〜ふざけないでください、佐祐理は何の為にこの牙を砥いで来たと言うのですか! 佐祐理は、佐祐理は!〜
倉田佐祐理、拳を震わしながら。


〜赦せない、赦さない、赦せるか! 私は川澄舞! 人間だ! 物でも兵器でもない! ふ、ざ、け、る、な!!〜
川澄舞の怒り最高潮時。


〜お前の間違いは、俺を自分の道具で有ると思った事。俺は、確かに道具だが、圭一の道具だ。決してお前のものじゃない〜
斉藤壱次の言葉。







  
 
神の居ないこの世界で


→1つは生きる人の為に、2つは残された時間を使う為に、3つは自分の誇りの為に。






 佐祐理は通路の先へと行くためにテラーズを走らせる。

 この先に居るであろう、あの事件を知っている人物に会うために。

 通路の先、その目的地の手前に居る漆黒の機体。

 それを見て佐祐理は動きを止める。



「テラーズ……佐祐理?」

『もしかして……舞!?』



 そこに居たのは、舞だ。

 クラウ・ソラスをその場でテラーズに向けて静かに、相対する。

 舞は何を言って良いか解らない。何故ここに、佐祐理が居るのかもわからずに困惑をしていた。

 それまで苦労して、今のイライラを体の外に出す作業をしていた事すらも忘れるくらいに困惑している。

 だから、無言を返す他無かった。



「……」

『ねぇ、その機体に乗ってるのは舞なの!? 答えて!』

「佐祐理、どうしてここに居るの」



 その言葉には責める成分も困惑の成分も入っていない。

 ただ疑問だと言った感じの意味で舞は佐祐理に問いかけた。



『ごめんね舞、佐祐理は舞に謝らないといけないね』

「……それだけの為に?」

『舞と祐一さんに謝らないといけないの。佐祐理は酷い事をしたから、だから』

「だから……なに?」

『舞、あの機体の後ろから何か来てる。数にして14』

「佐祐理、やっぱり嘘なの?」



 舞の声が硬くなる。この工場はkanonの持ち物だ。

 だから、佐祐理にも有る程度の我侭が出来る。何故なら佐祐理はkanonの副理事代理なのだから。



『何のこ……え!?』

「やる気が無いのなら、帰って。私はこの先に誰も行かせないだけだから……」

『佐祐理の話を聞いて、お願い! ねぇ、舞!』

「例え佐祐理でも、もう話は聞けない」



 両肩のシールドがぱっくりと割れる。そこから剣を引き抜くクラウ・ソラス。

 シールドの一部が剣を抜く際に取れ、そのままナックルガードとなった。

 手に持つ剣はどちらも両刃の西洋の剣を模した物。

 右手に持ったものが長く、左手の物よりも2倍近い。

 舞は2本の剣を十字にクロスさせる。クラウ・ソラスの前には綺麗な十字架が出来ていた。



「これは私の勝利の誓い。そしてこれはそのまま貴様らの墓標となる」



 殺気さえこもった硬く、怖い声。

 佐祐理は舞が本気で有る事を知った。敵として佐祐理を捉えていることも。

 疑われてもしょうがないと思う。何故なら佐祐理は本当に後ろの集団の事は知らないのだ。

 そして、あの構えを取るときの舞は本気な事も知っている。



『そこを空けなさい。私はお前たちに用は無い』



 機械で合成されたような声が、テラーズの後ろから聞こえてくる。

 主人無し達がすぐそこまで来ていた。

 クラウ・ソラスは構えを解かずにじっとしている。



『久瀬圭吾理事ですね?』

『ん? そこに居るのは倉田の娘か?』

『聞きたい事が有るんです。お父様の起こした事故は本当に、相沢祐治が起こしたのですか?』

『私も巻き込まれたあの事件か』



 佐祐理が圭吾に向かって話しかけている。

 舞は慎重にその様子を窺っていた。

 もしかすると、佐祐理はこの集団と無関係かもしれないというちょっとした希望を抱きながら。

 そして、これは自分を油断させるための演技かもしれないという疑念を抱きながら。



