕事量をこなす2人は周りの人間から心配そうな顔で見られている。
晴子は時々現れて指示を残していくが、そのタイミングが絶妙だった。
往人は仮眠をチョクチョクしているが、仮眠をするたびに寝付いた10分後くらいに晴子が現れて発破をかける。
凄まじくタイミングが良かった。
「きついな……」
「往人さん、頑張って……」
「あぁ、頑張るさ」
残った仕事の山に2人で取り掛かっていた。
ここまで来ると仕事のミスをしないほうが不思議なほどに疲労が溜まっているはず。
しかし、流石はプロ2人組みだった。ミスも無く仕事を着々とこなして行った。
「お、終わった」
「やったね! 往人さん」
「これで眠れる……」
「うん」
そんな会話をしながらずるずると開発部備え付けの仮眠室に向かっていく。
二人揃って仮眠室で寝たはずが、気がついたら違う場所になっているそんなオチが待っているとは知らずに。
往人と観鈴は幸せそうに寝てしまった。
他の場所に運ばれるのが判らない位に熟睡してしまったのだ。
[四日目。説明を要求する。]
気がついたら2人の部屋はゆれていた。
先に気がついたのは往人だった。
「……どういう事だ?」
部屋が少しだがゆれている。
窓のない部屋で、明らかに自分が寝ていた場所とは違った場所だ。
往人の横では観鈴が寝返りを可愛くうっている。
「…………こうしていてもしょうがないな」
扉を開けてみてびっくり。ちょうど往人の部屋の目の前を美凪が歩いていたのだ。
「ちょうどいい。遠野、ここは何処だ?」
「……何処でしょう?」
「船の中?」
「ぱちぱちぱち」
口で器用に拍手をしながら自分のポケットをあさる美凪。
「あたったで賞を進呈」
「いや、お米券は良いから……」
「……残念……」
がっくりと肩を落として沈んだ空気を表現する美凪。
しかし表情がついていってないので、なんだか一方的にからかわれている気がしてきた往人。
「あー!! 国崎往人!」
「……ミチルも一緒なのか……」
「美凪、さっき晴子さんから聞いたら美凪が予定表持ってるってね。頂戴!」
「……進呈」
美凪は先ほど往人に渡そうとした紙をそのままミチルに渡してしまった。
ミチルはそれを持ってどこかに駆け出していった。
たぶん、未確認地球外生命体(ポテト)に説明に行ったのだろう。
「予定表?」
「……もう進呈してあげません」
「解った……晴子を探すよ。ありがとな遠野」
ぷいっとちょっと不機嫌です私と自己主張するみたいに顔をそらす美凪。
こうなってしまった美凪はもうどうしようもないと思い、元凶である晴子を探す事にした。
見覚えのある通路に、見覚えのある壁。
(おいおい……晴子の奴、戦争でもしにいくのか?)
そう、そこは往人と観鈴が三日三晩、仕事をし通した時にHドールを乗せた特別船舶だ。
特別船舶というのは、まず無駄にデカイ。
ドールは30機まで収納できる。もちろん武器や弾薬も含めてだ。
続いて船底、最下部の格納庫の床が開く。
これはAirが水中専用機または水陸両用機の実験を秘密裏にやるため。
何故秘密裏に行なうかというと特に意味は無い。会長(晴子)の完全な趣味だ。
今頃は本社で頑張っているであろう社長(橘さん)の冥福を往人は心から祈った。
多分今頃、社長(橘さん)はものすごい量の仕事をこなしているだろう。
往人は既に諦めムード、敗戦ムードが一杯で気持ちも気分的にも一杯一杯になってきている。
その元凶である晴子は聖と一緒に甲板にいた。
「やぁ、国崎君。ゆっくりと眠れたかね?」
「えぇ、なんとか」
「なんや、居候。元気ないのぅ」
往人は思いっきり不機嫌な顔を作って晴子に相対した。
「そりゃ、誘拐みたいに船に乗せられりゃあ誰だってな」
「あかん、その考え方はあかんわ。旅行やで? もっとポジティブに、プラス思考して行こうや」
「同じ若者として、その考え方はどうかと思うが?」
「……そう言えば、聖さんはどうしてこの船に乗ってるんだ?」
