真実の在処 4
空気を入れ換えようと窓を開け放つと夜気が涼しくて気持ちがいい。それと一緒にまだ昼間の興奮が残っているの
か、時折賑やかな声が風に乗って入ってきた。
結局ビクトールが始めた草刈りは、図らずも大イベントとなってしまった。そして、それが同盟軍にもたらした影響はと
ても大きかったのだ。
兵士も民間人も、いや幹部連中さえ寄せ集めの同盟軍で今まで大きな諍いが起こらなかったのは単に治安が良かっ
たと言うだけでなく、人々の間に遠慮という垣根があったからだ。その垣根がビクトールの草刈り大会で一気に取り払
われた形になった。
みんなが一つになって共同作業をしたことで人々の間に大きな一体感が生まれたのだ。庇護を求めてやってきた民
間人には今までのお客様気分から「自分たちの城」という認識が生まれ始めたし、兵は「守るべき物」を具体的に感じ
ることが出来た。公職に就いている者も同じだ。誰のために何をすればいいか、自ずと考えるようになる。宿星の仲間
に対しても構えるところのあった人々が「自分たちの代表」というような見方をするようになったのも大きいだろう。
そして仕上げのガーデンパーティだ。あれで本格的にがっちりと人々の心が結ばれたといってもいい。草刈り自体は
突発的なイベントだったのに、それを利用して最大の効果を上げたのだ。
そう、この人のやることはいつも正しい。
クラウスは相変わらず書き物を続けているシュウをチラリと見てから自分の席に戻った。そうして文書を書き写しなが
ら、どうしてあんな事をしたのだろうと昼間のことを悔やんでいた。
ナナミにダンスを教えたのは、あれは純粋に好意からだった。いつも元気で並の男の子に負けないくらい戦闘も強い
けれど、時々カミューに椅子を引かれたりする時にはにかんでいるのを見たりすると、ナナミも女の子なんだな、と思っ
ていた。
カミューに憧れているのではなく、あの時ナナミが言った通り女の子らしく扱ってもらえるのが嬉しいのだろう。だから
ダンスくらいでその願いを叶えてあげられるのなら、と思ったのだ。それだけだったはずだ、最初は。
けれど、わざわざ中央で踊ったのはどうだったのだろう。どこかでナナミをだしに使おうとしていなかっただろうか。
クラウスはレオナが嫌いじゃない。というより、むしろ好きだ。さっぱりした気性に暖かい心遣いで相談にも乗ってくれ
る。クラウスが気安く話ができる数少ない女性の一人でもある。それなのに、シュウと一緒にいるときのレオナには何
故かイライラさせられた。
レオナが妙齢の美女だから、というのもあるかもしれない。だが本当の問題は別のところにあった。
シュウはレオナに優しい。優しいというか、他の人には決して取らないような親しさで接している。もっともそれはレオ
ナだけでなく商売人に対して多かれ少なかれ見られる傾向で、商業に対して少なからず配慮をしているのは以前から
気が付いていた。
レオナに他意がないのは分かっていたし、二人が親しげにしているのは大抵商売の話をしているときだから、本当な
ら嫉妬とは関係ないように思えるが、実はその商売の話というのがクラウスには辛かったのだ。何故ならシュウが本当
は交易商に戻りたいのだということを思い知らされてしまうから。
軍師の要請を何度も断ったというのはおそらく本心だったのだろう。その本当の気持ちを押さえてシュウが軍師をして
いるのは偏にリンのため、この地の平和のためである。決してクラウスのためなどではないのだ。リンが大人になって
シュウの手を必要としなくなりこの地に平和がもたらされたら、きっとシュウは迷わずラダトに戻って交易を始めることだ
ろう。そしてクラウスが省みられることなど決してないだろう。
『一体シュウ殿にとって私は何なのだろう』
それを考えるととても苦しい。だからせめてクラウスの前ではレオナと親しげにはして欲しくないのに、どうしてシュウ
はクラウスに見せつけるようにレオナと接するのだろう。
しかもクラウスなど眼中にないような、あの言葉は酷かった。
ナナミとダンスの練習をしたとき、ふと見上げた窓に人影があったような気がした。レオナのところで別れたきり、パー
ティの会場でシュウの姿は見ていなかった。
