将来、娘が出来て、どこかの男と結婚式を挙げるとき、あるいはこういう思いに駆られるのかもしれない。 娘の幸せを祝ってやりたい反面、美しく育った自分の娘が他の男のところへ嫁に行ってしまう。 そんな複雑な気持ちを、俺はあいつに対しても思っていた。 そう、アイメルが結婚することになったんだ。

マイル
「そもそも、アヴィンの娘が美しくなるとは思えないね。あっ、ルティスさんの娘ならわかるけど」
アヴィン
「うるさい。人が悩んでいるのに」

先ほどから薪割りの邪魔ばかりしているマイルをひと睨みすると、アヴィンは斧を持ち直して再び目の前の薪へ目を向けた。

マイル
「だいたいさぁ、アヴィンもいざって言うときに意気地がないって言うか」

お構いなしにマイルが続ける。

マイル
「ルティスさんが帰ってきたときに、ぱっと結婚しちゃえば良かったんだよ。それなのにぐずぐずしているから、機会を逃しちゃって、いつまでもぶらぶらした関係になっちゃったんだ」

はいはい、もう何度も聞かされました。まあ、次の一言を言えばすぐ黙る。アヴィンがそう思って

アヴィン
「シャ、」

まで言いかけたとたんに、マイルが素早く続けた。

マイル
「おっと、僕とシャノンのことは関係ないからね。これはアヴィンの問題なんだ」

くそ。先を越されたか。

マイル
「ルティスさんともう結婚していると思ってみなよ。別にアイメルが結婚したって、素直に喜んであげられるでしょ?」
アヴィン
「あのなぁ、いつ俺がアイメルの結婚を喜んでないって言ったよ」

まずい。このままだとマイルの話術にはまる。アヴィンには、心なしか、マイルの口元に微笑が浮かんだように思えた。

マイル
「喜んでいるなら気にすることもないでしょ?アイメルのところへ行ってお祝いの言葉をかけてあげるとかさ。準備だっていろいろあるんだよ?式次第だってきちんと決めなくちゃいけないし」

わかっているよ。そんなことはわかっている。けれど、

再び黙ってぼんやりと宙を見つめて考えあぐねているアヴィンの様子を見かねたのか、マイルがなだめるような口調に変わる。

マイル
「アヴィン。君の気持ちは分からなくもないよ。そりゃあ、ずっと引き裂かれていた兄妹が一緒に暮らせるようになったんだ。ずっと一緒に、って言う君の気持ちはきょうだいのいない僕でもよくわかるよ?」

アヴィンはマイルの方をつい見上げた。あの目だ。俺を幾度となく説得してきたあの瞳だ。アヴィンはそう思った。

アヴィン
「マイル」

しばらくして視線をはずし、再び薪に目を落とす。

アヴィン
「もう少しそっとしておいてくれよ。俺だって、考えているんだ」

やっとの事で、これだけつぶやいた。

マイル
「でも、いつまで悩んでたって結婚式はもう、」
アヴィン
「だから、」
マイル
「そんなこと言ったって、」
アヴィン
「うるさいな!お前には俺の気持ちなんてわかってないんだ!もう、この話はしないでくれ!」

下を向いて、アヴィンが怒鳴る。しばらくして、興奮が冷めて、怒鳴ったことを後悔した。マイルの視線を感じる。あきれただろうな、マイル。 アヴィンもわかってはいたが、何も言えなかった。

マイル
「わかったよ。じゃあ僕は帰るよ」

悲しそうに別れを告げて、マイルはウルトの方へ向かって行く。

マイル
「アヴィン」

マイルがこちらを振り返る。アヴィンはあわてて目をそらした。

マイル
「これだけは言わせてくれよ」

薪へ目を落としたままのアヴィンに、マイルが続けた。

マイル
「アイメルが、アイメルは、誰に一番喜んでほしいと思っているかわかる?」

あえて、表情は変えない。

マイル
「答えはアヴィンが一番よくわかっているはずだよね。それじゃ」

足音が聞こえなくなった頃、アヴィンは顔を上げた。マイルが帰っていったウルトの方を見つめる。初夏の穏やかな風が頬をなでる。

アヴィン
(誰に一番喜んでほしいって?バカだな、マイルのやつ。誰が一番喜んでいるかなんて、分かり切った事じゃないか)
アヴィン
(そうだ、俺には、絶対の自信があるんだ。アイメルの結婚を一番祝ってやれるのは、この俺だ)

