信州シンシュウ海野ウミノキョウリ


年明けて、天文二年(1532年)二月十九日。
まだこの頃は、たかが半年か一年かで諸国の情勢が大きく変わるような、後年の関が原や大阪両陣のようなムズカしい時代ではない。
日本のほうぼうで、一国内の土豪同士の衝突や隣国との小競り合いが続くばかりで、例えば信濃国で言えば、村上氏、小笠原氏を筆頭に諏訪氏、海野氏、木曾氏、楽厳寺氏といった大小の豪族がひしめき、北アルプスという桶で芋を洗うような離散集合を繰り返し、互いを牽制する程度に止まっていた。
 
この天文二年は、一年を通して比較的暖かくなるのだが、そのことを一足先に知らせるかのように、
北信濃小県郡海野の領主・海野棟綱の屋敷の素朴な庭には、玉梅の小ぶりな花が一面に咲き誇っていた。
春先のおだかやかな陽射しが、青みがかった小さな梅花を遠慮がちに照らし、庭の垣根の向こう側には子供たちが遊び回る声があり、遠くからは、男たちが「えい、や」と刀振り槍持つ声が響いている。
海野氏のような小土豪にとって、くんずほぐれつの乱戦や激戦は、やろうにも「やれないもの」で、むしろ大勢力への臣従を前提とした国内勢力の見極めに力を注いでいた。戦があると言っても、自ら侵攻するのではなく、もっぱら近隣の豪族たちの侵攻を防ぎ、代々の土地を守るためのものであった。
この日も、変わり映えのない穏やかな朝陽と共に始まり、庭の軒先にはすでに南中した太陽が作り出す薄い影が見え隠れしていた。
 
「このあたり、やはり過ごし易いな。明るいし…何より温くて良い」
海野屋敷の軒先に二人の男が腰をおろし、何やら話していた。
話しかけたほうの男は、庭の玉梅を眺めつつ短い総髪の元結を締め直しており、その屈託ない表情から察するに、十代の少年だろう。
擦りきれた野良着の袖口から見える色白の肌と、小柄で機敏そうな上半身、陽光を柔らかく反射させ輝いて見える笑顔からは、戦乱の匂いは感じ取れない。どこかの商家の次男坊か、前髪断ちしたばかりの少年剣士か、そんな風貌である。
かたや、脇差の目釘を抜きながら器用に手先を動かしていた隣りの男は、
「ふん」と鼻で答えただけで、手元の脇差からは目を上げようとしなかったし、声をかけた”少年”の顔を見ることもなかった。
「まだ怒っておるか、小太郎」
「小太郎」と呼ばれたほうは、姿勢よく伸びた上背が明かに隣りの少年より高く、痩せ型ではあるが貧相にはえない。
少年にわれて、切れ上がった濃い眉をスコしひそめたものの、ヨコえた鋭い眼差し、引き結んだ意志イシツヨそうな大きな口元とい、二十一21というワカワカオモオモしさのナカに「海野ウミノサマチャクナンコドモのなんと立派リッパなこと」とウヤマわれるに納得ナットクできる知性チセイカンれる。
小太郎は、黙って少し顔を上げたものの、ちらりと上目づかいに少年を睨んだだけで、また自分の世界に黙然と没頭した。
少年は、それに腹を立てる様子もなく、却って小太郎の反応を楽しむかのうような素振りで、軒下にだらんと下げた足を、ぶらぶら揺らしながら、そのまま縁側に仰向けに寝転がった。
その様子を目で追うでもなく、刀を縁側に置いた海野小太郎は、さも沈着な低い声で、短く口を開いた。
「…追っ手は、どうした?」
「そうさな…昨夜ここに来るまで、六度ほど襲われた。だが、行方を悟られぬよう道中気を配って参った故、ここまでは尾けられておらぬ」
寝転がって目を閉じた少年は、口調も変わらず、相変らず呑気のままに「勿論、追っ手は片付けた」と加えた。
そよ風が梅花を微かに凪いで去り、しばし両者に沈黙が流れ、外から聞こえる童たちの声のみ楽しげに聞こえる。
「…里を抜けるとは、随分と厄介なことを…。昨年に会うた時は、このような事を考えておったなど、毛ほどにも感じなかったわ。それを…」