晴子を問い詰めるためにちょっとした時間を稼ぎたかった往人。
話を逸らしながら頭を回転させていく。
「ふぅ……私は晴子さんに依頼されたんだよ。知り合いにちょっと健康診断して欲しいと」
「そうやで、居候」
「ところでこの航海の目的はなんなんだ?」
「それはお楽しみや。後5日と14時間の我慢やで」
「おっと、私は医療室の設備を見てくる途中でした。失礼します」
何かに気がついたようにそのまま聖は船内に入っていった。
往人はその後も晴子に食い下がるがお楽しみの一点で何も答えてくれない。
「七番ポテトー! 空を飛びます!」
「ぴこぉぉぉぉぉぉ!」
「にはは」
「にょわわ!」
どこか遠くで佳乃とポテトと観鈴とみちるの遊ぶ声と笑い声が聞こえた。
▲▽ ▲▽ ▲▽ ▲▽ ▲▽
晴子の言った期日の日、約束の時間。皆が船底の格納庫に集まっていた。
この特別船舶の特徴でも有る船底が開くという特徴を遺憾なく発揮して、そこには大きなプールみたいに床が開いている。
美凪とミチルは格納庫のコントロールルームに居た。
コントロールルームとは、格納庫のクレーンなどの操作や通信の管理などを行なう部屋だ。
他のメンバーは一番底のプールの有るフロアの一つ上のフロアで底を見下ろしている。
「皆! 注目や! カウント15秒前!」
皆が何かと思って晴子を見る。
晴子は晴子でそのテンションのままカウントをしていく。
0の掛け声と共に口の開いた床に指差した。
ザバァ!
細かな水飛沫を上げながら真っ黒なドールが1機、続いてもう1機、船内に入って来る。
晴子も流石に目をぱちくりとして驚きを隠せない。
カウントをしていたが、ここまでうまく良くとは思っていなかったみたいだ。
しかも半分以上冗談であった。
周りの皆も何が起こったのか一瞬だが解っていない。
その2機が中に入りきったのを確認してから船底に空いていたプールが徐々に閉まり始めた。
『晴子さん、俺達の機体は何処に設置すれば良いですか?』
皆に聞き覚えの有る声が聞こえてくる。
晴子が指示を出して美凪が漆黒のドール2機を誘導を始めた。
美凪が丁寧に指示をして2機は無事に定位置についた。
その2機から2人が降りてくる。
「いやー、驚いたで。誘導音も出さずにしかも一撃でこの中に入ってくるとは。見事やで」
「こちらこそ助かりました。時間通り、指定通りの場所に居てくれましたから」
降りてきた二人のうちの一人は皆が顔見知りだ。
相沢祐一。母親を探していたとかで一度皆のお世話になっている。
「それにしても、私がここにいない事があるかもしれないとは考えかったんか?」
「それはありえないでしょう。晴子さんは役人じゃない。Airがここまで大きくなったのは信頼があるからでしょう?」
「ふふ、まあな」
嬉しそうに祐一を見る晴子。
なんだか呆気に取られている皆が動き始めた。
「さて、約束や。コイツらの整備・調査をやらせてもらうわ」
「えぇ、お願いします」
晴子は往人と観鈴を呼んでYAタイプ2機の調査・整備を頼んだ。
2人はしぶしぶながらも従って調査に乗り出した。
他には取り付く人間は居なかったので、祐一との契約なのだと、祐一の後ろに居た舞は薄っすらと感じる。
「よっしゃ、祐一と……」
「……舞」
晴子の視線に気がついた舞が名前を聞かれる前にそういった。
そんな、舞の様子に気にしないように晴子は柔らかく笑みを浮かべて続ける。
「舞は今から健康診断や」
「「はぁ?」」
舞と祐一の声が重なった瞬間だった。
舞は自分の視線を祐一に向けるが、祐一も困惑した視線を舞に返す。
「別にそんな事しなくても良いですよ……」
「いや、そういう訳にはいかんのや。先生も来とるしな」
晴子の後ろから白衣の2人組みが現れた。聖と佳乃だ。
「さて、佳乃。健康診断の手順は分かてるな」
「うん、そのくらい解ってるよ」
「じゃあ、相沢君はこっちに来てくれ」
「えーっと、舞さんはこっちにお願いするよ」
