ジャンケンぴょん!


「ファイナルアンサー?」
 ミノが窺うような表情でこちらを見ていた。
「ファイナルアンサー」
 ゴクリとつばを飲み込みクラウスは答えた。





「クイズ?」
「ギルドから正式に返答が来た。資金提供は嫌だが、クイズの賞金なら出してもいいとな」
 ああ、とアップルが頷いた。
「同盟軍が負けたときのことを考えてるんですね」
「そういうことだ。しかしクイズの賞金とは連中も考えたな」
 シュウはあらゆる手を使って軍資金を捻出しているが、その一環として交易商ギルドに同盟軍への出資を要請してい
たのである。戦争が続く限り安心して大きな取引は出来ないのだから、早く戦いを終らせるために同盟軍に援助をする
のは交易商にとっても利益になるはずだ。
 もっともシュウも色よい返事をもらえるのは五分五分だろうと思っていた。
 同盟軍が勝った場合、協力を断ったという事実は都市同盟内での商いに何かと差しさわりが出てくるだろう。かといっ
てハイランドが勝った場合、同盟軍に出資した事が分かると、これまたよろしくない。だからクイズの賞金というのは彼
らの「苦肉の策」というわけなのだ。
「ま、どちらでもいいがな。金が入ってくるのなら」
 そうしてシュウは不敵な笑みを見せた。
「いいか。連中からは取れるだけふんだくる。そのための作戦を練らねばならん。軍師付きの連中を集めろ」
「はいっ、シュウ兄さん」



「クイズの賞金は最高額が1000万ポッチです。全15問ですが全て4択。途中ライフラインといって3種類の方法で答
えを聞くことが出来ます」
 クラウスの説明に会議室内がざわめいた。それなら結構いいところまで行くのではないだろうか。軍師と軍師付きのメ
ンバーなら3000万ポッチくらい簡単に取れそうな気がする。
「ただし条件が付いています。これが少々厄介で…」
 クラウスがボードに箇条書きにした。

 1、問題・司会者はギルド側から出す。
 2、解答者は各部隊から1人ずつ出すこと。
 3、予選問題の上位5人が最初の早押し問題に解答する権利を持つ。残りは補欠として解答者が一人減るごとに補 
   充することとする。
 4、クイズに解答するセンターシートに座れるのは5人。
 5、シュウは解答者として参加できない。

「ギルドから出された条件は以上です」
 クラウスの言葉を受けてフィッチャーが唸った。
「最後のシュウ殿が参加できないというのは痛いですな」
「それにこう言っては何だが、各部隊からとなると高額賞金はあまり期待できませんね」
 言いにくいことをジェスがはっきり口にした。
「連中もそれなりに考えているということだろう」
 シュウは口の端をあげて笑った。
「1000万ポッチは我々軍師代表が取る。残りの連中にもできるだけ頑張ってもらうがな」
「でも軍資金のためにやる気を起こさせるのは難しいのでは…」
 控えめにクラウスが言った。
 自分たちのことを肉体労働者と言って憚らない兵士・戦士の面々を思い浮かべると大人しくクイズのための勉強をす
るとは思えない。
「多少の譲歩はやむを得ないだろうな」
「どうするんですか」
「獲得賞金の半分は各部隊で自由に使って良いことにする」
 それは、と会議室に集まっている全員が一斉にシュウを見つめた。
「自分たちの金になると思えば兵士達だって真剣にやるだろうし、無謀な挑戦などせず適当な所でドロップアウトするだ
ろう。そうやって手堅くやっていけば結構な金額になるはずだ」
 ふん、とシュウは鼻を鳴らした。
「そうそう奴らの思う壺にはまってたまるか。トータルで1500万は取ってやる」
 フィッチャーがちょいちょいとクラウスの袖を引っ張った。
「なんかシュウ殿、やけに意気込んでませんか」
 コソコソと話しかけるとクラウスが少し首を竦めた。
「ええ、なんでもギルド側の発案者が交易商時代のシュウ殿のライバルだった方らしくて」
「ははあ、交易界のレオン・シルバーバーグといったところですな」
「そういうことになるんでしょうか」
 二人でこっそり話しているとシュウがジロリと睨んだ。
「何か質問でもあるのか」
 クラウスは少し慌てた様子を見せたがフィッチャーは余裕綽々でシュウに尋ねた。
「それで獲得賞金の半分は自由に使って良いというのは、我々軍師部隊にも当てはまるんですかね」
「無論だ」
 一際大きなざわめきと共にお互い顔を見合わせた。現金なもので誰の顔も喜びで輝いている。
「ふむ、その様子を見るとこの案は間違っていないようだな」
「はいっ!」
 全員の元気な返事にシュウは苦笑した。



