真実の在処 3
陽気な音楽と人々の楽しげな笑い声が沸き起こる中、ナナミはピリカの手を引きながら当て所もなくウロウロと歩き回
っていた。いつも元気で明るいナナミに友達は多い。声を掛けてくれる人は多かったのだが、そのどこの輪にも入る気
になれなかった。
最初はリンと一緒にガーデンパーティを楽しんでいた。けれどリンは歩く先々でいろんな人から声を掛けられ囲まれて
いる。ナナミとピリカは一々立ち止まって兵士や町の人からリンが解放されるのを待っていたのだが、それが度重なる
うち、いつしか離ればなれになっていた。
みんなのリーダーになったリン。みんなの先頭に立って歩くリン。みんなの希望、みんなの星。
何だかリンがどんどん遠くへいってしまうみたいだ。
『今まではいつも私がリンを守っていたのに』
でも今はリンがみんなを守り、みんながリンを守っている。
『私じゃ何もしてあげられない』
それが歯痒かった。
思わずグイッと手を引くとピリカがよろけたのが目の端に入って慌てて体を支えてやった。大丈夫?と覗き込んだピリ
カの目は不安げで、途端に申し訳ない気がしてきた。
『ダメダメ、こんな事で落ち込んでちゃ。ジョウイは私とリンを信じてピリカちゃんを託してくれたんだから。ジョウイが帰っ
てくるまでピリカちゃんを守ってあげないといけないんだから』
今のナナミはピリカを守ってあげることでしか存在意味さえない気がしてとても不安だったのだ。でもその不安をピリカ
に感じさせてはいけない。
ナナミは大きく深呼吸すると笑顔を作ってピリカに話しかけた。
「ごめんね、ピリカちゃん。お腹空いたよね、何か食べよう」
うん、と頷くピリカにホッとしながらあたりを見渡して、鉄板焼きを楽しんでいるグループに近づいていった。物が肉とい
うことで体力自慢のむさ苦しい男ばかりが集まっていて一見怖そうだったのだが、何と言っても美味しそうな匂いに惹か
れたし、そこにビクトールの姿を見つけてナナミは一気に安心していた。
「リドリー殿っ、シシカバブーはそれではダメだと何度申し上げたら…どれ、わしに貸しなさい。ああっ、そっちのステー
キはっ…」
何故かキバ将軍が奮闘している。ナナミがビクトールの腕を引っ張ると振り向いたビクトールとフリックが苦笑してい
た。
「キバの親父が仕切る仕切る。まあ、仕切るだけあって抜群の焼き加減なんだけどよ」
「馬鹿者ッ、貴殿に褒められても嬉しくも何ともないわ。料理勝負でビクトール殿の評価は当てにならんと分かっておる
わいっ」
「父上、そのような言い方は失礼ですよ」
ビール片手に頭まで真っ赤になっているキバは既に酔っているのだろう。クラウスの忠告に耳を貸そうともしなかっ
た。
「おお、ナナミ殿。もっとこちらへ来てたくさん食べなさい。こら、お前達、ぼけっとしとらんで席を空けないか」
慌てて周りの男達が空けてくれた席にピリカと二人で座るとクラウスがステーキと野菜を皿に取り分けてくれた。
「美味しいっ」
ナナミが思わず声を上げ、ピリカが嬉しそうにムグムグと頬張っているのを見て、キバは満足そうにどんどんお皿に
入れてくれる。それどころかもう充分食べたとおぼしき男達に命じてジュースやケーキを取りに行かせていた。
ナナミは実はキバ親子が好きだった。どこかハイランドの匂いがして懐かしいというのもあるが、クラウスが「父上」と
言っているのを聞くのが好きなのだ。素直にお父さんがいるのが羨ましい。
私たちもゲンカクじいちゃんが生きていたら今とは違っていただろうな、と最近よく思ったりする。
美味しい物を食べても楽しい音楽を聴いても少しも気が晴れないのは、結局いつもそこに戻っていくからだ。
どうして私たちはキャロを離れなければならなかったんだろう。どうしてジョウイと離ればなれになってしまったんだろ
う。どうして戦争なんかしてるんだろう。リンはどう思っているんだろう。
『もうキャロのことなんか、忘れちゃったのかな。もうお姉ちゃんは必要ないのかな』
そんな寂しいことを考えてゾッとしたとき、どこからか悲鳴のような声が上がった。
