~伝えられなかったこの気持ち。でも決してこれは嘘じゃない。あの人がどれだけ私の心を占めていたかを……~ 水瀬秋子、名雪に問い詰められて ~私は甘いのでしょうか。それとも、あの人に感化されてしまったのでしょうか。~ 天野美汐、自分の心に戸惑いながら。 ~最近、何処か別の所を見ている名雪さん達……私はそんな気持ちになれません……~ 美坂栞、困惑をしつつ。
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神の居ないこの世界で |
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佐祐理が一番初めにやった事は、調べる事だった。 錯乱していたとはいえ、あの久瀬の言う事を鵜呑みにして信じていたのだから、もしかするとがあると思って調べ始めた。 もしかすると、そんな淡い期待を抱かずには居られない。 祐一と舞が本当は冗談でそんな事を言ったのだって思いたい。 佐祐理はそんな気持ちだった。 「……まだこの方面は調べる余地が有ります」 しかし、調べれば調べるほどGEナンバーの存在が有った事が分かってくる。 そんなに簡単に見つかるわけではないが、確かにあったという情報がそこら彼処から読み取れた。 それを否定できる材料を探す。 否定できる要素を探し調べていくが、皮肉にもそれが逆に存在をGEナンバーを証明していく。 「……………そんな! 嘘です!」 ほぼ、決定的な物ばかりが出てきてしまう。 その殆どが嘘であって欲しい事実に行き着いてしまった。 椅子にがっくりと腰掛けて顔を俯ける。 (嘘だと思いたかった。でも、嘘じゃないなんて……) すでに何もする気力も無かった。 調べ尽くしたと言っても過言では無い状態。 そのまま調べなければ、嘘だと信じれただろうかとかぶりを振る。 (もう、どうでも良いです。何でこんなに辛いのですか?) 魂が抜けた状態。そう言うのが一番しっくりと来た。 だらしなく椅子の背もたれに体重を預けて黙り込む。 (お父様、お母様、一弥……佐祐理はもう、疲れてしまいました……許してくださいますよね?) 死人のように魂を無くしたようにその場に佐祐理はありつづけるしかなかった。 祐一や舞、そして久瀬が言った事が嘘だと抱いた幻想は自らの手で打ち砕いてしまったから。▲▽ ▲▽ ▲▽ ▲▽ ▲▽ 祐一を取り逃してから三日がたった。 あれから祐一たちの足取りはつかめない。 特殊部隊の営倉。祐一が放り込まれた事のある営倉で名雪は考えていた。 無許可で妨害電波及びチャフを使い警備隊を混乱させた挙句、命令違反で1週間営倉入りを命じられていたためだ。 (どうして祐一はあんな事を言ったのだろう?) 何もする事がないから考えていく。 なぜか顔がにやけてしまう。あれほど強い感情を祐一に持ってもらったことは初めてだった。 加えて愛してやると言ってくれたのも初めてだった。 愛しい人に一番言って欲しい言葉を一番言って欲しい言い方で言ってもらえる。 その事は名雪の心を痺れさせ、高揚させた。 (どうして、あれほどにまで、強い感情を私に持ってくれたのだろう) 疑問が、名雪の心の中にある。 その事が気になるだけで、周りの環境は余り気にならなかった。 考え事が中断されるように名雪の視界に影が入る。 秋子だった。 「名雪」 これほどにまで沈んだ母親をいまだかつて名雪は見たことは無いがそれほど驚きはしなかった。 不思議と落ち着いた気持ちで、秋子を見れる自分に驚く。 心の何処かに、安心と余裕が出来たおかげかもしれなかった。 「あなたはどんな事をしたか解ってるの?」 不可解なものを見るような感じの秋子の声。 まぁ、実際には理解なんて物は出来ないだろうなっと名雪は思っている。 名雪だって、あの時何故飛び出したか自分の心の中で整理できていない。 