今まで子供だと思っていた名雪は既に私の遥か先を歩いています。 元々、才能も有ったのでしょう。 既に私よりも巧い戦闘の展開の仕方すらあります。 その才能が嬉しくも有り、恐ろしくも有ります。 そして、私が名雪にできる事はもう何も無いでしょう。 それが嬉しくあり、寂しくもあります。 私に出来る事は殆どが名雪も出来る事でしょう。 エリアにおいて、軍において、私は用無しになるのは時間の問題です。 私はどうすれば良いのでしょうか。 いつからか開いてしまった胸の大きな穴。 気が付かない振りをして歩き続けてきました。 でも、気が付かされてしまいまいました。娘の名雪の手によって。 この胸に空いた大きな穴を埋めるにはどうすれば良いのでしょうか。 教えてください、訓えてください。 何故この大きな穴があいてしまったのか。 不安なのです、怖いんです。 自分がバラバラになるのが、失われてしまうのが。 私は、こんなにも失う事に怖がる人間では無かったと思いたいのです。 祐一さんに出会えればこの胸にあいた大きな穴は埋まるでしょうか? バラバラになりそうな私を繋ぎとめてくれるでしょうか? 私はそれを知りたいのです。 だから、私は家族も地位も名声も、全てを棄てて祐一さん、貴方に会いに行きます。 私が私であるために。 もし祐一さんに出会ったとき貴方はどんな顔をするでしょうか? そのときにはこの胸の穴は小さくなってくれるでしょうか?
 