言いさして、小太郎は目線を庭先に止まった雀のほうへ泳がせると、

「それを…いきなり夜中に訪れて”匿え”とは、些か筋道の通りが悪かろう」と、くぐもった声で続けた。

「だから、それを謝っておるのだ小太郎。いかにお主相手でも、漏らすことは出来なかった」
寝転がったままの少年は、白い指先を音もなく動かすと、小太郎の手にそろりと指をからめた。
「でも、いざともなれば、おぬししか頼れる者がおらぬ。長居するつもりはない故、しばし許しては貰えまいか…?」
(…虫の良いことだ)
そう言いまいて、小太郎が咄嗟に顔を向けると、懇願するように顰めた目元で自分を見つめる少年は、柔らかく陽光を反射させた童顔に、心なしか頬を薄紅に染めていた。
少年は…水無瀬之介、その人である。
年齢はすでに二十を越えているものの、年より幼い顔立ちをしている上、このような表情をされると、どう見ても十五、六歳の紅顔の少年でしかない。
あの日、百地丹波守の治める伊賀上野を抜け出した彼は、信濃小県まで落ち延びた。
いわゆる、「抜け忍び」になったのだ。
伊賀上野から小県の海野屋敷までは、忍び者の足を使えば、三、四日でたどり着く距離でしかない。
それを、いったん伊勢、近江、京、河内と上り、そこから船で尾張へ出て、三河、駿河、信濃と回り道するほどの気を使い、ゆるりゆるりと焦る素振りも見せずに、途中、河内には一ヶ月余も滞在して、追っ手を巧みに避わし、或は退けてきた。上伊賀でも彼らの親交は知られていたから、之介が抜けてすぐ、ここいら辺りに数人の忍び者をやって待ち構えさせてはいたものの、「抜け者の之介は、京へ行ったそうじゃ。おそらく西国へ落ちるつもりに相違ない」との憶測が持ちあがり、その後、堺まで追ったところで消息がぷっつりと途絶えたため、今では、信濃方面への目はさほど注がれていない。
之介がどのような特権的な下忍びであったとしても、機密を扱う忍びの世界で里抜けを行ってしまえば、それまでの名声や信望は全て消え去り、単なる「裏切り者」「抜け者」に成り下がる。
彼の場合は更に、棟梁・百地丹波守の信頼が厚かったが故、それだけ受ける恨みも深くなる。
それを承知の上で之介が里を抜けた理由は、ごく明快な、単純なことではあったが、そのことを小太郎には話さなかったし、また小太郎もそれを聞くことがなかったため、まずは話を先へと進める。