びっくりして顔を上げると、やはりみんなも驚いたらしい。しばらくキョロキョロしていたが、やがてそれが中央のダンス
をしているグループからの歓声だと分かって誰もが「なあんだ」という表情をした。
どうやら勇気のあるお嬢さんがカミューにダンスを申し込んで成功したらしいのだ。もっとも順番待ちとおぼしき列があ
るところを見ると多勢に無勢で断れなかったのかもしれない。もちろん、どちらにしてもカミューが嫌な顔一つしなかった
だろう事は容易に想像がついた。
「さすが騎士道ってやつかね。まめなもんだ」
これは持てない連中のやっかみである。それにしてもあの全員と踊るとなると体力的にもきついだろうに、騎士道も大
変である。
でもナナミは少し羨ましかった。
「ナナミもカミューのファンなのか」
「そうじゃなくって。あんな風にクルクル踊れたらいいなって、ちょっと思っただけだもん」
ナナミだって女の子なのである。
「簡単に踊れるんじゃないですか。ナナミ殿なら」
「えーっ、無理無理、絶対無理だって」
クラウスの言葉にナナミは大げさに反応した。
「そんなことないですよ。ワルツなんてクロースドステップだけでも1曲踊れるんですから」
クラウスが教えてくれたように足を運んでみると、確かに簡単である。
「イチ、ニ、サンってこれだけでいいの?」
「ええ。それで姿勢を良くして、そう、そんな感じですね」
「でも足踏んじゃいそう」
「大丈夫。女性が思いっきり足を下げてくれれば踏んだりしませんよ。それにその方が踊っていて綺麗に見えるんです」
「うそだぁ」
「じゃあ、試しにやってみましょうか」
恥ずかしがる間もなくクラウスに手を取られて、ドキドキしながら音楽に合わせてステップを踏んでみた。夢中で足を
運んでいるうちに1曲が終わり、その時には満足感と興奮で頬を真っ赤に染めていた。
「なんか、出来そう、かも」
「でしょう? ダンスは男性がリードする物ですからナナミ殿はステップの順番さえ間違えなければちゃんと踊れるんで
す」
「そうなんだ」
「だけど凄いじゃないか、ナナミ。少ししか練習してないのにちゃんと様になってたぞ」
フリックに褒められて「へへ」と照れ笑いしたナナミにピリカも目を輝かせて抱きついてきた。
「全くだ。ちゃんと女の子に見えたしな」
「もう、おっさんは一言余計なのっ」
ビクトールにからかわれるのも何だか面映ゆい。
「そうですよ、失礼ですよ。ビクトール殿」
だが、そう言ってビクトールを窘めたクラウスに「じゃあ、中央に行きましょうか」と手を引っ張られてナナミは焦った。
「ちょ、ちょっとクラウスさんってば。冗談でしょ、ねえ」
さすがのナナミも青くなっているのだが、意外なカップルの登場にダンス会場は拍手喝采だ。「さっきやったとおりにす
ればいいんですよ」と何でもないことのようにクラウスは言うが、全員の視線が自分に集まっているようで、それだけで
ナナミは居たたまれない。けれど無情にも音楽は始まってしまい、こうなったらやるしかない。
「大丈夫、とっても上手ですよ」
ナナミは心の中で音楽に合わせてイチ、ニ、サンと数えるのに必死なのだが、踊りながらそう褒められると悪い気はし
なかった。
「だから私が違うステップを踏んでも驚かないで付いてきてくださいね」
え、今なんて? と思う間もなかった。それまでは手を軽く肩に乗せていたクラウスのホールドが突然背中に回ったと
思ったら急に体がふわっと浮いたのだ。
自分がどんなステップを踏んでるかなんて解らなかった。ちゃんと足を出せているのかも解らない。ただ風に乗った羽
ように、ふわりクルクルと舞っていた。
「すごいよ、ナナミッ。いつの間にダンスなんて踊れるようになったのさ」
興奮したリンに抱きつかれて初めてナナミは音楽が終わっていることに気が付いた。
「僕、思いっきりみんなに自慢しちゃうよ。やっぱりナナミは凄いや。ゲンカクじいちゃんにも見せたかったなあ」
リンの言葉に何だか涙が出そうだった。
「だって私はお姉ちゃんだもん」
でも、精一杯の笑顔でそう答えていた。


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