神の居ないこの世界で


→私には私の道を。あの子にはあの子の道が有るはずです。それが例え分岐点になろうとも。




 いつも純白の色に彩られていた部隊の色はくすんだ灰色に取って代わった。

 この色はエリアMのどこの部隊にも無く、代わりにエリアKの部隊特有の色である。

 まるで、今の自分を表しているようで、秋子には到底好きになれる色ではなかった。



「事前に説明したように、例え誰の機体が大破しようとも、ばれる事を避けてください」



 声が多少震えているのを秋子はしっかりと認識していた。
 
 ものすごく残酷な事を言っていることもしっかりと理解している。

 そして、これからする事、それに不安を抱いている事もしっかりと理解していた。

 だが、決意が鈍っているわけでもない。



「これより作戦を開始します。移動開始」



 エリアMの海岸部分から出発した部隊はゆっくりと、確実にエリアKのkanonの工場に向かっていた。

 夜半にエリアMの海岸部を出発して、夜明け前に今いるエリアKの海岸部につく。

 そして、薄暗い中を目的地に向かって進軍を開始した。

 このペースで行けば夜明けと共に襲撃が出来るだろう。

 秋子は名雪に秘匿回線で会話を持ちかけた。



「名雪、目的地での指揮は貴方が執りなさい」

『え? いいの?』

「祐一さんを相手にするつもりなら、こんな物に手を焼くわけには行かないでしょう?」



 秋子のその一言に、名雪は声を硬くした。

 そして、軍の中での口調で、自分が甘えないように律した上で秋子に返答する。



『判りました、水瀬隊長。指揮を執ります』

「私は単身乗り込んで、制御室を押さえます。それまでの指揮、もしかするとその先の指揮を移譲します」

『援護をすれば良いのですね?』

「えぇ、その後の判断は全て任せます」

『了解しました』



 名雪に指揮を委譲して、秋子は一息ついた。

 もう戻るつもりの無い部隊を感慨深げに眺めてから、気持ちを引き締める。

 そう、もう戻るつもりは無いのだ。

 名雪と秋子の違いを考えてみよう。

 卓越したNドールの操縦技術と冷静な判断能力。そして、安全を第1とした作戦立案とカリスマ性。

 それが秋子の持つ能力で、それに伴う実績を持っている。

 一方名雪は、冷徹な判断能力。作戦成功と効率を第一に置いた作戦立案、祐一を一度押さえ込んだ武器使用の発想力。

 それが名雪の持つ今の能力で、今はまだ秋子にしかそれを認知されていない。

 秋子が不幸なのは自分も戦力として働けてしまう事だ。

 そのために、作戦中に指示が出せない時が多々ある。

 それは、祐一を捕獲する時に証明されてしまった事。

 戦闘をこなしながら、各自の動きの把握など不可能に近い。
 
 流れのような物は感じ取れるかもしれない。

 単独で流れを引き寄せれるならば問題がないがNドールでは到底、無理な注文だ。

 だから、仲間と引き寄せる必要がでてくるが、ここでも問題が出て来る。

 その時に味方の動向、そして戦場の流れを掴みきれているかということにだ。

 実際に戦闘が始まってしまえば、自身が戦闘に参加して意識を戦闘に裂けば裂くほど掴めなくなってしまう。

 そんな事が出来る人間が居るなら、それは祐一のように小さな頃から教育された人間。

 もしくは、一握りの天才と言われる物だけだろう。

 あの時、秋子が戦力として作戦には参加せずに、指示に徹していたなら別の展開が待っていたかもしれない。

 名雪には卓越した操縦能力は無い。だが、指揮をするものにはそれは必要は無い。

 秋子は自身が持つマルチな才能の為に戦場では指揮官には向かない。

 それを持たずに、不必要な物を捨て去り、無駄を排除して行く名雪はまさに指揮官として羽化している。

 化けるとは、今の名雪のために用意された物だと秋子は思っていた。

 まさに、少しの期間でこれほど成長する事はありえないくらいに。

 目的の場所に着いた。

 夜明けは既に済んでおり、太陽が眩しく名雪達を照らしている。



「これ以降の指示は水瀬名雪少尉に従ってください。私は単独で制御室を制圧します」



 その秋子の言葉に戸惑いが広がったの言うまでも無い。

 しかし、反論らしき反論は誰もしなかった。



『月宮少尉、機体を降りて宵の足元に来てください。そのNドールは私が操作します』

『わかったよ』



 あゆはNドールでこの作戦に参加していた。

 Hドールでは戦力になるあゆでも、Nドールでは戦力に数えるには抵抗がある。

 今、名雪が乗っている宵は名雪自身が改造し、複座から単座に機体自身を変質させてあった。

 その宵がそれを操るためにケーブルを繋げた。

 平行して、宵のバックパック部分から小型コンテナを降ろした。

 降ろした後にもう一つのコンテナをNドールに取り付ける。



『月宮少尉、これらの武器を使ってネメシスの援護を』

「了解したよ」



 人の大きさくらいしかない小型のコンテナを漁り、あゆは装備を整えた。

 あゆは元々ドール乗りでは無いので、こちらの方が性にあっている。



『秋子隊長。あのNドールで浸入口をこじ開けます。その後に続いてください』

「わかりました。ありがとう、名雪」

『いえ、援護できるのはそこまでです』

「えぇ、そこまでで結構です。もし私が帰ってこなくても、その後の指揮は名雪に任せます」



 繋いだNドールが単機、最大戦速で飛び出した。

 反応したマリオネット達が集まってきている。

 それさえも無視したNドールは搬入口らしきところに取り付いた。

 その場で身を小さくして、ダメージを最小限にする。

 徐々にそれを包囲する円が小さくなってきていた。


がこぉぉぉぉぉぉおぉぉん!


