悲しかったんです。 何もかもが。 佐祐理が居た暖かいところは全てが壊されてしまいました。 寂しかったんです。 何もかもが。 佐祐理は1人でした。いえ、そう思おうとしていました。 苦しかったんです。 何もかもが。 手を差し伸べてくれる手を振り払って、横に居てくれた人を追い出だしてしまいました。 何も無かったんです。 佐祐理には。 それでも優しく手を差し伸べてくれた人がいたのに、その人に酷い言葉を投げつけてしまいました。 今、それが間違いだと知ってどうする事も出来ません。 こんなだから、佐祐理が『私』と言えるようになるのは一体いつかわかりません。 いまさら都合が良いかもしれないけど。 我侭だと、自分勝手だと思うけど。 許されるなら。 赦されるのならば。 佐祐理にこの言葉を言わせてください。 ごめんなさい。 『私』の為にまた隣を歩いてください。 と言わせてください。 もし、その言葉を聴いたら…… 美汐さん、真琴は佐祐理を許してくれますか? 舞は再び佐祐理の隣を歩いてくれますか? 祐一さんはこれから先、佐祐理の隣を歩いてくれますか? 手を差し伸べてくれた皆さんはまた手を差し伸べてくれますか? 怖いです。本当に。
 
神の居ないこの世界で


→血で血を洗ったら、元々ついていた汚れはいつになったら綺麗になるのでしょうか?



 薄暗い、コクピットの中。

 美汐は佐祐理と初めて出会った頃を思い出していた。

 父親が軍人という理由だけで軍に入らなくてはいけない頃の話だ。

 父親に言われ、顔も判らないエリアKの住民を守らなくてはいけない。

 そんな事を諭されたいた頃でもある。

 軍に入ることはもう殆ど決定事項だった。それは間違いない。

 でも、何の為に入るのか。明確な理由に信念が美汐の中にあったわけでもない。

 そんなときだ。悲しい目をした佐祐理と基地の近くで出会ったのは。



(あの時は……そう、何て悲しい目をしているんだろうって思ったんですよね)



 そのとき美汐は薄らと思ったのだ。顔のわからない人の為に軍に入るのではなく、知っている誰かの為に軍に入ろうと。

 そのまま、声をかけて話しているのを覚えている。

 隣には舞が居てこちらを警戒していたのも覚えている。  



(話を聞いて、私は力を貸そうと思ったんですよね)



 ただ、話を聞いただけ。でも、それがあまりに痛々しすぎた。

 力になってあげたい。そう思わせる何かがあったのは間違いない。

 それが例え、復讐でも顔の見えない人よりも数倍ましだと思ったのだ。

 それが武器を持つという事に躊躇いを無くさせてくれるのならば。

 精神の安定になってくれるのならば。

 そこから軍の所属で紆余曲折があったものの、今までは佐祐理の部下になっていた。

 美汐の軍に入った理由の多くのところを佐祐理が占めていた。

 誰かの為になっている。それが軍に居た美汐の精神の安定剤でもある。

 佐祐理が、少しでも反論してくれれば、反応してくれれば今までの関係が築けたであろうと思えただけに苛立ちは凄まじい。

 裏切られた……それが美汐に残った怒りの大本だ。

 宛て付けがましいかも知れない。

 でも、それでも、何か言って欲しかったのだ。

 佐祐理の口から助けて欲しいでも、謝罪の言葉でも。

 あの、自分はもう関係無いと言う言葉、自分を蔑ろにする言葉以外を言って欲しかったのだ。



(……集中しないといけないですね)