「解ってるから、大人しく営倉に入ってるんだよ」 それにね、っと名雪は不気味な笑みを浮かべながら秋子に続ける。 「お母さんには今の私の気持ちなんてわからないよ」 印鬱な営倉のベットの上で体育座りをしながら名雪は言った。 秋子は溜息をつきながら1枚のしわしわな紙を営倉の中に投げ込む。 「それを見て反省しなさい」 そんな言葉を残して秋子は外に行ってしまった。 名雪はそれを手にとって読み始める。『これを読んでいる人は誰かわからない。 多分俺は読んだ人に断罪して欲しいのだと思う。 はじめに、エリアOの相沢祐治の研究所を破壊したのは、俺だ。 あれは、最後の定期的な調整ではなく緊急の調整だった。 GEナンバー全員が調整を受けた。 その調整がどんなものだったか内容は覚えていない。 でも終った時に、意識、いや思考が爆発した。 そこで初めて意志をもったのだと思う。 初めに考えたことは、兄弟達と話したいということだった。 悲しく無い筈がない――だって、自分の手であの人達の止めを、さしてあげたんだから。 悔しく無い筈がない――だって、あまりに自分が非力で無力でちっぽけだったのだから。 苦しく無い筈がない――だって、あの人達を殺したという事実と罪は消えないのだから。 それに……すでに自分の手は真っ赤になっている。 その手で何かをつかもうなんてことは出来ない。 名前を知らない人達。 自分の兄弟、そして、家族だった人達。 自分に意識が無かったとはいえ、手をかけてしまった人達。 俺の手はこんなにも血にまみれている。だから』 ここで書かれていた物が途切れていた。 明らかに祐一の書いた文字。 それは猿飛のコクピットの中から見つけ出された紙切れだった。 しかし、見つかった時にはくしゃくしゃに丸め込まれていたという。 名雪の疑問が氷解した。 ばらばらだったパズルが繋がるみたいに、ばらばらだった紐が一本になるみたいに。 祐一が名雪に望んだものの何かを名雪が自分で解釈できたからだ。 嬉しくて叫びたかった。『何故』が分かった瞬間だったから。 (祐一は、私に断罪して欲しいんだね? 私に。他の誰でもない私に) ふふふっと声が漏れてしまう。 もし秋子がここに居たら怪訝な顔をされてしまったであろうが、秋子はこの場にいなかった。 (私は祐一の事を一番理解しているんだね? 祐一は自分では死ねないから他人にそれを求めるんだね?) 嬉しくて、嬉しすぎて感覚がどうにかなりそうだった。 逆にどうにかなりすぎていたから何もしなかったのかもしれない。 (その役目を他の誰でもない私に求めたんだよね? 一番愛しい存在である私に!) 忍び笑いが止まらない。 祐一の心を独占できる。その一つが名雪の心の中で喜びになっていた。 (祐一が自分の罪で潰れそうなら、私が現れてあげる。それで私を愛してくれる。私が祐一の中で他の誰よりも1番になれる!) 何度も何度も手にした紙切れを読み返す。 読み返すたびに忍び笑いが次から次へと浮かび上がってくる。 (そう! 私は他の誰よりも祐一の心を独占できる! 私の物に出来る!) 嬉しくて叫びまわりたい。そんな衝動に駆られるが全身全霊をかけてそれを沈めこんだ。 そのためには用意が必要だからだ。 (私個人では祐一には勝てないね。これは間違いないよ) まだ、心の中に残っている衝動を押さえつけながら、冷静になって自分に出来る事を考えていく。 自分の出来る事を分析検分していく、今までみたいに何となくでは無く全身全霊をかけて真剣に。 (戦術でも祐一に勝つのは厳しいね。祐一に勝つのは並大抵な事では無理だよ) 祐一の心を独占するために、自分の心を満足させるために。 名雪は静かに激しく思考する。 祐一を断罪するためにはどうすれば良いのか、そのための手段に必用な事とは? (戦略で祐一に勝つしかない。