有無を言わせない勢いで祐一の手を聖が取り、佳乃が舞の手を取ってそれぞれ別々の部屋に入っていく。
晴子はその後姿を面白そうに見送るだけだった。
そして、それが見えなくなると機体の整備・調査に向かった2人のほうへ歩き始める。
途中に美凪とミチルに指示を出しながら、機体に取り付いて相談している往人と観鈴を嬉しそうに眺めていた。
祐一が連れてこられたのは医務室。
機材という機材は特に無く、こちらは医者による診察が主らしい。
「まずは、上着を脱いでくれ」
「……はい」
未だに納得の出来ていない祐一は不満そうな顔で上着を脱ぐ。
それに満足した聖は頷きながら診察を開始する。
結果は特に目ぼしい事は無い。
ただし、背中に横真一文字に入った紫色の痣と右肩の肩甲骨の辺り青いタトゥーを除いてだが。
その痣も特に酷い物ではないのだが、綺麗過ぎる痣だった。
広がる事も無く、綺麗に線の痣になっている。
「相沢君、背中の痣はなんだい?」
「痣? そんなものが背中にあるのですか?」
「まぁ、見てもらえれば解るが」
手鏡を渡して、祐一に背中を見るように促す聖。
祐一はそれに従って痣を見る。
「どこかに引っ掛けたのかな?」
「……まぁ、他には異常は無いから隣の部屋に行ってくれ」
「解りました。聖さん、ありがとうございます」
上着を着なおして祐一は部屋を出て行く。
聖は痣の事が気になったのでカルテに詳しくその事を書き込んでおいた。
祐一は舞と廊下で出会う。何となく気まずい空気がある。
「……なんともない?」
「あぁ、なんとも無い」
「うん、良かった」
「また後でな」
「うん」
そう言ってまた別れて、隣の部屋に入る。
今度は医療機器が所狭しと並べられていた。
「いらっしゃい。祐一君」
「佳乃さん、お願いします」
軽口を交し合いながら、健康診断は進んでいく。
幾つもの機器を使った計測でも特に問題は見られなかった。
「うん、祐一君は健康2重丸、いや花丸上げても良いくらいだね」
「そうなのか?」
「さっきの舞さんといい、祐一君と言い、良い体してるよね」
「はは、ありがとう」
「ううん、どういたしまして」
「薬は出るのか?」
そんな祐一の問に佳乃は不思議そうな顔をする。
「え? 出して欲しいの?」
「いや、体がと言うよりも精神が受け付けないんだ」
「どうして?」
「小さい頃にちょっとな」
祐一は小さく苦笑してお茶を濁した。
GE−13だった頃の記憶で薬などに対して酷く拒絶する感情を持っているのだ。
もちろん思い出してから起こった現象である。
「判ったよ、お姉ちゃんにも出さないように言っておくね」
「ありがとう」
そんな調子で健康診断は終わって、舞の診察を待って4人で食堂に行く事になった。
雑談を交わしながら、他のメンバーが来るのをその場で待つことになる。
「祐一クーン! 私、エッグタルト所望!」
「じゃぁ、私は杏仁豆腐を所望する」
「……牛丼」
「ハイハイ、わかりましたお姫様方」
そう言って食堂の厨房の主に許可を取ってから注文される品々を作る祐一だった。
ちなみに他のメンバーが入ってきたときにも祐一が注文を受ける事になったのは別のお話。
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病気と分類して良いか解らないが、幻覚痛と言う症状がある。
腕を失った所で、すでに体が無い部分に痛みを感じる。
または、腕を失い義手となって長年暮らしているとその義手に感覚が宿るという物だ。
義手であるが、それに衝撃が加われば脳が痛みを感じるといった物である。
人間の脳は不思議な物で、深い催眠状態だと、ただの棒でもこれは焼きごてだと言えば、火傷を負う。
脳が判断、認知すれば、血を滲ませるし、激しい痛みが体を襲うだろう。
「まさか、こんな偶然があって良いのか?」
たまたまの散歩で船舶の下部にある格納庫でロンギヌスを見上げてそう呟かざるおえなかった。