 気が付けば、見慣れていない工場の目の前。

 太陽が少し顔をのぞかせ、その建物の全容が薄暗くだが見えている。

 何度か来た事の有る場所では有るがなじみが有るわけではない。



「真琴、行きますよ」

『美汐と真琴が揃えば、負けることなんて無いんだから!』



 真琴と美汐の2人はエリアKの軍が総攻撃を仕掛ける前に行動を開始していた。

 美汐の父親のデータベースを盗み見てからの行動で、佐祐理の指示でもなんでもない。

 けじめみたいな物をつけるための行動だ。

 同じ会社と軍の仲間だった(仲はかなり悪かったが)はずの連中が自分達を騙した。

 それも、本人は塞ぎこみ何も行動を起こさない。

 それに苛立ちは覚えるものの、そこまでだと思い、自分達の憂さを晴らすための行動だった。

 一番酷い経験をしてきたものを利用し、そのものを騙して自分達すら騙した。

 それに怒りを覚えたと同時に、祐一と舞も同じようにここを攻める事も手紙で知っていた。

 初めに手紙を貰ったのは真琴だった。それもつい最近に2通。

 一方的に舞から送られてきた物で、その言葉の裏には祐一が見え隠れしているのが読み取れたのだ。

 消印が不明で、返信が出来ないのが心残りではあるが。

 1通目は今の状況に、佐祐理に関する心配事、迷惑をかけるが頼みたい事があると言う事だった。

 2通目が事件を起こすので近づかないで欲しいと言うもの。

 その場所の指定に、どういった内容の事をするのかというものが簡潔に書いてあった。

 流石に作戦決行の日付けはわからない。

 ならば、後れを取らないようにその場を目指せば良い。

 運がよければまた出会えるだろうと言う楽観した考えもそこにあった。

 祐一たちより先に攻めてしまえば鬱憤を晴らすことが出来るし、遅れてしまえばそれはそこまでだとも思っている。



「注意してください。ここから先は」

『わかってるわよぅ。攻める相手の本拠地なんでしょ』

「解っているなら良いです。注意を払ってください」



 目指した場所は現在目の前にあるエリアKのkanonの組立工場。

 久瀬圭一がその場に居るはずの場所だった。

 最後にともに行動したせいなのか、無人機であるマリオネットのB型はカメラに2人のドールを納めるも何も反応を示さない。

 まるでいない存在のように横を素通りして行く。

 