祐一が絶対に負ける様に苛烈で熾烈な戦略を練れるようにならないといけないね) ありとあらゆる理論・論理に精通し、世の中にある戦術・戦略を組み合わせる。 そして、ドール戦に於いて祐一を圧倒する為に苛烈で熾烈で圧倒的な指揮をするそれが名雪の目的で目標。 名雪の目標・目的は決まった。後は行動するだけだ。▲▽ ▲▽ ▲▽ ▲▽ ▲▽ その頃の香里は明らかに不機嫌だった。 取り憑かれた様に栞の仕上げてきた設計図を見ている。 栞と名雪が祐一の残したディスクを解読したのはちょうど祐一が研究所を襲撃する直前の事だった。 そのディスクの中の猿飛の設計図を参考にしながら、栞の仕上げたくれた設計図を見比べる。 自分の限界ギリギリで操れるドールを製作するために。 (私は……相沢君に自分は役立たずでは無い、足手纏いにはならないと言う事を証明したかっただけ) 香里自身も神の尖兵のテロがあってから、栞にドールの設計、構造について師事を頼んだ。 なぜなら、あの言葉に屈辱を感じたからだ。 『機体の状態を知ろうとしないのは2流以下だよ!』 機体の事は動けばそれで良いと思っていた。 でもそれだけではいけない事を知ってしまった。 だから、猛勉強をしてある程度、本当に込み入った事以外ならわかる程度の知識がついた。 その矢先に起こったのが祐一のYAタイプの奪還劇だ。 (私は……役立たずじゃない! それを相沢君に証明してやらないと気がすまない!) 圧倒的な実力差を見せ付けられて、圧倒的な技術差を見せ付けられて、そして最後には相手さえも気にかけた。 水中に落ちないようにと、手にしていた武器を投げつけて崖に縫い付けられた。 打ち棄てられて、余計な気遣いが無ければ諦めもついた。 私はあの人たちとは違うのだと。 自分とは全く違う物だった、違う生き物なのだと諦めもついた。 しかし、相手に気遣いをかけてもらって生き延びた事実が許せない。 相手も同じ人間、それが酷く癪に触る。 実力の違いは良く知っている。何度も祐一と対戦して良い戦績を残していないからだ。 それでも香里の中には漠然と祐一がいつまでもエリアMに居て、いつか追いつける、対等になれるだろうと夢想する何かが居る。 それが酷く気に入らない。 既に居なくなってしまったものを女々しく(香里は女性なので良いと思うのだが)心の中に置ける自分が気に食わない。 そして、相手の余裕で、自分が生き延びたというのが赦す事が出来ない。 もし、海に落ちていたら助からなかったと思う。 だからその思いは余計に強まっていった。 まるで、役に立たないのだからでしゃばるなと言われたみたいで気分が悪い。 (だから! 余計に気に食わない! 私はそれを赦す事が出来ない!) 祐一が逃げてから香里はそんな調子がずっと続いている。 美樹と似た雰囲気を纏い始めた瞬間だった。 とは言っても、質が違うものだが他の人からは同じものに見えてしまうのだが。 「おいおい、美坂……そんなに殺気立つなよ」 北川はそんな違いを知っている数少ない人間のうちの一人だが、流石に辟易している感がある。 その顔にはそんな雰囲気は美樹さん一人で十分だっと書いてあった。 「栞ちゃん、アルテミスの修理箇所と改造箇所の要望書、確かに預けたぜ」 「はい、確かに承りました」 北川は香里の隣に居た栞に紙の束を手渡す。 そうして、誰に話しかけるわけでもなく呟いた。 「あいつを意識すればするほど、自分に追い詰められるぞ……」 「……うるさいわね」 「おっと、美坂に言った訳じゃない。誰に言ったものじゃないんだ、気に障ったら謝るよ。悪いな」 北川はそう言ってから踵を返して他のメンバーが訓練を行なっている所に足を向けた。 現在、一番祐一に近い動きが出来るあゆからノウハウを吸収するためだ。 ドール戦ではあゆは祐一には到底敵わないが、生身なら完勝する事も可能なだけに学ぶべき部分も多い。 