『相沢祐治は――『嘘は良いです。本当の事を言ってくさだい』』



 佐祐理が強い調子で久瀬圭吾の先を促す。

 舞は事がどういう事か解らずに傍観に徹する。



『まぁ、良い。ここで禍根を断つとしようか』

『どういう意味です?』

『ん? そこに有るのは……そうか……ならばここで始めるのも悪くない』

『どういう意味です! 答えてください!』

『中に居るGE−13と戦うつもりだったが、ここで証明するのも悪くは無い』



 クラウ・ソラスを見た主人無しが一瞬嬉しそうな顔をしたと舞は感じた。

 すぐに斬りつけてしまいたいと感じる舞。しかし、クラウ・ソラスと敵との直線上にテラーズが居る。

 まだ動きたくても動けなかった。

 もし、佐祐理が味方だったならっと考えると舞には動けない。



『本当の事を言おう。あの事故は私が起こした』

『な?』

『倉田の持つこの企業の資本。そして、川澄冬葵の始末が必要だったんだよ私には。そして私がこうなるために』



 舞はまた混乱する。

 ここに自分の母親の話が出てくるとは思わなかった。

 確かに川澄冬葵、舞の母親は事故に巻き込まれたが舞にはその事を話してくれていないっと。

 佐祐理は佐祐理で、絶句している。



『川澄君も可哀想に、守りきったという人間の子を元の兵器に戻してしまうのだから……』

『……あの事故は』

『あぁ、君もよく勘違いしてくれたよ。私の駒になってくれて居てありがとう』

『あの、エリアKの役員も全てはあなたの差し金ですか?』

『その通り。ただ、唯一の誤算はそこの兵器が私の物にならなかったこと位か? 全く川澄君も使えない』



 今まで体の外に出そうとしていたイライラと同じものが体の中をぐちゃぐちゃにする。

 そして、大好きだった母親を馬鹿にされたことが舞の頭に血を上らせた。

 ぶっちんっという音が舞のこめかみの辺りで聞こえる。

 フルフルと舞には自分の体が震えている事が分かった。



「武装開放!」

『はいはい、御託は良いから抜くのね?』

「判ってるなら、さっさとする!」

『これで負ける様なら愛想つくから。機能開放開始……バイパス成型……振動開始……』



 カチ、カチッと剣の柄の部分に手首からと出て来たワイヤーが接続された。

 フィィィィィィイィィィイィっと耳障りで甲高い音が剣から発せられる。

 シールド部分から放熱板が少しずつ出て行く。

 盾のような印象が全身刃物のような印象に取って代わった。



『武装クラウ・ソラス展開完了っと。本当に私って良い女房役よね』

「無駄口が多い!」

『はいはい』



 武装クラウ・ソラスの正体は超振動する2対の刃だ。

 主人無しの意識が舞のクラウ・ソラスに裂かれる。

 体の向きをテラーズからクラウ・ソラスに向けたことからもそれが判る。



「許さない! 私の母さんを殺しただけじゃなく、愚弄までするなんて!」

『機械が、兵器が、物が、一体何を言う、GE−07。貴様は一体何様のつもりだ?』

「だまれ! だまれ! 私は川澄舞だ! 兵器でも、物でもない!」



 佐祐理はそのまま、ぶつぶつと呟いていた。

 まるでその姿は懺悔をするかのように。



『佐祐理は……一体何の為に戦ってきたというのですか? 何を憎んできたのですか?』

『そうだね……世の中騙された方が悪いと言うから。ここで禍根を断たせてもらうか』

『ふざけないでください……テラーズは恐怖を振り撒くものです。あなたにそれを振り撒いてあげます!』



 通路は狭い。横に3機並んでようやくと言ったところ。

 ならばこの場は舞の独壇場である。

 1対1をクラウ・ソラスに近接戦闘を挑むなど無謀も良いところだ。

 剣を構えたまま突進した舞。

 振るった剣が主人無しの体を凪ごうとする。

 しかし、主人無しとて動かないわけではない。

 結果、きぃぃぃ! っと言う音と火花を散らして、主人無しの右腕が宙を舞う。