アヴィンは、ウルトに来ていた。 アイメルはすでにフィルディンへ向かっていたし、ルティスも手伝いにフィルディンへ行ったあとだった。 そんなこんなで、アヴィン一人が見晴らし小屋に取り残されていたというわけだった。

ユズ姉
「あらアヴィン。もう、ずっと見晴らし小屋に引きこもっちゃったのかと思ったわよ」

ユズ姉だ。いまだに結婚できないのは、料理の腕が悪いだけではないだろう。その性格に問題が、

アヴィン
「げふっ」

いきなりこづかれる。ごつんとやったのは、もちろん目の前で鬼のような形相をしているこの人。

アヴィン
「な、なにすんだよっ?」
ユズ姉
「あんた、私は結婚できない、って思ったでしょ」
アヴィン
「そ、そんなことないって。ユズ姉のような美人を、フィルディン辺りの男どもがどうして放っておくのかが不思議さ。」

思ってもいないこと(断言)をとりあえず言い繕っておく。

ユズ姉
「あ、あらそう?」
アヴィン
「ああ、エル・フィルディン七不思議の一つだと思うよ」

かなりいいすぎたと思いつつ、間髪入れずにマイルのことを聞いてみた。

アヴィン
「ところで、マイルのやつ、今日はウルトにいるの?」
ユズ姉
「え、ええ、えーと、マイル?ああ、そういえば今日は泊まっていくって言ってたわね」
アヴィン
「ありがとう、ユズ姉。アイメルの結婚式、出席頼むよ。あ、でもアイメルより目立っちゃ駄目だよ」

とたんに気分が良くなって鼻歌を歌い始めたユズ姉を後目に、アヴィンはマイルの家へ向かう。

アヴィン
(まぁ、すぐ人を殴る、って言うのもマイナス要因だよな)

マイルの家に近づくにつれて、夕食の用意だろうか、おいしそうな香りが漂ってくる。 そういえば、夕食の準備、全然考えていなかったな。ふう、とため息が出た。

マイルの父
「やあ、アヴィンじゃないか。しばらくだね」

ちょうど帰ってきたらしいマイルの親父さんと出くわした。

アヴィン
「ええ、しばらくですね。今日、マイルいるんですって?」
マイルの父
「ああ、今日は泊まって行くみたいだね。アヴィンも夕食まだだろ?一緒にどうだい?」
アヴィン
「すみません、考えないで出てきてしまったもので。ごちそうになります」

湯気の上がる台所から部屋の隅の方へ目を向けると、ちょうど机に向かっていたマイルと目があった。 マイルはにやりと笑うと、手招きして机の方へ俺を呼ぶ。 何か紙にメモを取っているところのようだ。

マイル
「ちょうど良かった。式次第を考えていたところだったんだよ」

箇条書きにいくつか項目を書き連ねた紙をひらひらとこちらに向けた。

マイル
「本当は、新婦のお兄さんがやってくれるはずだったんだけどね」
アヴィン
「悪かったな。どっちにしても俺はよくわからないけどさ」

渡された紙にざっと目を通してみる。 どういうものが一般的な結婚式なのかはよく知らないが、書いてある項目は何となく一般的のようだ。 納得した振りをして、マイルの方にそれを向け直した。

アヴィン
「それで、俺は何をすればいいんだよ」
マイル
「特に、ってわけじゃないけど、やっぱりアヴィンはアイメル側のたった一人の親戚なんだから、それなりにしっかりしてもらわないと困るよ」
アヴィン
「そういう、格式張ったものが一番苦手なんだよな」

もちろん、兄貴として立派なところを見せなければアイメルが恥をかくだけだ。 ただ、そうは言ってもああいった雰囲気は苦手なのだ。 子供の頃から、いや、あれはただ単に退屈だったから逃げ出していただけかもしれない。 カテドラールで過ごした懐かしい日々が思い出された。

マイル
「とにかく、アヴィンはアヴィンらしくしていればいいんだよ。式の方は教区長様がきちんと進めてくれるし、そのあとのパーティーは、別に格式張ったものじゃないし」
アヴィン
「そうだな。あまり緊張しすぎても逆に失敗しそうだ」
マイルの母
「さあさあ、机の上を片づけてちょうだい?ポテトサラダのお出ましよ?」