「どうやら、敵として認識されていないみたいですね」

『あぅ……美汐どうする?』

「行けるところまで行きましょう。もし交戦して駄目なら機体を棄てれば良いだけの話です」

『うん。解った!』



 行動は慎重にしながら工場の敷地の中に入って行く。

 その建物はまるで2つの機体を飲み込むような化物のような感じだった。










▲▽  ▲▽  ▲▽  ▲▽  ▲▽
 自分のために用意してくれた機体、マリオネットC型で私はいつも思う。  私の白く灰色に濁った世界に色を加えてくれたのは久世大尉と斉藤さんだ。  それに間違いは無い。  時々、私は斉藤さんが羨ましくなる。  ただ、あるがままに久瀬大尉の横に入れるのだから。  そんな事を思いながら私は愛機に乗り込んで、エリアKの軍を迎撃する為に指定された場所に向かっていた。  途中に、会いたくない人間にあってしまうことになる。 『申し訳ありません。道を聞いて良いですか?』 「その機体は……ファントム」  一度だけ、一緒の作戦に行動した事がある。  見覚えのある機体が目の前にある。その後ろには倉田佐祐理の新作が続いてきているような気がした。  いや、実際に続いている事だろう。 『久瀬圭一に会いたいのですが』 「……何の用で?」 『いえ、私もそれが聞きたいですね。何故、貴女はそんなに物騒な装備をしているのですか?』 「質問を質問で返されるとは」 『何の用といわれましても、理解できますでしょうか?』  まるで人を小ばかにしたように感じられる丁寧な言葉が私の癇に障る。  丁寧な言葉の影に久瀬大尉に対する悪意が見え隠れしていると感じた。 「用なら後にしてもらえない?」 『そうもいかないのです』 「天野さんだっけ? 貴方に久瀬大尉の何が解るって言うの?」 『さて、先に形の上でも仲間だった人を傷つけたのは誰でしたか? あぁ、久瀬大尉でしたね』  感情的になってはいけないのは分かっている。  でも、これだけは認められない。  こいつには、久瀬大尉に関して何も口を挟む権利も何もないと。  私はあの刻、あの頃、あの時間、あの季節、あの場所での事を忘れない。そう、絶対に。  何も知らない、誰かに、あの時の気持ちは誰にもわからない。  判らないくせに、久瀬大尉を知らないくせに地獄を見たことも無いくせに。  ただ、イライラする。 『私はただ、倉田さんに謝って欲しいとお願いしに来ただけですよ』 「久瀬大尉が悪い? そんな話、嘘に決まってます。私にとってあの人は悪には成り得ない」  あの刻、あの頃、あの時間、あの季節、あの場所は間違い無く地獄だった。  兵という名の人が、悪魔が、無力な私の町の人という人を殺し、残されたのは静かな地獄だった。  倉田佐祐理がどんな目に会ったかなんて興味は無い。  私達が味わった地獄の何分の一かの苦痛を味わっただけだろう。  あいつの言葉にはただ、イライラする。 『私たちは貴女に用が有るのではありません』 「私は久瀬大尉が存在しなければ、存在していない。だから、この先には行かせない」 『何を言いたいのか判りませんがそこを通してもらいます』 「久瀬大尉は私の全て。あの地獄から、こんな私を助けてくれた」 『……何が言いたいのです?』  そうだ、思い出せあの時を。  誰もが希望を失い、後は死ぬのを待つだけという時間の中。  雪が降り自然さえも人を殺し始めたあの場所は地獄だった。  私を救ってくれたのは、生き残った私の町の人を救ってくれたのは久瀬大尉だ。  生き残った数少ない町の人を救い新たな場所をくれたのも久瀬大尉だ。  だから、目の前にいる奴の言葉がとても、とても嫌な物に聞こえる。  認めることは出来ない。 「貴女達が先に久瀬大尉を傷つけたのではなくて?」 『いいえ、明らかにそちらが先です』  あの地獄を知らずに、のうのうと暮らしてきて、何故そういえるのか、言い切れるのか。  知らないくせに、知ろうとしないくせに。  イライラする。断言できるはずがない。あの人が居なければ私は存在しなかった。  あの人が居なければ、今の私は存在できなかった。  だから、役に立てるのが嬉しくて、久瀬大尉の行なっていることが間違っているはずがない。  間違いない、こいつらは『敵』だ。  認めてあげる、こいつらは私の『敵』。 ――殲滅されろ、駆逐されろ。殲滅してやる、駆逐してやる。 「うるさい! 黙れよ!」 『やれやれ、交渉決裂ですか?』  目の前にいるのは『敵』だ。ならば、私の意味は?  私は久瀬大尉の為にここにいる。  ならば、『敵』はここから先には通さないそれで良い。  これは義務じゃない。信仰でもない。  私の気持ちは心は常に久瀬大尉の横にある。  私には久瀬大尉が言われる事、それ以外に正しい事があるというなら、ソレは要らない。  久瀬大尉が望まれる事、言われる事、その私が出来る事は私の幸せ。  少しでも褒めてもらえれば私は幸せだ。  それが誇りで、私の信念。 ――地獄を見せてやる。私が見た地獄の一部を、お前達に再現してやる。 「お前達如きに先を行かせるわけ無い!」 『問答無用ですか……やりますよ、真琴』  久瀬大尉が私を信じてくれたから私は今ここに存在できる。    隣に久瀬大尉がいてくれたから、私は私になれた。  あの方は私を裏切らないように、私はあの方を裏切らない。  これは私が殺されようと切り刻まれようと変らない、変りはしない。  私の誓いをその事実をここで証明してやる。  そして、私を怒らせた事を後悔しろ。  決して、私はお前たちを赦しはしない。 ――深く、ふかく! 後悔しろ! 懺悔しろ!
