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真珠湾攻撃 ー昭和16年12月8日ー
機動部隊1
機動部隊2
Big  Big  Big  Big  Big


日本海海戦で勝利した日本海軍は米英海軍と並び世界の三大海軍に躍り出た。 それから太平洋戦争の幕開けとなったハワイ攻撃までの36年間、戦闘の様相を大きく変えるような航空機、潜水艦の進歩があった。
しかしながら米英海軍も同様ではあったが、巨艦の巨砲による艦隊決戦で戦争の勝敗を決すると言う大艦巨砲主義が多くの日本海軍首脳部を支配していた。
実際、開戦直前も史上最大の戦艦である「大和」、「武蔵」の竣工を急ぎ、更に三番艦「信濃」(後空母に改装)の建造を進めていた。
しかし山本五十六長官は航空機の威力を理解し、海軍内部の抵抗を受けながらも航空戦力の増強に努め、強力な空母機動部隊を育て上げていた。

日米開戦を覚悟した山本長官は海軍部内の反対を抑え従来の基本戦略であった戦艦を中心とした艦隊決戦では無く、 航空母艦を中心とした機動部隊の航空兵力の一撃で戦争の主導権を握ることを考えた。
そのためその時点で使用できる決戦用正規空母の全てを使ってハワイ真珠湾の米艦隊攻撃を南雲機動部隊に命じた。

日本外務省、ワシントンの日本大使館の不手際のため、「宣戦布告なき攻撃」と言う致命的な汚名を受けることになってしまったが、6000キロ彼方の敵基地を 史上最大の空母機動部隊により攻撃し、一時的とは言え、敵艦隊主力を行動不能にさせた。世界の海戦史上、空前の成果であった。しかし 攻撃が敵の泊地に対して行われたため、その後修理戦線復帰した艦が多かったことと空母が在泊していなかったため打ち漏らしたことが本作戦の問題点として残った。 又タンクヤードやドックなどの地上施設の破壊が行われず攻撃の不徹底さも問題であった。

戦果
艦種 艦名 破損状況 復帰時期
戦艦 アリゾナ 沈没 廃棄
戦艦 オクラホマ 沈没 実質廃棄
戦艦 メリーランド 中破 翌年2月復帰
戦艦 テネシー 中破 翌年2月復帰
戦艦 ペンシルベニア 中破 翌年3月復帰
戦艦 カルフォルニア 沈没 1944年5月復帰
戦艦 ウェストバージニア 沈没 1944年7月復帰
戦艦 ネバダ 大破 翌年12月復帰
軽巡洋艦 ヘレナ 大破 翌年秋復帰
軽巡洋艦 ラレイ 大破 翌年7月復帰
軽巡洋艦 ホノルル 中破 翌年復帰
駆逐艦 3隻 大破 1〜2年後復帰
その他 4隻 沈没〜小破 半年〜1年後復帰
航空機 230機    


参加艦艇・航空機
艦種・機種 艦名
航空母艦 赤城・加賀・飛龍・蒼龍・翔鶴・瑞鶴
戦艦 霧島・比叡
重巡洋艦 利根・筑摩
軽巡洋艦 阿武隈
駆逐艦 浦風・磯風・濱風・谷風・霞・霰・陽炎・不知火・秋雲
補給艦 極東丸・国洋丸・健洋丸・神國丸・東邦丸・東栄丸・日本丸・あけぼの丸
潜水艦 特殊潜航艇搭載艦(伊ー23,18,20,16,24)前方哨戒(伊ー19,21,23)
特殊潜航艇 10隻(全て未帰還)
航空機 零戦78機(未帰還9機)97式艦攻143機(未帰還5機)99式艦爆129機(未帰還15機)