今は多分美樹と瑠奈を相手に格闘訓練をしているはずだった。 あゆはドールに乗った祐一が相手でなければ精神状態も普通を維持できる。 あゆの動きから学ぶべき所を自分の物にする。それが最近の部隊の習慣となりつつあった。 「そんな事……言われなくても解っているわよ」 北川とて祐一を意識しないはずがない。 それは香里だって、部隊の人間なら誰だって承知している事だ。 これだけ、機体にダメージを与えておいて人的被害は皆無だという戦闘技術の差。 そして、自身の倍以上人数を相手にして無傷で突破するドール操縦能力。 もし、形振り構わずに祐一の持ちうるものを発揮した時。 それがどうなるか香里にも誰にも想像出来なかった。▲▽ ▲▽ ▲▽ ▲▽ ▲▽ 真琴と美汐は途方にくれていた。 舞がいきなり居なくなり、そして佐祐理は部屋に閉じこもったまま何かを調べている。 その何かが判らないだけに行動を起こそうにも起こせなかった。 「あぅ……最近、変だよ」 「はぁ、そうですね……」 自主訓練を終えて2人がトレーニングルームから部屋に戻る途中に呟いた言葉がこれだった。 目に見えない疲れが言葉の彼処に滲んでいる。 「舞は居なくなるし、佐祐理は最近おかしい」 「軍内部の動きに機体の配置も慌しいですし」 2人同時にため息を吐く。 確認するように2人でぽつぽつと違和感を挙げていくが解決には何もならない。 「あぅ……祐一を探してくる」 「今日も行くのですか?」 「うん、もしかすると祐一が何か知っているかもしれないから」 「解りました。気をつけてください」 真琴が祐一を探すのは今回が初めてではない。 祐一が居なくなってからずっと真琴は祐一を求めて森を探し回っている。 そう、時間を見つければ1人でも探しに歩いて出かけた。 祐一が居ればこの変な状況を打破できると信じて。 「……私もお父様に探りを入れてみましょうか」 真琴の後姿を見送ってから美汐はため息を軽く吐いた。 真琴は真琴で自分の出来る事をしていて、美汐自身は何もしないわけにもいかないと思ったからである。 美汐の父親はこの基地の基地司令である。 そのため、探ればこの基地が慌しい理由くらい判るかもしれないと淡い期待を抱いた。 「ふぅ……」 淡い期待を抱いたがそれを探るまでの苦労を考えてため息を吐いてしまう。 美汐の所属する部隊つまりは佐祐理の部隊は軍の中でも異端である。 それは久瀬の部隊でも言えるものであるが、久瀬と佐祐理がkanonからの出向であって正式な軍人でない事に起因していた。 その異端な部隊が好き勝手にしている。それが堅気な軍人達の評価だ。 確かに好き勝手しているように見えるかもしれない。 しかし、それは上からの要請が殆どだ。 だが、末端の軍人にはそれがわかるはずもない。 結果、良い感情は持っていない人のほうが基地の中には多かった。 「さて、このままではいけませんね」 官僚気質でしかも粘着気質の事務方の軍人を相手に父親面会の許可を取らなくてはいけない。 美汐はたかが、父親に会うだけの為に何故そんなに苦労しなくてはいけないのかと考えながら歩き始めた。 自分で出来る事をしてこの先に後悔しないために。▲▽ ▲▽ ▲▽ ▲▽ ▲▽ 名雪が営倉から出て秋子に戦略シミュレーションでの対戦を望んできた。 通話で、既にシミュレーター室で待っていると言われて秋子は時間を作ってそちらに向かう。 そこには席について何かを試している名雪がいた。 他には誰もいない。 「名雪、1時間だけなら相手になれるわ」 『うん、ありがとうお母さん』 シミュレーターによる対戦が始まる。 時間を15分に限って4回行う事でお互いに納得して始まった。 戦力は全く同じ。初めは遭遇戦。 次は名雪が守る守備戦、秋子が守る守備戦、最後が実際の作戦を意識した想定戦だった。 勝敗は秋子の3勝1分け。 