 <クイズ・ミリオネア 本拠地大会>と書かれたポスターが張り出された途端、黎明城の至る所でクイズを出し合う
人々の姿が見られた。
「シュウさん、シュウさーん」
 執務室にノックもせずバタバタと駆け込んできたリンを見てシュウは眉を顰めた。
「一体どうされたのです」
「ねえねえ、クイズってボクも出ていいんだよねっ」
 リンの紅潮している頬を見ればどれだけワクワクしているかが分かる。
「ボクね、欲しい物があるんだ。頑張って賞金取るからねっ」
 リンはモンスターとの戦闘や交易で毎日走り回って小金を稼いでいるが、その儲けのほとんどをシュウに取り上げら
れて軍備に回されてしまう。リーダーだのなんだのと言っても所詮子供である。お正月にお年玉をもらっても親に貯金さ
せられて使えない子供と一緒なのだ。
『可哀想に』
 クラウスはそっと目を伏せた。シュウの答えが分かっていたからだ。
「それはなりません」
「なりませんって、ボクはクイズに出られないの?」
「そうです」
「なんで?ボク結構得意なんだよ。ゲンカクじいちゃんとお風呂でなぞなぞやってたもん」
「リン殿。クイズとなぞなぞは違います」
「でもでも、ボクが出てもいいじゃない。ギルドの条件には入ってないんでしょ」
 誰がそんな入れ知恵をしたんだとシュウはいくつかの顔を思い浮かべていた。
「当日はギルドのお偉方も立会人としていらっしゃいます。リン殿はリーダーとして彼らを迎えなければならないのです。
クイズに答えている場合ではありません」
 えぇーっとリンは頬を膨らませた。滅多に不満を言わない子があからさまにむくれているのだから、余程欲しい物があ
るのだろう。
 さすがのシュウも可哀想に思ったが、こればっかりは許可できなかった。ギルドのお偉方云々というのは口実だ。本
当はリンがあまりにもバカな問題が出来なかったら今後の志気に関わるからクイズに出すわけにはいかないのだ。
「あの、リン様」
 クラウスが見かねて声をかけた。
「もし私が賞金を獲得できたら、それで欲しい物を買って差し上げましょうか」
 リンがパッと顔を上げた。
「軍師はクラウスさんが出るの?」
「はい」
「やっぱりそうなんだ。みんなそうじゃないかって言ってたよ」
 そうは言うが軍師代表になるのはそれほど簡単ではなかった。シュウが自ら問題を作って実力テストをさせられたの
だ。もっともクラウスはぶっちぎりのトップだったのだが。
「でもボクが欲しいのってすっごく高いんだけど平気?」
「大丈夫ですよ。リン様の欲しい物を最優先で買いますから。いいですよね、シュウ殿」
「獲得賞金をどう使おうと自由だと言っただろう。好きなようにすればいい」
「やったー。クラウスさん、頑張ってね」
 リンはバンザイをすると小躍りするように執務室を出ていった。
「いいのか、あんな約束をして」
「だって1000万ポッチ取ればいいんですよね」
 あっさりと強気の発言をしたクラウスにシュウは満足そうに頷いた。



 クイズ大会当日。料理勝負にも使われる会場で人々は開始時間を今や遅しと待ち構えていた。
 正面の貴賓席にはリンがちょこんと座り、その両隣に大将軍とギルドのお歴々が鎮座ましましている。偉い人に囲ま
れてリンはもぞもぞと居心地が悪そうだ。
 そのとき華やかなファンファーレが鳴り響いた。
「解答者の皆さんの入場です」
 フー・タン・チェンがここぞとばかりに声を張り上げた。
「親衛隊代表ナナミ殿」
 まかせといてっとナナミは元気いっぱいだ。
「軍師代表クラウス殿」
 頑張ります、とクラウスははにかんだ笑みを見せた。
「騎馬隊代表カミュー殿」
 カミューは婉然と無敵スマイルを振りまいている。
「弓兵隊代表フリック殿」
 照れ臭いのかフリックは片手を挙げてみせた。
「歩兵隊代表ビクトール殿」
 賞金取ったら宴会だ、とビクトールは豪快に笑ってみせた。
「水軍代表タイ・ホー殿」
 ま、運しだいよ、とタイ・ホーは嘯いている。
「魔法兵団代表ルック殿」
 どうしてこの素晴らしく素晴らしい私が代表じゃないんだ、とザムザがブツブツ言っててうるさい。
「後軍部隊代表ホウアン殿」
 「ホウアンせんせー」とトウタのボーイソプラノで激励を受けてホウアンがニッコリ微笑んだ。
「特技部隊代表アダリー殿」
 うちは人間外が多いから不利だぜ、とシロウが呟きシエラに蹴られている。