マイルの母の元気な声が台所から飛んできた。いつの間にか、家の中はおいしそうなにおいでいっぱいになっていた。 アヴィンは夕食をごちそうになり、マイルの家に泊めてもらった。 久しぶりに、落ち着いて、どこか安心して眠りにつくことが出来た気がした。

翌日。アヴィンはマイルとともにフィルディンのアイメルが住む家へ向かった。 アイメルはすでに相手の青年とともに新居を構え、結婚式に向けて準備を進めていた。 結婚後の生活のことはまだわからないが、この段階が、二人にとっては一番幸せな思い出になるのかもしれない。

アヴィン
「なあ、マイル。あいつを呼び出してきてくれないか?」
マイル
「え?あいつってアイメルのこと?」

なんだ、恥ずかしがることないのに、とマイルがからかった。 アヴィンは苦笑して、

アヴィン
「いや、相手の方だよ。わんぽえむ、とか言ったっけ」
マイル
「ちょっと、しっかりしてよ、アヴィン。お婿さんの名前はデューンさんだろ?一回、挨拶に来たじゃないか」
アヴィン
「ま、まあ、とにかくそいつだけを連れ出してきてくれよ。図書館の裏で待っているから、って」

よろしく、と頼むと、アヴィンは図書館の方へ歩いていった。 マイルは「うーん」と考えながらも、家の中に入っていった。

マイル
「こんにちはーっ、マイルですけどーっ」
アイメル
「あ、はーい」

奥からアイメルが出てきた。エプロン姿は、もう新婚の若奥様、と言った感じだ。

アイメル
「いつもすみません。お兄ちゃん、どんな様子でした?」

なるほど、マイルがわざわざ見晴らし小屋までアヴィンを諭しに来たのは、アイメルに頼まれたからに違いない。

マイル
「うん、元気だよ。大丈夫、式の方にもしっかり出てくれるってさ」
アイメル
「よかった。お兄ちゃんの機嫌が直るまで、式を延期してもらおうかとも思っていたんです」
マイル
「あはは、だから任せておいて、って言ったでしょ?そうそう、ところでデューンさんはいる?ちょっと二人で話したいことがあってね」
アイメル
「あら、じゃあ二階にいますから、どうぞ上がってください」
マイル
「あ、えーと、そうじゃなくて。うーん、あの、たまには外で話してみようかなあ、なんて」

いい天気だしね、とおきまりの台詞を付け加えることも忘れない。 今日が曇りでなくてよかった、とマイルは思った。

アイメル
「じゃあ、今呼んできますね」

ぱたぱたとアイメルが階段を駆け上がっていく。まったく、アヴィンも面倒なこと頼んでくれるよ、とマイルはため息をついていた。

マイル
(そういえばアヴィン、なんの用事なんだろう。何となく、思い詰めたフシがあったなあ)
マイル
(図書館の裏なんて人気のないところを選ぶし。ん?まさか、デューンさんを「よくもアイメルを奪ったなぁ〜〜」とか言ってぼっこぼこにするつもりじゃ??)
デューン
「マイルさん、お待たせしました」
マイル
「あ、あ、ああ。じゃ、じゃあ、ちょっと図書館の辺りでも歩いてみようか??」

とりあえずアヴィンの言う通りにデューンを図書館の方へつれてきてしまったマイルだが、このハンサムな好青年の顔がアヴィンの鍛え上げられた拳でみにくくゆがめられることを想像すると、思わず身震いがした。 デューンは、と言うと、もうすっかり暖かいというのにきょろきょろしながらふるえている義兄の友人を、不思議そうに見つめながら着いていったのだった。

アヴィン
「遅かったじゃないか、マイル。すっかり待たされたぜ」

アヴィンのやけに明るい声がマイルには恐ろしく聞こえた。かと言って、デューンをどうするつもりだ、と聞くこともマイルにはためらわれた。

デューン
「あ、こ、これはお義兄、いや、アヴィンさん。偶然ですね」

以前、アヴィンに「お前に義兄と呼ばれる筋合いはない!」と一蹴された覚えがあるので、デューンも萎縮していた。

アヴィン
「いや、俺がマイルに頼んで呼び出してもらったんだよ。あ、マイル。ありがとうな。しばらく、向こうに行っていてくれないか?」
マイル
「え、あ、その、僕がいちゃまずいの?」
アヴィン
「お前な、すこしは察してくれたっていいだろ」
マイル
「あ、ちょ、ちょっと、アヴィン!」