 耳に尾を引くような爆発音。

 ダメージが操れる限界まで来たときにそれは自爆した。

 いや、正確には名雪が自爆させた。

 もちろん回りに、居たマリオネット達はひとたまりも無いだろう。



『今です、後は任せてください』

「わかりました」

『お母さん……いえ、水瀬隊長……さよなら……です』



 しかし、その操作に一番驚いていたのは秋子と美樹を除く特殊部隊のメンバーだった。

 確かに作戦を受けたが、人を殺しに来た訳ではないと一様に動揺を隠せない。

 明らかに人に被害が出る爆発と機体の運用に戸惑いを感じていた。

 そして、何のためらいも無くそれを実行する名雪にも。



『名雪! 一体、何をしているの!』

『なにをって一番最適な方法を取っただけだよ。それに、人なら乗ってないよ』

『水瀬さん、それは本当か?』



 秋子の機体が搬入口に開いた大穴から基地の内部に侵入している。

 香里、瑠奈そして美樹はそれを追いかけながら香里と名雪の口論は続いた。

 今はとりあえず、爆発のショックで動けなくなったマリオネット達を動けなくするように動いている。

 爆発に巻き込まれたのは4機だった。

 北川を除く3機が基地の搬入口を陣取った形になる。



『神々の尖兵って覚えてるよね、あの時の不思議なドールを覚えてる?』

『……それと同じなの?』

『うん、それと同じ電波を出してる。間違いないよ』

『なら、直接コクピットを狙えと言うのか?』

『そうだよ。これより先は私が指揮を散ります。文句は作戦終了後に』



 言葉を硬化させて、名雪はメンバーの発言を封じ込めた。

 今回作戦に参加しているのは、香里、北川、瑠奈、美樹、あゆ、名雪そして秋子だ。

 既に、この場には秋子いない。栞がこれなかったのは戦闘員では無いから。

 付いて行くと駄々をこねたが、秋子がそれを退けていた。



『牧田少尉。左側の敵を思う存分、相手にしてください。来るのは2機です』

『うふふふ、判ったわ』



 美樹自身、自分の顔が歓喜で歪んでいるのが判っている。

 名雪はそれ以上の指示は出さずに、美樹の好きにやらせるような指示で打ち切った。



『月宮少尉、牧田少尉の援護を』

『了解。でもあまり期待しないでね』

『足止めが出来れば上等だよ』



 名雪の言葉にカチンと来るあゆ。

 しかし、名雪はその事はなんでもないように次の指示に移っていた。

 事実、単独でしかも、人の力だけではドールを仕留めるのは不可能に近い。

 その事はあゆも知っているがこの言葉にはカチンと来る物があった。



『美坂・七瀬、両少尉は右前方にてラインの形成を、北川少尉は私の指示に従って行動してください』



 3人は無言でその指示に従う。とりあえずと言った面持ちであった。

 秋子が名雪に師事していたのは知っているが、それが何処まで通用するか知ってはいない。

 もし危険なようなら、その場で自己の判断をしようと思っていた。

 美樹とあゆには大まかな指示を出して以来、一切指示を出さない名雪。

 指示の中心は、もっぱら香里と瑠奈そして北川の位置に関する指示ばかりだ。



『七瀬少尉、そのまま半歩下がってください』

『はい』



 マリオネットが4機いて、3機が香里を狙っている。

 残りの1機が瑠奈を狙っていた。

 香里に対しては、このルートで避けて反撃を待てとしか指示を出していない。

 北川に対しても、元の位置から銃を構えて待てとしか指示を出していなかった。



『北川少尉、準備を』



 真横にいる名雪の宵から北川のアルテミスにようやく指示らしき指示が入ってきた。

 北川は、改良型の対装甲ライフルを構えてスコープを覗き込む。

 香里は前後に挟まれて、避けて回るのがやっとの状態だ。



(なるほどな……一網打尽って訳だ)

『七瀬少尉、もう半歩後ろへ、美坂少尉、伏せて!』



 その指示に香里はとっさに伏せる。

 瑠奈は半歩、機体を下がらせただけだった。

 その半歩下がっただけの距離を当然詰めるマリオネット。

 4機の敵ドールが一直線に並ぶ。


ガオォォン!


 銃声が聞こえたと同時に、4機のマリオネットの胴体部分のどこかが吹き飛んだ。

 瑠奈の目の前に居たドールは機関部を吹き飛ばされて既に動けないようになっている。

 香里が相手にしていた3機のドールは2機が行動不能でもう1機は香里の手によって機能停止に追い込まれた。

 香里には動きがかなり悪くなったドールを機能停止に追い込むのは簡単な作業だ。



『……状況終了。このまま待機しててください』

(本当に、名雪なの? この指揮は誰を……って考えるだけ野暮ね)