 リンは後ろに控えていたシュウに「凄いメンバーだよね」と嬉しそうに話しかけた。
「頭領クラスが揃っていますから」
 戦闘なら間違いなく凄いメンバーだ。だが、これはこれでなかなか良いかもしれないとシュウも思っていた。さすがに
各部隊、真剣に人選を考えたらしい。いずれも頭の切れる人間か、度胸のいい人間が選ばれている。
「貴方の人生を変えるクイズ・ミリオネア。なんと今回は同盟軍本拠地に場所を移しての登場です」
 一体誰に向かって話しているのか、ギルドが用意した司会者は真っ黒に日焼けしているミノという男だった。
「まず予選問題を勝ち抜いた5人はこの人達です。アダリー殿、カミュー殿、ホウアン殿、ルック殿、そしてクラウス殿。
どうぞ席について下さい」
「なんで私は呼ばれないのよ」
 ナナミの声にミノが申し訳ないという顔をした。
「すみませんね、お嬢さん。昨日やったペーパーテストの上位5人に最初の解答権があるんですよ。お嬢さんは補欠ル
ームで順番を待っていてくださいね」
 名前を呼ばれなかった4人がゾロゾロと席を移動する。
「それでは始めましょう。早押し並べ替えクイズです」
 会場に緊張が走った。


 センターシートではカミューが腕組みをしている。500万ポッチに挑戦しているのだがライフラインは使い切ってしまっ
ていて沈思黙考状態が続いていた。
 と、腕組みをといてカミューが艶やかな笑みを見せた。
「ドロップアウトします」
 ほうっと緊張が解けた溜息が会場中から漏れた。
「カミュー殿の獲得賞金は250万ポッチです」
 フー・タン・チェンが叫び、金貨がずっしりと詰まった革袋がいくつも運ばれてきて、今度は「すげぇ」という歓声に包ま
れた。
 シュウはニヤリと笑った。なかなか出だしは好調だ。


「50:50を頼む」
 フリックが苦悩を滲ませた声で言った。見ている弓兵隊のメンバーも一様に暗い表情だ。
「全く、ついてないにもほどがある。補欠ルームを出てすぐセンターシートに行った段階で運を使い果たしたみたいだ
ね」
 ローレライがぼやく。
「テレフォンで全く役に立たなかった俺達には言えないだろう」
「そりゃそうだけど」
 クライブはフリックを庇ったがローレライがぼやく気持ちも分からないではない。まさか1つの問題でライフラインを全
部使い切ることになろうとは。(もちろん大方の予想通りオーディエンスは答えが見事に4等分にばらけてしまっていた)
「ちなみにフリックさん、何と何で迷っていますか」
「クワンダ・ロスマンかミルイヒのどちらかだと思うんだが」
「では見てみましょう」
 パッと消えた答えを見てフリックは頭を抱えた。残ったのは案の定、クワンダ・ロスマンとミルイヒだった。
「これって、フリックさんが言ったのを聞いてわざと残したんじゃないの?」
 至極もっともな疑問だ。リンはシュウの方を振り返ったが答えはギルドのお偉いさんから返ってきた。
「そんなことはないですよ。あくまで公正にやってますからね」
 もちろんそんな話、賢いリンは信じちゃいなかった。
『さっきのカミューさんの時もそうだったんだ。50:50にするときはミノの誘導に引っ掛かって答えたら絶対ダメだ。そも
そもフリックさんみたいに運がない人がこんな運任せのクイズに出るのが間違ってるんだ』
 ああもう、ボクならもっと上手くやるのに、どうしてシュウさんはダメだって言うんだろう。
 リンがイライラと気を揉む一方で、弓兵隊でもやっぱり揉めていた。
「だからあんたか私の方が良いと言ったんだ」
 ローレライの言葉にクライブがムッツリと答えた。
「しかしフリック殿の方が広く世間という物を熟知している。お前は専門バカだ」
「あんたに言われたくないね」
 そう、決して人数が多いとは言えない弓兵隊のメンツは遺跡発掘に火薬の扱いに、と専門家集団と言えば聞こえが
良いが、要するに知識に偏りの多い者ばかりだったのだ。
「森の問題だったら」
「私達もお役に立てるんですけど」
 ね、とキニスンとエイダはニッコリ微笑みあう。
 この二人がほのぼのやっているうちにやけくそになったフリックが何か答えたらしい。ミノの楽しそうな声が響いた。
「残念!」
 獲得賞金は10万ポッチ。それでも半分の5万ポッチが残ればみんなで飲むには十分すぎる金額だ。
「さあ、次の挑戦者を選びましょう」


