愛と喝采の日々 4


 パスタを堪能した後、偶然立ち寄った浜辺で漁師さんに水揚げしたばかりのエビやサザエを塩焼きにしてもらった。
 そんなことをいきなり言ったら失礼じゃ、とクラウスが思うようなことをシードが交渉するとあっさり成功してしまう。シー
ドとカミューの話術は魔法だと思う。二人に乗せられた漁師さんの大盤振る舞いで、美味しいエビを食べながらクラウス
の顔も自然とほころんでくる。
 お約束のように帽子に汲んできた海水をシードに引っ掛けられても、そうやって遊んだことがあまりないクラウスには
めちゃめちゃ楽しい。町に戻ってからはバスを降りてソフトクリームを舐めながらみんなと歩く。
 デュナンのメンバーになったといっても、こんな風にプライベートを一緒に過ごすことはあまりなかったからクラウスは
すっかりはしゃいでしまった。
 そして、はしゃぎすぎたのか何だか体が熱っぽい。
『どうしよう』
 笑顔を絶やしていないから誰にも気付かれていないと思うのだが、少し体もふらついている。
『シュウの言ったとおりだ。まだ体調が万全じゃなかったんだ』
 シードが「次は躍り食いだ」と言っているが、想像するだけで吐き気がこみ上げてきた。けれどシュウの忠告を無視し
た自分が楽しい雰囲気に水を差すことは出来なかった。かといってこのまま付いていってはもっと迷惑を掛けてしまう。
 どうすれば良いんだろうと考えているクラウスに思いがけない言葉が聞こえてきた。
「何で行かないなんて言うんだよ」
「お前の味覚はどうかしている。躍り食いの後はケーキだなんてどういう食い合わせなんだ」
「上手い物食ってるだけじゃん」
「順番ってものがあるだろう」
「道順で行くとそうなるんだって」
 シュウは呆れたという顔をしてシードを見た。
「まあ、結構食ったし、読みたい本もあるから俺は先に戻る」
 えー、と不満の声を上げるシードを後目にシュウがこちらを向いた。
「お前も一緒に来い」
「え?」
「何だよ、クラウスは良いじゃん」
 だがシードの抗議をシュウは無視した。
「行くぞ」
 クラウスの手を強引に引くと返事も聞かずに引っ張っていってしまった。

 その後ろ姿を見送ったシードがやれやれと言いたげに口を開いた。
「あいつもさあ、クラウスのこと可愛がるか苛めるか、どっちかはっきりすればいいのに」
「いや、つまり、二人っきりになりたいということなのではないか」
 珍しくマイクロトフの的を射た発言に、カミューが「良くできました」と答えた。



 メンバーと別れてすぐにタクシーに乗った。シュウはその間全く口を開かないが、クラウスは感謝していた。
『良かった。みんなに気を遣わせないでホテルに戻れる』
 ホッとして少し気持ちが楽になって目を閉じていると、額に手を当てられた。
「熱があるだろう」
「知って…?」
 だがシュウは何とも答えてくれない。でも、もしかしてクラウスの体調を気遣ってホテルに戻れるようにしてくれたのだ
ろうか。
 ホテルに着いてからも「メッセージが入ってないか聞いてくるからお前はソファに座っていろ」と突っ慳貪に命令され
て、でもそれはもしかしたら照れ隠しなのかもしれないとやっと分かってきた。
 ちょっと嬉しくてフラフラとソファに向かって歩いていたら、ごちんと誰かにぶつかってしまった。
「すみません」
 ペコリと頭を下げると「ああ、すみませんね。私もよそ見をしていたので」とおっとりとした声が返ってきた。
「おや、あなた」
 首を傾げて見上げた相手は穏やかな笑みを浮かべた、眼鏡の奥の瞳が優しそうな人だった。
「もしかしたらデュナンのメンバーでしょう。写真で見るよりずっと可愛いんですね。あなたの演奏、とても好きですよ」
「どうもありがとうございます」
 赤くなって礼を言ったのは容姿を褒められたことになのか、演奏を褒められたことになのか分からない。
「みなさん、元気ですか?」
「は?はい、元気です」
 よく分からないがとりあえず答えているとシュウの驚いた声がした。
「ホウアン?」
「ああ、シュウ。久しぶりですね」
「どうしたんだ、一体」
「学会があるんですよ。昨日のコンサートはチケットが取れなくて残念でしたけど」
「そんなこと、言ってくれれば…」
 クラウスは驚いていた。
『ホウアンって。じゃあ、この人があの曲を弾いている人なんだ』
 全然そうは見えないが、二人が親しげに話しているところをみると、元デュナンのキーボード奏者で間違いないのだろ
う。
 音だけしか知らなくて、それでもずっと憧れていた人が目の前にいて憧憬の目でホウアンを見上げていたクラウスだ
が、次第に暗い気分になっていた。ホウアンが羨ましくなっていたのだ。シュウとホウアンが喧嘩別れをしたなんて、や
っぱりウソだろう。二人の様子を見ていれば分かる。演奏だけでなく、人間的にもシュウはホウアンを信頼しているよう
に見えた。
『私とは全然違う』
 足ばっかり引っ張って、気を遣わせて…。
 俯いたクラウスにホウアンが声を掛けた。
「大丈夫ですか。熱があるようですね」
「平気です」
「クラウス、ホウアンはこれでも医者だ。看てもらった方がいいんじゃないか」
「お医者様なんですか」
 だって、ロックミュージシャンだったのに。医者との両立なんてできるんだろうか。
『あ、できないから辞めたのかな』
「とにかく俺の部屋に行こう」
「?」
「自分の部屋で一人で寝ていたいのか?」
 クラウスは思いっきり首を振っていた。
 それを見ていたホウアンが声を潜めてシュウに尋ねた。
「あなたのコレですか」
 茶目っ気たっぷりに小指を立ててみせたホウアンにシュウが顔をしかめた。
「隠さなくっていいですよ。あなたがこんな面倒見が良いのは珍しいですからね」