『……凄いですね、あっという間でした……』

『水瀬さんの指揮のお陰だ。射線上に全てが並んだんだから』



 瑠奈の呆気に取られた声。北川も名雪の指揮には舌を巻くしかない。

 香里は香里で、名雪の評価を改めていた。

 北川、瑠奈の2人も評価を改めている。

 一方、美樹とあゆのコンビは指示を全く受けていなかったが今の美樹には指示が必要が無かった。



『はぁぁ!』



 野生の獣ような勢いでネメシスは銃剣の付いたアサルトライフルで銃撃しつつ、敵に向かって突進する。

 多少の銃弾を浴びるのは大丈夫なようにネメシスは出来ているからだ。

 銃弾を浴びようとも怯まずに敵のコクピットに深々と銃剣を突き刺して銃を発射する。

 その戦い方には恨みがこもっている。

 もし人が乗っていたとしても、戦い方は変えないであろう。

 悲惨で、救われようの無い戦い方だった。戦っている両人に対して。


かしゃぁん!


 無理やり銃身を跳ね上げて、人間で言う鳩尾辺りに突き刺さった銃剣を頭部にまで切り上げさせた。

 勢いよく、刃が頭部より飛び出た。

 敵はコクピットの中ほどから頭にかけて両断されている。

 もう1機がネメシスを狙って銃撃を仕掛けようとしていた。

 バズーカを担いだあゆが、足元狙ってそれを放つ。

 ぼんっと言う乾いた音がして、敵の足に当たる。

 当たった機体はダメージこそ食らっていないものの、バランスを崩し銃撃どころでは無い。



『あはははははは!』



 嗤いながら、美樹はバランスを崩した敵のコクピットに銃剣を深々と突き刺した。

 機体の全自重を載せた一撃は、紙の様に装甲を貫いた。

 銃剣部分はコクピットの反対側にまで飛び出ており、銃身の約半分がコクピットに埋まっている。

 これで、機能停止にならない方がおかしいだろう。

 完膚なきまで敵の機能は停止していた。



『牧田少尉、待機して待っていてください』

『……了解』



 まだ物足りないと言った感じの声が美樹の声の中にはある。

 しかし、名雪の指示にはとりあえず従って大人しくする美樹。



『月宮少尉は宵の近くに居てください。撤退の時に拾います』

『わかったよ』



 配置されていた敵全てを喰らい尽くして、名雪の率いた特殊部隊の初戦を終えた。

 時間にして秋子が突入してから4分半。

 驚くべき時間も、名雪には不満だった。

 まだどうにか出来ると、先ほどの戦いの反省と解析を始めている。

 もちろん、周囲を警戒する事も怠ってはいない。

 時間まで周りに注意しつつ、静かにそして、油断無く敵が来るのを待っていた。

 しかし、規定時間までに敵は来る事は無く、そのまま撤退を開始したのだった。

 その際、秋子を置いて行くのどうかでちょっとした諍いがあったが、名雪は命令通りに撤退をする。

 秋子のNドールの反応がないのだからしょうがない。

 確認のための識別表が出されていないし、宵に送られてくる情報も途絶えていた。

 懇切丁寧に名雪はその詳細なデータを各機体に送って説明を加えた。

 その事を説明されてしまっては、誰も文句が言えない。



『でも……名雪はそれで良いの?』

『反応がない以上、お母さんは戦死したんだよ』

『貴女……変ったわね』

『そう? 私は前からこのままだよ』



 北川と瑠奈そして、あゆは会話には参加しなかった。

 今の名雪には何を言っても無駄だと理解しているっと言った感じだ。

 未だに納得の出来ない香里のみが名雪と会話をしている。

 美樹としてはテロリストと戦える事ができれば指示を下す人間は誰でも良かったので会話には参加していない。



『それに、誰が撃破されようとばれる事を一番避けると言ったのは水瀬隊長だよ』

『……判ったわ』



 初めに誰が撃破されても、ばれずに撤退をしろと徹底したのは秋子だからだ。

 撤退はスムーズではないにしても無駄が無く、かつ、手早く行なわれたのは言うまでも無い。

 証拠は何処にでもあるNドールの大破したものが2機だけだ。










▲▽  ▲▽  ▲▽  ▲▽  ▲▽