秋子の方が一日の長があるのは明らかだったが、よもやという場面もあった。 名雪が攻めた秋子の守備戦である。後一歩、時間切れにならなければ負けたのは秋子だった。 「名雪。時間よ」 『うん、ありがとう。お母さん』 2人がほぼ同時に席から立ち上がって部屋を出ようとする。 その入り口で秋子は久しぶりに見た名雪の表情を見て驚いた。 何かを見つけて決心したという顔。 心の中に絶対が有る者の顔だった。 「自分を誤魔化して。自分を偽って、それで満足なのお母さんは?」 唐突に言われて何が言いたいのか理解できない。 聞こえたが、聞こえないみたいな感じで秋子は声を出した。 「え?」 「私はもう偽る事はやめたよ。祐一の事は好き。世界で一番愛しているといえる」 まるで歌う様に紡がれる名雪の声に秋子は不快感を感じた。 決意を表明するみたいに、紡がれる名雪の詩。 今の秋子には、心の中心にあるものが何も無い。 ぽっかりと綺麗に穴が、大きな穴があいている。 それを指摘されているみたいで名雪の言っている事がとても癇に触った。 「なら、祐一と一緒に行動する事で何かできる? でも私は祐一の力にはなれない」 「何が、言いたいの?」 「私は祐一の為だけに出来る事を見つけたのお母さん。お母さんはまだ見つけれないみたいだけど」 秋子を母親ではなく一人の女としてみている目。秋子はそう感じ取った。 そして、立場が見事に逆転している。とも感じ取る。 名雪には自分の心の中にしっかりとした信念を見つける事ができている。 しかし、秋子にはそれは見つかっていない。 「だから、任務だ、仕事だからって自分を誤魔化して、自分を偽って、それで満足なの? お母さんは?」 「わ、私は……」 「別に無理に答えを出してもらわなくて良いよ。次まで多分時間はあるから」 「ぇ?」 「あ、明日も同じ時間に教えてもらえるかな、お母さん」 うろたえる秋子を尻目にいつもの調子に戻った名雪はそのまま歩いていった。 残された秋子は惨めな敗北感に囚われている。 自分の娘にまるで自分が見透かされたように言われて言い返せなかったのだから。▲▽ ▲▽ ▲▽ ▲▽ ▲▽ Air所有の特別船舶の中。 祐一達の乗ってきたYAタイプの調査は思いのほか難航していた。 「あ~、そこがそうなって……」 「往人さん……やっぱりスキャニングしなおそうよ」 「残念だが、無駄だった」 「が、がお……」 普段なら観鈴の頭を殴るはずが、いまの往人にはそんな気力は無かった。 観鈴は観鈴で意味不明な機体を理解しようと四苦八苦しているがその殆どが理解できずに居る。 そんな2人を晴子は眺めながら目の前に居る祐一にある書類を渡した。 「ほら、調査結果やと」 「ありがとうございます」 「礼を言う相手がちゃうで。彰雄に言ってやり」 祐一は書類に目を走らせながら、そうですねっと返事をする。 そして祐一はその書類の束を舞に渡して晴子と再び向き合った。 「もうそろそろ、お別れですね。ありがとうございました」 「あかんでぇ、そないに面白い事を独り占めしようなんて、不出来や」 「見ましたね?」 祐一は何をとは言わない。晴子は当然のように頷いた。 もっとも晴子は彰雄に用件を伝える時に祐一からの言葉の断片から有る程度予想は立てていたのだが。 「戦力は多いほうがええやん?」 「ありがたい申し出ですが、俺と舞で十分です」 「何か理由があるんか? 私が参加できへんような理由が」 「俺達の問題ですから。晴子さんや母さんには関係はありません」 晴子はくふふと楽しそうに笑っていた。 その表情に祐一は怪訝な顔をする。 舞は一度顔を上げてそちらを向いたが再び書類に目を落とした。 「関係ね、関係なら有るんよ」 「それはなんですか?」 そんなものがある筈が無いと祐一は思っている。 晴子は古ぼけた紙を取り出して祐一に突きつけた。 