あれはシュウの部屋の窓だ。もしかして、本当に仕事をしているのだろうか。もしかして、少しはクラウスを気にかけて
外を見ていたのだろうか。
そう思ったら何故か見せつけてやりたくなったのだ。
『バカなことを。あんな事でこの人が嫉妬してくれるはずもないのに』
ナナミが上手くステップについてきてくれていたから良かった。もし失敗していたら、取り返しがつかないくらい酷く傷つ
けてしまったことだろう。
本当になんて事をしたのだろう。挙げ句の果てにこうやって仕事がたまっていることを口実に様子を見に来るなんて
愚の骨頂だ。
自己嫌悪のあまり溜息をつくと、シュウが顔を上げた気配がした。
「どうした。溜息とはらしくもないな」
「お気に障りましたか。申し訳ありません」
「昼間はしゃぎすぎたのか」
「はしゃいでいたわけではありません」
「ダンスをしてただろう」
「見てらっしゃったんですか」
「珍しいこともあるものだと思ってな」
「私だってダンスくらいします。これでも子供の頃から宮廷作法は叩き込まれていますから」
「ほう、それは大したものだ」
揶揄する言葉に神経を逆なでされる。
「何をそんなに突っかかってくるんです?拗ねないでください。相手は子供でしょう」
勢いで言い返してから唇を噛んだ。嘲笑が返ってくるに決まっている。
だからシュウが一瞬言葉を詰まらせたことにクラウスの方が驚いた。
『嫉妬してくれてた?』
思わず口元が綻びそうになって慌てて顔を引き締めたが、シュウの目は誤魔化せなかった。
「なるほど、それで俺を試したつもりか」
カアッと顔に朱が上った。
いくら何でもそんな言い方はない。憤然と立ち上がるとクラウスは無言で部屋を出ようとした。
「クラウス」
ドアノブに伸ばした手が止まった。
「クラウス、こっちへ来い」
振り向いたらダメだと思う。シュウを試したい訳じゃない。少しでいいから本心を見せて欲しいのだ。今ならまだ自分の
方が優位に立っている。シュウの言葉を突っぱねれば少しは見えてくるはずだ。
なのに、黙ってこのまま部屋を出ろと頭は命令しているのに、どうして体は言うことを聞かないのだろう。
逡巡していると後ろから抱きすくめられた。
「寂しいならそう言え」
耳元で囁かれて「それは貴方でしょう」と言いかけたが、すぐに唇で塞がれてその甘さに酔っていた。
また負けてしまった、という思いが頭の片隅にあったが、それでもここまでシュウを歩かせたのだ。クラウスにはそれ
だけで十分だった。
『私たちの関係も今日から一つ先に進むのだろうか』
だが、何よりも欲しくてたまらなかったシュウの腕に抱きしめられたクラウスには、それはもうどうでも良い事になって
いた。
fin.

相変わらずタイトルは意味不明です。
4部構成なんて偉そうなことを言ってますが、
実は今回の密かなマイ・コンセプトは「目指せ、起承転結」でした。(笑)
で、分かってもらえないと困るなぁなんて思ったので
それぞれ視点を変えてみました。(おいおい)
朝から書いてちょうどクラウスで深夜になったとご想像下さい。
夜書いた物は昼間読めないと、何度やったら分かるのでしょう。
ほんとに学習能力がなくて困ります。
しかも「結」が暗くて短い。
ビクトールとレオナとナナミに力を入れすぎたせいだなんて
海棠は本当にクラウスファンなのでしょうか。
ついでに後書きに書いたことを一応…
ビールとエールはイコールなのか?
実はずっとそれが疑問でした。
ビクトールとフリックがガブガブと飲んでいるお酒が何なのか、誰しも考えたことがあるでしょう。
外伝でエールという言葉が出てから誰もがホッとしたようにエールと使い出しましたが(もちろん私も)
それでもどこかでひっそりと「エールはビールなのか?」と考えてました。
さて、今回のガーデンパーティでの飲み物ですが、
労働で汗を流した後に飲むといったら、やっぱり欲しいのはビールですよね、エールじゃなくて。
もう実感としてビールじゃないとダメだと思うのです。
海棠は飲めないのですが、そう思います。(おい)
というわけで、敢えてビールを出させてもらいました。
違和感がないといいのですけど…


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