 そう、俺がであったのは1機のNドールだった。  動きの悪さを見ればそんな物は区別がつく。  しかし、不可解だったのはこの方面からは敵が来ないはずだったのだ。  北から俺が持ち場の手配を変更してきたわけだが、本当に、こいつらはエリアKの軍勢なのか?  そんな疑問が頭の中によぎる。  しかし、すぐにそんな疑問を吹き飛ばした。  誰でも関係ない。ここを守りきらないといけないのだ。  そう、自分に言い聞かせる。 『貴方は……犯罪を犯しているという意識はありますか?』 「鋏と何とかは使いようっていう言葉が有るよな」  どうやら敵さんはこちらが何をしようとしているか判っているらしい。  それとも、命令でここに来ているか。  判別は出来ないが、物騒な装備を見れば判る。  コイツは俺達を殲滅をしにここに来ている。  だったらなんだ、殲滅するつもりなら、こちらとて容赦しない。 『……あなたは何を言っているのですか?』 「あんたには解るまい。俺の気持ちなんてな!」  わかるはずがない。俺が感じることなんて。  自分が変われなくて、それが嫌で嫌で。  自分には何も出来なくて、それが嫌で嫌で。  だから、俺は自分が大嫌いだった。 「犯罪を起こしているという意識はあるさ。だからどうした」 『なっ!?』 「何を驚いている」  そう、端から理解しようという奴はいない。それが肉親であっても。  自分を誤魔化す事しか出来なくて、それが嫌で嫌で。  自分が意味が無いのだと知らされて、それが嫌で嫌で。  だから、俺は人間で居たくは無かった。 「だからどうした! 俺は間違っていない! 目的を与えられているのだから!」 『貴方、何を?』 「目的無く生きるってどんな事だか解るか!」  でも、俺を認めてくれる人がいる事を知って。  自分が何も持ってないのだと知って、それが嫌で嫌で。  自分が何もできないのだと見せ付けられて、それが嫌で嫌で。  だから、俺は人間では無くても構わない。  生まれ変わるとしたら、人間でも動物でもなく道具として生まれ変わりたい。  そうすれば、自分を認識する事も悲観する事も煩わしい事は何も無いだろうから。 「必要とされないって事がどんな事だか解るのか!? 要らないって指を指されることがどんな事か解るか!?」  自分が生まれてきたのが間違いだろっと思い知らされて、それが嫌で嫌で。  だけどこんな俺を拾ってくれる奴が居て、救ってくれる奴が居て、それが嬉しくて。  それを信じる事は間違いだとは思わない。  例えそれが法に反していても。俺は間違いだとは思いたくない。  それに、間違いだとは思えない。  法などと言う、俺を弾き出した人間達が作った尺度よりもよほど信じる事ができる。 「何もかもを知ったような口で俺に指図をするな!!」  救ってくれた人はとても悲しい奴だった。  俺よりも、可哀想な奴で、そいつの力になりたいと思った。    だから俺はここに居て、あいつの為に機体に乗り込んでいる。  そして、羨ましかった。だから俺には道化が相応しい。  あいつの後ろに居る人間の存在を知りつつ、あいつの為に踊る滑稽なピエロ。  それでも感謝している。  俺は、俺であり続ける事が出来るのだから。  あいつの為にそして、俺の為にあいつの命令を守るんだ。  俺が、あいつの道具であるために。生きたまま、道具になるために。
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 HドールとNドールの戦いなんて物は本来なら絶望的な戦力差である。  とりわけ接近戦に関して言えば。  接近戦では戦力比が1対3である。もちろん3がNドールで1がHドールだ。  遠距離、それもライフルの距離なら、その戦力比が1対1.5位にまで縮める事ができる。  それも距離がかなりあり、優秀なスナイパーが居る事が前提になるのだが。  戦場では圧倒的に不利なのは間違いない。  現に、秋子の操るNド−ルは既に斉藤の操るマリオネットC型に圧倒されている。 「助かりました。犯罪を犯していると判っていて」  秋子は機体を操る事を諦めてその瞬間を静かに待った。  がこんっと衝撃が機体を軋ませる。 