祐一の痣と全く同じ位置の装甲部分に同じと思われる場所に軽く傷が入っているのだ。
聖はそれを出来るだけ背後から見えるような位置に移動してデジタルカメラに納める。
先ほど取った記録と照らし合わせるためだ。
慌てて船の医療室(聖の自室)に戻ってそれとカルテを重ね合わせる。
傷と痣は不気味なほどに一致してしまった。
「おいおい……これは何だ?」
それに似た症状がドールに乗る祐一にもそれが認められる。
祐一以外の人間にはそんな症状は出ない。なぜなら、これは機械であると脳が判断しているからだ。
だが、祐一は違う。機体を操っている間はドールの体にも感覚があると予想される。
でなければこんなに不気味な一致はありえない。
「まさか、だが……」
それはあまりに高すぎる、CROSS適性によるものだと仮説を立てた。
晴子から事前に聞かされていたことだからそれしか思いつかない。
感覚があるということは、脳がそれを体の一部だと判断している事になる。
つまりは祐一の脳が、ドールを操っている時はドールが祐一の体であると判断、認知するのだ。
これがどういう事か考えて欲しい。
もし、腕を折られたら、足を打ちぬかれたら、その痛みをダイレクトに祐一にフィードバックするだろう。
もし、ドールの頭部が破壊されたら、痛みを感じずにそのまま死ぬ可能性もある。
それに一番初めに気がついたのは聖だった。
しかし、それを認めていいものか聖は苦悩する。
頭を冷やすために、甲板に出て夜に埋れた海を眺めてため息を吐く。
「ん? 聖先生、どうしたんや?」
「いえ、ちょっと考え事です」
晴子の方向に向かずにそのまま海を見続けながら聖はどうした物か考え込んだ。
このまま、仮説は仮説のまま口を閉ざしておくべきか、それとも晴子には言っておくべきか。
このメンバーの中で唯一祐一を止めれそうな人物に話して置くべきかどうか悩んでいる。
(しかし、確証の無い事を相談してもいいものか……)
困ったぞといわんばかりの顔の聖に晴子が苦笑しながら聞いた。
「先生、何か気になることでもあったんか?」
「まぁ……しかし確証が無いのです」
しぶしぶといった感じで話し始める聖。
先ほど自分のつけたカルテとデジカメの画像を重ね合わせたものを晴子に見せる。
「なんや……これは……」
「いえ、偶然なら何も問題は無いのですが」
説明を加えながらも、なんともいえない雰囲気が2人を包み込む。
「晴子さん、私はドールに関しては素人ですがこんなケースがあることがあるのですか?」
「ありえへん。Hドールは動きはトレースするけどな……ダメージまで搭乗者に行くはずが無いんや」
「しかし、現に……」
「これはちょっと様子見やな」
「次まで待つと?」
「あいつは特別製やからな」
「特別製?」
晴子はそこで話はお終いとばかりにその場を立ってしまった。
聖もしょうがなく話をそこで打ち切った。
「お休み、先生。夜更かしはお肌の大敵やで」
「その台詞そっくりお返ししますよ。晴子さん」
共にぎこちない笑みを浮かべながら甲板から自室に向かって歩き始めた。
結局、この話は2人の間でしか話されなく、しかも祐一にも伝わる事は無かった。
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時刻にして深夜。
舞と祐一は同じ部屋を宛がわれていた。
晴子のいたずら心がこれの直接の原因だが、その部屋には舞しか居なかった。
寝るときは2段ベットの上を舞が下を祐一が使っていたはずだが下のベットは空だった。
「祐一?」
急に心細くなって慌てて祐一を探そうと行動を開始する。
心当たりのある場所といったら2人の乗ってきた機体のある格納庫くらいだった。
舞は迷わずにその格納庫に向かって歩き出す。
格納庫の中はひんやりとした空気が全てを覆っていて静かだ。
ただ、船のエンジンの音だけがごぉん、ごぉんっとリズムを刻んでいる。
「……祐一?」
ちょっと薄気味悪いのか、知らず知らず舞の声が小さくなる。