『やはり、クラウ・ソラス! 私はついている! 今日と言う日に2機のGEとYAに出会えるのだから!』

「黙れ! その声を聞かせるな! 虫唾が走る!」



 舞の剣はまるで手足の延長の様だ。

 その剣筋は手がなぞる様な軌跡で動き回っている。

 剣が止まる事も無く、威力が死ぬ事も滅多に無い。

 主人無しの左手に持っていた銃を切り刻み、次はお前だと、舞は身をかがめた。



『っく、この機体には近接武器は装備されていないのだった……』

「その声を聞かせるなと言っている!」



 引き下がろうとする主人無し。

 ばねの様に機体を伸ばしながら、左手の短い剣を敵に投げつける。

 ズシャっと短い音を立ててそれが敵の左肩に突き刺さった。



「まだ、終わらせない! 終わらせてあげない!」



 逃げようとする敵機をワイヤーで左手に引き寄せながら、右手の刃の圏内に入ったら容赦なく切りつける。

 逃がさないための楔。それが左手の剣であり、飛び道具でもある。

 右手の刃物も左手の刃物もクラウ・ソラスの手の中にあるときは耳障りな音を立てながら振動していた。

 超振動しているそれは苦も無く、硬い装甲をさも、バターを切る熱されたナイフのように切り刻む。



「跪け!」



 引き寄せた敵機の足を狙い剣を真横になぎ払う。

 左肩に剣が突き刺さり、バックステップをしようにも出来ない主人無し。

 激しく火花を散らした後に、簡単に敵の両足は切断された。

 ずさぁっと、転倒する主人無し。

 その倒れた主人無しの先から銃弾が飛んでくる。



『舞、避けて!』

「!」



 舞は咄嗟に左下に屈んだ。

 目の前から飛んでくる弾丸を避けるためじゃない。

 右後から飛んでくる砲弾を避けるために。



『あはは〜。舞、一人だけじゃありませんよ〜! 佐祐理だって怒っているんです!』

『ねぇ、あの片腕砲台っていつもあんな感じなの?』



 天照の言葉を黙殺しつつ、舞は機体を操る。

 舞と佐祐理のコンビネーションはいまだに健在だ。

 舞が前衛で佐祐理が後衛。

 舞が敵を切り刻み、佐祐理が敵を吹き飛ばす。

 事に少数対少数の場面で、しかも正面からしか攻められないのでは彼女達に敵うのは難しい。

 固定砲台と化した佐祐理の集中力の怖さを舞は知っている。

 壁となった時の舞の強さを怖さを佐祐理は知っている。

 天照が口を出せないほど完成されたコンビネーション。

 この条件では久瀬圭吾の、あのコンビネーションがあろうとも、彼女達に勝てはしないだろう。

 状況が悪すぎた。ほぼ2対2の状況。

 いくら続きがあるといっても、舞達の気力は尽きないだろう。










▲▽  ▲▽  ▲▽  ▲▽  ▲▽
 暗い暗いコクピットの中。  斉藤はようやく意識をとり戻した。   (俺はどの位気を失っていた? 今の状況は?)  マリオネットの状況を確かめる。  既に、敵と遭遇してから40分たっていた。   「フフフ、神と言う者が居るなら感謝しよう。まだ生きている事を」  そして、自分の体の状況を確かめる。  見事にわき腹の一部がなくなっていた。  そこは焼け焦げ、血は出ていない。  だが、既に死ぬのも時間の問題と言ったところだと斉藤は思う。 「覚悟を、覚悟を決めろ。覚悟を決めろ。覚悟を決めろ!」  死ぬ事は怖いと斉藤は思う。  しかし、ただじゃあ死んでやらないと意識を切り換えた。 (この最悪の状態を切り抜けるには……いや、圭一達を生きさせる方法を)  死ぬのならば、何かを残さなければならない。  斉藤には笑ってしまうほど残す物は無いと自身が知っている。 (考えろ、思考しろ、どうにしかして切り抜けさせる方法を)  でも、斉藤には守るべきものが有る。  生きて欲しいと思うものが居る。そのために死ぬのは悪くないと思っていた。 (少しの可能性でも良い、あいつ達の生存率を上げる方法を)  不思議と恐怖が静まって行く。