▲▽  ▲▽  ▲▽  ▲▽  ▲▽
 美汐は丁寧な言葉で、相手を煽ってはいたが、ここまで怒るとは思っていずに困惑していた。  それは真琴も同様で、何でこんなに相手が怒っているか解らない。 「真琴、連動機が出てくる前に叩きますよ」 『うん!』  美汐と真琴が柳の操るマリオネットC型の距離を詰めていた。  柳はそれを詰めさせる事をさせずに、後退を続ける。  その美汐の目論見は既に遅くなってしまっていた。 『アクセス! 設定味方4機を敵に変更、行動準備!』 「何をしたのですか?」 『あぅ、嫌な予感がする……』  柳を追いかけて出て行く先。  わぁっと光が広がる広い空間。  中庭のような所に出た。  周囲を壁に囲まれ、まるでコロッセオのような面持ちの場所。  美汐たちの記憶が確かなら、その場はドールの試験場だ。  外に飛び出た瞬間、美汐の視界が真っ白に染まった。 「っ!」 『行動開始!』  美汐の視界が真っ白になったのを見透かした柳のその声と連動して、何かが蠢いた。  円形の壁の上に12機のマリオネットB型が取り囲むようにその場に銃を構えて佇んでいた。  その主人のいない機体が一斉に引き金を引き絞る。  狙いはまんまと、明るさに目をやられた美汐の向かって。 『美汐!』 「くぅ!」  入り口のような場所付近で二の足を踏んだ美汐を引っ張るように真琴はドルフィンでファントムを引き寄せる。  銃弾が、ファントムの居た付近に集中して、動きを追うように入り口の角度が取れる所まで追ってくる。  ファントムは何箇所か被弾してるが、損傷は軽微のようだ。 「待ち伏せ……ですか」 『あぅ……さっき見た感じで9機以上居る』 「手を選んでられません。やりますよ」  かんかんっという音と共に、美汐達のいた空間の足元に何かが転がってきた。  その何か、とは外から投げ込まれた手榴弾を大きくしたような物だ。  美汐のファントムがそれを捉えた瞬間にドルフィンの手を握って走り出した。  そう、先ほどその場まで行ったコロッセオのような場所の入り口目掛けて。 「拙い!」 『美汐、やるよ!』 「視覚モード切替!」 『大目玉なんだから!』  ぽしゅうぅっという音を何度も残しながら、真琴が手にしていた武器の弾丸を吐き出す。  2人の後ろでは爆発が起こり破片が2機の後ろ部分を襲っている。  それでも真琴は発射する手を緩めない。  勢いもそのまま、外に飛び出た。  真琴が吐き出し続けていたのは煙幕弾だ。  外に出たときには濃密な色付きガスが周囲を包み込んでいる。  1m先を見るのだって苦労するくらいに。  美汐は必死に画面に映る異様な光景に堪えながら、辺りを素早く見回す。  美汐が見ている画面は真琴の視界と全く同じ。正視に耐える物ではない。  しかし、視界が0なのと比べれば、全然ましだ。気持ちが悪くなるのを我慢すればだが。  そして、美汐はB型が壁の上に12機居る事が確認できた。しかし様子がおかしい。  同じ場所、同じ高さに居たはずの1機が見当たらない。  そう、柳の機体が見当たらないのだ。 『私が見つけられないのかしら?』  視覚をふさいで、もう適当にしか攻撃の出来ないはずの12機から、ほぼ正確な銃撃が襲ってくる。  真琴と美汐は即座に展開して、真琴は応射をはじめた。 『あぅー、なんなのよぅ!』 「くっ! 真琴はそのまま行動を続けてください」 『わかった!』 『ふふふ、私がそんな事させるわけ無いじゃない……後悔なさい』  直後、攻撃が全て真琴に集中する。  咄嗟の機転を利かせて、もと居た通路へと逆戻りする真琴。 (拙い……何か突破できる何かがないと) 『あら? 1人は元の通路に戻ったのね。見捨てられたのかしら?』 (相手の挑発に乗っては駄目だ) 『もっとも、そこが安全とは言い切れないはずなのにね……ふふふ』 「! 真琴、すぐにその場を離れて!」  耳を劈く爆発音。  入り口には数多くの手榴弾を大きくしたものが多数投げ込まれていた。  それがいっせいに爆発したのだ。 「真琴! 応答してください!」 『……しぶといわね。まだ動いてる……もっとも次はお前なんだけど』 (まだ動いているなら、生きているはず。今は何とかこの場を切り抜ける方法を考えないと)  一斉に引き絞られた銃に美汐は機体をランダムに走らせながら何とか回避させる。  しかし、ダメージは蓄積するばかりで何も状況を打破できるものは浮かばなかった。 (くぅ! 