自分の機体を止めた所を思い出しながらようやく暗闇に慣れて来た目でそこまで歩いていく。
舞の乗ってきた機体、クラウ・ソラスのコクピットが開いている。
「祐一?」
『舞? 助かった……祐一をどうにかして』
辟易した感じのある補助AIの天照の声に何事かと中を覗き込んだ。
中では、祐一が異常なほど震えている。
「俺は……大丈夫だ……大丈夫だ……大丈夫だ」
目の焦点があっていなくて、壊れた機械のように来るたようにずっと大丈夫だと繰り返す祐一。
不審げな声で天照が舞に話を振る。
『舞、何で祐一がこんな事になっているの? 貴女達は私よりのはずなのにこんな事があるはず無いよね?』
「……祐一は良く分からないけど、私には精神プロテクトはかかっていない」
『……なんですって?』
「私は外してもらえた。でも祐一は多分中途半端に外れかかってるのかもしれない」
まだ震える祐一を舞はどうした物かと見つめながら天照に返事をする。
舞は祐一が何故ここにいるのか、いつからこんな状態になっているのか天照に質問をした。
『約束通り、私に話をしにきてくれたの。そのあとここで眠るって言って少ししたら、今の状態にね』
「ちょっと待つ」
舞は隣のロンギヌスのコクピットをあけて月読を起動させる。
「月読、もしかして昨日祐一はそこで仮眠を取った?」
『いいえ、その質問の答えはNOです。そのような事といわれれば、YESです』
「そのときの様子は?」
『脈拍、心拍数ともに緊張状態。正確に言うなら眠りには落ちておりません』
「やっぱり……」
その答えは舞も感じていた疑問だった。
祐一と一緒に何度か同じ部屋で寝てはいるが、舞の意識が落ちる前に祐一が寝ている所を見ていない。
寝る前にいつも何処かへと出て行くことは確認していた。
朝はいつも自分よりも早く起きていて何かをしている。
だから、夜中に機体の様子を見に行ったのだと無理やり自分を納得させていたのだが。
いつ寝ているのかと不思議に思っていたがその結果がこれだったと頭を抱える。
「祐一……」
舞は祐一が祐一眠れる場所がコクピットの中でしか眠れない事を哀れにそして可哀想に思った。
こんな場所でしか眠ることが出来なくて、そして眠れたとしてもこれである。
魘され、自分が壊れそうなほどに怯える祐一をどうすれば良いのか。
心の病では治療のしようがない。
今の祐一を見るのは辛いものがあった。
そんな壊れそうなものを抱えながら、普段は自分にそして他の誰かに判らないように振舞う。
気がつけなかった自分が情けなく、苛立たしい。
それが祐一の意地なのかそれとも気遣いなのかは判らない。
いつもと違い見る影も無い程に祐一はおかしくなっている。
未だに震える祐一は弱くて、今にも壊れてしまいそうだった。
To the next stage
あとがき
Airメンバーが本格的に参入を始めました。次のお話は残ったkanonメンバー中心になるかと思われます。
いい加減、佐祐理さんの動向とか祐一君が去った後のエリアMの人たちの事も書かないとって思いますから。
何と言いますか、がんばります。ですからこれからもよろしくお願いしますね。ゆーろでした。
管理人の感想
ゆーろさんからのSSです。
Airメンバーですか。
最初から知り合いな祐一と彼らですが、これからの話で過去の事とか語られるでしょう。
晴子さんはあの面子ですし。
……往人と観鈴の関係はかなり進展している模様。(笑
祐一最大の弱点発覚?
ロンギヌスには祐一しか乗れないってとこにその鍵があるのかな。
また相沢祐治お得意の外道的機能なんでしょうね。
舞が祐一に同情するところで、彼女が祐一より高みで見下ろしていると感じた私はダメなのか……。(苦笑
感想は次の作品への原動力なので、送っていただけると作者の方も喜ばれると思いますよー。
感想はBBSメール(yu_ro_clock@hotmail.com)まで。(ウイルス対策につき、@全角)