しかも考えがぽんぽんと浮かんでくるのだ。  死ぬのは怖い。でも、死なれるほうがもっと怖い。そう感じている自分に驚く斉藤。 (考えろ、思考しろ!) 『壱次! 応答しろ! 生きているのか!』  そのときに圭一からの通信が入ってきた。  幸か不幸か、斉藤は安堵のため息をつく。 「圭一、今何処だ?」 『壱次、生きていてくれたんですね? それと、私は柳の横です』 「具体的な場所と、柳の容態は?」 『ドール試験場の制御室よりの入り口です。柳は脳震盪を起こして気を失っています』  素早く頭の中で地図を広げる。  柳がとりあえず生きている事も手伝って次の言葉はすんなりと出てきた。 「圭一、先に柳を連れて逃げてくれ。その近くに車が有るだろう?」 『何を言っている壱次!? そんな事!』 「先に行ってくれと言っただけだ。まだ幸いにも俺の機体は動くし、まだマリオネットの予備もある」 『しかし!』 「おいおい、俺は生身であのYAタイプから逃げ延びたんだぞ?」  苦笑しながら斉藤はおどける。彼の一世一代の演技だった。  斉藤はこれが通信でよかったと思う。顔が見えなければ、今の状況を知られない。  そして、自分が死にそうな事を知られずに済むのが本当に嬉しかった。 『しかし……』 「時間を稼ぐだけだ。大丈夫、またいつものように使ってくれ」 『……………わかりました』 「あぁ、後で会おう……場所はそうだな……柳の故郷でなんてどうだ?」 『わかりました。必ず、絶対にですよ!』 「俺は信頼を裏切らない男なんだよ……お前の道具だからな」  通信が途切れる。斉藤は満足そうに一旦笑った後にすぐに表情を引きしめた。  そして次の行動を考える。マリオネットを動かし、制御室に向けて歩かせ始める。 (柳の奴と圭一は俺よりも可哀想な奴だ。だから誰よりも幸せになる権利がある)  次々とプランを立てながら、考えて行く。  移動している途中に通信を入れる。 「誰か、まだ生きてるやつはいるか?」 『斉藤さん!』 『まだ生きています!』  柳を除くと3人居たはずの部下。しかし三人目の返事は無い。  斉藤がその事を聞く。 「日下部のやつは?」 『反応が消えています……』 『残念ながら……』  斉藤は最大限、反論を挟ませないような声で話す。  反抗されないために。自分の為に。 「そうか……これより俺から最後の命令を下す。拒否は許さない」 『『はい』』 「機体をオートでに設定し、機体を降り生身で圭一の援護をせよ。圭一は車の確保に向かっている」 『『え?』』  声に疑問が湧いている。  それを捻じ伏せるように斉藤は続けた。 「すぐに、行動に移れ! 文句は後で聞く!」 『……』 『…………しか』 「圭一達を必ず生かすんだ! 位置は転送する! 必ず合流して、必ず生きて脱出しろ!」 『『は、はい』』  その返事から少なくとも、行動に移ってくれと斉藤は願った。  少なくとも、ここから脱出してくれれば、と思い圭一のいるであろう位置を転送する。   「俺は必ず、後から追いつく。場所は圭一に知らせた。先にそこで待っているんだ」 『『了解!』』 (頼んだぞ……) 『斉藤さん、ご武運を』 「何を馬鹿なこと……逃げ足だけはピカイチなんだよ。俺は!」  苦笑しながら通信機を切り、一息ついた。 「圭一のために役に立てる事を。例えそれが圭一の意に反しても」  改めて、意識をはっきりさせるために顔をはたく。 (圭一の奴も可哀想な奴だ。だからお前達で幸せになってくれ。人形は、道具は俺一人で十分だから)  震えてしまいそうな声を押さえながら音を発する。 「さて、最後まで付き合ってもらうぞ、マリオネット。派手に、盛大に、暴れようじゃないか!」  マリオネットを一気に加速させながら、マリオネットは目的地を目指して走り始めた。  振動が、痛みとなり、斉藤を襲うがそんな事も気にかけていられない。 (俺に未来はいらない。だが、彼らには幸せな未来を)  制御室の壊しても良い壁を打ち破って斉藤は制御室に入っていった。  