何もできないと言うのですか! 何故私の機体は火力が無いのですか!) 『ふふふ、もう諦めたらどうかしら?』 (なぜ、私の位置を? 落ち着いてこの施設の概要を思い出せば何とかなるかもしれません)  美汐は視界がふさがれている状況で何故、連動機がほぼ正確にファントムを狙えているかを考える。  連動機の敵を認識するシステムは全てが視界の処理によってえられている。  視界を奪いきってしまえば、それは無くなるはずだった。  しかし、現に美汐の位置を把握して銃撃をされている。 (視覚がまだ一つ残ってるのですか!?)  美汐は咄嗟に施設の概要を思い出した。  この場はドールの試験場。監視カメラの他に何かあったはずだと必死に思い出す。 (熱暴走に対するサーモカメラが有りました! それで私が狙われているわけですか!)  美汐は建物の概要を深く思い出す。  サーモカメラの情報はドールにも共有されたはずだと。  そして、その気になれば中央制御室とも情報のやり問いが出来ることも思い出した。  この振動を無理や映像化する視線に柳の乗るマリオネットが写らないのかも、思い至った。 (機体を全て補助のバッテリーに切り替えて水素エンジンを切り、サーモカメラで得た情報で私を攻撃している)  種明かしはこうだ、美汐がそう思ったようにサーモカメラの情報を共有している。  それの情報を元に中央制御室のドール制御の系統から、マリオネットB型に目標の位置を教えているのだ。  そして、マリオネットB型に攻撃をさせている。 (ならば、こちらも腕の一つくらいは覚悟しないといけませんね……)  気持ちの悪くなる視界の中から、一際振動している壁を見つけ出す。  ファントムは回避を考えずにその場に目掛けて走り出し、そして、右手を突き出した。 (腕の絶縁ユニット……終わるまでもってくださよ!)  祈るような気持ちで、美汐が突き入れた先の壁。  その先で何かを掴んで、引きずり出した。  それは配電盤を集めて集中的に管理している物。  バチンと言う大きな音がしてファントムの右腕が崩れ落ちる。  その瞬間に、銃撃は一度、止まった。 (とりあえず、腕一本で済みましたか、でも……)  視覚モードを元に戻して、辺りを見回す。  色つきのガスがかなり薄まってきている事に気が付いた。  このままではガスが晴れて、一方的に銃撃を受けるのは必死だ。  現状をひっくり返そうにも、ファントムには本格的な銃の装備は無い。  また、視界を切り換えて辺りを改めて見回す。  柳機はまだ水素エンジンを切っているのか、視界の中にはいない。  壁の上には12機のマリオネットB型が居る。 「チェックメイトですか……」  ファントムのメイン武装である、スタンロッドを残された左手で引き抜いて、視覚モードを元に切り換える。  美汐はガスが晴れた瞬間に、柳機に特攻をかけるつもりで居た。  静かに、ガスが晴れるのを待ちながら、広場の中央に歩いて行く。 (真琴は大丈夫でしょうか?)  そんな事を思いながら、ガスが晴れるのをまつ。  晴れるまでの時間が果てしなく長い物に感じられる。 (最高にうまく行って、柳機との相打ちでしょう)  静かに、気持ちを落ち着かせて静かに待っている。  少しでも相手が見えたら即座に相打ち覚悟で殴りつける心構えを整えた。  ガスが少しずつ晴れてくる。 『ようやく、追いつきましたよー』  気の抜けるのほほんとした声。それに追随するだび重なる破壊音。  それとほぼ同時に音がする特徴的な発砲音。  この場に居るはずの無い機体から発せられる独特の音。  テラーズ独特の音だ。 「え? 佐祐理さん?」 『あはは〜、ヒロインとかヒーローは遅れてやってくるのですよ!』  居るはずの無い、いや来る筈の無い人物がいることに戸惑いが隠せない美汐。  壁の上はガスが薄まっていても、下からでは銃撃は無理だろうが同じ高さからなら銃撃破可能であろう。  テラーズの砲撃が正確に壁の上周辺に展開したマリオネットたちを撃ち、貫いていく。  同じ高さの敵を想定していなかったのか、あっけなく、撃ち貫かれていった。  しかし、まだ美汐たちのいる場所のガスは晴れていない。 『さすが、お人形さんですね。これだけ脆いとは』 『倉田佐祐理!』 『五月蝿いですね、私も貴方とあなたの主人には用が無いのですよ』  テラーズは全てを沈黙をさせてから、辺りを見回した。  そして、佐祐理は美汐たちと同じ位置まで降りる為にエレベーターを起動させた。 『黙れ! 黙れだまれダマレ!』 『退いてください。私にはやらなくてはいけない事が沢山有るんです』 『行かせない、行かせるものか!』  マリオネットを起動させる音がする。  その瞬間に、美汐たちが入ってきた入り口付近から一発の銃弾が飛んだ。  一発の銃弾がガスの向こうのマリオネットC型のコクピットに直撃する。  その一撃であっけなく沈黙する柳機。 『痛いわねぇ〜、何するのよぅ!! 意識が跳んじゃったじゃない!』  怒鳴り声と一緒になってドルフィンが出でてくるような気配がした。  