 会場はしんと静まりかえっている。
『なるほど、12、13問目辺りが2番目の山か』
 シュウは一人ごちた。
 最初の山は100万ポッチ。その次が500万近辺で最後の山が1000万になるのだろう。
 3人目の解答者はルック。さすがレックナートの弟子、天才魔法少年と言いたいところだが、スポーツにはとんと縁が
ないらしい。カミュー同様500万ポッチで躓いて、ずっと沈黙が続いていた。もちろんライフラインは使い切っている。
「あっ」
 ミノの慌てた声がした。そよ、と風が吹いて、ミノが持っていた問題の紙が飛んでしまったのだ。とても静かな風だった
のに紙はヒラヒラと舞ってルックの足下にパサリと落ちた。
「残念でしたね、ルックさん。その紙に答えは書いてないんですよ」
 ルックが悔しそうにミノを見る。
「ドロップアウトしろ」
 メイザースの低い声が響いた。
「ギャラリーの方は解答者に声を掛けないでくださいね。今度話をしたらその部隊の獲得賞金は没収ですよ」
 メイザースは慌てて首を竦めた。
「ふん、ドロップアウトなんてしないよ」
 プライドの高い美少年はメイザースに命令されてご立腹らしい。
「答えはB。ファイナルアンサー」
「いいんですか」
「いいってば。ファイナルアンサーって言ってるだろ」
 ミノがムーッと目を見開いてルックの顔を見る。ルックは嫌そうに顔をしかめた。ミノはわざとらしく、ためにためた。
「………残念」
 ああ〜という溜息がそこここから出たが、それでも100万ポッチ獲得したのだから上出来の部類に入るだろう。ルッ
クも満更ではない顔をしている。
「だっせーの」
「何だって」
「ワールドカップの決勝戦をどこでやるか知らないなんて、だっ……」
 サスケの頭に金貨の袋が命中した。昏倒しているサスケをフッチが慌てて抱き起こすのを見てルックは薄く笑ってい
る。
「私闘は止めてくださいね。まあ、緊張が続いてますから皆さん、この辺で少しリラックスしましょうか」
 さすがに場を仕切るのは慣れているらしい。ざわついていた場内の雰囲気も少しずつ静まって、また注意はミノに向
けられている。
「ホウアン先生」
「はい?」
「先生はミューズ一の名医でいらっしゃる。さすがですねぇ。筆記試験では堂々の2位でした」
 おおうっというどよめきが走った。
「ですが、まだ実力は発揮されてないみたいですね」
「ええ、答えが分からないわけではないんですが、このボタンを押すのが慣れなくて」
「確かに、今までの解答者の方は勝負に強い歴戦の勇士と早さに定評のある方ばかりですからね。頑張ってください
ね」
「はい」
 その会話を聞いてホッと安堵の息をついた者がいた。クラウスである。
『良かった。ボタン操作に慣れていないのは私だけじゃなかったんだ』
 ミリオネア候補の筆頭にあげられているだけに、些か緊張していた。何しろ誰が一番多く賞金を獲得するかで賭をし
ている連中がいるらしいのだ。この数日「頼みましたよ、クラウスさん」と何人の兵に声を掛けられたことか。賭などクラ
ウスには関係ないが、どんな形であれ期待されているのならそれに応えたい。
『大丈夫。大体要領は分かってきたし、次にはきっと…』

「さあ、早押し並べ替えクイズです。次の年代を古い順から並べなさい」
 A、太陽暦457年
 B、ハイランド暦192年
 C、都市同盟暦121年
 D、赤月帝国暦118年
『やった。DBCAだ』
 言っては何だがこの問題に答えられるのは自分だけだろう。
『これでシュウ殿の期待にも応えられる』
 クラウスは自信満々でミノから名前が呼ばれるのを待った。
「一番早かったのは」
 ドロドロドロドロ……ドラムロールの鳴り響く中、点滅した名前は…。
「ビクトールだっ」
 歩兵隊から驚きの声が上がった。
 当然自分だと思っていたクラウスは驚きのあまり目を見開いた。
『まさかそんな…。いや、さすがビクトールと言うべきか。やっぱり侮れない』
「何とビクトールさん。0.2秒で答えてますねぇ。2位のクラウスさんより3秒も早いですよ」
「へへ、考えたってわからねぇから当てずっぽうで押したんだ。やってみるもんだな」
 そうだったのか。別の意味で侮れない、とクラウスは唇を噛んだ。
「1000万取ったらなくなるまで宴会だ。応援頼むぜ」
 今や会場は最高潮に盛り上がっていた。