自分の席について管理システムを起動させる。  そして、生きているシステムを呼び出していく。 (通信関係は全部駄目だな、完全に使い物にならない)  この工場を支えているシステムは3系統ある。  マリオネットを制御するものに、工場の生産ラインを維持するシステムが1つ。  通信関係で旧回線のもの、衛星通信を使うものを維持するシステムが1つ。  そして、久瀬圭吾を維持するためのシステムを集めたものが1つ。  そのうち通信関係のものは完全に使い物にならない。  機材を入れ替えない限りは外とまともに通信が出来ないだろう。  斉藤はよほど腕の良いやつが破壊したものだと感心する。 「しかし、逆に好都合だ」  そのまま、システムをいじり始める。  席の下からディスクを取り出してそのプログラムを走らせた。  制御室に有る全てのデータを上から塗りつぶしていった。  これは以前から斉藤が用意していた物。  もしもの時を考えて斉藤が自ら作った物だ。
我々は忘れない。 第27作戦の際、犠牲になった町の人々を。 我々は忘れられない。 エリアKの隠蔽した罪を。 我々は忘れない。 助けてくれた人々を。 邪な行政府と軍部に彼らの怒りの鉄槌を。 相沢祐治の負の遺産を手にする者達に裁きの鉄槌を。
                   神々の尖兵代表、斉藤壱次
 その文字が最後に現れた。  全てのデータが入れ替わり元にあったデータは消え去った事を示している。  全てが斉藤の行ったことと偽装するために。 「……時間稼ぎが必要だ」  まずは敷地内に入った識別票の付いていない機体を無差別に攻撃するようにマリオネット達を設定する。  そして、工場のラインのデータベースを開いて、ストックされている材料で急いでマリオネットと主人無しの組み立てに入る。  精度は無視で、速度重視。不良には目を瞑る。  立ち上がって、ある程度動けば案山子でも良い。  時間を稼げればいい。それだけを考えて設定を完了させる。  まだ、材料にも機材にも余裕がある。  追加で35機ほど作ることが出来る状態だった。 「…………足りない。載せるシステムを変更しないと」  マリオネットと主人無しに搭載するシステムを通常なら載せない試作品に変える。  中身を全てがらりと変えて、全てを上書きしていく。  もう変更できないように。 「頼んだぜ……時間を稼いでくれよ」  システムを決めると他のシステムを破棄していく。  それ以外に搭載できないように。  載せたシステムは致命傷を受けたと判定すると自爆するものだ。  致命的なダメージを受けたと解り次第、その場で自爆するシステム。  これを目の当たりにした軍勢は慎重に時間をかけて殲滅にかかるだろう。 『貴様、早く迎撃に行かないか』 (あぁ、目が霞んできた。でも、まだ死んでやれない。まだな。まだやる事がある)  斉藤に話しかける声がある。  あの機械で合成された声で、斉藤が一番嫌いな声だった。   『貴様、何をしている。私の命令を聞かないか』 「何を勘違いしている? 俺は圭一の道具でお前の道具じゃない」 『なんだと?』 「お前の間違いは俺がお前の道具だと信じ込んだことだな」  その声の方向に向こうともせずに斉藤は一心不乱に作業を続ける。  意識だけをそちらに裂いて、反論だけはしっかりとしていた。 『な、なにをする!?』 「お前が居ると、圭一のやつが苦しむんでな。俺と運命をともにしてもらおうか」 『貴様! やめろ!』 「さようなら、よい眠りを……」  耳を劈く爆発音。  久瀬圭吾を維持するシステムの機材全てを破壊した音だ。  もしもの時に証拠隠滅を図るためにあらかじめ用意しておいた爆薬が破裂する。  皮肉にもそれは久瀬圭吾自身が生きていた頃に設計したものだった。  本来ならば、久瀬圭吾のデータが移されきった時に爆破する物でもあった。 「作れるマリオネットの数にも限りがある。