瓦礫がごろごろと転がっている、広間と建物を繋ぐ入り口から、上半身だけで引きずるようにドルフィンが出てくる。  バチバチと嫌な音を立てながら、まだ動く両腕で這いながら中央にいる美汐の元に向かっていた。  全体が見えるとそれはかなり酷い有様だった。  下半身は砕け散り、辛うじて足らしきものが付いていたのだとわかるに留まっている。 「真琴……無事でよかったです」 『無事じゃないわよぅ……』 『……美汐さん、真琴、ごめんなさい。佐祐理……間違ってました』 『あれ? 佐祐理が何でここにいるの?』  真琴は這い蹲った機体から不思議そうにテラーズを見上げた。  ファントムは晴れたガスの中、柳機がしっかりと機能停止しているか確認をする。  もし、気が付いても機体が動けないようにするために、動力部分にスタンロッドを突き刺した。  その後、真琴のドルフィンの近くにファントムを移動させる。 『佐祐理には知らなくちゃいけない事があります。私の遭った事件の真相を当事者に』  機体から降りることなく佐祐理は、そう言い切った。  真琴は戸惑いながらそれを見ていて、美汐はどこか不機嫌にそれを聞いていた。 『もしかすると、佐祐理はずっと騙されていたのかもしれません。だからその事を知らなくちゃいけないんです』 「誰にですか?」 『久瀬圭吾、佐祐理のお父様の友人にです』 『祐一と舞は帰ってくるの?』 『わかりません。でも、謝るつもりです』 『そっか。だったら良いじゃない。応援するわよぅ!』  先ほどまで戸惑っていた真琴は謝ると聞いて、一転して、機嫌が良くなった。  美汐もどこか不機嫌な雰囲気をしているものの、雰囲気の中に紛れる棘が少なくなっている。 「真琴、機体をチェックしてから退路を確保しに行きますよ」 『あぅ……でも一緒に行かなくて良いの?』 「どちらの機体も酷い損傷を受けてますから。それに退路を確保しておかないといけません」  ドルフィンの横にファントムを移動させながら、美汐はそういった。  テラーズは申し訳無さそうな仕草を見せてから先の通路に歩き始める。 『後で、正式に謝ってから、ちゃんと説明します。だから、止めないでください』 「勝手にしてください」 『……美汐さん』 「無事に帰れるように退路を確保しに行くのです。貴女も無事に帰れるように」 『ありがとうございます。それでは、行ってきます』 「覚悟してください。私は並大抵のことでは許しませんよ」 『はい、肝に銘じておきますよー』  柔らかい声を残して佐祐理は通路の先に消えていった。  美汐と真琴は機体から降りて、自分達の機体を見上げる。  損傷は酷い物だった。 「美汐、佐祐理に祐一たちの事を何も言わなくてよかったの?」 「良いんです。あの人には良い薬でしょう。それに」 「それに?」 「良い女と言うのは意地悪なんですよ」 「へぇ〜、そうなんだ」 「冗談です。でも、祐一さん達が今ここに居るとは限りません。楽観は出来ませんからね」  そっぽを向きながら美汐は自分が一番楽観視していた事を、さりげなく楽観できないと言った。  やはり、素直に佐祐理の事を許す事が出来なく、照れ隠しをしているのだと真琴は微笑む。  それを見た美汐が不機嫌そうに鼻を鳴らした。 「……私の顔が可笑しいですか?」 「あぅ……そんなわけじゃないよ」 「さ、退路を確保しにいきますよ」 「うん」  簡単に機体をチェックした後、ドルフィンをその場に廃棄する事にした。  先ほどまで動けていたのが不思議なくらいである。  もちろん、後で機体を回収しには来るがこの場に置いて行くという判断であった。  そして、真琴は美汐のファントムに無理に乗り込み、退路を確保しに行く。 To the next stage
 あとがき  はい、祐一君達を放置して佐祐理さん達を中心に1話、書きました。  冒頭にて、美汐さんの心情を補強しましたが、果たしてこれでどこまで伝えられるのでしょうか?  結構不安ですね。それとなく伝わっているとうれしいのですが、どうでしょう。  やはり、精進あるのみですね。ではここまで付き合っていただき、ありがとうございます。ゆーろでした。

管理人の感想


 ゆーろさんからのSSです。
 冒頭の美汐の心情はアレで良いのではないでしょうか?  あった事を全て書くのが必ずしもいいとは言えませんしね。  心情なんで部分的なのが妥当でしょう。
 しかし柳さんがなぁ……。  どう見ても逆ギレの痛い女ですよねぇ。  以前からその兆候はあったものの、狂信者的な部分が一気に出ました。  当事者ゆえの許せなさってのは無論あると思いますけどね。  知りもしないくせに、ってあんた教える気あったたんかい、とツッコむ私はダメなのか?(爆


 ファントムと聞くと、どうもシャープス博士の(以下略


 感想は次の作品への原動力なので、送っていただけると作者の方も喜ばれると思いますよー。

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