マイルに反論の余地を与える前に、アヴィンはマイルの体をくるりと向こうへ向け、背中をぐいぐいと押して追いやってしまった。

アヴィン
「さあ、やっと邪魔者もいなくなったな」

デューンには、にっこりとほほえむ義兄となる予定の男の笑顔が、ずっとおもちゃを取り上げられていて、ようやくそれを与えられた子供の笑顔に見えた。 そして、この場合、そのおもちゃというのはまさに自分なのだ。 アヴィンが手を振り上げた瞬間、思わずデューンは目をつぶった。

デューン
「えっ?」

目の前には、見慣れた耳飾りがあった。そう、もうすぐ妻になる、アイメルの耳に光っていたものと同じ耳飾りだ。

アヴィン
「これは『絆の耳飾り』って言ってな。バロアでアイメルと二人で買ったんだ。何でも、これを一つずつ身につけている二人は、たとえ離ればなれになったとしても、必ずいつかは一緒になれる、って言う耳飾りなんだ。」

そういえば、アイメルから同じような話を聞いたことがある。 絶対にこの耳飾りをはずそうとしないので、デューンはちょっぴり焼き餅を焼いたことがあった。

アヴィン
「あっ、でも、お前達が離ればなれになるって言うわけじゃないぜ。ただ、なんだ。俺に出来る事って言ったら、これくらいしかないからさ。」
デューン
「お義兄さん」
アヴィン
「ほら」

アヴィンはデューンの手を取ると、無理矢理耳飾りを手の中に押し込んだ。

アヴィン
「さてと、俺は久しぶりにアイメルの顔でも見てくるかな」

照れ隠しだろうか、アヴィンは逃げるように図書館裏から去っていってしまった。

デューン
「義兄さん、ありがとう」

もう、アヴィンには聞こえていないだろうが、デューンはやっとアヴィンが本当の兄のように思えた。

一方、マイルはデューンにもしもの事があっては大変と、アイメルを連れて図書館の方へ急いでいた。 この状態でアヴィンを止められるのは、アイメルしかいないと思ったのである。

アイメル
「お兄ちゃんに、何かあったんですか?」
マイル
「いや、その、なんて言うか、何かあるのはアヴィンじゃなくて」

ちょうど、アヴィンが図書館裏から出てきたところだった。マイルは(遅かった)と胸をわなわなさせた。

マイル
「ア、アヴィン。き、君ってやつは、いやその、デューンさんはどうしたんだよ。ま、まさか、」
アヴィン
「ん?なんのことだよ?お、アイメル。久しぶりだな。元気か?」
アイメル
「うん、私は元気よ。それよりも、マイルさんがお兄ちゃんが大変だ、って」

息をはあはあさせながら、アイメルがマイルの方を振り返る。

アヴィン
「マイル、お前アイメルに一体なんて言ったんだ?」
マイル
「えっ、いや、そのー。なんて、言ったっけ?」
アヴィン
「まったく。ん?そういえばアイメル、絆の耳飾りどうした?」
アイメル
「え、あ、その。ごめんね、お兄ちゃん。悪いと思ったんだけど、あれ、ルティスさんにあげたの」
アヴィン
「えっ、お前もか?」
アイメル
「?」
教区長
「それでは、これよりバルドゥスとオクトゥムの名の下に、アイメルおよびデューンの結婚の祝福の儀をはじめるものとする」

教区長の低く太い声が教会の中に響いた。 アヴィンは教会の一番前の席でそれを聞いていた。

教区長
「人生とは、バルドゥスとオクトゥムそのものだ。秩序と破壊、二つともが生活の中に息づいている」

アヴィンは横に座っているルティスをちらりと見た。 どこか、ルティスは誇らしげだ。

教区長
「我々は、秩序を求めるのでも、破壊を求めるのでもない。両者が混在した日常にこそ、我々の求める真の安定がある」
教区長
「人と人との絆こそが、その安定をもたらすものだ。あなた方二人も、互いの絆を常に見つめて暮らしていくことだろう」
教区長
「さあ、巣立つがよい。神からの祝福はこれからも二人の上に注がれるが、あなた方にはそれ以上の力があるはず。その力を信じていれば、いかなる困難も乗り越えられるだろう」

ありがとうございます、と二人は礼をすると、こちらを振り向いて、教会の出口へと向かう。

アヴィンとアイメルの視線が自然とお互いに向けられる。そして、二人の耳には、朱紅い耳飾りが光っていた。

fin