「もし、あなたを殺してしまったとしても、私の罪の意識は小さいでしょう」  秋子の手に握られているのは、あゆが使用したことのある異常な威力の対装甲ライフル。  彰雄の置き土産だった。  静かにその動作をチェックする。  異常は何も見当たらなかった。強いて言えば残りの弾数が少ない事くらいであろう。 「助かりました。あなたが格闘戦を挑んでくれて」  格闘戦を仕掛けるマリオネットC型。  その銃口をコクピット正面の壁に押さえつけてに相手が正面に来るのを待っていた。  秋子はゆっくりと銃身を撫でながら呟いた。 「銃撃戦ではこの戦い方は通用しませんから」  待つ。  最後の止めを刺すその瞬間を。  コクピットとコクピットが最も近づくその瞬間を。  酷い振動が何度も秋子の乗るNドールを襲う。  粘り強く、そして辛抱して最高のタイミングを計っていた。 「元より、NドールとHドールの差なんて嫌なほど知っています。だから卑怯な事も十分に理解しています」  敵が最後の一撃っとロッドを振り上げた時、ちょうど機体の正面に相手のコクピットが来た。  全く予想していた通りの位置。  秋子は薄らと笑いながら、躊躇い無く引き金を引き絞る。 「許して、とは言いません。だってお互い様でしょう?」  ごぅん! っという音がコクピットの中を反響した。  秋子はその音に顔を顰める。  これほど大きい音とは考えてなかったようだ。  目の前には弾丸によって出来た穴。  その向こうには、相手のドールの一部らしき物が見える。  絶対に反撃の出来ない態勢からの予測できない捨て身の一撃。  しかも、パイロットの殺傷を目的としていた。  相手が避けられるはずも無い。  当たり所が悪ければ、絶命をしている。  良くても、衝撃で気絶をしているだろう。  秋子の目の前、コクピット正面に集中している計器は無茶苦茶になっており既に動かす事もかなわない。  これで、エリアMに自力で帰ることは不可能になった事を意味する。  帰る気が有るならば帰ることは出来るかもしれないが、それでも苦難はつき物だろう。 「……巧く、いったみたいですね」  呟いて、秋子は内側からコクピットを無理やりこじ開けた。  その衝撃で剥がれ落ちたコクピットを覆う装甲が落ちて、こぉぉんっと言う音を立てた。  秋子は慎重にコクピットから腰周り、足元へと器用に降りて行く。  降りてから、乗ってきたNドールに一礼をする。  秋子なりの決別の方法だった。  今までの自分に対しての、エリアMに居た自分に対しての決別の方法。  既に沈黙しているマリオネットには目もくれずに建物の奥へとすすんで行く。  頭の中に叩き込んだ地図を思い出して、とにかく制御室らしき場所を目指す。  自分自身が驚くほど、秋子の足取りは驚くほど軽かった。  その後はどうなるかなんて秋子は何も考えていない。  流動的というよりも臨機応変いや、出たとこ勝負だった。 To the next stage
 あとがき  エーっと心苦しいですが、名雪さん達は今回でこれ以降はあんまり登場しないかも……  流れ的にですね。ひとまず、今回の件で大きいのは秋子さん決別ですね。    祐一君の決着が付くまでなので、その後は名雪さん達と祐一君中心で書くつもりでいるのですが……  どうなるでしょうか? ともかくここまで付き合っていただいてありがとうございます。ゆーろでした。

管理人の感想


 ゆーろさんからのSSです。
 冒頭は結構新鮮な感じでした。  大抵SSだと秋子さんは名雪にとって超えられない壁ですし。  まぁ彼女たちの場合は才能の多寡と言うより、才能の方向性の問題なんでしょうけど。
 名雪が指揮官になって、いよいよやばい部隊に変貌しそうな予感。(苦笑  彼女が効率重視で行くなら、牧田女史の暴走も許容するでしょうしねぇ。  香里や北川との溝が深まりそうです。  今の名雪は何ら感じないでしょうけど。  やばさが増えてもそれが祐一に通用するかは分かりませんが。


 取り敢えず秋子さんが幸せになれば私としてはOK。(爆


 感想は次の作品への原動力なので、送っていただけると作者の方も喜ばれると思いますよー。

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