 
水無瀬之介が海野屋敷を訪れるのは、これが始めてではない。
海野の惣領・海野棟綱の依頼を受けた、上忍・百地丹波守の命によってすでに何度も往来してい、その都度、戦の助太刀や潜入に携わり、この里の武人で之介の顔を見知らぬ者は少ない。
そうやって訪れる度に之介の口から聞く諸国の事情や芸事、都流行りする衆俗の話を喜んだ海野小太郎は、領主の嫡男だからと気取ったことも飾ったところもない性格で、幾度か交流を経るうち、互いに年が近かったせいもあり、余人を挟まぬ時には、言葉を改めることなく語り合える友人となっていた。
ところが、話は二年前の夏に遡るのだが…
その頃の之介は、年齢だけ言えば文字通り十代の少年で、顔つきは変わっていないが「これでも多少は老けたのだ。声が、少し低くなった」と本人が言い張るように、高く通った声音と色白童顔の「忍びとも思えぬ忍び者」として、この里を訪れていた。
領地を隣接する村上氏の侵攻を防ぐため、之介は戦忍びとしていつものように働き、いつものように影ながら手柄を立て、その後何日か骨休めに逗留した。
そうして、またいつものように、小太郎と之介の二人で、海野屋敷から半刻ほど馬を走らせた人里離れた温泉へと足を伸ばした。
之介が長く滞在できる時は、必ず二人してここへ来て、酒を少しづつ飲み、諸国の話に夜通し興じるのが習慣にもなっていた。
だが、どうもその時、魔が差したと言うべきか、酔いが回ったものか、湯煙の中で蠢く少女のような華奢な之介の背中に、「まだ女を知らなかった」小太郎が迫り、どうしたことか、単なる「友人」以上の関係が生まれてしまった。
当時、「衆道」とか「念友」と言って、戦地に女子を伴えない武将が、小姓に手をつけることは割合、頻繁にあった。とは言え、それは今日の「同性愛」とは些か異なる。
中には、「同性への愛情」を抱く者がいるにはいたが、たいていの場合は「忠誠心」や「友情」の延長にあり、長じてから然るべき女性と婚姻を結び、時に側室を設け、支障なく子を作り、家庭を築いていた。
さておき…之介は流石に忍び者らしく襲われても慌てることなく、最初はやんわりと拒絶していた。
…拒絶してはいたのだが、その最中に何か考えが変わったものか、「…さほどに申されるのなら、致し方ありませぬ」と溜息交じりに呟き、それとなく小太郎を導き誘い、事を終えた。
かたや、事を終えた後、当の小太郎は我に却ってひどく後悔した。
(俺は、なんということをしたのだ…)
(友人と信頼してくれていた之介を、手篭めにするなぞ…)
根が純粋な小太郎だけに、相手が男だか女だかは関係なく、激しい自己嫌悪から思い余って自害しようとしたが、
「小太郎殿は、女性を知らぬゆえ致し方ない。今日のことは後学のためと思いきれば良い」
と之介は言い諭し、思い止まらせたものだ。
実は之介は、小太郎との以前に一、二度、任務のために男相手に妖媚な姿態で誘ったことがあった。
…しかしそれは、己の容姿を最大限に任務に応用するためだけのもので、元々「その道」の癖がある訳ではない。現に「女のたらし込みにかけても、之介の腕前は大したものじゃ」と、上伊賀の忍び女に噂が立つほどで、実際にその通りである。
そう…そのことから考えてみても、小太郎に”抱かれる”のは、任務でも仕事でもない。
嫌なら逃げるのは簡単であったし、この際、隠し持った短刀で陽根を切り落としたとて、誰にも文句は言われない。
だから、之介が彼を受け入れたのには、「致し方ない」と思うだけの訳があり、それが「恋」や「謀事」でない別の何かだとして、一体何であったのかを推し量るのは難しい。
後になり、海野小太郎が「真田幸隆」と名を改め、武田信玄旗下の知将として近隣に知られるようになった頃、一度だけ之介は漠然と語ったことがある。
「あれは、な。若い時の、例の気迷いというやつだ。俺も…いかな之介といえど、若さに酔う時があったのだ。そのことを知っておるのは、海野小太郎と俺自身だけだ。だから、今がある。それで良い」
…結局、それ以前も、それ以後も、之介が「訳」を語ることは、ついに無かった。

話はだいぶ横道に外れてしまったが、
要するに、小太郎は少なからず之介に罪悪感を感じており、それは年月が経てば拭いきれるような軽軽しい問題ではなかった、と言ってよい。
そういうことを見越した之介が、からかい半分に指をからめてみたのだが、
彼の見当通り、小太郎の顔はみるみる高潮して熱を帯び、これ以上ないほどに強張らせ、
「せ、拙者はもう妻を貰うた。あれは…もう詫びて許してくれたではないか」
そう怒鳴るように声を上げると、絡まった指先を勢い振り払い、気まずそうにくるりと背中を向け、ぼそぼそと言葉を続けた。
「…お、おぬしとは馴染みもあるし、ここまでは伊賀の手は回るまい。気が済むまで、いれば良い」
…すると少年の顔からは、顰めた眼差しも薄紅に染まった恥らう処女のような表情も瞬時に消え去り、軒下にぶら下げた足でパッと地面を蹴ると、背中を反らして小さく宙を翻り、瞬く間に小太郎の背後に佇まいを正して座り、拳をついて頭を下げた。
「誠にかたじけない。しばし、世話になる」
 
萱葺きの屋根に止まった雀が、小さな翼をはためかせて玉梅の枝に止まって囀り、屋敷の外からは、
相変らず子供たちの声が響いている。
冬が終わり、信州が春を迎える手前の、ひどく長閑な二月のことであった。

つづく