 シュウの部屋で使っていない方のベッドに寝かされた。
 簡単に診察をしてくれたホウアンに「少し疲れているだけだから大丈夫ですよ」と言われてホッとした。ホウアンの声も
雰囲気も優しくて、クラウスはそれだけで安心できた。
『私もあんな風になれたらいいのに』
 圧倒的に大人という感じがする。年齢的にもシュウより年上に見えるからそれは当然なのかもしれない。でもシュウは
年上だからと言って誰にでも敬意を払うようなタイプの人間ではない。それに二人をよく見ていると、対等というよりホウ
アンの方が少し優位に見える。
 それだけシュウに信頼されているのだと思うと羨ましくて溜息が出た。
「どうした?大丈夫か」
「うん」
 そう答えたクラウスにシュウはどこで冷やしてきたのか冷たいタオルを額に乗せてくれた。それがとても気持ちいい。
『あれ?』
 何だかこの感じはどこかで覚えがあった。どこでだったか分からないが、クラウスは何とはなしに嬉しかった。
「そんな笑顔を見せたらこの子の理性が飛んじゃいますよ、クラウス」
 クスクス笑っているホウアンにクラウスは首を傾げた。
「この子?」
 シュウは苦虫を噛み潰したような顔をして部屋を出ていってしまった。それを見送ってホウアンが苦笑した。
「知ってる人は少ないんですが、弟なんですよ。似てるでしょう」
 ………確かに。
「眼鏡を取ったら、そっくり?」
「まさか。私はあんな無愛想な顔はしてませんよ」
 思わず吹き出してしまった。
「生意気でね、兄さんなんて言ってくれたことないんです。いつもホウアン、ホウアンって呼びつけにして。ひねくれてます
けど、あなたのことは大事みたいですね」
「そうでしょうか」
「ええ、だから思い切って甘えてご覧なさい」
 そこへシュウが戻ってきた。「ほら」といって渡してくれたのはテディベアで、クラウスは嬉しくて両手を出して受け取っ
た。
「ね」
 ホウアンに目配せされて、どうかしたのか、と問いたげなシュウに微笑みかけてクラウスは目を閉じた。
 とても幸せな気分だった。



 翌朝メンバーに昨日はどうしたんだ、と尋ねられたクラウスはにっこり笑って答えた。
「ずっとシュウの部屋で寝てました」
 それからシュウが意地悪でクラウスをホテルに戻したとみんなが誤解していたら大変だと思い、付け加えた。
「とっても優しくしてくれて」

 『寝る』の意味について色々取り沙汰されたのは言うまでもない。


fin.  





ほんの思いつきと自己満足で始めた小説にお付き合いいただいてありがとうございました。
パラレルは同人誌の分を入れると2回目なのですが、自分的に結構楽しいです。
それが読者様に少しでも伝わると嬉しいのですが…。
それにしても本当に激甘ですみません。
自分でも砂吐きそうです(笑)
次作以降はもう少しマシになるはずand他のメンバーも活躍する予定ですので何卒よしなに…。