生き残る事は出来まいよ」  通信系は破壊されつくされているので、データをこの工場以外に転送することはできない。  もし、マリオネットか主人無しにデータを写していても全て破壊されつくされるだろう。  エリアKの軍勢によって。  殆ど勢力を挙げて殲滅を図りに来ているのだ。逃げ延びることも隠れることもできない。  対象がこの工場の制圧ならなおさらだ。 「せいぜい目眩ましを頑張ってくれよな」  所属不明の部隊に既存のマリオネットをほぼ破壊された。  まだ若干残っているが、それも多分、機体が出来上がるまで持つかも持たないか位だろう。  だから、今から作られるマリオネットは致命傷を受けたら自爆するようにプログラムしてある。  解除できないように。システムの根幹にそれを植え込んで。  これだけの軍勢に囲まれて無傷でしかも目立つドールが突破できるわけが無い。  だが、車は見逃すだろう。  目の前にいきなり自爆をするかもしれない機体が現れるのだから。 「俺は圭一の道具だ。決してお前の持ち物じゃない……」  そう呟くと自機に向かって歩き出す。  自身も時間を稼ぐために。  グニャリと視界が歪み慌てて手を壁に伸ばそうとする。  しかし、その手は何も掴まずにずしゃりと斉藤が倒れこんだ。  気が付くと自分の血で出来た血溜りが足元に出来ている。 「はっははは、格好付かないな」  静かに、そして満足げに笑うのだった。  仰向けになり、天井を見つめる。 「これで最後かぁ……しまらないなぁ」  しかし、その目には何も映っていない。  暗闇がぼんやりと写っていた。 「すまないな、マリオネット。俺は最後まで一緒に踊ることが出来ないみたいだ。申し訳ないご主人様だよなぁ……はは」  マリオネットに話しかけるように静かに口から音が紡がれる。  手足から血が無くなっていっているのか手がどんどんと白くなっていく。 「俺もお前と同じで道具だったらどれだけ良かったか」  その斉藤の言葉に、何の返事も無い。  それを聞いている観客は1機しかいなかった。  斉藤の専用機であるマリオネットが静かに主人を見下ろしている。 「意志も無く、感情も無く、悩みも無く、ただ目的のためだけにある」  俯いている様な姿勢のマリオネットは悲しそうに見える。  静かに、主人を見送るように。黙祷をささげるように。  感情を持ちえない機械の塊であるマリオネットがそう見えた。 「俺は……人間に生まれたくは無かった」  言葉をそこで一度とめる。いや止めた。  咳き込む音が何度貸した後にヒューヒュと息を吸う音が聞こえる。  もう声すらかすんで、声らしき声になっていない。  解るのは自分で言っているであろう言葉だけでそれは空気を震わせていなかった。 「さようならだ、圭一……俺は先に逝くよ」  それの言葉が、斉藤壱次の最後の言葉だった。 To the next stage
 あとがき  はい、そのほかの皆様。つまり、舞さんと佐祐理さん加えて久瀬一味がどうしたかをお送りしました。  結構あっさりしてしまいましたが、こんなものだと思います。……ただ単に実力不足なのかもしれませんが。  次は秋子さんの話になるかと。えぇ、頑張ります。ではここまで読んでいただいてありがとうございます。ゆーろでした。

管理人の感想


 ゆーろさんからのSSです。
 斉藤の独壇場でした。  漢だなぁ。  行動の是非はともかく、根幹にある信念は見事。  彼の行動を知った時他の面子はどうするか。
 今回の話は、時系列的にどのへんなのか少し謎。  久瀬父の感じからすれば、まだ祐一との決着前みたいですが。  しかし久瀬父はどれだけ分裂してたんだろうか……。  さすがに3桁は行ってませんよね?

 次回は秋子さんですか。  彼女は眠っている王子と再会できるのか?


 感想は次の作品への原動力なので、送っていただけると作者の方も喜ばれると思いますよー。

 感想はBBSメール(yu_ro_clock@hotmail.com)まで。(ウイルス対策につき、@全角)