紙にはサイレンス名義の契約書で契約相手は7年前の世界政府という物だった。 内容は、エリアOにおける相沢祐治の研究所の破壊と全スッタフの排除といった物。 もし、スタッフが逃げた場合は抵抗しない限り捕獲する事。 捕獲した場合はそのときの判断に任せるという事が書いてある。 「……これがどうしたというんですか?」 「えぇか? 信頼はこの稼業以外でも大切なもんや。信頼の証としてこの紙がある限り、私も関係があるんや」 「わかりました。止めはしません。邪魔をするなら容赦もしません」 「あったまかったいなぁ。そんなんじゃ、生きていけへんで」 「久世圭吾の止めだけは絶対に譲れないんですよ」 あまりに冷たい言葉に、冷たい視線。 それを受け止め切れなかった晴子は身を震わせながら、半歩身を引いた。 舞でさえ、今の言葉に感情を真っ直ぐに受け止める自信がない。 「邪魔をするなら、あなたも敵です」 完全に晴子は祐一に飲まれている。 先ほども同じような言葉を言われているはずだが、その重さが全然違う。 かなりの場数を踏んで来ている晴子でさえ飲み込まれてしまう雰囲気がそこには存在していた。 「……待って」 「どうしたんだ? 舞」 舞は祐一に正面に歩き出て祐一を真っ直ぐに見つめた。 あまりの視線の冷たさにこの場から逃げたくなる衝動を押さえつけた。 「2人じゃ、久瀬を逃す可能性がある」 「そんな事は解ってる」 「ただで協力してもらえるなら協力してもらうべき」 「そうやで、私としては別に久瀬はどうでもええんよ」 舞の加勢を受けてようやく晴子が息を吹き返す。 祐一は2人を見てため息をつき、勝手にしろっと言って踵を返した。 「祐一、いつ決行するんや?」 「早ければ明後日にも」 「あかん、悪いけどもう4日ばかし延ばしてくれへん?」 「……舞、後のことは任せた」 祐一は後の事を舞に任せて自室に戻っていった。 晴子は舞に視線でどうなんっと聞いて舞はそれを頷いて答える。 舞は舞で、祐一に出来るだけ負担をかけないように潰れてしまわないように必死だ。 前日に格納庫で見た祐一の姿が忘れられない。 「決行は1週間以内なら問題ない」 「よっしゃ。なら作戦会議と行こうか」 晴子と舞は作戦会議を始める。 今この船にはどんな戦力と人材が居てどんな事が可能なのか。 決行の際のルートに、襲撃の際の役割。 それを事細かに決めていく。 大まかに決まった事は晴子たちAirの人間がその工場の通信をソフト、ハード共に破壊する事を受け持つ事。 舞と祐一が工場内部に侵入する事が決まる。 晴子と舞は綿密にその計画を練っていった。 To the next stage
あとがき えーっと名雪ファンの人、まずごめんなさい。気が付いたらノリノリで名雪さんが黒くなってしまいました。 何でこうなったのか自分でも分からない感じです。歪んでますね、私。 こんな感じで書いていると先が辛いのが解っているはずなのに書いてしまいました…… 自分で自分の首を絞めるってこんな事を言うんですね。しみじみと実感しています。 では、これからも頑張りますので、よろしくお願いしますね。ゆーろでした。
管理人の感想
ゆーろさんからのSSです。
名雪覚醒の話。 自分の母親も圧倒する思い込みの激しさですね。 考えとか見ると、どうやっても名雪の方が負けっぽいですけど。
しかし微妙にラスボス化の伏線かと思っちゃいます。(笑 元が一途過ぎる彼女ですから、捩れると逝くとこまで逝っちゃうんでしょうな。 これからの彼女から目が離せませんね。 強力な敵対者になるか、それとも道化で終わるか……。
個人的には後者で。(核爆
感想は次の作品への原動力なので、送っていただけると作者の方も喜ばれると思いますよー。
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